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Special Issue 特集論文 Invited Peer-Reviewed Article 招待査読論文 Changes in the Consumption Environment and the Spread of Liquid Consumption: A Fundamental Stu

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the Spread of Liquid Consumption:

A Fundamental Study of Brand Strategy in a Digital Society

消費環境の変化とリキッド消費の広がり

― デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討 ―

Yukihiko Kubota

 *1 青山学院大学 経営学部 教授

久保田 進彦

*1 School of Business, Aoyama Gakuin University, kubota@aoyamagakuin.jp

Abstract : It is very important to consider brand strategy in the digital society from a broader perspective. However, in

order to do so, it is necessary to first accurately recognize how the consumption environment changes due to digitization. Based on this thought, this research will examine the consumption environment in the digital society. Specifically, the published research will initially be reviewed and trends in the consumer environment in the digital society confirmed. Next, the concept of “liquid consumption” described by Bardhi and Eckhardt (2017) will be discussed. Furthermore, using temporal data, whether or not liquidization actually penetrates society will be examined. The discussion of this research will be carried over to Kubota (2020), and will be developed into a brand strategy that can be adapted to the liquidity of the consumption environment.

Keyword : Liquid modernity, Liquefaction, Ephemeralisation, Access based, Dematerialization

要約:社会のデジタル化が急速に進展しつつある現在,そこにおけるブランド戦略のあり方について大局的に検討することは, 非常に重要な課題である。しかしそのためには,まずデジタル化によって消費環境がどのように変化するかを的確に認識してお く必要がある。こうした考えに基づき,本研究ではデジタル社会における消費環境について検討していく。具体的には,まずい くつかの研究をレビューしながら,デジタル社会における消費環境の動向について確認する。つづいて Bardhi and Eckhardt (2017)によって提示された「リキッド消費」について説明する。そしてさらにリキッド化が社会に浸透している様子を,通時 的データを用いて観察する。なお本研究における議論は Kubota(2020)へと引き継がれたうえで,こうした消費環境の変化に 対応したブランド戦略のあり方へと展開されていくことになる。

キーワード:リキッド・モダニティ,液状化,短命化,アクセスベース,脱物質

Information : Received 15 September 2019; Accepted 13 October 2019

現代の消費環境を特徴づける要素の 1 つとして,いわ ゆるデジタル化(digitalization)をあげることができる。 社会生活や経済活動の各所にデジタル技術が用いられる ことで,消費環境は大きく変化した。いまや,デジタル 技術が用いられていない消費環境をみつける方が難しい ほどである。本研究では,こうした消費環境の変化を踏 まえ,そこにおけるブランド戦略を検討するための基盤 的議論を行う。 議論を始めるにあたり,事前に整理しておくべきこと が 2 つある。まずマーケティング領域におけるデジタル 化の議論には,「デジタル・マーケティング」(デジタル 技術を用いたマーケティング)と「デジタル時代のマー ケティング」(デジタル社会におけるマーケティング)と いう,2 つの視点がある。もちろんデジタル・マーケティ ングとデジタル時代のマーケティングには深い関連性が あるが,両者を異なるものとして認識することは,戦略

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的な意思決定を遂行する上で極めて重要である。なぜな ら,デジタル社会において求められるマーケティングが, 常にデジタル技術を用いたマーケティングと一致すると は限らないからである。いうまでもなく,デジタル社会 のマーケティングでは技術的ではない事柄が議論の焦点 となる場合も多い。 いまひとつ重要なのは,デジタル社会という概念自体 が漠然としており,さまざまな解釈が可能だということ である。デジタル化によって消費環境がどのように変化 するかを明らかにせず,それに対応したブランド戦略を 提示することは難しい。そこで本研究では,デジタル社 会におけるブランド戦略を検討するための基盤的議論と して,デジタル社会における消費環境について検討して いくことにする。具体的には,今日の消費環境の変化に ついて確認しつつ,デジタル社会におけるブランド戦略 を検討するための鍵概念となる「リキッド消費」につい て理解を深めていく。 本研究は 5 つの節から構成されている。第 I 節では, デジタル社会における消費動向の変化について確認す る。第 II 節および第 III 節では,本研究の鍵概念となる リキッド消費と,その理論的基盤であるリキッド・モダ ニティについて検討する。第 IV 節では,通時的データを 用いてリキッド化が社会に浸透している様子を観察す る。第 V 節では本研究の議論を簡潔に整理する。 なお本研究の議論は Kubota(2020)へと引き継がれた うえで,消費環境の液状化(リキッド化)に対応したブ ランド戦略のあり方へと展開されていく。つまり本研究 は,Kubota(2020)と組み合わさることにより,デジタ ル社会におけるブランド戦略のあり方について大局的に 検討するという目的に取り組むことになる。また,ブラ ンド戦略は消費者マーケティング(B to C マーケティン グ)でも産業財マーケティング(B to B マーケティング) でも重要だが,本研究では前者を念頭に議論を展開して いく。

