低体温療法を行った心停止後症候群の aEEG と rSO
2を用いた転帰予測の検討
日本大学大学院医学研究科博士課程 外科系救急医学専攻
伊原 慎吾 2017 年
指導教員 木下 浩作
低体温療法を行った心停止後症候群の aEEG と rSO
2を用いた転帰予測の検討
日本大学大学院医学研究科博士課程 外科系救急医学専攻
伊原 慎吾 2017 年
指導教員 木下 浩作
目次
Ⅰ 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅱ 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅲ 対象と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・-
Ⅳ 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅴ 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅵ 本研究の臨床的な意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅶ 本研究の限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅷ 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅸ 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考資料(2 点)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
表(6 点)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
図(7 点)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
研究業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
8
17 18 20 26 3
10 12 16
16 16
33 26
37
1
Ⅰ 概要
【目的】心停止後症候群に集中治療室で脳モニタリングを行い、脳傷害を評価することは神経学的転帰 を予測するために重要である。本研究は体温管理療法を施行した心停止後症候群に、集中治療室で
amplitude-integrated EEG (aEEG) とregional saturation of oxygen (rSO2) を同時にモニタリングし、
脳波と脳循環代謝を評価し、転帰との関連を検討する。【対象及び方法】日本大学医学部附属板橋病院救命 センターで、低体温療法を施行した心停止後症候群が対象の前向き研究である。自己心拍再開し、集中治療
室へ入室後にaEEG を装着し、rSO2 プローベを前額部に貼付し、同時モニタリングを行った。測定開始 時を直後とし、自己心拍再開後から12 h、24 h、48 hの時点の結果を用いた。aEEG をRundgren らの 報告をもとにcontinuous、flat、burst suppression (BS)、electrographic status epilepticus (ESE) の4 パ ターンに分類した。これまで、心停止後症候群に対する脳機能評価の方法は、連続脳波を 4 パターン もしくは6パターンに分類している。しかし、脳波パターンを詳細に分類しても、転帰予測の精度に は影響を及ぼさなかった。そこで、本研究ではより心停止後症候群の転帰予測を簡便にする目的で、
aEEG 波形を以下の2 群に分けた。正常脳波に近いcontinuous の症例を C 群、その他過去の報告から
脳傷害が強く転帰不良と考えられているflat ・BS ・ESE の症例をnon continuous 群(NC 群)に分類 した。転帰は当院を退院もしくは転院する時点でのcerebral-performance category (CPC) で1、2 を転帰 良好、3~5 を転帰不良とした。脳波の経時的変化を調べ、転帰及びrSO2 との関連を調べた。【結果】直後 にC 群の13 例の中で転帰良好は11 例、不良は2 例であり、NC 群の36 例中4 例が転帰良好、32 例 が転帰不良であった。24 h 後にC 群の18 例中15 例転帰良好、3 例転帰不良、NC 群の31 例中全例転 帰不良であった。24 h 後以降にNC 群の症例は全例転帰不良であった。どの時間帯でもC群はNC群に
比して有意に転帰良好例が多かった(転帰良好の割合 C 群 vs. NC 群: 直後 84.6% vs. 11.1% p<0.0001、 12 h 後 81.3% vs. 6.0% p<0.0001、24 h 後 83.3% vs. 0% p<0.0001、48 h 後 83.3% vs. 0% p<0.0001)。 脳波とrSO2 はどの時間帯でも有意差を認めなかった。転帰良好例と不良例のrSO2 値を経時的に比較し、
どの時点においても両群に有意差を認めなかった。両群の経時的なrSO2 値は転帰良好例 vs. 不良例 直後 55.3±5.7% vs. 57.1±13.8% p= 0.587、12 h 後 55.6±8.7 vs. 54.6±12.5% p= 0.656、24 h 後 62.9±8.8%
2
vs. 57.6±15.6% p= 0.165、48 h 後 68.9±10.4% vs. 64.5±13.0% p= 0.275であった。【考察】C 群、NC 群の2 群の分類であっても、自己心拍再開24 時間後の時点において、転帰良好に対し陽性的中率83.3%、 陰性的中率100%であり、従来の心停止後症候群に対して用いられた脳波分類4パターンもしくは6パタ ーンとほぼ同等の精度で転帰予測が可能であった。心停止後脳傷害の脳波分類をより簡便に転帰を予測す
ることができる。過去の rSO2 を用いた報告では心停止蘇生後24 時間の平均rSO2 値は転帰良好例で有 意に高値であった(転帰良好例 vs. 不良例rSO2 値 68% vs. 57% p<0.01)。しかし、本研究では転帰良好 例と不良例の rSO2 値に有意差を認めず、また転帰不良例の rSO2 値はばらついていた。過去の報告から
pressure autoregulation が障害されている症例は転帰不良であり、本研究の転帰不良例は血圧の変化に対
して脳血流量が一定でないためrSO2 値ばらついていた可能性がある。【結論】低体温療法を行っている心 停止後症候群に対して、aEEG をモニタリングすることは早期転帰予測に有用であった。心停止蘇生後の 急性期にrSO2 の絶対値を用いて転帰予測することは困難である。
3
Ⅱ 緒言
本邦では、院外心停止での救急搬送症例は年間約12 万人にのぼる1。この中で比較的転帰が良好とい われている、目撃のある(目の前で倒れたところを見た、もしくは倒れた音を聞いた第三者がいる患者)心
停止は年間で約2.5 万人認める。これらの症例の1ヵ月後の生存率は12.2%、社会復帰率は7.8% である
