佐々木一郎著 年金未納問題と年金教育
日本評論社,2012年12月,はしがき4頁,目次8頁,本文208頁,
参考文献9頁,初出1頁,索引2頁,全231頁 ⎜
日本は少子高齢化と人口減少社会を迎え,若者の老後の生活不安がますま す拡大されていくことが予測されている。本書は,この原因となる公的年金 とくに国民年金の未加入・未納(滞納)問題について,従来の年金サイドか らの観点とは異なる個人サイドの観点から若者(本書では主として大学生)
の年金意識や年金行動に着目し,著者独自のアンケート調査によって若者の 年金未納・未加入問題を分析した佐々木一郎先生の意欲的な著作である。
本書は序章,3部構成の本編,及び終章で構成されている。以下では紙幅 の関係から全体の構成と各章の内容について,評者なりの観点から紹介する ことにしたい。
第Ⅰ部 年金と老後の備え (第1章 年金制度と幸福度 ,第2章 格差 社会と若者の老後不安 ,第3章 格差社会と若者の貯蓄行動 )では,経済 的・社会的格差は,公的年金制度を通じて老後の経済生活に大きな影響を及 ぼすだけではなく,人々の幸福度にも影響を及ぼすので,国民年金の未加入
(平成7年に適用された職権適用や学生納付特例などにより大幅に減少した が,依然として未加入者は存在する。)・未納(職権適用により逆に増大した。
現在では過去1年未満の未納者を滞納者という)による無年金化は,将来,
公的扶助などの社会保障費用に悪影響を与えると問題提起している。
第1章では,老後の平均収入の70%以上を公的年金に頼るという調査結果
(2010年全国Web調査,有効809サンプル)に基づき,未加入・未納者は公 的年金の受給権者より幸福度が低いと結論づけている。著者のいう幸福度は,
先行研究による収入や学歴,結婚状況,健康状態ではなく,年金による老後 の収入予測水準(被用者年金と国民年金では異なる)に基づくものである。
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【書 評】
第2章では,行動経済学的視点を取り入れたアンケート調査により,非正 規雇用の増大による若者の所得格差拡大感と,強制されなくても老後の準備 を行うという自制心の欠如が若者(ここでは大学生)の行動を近視眼的にし ていると結論づけている。(2006年,11大学調査,有効757サンプル)
第3章では,親の資産と貯蓄に対する態度の相違が子の貯蓄格差や資産格 差に影響を与えるため,2極化傾向をもたらしている。この2極化を改善す るために親世代を対象とした所得再分配政策が必要であると主張している。
(2008年から2009年にかけて,10大学調査,有効581サンプル)
第Ⅱ部 国民年金未納の要因分析 (第4章 近視眼性の影響 ,第5章 損得計算の影響 ,第6章 相互扶助意識低下の影響 ,第7章 親の影響 ) では,国民年金の未納問題はなぜ生ずるのかについて,先行研究に多く見ら れた年金制度側のアプローチに対し個人側の意識・行動に焦点を当てたアン ケート調査による分析を試みている。そして社会問題にまで発展した年金不 祥事による 年金不信 が,実は国民年金の未加入・未納の主たる要因では なく,真の要因は第4章以下に示される個人的ファクターにあるとしている。
第4章では,アンケート調査によって,若者の国民年金の未加入・未納は 年金不信 によるものではないとの結論を導き出している。むしろこの問 題は調査対象となった若者(大学生)の行動,すなわち将来への期待感やイ メージの希薄性を主因とする近視眼的な行動から生じているとしている。
第5章では,公的年金をめぐるいわゆる 損得勘定(内部収益率) が検 討されている。一時期盛んに研究されたテーマであるため多数の先行研究が あるが,一般的には1970年前後生まれが 収入(受取)超過 と 拠出超過
(加入損) の分岐とされている。若者が帰属する1985年(現在30歳未満)以 降生まれはこの後者の世代である。従来,拠出超過の忌避が国民年金への加 入を妨げているとみられていたが,著者はアンケート調査の結果を踏まえ,
これを否定的に捉えている(厚生労働省の試算によれば,いずれの年代にも 受け取り超過であるとされている)。本書の調査結果ではサンプル数の少な さが懸念されるものの,調査対象者の約半数が意識としては拠出超過を感じ
