境界融合と関係編集-香川大学学術情報リポジトリ

36 

Loading.... (view fulltext now)

Loading....

Loading....

Loading....

Loading....

全文

(1)

−ノー

境界融合と関係編集

原 田

保 Ⅰ あいまいな時代 ⅠⅠ境界融合から無境界へ 川〔こシュア経営の組織融合 ⅠⅤ 結合原理の未来展望 Ⅰ さて,時代はいよいよ新世紀を迎えようとしているが,わが国経済社会にお いては未だに混沌のきわみにあるといわざるをえない。このような状況を突破 するためには,従来の方法論とはまったく異なるアプローチが不可欠になって いる。そこで,本稿においては状況突破のいわばトリガーとして組織戦略を位 置づけ,その上でパラダイムスイッチの提言を行うことにした。すなわち,具 体的には境界融合を進化させることで,いわば無境界下のネットワーク構築, そしてその効果的なエンジニアリングについて,それぞれ組織論的な観点から 考察を加えてみる。 今,スタン・デイビスによればブラー(Blur::あいまいな)の時代であり, 従来の規範がまったく通用しない状況が現出している。すなわち,インターネッ トの到来がもたらしたスピード,コネクション,無形物,に象徴される新たな 生酒と仕事の場が現出することになった。このブラーの世界では,すべての境 界が喪失する光景が普通になり,あらゆる場面で対照的なものの関係があいま いになる。 例えば,そこにおいては,買手が売り,売手が買う,そして整然たるバリュー チェーンが乱雑な経済の網になっている。また,構造とプロセス,所有と使用,

(2)

】「才一−−− 香川大学経済学部 研究年報 39 J999 知識と学習,リアルとバーチャルの差異はもはや明確でなくなる。さらには, 従業員と雇用主の区別や資本におけるストックとフローの区別さえも消滅して しまった。したがって,このような現象に象徴されるブラーの時代には,ビジ ネス,企業,個人をブラー化していくことが不可欠である。そして,このよう なコンテキストのなかで,今後の組織戦略を考えることが大切になる。 さて,組織のアイデンティティはブラ一によって弱いものとなり,企業より は,それより小さな個人や,それより大きな連合体や地域の重要性が増大して

くる。こうなると,またリアルタイムの組織さえも現実性をみせてくる。これ

らから理解できることは,組織戦略の核心は適応力であるということである。 この適応力のある組織は,まさに機械などではなく生命体なのである。それは, 機械装置のような組織においては,ブラーの時代へ適応することが不可能だか らである。 ブラーの時代においては,欲求はあまりに速く変化し,計画,生産,収益と いうサイクルでは最後まで機能することで利益をあげることができない。すな わち,それは製品が利益をうむ頃にはすでに新たな製品と交代しているからで ある。したがって,1つのことしかできない組織を作っていたのでは,企業は 時代遅れになり競争戦略に敗退してしまう。だからこそ,プチーの時代には効 率ではなく適応力が高い組織構造を構築することが期待される。 そこで,以上のような問題意識に立脚することで,次世代の組織戦略モデル について若干の考察を行ってみる。それは,いわばブラーの時代にふさわしい 組織戦略であり,適応力に秀でた組織構築を志向するものである。そのため, 著者においてはまさに境界融合時代の組織戦略として関係編集という考え方を 提示することにした。このことは,じつは組織戦略をある特定の場におけるマ ネジメントツールとして捉える考え方からの脱却を意味している。 すなわち,これは組織とは果てしない無限の開放空間における無限大の関係 のテンポラリーは有機的関係であり,これを編集するパワーすなわちエンジニ アリングカこそが組織戦略の成否を決める戦略的要素になるという考え方であ る。そこで以下において,このような考え方に基づきながら境界融合と関係編 集についての考察を深めることにする。それは具体的には,第1は境界融合か

(3)

境界融合と関係編集 図表−1 境界融合と関係編集の基本構図 ー」ヲ」− ら無境界へ,第2はシェア経営時代の組織結合についての概括的な考察である (図表−1)。 ⅠⅠ さて,今や時代はまさに新世紀の気分のまっただなかにあり,きたる21世紀 が従来から引き継いできた暗い,そして重い閉塞観を払拭する契機としておお いに期待されている。しかし,そのためには21世紀にふさわしいパラダイムの 確立が不可欠であり,企業経営においても新世紀モデルの構築が強く望まれて

(4)

香川大学経済学部 研究年報 39 一4− J999 いる。 昨今では,経営戦略の領域においても,じつに多様なナロジーに基づいた多 くの戦略潮流が散見されるような状況にある。このような状況は,組織戦略に おいてもまったく同様であると考えることができる。そこで以下において,次 世代にふさわしい組織戦略モデルの構築を可能にすると考えられる何点かのア ナロジーについての考察を行ってみる。 ここでは,とくに従来の価値観を大きく突破することを可能にする,そして 企業経営に明るい未来をもたらすと思われる概念を取りあげ,その組織戦略へ の活用を検討することにした。このような観点に立脚して,以下において,第 1にケン・ウイルバーのいう内と外の統合,第2にフリチョフ・カプラの対立 世界の超越,第3に埋趣経にみる妙適清浄,第4にC.Gユングの説く結合の神 秘,についてそれぞれ若干の考察を行ってみる。 1.内と外の統合 近年の急速なデジタル化の流れが,企業活動のみならず社会経済のあらゆる 局面において,既存のあらゆる境界の喪失を現出させている。すなわち,かつ てわれわれが自明のこととして了解していた内部と外部の区別が意味をもたな くなってきている。これが,じつは境界融合化現象であり,これによって,わ れわれ人間社会において新たなシステムや組織の構築の可能性がうまれてき た。 そこで,ここにおいては,経済社会の境界融合を捉えた組織概念をいわば1 つの前提与見として,この境界融合の行きつく到達点の概念である無境界につ いての考察を深めることにする。ここで,無境界という概念を持ちだした最大 の狙いは,まさに境界融合というように内部と外部の存在を前提とするような 組織概念から,内部と外部という区別をまったく前提としない組織概念への転 換を行うことを狙っているからである。この無境界組織においては,いわば内 であって外であり,そして外であって内であるという,まさに完全な境界の喪 失をみいだすことができる。 この無境界とは,じつはトランスパ・−ソナル心理学の大家の−・人であるケ

(5)

