メキシコシティー駐在員事務所 2013 年 1 月
メキシコ新政権発足 ~ペニャ・ニエト新大統領の政策見通し~
メキシコでは2012 年 12 月 1 日、7 月 1 日の大統領選挙で勝利した制度的革命党(PRI) のペニャ・ニエト氏が大統領に就任した。本稿では、ペニャ・ニエト新大統領及び閣僚を紹 介し、新政権の政治方針と、国内外から注目が集まる一連の構造改革等の実施の可能性につ き、分析を行った。 1. ペニャ・ニエト政権 (1) 大統領のプロフィールと主な公約 <プロフィール>エンリケ・ペニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto:(発音)エンリケ・ペニャ・ニエト 太字 下線部分にアクセント) 1966 年 7 月 20 日生まれ(45 歳)。メキシコ州アトラコムルコ市出身。パンアメリカン大学 法学部卒、モンテレイ工科大学(ITESM)MBA 取得。メキシコ州元知事 2 人を親族に持つ 政治家系の出身。1984 年 PRI 入党。メキシコ州政府行政庁長官(2000~2002 年)を経て、 メキシコ州議会議員(2003~2005 年)。メキシコ州知事(2005~2011 年)。メキシコ州知事 時代に、姉妹都市である埼玉県を往訪した経験があり、東日本大震災に際しては、多額の寄 付金を自ら在メキシコ日本大使館に届けるなど、アジアの中でも日本重視の姿勢を持つ。 <主な公約> ペニャ・ニエト大統領は、一連の選挙公約の中で、治安対策を優先事項とするほか、エネ ルギー改革、財政改革等の構造改革を通じて現行の経済成長率(2012 年見込み、3.5%1)に 1~1.5%の成長率の底上げを実現し、5~6%以上の経済成長の達成を約束している(選挙公 約一覧は別添参照)。このうち、最も注目されるのはPemex事業への民間資本の参入を柱とし たエネルギー改革で、大統領は、選挙期間中の4 月に米国を、当選確定後は欧米・南米諸国 を訪問し、Pemexへの事業投資への理解を求めた。 エネルギー改革の主なポイントは以下の通り。 ・ 石油(原油及び天然ガスを含む炭化水素資源)権益は引き続き国家の独占とすること (憲法第27 条の改正は行わない) ・ Petrobras をビジネスモデルとし、石油資源の開発・生産事業、製油事業、及び石油 化学部門の事業において民間資本を導入すること(ただしPemex の株式公開は行わ 1 大蔵省予測
ない)。 ・ Pemex の監督機関であるエネルギー規制委員会(CRE)及び国家炭化水素委員会 (CNH)の機能強化。 ・ Pemex の財務赤字問題を解決するため、Pemex を連邦予算から外すこと、また、過 度な納税負担を軽減し、企業として利益の最大化を追求することを可能にする(財政 改革で扱われる)。 ・ Pemex の年金問題の解決(Pemex 経営委員会と労働組合間での合意が必要)。 (2) 新政権の主要閣僚 ペニャ・ニエト大統領は、大統領就任前日の11 月 30 日に新政権の閣僚 22 名を発表した(男 性19 名、女性 3 名)2。報道等で予測されていた通り、新政権移行チームの主要メンバーから、 ビデガライ筆頭調整役、オソリオ政治対話調整役、ムリージョ選挙裁判調整役が内閣の重要 なポストを占めた。新閣僚は、①PRIの古参政治家(内務大臣、検察庁長官、エネルギー大臣、 Pemex総裁3、CFE総裁等)、②メキシコ州政府時代の側近をはじめとする大統領の直接の協 力者(大蔵大臣、経済大臣、通信運輸大臣等)、③PRI党員ではなく、経験及び能力による登 用(外務大臣、環境大臣等)に分類することができる。主な閣僚の経歴は以下の通り。 大蔵大臣:ルイス・ビデガライ(44 歳) ペニャ・ニエト大統領がメキシコ州知事時代に州政府財務長官を務めた。政権移行チー ムでは筆頭調整役を勤め、大統領が絶対的で最も強い信頼を寄せる側近と言われる4。