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デカルトと自然の支配

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(1)

デカルトと自然の支配

著者 桜井 弘木, ケニントン R

雑誌名 星薬科大学一般教育論集

号 8

ページ 3‑42

発行年 1990

URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000171/

(2)

デ カルトと自然の支配

R・ケニントン

︵桜井

 弘木訳︶

3 自然の支配﹂という概念をはじめて使ったのはフランシス・ベーコンである︑と一般に考えられている︒そして︑こ

自然の支配﹂ということは︑今世紀の科学技術的危機に当り︑どうしても避けて通ることのできない問題である︒

  このベーコンが用いた﹁自然の支配﹂という概念を︑先行する起源にさかのぼって︑ルネサンス魔術やキリスト教神学

裡で明らかにしようとする試みは︑彼の主張のほんの一︑二の個所についてだけしか行なわれていない︒しかも︑その

場 合のベーコンの主張というのも︑明らかに哲学的なものである︒

一 方︑この﹁自然の支配﹂という概念は︑﹁近代哲学の祖﹂と一般に認められているデカルトの解釈に関連しては︑

      ω

して重要なものとは思われてこなかった︒しばしぼ指摘されているように︑確かにデカルトは﹃序説﹄第六部の有名な

て︑﹁学校で教える思弁的︵o︒需⇔巳◎江くo︶哲学﹂を﹁実用的︵勺墨o江o巴︶︹哲学︺﹂に置き換えることを唱え

(3)

4       ︵一︶

る︒そして︑その実用的哲学は我々人間を﹁自然の支配者にして所有者のようなもの﹂にする︑といってよいであろ

う︒しかしながら︑デカルトの著作のその他のいずこにおいても︑こういった︑またはこれに類する言葉づかいは見出さ

ないのである︒これに対して︑ベーコンの著作では︑支配という概念は至るところにある︒       ②カルトの重要な哲学的著作である﹃省察﹄は︑その書名および序言において︑この著作を︑思弁的な﹁第一哲学﹂や

リスト教擁護論といった伝統の裡に明確に位置づけている︒現代の我々は︑この﹃省察﹄の形而上学的な諸教説を︑そ

らと﹃序説﹄における支配という概念との重要な関連のなのかに持ち込んで考えるという︑大切な努力をしていないの

      ヘ  へ  も  ヘ  ヘ  ヘ  へ ある︒歴史家たちは︑ホッブズのいう力のための学問︵ω08口江旬買o冨o吟89昌註餌日︶の重要さは看取しているかも

しれないけれども︑しかし彼らは︑自然の支配を︑近代哲学の主題的な目的としては︑強調していないのである︒

う考えられているように︑ベーコン的な﹁支配﹂という考え方の影響は︑諸科学が自分たちの哲学的な血筋から脱

け出し︑その科学技術的な可能性を展開するまではーはっきり云ってしまえば十九世紀が終るまではー眠ったままで

ある︒また︑今世紀の哲学者たちのなかでも︑この支配という概念内容を哲学および人間の目的とみなしている哲学者は︑

まつデューイぐらいである︒そのデューイでさえ︑その支配という概念をベーコンにまでは朔るけれどもデカルトは無視

しているのである︒つまり︑ベーコン的な支配を目的とする力は︑単に諸科学の範囲内に限られてのみ︑しかもパズル解

きのような︑手間のかかる方法によってのみ用いられており︑殆んど全く近代哲学の流れに即しては用いられていないの

ある︒それゆえに︑人間にとっての善悪︵よしあし︶に極めて強い力を及ぼす︑あの近代科学技術的な人間中心主義の︑

ーコン的︑または十七世紀的起源についての何らかの有効な探求は︑殆んど為されていないのである︒しかも︑そのよ

うな人間中心主義は人間の未来を︑且って例をみない程に予測し難いものしてしまっているのである︒

在の﹁自然の支配﹂は科学技術の進んだもろもろの社会の事業である︒おしなべて内実で云えば︑それは世界的な科

(4)

会の事業である︒そして︑そのような社会においては︑相互に係り合っているいろくな作用や要素が社会に対し

責任をもつということは︑むつかしいのである︒そうではあるけれどもしかし︑そのような社会を構成する理論的要素

   のなかにはー即ち︑﹁そのような社会の理論的核心において︑その社会を操作する力を持つ︵ところの︶自然の新し

    ︵二︶

   い概念﹂とハンス・ジョナースが呼んだもののなかにはー一つの不可欠な原理が置かれているに相違ないのである︒こ    こで我々は近代物理学という数学的︑実験的理論を取りあげなければならない︒

に︑ベーコンは支配という目的を提議し︑見通しと力においては比類なき主張を以て︑思弁的伝統に対抗した︒そ

   して︑実験というものが︑それを伴わない感覚的知覚よりも︑一そう明確であるということを認知していた︒しかし︑実

  験に数学という道具を使うべきだということは知られていなかったし︑むしろ彼の経験主義にとって数学という道具は異

  質であった︒哲学や科学の中枢に﹁数学主義﹂を注入するのは︑むしろデカルトである︒

  我々がデカルトに負っているのは︑﹁解析幾何学﹂と﹁普遍数学﹂︑そして慣性の法則と念入りに仕上げられた自然モデ

 ルである︒この自然モデルはホッブズの自然モデルよりも分りやすい︒そしてデカルトの自然モデルでは﹁力学の法則が      ︵三︶ 自然の法則と同じである︒﹂加えて︑デカルトの形而上学的教説︑特に彼の実体二元論を︑彼の数学主義および力学的自