I.デジタル社会における消費動向の変化

1.即時的な満足 1990年代以降,マーケティング領域では経験価値や経 験的消費という考え方が,頻繁に用いられるようになっ た。経験的消費とは「製品またはサービスの消費経験を 価値認知の拠り所とする消費」(Kawaguchi, 2018, p. 109) のことであり,現代マーケティングにおける重要な概念 の 1 つとなっている。 経験を重視するマーケティングが広まった背景にはデ ジタル化があるとされる。たとえば Schmitt(1999)は 経験価値が重視される背景に情報技術(IT)の発達があ ると述べている。また Schmitt and Simonson(1997)は, インターネットを介して日々膨大な情報が流通する現代 において,製品の属性やベネフィット,あるいはブラン ドのイメージといった要素だけでは,もはや消費者の注 意を引き寄せるのに十分でなく,感覚的経験のマーケティ ングが重要となると指摘している(see also Kawaguchi, 2018)。 このように経験的消費はデジタル化の申し子ともいえ るものだが,Kawaguchi(2018)はその本質を「即時的 に促される満足から得られる価値」(p. 114)だと指摘し ている。彼は経験的消費のなかに,「Wow!」というサプ ライズ経験がもたらす「予測不能な衝動的満足」(p. 115) を促すことから得られる価値をみることができるという。 情報社会がもたらす「満足の即時性」(Kawaguchi, 2018, p. 110)は,いまや消費経験だけでなく私たちの生 活全般に及んでいる。Minamida(2018)は動画サイトの 中に「歌ってみ•た• 」や「踊ってみ•た• 」という即席型の投 稿が氾濫していることを指摘し,「現代の文化にまつわる ムーブメントは,一緒になって瞬間的に盛り上がる集合 的沸騰の形式で現れる」(p. 185)ことが多く,「短命で, また時空間として非常に拡散した場所で起こる」(p. 186) 傾向にあると述べている。一連の指摘からは,デジタル 化の進展によって,その瞬間を楽しむタイプの消費が目 立つようになってきた傾向が読みとれる。

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2.新しい研究の動き

こうした流れのなかで,マーケティングの世界では, 2010年代に入った頃からいくつかの新しい研究の動きが 現れている。まずシェアリング(sharing:Belk, 2010), アクセスベース消費(access-based consumption:Bardhi & Eckhardt, 2012),所有しない消費(non-ownership consumption:Lawson, 2011; Lawson, Gleim, Perren, & Hwang, 2016)といった,新しい消費現象に関心が集ま るようになった。これらの研究では,それまで所有を前 提としていた消費現象が,使用や利用をベースとしたも のへ拡張してくことが指摘されるとともに,こうした新 しい消費現象を識別するための諸次元の提示,消費者が 製品にアクセスする動機づけの解明,アクセスに積極的 な消費者セグメントの発見などが行われている。またさ らに財の共有が,自己と他者との境界を曖昧にし,集合 的な拡張された自己(aggregate extended self:Belk, 2010)という心理状態をもたらしうることも指摘されて いる。

新しい消費現象だけでなく,新しい市場構造について も議論が行われている。たとえば Perren and Kozinets (2018)は,オンラインにおける,同等の地位にある経 済的アクターによって構成される交換システムについて 検討して,「水平的交換市場」(lateral exchange markets) という概念を提示している。彼女らは,テクノロジー・ プラットフォームを通じて形成されるこの市場において, 情報のやりとり(コミュニケーション)はもちろん,契 約(コントラクト),財のやりとり(デリバリー),支払 いや送金(ペイメント)などが,これまでの市場と異な るかたちで展開されることを指摘している(see also Kubota & Shibuya, 2018)。

さらに,デジタル化による消費環境の変化が,消費者 の意識や行動に及ぼす影響についても研究が進んできた。 Arvidsson and Caliandro(2016)は,Twitter において LouisVuittonについて発言する人たちを対象に研究を行 い,ブランド・コミュニティに代わる「ブランド・パブ リック」(brand public)という概念を提示している。そ れによると Twitter で#LouisVuitton というハッシュタグ を用いる消費者は,ブランド・コミュニティのメンバー になるためではなく,より多くのオーディエンスを獲得 し,より効果的に自分自身をプロモートするためにそう しているにすぎない。彼らはこうした空間をブランド・ パブリックとよび,ブランド・コミュニティに代わる概 念として位置づけた。ブランド・パブリックとは相互作 用の場ではなく,媒介装置(mediation device)として存 在する社会的構成物であり,議論や熟考ではなく,個人 的ないしは集団的な感情によって構造化されるものであ る。そしてそこではブランドを中心とした集合的なアイ デンティティは発達せず,ブランドの価値はむしろ媒体 としての働きにあるとされる。したがってブランド・パ ブリックとは,アイデンティティ機能よりもパブリシティ 機能の価値を持ったものといえる。

そのほか,Kozinets, Patterson, and Ashman(2016)は, いわゆる SNS やブログを中心とした複雑な技術的オープ ン・システムが「欲望のネットワーク」(networks of desire)を構成しており,こうしたネットワークへの参 加が,消費に対する情熱や関心を高める効果をもたらし ていることを指摘している。また Belk(2013)は,1988 年に彼自身が提唱した「拡張された自己」(extended self)という概念を修正しつつ,「デジタル世界における 拡張された自己」(extended self in a digital world)につ いて論じている。彼はデジタル消費にともなう 5 つの 変 化として,脱物質化(dematerialization),再実体化 (reembodiment),共有(sharing),自己の共構築(co-construction of self),分散された記憶(distributed memory) をあげたうえで,これらがデジタル社会における自己, 所有物の性質,モノとの関係性に影響を及ぼすとして いる。 3.研究のアプローチ いうまでもなく,こうした新しい研究で示されている 変化は,消費者のブランド行動にも深い関わりがある。 たとえば Batra and Keller(2016)は,モバイル端末の普 及によって意思決定のスビードが増したり,衝動的な購 買が増えたことから,もはや消費者はロイヤルティを形 成しないばかりか,ブランドを記憶さえしなくなってき たと指摘している。 デジタル化によって生じる消費環境の変化がブランド 行動に及ぼす影響について検討する場合,少なくとも 2

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つのアプローチがある。1 つは個別の現象に焦点を合わ せて,詳細な検討を行うものであり,もう 1 つは消費環 境の変化をより大きくとらえ,その影響を大局的に考え ていくアプローチである。これら 2 つのアプローチには それぞれ長短があるが,本研究では第 2 のアプローチを 採用する。なぜなら冒頭にも述べたように,本研究の主 たる目的は,Kubota(2020)と組み合わさることで,デ ジタル社会におけるブランド戦略のあり方を大局的に検 討することにあるためである。

