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布教資料 第03集 御法語に学ぶ

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布 教 資 料 第

3

御法語に学ぶ

御法語に学ぶ

藤吉慈海台下

今何を語ろうとされているのか

大室 了 倍

学 問 と 修 行

大 橋 俊 雄

r

I

徒然草』

と法然上人

寺 内 大 吉

法然上人と御法語

d 輔、ヨ 三枝樹隆善

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布教資料第3集

御 法 語 に

学 ぶ

目 次 御 法 語 に 学 ぶ 藤吉慈海台下 ( 1 ) 今、何を語ろうとされているのか 学 問 と 修 行 『徒然草』と法然上人 法然上人と御法語 あ と が き 大 室 了 暗 (23) 大 橋 俊 雄 (53) 寺 内 大 吉 (75) 三枝 樹 隆 善 (93) (113)

浄 土 宗 布 教 研 究 所

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三五

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皆さんは、浄土 宗の 御布教に熱心な方々で、 二 十 一 世紀 の浄土宗の布教を背負って立た なければならない方だと思いますが、浄土宗の教えというものが 二 十 一 世紀に向かって、 あるいは宇宙時代に入った今日、適当な教えであるかとうか、あるいは 二 十 一 世紀に未来 を開く人類の宗教として自信を持って伝道できるかということを深く反省をしなくてはな らないということが、まず大事なことであります 。 ただ伝統的に昔か ら 言 ってきてること を、従来の教えを繰り返していきさえすればよいというような安易な愛 宗護法の精 神とい うものを深く反省しなければならないと思っておるのでございます 。 また、男子として生 れてきて、私自身が 一 生涯を過ごす上において、浄土宗の教え、法然

k

人の御教えという も の が 、 二 十 一 世紀に向か っ て 進みつつある人類の未来を開く教えであ るかとうか 。 そ の ために自分の生涯を捧げて悔いのない生活を送ることができるかどうかということをまず 反省しなければならないと思うのでございます 。 そ し て 、 そこに使命感を本当に感ずるこ とができるならば、法然上人が申されたとおり 、 ﹁ 浄

t

宗の学者は、身、命、財を投げ 打っても浄土の法を説くべし ﹂ と仰せられたことに向か っ て 、 わ れわれが深く反省をし、 身 ・ 命 ・ 財を捧げてもいいというような使命感を持つべきであると思う のであり ます 。 そ れで、愛宗護法ということもおそらく皆殿方はお持ちにな っておる と思う のであります

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が、どうかしますと、 ただ愛宗護法という立派な 言 葉にだまされてしまって、自分のほん とうの信仰とか信念とかというものを、あるいは深く反省しないで、 ただ旧来の伝統を守 るということが、 そのまま愛宗護法の伝だというふうに思い込んでしまう 。 何ら の反省な し に 、 ただ昔から 言 い伝えておるようなことを、どんなに上手に、また、感激深く伝える かということが、布教伝道であるというふうに考えたりする 。 そのことをもういっぺん反 省してみなければならないと思うのです 。 私 自身も浄土宗のお寺に生れて、浄土宗の教え というものは、人聞をほんとうに新しく導いていく教えであろうかという反省からず っ と 眺めてきておりました 。 それは未熟な考えであったかもしれませんけれども、常にそうい うふうな考えを比較的自由な立場から持ってきて、 いまも持っておるつもりでおるわけで あります 。 だ か ら 、 とうかすると、愛宗護法の念がないと思われるようなことも言った り、あるいは行なったりしてきたのでごさいます 。 しかし、私にも浄土宗の一員としての 御法語に学ぶ 愛宗護法の念というものは、 日ごろ考えておりますこと いささかあ るように 思いまして 、 を歌に作ったり、あまり本を読めなくなってきたものですから、人に読んでもら っ た り 、 原稿を書いてもらったりしておるのであります 。 思索といっても、あまり深く考える力も ございませんが、 このごろいろんなことを思ったり、歌を作ったりして、反省みたいな生

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活をおくつておるのでございます 。 いつまでそういう境涯が続くか、もう 二 、 三 年でさよ ならということになるかと自分でも思ったりするのであります 。 そうしますと、皆さん方 にお願いをしておきますことは、法然上人の残された教えを、 われわれが法然上人に代 わって説かなければならないということです 。 そうしますと、法然上人が、 いまおられた ならば、どんなふうにお説きになるであろうかということも深く考えてみなければならな いと思うのです 。 ただ、法然上人や ニ 祖 様 、 三 祖様の教えというものが、 こうおっしゃっ たからそうだというふうにいままで決めておりましたけれども、 いろいろ読んだり考えた りしますと、法然上人の教えも正しく伝えられておるのか 。 あるいはその間に歴史的な展 聞があって、文献上でも、法然上人の常に仰せられている御 言 葉という 言 葉にしても、あ るいは御法語というものでも、 その聞に、関東と関西では、時代によって違うのでありま しよう 。 けれども、関東のほうが、どうかすると保守的にという 言 い方はおかしいですけ れども、学者たちの意見に従うと、たとえば、義山上人によ っ て、法然上人の 言 葉とか教 えもだいぶん整理されたというふうに言われておるというふうに思います 。 少なくとも法 然上人の残された御法語が、 だれに向かって 言 われた法語であるかということ、 それから 法然上人の何歳ぐらいに、 その法語をお っ し ゃ っ たかということ、 そ れ か ら 、 はたして法

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然上人がそういうことをおっしゃったのだろうかということについても、私どもは批判を しなくてはならないと思います 。 法然上人がおっしゃったから正しいとは 言 えない 。 ある

t

、 I u -t そのほんとうの意味はどういう意味であるかということを考えてみなくてはならな いと思うのでございます 。 たとえば、私が、この本山に来て、晋山式のときに申したので すが、禅勝 一 房に法然上人がおっしゃったという法語の 無 量 の宝を失う ﹁ 念 仏 に 倦 き 人 は 、 べき人なり 。 念仏にいさみある人は、 無辺の悟りを開くべき人なり ﹂ という 言 葉は、望月 先生の編纂された ﹃ 法然上人全集 ﹄ の中には、載っておらないんです 。 私もそういう 言 葉 があるのを知らなかった 。 と こ ろ が 、 ﹃ 昭和新修法然上人全集 ﹄ という厚い本を、石井教 道先生が、お出しになったのを読んでみたら、十 二 問答の中に、禅勝房の質問に対して、 今の御法語が書いてあるんです 。 法然上人は、悟るということはあまり 言 われなかったけ れ ど も 、 ﹁ 念の心を倍りて申す念仏にもあらわず ﹂ と ﹁ 悟る ﹂ ご枚起請文 ﹂ の 中 に も 、 御法語に学 ぶ とおっしゃっている 。 そ し て 、 禅 勝 一 房 に 対 し て は 、 ﹁ 念仏にいさみある人は、 無辺の悟り を開く ﹂ と仰せられている 。 亡くなられた香月先生は、 それは知らなかったとお っ し ゃ っ たのです 。 法 然 上 人 に 、 そういう 言 葉があることを知らなかった 。 だれも知るはずはない のです 。 望月先生が編纂され浄土宗の各寺院に普及していた ﹃ 法然上人 全 集 ﹄ の 中 で は 、