 然学への密接な依存︑またはそれらとの密接な相補関係から引き離すことは︑明らかに不可能である︒それ故に︑ここで

勘  

我々の関心をそそる︑次のような問題がどうしても生じると思う︒即ち︑自然の支配というのは︑デカルト哲学のーと

は うだけでなく︑それとともに︑デカルトを原理的な創始者とする伝統に関係する諸問題︑またその伝統自体のー人々

こに誘導する︑本来的な目的である︑とみなしてよいのではあるまいか︑という問題である︒﹁自然の支配﹂という

語句が本文のなかに少ないということは全く問題ではない︒この語句をとりあげている一節は︑デカルトの著作のうち︑

5 学の本質についての最も明確な︑最も完全な論述なのである︒

(5)

6 じめに我々は︑ベーコンが一つの思考の枠組みを確立した︑その方策について述べる必要がある︒その上で︑その枠

なかでデカルトのいう自然の支配を考えるべきである︒

  しぽしば繰り返し云われているように︑ベーコンの出発点は︑﹁ほかのどの過ちにも勝る大きな人間の過ちは︑知識の       ︵四︶ 後の︑あるいは究極の目的を見誤ったり︑または取り違えたりする過ちである﹂ということである︒また彼の積極的な      ︵五︶力は︑﹁観想︵8暮o日巳旬繧8︶と活動を︑これまでより更に密接に︑更にストレートに結合し︑一体化しよう﹂とい

うことである︒ここでいう﹁観想﹂︵云い換えると﹁思弁的哲学﹂︶は︑第一の︑または不変の存在とか原理に関する知識

求を意味し︑それは︑実際上の帰結が現存するか否かまでは差当り問わない︒また︑この結合というのは︑観想と活

動がそれぞれ然るぺき重みを与えられているような一つの綜合を示唆している︒従ってその結合というのは︑単に観想を

実現するということではなく︑観想的目的の︑﹁活動﹂を見込んだ再解釈ということである︒この新しい観想的目的の定

貫いて鳴りひびいている︒その定式というのは︑﹁人間の知識と人間の力は合一する﹂ということであり︑また︑      ︵六︶

間は死なねばならないという制約から生れる苦悩を軽減するための︑﹁人類自身による宇宙全体の統轄﹂ということで

ある︒観想的伝統の不毛な繰返し︑実を結ばない理くつがましさは︑技術の確かな進歩とは対照的である︒たとえある発

明が人間に苦悩をもたらしたとしてもー印刷機は別として︑火薬や羅針盤がその例でありーまた恐らくは︑すべての

発明がその可能性を持っているとしても︑それらの発明はあの自然の探求の巾広い技術のための道具であり︑モデルであ

る︒そして︑その自然の探求によってのみ︑悪を克服する究極的な勝利を見出すことができるのである︒

自然の支配は︑がむしゃらな賭と︑地床で理くつっぽい熟慮という両方の性格を持っている︒人間というのはとかく心

底にある熟慮を表面に出さない傾向があるが︑ベーコンのこれらの力強い定式は︑そういう人間の心に訴える︑言葉巧み

ある︒哲学的な話というのは︑その著作のなかで︑卒直な︑公︵おおやけ︶の提言を︑哲学的な能力を有する人

(6)

  と向けに︑多少とも分りやすい論述で行なわなければならない︒それを︑哲学者のなかでべーコン以上にはっきりと言      ︵七︶ 明した人はいなかった︒ベーコンの定式は︑彼の熟慮のすえの結論の︑平易な表現である︒

    自然の支配という賭で︑その賭に投じられているのは社会と哲学の両方である︒何故ならぽ︑哲学とか学問を道具とし    て用いている人類は︑哲学が︑人間を超越した永遠の秩序を熟考することによって︑人類に背を向けることも認める代り

に︑人類が自分自身の運命の操縦を自分の手で行なうということも︑その賭は要求しているからである︒

  思弁的伝統について云えぽ︑若しプラトンやアリストテレスによって見出された﹁イデア︵形相︶﹂が︑たとえすべて

 の存在ではなくとも︑少くともある存在の生成とか破壊の真の動因であるならば︑人間に及ぶ或る実績が結果として起っ

 ているはずである︒しかし︑実際にはそのような帰結は生じたことがないのである︒それ故に︑思弁的哲学をそれ自身の

省するということは︑求められていないのである︒

ち︑ベーコンには次のように思えたのである︒第一原因なるものを知っていると云い張りながら︑直接的にせよ︑間

的にせよ︑人間による産物につながっていない理論は︑たとえ第一原因に関する理論ではなくとも︑みずからの証しと

  して実績を産み出す理論に比べれぽ︑明らかに劣った知識である︑と結論づけるのが理にかなっている︑と思えたのであ

翅  

る︒また︑理論と実践︑哲学的関心と人間的関心を︑いつれを排除することもなく結びつける真に普遍的な目的こそ︑理

勲  

新 しい高みに引き上げるエンジンではあるまいか︑ということに賭けるのが理にかなっている︑と思えたのである︒

と  ベーコンが努力したのは︑古代政治哲学の反人間主義︑または非人間主義の批判である︑と考えれば最も分り易い︒プ

カ ラトンの著作に登場するソクラテスが︑﹃国家﹄第五部で我々に語っていることは︑若し哲学者が国王として統治するか︑

または国王が真剣に哲学を修めるのでなけれぽ︑国家にしても人類にしても︑決して苦難からの解放はないし︑また最良

7制がおのつと出現して日の目を見ることもないであろう︑ということである︒この提議は︑ギリシャ哲学の︑人間に

(7)

