はじめに
日本における保育の評価の在り方が今、大きく変わろうとし
ている。平成29年3月に「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」「幼
保連携型認定こども園教育・保育要領」が揃って改訂/改定さ
れ、三者に共通して「育みたい資質・能力」と「幼児期の終わ
りまでに育ってほしい姿」が示された。幼稚園と認定こども園
の要領には、「幼児/園児の理解に基づいた評価」という文言
が入り、その実施について配慮事項が示された。改訂前の両要
領には「指導の過程についての反省や評価を適切に行い、常に
指導計画の改善を図ること」1)
という記載しかなかったから、
評価の重みが増したのは明らかである。
保育の評価をめぐるもう一つの顕著な動きが、評価スケール
の相次ぐ翻訳出版である。2018年に『「体を動かす遊びのため
の環境の質」評価スケール』と『新・保育環境評価スケール3
〈考える力〉』が、2016年には『「保育プロセスの質」評価スケール』
及び『新・保育環境評価スケール〈1〉3歳以上』が刊行され
ている2)
。いずれも英米で開発された評定を伴う評価ツールで
あり、その開発と普及にイギリスが果たしてきた役割は大きい。
本稿では、以上を踏まえて、まず、英米由来の評価スケール
の日本への紹介が進む事情を探る。次にイギリスにおける保育
評価スケール利用と開発の背景を文献及びウェブサイト情報の
検討を通して明らかにする。以上の作業を通して、日本におけ
る保育評価の在り方への示唆を得ることを目的とする。
なお、本稿では保育を、「学齢未満児の養護(care)と教育
(education)の一体的営み」を指す言葉として使用し、どちら
か一方に言及するときには、ケア、教育と記す。保育の場で行
われる営み全般については「事業」を、保育を提供する者は、
学校、保育施設、家庭的保育の別なく「保育者」と表現する。
イギリスは主にイングランドを指すものとする。
Ⅰ.日本における保育の評価
評価とは、価値づけの行為である。保育の評価は、人生の最
要旨
日本における保育の評価の在り方が岐路にある。幼稚園教育要領に「幼児の理解に基づいた評価」が掲げられ、
英米由来の評価スケールの日本への紹介が進む。イギリスは、保育の評価スケールの開発と利用が盛んだが、労働
党政府(1997 ~ 2010)の保育拡充以前は、評価の対象となる保育事業そのものの量的不足と偏在が著しかった。
本稿では日本における評価スケールへの関心の増大とイギリスにおける評価スケール活用と開発の背景を述べた。
キーワード
保育の評価,イギリス,評価スケール,歴史的背景
Abstract
The assessment of early childhood care and education (ECCE) in Japan is at cross-road. The current curriculum
guidelines revised in 2017 lay more weight on assessment. This paper outlines Japanese legislation on ECCE
assessment, then reviews the documents and research papers on ECCE policies in England to investigate the path
to the rating-scale assisted assessments and its impacts. The market-based delivery system in England, once most
effective for the rapid expansion of ECCE, made such assessment tools essential. It also examined why the ECCE
providers were willingly applied the rating-scales.
Key words
evaluation of ECCE,England,assessment scale,historical background
日本とイギリスにおける保育の評価
-評価スケールの利用と開発の背景-
椨 瑞希子
Assessing the Early Childhood Care and Education Practice in England and Japan
Background of the Make and Use of the Assessment Scales and Leveraging
TABU, Mikiko
おわりに
評価は価値づけの行為である。それゆえに評価ツールがいか
に組み立てられようとも、評価者の間にそれを受け入れ利用す
る土壌がなければなかなか広まらない。イギリスにおける評価
スケールの利用拡大と開発には、イギリスの保育者たちが職業
訓練課程を通じて、能力を細分化して評価する方式になじんで
いたからと考えられる。
評価スケールを用いた保育の評価は、使用スケールが測定対
象とした事項については、結果を数値として得ることができ
る。それだけに集計分析のためのデータ集めや、数字の一人歩
きが起こりやすい。イギリスでは、評価を上げるための指導に
注力したり、子どもとのかかわりに振り向けるべき保育者の時
間が、評価のためのデータ収集に費やされるという問題が起き、
Ofstedは今、現場の負担の軽い新たな監査の在り方を模索して
いる11)
。
日本の保育における評価も、そうしたイギリスの経験に学び
ながら、数値を追い求めない在り方を考える必要があろう。
注
1)文部科学省「幼稚園教育要領」第3章第1-2-(2)、平成20年3月31日告示。
内閣府「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」第3章第1、平成
26年4月30日告示。厳密にいえば、後者にはもう一か所、「食育の推進」
に係って、評価が入っている。
2)言及した翻訳書の著者、訳者、出版社は次の通りである(記載順)。キャ
ロル・アーチャー/イラム・シラージ著、秋田喜代美/淀川裕美他訳
(2018)『「体を動かす遊びのための環境の質」評価スケール-保育にお
ける乳幼児の運動発達を支えるために』明石書店。
キャシー・シルバー/イラム・シラージ/ブレンダ・タガート著、平
林祥/埋橋玲子訳(2018)『新・保育環境評価スケール3〈考える力〉』
法律文化社。イラム・シラージ/デニス・キングストン/エドワード・
メルウィッシュ著、秋田喜代美/淀川裕美訳(2016)『「保育プロセス
の質」評価スケール-乳幼児期の「ともに考え、深めつづけること」
と「情緒的な安定・安心」を捉えるために-』明石書店。テルマ・ハー
ムス/リチャード・M.・クリフォード/デビィ・クレア著、埋橋玲子
訳(2016)『新・保育環境評価スケール1〈3歳以上〉』法律文化社。
3)池本美香(2016)「保育の質の向上に向けた監査・評価の在り方」JRI
レビュー,2016Vol.4、No.34、P.97.
