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企業が心理学に期待するもの,心理学が企業に貢献できること

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.37.5

日本基礎心理学会第36回大会

シンポジウム

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企業が心理学に期待するもの,心理学が企業に貢献できること

What do companies expect from psychology,

and how can psychology contribute to them?

日   時: 12月2日(土)9 : 00∼12 : 00 場   所: 立命館大学大阪いばらきキャンパスAN110 講 演 者: 大瀧 翔(トヨタ自動車株式会社) 三枝千尋(花王株式会社) 磯貝里子(株式会社リバネス) 江川伊織(株式会社リバネス) 渋井 進(大学改革支援・学位授与機構) 指定討論者: 綾部早穂(筑波大学) 司 会 者: 田谷修一郎(慶應義塾大学) 1. は じ め に このシンポジウムはふたつの目的を持って開催され た。第1の目的は,心理学を系統的に学んだ人間が,大 学や基礎科学の研究所(理化学研究所や生理学研究所 等)に職を得る以外にどのような進路を取り得るのか, という問について,現在大学院への進学を検討している 学部生や修士・博士の学位の取得を目指している大学院 生,および現在大学・研究所にて期限付きで就労する博 士号取得者に情報を提供することであった。本シンポジ ウムの第2の目的は,民間企業における商品開発や業務 改善等のために基礎心理学の知識や研究経験をどのよう に役立てることができるのか,心理学の専門知識がない 一般の方々に広く知ってもらうことであった。 本企画は2017年5月に行われた「若手研究者特別委員 会(以下若手会)」の会議内で提案され,第36回大会主 催の立命館大学実行委員会の承認を受け実現した。企画 詳細の調整,実行にあたっては,「実験心理学者として の多様なキャリアパスを考える特別委員会(以下キャリ アパス委員会)」の協力を得た。 本シンポジウムでは,第1の目的である,学界外への キャリアパスの紹介のために,トヨタ自動車,花王,リ バネス,および大学改革支援・学位授与機構から5名の 登壇者をお招きし,現在のお仕事に従事されることと なった経緯と主な業務内容,および心理学の知識や研究 経験がどのように現在の仕事に活かされているかをお話 しいただいた。シンポジウムの第2の目的である,学界 外に心理学の応用可能性をアピールするという点につい ては,若手会会議の段階では,シンポジウムの会場に各 企業の採用担当者も招聘し,企業への就職も視野にある 学生や研究員にはその場で就職活動が行えるような場と したいといったアイデアもあったように思う。様々な理 由でこれは実現できなかったが,幸い『基礎心理学研 究』は数年前からオープンアクセスとなっているため, この原稿が心理学の応用可能性を周知するという目的を 果たしてくれることを期待したい。 この原稿は,5名の登壇者に提供いただいた話題と資 料にもとづき,企画と司会を担当した田谷が執筆し登壇 者毎にまとめたものである。各節の冒頭には登壇者の略 歴と専門分野等を示した。続いて,業務内容とそこでど のように心理学の知識と技術が活かされているか,およ びそれぞれの組織が心理学に期待するものを記した。各 パートの記述内容については登壇者の確認と修正を経 た。本稿が,学生や研究員の進路を考える一助となれ ば,そして心理学のことをよく知らない多くの人たち (例えば進学先を検討中の中学生高校生,企業の人々) にも読まれ,心理学が持つ応用可能性とその射程の広さ を知っていただければ幸いである。