8 る配慮の頂点をなすものである︒﹃国家﹄第七部の終りのところでは︑すでにこのことが︑不可能︑または極めて成功

うすいということ︑更にある点からは望ましくないとか︑または不自然でさえあるということが示されるに至

る︒即ち︑哲学の目指すものと人間の目指すものは︑異るものの最たるものとして区別されている︒つまり︑哲学

ちは︑全体的なものとか始源的なもの︑または静止しているものの観想に心を奪われ︑その一方民衆は哲学すること

い︑というわけである︒

と政治的規範との一致は︑徳の完成と知識の完壁との一致︑自然的︑哲学的資質と社会的︑物質的諸条件との一致

求するはずである︒しかしそのような一致はいつでも偶然に属している︒それ故に︑究極の人間主義的解決は︑﹁こ

とぽのうち﹂にのみ︑または﹁架空のうち﹂にのみ存在すると考えざるを得ない︒ーこれらの引用句は︑べーコンがあ

とを継いだマキァベリーの修辞︵﹃庁FOけO﹃一n︶である︒﹁哲学者たちについて云えば︑彼らは架空の国家のために架空の法      ︵八︶

作 る︒彼らの議論は星のようなものである︒星は余りに高いところにあるので︑殆んど明りをもたらさない︒﹂

ーコンは︑自分がマキァベリーに﹁多くのことを負うている﹂ということを述べている︒そのマキァベリーは︑人間

対して︑低いところにあって普遍的なもの︑または大よそ普遍的なものを観察するようにと教えている︒つまり︑人間

さねぽならぬことではなく︑人間が為していることを観察するようにと教えている︒また︑マキァベリーの﹃君主

論﹄︵特に第二十五章︶における﹁運︵甘詳§旬︶﹂︑自然︑または偶然といったものの支配は︑﹃学間の進歩﹄のなかでは︑

命の建造物﹂ということばで真似られている︒また︑ マキァベリーにおいては入間性の支配に限られていたと思われ

るものが︑ベーコンによって︑﹃新機関﹄第一巻・=一九のなかで︑﹁宇宙の統治﹂にまで︑むしろ拡張されている︒

リシヤ哲学に基づく架空の政治︵このなかには︑同じように偶然に依存しているアリストテレスの﹃政治学﹄に最も

相応しい社会体制も含まれていることに間違いはない︶は︑単に無益であるばかりでなく︑有害でもある︒即ち︑そうい

(8)

 った政治の非人間主義的な目的は︑その政治を︑それと同じくらい︑またはそれ以上に﹁架空的な﹂︑宗教に基づく政治

的︵まと︶にされ易いものにしてしまったのである︒キリスト教的な中世においては︑ギリシャ哲学に基づく政

  治は︑啓示神学に従う﹁侍女﹂になったのである︒非人間主義的哲学は反人間主義的哲学である︒中立は不可能である︒

まり︑もし哲学が︑ある永遠の秩序のなかの人間の宿命についての公平な傍観者であると云い張れぽ︑その哲学は宗教

完全な人間中心主義の餌食になってしまうのである︒

   ベーコンは︑ギリシャ哲学の﹁真なる自然についての思弁的探求﹂と︑﹁神による愛の施し︵o庁旬民身︶﹂と彼がよぶもの

との結合を求めていたのである︒この神による愛の施しというのは︑最も普遍的に受け容れられる宗教の︑人間に対する

慮のことである︒この合一は︑ベーコン思想における哲学と政治との更に重要な合一的結合の根底をなすものである︒

ち︑この合一が人間主義的な約束を果たすための必要条件は︑︵例えばニュー・アトランテスのような︶特別な国家の

成 立︑または︑できることなら︑自然の支配を是認し︑広めるような普遍的な政治の成立である︒

我々がここで合一とよんでいるものは︑しぽしぼ︑﹁世俗化されたキリスト教﹂であると誤解される︒確かにベーコン

   は︑自然の支配というのはエデンの園に住むアダムとその子孫に認められた特権であると主張している︒従って︑この論

として受け容れている人びとに向けられている︑と考えるのは当然である︒しかし︑べー.ンのそれから

勲  

あとの論議はそれらの前提に依存しているわけではない︒彼は次のように主張する︒即ち︑自然が神による愛の施しによ

と って治められている限り︑自然についての知識は神によって是認されている︒しかし︑善悪についての知識は︑探求の対

象としては︑アダムに許されていなかったのだ︑と主張する︒つまり︑善悪は一般的に︑そして神による愛の施しは個別

に︑神の命令または神のことば︵聖書︶によって人間に知らされているというわけである︒即ち︑ベーコンは︑神によ9 る愛の施しを拡張することによって︑自然を支配することによってもたらされる果実も︑神の命令の賜ものにしようと意

(9)