境界融合と関係編集 −5− ン・ウイルバーが新しいセラピー理論として提示した自己成長の概念なのであ る。なお,この概念における最も大事な点は,じつは従来からの部分に分割し て他者と主体と区別していくことで現出することになった多様な疎外から,わ れわれ人間を完全に解放させようとしていることである。それはすなわち,例 えば主体対客体,生対死,心対身体,内対外,理性対本能のような,人工的な 区別による争いからの完全な脱却を狙うことである。 そこで,このような闘いに対して,葛藤,不安,苦しみ,苦悩を消滅させて くれる概念として無境界が意味をもつと考えることができる。そして,そのた めには,われわれの意識を限定させる境界や限界を統合すること,言い換えれ ば,多様なスペクトルの統合が不可欠になっている。これによって,個人や組 織のアイデンティティの確立が可能になり,組織戦略を単なる競争−L辺倒だけ の戦略概念とは異なる次元において確立することができる。 それでは,以下において無境界の理解を深めるために,この無境界にみる領 域概念について若干の考察を行ってみる。じつは,われわれを取り巻く諸境界 についてはけっしてリアルな存在なのではなく,リアルな地図を制作し編集す るわれわれのやり方から生まれる1つの産物であり,またある種の幻想である ということができる。ところが,すべての境界においては政治と技術の力が備 わっているため,自然に対する境界づくりがまさに技術の力による自然支配の はじまりを示すことになった。 したがって,もしもあらゆる境界が技術と政治の力を持っているとするなら ば,このことはまさに同時に疎外と分断と葛藤をもあわせ持っていることを意 味している。それは,もしも何かを支配するために1つの境界を確立してしま うと,同時に自らが支配しようとするものから自分自身を切り離し疎外してし まう。 昨今,このような境界を基軸にした西欧的な発想と異なるものとして,いわ ゆる東洋的な発想がおおいに注目されている。それは,もしも東洋の古い知恵 にしたがうならば,リアリティとはじつは無境界になることなのである。この 東洋の知においてはあらゆる種類の境界は宇宙の縫い目のない衣からの単なる 抽象であり,あらゆる境界は本来何もないところに分離と争いをつくるという

(6)

−6− 香川大学経済学部 研究年報 39 図表−2 無境界の基本概念 J999 意味においては幻想であるという捉え方が行われている。そして,結論として は,対立の間の境界と物事の境界は究極的にはまやかしであるという考え方へ と行きついていく。 したがって,東洋の知においては,誰もが絶えず自らの生活,自らの体験, 自らのリアリティを制限しようとすることからの完全な解放を可能にしてい る。そして,このリアリティこそが無境界であることを明らかにすることは, じつは同時に,すべての争いが幻想であることを明らかにすることを意味して いる。こうした究極の理解こそが,まさにニルバーナ,解放,覚醒,悟り,と よばれるようないわば対からの解放,分離という魅惑的なビジョンからの解放,

(7)

境界融合と関係編集 −7− 幻想の境界の鎖からの完全な解放を意味している。 そうなると,もっとも大切なことはわれわれの無境界に対する自覚の持ち方 ということになる。すなわち,このことは無境界の真の世界の発見とはじつは 統一・意識であると理解することを意味している。すなわち,あらゆる意味でリ アリティとは無境界の自覚であり,それがすなわち真の自己であるということ である。この真の自己とは,言い換えれば,主体と客体,見る人と見られる人, 体験者と体験されるもの,が単鵬・の連続対を形成するといういわば絶えること のない無境界の自覚を意味している。このように,以上述べてきた無境界とは, まさに内側と外側,主体と客体,みる人とみられる人,が1つであることに気 づく自発的に自然な状態であることを意味している(図表一2)。 2.対立世界の超越 さて,昨今では多くの人が西洋の発想のもつ限界については言及しているの だが,ここでは前述の無境界概念との関係を考慮して,とくにフリチョフ・カ プラによる東洋の発想に立脚した対立世界からの超越という考え方について若 干の考察を加えてみる。それは,著者がこの対立概念からの脱却を行うことに より,組織と組織の関係形態のあるべき方向が確認できると確信しているから である。 このカプラによれば,東洋思想に特徴的な考え方として,あらゆものごとを 基本的な合一一性のあらわれとして体験することがあげられている。これについ ては,それなりにものごとの特質を認めつつも,すべてを包含する統合体のな かで差異はすべて相対的であることを自覚していることを示している。それは, ある種の神秘主義的なアプローチに支えられた考え方の1つでもある。 例えば,神秘主義的に捉えれば,あらゆる対立は相対的なものであり,これ らは両極的な関係にあることはよく知られている。すなわち,彼らは善と悪, 楽と苦,生と死,などが異なるカテゴリーに属する絶対的な体験ではなく,同 じ世界の2つの側面,つまり単剛世界の両極にすぎないことを悟っている。言 い換えれば,東洋の精神的伝統ではじつは対立とはすべて両極的なもの,すな わち統合であるという意識が人間の目指す最も崇高な方向の1つとみなされて

(8)

香川大学経済学部 研究年報 39 図表一3 タオの統合概念 J999 ーβ−−−−−

一l二 ‖

フリチョフ・カプラ著,吉富伸逸,中山連子訳『タオ自然学』より いる。 この考え方では,このような対立はすべで両義的であって,例えば明暗,勝 ち負け,善悪などは同一・現象の異なった側面にすぎないという考え方をとって いる。これは,対立しているものはすべて相互に依存しているから,その括抗 がどちらか−・方の全面的な勝利に終わることはけっしてないという考え方であ る。これは,まさにある種の調和の概念であるが,しかし,それはけっして静 的なものではなく,常に二極間の動的な相互作用なのである。 このような考え方を行う代表的なものとして,中国に古来ずっと伝わってい るタオ(道)をあげることができる。荘子によるならば,あれとこれとが相対 立しなくなるところにタオの神髄があり,そして車軸のごときその真義だけが 限りなき変化に対応する輪の中心なのである。なお,このタオによれば,両極 的な対立のダイナミックな統合については,以下のような著名ないわゆる簡単 な円運動とその投影の事例で示すことができる(図表−3)。 さて,1個のボールが円周上を動いていると想定し,この動きをスクリーン に投影すると,その動きは2つの極点間の振動にかわってしまう。すなわち, ボールは−・定の速さで円周上を動くが,投影上では端に近づくにつれて速度が おち,反転するとまた速度を増すものの,再度端部に近づいて速度がおちてし

まう。このような運動が,まさに限りなく繰り返されているわけである。この

ように,円運動はこの種の投影をほどこすと相対する2点間の振動となってし

(9)

