日本語のパラ言語的情報からみた認識差
-日本語母語話者と外国人日本語学習者の対照分析-
【要旨】
1.はじめに
外国人日本語学習者は日本語を学ぶ際、単語の意味や文法中心に学ぶことが多い。つまり、
日本語の辞書的な意味(辞書に記載されている意味-言語的情報 )を中心に学んでいるといえ る。しかし、日本語には話者の意図により言語的情報は同様であるが、表現意図が異なってい る時も少なくない。特に感情というものは、言語的情報の意味以外にも様々な表現ができる。
外国人日本語学習者は、日本語の感情に関してどのような教育を受けているのだろうか。筆者 をはじめ、外国人日本語学習者は日本語の感情というものを覚えるとき、感情を表す語彙(例 えば、喜び・怒りなど)を覚え、それが意味するのは自分の母語と文化と同じであろうと思い 言語的情報を覚えているのではないか。しかし、学習者は言語や文化も異なり、日本語の感情 というものは話者の状況により常に変化したり、度合いが異なったりするため、聞き手は話者 の意図を状況に対応しながら認識しなければコミュニケーションがうまくいかない場合も生じ る。
本研究は、日本語のパラ言語的情報を日本語母語話者及び外国人日本語学習者がどのように 認識しているかの基礎的な研究からはじめ、日本語母語話者及び韓国・中国・インドネシア人 日本語学習者を対照比較した研究である。
2.研究概要
本研究は、日本語の音声に含まれているパラ言語的情報に関して、聞き手としての認識調査 を数量的・質的に検討したものである。
研究で使用した感情を込めた音声(音声サンプル)は、4 つの刺激語句「バナナ」「早く」
「すみません」「そうですか」に10種類の感情語(怒り・喜び・皮肉・恐れ・悲しい・驚き・
媚・穏やか・おかしい・疑い)を専門声優男女に発話してもらった。この音声サンプルを「感 情を込めた音声」と呼ぶ。
研究にあたって2つの手法を使用し実験を実施した。
1 つ目の手法は数量的分析を考えて、探索的・確認的因子分析を用いた。実験協力者は日本 語母語話者と外国人日本語学習者(韓国人・中国人・インドネシア人)を対象とした。
まず、実験協力者に感情を込めた音声を聞いてもらい 5 段階評定尺度で評価してもらった。
評価してもらったデータに基づいて単純集計を経て、探索的・確認的因子分析を利用し日本語 母語話者と外国人日本語学習者の潜在に隠れている要因をさぐり、日本語母語話者と外国人日 本語学習者との差異を確認した。
2 つ目の手法は質的分析を考えインタビューを行った。2 つ目の質的な研究のために筆者が 選んだ手法はプロトコル分析の発話思考法に基づいたインタビューであった。また、インタビ ューから得た内容を文字化しそれを数値化した。数値化することで多変量解析法のコレスポン デンス分析を実施することができる。
3.第Ⅱ部各論-分析結果
第Ⅱ部の各論では、第3章から第8章に構成されている。
日本語のパラ言語的情報に関する認識の差異について、日本語母語話者をはじめ、韓国人日本 語学習者、中国人日本語学習者、インドネシア日本語学習者を対象として検討する。分析にあ たって、多変量解析法を用いて量的・質的分析を行う。各国別に日本語のパラ言語的情報に関 してどのような手掛かりで認識しているかを明らかにすることを目的とする。
第3章の「日本語のパラ言語的情報からみた認識差-日本語母語話者を対象として-」では、
日本語母語話者の数量的・質的分析の結果を述べた。日本語母語話者に聞き手として 認識調査を行った。実験協力者から得られたデータを用いて多変量解析法を用いて検 討した。日本語母語話者は、5段階評定尺度の平均値が2以下となった感情項目は女 性音声の中、刺激語「早く」の感情語「おかしい」のみであった。また、探索的因子 分析の結果、ネガティブな情報を受容している『ネガティブ受容』そして『ポジティ ブ』『不快』という 3 つの因子が潜在していることが明らかになった。また、確認的 因子分析から適切性を検討した。さらに因果関係を確認した。10種類の感情込めた音 声のうち、<恐れ>は『ネガティブ受容』に影響与えている、<喜び>と<媚>は『ポ ジティブ』に、<疑い>は『不快』に影響を与えていることが明らかになった。
さらに、第8章の「パラ言語的情報の音声の特徴に関する質的分析」での日本語母 語話者は、22項目の感情を込めた音声に対して、3つのカテゴリーが形成されている ことが明らかになった。また、プロトコル分析の発話思考法を用いて行ったインタビ ューでは声の強弱に関する言及が多かった。つまり、日本語母語話者は日本語のパラ 言語的情報のうち、声の強いと弱いに敏感であることがいえる。また、共分散構造分 析では『ネガティブ受容』と『ポジティブ』、『ポジティブ』と『不快』に有意差がみ られた。
第4章の「日本語のパラ言語的情報からみた認識-韓国人日本語学習者を対象として-」で は、韓国人日本学習者の数量的・質的分析の結果について述べた。韓国人日本語学習 者を聞き手として認識調査を行った結果、単純集計の場合は、5段階評定尺度で平均 値が2以下になったケースは5項目である。その中でも男性の「そうですか」の<怒 り>については<喜び>か<驚き>と認識していることが明らかになった。
つまり、第9章「パラ言語的情報の音声の特徴に関する質的分析」からも分かるよ うに、韓国人日本語学習者には文脈がないと感情の判断が難しいという言及が多く、
音声(強弱及び高低)だけではパラ言語的な情報がつかみにくいという傾向が示され ている。また、探索的因子分析は因子の重みは少し異なるが10種類の感情について 日本語母語話者と同様であった。
