故意免責における故意について
山 本 哲 生
■アブストラクト
保険契約者等の故意によって生じた損害について保険者を免責するという 故意免責規定に関して,故意の意義,故意の対象が論じられている。特に故 意の対象の問題については,様々な議論がなされているが,基本的な対立点 の源は故意免責において保険契約者等の主観的態様における悪性をいかに位 置づけるかにあるものと思われる。本稿では,故意免責は主観的態様におけ る悪性に対する否定的評価に基づくものではなく,保険者の保険引受上の問 題であるとの見地から,これらの問題についての解釈論を検討する。
■キーワード
保険事故招致,故意免責,免責事由
1 問題の所在
損害保険契約では,保険契約者または被保険者の故意または重過失によっ て生じた損害について保険者は免責される(商641条)。生命保険でも類似の 規定がある(商680条)。各種の保険約款でも,同様の免責事由が定められる のが通例であるが,自動車責任保険等のように約款では故意免責だけを規定 している場合もある。このように法律と約款で異なる点がないわけではない が,故意免責だけを規定している約款の場合でも,文言が同じであれば故意 免責の趣旨は法律の定める故意免責と同じものと解される。したがって,故
*平成17年10月30日の日本保険学会大会(小樽商科大学)報告による。
/平成18年10月10日原稿受領。
意免責に関しては,直接には約款解釈が問題となるのが通例であるが,約款 解釈の基礎には商法規定の解釈があるということになる 。
主に重過失免責は規定されておらず故意免責だけが規定されている場合に 関して,故意の意義,故意の対象についての議論がなされている。故意の意 義については,確定的故意ではない主観的態様のときに故意免責が認められ る場合があるかが問題となったが,このような場合にも故意免責は認められ ることについてはほぼ異論はない 。故意の意義に関するより細かな問題と しては,故意を結果発生を認容していることと解するか(認容説) ,結果
1) 約款が法律の条文を引用してその内容としている場合の解釈方法については 議論がある。顧客の合理的理解によるとの説(石井照久 普通契約條款 (勁 草書房,1957年)55頁。故意免責につき,竹濵修 保険事故招致免責の主観的 要件 保険学雑誌547号(1994年)28頁,32頁,43頁)や,法律の解釈原理に よるとの説がある。石井・前掲55頁,大塚龍児 約款の解釈方法 民法の争点
Ⅱ(1985年)90頁,92頁。任意規定である法律の条文の解釈が文言の合理的理 解を超えているような場合には,法律解釈と異なる顧客の合理的理解による解 釈を認める余地もあるかもしれない。しかし,文言からはどちらともいえるよ うな場合に,顧客の合理的理解の名の下に解釈するのは擬制的であるように思 われる。そのような場合には,約款文言の合理的解釈として法律規定の解釈に 準じた解釈が採用されるべきではなかろうか。なお,船越隆司 実定法秩序と 証明責任(三六・完) 判評443号(判時1546号)(1996年)2頁,8頁,河上正 二・判批・判評357号(判時1285号)(1988年)218頁,220頁参照。
なお,故意免責については,不法行為における故意概念に従うべきとの説も 有力である(中西正明・判批・法教66号(1986年)86頁,87頁,石田満・判批・
ジュリ909号(1988年)51頁,53頁,倉沢康一郎・判批・判評330号(判時1194 号)(1986年)213頁,215頁等)。しかし,顧客一般の理解との見地からであれ ば(弥永真生 故意による事故招致免責条項に関する一考察 損保研究56巻1 号(1994年)17頁,24頁,竹濵・前掲33頁参照),上記の理由で妥当ではない。
また,商法641条は不法行為と重なる場合だけに該当する規定ではないので,
上記の観点からすれば,不法行為概念に従うことの合理性はないであろう。
2) 最判平成4・12・18判時1446号147頁。
3) 伊藤文夫 保険者の免責 加藤一郎=木宮高彦編 自動車事故の損害賠償と 保険 (有斐閣,1991年)403頁,407頁,市川泰彦 保険事故招致免責条項に いう 故意 と 重過失 加藤=木宮編前掲書492頁,503頁,尾上和宣 故 意免責 不法行為法研究会編 交通事故賠償の新たな動向 (ぎょうせい,
発生の高度の蓋然性を認識すること(蓋然性説)と解するか という問題が ある。
故意の対象とは,具体的には,故意の内容として認識していた結果と実際 に発生した結果に違いがある場合(たとえば,傷害の故意で死亡が生じた場 合)について,何に対する故意がある場合に故意免責が認められるか とい う問題である。
学説としては,次のようなものがある。第一に,原因行為についての故意 があれば免責とする説がある 。原因行為についての故意という表現がよく 用いられるが,単に行為自体を意識的に行うという意味ではなく,原因行為 が何らかの損害について故意をもってなされるという意味である。第二に,
発生した損害についての故意があれば免責とする説がある 。ただし,原因 行為の不法性が強い場合は発生した損害についての故意がなくても免責は認 められるとする説もある 。第三に,原因行為の当該損害発生についての蓋
1996年)489頁,499頁。
4) 山下友信 保険法 (有斐閣,2005年)375頁,同・判批・ジュリ854号(1986 年)70頁,73頁,弥永・前掲注1)26頁。
5) 以下では, 損害 についての故意という表現をすることも多いが,そもそ も故意の対象は損害ではなく保険事故であるという説もある。また,定額保険 契約において損害についての故意という表現が適切かは問題となる。ただし,