境界融合と関係編集 ー.昇一− まうのだが,この円運動に関する限りでは対立概念は統合されて超越されてい ると考えられる。 また,タントラ仏教1)によれば,男女の対極性がしばしば性的なシンボルを 使って示されている。直感的な知恵は人間性の受動的,女性的特質,愛と慈悲 は,能動的,男性的特質とみなされており,悟りによる両者の統合は,男,女 両性の恍惚とした性的な抱擁に表現されている。すなわち,これにおいては男 女両性の真の結合とは,思想や言語の領域が超越され対立するものすべてがダ イナミックな統合が行える高い意識レベルでのみ体験できる。 それでは,対立概念を超越するには・−・体どのように考えればよいのか。それ には,物理学者や神秘主義者の考え方が有効であるように思われるし,じつは これらはきわめて似ているともいえる。すなわち,ラマ・ゴビンによれば,東 洋の思考方法では,前述したようにその対極の中心を輪を描いて回るものであ る。すなわち,それは多様な視点からみた単一Lの印象を重ねていき,多角的, つまり多次元の印象が形成されると考えられる。そこで以下において,対立概 念の超越を考えるにあたり,原子物理学の粒子と波の空間的,時間的パターン にみるハイゼルベルグの提唱した不確実性について考察を行ってみる。 さて,このハイゼルベルグの概念をよりよく理解するために提出されたのが, N..ボーアの相補性という概念なのである。そこで,これによると粒子と波は同 一・のリアリティを相補的に描写するものであり,いずれも部分的には正しいが その適用には限界があると考えたわけである。すなわち,それは,原子の世界 をあまねく記述するには両方とも必要であるが,しかしどちらも不確定原理に 基づいた限界範囲内で適用されなければならないからである。 ボーアによれば,この相補性の概念と中国思想との類似性を主張している。 すなわち,対立概念はたがいに対極的なあるいは相補的な関係にあるという古 1)タントラ仏教:タントラ(Tantra)と総称される文献にみられるような性的儀礼など を行う秘密の教えであり,これは5世紀以降に成立,発達し,9∼12世紀が最盛期であっ た。タントラ仏教は,主体の否定による解脱は死体に等しいものにすぎないとして,行為 し欲望する主体の価値が保たれるような解脱を構想する。そして,それが人格の一部であ るとすることによって,輪廻に拘束されないような能動的な主体を回復しようとする。

(10)

J999 香川大学経済学部 研究年報 39 −ノ(」 代中国思想のなかで,相補性の概念は根本的な役割を演じていた。すなわち, 中国の賢者はこの対立概念の相補性を陰と陽であらわし,この2つのダイナ ミックな相互作用をあらゆる自然現象やあらゆる人間活動の本質とみなしたの である。 3.妙適清浄の旬 さて,昨今では多大な注目を浴びているインドを源流にした密教の経典の1 つに理趣経2)がある。これは,わが国の密教の歴史においてもおおいなる影響を 与えてきたが,じつはこれは長い間ずっと真言宗においては秘伝にされてきた ため,その有効性については十分な理解が行われていなかった。この経典は, 巷間にはいわゆるセックス経典といわれるものなのだが,その意味するところ は,ある種の現代社会の規範としても,また組織戦略のアナロジ・−としても, ポジティプな説得力を持っていると考えられる。 この理趣経では,セックスの本質はバイタリティであると規定しており,こ のセックスのもつ生命力を積極的にいかすことで人類に奉仕する立場にふり向 けようとしている。すなわち,この宗教と科学と呪術を統合した教義ともいえ る理趣経によれば,まさに無我の境地に立つ時に欲望は浄化されて清浄になる わけである。そこで,この教えをポジティブに捉えるべく,最も著名な理趣経 の教えの一つである妙適清浄の句について若干の考察を加えてみる。 松長有慶によれば,まさに・一切法の清浄の句にこそ理趣経の教えが凝縮して おり,とくにいわゆる妙適清浄の句,すなわち男女合体の喜びは清浄であると いうことに,その眼目がみいだせることになる。この妙適とは,じつはサンス クリット語のスラタで,本来では大きな楽しみという意味なのである。このス ラタが,じつは男女合体の喜びすなわち性交の快感をあらわしている。もちろ ん,理遜経における性の表現は比喩と考えるべきもので,実際は自分と他人を 2)理趣教:固有の単独経典ではなく,−・群の文献の俗称である。般若経と密教経典の両方 の性格を持ち,仏教としては否定的な性的快楽を楷極的に認める,いわば現世肯定的な思 想の一面を持っている。日本においては,真言宗の常用経典になっている。なお,理趣と は指導的な思想とか原理の意味である。

(11)

境界融合と関係編集 図表一4 理趣経の統合概念 −Jノー わけへだてなく無二とみる同体観を,男女合体の名をもってあらわしたと考え ることが適切な理解である。 これこそが,かの無縁の大悲というものであり,他人を慈しみ助けようとす る大慈悲にはかけ引きがあってはいけない,またお返しを求めてはいけない, という意味なのである。ここでは,まさに自他平等で自分と他人の区別がなく, いつも自分だけが利益を得ようとする心はまったくないわけである。 したがって,「妙適清浄の句,是れ菩薩の位なり」とは,このように自と他の 対立がなくまったく一・味平等になっている,いわば自他無二平等ということを 意味している。したがって,理趣経を単なるセックス礼賛とみるのではなく, 自分も他人も大自然もー・体化していて,本来的には1つなのだという考え方が 清浄であると捉えることが正しい認識である(図表−4)。 なお,このような概念規定に続いて,理趣経にはじつに多くの独特の清浄観 が述べられている。これには,例えば,欲も清浄である,飾りたてることも清 浄である,五感の対象となるものも清浄である,悟りの世界も清浄である,な どという清浄観が述べられている。これらから読み取れることは,理趣経にお いては,世のなかの倫理,道徳の次元を超えたもっとすばらしい境涯が存在す

(12)

J−9.99 香川大学経済学部 研究年報 39 −7二し− るということである。すなわち,ここにおいてはまったく自分をなくしてしまっ て全体のなかで自分をいかし,全体を自分のなかにいかす境地が最高のもので あるという考え方が強調されている。 これらのことから理解できることは,じつは理趣経が説くことは自分と大日 如来3)とが1つになることである。これは,すなわちあれが善いかこっちが悪い かというような分別を否定することを意味している。言い換えれば,理趣経に おいては,断固として小さな倫理や理屈を捨てさることが推奨されていると考 えるべきである。 真鍋俊照によれば,この理趣経の教えを意識的に歪めてセックス面を強調し た宗派として,長い間ずっと邪教といわれてきた立川真言流がある。すなわち, 理知不二;)金胎不ニ5)という密教教義の根本を,これでは男女二根交会(性的行 為)であると結論づけている。言い換えれば,これらの男女の性的行為そのも のを通して,不二貫合6)すなわち煩悩即菩提を説明している。そしてさらに,こ れらの境地こそが,最終的には即身成仏の境地と同様であると説くのである。 ところが,この不二冥合が行為のなかで男女二根交会と結びついたところに, 立川流がまさに邪教とみなされた根拠がみいだせる。 さて,この立川流においては,実際に男女の二根の性交とそこで得られる男 女の性液の秘儀について,その独自性を強調している。しかし大切なことは, この立川流においてさえも,まさに男女という肉体の交接を乗り越えたところ で,すなわち肉体というイメージをもっと大きく捉えるべく,まさに宇宙的生 3)大日如来:偉大な遍く照らすものの意味。摩阿見虚遮那と写音される。如来といい摩詞 は大,毘虚適那は日であるから,大日如来という。現今のわが国においては,普遍的な性 格を持っている仏といわれる。 4)理知不ニ:理知とは仏教用語で,真如と,これを悟る智慧をいう。不二とは,仏教用語 で異ならないこと,差別のないことを意味し,現象的に対立する2つのことが根底的には 一体であることを意味する。 5)金胎不ニ:金胎とは金剛界と胎蔵界を表している。金剛界は智を象徴し,胎蔵界は理を 象徴する。この金剛界と胎蔵界は異なっているようにみえて,根底では同じ真理,すなわ ち中道の桑理を表している。 6)不二冥合:不二とは,現象世界において相対立する二名としての事象や事物がその根 底においては相即しており,二ではく一であることを意味している。