1。転帰が良好と考えられている群であっても、依然として心停止蘇生後症例の社会復帰率は低い。これら
の重篤な疾患の治療において、転帰予測は臨床上必要である。そして、心停止蘇生後症例の病態生理を解明 し、転帰改善に努めることも重要である。
自己心拍再開した心停止蘇生後の症例は、様々な臓器障害を起こす。2008 年国際蘇生連絡協議会が、自 己心拍再開後の病態を心停止後症候群と定義し、4 つの病態を報告した2。これらは、① 心停止後脳傷害、
② 心停止後心筋不全、③ 全身性虚血・再灌流傷害、④ 残存する心停止の原病から成る複雑な病態であ り、中でも心停止後脳傷害が転帰に大きな影響を与える。
心停止してから蘇生が成功し自己心拍が再開しても、心停止後脳傷害が重症な場合は神経学的後遺症が 残り社会復帰が困難である。また、心停止後脳傷害は心停止後症候群の主要な死因である3。心停止後脳傷 害の程度を評価することは、神経学的転帰を見極めるために重要である。心停止後症候群の治療にあたる 医師は患者が搬送された際に、病院前救護の情報を評価して神経学的転帰を予測する。病院前救護の情報
(患者が倒れているのを目撃した、もしくは倒れた音を聞いたか否か、救急隊到着時の初期心電図波形、通 報から病院到着までの時間)は転帰と関連があり4、心停止から自己心拍再開までの時間が長い程、生存率、
社会復帰率は低くなる 5,6。しかし、長い心停止時間であっても、救命処置や集中治療を行うことにより生 存し社会復帰できる症例を経験する7。病院前救護の情報と心停止時間は脳機能を直接評価しているわけで はなく、心停止後脳傷害の評価としては不十分である。心停止後症候群の神経学的転帰を正確に予測する ためには、心停止蘇生後に脳機能評価を行う必要がある。
医療機関に搬送後に脳機能を評価するために身体所見、脳波、somatosensory evoked potentials、画像 検査、血液・髄液マーカーを用いる。これらのどの指標においても、単一の検査または所見だけでは転帰予 測は不十分であり、複数の検査を用いて評価するように蘇生ガイドラインに記載されている8。また転帰不
4
良に対する偽陽性を最小限にするために、蘇生後72 時間以降に評価するように推奨されている。
2002 年に心停止後症候群に対する低体温療法の神経学的転帰に対する有効性が示され9,10、低体温療法
は心停止後脳傷害の標準治療になった。アメリカ心臓協会(American Heart Association) のガイドライ ンで、心停止後症候群に体温管理療法を実施することが推奨されている11。これら、体温管理療法の適応に ついても病院前救護の情報、心停止蘇生後のバイタルサインから決定しており、脳機能を直接評価して適
応を決定していない9101213141516。2013 年にNielsen ら16 が体温管理療法の温度設定を平温(36℃)
と低体温(32~34℃)とで比較し、神経学的転帰に有意差を認めなかったと報告した。そのため本邦の蘇 生ガイドラインでは32~36℃ で目標体温を設定し、その温度で一定に維持することを推奨している17。し
かし、Nielsen らの報告は心停止後脳傷害の重症度を考慮にいれた検討ではない。心停止後脳傷害の重症
度に基づいた個々の症例の平温 (36℃) と低体温 (32~36℃) の目標体温設定の神経学的転帰に対する 効果は不明であり、検討が必要である。体温管理療法中に心停止後脳傷害を評価可能であれば、平温・低体 温が必要な症例の検討が可能である。また、体温管理療法自体の効果がない症例を選別することで早期に 体温管理療法を中止する事もできる。体温管理療法中に転帰予測し、心停止後脳傷害を評価するためには、
少なくとも自己心拍再開後 24 時間以内に評価できる必要がある。多くの研究で心停止後症候群に対して 体温管理療法中に転帰予測を試みた18,1920が、未だ確立された方法はない。
脳傷害の程度を測定し、転帰予測に有用と考えられている指標として前述のように脳波がある。脳波の
背景活動の周波数はβ 波 (14Hz 以上)、α 波 (8~13Hz)、θ 波 (4~7Hz)、δ 波 (4Hz未満) に分けられ る。α 波は正常成人の安静閉眼時にみられるリズムで、それより周波数のおそい波を徐波といい、α 波よ り周波数の速い波を速波という。徐波は睡眠時にも現れるが21、脳傷害が強い時にみられるリズムである。
振幅は正常が≧ 20µV であるが、10~20µV を低振幅low voltage、< 10µV をsuppressed と呼ぶ。背景 活動にsuppressed の部分を認めないものをcontinuous と呼ぶ。また、重症な脳傷害の脳波の一つにburst suppression (BS) がある。BS は高振幅徐波が群発するburst の部分とsuppressed の部分が交互に現れ る脳波パターンであり、脳代謝が抑制されている時に現れる22。
心停止後症候群の重症度を示す古典的な脳波の分類としてはHockaday 分類がある23。この分類では心
5
停止後症候群の脳波をgrade Ⅰ からⅤ まで分類しており、grade が高くなると脳波は徐波化し、低振幅 になり転帰が不良となるため脳傷害は重度と考えられた。その後Bassetti らによりBS の記述を加えた、
修正Hockaday 分類が報告された24。この検討では自己心拍再開後72 時間で脳波測定を施行し、転帰と
の関連を検討しており、grade Ⅰ、Ⅱ は転帰良好例が多く、grade Ⅳ、Ⅴ は転帰不良例が多い脳波と報 告している。これらの報告から、本邦の蘇生ガイドラインでも自己心拍再開から72 時間以降に脳波を行う ことを推奨しており8、国際的な推奨でも72 時間後で評価するとしている25。脳波の評価に一定時間必要 な理由は、転帰良好例の中で、自己心拍再開後72 時間以内の脳波が低振幅であっても、時間経過の中で正 常の振幅の脳波へ改善する症例が存在するためである26。通常の脳波は測定時間が30 分程度であり、経時 的な評価はなされていないため、経時的な脳波の波形、振幅の変化を評価するためには不十分な検査であ
る。そのため脳波の経時的変化を評価し、自己心拍再開後24 時間以内に転帰予測するためには持続脳波モ ニタリングを行う必要がある。
集中治療室intensive care unit (ICU) で持続脳波モニタリングが用いられるようになり、経時的な脳波 モニタリングが可能となった。心停止後症候群の蘇生後早期から脳波モニタリングし、転帰との関連を検
討した報告がある27。この報告では背景活動が早期からcontinuous であり、音や痛み刺激に対する反応性 がある症例(刺激を加えると周波数や振幅が変化する)は、転帰良好であったと報告されている。近年、簡
略化された持続脳波モニタamplitude-integrated EEG (aEEG) がICU で用いられている。aEEG は通 常の脳波と比べ、電極数を6 つに減らすことで、装着を簡単にし、またトレンドグラフを用いた分析で経 時的な波形の解釈を容易にしたものである。aEEG は、1960 年代後半に成人における連続的な脳機能モ ニタとして開発されたものである。1990 年代から欧米で新生児の脳機能モニタとして用いられるようにな り、新生児集中治療室では頻用されている。一般的には電極をF3(左前頭部)、F4(右前頭部)、P3(左頭 頂部)、 P4(右頭頂部)、基準電極とアースの6 電極を装着して測定する。aEEG は下記のようにデータ が処理され、圧縮加工されたトレンドグラフの波形部分と脳波の元波形が表示されている部分に分かれる。
