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財政赤字の経済分析:中長期的視点からの考察

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Academic year: 2021

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(1)

第2章

課税平準化仮説と日本の財政運営

第1節 はじめに 我が国では、近年の数次にわたる経済対策において財政支出の 拡大が図られた結果、政府債務が急増し、2000(平成 12)年度末 には、公債残高が約364 兆円に、また国と地方を合わせた長期債 務残高が 645 兆円程度に達することが見込まれている。1 このよ うな政府債務の累増は、その将来負担についての懸念を生じさせ、 財政赤字の削減が中長期的な財政運営における最重要課題となっ ている。確かに、政府債務の累増が金利の上昇等を通じて中長期 的な経済成長を阻害するという可能性は否定できない。しかしな がら、財政赤字には、このようなマイナスの側面と同時に、経済 に生じたショックを吸収するというプラスの側面があり、財政赤 字を伴う財政運営(均衡予算原則からの逸脱)が先験的に望まし くないと結論づけることはできない。 公債発行を経済に生じたショックに対するクッションとして活 用するという財政運営は、従来ケインズ的な立場から主張されて きたものであるが、このようなケインズ的な立場によらず、より 長期的な観点から、一時的な公債発行を正当化するのが、課税平 準化(tax smoothing)の理論である(Barro(1979))。 課税平準化の理論は、等価定理(公債の中立命題)が近似的に 成立することを前提としつつも、等価定理が成立する経済で想定 されている一括固定税が現実には利用可能でないというところか ら出発する。現実の税制においては、一括税のみによる財源調達 は困難であり、課税による財源調達には資源配分の歪み(超過負 担)が生じることが避けがたい。課税による超過負担は、近似的 に税率の2乗に比例するから、異時点間の税率の選択にあたって 課税のコストを最小にするためには、時間を通じて税率を一定に 保つことが最適となる。したがって、この場合には、各時点にお いて財政収支を均衡させることは効率性の観点からも望ましいこ とではなく、むしろ税収と財政支出の一時的な乖離は公債発行に よって調整すべきだということになる。 1 平成 12 年度当初予算ベースの計数である。

(2)

現実の財政運営が、このような課税平準化の理論と整合的にな されてきたのかという点については、Barro(1979)以来、主として 米国を対象として多くの実証分析が行われてきた。本章では、こ れらの研究を概観することにより、課税平準化をめぐる議論につ いての論点整理を行うとともに、日本を対象とした実証分析を試 みることにしたい。容易に理解されるように、課税平準化仮説の 分析の枠組みは、消費行動における消費平準化(consumption smoothing)の分析枠組みと同様の構造を持っており、実際、課税 平準化仮説の検証は、Hall(1978)及び Campbell(1987)による恒常 所得仮説のテストを援用する形で行われている。そこで、以下で は、従来の研究を Barro(1979)の方法と Hall(1978)タイプのテス ト及びCampbell(1987)タイプのテスト、の3つに区分して整理す ることとする。 本章の次節以降の構成は以下のとおりである。まず、第2節で は、課税平準化仮説の基本的な枠組みを示し、その枠組みをもと に第3節で従来の研究の論点整理を行う。つづいて、第4節では、 Campbell(1987)タイプの方法により、日本を対象とした実証分析 を行う。第5節は本章の結論部分である。

(3)

第2節 基本モデル いま、与えられた財政支出を課税によってまかなう政府の最適 化問題を考える。課税は超過負担を伴うので、政府の最適化問題 は、 という予算制約のもとで、課税のコスト を最小化することとして与えられる。ここで、Btは t 期首の公債 残高、Gtはt 期の利払い費を除く政府支出(以下「一般歳出」と いう。)、Ttはt 期の税収、Ytはt 期の所得、τtは比例的な所得税 率(Tt/Yt)、r は利子率(一定) である。また、Ωtはt期において 利用可能な情報の集合である。No Ponzi Game 条件

が成立するという仮定のもとで、政府の通時的な予算制約は、(1) 式より と書きかえられる。2 GDP が毎年一定の割合(n×100%)で成長す ると仮定し、(3)式の両辺を Ytで割って整理すると が得られる。ここで、gt≡Gt/Yt、bt≡Bt/Ytである。 2 本節における No Ponzi Game 条件は、政府債務の持続可能性が保証され

るための条件であり、Trehan and Walsh(1988) において示されているよう に、この条件は、利払い費込みの財政赤字が定常過程にしたがうことと同値 である。

(1)

)

1

(

1 t t t t

r

B

G

T

B

+

=

+

+

[

]

(2)

)

1

(

2

1

( ) 2 τ τ τ τ τ

τ

Y

E

r

t t

∞ = − −

+

0

)

1

(

lim

+

=

∞ → τ τ τ

r

B

[

(

1

)

/(

1

)

]

( )

[

(

1

)

/(

1

)

]

( )

(

1

)

t

(4)

t t t t

b

r

g

r

n

r

n

+

=

+

+

+

+

+

∞ = − ∞ = − τ τ τ τ τ τ

τ

(3) ) 1 ( ) 1 ( ) 1 ( ( ) ( ) t t t t t B r G r T r = + + + +

∞ = − − ∞ = − − τ τ τ τ τ τ

(4)

(4)の制約のもとで、(2)を最小化すると最適化の1階条件は、 となり、(4)式と(5)式より最適な所得税率は、 で与えられる。ここで R≡(1+n)/(1+r)である。(5)式 より、政府 が課税による資源配分の歪みを考慮し、異時点間の税率を最適に 決定している場合には、税率がランダム・ウォーク過程にしたが うことになる。また、この場合には、最適な税率が将来にわたる 一般歳出(対 GDP 比)の割引現在価値と初期時点における公債残高 (対 GDP 比)に対する利払い費によって決定され、(経済に恒常的 なショックが生じない限り)税率は時間を通じて一定となる。3 3t+iの実現値が、確定的なトレンド、確率的なトレンド(恒常的なショック) 及び一時的なショックのそれぞれに対応する部分に分けられ、gt+i=αi+u

t+i+vt+i、E(ut+i|Ωt)=ut、E(vt|Ωt)=0と表すことができるものとする

と、確定的トレンドに対応する部分は、t 期において予測可能なので、t 期 の税率にすでに織り込まれており、また、一時的なショックに対応する部分 はt+1 期以降の一般歳出の水準に影響を与えないので、確率的なトレンド に対応する部分のみが将来の税率の水準に影響を与えることになる。

