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貿易乖数理論と購買力平価-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

−J9−

貿易乗数理論と購買力平価

宮 田 亘 朗

Ⅰ.ハロッドの貿易乗数理論。Ⅱ…購買力平価からの飛離要因と貿易乗数理論。

Ⅲ∴調整的公的金融と国際的貨幣ダニ・−ル観。Ⅳ.為替調整と価格及び所得効

果。

われわれは,かって購買力平価からの乗離を次のように定義した1)。邦貨建為

替レートを軋相対的形式の購買力平価をPPPとすれば,購買力平価からの蔀

離佗は, PノP。 凡 −=〝(PPP)=〟 凡 Pヂ/P㌘

と定義される。貿易財をr,非貿易財(国内財)を〃とし,二周を想定して物価

をP,P*する(ただし,*印は外国)。α,βをこ財の取引量ウェイト,方をこ

財の相対価格,丁を両国貿易財価格の離れとすれば,

P=αク丁十βタ〟=尺〆(α+β/冗)/T P=α*〆+β*郎=タ羊(α*+β*/が) ただし,α+β=ノ,α*+β*=J となる。そして, 冗=タノれが=〆/郎 坤γ=尺〆: 1)宮田[31]

(2)

香川大学経済学部 研究年報 34 −2ロー である。(1)式に(2)式∼(5)式を代入し,購買力平価からのパーセント衆離を求め ると, 尺夕羊(ノーJ/冗) 旦

生=(筈血一血*

卜〈

てP dα− 〆(ノーJ/が) P* を得る。すなわち,購買力平価からの蔀離(d斤/忙)は,両国の冗,α,丁の変 化の和から生じる。 d〟 =庶材必勝の変化一屏ダ/厨クェイ′の変化+厨易厨蘭杉の屠れの変化− 【7) 〟 そして,われわれは,この(6)式を対ドル円レートと日米両国のデー・タを用い て実証分析を行った。その結果,パーセント蔀離は,両国の相対価格 方,が, 取引量ウエイトα,輸出財価格の二国間較差丁に依存すること,そしてそれら が両国の技術進歩と市場の開放性,日本の対外準備保有額2),日米金利差によっ て変化することをみいだした。そこで前者の相対価格や取引量ウエイトなどを 仲介変数と呼び,後者の各種帝離要因と区別し,各種轟離要因から仲介変数を 経由し%蔀離に影響を与える作用径路(図1)を分析した。なお,上記の分析 は,r財を輸出財,〃財を輸入財とせず,r財と〃財ともに貿易財とした場合に も,そのまま妥当する。 そこで,以下われわれは,購買力平価からの乗離要因のうち,被雇用者一人 当たり名目粗国内生産高(GβP/且〟P)やGβP当たりの対外取引高(市場開放

性OP)など,国民所得(GβPあるいはG〃P)がしばしば登場することに注目

し,その国民所得が購買力平価を為替レートから乗離させる要因であるとする 考えを3),貿易乗数理論をハロッドを中心に.考察することによって,理論的に検 2)宮田[32]でほ,対外準備額の変動を入れた検証を行っていない。この点については 後日検証を行い,図1のような結果を得た。本研究年報の拙稿「購買力平価からの乗離 要因とその作用径路(再考)」を参照。 3)例えば,Rothschild[23],Yeager[25],Hagen[8],Balassa[3]があり,また Stolper[24]ほ相対価格不変の下での所得変化による為替需要の変動を外国貿易乗数効 果と名付けている。

(3)