(13)

境界融合と関係編集 −7、ト 命としての五大7)という元素に男性的なものと女性的なものを配置しなおして いることである。そして,立川流ではこの五大がじつは1つに融合しているこ とを説いている。このような,まさに肉体の交接による融合礼賛こそが,じつ は邪教立川流が強調する基本的なコンテヰストであった。 4.結合の神秘 晩年になると,かのユングはオカルト的側面を隠すことなくあらわすように なり,とくに錬金術については多くのことを語っている。そのなかで,ユング は錬金術の要諦とは「解きて結べ」であると喝破している。このことからも理 解できるように,錬金術師は自らの術の本質を,−・方で分離と溶解に,他方で は結合と凝固にみている。すなわち,錬金術師にとって重要なものは,−・方で は対立する傾向や勢力が相互に争っている発端状態であり,他力では分離敵対 する要素や性質を再び統一Lに引き戻しうる手順やいかにという問題であった。 その場合,発端状態,すなわちいわゆるカオスははじめから目の前にあるだ けではなく,プリマ・マテリア(第1質量)8)として探し求めてはじめてみいだ されるものであった。そして,オプス(錬金作業)9)の発端が自明でないのと同 様,その終局については自明ではなかった。 この終局状況の性質については,錬金術師たちは無数の思弁をくりひろげて おり,その多様さはそのまま終局状態の呼び名の多様さに反映されている。大 抵の錬金術師に共通している終局の理念とは,例えば,持続,男女両性具有, 霊性と肉体性との共存,人間性ないしは人間類似性と神性との共存などである。 ユングは,このような対立が,まさに心の領域で明らかに額似しているもの として,通常は不調和な素質に近い相いれない諸傾向が相互に衝突してひき起 7)五大:仏教用語で地・水・火・風・空の5つをいい,この世に存在するものに行きわたっ てそれらを生成し,それらのより所となりまたその本体となるものを意味する。 8)プリマ・マテリア(第】・質屋:):prima(イタリア語)で第一・のという意味。錬金術では 宇宙霊が閉じこめられているカオスを宇宙卵としてプリマ・マテリア,すなわち宇宙創造 の原物質とみなす。 9)オプス(ops):キリシア神話の豊餅の女神を意味する。(本文中では,錬金作業を意味し ている。)

(14)

香川大学経済学部 研究年報 39 図表−5 黄金論説の四要素 C j999 −JLJ一一 E C√Gユング著,池田紘一・『結合の神秘』より こされた人格の分裂であると述べている。ユングによれば,このような場合に 対立を抑圧するのは葛藤の引き延ばしと拡大であり,これは神経症をもたらし てしまうだけである。それゆえにこそ,心理療法においては対立するもの同士 を対決させ,そして対立の持続的な一・致を志向するわけである。 さて,ユングによれば,結合において結びつく諸要素は相互に敵意をもって 対略しているか,それとも愛情をもって引きあっている対立者や性質であると 考えられていた。それらはまずもって,例えば以下のような二元的対立者であ る。すなわち,湿一乾,冷一温,上なるもの−下なるもの,霊または魂一肉体, 天一地,火一水,明一暗,能動的なもの一受動的なもの,などである。 このような対立は,しばしば四要素一L組,すなわち交差する二組の対立とし てあらわれている。例えば,四大元素(地,水,火,気),四つの性質(湿,乾,

冷,温),あるいは四方位(東,西,南,北),四季(春,夏,秋,冬)などが

それであり,また十字架は四大元素をあらわす記号になっている。そしてじつ は,これらの四の−・への合成こそが錬金術を虜にしているものである。 この二重の四要素−・組,あるいは八要素叫・組は1つの全体性であり,同時に

(15)

境界融合と関係編集 −J5− 天井的でも地上的でも,霊的でも肉体的でもあって,すなわち無意識のなかに あるものを示している。それは,紛れもなくミクロコスモス,そして神秘的な アダム,すなわちいわば出生以前の状態にある男女両性をそなえた原人間10)の ことである。この状態の原人間は無意識と一体であり,海の深みともよばれて いる。これは,ヘルメス・トリスメギストスの黄金論説の欄外注釈によれば, 上型一下型,外側一内側という四要素−・組がみいだされる。これらは,じつは ペリカン11)という円環的作業によって−・なるものに結合されている(図表 −5)。

この図表において,B,C,D,Eは前述した四要素−L組の対立を,Aはそ

の対立の源または起源と同時に目標を,そしてF,Gは上なるものと下なるも のを意味している。また,これらの文字は柏寄って魔法の七とV)う秘密の数を はっきり表示している。中心にあるA,すなわち起源にして目標,そして大洋 あるいはおおいなる海であるAは,別の箇所では微少な円および仲介者とよば れており,それは敵対するものたち,ないしは元素たちのあいだに平和をもた らし,その結果それらは相集まって抱擁し相互に相愛しあっている。そのため, この小さな円については真のアルカヌム,すなわち1つの霊であるといえるの である。 5.無境界時代の組織戦略 以上の論述から,第1にケン・ウイルバーのいう内と外の統合,第2にフリ チョフ・カプラの対立世界の超越,第3に理趣経にみる妙適清浄の句,第4の ユングの説く結合の神秘,の4つには共通したイメージが底流に流れているこ とが理解できる。すなわち,これらはいずれも2項対立的な分断発想に立脚し ているのではなく,まさに新たな次元を志向した統合を追求している。 第1のケン・ウイルバーにおいては,内と外との区別を前提としないことが 10)原人間:出生以前の状態にある男女両性を備えたものをいう。 11)ペリカン(pelican):結合の神秘の本文中ではpelecanusで円環的作業となっている。 ペリカンに関する伝承は,親ののど袋に首を突っ込むヒナの姿に由来する。自己犠牲の寓 意としてキリスト教的孝行心のあるペリカンとして,母性愛象徴として据えられている。

(16)