[

]

(r

-

n)b

(6)

)

1

(

t 0

+

=

∞ = + i t i t i t

R

R

E

g

τ

[

+

]

=

t

(

i

1

)

(5)

E

τ

t i t

τ

(5)

第3節 従来の実証分析 3.1 Barro(1979)の方法 実際の税率が(6)式にしたがって決定されているとすれば、一時 的な GDP の減少や財政支出の増加による財政収支の変動は、税 率の変更ではなく、公債の発行によって調整されるはずである。4 Barro(1979)は、 (7) という推定式を推定することにより、この点について検証を試み ている。ここで、Btはt 期首の名目公債残高、

B

tはt 期中の名目 公債残高(期中平均)、Gtはt 期の実質政府支出(利払い費を除く)、 Yt は t 期の実質 GDP、Pt は t 期の物価水準、π t はt期中のイン フレ率(期中平均)であり、

G

t

Y

tはそれぞれt 期の恒常的な政 府支出と恒常的な GDP である。課税平準化仮説が成立すれば、 一時的な財政支出や税収の変動は公債発行によって調整されるの で、α2 とα3は1 に近いプラスの値をとることになる。Barro は (1979)は 1922 年から 76 年までの米国のデータを用いて実証分 析を行い、課税平準化仮説と整合的な結果を得ている。 3.2 Hall(1978)タイプのテスト 課税平準化仮説が成立するか否かをテストするもう一つの方 法は、課税平準化が行われている場合に税率がランダム・ウォー ク過程にしたがうという(5)式の条件をテストするものである。(5) 式が成立する場合、ある期の税率に対する説明力を持つのは、前 期の税率のみであり、それ以外の変数は説明力を持たないはずで ある。Barro(1981)は、1884 年から 1979 年までの米国のデータ を用いてこの点をテストし、課税平準化仮説を支持する結果を得 ている。 これに対し、Sahasakul(1986)は、(6)式を用いて同様の観点か らテストを行い、課税平準化仮説は支持されないとの結論を導い 4 Barro(1979)では、GDPや財政支出の、確定的なトレンドからの乖離のう ち、数期間のうちに速やかに減衰する部分を一時的な変動としている。

[

(

)

/

] [

log(

/

)(

/

]

)

/

log(

B

t+1

B

t

=

α

0

+

α

1

π

t

+

α

2

P

t

G

t

G

t

B

t

α

3

Y

t

Y

t

P

t

G

t

+

rB

t

B

t

(6)

ている。Sahasakul(1986)が用いた方法は(6)式の右辺にt期の情 報セットΩt に含まれる他の変数 Xtを付け加えた を推定することにより、α3 が有意に 0 と異なる(予測力を持つ) かどうかをみるものである。ここで、

g

tは(6)式の右辺第 1 項で示 される恒常的な一般歳出の水準である。また、τtmは平均限界税 率であり、この税率と平均税率との関係はτ=τ t/θ (θは定 数)と仮定されている。1937 年から 82 年までの米国のデータを 用いた実証分析によれば、一般的な国防関係費の支出、一般物価 水準及びタイムトレンドが当期の税率に対し説明力をもっており、 課税平準化仮説は棄却されることになる。 3.3 Campbell(1987)タイプのテスト

Huang and Lin (1993)と Ghosh(1995)は、以上の検定方法に次 のような問題点があることを指摘し、Campbell(1987)の枠組みに 依拠した新たな方法でテストを試みている。 Barro(1979)の方法の問題点は、あらかじめ財政支出と GDP を 恒常的な部分と一時的な部分に分割してから分析をしなければな らないという点にある。実際に得られるデータの系列を恒常的な 部分と一時的な部分に分割するためには、データの生成過程につ いて一定の仮定をおくことが必要になるが、この場合には、課税 平準化仮説の成否がデータの分割の仕方に依存してしまう可能性 がある。したがって、より正確な結論を得るためには、このよう な分割を経ずに検定を行うことができる方法が望ましい。 一方、課税平準化仮説のもとで、税率がランダム・ウォーク過 程に従うという性質を利用したテストの問題点は、税率がランダ ム・ウォークすることのみをもってしては、それが課税平準化仮 説の成立を意味するものかどうか識別できないという点にある。 課税平準化仮説が成立するためには、税率がランダム・ウォーク するという(5)式の条件とともに、政府の通時的な予算制約である (4)式が満たされることが必要であり、税率がランダム・ウォーク することを示すのみでは、課税平準化仮説が成立することの十分 t t t t m t

=

α

+

α

g

+

α

b

+

α

X

+

ε

τ

0 1 2 3

(7)

な証拠とはならないのである。 これらの問題点のうち、後者については、政府の通時的な予算 制約を考慮に入れた(6)式を用いることにより回避することがで きるが、この場合にも恒常的な財政支出に係る項をどのように取 り扱うかが問題となる。5 この点について、Ghosh(1995)は、 Campbell(1987)を援用して以下の方法を提示している。 いま、財政余剰(対 GDP 比)を と定義する。課税平準化仮説が成立する場合、(6)式が成立するの で、これを(9)式に代入して整理すると、

が得られる。ここで、Δgt+i=gt+i−gt+i−1である。(10)式で 示される財政余剰は、課税平準化仮説が成立するもとでの財政余 剰であるため、これを現実の財政余剰と区別して SURt*とおく。 よって、課税平準化仮説が成立する場合には、財政余剰 SURt* が現在の情報セットΩt のもとで予想される将来の一般歳出の変 化分の割引現在価値に等しくなり、したがって、現在の財政余剰 が将来の一般歳出の変化に対してグレンジャーの意味で因果性を もつことになる。 そこで次に、(10)式の関係が実際に成立するか否かをテストす るため、Campbell(1987)にしたがって、(10)式をΔgtと SURt とからなるVAR モデル 5 Sahasakul(1986)では、通時的な予算制約を考慮に入れた分析が行われて いるが、推定式の説明変数に恒常的な財政支出の水準が含まれており、やは りこの取り扱いが問題となる。

(9)

)

(

t t t t

g

r

n

b

SUR

=

τ

[

]

(10)

1 *

∞ = +

=

i t i t i t

R

E

g

SUR

)

(

t 1 t t

C

L

Z

U

Z

=

+

(8)