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2. 心理学者が自動運転開発にコミットする方法 大瀧 翔 トヨタ自動車株式会社先進安全先行開発 部。博士(文学,京都大学,2014年)。2008年慶應 義塾大学文学部卒。2010年慶應義塾大学大学院人文 社会学科博士前期課程修了。2013年京都大学大学院 文学研究科単位認定退学。2015年トヨタ自動車(株) 入社。専門は実験心理学,比較認知神経科学。 本シンポジウムのトップバッターとして,トヨタ自動 車の大瀧翔先生にご登壇いただいた。大瀧先生は慶應義 塾大学大学院で修士課程を修了後,京都大学で博士号を 取得し,その後にトヨタ自動車へ入社した。専門は比較 心理学で,博士論文の研究テーマは鳥類の視知覚である。 トヨタ自動車での大瀧先生の主な仕事は自動運転に関 わるものだ。自動運転は昨今様々なメディアで話題にあ がることの多いトピックだが,心理学者が自動運転の開 発に関わることがあるとは,おそらく多くの人は思いも しないのではないか。心理学がどのような分野で「役に 立つ」のかを広く知っていただく,ということを目的と する今回のシンポジウムにうってつけの人物といえるだ ろう。 では自動運転のどの部分に心理学の知識が役立てられ ているのだろうか。まず自動運転には,人間とシステム の運転に関わる比率に応じて5つのレベルが定義されて いる(SAE International, 2016)。自動運転と聞くと運転 手が眠っていても目的地まで連れて行ってくれるような ものを思い浮かべる人も多いのではないかと思われる が,これはこの定義によるとレベル5の「完全自動運転」 にあたる。その下のレベル1∼4は何らかの形でシステ ムが人間の運転をアシストするか(レベル1, 2),システ ムによる運転に場合に応じて人間が介入すること(レベ ル3, 4)を想定している。単に機械としての車をつくる だけならそこに心理学者の出番はありそうにない。しか しながら自動運転技術の本質は機械と人間のインタラク ションである。ここに心理学の果たせる役割は多い,と 大瀧先生はいう。余談になるが自動車会社は基礎心理学 と相性が良いのか,筆者の周囲だけでも基礎心理学領域 の研究で学位を取り,ホンダや日産の研究所に勤めてい る(またはかつて勤めていた)人物が数名思い浮かぶ。 また最近まで,理化学研究所にはキャリアパス委員会委 員の熊田先生が主催するトヨタとの連携研究室があっ た。そういえば「注意の見落とし」で知られる Ronald Rensink先生もかつて日産の研究所で働いていて90年代

に出版された論文の所属には“Cambridge Basic Research, Nissan Research & Development, Inc”と記されている(e.g., Rensink, O’Regan, & Clark, 1997)。

トヨタは「すべての人に移動の自由を提供すること」 を目標に掲げ,運転したいときは運転を楽しむことがで きるし,運転したくないときには安心して車に運転を任 せることができるような,「人と車が協調する自動運転」 システムの開発を目指している。この「Mobility Team-mate Concept」の理念の下,大瀧先生が直接関わってい る仕事は①自動運転用 HMI (Human Machine Interface) の設計,および②ドライバ受容性の評価である。例えば HMIの設計では眼球運動測定を行い,自動運転中の運 転手の眼球運動の予測モデルを作成し,実際に車を走ら せながらデータを取りインターフェースの設計に活かし ている。基礎心理学(認知心理学)の研究が明らかにし てきたとおり,人間は「有限の情報処理システム」であ り,我々が一時に視覚的な注意を向けられる箇所は素朴 な実感よりもずっと少ない(e.g., Kawahara, 2010)。人間 が負担なく注意を向けられるインターフェースの開発は 心理学の専門知識,実験の設計や実施のノウハウが大い に役立つところだろう。また自動運転車が緊急事態にお いて人間に運転を「返す」場合,どのくらいの時間があ れば安全かといったドライバ受容性の調査も大瀧先生の 重要な仕事のひとつである。ここでは反応時間を計測 し,ドライバの即応性の低下を低減する仕組みを調査し ている。認知的な負荷が反応時間に及ぼす影響というの も基礎心理学者の多くには馴染み深いテーマだろう。こ うした取り組みは,国際連合欧州経済委員会自動車基準 調和世界フォーラム(WP29)へ提出され(ACSF-04-14), 国際ルールの策定へ利用されている。心理学の専門知識 は,意外な形で国際社会へ貢献しているのだ。 企業が心理学に期待するものとして,シーズ技術と人 材の2点がある。シーズ(SEEDS)技術とは名前の通り 商品の「種」となり得る技術であり,基礎研究の場面で は仕組みがよく理解されているものの,研究者はその商 品としての価値に気づいておらず,逆にその技術を役立 てることのできる企業にはその存在が知られていないよ うな技術を指す。心理学領域には,シーズにあたる知識 や技術がまだまだたくさん大学に埋もれている。これ は,基礎研究を行う大学(研究者)が応用について興味 を持つことは稀で,一方企業は大学が行っている研究に ついて積極的に知ろうとしないためである。こうしたす れ違いを解消するひとつの方法として,企業と共同研究 を行うことを大瀧先生は提案する。共同研究を介し,企 業の求めるニーズ(NEEDS)を理解し,それを満足さ

