労働過程と管理者の戦略 (下)
鈴 木 和 雄
フリードマンの階級闘争の概念を検討しよう。 イギリスにおける労働組合の強さを反映して、 彼 の分析枠組みは、 徹底的に階級闘争論的なものとなっている。 地域の産業構造を規定する世界的規 模での資本主義の不均等発展の基礎に、 労働者の抵抗と管理者の対抗圧力とがすえられるからであ る。
[1] フリードマンは、 マルクス主義における従来の階級闘争のあつかいにたいする批判から出発 する。 2つの戦略についてもマルクス主義者は一般に、 責任ある自律戦略の意義をみのがし、 直接 的統制戦略だけを統制の理論と実践とみなす誤りを犯してきた。 この誤りは、 生産様式の適応的変 化をひきおこす労働者の抵抗を理解しないことから生ずる、 と (197774580)。
序
第1節 分析枠組み 第3節 階級闘争の把握と闘争の制度化
1. フリードマンの問題関心 1. 闘争のミクロ的概念 2. 労働力商品の特殊性と2つの管理戦略 2. 階級闘争の制度化
3. 戦略の矛盾と解決 3. 「労働力の価値」 概念の改鋳
4. 企業間および国際的な中心−周辺関係 第4節 労働者の分断と中心−周辺パターン
第2節 管理戦略 1. 労働者の分断
1. 管理戦略の概念 2. 分断化論の問題点
2. 段階認識 3. 中心−周辺パターンの形成
3. 戦略の決定要因 結 論
以上前号、 以下本号
マルクスについては、 革命主体としての労働者の抵抗と、 資本主義の打倒にみちびく矛盾だけを 重視した点が批判される。 強力な組織をつうじての抵抗がマルクスの死まで発展しなかったという 事情もあるが、 労働者の抵抗は革命ではなく、 抵抗の不均等性をつうじて労働者間の格差をひきお こしてきたのであり、 資本主義の矛盾はその破壊をもたらすことなく調停されてきた。 だから資本・・・・・・・
主義が労働者の抵抗に適応し抵抗が調停されて、 生産様式が維持される仕方を検討することが重要 となる ( 1977484919774445)。
レーニン的な階級闘争の見方も批判される。 レーニンは労働者の抵抗を、 労働過程内部で自然発 生的に生ずる 「狭い」 労働組合意識にもとづく抵抗と、 「社会主義的意識」 にもとづく抵抗とを区 別し、 前者を 「抵抗の二次的で素朴な形態」 とみなした。 だがこれは、 過去100年間に労働者の抵 抗によって生じてきた生産様式における変化を看過し、 労働過程の変化にたいする不可避的な見方 につうずる17)。 この点ではブレイヴァマンも同じである。 労働者の抵抗を軽視した結果、 彼もこの 抵抗に対応して資本主義的生産方法が変化する面をみのがし、 現存の生産方法を資本主義のもとで は不可避とみなすテクノロジー決定論におちいっている18)。 フリードマンは、 ブレイヴァマンのよ うに技術変化の方向があらかじめ決定されているという見方もとらないし、 生産技術の進展が管理 者の権限の一方的増加をもたらすことも否定する ( 19777 47 5019774445)。
このようにフリードマンは、 資本主義の変化をもたらすものとしての階級闘争の意義を強調する。
彼の強調点は支持すべきであろう。 なぜならばマルクスのように生産様式の打倒にみちびく労資対 立だけを強調するのであれば、 またレーニンのように自然発生的に生ずる狭い労働組合意識による 抵抗を 「二次的で素朴な形態」 とみなすのであれば、 焦点をあてるべき階級闘争は、 労資の絶対的 な、 または不可避的な対立にいたるような闘争だけとなり、 したがって管理者の戦略もこのような 対立をもたらすようなものだけが、 したがって直接的統制の戦略だけが取り上げられることになる からである。
[2] ブレイヴァマンがテイラリズムを唯一の管理戦略とした点についても、 彼は階級闘争を理解 しておらず、 特定の管理戦略を管理権限それ自体と混同している、 と批判される。
具体的には、 労働者の抵抗にたいしてテイラリズムは唯一の適切な統制戦略とならない、 という 批判である。 ブレイヴァマンは、 資本家がテイラリズムによる構想と実行の分離によって労働過程 の統制権を確立する理由を、 労働力商品の不確実性の低下にもとめ、 産業心理学や人間関係論を、
テイラー化した労働過程に労働者を適応させる試みとしてしか位置づけなかった。 しかもこれらの 試みも、 資本主義的生産様式がその他の労働組織と生計の途を破壊することによって労働者を 「順 応」 させる過程とくらべれば、 とるにたりない試みと理解した (ブレイヴァマン 1978第6章)。
このような把握をフリードマンは、 抵抗の無理解によるものとしてしりぞける。 労働力が不確実性 をもつのは、 労働者が、 (1) 知性的で主観的状態に左右され、 (2) 管理権限に抵抗するためであ る。 (1) から生ずる不確実性は複雑なので予測できないが、 (2) から生ずる不確実性を管理者は
ほどほどに計算できる。 たとえば、 労働者が不公正と考える解雇に抵抗することは十分に予測でき る。 この抵抗にたいし構想と実行の分離は最良の戦略とはならない。 抵抗を考慮しないブレイヴァ マンは、 労働過程の設計 (テイラリズムの対象) と、 この設計に労働者を馴化させる過程 (産業心 理学や人間関係論の対象) とを分離したが、 管理とは、 前者が第一次的で後者が第二次的であるよ うな二段構えの過程 ではなく、 管理者の戦略は当初から労働者の抵抗を考慮し て立てられるのである (19778082)19)。
[3] フリードマンは、 マルクスの時代以後の労働者の抵抗の高まりを強調する。 近代工業への移 行は労働者を不熟練化し、 労働力市場に投げ入れて産業予備軍を形成した。 これはたしかに、 男性 賃金の低下と解雇の脅威をつうじて管理者の権限を高めた。 また独占資本主義期の科学の生産過程 への応用も労働者の自律性を弱めた。 だが他方では、 近代工業期にも独占資本主義期にも、 機械の 複雑さ、 企業規模の増大などにより労働者の抵抗力は高まった。 とくに独占資本主義期の労働力の 枯渇は不熟練労働者の抵抗力を高めた。 だから生産技術の発展は、 管理権限の一方的増加をもたら したわけではなかったし、 マルクス以後の労働者の抵抗は、 労働条件と賃金の均質化ではなく格差 を存続させた、 と (19774648)。
こうした抵抗の認識のうえに、 フリードマンは、 地域の発展パターンや個別の産業や企業の発展 を理解するためには、 ミクロ的レベルでの労働者の抵抗の力とその影響を分析に組み込む必要があ ると主張するのである。
フリードマンのマルクスやレーニンの階級闘争の理解は、 資本論 や なにをなすべきか?