本研究では Bardhi and Eckhardt(2017)が提示した「リ キッド消費」(liquid consumption:液状化消費)という概 念について理解を深めていく。なぜならそれは,前述し た新しい研究の動きをほぼ網羅的に取り込むものであり, デジタル化が促す今日の消費環境の変化について集約的 に説明しうるものだからである。リキッド消費とは短命 (ephemeral)で,アクセスベース(access based)で,脱 物質的(dematerialized)な消費のことであり,これまで の永続的で,所有ベースで,物質的なソリッド消費と対 比される概念である。またその背後には,著名な社会学 者であった Bauman(2000)の「リキッド・モダニティ」 (liquid modernity:液状化する社会)論がある。

なお Bardhi and Eckhardt(2017)によるリキッド消費 の議論には,消費に関わるさまざまな側面が含まれてい るが,以下では特にブランドへの影響に焦点を絞って検 討を進めていく。

II.リキッド・モダニティ

1.社会の液状化とデジタル化 上述したようにリキッド消費という概念は,Bauman (2000)が提示したリキッド・モダニティという考え方 に依拠している。Bauman のリキッド・モダニティ論で は,後期近代(late modernity)の特徴として変化と不安 定性が強調され,社会全体が流体的なものとなりつつあ ることが指摘されているが,Bardhi and Eckhardt(2017) はこうした変化をもたらす大きな要因の 1 つとしてデジ タル化があるとしている。 彼女らはデジタル化によってさまざまなコンテンツに 簡単かつ瞬間的にアクセスできるようになったこと,す なわち直接性(immediacy)が高まったことによって, 近代社会の特徴である加速(acceleration)がより顕著な ものとなったと主張する。そしてマクロ水準の社会的お よび制度的な変化が,消費者が市場において何に価値を 感じるか,彼らがどのように消費をするか,市場で生み 出されるものの性質,市場制度の性質,そして消費者の アイデンティティといったものを,方向づけたり変容さ せたりすると述べている。 2.消費にかかわる特徴

Bardhi and Eckhardt(2017)はリキッド・モダニティ の考え方を消費の文脈に適用するにあたり,その特徴の いくつかに着目する。彼女らによれば,リキッド・モダ ニティにみられる消費にかかわる特徴には,手段的合理 性(instrumental rationality),個人化(individualization), リスクと不確実性(risk and uncertainty),生活やアイデ ンティティの断片化(fragmentation of life and identity) がある(see also Bauman, 2007a)。

ここにおける手段的合理性とは,問題を特定化し,そ のもっとも効率的あるいは費用効果的な問題解決に直接 的に取り組むことである。彼女らは,現代の消費におい て,こうした合理性が経済的交換だけでなく社会的交換 や個人的関係の基礎にもなっていると指摘する。また合 理的な意思決定のために,さまざまな評価システムや数 量化システムが開発され,ランキングやスコアとして活 用されるようになったことで,専門家であるか一般消費 者であるかを問わず,個人のパフォーマンスが容易に説 明されるようになり,定量化された自己(quantified self) というものが台頭してきたと指摘する。 リキッド・モダニティのもう一つの重要な特徴は,極 端な個人化である。社会全体が流体的なものとなり,社 会的形態や社会制度が準拠枠組みとして機能しにくくな ることで,人々のアイデンティティは所与のものからタ スクへと変化する。つまり人々はパフォーマンス(自分 が何をしたか)に対して強い関心を抱くようになり,そ の実行と説明に責任を負うようになる。そこで消費者は, 自分たちの生活を組織化するために伝統的な社会的形態 や社会制度に代わる新たな方法を探すことになるが,ブ

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ランドや消費といった市場制度はこのための重要な方法 となりうる。 リキッド・モダニティは,リスクと不確実性を高める ことにもなる。社会全体が流動的なものとなることで, 人々は自身の地位,資格,そして生活手段について不安 を抱きやすくなり,自らの所有物,場所,コミュニティ の将来についても不確実性を感じやすくなる。こうした 不確実性は,上述した個人化とあいまって,人々の脆弱 性を高めることになる。 社会全体の流動性の高まりは,長期的な計画やライフ・ プロジェクトの困難性を高め,生活やアイデンティティ を断片化する。そしてこの社会生活の断片化によって, 個人は柔軟で適応的であることを求められるようになる。 つまり常に短期的に戦術を変更し,後悔することなくコ ミットメントとロイヤルティを捨て,その時々の入手可 能性に応じて機会を追求することが要求されるようにな る。こうしてリキッド・モダニティでは耐久性,安定性, 安全性への欲望はお荷物となり,軽く,流動的で,脱領 土的(deterritorialized)な文化資本を受け入れる能力が 求められるようになる。また目新しさやアップデートに 重点が置かれるようになり,不要になったら捨てられる こと,迅速に入れ替えられること,新しいものを獲得し やすいことが,より高い価値をもつようになる。

III.リキッド消費

Bardhi and Eckhardt(2017)はこうした社会の液状化 に関する論理に基づいて,消費をソリッド~リキッドと いう連続体(スペクトラム)に沿った次元から捉えるこ とを提唱する。彼女らは,リキッド消費を短命で,アク セス・ベースで,脱物質的なものと定義する。以下では, まずこれら 3 つの特徴について簡単に説明したうえで, スペクトラムとしての性格と,ブランド研究におよぼす インプリケーションについて整理する。なお本節におけ るリキッド消費についての説明は,特に断りがない限り Bardhi and Eckhardt(2017)の議論に準拠したものであ る。ただし短命性,アクセス・ベース,脱物質的に関す る説明は,Bardhi and Eckhardt(2017)の議論について