貿易乗数理論と購買力平価 図1 %禿離への作用径路 −2J叫 間 接 効 果 直接効果 %乗離 仲介変数 各種燕離要因 一 日本の技術進歩(C上)P/且Mア) + + 日本の市場開放(0タ) 一 日本の政府支出対Cヱ)Pシヱ.ア(CV丘ノCβP) 一日本の対外準備と金(0ダ尺) なし 十アメリカの技術進歩(CβP*/g〟Pり なし +血/万 + +ほ従属変数に増加影響を与えることを,−は従属変数に減少影響を与え.ることを示す。 矢印ほ,影響の方向を表す。最左横の+−は,%禾離への各種乗離要因の直接効果を示 す。矢印の実線は各種要因が%燕離に影響を与えることを示し,点線は仲介変数にのみ 影響し%乗離に影響を与えないことを示す。 討することにする。 Ⅰ節でほ,貿易乗数理論をハロッドを中心に考察する。Ⅰ節およびⅢ節でほ その貿易乗数理論の特徴を,購買力平価からの帝離要因との関連で検討する。 そして,Ⅳ節で以上の考察をもとに,為替調整に伴う価格効果と所得効果の分 析を考える。 Ⅰ ノぶミルの比較生産費説は,ハロッドによれば,貨幣数量説に関連をもち, 各国の活動水準の変化を無視し,価格変化に重点を置いたものである。 「近代世界にあって,貨幣報酬率は周知のごとくある程度硬直的であり,十九世紀においても, 古典学派・…が意味したよりも硬直性の強いものであった……・古典学派の理論の欠陥 はなんらかの論理的不適性に基づくのではなぐて,その論理がいかなる場合においても完全雇用 が維持されているという仮定を要求するという事実に基づくにすぎない。」4) 4)Harrod[9]pp114−117.訳否208−213ページ。

(4)

−22− 香川大学経済学部 研究年報 34 そこで,ハロッドほ,貨幣であらわした生産要素の能率報酬率と外界におけ る価格の構造が既知でかつ与えられたものとし,金本位制で為替レートが固定 されているものと考える5)。そして国民所得yは,国内市場で販売された消費財 から得られる所得Cん,輸出から得られる所得EX,および資本付加から得られ る所得J九の3つの源泉から生じ$),他方それは,割合c九で消費財にり′勒の割合で 輸入財(国内製品に・使用される輸入原料を含む)に,.S人の割合で貯蓄に,それぞ れ処分されるものとする7)。ゆえに,均衡状態でほ, y=C人+且X+J九=(c・た+〝毎+5月)y (8)

となる。そこで,輸入原料を除く国内製品の消費額がその生産から得られる所

得に等しいc・員y=C九とすれば,国民所得は,βⅩ+んの乗数J/(m九+5九)倍となる ことが導かれる。 ノ (且X+J九) (9) 〝‰+.5九 資本財在荷付加のため購入された外国品の畳をJ仇で示すと(J=J九+J桝),この 国の経常収支は, 且Ⅹ≦∽九y+J桝 となる。そして総輸出が総輸入に等しぐなる保証はない。

国際収支は,経常収支差額と資本収支差額からなる。もし経常収支が受取超

過であるなら(単純化のため貿易外収支と移転収支を省く), βⅩ>∽九y+J桝 qカ であり,したがって(8)式,すなわち 且Ⅹ+ん=∽九y+∫人yから 5九y>ん+ん 5)Harrod[9] p129.訳書 230ページ。 6)ハロッドでほ国内製品の消費を〃,輸出をE,投資(海外からの資本財輸入を除く)を 尺,自国製品への消費性向をれ原材料を含め輸入性向をよで表しているが,ここでは通 常の記号に書き改めている。 7)建元[29] 27ページでは,ノ、ロッドのこれらの各種定義が通常のものと多少異なっ ていることを指摘している。

(5)

貿易乗数理論と購買力平価 −23一 を得る。かくして,国内の生産に係わる資本ストック増加額(J九+ん)を超過す る国内貯蓄の部分が,qカ式転.みるように経常収支受取超部分に等しくなる。 いま,ハロッドの(8)式y=C九+Jん+EX鳥と異なり,y=C+J+且X一丁〟と定義 し消費,投資,輸出の各財に輸入原材料や輸入資本財を含めて考える。そし て,q功式と㈹式を,以下のように書き改める8)。 且Ⅹ−れy=ざy一丁 q㊥ sy>J q⑳ これは,通常の開放体系下の所得理論である。このことから,qカ式∼㈹式の関 係は,容易に理解し得る。 さて,ハロッドによれば,この受取超過額は,対外投資あるいは対外準備 (金)の勘定によって調整される。すなわち, 「受取超過ほ純対外投資−もしあるとすれば,−と金の流入との和に等しい。かくして貯 蓄の超過額のうち−・部ほ外国に投資せられ,残余ほ流入する金に対して投資せられる・・ ・この点に関して,この金が銀行によって保有されるか,または私人の手に保有されるか は問題でない。」9) そして,この金の流入は,国内の流動性を増加させ,もし銀行が充分にそれ を相殺するなら,銀行の資産状態を流動的となし,また充分な中和的操作をし ないなら,公衆の資産状態を流動的にする。そしてこの流動性が高いことは, 短期利子率,ついで長期利子率,最後に証券−・般の収益率を引き下げる。外国