を念頭におくとすれば、 ひとまず妥当なものとして認めることができる。 これらの著作ではマルク スやレーニンは革命とこれをみちびく闘争を中心的主題としているからである。 ブレイヴァマンに たいする批判は、 従来の労働過程論者が指摘してきたように正当である。 こうした批判のうえに、
資本主義内部の適応的変化を説明できる理論をもとめる点でも、 ミクロ的な地域発展の不均等を説 明できる理論をもとめる点でも、 フリードマンは、 マルクス派経済学のなかで現在はやりの言葉を 使えば、 階級闘争にもとづく労働過程の 「中間理論」 を構築しようというのである。 すなわち 「資 本主義発展のくわしい歴史的説明よりも一般的で抽象的だが、 資本主義一般にかんする通常の抽象 理論よりも特殊的で具体的な、 中間レベルの分析」 (199487) である。 この方向はむろん 支持すべきであろう。
[1] フリードマンは以上のように階級闘争を強調する。 だが階級闘争にかんする彼の理解は逆説 的な面をもつ。 それは、 労働者の抵抗は労働者にとってつねに有益であるとはかぎらず、 「労働者 の抵抗のもっとも強力な形態は両刃の剣である」 というテーゼにしめされる。 こうであるのはまず、
抵抗がセクショナリズムをおびたり管理者によって操作されることがあるからである。 しかしより
根本的には、 その理由は、 労働組合を中心とする労働者の抵抗の両義的性格にもとめられる。 両義 的性格とは、 搾取の実現に挑戦してきたがこの搾取の可能性をうみだす労資間の賃金関係 (階級関 係) には挑戦しない、 労働組合の性格である。
フリードマンは指摘する。 労働者は、 労働力の処分に抵抗し労働組合を組織したが、 基本的賃金 関係 (階級関係) には挑戦してこなかった。 組合は労働過程内の権力のアンバランスのあるものを 矯正する。 だが同時に組合は、 賃金関係には挑戦せずに雇主の権力を維持するという権力関係のア ンバランスを反映しもする。 「労働組合はまず労働者が資本主義的生産様式内で労働しつづけるよ うな日常的闘争にかかわるので…資本主義が永続するかのように行動しなければならない。 だから 雇主はもはや労働組合を解体するほど強力ではないが、 それにもかかわらず、 雇主としての自分た ちの存在に直接挑戦しない日常的闘争をつうじて、 安定した労働者組織のこれらの制度を、 管理上 の権限維持を保証するために利用することができる」 ( 197754 96また 6 もみよ)。
抵抗は両刃の剣である。 一方では組合は、 搾取を緩和する日常的闘争に従事する。 他方ではそれ は賃金関係に挑戦しないので、 雇主は、 本来管理権限に反対して労働者の連帯をめざす諸制度であっ たものに譲歩を提供したり、 これを取り込むことによって、 賃金関係それ自体にたいする挑戦を調 停することができる ( 19775455 96)。 フリードマンはここに、 労働組合を1つの基 礎にして、 雇主が責任ある自律の戦略を展開しうる理由をみるのである。
[2] 労働組合のこうした理解が、 独占段階における階級闘争の制度化という把握に連なっていく。
フリードマンは、 独占資本主義への移行期 (18701914年) に、 雇主は組織された労働者の抵抗を 永続的現実として承認し、 抵抗を制限するために抵抗を制度化するようになった、 と主張する。 す なわち、 この時期に労働者の抵抗が増大し、 労働組合とショップ・スチュワード運動が制度的力を 獲得した20)。 この抵抗は賃金関係には挑戦しないので、 雇主は抵抗組織を管理権限を維持するため に利用できた。 労働者の抵抗のために効力のあるものは、 雇主の対抗圧力のためにも効力をもつこ とになる。 雇主が労働者の抵抗に順応し、 内部労働市場で団体交渉を受け入れるならば、 抵抗を制 限するために設立した制度は、 抵抗組織の力も反映するようになる ( 19779697) 。 こ うして労働組合は両義的制度となった。
では、 雇主は労働者の抵抗をいかに制度化するのか。 フリードマンの主張を整理すれば、 手だて は3つあるようにみえる。 第1は、 紛争の調停や仲裁の 「手続き」 に組合を組み込むこと、 第2に、
金銭的インセンティブなどの譲歩によって労働者を取り込むこと、 第3に、 労働者を管理権限の維 持に参加させること、 である。
第1の点について、 フリードマンは、 マルクスの時代とはちがって内部労働市場における労働者 の抵抗力が強まった点を強調する。 闘争は (作業ペースをめぐる紛争のように) 繰り返しておこな われることも、 (ショップ・スチュワードの特権のように) 慣習、 規則、 あるいは 「手続き」 のう ちに制度化されることもある21)。 後者のばあい、 管理者は生産中断を避けるために、 抵抗を制度化
された手続きに従わせることによって制限しようとする。 こうして階級闘争をつうじて生産点に確 立された諸制度 (法律や慣習) が労資の行動を制限する ( 1977266267)。 階級闘争は 制度化される。
これの事例をあげよう。 18701914年に管理者は労働者の抵抗の表現として組合を承認するよう になり、 組合の官僚制的要素を作業中断を妨げる手段とみなすようになった。 雇主は争議行為にな るまえに、 紛争が調停や仲裁のために組合や管理者のヒエラルキーにすすんでいくような 「手続き」
を提案した22)。 「手続き」 は作業中断の機先を制して、 管理権限を維持し安定化させる手段だった。
こうして当初は抵抗を制限するために管理者が取り入れた装置が、 しだいに労働者を恣意的管理か ら保護する装置となった ( 19779597)。 ここでは、 紛争処理の 「手続き」 が雇主のイ ニシアティブによって導入され、 のちに労働者の保護装置として機能するようになったとされてい る点が重要である。
第2の手段は、 金銭的インセンティブなどによる労働者の取り込みである。 ここでもマルクスの 時代との相違が強調される。 すなわち独占段階では、 管理者は、 産業予備軍の圧力にもとづく過酷 な処罰による統制は生産中断をもたらすだけであることを自覚し、 それよりも、 内部労働市場にお ける一定の労働者グループの取り込みと調停のほうが有効であることに気づいた。 このためとくに 大企業は、 金銭的インセンティブその他の譲歩を労働者に提供した、 と ( 197779)。
第3の手段は、 管理権限維持への労働者の参加である。 紛争調停や仲裁の 「手続き」 の実施は、