メ キシコ工科自治大学(ITAM)卒、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得し たエコノミスト。 エネルギー大臣:ペドロ・ホアキン・コールドウェル(62 歳) エネルギー部門での経歴は少ないが、豊富な政治経験を持つ。25 歳でキンタナ・ロー州 議会議員、31 歳でキンタナ・ロー州知事(1981~1987 年)に選出され、その後、観光 大臣(1990~1993 年)、在キューバ・メキシコ大使(1998~2000 年)、上院議員(2006 ~2012 年)、PRI党首(2011~2012 年)。 Pemex総裁:エミリオ・ロソーヤ(38 歳) ハーバード大学の経済開発学修士で、中銀の外貨準備・為替投資部門(1999~2001 年)、 米州投資公社(IIC)ストラクチャード部門(2003~2005 年)で勤務、世界経済フォー ラム(WEF)ラテンアメリカ支部長(2005~2009 年)を務めたエコノミストで、財界 とのつながりが深い。Pemex改革の柱の一つである財務再建に尽力するとみられる。ま た、ロソーヤ氏の父親は、サリーナス元大統領(1988~1994)の側近で、同政権期にエ ネルギー大臣を務めたPRIの古参政治家。サリーナス元大統領は、ペニャ・ニエト大統領 の後ろ盾といわれており、ロソーヤ氏の父も新政権に影響力を持つ。 2 メキシコの内閣は、20 省と 5 つの政府系機関(Pemex、CFE を含む)で構成される。大統領就任後、ペンディングとなって いた3つの政府系機関総裁(社会保険庁(IMSS)、新公務員共済会(ISSSTE)、)国家水利委員会(Conagua)が任命された。 3 ロソーヤ氏自身は若いエコノミストだが、父親はサリーナス元大統領の側近でエネルギー大臣を務めたPRI の古参政治家で、 新政権では大きな影響力を持つと考えられることから、古参政治家に分類。 4 2012 年 4 月 30 日付レフォルマ紙
CFE総裁:フランシスコ・ロハス(68 歳) デラマドリ政権からサリーナス政権にかけてPemex総裁を務めた(1987~1994 年)。同 氏は、1960 年代にPRIに入党し、連邦議員等を経験した古参政治家。 経済大臣:イルデフォンソ・グアハルド(55 歳) 1994 年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)交渉でのメキシコ側の団長。元下院議 員(2000~2003、2009~2012)。経済大臣就任後、メキシコ企業の競争力向上を目的と した自由貿易政策の強化、民間企業に対する銀行融資の増加等の政策方針を打ち出して いる。メキシコ貿易企業協議会(Comce)をはじめとする財界や、米国のカーク通商代 表部(USTR)代表が同氏の就任を歓迎する声明を発表。 通信運輸大臣:ヘラルド・ルイス(63 歳) ペニャ・ニエト大統領がメキシコ州知事時代に、州政府の通信運輸長官を務めた。同任 期中、メキシコ州のビセンテナリオ高速道路の建設、大量旅客輸送エコバスの導入(3 経路)等の公共事業を実施。また、大蔵省、CFEでの職務経験を持つ。 環境大臣:フアン・ホセ・ゲーラ(60 歳) 閣僚のなかで唯一、PRIの連立政党である緑の党(PVEM)から起用された。同氏は、メ キシコ州トルーカ市出身で、チュアイフェット新教育大臣がメキシコ州知事時代に州政 府の経済発展長官を務めた(1994~1999 年)。また、ペニャ・ニエト大統領は、同氏が 経済発展長官時代に私設秘書を務めた。 外務大臣:ホセ・アントニオ・ミード(44 歳) カルデロン前政権の閣僚から唯一起用された。前政権では、大蔵省歳入次官、エネルギ ー大臣、大蔵大臣を歴任している。 (3) 議会との関係 大統領選挙と同日の7 月 1 日に行われた連邦議会の改選を受けて、9 月 1 日から開会とな った第63 回連邦議会では、与党制度的革命党(PRI)は、上院、下院ともに第 1 政党となっ たものの、いずれも絶対過半数は獲得できなかった。