(図1)
1. 周波数のフィルターにより、1~70Hz 以外を除く。
6
2. 臨床的に重要な2~15Hz の周波数成分を増大させ、<2Hz(呼吸)や>20~25Hz(筋電図)の様なア ーチファクトの周波数成分は減弱させる。
3. 基準線に対してマイナスの成分の符号を反転させる。
4. 折り返した波形の頂点を緩やかに結び頂点の最大値と最小値を抽出する。
5. 時間を圧縮し1 本の線として表示させる。
トレンドグラフ中の各線の上端はある時点の振幅の最大値、下端は最小値を表す。横軸は 6cm/hr が標 準画面となっていて、縦軸の単位はμV の片対数目盛で表されている。10μV までが整数表示、10~100μ V は対数目盛で表示され、臨床的に重要な10μV 以下が評価しやすいようになっている(図1)。トレン ドグラフにカーソルを合わせると下段に元の脳波波形が表示され、参照できるようになっている。基本的 に脳波波形診断は上部のトレンドグラフを用いて行い、突発波の詳細は元の脳波波形で評価する。
aEEG はトレンドグラフを用いる事で脳波非専門医でも解釈が可能である。心停止後症候群にaEEG を
用いて、脳波を持続的に検討することは、転帰予測に有用であると報告されている26 28。Rundgren ら29 は心停止後症候群に対し、aEEG を用いて経時的に脳波をモニタした結果で、その波形をcontinuous、flat、 BS、electrographic status epilepticus (ESE) の4 パターンに分類した (図2)。そして、aEEG 開始時 もしくはその後の変化で continuous となる症例は、神経学的転帰良好と強く関連すると述べている。ま た、別の報告では30 BS は全例死亡し、転帰不良と強い関連があることや、aEEG 開始時や復温時のflat は転帰との関連が乏しく転帰予測の判断は難しいと結論づけている。低体温療法中にflat の症例は時間経
過でcontinuous に変化し転帰良好な経過をとる症例があることや、continuous の症例であっても全例転
帰良好ではないため、自己心拍再開後早期のaEEG だけでは転帰予測の判断が困難であることを示してい る。心停止後症候群の転帰予測の精度を上げるためには、aEEG 単独で評価するのではなくその他の指標 を組み合わせて評価する必要がある。
脳は虚血に対して脆弱な臓器であり、心停止により全脳虚血を起こすと神経細胞が虚血に曝され、脳傷 害をきたす。その後自己心拍再開し体温管理療法施行中も低酸素血症や脳血流量低下による二次性の脳傷 害をきたすリスクがある。二次性の脳傷害は転帰不良につながるため、低酸素血症や低血圧を避けるよう
7
蘇生ガイドラインに記載されている 17。重症患者では平均血圧や心拍出量のような全身循環の指標と末梢 組織や臓器還流の指標が解離する事が知られている。そのため全身循環が保たれているにもかかわらず、
末梢組織や臓器は虚血をきたしていることがある 31。脳波は脳血流量が 22ml/100g 以下で徐波化し,7
~15ml/100g 以下で平坦化しはじめる 32。脳虚血は脳波に影響を与えるため、脳波と同時に脳循環をモ
ニタリングする事は重要である。
心停止後脳傷害では脳循環代謝も様々な変化を起こす。心停止後の脳循環についてSafar ら33はイヌを 用いて全脳虚血モデルを作成し、蘇生後の脳循環障害を4 つのstage に分けた。脳血流量cerebral blood flow (CBF) や脳酸素消費量 cerebral metabolic rate for oxygen (CMRO2) は、自己心拍再開後から経時的 変化の中でそれぞれ増減する事が報告されている。この研究のように、動物を用いて決まった脳虚血時間 の検討であれば、脳傷害の程度も同程度と予想され症例毎の脳循環代謝障害に差異は少ないかもしれない。
しかし、実際に臨床では、心停止時間や心停止原因がさまざまであり脳傷害の程度は一定ではないことが 予測される。脳循環代謝をモニタリングすることにより、心停止後脳傷害の病態を明らかにし、新たな治療 法につながる可能性がある。
脳循環代謝の非侵襲モニタリングの一つにregional saturation of oxygen (rSO2) がある (参考資料2)。 rSO2 は局所組織におけるヘモグロビン酸素飽和度を測定しているものがrSO2 であり、微小血管(細動脈・
細静脈・毛細血管)の酸素飽和度をモニタリングしている。前額部にセンサーを装着し脳のrSO2 をモニタ リングすることにより、センサー直下(深度2cm)のCBF とCMRO2 の“酸素の需給バランス”の変化 を捉えることができる。臨床的においては、脳外科領域でrSO2を持いて頸動脈内膜剥離術中の脳酸素飽和 度変化を認識することが可能であり 34、心臓外科領域では rSO2 を指標に管理することで脳卒中を予防で きたと報告されている35,36。心停止中に脳のrSO2 を検討している報告は多く見られる37-40。しかし、心停 止蘇生後で脳のrSO2 をモニタリングし転帰との関連を評価した報告は少ない4142。
心停止後脳傷害をより早期から評価するためにaEEG を用いて、脳波をモニタリングする事は有用であ るが、自己心拍再開後24 時間以内に転帰予測するためにはaEEG 単独では不十分である。そこで、同時 に脳循環代謝をモニタリングすることで転帰予測精度が向上するかもしれない。心停止後症例にaEEG と
8
rSO2 を同時にモニタリングし、転帰予測を検討した報告はない。
本研究は低体温療法を行った心停止後症候群に、電気生理学的な方法としてaEEG を、脳循環代謝の測 定としてrSO2 を用い、経時的に同時モニタリングすることにより、体温管理療法中に転帰予測可能かを検 討した。
Ⅲ 対象と方法
本研究は、日本大学医学部附属板橋病院の臨床研究審査委員会が実施計画書を承認した上で実施された
前向き研究である(整理番号RK 121109-1)。2012 年7 月01 日~2015 年6 月31 日の期間に日本大学 医学部附属板橋病院救命センターに搬送され、低体温療法を施行した20歳以上の心停止後症候群を対象と した。
心停止時の臨床記録はウツタイン方式 (参考資料1) 43で記載された。本研究で用いた心停止症例の定義 は、119 番通報後に救急救命士が現場で心停止を確認した症例、もしくは院内で医師が心停止を確認した 症例とした。心停止から自己心拍再開した症例を心停止後症候群と定義した。
心停止症例の初期治療には、救急科専門医が含まれる蘇生チームが担当し、初療室で心停止症例を2010 年版心肺蘇生法ガイドラインに基づく心肺蘇生術を行った。心肺蘇生中もしくは自己心拍再開後に気管挿 管され人工呼吸管理を行った。自己心拍再開後の冠動脈造影検査施行の明確な基準はないが、自己心拍再 開後の心電図や心臓超音波検査などから急性冠症候群が疑われた症例では、集中治療室入室前に冠動脈造 影検査を行い責任血管に対して経皮的冠動脈形成術が施行された。