管理主義の発展とあいまって、 膨大なホワイトカラー職員を必要とした。 彼らは専門的知識をあた えるか、 管理権限の維持に参加したので、 管理者は彼らを労働秩序の維持にとって決定的とみなし た23)。 そこでホワイトカラー男性労働者には責任ある自律戦略が用いられ、 肉体労働者以上の雇用 保障・賃金率・労働条件があたえられた ( 197797)。 これは管理権限の労働者への委 譲であった。 19世紀には下請というかたちで管理権限が労働者に委譲されたが、 独占段階では管理 権限の委譲は 「複雑な官僚制的構造をつうじて実現されるのであり、 この構造は、 多くの中間管理 者層を組み込み、 しばしばいくつかの層の労働組合官僚と 手続き にかんする部厚い本とを組み 込んでいる」 ( 197779)24)。
[3] 以上のように、 紛争の調停や仲裁のための 「手続き」 の整備、 金銭的インセンティブの付与、
労働者の管理権限への参加をつうじて階級闘争は制度化されるが、 これらが独占段階における責任 ある自律戦略の内容を構成する。 19世紀的な労資関係とくらべてみるとき、 これらが、 具体的形態 を異にするとはいえ、 リチャード・エドワーズの官僚制的統制システムとの構造的類似性をもつこ とは明白であろう。 あるいは、 階級闘争の制度化という論点に着目すれば、 これらがマイケル・ブ ラウォイの 「内部国家」 の概念 ( 1979) に近似していることはあきらかである25)。
同時に、 フリードマンの階級闘争の制度化の議論には、 単純な労資のあいだの階級闘争によって 統制類型の歴史的交替を説明する初期のエドワーズなどにみられる議論をこえる面があることもあ
きらかである。 この点についてトンプソンは、 フリードマンでは 「権限と統制の形態は、 それゆえ に対立と妥協の産物とみなされる」 (トンプソン1990125) とのべる。 たしかに紛争の調停や仲 裁のための 「手続き」 の使用や、 金銭的インセンティブの付与や、 管理権限への参加などは、 さき に注意しておいたように、 フリードマンではもともと労働者の抵抗に直面した管理者のイニシアティ ブに発するものとされており、 彼らが労働者の抵抗の 「現実」 を承認し (対立を承認し)、 これと の妥協をはかったことを意味する。
しかしフリードマンの考察がすぐれているのは、 この妥協として成立した紛争処理手続きや内部 労働市場内の管理権限への労働者の参加 (管理権限の委譲) が、 逆に、 労働者の統制を促進してい く点を周到に指摘している点にある。 ことに労働組合が資本主義の存在を前提した日常的闘争にか かわるので、 管理者による組合の取り込みによって労働過程の権力関係が 「やわらげられ」
( 1977 96)、全体としての統制関係が強められていくといった指摘に注目すべきである26)。 労働者の抵抗の結果、 階級闘争が制度化されるが、 この制度化によって逆に労働者統制が (責任あ る自律というかたちで) 強化されるという理解は、 階級闘争の発展の結果として生まれた制度が、
資本主義的秩序のなかに封じ込められ、 資本主義的秩序を維持しこれを支える役割をはたしていく 点をあざやかにしめしている。 抵抗は服従に転ずるのである27)。
労働者の政治闘争についても、 フリードマンは同じ把握をしめす。 194551年の労働党政府の成 立によって、 労働組合と国家との協力は労働者に利益をあたえる一連の改革 (全国保険計画と全国 健康サービス) と、 産業の国有化のかたちをとった。 この結果は、 「階級闘争からうみだされた集 権的制度 (労働党と) のあいだにおける 階級 には対立するものとしての 国民 へのいっ そう深い参加」 だった、 と ( 1977 73)28)。 これは、 階級闘争からうまれた労働組合と 労働者政党とが穏健化し、 「階級」 とは対立する 「国民」 として政治に参加していくようになると いう指摘である。 階級闘争の政治的制度化は、 このようなかたちで労働者政党を 「国民」 政党化し ていくのであり、 抵抗が服従に転ずる論理は、 労働組合のばあいと同じである。
抵抗から服従への転換というこの論点は、 資本主義的生産関係への労働者の同意が形成されるメ カニズムとして労働組合の役割を強調するマイケル・ブラウォイの議論と重なりあう論点をなして いる。 けれどもフリードマンは、 階級闘争と労働組合の関係をまだ十分に位置づけていない。 たし かに彼は、 革命をみちびくようなマルクスの階級闘争論や、 労働組合意識を社会主義的意識とくら べて素朴で自然発生的な低い意識と位置づけるレーニンに反対して、 生産様式の適応的変化をもた らす労働組合に組織される抵抗の力を強調し、 しかもこの力が穏健化していく論理をしめした。 し かし、 資本主義を前提にした日常的闘争に本来的にかかわりつづける労働組合が、 闘争の不可避的 な狭さを認識してこれを脱却する可能性ないし展望を、 検討していないからである。
[1] 階級闘争を強調するフリードマンは、 マルクスの 「労働力の価値」 概念を階級闘争の観点か
ら改作することを提案する。 彼の分析目的にとってはこれは岐論であるが、 労働過程論にとっては 看過できない論点をなすと思えるので、 検討しておきたい。
マルクスでは、 労働力の価値は労働者を維持するために必要な生計財を生産する労働時間として 規定され、 これは所与の国、 所与の時期には同一であるとされる。 だが労働者の生活状態は労働者 の抵抗と管理者の戦略とに依存する、 とフリードマンは反論する。 「このゆえに、 生理学的に考え られた生存費の考えと労働力の価値との関連をとりのぞくことによって、 またこれを闘争と結びつ けることによって、 労働力の価値を定義し直すことが必要だと思う」。 賃金は労働者の必要ではな く闘争に依存する。 マルクスは労働力の価値を労働者の自然的・生物学的・社会的な必要に依存さ せた。 しかし必要という考えは生理学的なものとの関連が弱められるならば、 運用上の価値 を失う。 労働力の価値を生理的必要によって規定することは、 むしろ、 低開発国 の低賃金は貧者の低い必要を表わすといった議論を正当化する。 だが賃金の国際的相違は、 国ごと に異なる労働者の欲望と抵抗能力、 プラス管理者の戦略を反映するのである (1977 267268)29)。
フリードマンはつづける。 労働力の価値が、 労働力の維持のための政治的・社会的に必要な財を 生産するのに必要な労働時間を意味するようにわずかに定義し直されるならば、 問題は単純になる、