学説では,基本的に損害保険契約に即して議論がなされてきたこともあり,損 害についての故意という表現がなされることが多いことから,本稿でも,とり あえず便宜的に損害についての故意という表現を用いることが多い。
6) 西島梅治 任意保険の各種免責条項の問題点 塩崎勤編 現代民事裁判の課 題⑧交通損害労働災害 (新日本法規,1989年)607頁,613頁,伊藤・前掲注3) 407頁。
7) 最判平成5・3・30民集47巻4号3262頁。丸山一朗・判批・損保企画525号
(1993年)2頁,石田満 交通事故と保険法の交錯 不法行為法研究会編・前掲 注3)472頁,479頁,竹濵修・判批・民商110巻1号(1994年)94頁,105頁,山 野嘉朗・判批・ジュリ1046号(平成5年重判解)(1994年)117頁,119頁,甘利 公人・判批・ジュリ1083号(1996年)101頁,103頁。
8) 竹濵・前掲注7)106頁,石田・前掲注7)479頁,笹本幸祐 高度障害と故意免 責 生命保険論集142号(2003年)1頁,10頁。
然性によるとする説(蓋然性説)がある。きわめて高度の蓋然性があれば損 害発生についての故意がなくても,原因行為に対する故意があれば免責とし てよい。きわめて高度の蓋然性がなければ,損害発生に対する故意がなけれ ば免責にならないとする 。なお,これらの説では故意の対象を損害とみて いるようにもみえるが,これに対して故意の対象は保険事故であるとして,
保険事故につき故意があれば,その行為から相当因果関係の範囲内の損害に ついて保険者は免責されるとする説もある 。
また,以上の学説にも散見されるところであるが,故意免責の適否につき,
行為と結果(損害)との間の因果関係を問題とするという視角もみられる。
すなわち,発生した損害について保険者免責とするには,行為と損害の間に 何らかの因果関係がなければならないという考え方である 。
故意の意義,故意の対象に関する具体的な問題点は従来から論じられてい る通りであるが,どちらの問題においても根本的な対立点は故意に事故招致 したという保険契約者または被保険者の主観的態様における悪性をどうとら えるかにあるように思われる。故意の意義については,認容説は故意免責の 趣旨において保険契約者等の主観的悪性に対する非難可能性を中心に理解し
9) 落合誠一・判批・ジュリ1018号(1993年)128頁,130頁,弥永・前掲注1)28 頁,大塚英明 故意による事故招致免責 判タ943号(1997年)174頁,176頁 以下。なお,大杉謙一・判批・法協111巻11号(1994年)1712頁,1717頁以下。
10) 田辺康平・判批・リマークス6号(1993年)119頁,122頁,山下・前掲書注 4)372頁,同・判批・損保判例百選(第2版)(1996年)124頁,125頁,新山一 範・判批・交通事故判例百選(第4版)(1999年)200頁,201頁。
11) 相当因果関係とされることが多い。山下・前掲書注4)372頁,新山・前掲注 10)201頁,田辺・前掲注10)122頁,西島・前掲注6)613頁,伊藤・前掲注3)407 頁,市川・前掲注3)505頁。因果関係の見地から検討するものとして,大杉・
前掲注9)1716頁以下。また,河上・前掲注1)222頁。
蓋然性説がこのような発想なのかどうかは必ずしも定かではない。いずれに しても,結論的には原因行為について故意があれば,行為から生じる高度の蓋 然性がある損害が生じた場合には免責とすることとほぼ等しいように思われる。
山下・前掲判批注10)125頁,大杉・前掲注9)1716頁参照。
ているようにみえる 。蓋然性説は非難可能性を中心には考えないものと思 われるが ,この点の対立が大きいのではなかろうか。また,故意の対象の 議論については,保険契約者等の主観的悪性に対する非難可能性を中心に考 えれば,何らかの損害についての故意で事故招致を行っている以上は主観的 悪性があるのであり,そこから損害が生じたのであれば保険者免責とすると いう第一説のような考え方はごく自然のようにみえる。第一説に対しては,
割り切れない,不合理との批判も強いが ,故意免責の理論として故意の事 故招致を行っているのに免責とならないことを説明しない限りは十分な説得 力はないであろう。この点で故意免責の趣旨をどう解するかは大きな意味を もつ。もっとも,故意免責の趣旨についての一定の理解から結論が自動的に 導かれるわけではないので,この趣旨の理解と合わせて具体的な事案で妥当 な解決が得られるような解釈論を検討することが必要となる 。
2 故意免責の趣旨
故意免責の趣旨としては,公益,信義則,危険除斥など種々の見解があ る 。結論からいえば,故意免責の趣旨については,公序良俗に反する場合
12) 尾上・前掲注3)499頁。
13) 山下・前掲書注4)375頁,同・前掲判批注4)73頁。
14) 竹濵・前掲注7)102頁,笹本・前掲注8)26頁。結果的加重の発想が潜んでいる とするものとして,河上・前掲注1)222頁,大杉・前掲注9)1718頁。
15) 故意免責の趣旨の理解からは具体的解釈論の指針は得られないこともありう る。竹濵・前掲注1)32頁。ただし,具体的解釈論が故意免責の趣旨と整合的に 説明できなければ説得力は弱くなる。なお,文言の通常の意味を離れて,免責 の趣旨についての独自の立場から演繹的に解釈論を展開するべきではないこと は当然であろう。中西正明・判批・民商57巻2号(1967年)250頁,259頁。