第5章の「日本語のパラ言語的用法から見た認識差-日本語母語話者と韓国人日本語学習者 の対照分析-」では、日本語母語話者と韓国人日本語学習者にはどのような同異があ るかを比較することにした。その結果、日本語母語話者と韓国人日本語学習者間には 大きな認識の差異は見られなかった。ただし、認識の度合いの面では韓国人日本語学 習者より日本語母語話者のほうが、認識度が高いことがわかった。
第6章の「日本語のパラ言語的情報からみた認識-中国人日本語学習者を対象として-」で は、中国人日本語学習者の数量的・質的分析の結果について述べた。中国人日本語学 習者を対象として認識調査を行い、その結果に基づいて多変量解析法を用いて分析を 行った。単純集計では、10項目のうち、<皮肉><おかしい><媚>に対して平均値 2以下となった。<皮肉>を<穏やか><喜び>と認識していることがわかった。ま た、探索的因子分析は日本語母語話者や韓国人日本語学習者と異なって、潜在に4つ の因子を持っていることが明らかになった。また、確認的因子分析の結果、「喜び」は
『ポジティブ』に<皮肉>は『不快』に、<恐れ>は『ネガティブ受容』に<驚き>
は『緊張・弛緩』に影響を与えていることが明らかになった。
さらに、第8章の「パラ言語的情報の音声の特徴に関する質的分析」では4つのカ テゴリーにまとまっていることが示唆されていた、中国人日本語学習者の場合、日本 語母語話者のように音声の強弱に関する言及は少なかった。ただし、数値化して表す ことは難しいが、声の高低に関する言及が多かった。これは中国語には四声があるた め声の高低に敏感なのではないかと推察される。また、共分散構造分析では、『ポジテ ィブ』と『不快』を除いた『不快』と『ネガティブ受容』、『ネガティブ受容』と『緊 張・弛緩』、『ポジティブ』と『ネガティブ受容』の因子間に有意差がみられた。
第7章の「日本語のパラ言語的情報からみた認識-インドネシア人日本語学習者を対象とし て-」では、インドネシア人日本語学習者の結果を述べた。5段階評定尺度で平均値 2以下になった感情語は<怒り><皮肉><おかしい>の3つであった。インドネシ ア人日本語学習者は日本語母語話者、韓国・中国人日本語学習者と異なって<怒り>
に関して認識度が弱った。今回の調査に参加された実験協力者の多くはスンダ語話者 であった。現地のスンダ語話者によると、対外的に社交的な場面で<怒り>を表出す ることは恥だと認識していることがあったため<怒り>に関する感情について認識度 が低いことも関連があると考えられる。次に、探索的因子分析の結果では中国人日本 語学習者と同様に4つの因子が潜在していることが明らかになった。しかし、因子数 は同様であっても因子構造は全く異なった。4つの因子は『ネガティブ受容』『ポジテ ィブ』『感情の婉曲』『ネガティブ表出』である。確認的因子分析で、<悲しい>と
<恐れ>は『ネガティブ受容』に、<喜び>と<おかしい><媚>は『ポジティブ』
に、<皮肉><疑い><穏やか>は『感情の婉曲』に同様な栄起用を与えていること がわかった。また、『ネガティブ表出』は<怒り>より<驚き>のほうが影響与えてい ることがわかった。さらに、共分散構造分析ではすべての因子間に有意差がみられた。
4.結論-日本語教育への提案 第Ⅲ部の結論について述べる。
第9章では日本語教育への提案として、「日本語教育への提案-「eduVoice」開発を中心に
-」というタイトルで述べた。日本語のパラ言語的情報に関する認識を日本語教育面 に応用することと、日本語教育における新しい試みとしてスマートフォンのアプリケ ーションケーションである「eduVoice」の開発を中心に述べた。日本語を学ぶ際、海 外の国を始め、日本国内の日本語学校や大学などの教育機関で行われている日本語の 授業の中で、日本語の音声指導があまり盛んでないことや、授業の内容や学校のプロ グラムではパラ言語的情報が習得できるような内容は、ほとんど含まれていないこと が現在の日本語教育である。このような日本語教育の現状から筆者は、日本語のパラ 言語的情報を外国人日本語学習者が手軽く使用できるような教育教材を考えた。スマ ートフォンアプリケーションである「eduVoice」は、「いつでも・どこでも・だれで も」というeラーニング追求している教育法に応えるような教育用ツールであるとい える。
5.今後の課題
今後の課題として、以下の点をあげる。
第一に、日本語母語話者・韓国人日本語学習者・中国人日本語学習者・インドネシア人日本 語学習者以外の国の学習者を対象とした実験と結果などに展開していきたい。
第二に、本論文では言及してなかった、音声・音響学面での分析も必要である。つまり、同 じ音声を聞いて判断してもらった今回の実験結果は、4つの母語(日本語・韓国語・
中国語・インドネシア語)話者により認識度が異なった。おそらく、実験協力者の 母語や文化などの様々な要素が、日本語のパラ言語的情報を認識する際に影響され 認識度が異なったといえる。本研究の結果から、認識度が高かった感情語と認識度 が低かった感情語など、音響分析を行いそのピッチ・持続時間・音質などを明らか する必要がある。
第三に、スマートフォンアプリケーション「eduVoice」を利用した日本語教育面での活用と 日本語学習者の上達などをはかるなど、スマートフォンアプリケーションを利用し た教育利点などについて研究を進めたい。