ではト逆の傾向が生じので逆に利子率等を引き上げる。そこで,自国から外国

8)ハロッドの所得yは,通常のものと同じである。通常の消費ほ国内産と輸入ものとか らなる。即ちC=C鳥+Cmである。同様に投資,輸出,輸入も,/=/ん+/m,gX=EX鳥+ βⅩ爪,J〟=C桝+EX椚+Jm(βⅩ椚は輸出財生産用の輸入原材料等)となる。したがって, 通常の定義y=C+J+gX一丁〟は,それぞれを代入して整理するとy=Cん+ん+Xんとな り,ハロッドの定義に等しくなる。また,消費性向および輸入性向をハロッドのものと 比較すると(簡単のため各関数を−・次同次とする),C=(C人+C仇)/y,∽=(C桝+J椚+ gx椚)/yであり,(+m+s=(CA+Cm+gXm+ぶ)/y+(C仇+Jれ)/y=ノ十((C桝+J”+ぶ’)/y〉 >ノただし,ぶ’はぶ=ぶ人+5’であり,ハロッドの定義との差である。ハロッドは(Cん+ C爪+βⅩ爪+ふ)/y=Cん+∽人+sム=1としている。池本[26]55−57ページではCれ,J桝, EX桝を外生変数と取扱い,5’=βとしてこいる。 9)Harrod[9]p131“訳書,234ページ。

(6)

香川大学経済学部 研究年報 34 ー2〃− への対外投資が,刺激されることに.なる。勿論,この場合,その国内流動性増 が,自国の消費財輸入(Cm)あるいは資本財輸入(J飢)を増加させ,また国内投 資(ん)を増加させ,所得増をもたらし,輸出入に影響することは云うまでもな い。いずれにせよ,これらのことから,最終的には,経常収支の受取超過を, 金の流入と資本の流出によって,均衡化する結果に落ち着くとみる。 「金流出入は異なった諸国における相対的流動性ならびに収益性に影響し,かくして資 本移動が比較的容易である限り,補償的な資本の国際移動を生ぜしめることによって差額 を平準化する」川) ここに云う資本の国際的移動とは,自発的資本の移動ではなく,誘発的均衡 化的な資本の移動を意味している。 「生起する資本の一切の純移動は,一切の他の収支 の不均衡の結果であり,従って是正を要する」ll) これは,国際収支勘定において,調整的公的金 融(c・07乃タg乃5・αわγツ0//gc・去αJ/宣わα乃C・よ乃g)12)を除く 他の勘定項目の収支均等によって,国際収支の y 均衡を規定する考えと−・致する。 他方,自発的資本の移動の影響については, 後に.Fり マハラップに.よっで3)より詳細に分析 された。すなわち,貸付国と借入国に.おける貨幣 y 資本調達とその支払の支出および所得に与える 図2 C+J gl−/.・l/ ∂ βⅩ /〟 5一丁 且Ⅹ一丁〟 0 影響,借入金の輸入への性向,またそれらの国 内投資に与える影響,さらに金融組織の短期資 本移動に反応する程度等によって異なるとする。 さて,この貿易乗数の理論は,周知の通りそ [出所]渡辺太郎編,『国際経済学』 青林書院新社,昭和52年 8月,第3章による。 10)Harrod[9]p139.訳書 247ページ。 11)Harrod[9]p,142.訳書 253ページ。 12)この概念は,国際的にはIMF[10]で初めて出され,IMF[11]において明確に定義づ けられた。国際収支均衡概念のIMF[12]までについては,宮田[30]参照。 13)Machlup[18]pp148−154及びKindleberger[15]pp362−367訳書329−333ページ。

(7)