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その法語は省かれているのです 。 ところが、石井教道先生が編纂された ﹃ 昭和新修法然上 人全集 ﹄ に は 、 その法語はちゃんと載っているのです 。 それ、法然上人だって、 ﹁ 念 仏に い さ み あ る 人 は 、 無辺の悟りを開くべき人なり ﹂ とおっしゃっている 。 な る ほ ど 、 そうか な あ 、 それは藤吉さんが好きな言葉だなあと大笑いしたんです 。 ここの晋山式のときに も、それを 号 一 守ったら、花園大学の先生が聞いて、 ﹁ 全く座禅と同じようなことを法然上人 は、言っている 。 念仏によって悟りが開けると言ってるんですか 。 禅宗とちっとも違わん で す ね ﹂ と 言 ・ つ ん で す 。 そ れ か 、 り 、 ﹃ 選択集 ﹄ の中に法然上人が念仏は王 三 昧であるということをお書きになっ ておるんですけれども、浄土宗の専門の先生が、 ほとんどそれに気づいてないんです 。 そ ういうことがあることを忘れておるんです 。 ここに来てから、私が 言 ったら、王 三 昧とい うのは、どっかで見たことがあるけれども、まさか ﹃ 選択集 ﹄ に王 三 昧という 言 葉がある ことに気付かないでいるんです 。 曹洞 宗 の僧堂によく王 三 昧と書かれた額がかか っ て ま す 。 だから道元禅師の 一 手販売のように思っていたらしいのですけれども、ちゃんと、し かも ﹃ 選択集 ﹄ の中に、念仏は王 三 昧であると仰せられてるのです 。 ところが浄土宗の人 は、ほとんど王 三 昧ということを知らなかったんです 。 自分の宗祖が ﹃ 選択集 ﹄ の中に書

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いておられることをほとんど注意しておらない 。 それから、善導大師は、法然上人と全く 同じような専修念仏ということを 言 われた人だというふうに、皆、思ってるけれども、 そ の善導大師の六時礼讃の中に、 ﹁ 摂心常在禅 ﹂、即ち ﹁ 心をおさめて常に禅にあれ 。 ﹂ とう たっていらっしゃる 。 ﹁ 心をおさめて常に禅にあれ ﹂ ということは、専修念仏から 言 う と、全く逆のことのような気がします 。 そこを善導大師が、 ﹁ 心をおさめて常に禅にあ れ 。 ﹂ と六時礼讃の中でうたっておられたんです 。 浄土宗の人々も六時礼讃はうたってい るのですけれども、 ﹁ 心をおさめて常に禅にあれ ﹂ と善 ほとんど注意していないのです 。 導大師は自分でうたっておられたのです 。 そ の 言 葉を見ると、もっぱら念仏を唱えること を勧められた善導大師は 一 面 に お い て 、 ﹁ 心をおさめて常に禅にあれ ﹂ という 言 葉を残し ておられたということが不思議に思えるくらいですが、念仏を唱えられていた善導大師 は、同時に、常に心をおさめて禅にあるように つ とめなくてはならないと、自分に 言 い聞 御法語に学ぶ かしておられたのかもしれないと思うのです 。 ﹁ 摂心常在禅 ﹂ という 言葉を法然上 人 は 、 あまり強調しておられませんが、六時礼讃の中にありますし、皆様方も、お読みになって る け れ ど も 、 ほとんと注意しておられないと思います 。 私 が 、 気 付 い た こ と は 、 そのくら いです 。 そのことを申しましたら、どなたかが、法然上人がそんなことを 言 われるはずは

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な い 。 私の持ってる ﹃ 法然上人全集 ﹄ の十 二 問 答 の 中 に は 、 ﹁ 念仏にいさみある人は無辺 の悟りを開く ﹂ なんて御法語は載っておらない 。 それは嘘だろうということを 言 っ てき た 。 私は ﹃ 昭和新修法然上人全集﹄ の十 二 問答をごらんなさいと申しました 。 そ し た ら 、 ど な た か が 、 ﹃ 勅修御伝四十八巻伝﹄ の中の四十五巻に法然上人の 言 葉がたくさん載せて あ る 、 その中にちゃんとその 言 葉が載っていると教えて下さった 。 私も勅修御伝はどうせ 信用されないと思って、 その当時、あまり読まなかったのです 。 禅 勝 一 房 に 言 われた言葉が ちゃんと法然上人の 言 葉として四十五巻にも載っていたのです 。 勅修御伝というものは、 法然上人が亡くなってから百年目ぐらいにできた本です 。 ちょうど同じ時代にできた本に ﹃ 徒然草 ﹄ というものがあります 。 中学生のころに読んだのですが、私は、 い っぺん全 部 読みました 。 その中に法然上人の 言 葉が載ってるんです 。言 葉は忘れましたけれども、 ﹁ 眠たくなったらどうするかというと、目がさめてから念仏申しなさい ﹂ という有名な御 法語と 一 緒 に 、 ﹁ 疑いながらも念仏すれば往生す ﹂ と、法然上人が仰せられたという 言葉 があるので、びっくりいたしました 。 法然上人は、信ぜよ、信ぜよと 言 われたのに、疑い ながらも念仏すれば往生すると仰せられたのは、 いかにもありがたいと兼好法師は書いて らっしゃるんです 。 ところが、疑いながらも念仏すれば往生すという 言 葉は、浄土宗の法

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然上人の言葉としては、 いつの間にか省かれたんだろうと思います 。 ﹁ 信じてもなお信ず べきは必得往生の文なり ﹂ という、信仰ばかり強調する教えの中で、 ﹁ 疑いながらも念仏 すれば往生す ﹂ と 言 われたということは、どうも具合が悪いので、省いたんだろうと思い ます 。しか し、ちょうど滅後百年ぐらいに勅修御伝四十八 巻伝ができたと同じころに、法 然上人の 言 葉として兼好法 師がちゃんと ﹃ 徒然草 ﹄ の中に書いておられる 。 ほかの法語は 法然上人の法語の中に載っておりますか、りして、 やっぱり兼好法師は、 それを法然上人の 言葉 と し て 聞 い て 、 それが尊いと言われた 。 なぜ尊いと言われたか、兼好法師が、 ﹁ 疑 い ながらも念仏すれば往生す ﹂ と仰せ らるのがいかにもありがたいとなぜ感ぜら れたのか と、われわれは考えてみなくてはならない 。 やっぱり人聞は、私は ﹁ 五重相伝 ﹂ でもそう いうことを申し上げましたけれども、 それを聞いて同行たちは、安心したという人はある んです 。 やっぱり疑い心というものは、人間には最後までなくならないんじゃないか 。 あ 御法語に学ぶ なた方がどんなに上手に信仰をお説きになっても、信ぜよ、信ぜよと 言 っても信じがたき ﹁ 難信の法 ﹂ とお経の中に書いてある 。 お経の中に書いてあるから正しいというわけじゃ ないけれども、人間にとって信ずるということは、とてもむずかしい 。 親鴛上人のような 信仰の強い方でも、 ﹁ 弥陀の誓願、不思議に助けられまいらせず ﹂ と 言 われたんです 。 不

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思議に助けられまいらせず 。 蓮台に乗らんまでは、この思いは抜けないだろうと、法然上 人 は 、 いつかお っ しゃったらしいです 。 そうすると生きている聞は、人間というものは やっぱり疑い心というものをどこかに持つ、 それが人間の弱さです 。 だから親鷺上人で も、法然上人でも、地獄は 一 応住家ぞか し と 言われ たり、疑惑の法然坊、 無知の法然坊と 言 わ れ た の は 、 オ ー バ ー な表現ではないんです 。 よく考えてみれば、や っぱり蓮台に乗ら んまでは、疑い心というものが、 立ち去らない、なくならな いものだということを、法伏 ⋮ 上人でもお感じになっていたのではないかと思います 。 疑いながらも念仏すれば往生すと おっしゃったということは、 おそらくほんとうにおっしゃったのだろうと思いますけれど も、浄土宗では伝道 の 教義の中には、伝わっておりません 。 そういう 言 葉は布教伝道の上 にあまりよくないと思ったんでしょう 。 信ぜよ、信ぜよと、極楽は実在するというふうに 言 わなくちゃならないというふうに教えておったんです 。 疑いながらも念仏すれば往生す ということを 言 唱 ったら、念 仏を申さない、念仏の 信 仰というも のを疑ってくると い う ふう に、あさはかにしか考えなかったんですね 。 しかし、よく考 え て み る と 、 その疑いという ものは、やっぱりなかなか取れない 。 そういう疑い、疑い心があっても、南無阿弥陀仏、 南無阿弥陀仏と申している聞にいつの間にか、 その疑い心が解けて、 そうして念仏をする