o 図している︒そのような世俗化によウて︑ベーコンは︑云わばキリスト教道徳という古い壷に近代の科学技術という新し

を注ぎ込むのである︒それは如何がなものかと思われるかもしれないが︑ベーコンのいう自然の支配が我々にもたら

  す︑労苦のない︑豊かで長い人間の生活を思えば︑彼のこの思い切った離れ業への感嘆は︑いやが上にも高まるのである︒

しかしながら︑神の命令による善悪についての知識が︑﹁道徳哲学や政治哲学﹂に原理を与えるような﹁自然哲学から生

   ︵九︶

  じる﹂善悪についての知識によって︑はっきりと置き換えられる時が来れぽ︑その時は︑︵自然を支配することによって

  もたらされる果実は神の命令の賜ものであるという︶世俗化の命題は崩れ去るのである︒但し︑それは将来における一つ

しにしか過ぎない︒現在はと云えぽ︑人類が関心を寄せているのはベーコン哲学であって︑キリスト教とか︑また

リスト教的ヨーロッパではないのだから︑従って︑人類が前提としているのは︑キリスト教の神による愛の施しでは

く︑生きるための普遍的︑人間的な訴え︑自然的必然性や肉体的寿命からの解放である︒従って︑﹃ニュー・アトラン

ィス﹄で合一される諸要素のまぜ具合を統制するのは︑キリスト教の教説ではなくして︑ベーコン哲学である︒そして︑

ー・アトランティス﹄のなかでは︑キリスト教や聖書がペルシャやエジプトの宗教の諸要素と結合される︒し

し︑この宗教的合一は︑基礎的で︑﹁人間主義的な﹂︑哲学と政治の合一のほんの一部でしかない︒

間の知識と人間の力は合一する﹂というのは︑哲学または学問と︑政治的な力との文字どおりの一致をいっている

ない︒ベーコンは研究施設であるソロモンの館の哲学者らしい統卒者と︑﹃ニュー・アトランティス﹄の政治的支配

老とが同じであるか否かについては︑暖昧なままにしてある︒そうすることによってベーコンは︑哲学と政治を結びつけ

ることは結びつけるけれども︑プラトンが示している両者の違いにも配慮しているのである︒哲学による統轄は︑修辞と

か︑﹁実績﹂または科学技術といった間接的な手段を用いる︒哲学による自然の支配が政治に与える力は︑まつはじめは︑

その哲学による自然の支配がすばらしい恩恵をもたらすという予言のうちにあり︑その次には︑恩恵がすでに実現した︑

(10)

うちにある︒そして︑その予言の実現は︑予言というものの力がますます大きく発揮されるのを可能にする︒

そして︑予言の力をますます大きく発揮させる力は︑﹁人間そのもの﹂の欲求のうちに︑またそういった人間の欲求に云

 いよる修辞の裡にある︒ベーコンの著作のなかでは︑次のような二つの修辞の区別が可能である︒即ち︑一つは︑人間主

な目的というものを極めて広範にヨーロッパ人に受け容れさせた︑準備的な修辞︑もう一つは︑ある特定の社会体制

 ︵例えば﹃ニュー・アトランティス﹄︶をひたすら人間主義的な目的のために維持しようとする︑そのあとに必要とされ

る︑ある特定の修辞︑この二つである︒前者が後者を除々に引っばってゆく︒これは︑我々の﹁進歩した科学技術社会﹂

考 えてみれば︑容易に確認されることである︒

    すべての哲学の公表がある種の政治的行為であるかもしれないが︑それにしてもベーコン哲学の公表は政治的行為とし

 て空前のものである︒即ち︑その公表は︑学問が人類の第一の恩人であるような︑そういう社会を求めるように︑人間の

を作り上げてゆく︒ベーコン以後︑政治的な修辞は︑アリストテレスの﹃修辞学﹄の内容︑またはあの有名なゴルギア

 スのようには︑哲学的著作の主題を特別に構成することが全くなくなる︒つまり︑政治的な修辞は︑人間の利益との関係

 から哲学的発話の本意をさぐることに没頭するようになるのである︒

蜘  

 ベーコン以後︑殆んどいかなる哲学者も︑ベーコンの人間主義的合一の影響力から免がれていない︒元来︑いわゆる

勲 

ーコン的﹂というのは︑人類の物質的︑精神的幸福に対する配慮と責任を︑哲学または学問が引き受けるということと であって︑単なる物質的な科学技術との狭い関係を示すものではない︒古くさい思弁的な目的を再び主張しようとしたり︑

  または部分的にせよ︑全体的にせよ︑自然の支配ということに反対しようとしたりする︑ごく僅かな近代の哲学者たちと

 いえども︑彼らとても人間の優秀さというまれなものに基づくのでなく︑人間の普遍的諸権利に基づく政治社会を企図し

ー ているのだから︑類型的には彼ら自身も﹁人間党﹂のメンバーであることを示している︒また︑そのような政治社会という

(11)

2 のは︑正しい社会形態に向う︑歴史の﹁必然的な﹂進歩に基づくと云ってもよいし︑また︑人間を時代のニヒリズムから︑1   ある程度解放することを目指していると云ってもよい︒彼らは︑そのような政治社会を企図しているのだから︑類型的に

ら自身も﹁人間党﹂のメンバーであることを示しているのである︒ベーコシ的な科学技術的支配という目的から人間

   出しようとするすべての哲学的試みは︑それ自体が人間主義である︒それ故に︑そういった試みが︑原理的には依然

としてベーコン的であるという結論は︑殆んど避けることが出来ない︒ベーコンの人間主義の持っているこの力の根拠は︑

しも正しく理解されていない︒この力は新しい自然科学も︑新しい形而上学も必要としなかったし︑また持ってもい

なかった︒またそのようなものはいつれも︑ベーコンの著作のなかにも︑萌芽的なものは別として︑見出されない︒この

  力の基盤は認識論にあるのではなく︑人間の悲惨さ︑特に死に関する知識にある︒また︑それは次のような信念の裡にも

ある︒即ち︑人間に対してもの惜しみをしている自然の手による人間の征圧を︑人間が自分の力を高めることによっては

ないのは恥ずべきことである︑という信念の裡にもあるのである︒

カルトにおける自然の支配の意味は︑差当り︑﹃方法序説﹄︵一六三七︶のなかの︑そのことを主張している一節から

引き出されなけれぽならない︒

じめに︑我々はその一節についての誤った解釈を取り除く必要がある︒それについては︑ジルソンの﹃序説注解﹄に︑

二世 代にもわたった学問的責任がある︒ジルソンによれば︑自然の支配︑およびそれが人類に恩恵を施すことができると

うことは︑デカルト哲学の偶然的な︑意図していなかった結果であって︑そのことにデカルトが出会⇔たのは︑実際に

(12)

