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大正大学大学院研究論集38号 008安孫子稔章「『逆修説法』における法然の『観無量寿経』解釈について

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Academic year: 2021

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『逆修説法』における法然の『観無量寿経』解釈について

安孫子 稔 章 法 然 上 人( 以 下、 祖 師 の 敬 称 略 ) が 建 久 五 年( 一 一 九 四 ) 頃 に 行 な っ た 説 法 の 記 録 で あ る と さ れ る 書『 逆 修 説 法 』 の 中 で は、 二 七 日・ 四 七 日・ 六 七 日 の 三 箇 所 に お い て『 観 無 量 寿 経 』( 以 下、 『 観 経 』) に つ い て の 講 説 が あ る。 そ の 各 七 日 に お け る 説 示 構 成・ 内 容 は そ れ ぞ れ 異 な っ て い る が、 重 複 し て い る 部 分 も 少 な く な い。 本 論 で は『 逆 修 説 法 』 各七日における『観経』に関する説示を比較検討し、 『逆修説法』の書的特徴を考察する。   まず、二七日と四七日に説かれる「三福」についての説示を比較する。三福のうち「読誦大乗」についての解釈に 注目すると、二七日では、 次 讀 誦 大 乘 者、 通 指 一 切 顯 密 諸 大 乘 經 、 非 別 讀 誦 一 兩 經。 讀 誦 五 種 法 師 中、 擧 二 顯 餘 三、 十 種 法 師 中、 出 二 種 法 師、明餘八種法行也 。然者於顯密一切大乘、受持讀誦解説書寫等皆是往生業也。讀誦小乘、非往生業。又中邊論 云。 施 十 種 法 行 者 但 限 大 乘。 云 々。 ( 略 ) 然 故 者 此 觀 經 惣 説 受 持 讀 誦 諸 大 乘 經、 而 往 生 事 時、 受 持 於 花 嚴 法 花 可 往生事顯上 、別各々經中説則二度説也。大般若雖不説往生、依此觀經説、讀誦彼經往生也。即唐土有常敏人申宣 旨、勸大般若、書寫遂往生云事候也。餘諸大乘經准之可 知 ( 1 ) 。 とある。四七日では、 讀誦大乘者、別不限一經二經、廣攝諸大乘。又不限經 、惣於大乘經律論、皆受持讀誦者、往生業也。但惣云大乘

学内学術研究発表会発表要旨

(2)

故也。又顯密倶攝此大乘一句也。貞元入藏録大乘目録中同列顯密諸大乘入其中故也。 讀誦具云者可云受持讀誦解 説書寫等 、 今則五種法師中、 略顯轉讀諷誦二種法師也。若約十種法師者、 且可顯披讀諷誦二種法師。則 願往生人、 於彼顯密諸大乘經、可修受持讀誦等行 也 ( 2 ) 。 とある。これを比較すると、傍線部に見られるように、 「読誦大乗」の語の説明として、 「大乗」とは諸々の大乗経典 を指し、 「読誦」とは五種法師など広く諸行を指すとする点は二七日と四七日で共通していた。対して相違点として、 点 線 部 に 見 ら れ る よ う に、 二 七 日 で は 読 誦 大 乗 を 往 生 行 と し、 『 法 華 経 』 や『 華 厳 経 』 を 受 持 読 誦 し て も 往 生 で き る と明言しているのに対し、四七日では願往生人は読誦大乗を行うべきであるとするが、それが往生行であるとは説い ていない。 次に、同じく三福のうち「孝養父母」についての解釈に注目すると、二七日では、 先三福者、 一孝養父母者、有世間孝養、有出世孝養 。世間孝養者、俗書云。立身行道、揚名後世、以顯父母孝終 也申、於世有名譽、而以好者哉是某子被云、爲孝養極也。出世孝養者、 勸父母入菩提道、是眞實孝養 也 ( 3 ) 。 とある。四七日では、 孝養父母者、可有世間出世二孝養 。俗家所言孝經等説是也。身體髮膚受于父母、不敢毀傷孝始也。身體髮膚受父 母 者、 今 以 之 意 得 有 二 義。 ( 略 ) 立 身 行 道 者、 隨 己 家 各 學、 行 可 學 習 之 道、 揚 名 開 徳 仕 身 朝 廷、 施 譽 四 海、 被 云 是其人之子、 顯父母名、 申孝養終也。 (略)次出世孝養者、 流轉三界中、 恩愛不能斷、 棄恩入無爲、 眞實報恩者申、 不繼父道、 不隨母心、不運水 荈 之志、不守顏色之趣 、而或交山林、或住蘭若、修行佛道者、當時思者似不知恩忘 徳、暫棄有漏恩徳終求無爲報謝也。 是申眞實孝養也 。故心地觀經云。若人欲報父母恩、代於父母發誓願、入阿蘭 若菩提場、晝夜常修於妙道。云々。又出世可有立身行道義。智行内積、名徳外顯、被云三藏法師禪師律師、即其 意也。或被云羅什三藏玄弉三藏、被云南岳大師天台大師、即是也。又 出世孝養、必可棄父母云事不候也 。即律中 有生縁奉事法。謂父貧者置寺内養之、母貧者置寺外養之。云々。彼此隨人意樂、可依時宜也。梵網經説孝順父母