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ようになるということを法然上人は、感ぜられて、凡夫を導くためには、疑い心があって もいい、念仏を申しておれば、次第にその疑い心もなくなっていくということを感ぜられ て、疑いながらも念仏をすることを説かれました 。 ﹁ 往生之業念仏為先 ﹂、往生の 業には 念仏を先とすということは、 そういう意味です 。 念仏するということが先だということ は、あとだということに対しする先なんです 。 も っ と根本である、大切であるというふう なことは当然のことです。先であるということは、まず、念仏を申せということです 。 多 少の疑い心はあっても、まず念仏を申せということです 。 それが念仏為先ということの意 味だと私は思います 。 そこまで法然上人は考えていらっしゃる 。 それが疑いながらも念仏 すれば往生すと仰せられた意味、疑い心があっても、まず南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と 念仏を申すことを先にしろ という 意味じゃないかと私は思います 。 ところが ﹃ 浄土宗大辞 典 ﹄ を見てもそういうふうには 書 いてないです 。 ﹁ 念仏為先 ﹂ と ﹁ 念仏為本 ﹂ とはほとん 御法語に学ぶ ど同じであるというふうに説明してある 。 為先の先には、後に対するものだということ は 、 書 いてないです 。 だから、よほど味わってみなくちゃならない 。 念仏にいさみある人 ということでも、 いさむということはどういうことかと皆さん方は考えたかどうか 。 悟り を聞くということも 。 そこで法然上人はおっしゃ っ て る 。 おそらく惟尾弁匡先生もその御

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法語を知らなかったというか、注意しておられないから、 いっぺんも椎尾先生の御法語や お 話 の 中 に 、 その言葉は引かれておらないです 。 おそらく知らなかったのだろうと思いま す 。 椎尾弁匡先生は、 その本を知っておられれば、念仏によって悟りを開くと法然上人 が、もっと力強く仰せられたに違いないと思います 。 徳川初期の 三 河の侍で鈴木正 三 と い う人がいる 。 この人は、念仏と禅を両方ゃった人です 。 その人も、法然上人のお 言 葉に ﹁ 念仏に勇みある人は、 無辺の悟りを開く ﹂ という 言 葉があったことを知らなか っ たんで す 。 それだから、法然上人は、悟るということは 言 わなかったけれども、法然上人の念仏 往生も悟らん悟りなりというふうに言ってるんです 。 悟るということを 言 わないで、念仏 往生を言われた 。 悟りということを、禅宗の人はよく言う 。 鈴木正 三 さんという人はおも しろい人だと思って、 ﹃ 鈴木正 三 全集 ﹄ を全部読んでみました 。 その中に法然上人に関し て 古 い 歌 の 中 に 、 ﹁ 悟りとは悟られて悟る悟りなり、悟る悟りは夢の悟りぞ ﹂ とある 。 禅 宗でもえらい人は、悟りなんていうものを初めはやかましく 言 うけれども、あとでは悟り なんていうのは、あまり 言 わなくなって、擦り切れてなくなってしまう 。 悟りとは悟られ て悟る悟りなり 。 悟ったということを 言 うてるやつはまだほんとうの悟りに引 っ 掛か っ て い る 。 ほんとうの悟りというのは、悟らないで悟るのが悟りだ 。 悟ろうと思って悟ったな

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んていうのは、夢の中での悟りに過ぎないというのです 。 鈴木正 三 さんはまた ﹁ まことに 悟る悟りは危ないことぞ 。 われも悟らん悟りが好きなり 。 私も悟らん悟りがほんとは好き なんだ 。 法然などの念仏往生も悟らぬ悟りなり ﹂ といっている 。 法然上人が念仏して往生 それは悟らないで倍ったその境地を示したものであると鈴 するとおっしゃったけれども、 木正 三 は法然上人の念仏往生をそういうふうに評価してるんです 。 これは鈴木正 三 が実際 に念仏をしたからそういうふうにわかったんです 。 ところが法然上人は禅勝房に対して、 念仏に勇みある人は、無辺の悟りを聞くべき人なりとおっしゃったんです 。 禅勝房という 人はどういう人か、私も知らないけれども、法然上人の弟子の中でおもしろいことを書き 残している人だなと思っておりましたら、この間、亜細亜大学の梶村先生が来て話をした んです 。 熊谷直実の話をしているときに禅勝一層の話が出てきたんです 。 禅勝 一 房はどういう 人かというと、浜松の奥のほうの人で始めは天台宗のお坊さんだったんです 。 森の石松が 御法語に学ぶ 埋葬されたところと同じところに生れて、 そこにお墓があるそうです 。 熊谷直実の紹介 で、法然上人の教えを受けたんだそうです 。 それもほんとか知らないけれとも、 そういう 話を聞きまして、 なるほどそうかと思ったことです 。 そういう人だから、 いろいろ変わっ た御法語を、私どもが聞きたいようなことをちゃんと聞いて書き残してお っ てくれてるわ

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けです 。 それで、皆さん方は、おそらく念仏を勧めるということをなさってるでありま しようけれども、 ﹁ 念仏に勇みある人は無辺の悟りを開くべき人なり ﹂ ということをどう いう意味であるかということを考えてみられましたか 。 ﹁ 勇みある念仏﹂というものは、 私も喜び勇んでというふうに解釈しておりました 。 しかし、喜び勇んで念仏するというこ とは、わかったようでわからないです 。 無辺の悟りとは、またどういうことか 。 先 日 、 ここで 二 週間ほどおりました 。 その勤行のとき 第 二 期の布教講習会があって、十四、五名、 に、毎朝私は、この話をしてみました。法然上人は念仏を喜び勇んで申しておれば悟りが 開けるというふうにおっしゃったと 。 そしたらある先生が、藤吉先生は、法然上人がたつ たいっぺんしか、 たった一人の人にしか言わなかったことをそんなに大切に、あまり言う ちゃいかない。法然上人がたくさん申されたことはほんとうであって、 いっぺんしか 言 わ なかったことをそんなに強調してはならないと 言 ったそうでありますけれども、 なるほと そうかとも思います 。 け れ ど も 、 い っ ぺ ん でもある弟子に向か っ て 言 われたことは、ゃっ ばり言われたことであって、 その意味はどういうことかと、われわれは深く反省してみな くてはならない 。 そうして念仏を申すということが、道元禅師は、なぜ田んぼの中の蛙の ょうだというふうに 言 わ れ た の か 、 日蓮上人が念仏無間となぜ 言 われたのかということも

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ょうく考えてみなくてはならない 。 そ う し て 私 は 、 この間歌を作ったんです 。 ﹁ 念仏は悟 りを開く道なるを、 田 ん ぼ の 蛙 、 無間地獄ぞ ﹂ と 。 歌になってないかもしれないけれど も、念仏は悟りを開く道であるが、受取り方によっては田んぼの蛙というように受け取っ た人もあれば、念仏は、唱えておれば無間地獄に陥るというふうに非難をされた人もあ る 。 これは悪口に違いないけれども、 そういう悪口はどこから出てくるのか 。 なぜそうい うふうに田んぼの蛙と道元禅師は言ったのか 。 念仏は無間地獄に落ちると、なぜ日蓮上人 が 言 われたのか、ということをまじめに反省してみなければならないと思います 。 そ の こ とを皆さん方は反省してみられましたか 。 それから念仏にいさみあるというのは、 喜 び勇 んで念仏するというふうに、私も言い換えてまいりましたけれども、 喜 び 勇 んで念仏する ということは、木魚をし っ かりたたいて、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と 大きな声で 言 うことであるのかどうか 。 田んぼの蛙とあまり変わらないような念仏になっ 御法語に学ぶ てしまわないか 。 あるいは無間地獄に落ちるような念仏しか申していない の ではないか 。 そういう念仏をわれわれは勧めてはいないかということをよく反省してみなくてはならな いと思います 。 法然上人が申された ﹁ A 芯仏に勇みある人は無辺の悟りを開く ﹂ ということ で す が 、 ﹁ 無辺の悟り ﹂ ということについて、浄土宗の有力な人、老僧あるいは浄土宗の