  自分の体系がすべて完成したあとである︑という︒この結論のもっともらしさは︑﹃序説﹄第六部の冒頭の諸節から導き出

      ︵一〇︶ されている︒確かに︑﹁自然の支配および所有﹂は︑デカルトが﹁自然学に関する若干の一般的概念を獲得した﹂あとで

やっと持ち出されている︒そして︑その自然学は﹃序説﹄の哲学的な個所の規範的帰結の裡にある方法と形而上学に従っ

た︒ところでデカルトは︑自然学のこれらの諸原理がどこに通じているのかー云うなれぽ︑自然の支配とその恩恵

じていることにーはじめから﹁気付いている﹂のである︒そしてそのことが彼を出版にふみ切らせたのである︒何

なら︑力の許すかぎり︑人間は人びとのためになることをしなければならないという︑﹁おきて﹂のようなものがある

か らである︒

    デカルトは︑唯一この時点において︑はじめて︑そして一回だけ﹁思弁的哲学﹂を自然の支配という﹁実用的哲学﹂に

   置き換えることを︑特別に唱えている︒そのために︑ジルソンは﹁ベーコン哲学を勢いづけているものは︑デカルト哲学      ︵一一︶ るということだけを勢いづけているのである︒﹂と結論づけるのである︒もしデカルトが︑自分の哲学は︑自然

学の諸原理の発見に先立って︑形而上学的伝統の思弁的目的に向けられていると示唆していたならば︑ジルソンの判断は

力を持っていたであろう︒しかし︑デカルトがこの時点において主張しているのは︑自分自身のそれまでの思弁的哲

蜘  

学の否認ではなくして︑﹁学校で教えられた思弁的哲学﹂の否認である︒デカルトが︑その時まで哲学の目的についてよ

勲  

く考えていないで︑それゆえ知らず知らずの裡に思弁的伝統にとけこんでいたということは︑確かに︑ありうることでは ロ       ラ      ヨ陀  ある︒しかし︑事実としては︑﹃規則口︵一六二八年︶は﹁研究目的﹂を﹁精神︵作用︶の指導﹂と考えることによって始

るし︑また﹃序説﹄第一部は学問︑哲学︑および神学のこれまでのすべての伝統を捨てるのに︑﹁人生にとって有用

もの﹂という判断基準を用いている︒﹃序説﹄のはじめのところ︑またそのいたるところに大そう行きわたっている﹁有ー 用︵暮法口︶﹂は︑確かに﹁支配﹂ではない︒しかし︑﹁有用﹂は﹃序説﹄第二部に出てくるようないろいろな種類の﹁習熟

(13)

4 ︵マスターすること︶﹂が完成に向うことを用意している︒そしてそのことが順次方法や形而上学を導くのである︒

 ジルソンは︑有用という判断基準がすでに思弁的目的を排除しており︑そのことによって支配という客観的なものが用

されているということを︑認知し損ねたのである︒自然学が︵自然の︶支配を可能にするということの発見は︑デカル

   トの当初からの意図の実現であるが︑その意図の明瞭な開陳はその実現が緒につくまで留保されていたという可能性を︑

ジルソンは予想しなかったのである︒デカルトが︑余りにも伝統に反するが故に自分自身の熟慮のすえの着想とすること

出来ないことを偶然のせいにするのは︑これがはじめてではなかったのである︒

我々がデカルト的な自然の支配を理解するための端緒的かつ究極的な問題は次のようなことである︒即ち︑一方におい

カルトと教会およびその伝統との対立の度合︑他方において彼と思弁的形而上学の伝統との対立の度合はどの程度か

ということーそして︑一方の対立は他方の対立と︑実際にどう係わるかということである︒

   一番目の対立は︑新しい学問と教会の伝統との間の最も有名な衝突ーローマの宗教裁判所によるガリレナの断罪1

カルトの説明の裡に示されている︒デカルトは︵ガリレオという︶名前をあげていないし︑また自分がコペ

 ルニクス主義者であったかどうかも明らかにしていない︒しかし︑そうした留保は︑その時代の学者仲間にはあまねく知

加えただけである︒問題は宗教と哲学との係わりに関することであって︑一つの特殊な科学

関することではない︒デカルトは常に正直である︑と主張する人びとでさえ認めているように︑彼は疑いもなく

 コペルニクス主義者であった︒デカルトは︑自分の﹁思想﹂に対する理性の権威とは別に︑自分の行為に対する教会の権

威を重んじていたという理由からか︑または彼がガリレオに加えられたような断罪を恐れていたという理由からか︑いつ

よ自然学に関する自分の︑もっと早いころの論文を公表しなかったということを︑﹁公衆﹂に知らせている︒この

どうであろうとも︑デカルトは︑自分の行為に対する教会の権威を︑理性的に判断して︑前述の︑人びとのためになる

(14)