と。 ここで彼の言いたいことは、 スタティックな所与の労働者の状態を前提して、 この労働者の生 理的・社会的必要から労働力の価値を演繹するのではなく、 労働力の価値は階級闘争が決定するの で、 それには労働者の 「政治的・社会的」 必要が反映されると理解すべきだ、 ということである。
そこでつぎのように結論する。 「労働力の価値は、 労働者が労働力を維持し再生産することがで きるのを保証するために必要なものなのではない。 むしろそれは、 労働者が資本主義的生産様式に おいて搾取をすすんで受けいれるのを保証するために必要なものなのである」。 ここからさらに2 つの理解が生ずる。 1つは、 剰余価値率 (搾取率) も階級闘争にかかることである。 剰余価値率の 分母にくる労働力の価値が階級闘争によって決定されるばかりでなく、 分子にくる剰余価値量も労 働者をいかに激しく労働させるかにかかり、 これも階級闘争が決定する。 もう1つは、 労働力の価 値が国ごとにしか定義できないことである。 労働者が関心をもつのは、 セクション間の相対的賃金 の点でも、 社会的配当 (社会保障、 失業保険、 年金、 等々) と国家の制約 (労働時間、 労働におけ る健康と安全、 等々) の点でも、 自分の国における自分の地位だけであり、 他国の労働者の状況に は関心をもたない (1977268270)。
[2] 労働力の価値が労働者の生理的・社会的必要によって決定されるという通説的理解は、 一定 の労働人口が現存しており、 それが資本から必要生活手段を賃金で買い取って生存しているという 経験的事実から、 賃金と労働者の生理的・社会的必要とを結びつけているにすぎない。 剰余価値の 生産を説明するためには当面これで十分だとしても、 労働力の価値決定については何ものべていな い。 そこにフリードマンのように、 労働力の価値決定に階級闘争という要素を介在させるべきだと
いう議論が提起される理由もあるのだが、 こうした議論はめずらしいものではない。
彼の主張の独自性は、 単純な階級闘争による賃金決定論ではなく、 いますこし洗練された議論を 示唆していることと、 労働力の価値は労働者が搾取を 「すすんで受け入れるのを保証するために必 要なもの」 をしめすという労働力の価値概念の意味づけにある。
前者からみると、 フリードマンが労働力の価値が階級闘争にかかるというばあい、 そこにはまず 労働力の需給関係が考慮されており、 また労働力の価値上昇のメカニズムが示唆されていることで ある。 彼はいう。 産業予備軍が枯渇し、 組織された労働者の抵抗が強化されるにつれて、 先進諸国 の労働力の価値は上昇してきた。 短期的には多くの労働者グループが労働力の価値以上のものを受 け取る。 この短期的格差が長期的な労働力の価値に緩慢に合体される。 この格差は革命にたいする 緩衝になる。 さらに中心労働者の賃金 (と労働条件) は長期的には全国平均以上になるという意味 で、 労働力の価値以上のものである。 これも不満の緩衝をなす ( 1977269)。 あきらか に労働力の価値に影響する労働者の抵抗には、 産業予備軍の状態したがって労働力の需給関係が考 慮されており、 また短期的な賃金上昇が、 長期的なものとして成立する労働力の価値に組み込まれ るメカニズムが示唆されている30)。
後者の、 労働力の価値は労働者が搾取を 「すすんで受け入れるのを保証するために必要なもの」
をしめすという理解は、 資本による労働力の利用可能性は、 分配的公正と 「かなりの」 賃金とにか んする労働者の観念に対応する賃金水準にかかる ( 1977269) という理解に具体化さ れる。 この理解に含意されているのは、 労働力の価値概念には、 搾取への抵抗にたいする労働者の 決意、 消費者としての労働者の地位にかかわる満足や不満、 さらに 「公正な」 所得分配にかんする 労働者の観念などが反映される、 ということである。 つまり、 労働力の価値決定に闘争が介在する ということは、 賃金・労働条件・生活状態などについての労働者の意識が価値決定過程に介在し、
これが労働力の価値水準に反映されるということである。 この意識のうちには労働意欲の形成も含 まれるであろう。 要するに、 労働力の価値水準には、 労働者が資本主義的生産を 「すすんで受け入 れる」 かいなか、 資本主義的生産関係に同意する水準であるかいなか、 という判断が反映される。
そこでフリードマンの理解を延長すると、 たとえば、 独占段階での労働者の抵抗を抑え搾取への同 意をとりつけるために、 独占力にもとづく裁量の余地をもった管理者は労働力の価値水準それ自体 を変更しうる、 という理解も容易に生じうる。 こうした理解はマルクス派経済学における従来の労 働力の価値概念の理解をこえた政治主義的理解であり、 さらなる展開を必要とすることはたしかで あるが、 それは、 労働力の価値概念の理解について1つの新たな方向を示唆している。
本節では、 中心−周辺関係の形成にかんする議論を検討する。 フリードマンの基本的考えは、 労 働者の抵抗と管理戦略から企業内部・企業間・諸国間における労働者の中心−周辺関係が形成され、
この中心−周辺関係の変化が、 企業配置・租税・就業構造などをつうじて産業と地域の長期的発展 パターンを規定していくというものである ( 1977138140)。 フリードマンは絹リボン・
メリヤス・自動車という3つの産業の事例研究をつうじて、 以上の中心−周辺関係の形成を例証す るのだが、 これには議論に必要なかぎりで言及することにしよう。
[1] 中心−周辺関係の形成にかんする議論で、 労働過程論の観点から問題にすべきは、 (1) 労働 者の分断にもとづく異なる管理戦略の適用、 (2) 中心−周辺関係の形成要因、 という2つの論点で ある。 本項と次項では (1) を検討する。
すでにみたようにフリードマンは、 管理戦略の硬直性に対応するべく、 管理者は中心労働者と周 辺労働者とに労働者を二分し、 それぞれに異なる戦略を適用すると主張する。 まず確認できるのは、
フリードマンは一方で労働者の分断にもとづいて異なる管理戦略が適用されるのは資本主義の歴史 全体をつうじて確認できる事実である、 と主張しながらも、 他方では労働者の分断は独占段階では 職務分割という特有のかたちをとる、 という把握をしめしている点である。 しかし、 19世紀の労働 者は熟練労働者と不熟練労働者に分割され、 両グループに別々の戦略が適用されたといわれるばあ い、 当時の複雑な前貸関係を考えれば、 これが企業内部の労働者分断にもとづく異なる統制戦略の 適用といえるかどうかは疑問である。