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教えを長く受けてきた人が、 ﹁ 先生はそういうことを言われますけれども、 無辺の悟りを 聞くことはとてもできません 。 だ か ら 、 この言葉はあるいは法然上人の 言 葉ではないで し よ う ﹂ というふうに解釈した人があるんです 。 だから私は、無辺の悟りというものは、 無 常 の 悟 り と は 違 ' つ ん だ 。 無辺の悟りというものは、 いろんなことに気付かされるという ことだというふうに説明してあげたんです。念仏を唱えることによっていろんなことに気 付 か さ れ る 、 つまり念仏を主体的に申すということです 。 念仏に勇みある人というのは念 仏 を 主 体 的 に 、 ほんとうに心から味わって、 ﹁ 南無阿弥陀仏 ﹂ と ・ 申 さ れ る 人 で あ る 。 そう す る と 、 いろんなことに気付かされてくるんです 。 念仏による無辺の悟りは、有辺ではな く、無辺の悟りなのです 。 無常の悟りとはおっしゃってない 。 無 辺 の 悟 り 、 いろんなこと を教えられるということです 。 いろんなことが悟、りされてくるということです 。 お釈迦さ までも 三 十五歳で何もかも悟ってしまったわけではないです 。 八十歳で亡くなるまでの間 の四十五年間というものは、 やっぱり心境は変化したに違いないのです 。 人間である限 り、禅宗のお坊さんに したところで、初めに悟りを聞いたてか ら、実際に八十か九十で 亡 くなるまでの心境は、 だんだんと進んできているというふうに解釈しなければならないと 思います 。 法 然 上 人 だ っ て 、 四十五歳で浄土宗をお聞きになって念仏に接っせられたとき

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八十近いときの心境というものは変わ っていたに違いないのです 。 だ か ら 、 その御法語は残っておっても、それはいつごろの言葉であるかということを私どもは気付 の 御 法 語 と 、 かなくてはならないのです 。 そしてどういう人に向かって言われた 言 葉であるかというこ とを考えなくてはならないのです 。 ﹁ 念仏に勇みある人 ﹂ ということを、私は、 いままで 喜び勇んで というふうに 言葉 を替えていましたけれども、 それだけでは無辺の悟りを開く ということにならない の で す 。 ﹁ いつまでたっても、心を接して常に禅にあれ ﹂ と善導大 師が自分に 言 い聞かせられていたということすら、 い つ も 礼讃を唱 えて い るのに気 付かな いでおるじゃないか 。 そういう言葉があるのに気付かないでおるのが、浄土宗の坊さんの 大部分でしょう 。 念仏は王 三 昧であると、王 三 昧とは何かということを考えた人もいない んです 。 な ぜ 、 王三昧であるとおっしゃったのか 。 念仏について何も考えていない 。 た だ、昔から念仏を申せというから申してればいいんだろうと思ってるんです 。 多くの人は 御法語に学ふ ﹁ 藤吉先生は、悟りは開けると申されるけれども、私は念仏によって悟りを開けない ﹂ と いう 。 多くの人はタバコをのみ、お酒を飲み、 ゴルフをや り 、 バ

l

に行き 、 そして念仏を 勧めてる 。 これで布教師だと思 ってるんです 。 それでいいと思ってる 。 念仏を唱えておれ ばさすがに違う、念仏を申すようになってからさすがに違うというようなものがなけれ

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ば、無辺の悟りを開くとおっしゃった法然上人の勇みある念仏を唱えてるとは 言 えないの で す よ 。 念仏を唱えたって地獄に行くか、極楽に行くか知らないけれども、極楽に行ける だろうと思ってる 。 そして念仏を唱えてる程度です 。 どこかありがたいと思ってる 。 し か し 一 般の人からみれば念仏をあれほど勧められるうちの和尚さんは 、われわれと 何か違 うかというと何にも違わない 。 念仏を申したって、お酒も飲むしタバコものむ、パーにも 行くしゴルフもやる 。 とこに違うところがあるか 。 念仏を申したって、何にも変わりはな いじゃないか 。 愚痴も 言 うし、欲っぱりなんだ 。 寺の奥さんにしても念仏を唱えておられ るようだけれども、われわれとちっとも違わないと思うであろう 。 一 般の人がやはり念仏 を申す人は違う、なるほどああいうふうになる のかと思われるようなものがなければ、 くら念仏を勧めてみたところで、何の役にもたたない 。 たとえば椎尾弁匡先生が、 ﹁ 時は 今、ところはあしもとそのことにうちこむいのちとわのみいのち ﹂ と い う 、 無量寿を見る という椎尾弁匡先生の有名な歌があります 。 それは有名な歌で、林霊法先生が、今度、 ﹃ 椎尾弁匡先生と共生浄土教 ﹄ という書物をお書きになって送ってくださったのにもだい ぶ ん 書 いてございます 。 その歌を無量寿を見るという題目をつけて、 その歌を歌われたん だそうです 。 無量寿を見るということは、 ﹁ 時は今、ところはあしもとそのことにうちこ

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むいのち、とわのみいのち ﹂ つ ま り 、 いま自分がやっていることに 一 生懸命に自分を忘れ て打ち込むこと、わかりやすく言えば、道元禅師の ﹁ 即今の生 ﹂、現在というものに打ち 込 む 、 無我になっていく、 ﹁ 即今の生 ﹂ という生き方が道元禅師の教えの基であるという ふうに見られる 。 それとほとんど同じです 。 ﹁ 時は今、ところあしもとそのことにうちこ むいのち、とわのみいのち ﹂ と 歌 わ れ た 。 皆 、 それに感激して、共生浄土教の人たちは、 椎尾弁匡先生の残された、非常に尊い歌であるとして、ありがたく思ってる 。 私 も 、 そ れ はりっぱなことであると思いますけれども、その中で念仏とは、 一 体どういう関係になる の か 。 その歌は無量寿を、永遠の御命と教えられ、 そのときはいまであり、ところは足も とそのことである 。 すなわち自分のやってることに打ち込む命が永遠の御命だ、永遠の中 のいま、即ちいまというものの中に永遠が含まれておる 。 だから 、 そのいまという瞬間を 生かしていくという生き方に徹底しろということである 。 ﹁ 即今の生 ﹂ に生きよと道元が 御法語に学 ぶ 言 ったように、悟ろうと思っても簡単には悟れない 。 ただ 、 ただすわるということがいい の だ 。 ただ念仏していることがいいのだ 。 ただ行うということを非常に大切にとらえ、 そ の歌を作っておられる 。 そこに念仏というものの尊さをみるというお気持ちであ っ たと思 うのであります 。

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いままで申しましたように、 こ れ か ら 先 、 二 十 一 世紀を導いていかれ る皆様方には、法 然上人の念仏の御教えを、戦争を起こさない御教えとして説いていっていただきたいと思 い ま す 。 浄土宗の ﹁ 南無阿弥陀仏 ﹂ と申す念仏の御教えは、国家性とか民族性というもの を越えて、普遍的な宗教として最もふさわしいものであると思います 。 日本人のみならず 世界の人類のすべてにと っ て ﹁ 南無阿弥陀仏 ﹂ と念仏するということが、人間の 信 心の生 き方、知恵と慈悲とをそこにいただいていくものであり、簡単に 言 え ば 、 無辺の悟りを開 く御教えであります 。 こうした生き方は、主体的に念仏するというということであるとい うふうに皆さんによって説いていただきたい 。 極楽にまいりたいと思 っているおばあさん やおじいさんたちに向かって、 そんなことばかり説いているわけにはいかないでしょう が、若い人々に向かっては、 ﹁ 南無阿弥陀仏 ﹂ と申すことによ っ て 主 体的に自分自身がと う生きていくかということを考えさせていく 。 そうして念仏を申せば、ちゃんと自分がし なければならないことがはっきりしてくる 。 そのことが無辺の悟りであるというふうに考 えて、自分自身が念仏によってどういうことを悟ってきたか、どういうことが自覚できた か、というようなことをこれから先、訴えていかなくてはならない 。 若い人に向かっても 壮年の人に向か っ て も 、 だれに向かっても念仏をすることによ っ て 、 私自身はどういうこ