PRIと連立を組む緑の党(PVEM)を 加えた議席割合は、2009~2012 年期には下院で全議席数の 52.8%、上院で同 30.5%であっ たが、今回の改選によって下院では同48.2%、上院では同 47.7%と、連立政党の議席を合わ せても絶対過半数は獲得できていない(表 1)。このため、PRIにとっては、野党との合意形 成が、構造改革関連法案を可決させる上で絶対必要条件となっている5。 ペニャ・ニエト大統領は、最も注目の集まるエネルギー改革及び財政改革といった一連の 構造改革を、2013 年上半期に議会に提出、2013 年以内の可決を目指すとしている。なお、 PRI がイデオロギー的に最も近い国民行動党(PAN)と連立を組んだ場合、下院では全体の 71%、上院では全体の 77.4%を占めることとなり、一般法の改正だけでなく、議席数の 3 分 の 2 を必要とする憲法改正も可能となり、一連の構造改革の実現が現実味を帯びることとな る。 表 1 連邦議会改選前後の各党議席構成比較 5 一般法等の改正には全体の過半数の賛成票、憲法改正には同 3 分の 2 の賛成票を必要とする。
第62 回連邦議会(2009~12 年) 第 63 回連邦議会(2012~2015 年) 下院 上院 下院 上院 議席 数 得票 率 議席 数 得票 率 議席 数 得票 率 議席 数 得票 率 PRI 連立(PRI +緑の党) 264 52.8% 39 30.5% 241 48.2% 61 47.7% PAN 142 28.4% 52 40.6% 114 22.8% 38 29.7% 左派連合 (PRD+PT+ MC) 83 16.6% 36 28.1% 135 27.0% 28 21.9% その他 11 2.2% 1 0.8% 10 2.0% 1 0.8% (出典:連邦議会ホームページ6より作成) 2. 新政権の政策と構造改革 12 月 1 日午前 10 時、合衆国憲法第 87 条に基づき下院議会で大統領宣誓式を終えたペニャ・ ニエト大統領は、同日正午、場所を国立宮殿に移し所信表明演説を行った。大統領は演説で、 新政権の5 つの基本方針と 13 の具体的な初期政策を発表した。注目されていたエネルギー改 革と財政改革は、13 の具体的な初期政策の中には組み入れられなかったものの、大統領は準 備ができた段階で順次公表するとし、エネルギー改革及び財政改革の重要性を再度強調した。 (1) 新政権の 5 つの基本方針と 13 の具体的な初期政策 ペニャ・ニエト大統領は、新政権の 5 つの基本方針として、治安問題の解決、貧困の撲滅及 び経済格差の是正、教育水準の向上、経済成長、積極的な外交を掲げた。かかる 5 つの基本 方針に基づき、同大統領は政権発足当初に行う13 の具体的な初期政策を提示した(3 つは経 済政策、3 つは財政政策、3 つは治安政策、4 つは社会政策)。各政策の概要は以下のとおり。 <経済政策> 1. 通信運輸省(SCT)主導で作成中の国家インフラ計画(PNI)2012-2018 においては、 来年の早い段階で発表予定(カルデロン政権のPNI は、就任から 7 ヵ月後に発表)。か かる計画では、地方間の経済成長格差及び競争力の格差の是正を目的とした、道路、鉄 道、港湾等のインフラプロジェクトが列挙される。 2. 旅客鉄道網の整備 メキシコにおける旅客鉄道の復活を目的に、以下 6 つの旅客鉄道網の整備を優先プロ ジェクトとして進める。 1. メキシコ市=ケレタロ市間鉄道(2013 年内に建設開始) 2. メキシコ市=トルーカ市間鉄道 6 上院議会ホームページ(http://www.senado.gob.mx/)及び下院議会ホームページ(http://www.diputados.gob.mx/inicio.htm)