とことをすること︵●O昌O<O一〇昌60︶を命じる﹁おきて﹂の権威に置き換えている︒この権威の転換は︑自分の自然学が

とのためになるような自然の支配という意味を含んでいることの発見によってなされている︒デカルトは︑教会が人

とのためになることをすることについてのおきての正当な解釈者かもしれないとか︑または教会が自分の自然学を︑そ

きてのもとに包摂することの正当な解釈者かもしれないなどと︑いささかも云っていない︒ベーコンは自然の支配を

るために︑しばしば聖書に言及していたが︑デカルトはそのようなことはしていない︒即ち︑ベーコンが暗々のう

  ちに行った﹃創世記﹄からの離脱を︑デカルトは公然と行っているのである︒

  自然の支配は︑﹁この世の中で﹂︑苦しみなしに︑人びとが地上の果実を享受できるようにするであろう︒﹁医療﹂という

で︑自然の支配は︑人間のあらゆる所有物の基礎である健康に貢献するであろうし︑また延命︑または人間の努力によ

 って可能な限りの死の克服に貢献するであろう︒自然の支配は︑未だかつてない実用的な賢明さの見込みを提供している︒

その賢明さは︑デカルトが彼の最後の公表︵出版︶である﹃情念論﹄︵一六四九︶の終りのところで﹁知恵﹂と呼んでい

  る︑いろいろな情念の使用と享受についての知識とほぼ同じであろう︒デカルトの当時の正統的宗教からの著しい離脱は

  明白である︒

翅    

方でデカルトはしばしば教会の忠実な息子として語り︑またキリスト教擁護論を支持しながら自分の形而上学的

勲  

述べている︒﹃序説﹄におけるデカルトの自然の支配の﹁非宗教的な外見﹂は︑かれの形而上学によっ

陀 きりと反証されているようにみえる︒特にその形而上学が︑﹃省察﹄のなかで擁護論的な目的と結びつけられると

カ きにそうである︒

カルトと教会およびその伝統との対立の度合は︑彼と思弁的形而上学の伝統との対立の度合によって恐らく判断され

− るであろう︒デカルトが直面していた︑当時流行のスコラ哲学では︑アリストテレスの思弁的形而上学が聖書啓示神学と

(15)

6 結合されていた︒それゆえ︑我々は以下のようないくつかのことを問わなければならない︒即ち︑デカルトはいわゆる

的哲学﹂と対立することで︑その﹁思弁的哲学﹂と存在とか実体の問題との根源的関係を棄てようとしているのか

  ? ベーコンとは対照的に︑デカルトは伝統的な類型に属する実体に関する教説を詳しくのぺているが︑この思弁的伝統

らの遺産は自然の支配と両立するのか? デカルト哲学は︑一方で形而上学的知識を自然の支配に役立つとみながら︑

もなお存在とか実体との伝統的関係を︑それは持ち続けることが出来るのか?

    統に対するデカルトの二重の対立の諸要素を考察することで︑我々は現代における﹁自然の支配﹂の起源に関する︑

当時の議論のなかに入ってゆく︒ヘーゲル哲学にほぼ由来する或る学派は︑デカルトの企てを︑当時の産物を世俗化する

あると理解している︒一方︑ハイデッガーがその最初の代表者である︑別の学派では︑デカルトの企ての由来をギ

  リシャの思弁的哲学︵特にプラトン哲学︶に求めている︒こういったいろいろな対立は解明されなければならない︒その

  あとで初めて我々は︑数学的自然学という新しい道具で補強されたデカルト哲学が︑どの程度ベーコン的類型の合一的人

あるのかを論じることができるのである︒

カルトが意図している自然の支配の役目は︑﹃省察﹄ではなく︑﹃序説﹄のうちで確認されるにちがいない︒デカルト

哲学の研究において﹃省察﹄の占めている信頼すべき位置づけは︑普遍的懐疑に関するその冒頭の個所の徹底性のゆえに︑

また心の身体からの分離についての十分に練られたその云い方のゆえに︑そしてまた︑人間のすべての知の究極の証人で

ある完全なる神についてのその信頼すべき説明のゆえに︑間違いないものと思われている︒しかしながら︑デカルト哲学

(16)

徴づけているこれらのことは︑デカルト哲学の目的についてはどれも触れていない︒つまりそのことについては︑

省察﹄は沈黙を守っているのである︒この沈黙のゆえに︑その目的は知識の獲得であると︑常に受けとられている︒し

し︑﹃省察﹄第一の最初の段で強調されているように︑﹃省察﹄の探求は︑哲学または学問という建物の﹁土台﹂のため

ある︒その建物の目的については述べられていないのである︒﹃省察﹄ははっきりしない目的のための手段的な基礎工事

  という性格を持っている︒

  その一方で︑﹃省察﹄はまたデカルト哲学の端緒となるものが欠落している︒普遍的懐疑から土台の探求が始まるのであ

  るが︑その普遍的懐疑は︑基礎づけられる筈の建物︵体系︶の概念とか︑その土台が保持しなけれぽならない確実性また

自明的な不可疑性の典型とか︑また就中その体系の目的などを前以て前提してしまっている︒更に云えば︑﹃省察﹄にお

は︑その全体にわたって︑力学の法則によって支配されている物的世界としての自然概念が︑しばしば一つの前提と

  して︑しかも決して疑われることのない一つの前提として常に示されている︒物体の本質は﹃延長︵o×・oPωざ︶﹄である

  という重要な存在論的命題の証明らしきものは︑この著作のどこにもない︒それゆえに︑我々はデカルト哲学の構造とか

目的とかを確証しようとする試みにおいては︑﹃省察﹄が我々の視界から遠ざかるのを認めなけれぽならない︒﹃省察﹄が疑

翅  

もなく伝えてくる︑まとまりのある著作であるという印象は︑この著作を自足的な一つのキリスト教擁護論として提示す

輪  

るという︑デカルトにとっては二次的︑または補助的な目的の点からは︑或いは当っているかもしれない︒そして︑その

陀 リスト教擁護論の表向きの主題は︑完全なる神の存在︑および何ものにも依存しないー従って恐らくは不死のー霊

魂の存在である︒

序説﹄は︑伝統についての哲学以前の批判︑普遍的方法で始めることの必要性︑哲学の諸部門とそれらの配列︑そして

ー 哲学の目的などについての︑公表︑非公表を問わず︑唯一の包括的なデカルトの陳述である︒﹃序説﹄の構成では︑﹃省察﹄

(17)