当院での低体温療法の適応は、自己心拍再開後にICU に入室した時点で昏睡である症例を対象とした。
低体温療法の除外基準は、① 昇圧剤を用いても循環動態が不安定(平均血圧<60mmHg もしくは収縮期 血<90mmHg)、② 酸素化不良 (PaO2/FiO2; PF 比<200)、③ 慢性疾患の末期症例、④ 家族の同意が得ら れない症例である。自己心拍再開後にミダゾラムもしくはプロポフォールで鎮静を行い、フェンタニルで 鎮痛を行い、ロクロニウムを用いて筋弛緩を行った。冷却方法は4℃ の細胞外液30ml/kg 点滴を行い、そ の後の温度コントロールはブランケットもしくは Arctic Sun 5000 Ⓡ(ArcticGelTM pads, Medivance,
9
Louisville, Colorado) で行った。体温測定は核温で行い膀胱温バードシルバーTSC トレイ(メディコン、
大阪)を用いた。体温は34℃ で24 時間維持し、その後0.1℃/h で復温を行った。
aEEG とrSO2 の測定は自己心拍が再開し、平均血圧60mmHg 以上であり、酸素化障害がないことが
確認された時点で、集中治療室のベッドサイドで同時モニタリングを開始した。測定ポイントは測定開始
時を直後として、自己心拍再開後から12 h、24 h、48 hの4ポイントを用いた。測定期間は自己心拍再開
後48 時間までとした。
aEEG の記録にはNicolet OneⓇ(ガデリウス・メディカル、東京)を用いた。電極は針電極を用いて、
F3(左前頭部)、F4(右前頭部)、P3(左頭頂部)、 P4(右頭頂部)、 基準電極で測定を行った。
rSO2 の記録にはINVOS 5100CⓇ(Covidien Japan、東京)を用いた。両前額部にセンサーを貼り測定 した。
心停止後症候群の転帰の評価時期は、当院を退院もしくは転院する時点まで評価し、神経学的転帰良好
の有無とした。また期間中の最良時点のものを用いた。神経学的転帰評価はピッツバーグ脳機能分類
cerebral-performance category (CPC) で評価し、CPC 1 (良好な回復) または2 (中等度の障害あり) を転
帰良好、3 (重度障害あり) 、4 (植物状態) 、5 (死亡) を転帰不良と定義した43。
得られたaEEG の結果をRundgren らの検討30 を参考にcontinuous、flat、BS、ESE の4 群に分類 し(図2)、脳波の継時的変化を調べた。
脳波パターン分類の定義は下記である。
1. Continuous :最小振幅>2~3μV、最大振幅>4~5μV 2. Flat :最小振幅<2~3μV、最大振幅<4~5μV
3. BS :最小振幅<2~3μV、最大振幅>25μV
4. ESE:BS から移行するESEは>50μVのてんかん波が10 秒以上続き、≧1Hz の周期で30 分のう ち50% を超える期間てんかん波で構成されるもの。Continuous から移行するESE は>50μV のて んかん波が、≧1Hz の周期で30 分以上続くもの。
測定開始時の4 つの脳波パターンと転帰に関わる因子として、ウツタイン様式による症例データベース
10
および診療録から、① 年齢、② 性別、③ 心停止原因の心原性の有無、④ 目撃者(目の前で倒れたところ を見た、もしくは倒れた音を聞いた第三者)の有無、⑤ 救急隊到着時の心電図波形、⑥ 目撃者による
cardiopulmonary resuscitation (CPR)、即ちbystander CPR の有無、⑦ 119 番通報から自己心拍再開ま での時間、⑧ 自己心拍再開から測定開始時までの時間を比較した。
4 つの脳波パターンを直後、12 h 後、24 h 後、48 h 後の時点で分類し、症例数の変化を調べ、それぞ
れの群とrSO2 値、転帰との関連を調べた。
次に、より簡便に評価するためにaEEG 波形を以下の2 群に分けた。正常脳波に近いcontinuous の症 例をC 群、その他過去の報告30 から脳傷害が強く転帰不良と考えられているflat ・BS ・ESE の症例を non continuous 群(NC 群)に分類した。C 群、NC群 の経時的変化を調べ、それぞれの群のrSO2 値を 比較した。また、転帰良好例と不良例のrSO2 値を比較した。そして以下の式を用いて変動係数を求め、転 帰良好例と不良例のrSO2 値のばらつきを比較した。変動係数とは平均値に対する標準偏差の割合を示し、
集団のデータのばらつきを示す尺度である。標準偏差はデータの分布のばらつきをみる一つの尺度である
が、2 つの集団のばらつきの程度を比較する場合は、必ずしも有効な分析であるとは限らない。そこで本 研究では、転帰良好群と不良群の2 つの集団のばらつきを比べるため、変動係数を用いて比較した。
変動係数 =(標準偏差/平均値)×100(%)
・統計解析
統計解析は、SPSS (IBM 社、アーモンク、ニューヨーク州) を用いて実施した。カテゴリーデータは Fisher の正確確率検定を用い、連続変数についての2 群比較はstudent t 検定と、Mann-Whitney U 検 定を行い、3 群以上の比較はKruskal-Wallis 検定を行った。p<0.05 を統計学的有意とした。
Ⅳ 結果
研究期間での心停止患者総数は、1314例であり、自己心拍再開した症例が375 例、低体温療法を行った 症例が150 例であった。そのうち、低体温療法後に循環不安定となり低体温療法を中止した18 例、同意
11
書が取得できなかった3 例を除外した。その後症例129 例の内aEEG とrSO2 の同時測定ができなかっ た79 例、肺塞栓手術のためモニタリングできなかった1 例が除外されたため、49 例を検討した(図3)。 本研究で検討した49 例の年齢は64.7±16.0 歳、覚知から自己心拍再開まで31.7±19.7 分であり、測定 は自己心拍再開後から平均351 分で開始された。検討した49 例と比較し、aEEG とrSO2 の同時測定が できなかった 79 例と肺塞栓手術のためモニタリングできなかった1 例の 80例の間で背景因子、転帰に
有意差を認めなかった (表1)。
aEEG の脳波パターンを 4 群に分けた時の患者背景を表 2 に示す。4 群の脳波パターンの転帰との関
連は以下であった(図4)。転帰良好例は測定開始時continuous が13 例中11 例、flat が26 例中4 例 であった。BS が9 例、ESE が1 例認めたが転帰良好例は認めなかった。12 h 後ではcontinuous が16 例中13 例、flat が20 例中2 例転帰良好であった。BS が12 例、ESE が1 例認めたが転帰良好例は認 めなかった。24 h 後ではcontinuous が18 例中15 例転帰良好であった。 Flat が17 例、BS が12 例、
ESE が1 例認めたが転帰良好例は認めなかった。48 h 後ではcontinuous が18 例中15 例が転帰良好
であった。Flat が21 例、BS が6 例、ESE が4 例認めたが転帰良好例は認めなかった。