16) 判例では,信義則,公序良俗等が列挙されることが多い。最判平成5・3・
30民集47巻4号3262頁。なお,倉吉敬・判批・曹時47巻9号(1995年)2276頁,
2281頁,山下・前掲書注4)369頁以下,465頁以下。学説につき詳しくは,竹濵 修 保険事故招致免責規定の法的性質と第三者の保険事故招致(一)(二・完) 立命館法学170号(1983年)501頁,171号(1983年)636頁,170号514頁以下。
公益については,事故招致の誘発につながるので公序良俗に反するというも
と反しない場合に分けて考えるのが妥当であろう。いかなる場合に公序に反 するかは本稿では扱わないが,公序に反する場合としては,公序の問題とな るような犯罪の場合,違法行為の誘発のおそれがある場合,保険金の不正請
のと,事故招致の誘発に関わらず,故意に事故を招致した場合に保険金を支払 うことは公序良俗に反するというものがある。前者として,伊沢孝平 保険 法 (青林書院,1958年)237頁等。後者として,田辺康平 現代保険法 (新 版)(文眞堂,1995年)113頁,江頭憲治郎 商取引法 (第4版)(弘文堂,
2005年)425頁,山下・前掲書注4)370頁等。
信義則については,保険契約者ないし保険契約の受益者による故意の保険事 故招致は信義則に反するとされ,民法130条の類推適用と説明されることもあ る。大森忠夫 被保険者の保険事故招致 同 保険契約の法的構造 (有斐閣,
1952年)195頁,217頁以下。
危険除斥説は,故意・重過失による事故招致は異常な危険であるから保険者 は引き受けないとする。坂口光男 保険事故の招致と保険者免責 同 保険契 約法の基本問題 (文眞堂,1996年)51頁,56頁以下,竹濵・前掲171号682頁。
なお,現在ではほとんど支持されていないが,故意の事故招致は偶然性を欠 くために保険で担保することができないとの説も有力であった。石井照久=鴻 常夫 海商法・保険法 (勁草書房,1976年)184頁,小町谷操三 海上保険法 各論二 (岩波書店,1961年)97頁以下。起草過程からしても,立法当時には,
故意免責の理由は偶然性の欠如として理解されていたようである。旧商法のロ ェスレル草案695条(商法641条に対応する)の解説では,故意の事故招致を免 責とする理由は必ずしも明らかではない。 ロェスレル氏起稿商法草案下巻
(復刻版)(新青出版,1995年)103頁以下。竹濵・前掲170号510頁。しかし,生 命保険における故意免責に関する草案745条2号(商法680条に対応する)につ いて,保険は偶然損害のみを賠償し被保険者の自ら招いた損害を賠償しないと する損害保険に関する695条の普通原則に適合するものとする。前掲・草案185 頁。また,保険事故の偶然性を定める草案686条(商法629条に対応する)の解 説において,適意に招いた危険についても有効な保険をなすことができないこ とを一例としてあげている。前掲・草案80頁。ロェスレル草案から現行商法に 至るまで,このような理解が問題とされた形跡は見当たらない。竹濵・前掲170 号510頁以下, 島宏平 自動車責任保険における悪意免責の意義 法学政治 学論究23号(1994年)217頁,222頁以下。法典調査会 商法修正案参考書 日 本近代立法資料叢書21(商事法務,1985年)162頁(395条)。
故意の事故招致につき偶然性を欠くから付保できないという考え方と後述す る保険の引受からの説明は基本的な考え方は類似しているようにも思われる
求の場合などが考えられる 。
公序良俗に反しない場合には,保険者は故意による結果発生という危険は 引き受けないという保険の引受けの見地から理解するのが適切であるように 思われる。保険者が引き受けない理由としては,次のような説明が考えられ る 。保険者は被保険者が通常ではしないような危険行為は引き受けない。
被保険者が任意で危険行為をする確率は予測できないから保険者は引き受け ない。故意の事故招致に対して保険金を支払うことにより事故招致が誘発さ れれば保険料が不相当に上昇するので保険者は引き受けない。
このような理解の妥当性に関して,まず,故意免責の理解として行為者の 主観的態様を重視するべきかどうかを検討する。たとえば,付保している自 己の所有物を,保険金取得目的ではなく,衝動的に壊したときに,故意免責 により保険金が支払われないという場面を考える。仮にこれは公序良俗の問 題ではないとして,この場合の故意免責は,故意に保険事故を招致したとい う行為者の主観的態様から信義則違反として説明することが考えられる 。
(なお,故意免責を信義則から理解しつつ主観的側面を強調しない場合も,実 質的にはそれほど変わらなくなるところもある。大森・前掲220頁参照)。もっ とも,偶然性を欠くという説明は故意の事故招致は一般的に付保できないと説 明するもののようであり,この点で生命保険の自殺担保や学資保険等の説明に 困るであろう。竹濵・前掲170号517頁。最近の論考で偶然性から説明するもの として,佐野誠 損害保険契約における偶然性についての一考察 保険学雑誌 591号(2005年)111頁,121頁以下。もっとも生命保険の自殺担保,学資保険 等については考察の対象外とする。
17) 不正請求と公序良俗違反につき,山下・前掲書注4)228頁以下。
18) 紙数の関係上割愛するが,イギリスでの議論を参考とした。Malcolm Clar-
ke, The Law of Insurance Contracts,
4th ed.