J999 香川大学経済学部 研究年報 39 −J6− 強調されていた。これでは,ある特定のみ方を行えば内であって,しかし異な るみ方を行えば外であるというようなことを理解するための概念の提示が行わ れている。このことは,まさに内と外が一体になった空間概念から組織を捉え ることの重要性を提起させてくれる。そして,このような概念こそが無境界で あり,これこそがまさに境界融合の究極的な概念であると規定できる。 第2のフリチョフ・カプラにおいては,あらゆる対立がじつは両義的なもの であることが述べられていた。これは,すべての対立は相対的なものであり, 両者にみるいわば両極性の高まりに向けたスパイラルな進化がダイナミックな 相互作用をうむことを示している。これによれば,すべての対立は両極的なも のであり,すなわち統合であるということになる。 第3の埋趣経においては,あらゆる−L体化による倫理や道徳を超えたすばら しい境涯について語られていた。特に,全体のなかに自分をいかすことができ るという,まさに一体感の重要性が強調されている。すなわち,理趣経の教え によれば,一体感による融合の実現がおおいに礼賛される。 第4のC.Gユングにおいては,相互に敵意をもって対立しているもの同士が 相互に結びついていることが主張されていた。すなわち,ユンゴにおいては, すべての二項対立的な概念は円環的作業によって−・なるものに結合されてい く。言い換えれば,これは,すべての分離敵対する要素や性質の再統合こそが, まさに錬金術的な手法によって実現できることを主張している。 このように,いずれも対立こそが統合に結びつく条件であり,そこには新た な価値が創造できることを示唆していることが読みとれる。すなわち,無境界 という新たな空間次元の現出によって,これを捉えた組織戦略における神秘的 ともいえるほどのニュ1−パラダイムを確立することが強く期待されている。す なわち,このことは,従来のある特定の器としての組織の存在を前提にした組 織観や管理の単位として組織を捉える考え方が時代遅れであることを示してい る。そこで,このような問題意識に立脚して,以下において無境界時代にふさ わしい組織戦略の概念について考察を加えてみる。

(17)

境界融合と関係編集 ー」7− ⅠⅠⅠ さて,前節において,無境界時代の組織戦略がきわめて大事であることを主 張したのだが,この無境界の時代の到来においては,これによって組織連結の 必要がなくなったと考えるのか,はたまた連結によって無境界が現出するもの なのか,がおおいに問題なのである。これについては,前者は無境界を現出す るパワーとしての組織連結,そして後者は連結組織が可能にするオペレーショ ン,という問題であると整理できる。しかし,実際の企業組織においては,こ れら双方の課題を同時にクリア・−することが必要とされている。 そこで,ここにおいては組織連結を構築するために不可欠なパワーパラダイ ムの提示と,これによってもたらされる連結組織の確立に向けたオペレーショ ン方法の提示を行ってみる(図表−6)。なお,ここにおいては,以下に提示す るパワーパラダイムの捷示とオペレーション方法の間に1対1の対応があると いう■仮説に基づいた論理構築を試みている。もちろん,実際の企業経営におい ては,このようなセットは多重的に,かつ複合的に組み合わされて運用されて いることも十分に承知している。 これはすなわち,第1のセットが解放力とシェアードマインド,第2のセッ トが結合力とシェアードカルチャー,第3のセットが創造力とシェアードトラ スト,第4のセットが醸成力とシェアードバリュー,というような仮説である。 なお,これらについては,第1のセットから,第2のセットへ,第3のセット へ,そして第4へというぐあいに,まさにスパイラル的に循環して発展してい くものと考えることもできる。そして,これによってこそ,きたる新世紀にふ さわしい組織戦略モデル,すなわちシェア経営の組織戦略を描くための基本的 な枠組みの設定が可能になる。 1.解放力とシェアードマインド 第1のセットについては,解放力とシェアードマインドにかかわるものであ る。これについては,組織連結のトリガーとしての解放力と組織運営のトリガー としてのシェア、−ドマインドの組み合わせによる戦略的なシナジ、−効果を発揮

(18)

l−J← 香川大学経済学部 研究年報 39 図表−6 シェアードマインドの構造 エ999 させる組織モデルである。そこで,このような組織モデルを構築すべく,とく に以下の3点について考察を深めてみる。すなわち,1点目はマインドネット ワーク,2点目は脱マネジメント組織,3点目はオープンアーキテクチャー戦 略,についての3点である(図表−6)。 さて,マイケル・シュレーグに依拠するならば,著者のいうところの解放力 とはテクノロジーによって推進され,そして結果的に人間の間にマインドネッ トワークを形成するパワーであると規定できる。したがって,そこではマイン ドネットワークをもっとも効果的に組織化するアーキテクチャ・−が期待されて いる。また,過去を振り返ってみれば,優れたテクノロジーは人類の経験を一・

(19)

境界融合と関係編集 −J≦L− 変させてきたことが理解できる。言い換えれば,このようなまさに過去の経験 から完全に脱却するパワーこそが解放力なのである。

例えば,時計が時間に対する社会的な認識をかえ,テレビが娯楽の形態を−

変させたように,協創のためのテクノロジーが個人の経験や将来の展望を−・変 させてしまう可能性は多大である。この協創において大切なことは,コラボレー ションテクノロジーを利用することで,われわれのもっとも重要な人間関係を いわばプリズムとして捉えられることである。 リチャード・コツチとイアン・ゴッテンによれば,今後においてもっとも期 待できる1つの組織モデルとして,ポストマネジメント企業という概念が提言 されている。これは,企業においては一部のマネジメント機能は残るものの, それでも経営管理者はほとんど不要になることを示している。したがって,マ ネジメントのカテゴリーには,通常では3種類,すなわち高価値,低価値,マ イナス価値,の3種類あるのだが次第に高価値マネジメント以外は廃する方が よいことになる。 また,コツチとゴッテンによれば,マネジメントを不要にするパワーとして は,顧客パワ・−,情報パワ、−,投資家パワー,グローバルパワー,簡素化パワー, リーダーパワー,の6つが考えられる。しかし,このなかでは,マインドシェ アとの関係においてリーダーパワーが最も重要な役割をもっている。 このリーダーパワーとは,いわゆるマネジメントのインフラストラクチャ、− を必要とすることなしに大企業を経営し,そして効果的なコントロールを実現 できるパワーのことである。これは,じつはトップ経営者のパワーをダイレク トにロワーマネジメントにまで影響を与えることを可能にしている。すなわち, 今後の経営者に不可欠な資質とは,だんじてかつてのような階層を利用したパ ワ、−の発揮能力ではない。彼らは,カリスマ性,状況に応じた個人としての統 合性,価値観に基づく文化と教宣,自らの産業にかかわる深い知識,コンピュー タを活用したコントロール,予測を超えたユニ・−クな発想,というような5つ の能力を駆使する経営者である。 これは,言い換えれば,彼らがエンパワーメントを強く志向することで開放 的なマネジメントを行って,そして,マインド結合を進化させるべくマインド

(20)

香川大学経済学部 研究年報 39 −20鰍 J.999 シェアのネットワークを形成することが,おおいに期待されていることである。 例えば,新世代におけるリーダーは確かに民主的なイメ・−ジがあるが,実際に は,このような新しい形態の求心力によって組織を維持している。すなわち,