4 パターンの脳波とrSO2 の平均値について検討したところ、どの時点においても脳波とrSO2 値に有 意差は認めなかった(表3)。4 パターンの脳波のrSO2 の平均値はcontinuous vs. flat vs. BS vs. ESE, 直 後 55.5±6.0% vs. 56.3±12.9% vs. 56.7±13.6% vs. 79.0% p= 0.465、12 h 後 53.6±8.8% vs. 52.6±9.6%
vs. 58.3±14.5% vs. 80.0% p= 0.252、24 h 後 61.6±9.0% vs. 53.9±13.8% vs. 61.8±18.1% vs. 67.5± 18.1% p= 0.234、48 h 後 66.9±11.5% vs. 63.6±13.2% vs. 67.7±5.2% vs. 69.0±15.9% p= 0.817であっ た。
測定開始時にC 群、NC 群の患者背景を表4 に示す。また2 群に分けた時の経時的変化と転帰につい て図5 に示す。直後にC 群の13 例の中で転帰良好は11 例、不良は2 例であり、NC 群の36 例中4 例 が転帰良好、32 例が転帰不良であった。24 h 後にC 群の18 例中15 例転帰良好、3 例転帰不良、NC 群の31 例中全例転帰不良であった。24 h 後以降にNC 群の症例は全例転帰不良であった。またC 群か
らNC 群に変化する症例はいなかった。どの時間帯でもC群はNC群に比して有意に転帰良好例が多か
12
った(転帰良好の割合 C 群 vs. NC 群: 直後 84.6% vs. 11.1% p<0.0001、12 h 後 81.3% vs. 6.0% p< 0.0001、24 h 後 83.3% vs. 0% p<0.0001、48 h 後 83.3% vs. 0% p<0.0001)。
測定開始時にC 群であった時の転帰良好に対する検査特性は、感度73.3% (95% confidence interval (CI), 55.1-82.4)、特異度94.1% (95% CI, 86.1-98.1)、陽性的中率84.6% (95% CI, 63.6-95.1)、陰性的中率88.9%
(95% CI, 81.3-92.7) 、オッズ比 44.0 (95% CI, 7.6-246.3) であった。12 h 後は感度86.7% (95% CI, 68.5- 95.5)、特異度91.2% (95% CI, 83.2-95.1)、陽性的中率81.3% (95% CI, 64.3-89.5)、陰性的中率93.9% (95%
CI, 85.7-98.0) 、オッズ比 67.2 (95% CI, 10.8-410.9) であった。24 h 後は48 h 後と同様であり、感度 100% (95% CI, 84.8-100)、特異度91.2% (95% CI, 84.5-91.2)、陽性的中率83.3% (95% CI, 70.7-83.3)、陰
性的中率100% (95% CI, 92.7-100) であった(表5)。転帰良好例は24 h 後までにすべてC 群となった。
C 群、NC 群のrSO2 値を比較したが、どの時点においても両群間に有意差を認めなかった(図6)。両 群脳波のrSO2 値の平均値はC 群 vs. NC 群 直後 55.5±6.0% vs. 57.0±13.6% p= 0.571、12 h 後 53.6
±8.8% vs. 55.6±12.9% p= 0.533、24 h 後 61.6±9.0% vs. 57.8±16.5% p= 0.424、48 h 後 66.9±11.5%
vs. 65.2±13.5% p= 0.612であった。
転帰良好例と不良例のrSO2 値を経時的に比較し、どの時点においても両群に有意差を認めなかった(図 7)。両群の経時的なrSO2 値は転帰良好例 vs. 不良例 直後55.3±5.7% vs. 57.1±13.8% p= 0.587、12 h
後 55.6±8.7 vs. 54.6±12.5% p= 0.656、24 h 後 62.9±8.8% vs. 57.6±15.6% p= 0.165、48 h 後 68.9± 10.4% vs. 64.5±13.0% p= 0.275 であった。変動係数はそれぞれ転帰良好例 vs. 不良例 直後 10.2% vs.
24.2%、12 h 後15.7% vs. 22.9%、24 h 後 14.0% vs. 27.0%、48 h 後 15.1% vs. 20.1%であり、どの時点 においても転帰不良例の方が変動係数は大きく、rSO2 値の平均値に対する相対的なばらつきがあることを 示している。(表6)。
Ⅴ 考察
・脳波と転帰
本検討では早期からaEEG 上continuous となる症例は転帰良好な症例が多かった。また、自己心拍再
13
開から 24 時間以内に flat であっても時間経過で変化する可能性があるため転帰予測が困難であった。
ESE、BSがどの時点でみられても転帰良好例は認めず、心停止後脳傷害の程度は高いことが明らかとなっ た。
Rundgren ら30 の報告では aEEG 波形を4 パターンに分類し、初期波形がcontinuous の症例は 32 例中 29 例転帰良好であった。Oh ら 26は本研究と別の波形分類をしており、6 パターンに分類した。正 常に最も近い波形がcontinuous normal voltage(CNV)であり、自己心拍再開からCNV へ波形が変化す るまでの時間と転帰について検討した。この報告では、自己心拍再開から CNV までの時間が 24 時間以 内の場合、神経学的転帰良好の感度94.6%、特異度90.7%であり、36 時間以上の場合は神経学的転帰不良
への感度78.7%、特異度100%であった26。これらのことより、continuous への変化が遅い症例の脳傷害
の程度は重度であり、神経学的転帰は不良と考えられた。別の報告では CNV までの時間が 23 時間以内 の場合、神経学的転帰良好の感度89%、特異度100% であった28。本研究では、より簡便にaEEG 波形 を評価するためにC 群、NC 群の2 群に分類した。aEEG のモニタリング開始時が自己心拍再開から約 平均6 時間であり、その時点のaEEG がC 群の場合、陽性的中率84.6 の精度で転帰良好を予測できた。
また、24 時間後までにC 群でなければ転帰不良であった。C 群、NC 群の2 群の分類であっても転帰予 測に有用であった。
BS は転帰不良の脳波であると報告されている。Bassetti らが検討した心停止後症候群の脳波分類であ
るHockaday 分類の中でも、BS はGrade Ⅳ に分類にされており、転帰不良と関連があると報告されて
いる24。本研究でも、どの時点でもBS がみられた症例は転帰不良であった。しかし、BS でも転帰良好の 経過をとる症例が報告されている4445。BS は脳傷害が重度であると考えられ、転帰不良と関連があると予 測されるが、例外もあるため転帰予測は慎重に行う必要がある。