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せられるシーズ技術を心理学が有していることを十分ア ピールできれば,企業はもっと積極的に博士号取得者を 採用するはずだ,ということである。共同研究を始める にあたって「企業のニーズを理解」することは,特に昨 今様々な事情で研究時間を削られ続けている大学教員に はなかなか荷が重いかもしれない。しかし本シンポジウ ムで3番目に登壇いただいたリバネスはそうしたシーズ とニーズをつなぐプラットフォームを提供してくれる可 能性があるだろう。 いずれにせよ,トヨタ自動車は期待する専門知識のひ とつとして心理学を募集要項に入れており,心理学領域 にシーズ技術があることを期待しているようだ。基礎心 理学分野で期待されている人材として,特に知覚や認知 心理学を専門知識として持っており,Computer Vision を扱った経験があるとなお良いということである。求め られる能力として,①大規模なシステムに自分のアイデ ア を組 み 込 み, 評 価 で き る プ ロ グ ラ ミ ン グ ス キ ル (C++, Python),②動作可能なハード・ウェアを1から 構築した経験,③自分の専門にこだわらず,必要なこと を常に勉強する姿勢(複数の専門性),④世界中の仲間 と一緒に働けるコミュニケーションスキルがあげられ た。意欲と興味のある方は,トヨタのキャリア採用Web ページをご覧いただきたい(http://www.toyota-careers. com/),ということであった。 3. モノ・コトと人をつなぐ  ―企業で心理学を活用するために― 三枝千尋 花王株式会社。博士(学術)。2004年東 京工業大学工学部卒業。2006年東京工業大学大学 院理工学研究科修士課程修了。2015年東京大学大 学院工学系研究科博士後期課程修了。研究テーマは 印象判断・魅力知覚。 続いて花王の三枝先生に話題提供をしていただいた。 三枝先生は東京工業大学の出身で修士課程までは高分子 化学の研究を行っていたそうである。花王の研究所に入 社配属後,消費者の意識・行動調査を業務として行うよ うになったことをきっかけに実験心理学研究をはじめ, 東京大学大学院へ入学,博士号を取得した。博士論文の タイトルは「顔の魅力知覚に関する実験心理学的研究」 で,後ほど紹介するように,この論文の執筆過程で培っ た心理学の知識が現在の業務に活きている。工学部出 身,就職後に博士課程進学という,基礎心理学分野では あまり一般的ではないキャリアだが,こういう進路もあ り得る,というのは現在進学か就職かで迷っている大学 生や大学院生には参考になるのではないだろうか。 花王には研究者が約 2300人働いていて,これは実に 全従業者数の 1/3を占める。研究所は国内に6箇所,海 外にもアメリカ,中国,台湾,タイ,ドイツなどにあ る。このうち心理学者がその知識を活かして働く可能性 の最も高そうなところが,東京,栃木,小田原の3箇所 に居を構える感性科学研究所だ。感性科学研究所の目標 は,「情緒・感性的価値」を測定し,その結果を商品開 発に応用することであるという。では「情緒・感性的価 値」とは何だろうか。 商品が消費者に提供するものは即物的な効果や効能だ けではない。例えば化粧水や洗顔料は,洗浄力や保湿, 美白といった機能的な要素に加え,色や形,香りや感触 などの感性的な要素も商品の価値を構成する。つまり, これらの商品を使用する消費者は,汚れが落ちたとか 潤ったという「機能価値」を受けとるだけでなく,その ことによって自信が持てたり,幸せや満足を感じたりす る。この後者の要素が「情緒的・感性的価値」であり, これを定量化し,社内外のメンバーと共に新たな価値を 持つ商品や体験をつくりだすことが感性科学研究所の目 的である。 内閣府が 1958年からほぼ毎年実施している「国民生 活に関する世論調査」に,「心の豊かさ」と「物の豊かさ」 のどちらを今後の生活において重視したいと思うか,と いう設問がある。この設問に対する,「心の豊かさを重 視したい」という回答の比率は 1980年以降「物の豊か さを重視したい」という回答の比率を常に上回り,1990 年から現在に至るまで,前者は後者よりおよそ2倍高い 比率を維持し続けている。たしかに私達の身の回りには 生活必需品といえそうなものは大体揃っていて,洗剤や 石鹸,化粧品についても,洗浄力,保湿力,美白効果と いった機能的価値については既に一定水準以上の質を備 えている。つまり「物の豊かさ」はもう十分に享受され ているのかも知れない。こうした現状で機能的価値の次 元において他社製品との差別化を達成するためには飛躍 的な技術の進展が必要だろう。例えば(基礎心理学者に はおなじみの)心理物理関数に従えば,保湿力が物理的 評価で2倍になったとしても心理的評価は2倍にはなら ないし,さらにこの感応度の逓減は機能的要素の洗練が 進んでいるほど大きくなると予測できる。このことを考 えると機能的要素の次元で競合他社に優越することはと ても難しそうだ。そうであれば物理的な機能・効能とは 別の次元で商品の価値を高めるというのは戦略として正 しそうである。ここに心理学者の出番があって,つまり