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とを気付かせられたか、という体験を相手に教えていき、話していくことによ って、皆 が なるほどと思って付いてくるようになるだろうと思います 。 だから、念仏の御教えという も の は 、 二 十 一 世紀に向か っ て 、 世界の人類がそういう知恵と慈悲とを体得して、人間の あり方というものを体得するのに最もふさわしいものであると思います 。 座禅ももちろん 大切でありますけれども、座禅というものはどこででもできることではありません 。 し か しながら善導大師ほどの念仏をした人が、 ﹁ 心をおさめて常に禅にあれ ﹂ と、自分自身に 言 い聞かせておられたということを忘れてはならないと思います 。 そうしないと現代の浄 土宗の布教というものは、大切なものが欠けてしまって立派な教えではなくなってしま ぅ 。 田んぼの蛙、あるいは無間地獄に落ちるような念仏を教えていると 言 う ような批判が でないようにしていかなければならない 。 念仏を申すということは自分自身が主体的にど う変わっていくかということが肝要である 。 それが ﹁ 無辺の悟りを聞く ﹂ ということを仰 御法 語 に 学 ぶ せられた法然上人の ﹁ 勇みある念仏 ﹂ という意味であるということをょうくお考えになっ て御布教願いたいと思うのでございます 。

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昭和 六十三年六月二 十 日

今、何を語ろうとされているのか

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法語

昭和 二 十年の終戦の年は、ちょうど私が 二 十歳の時でした 。 外地に行くことになってお りましたけれども、もう船がなくて行か れ な く な っ て 、 仙 台の航空隊におりました 。 航空 隊には、飛行機があるわけでして、むこうの艦載機にしばしばねらわれて、しょっちゅう 空襲があるんですね 。 そのたびに私も防空壕に 逃 げるわけです 。 と こ ろ が 、 この航空隊は 仙 台の岩沼というところにあり、海の近くなものですから、防空壕もあまり 地 下深くは 掘 れないんです 。 半 地 下にしないと水が出てきてしまいます 。 それで半 地 下に し て、支柱を 建てて上に覆いをつくって泥をいっぱい載せておくのですが、入口が 地 上に出ているわけ で す 。 そういう防空壕に空襲のたびに入るわけです 。 あるときものすごい空襲がありまし た 。 二 、 三 十分は続いたと思うようなものすごい空襲で、近くに爆弾が落ちたんですが、 その爆風で、私たちの潜んでいる防空壕に草の根っこや葉っぱが飛び込んできて、耳が ガ l ンとして、もうこの世の終わりかと思いました 。 艦載機といっても、グラマンで、 ロ ケ ッ ト 爆弾を落しました 。 それまでは、空襲といってもほんの 二 、 一 二 分ですから、ちょ っ と避難すればよか っ た ん

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で す が 、 そのときばかりは私も生きた心地がしませんでした 。 一 般に、坊さんの子供は戦 地に行くときには父親にお経の 豆本かな んかを持たされたようでして、私も ﹃ 法語抄 ﹄ と いうものを持 っていき ました 。 藤井実臆狽下が、亡くなられた佐藤 賢 順先生と 、法然上 人 讃仰会で、昭和十五年にお出しになった本なんですが、 おきまして、演習中もずっと持っていました 。 そ し て 、 その小さい本をポケットに入れて この世の最後かと思うようなもの すごい空襲のときにも ﹃ 法語抄 ﹄ を出して読んでいたわけで す 。 そう しました ら 、 二 ﹄ ' U 噌 ︼ ル J J f ふ / ん心が落ち つ いてきたんですね 。 今、何を語ろうとされているのか そ の , っ ち 、 コトコトコトコト、音が聞こえてきたんです 。 ひょっと見ましたら、防空壕 の中の支柱に軍万が当たって、これが音を立てていたわけです 。 なんで音がしているのか と思いましたら、陸軍少尉の小隊 長が 1 演習の ときなどはやたらにビンタをする鬼みた いな人なんですが│支柱に つかまって震えているん です 。 恐くて、震えているから軍刀 がカタカタ鳴っているんです 。 ほかの人もみんな震え ていて、私の足を つかんで い る 人も いました 。 でも、私はそのときまことに冷静なんですね 。 どこを読んでいたのか記憶は定 かではありませんけれども、とにかく自分でびっくりするぐらい冷静だったんですね 。 そ れが御法語と の 最 初 の 出会いでした 。 お念仏の教えというのは本 当 にありがたいものだと

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思いました 。 私は寺に育ちましたので、お施餓鬼だとか、お通夜だとか、お葬式のときは先代につい て い っ て 、 もっともらしくお経をあげていましたが、今から考えれば 信 仰を持 っ ていたわ けではなくて、ただお経をあげてこいと言われたからお経をあげていただけで、もっとも らしいことをしゃっべったりしていただけなんですね 。 で も 、 そのときの御法語との出会 いを通して、法然上人のお念仏の教えは本 当にすばら しいものだと 気づきま した 。 この世 の最後かと思うときに心が落ちついていて、安心立命というような、まだわずか 二 十歳で す が 、 そういう気持ちにさせていただくことができたんです 。 これは私にとっては驚きで ありました 。 また同時に、私は本 当 に 幸 せだったと思います 。 それがなかったらとうな っ たんだろうと考えますと・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 私は学校に 三 十 三 年間勤めまして、昭和五十五年にやめ、かねてから念願でありました ﹃ 法語抄 ﹄ をつくらさせていただきたいと思 っ て で き た の が 、 こ の ﹃ 浄土への道 ・ 法然上 人法語抄 ﹄ でございます 。 法然上人のお念仏というのはどうなんだろうかというと、従来の教えからみるとコペル

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ニクス的転換をしたものだと私はマ﹂う理解しているんです 。 今までは戒定慧というものをしっかり身につけて称えるお念仏が尊いんだと、

-つ い

- つ

ふうに教えられていたわけです 。 皆さんご承知かと思いますけれども、恵心僧都も若干こ ういうお考えであったわけですね 。 それでは、戒定慧の 三 学を身につけるということはだ れにもできるのだろうか 。 これは凡人ができることではないということで 、 法然上人はお 念仏が土台になって戒定慧が身についてくるという、 コ ベ ル ニ クス的転換をされたと、私 は理解をするわけです 。 まずお念仏を称えることが大事である、戒定慧はあとでよろしい 今、何を語ろうとされているのか と 。 ﹁ われ戒定慧の 三 学の器にあらず ﹂ とおっしゃっていますが、 これは置いておいてい ぃ、まずお念仏を称えなさいと 。 念仏を称えれば戒定慧というものも身につけていくこと ができるようになると、 これが法然上人のお念仏だと私は思うわけでございます 。 仏に救われるためには、 至 誠 心 、 回 向 発 願 心 、 即ち コ 一心を心得なければいけない 深 心 、 ということはいつも説かれるところでございます 。 深心という 言葉 を 二 番目に置いており ますが、自分は罪悪生死の凡夫なんだと、 いわばダメ人間であるということ、人間の屑だ ということでございましょうね、 その認識をしっかりしろということですね 。 罪悪生死の

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凡夫であるということ、 そういうどうしょうもない人間だから、仏さまの本願に乗じて、 仏さましか助けてくださる方はないということを深く深く信じなさいということなんで す 。 と こ ろ が 、 これはとても難しいことだと思・つんですよ 。 罪悪生死の凡夫、おれはダメ人 間だということをちゃんと自覚しろということなんですが、自分では 、 ﹁ 私などは学問が あるといってもちょっと知っているだけでして、ろくな人間ではございません ﹂ な ど と 、 気楽に人には 言 いますね 。 で も 、 ﹁ おまえは本当にばかだね ﹂ ﹁ おまえは全く人間の屑だ ﹂ と 言われた と し ま す と 、 ﹁ まったくそうです ﹂ と素直に答えられるかというと、 そういう ふうに答えられる方も少なくはないと思いますけれども、私には絶対できないですね 。 ﹁ おまえは何だ、寺の住職のくせに人間の屑だ ﹂ とか 言 わ れ た と き に 、 ふざけるんじゃな ぃ、あんたにそんなことを 言 われる筋はないといって怒るだろうと思 v つんです 。 で も 、 怒ったらだめなんですよ 。 怒ったら罪悪生死の凡夫であるという自覚をしてないというこ とになるんです 。 ですから、これはものすごく難しいことですね 。 それでは救われないと 法然上人はおっしゃるんです 。 だけども、法然上人はそんな難しいことをおっしゃるわけがないんですね 。 凡 夫 往 生 、