の制約条件として表現することを考える。ここで、 (Cは2×2の係数行列、Lはラグ・オペレータ) であり、Utはベクトルホワイトノイズである。簡単化のため、以 下ではp=1 の場合、すなわち、 の場合を扱うことにする。6 Ωt のもとでの k 期先の予測は となるので、これを用いて(10)式を書きかえると、 となる。さらに、 とおくと、(11)式より が得られる。課税平準化が行われているとすれば、λ1=0、λ2= 1 となるはずである。Ghosh(1995)は、1961 年から 88 年までの

6 p>1の場合は、Huang and Lin (1993)において示されているように、デ

ータをスタックして同様の手続きをとればよい。

L

C

L

C

C

C(L)

,

)

,

(

=

0

+

1

+

+

p-1 p-1

=

t t

Λ

t

g

SUR

Z

1 0 t t t

C

Z

U

Z

=

+

[

]

C

Z

+

=

k t t i t

Z

E

(11)

Z

)

RC

-(I

(1,0)RC

)

0

,

1

(

t 1 -0 0 1 0 *

=

=

∞ = i t i i t

R

C

Z

SUR





λ

λ

λ

λ

=

Λ

4 3 2 1 1 -0 0

(I

-

RC

)

RC

2 1 * t t t

g

SUR

SUR

=

λ

+

λ

(9)

米国のデータと1962 年から 88 年までのカナダのデータをもとに この仮説を検定し、課税平準化仮説が支持されるとの結論を得て いる。

また、Huang and Lin (1993)は、1929 年から 88 年までの米国 のデータを用いて、同様の方法によって分析を行い、全期間を対 象とした場合には課税平準化仮説が棄却されるが、1947 年から 88 年までのデータを用いた場合には支持されるとの結論を得て いる。7

やや方法は異なるが、同様に τtとg tの間の係数制約を利用し た分析としてTrehan and Walsh(1988)がある(ただし、彼らが対 象としているのは、税率ではなく税収の平準化である)。Trehan and Walsh(1988)は、税収平準化のもとで、税収が で与えられることから出発し、税収平準化が行われている場合に は、一般歳出が階差定常であるという仮定のもとで実質税収Ttと 実質一般歳出 Gtの間に共和分関係が成立することを示した。8 1890 年から 1986 年までの米国のデータを用いた実証分析によれ ば、税収平準化仮説は棄却されるとの結論が示されている。 3.4 インフレ税への拡張 政府が収入を確保するための手段としては、通常の課税となら んで、通貨発行によって造幣益を得るという方法(インフレ課税) がある。この点に着目して課税平準化の理論をインフレ税を含む 形で拡張したのがMankiw(1987)である。Mankiw(1987)によれば、 課税とインフレに伴う社会的コストを最小にするように政府が税 率とインフレ率を決定している場合には、両者がともにランダ ム・ウォーク過程に従い、また、両者の間に正の相関が存在する

7 Huang and Lin(1993)の方法については後述する。

8 (12)式は、(6)式においてn=0とおき、各変数をGDPで規準化する前の 計数として読み替えた場合に等しいので、GDPが外生で一定の場合には税 収の平準化と税率の平準化が一致することになる。 (12) r)B (1 ) 1 ( ) 1 ( t 0       + +     + + = − + ∞ =

t i t i i t E r G r r T

(10)

ことになる。Mankiw(1987)は、この後者の関係について、1952 年から85 年までの米国のデータを用いて実証分析を行い、インフ レ税を含めた場合にも課税平準化の理論が成立するとの結論を導 いている。9

Poterba and Rotemberg(1990)は、米国について、より長期の データ(1891 年∼1986 年)を用いて分析を行うとともに、分析対象 を他の主要国(イギリス、日本、西ドイツ、フランス)に拡張して、 同様の分析を行なっている。米国を対象とした分析では、全期間 を対象にした場合と戦後(1946 年∼86 年)を対象にした場合のい ずれについてもインフレ率と税率の間に正の相関が認められ、特 に戦後については両者の関係は有意であり、課税平準化仮説と整 合的な実証結果が得られている。これに対し、他の主要国を対象 にした分析では、日本を除き、インフレ率と税率の相関が負にな っており、課税平準化仮説は必ずしも支持されない。

Mankiw(1987)と Poterba and Rotemberg(1990)は、課税平準 化が行われている場合に、ある時点において税率とインフレ率が みたさなければならない条件(通時的最適化条件)を検証したもの であるが、インフレ率の推移が通時的な最適化条件(通事的な最適 化 条 件)をみたしているかどうかを検証したものとして柴田 (1991)がある。柴田(1991)は、通時的な最適化が行われている場 合には、ある期のインフレ率を説明する変数は1期前のインフレ 率のみであり、その期の情報セットに含まれるそれ以外の変数は インフレ率に対し説明力をもたないことを利用して、日本、アメ リカ、西ドイツ、フランス、イギリスの5か国について実証分析 を行なった。推定結果はいずれも課税平準化が行われていること を棄却するものであり、特に日本については貿易収支からインフ レ率へのグレンジャー因果性が認められ、日本の政策当局は課税 による資源配分の歪みよりも対外的な要因に基づいて政策運営を 行なってきたとの結論が示されている。 9 実質利子率が時間を通じて一定であるという仮定のもとでは、課税平準 化仮説が成立する場合には名目利子率と税率の間にも正の相関が存在するこ とになる。Mankiw(1987)はインフレ率のかわりに名目利子率を用いた場合 にも、税率との間に正の相関が見られることを示している。

(11)