ー25− 貿易乗数理論と購買力平価

の後上記FマハラップのみならずJ且ミ・−ド,Rロビンソソ,CP・キンドゥル

バーガーなどによっで4)より−般的な形で展開された。上述した如く図2では,

消費Cおよび輸出且Ⅹ等は,輸入消費財や輸入原材料および資本財在荷増目的の

輸入財の購入を含み,また投資Jはん+J別の和である。そして国民所得は,

y=C+J+βⅩ一丁Aオと定義されている。

縦軸に総需要を,横軸に総供給を測る15〉。C+J+βⅩ一丁〟線と450線の交わる

点居で国民所得yが決定される。国際収支(貿易収支)の均衡する所得yb(図2

上方のグラフでゼロ以下の象限に措かれたEX線とJ〟線の交点によって示され

る所得)は,y‘より低く,他方その均衡所得℃では貯蓄超過ぶ一丁線と貿易黒字

且Ⅹイ〟線が交わる。したがって,上図は㈹式の関係を示していると云える。

また,外国の反作用(/or菰野”・坤βrC・〟.5−ざま0乃)を考慮する場合ほ,二国の国民

所得が共に.潜穿+投資十雛−顔スからなるが,その輸出を外国の輸入と考え

て外国の所得に依存するものとする。すなわち,

y=C・y+J+m*y*−∽y y*=C・*y*+J*+∽y−m*y*

である。この両式では,各消費,投

資,輸出,輸入などは,単純に所得の 図3 自国の所得y y*(y) 一次同次関数と仮定している。それぞ れ相手国の所得を与え,それに応じて 自国の所得を決定するという反応線を 描く。図3において,y(y*)線は外国 y(y*) の所得y*に反応する自国の反応線で あり,y*(y)線は自国のyに反応する 外国の反応線である(反応経路は点線 で示す)。㈹式と㈹式が両立する点は, 両線の交点且である。 y*(y) 外国の所得y* 14)Meade[20],Machlup[18],Kindelberger[15]chap」10and chap18,Robinson [22],建元[29]。 15)渡辺[34]第3章を参照。

(8)

香川大学経済学部 研究年報 34 −26−

以上が,ハロッド及びそれ以降の貿易乗数理論の概要である。この理論の特

徴の考察は,次節に譲ることにする。

われわれは,前節において,ハロッドおよびその後の貿易乗数理論を,考察

してきた。そこで,それを纏めると次のように・なる。

①まず,生産要素の能率報酬率および内外の価格構造が既知であり,すべて

の価格関係が不完全雇用の仮定の下で所与とされている。そして活動水準

のみ変化し,そして所得が増減する。

②消費関数や輸入関数等が一次同次関数でないとしても,一腰物価(P)お

よび相対価格(方)を不変に維持するために,国内生産に使用する輸入原

材料の割合やその他各要素の使用割合が,所得(生産量)の変化にも拘ら

ず,不変であること,また(2)式(3)式からみて各財の相対的取引屋(α,

β)も不変であること,等を暗黙に仮定している。勿論,技術変化もない

短期分析でなければならない。

③また経常収支並びに自発的資本収支の不均衡は,誘発的均衡化的資本の移

動を含む調整的公的金融によって均衡化される。

④金の国際的移動は,銀行または公衆の資産状況を流動的にし,長短金利お

よび証券収益率を変動させ,国際的な資本の移動を誘発すると考えている。

しかし,そこに.は国内通貨の流れを考えることができるが,国際通貨の流

れの分析ほ不明であり不十分である。すなわち,輸出取引や輸入取引と同

様に国際資産市場取引には,国際通貨が必要であり,そのための需要があ

る筈である。したがって,ハロッドでは,財の国際取引のための取引需要

の分析はあるとしても,国際的な資産市場にJ流通する国際通貨の分析があ

るとほ思えない。もしあるとしても,それは,取引需要と同様,調整的の

ものかもしれない。

かくして,この貿易乗数理論は,上記①と②から購買力平価からの乗離を生

じる仲介変数,すなわち相対価格(冗,疋*)および取引量ウエイト(α,β,

α*,β*)を共に不変に維持することを仮定し,またそれらに作用すると思われ

(9)

貿易乗数理論と購買力平価 −27− る蔀離要因のうち,②から技術進歩(CβP/且〟P,G∠)P*/E〟P*),さらに純理 論から政府支出対GβPシェア(GVE/GβP,GV丘−*/CβP*),③と④から金利差 (ま一室*)と誘発的調整的な短期資本移動及び公的金融(0ダ凡0ダ尺*)等を不変 に推持し,仲介変数の相対価格や取引量ウェイトだけでなく,貿易財価格の二 国間較差(丁)をも,不変にとどめることを仮定している。 このように相対価格,取引量ウェイト,貿易財の二国間較差のすべてを不変 に維持することを暗黙に仮定しているのであれば,貿易乗数理論は,購買力平