心停止後症候群にみられるESE は、死亡と関連があると報告されているが46、転帰良好の経過をたどる 症例も報告されている 47,48。aEEG を用いた報告では、ESE は2 つのタイプに分かれると報告している
49。この報告では、低体温療法中の早期からみられ、BS からESE へ変化するタイプと、復温時~復温後 にかけてみられる、continuous からESE へ変化するタイプと分けている。前者は転帰不良であり、後者
14
は転帰良好例もみられる。本研究では、ESE はBS 同様に、どの時点でみられても転帰良好例は認めなか った。ESE の脳傷害の程度は重いと考えられるが、例外もあるため慎重に転帰予測を行う必要がある。
aEEG は心停止後症例の転帰予測に有用であり、経時的な脳波測定により転帰予測精度を上げる事がで
きると考えられた。
・脳波とrSO2
心停止後症候群に脳波と rSO2 を同時に測定し検討した報告はない。今回の我々の検討では、心停止後 症候群の脳波と rSO2 値の関連を検討したが、どの時点においても有意差を認めなかった。ラットを用い て全脳虚血の病態について調べた文献によると50、心停止を起こし、全脳虚血になると脳波は20 秒以内に 活動を示さなくなり、ATP は5 分以内に枯渇する。脳内の好気性代謝が停止し、脳内は代謝性アシドーシ スになる。この状態は脳血流の回復と共に速やかに脳波活動が改善し、組織の ATP も急速に改善するた め、短時間の心停止であれば脳波活動が改善すると考えられる。虚血が長時間続くとATP の産生が低下す るため脳波活動の改善はみられない。rSO2 は脳局所の酸素の需給のバランスをみていると考えられており、
つまりCMRO2 とCBF のバランスをみていると考えられている51。Flat のように、脳波の背景活動がみ られないまたは低振幅な症例はATP 産生が低下し、CMRO2 が低下している可能性が考えられる。BS に おいてもATP 産生が低下し、CMRO2 が低いと報告されている22。そのため、flat やBS のrSO2 値は continuous と比較して高くなると予想される。しかし、本研究ではcontinuous、flat、BS、ESE の脳波
を比較しても、どの時点においても rSO2 値に有意差を認めなかった。心停止後症候群の CMRO2 を positron emission tomography を用いて測定した報告がある52。蘇生後4 日目までのCMRO2 は、意識
回復例と昏睡例ともに正常被検者と比較して、35~70% に低下していた。この結果より蘇生後早期では CMRO2 は転帰に関わらず低値のため、脳波パターンに関わらずCMRO2 が低値であったことが予想され る。そのため、aEEG を用いて、CMRO2 を予測してrSO2 値を解釈することは困難であると考えられ、
同時モニタリングすることで転帰予測の精度を上げることは困難と考える。
・rSO2 と転帰
本研究では転帰良好・不良例で時間経過のどの時点においても、rSO2 の絶対値に有意差を認めなった。
15
転帰により脳傷害の重症度が分かれるとすると、脳傷害の強さで rSO2 値が決定しない可能性が示唆され る。これは、rSO2 値で脳傷害の強さが判定できない可能性を示しており、rSO2 値のみでは転帰予測は困 難であった。
C群に比べ、NC 群のrSO2 値がばらついており、転帰良好例に比べ不良例のrSO2 値がばらついてい た。過去の報告41 でも、心停止蘇生後の初期においては転帰不良症例の方がrSO2 値のばらつきが大きい ことが示されている。また、新生児の低酸素虚血性脳症での脳酸素飽和度の検討53 でも、転帰不良例は初
期に値のばらつきが大きかった。全脳虚血症例の病態として、転帰不良例でrSO2 値が初期にばらつくと考 えられた。正常の脳では脳循環の調節メカニズムが存在し、CBF を一定に保つための機能が備わっている。
その一つに脳血流の血圧に対する自動調節能 (pressure autoregulation) がある54 。これはmean arterial
pressure (MAP) が60~160mmHg の範囲で血圧が変化しても脳血管が収縮・拡張し、CBF は一定に保つ
メカニズムである。このため一定の範囲内では血圧が変化しても、rSO2 値の変化は見られないと考えられ る。心停止後症候群ではpressure autoregulation が障害され、右方シフトする症例や血圧と直線相関する 症例が報告されている 55。これらの報告から、心停止後症候群で転帰不良例では脳傷害が強く pressure
autoregulation が障害されており、血圧によりCBF がさまざまな値を取り得ることが予測される。NIRS
を用いて心停止蘇生後の pressure autoregulation を調べた報告 42 では、転帰不良例で pressure
autoregulation が障害されており、転帰不良例では血圧に依存して脳酸素飽和度が変動していたのに対し、
転帰良好例は血圧が変化しても脳酸素飽和度は一定であった。今回の検討でも不良群は心停止後の脳傷害
が強く、pressure autoregulation が障害されていた可能性がある。そのため、転帰不良例は血圧の変化に
対して一定のCBF が得られないため、rSO2 値のばらつきがみられた可能性が示唆された。
病院到着時のrSO2 値が40% 以上は神経学的転帰良好と関連があるとの報告がある56。しかし、心停止 蘇生後の急性期は pressure autoregulation の障害を考慮し rSO2 値を評価する必要がある。そのため、
rSO2 の絶対値のみで転帰予測することは困難である。 心停止後症例のrSO2 値を評価するために、今後 はrSO2 値を増減させる因子を調べる必要がある。
16
Ⅵ 本研究の臨床的な意義
心停止後症候群の体温管理療法について、心停止後脳傷害の重症度に合わせて目標体温を平温(36℃)
とするのか低体温(32~34℃)とするのかは未解決である16。今回の検討から、心停止蘇生後の早期から
continuous な脳波が出現している症例は、転帰が良好であり脳傷害が少ないことや、BS やESE は転帰
不良であり脳傷害が強いと考えられた。本研究結果から心停止蘇生後に脳波を持続的にモニタすることに より心停止後脳傷害の重症度を分類できることが明確になった。今後は心停止後脳傷害の重症度別に体温 管理療法の治療効果を検討することにより、適切な患者に体温管理療法を適用できると考えられる。また、
体温管理療法の平温、低体温の設定温度の適応についても心停止後脳傷害の重症度別に治療方針を決める ことができると考える。
Ⅶ 本研究の限界
本研究では低体温療法を行った症例の約53% でaEEG とrSO2 の同時測定ができなかったため患者選 択にバイアスがあった可能性が示唆される。しかし本研究を行った49 症例と、同時測定ができなかった症 例や肺塞栓手術のためモニタリングできなかった症例を合わせた 80 症例で背景因子、転帰を検討したが 有意差を認めなかった。研究を行った症例の選択において大きな偏りは無かった事が示唆された。
Ⅷ 結論