3.5 日本を対象とした研究 日本の財政運営が課税平準化の理論と整合的な形で行われてき たか否かを検証した研究としては浅子他(1993) がある。浅子他 (1993)は、Barro(1979)タイプの方法と、平均税率がランダム・ウ ォーク過程に従っているか否かの検定を用いて、課税平準化仮説 の成否について検証を行なっている。 Barro(1979)タイプのテストでは、戦前(1889 年∼1929(1944) 年)については、パラメータの値が予想される水準よりも大きいも のの、符号条件では課税平準化と整合的な結果が得られている。 戦後(1965 年∼1990 年)については、建設国債の発行が開始され た1965 年から 1990 年までと、赤字国債の発行が開始された 1975 年から 1990 年までの 2 つの期間を対象に分析が行われ、前者の 期間については課税平準化仮説の成立が認められるのに対し、後 者の期間については当てはまりが悪くなっており、 国債発行が課 税平準化以外の要因によって左右されてきた可能性が示唆される。 そこで、浅子他(1993)は、戦後における国債の発行がどのよう な要因によってなされてきたかをみるために、(i)赤字国債の発行 が開始された75 年以降、(ii)財政再建のために一般歳出の抑制が 図られた83 年以降、(iii)消費税の導入等の抜本的な税制改正が行 われた 89 年以降について、それぞれダミー変数を導入し、制度 的・政治的要因が国債発行に有意な影響を与えたか否かを検討し ている。推定結果によれば、これらのダミー変数はいずれも有意 であり、戦後の国債発行は、政治的要因によって左右される面が 強かったとの結論が示されている。 浅子他(1993)では、課税平準化仮説の成否を検証するもう一つ の方法として、平均税率がランダム・ウォーク過程に従っている かどうかを、(i)Phillips and Perron の単位恨検定、(ii)Cochrane 統計量、 (iii)Hall(1978)タイプのテストの3つの方法によって検 証している。これによれば、Phillips and Perron 検定と Cochrane 統計量では、日本の平均税率の変化は相当程度恒常的なものであ るとの結論が得られるのに対し、Hall(1978)タイプのテストでは、 過去の情報が平均税率の変化に有意な影響をもっており、日本の 財政運営は、大枠では課税平準化仮説と矛盾しないものの、厳密 には課税平準化仮説が成立していないと結論づけられている。

(12)

第4節 実証分析 本節では、戦後の日本において、課税平準化を意図した財政運 営が行なわれてきたかという点について実証分析を行う。前節で ふれたように、この点についてはすでに浅子他(1993)の研究があ るが、ここではCampbell(1987)タイプの新しい検定方法によって 再検証を試みることにしたい. 4.1 推定方法 Campbell(1987)タイプの推定方法を用いた分析としては、 Ghosh(1995)と Huang and Lin(1993)があるが、ここでは後者の 枠組みを用いて分析を行う。第2節で示したように、分析の出発 点は、課税平準化が行われている場合に、税率がランダム・ウォ ーク過程に従うという条件

E(τt+i|Ωt)=τt (i≧1) ( 1 3 ) と通時的な予算制約 が満たされるという条件である。いま、 とおくと、これより Γt+1=(1+r)(Γt−Gt) が得られ、両辺をΓtで割ると、 Γt+1/Γt=(1+r)(1−Gt/Γt)

(15)

)

1

(

( 1)

∞ = + − −

+

=

Γ

t t t

r

G

τ τ τ

(14)

)

1

(

)

1

(

( 1) ( 1) t t t t t

B

G

r

T

r

=

+

+

+

∞ = + − − ∞ = + − − τ τ τ τ τ τ

(13)

が得られる。この両辺の対数をとり、テーラー展開を利用して計 算を行うと、 が得られ、この差分方程式から が得られる。10 ここで、g=ln G、ψ=lnΓ、Δg=g-gt-1 であり、k1とγ1は定数、ρは1よりわずかに小さい定数である。 11 同様に とおくと、これより が得られる。12 ここで、t t=lnTt、 φt=lnΦt、Δtt=tt-tt- 1 であり、γ2は定数である。

10 (16)式の導出にあたっては、Campbell and Mankiw(1989)で示された対数

線形近似の方法を用いている。 11 ρは各期における1−G/Γの平均値である。 12 ここでは、簡単化のために、1−T/Φの平均値がρに等しいとして計算を 行なっている。

(16)

)

ln

)(ln

/

1

1

(

)

/

1

ln(

)

1

ln(

ln

ln

1 1 t t t t t t

G

k

r

G

r

Γ

+

+

Γ

+

+

=

Γ

Γ

+

ρ

(17)

)

(

1 1 0 0

∞ =

+

=

t t t

g

r

g

ψ

ρ

γ

∞ = − −

+

=

Φ

t t t

r

T

τ τ τ

(18)

)

1

(

( )

(19)

)

(

1 2 0 0

∞ =

+

=

t t t

t

r

t

φ

ρ

γ

(14)

(15)式と(18)式を利用すると、0期における(14)式の予算制約式 は、 Γ0=Φ0−B0 と書くことができ、この両辺をΦ0で割って同様に対数線形化する と、 ψ0−φ0=(1−1/θ)(b0−φ0)+ k2 (20) が得られる。ここでb0=lnB0、 k2は定数、θは1よりわずかに 小さい定数である。13 (17)式と(19)式からψ0とφ0を求め、これを(20)式に代入して整 理すると が得られ、(13)式より が近似的に成立すると仮定すると 13 θは各期における1−B/Φの平均値である。1−B/Φ=Γ/Φであり、長期

ln

]

[ln

t j t t

E

τ

+

=

τ

]

[

]

[

ln

ln

]

ln

[ln

]

)

(

[

]

[

]

[

1 1 1 1 t j t t j t t t t j t j t j t t j t j t j t j t j t t j t j t t j t

y

E

y

E

y

E

y

t

y

y

t

E

t

t

E

t

E

=

+

=

+

=

+

=

=

+ + + − + + − + − + + + + − + + +

τ

τ

τ

τ

∞ = + +

=

1

)

)

/

1

(

(

j j t j t j t

g

t

s

ρ

θ

(15)

なので、Ωtという情報セットのもとで が得られる。ここで、yt =ln Yt、 st =(1/θ)tt −gt−((1−θ)/ θ)bt である。(21)式の右辺のΔgt+iは、将来時点における財政支 出の増加率であり、Δyt+iは、GDPの成長率(税収の増加率に 対応)なので、(21)式は、現時点において利用可能な情報セット Ωtのもとで、将来の歳出増が見込まれる場合にはそれに備えて現 在の財政余剰幅を拡大させ、税収の増加が見込まれる場合には余 剰幅を縮小させることが望ましい財政運営のルールであることを 示している。 以上の導出方法から明らかなように、課税平準化仮説が成立し ている場合には、(21)式の条件が満たされることになるが、 Campbell(1987)にならってこの条件を st、Δgt、Δytの3変数 からなる VAR モデルの係数制約として書き換えるのが次の作業 である。 いま、st、Δgt、Δytの3変数からなるp 次の VAR モデル Xt=C(L) Xt-1+ut (22) を考える。ここで Xt≡(st、、Δgt、Δyt)、C(L)≡C0+C1L+…+Cp-1Lp-1 (L はラグ・オペレータ) であり、またut は3変数からなるベクトル・ホワイト・ノイズであ る。 データをスタックして Zt≡(st、st-P+1、Δgt、Δgt-P+1、Δyt、 Δyt-P+1) とおき、(22)式を書き換えると 的には税収と政府支出がほぼ均等化するので、θは1に近い値となる。