(3)

師僧名戒矣。 (略)父母之間、 藉宿縁深可易隨教化候。而 大法主禪門、 偏爲一人孝子大徳、 被勸深入往生淨土門事、 哀被思合候 也 ( 4 ) 。 と あ る。 こ れ を 比 較 す る と、 傍 線 部 に 見 ら れ る よ う に、 「 孝 養 父 母 」 の 語 の 説 明 と し て、 孝 養 に は 世 間 と 出 世 の 二 種 の孝養があるとする点は共通していた。対して相違点として、点線部に見られるように、二七日では親を誘って悟り を求める道に入ることこそ真実の孝養であるとしているのに対し、四七日では親を退けて悟りを求める道に入ること こそ真実の孝養であると説いた後に、必ずしも父母を捨てる必要はないと説き、孝行息子の勧めによって浄土門へ入 信した大法主禅門(この『逆修説法』の聞き手である)を讃えている。 続いて、二七日と六七日に説かれる「念仏」についての説示を比較する。二七日では、 次明稱名號往生者、 經云、佛告阿難汝好持是語持是語者即是持無量壽佛名。云々。善導釋之云、從佛告阿難汝好 持是語已下、 正明付屬彌陀名號流通於遐代。上來雖説定散兩門之益、 望佛本願意在衆生一向專稱彌陀佛名 、 云々。 凡 此 經 中 雖 説 定 散 諸 行、 不 以 其 定 散 付 屬、 但 以 念 佛 一 行 付 屬 阿 難 流 通 未 來 也。 ( 略 ) 此 經 初 廣 雖 説 定 散、 後 一 向 擇念佛付屬流通給也。然欲遠隨彌陀本願、近禀釋尊付屬者、一向修念佛行可求往生也。 凡念佛往生之勝于諸行往 生、 有多義 。一者因位本願(略)二者光明攝取(略)三者彌陀自言(略)四者釋迦付屬(略)五者諸佛證誠(略) 六者法滅往生(略)念佛往生旨取要在之。仰願云 々 ( 5 ) 。 とある。六七日では、 凡此經遍説往生行業。則初説定散二善、惣與一切諸機、次簡念佛一行、別流通未來群生。 故經云、佛告阿難汝好 持是語等。 云々。 善導釋之言、 從佛告阿難汝好持是語已下、 正明付屬彌陀名號流通於遐代等。 云々 。 然者依此經意、 今捨聖道入念佛也。依之善導和尚立專雜二修、判諸行勝劣得失給。則此經疏云、就行立信者、然行有二種、一正 行、 二雜行。云々。專修彼正行云專修行者。不修正行而修雜行、 申雜修者也。付其專雜二修得失、 今私料簡有五義。 一 親 疎 對、 二 遠 近 對、 三 有 間 無 間 對、 四 廻 向 不 廻 向 對、 五 純 雜 對 也。 ( 略 ) 然 以 此 五 相 對 判 二 行、 願 西 方 往 生 捨