価説と充分両立する理論となる。そしてこの両者の両立は,後に.マネタリ

アプロ・−チや資産市場アプロ・−チ18)などにおいて,購買力平価を長期均衡為替 レートと考えるに.至るものと思われる。 Ⅲ われわれは,本節正おいて,ハロッドにみた調整的公的金融の考えを国際収 支均衡の定義を通じて再考し,それが国際的貨幣ダニ−ル観とどう関係する か,を考察してみよう。 国際収支の均衡について,Fマハラップぼγ),会計上の収支(α“・0紅花f去乃g あαJα乃Ce),市場での収支(〝㍑汀・点βfあαJα乃Ce),および計画上の収支(クγOgγα∽− ∽βあαJα乃C・e)の三つの均衡概念を区別した。このうち会計上の収支は,国際収 支表の各勘定項目の間に線を引き,画線上(αあ0ぴgfおJ∠■乃♂)と画線下(あ♂わ紆 fんgJ去乃β)に分け,画線上の勘定項目合計の収支をもって規定する事後的均衡概 念である。他方,市場での収支は,人為的干渉のない抽象的世界での対外需給

均等をもって規定する理論上の事前的均衡概念である。通常市場での収支は,

会計上の収支と密接に関係している。すなわち,市場での収支を事後のデータ

で把握し,その背後にある理論を実証しようとすれば,市場の収支を出来るだ け反映し得る会計上の収支を作成し定義しようとするからである。最後の計画 上の収支は,政策目標達成のため,価値判断の下で規定する均衡概念である。 16)宮田[31]13ページ。 17)Machlup[19]

(10)

香川大学経済学部 研究年報 34 ー2β− この三つの概念のうち,最後のものは,経済政策上のものであり,理論分析 のものと異なる。したがって,ここでは一応除外する。そこで,残る二つの収 支均衡概念を用いて,上記ハロッドとその後の収支均衡を考える。それらは, いずれも通常の新古典学派18)(花eO−C・Jα。5∴Sまc・αg)の収支概念の部類に入ることにな る。 新古典学派では,国際収支を自発的(α祝わ乃0〝ZO祝5)取引と誘発的(ま乃血cβd, ♂曾祝まJiあ′・αf去咋g,(けαCC・07柁mOゐ王室乃g)取引にわける。自発的取引とは他の取引に 誘発されず独立に生じる需給であり,他方誘発的取引とはその自発的取引の結 果生じた収支差額を穴埋めするための取引である。したがって,自発的取引

は,しばしばそれを需要曲線や供給曲線として把握することから明かなよう

に,事前的需給と同義である。そこで,この市場での収支に対し,それを国際 収支表上のどの項目を指すのか(会計上の収支),が重要な問題となる。 これに関しては,論者によって多少異なる。例えば,JいWエンジェルはノ)短期 資本移動と貨幣用金の移動の項目を誘発的とし他を自発的として,前者を画線 下に.おろし,後者を両線の上に残した。またヌルクセぱ0),ホット・マネ1−の ような不均衡撹乱的短期資本移動を予め除いた残りについて,自発的と誘発的 の項目に分け,その上で貿易・為替統制など人為的干渉がなく,5年∼10年の 長期に亘って大量の失業やインフレのない状態で均衡をたもち,金や外貨準備 及び短期資本の移動など誘発的項目の変動を生じないことと定義した。同様の 定義は,PTェルスウォ1−ス,JE“ミ1−ド,CPキンドゥルバ1−ガ−など21)にお いてもみられる。 このような新古典派の流れに立ち政策目標を設けず世界共通の収支概念を確 立しようと努めたのが,IMFのマニェ.アル第二版22)の調整的公的金融による収 支の規定である。それによると,外貨準備のはかに,均衡的な短期資本の移動 18)Badger[2] 19)Angell[1] 20)Nurkse[21] 21)Ellsworth[6] pp597−598Ellsworth[7],pP230−252Meade[20]pp3−28 Kindleberger[15]Chap25(pp501−518) 22)IMF[11].この調整的公的金融の考えはIMFJ[12]まで保持された。

(11)

貿易乗数理論と購買力平価 −29−

の項目を誘発的と規定するためには,その背後に対外不均衡が利子率の変化を

導き,その利子率変化が短期資本の移動を誘発するという連鎖が,前提とされ

なければならない23)。しかしながら,その後の中央銀行の調査では,利子率に

対する短期資本の感応性に.数多くの疑問がもたれた24)。そこで外貨準備と短期

資本の移動を誘発的項目として画線下に眉く考えは,放棄さるべきであり,そ

れに代わって各国間で決済を目的にして実際に移転されたと考えるもののみを

取り出して画線下におき,それらを除いたもので収支均衡を規定すべきものと

したのである。

この調整的公的金融の概念は,汀Gいジョンソンのいう伝統的収支分析方法25)