(21)

]

)

)

/

1

(

(

[

1 t j j t j t j t

E

g

y

s

=

∞ = + +

θ

ρ

(16)

Zt=AZt-1+Ut となり、E(Zt+j|Ωt)=Ai Zt となることを利用して(21)式を書き 換えると が得られる。ここで、l、h、k はそれぞれ 1 番目、p+1 番目、2p+1 番目の成分が1でその他の成分が0である3p 個の成分を持つ列 ベクトルである。 (23)式は任意のZtについて成り立つので、 より であり、これに右からZt-1をかけて計算を行うと という関係が得られる。ここでvtはE(vt|Ωt)=0 をみたす攪乱項 である。14 このように、課税平準化が行われている場合には、st、Δgt と Δytの間に(25)式で示される線形制約が存在することになる。 (25)式が意味するところは、t 期における情報セットΩtに含まれ る st、Δgt 、Δyt等が(25)式の左辺の値を説明するうえで予測 14 (25)式は、あらかじめ予想される税収や財政支出の増減に対しては、税率 の変更ではなく財政余剰の増減によって調整が行われることを示しているも のと解釈できる。

(23)

)

)

/

1

(

(

1

=

=

j t j j t

h

k

A

Z

Z

θ

ρ

λ

)

(

)

)

/

1

(

(

)

)

/

1

(

(

1 1

∞ = −

=

=

j j j

A

h

k

A

I

A

k

h

θ

ρ

θ

ρ

ρ

λ

(25)

)

/

1

(

)

/

1

(

t t 1 t t t

g

y

s

v

s

+

θ

ρ

=

(24)

)

)

/

1

(

(

+

h

θ

k

ρ

A

=

λ

λ

(17)

力をもたないということであるから、この点が実際のデータにお いて成立しているか否かを検定することで、課税平準化仮説の成 否を確認することができる.具体的には (26) を推定して、 がすべての i について成立しているか否かを検定すればよい.以 下では、この方法に基づいて日本を対象とした実証分析を行うこ とにする。15 4.2 検定 ここでは、国の一般会計を対象に、1955 年度から 97 年度まで のデータを用いて(26)式を推定し、仮説検定を行う。データにつ いては、税収(Tt)は一般会計歳入から公債金収入を控除したもの、 利払い費を除く歳出(Gt)は一般会計歳出から国債費を控除したも の、国債残高(Bt)は一般会計負担分のものを用いる。これらはいず れも決算ベースの計数で、GDP デフレータ(平成2年基準)によ って実質化してある。所得(Yt)は実質 GDP(平成2年価格) の系列 を利用した。推定を行うにあたっては、あらかじめρとθの値を 与えておくことが必要であるが、ここでは0.01 刻みで 0.95 から 0.99 までの数値を用いて推定を行い、ほぼ同様の結果が得られた ので、そのうち4つのケースについて結果を報告してある。16 15 課税平準化仮説のもとで、( 25)式の左辺は平均0の定常過程にしたがう ことになるので、これを利用して単位根検定による検証を行う方法もあるが、 データの連続性の問題から長期にわたるデータが利用可能でないため、検出 力が低いという問題がある。 16 Schwarz Bayes 情報量規準によると、(22)式で示されるVARモデルの最 適な次数は1次となったので、ここではp=1 のケースについて結果を報告 している。なお、p=2 及び p=3 の場合にも定性的な結論は変化しない。

y

g

s

)

/

1

(

)

/

1

(

t-i 1 3 i -t 1 2 i -t 1 1 0 1

=

+

+

+

+

= = = − p i i p i i p i i t t t t

g

y

s

a

a

a

a

s

θ

ρ

(27)

0

3 2 1i

=

a

i

=

a

i

=

a

(18)

表2の上段は、1957 年度から 97 年度までの期間を対象に推定 を行なった結果である。これによると、st−1 とΔ yt−1の係数の推 定値が有意に0と異なっている。(27)式の係数制約の成否を Wald 検定によって確かめると、係数制約に係るWald 統計量の p 値が 0.001 から 0.011 となっており、実際のデータから推定された係 数の推定値は(27)式の制約条件を満たさない(したがって課税平 準化仮説の成立は棄却される)ことがわかる。 戦後の日本の財政運営においては、1965 年度に至るまで、国債 の不発行主義の方針が採られ、国債発行による財源調達が行われ てこなかったが、このことが課税平準化仮説の成否に影響を与え ていないことを確かめるため、1965 年度以降(97 年度まで)を 対象に推定を行なった結果が表2の中段に示されている。この期 間についても st−1の係数は有意に0と異なっており、また係数制 約に係るWald 統計量の p 値も 0.005 から 0.032 で、やはり課税 平準化仮説の成立が棄却される。 表2の下段は浅子他(1993)と同一の期間(1965 年度∼90 年度) を対象に推定を行なった結果である。係数制約に係る Wald 統計 量の p 値はやや大きくなっているものの、(1)∼(3)のケースにつ いては st−1の係数が有意に0と異なっており、やはり課税平準化 仮説の成立が棄却される。浅子他(1993)では、この期間について 課税平準化仮説の成立がおおむね支持されており、本章ではこれ と異なる結果が導かれたことになる。17 4.3 最適水準からの乖離 前節では、戦後の日本の財政運営が、必ずしも課税平準化仮説 と整合的な形で行われてこなかったことが示されたが、本節では、 現実の財政余剰と課税平準化仮説のもとでの最適な財政余剰の水 準を比較することにより、どの時期に乖離がみられるのかについ て時系列的な推移を確認することにする。 課税平準化仮説のもとでの最適な財政余剰 s*は、(23)式と(24) 17 ただし、浅子他(1993)においても、1950 年度から 90 年度までを対象期間 として行なったHall(1978)タイプのテストでは、課税平準化仮説を棄却する 推定結果が示されている。

(19)