3. ユカタン半島鉄道(ユカタン州メリダ市=キンタナロー州カンクン市間) 4. モンテレイ市地下鉄 3 号線 5. メキシコ州チャルコ=ラ・パス間鉄道 6. グアダラハラ市路面電車網の拡張 3. 通信部門における競争力の向上 全ての国民が、安価で良質な固定電話、データ通信、テレビ、ラジオサービスを利用 できるよう、通信部門の競争力を向上させる。具体的には、数か月以内にテレビ局向 け周波コンセッション2 件の入札を実施する。 <財政政策> 4. 州政府債務問題対策 州政府の債務借入に上限を設けることを目的とした国家財政責任法改正案を年内に議 会に提出する。 5. 責任ある財政運営 12 月 15 日までに議会に提出する予定の 2013 年度予算案においては、3 年ぶりとなる 財政収支を均衡させた予算案を提案する7。 6. 財政の説明責任 連邦政府、州政府、自治体政府に対し、経常支出を削減し、公共事業、社会プログラ ム等への支出を増加させ、効率的かつ適切な予算支出を行わせるための財政支出規定 を大統領令にて発出する。 <治安政策> 7. 国家犯罪対策プログラムの策定 内務省、大蔵省、社会開発省、教育省、保健省が共同で、麻薬中毒撲滅等を含む一連 国家犯罪対策プログラムを策定し、2013 年度歳出予算案に組み込む。 8. 犯罪犠牲者一般法 連邦議会で既に可決されている新法「犯罪犠牲者一般法」の速やかな公布を目指し、 連邦裁判所にて論争となっている部分を削除した形で、官報への掲載を進める。 9. 刑法の一本化 国内に存在する33 の刑法及び刑事訴訟法の一本化(軍事関連の刑法を除く)を目的と した憲法改正案を議会に提出する。 <社会政策> 10. 飢餓撲滅計画 社会開発省の主導により、12 月 1 日から 60 日以内に飢餓撲滅計画を策定する。 11. 母子家庭への支援 7 メキシコでは、連邦財政責任法第 17 条に基づき単年度の財政収支均衡が義務付けられている(Pemex の投資を除く歳出と歳 入の均衡)。ただし、米リーマンショック、欧州危機の影響を受けて、2010 年度から 2012 年度までの連邦予算は、同法第 17 条 第2 項の「やむを得ない経済・社会状況に応じて一時的に赤字予算を組むことができる」を適用し、赤字予算となった。
社会開発省及び大蔵省の主導により、母子家庭の助成世帯主への生命保険の無料付保 により、世帯主の死亡時、子供の大学教育までを保障する。 12. 高齢者年金 社会開発省及び大蔵省の主導により、高齢者年金制度で年金支給対象年齢を現行の70 歳以上から65 歳以上に引き下げる。 13. 教育改革 憲法第 3 条及び教育一般法の改正案を議会に提出し、教員の世襲制度及び終身雇用制 度の廃止、教員評価制度の導入、国土地理統計院(INEGI)による教育基本データ(教 員数、学校数、学生数)の統計を実施する。 (2) パクト・ポル・メヒコ~新政権の 5 つの基本合意と 95 の具体的コミットメント~ また、ペニャ・ニエト大統領は就任翌日の12 月 2 日、主要三政党 PRI、PAN、PRD による 政治対話合意協定(パクト・ポル・メヒコ)に調印した。かかる協定は、三政党の異なるイ デオロギーや意見を尊重しつつ、国が必要とする改革を進めることを目的に、政治対話と交 渉を深めることに合意するもの。以下、5 つの基本合意、95 の具体的コミットメントが同協 定に盛り込まれた。 1. 憲法で保障された国民の権利と自由を尊重した社会づくり 高齢者年金制度の改正や貧困政策等の社会政策、教育改革、文化政策、人権保護、イン ディヘナ政策等を含む36 のコミットメント 2. 雇用創出と国際競争力向上のための経済成長 エネルギー改革、財政改革、開発銀行の役割強化、科学技術の奨励等を含む37 のコミ ットメント(詳細は2-①~⑪以下を参照) 3. 司法府の強化を伴った治安問題の解決 国家犯罪対策プログラムの策定、刑法の一本化等を含む8 つのコミットメント 4. 