これらのリーダーに共通しているパワーは,単に暴力的なバイオレンスパ

ワー12)ではなく,人間を完全に掌握するサイコパワー13)なのである。これは, かつてはカリスマ的とよばれ,今ではグル的とよばれている人に顕現されてい る超常的なパワーである。 彼らは,同時の状況にフィットしよう,最適の人材を使用しよう,モデルに したがおう,価値観を尊重しよう,言行−・致の行動をとろう,というような吉 葉による統合を指向している。すなわち,彼らは企業文化をイデオロギーとコ ントロ、−ルのための武器として利用している。彼らは,企業を目覚めさせ改革 するために,ボスとしてのパワーや社会的な評判の最大限の利用を行っている。 彼らは,自分たちの影響力を末長く残すためには,企業文化を作りあげそし て作りかえることで,それを他社とは異なるそしてより強力でかつ独特なもの にしていく必要性を十分に理解している。また,彼らはマネジメントの階層を へるとあまりにも時間がかかりすぎることも十分理解している。さらに,彼ら は,これまでのマネジメントは役員会レベルであろうが中間レベルであろうが, 本来的には保守的であることもよく理解している。そこで彼らは,自らに求心 力を持たせる個人とのダイレクトな結合,すなわちマインドレベルでの完全な 掌握を狙うべく,原則的な領域においては彼らの規範からの逸脱についてはけ して許さない。 このような,いわば脱マネジメントによる一・種のマネジメントを行っていく ためには,−・方ではいわゆるオ、−プンなアーキテクチャーが不可欠になる。言 い換えれば,このことは,時代の要請であるオープン経営を行っていくには, 12)バイオレンスパワー:暴力的なパワ・−である。例えば,戦争で他国を支配したり暴力 的な押し付けで自分に有利になるように圧力を加えることで,自らの優位性を獲得する パワ・−のことである。 13)サイコパワー:超常的パワーである。これは,例えばカルト集団に典型的にみられる ような,まさに科学的説明を超えた次元で人間を内面から魅了し支配させる強力なパワ ーのことである。

(21)

境界融合と関係編集 一2ユー 情報による連結とマインドによる連結の両輪が,まさに組織に求心力を持たら せるものとして不可欠であることを意味している。そこで,ある意味において, マインドシェアを確実にするものとしては,ネットワークを核とした情報通信 システムを位置づけるような経営があげられる。 そこで,このような考え方に立脚して,昨今ネットワーク時代の協働モデル として提示された国領二郎のオ・−プンアーキテクチャー戦略を,著者が主張す るマインド結合に対する適用との関連を捉え.ながら若干の考察を行ってみる。 この国領のいう協働モデルについては,もちろんマインドシェアの最大化を 狙って提示されたものではなく,情報による付加価値の最大化を狙ったビジネ スシステムである。しかし,じつはこのモデルこそが,まさにマインド結合に よって自社のみならず,外部に対してまで多大な影響力を行使する武器である と思われる。すなわち,ここにおいてはネットワークはいわば神に通ずる1本 の糸のような強力な働きを行っている。 この国領の協働モデルにおいて注視すべきことは,彼のいう−・般的なモデル である利益創出モデルなのではなく,むしろ奉仕的なモデルというボランティ ア型のモデルなのである。すなわち,マインド結合による奉仕のネットワーク をいかに構築するかが大事な課題になってくる。これは,リナックスにみられ るように膨大なパワーが引き出せたことで,すでに証明ずみのことではある。 また,これは例えばマック(アップル)がいわば古い形態のデジタルな伝統宗 教的な組織結合であったのに対し,他方リナックスについては新興宗教的な組 織結合であると理解すべきである。 このリナックスにみられる奉仕的システムが魅力的である理由は,国領によ れば情報の結合による価値創造を狙うオープンアーキテクチャー戦略に合致し ているからである。もしも,−・般のモデルでは,すなわち情報そのものを販売 しようとするならば,必然的に情報の複製や共有を制限することが不可欠にな る。しかし,これではテクノロジーの威力を完全に削いでしまうことは明白で ある。 しかし,奉仕モデルにおいては,ネットワ▼−ク上の情報提供者に対して変動 費ゼロで世界中の人間が情報を共有するメカニズムを提供することが可能であ

(22)

−2㌻ 香川大学経済学部 研究年報 39 J999 る。すなわち,これは無償で拡大再生産ができるビジネスシステムが自動的に 確立できたことを示している。このように,オープンアーキテクチャ・−を奉仕 的なモデルとして構築し,そしてこれを利用したマインドシェアをまさにデジ タル宗教的に獲得していくことが期待される。 2.結合力とシェアードカルチャー 第2のセットについては,結合力とシェアードカルチャー(企業文化)にか かわるものである。さて,前項で述べたマインドシェアはいわばネットワ・−ク 志向で,リーダーとメンバーをすなわち個人間にマインドを連結することで組 織化を狙うものである。しかし,ここで述べるシェアードカルチャーについて は,むしろ場のもつ雰囲気,あるいはイメージのようなものを空間的に−・体感 を獲得すべく,まさにメンバー間すなわちN対Nの関係において自在に構築す る方法論である。 言い換えれば,前者のシェアードマインドがいわばネットワークの戦略であ るのに対して,後者のシェアードカルチャーについてはむしろ場の戦略である といえる。このような観点に立脚しながら,1点目はセンターレスコーポレー

ション,2点目はデマンドチェーンマネジメント,3点目はクロスバウング

リー,についてそれぞれ若干の考察を加えてみる。 そこで,まずシェア・−ドカルチャーの側面からブルース・ポスタナックとア ルバ、−ト・ビシオが提唱するセンタ・−レスコーポレーションについて考察を加 える。これは,本来いわゆるポスト持株会社の組織モデルとして提示されたも のだが,同時に事業空間という企業の壁を超えた場において共通の創造的文化 の構築を可能にする,いわば創発的な空間構築の方法であるとも考えられる。 そして,ここで強調されていることは,じつは企業内にも市場原理を導入す ることによるサービスの共有化をはかることなのである。なお,このサービス の共有化こそが,シェアードカルチャーを実現するにはもっとも効果的な方法 論である。この考え方は,言い換えればシェアードサ、−ビスによって組織的な 結合を実現しようとする方法論である。 さて,企業経営において数多くの特化したパーツを統合する必要性によって,

(23)

境界融合と関係編集 −2㌻− ビジネスはさらに複雑さを増大させている。これらのパーツには,企業内の異 なる事業部門だけでなく,サプライヤー,提携パートニトー,顧客,などとの外 部との関係も含まれている。企業内においても,製造技術,情報テクノロジー, マーケテイング,リサーチ,などの分野で次第に高度化へのニーズが高まって いる。 このような傾向のなかで,社内のサ、−ビス部門と事業部門もそれぞれますま す特化しつつあることは明白である。そこで,この2つを分離することにより, 特化によるメリットを増大させることが可能になる。だからこそ,シェアード サービスには多大な期待が寄せられてくる。なお,このモデルにおいては,社 内の事業部は共有サ、−ビス部門の顧客であるとして考えられている。そして, そのような考え方に立脚した上で,事業部とサ・−ビス部門の間ではそれぞれ独 立を保ちながら,例えば,コスト,品質,サービスのレベルについて相互に同 意する契約が結ばれている。 一・方のサービス部門においては,需要をマネジメントする費任がある。とこ ろで,競争力のあるコストや成果レベルは,外部マーケットとの比較によって 維持される。これによって,企業内に買手と売手の自然な緊張関係が生まれ, 付加価値をうまないような仕事は完全に排除される。また,他方のサービス部 門においては,例えば合弁企業やアウトソーシングなどを含めた社内外の経営 資源から,まさに広く魅力的な組み合わせによるサ1−ビスの提供を行っている。 なお,前者のサービス部門の進化については,昨今のテクノロジーの進化に よって,今や企業内のみならず提携企業間にまで広がりをみせている。この段 階になると,市場ベースでの価格設定が不可欠になるし,社内外のサ、−ビス提 供者のネットワーク形成も不可欠になる。そして,同時にサ㌧・・・・・ビスを掟供する 範囲は業界全体にまで拡大す−る。なお,先進的な企業については,このような 共有サービスの提供をすでに展開しはじめている。このようなことを行うこと によって,例えば,真に活気のある企業,価値を大きく育てる企業,統合され ても起業家精神にあふれる企業,大きくても小回りのきく企業,価値を大きく 育てる企業,などが実現する。 さて,カルテャ、−の共有は社外に向けて拡大の−・途にある。すなわち,昨今