の Kubota, Akutsu, Yoda, and Sugitani(2019)による解説 を加筆修正したものである。

1.リキッド消費の特徴

短命性 リキッド消費の第 1 の特徴は短命性である。「リ キッド消費では特定の文脈においてのみ消費者に価値が もたらされ,しかもこの価値の有効期限はますます短く なっている」(Bardhi & Eckhardt, 2017, p. 4)。つまり,価 値が文脈特定的となることで,その寿命も短くなる。価 値の短命化の背景には,社会構造の変化がより速くなっ ていること,技術の進歩によって製品ライフサイクルが 短くなっていること,そして現代の消費システムの中に 製品の陳腐化を知覚させる仕組みが組み込まれているこ となどがある。 こうした価値の短命性は,所有物との関係性や(Bardhi, Eckhardt, & Arnould, 2012),ソーシャル・メディアにお ける関係性のなかに現れている(Arvidsson & Caliandro, 2016)。すなわち,ある財を所有する価値や,ある人と 交際する価値が,特定の場所において,一時的にしか見 いだされなくなりつつある。また小売店においてポップ アップ・ショップや,さまざまなイベントが増加してい ることも,価値の短命性の現れといえる(Bauman, 2007b; de Kervenoael, Bajde, & Schwob, 2018)。さらにラ グジュアリー・ブランドにおけるラグジュアリーの意味 が,それぞれの文脈や,それぞれの消費者に応じて,そ の時々に見合ったかたちに変化していることにも,価値 の短命化をみることができる(Berthon, Pitt, Parent, & Berthon, 2009)。

興味深いことに,消費者は製品を継続的にアップグレー ドすることへの罪悪感を正当化するために,製品に対し て無頓着となる傾向がある(Bellezza, Ackerman, & Gino, 2017)。こうした短命化は,次に述べるアクセス・ベー スおよび脱物質とも深く関連している。

アクセス・ベース リキッド消費の第 2 の特徴は,アク セス・ベースの傾向が強いことである。アクセス・ベー スの消費とは「市場が介入できるものの,所有権の移転 が生じない取引」(Bardhi & Eckhardt, 2012, p. 881)によっ て構成されるものであり,レンタル,リース,シェアな

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どによって実現される。このような消費は,物質的な消 費か,非物質的な消費かを問わず生じうるものである。 アクセス・ベースの消費は,所有によって生じる経済 的,心理的,感情的,社会的な義務ないし負担を避ける ことを可能とする(Bardhi & Eckhardt, 2012; Bardhi et al., 2012)。すなわち所有がもたらす重荷から自らを解放し, 変化に富んだライフスタイルを可能とする(Belk, 2007)。 またアクセス・ベースの消費は,十分な経済的手段を持 たない消費者が,そうでなければ手の届かないブランド を,一時的にではあるが消費することも可能とする。そ してさらに,それはバラエティー・シーキングを促すこ とにもなる。たとえば 1 台のクルマを所有しつづける場 合よりも,カー・シェアリングを利用する場合の方が, さまざまなタイプのブランドや車種を選択することにな る(Bardhi & Eckhardt, 2012; Lamberton & Rose, 2012)。 ここで重要なことは,アクセスへの動機づけは,所 有への動機づけと異なることが多いということである (Lawson, Gleim, & Hartline, 2016)。また消費者は,所 有 よりもアクセスする場合の方がその対象を特異化 (singularize)させない傾向があるため,対象を自分のも のと感じにくく,対象との間に関係性を構築しにくいこ とも指摘されている(Bardhi & Eckhardt, 2012)。 脱物質 リキッド消費の第 3 の特徴は,脱物質である。 脱物質とは,同じ水準の機能を得るために,物質をより 少なくしか(あるいはまったく)使用しないことである (Thackara, 2006)。消費における脱物質化は,たとえば有 形財がサービス財に置き換えられたり,デジタル製品や 情報製品(ソフトウェアなど)が普及したりといった具 合に,非物質的な財(サービス財や情報財)が増加した ことと,消費者自身がモノよりも経験を重視する傾向が 強まったことで加速されている。リキッド消費が脱物質 という特徴を持つことは,そこにおいてより少ない所有 が望まれる傾向があることと結びつく。 また脱物質はデジタル空間での消費と深く結びつくこ とで,消費者が複数のアイデンティティの間を自由に移 動することを可能とする。これはリキッド消費が,「関係 に応じて異なった自分を出しながら,その自分がどれ もそれなりに本気であるような自己のあり方」(Asano, 2013, p. 169, see also pp. 192–198)と説明される「多元的 自己」と深い関係があることを示唆している。 2.スペクトラム リキッド消費はすべての消費にあてはまるものではな い。すでに述べたように,リキッドとソリッドはスペク トラムの極として概念化されるものであり,「消費はリ キッドとソリッドという端の間のさまざまなポジション に配置されうる」(Bardhi & Eckhardt, 2017, p. 6)ことに なる。 こうした考え方は,完全なソリッドでも完全なリキッ ドでもない,中間点が存在することを意味している。た とえば IoT のようなスマート・オブジェクト(e.g., ス マート冷蔵庫)であれば,本体はソリッドな存在だが, それを動かしている技術は流動的で柔軟なものである。 あるいはダウンロード用のデジタル・コードがついた, ビニールのレコードのような例もある(Magaudda, 2011)。 ある消費者の中に,リキッド消費的な行動とソリッド 消費的な行動が混在することもある。流動性によって特 徴づけられるデジタル消費は,私たちを物理的なモノ (e.g., プリントされた写真)から解放する。その一方で 私たちは,デジタル・データの蓄積(e.g., 写真データの ストック)のように,収集活動というソリッド消費的な 行動をすることがある。連続体の中間点では,ソリッド 消費の液状化とリキッド消費の固体化をみることがで きる。 リキッド・モダニティの提唱者である Bauman(2000) は,世界全体がソリッドからリキッドへと動いていくと 考えていたが,Bardhi and Eckhardt(2017, p. 12)は「す べてのタイプの消費がリキッドに向かうという不可逆的 な動きは存在しない」と主張し,リキッド消費への反発 や,リキッド消費の再ソリッド化という可能性を指摘し ている。 以上から明らかなように,リキッド消費という概念は, 消費スタイルのシフトではなく拡張を意味するものであ る。またそれゆえ,ある消費現象を理解するために,ソ リッドとリキッドのどちらが適切であるかという判断が 必要となる。