8 の主要課題である形而上学的論議は︑伝統の批判︵第一部︶︑方法︵第二部︶︑そして暫定道徳︵第三部︶より確かにあと

   で︑その場を与えられている︒それ故にまつもって我々の注意は︑第一部のなかでデカルトが従来からの伝統を

している︑有用性と確実性という基準に向けられる︒だがこの対になっている判断基準には一つの前史がある︒即ち︑      ︵一二︶ これは﹃序説﹄より前の未完作品である﹃規則﹄︵ほぼ一六二八年ごろの成立と推定されている︶のなかの︑確実性もしく

自己明証性という単独の基準に対する一つの批判として現れているのである︒そして︑﹃規則﹄の成立がほぼ一六二八年

 ごろということは︑この著作が未完成に終った︑ある理由を暗示している︒

 ﹃規則﹄と︑一六三六年の﹃序説﹄の版組みとの間の時期に︑デカルトは自然学の論文である﹃宇宙論﹄をほぼ完成して

 いた︒しかしデカルトは︑ガリレオの断罪という理由から︑その公表を差し控えた︒この︑﹃序説﹄の前︑﹃規則﹄の後と

 いう合間に︑デカルトはほぼ間違いなくベーコンの諸著作に目を向けていた︒それらのなかでデカルトは︑有用性の強調︑

とのためになることをすることのモデルとしての技術︑および自然の支配ということを見出していたのである︒それ

らのことはすべて︑﹃規則﹄および﹃宇宙論﹄には欠けており︑その一方デカルトの最初の出版物である﹃序説﹄のなかで

  は︑哲学の概念の主題である︒

    デカルト哲学の構造は︑﹃規則﹄および﹃宇宙論﹄という︑自然に関する数学的学問と︑ベーコンに起源をもつ有用・

支配という主題︑この二つのもともと異った思考系列を結合する企てとみれぽ一番わかり易い︒この結合は次のような理

  由から実現可能となる︒即ち︑目的を持たない数学的学問が︑こちらが先の進展ではあるけれど︑有用・支配という目的

 の︑手段または道具という位置を与えられているという理由からである︒この結合というアイデアこそ︑デカルト哲学の

 ほんとうの根源である︒そして︑その異った二つの要素の混交はデカルト哲学の統一性を絶えず緊張関係に置くのである︒

している二つの要素は︑﹁有用性のための確実性﹂という定式において示されており︑この定式は﹃序説﹄第一部で︑

(18)

  伝統についての判断基準としてはたらいているのである︒

カルトは︑﹃序説﹄第一部で︑もろもろの技術と学問︑神学と哲学のすべての伝統を判断するのに︑﹁人生にとって役       ︵一三︶ 立つ︵cωo皆一︶︑明瞭で確かな知識﹂という基準を用いている︒確実性が数学を用いることで決定的であるのに︑﹁人生

  とって役に立つ﹂という意味の方は必ずしも明瞭ではないので︑やsもすると︑有用性という目的が︑初期の諸著作の

  なかにみられるデカルトの意図の決定的な修正であるということが︑認識されていない︒

 ﹃規則﹄皿は︑目的とは区別された知識を問題にすることから始まっている︒即ち︑﹁学問はすべて確実で明証的な認識

ある︒﹂確かに﹃規則﹄1は︑最初に観想の喜びについて語り︑そのあと﹁研究の目的﹂として︑人生のさまざまな偶然

  事における意志の導きについて語っている︒しかし︑学問一般︑または﹃規則﹄の方法は︑善悪のことまたは意志の目的

を含んでいない︒つまり︑意志は知性と無関係であり︑また学問の目的と哲学するもの︵または﹁人生﹂︶の目的とはか

  け離れたままである︒

    ﹃序説﹄でいう﹁人生にとって役に立つ﹂ということは︑意志の導きという意味と同様に︑製作︵﹁限りのない工夫﹂︶

  という意味も含んでいる︒そして︑その製作というのは技術的設計によって促進されるものであるが︑そういった技術は

 ﹃規則﹄のなかでは全体的に軽んじられている︒

勲  

 ﹃規則﹄は︑確実性の探求のなかで有用性をねらっていると考えられるかもしれない︒但し︑その有用性というのは︑

 ﹁主題﹂に帰因する︑満足したいという要求とも云えるような︑さまざまな形の不確実性の状態の停止という有用性である︒

       ︑・      ︵一四︶

このような満足を︑デカルトは﹃規則﹄のなかで︑ストア主義の用語によって︑良識︵9ロ四日oロω︶とよんでいるが︑こ

ような満足は人間的英知︵ピロ日①9ω①巳oロけ冨︶を持っている︑まれにいる人びとにのみ可能である︒

−  そういうことなので︑﹃規則﹄は︑哲学の恩恵に浴そうという人にとっては︑﹁古くさい﹂ままである︒そして︑﹃序説﹄

(19)