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商品の情緒・感性的価値を向上させるためには,その評 価を正しく行える人間が必要となる。 花王では商品デザイン・機能設計以外にも商品開発プ ロセスの様々な段階で人を見る必要があり,心理学が必 要とされる場面は多いという。例えば企画段階では消費 者のニーズ把握のための聞き取り調査が行われる。しか し例えば「こういう髪型になりたい」という消費者の希 望を単に汲み取っていただけでは,実際に消費者を満足 させられないかもしれない。というのも,三枝先生が博 士課程在学中に行った,顔のみ,髪のみ,顔+髪の刺激 画像を用いた顔の魅力評価実験の結果は,顔と髪型の魅 力は相互に影響しあっており,相互の魅力は切り離せな いことを示しているためだ(Saegusa, Intoy, & Shimojo, 2015)。この実験の結果を応用すれば,消費者本人の気 づかない自分に似合う髪型を提案し,より高い満足を提 供するサービスのような,新しい市場が開拓できるかも しれない。また,髪の色に関する自己評価と他者評価の 間にはずれがあるという調査結果も紹介していただいた が(三枝・渡邊,2014),このデータも示唆的である。 消費者自身が自覚できないところにニーズがある,とい うことはそうした潜在的なニーズを客観的に示してみせ る必要があるということを意味しており,そのためには 言語化できない潜在的態度を測る潜在連合テスト(e.g., Greenwald & Banaji, 1995)のような実験手法が役立つか もしれない。さらに,実験心理学ではよく知られる視覚 探索課題を用いて背景色が商品の探索に及ぼす影響につ いて検討した事例も紹介された(Saegusa et al., 2016)。 この結果からは販売段階での売り場設計にも心理学が役 に立つ可能性が示される。 博士人材に期待される特性・能力については,社内で 行った聞き取りの結果について報告していただいた。ま ず,特に統計の深い知識や仮説検証の考え方など,心理 学の研究経験で培った専門性を活かし,ロジックをもっ て効率的にプロジェクトを進めていく即戦力となる人材 が求められているということであった。その一方で,自 分の専門周辺の心理学全般の知識も持っていることも期 待されているという。研究の幅の広さ,引き出しの多さ が役に立つ場面が多々あり,例えば目的に応じて実験だ けでなく調査も行えるような柔軟性も備えることが望ま しい。社会心理学の知識が役に立つ場面が多いという意 見もあったようだ。しかし実は一番多かった回答が, 「一般的な特性や能力」に関するものだったそうである。 例えば企業研究の目的は「社会に価値を提供すること」 であり,研究を社会に役立てようという意識,つまり社 会との接点を意識していることが重要であるという。ま た,バックグラウンドの異なる人々と相互に理解しあ い,漠然としたリクエストから具体的な実験計画をたて るためのコミュニケーション能力,主体的に研究を進め る能力,感性(センス)についても求められることが多 いということであった。まとめると,博士人材が専門性 を活かして働くためには,専門知識に加えそれを「価値 創造」に活かそうとする意識と,専門にとらわれず「新 しいことに柔軟にチャレンジする姿勢」を持つことが重 要であるといえそうだ。 最後にメーカーで研究をすることのメリットについ て,①強み(知識・研究)を活かして色々なことに挑戦 できること,②研究成果が商品やサービスとして世に出 ていくところを見られること,③様々なバックグラウン ドを持つ人から刺激を受け,視野を拡げることができる こと。の3つを挙げていただいた。たしかに自分の開発 に関わった製品が店頭に並ぶというのは,大学教員には なかなか得難い経験かもしれない。 4.  研究者集団リバネスから見た,ビジネスでも活きる 心理学者の力 磯貝里子 株式会社リバネス人材開発事業部。2008 年 3月東洋大学大学院生命科学研究科修了。博士 (生命科学)。同年4月株式会社リバネス入社。研究 人材が社会で活躍するための研修プログラム開発に 携わり,企業や大学,研究機関における研修講師も 務める。 江川伊織 株式会社リバネス人材開発事業部。2017 年東京大学大学院総合文化研究科修了。修士(学 術)。2017年5月株式会社リバネス入社。専門は異 常心理学・性格心理学。 株式会社リバネスからは,磯貝里子先生と江川伊織先 生の2名による話題提供が行われた。最初にお話いただ いた磯貝先生のバックグラウンドは心理学ではない。大 学院時代の専門は植物バイオテクノロジーで,東洋大学 大学院の生命科学研究科で博士号を取得している。しか し現在は博士課程の研究内容から離れ,リバネスの人材 開発事業部にお勤めである。そのきっかけは博士後期課 程1年生時の秋,『日経バイオビジネス』という雑誌に 出会ったことで,研究業界の外側に研究を知りたい人が いるということに気づいたことだという。このとき「書 いて」「つなぐ」「伝える」という仕事が自身の中に浮か び上がり,「自分のちからを試すため」リバネスでのイ