式より、 (28) ) ) / 1 ( ( * t t t Z h k AZ s = λ′ = λ′+ ′− θρ と書くことができるので、(22)式で与えられるVARモデルを推 定し、係数行列C(L)の推定値を求めれば、(28)式から s*を求める ことができる。 図1は、この手続きによって求めた最適な財政余剰 s*と現実の 財政余剰 s をもとに基礎的財政収支(対GDP比)の最適値と実 績値を計算し、その時系列的な推移を示したものである。18 これ によると、均衡予算原則のもとで財政運営が行われていた 1964 年以前の期間については、現実の財政余剰が最適な財政余剰の水 準をやや上回っており、現実の租税負担率は最適な水準よりも高 めであったことがわかる。その後、両者の系統的な乖離はみられ なくなったが、第1次石油危機後の1974 年から 1980 年代前半に かけて、両者の乖離幅が対GDPでみて1%程度に達するなど、 現実の財政余剰が最適な水準を大幅に下回る状況が続き、この期 間に過大な公債発行が行われた可能性が示唆される。この期間に 生じたショックに対して、必要な税率の引き上げが行われなかっ た理由としては、景気回復のために拡張的な財政運営が企図され た面もあるが、浅子・伊藤・坂本(1991)において指摘されている ように、財政当局が石油危機後の経済成長の鈍化を一時的なショ ックと考えたことによって、必要な調整が遅れた面も無視できな いであろう。最近の状況をみると、1997 年度までは現実の財政余 剰と最適な財政余剰の乖離幅が小幅にとどまっていたが、特別減 税の実施された1998 年度及び恒久的な減税の実施された 1999 年 度には両者の乖離幅が拡大し、第1次石油危機後の水準に並ぶ過 大な財政赤字が生じている。19 18 課税平準化仮説のもとでの最適な税収を Tt*とすると、Tt*=Ttexp(Ω (St*-St))となるので、実際の税収 Ttと利払い費を除く歳出Gtから、課税平準 化仮説のもとでの基礎的財政収支(Tt*-Gt)と実際 の基礎的財政収支(Tt-Gt)を 計算することができる。 19 1998 年度は決算ベース、1999 年度は第2次補正後の計数をもとに計算を 行なっている。

(20)

4.4 厚生上の損失の計測 本節では、現実の財政運営が課税平準化仮説から想定されるも のと乖離していることによる厚生上の損失がどの程度であるかと いう点について、一定の仮定のもとで計測を行う。 いま、対象とする期間中の課税による厚生上の損失を

(

1

)

(29)

1 2

= −

+

=

T t t t t

Y

r

C

ω

τ

と定式化する。ここで、Ytはt 期の実質 GDP 、τtはt 期の税 率、r は時間を通じて一定の利子率である。以下の計算を可能に するために、Yt が毎年一定の率(n×100%)で成長するものと 仮定し、さらにr=n であると仮定すると、(29)式は と書き換えられる。ここでY1は計測期間の期首における実質 GDP の水準である。同様に、課税平準化仮説のもとでの厚生上 の損失は、 で与えられる。(30)式と(31)式より、

(32)

)

(

)

(

/

2 2 * 1 t 1 2 t 2 1 2 1 2 * *





=

=

= = = = t t T T t t T t t T t t

C

C

τ

τ

τ

τ

τ

τ

が得られるので、これより、課税平準化仮説のもとでの厚生上の 損失と実際の財政運営のもとでの損失との対比を行うことができ

(31)

)

(

1 1 2 * *

=

=

T t t

Y

C

ω

τ

(30)

)

(

1 1 2

=

=

T t t

Y

C

ω

τ

(21)

る。 ここで、課税平準化仮説のもとでの財政余剰 s*と整合的な税収 をt*とすると t t t t

t

g

b

s

(

1

/

)

((

1

)

/

)

*

=

θ

*

θ

θ

が成り立つので、これと現実の財政余剰 t t t t

t

g

b

s

=

(

1

/

θ

)

((

1

θ

)

/

θ

)

より

)

(

* * t t t t

t

s

s

t

=

θ

という関係が得られる。これを利用すると、

[

]

(

) (

)

[

]

(

)

(

t t

)

t t t t t t

s

s

t

t

Y

Y

=

=

+

+

=

=





* * * t * t 2 2 *

2

2

ln

ln

ln

ln

2

ln

ln

2

ln

θ

τ

τ

τ

τ

τ

τ

であり、これより、

(

)

[

2

]

(33)

exp

* 2 2 * t t t t

s

s

=





θ

τ

τ

となるので、(33)式を(32)式に代入すると、

(22)

(

)

[

2

]

(34)

exp

/

* 1 t 1 2 t 2 * t t T T t t

s

s

C

C

=

= =

θ

τ

τ

が得られる。したがって、(34)式を利用すれば、実際のデータか ら得られるτtと前節で得られたst*−stからC*/C が求められるこ とになる。 この手順にしたがって、厚生上の損失を計測し、課税平準化仮 説のもとでの損失を基準として表示した結果が表3に示されてい る。これによると、全期間(1957 年∼97 年まで)を対象にした場合 の C/C* の値はわずかであるが1を下回っている。理論的には C/C*の値は1以上でなければならないはずであるが、4.3 節でみ たように、1970 年代後半に実際の租税負担率が最適な水準を大幅 に下回って推移したため、この期間における厚生上の損失が小さ くなっており、この影響でC/C*の値が1より小さいという計測結 果になっている。しかしながら、1970 年代後半における低い租税 負担は国債の過大な発行によって補てんされた筋合いにあり、こ の国債の増発分は今後の増税によって償還されることを考慮する と、この計測結果は実際の厚生上の損失を過小評価しているもの と考えられる。そこで、1974 年以降の期間における最適水準から の乖離幅に見合う国債の増発分を将来の増税で償還することを考 慮に入れて厚生上の損失を計測した結果が表3の中段に示されて いる。ここでは、1974 年から 1983 年までの税収不足に見合う額 を1996 年から 2005 年までの期間に増税によって補てんすること とし、増税による負担が各年均等になるように設定して計測を行 なったが、このケースついても C/C*の値は 1.012∼1.025 で、最 適な水準との大幅な乖離はみられない。表3の下段は、1957 年か ら97 年までの期間について、全期間にわたって均衡予算ルールの もとで財政運営が行われたと仮定した場合の厚生上の損失を示し たものである。20 この場合の C/C*の値は1.061∼1.069 で、均衡 20 ここでは、St=0となる財政規模を均衡予算ルールのもとでの財政規模と して計算を行なっている。