情報公開、財政の説明責任、汚職の撲滅 連邦情報公開委員会(IFAI)、国家汚職対策委員会の設立等を含む 5 つのコミットメン ト 5. 民主主義ガバナビリティを持った政治の実現 選挙改革、訴追免責権利の廃止等の政治改革等を含む9 つのコミットメント このうち、上記2.の経済成長については、公共投資及び民間投資を年間 GDP 比 25%以上 に引き上げ、5%以上の経済成長率を達成することを目標とし、下記 11 の経済分野で 37 の具 体的コミットメントが提示されている。 2-① 市場競争が形成する経済利益の拡大 01 公正取引委員会(CFC)の機能強化 02 市場競争の訴訟にかかる特別裁判所の設立 2-② 世界レベルの通信アクセスの保証
03 ブロードバンドの普及 04 連邦通信委員会(Cofetel)の機能強化 05 通信網の拡大 06 公共施設におけるインターネット利用の普及 07 ラジオ・テレビ産業における競争力の向上 08 通話・通信産業における競争力の向上 09 通話、通信、ラジオ放送、テレビ放送の 4 つを、一つの事業者が提供する サービス(quadruple play)の導入 2-③ 科学技術、イノベーションを通じた発展促進 10 GDP 比 1%の科学技術への投資 11 科学技術の優先開発項目の設定 12 研究者数及び特許数の増加 2-④ 持続可能な開発 13 温室効果ガスの削減 14 洪水対策インフラ整備 15 上下水道インフラ整備 16 灌漑対策向け海水淡水化プラントの建設 17 廃棄物処理の改善 2-⑤ エネルギー改革の実現 18 国家の石油資源に対する独占権益の持続 19 Pemex の収益性の向上 20 石油資源の開発・生産の倍増 21 石油精製、石油化学、炭化水素輸送部門事業における民間資本の参入 22 国家炭化水素委員会(CNH)の機能強化 23 Pemex の事業を通して国内のサプライヤーチェーンを強化する 24 Pemex の事業を通して気候変動プロジェクトを推進する 2-⑥ 鉱業生産の向上 25 鉱業開発にかかる新法の制定 2-⑦ 金融変革 26 開発銀行による融資の増加 27 民間銀行による融資の増加 2-⑧ 農業生産の向上 28 農産品の商品化プロセスの改善 29 小・中規模の農民に対する融資の促進 30 農業用水の利用等に対する環境補助金 2-⑨ 南部開発 31 南部開発のための国家戦略の策定 2-⑩ 責任ある財政運営
32 州政府債務問題解決を目的とした地方政府向け国家財政責任法の制定 2-⑪ 財政改革 33 連邦税の徴税システムの改善と納税者数の拡大 34 地方税の徴税システムの改善 35 効率的な歳出と財政の透明化 36 インフォーマルセクターの削減 37 非効率的な補助金の廃止 主要三党による政治対話合意協定では、左派の民主革命党(PRD)がエネルギー改革の実 現に向け政治対話を行う前向きな姿勢を示したことに一定の評価が集まった。しかし、PRD 党内の調整が不足した状態で、サンブラーノ党首が協定に調印したため、政治アナリストか らは、同協定の署名が早期改革をもたらす可能性は低いとの批判もある8。しかし、左派の重 鎮であるカルデナス元PRD元党首は、「この協定がPemexの民営化につながるようなエネルギ ー改革の実現について対話するコミットメントを含んでいることには賛成できないが、他の 分野における政治対話はメキシコの発展につながる」と評価している9。 3. まとめ メキシコでは2012 年 12 月 1 日、フォックス政権、カルデロン政権と 2 期 12 年間続いた 国民行動党(PAN)の政権から PRI への政権交代が、法に基づく手続きに則り、概ね平和的 に行われた。ペニャ・ニエト大統領は、メキシコ州知事時代から次期大統領と噂され、72 年 間の権威主義体制を築いたPRI の古参政治家とは一線を画すイメージ展開をしてきた。