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ンターンシップを開始。2008年,博士号取得と同時に 入社した。 総勢約60名の社員全員が研究者であるリバネスはま さに「研究者集団」と呼ぶにふさわしい組織だろう(な んと半数近くが博士号を取得している)。「科学技術の発 展と地球貢献を実現する」という理念を掲げ,現在国内 に5 拠点(東京,大阪,熊本,沖縄,山形),海外にも シンガポール,マレーシア,アメリカ,イギリスに子会 社を持つ。スタッフの背景は農学,生命科学,生物学な どのバイオ系を筆頭に,機械工学,電子工学,情報工 学,薬学,医学,そして心理学とバラエティに富む。 リバネスが創業時に感じていた大学と社会との間に存 在する課題は 3つあり,それは「理科離れ」「博士号取 得者の活躍の場の無さ」「アントレプレナー不足」だと いう。「理科離れ」とは,自然科学を学ぶことの意義(学 校で学ぶ「理科」と社会とのつながり)が見えない小学 生・中学生が増加していること,「博士号取得者の活躍 の場の無さ」は,博士課程入学者の数が増加しているの に対しその就職先がなく,その力を発揮する場がないと いうこと,そして「アントレプレナー不足」とは,自ら の技術で創業を志す起業家精神(アントレプレナーシッ プ)を持つ人材が少ないということを指す。この3つの 問題を解決するためにリバネスでは次のような事業を 行ってきた。まず「理科離れ」を解消するため,最先端 の科学を伝える出前実験教室から始め,アジア最大の中 高生研究者プラットフォームを構築した。たとえば中高 生向けの学会『サイエンスキャッスル』は,プラット フォームの構築に寄与した一例である。教育応援プロ ジェクトの一環として実施されてきた実験教室にはこれ までにのべ10万人の小中学生が参加。実施回数は年間 500回におよぶそうだ。また,意欲と才能のある研究者 を支援するため,様々な研究支援を展開している。リバ ネス研究費はそのひとつで,これまでに累計5千万円以 上を「エッジのきいた」若手研究者に提供してきた。リ バネス研究費は40歳以下であることを受給資格とする が,領収書不要で非常に使い勝手が良さそうである。こ のほか,各種競争的研究資金に採択されなかった申請書 など,研究者が持つ未活用アイデアを集積し,産業視点 で再評価することによって,産業的利用性の高い,未活 用アイデアを企業側が活用することを実現する,オープ ンイノベーション・プラットフォーム「L-RAD」を創設 している。この事業は先の大瀧先生の話題に上がった大 学と企業の「すれ違い」問題を解決するひとつの方法と なる可能性があるだろう。そして3つ目の問題,アント レプレナー不足を解消するために,ベンチャーの発掘・ 育成プログラムを開始した。この創業応援プロジェクト では大学,大手企業,ベンチャーキャピタル,町工場な どと連携しスタートアップを育てることを目指してい る。 リバネスでは現在約60名で200以上のプロジェクトを 走らせている。