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凡人報土でございますから、 悪人正機なんですから、 そんな難しいことをおっしゃるわけ がないんです 。 まずはとにかくの念仏しなさいと 。 有名な話があります 。 天野四郎という 大泥棒が法然上人の庵にしのび込んでひとつ悪いことをやろうと思っていたんですが、法 然上人のお説教を聞いているうちに心が変わってきて、 ﹁ 和尚さま、私のような者でも仏 さまに救っていただけるでしょうか ﹂ と聞きましたら、法然上人いわく ﹁ 私だって救って いただけるんだから、おまえが救われないはずはないよ ﹂ とおっしゃったんですね 。 そ れ で天野四郎は深く感激したというんですけれども、法然上人は大泥棒よりももっと極 重悪 今、何を語ろうとされているのか 人だとご自分で自覚をされていたわけですね 。 しかし、今申し上げたように、おまえはだめ人間だ、屑だと 言 われてか っ ときたんでは だめだというような難しいことは法然上人はおっしゃるわけがない、 悪人正機の教えです から、私はこういうふうに理解するんですね 。 人に、お前は屑だと言われたときに、本当 にそのとおりです 。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と 言 えない人間だ、どうしても払はそこ までできない人間だという自覚、 そういう自覚をし、悩みを持つ、 そういう向党をしたと きが第 一 歩 だ と 思 ・ つ ん で す ね 。 これはそんなに難しいことじゃないんですね 。 私が ﹁ だ め 人間だ ﹂ ﹁ ばかやろう ﹂ と 言 われたときはつい腹が立ってしまう 。 まったくあなたのおっ

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しゃるとおりだと本当に素直に 言 う ことができない 。 本当に愚かな者であるという、 そう い う 自 覚 、 認識はできるわけです 。 それがお念仏で救われる第 一 歩 で 、 そういう人に仏さ まは救いの第 一 手を延ばしてくださるんではないか、 そういう ふうに考えるわ けです 。 そ れ で は 、 それからどうなるんだということですが、 ﹃ 十 二 問答 ﹄ の中に御法語がござ いますね 。 ﹁ 念仏にものうき人は、無量の宝を失うべき人なり 。 念仏にいさみある人は、 無辺の悟りを聞くべき人なり 。 相かまえて願往生の心にて念仏を相続すべきなり ﹂ とお説 きになっておられます 。 この御法語は ﹃ 法然上人全集 ﹄ にございまして、あ の 本 をず っ と 読ませていただきましたけれども、法然上人のお 言 葉で ﹁ 悟り ﹂ というのはこ の 御法語だ けしか出ていないと思うんです、 ほかには幾ら探してもないんですね 。 ﹁ 念仏にいさみあ る人は、無辺の悟りを開くべき人なり ﹂ というのはどういうことかというと、先ほど申し 上げましたけれども、まずお念仏を称えなさいということなんですね 。 そうすれば 一 度に はいかないけれども、 一 歩ずつ戒定慧の 三 つ を身につけることができると 。 そこに人格の 転換と申しますか、人格の向上と申しますか、 そういうことができるのが念仏であると私 は受け取っていると申し上げましたが、まさにこの御法語を読みますと、 お念仏を称えて

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いるうちにだんだん人格が高められてまいりまして、おまえは人間の屑だと 言 われでも念 仏を積んでいるうちに、戒定慧というものが身についてきて ﹁ 仰せのとおりです ﹂ と心か ら信ずることができる。 つ ま り 、 コ 一 心の深心を本当に身につけることができるんだと思う んです 。 お念仏を称えるということは、法然上人もおっしゃっていますが、 みずからの仕事だと いうことなんです 。お念 仏を称えることも弥陀の本願によ っ て称えさせていただくんだと いう人がいらっしゃいますけれども、御法語にはそう 言つてな いんです 。 念仏を称えるの 今、何を語ろうとされているのか はみずからの仕事であると 言 っ ております 。 そして、往生は仏さまがしてくださるのだ と 。 ﹃ 三 心料簡及び御法語 ﹄ というところにこれは 書 いてあります 。 お念仏を自分の力で 称 え て い る と 、 ﹁ 往生は仏の所作なり﹂ ですから、戒定慧 の 三 学を身につけることができ る 。 だから、おまえはだめ人間だと言われでもそのとおりですと 圭 一 は仏さまがしてくださるんだ 。 お念仏を重ねているとだんだん人絡が古川帰して仏さまがそ のようにしてくださるのです 。 で す か ら 、 ﹁念仏にいさみある人は無辺の悟りを開くべき 人なり ﹂ というお 言葉がそ こで出てくるのではなかろうかと思うのです 。

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喧 嘩 を し て 、 次に、私はお念仏の教えというのは開き直りの教えではなかろうかと思うのです 。 夫婦 その結果、どうにでもしてくだ おまえはとんでもない女だと家内に言って、 さい、出て行きますと開き直られたんでは、けんかは負けですね 。 開き直るというのはも のすごく強いことですね 。 ﹁ われは烏帽子もきざる男なり ﹂ という御法語は、まさに聞き 直りのお考えだと私は思うのです 。 皆さんもよく知っていらっしゃる御法語でございます ﹁ われは鳥帽子もきぬ法然房なり 。 黒白をも知らざる童子のごとく、是非も知 らざる無知の者なり 。 ただ念仏往生を仰いで信ず ﹂ とございます 。 け れ ど も 、 私の後輩が東京のある医科大学の教授をしております 。 その大学では教段に空席がある ので新しい人を入れるというので少し黒い霧がかかったという事件がございました 。 新聞 にもだいぶ報道されて、私の友人も顔写真が出たんです 。 でも、彼はただその周辺にいた というだけで、ま っ たくそういうことはしてなかったのです 。 その彼が訪ねてきたんです ね 。 冬でございましたけれども、黒メガネをかけてマスクをして来たんです 。 ﹁ なんだそ の格好は ﹂ と 言 っ た ら 、 ﹁ 新聞に顔が出てしまったので、道を歩いていても、

OO

教授は あいつだと、バレゃしないかと思って恐くてしょうがないので、黒メガネをかけてマスク をしているんだ ﹂ と い ' つ ん で す 。 それを聞きまして私は、顔写 真 が出たからといってだれ

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も顔なんか覚えてないよ 。 新聞の写真なんて本当に小さいものでしょう、 そんなものをま じめに見ている人はいない 。 親戚かなんかは見ているかもわからないけれども、 似た人は たくさんいるから ﹂ と 、 い い ま し た 。 でも、真剣なんですね 。 国立大学の教授というのは権力があるんですね 。 だから、あなたは学があって、権力が あ っ て 、 そういうものにかじりついているから黒メガネにマスクになるんだろう 。 そんな ものは塵芥のごときものである 。 法然上人の御法語を見てごらんなさい 。 ﹁ えぼしもきざ る男なり ﹂ とある 。 そういう気持ちになってみたらどうだ 。 すべて捨て去ってごらんなさ 今、何を語ろうとされているのか ぃ 。 おれはだめ人間だけれども、世間の人もみんなだめ人間だと思って開き直りなさい ょ 。 と 、 そんな話を 一 時間ばかりしましたら、開き直ってしまえばいいんだなということ で、帰りは黒メガネとマスクをとって帰りました 。あ と に な っ て 、 その気になってしまう と堂々と開き直れましたという手紙がきましたけれども、こんな楽なことはないですね 。 地位がある、名 誉がある、または、寺の住職だから少 し気のきいたことをしなき ゃならな いんだとか思っているようでは、罪悪生死の凡夫であるという自覚にまだ至っていない 。 自覚すれば何も恐 いも のはない。か といって悪いことをしたら 罪になりますからね。そう いう意味では、法然上人は開き直っておられたんじゃなかろうかと思うわけです 。