具体的にみよう。 フリードマンは、 19世紀20年代から70年代のコベントリーの絹リボン産業にお ける都市織工と農村織工について、 また19世紀60年代から世紀末までのレスターのメリヤス産業に おける都市編工と農村編工についても、 中心−周辺関係と異なった統制戦略の存在とを指摘する。
だがこれらの企業内の中心−周辺関係は、 前貸関係にもとづく都市労働者と農村労働者の区別であ る。 2つのグループに異なった戦略が適用されるとしても、 これらの区別はもともと存在したもの であって、 労働者の分断は雇主が意識的につくりだしたものではない。 しかし独占段階の内部労働 市場の形成にもとづく労働者の分断は、 管理者のイニシアティブによって意識的につくりだされる。
すなわち、 同一企業の内部に、 高い雇用保障と高賃金を特徴とする中心職務を設け、 これらの職務 にある労働者には責任ある自律戦略を適用する一方、 低い地位・賃金・職務入場資格の周辺職務に は社会的な被差別的労働者グループをあて、 直接的統制戦略を適用する。 これは独占段階における 職務分割とこれにもとづく統制であり、 以前の段階におけるように前貸関係にもとづく都市労働者 と農村労働者の区別を所与とし、 これに依存するような戦略の適用ではない。 また独占段階の職務 分割では、 管理者は中心職務には必要以上の教育資格を要求し、 人種や性の点で差別的な補充手続 きをおこなうというように、 中心職務と周辺職務の分割にさいしての人為性も指摘することができ る ( 197754)。
したがってフリードマンのいうように、 労働者の分断にもとづいて異なる管理戦略が適用される としても、 労働者の分断が統制目的から意識的になされる点で、 独占段階で生ずるものはそれ以前
のものとは区別されるべきである。 また独占段階に特有の職務分割は、 内部労働市場における 「手 続き」 や金銭的インセンティブの付与や管理権限への参加などを重視する観点と重ねてみれば、 あ きらかに官僚制的統制の構造をしめすものと理解することができる。
[2] けれども、 以上の点を留保するならば、 独占段階における中心と周辺への労働者の分断と、
各グループへの異なる統制戦略の適用というフリードマンの主張は注目にあたいする。 たしかに官 僚制的統制は、 職務のヒエラルキー的ランクづけ (および恩典) によって、 同一企業内労働者を異 なった階層に分断する。 これはこの統制自体がうみだす結果である。 けれどもフリードマンでは、
中心労働者と周辺労働者に別々の管理戦略が適用され、 これによって各グループに適用される統制 戦略がその統制効果を高める、 と主張される。 たとえば管理者は、 周辺労働者にたいしてレイオフ などの直接的統制戦略を強化することによって、 中心労働者の雇用保障を中心とする責任ある自律 戦略を確保すると同時に、 その統制効果を高める。 このように、 分断された労働者に異なる管理戦 略を用いることで統制が効果を増し、 労資関係を安定させるという主張はエドワーズには存在しな いか、 あってもごく希薄な主張である31)。 むろんエドワーズの究極の問題関心が、 アメリカの労働 者階級がなぜ弱体化したのかという点にあり、 この問題への解答をなすのが異なる統制構造にもと づく3つの労働市場への分断という主張である以上、 労働者階級全体についてみれば、 エドワーズ とフリードマンの主張は一致するかもしれない。 だがエドワーズの主張は、 異なる管理戦略が同一 企業の異なる労働者グループにセットで用いられるというものではない。
労働者の分断にもとづく異なる統制戦略の適用というフリードマンの主張は、 管理戦略としてき わめて現実性をもっている。 たとえば、 日本でいえば正社員〈対〉非正社員、 男性労働者〈対〉女 性労働者、 といったかたちで労働者を分断し、 これらにたいして異なる統制戦略を用いることは労 働者を統制する重要な手段となる。 非正社員のなかにはむろん派遣労働者、 パートタイマー、 下請 労働者、 外国人労働者などが属する32)。 欧米先進国では、 フリードマンがあげるように、 とくに移 民・移住労働者や人種、 性などが分割ラインとして重要になるであろう33)。
[3] そこでこの考察は、 エドワーズの統制理論に欠落している論点を埋めることになる。 すなわ ち、 それはたとえば、 同一企業で官僚制的統制システムがある労働者グループに適用される一方、
別のグループには単純統制や技術的統制が適用され、 このような統制方法の相違にもとづいて労働 者のあいだに新たな分断をもたらすことによって、 管理者の統制能力全体を高める、 という理解を もたらすからである。
だがフリードマン自身は、 エドワーズらの労働分断化論にたいして、 以上とは異なる観点から批 判をくわえている。 フリードマンはいう。 アメリカ・ラディカルズによる労働者の体系的分割の研 究には問題がある。 第1に、 近代工業期の労働人口の均質化が独占資本主義期には階層化にとって かわられた、 というのは誤りである。 階層化は (イギリスの) 近代工業期全体をつうじて存在した。
第2に、 「雇主たちは、 従業員を分割統治することをもくろんだ戦略にむかった」 というように、
労働者の分割と階層化は管理者の意図的な統制の結果として 「陰謀的な仕方で」 つくりだされるの ではない。 性・人種・熟練・教育歴による分割は、 独占資本主義にも資本主義それ自体にも先行す る。 管理者は、 独占段階では異なる職位をうみだすことで労働者を分割するが、 管理者はしばしば 労働者による分割の要求に従いもする。 総じて彼らの労働分断化論には、 労働者の抵抗の強調不足 があり、 抵抗が労働者間に異なるかたちで配分され、 管理者が抵抗を調停し、 取り込む側面をみの・・
がしている ( 1977113114)。