(24)

J999 香川大学経済学部 研究年報 39 ーーユノ−− では,顧客にまで連結の環を広げていこうとするビジネスモデルがおおいに注 目を浴びつつある。これが,ロバート E.ウェイランドとポールM.コール の提言するカスタマーコネクションというデマンドチェーンマネジメントであ る。 さて,ウェイランドとコールのいうカスタマーコネクションにおける最終的 な目標とは,じつはすべてを統合することである。そして,このことは資源配 分と顧客価値を合致させることで実現できる。すなわち,ウェイランドとコー ルによれば,以下の4点のような課題解決への努力を行うことから顧客とのコ ネクションが実現できる。 第1に,資源配分が顧客関係性価値や顧客感応度と合致させるか,またはあ る価値レベルから他の価値レベルヘ資源を移せば,より高い収益を獲得するこ とができる。 第2に,高価値をもつ顧客のADR14)費用は競合他社と比較して同程度か,は たまた多いのか少ないかというようなことなどを考慮して企業のもつべき資源 配分をある程度かえることで,保有顧客数を十分に増大させることができる。 第3に,構成比率が低い,または離脱力が高い顧客など,自社の事業モデル にうまく適合していない顧客グループをみきわめることで,顧客とのコネク ションを強化することができ,結果的に利益を増大することができる。 第4に,製品自体のコストを大きく削減することによって,低位から中位の 価値をもつ顧客から収益を獲得できるし,また情報収集,調査,取引費用を大 幅に削減できるカスタマ1−コネクション技術の改善によって,高い経済性をも たらす代替的な事業モデルを開発できる。 したがって,このような対応を行うことで,すべてがコネクトされた事業が 確立することになる。しかし,このような事業を維持発展させていくためには コネクトの状況をいつも的確に把握していくことが大切である。そこで,その ためには,以下のような4点についての十分な注視が不可欠になる。 第1は,自社の顧客とくに最高の顧客が誰であるかを正確に把握する,そし 14)ADR(Acguisition,Development,Retention):顧客の獲得,開発,維持費のこと。

(25)

境界融合と関係編集 −25−−−− て,それらの顧客のために自社が何をしようとしているのかを明確に認識する ことである。すなわち,まずもって自社の顧客が誰であるかを認識することか らコネクションをスタートさせる。 第2は,情報を収集し分析することから,顧客ナレッジを追求し,活用する ことへと移行する。このことは,真に顧客を知ることであり,したがって顧客 に対する質的な観点への転換である。 第3は,従来のチャネルや境界に制限されることなく,多くの接点と場所で 顧客とコネクションしようと模索する。これは,単なる情報から知識へと顧客 とのコネクションベースを進化させることである。 第4は,顧客のために価借の創造を行い,そして株主のためにその価値のシェ アを獲得するための資源を配分するように規定し,そして注力することである。 このことは,可能な限り顧客とのコネクションが多くの接点や場所における顧 客対応から実現されることの重要性を意味している。 このように,コネクションが重視される経済がいわゆるコネクティツド経済 であり,ここでは,すべての人,組織,機器がコネクトされるようになってい る。このコネクティツド経済では,前述したようにすべてがあいまいなもの, すなわちブラ一になっている。例えば,売手と買手の区分があいまいになり, 交換自体が主体なり,顧客とのあいだでキャッシュのみならず,多様な情報や 知識などの価値の交換が行われていく。また,提供するサイドも,単なる製品 のみならず,情報提供や付随サービスの提供,ひいては顧客の価値創造プロセ スの一部を代替する役割,にまで発展をとげている。 3.創造力とシェアードトラスト 第3のセットについては,創造力とシェアードトラストにかかわるものであ る。ロバート・ブルース・ショーによれば,会社の繁栄には戦略と実行が不可 欠であると述べられている。ところが,これらにはともに信頼の欠如が大敵な

のである。それは,過去の多くの失敗が信頼の欠如によっているからである。

すなわち,不信感が組織を壊し,そしてあらゆる種類の問題をもたらしている。 すなわち,信頼がなければ考え方の違いも調整できず,ビジョンに基づいて結

(26)

J999 香川大学経済学部 研究年報 39 図表一丁 シェアードトラストの経営 −26− \ ■・・ 1 ・′ご.≡:..... \.. ・ 束もできなくなる。 それにひきかえ,信頼を確立できた企業が競争力をもち,業績をあげ続ける ことができる。すなわち,信頼こそが企業における創造力の源泉でもあり,そ のため企業文化にまで信頼を高めることが大切である。もちろん,この信頼は 社内に限ったものではなく,多くのビジネスパートナーや顧客企業との関係に おいても不可欠な要素である。このような観点から,まさに創造力の源泉とし てシェアードトラストがあげられる。 さて,このショーのいうシェアードトラストを前提にした信頼の経営は3つ の要因から成りたっている。すなわち,それは,第1が業績をあげる経営,第

(27)

境界融合と関係編集 ーーーごニーーーー

2が真蟄な経営,第3が人を大切にする経営,の3点である。(図表−7)

第1の業績をあげる経営とは結果をだすことを意味している。すなわち,こ

れは,顧客,上司,部下,同僚,株主などに対して責任を果たすことである。

個人やチームに大幅に権限を委譲している会社では,経営トップは部下がだす

結果に依存しているため,期待される結果をだせない者は意図ではなくて能力

において信頼できないとされる。この業績にあげる経営でシェアードトラスト

を獲得した成功事例としては,ヒューレット・パッカード,GE,ファイザー,

ペプシ,など多くの企業をあげることができる。

また,例えばかのアライドシグナルは特に利益と売上高の双方において最も

大きな成果をあげた適切な事例の1つである。このアライドシグナルにおける

マネジメントの特徴は,戦略,業務,人事,顧客満足,という4点について徹

底的に検討していることである。そして,これを支えているのが報償システム

なのである。ここでは,仕事のできない者には辞めてもらっているし,高い基

準で緊迫感をもたらすことによって成功していると考えられる。なお,ショー

によれば,ここにみられる成功の秘密としては以下のような7点があげられる。

①市場で競争に勝つことに集中している。

②目いっぱいの目標を設定している。

③何が重要であって,何を目標とすべきかについて−・致している。

④戦略の具体化を行っている。

⑤常に長期的にみた能力開発に取り組んでいる。

⑥ほとんど常にだすべき結果をだしている。

⑦仕事の成果と報酬が常に結びついている。 第2の真蟄な経営とは正直さが貫かれていることが前提になる経営を意味し

ている。これは,自らの倫理と価値観にしたがうことであり,行動が心情と一

致していることである。特に,リーダーたるものはその信念と経営に山貫性が

あることが不可欠である。なお,経営においては,ショーによれば真筆さと信

頼は以下のような2つのつながりをもっている。

①第1に,真蟄であるためには自らの価値観が顧客,同僚,株主の利益に合

致していなければならない。これこそが真蟄さの外的な規定要因である。

(28)