心停止症候群に体温管理療法を施行している症例に、aEEG をモニタリングする事は転帰予測に有用で あった。C 群、NC 群の2群の分類であっても自己心拍再開24 時間後の時点において、転帰良好に対し 陽性的中率83.3%、陰性的中率100%で従来の心停止後症候群で用いられた脳波分類4パターンもしくは6 パターンとほぼ同等の精度で転帰予測が可能であった。心停止後脳傷害の脳波分類をより簡便に転帰を予
測することができる。転帰不良例の rSO2 値はばらつきが大きく、心停止蘇生後の急性期は pressure
autoregulation が障害されている可能性がある。そのため rSO2 の絶対値を用いて転帰予測する事は困難
である。
17
Ⅸ 謝辞
本研究を遂行するにあたり、終始御懇篤なる御指導、御鞭撻を賜りました日本大学医学部救急医学系救 急集中治療医学分野教授、木下浩作先生に心から厚くお礼申し上げます。また本研究に関して直接的に終 始多大なる御指導、御助言をいただいた日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野准教授、櫻井淳 先生に心から深い感謝を申し上げます。
18 参考資料1 「ウツタイン様式」
「ウツタイン様式」とは院外心肺機能停止症例を対象とした統一された記録方法であり、国際的なガイド
ラインとして推奨され広く受け入れられている。ガイドライン策定のため1990 年に最初の会議が開催さ れたノルウェーの修道院の名にちなんで”ウツタイン”と名づけられた。種々の用語の定義や時刻・時間 など心肺機能停止の記録に欠かせない時間的要素について厳密に定義されている。ある地域で一定の期間 に発生した院外心肺機能停止症例数を求め、蘇生率に関する比較研究のためのテンプレートに従って細分 化していく。特に心原性心肺機能停止に焦点を当て、心停止目撃の有無、初期心電図の種類、目撃者による
心肺蘇生の有無、心拍再開の有無というように一定の条件を満たす症例数を絞り込んでいき、最終的には1 年生存率を求める。
日本救急医学会医学用語解説集より
19 参考資料2 regional oxygen of saturation: rSO2
脳循環代謝の非侵襲モニタリングの一つである。可視光線よりも波長の長い光を用いて酸素化ヘモグロ ビンと還元ヘモグロビンの吸収スペクトラムの違いを利用し、酸素化ヘモグロビンの割合をリアルタイム
に計測する方法をnear-infrared spectroscopy (NIRS) という。NIRS を用いて、INVOSⓇにより局所組織 におけるヘモグロビン酸素飽和度を測定しているものがrSO2 である。rSO2 は微小血管(細動脈・細静脈・
毛細血管)の酸素飽和度をモニタリングしている。パルスオキシメーターと違い、非拍動流でも測定可能で
ある。rSO2 は2 波長(730nm と810nm)の近赤外光の吸光比率からを算出している。光源からの距離
が異なる2 箇所の受光部によってシグナルを検出し、深部のシグナルから浅部のシグナルを減算している。
これにより脳の rSO2 の場合は、頭蓋骨や頭皮などでの不純なシグナルを取り除き、脳組織シグナルを得 ることができる。rSO2 をモニタリングすることにより、センサー直下(深度2cm)のCBF とCMRO2 の
“酸素の需給バランス”の変化を捉えることができる。
20 表1: 本研究の検討群と除外群の患者背景
本検討群* N=49
除外群**
n=80
P値 年齢(歳) 64.7±16.0 62.0±14.5 0.642
性別(男/女) 29/20 38/42 0.327
心原性/非心原性 28/21 45/35 0.348
目撃あり/なし 37/12 48/32 0.474
VF・VT/その他 18/31 25/55 0.325
バイスタンダーCPR あり/なし
25/24 43/37 0.401
覚知からROSC (min) 31.7±19.7 28.3±16.8 0.276
転帰 良好/不良 15/34 25/55 0.346
C 群: continuous 群、NC 群: non continuous 群
VF: ventricular fibrillation、VT: ventricular tachycardia
CPR: cardiopulmonary resuscitation、ROSC: return of spontaneous circulation
*: 本研究で用いた症例、**: 本研究で除外した症例
21 表2: 心停止後患者脳波4 パターン別の背景
Continuous Flat BS ESE
n=13 n=26 n=9 n=1
年齢(歳) 64.0±13.9 63.9±18.7 68.4±11.4 58
性別(男/女) 11/2 13/13 5/4 0/1
心原性/非心原性 9/4 14/12 4/5 1/0
目撃あり/なし 11/2 19/7 7/2 0/1
VF・VT/その他 6/7 10/16 2/7 0/1
バイスタンダーCPR あり/な し
10/3 10/16 5/4 0/1
覚知からROSC (min) 15.6±14.8 38.5±18.1 32.0±17.5 59 ROSC から測定(min) 365.8±192.0 360.3±185.9 323.3±174.4 163 C 群: continuous 群、NC 群: non continuous 群
VF: ventricular fibrillation、VT: ventricular tachycardia
CPR: cardiopulmonary resuscitation、ROSC: return of spontaneous circulation BS: burst suppression、ESE: electrical status epilepticus
22 表3: Continuous 、flat 、BS 、ESE のrSO2
n rSO2 (%)
平均±標準偏差
P値 直後 Continuous
Flat BS ESE
13 26 9 1
55.5±6.0 56.3±12.9 56.7±13.6 79.0
0.465
12 h 後 Continuous Flat
BS ESE
16 20 12 1
53.6±8.8 52.6±9.6 58.3±14.5 80.0
0.252
24 h 後 Continuous Flat
BS ESE
18 17 12 2
61.6±9.0 53.9±13.8 61.8±18.1 67.5±18.1
0.234
48 h 後 Continuous Flat
BS ESE
18 21 6 4
66.9±11.5 63.6±13.2 67.7±5.2 69.0±15.9
0.817
rSO2: regional oxygen saturation、BS: burst suppression、ESE: electrical status epilepticus
23 表4: 心停止後患者C 群、NC 群の患者背景
直後C群 n=13
直後NC群 n=36
P値 年齢(歳) 64.0±13.9 64.9±16.9 0.642
性別(男/女) 11/2 18/18 0.047
心原性/非心原性 9/4 19/17 0.348
目撃あり/なし 11/2 26/10 0.474
VF・VT/その他 6/7 12/24 0.325