2002,
597; Id, Insurance of Wilful M isconduct; the Court as Keeper of the Public Conscience,
7(1995)
Ins. L. J.
173.
19) 尾上・前掲注3)499頁(自動車責任保険に即して)。また,大沼洋一・判批・
判タ852号(1994年)183頁,184頁。もっとも,従来の故意免責を信義則違反 で説明する見解が主観的態様における悪性を問題とする趣旨だったかどうかは 必ずしも明らかではない。大森・前掲注16)217頁以下参照。なお,前掲注16) 参照。
故意免責を信義則違反で説明する見解は,民法130条の類推適用ないし契 約の合理的解釈から信義則違反として免責されることを説明する 。民法 130条の解釈としては故意に条件成就を妨害すれば当然に民法130条が適用さ れるのではなく,故意の妨害が信義則に反することが要件であると解されて いる 。つまり,故意に条件成就を妨害することが直ちに信義則に反するわ けではない。故意の事故招致のような故意に条件を成就させた場合につき,
判例は民法130条の類推適用を認め ,学説は,この場合も信義則違反であ ることが必要とするが ,故意に条件を成就させただけでは信義則違反にな らないと考えられているのかどうかは定かではない 。
いずれにせよ故意の条件成就は行為者の主観的態様から信義則に反すると いう理解の前提には,条件成就の受益者による故意の条件成就を契約の相手 方が正当なものとみなすことは通常は考えられないという理解があるものと 思われる。そうであるとすれば,観念的には,利益を受ける当事者が故意に 条件を成就させた場合でも正当な条件成就であるとする内容の契約を締結す ることは可能であるから ,厳密にいえば,個々の契約の内容に応じて契約 の相手方が通常故意の条件成就を正当とするものかどうかを検討する必要が ある。これを保険契約についてみると,保険者は適切な保険料さえ収受する ことができるのであれば,公序良俗に反しない限りは,いかなる危険も引き
20) 大森・前掲注16)220頁。
21) 我妻栄 新訂民法総則 (岩波書店,1965年)412頁,於保不二雄編 注釈民 法(四) (有斐閣,1967年)364頁(金山正信),四宮和夫=能見善久 民法総 則(第7版) (弘文堂,2005年)317頁。
22) 最判平成6・5・31民集48巻4号1029頁。
23) 我妻・前掲注21)412頁,三村量一・判批・曹時48巻10号(1996年)1198頁,
2305頁,後藤巻則・判批・法教172号(1995年)92頁,95頁等。
24) 不当な条件成就あるいは不正な手段による条件成就は条件成就とはみなさな いといわれることが多い。我妻・前掲注21)413頁,注釈民法・前掲注21)368頁,
四宮=能見・前掲注21)318頁。故意の条件成就だけで不当というのかどうかは 定かではない。
25) 我妻・前掲注21)412頁参照。
受けることができるはずである。したがって,保険者が引き受けない理由は 基本的には適切な保険料を得ることができないことに求めるべきであろう。
保険者が保険を業として営んでいることに伴う保険契約においては,保険者 に対する加害の意思があるわけでもなく,保険金の不正請求でもない場合に,
行為者が保険事故の発生につき故意であったという主観的態様を保険者が問 題にすると考えるのは合理的ではないように思われる。むしろ,故意の事故 招致については適切な保険の引受けができないから,保険者は通常引き受け ないというべきであろう。
このように解するとして,民法130条と保険契約の関係としては,民法130 条は保険契約にも類推適用される。ただし,故意に事故招致しただけで信義 則に反すると解するべきではない。たとえば,保険者を害する意図で事故招 致したような場合は,信義則違反として民法130条の類推適用の問題になり うる。単なる故意で事故招致したときに保険者免責とする理由は保険の引受 けの観点からのもので,これは信義則とは別の考慮であるととらえるべきで ある 。
このような保険の引受けの見地からの理解が妥当であることは論理必然的 に導かれるものではない。つきつめれば価値判断の問題であろう。この価値 判断において,保険の引受けの見地は解釈論における具体的な指針として多 少なりとも役に立つところに意味がある。単純にいえば,保険料に影響しな い範囲では免責とする必要はないということである。
ただし,実は,保険の引受けという見地からの説明を保険料への影響に限 定して考えると,そのような説明が前述のような衝動的な故意の事故招致免 責の説明として合理的かは必ずしも定かでない。衝動的な故意の事故招致は 頻繁に起こるものではないとすると,このような場合を免責としなくても保 険料にそれほど影響はない。この点からすれば,この場合の故意免責の説明 は,社会通念の問題とする方が適切であるように思われる。つまり,故意の
26) 民法130条と商法641条等の位置づけとしては,理論的には別のとらえ方も可 能であるが,本文の理解が妥当だと思われる。4参照。
事故招致については保険者は社会通念上引き受けないという説明である。
しかし,社会通念上引き受けないという説明は単純な故意免責の説明とし ては妥当であるとしても,故意の意義や故意の対象のような問題について,