0 では︵例えば医療という形で︶人間そのものに恩恵を与えている︑人生にとって役に立つという観点に︑﹃規則﹄はまだ2 達していないのである︒

﹃ 序説﹄とともにはじめて︑デカルトは人間主義者︑近代人になるのである︒

    用性のための確実性﹂という簡略化された定式に関していえば︑まつ第一に︑確実性が決定的要素であると思はれ

   る︒哲学と神学︑技術と学問︑それらは確実でないので役に立たないのである︒教学だけが確実であるが︑しかしそれの

ある有用性はとるに足りない︒哲学はこれまで確実でない土台の源泉であったが︑数学はそのような哲学に﹁土台﹂

るに相違ない︒かくして︑確実性という基準は︑除々にではあるが︑知識のすべての部門の﹁数学化﹂への道を

し示している︒しかし我々は︑少くとも︑確実性が有用性と或る関係を持たない限り︑すなわち確実性と有用性が実際

 にお互いがお互いの前提条件にならない限り︑いまいった数学化への道ということを結論づけるのを差し控えなければな

   らない︒

   ﹁神学﹂は﹁天国に入る﹂手段としては役に立つ︒しかしそれは︑人間理性を超えているが故に︑また﹁啓示的真理﹂

   から成っているが故に︑確実ではない︒従ってそれは育成しても無駄である︑ということになる︒

と有用性が結合されているということだけでも︑根底的立場がすでにして﹁合理主義﹂であるということを充分

   に示している︒その﹁合理主義﹂というのは自然理性に対する専一的な執着を要求するものであり︑そのことは︑このあ    と﹃序説﹄第四部の規範的な文章の裡に示されている︒すなわち︑﹁我々は目ざめていようが︑眠っていようが︑自分の    理性の明証性に従う以外には決して納得してはならない﹂ということの裡に︑それは示されている︒

   るような確実性の要求が︑根底にある合理主義を覆い隠しているのと丁度同じように︑有用性の要求もまた︑

   ベーコンやホッブズの﹁現実主義的﹂または﹁利己主義的﹂心理学との根底的一致をあいまいなものにし勝ちである︒有

(20)

性 は︑徳のための一徳Lー並ぶものなきものと考えられている︑﹁道徳を扱ウている古代の異教徒たちの諸著作﹂の

ーと同様に︑知識のための知識ー﹁書物によって学問する人びと﹂の﹁思弁﹂︑またはスコラ哲学的︑形而上学的︑

統的﹁思弁﹂1も︑両方とも退ける︒この﹁徳﹂と﹁思弁﹂とに共通する欠陥は︑理性の本性的な利己主義に気付い

 ていないこレ︑︑云い方をかえれば全精神生活にゆきわたっている諸情念の力に気付いていないことである︒それ故に︑古

  代の徳は︑往々にして﹁無関心﹂とか﹁自尊﹂でもある︒すなわち︑古代の徳は︑諸情念から遁れようとする努力であり︑

それ自身情念である︒一方﹁思弁﹂は︑﹁それぞれの﹂ひとの理性︑または﹁常識﹂に対する誤った優越性を鼻にかける      ︵一五︶

   ような︑行き過ぎた自負心︑または﹁虚栄心﹂のあらわれである︒

そういうわけで︑有用性の根底にある現実主義は︑その心理学的基礎づけを︑諸情念の普遍性の裡に求めれぽ求めるだ

け︑それだけ確実性を増すのである︒これは丁度ホッブズやロックが︑権利の根拠を︑自己保存のための︑云うところの

遍的情念の裡に見出したのと同様である︒また︑確実性要求の根底にある合理主義は︑大まかに云って︑精神的には有

的︶である︒

実﹂という︑キリスト教啓示神学およびギリシャ思弁哲学に対するデカルトの二つ重ねの非難は︑一転し       ︵一六︶

蜘  

度 は︑パスカルのデカルトについての告発となった︒パスカルは次のようなことを認識していたと思われる︒即ち︑

      ・ ︑ ︑︑ ︑ ・

というのは︑もしその目的が不確実であるならば︑たとえそれ自体がどんなに確実であろうとも︑手段としては確実は  あり得ない︒そして︑人生の目的というのは︑数学のように確実な知識にはいつも達しないものだ︑と︒

 有用性という目的を確実性という魅力ある領域のなかに持ち込むことは決してできないということー即ち︑有用性と

   いう目的を﹁明晰・判明観念﹂によって︑または自明的な直観と演繹によって取扱うことは決してできないということは︑

2 すでに﹃序説﹄第一部において判明している︒デカルトは徹底した数学主義者であるとか︑﹁幾何学についての先入観﹂を

(21)

2 もっているとか︑あるいは明晰.判明観念を頑固なまでに要求しているとか︑そういったしばしぼなされている非難は︑2当らない︒デカルトの数学主義は単に限定的であり︑従って手段としては適切である︒だが︑手段としても︑この

   は︑確かにすでに問題である︒その問題性は︑しかし︑手段ー目的構造のなかの︑更に深いところにあるに相違

ない︒即ち︑手段︑例えばあらゆる自然の性質やはたらきを包括するような︑自然についての学問といった手段が︑たと

      ヘ   ヘ   へ え算術のように確実であらうとも︑それにも拘らずその手段は︑その目的が確実性を欠いているという理由から︑手段と

  ヘ   シ   ト  しては不確実なままであるに相違ない︒デカルトにおける自然の支配は︑それが数学的知識を有用性の道具とすることで

 ベーコンにおける自然の支配に﹁手を加えている﹂という︑正しくその理由から︑自然の支配の﹁手段的知識﹂と﹁目的

知 識﹂との間に︑且ってない大きな隔りを必然的に持ち込んでいるのである︒

  デカルトは︑﹃序説﹄第二部において︑有用性の問題から支配の問題へと歩みを進めるが︑それは多くの親方たちによっ

された仕事よりも︑一人の親方によって仕上げられた仕事の方が︑より一層﹁完全なもの﹂であるという教則を強調       ︵一七︶ ることによって行なわれている︒その教則は︑政治以前の技術︵建築技術︑都市計画︑および更に上のビジョン︶から︑

もっと包括的な︑設立者とか立法者の政治技術へと高まり︑最後には﹁純粋で堅固な﹂理性1その理性の﹁準則﹂は論

学︑代数学︑そして幾何学を綜合するような一つの方法であるがーそういった理性にまで到達する︑一連の諸実例に

よって明示されている︒

この反省において︑確実性ははじめ問題にされていない︒しかし︑その後いろいろな技術の支配についての反省から︑

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