J,999 香川大学経済学部 研究年報 39 ー2き−−−− ②第2に,真筆であるためには,事業への取組みにおいて一骨性がなければ ならない。それは,もしも理念と行動が一層していなければ,それこそ真 面目さの欠如や能力の不足と映ってしまうからである。 そこで,真筆な経営を行うべく対応が不可避になるのだが,もっとも原則的 な条件としては率直なコミュニケーションの実践があげられる。すなわち,真 蟄であるためには,現実を直視するとともに,まさに真意を伝え.なければなら ない。信頼のある会社においては,みえた通りのものが事実であり,信頼のな い会社においては人は真意を隠し欺いている。信頼の経営では,意図や事実に ついて素直であることが求められれており,そのため素直であることと業績を あげることとのバランスが重要なのである。そこで,経営トップとしては,部 下の評価や報償についても公正であることが大切で,評価においても客観的で あることが要請される。 第3の人を大切にする経営とは何があろうとも必ず期待に応えようとする者 を信頼し続けることの重要性を意味している。それは,この信頼についてはじ つは業績や真筆さ以上のものが必要な場合があるからである。現実に,多くの 会社において人を大切にする理由は,従来の雇用の安定ではなく機会の平等に 限定したものに変化してきた。すなわち,社員の能力開発やキャリアのために は豊富な機会を与えるが,本人の業績がよくそして有能でないかぎり,社員の 継続雇用は保証しなくなっている。 しかし,ショーによれば今必要なことは,たんに個人やチームを越えた会社 全体としての−L体感の確立が前提になることである。そこで,そのための1つ の方法として,階層意識をなくすことが試みられるようになってきた。これに よって,誰もが誰のところへも行ける風土が醸成され,個人間に親密さを確立 させることができる。なお,そのためには,相手のいうことをよく理解するこ とが不可避になり,付き合いに時間をさき,他人の現在の仕事や将来にも関心 をもつことが期待されてくる。 このような観点から推奨できる手法としては,例えばヒューレット・パッカー ドに散見できるような分権的オ、−ナーシップがあげられる。それは,組織的に も,制度的にも,社員レベルでオーナー意識と裁量権を持たせることである。

(29)

境界融合と関係編集 ー29− それには,単に少数の者だけが力を握っていたのでは信頼に必要な親身さはも たらされない。そこで,家族的な慣行を導入するのではなく,社員に対し業績 をあげるための権限を与えることが前足になる。 このような観点に立脚して,ショーのいう人を大切にしている会社の特徴を 要約するならば以下のとおりとなる。 (D社鼻全員が共通のビジョンと−り体観をもっている。 ②あらゆる社員が優れた仕事をできるはずであるとの信念がある。 ③仕事に必要な裁量権を与えている。 ④貢献に報いている。 ⑤業巌があれぼ誰にも報いている。 ⑥みんなが情報をだし正直である。 (D誰でも経営トップに簡単にアプローチできる。 ⑧つまるところ,経営幹部は社員のことを考え支援を惜しまない。 それでは,続いて以上において論述してきた信頼の経営を可能にするための 組織について,ショーに依拠しながら若干の考察を加えてみる。さて,信頼の 経営にとって,トップのリーダーシップとともに,もっとも大事な要素として は組織と風土があげられる。そこで,以下において信頼の経営を確立するため に不可欠なショーのいう組織原理を要約約に紹介する。 ①目標の設定一全力をつくすべき共通の目標が必要である。 (診期待の明確化一明確にして単純,しかも柔軟な茸任体制が必要である。 ③分権性の徹底一現場への権限委譲が必要である。 ④能力の開発一有能な人材の採用,適切な教育,評価,処遇が必要である。 ⑤情報の共有化一目標達成と責任遂行のための情報の共有化が必要である。 ⑥管理の適正化一業績と信頼に対する管理,とくに間接的な管理が必要であ る。 4.醸成力とシェアードバリュー 第4のセットについては,醸成力とシェアードバリュ、一にかかわるものであ る。これについては,各個別企業のもつパワ、−を融合させることで,より大き

(30)

J999 香川大学経済学部 研究年報 39 ー3()− なパワーへと醸成させる考え方である。例えば,戦略的アライアンスの構築を 行うことによって,複数の企業や組織においてシュアードバリューが獲得でき る。 そのためには,例えばシェアードバリューのエクスパティーズをもった専門 家の育成が急務である。そこで,このようなエクスパティーズの顕現者として ロバート E.ケリーの唱えるスターパーフォーマ、一について考察を深めてみ る。このスターパーフォーマーとはきわだった成果をうむことができるエキス パ・−トであるが,この特徴については概ね以下のような3点に要約できる。 ①スターパーフォーマーには,高いIQ,論理的,合理的,クリエイティブ, であることなどに代表されるいわば認知的,経験的な要因に,その優位性 がみいだされる。 ②スターパーフォーマーには,例えば自信家,野心家,リスクをいとわない, 自律的である,ことなどに代表されるパーソナリティに,その優位性がみ いだされる。 ③スタ・−パーフォーマーには,例えば対人的スキル,リーダーシップ,など に代表される社会的な要因に,その優位性がみいだされる。 ケリーは,このようなことを前提にしながら,以下のようなスタ・−パーフォー マーのスキルモデルの提示を行っている。第1に,これはある意味では発達モ デルあり,ケリーによれば楕円の中心から離れれば離れるほど重要度が逓減す るとされている。すなわち,スターパーフォーマーになるには,イニシアチブ は中核的な戦略と位置づけられるが,組織人としての知恵やプレゼンテーショ ンのようなスキルは相対的に重要度は低くなっている。 第2に,楕円の内側にある基本的な戦略ほど,それをもっていることが早く 示されなければならない。普通,頭脳労働者においては,仕事に就いてから約 6カ月から1年以内に,プロジェクトにおいてイニシアチブを発揮することが 求められる。言い換えれば,スタ、−パーフォーマーになるには,早めにイニシ アチブが獲得できる人間であること証明することが大切である。 それでは,ケリーのいう,組織にできた観劇のなかで先駆的役割を果たすイ ニシアチブについて考察を加えてみる。このスタ、−パーフォーマーのイニシア

Updating...

参照

Updating...

関連した話題 :