社会通念という視角から何らかの結論が導き出されるわけではない。この場 合に保険料という視角は有用である。つまり,保険料に影響しない範囲では 免責としないという解釈の結論が社会通念に反するとはいえないのであれば,
その結論を認めてよいという形で用いることができる。理論的には,保険者 が引き受けない理由を複合的に理解することになる。すなわち故意免責の趣 旨としては,保険者は故意による損害発生という危険は引き受けないのが通 常であるからととらえ,保険者が引き受けない理由として社会通念と保険料 の観点が混在していると理解する。単純な故意の事故招致ケースであれば,
そもそも保険料を問題とする以前に保険者は引き受けないともいえる。しか し,故意の意義や故意の対象のような問題については,社会通念からは具体 的な結論は導かれないであろう。そのような場面において,保険料との関係 で問題がなければ保険者免責の幅を広げるような解釈の合理性はない。
なお,故意免責を一般的に公序良俗の問題として理解するべきかどうかは 問題になる。衝動的な故意の事故招致のケースを公序良俗から説明すること にどの程度の合理性があるかには疑問もある 。また,公序良俗と位置づけ ることは,上記のような保険者の免責を認めるべき実質的理由がない場合も 免責とする解釈につながる可能性もあるので,妥当ではないように思われる。
3 故意の意義
次に,上記のような保険の引受けの見地から具体的問題について検討する。
27) たとえば,故意免責を公益から理解し,絶対的強行規定としつつ,公益の内 容として保険制度の運営を破壊すること,社会的にみて不当な利得であること をあげる説がある。山下・前掲書注4)370頁。これは実質的には本稿の理解と 重なる。ただ,本稿は故意免責を公序良俗に基づく場合とそうではない場合が あるとし,両者で故意の意義,故意の対象に差が出てきうるものとみる(4参 照)。このような構成の妥当性も問題となる。
故意の意義については,保険料の観点は蓋然性説,つまり,結果発生の高度 な蓋然性を認識して行為すれば故意であり,そのような故意があれば免責さ れるという考え方になじむ。この観点からは,保険料計算への影響が問題で あるから,結果発生の蓋然性を重視することが妥当である。ここでいう蓋然 性とは行為の一般的な危険性ではなく,当該状況において被保険者等が行為 することによる結果が発生することについての蓋然性と考えられる。また,
この高度の蓋然性とは,回避できる程度の事故発生の蓋然性を認識していて 故意に該当するのは妥当ではないから,結果発生を回避することができない 程度の蓋然性といえよう 。
蓋然性説は認容説と比べると,認容が不要となる分,免責の範囲が広くな るようにもみえる。しかし,現実には,高度の蓋然性がある場合には認容が あると認定されることが通常であろうから,そのような場合にはあまり違い はないものと思われる 。むしろ違いがあるのは,蓋然性が低い場合に,認 容があったときに故意というかどうかの局面であろう。この場合に認容があ っても蓋然性が低ければ故意としない点で免責の範囲は狭くなる 。
4 故意の対象
故意の対象については,保険の引受けの観点からした場合,通常はしない ような危険行為を故意で行った結果として損害が発生したのだから保険者免 責とするべきであると考えることができる。すなわち,付保されている損害 について故意があれば,故意免責の要件を満たすとしてよいようにも思われ る 。しかし,ここで免責の範囲を問題とすることができる。つまり,発生
28) 山下・前掲判批注4)74頁。
29) 山下・前掲判批注4)72頁。刑法につき,前田雅英 刑法総論講義 (東京大 学出版会,1998年)284頁。
30) 重過失免責を削除した趣旨,すなわち被害者・被保険者保護という観点から 故意の意義を考えることもできる。故意を蓋然性説のように理解しても免責範 囲が広がらないのであれば,この点からも蓋然性説は問題はない。
31) 保険の引受けの観点からは,何らかの損害についての故意があれば免責とい
した損害のどこまでが免責の対象となるかという問題を立てることが可能で あり,これは故意行為と発生した損害の因果関係の問題といえる。
因果関係については,いくつかの考え方がありえる。たとえば,故意行為 と相当因果関係の範囲内にある損害は免責という考え方がある 。故意免責 における相当因果関係を,保険者が責任を負う範囲についての相当因果関係 と同じものとして把握するとすれば ,この考え方によれば,保険者は全面 的に免責となる。引受けの観点からも危険行為から相当因果関係の範囲内に ある損害については保険者免責とするという説明はありうる。
これに対して,当該故意行為から生じる高度の蓋然性がある損害について は免責ということも考えられる。この場合,高度な蓋然性の内容は,故意の 意義において,認識すれば故意となる程度の蓋然性と同じものと考えられる。
すなわち,その行為をすれば通常避けることができないという程度の蓋然性 である。故意免責の趣旨は通常はしないような危険行為をしたことによる損 害について免責とするものであるとすれば,そのような危険性,すなわち損 害発生の高度の蓋然性と直接結びつかない損害が発生した場合には免責とす る必要はないという説明も可能である 。