選挙 公約としては、エネルギー改革、財政改革をはじめとした一連の構造改革を実施し、6%以上 のGDP 成長率の達成を掲げている。新政権の閣僚の顔ぶれは、①PRI の古参政治家、②大統 領への直接の協力者(メキシコ州知事時代の側近、親族等)、③非PRI 党員でこれまでの高い 経験と能力によって採用された人物に分類される。 2012 年 7 月の連邦議会の改選により、下院及び上院共に議会で単独過半数すら有さない PRI にとって、各種構造改革法案可決のためには野党と連立を組むことが絶対必要条件とな っている。専門家によると、PRI はイデオロギー的に最も近い野党 PAN と連立を組む可能性 が最も高く、これが実現すれば連邦議会の3 分の 2 の議席数を獲得することになるため憲法 改正も現実的となる。新政権は、最重要改革の一つと位置づけるエネルギー改革の推進にあ たり、エネルギー大臣、Pemex 総裁、CFE 総裁には、政治交渉力を持った PRI の古参政治 家を起用した。財政改革については、大統領の側近で最も信頼を得ているビデガライ大蔵大 臣がその推進にあたる。 ペニャ・ニエト大統領に対する支持率と期待は高い。最新の世論調査では、大統領に対す る印象はポジティブであり、構造改革の必要性に対する国民の理解度も全体の 8 割と非常に 高い。さらに、経済発展及び政治的安定に関する新政権への期待度も、カルデロン政権発足 時より高い。特に、エネルギー改革については、これまでタブー視されてきたが、世論や連 8 2012 年 12 月 3 日付けレフォルマ紙、エル・フィナンシエロ紙。 9 2012 年 12 月 5 日付ミレニオ紙。
邦議会からも同改革に対する理解が示されるとともに、主要三党による政治対話協定の締結 によって、改革実施に対する機運は高まっている。 ペニャ・ニエト大統領は、カルデロン前政権が残した良好なマクロ経済環境を活用し、更 なる発展を目的とした一連の構造改革実施に向け、各方面から支持を得て良いスタートを切 った。今後の進捗に注目と期待が集まる。 以 上
別添 ペニャ・ニエト大統領の選挙公約 エネルギー政策 一般 Pemex 改革 ・Pemex 事業への民間資本の参入 ・納税負担を軽減するための税制改革 ・コーポレートガバナンスの改善 ・財務情報の透明化 ・PPP プロジェクトの増加 CFE 改革 ・余剰発電能力を削減 ・再生可能エネルギー発電の増加 ・天然ガスをエネルギーとする発電の増加 ・自家発電、コジェネ、省エネの奨励 民間資本の参 入 Pemexに大規模な投資と技術を導入するため、国家の石油資源に係 る権益を定めた憲法を改正をすることなく、Pemexに国内外の民間企 業の資本を取り込むことが必要。 深海油田開発 ・深海油田開発には大規模な投資を必要とするため、PPP スキーム、 あるいはインセンティブ契約を通じた民間資本の導入が必要。 ガソリン輸入 ・ガソリンの輸入については、コスト、タイミング、国家のエネルギー保 障という 3 つの観点から、輸入の是非にかかるイデオロギー的な議論 をしていてはいけない。 ・米国における製油所の取得あるいは提携を通じて、エネルギー保障 を確保しつつ、国内の製油所の建設の是非について検討するべき 1. エネルギー 燃料盗難問題 ・パイプラインの燃料盗難及び盗電問題の解決は、Pemex と CFE に近 代的な技術を導入すること、管理部門を近代化することによって達成 できる 2. 財政 歳出と投資計画 経済成長を目的としたインフラ計画に基づき投資を実行する ・グアダラハラ市近郊鉄道(コミットサイン済み) ・チアパスの農業団地(コミットサイン済み) ・観光奨励のための道路、空港、港湾インフラ ・原油開発・生産のためのインフラ