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結婚式などにまいりますと、披露宴でお祝辞をなさる方がい、りして、なかには、若い 二 人 に 、 ﹁ きょうはおまえたちは有頂天になって楽しそうな顔をしているけれども、 この世 の中は楽しいことは少なくて、苦しいことが多いんだよ、 そのことをよく肝に命じてお け ﹂ なんていうご挨拶をされる方がございます 。 この世は楽しいこともあるけれども、苦 しいこともある、あざなえる縄のごとくこうなると 。 それで、法然上人はとういうふうに お考えになったのかというと、佐々木四郎高綱という方に 一不された御詞に ﹁ みな人のおの れとおのが知恵に迷いて、近き極楽を遠くし、 かほどやすき世間を、背しみとなすことは 浅ましきことなり 。 何なる楽しみかありてこの夢の世に、夢のことくの知恵を ふ る まいけ る ぞ ﹂ とおっしゃっているんですね 。 ﹁ かほどやすき世間を、苦しみとなすことは浅まし きことなり ﹂ と い う 、 そのお 言 葉 によりますと、法然上人は、世の中は楽しいこともあ り、苦しいこともある 。 苦しいことが多いとか言うんじゃなくて、この世の中は楽しくあ るべきところなのに、 それを苦しい苦しいと言うのはまだおまえの知恵が足りないからだ とおっしゃっているように私は受け取るんですね 。 法然上人は、苦しいと 言って いること を、角度を変えて考えれば、 それは楽しいことであるはずだとおっしゃっているのです 。

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いつでしたかお寺にお参りにきたお婆ちゃんが、きょうはひどい目に遭ったと言-つんで す 。 そのおばあちゃんは松戸のほうに住んでいらっしゃるんですね 。 このごろ東京の檀家 というのは遠くなりましたからね 。そ れで、家を出て駅に行きまして、切符を買おうと 思ってバッグを開けたら、お布施を忘れたことに気がついたのです 。 夏でしたが、十五分 ぐらいかかるんでしょう、また、暑いところを戻ったというんですね 。 嫁に包んでおいて よ と 言 っ たのに嫁が渡すのを忘れたから、私も つ い忘れちゃ っ て、嫁と喧嘩して出てきた と言うんです 。 それはそうですよね、暑いところを十五分もかけて駅まで出てきたのを 今、何を語ろうとされているのか 戻って、また来るわけですから大変なことです 。 いい年をしてどうかしているんじゃないか 、 そ こ で 、 私 は 、 ﹁ あ な た 、 そういうふうに 考えるから世の中が苦しくなるんですよ 。 考え方のスイッチを パ チッと切り笛えてごらん ﹁ どういうふうに切り替えたらいいんですか ﹂ と 。 なさい ﹂ と言ったんです 。 ﹁ 大体、家 の中でテレビを見ていたりして、外を歩くことなんかないでしょう ﹂ と 言 っ た ら 、 ﹁ あん まり出歩くことはない ﹂ と 言 -つ ん で す ね 。 ﹁ きっと死んだおじいちゃんが、 ﹃ おまえ少し 歩かなきゃだめだよ 。 ﹄ ということで、歩かせてくださったのかもわからない 。 そ う 思 っ たら嫁を怒ることもないでしょう ﹂ と 言 っ たんです 。

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﹁ あ 、 そうだと思って家に帰ってお嫁さんに、 ﹃ 私は年をとって本当にポケでしょうが ないね、忘れちゃった 。 ﹄ と 言 え ば 、 ﹃ お母さん、私が渡すのを忘れてごめんなさい 。 ﹄ と 言 っ て 、 にこにこして送り出してくれるだろうから、喧嘩することもない 。 そして、おじ いさんがもう少し歩きなさいと歩かせてくださったのかもしれない、 そう考えたらどうな ん だ ﹂ と 言 っ た ら 、 ﹁ ああ、なるほど、 そんなことってあるんですか ﹂ と 言 う か ら 、 ﹁ あ る ん だ よ 、 それが、知恵をめぐらすと苦しいことも楽しいことになってくるということだ よ ﹂ 。 ﹁ かほどやすき世間を、苦しみとなすことは浅ましきことなり ﹂ ということですね 。 ですから、法然上人はこの世の中は楽しいところであり、楽しくなければならないと、 そういう考えで物事の転換をして、苦しいと思ったことがあったならば、 それは自分の知 恵がないからだ、、 それをぐるっと変えるとかえって楽しいところなんだと 。 そ ' つ 田 心 ・ っ こ とができなければお念仏を称える資格はないと、私はそういうふうにおっしゃっているん じゃなかろうかと思うわけでございます 。 ﹁ みな人のおのれとおのが知恵に迷いて、近き 極楽を遠くし、かほどやすき世間を、苦しみとなすことは浅ましきことなり ﹂ 。 私だっ て、この世の中は楽しいことばかりだとは思えません 。 しかし、困難にぶつかりますと 、 この御法語を思い出すんですね 。 なんておまえはばかなんだ、お前は知恵がないからだと

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おっしゃっている 。 一

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パーセント苦しいと思って そこで考え方を変えていきますと、 いたのが半分ぐらいになりまして、 ずいぶん気が楽になるものでございます 。 次に資料によって、平均年齢を見ますと、江戸時代は 三 十五歳 。 江 戸 時代といっても長 うございますから、中期のころですが 。 大正時代が四十 三 歳 。 今、女性の方は八十で、男性 はちょっとまだ足りませんが、大体八十でしょう 。 それで、今、お年寄りが集まったとき の 一 番の話題はポケたくないということで、 一 番心配なことなんだそうですね 。 老人会で 今、何を語ろうとされているのか もなんでもそういうことが話題の中心になるそうです 。 だけれども、年をとればみんなが ボケるというわけではありません 。 約六%弱ですから、百人のうち 五 人かそこらですか ら、全部がボケるわけじゃありませんけれども、ボケる人を身近に知 っ ておりますと : : : 。 皆さんの中にも、 そういうおじいちゃん、おばあちゃんのお世話をなさった方もいらっ しゃるかと思います 。 私も身近に知っておりますが、 これは本当に大変ですね 。 床の間と トイレを間違えちやったり、何でも食ぺちゃうんですから、想像を絶するわけです 。 こ う いうボケ老人が出たら、普通のサラリーマンの家庭は崩壊するかもわからないですね 。 お 檀家の方々のおうちでそういう実例は知っていらっしゃると思-つんですが、檀家の人たち

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でもポケたくないと言っています 。 で は 、 とうしたら、ボケないで済むかというと、 これは 方法がないんですね 。 手仕事をやったり、指先を使いなさいと 。 うちの檀家に 言 いました 、 り 、 一 所懸命に 三 味線をやって、夜中でもビンビンやっているんですね 。 だ か ら 、 噌 ︼ 0 ・ ︼ じ 日 手 J ル / ' 本 J 先を動かしたってだめですよね 。 庭いじりはどうでしょうか 。 あんなものはだめですよ 。 ボケているからとんでもないことをやってしまいます 。 薬だっていいものはないんです 。 どうしたらボケないだろうか 。 ﹁ 大胡の太郎実秀へっかはす御返事 ﹂ という御本がござ います 。 百九十 一 番に載せておりますが、 ﹁ まめやかに往生の志ありて 弥陀の本願を疑 わずして念仏を申さん人は、臨終の悪きことは候まじきなり 。 その故は、仏の来迎し給う ことは、もとより行者の臨終正念のためにて候なり ﹂ 。 善導大師のお書きにな っ た発願文 で す が 、 ﹁ 願わくは、人々よ命終わるときに臨んで、心転倒せず心錯乱せず心失念せず、 身も心にも、もろもろの苦痛なく、身も心も安楽にて禅定にいるがごとく ﹂ 。 これは唐の 時代に善導大師がお書きになったわけですが、こういう状態で、命を終わるときに臨ん で、心も乱れないでというのがボケないということなんですね 。善 導大師もそういうこと を考えてい、りしたかどうかはわかりませんけれども、私はお考えにな っ ていたんではなか ろ う か と 思 ' つ ん で す 。 昔だってたまにはボケる人もいたでしょう 。 ﹁ 命終わるときに臨ん