う考え方が成り立つとはいえるが,一方で,被保険者・被害者保護という重過 失免責削除の趣旨から免責範囲はできるだけ限定するべきであり,発生した損 害についての故意が必要であるという議論を否定するだけの根拠が出てくるわ けではない。発生した損害について故意でなければ免責とするべきではないと いう考え方をとるべきかどうかについては後述する。
32) 市川・前掲注3)505頁。
33) 相当因果関係について山下・前掲書注4)382頁以下参照。
34) 河上・前掲注1)222頁は同旨であろう。
35) この考え方がいわゆる蓋然性説と同じかどうかは必ずしも明らかではない。
かなり高度の蓋然性を求める見解(弥永・前掲注1)28頁)と,蓋然性を低くす ることを志向する見解(大塚・前掲注9)179頁)がある。
なお,理論構成については,従来の蓋然性説は本文のような因果関係の問題 であるという視角を少なくとも明示していない。前掲注11)参照。蓋然性説は,
行為から重い損害が発生する蓋然性がきわめて低い場合には保険金を請求する ことが信義則に反するとは必ずしも評価できないとするが(落合・前掲注9)
この点については,抽象的にはどちらの考え方も成り立つように思われる が,当該故意行為から生じる高度の蓋然性がないような損害が発生した場合 には保険金を支払うこととしても,保険制度に悪影響が出るおそれも低く,
社会通念に反するともいいがたいのであれば,できるだけ免責範囲を限定す る解釈をすることが合理的である。保険料との関連では,当該故意行為から 生じる高度の蓋然性がないような損害が発生した場合については保険金を支 払うとしても,保険料にはそれほど影響はないのではないかと思われる。こ のような場合に保険者免責としないことで故意の事故招致を誘発するかどう かについては,発生する高度の蓋然性がない損害が発生することを企図して 事故招致するということはあまりないのではなかろうか 。さらに社会通念 の点についても,後述のように公序に反する場合は別に考えるとすれば,発 生する高度の蓋然性がない損害が生じた場合に保険金を支払うことが社会通 念に反するとはいえないであろう 。このように考えると,故意の対象とし ては付保範囲内の何らかの損害についての故意があればよく,そのような故 意行為から損害が発生した場合は,当該行為と高度の蓋然性がある損害につ いて保険者免責となるという解釈が考えられる 。
130頁,弥永・前掲注1)27頁),信義則を問題とする以上は,故意の事故招致に より相当因果関係内にある損害が発生しているのに,保険者免責としないこと が信義則に反しないことの説明は必要ではなかろうか。
36) 弥永・前掲注1)28頁。
37) 保険者免責とすることが法感情に反するとの立場もある。大杉・前掲注9) 1718頁。また,河上・前掲注1)222頁。
38) 故意免責において問題とされるべきは行為者の主観であるから,高度の蓋然 性という客観的判断基準に依拠する点が疑問であるとの批判がある。山野・前 掲注7)119頁, 島・前掲注16)237頁。しかし,因果関係の問題としてみれば,
不適切ではない。
39) このように考えた場合,損害を行為から生じる高度の蓋然性がある損害とそ のような蓋然性のない損害に分けることができるときには,一部免責を認める べきように思われる。しかし,傷害の故意で死亡した場合には,現実に発生し たのは死亡による損害であり,このときに傷害による損害を仮定的に観念して 免責の有無を区別することはできないであろう。大杉・前掲注9)1719頁。一部
このような解釈に対しては,いくつかの問題点が指摘されている。まず,
重過失免責を削除していることとの整合性が問題とされている 。この点に ついては,重過失免責の趣旨が故意ではない過失行為しかしていない被保険 者の保護だとすれば,少なくとも何らかの損害についての故意があるという 点で重過失を免責としないこととは区別されるという説明は可能であろう 。
また,蓋然性説に対して,高度の蓋然性という基準は抽象的すぎて,有効 な判断基準とはなりえないという批判がある 。しかし,高度な蓋然性の内 容を,その行為をすれば通常避けることができないという程度の蓋然性と定 義できるとすれば,法的判断基準として用いることができないことはないよ うに思われる。そもそも相当因果関係であっても明確な基準ではない。
次に,免責範囲を限定した方がいいのであれば,発生した損害についての 故意が必要であるという解釈をとるべきではないかということも考えられ る 。しかし,発生した損害について故意が必要という場合,どのレベルの 損害についての故意を問題にするかが問題となる。つまり,軽い打撲程度の 傷害の故意で全治6ヶ月の傷害発生の場合に故意があったというかどうかと いうような問題である。最高裁平成5年判決は被害の重大性において質的に 違いがある損害というくくりで,それぞれの損害についての故意を問題とす るという枠組みのようにみえる。しかし,被害の重大性の質的な差異という ことの内容が不明確である 。このような問題からすれば,発生した損害に
免責に肯定的なものとして,河上・前掲注1)220頁,弥永・前掲注1)30頁。