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3.ブランド研究へのインプリケーション

リキッド消費は消費行動全般に影響を及ぼすと考えら れる。Bardhi and Eckhardt(2017)は,リキッド消費と いう考え方が消費者研究にもたらすインプリケーション として 7 つをあげているが,ここでは彼女らの指摘のう ち,特にブランドに関係が強いと考えられるものに焦点 を合わせて,再整理を試みる。 使用価値と物質主義 ブランドには消費者のアイデン ティティに影響をおよぼしたり,あるいはそれによって 誰かとつながるといった機能がある。しかし Bardhi and Eckhardt(2017)によれば,リキッド消費ではそれらよ りも,消費から得られる使用価値(use value)に重きが 置かれることになり,実用的なベネフィット(practical benefit)のための消費に価値がみいだされるようになる。 こうした傾向は製品やサービスの売買(経済的交換)だ けでなく,社会的なやりとり(社会的交換)においても 支配的となる。つまり他者とのやりとりにおいて,効用 や機能性を重視する「使用価値ベースの関係」というも のが台頭する。彼女らは,この使用価値ベースの関係に ついて,受け手が象徴的価値よりも使用価値を持つギフ トを好むこととなり,人々は社会資本(ソーシャル・キャ ピタル)がもたらす互恵的な責務から解放されると述べ ている。

Bardhi and Eckhardt(2017)は,リキッド消費はある 意味で物質主義的であるとも指摘している。リキッド消 費は物質性が低く,所有志向が弱いため,ソリッド消費 よりも物質主義的でないという議論が可能である。たし かに,より少ない所有物に依存し,より短い期間しか保 持しないという点に着目すると,物質の獲得という意味 において,リキッド消費は物質主義的でない。しかしそ の反面で,リキッド消費では,さまざまな財やサービス が次から次へと消費されていくことになる。したがって より多くの財を消費していくという意味において,リキッ ド消費は物質主義的だといえる。 不即不離 使用価値の重視と,より多くの財を消費して いくという意味での物質主義的傾向は,消費者とブラン ドの関係や,消費者同士の関係にも影響を及ぼすことに なる。消費者とブランドの関係や消費者同士の関係が, 使用価値に基づいた短命なものとなることは,消費者が 信頼できるパートナーよりも,価値あるネットワークや, 仮想的な関係性や,不即不離の関係性(semidetached relationships)を求めるようになり,込み入った情緒的な 愛着を避けるようになることを意味している。 ロイヤルティとコミットメント 上述した不即不離の関 係性を好む傾向は,ロイヤルティやコミットメントといっ た,関係的な構成概念のあり方について重要な示唆を投 げかける。この点について Bardhi and Eckhardt(2017) は,ブランドとの関係はより取引的なものとなり,緩く て簡単に解消できる結びつきとなっていくと主張してい る。それは,容易に断ち切れる弱い紐帯に基づいた,アッ プグレード可能な関係ともいえる。消費者はコミットし た関係や情緒的な関係を望んでおらず,関係はいっそう 手段的で,市場の論理に基づいたものとなっていくわけ である(Eckhardt & Bardhi, 2016)。

愛着と専有 Bardhi and Eckhardt(2017)は,「リキッド 消 費 は 消 費 者 愛 着 ( consumer attachment ) と 専 有 (appropriation)についてインプリケーションを有してい る」(p. 8)と述べている。リキッド消費において育成さ れるブランドとの関係が,アイデンティティ目的にかなっ た永続的な紐帯ではなく,ある瞬間における実利的な目 的を果たすための一時的な紐帯の形成に焦点を合わせた 短命なものであるということは,消費者が愛着を抱く製 品やブランドが少なくなることを示唆している。消費者 は,その対象が特定のコンテクストと関連するときにだ け,一時的に愛着を形成するようになるからである。消 費者はこうした「流動的な愛着」(fluid attachment:Bardhi & Eckhardt, 2017, p. 8)によって,グローバル化がもたら す激しい社会変化に柔軟に適応することが可能となる。 ただし消費者はすべての対象に愛着を形成しなくなる わけではない。消費者は,アクセスやモビリティを提供 する製品やブランドに対して,より強い愛着を抱くよう になる。また彼らは,より新しいアップグレードされた 製品へのリプレースを好む傾向にあるが,このとき製品 に対してはロイヤルでないのに,アップグレードされた

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機能に対してはロイヤルであり続けるという現象が生じ ることになる。 またリキッド消費傾向が強まることで,消費者は消費 対象を自分だけのものにすること(専有化したりパーソ ナライズしたりすること)にも,強い関心を抱かなくな る。消費における価値が,消費対象を専有することから, 消費資源をより早く循環させることへとシフトしていく ためである。

