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佛教学研究 第70号 009壬生, 泰紀「要旨 : 〈阿弥陀経〉の成立時期について : 阿弥陀仏の寿命を手掛かりとして」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

︿

の成立時期について

││阿弥陀仏の寿命を手掛かりとして││ 発表要旨

平成24年度龍谷仏教学会学術研究発表会 阿弥陀仏の国土やそこへの往生、かの仏への諸仏による讃歎などが説示され、︿・無量寿経﹀ ︿ 阿 弥 陀 経 ﹀ は 、

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一 と共に、インドの阿弥陀仏信仰の様相を我々に伝える重要なテキストの一つである。本経典、の成立時期に関する 研究成果は数多く公表されているが、諸学者の見解が分かれ、いまだ定説化にいたっていないのが現状である。 それら先行研究の成果を大別すると、①︿無量寿経﹀よりも遅れて︿阿弥陀経﹀が成立した、②︿無駄寿経﹀に 先行して︿阿弥陀経﹀が成立した、③両経典はほぽ同時期に成立した、との三説となる。つまり、本経典の成立 時期を論じる場合、︿無量寿経﹀諸異本の展開史上、︿阿弥陀経﹀がどこに位置づけられるかがこの問題の焦点の 一 つ で あ る と い え る 。 阿弥陀仏の特徴の一つである﹁寿命﹂に着目し、︿阿弥陀経﹀と︿無量寿経﹀所説の﹁阿 弥陀仏の寿命﹂に関する記述、具体的には、﹁寿命が限りないことヘ﹁仏と成って十劫が経つことへ﹁阿弥陀仏 の名前の由米﹂という記述の内容および説示される位置を比較することによって、︿阿弥陀経﹀の成立時期の推 そ こ で 、 発 表 で は 、 定 を 試 み た 。

(2)

〈阿弥陀経〉の成立時期について その結果、以下のことが明らかとなった。︿無量寿経﹀では、﹁阿弥陀仏の寿命﹂に関する記述の内容および説 示される位置に、諸異本・中で異同が見られる。すなわち、最古訳の﹃大阿弥陀経﹄(片足 . Z 0 ・

8 N

)

に お い て 、 阿弥陀仏の特徴的な性格はもっぱら﹁光明﹂であり、加えて、﹁阿弥陀仏の寿命﹂に関する記述は﹁光明﹂に関 する記述との関連性が乏しい。しかし、それが、時代が下るにつれて次第に阿弥陀仏の特徴として﹁光明﹂と対 をなすものへと整理され、新たな記述が付加されるにいたったと見られる。一方、︿阿弥陀経 v では、諸異本所 説の﹁阿弥陀仏の寿命﹂に関する記述は概ね一致している。そして、その内容および説示される位置は、後期成 立の︿無量寿経﹀諸異本所説のものとの類似点が多い。以上の点を鑑みると、︿阿弥陀経﹀は、︿無量舟経﹀の成 立よりも遅く、おそらく﹃無量寿経﹄(吋・ HN ・

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。 ・

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)

の原本と同時期に成立したものと推定される。 (龍谷大学大学院博士後期諜程二回生) -

参照

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