バイスタンダーCPR あり/なし
10/3 15/21 0.051
覚知からROSC (min) 15.6±14.8 37.4±18.1 0.001 ROSC から測定(min) 365.8±192.0 345.6±181.3 0.667 C 群: continuous 群、NC 群: non continuous 群
VF: ventricular fibrillation、VT: ventricular tachycardia
CPR: cardiopulmonary resuscitation、ROSC: return of spontaneous circulation
24 表5: C群の転帰予測精度
転帰 感度 (95%CI)
特異度 (95%CI)
陽性的中率 (95%CI)
陰性的中率 (95%CI)
オッズ比
直後 C 群
良好 73.3 (55.1-82.4)
94.1 (86.1-98.1)
84.6 (63.6-95.1)
88.9 (81.3-92.7)
44.0
12 h 後 C 群
良好 86.7 (68.5-95.5)
91.2 (83.2-95.1)
81.3 (64.3-89.5)
93.9 (85.7-98.0)
67.2
24・48 h 後 C 群
良好 100
(84.8-100) 91.2
(84.5-91.2) 83.3
(70.7-83.3) 100
(92.7-100) - C 群: continuous 群、CI: confidence interval
25 表6: 転帰良好例、不良例のrSO2の変動係数
転帰良好例 n=15 平均値±標準偏差(%)
変動係数(%) 転帰不良例 n=34 平均±標準偏差(%)
変動係数(%)
直後rSO2 55.3±5.7 10.2 57.1±13.8 24.2
12 h後rSO2 55.6±8.7 15.7 54.6±12.5 22.9
24 h後rSO2 62.9±8.8 14.0 57.6±15.6 27.0
48 h後rSO2 68.9±10.4 15.1 64.5±13.0 20.1
rSO2: regional oxygen saturation
26 図1: aEEG 画面
上段にamplitude integrated electroencephalogram (aEEG) が表示され、下段に元の脳波が表示される。
下段の脳波の 12秒間における最小および最大振幅値を1 本の線として上段に表示している。上段の線の 上端が最大振幅値であり、下端が最小振幅値である。
10μV 1秒
最大振幅値 最小振幅値
27 図2: aEEG 波形分類
Amplitude integrated electroencephalogram (aEEG) の4 つのパターン それぞれの定義は以下である。
1. Continuous: 最小振幅>2~3μV、最大振幅>4~5μV 2. Flat: 最小振幅<2~3μV、最大振幅<4~5μV
3. BS: 最小振幅<2~3μV、最大振幅>25μV
4. ESE: BS から移行するESEは>50μVのてんかん波が10 秒以上続き、≧1Hz の周期で30 分のうち 50% を超える期間てんかん波で構成されるもの。Continuous から移行するESE は>50μV のてんかん 波が、≧1Hz の周期で30 分以上続くもの。
Continuous
Electrical status epilepticus Flat
Burst - suppression
28 図3 心停止患者数の内訳
aEEG
、rSO
2モニタリング施行
aEEG
、rSO
2モニタリング非施行
101
・低体温療法後循環不安定
18
・同意取得不可
3
・肺塞栓手術施行
1
院内発症・転送48
心拍再開なし
891
ICU
入室あり314
ICU
入室なし61
低体温療法施行なし
164
・循環動態不安定
146
心停止患者総数1314
院外発症
1266
心拍再開あり
375
低体温療法施行
150
29
図4: 4 つの波形パターンに分けた時のaEEG 波形の推移
全症例
n=49
(転帰良好/
不良)Continuous
(11/2
)Flat
(4/22
)BS
(0/9
)ESE
(0/1
)Continuous
(13/3
)BS
(0/12
)ESE
(0/1
)Continuous
(15/3
)Flat
(0/17
)ESE
(0/2
)Continuous
(15/3
)Flat
(0/21
)BS
(0/6
)13 3 20 3 9 1
16 2 16 1 1 11 1 1
18 16 5 6 1 1 2
直後
自己心拍再開からの時間
12 h
後24 h
後48 h
後ESE
(0/4
)BS
(0/12
)Flat
(2/18
)BS: burst suppression、ESE: electrical status epilepticus
転帰良好例は24 h 後までに全例continuous となった。Flatから12h 後に3例、24 h 後に2例continuous に波形が変化した。BS とESE から転帰 良好例は認めなかった。
30 図5: aEEG 波形についてC 群、NC 群の推移
全症例 n=49
(転帰良好 / 不良)
NC 群
( 0/31 )
13 3 33
2
16 31
18 31
直後 自己心拍再開
からの時間
12 h 後
24 h 後
48 h 後 C 群
( 15/3 )
NC 群
( 0/31 ) NC 群
( 4/32 )
NC 群
( 2/31 ) C 群
( 11/2 )
C 群
( 13/3 )
C 群
( 15/3 )
C 群: continuous 群、NC 群: non continuous 群
直後、12 h 後、24 h 後、48 h 後のどの時点においても、C 群が有意に転帰良好であった。
(直後: p<0.001、12 h 後: p<0.001 、24 h 後: p<0.001、48 h 後: p<0.001) 転帰良好例は24 h 後までにすべてC 群となった。
31 図6: C群、NC群のrSO2 比較
NC
群C
群C
群NC
群C
群NC
群C
群NC
群直後
12 h
後24 h
後48 h
後rSO
2(%)
20 100
p=0.571 p=0.533 p=0.424 p=0.612
40 60 80
0
rSO2: regional oxygen saturation
直後、12 h 後、24 h 後、48 h 後において、C 群とNC 群の間でrSO2 の中央値に有意な差は認 めない。
32 図7: 転帰良好例、不良例のrSO2 比較
不良例
良好例 良好例 不良例 良好例 不良例 良好例 不良例
直後
12 h
後24 h
後48 h
後rSO
2(%)
20 100
p=0.587 p=0.656 p=0.165 p=0.275
40 60 80
0
rSO2: regional oxygen saturation
直後、12 h 後、24 h 後、48 h 後において、転帰良好例と不良例の間でrSO2 の中央値に有意な
差は認めない。
33
引用文献
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