税制改革の可 能性 下記 5 つの柱で実行する 1.納税者数の拡大 2.税制の簡素化 3.税控除や優遇措置を最大限廃止 4.透明性を持った責任のある財政運営 5.現行の税の見直し(固定資産税の値上げを検討、付加価値税(IVA) の対象拡大を検討) 中銀の役割 ・憲法に制定されている中銀の独立性を尊重する。 ・中銀の主な役割は金融政策であり、特にインフレ率は 3%近くの安 定した数字を保っている。中銀は、積極的な金融政策によって経済成 長に貢献すべきという声もあるが、経済成長には金融政策よりも、政府 の公共工事等の公共政策のほうが有効であると考える 3. 経済 ・自由主義経済に基づく競争力の向上は、メキシコの最重要課題の一 つ。 ・特に通信分野、食品分野での企業競争が足りない(複数のテレビ局 の新規参入を許可)。 ・独占禁止のための監督機関(公正取引委員会(CFC))の独立性と 効率性を向上させる ・自由主義経済では、必然的に貧富の差が生まれるが、この対策とし て、貧困層に対する補助金や価格統制の導入は長期的には非効率 的で役に立たない 4. 雇用 雇用創出のための 10 の方策 1.マクロ経済の安定 2.経済競争力の向上 3.エネルギー部門への民間資本の参入 4.ヒューマンキャピタルへの投資(生産性とイノベーションの向上、付 加価値品の開発、科学技術への投資) 5.銀行による中小企業を中心とした民間企業向け融資の増加(開発 銀行の機能強化) 6.インフラ投資の増加 7.インフォーマル経済の削減(正規雇用の増加、魅力的な社会保障) 8.輸出の強化(中国とインドへの対抗) 9.農業生産の増加 10.財政改革
5. 治安 「犯罪削減のための国家戦略」を提案する ・現在治安対策にあたっている陸軍、海軍の撤退(治安が深刻に悪い 一部地域を除く) ・警察組織の強化 ・マネーロンダリング対策 ・麻薬の合法化は、治安問題の解決策ではない 6. 汚職 「国家汚職対策委員会」を創設する ・連邦政府、州政府、自治体政府全ての財政を監査する ・大統領及び政府高官の資産公開 ・公共事業入札の監視 7. 貧困 食糧不足の国民をゼロにする ・経済成長と雇用創出が必要 ・原住民及び飢餓状態にある貧困層には補助金を付与 ・「包括的社会保障システム」を新設し、国民に社会保険、年金、失業 保険を提供する。かかる制度に現行の貧困対策プログラム(Oportun idades)を含める 8. 医療・保険 「包括的社会保障システム」の新設 ・医療保険、失業保険、年金の 3 つのサービスを、全ての国民に提供 ・現行の社会保険システム(社会保険庁(IMSS)及び公務員共済会 (ISSSTE))には改革が必要 9. 農業 農業生産の増加は国家の優先課題の一つ ・農業への投資を増加 ・農業技術の向上(農業機械の導入、効率的な農業用水の利用、温 室栽培の奨励等) ・農業補助金は、必要性があり正当化できる分野にのみ導入 10. 教育 教育改善のための 10 の方策 1.義務教育(小中学校)の時間割拡大(8 時間制) 2.学校施設の改善 3.高等学校への就学率の増加 4.原住民向け奨学金制度の拡充 5.大学進学率の増加 6.一般奨学金制度の拡充 7.図書館等の情報施設の拡充 8.文房具等の無償配布 9.インターネットの普及(小学校 5 年生及び 6 年生にラップトップを支 給) 10.教育施設における事故にかかる傷害保険の普及
11. 司法 司法制度改革が必要 ・2008 年の司法改革により裁判方法は記述から弁論裁判へ変更とな ったが、実際のプラクティスでの徹底が必要 ・刑務所改革(刑務所の囚人脱走が問題となっている。刑務所の機能 強化のため、刑務所経営に民間資本の参入を許すべき) 12. ガバナビリ ティ(政府の統治 能力) ・法治国家として、憲法をはじめとする各種法令の遵守が第一 ・社会の声を聞くため、国民投票やオンブズマン制度等、市民の異議 申し立てを聞き入れる制度を導入 ・不逮捕特権により罪を逃れることのないよう、改正が必要 ・効率的な議会運営を実施(比例代表選出による連邦議会議員(下院 100 議席、上院 36 議席)の選出制度を廃止し、小選挙区選出に一本 化)