の一つの典型と云える。それは,予め公的な外国為替機関が常に公的準備を

使って為替レートを動かすようにり為替市場に働きかける態勢にあることを,

想定しているからである。ところが,この考えに.立脚すれば,戦後の長期借款

や公的贈与は,すべて赤字を金融するためになされ,画線下に移さねばならな

くなる。しかも個々の金融が事実上調整的になされたという確実な判断材料を

必要とすることに.なる。しかも,その判断材料を見いだすためには,それが実

際になされた時点に遡って確認せねばならない。援助の支払国では調整的性格

のものであっても,その受取国にとってはそうでないこともあり得る。また,

その道もあり得るので,結局その判断資料の入手は,不可能に近いことになる。

そこで,J〟ダのマニュアル第三版では,このような調整的公的金融の概念は,

主観を含む近似的分析手段にはかならないとし,世界共通の収支規定を放棄す

ることとなったのである。そして,国際収支の赤字・黒字の規定を各国の良識

にゆだねることに.した26)。

ざて,以上がハロッドも採用した調整的公的金融の概念であり,理論上では

対外需給の均等に裏打ちされたものであった。そこで,その特徴を纏めると次

のように云うことが出来る。 23)Badger[2] 24)Lary[16]pp152−155 25)Johnson[13]Chap6 訳否第Ⅵ章 26)宮田[30]

(12)

−3(トー 香川大学経済学部 研究年報 34 ④J〟ダの第二版から第三版への国際収支均衡概念の変遷は∴画線下にいか

なるものを移すかという会計上の収支に関する形式的な問題でぽなく,そ

の背後にある理論上の対外需要と対外供給の均等の問題,すなわち自発的

取引と誘発的取引の区分に係わる問題であった。当初∴誘発的取引を短期

資本移動と貨幣用金の移動であるとし両線下に移すことが考えられた。し

かし,実際に画線下に・移すのは,この両者に限定すべきでないという,事

実に依拠する反論がなされた。そこで,実際に国際間を調整的に移動した

と思われる公的金融を画線下に移すことが考えられた。しかしながら,こ

れもまた,調整的項目を特定する困難から放棄されたのである。

⑤ このような国際収支均衡概念の変遷過程で,一項して誘発的であるとし

て画線下に置かれたと思われるものは,対外準備(よ一花fgγ花αf去07‡αJoγ

/0γ−βよg乃γ・e5e7γβ)の項目である。すなわちそれは,例えば P.Tェルス

ウォース27〉にみる如く,貨幣用金と同様に,国際決済手段として誘発的に

のみ理解され,決して自発的に保有される対象としては,理解されなかっ

た。このことは,それが公的機関の保有であろうと民間の保有であろうと

同じである。なぜなら,公的機関の保有ほ,−・都民間保有欲求の反映でも

あると考えられるからである。

⑥ 以上のことが正しいなら,国際通貨にほ,ケインジアンの分類にいう取

引需要28)もなく投機的需要もないことになる。かくして,国際通貨の国際

的な産業流通も金融的流通も共に29),財および証券の取引を妨げない油の

ようなものとなる。すなわち,国際的貨幣ヴェ・−ル観㌢こ立脚する。

④ 最後にこの国際的貨幣ヴ㌧こ−ル観に立脚すると,対外準備と金(0ダ月)

から,相対価格,取引量ウエイト,貿易財価格の二国間較差へのすぺての

作用径路は断たれ,為替レートと購買力平価との禾離はそれだけ小さくな

27)Ellsworth[7]p245. 28)例えばCavesandJones[5]Chap22 訳畜第9章198ページでほ,対外準備に関する 取引需要と予備的需要の存在を指摘している。 29)ケインズでは,国内経済の分析に関して貨幣の流れを産業的流通と金融的流通に二分 して考えた。Keynes[14]p234..訳畜 第三分冊,3ペー・ジ 。より詳細な説明は,矢尾 [33]50−53ページ。

(13)