第1点については、 フリードマンには、 資本主義の歴史全体をつうじて労働者は中心と周辺に分 割され、 異なる戦略が使われてきたという認識がある ( 1977265266)。 しかしすでに 指摘したように、 独占段階以前の労働者の分断は、 前貸関係を基礎とする労働者間の既存の分断に 依拠していた。 だが、 フリードマン自身 「責任ある自律の戦略の有効性は、 独占資本主義との関連 で考察されなければならない」 と主張するように、 独占段階の責任ある自律戦略にもとづく労働者 の分断は、 起源と内容の点で独自なものとみなければならない。 起源の点では、 これ以前の責任あ る自律戦略は封建時代からの持ち越しとみなされたにすぎなかったが、 独占段階でのそれは、 ①産 業予備軍の枯渇と、 ②不熟練労働者の組織された抵抗、 が現われたために採用されたのである ( 1977101)。 ②の事情はとくに、 半熟練労働者が主流になり、 20世紀になってはじめ て 半 熟 練 労 働 者 と レ イ バ ラ ー と が 組 合 に 組 織 化 さ れ る よ う に な る と い う 認 識 に し め さ れ る ( 197764 192)。 アメリカ・ラディカルズはまさにこの労働均質化傾向を破壊するため に官僚制的統制が出現したと論じたのであり34)、 フリードマン自身も、 独占段階の責任ある自律戦 略の効果として、 競争する小グループへの階層化による 「共鳴の減少」 をあげるのである ( 1977101)。 内容の点でも、 彼は内部労働市場における 「手続き」 の使用や、 金銭的 インセンティブの付与や、 管理権限への参加や、 組合官僚制を利用した労働者の取り込みなどを、
管理者が労資対立を承認しこれとの妥協をはかるもくろみとして、 独占段階に固有とみなしている。
だからアメリカ・ラディカルズにたいして、 労働者の分断政策は資本主義のどんな時期にも存在し たと批判するのは的を射ていない。 ここでも統制の具体的構造を問題にせず、 それを2つの抽象的 な戦略概念にくくってしまったフリードマンの難点が現われている。
これに反し第2の点は正当である。 これは、 統制戦略が労働者の抵抗と管理者の対抗圧力との妥 協として成立するという、 フリードマンの階級闘争にたいする健全な理解に裏づけられたものであ る。 そして別のところで指摘したように、 アメリカ・ラディカルズも、 労働者の分断が雇主側のイ ニシアティブによって一方的に 「陰謀的な仕方で」 つくりだされるという見方を修正してきている のである35)。 このさい労働者の分割と階層化が 「陰謀的な仕方で」 つくりだされるのではないとし ても、 トップの管理者がこの分割と階層化の過程に意識的に関与できることは、 むろん否定すべき ではない。
[1] フリードマンの労働者の分断化と、 これにもとづく管理戦略の割りふりの議論には、 不明瞭 な点も多い。 第1に、 中心労働者と周辺労働者にたいし、 かならずしも2つの戦略が使い分けられ るわけではない点、 第2に、 戦略の通時的変化と戦略の使い分けとの関係が不明確である点、 であ る。 彼の事例研究を参照しつつ、 これらを検討しよう。
第1は、 2つのグループにたいして明確に異なる戦略が適用されないばあいもあるという点であ る。 たとえばコベントリーの絹リボン織業では、 2つの労働者グループにたいし、 19世紀をつうじ てつねに直接的統制戦略と並行して責任ある自律戦略が適用されたわけではない。 この産業では、
都市織工 (中心労働者) と農村織工 (周辺労働者) との分断があった。 いずれの織工も前貸制度に 支配されていたが、 都市織工は共同地によって周囲の産業予備軍から保護され、 組織化がすすんで いた。 彼らは中世の賃金慣習である 「価格表 」 によって賃金を支払われ、 安定的生活 が保証された。 だが農村織工は女性と子供であり、 ほとんど組織化されず、 抵抗も弱く、 低賃金だっ た (1977147151152154155)。 フリードマンは、 1840年代と50年代に蒸気工場が建 設されたとき、 雇主は、 時間とペースについて自律性のあった家内織工を工場や作業場に押し込み、
機械作業につかせ、 価格表以下の賃金を支払うなどのかたちで直接的統制にむかった、 と主張する。
だが都市織工にたいしては直接的統制はスローダウンしたという。 なぜなら雇主は、 農村織工の賃 金カットと仕事削減という農村織工の犠牲によってコストを削減したからであり、 製品市場での雇 主の独占力と、 労働市場から保護された抵抗の強さによって、 都市織工はかなりよいか、 まずまず の生活を獲得できたからである。 他方、 価格表がなく所得も低く、 未組織の農村織工は都市織工の ためのいつでも使い捨ての産業予備軍を構成したので、 低賃金と雇用不安定という直接的統制をこ うむった (1977152155)。 だとすればこのばあい、 農村織工にはたしかに直接的統制 戦略が適用されたものの、 都市織工には責任ある自律戦略ではなく、 たんにスローダウンした直接 的統制戦略が用いられたにすぎないのである。
メリヤス産業の例もある。 19世紀中頃から末にかけてレスターのメリヤス産業では、 労働者は、
レスター (都市) の男性編工と農村女性編工に分割されていた。 製品市場と労働市場が競争的だっ たので、 企業の独占力は弱く、 労働者間の分断は強固ではなく、 抵抗も弱かった。 そこで19世紀全 体をつうじてレスターと周辺農村では、 安価で強制可能な労働者を追求する直接的統制戦略がとら れたといわれる (1977159160167)。 直接的統制は、 編枠の賃料その他の控除・現物 支払い・作業場の設立などによって直接的に、 また直接的統制が容易な地域への作業場の移動によっ て間接的に、 実現された (1977173)。 ただ1866年1870年代中頃の製品需要の増加・労 働力の希少化・スト増加の時期にだけ、 雇主は責任ある自律の戦略にむかった。 雇主は 「レスター 調停・仲裁委員会」 をつうじて労働者に譲歩をあたえ、 労働者代表を取り込もうとした。 だが豊富 で安価な労働力が利用可能になった19世紀の最後の四半期には、 雇主は直接的統制戦略に逆戻りし た。 雇主はもはや譲歩せず、 委員会は機能を停止した (1977171175)。 したがってフ
リードマンは、 レスターの男性労働者とレスターシャーの農村労働者とのあいだに中心−周辺パター ンを指摘しながら、 統制の面では一般的には直接的統制戦略が両者に適用されたと主張する。 メリ ヤス産業のばあい、 製品需要・労働市場・労働者の抵抗の状態を反映して、 一般に直接的統制の戦 略が2つのグループに適用された。 製品需要・労働市場・労働者の抵抗といった条件がゆるんだご く短い期間にだけ、 一時的に都市編工に責任ある自律戦略が適用されるが、 これらの条件が変化し たとき直接的統制戦略に逆戻りした、 というのである。 そうだとすれば、 労働者の分割があったと しても、 異なる労働者グループにつねに異なる統制戦略が適用されたわけではないことになる。 た しかにフリードマンは、 農村女性労働者には直接的統制戦略が容易だったので、 雇主は都市男性労 働者に、 抵抗するなら工場を移動するとおどし、 雇主は一方の労働者を他方の労働者に対立させた という事実を指摘するが ( 1977175)、 2つのグループに適用された統制戦略の相違は 程度を異にしていたにすぎないことになる。