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で、心転倒せず心錯乱せず心失念せず 身も心にも諸々の苦痛なく 身も心も安楽にして 禅定にいるがごとく ﹂、こ れはまさに正念往 生ですね 。 ボケ老人の最後は錯乱往生です 。 法然上人は御法語に念仏を申せば仏が来迎してくださる、もとより行者の念仏を称える人 の臨終正念、正念往生のためなんです 。 ですから、お念仏を称えていれば必ず正念往生が できるんだよと 。 今の言葉で解釈いたしますと、必ずできるんだという教えだと思・つんで す 。 けれども、法然上人はこういうことも 言 っ ていらっしゃるわけです 。 常に仰せられてい 今、戸Iを語ろうとされているのか るお言葉で、百九十八番に載せておきましたけれども、 fこ ﹁ 念 仏申 さん者十人あらんに とえ九人は臨終 あ し くして、往生せずとも、 われ 一 人は決定して往生すべしと思うべ し ﹂ 。 お念仏を称えればポケないよと 。 お念仏を林えているあそこの和尚さんだ っ て ポ ケ ているじゃないかという人が九人いても、私 一 人だけは絶対大丈夫なんだと思いなさいと いうんです 。 探く信ずべしというのはそのことですね 。 それはどういうことか、私なりに法然上人のお 気 持ちを惣像するのでありますけれど も、寺の住職だからお念仏を称えているとい っ ても、本当にお念仏を称えていたかどうか わからないんですよ 。三 心をそなえて念仏に励んだかどうか 。 お念仏をしているような顔

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をしている者はたくさんいるが、本当のお念仏はや っ ていない 。 だから、十人のうち九人 はボケてしまってろくな往生はできない、立派な最後はできないのだ 。 しかし、自分は大 丈夫だと思いなさい、 そしてお念仏に励みなさいと、こういうふうにお っ し ゃ っ ているん だと私は思っているんです 。 私は、檀家の人に、ボケたくなかったらお念仏を称えなさ ぃ 。 法然上人がおっしゃったじゃないかと 。 だけど、うちのお姑さんは 一 所懸命お念仏を 称えたけれどもボケちゃったと 。 それはおばあさんがろくなお念仏を称えてなかったんだ と 。 それで、御法語などを紹介しまして、 お念仏を称えていたら絶対にポケないと固く信 じて、道を歩くときにも何をするときにもお念仏を称えなさいと言っているんです 。 今は もう老齢社会ですが、 そういう老齢社会に生きる人たちに大きな希望を与える大切な御法 語だと思っております 。 ご存じかもしれませんが、法然上人はこうお っ しゃったよということを代々伝えていら したということで、聖岡上人伝承の詞というものがございます 。 ﹁ 浄土を願う行人は、病 患を得て、偏えにこれを楽しむ ﹂ 。 これはとういう意味かと思いまして、藤井(貫腔現下が 当 時 増 上 寺 に い 、 り し た と き に 、 たびたびお邪魔して御法語のご指導をいただいたのでござ い ま す が 、 これは難しいな、 一 言 で は 言 えないとおっしゃって、私は私なりの考えを申し

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上げて、しばらく教えていただいたわけです 。 ﹁ もし、浄土を願う人が病 気 に な っ たなら ば早くお浄土へ行かれると思って病気を楽しくすると ﹂ が 、 そんな単純な法語なら伝承し ていくほどのことではないと思・つんですよ 。病気 に な っ たら早くお浄土へ行ける日が近づ いてきたんだと、 それで病気を楽しむ。病気になったら早くお浄土へ行くことができるん だ、ありがたいありがたいと思いなさいと、 そういう意味なら代々伝わってないだろうと 私 は 思 ' つ ん で す 。 だから、私はこう考えているんです 。 恐らく聖問上人もそういうお考えというか、座右 今、 何を語ろうとされているのか の言葉として、病患を得てひとえにこれを楽しむということで大事に大事にあたためてい らしたんだろうと思うのでございます 。 病 気になって 一 番 迷 う こ と は 、 な、大丈夫かしらということですね 。 また来月に落慶法要があるけど、 この病気は治るか それまでに病気が 治るかどうかとかね 。 軽い病気は別ですけれども、病 気に よりましては早く治る病 気 かど うかということを 一 番悩むと思・つんです 。 病気になったら、ちゃんと治療をしていれば治 るか、だめか、 どっちかですね 。 必ず治るんだという自信を持つ 。 そして、治ったなら ば、海外旅行もまた行くことができるとか、また好きなカツ井も食べることができると か、好きなお酒を飲むこともできる、 そういうことを考えるだけでも楽しいですね 。 そう

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いうような考えが病気を楽しむということですね 。 治ったらこんな楽しいことができると い -つ 、 そういうことを考えれば心が楽しくなるだろう、 そういう楽しくな っ た心で治療に 励みなさいというわけです 。 で も 、 そう思っても薬やお医者がだめで命がだめになるかもしれない 。 だめになったな ら ば 、 そのときはお浄土へ行くことができるんだ 。 だめにな っ たらお浄

t

から仏さまが迎 えてくださるんだ 。 そういう気持ちを抱いて治療に励みなさい 。 治 っ たときの 喜 びを思 ぅ 、 そ れ か ら 、 だめになった場合には仏さまがちゃんとお浄土へ連れてい っ てくださる 。 そういう 二 つの喜びを持って治療に励むことですね 。 だから、病患を得てひとえにこれを 楽しむというのは、病気にな っ た か ら こ そ 、 そ の 二 つ の 喜 びがあるんだと、払はそういう ことを教えていただいているのではないだろうかと思 v つ ん で す 。 だから、型問上人が大事 にあたためていらしたんだろうと思います 。 次 に ﹁ どのように生きるか ﹂ ということですが、 これは皆さんご不知のとおり、毎日を どのように生きていくか 。 ﹁ 現世を過ぐべきょうは、念仏の中されん方によりてすぐべ し 。 念仏の妨げになりぬべからん事をば、 いとい捨 つ べ し ﹂ という御法誌が ζ ざいます

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ね つまり、お念 仏を称えられるような生活をしましょう、とい うことではないでしょう か コマは心棒が あってク ルクル ッ と 回 っ て い るように、生活の中 心 がお念 仏 であり、お 念仏を中心にして生活がぐるぐる回っているんだよということですね 。 そういう生き方を 法然上人は教えて くださっ たんだろうと私は思います 。 お念仏の功徳ですが、法然上人も御法語に、仏さまが守 ってく ださ るから減 非 、 それか ら、延年転寿とか い ろいろ教えてくださっておりますが、 ﹁ 亡 き人のために念仏を 同向し 候えば、阿弥陀ほとけ光を放ちて、地獄餓鬼畜生を照らし給い候えば、この 三 悪道に沈み 今、何を語ろうとされているのか て苦を受くる者その苦しみ休まりて、命終わりてのち、解脱すべきにて候 ﹂ 亡 き人のため に念仏を称えると、 こういう功徳があるんだとおっしゃっているわけです 。 念仏を称える 私たちにはとういう功徳があるか 。 みんな功徳があるのですけれども、先ほど中し上げま したよ うに、お念仏を 一 所懸命称えれば罪がなくなるという功徳もご ざいます 。 ﹃ 浄土宗略抄 ﹄ に は ﹁ 弥陀の本願を深く信じて、念仏して往生を願う人をは、弥陀仏よ り始め奉りて、 卜 ・ 万 の 諸 仏 菩薩、観音勢至、無数の菩薩、この人を間続して、行住陪臥、 夜昼をも嫌わず、影のことくに添いて、諸々の横悩をなす悪鬼悪神のたよりを払い除き給 い て、現世にはよこさまなる煩いなく安穏にして : : : ﹂ お念仏を称えていれば つ ま り 、

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