4)文部省『幼児教育指導書・一般編』昭和52年19版(昭和43年初版発行)、
pp.175-176。
5)玉越三朗(1951)「幼稚園における指導要錄について」『幼兒の教育』
1951-5。
なお、図表1~5の指導要録の様式は手入力をしたため、実際の通達・
通知様式と異なってみえる部分がある。
6)幼稚園幼児指導要録の様式は、以下に集められている。文部科学省「幼
児教育の評価に関する資料」平成28年3月30日教育課程部会幼児教育部
会資料9。昭和26年の様式は、上掲5)の『幼児の教育』1951-5にある。
7)本節全体に係っては、次を参照されたい。椨瑞希子(2017)「イギリス
における保育無償化政策の展開と課題」日本保育学会『保育学研究』
第55巻第2号。椨瑞希子(2017)「保育の姿」日英教育学会編『英国の
教育』東信堂。太田直子(2010)『現代イギリス「品質保証国家」の教
育改革』世織書房。埋橋玲子(2007)『チャイルドケア・チャレンジ』
法律文化社。山田敏(2007)『イギリス就学前教育・保育の研究』風間
書房。岩間大和子(2006)「英国ブレア政権の保育政策の展開」レファ
レンス2006年4月号、国立国会図書館。山口二郎(2005)『ブレア時
代のイギリス』岩波新書。Pugh,G.ed.(1992)ContemporaryIssuesin
theEarlyYears,P.ChapmanPublishing. 同第3版2001年、同第6版
2013年。
8)今日までの保育関連国基準及びEYFSは、以下のサイトに集積されてい
る。2018年8月20日最終アクセス。https://www.foundationyears.org.
uk/eyfs-statutory-framework/
9)政府は、法定カリキュラムの修了時評価を重視し、「プロフィール作
成の手引き」(ProfileHandbook)を刊行してきた。2007年版EYFS
と、2008年版の「EYFSプロフィール作成の手引き」(Qualifications
andCurriculumAuthority;EarlyYearsFoundationStageProfile
Handbook)では、評価項目がEYFSに示された69項の早期学習目標
とはなっていない。それはEYFSの評価規定が、2003年の「基礎段
階(3、4歳を対象)プロフィール作成の手引き」(Qualificationsand
CurriculumAuthority;FoundationStageProfileHandbook)の規定
を踏襲しているからである。
10)埋橋玲子(2015)「保育の質的評価尺度ECERSとSSTEWの比較検討と
今後の課題」同志社女子大学学術研究年報(66)。埋橋玲子/マゼラ
ス サンドラ(2014)「イングランドにおける『保育環境評価スケール
(ECERS)』の利用:研究と実践」総合文化研究所紀要31。
11)椨瑞希子(1995)「イギリスの保育と保育者養成の新動向」聖徳大学短
期大学部紀要第28号。労働政策研究・研修機構『イギリスにおける能
力評価指標の活用実態に関する調査』JILPT資料シリーズNo.141、
12)Ofstedを率いる主席視学官AmandaSpielman は、各地の教育講演会
において新しい査察の在り方について語っている。例として、HMCI,
Education Policy Institute conference, 3 July 2018. Amanda
Spielman'sspeechattheWellingtonFestivalofEducation,22June
2018.