以上の事例の検討からわかるのは、 結局、 労働者の分断の事実は指摘されるが、 かならずしも両 グループに異なる戦略が使われるわけではないということである。 フリードマンにとっては、 分断 された労働者が管理者によって異なるあつかいをうけることが重要なのかもしれないが、 戦略の区 別はあいまいなままである。
[2] 第2は、 戦略の通時的変化と戦略の使い分けとの関係が不明確であることである。 絹リボン 織業とメリヤス産業における戦略の通時的変化の事実は、 すでに指摘した。 問題は一方の労働者に たいして戦略の通時的変化が生ずるばあいに、 他方の労働者にたいする戦略がどのように変化する のか、 という点である。 絹リボン織業で1840年代と50年代に直接的統制への移動がおこったとき、
都市織工にたいする直接的統制は緩和されたが、 農村織工はより厳しい直接的統制をこうむった。
メリヤス産業で1860年代から70年代にかけて一時的に直接的統制戦略から責任ある自律戦略への転 換がおこったとき、 農村女性労働者が未組織であったという事情、 また責任ある自律戦略が労働者 代表の取り込みのかたちをとったという事情からして、 おそらく責任ある自律戦略への転換は都市 労働者にたいしては農村労働者にたいしてよりも明確なかたちをとったであろう。 この相違はある としても、 戦略の転換は2つのグループにたいし同じかたちで生じた。 そうだとすれば、 絹リボン 織業でもメリヤス産業でも、 一方の労働者グループにたいする戦略の転換は、 他方の労働者グルー プにも同じ性質の戦略の転換をうんだことになる。 ただ戦略の転換の程度が異なったにすぎない。・・・・・
雇主は、 2つの労働者グループに、 責任ある自律と直接的統制という2つの戦略を使用したわけで はない。 同じ戦略を程度を異にして使用しただけである。
自動車産業の事例では、 労働者グループ間の分断構造さえ不明確である。 製品サイクルの高級品 の時期 (19211932年) は2つの戦略が混在した時期であり、 管理者は個人的出来高作業システム をふたたび課すなど、 一方で直接的統制の戦略を追求し、 他方では組合指導者の取り込みや高賃金 の支払いなどの責任ある自律戦略を追求したとされる ( 1977200202)。 このばあい、
異なる戦略が適用される労働者グループ間の区別がどこにあるかが判然としない。 また製品サイク ルのピーク期の加速部分 (19321957年) では、 賃金増加、 組合承認、 ギャングシステムの承認、
職務保障などのかたちで責任ある自律戦略が支配的になるが ( 1977208209212215)、
60年代末と70年代初めには責任ある自律戦略は、 貨幣出来高制から時間出来高制への変更 (作業測 定の導入)、 「コベントリー工具室協定」 の廃止、 冗員整理などの直接的統制戦略に転換する、 と いわれる ( 1977232)。 これらのばあいにも、 戦略の適用対象をなす労働者グループの 区別は不明である。 フリードマンは一方では、 40年代と50年代の自動車企業では膨大な労働者が中 心労働者とみされていたと指摘するが ( 1977221)、 他方ではこれらの記述を終えたの ちに、 ついでのように、 熟練・半熟練・不熟練労働者の区別は企業内部の中心−周辺関係をなさず、
中心−周辺関係は肉体労働者と非肉体労働者 (管理、 技術労働者) とのあいだにあったという ( 1977241)。 前者だとすれば労働者の分割は存在せず、 後者だとすれば肉体労働者と 非肉体労働者とへの異なった統制戦略の適用という記述を欠いている。 さらに、 1960年代に企業は、
内部に中心−周辺関係を形成することで直接的統制の強化を試みて、 ミッドランズよりも賃金の低 い失業地域に工場を建設しようとした。 これは賃金不平等に起因する紛争をうんだので結局失敗し たのだが ( 1977221224)、 このばあいにも、 この試みがなされる以前の労働者の分断 構造がしめされていない。 異なる統制戦略が適用される中心労働者と周辺労働者との区別が、 自動 車産業の事例研究ではまったく不明確なのである。
以上をまとめよう。 異なる労働者グループに異なる統制戦略が適用されるという主張は、 2つの 意味で、 一定の幅をもって理解されるべきであると思われる。 第1に、 異なる労働者グループに異 なる統制戦略が使われるというばあい、 異なる戦略はかならずしも一方が他方と対極的性質をもつ 必要はない。 直接的統制や責任ある自律の戦略が適用される程度を異にするだけで、 労働者を分断 することは十分に可能だからである。 第2は、 統制戦略の通時的変化は、 分断された労働者への異 なった戦略の適用から独立に生じうることである。 このことからわかるのは、 統制関係の考察で基 本となるのはまず支配的統制形態の確定であり、 労働者の分断にもとづく異なる統制戦略の適用は、
統制の効果を高めるための応用戦略だということである。 だからある統制形態の効果を高めるため に、 管理者は、 労働者の分断がなく一様な統制形態が適用されている状態から、 労働者の分断化に もとづく異なる統制戦略の適用 (同一の性格で程度を異にするというばあいも含む) にすすむばあ いもあるし、 逆に、 後者の企図が失敗して、 前者の一様で同一の統制形態に回帰することもありう るのである。
[1] 中心−周辺関係の形成要因の問題に移ろう。 フリードマンが労働者統制の問題から企業内お よび企業間の中心−周辺関係に議論をすすめ、 従属理論に依拠してそこからさらに、 国家間の資本
移動にもとづく中心−周辺関係の形成の議論にむかっていることは、 労働過程論の文脈では特異な 理論的展開をなしている。
彼は、 労働者間の3つの中心−周辺関係の形成を論ずる。 第1は、 すでにみたような企業内の中 心−周辺労働者の関係であり、 第2は、 企業間協力における中心−周辺関係であり、 第3は国家間に またがる中心−周辺関係である。 第2の関係は典型的には下請関係をとる。 親企業がいくつかのデ メリットにもかかわらず下請関係を維持するおもな理由は、 フリードマンによれば、 親企業が自企 業内部に中心−周辺関係をつくりだせない点にある。 たとえば、 親企業が賃金格差を設けることに よって中心労働者と周辺労働者への分断を試みるとき、 労働者の抵抗に出会うという困難である。