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ていないという結果が出ている。(2005年,広島市内1大学調査,有効136サ ンプル)
第6章では,国民年金制度の仕組みとしての世代間扶養がどこまで若者世 代に浸透しているかを論点としている。人口減少社会では世代間扶養は後世 代の負担増に繫がるという意識が生じるため,相互扶助の捉え方によっては 制度の堅牢性が損なわれる可能性がある。著者はアンケート調査の結果から,
相互意識の低い人々,制度の安全性を低く評価する人々ほど国民年金未加入 率が高いと結論づけている。(2005年,10大学調査,有効899サンプル)
第7章では,年金制度の仕組みが複雑であることや若者の年金制度に対す る周知度が低いことを踏まえ,将来の生活設計に係わる複雑な問題に直面し た場合には,選択コストや合理性の限界などにより 近道選び(身近な情報 や意見を参考にする) の行動をとることがあるとし,その結果として親の 意見・アドバイスに影響を受けるとしている。また,年金不信や支払い超過 を感じているとしても,無年金であることのへのリスク回避から,親の影響 を受けるという調査結果を示している。(2005年調査,同上)
第Ⅲ部 年金未納と年金教育 (第8章 年金教育の重要性 ,第9章 年 金教育ニーズの実態調査 ,第10章 年金知識不足と年金未納・未加入 ,第 11章 年金理解度と年金教育需要 )では,年金未納・未加入は年金知識不 足による影響が強いため,この問題の解決に向けて年金教育が欠かせないも のであるにもかかわらず,年金理解度が低い人ほど年金教育に対する需要が 低いというパラドックスが生じていることを論じている。
第8章では,国民年金をマクロ経済・ミクロ経済の観点から 制度の強制 性(逆選択防止) , 年金知識の重要性(長期の制度による基礎率評価の困 難性,条件である生存の予測困難性など) を論じている。
第9章では,若者が国民年金制度への不信感を持ちつつも他への代替方法 を持たないが故に依存・期待せざるをえないことについて,若者自身が年金 教育の情報不足を感じていることを踏まえ,学校教育による年金教育の重要 性を説いている。(2010年,全国Web調査(20から60歳台男女),有効945
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サンプル)
第10章では,アンケート調査により,未納者ほど公的年金に関する知識が 低いこと,また老後の生活設計についても何も考えていない割合が高い(1 号対象者で未加入の者の内26.3%)という結果を踏まえ,未加入問題の原因 は年金知識不足であると結論づけている。(2010年調査,同上)
第11章では,年金教育に関しては,諸外国の研究では 金融教育 との関 連で触れられているが,我が国ではほとんどみられないとし,年金教育を学 校で強制的に行う必要性があるとしている。
最終章では,これまでの論点をまとめた上で,課題として年金教育プログ ラムの開発と現場での検証が必要としている。また,マイナンバー制の導入 により加入・保険料納付が飛躍的に向上したとしても,未納要因の歴史的・
学術的検証の重要性が無に帰すものではないと締めくくっている。
評者は著書全体を通じて以下の3点を評価したい。第1に,本書は従来の 研究と異なり,制度側ではなく個人側の意識に調査の力点を置いている。こ れにより,若者の国民年金未納は 年金制度への不信感 や年金制度の 損 得計算 によるものではなく,個人側の要因としての近視眼的行動や相互扶 助意識の低下,親の影響などによることを明らかにしている。
第2に,こうした意識調査を個人の努力で行う困難性を7年の歳月をかけ て行った熱意に敬意を表せざるをえない。個人調査による制約からサンプル 数など統計上の問題が残るものの,決して過小評価されるべきではない。
第3に,年金未納の原因が年金知識不足であることから,不足解消に向け た強制的な学校教育を主張していることも,勇気を要することであると思う。
本書が先駆けとなり,年金教育の重要性が広く認識されることを望みたい。
(評者:獨協大学教授 岡村 国和)
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