コミュニティ Bardhi and Eckhardt(2017)は,リキッ ド消費によってブランド・コミュニティの抜本的性格が 変化することも示唆している。その理由の 1 つは,デジ タル技術によってネットワーク化された社会が実現する ことで,人々の結びつきが伝統的なコミュニティによる ものから,流動的で分散的な社会ネットワークによるも のへとシフトしているためである。ブランド・コミュニ ティの存在場所が,現実空間からデジタル空間へと変わ るにしたがって,その性格は変化する。たとえば Zwick and Bradshaw(2016)は,ソーシャル・メディアにおけ るコミュニティでの会話は,目的駆動的で,実利的で, 手段的で,一時的な傾向があり,メンバー同士の関係性 は弱いものとなりがちだと指摘している。また冒頭で触 れたブランド・パブリックのような空間は,一見すると コミュニティのように思えるが,実際にはアイデンティ ティの源泉でも,相互作用のためのプラットフォームで もなく,個人的なパブリシティのためのメディアとして 機能している。 以上のように,リキッド消費はブランド消費行動にさ まざまな影響を及ぼす。これらをさらに整理すると,ま ず価値観の変化として,使用価値の重視や使用価値志向 の行動がある。つぎにロイヤルティの低下やスイッチン グ傾向の高まりとして,量的な意味での物質主義の強ま り,活発なブランド遷移,専有志向の弱まり,ロイヤル ティとコミットメントの希薄化がある。そしてリレーショ ンシップやコミュニティの変化として,不即不離の関係, 流動的な愛着,コミュニティの変化があると考えられる。

IV.通時的データを用いた観察

前節では,デジタル社会におけるブランド戦略を検討 する土台として,リキッド消費という概念について検討 してきた。続く本節では,リキッド化が社会に浸透して いる様子を観察する。 リキッド消費は現実に生じているのであろうか。消費 は液状化しつつあるのだろうか。実際のところ,この問 題に取り組むのは簡単でない。なぜならば,消費スタイ ルについて長期間にわたり継続的に記録されたデータが 必要となるためである。そこで本研究では,リキッド消 費そのものではないが,リキッド・モダニティやリキッ ド消費という概念に比較的近いと考えられる現象につい て,入手可能なデータを用いることで観察していく。こ うすることで消費の液状化傾向を,簡易的にではあるが, 知ることができるだろう。 以下では,株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメ ントが 40 年近くにわたり行なっているライフスタイル 調査の「CORE」と,Google のオープン・サービスであ る「Google Trends」のデータを使用して分析を行う。 1.「CORE」を用いた分析 「CORE」は 1982 年から長期間に渡り続けられてきた, 消費者の価値観やライフスタイルについての調査である。 この調査は毎年 3,000 人を対象として留め置き法で行わ れており,延べ 10 万人以上のデータが蓄積されている。 本研究では株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメン トのご好意により,この貴重なデータを分析に用いるこ とが可能となった1) 分析内容 「CORE」では Murray(1938)が提示した数 十項目からなる欲求リストを参考に,12 の欲求因子につ いて測定をしているが,本研究では「仲間欲求」と「マ イペース欲求」に着目することにした2)。仲間欲求とは, 人とのつき合いを大事にしていきたいといった,他者と の交際についての欲求であり,マイペース欲求とは,自 分の思い通りにすごしたいといった,気ままさについて の欲求である。これらはいずれもリキッド・モダニティ

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を特徴づける社会構造の液状化や,個人化を反映する項 目だと考えられる。リキッド化が社会に浸透しつつある ならば,社会的な結びつきの希薄化によって仲間欲求は 弱まり,個人化の進展によってマイペース欲求は強まる と考えられる。 また「CORE」は上述した 12 の欲求因子だけでなく, 消費者が抱くさまざまな価値観についても測定をしてい る。本研究では,これらの中から実利志向的な価値観を 示す「利益に繋がらない情報にはお金をかけない」と「価 格は時間や手間を含めたトータルコストで比較する」と いう項目に着目して,通時的な比較をすることにした。 なぜならば「利益に繋がらない情報にはお金をかけない」 という項目は,使用価値に重きをおき,実用的なベネ フィットに価値を見いだすという,手段合理的なリキッ ド消費の特徴を反映すると考えられるためである。また 「価格は時間や手間を含めたトータルコストで比較する」 という項目は,消費に伴う時間や手間は少ない方が良い という価値観を反映しているため,使用の容易さや利便 性に価値を見いだすリキッド消費の特徴と関連している と考えられるためである。基本欲求と同様に,リキッド 化が浸透しつつあるならば,これら 2 つの項目はいずれ も高まると考えられる。 分析結果 はじめに「仲間欲求」と「マイペース欲求」 の通時的変化について分析を行った。上述したように 「CORE」は 1982 年から調査が行われているが,1993 年 以前と 1994 年以降では質問文(ワーディング)が若干 異なっているため,分析には 1994 年~2018 年のデータ を用いることにした。すなわち延べ 75,000 人の消費者か ら得られた 25 年間のデータによって,消費者の欲求の 変化を観察することにした。 「CORE」では消費者が抱く 12 の欲求に対してコンス 「仲間欲求」と「マイペース欲求」の通時的変化 (筆者作成) 図 1  