40) 尾上・前掲注3)503頁。この批判はそもそも原因行為対象説に対して述べられ たものである。石田・前掲注1)54頁,竹濵・前掲注7)103頁。
41) 実質的には,死亡については当該行為は重過失と評価されるのではないかが 問題になる。しかし,重過失免責を削除した趣旨が被保険者保護であることか らすれば,何らかの損害についての故意がある場合とまったくの重過失の場合 で区別することが削除の趣旨と矛盾するとはいえないように思われる。
42) 丸山・前掲注7)9頁,竹濵・前掲注7)104頁, 島・前掲注16)237頁。
43) 甘利・前掲注7)103頁,倉吉・前掲注16)248頁参照。
44) 山野・前掲注7)119頁。山下・前掲書注4)373頁,同・前掲判批注10)125頁。
これは因果関係につき高度の蓋然性というだけでは抽象的すぎるという批判と
ついての故意が必要という解釈よりは,故意の対象としては何らかの損害に ついての故意があればよく,高度の蓋然性の範囲内の損害について免責とす るとの解釈の方が妥当だと思われる 。
なお,結論としては,どちらの枠組みでも同じになることが多い 。ただ,
停車中の自動車に自動車で衝突し,自動車の毀損と搭乗者の傷害という損害 を引き起こした場合に,加害者が被害車両に人が乗っていたことを認識して いなかったときは,発生した損害についての故意が必要だとすれば,人損に ついての故意は否定される。しかし,高度な蓋然性という因果関係の問題と してみれば,人の乗っている車に衝突すれば人が怪我をする蓋然性は高いか ら免責となる。このように結論にまったく違いがないわけではない。
次に,商法641条は故意免責だけではなく,重過失免責,さらに保険の目 的の性質もしくは瑕疵,自然の消耗によって生じた損害についての免責も規 定している。そこで,故意免責について因果関係を高度の蓋然性と解すると,
他の場合にどう解するかが問題になる 。重過失免責をどう解するかは問題 であるが,少なくとも,保険の目的の性質,瑕疵などによる損害の免責につ いては,高度の蓋然性を持ちこむ実質的理由はない。相当因果関係で理解す
同じ問題である。
45) 発生した損害について故意が必要とする説に対して,傷害の故意で傷害が発 生すれば保険者免責なのに,たまたまそれより重大な死亡の結果が発生したら 保険者が責任を負うというのは法感情に合わないとの指摘がある。石田・前掲 注1)55頁,竹濵・前掲注7)103頁,尾上・前掲注3)503頁。同様のことは,行為 と損害の高度の蓋然性を問題とする立場に対しても問題となりうる。甘利・前 掲注7)103頁参照。しかし,行為と損害との因果関係の見地から説明すること が可能であり,その因果関係を高度の蓋然性とすることが合理的であるならば,
この点は特に問題とする必要はないであろう。
46) なお,故意の意義に関して蓋然性説をとれば,故意の対象に関する蓋然性説 をとることとほとんど違いはないとの指摘もある。出口正義・判批・
NBL527号
(1993年)47頁,51頁。この点でも,本文の例のような場合には違いが生じう る。もっとも,対人賠償と対物賠償の区別の点で約款解釈としては微妙なとこ ろもある。後掲注50)参照。
47) 大杉・前掲注9)1717頁。
るべきである。そこで,商法641条の解釈としてそのような解釈が妥当かが 問題になる。 に因りて生じたる損害 というひとつの言葉を別の意味に解 するのは不自然である。ただ,起草過程を考えると,レースラーは故意免責 を偶然性の欠如の問題と理解していたようであり ,偶然性の欠如の問題で あるとすれば,瑕疵による損害と因果関係の点で区別する必要はない。しか し,この理解は現在では支持されないとすると, 因りて を別に解釈する ことも許容される余地もあろう 。
なお,故意免責を民法130条の類推適用と同様に考えるのであれば,故意 に保険事故を発生させることは故意の条件の成就であり,条件不成就とみな されるので,保険事故が発生していないことになり,保険者はまったく責任 を負わない。このような理解に立つと,故意行為と発生した損害の因果関係 として高度の蓋然性を必要とするという解釈をすることは困難になる。した がって,保険の引受けの見地からすれば,蓋然性を求める解釈が妥当である とすれば,故意免責を民法130条の類推適用と同視する解釈は避けるべきこ とになる。この見地からは,故意免責と民法130条の類推適用は趣旨を異に するものと理解するべきである。すなわち,故意免責の効果は条件不成就と みなすものではない。
最後に故意の対象は保険事故ではないかという点について検討する。故意 の対象を保険事故と解することは,保険事故により生じた損害について保険 金が支払われるという保険契約の構造からすると,非常に合理的な解釈であ る。ただし,故意免責を民法130条の類推適用と同趣旨として理解しないの であれば,故意の対象を保険事故と解しても,さらに故意行為と損害の因果 関係を問題とすることは可能である。
故意免責を民法130条とは異なる保険の引受の問題とみる見地からすれば,
実質的な問題は保険給付に関わる何らかの結果についての故意行為により何 らかの結果を生じさせた場合に保険給付をするべきかどうかであり,故意の
48) 前掲注16)参照。
49) 結果同旨,大杉・前掲注9)1721頁。