(23)

予算ルールのもとでの財政運営は、現実の財政運営と比べても厚 生上の損失が大きくなっている。したがって、本節の計測結果か ら判断する限り、現実の財政運営は課税平準化仮説と必ずしも整 合的な形で行われてはいないものの、均衡予算ルールのもとでの 財政運営よりは最適な運営に近い形で行われており、最適な財政 運営との乖離に伴う厚生上の損失は、現時点においてはそれほど 大きなものとなっていないと結論づけられよう。21 21 もちろん、このような計測は、厚生上の損失の定式化と計測を可能にする ための単純化の仮定に大きく依存するので、本節の計測結果はあくまでひと つの仮定計算例であるという点に十分留意されたい。

(24)

第5節 結論 本章では、課税平準化仮説についての従来の実証研究を概観す るとともに、それを踏まえて日本を対象とした実証分析を行なっ た。実証分析の結果は、日本の財政運営が、課税平準化以外の要 因によって行われてきたことを示唆するものであったが、それに 伴う経済厚生上の損失は、現時点ではそれほど大きなものとはな っていない( ただし、厚生上の損失の大きさは、その定式化等に 依存すること、1970 年代後半の過大な財政赤字に伴う公債の累 増は、将来時点の課税によって償還される必要があり、この課税 の方法のいかんによっては、厚生上の損失が本章の計測よりも大 きくなる可能性があることに注意が必要である)。 日本の財政運営が必ずしも課税平準化を意図して行われてこな かった理由としては、政策当局が、通時的な最適化よりも、各時 点の経済情勢や政治環境を重視して短期的な視野で政策運営を行 なってきたことが考えられる。Alesina and Tabellini(1990)にお いて示されているように、政権交代のある2大政党制のもとでは、 現時点の与党が歳出の水準や構成を操作することによって、将来 の与党の手を縛るような戦略的行動をとる可能性があり、この場 合には実際の財政運営が通時的にみて最適なものと乖離してしま う可能性がある。戦後の日本では、自由民主党が優越政党として 政権を担当する時期が長期にわたって続いてきたため、Alesina and Tabellini(1990)が想定するような理由によって近視眼的な財 政運営が行われてきたとは考えにくいが、1970 年代に野党勢力の 伸長をうけて福祉予算の拡充が図られたように、政治環境が財政 運営に影響を与えてきた可能性は否定できない。この点について さらに検討を行なっていくことが今後の課題として残されている。

(25)

参考文献

Alesina, Alberto and Guildo Tabellini (1990) "A Positive Theory of Fiscal Deficits and Government Debt", Review of Economic Studies 57, pp402 - 414.

Barro, Robert (1979) "On the Determination of the Public Debt", Journal of Political Economy 87, pp940-971.

Barro, Robert (1981) "On the Predictability of Tax-Rate Changes", NBER Working Paper, #636.

Campbell, John (1987) "Does Saving Anticipate Declining Labor Income? An Alternative Test of the Permanent Income Hypothesis", Econometrica 55, pp1249-1273.

Campbell, John and Gregory Mankiw (1989) "Consumption, Income and Interest Rates: Reinterpreting the Time Series Evidence", in Oliver Blanchard and Stanley Fischer eds. NBER Macroeconomics Annual, MIT Press.

Ghosh, Atish (1995) "Intertemporal Tax-Smoothing and the Government Budget Surplus: Canada and the United States", Journal of Money, Credit, and Banking 27(4), pp1033-1045. Hall, Robert (1978) "Stochastic Implications of the Life Cycle-Permanent Income Hypothesis: Theory and Evidence", Journal of Political Economy 86, pp971-987.

Huang, Chao-Hsi and Kenneth Lin (1993) "Deficits, Government Expenditures, and Tax Smoothing in the United States: 1929-1988", Journal of Monetary Economics 31(3), pp317-339.

Mankiw, Gregory (1987) "The Optimal Collection of Seigniorage: Theory and Evidence", Journal of Monetary Economics 20(2), pp327-341.

Poterba, James and Julio Rotemberg (1990) "Inflation and Taxation with Optimizing Governments", Journal of Money, Credit, and Banking 22(1), pp1-18.

(26)

Sahasakul, Chaipat (1986) "The U.S. Evidence on Optimal Taxation over Time" Journal of Monetary Economics 18(3), pp251-275.

Trehan, Bharat and Carl Walsh (1988) "Common Trends, the Government's Budget Constraint, and Revenue Smoothing", Journal of Economic Dynamics and Control 12(2/3), pp425-444. Trehan, Bharat and Carl Walsh (1990) "Seigniorage and Tax Smoothing in the United States : 1914-1986", Journal of Monetary Economics 25(1), pp97-112. 浅子和美・伊藤隆敏・坂本和典 (1991) 「赤字と再建:日本の財 政1975‐90」『フィナンシャル・レビュー』第 21 号, 大蔵省財政 金融研究所. 浅子和美・福田慎一・照山博司・常木淳・久保克行・塚本隆・上 野大・午来直之(1993)「日本の財政運営と異時点間の資源配分」『経 済分析』第131 号, 経済企画庁経済研究所. 柴田章久(1991)「先進5ヵ国における最適な造幣益・課税モデル の検証」『日本経済研究』第21 号, pp66-73, 日本経済研究センタ ー.

(27)

63

(28)

表1 課税平準化仮説に関する既存の研究について 対象 手法 変数 結果 (tax smoothing) Barro(1979) 1922-76・年次 decomposition 名目値 支持 U.S. ・中央政府 (国債残高で基準化) Barro(1981) 1884-1979・年次 predictability 名目値 支持 U.S. ・中央政府 (対GNP比) Sahasakul(1986) 1937-82・年次 predictability 実質値 棄却 U.S. ・中央政府 (対GNP比)

Trehan and Walsh(1988) 1890-1986・年次 co-integration 実質値 棄却 U.S.・中央政府 (G, τ)∼I(0) 浅子他(1993) 1946-90・年次 decomposition 実質値 (米) 支持 U.S. ・中央政府 (対GNP比) (日) 支持(1975年以降 1950(1965)-85・年次 あてはまり悪い) 日本・中央政府 predictability 実質値 (単位根検定) (注:ドイツ、イギリス (対GNP比) (米 1946-90) 支持 イタリア、フランス (日 1965-90) 支持 についても同様に (コックラン統計量) 対象としている) (米 1948-90) 棄却 (日 1950-90) 支持 (Hall(1978)型のテスト) (米 1946-90) 棄却 (日 1950-90) 棄却 Huang and Lin(1993) 1929-88・年次 cross equation ln (実質値) (全期間)  棄却