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タン・サム法で測定を行い,それぞれの欲求が心の中で どの程度の割合を占めているかを「欲求シェア」として 示している。コンスタン・サム法とは回答者に配分すべ き一定の量を与え,複数の回答項目に対して総量を配分 する方法である(Ushikubo, 1984)。実際の調査では,回 答者は 12 枚のシールを受け取り,12 の欲求に対してシー ルを貼っていくことになる。回答者のなかには 12 の欲 求に均等にシールを貼るものもいれば,ある特定の欲求 項目に 12 枚すべてのシールを貼る者もいる。前者の場 合,すべての欲求項目に 1/12 づつシールが貼られること になるため,いずれの欲求も 8.3%のシェアを持つこと になる。後者の場合,1 つの欲求に 12/12 のシールが貼 られることになり,この欲求が 100%のシェアを占める ことになる。 図 1 は「仲間欲求」と「マイペース欲求」の通時的変 化を示したものである。グラフの中の点は各年の欲求シェ アの平均値であり,曲線はそれらの近似曲線(3 次曲線) である。まず平均値をみると,仲間欲求のシェアは 1994 年に 14.02%だったが,その後次第に低下し 2018 年には 11.05%となり,25 年間で約 3%ポイント低下している。 またマイペース欲求のシェアは 1994 年に 4.36%だった が,その後次第に増加し 2018 年には 6.07%となってい る。さらに近似曲線をみると,その傾きから,仲間欲求 とマイペース欲求のいずれにおいても 2012 年ごろから 変化が大きくなっている様子がよみとれる。それぞれの 結果から,リキッド・モダニティの特徴とされる社会構 造の液状化や,個人化の進展を伺うことができるだろう3) つづいて「利益に繋がらない情報にはお金をかけない」 と「価格は時間や手間を含めたトータルコストで比較す る」いう,実利志向的な価値観を反映した項目について 分析を行った。これらの項目は,いずれも「はい」「いい え」の 2 値で測定されている。そこで本研究では「は 実利志向的価値観の通時的変化 (筆者作成) 図 2  

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い」という肯定的な回答の割合が,どのように変化して いるかを分析することにした。なお今回の分析では,「利 益に繋がらない情報にはお金をかけない」という項目は 1998年から 2018 年に渡る 21 年間のデータを,「価格は 時間や手間を含めたトータルコストで比較する」という 項目は 2010 年から 2018 年に渡る 9 年間のデータを入手 できた。 図 2 は 2 つの項目の通時的変化を,各年の平均値と近 似直線(回帰直線)によって示したものである。いずれ の項目も,時間の経過とともに上昇する傾向にあること が伺える4)。これらの結果からはリキッド消費の特徴と 整合するところの,実用的なベネフィットに価値を見い だす傾向や,消費に伴う時間や手間は少ない方が良いと 考える傾向を観察することができるだろう。 2.Google Trends を用いた分析

Google Trendsは,ある言葉が Google においてどの程

度検索されたかを,通時的な視点から示すサービスであ る。このサービスでは任意の言葉について,検索量の時 間的推移が相対的に示されることになる。すなわち特定 期間内における最大検索量を 100 として,検索量がどの ように増減したかが 0~100 の相対値で示される。 分析では「所有」および「借りる」という言葉に着目 することにした。これはリキッド消費の特徴の 1 つであ る「アクセス・ベース」がレンタル,リース,シェアな どによって実現されることや,「脱物質」によってより少 ない所有が望まれる傾向があることを踏まえてである。 アクセス・ベースや脱物質といった傾向が強まれば,消 費者の所有志向は弱まり,彼らの関心も「所有」ではな く「借りる」ことに向くと考えられる。 またリキッド消費が広まることで,使用価値に重きを おき,実用的なベネフィットに価値をみいだす傾向が強 まることを踏まえ,「コスパ」(コスト・パフォーマンス =費用対効果の俗語)という言葉にも着目することにし 日本における「所有」「借りる」「コスパ」の相対検索量の通時的変化 (筆者作成) 図 3  

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た。費用対効果の大きな方法で問題解決に取り組もうと する手段合理的な消費傾向が強まることで,「コスパ」へ の関心も高まると考えられる。さらに日本に留まらず, 世界的な傾向を観察するために「value for money」とい う言葉にも着目することにした。 日本における「所有」「借りる」「コスパ」という言葉 の検索量の相対的変化について,通時的に示したのが図 3である5)。今回の分析では 2004 年 1 月から 2019 年 8 月にわたる 15 年 8 ヶ月の月次データ(188 ヶ月分)を用 いることができたが,分析に際しては季節性の影響を相 殺するために 12 ヶ月ごとの移動平均を計算することに した。このためグラフは 2004 年 12 月から(ただしラベ ルは 2005 年から)始まっている。 図 3 に示されたように,「所有」という言葉の検索量 は低下傾向にあり,「借りる」という言葉の検索量は増加 傾向にある。なお「借りる」という言葉の検索量が 2016 年に大幅に増加しているのは,同年に固定金利型住宅ロー ンの金利が大きく下がったためと推察できる。「コスパ」 という言葉の検索量も時間の経過とともの上昇する傾向 にある。これらから日本の消費者が,所有よりも,レン タル,リース,シェアに関心を抱きはじめており,また コスト・パフォーマンスを重視した,合理的な購買行動を 志向する傾向が強まりつつあるという解釈が可能である。

図 4 は全世界における「value for money」という言葉 の検索量を,2004 年 1 月から 2019 年 8 月に渡って分析 したものである。この分析においても,季節性の影響を 相殺するために 12 ヶ月ごとの移動平均を計算した。し たがって図 4 のグラフも 2004 年 12 月(ラベルは 2005 年から)から始まっている。 一見して分かるように,15 年間にわたり「value for money」という言葉の検索量は増え続けている。この結 果からは,コスト・パフォーマンスを重視した合理的な 購買行動を志向する傾向が,日本だけではなく,世界的 なものであるという解釈ができるだろう。