貿易乗数理論と購眉力平価 −3J−

り,購買力平価説の妥当する世界にそれだけ近づくことになる。

貿易乗数理論は,為替レートの引き下げに伴う価格効果と所得効果の分析と

して,価格弾力性分析と結合される。いま,Ⅰ節において示した外国の反作用

を考慮した㈹式と㈹式をすべて自国財価格で割った実質タ・−ムで表し,しかも

各国の投資をその国の実質所得の関数と考える。さらに実質消費と実質投資を

加え実質支出(アブソ・−プションA)となし,両国の輸出入関数に,価格を挿

入すると,30)

* )一筆榔y)

㈹ 夕 月 y=A(y)+JAグ*卜÷,y

y*=A、*(y*川〟(晰yト志叫‡′y*)

㈹ となる。ただし,尺は為替レー・ト∴*印は外国を表す。貿易収支βは,外貨で表 示すると, β=言′〟*(乏′y*ト〆′〟(軌y) 鋤 この㈹式∼¢ゆ式を為替レート尺で微分し,初期の価格を夕=〆=尺=ノ及び輸 出入が初期に均衡(〆〟*=尺夕*J〟)していたとする。そして貿易収支への影響 のみを取り出してみると, dβ ノ ー=−肋*JAオ(り+り*一了) d尺 △ 伽

を得る。ただし△≡肋*+九m*+ん*mであり,安定条件より△>∂である。ここで

30)以下ここのモデルは,渡辺[34]92−96ペー・ジによる。

(14)

香川大学経済学部 研究年報 34 ー32− ㈲ り*=− /−/J 尺タ* であり,かつ簡単のため31)両国で国内価格は−・定で為替レ・−トのみ変化するも のとされている。また,ん=才一α,ん*=ノーα*であり,限界保蔵性向である。 飢式から,いわゆるマ−・シャル・ラ−ナーーの条件32) り+り*>ノ ¢却 が成り立てば,外貨表示の貿易収支は黒字となる。また,限界輸入性向及び限 界保蔵性向などは,それらが大であれば,それだけ貿易黒字を小さくするよう に作用することになる。 以上の考察から,次のような結論を導くことができる。 ㊦上記の所得効果および価格効果の分析では,各国々内における相対価格は 為替レート月が切り下げられたために,また各国の取引量ウエイトも輸出 入畳が変化したために,変動すると考えられているように思われる。他 方,貿易財価格の二国間較差は,当初からないか,または市場の開放性の 度合や対外準備に対する保有欲求など考慮されていないためにり変動しな い。したがって,この場合の購買力平価からの乗離は,相対価格と取引量 ウェイトの変化のみを通じて,生じることになる。 ⑦上記分析では相対価格は,それが変化するとしても,単に為替レート月の 変化を反映したに過ぎないものであり,各国が生産し供給する国産財の価 格については,そのまま不変とされている。 ⑨さらに,アブソ・−プショソAは,国民所得のみの関数とされており,そこ に利子率が加えられていない。したがって,上記の㈹式∼鋤式のモデル は,各国の国内貨幣市場における貨幣の需給均衡式を含まず,財市場のみ 31)勿論,各国の国内価格がその財の国内における供給弾力性と需要弾力性に依存するも のとして政雄化することもできるであろう。また,マーシャル・ラーナー の条件につ き,所得を導入した場合ほ,井上[27],CavesandJones[4]pp56−58 32)小宮・天野[28]319ページで,この条件を,物々交換の−・般均衡モデルにおける市場 均衡の安定条件と異なり,貨幣を含む為替切り下げのモデルでの条件であるため,マー シャルの名前を省き,ラーナーの条件とすべきであるとしている。Lerner[17] pp378−379.

(15)

ー33− 貿易乗数理論と購買力平価

で完結する形をとってくる。この意味で,上記モデルは,ある種の二分法

に.したがったモデルであると云える。この点の修正は,後にマネタリ・−・・

アプローチや資産アブロ・−チにおいでなされる。

㊤こ.れら⑦⑨は,自国生産物の価格変化や貨幣市場を考慮することによっ

て,修正可能である。したがって,本質的な欠陥とは思えない。しかしな

がら,上記分析において,貿易収支黒字が何によって支払われるか,誘発

的な短期資本移動あるいは対外準備変化によるのか,この問題は,不問に

されており,全く不明である。もし対外準備変化をとるならば,Ⅲ節で述

べたように,国際的貨幣ダニ・−リレ観に立つことになるであろう。

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参照

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