U.S.・中央政府 restriction (1947-88) 支持

Ghosh(1995) 1961-88・年次 Granger causality 実質値 (米) 支持

U.S.・中央政府 財政余剰→Δg (対GDP比) (加) 支持 1962-88・年次 cross equation カナダ・中央政府 restriction (revenue smoothing) Mankiew(1987) 1952-85・年次 intratemporal 支持 U.S.・中央政府 税率→名目金利 税率→インフレ率

Poterba and U.S.(1891-1986) intratemporal (米) 支持 正相関(戦後については有意)

Rotemberg(1988) U.S.(1948-85) 税率→インフレ率 (英) 棄却  負相関(有意) イギリス(1872-1984) (仏) 棄却  負相関(有意) イギリス(1948-84) (独) 棄却  負相関(有意でない) フランス(1948-85) (日) ?    正相関(有意) ドイツ(1954-84) 日本(1955-84) 年次・中央政府

Trehan and Walsh(1990) 1914-86・年次 co-integration 実質値 棄却  (Fed発足後) (lnτ,π)∼I(0) U.S.・中央政府 名目金利  柴田(1991) 日本(1955-88) intertemporal (日)  支持 U.S.(1961-88) (米)  棄却 ドイツ(1963-88) predictability (独)  棄却 フランス(1961-87) (仏)  棄却 イギリス(1961-87) (英)  棄却

(29)

長所 短所 (tax smoothing) Barro(1979) 国債の発行要因を直接的に分析することが 総生産と政府支出を恒常的な部分と一時的な できる 部分に分割することが必要 Barro(1981) 政府の通時的な予算制約を考慮していない。 Sahasakul(1986) 政府の通時的な予算制約を考慮。 総生産と政府支出を恒常的な部分と 限界税率のデータを利用している 一時的な部分に分割することが必要

Trehan and Walsh(1988) 総生産と政府支出を恒常的な部分と一時的な 税率ではなく税収の平準化を扱っている 部分に分割することが不要。

政府の通時的な予算制約を考慮。

浅子他(1993) 国債の発行要因を直接的に分析することが 総生産と政府支出を恒常的な部分と一時的な

できる 部分に分割することが必要

政府の通時的な予算制約を考慮していない。

Huang and Lin(1993) 総生産と政府支出を恒常的な部分と一時的な 部分に分割することが不要。

政府の通時的な予算制約を考慮。

Ghosh(1995) 総生産と政府支出を恒常的な部分と一時的な

部分に分割することが不要。 政府の通時的な予算制約を考慮。

(revenue smoothing) 税収だけでなくインフレ税についても 通時的な最適化条件(Euler equation)を考慮

Mankiew(1987) 考慮している していない

Poterba and 税収だけでなくインフレ税についても 通時的な最適化条件(Euler equation)を考慮

Rotemberg(1988) 考慮している していない

Trehan and Walsh(1990) 税収だけでなくインフレ税についても考慮し ている。 通時的な最適化条件(Euler equation)を考慮 している。 インフレ率 柴田(1991) 税収だけでなくインフレ税についても考慮し 棄却 ている。 棄却 通時的な最適化条件(Euler equation)を考慮 棄却 している。 棄却 棄却 政府の通時的な予算制約を考慮していない。

(30)

表2 課税平準化仮説の検証 (1) (2) (3) (4) Ω=0.95 Ω=0.95 Ω=0.99 Ω=0.99 ρ=0.95 ρ=0.99 ρ=0.95 ρ=0.99 説明変数 (1957-1997) S(t−1) -0.239 ** -0.197 ** -0.238 ** -0.195 ** (-4.016) (-3.302) (-4.219) (-3.464) Δg(t−1) -0.213 -0.213 -0.241 -0.241 (-0.897) (-0.897) (-0.986) (-0.986) Δy(t−1) 1.119 * 1.119 * 0.909 * 0.909 * (2.427) (2.427) (2.146) (2.146) Wald統計量 16.149 11.234 17.933 12.548 (0.001) (0.011) (0.000) (0.006) (1965-1997) S(t−1) -0.264 ** -0.222 ** -0.234 ** -0.191 ** (-3.247) (-2.724) (-3.186) (-2.607) Δg(t−1) -0.142 -0.142 -0.147 -0.147 (-0.436) (-0.436) (-0.434) (-0.434) Δy(t−1) 0.959 0.959 0.782 0.782 (1.780) (1.780) (1.519) (1.519) Wald統計量 12.197 8.810 12.773 9.119 (0.007) (0.032) (0.005) (0.028) (1965-1990) S(t−1) -0.265 * -0.222 * -0.226 * -0.183 (-2.502) (-2.100) (-2.263) (-1.837) Δg(t−1) -0.189 -0.189 -0.204 -0.204 (-0.461) (-0.461) (-0.478) (-0.478) Δy(t−1) 1.062 1.062 0.862 0.862 (1.438) (1.438) (1.200) (1.200) Wald統計量 6.470 4.415 5.171 3.480 (0.091) (0.220) (0.160) (0.323) 注) 1.表中のWald統計量は、S(t−1) ,Δg(t−1), Δy(t−1)に係る係数がいずれも0であるという制約に係る 検定統計量である。 2.時系列方向の不均一分散を考慮して、Whiteの修正を行なっている。 カッコ内はWhiteの一致性のある標準誤差を用いて計算したt値である。 また、Wald統計量のカッコ内はp値である。 3. *は5%有意水準で、** は1%有意水準で有意であることを示している。 Whiteの修正を行なっているので、有意水準の判定は正規分布表を用いている。

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表3 厚生上の損失の計測(C/C*) (1) (2) (3) (4) Ω=0.95 Ω=0.95 Ω=0.99 Ω=0.99 ρ=0.95 ρ=0.99 ρ=0.95 ρ=0.99 全期間 0.995 0.995 0.994 0.994 (1957-1997) 将来の増税を考慮 した場合 (1957-2006) 利子率3% 1.015 1.012 1.016 1.013 利子率5% 1.023 1.019 1.025 1.021 均衡予算の場合 1.069 1.069 1.061 1.061 (1957-1997)

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参照

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