全世界における「value for money」の相対検索量の通時的変化

(筆者作成) 図 4  

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V.まとめ

本研究では,デジタル社会における消費環境の動向に ついて確認したうえで,リキッド・モダニティおよびリ キッド消費について説明し,さらに通時的データを用い てリキッド化が社会に浸透している様子を観察してきた。 それぞれの節で論じてきた内容を,簡単に振り返る。 第 I 節では,デジタル化の進展によって,その瞬間を 楽しむタイプの消費が目立つようになっていることと, マーケティング領域では,2010 年代に入った頃から新し い研究の動きが現れていることを指摘した。つづく第 II 節では,Bauman(2000)が提示したリキッド・モダニ ティについて概説し,さらに第 III 節では,この考え方を 消費社会へと適用した Bardhi and Eckhardt(2017)によ るリキッド消費概念について説明した。具体的には,リ キッド消費には,①短命性,②アクセス・ベース,③脱 物質という特徴があることや,リキッドはすべての消費 にあてはまるものではなく,ソリッドとリキッドを極と するスペクトラムとして概念化されることが説明された。 さらにブランド研究へのインプリケーションとして,① 使用価値の重視や使用価値志向の行動,②量的な意味で の物質主義の強まり,③活発なブランド遷移,④専有志 向の弱まり,⑤ロイヤルティとコミットメントの希薄化, ⑥不即不離の関係,⑦流動的な愛着,⑧コミュニティの 変化などがあることが説明された。第 IV 節では,リキッ ド化が社会に浸透している様子を,通時的データを用い て観察した。その結果,①他者にとらわれることなく, 自分の思い通りに過ごしたい人が増えていること,②使 用価値に重きをおき,実用的なベネフィットに価値を見 いだす人が増えていること,③消費に伴う時間や手間は 少ない方が良いと思う人が増えていること,④社会全体 としてコスト・パフォーマンスを重視し,所有よりも使 用に関心が置かれるようになりつつあること,などを伺 わせる結果が得られた。 以上のように本研究では,デジタル社会における消費 環境の変化について,リキッド消費という観点から検討 を行ってきた。この検討結果は,既述のように Kubota (2020)へと引き継がれ,リキッド消費に対応したブラ ンド戦略へと展開されていくことになる。 (本研究は科学研究費助成事業(18K01885)の助成を 受けたものである) 注 1)「CORE」のデータ利用においては,株式会社リサーチ・ア ンド・ディベロプメント,および筑波大学大学院ビジネス 科学研究科博士後期課程の水師裕氏に大変お世話になっ た。この場をかりてお礼を申し上げる。 2)「CORE」が測定している 12 の欲求とは,仲間欲求,安ら ぎ欲求,好奇心欲求,自分らしさ欲求,ふれ合い欲求,安 心・安全欲求,向上欲求,マイペース欲求,協調欲求,健 康欲求,私的領域欲求,変化欲求である。 3) こうした変化が誤差ではないことを確認するために,本研 究では,以下のような検証作業を行なった。はじめに各年 度の平均値が等しくないことを確認するために,それぞれ の欲求ごとに 1 元配置の分散分析(25 水準)を行なった。 この結果,仲間欲求においても,マイペース欲求において も,「各年度の平均値が等しい」という帰無仮説が棄却され た(いずれも p<.001)。つづいて回帰分析によって通時的 な変化(トレンド)の存在を捉えることにした。仲間欲求 とマイペース欲求のそれぞれにおいて,年を独立変数,欲 求シェアを従属変数にした単回帰分析を行ったところ,回 帰係数の分布において 0 以下の確率が十分に低いことが確 認された(いずれも p<.001)。またどちらの回帰モデルに おいても,推定された決定係数が十分に大きかった(仲間 欲求の R2=.83,マイペース欲求の R2=.70)。以上から,い ずれの欲求シェアも通時的に変化する傾向にあることと, それらの変化の大半が時間の経過によって説明できること が明らかになった。なお検証作業にあたっては,青山学院 大学経営学部准教授の保科架風先生にアドバイスをいただ いた。この場をかりてお礼を申し上げる。 4) 価値観の通時的比較においても,変化が誤差ではないこと を確認するために,基本欲求と同様の検証作業を行なった。 はじめに各年度の平均値が等しくないことを確認するため に,それぞれの価値観ごとに 1 元配置の分散分析を行なっ た(利益に繋がらない= 21 水準,価格は時間や手間を= 9 水準)。この結果,どちらの価値観でも,「各年度の平均値 が 等 し い 」 と い う 帰 無 仮 説 が 棄 却 さ れ た ( い ず れ も p<.001)。つづいて回帰分析によって通時的な変化(トレン ド)の存在を捉えることにした。2 つの価値観それぞれに おいて,年を独立変数,価値観の比率を従属変数にした単 回帰分析を行ったところ,回帰係数の分布において 0 以下 の確率が十分に低いことが確認された(いずれも p<.001)。 またいずれにおいても,推定された決定係数が十分に大き かった(利益に繋がらない……R2=.61,価格は時間や手間 を……R2=.83)。以上をもって,各年の平均値が通時的に変 化傾向にあることを確認した。 5) なお確認のために「コスパ」だけでなく「コスト・パフォー マンス」という言葉を含めたデータ収集も事前に試みた。 しかし「コストパフォーマンス」の相対的な検索量は一貫 して極めて低い水準(188 ヶ月間の平均相対スコア= 4.1)

(14)

を示すに留まっていたため,本研究の分析ではこれを除外 し,「所有」「借りる」「コスパ」に絞りデータ収集を行うこ とにした。

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図 4 は全世界における「value for money」という言葉 の検索量を,2004 年 1 月から 2019 年 8 月に渡って分析 したものである。この分析においても,季節性の影響を 相殺するために 12 ヶ月ごとの移動平均を計算した。し たがって図 4 のグラフも 2004 年 12 月(ラベルは 2005 年から)から始まっている。 一見して分かるように,15 年間にわたり「value for money」という言葉の検索量は増え続けている。この結 果からは,コスト・パフォーマンスを重視した合

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