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雜 行 可 修 正 行 也。 又 善 導 和 尚 往 生 禮 讃 序、 判 此 專 雜 得 失 給。 專 修 者 十 即 十 生、 百 即 百 生、 雜 修 者 百 之 一 二、 千 之 五三。云々。何以故云、專修者無雜縁得正念故、又相應彌陀本願故、又隨順釋迦佛語故。云々。雜修者雜縁亂動 失正念故、 又與佛本願不相應故、 又不隨佛語係念不相續故、 廻願不慇重眞實故、 乃至與名利相應故、 非障自往生、 障他往生正行故。云々。加之、即此文次云、 予比日見聞諸方道俗、解行不同專雜有異、然專修者十即十生、雜修 者千中無一。云 々 ( 6 ) 。 とある。これを比較すると、 傍線部に見られるように 『観経』 流通分 「佛告阿難汝好持是語」 以下の文と 『観経疏』 「上 来雖説」以下の文より、釈尊が阿難に対し諸行ではなく念仏の一行を付属したことを述べる点は二七日と六七日で共 通していた。対して相違点として、点線部に見られるように、二七日では念仏「往生」が諸行「往生」より勝れてい る点について三部経を典拠して列挙している。これはつまり、往生行としては確かに念仏の方が勝れているが、諸行 往生自体は認めているということである。 これに対し六七日では行として念仏が諸行に勝れていることを述べており、 諸行が往生行であるとは述べていない。そして願往生者は諸行を捨てて念仏のみを修すべきだと述べられ、最後に善 導『往生礼讃』を引用して「千中無一」という強い諸行の否定の語が提示されている。 ここまで見てきた比較検討から、私は『逆修説法』の持つ二つの書的特徴を指摘したい。第一点目に、 『逆修説法』 に は 一 つ の 書 の 中 に 教 学 的 相 違 が 認 め ら れ る 説 示 が あ る と い う こ と で あ る。 「 読 誦 大 乗 」 に つ い て の 説 示 比 較 の 中 で 諸大乗経を読誦するという行の取り扱い方の相違が見られ、また「念仏」についての説示比較の中で諸行往生に関す る 解 釈 の 相 違 が 見 ら れ た。 換 言 す れ ば、 『 逆 修 説 法 』 の 中 で は 説 法 が 進 む に つ れ て 教 学 的 変 移 が 確 認 で き る と い う こ と で あ る。 た だ し、 こ れ を そ の ま ま 法 然 の 思 想 的 深 ま り で あ る と 言 う こ と は 難 し い。 『 逆 修 説 法 』 の 構 成 自 体 を 考 え ているのも法然自身であり、 先を見据えて徐々に浄土教の深みへと説法を進めていく狙いがそこにあるかもしれない。 さらに言えば、法然は念仏一行に励むことを勧めてはいるが、 われほとの念仏者よもあらしと思ふはひか事なり。大憍慢にてあれは、それをたよりにて、魔縁の付きて往生を

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さまたくるな り ( 7 ) 。 と い う 言 葉 か ら も 知 ら れ る よ う に、 念 仏 に 得 意 に な り、 傲 慢 な 態 度 で 諸 行 を 誹 謗 す る よ う な こ と を 最 も 嫌 っ て お り、 またそのような気持ちによって往生が妨げられてしまうことさえあるとしている。つまり、説法の聞き手をして念仏 以外の諸行や浄土経典以外の大乗経典を謗る心が生まれることのないよう、説法の前半では意図的に諸大乗経を重視 して説いているのではないかというようなことも想定できる。 第二点目に、 『逆修説法』の中には「逆修法会」という場面性を考慮した教説が見られるということである。 「孝養 父母」についての解釈で、父母を捨て悟りを目指す道に入ることが真実の孝養であると述べながらも、その後に必ず しも父母を捨てる必要はないと述べ、 むしろ親子の縁によって浄土門に帰入した大法主禅門を讃える場面が見られた。 この孝養父母の解釈について『選択集』を見てみると、 世間の孝養とは『孝経』等に説くがごとし。出世の孝養とは律の中の生縁奉事の法のごと し ( 8 ) 。 とあるだけで、詳しい説明はない。法然がここで詳細に孝養父母について説明を施すのは、やはりこの説法の聞き手 が法然の弟子安楽房遵西の父であるということを場面的背景としていると推察できる。このように、聞き手の立場に 合 せ、 現 実 に 即 し た 説 法 を す る の は 法 然 法 語 の 特 徴 の 一 つ で も あ る と 言 え よ う。 そ れ は、 「 現 世 を す ぐ べ き 様 は、 念 仏の申されん様にすぐべ し ( 9 ) 」という精神的・身体的にとにかく念仏を称えられる環境に身を置いていることが肝要で あ る と す る 法 然 の 言 葉 か ら も 窺 い 知 れ る。 す な わ ち、 『 逆 修 説 法 』 は『 選 択 集 』 と 同 じ よ う に 教 学 を 説 い た 教 義 書 で ありながら、御法語のように法然の息遣いを感じ取ることのできる書としてその特徴を捉えることができよう。 (大学院仏教学研究科博士課程三年)

(6)

(1)『昭法全』二四〇。 (2)『同右』二六一。 (3)『同右』二四〇。 (4)『同右』二五八。 (5)『同右』二四三。 (6)『同右』二七二。 (7)『同右』八一四。 (『七箇条起請文』 ) (8)『浄土宗聖典』三、 六八。 (9)『昭法全』四六二。 (『禅勝房伝説の詞』 )

参照

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