対象が保険事故か損害かという点はその免責要件を保険契約上どう表現する か,どう表現されていると解釈するかという問題といえよう。この観点から すれば,実質的な問題としては保険が引き受けている危険と直接結びついた 一定の結果についての故意があればよい。その結果とは保険契約上何に該当 するのかが問題であるが,これは故意免責の理論から必然的に保険事故か損 害かが決まるという問題ではないように思われる。たとえば火災と火災によ る損害を区別して,特にどちらかについての故意でなければならないという 理由は見出せない。ただ,一般的にいえば具体的損害についての故意を問う ことは現実的ではない,すなわち狭きに失することにつながるので,より抽 象的な点についての故意を問題とするべきであろう。この点で,商法641条 の解釈としては,保険事故を問題にする方が妥当であろう。
ただし,保険事故の,保険者の責任を具体化する一定の事実という側面か らして,保険事故は種々の形態がありえるので,保険事故の規定の仕方によ っては故意の対象を保険事故としたのでは不適切な場合も生じうるが(たと えば請求事故方式の責任保険),そのような規定の仕方は約款に委ねられる ことになる。すなわち,故意の対象につき約款で修正をすることは可能であ るし,修正された場合には約款の表現をもとに解釈するべきである。約款が 保険が引き受けた危険と関連の薄い事項についての故意を問題とするような 場合には約款の修正解釈,内容規制の問題となる。
なお,定額保険契約では死亡,傷害等の保険給付と結びついた一定の結果 のうち何について故意を必要とするべきかという形で問題になる。たとえば,
傷害保険で,傷害を直接の結果として死亡が発生した場合に保険金を支払う という規定の場合,傷害について故意があれば免責となるのか死亡について 故意があれば免責となるのかが問題となる。考え方は同じで,定額保険契約 でも,保険契約の構造からは保険事故が故意の対象となるのが自然であるが,
実質的には,前述のように保険が引き受けた危険と直接結びついた結果につ いての故意を求めることが妥当である 。
50) 複数の保険事故,保険給付,複数の契約の場合,これらの間で故意免責はど
なお,故意の意義,故意の対象の双方につき,故意の事故招致が公序良俗 の問題となる場合には別に考えるべきである。蓋然性が低くても公序良俗に 反することはありえる。また,行為が悪質であれば損害と行為の間に高度の 蓋然性がなくても,保険金支払を否定するべき場合もありえる 。解釈論と しては,商法641条等は公序良俗ではなく,保険料と社会通念を基礎とした 保険の引き受けの見地に基づく規定と解する。したがって,商法641条等は 形式的には公序良俗に反するような場合も射程に含むことになるが,商法
うなるであろうか。倉庫の火災保険につき,保険保護の対象外である倉庫の隣 の自宅に故意で放火した行為から保険事故である倉庫の火災が惹起され付保損 害が発生した場合は,保険事故について故意が認められなければ故意免責には 該当しないであろう。倉庫と自宅が1つの保険給付にかかる保険事故の対象で ある場合には(山下・前掲書注4)372頁参照),火災を惹起させた行為と発生し た損害の間に高度の蓋然性がある範囲内で免責される。
問題は同じ保険者相手に複数の保険契約を締結していた場合,あるいは契約 は1つでも複数の保険事故,保険給付が規定されていた場合である。松島恵 被保険者による保険事故招致の担保可能性とその限界 石田満編集代表 田 辺康平先生還暦記念 保険法学の諸問題 (文眞堂,1980年)253頁,259頁参 照。たとえば,入院特約付き生命保険で,傷害の故意で,死亡が発生した場合 を考える。死亡保険金については死亡に対する故意がない限り免責にはならな いと解するべきであろうか。一般論としては,問題となる保険給付に係る保険 事故等の一定の結果との関係で,故意があったといえるかどうかで判断すると しかいえないであろう。責任保険において,傷害の故意で死亡発生の場合は,
この点は肯定できるので,後は因果関係の問題といえる。問題となる保険給付 とは異なる保険給付に係る一定の結果につき故意があった場合に,故意免責を 認めることができるかどうかは,後は法律ないし約款規定に委ねられる。特に 規定がない場合には上記のように考えられ,約款で免責規定がある場合には保 険料ないし社会通念の見地から合理性があれば免責規定は有効であろう。
たとえば,何らかの傷害による通院,入院,障害,死亡等の結果に応じて保 険金を支払うという傷害保険において,故意による傷害に対しては保険者免責 とする規定は有効であろう。もっともそのような場合には,これまで論じてき た故意の対象の問題が妥当するように解釈すべきである。何らかの傷害につい ての故意行為で死亡をもたらすような傷害が発生した場合に,故意行為と発生 した傷害の間に高度の蓋然性があれば免責となる。
51) 竹濵・前掲注1)34頁参照。
641条等の解釈としては公序良俗の要素は考慮されない。公序良俗の問題は,
ある場合に保険金を支払う保険契約が公序良俗に反するかどうかという形で 考えることになる 。
(本稿は,平成17・18年度科学研究費若手研究Bによる研究成果の一部である。)
(筆者は北海道大学法学部教授)
52) 竹濵・前掲注16)171号683頁参照。契約の一部無効ということになろう。