そこで親企業は下請企業を乗っ取ることなく、 下請関係を維持する。 こうすることで親企業は、 不 況時には下請企業を 「締め上げ」、 下請企業に労働者をレイオフさせることで、 自企業の中心労働 者の雇用保障 (責任ある自律戦略) を守ることができる。 また下請企業の労働者に作業を代行させ ることができるので、 自企業内の労働者の抵抗による生産中断を回避したり、 反抗的労働者を解雇 することができる ( 1977115116 244) 。
第3の関係は、 企業が工場を海外移転することで形成される中心−周辺関係である。 フリードマ ンの説明によると、 1960年代初めに主要自動車企業は新工場建設や工場の拡張を、 高失業と低賃金 の地域 (リバプール周辺とスコットランド) でおこなったが36)、 これらの地域の労働者は強力なショッ プ・スチュワード組織を展開したので、 1960年代中頃には企業の工場間・企業間の賃金不平等に起 因する紛争が生じた。 こうして伝統的自動車工業地域 (コベントリーなど) から切り離して、 企業 内部に周辺労働者を形成する戦略は、 1960年代遅くに失敗した。 だがイギリスにあるアメリカ自動 車企業は、 1960年代から工場を海外に移転しはじめていた。 移転先は大陸ヨーロッパの先進諸国と 低開発諸国のケースがあったが、 移転の理由は下請関係の維持のばあいと同じだった。 すなわち、
工場をイギリスからヨーロッパ諸国 (とくにドイツやフランス) に移動させた 「おもな理由」 は、
「異なる諸国でそっくりの施設をもつことによって自分の労働者をあつかうさいに企業が獲得する フレキシビリティ」 にあった37)。 またスペイン、 ブラジル、 アルゼンチンのような低開発諸国で生 産をおこなう 「おもな利点」 も、 これら諸国の低賃金、 労働者の未組織状態、 労働組合とストの非 合法化などの事情にあった ( 1977221224 260)。 これらのばあい、 本国工場の全労働 者〈対〉海外工場の全労働者という中心−周辺関係が形成される。
第2と第3の中心−周辺関係の形成は、 1970年代以後の合衆国でも顕著にみられた現象である。
ブルーストンハリソン (1984第6章) によれば、 1970年代以来の国際競争の激化と合衆国企業の 国際競争力の低下による収益性悪化とは、 企業に、 即効薬的な収益性と、 高い労働コストを低下さ せる方法とをもとめさせた。 それは二重の戦略をうみ、 これらの戦略が未曾有の資本移動をうんだ。
すなわち、 一方ではコングロマリットや伝統的生産企業は、 投資の資金繰りや経営多角化の資金獲 得のために、 収益性のある会社から現金を吸い上げてしまうやいなや規模を縮小したり、 閉鎖した り、 子会社を売却する戦略をとった。 これによって収益性のある会社や生産性の高い工場が壊滅し
た。 他方では企業は、 高くつく労働から逃れようとして資本を古い工業地域から国内の別の地域や、
海外に移転させる戦略をとった。 移転先は国内では、 「就業権」 法38)を採用して労働組合の組織化 を妨げている南部諸州などであり、 海外の 「逃亡」 先はメキシコ、 台湾、 シンガポールなどの低賃 金で過酷な労働条件を押しつけることのできる国だった。
後者の戦略について、 ブルーストンとハリソンは、 フリードマンとまったく同じく、 並行生産と 下請会社への多重発注との利点を指摘する。 並行生産とは、 会社の2つの工場に、 本質的にはうり 2つの同じ構成部品をつくらせる方式であり、 これによってもとの工場でストなどの混乱があって も生産を継続することが可能になる。 だからこれは不当労働行為をおかすことなくストを破ること のできる戦略であり、 労働組合にとって脅威となる。 下請会社への多重発注とは、 1つの下請会社 に、 この会社が完全な供給能力をもつばあいにも、 一括発注契約をあたえない方式である。 親企業 はこれによって下請企業を相互に競争させ、 下請企業はこのために生産縮小や労働者解雇などの面 で親企業への従属を強めるとともに、 組合と精力的に対抗せざるをえなくなる。 海外移動のばあい には、 企業は並行生産と下請政策とによって 「1つの国の組織化された労働力と他の国のそれとを 雇用のために競わせて、 労働者に対する圧力を増大することができる」 (ブルーストンハリソン 1984276)。 また海外逃亡や工場閉鎖のおどしは、 州政府にたいする企業免税や企業に付与すべき 特権の要求をうけいれさせ、 反組合的環境づくりに効果がある。 こうしてブルーストンとハリソン は、 並行生産と下請会社への多重発注などによって 「国内であるグループの労働者と別のグループ の労働者を競わせるという戦略的な発明」 は、 「世界経済の中でも標準的な行動様式になっている」
(ブルーストンハリソン1984268) と指摘する。
以上の合衆国の事例からもわかるように、 フリードマンの議論はかなりの一般性をもつ39)。 けれ どもこれらの議論には多くのあいまいさも存在する。 2、 3のものにかぎって検討しよう。
[2] 第1に、 中心−周辺関係は、 親企業の管理戦略だけから形成されるのではないという点があ る。 企業間関係について、 フリードマンは大企業が下請関係を維持する理由として、 管理権限を維 持するためのフレキシビリティのほかに、 下請企業の低賃金による財の価格の引き下げというメリッ トや、 下請企業との財の発注交渉や契約終了にさいしての調整のフレキシビリティの保持をあげる ( 1977244)。 だとすれば、 下請関係は、 かならずしも親企業内の労働者管理戦略とそ・・・・・・・・・
れの変化だけから維持または形成されるわけではない。
・・・・
同じことは、 工場移転による多国籍化のばあいにも妥当する。 フリードマンは、 大陸の先進諸国 への工場移転の理由として、 本国労働者にたいする管理戦略とはかかわりない多国籍化理由をも示 唆している。 すなわち、 低賃金で長時間労働し、 解雇が容易な移民・移住労働者の単純な利用可能・・・・・・・
性である ( 1977259)。 これは労働者の管理戦略の問題に属しはするが、 本国労働者に
・
たいするそれに属するのではない。 使い捨て労働者の単純な利用可能性の問題である。 また低開発 国への工場移転のばあいにも、 低賃金、 労働者の使い捨て可能性、 超過労働などによってコストダ