これらのプロジェクトはすべて,世の中 の課題に対し熱意を持って取り組める社員がリーダーと なって立ち上げられてきた。つまり,新規事業・研究の 基礎となるのは,自分で課題を設定し,熱意をもって仮 説を実装できる人材である。ではこうした人材を企業や 大学でどのように育成できるだろうか?この問題を解決 できる専門性を備えた人物として,心理学分野の研究者 に期待がかかっている。こうした期待の下,2017年に入 社したのが江川先生である。 江川先生は東京大学大学院総合文化研究科の修士課程 を修了後リバネスに入社した。専門は異常心理学・性格 心理学である。入社の理由は,心理学者が専門知識を大 学外で活かす場が少ない,そして心理学者がどんな研究 をしているのか知られていない,というもどかしさを大 学院時代に感じたことだという。心理学者がその専門性 を活かして活躍する場を増やすには,心理学者のできる ことを社会に伝える必要があると考え,「まずは自分が プレイヤーとなりその役割を果たすこと」を決意しての 進路決定であった。 リバネスでの江川先生の最初の取り組みは新規事業創 出人材の性格特性の検討であった。新規事業を立ち上げ る際,問題となるのは適任者の選出である。どのような 人物にプロジェクトを任せればよいのか,これまでこの 重要な判断を勘と経験則に頼らざるを得ないという課題 があった。心理尺度を用いて適性を定量化することによ り,この課題を解決できる可能性があるとともに,これ までの人材評価軸とは異なる側面の指標を取り入れるこ とで,多様な人材の活躍につながることが期待される。 そこで江川先生が行ったのが事業創出経験のある人材へ のヒアリングで,この結果に基づき新規事業創出者に共 通の行動傾向や態度を抽出した。このデータを利用し て,事業創出に適性のある人物の特徴を把握する指標の 作成を目指している。また,瞳孔径変化の解析に強みを 持つテクノロジーベンチャーの株式会社夏目綜合研究所 の例を挙げ,生理指標データの解釈に心理学の知識を活 かせることを紹介した。近年,テクノロジーの発達によ り,生理指標データを簡便かつ精緻に取得できるように なっている。そのようなデータに心理学的解釈を付加す ることにより,商品の開発や改良,そして応用を加速す ることが期待されている。

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これらの経験から次の2点の気づきを得ることができ たと江川先生はいう。ひとつは,人材の力を活かすため に,勘や経験則に頼らない人物理解の方法が企業に必要 とされていること,そして心や行動に関わるデータを解 釈できる人材が求められていることである。これらはま さに心理学の専門性が発揮できるところであり,心理学 者の活躍の場は広がっているといえそうだ。 心理学は実験だけでなく,質問紙等を用いた評価でも 活躍できるという話になったが,本シンポジウム最後の 話題はまさに評価の話であった。ただし評価対象は個人 ではなく,大学である。 5. 大学評価・IRと心理学 渋井 進 独立行政法人大学改革支援・学位授与機 構研究開発部准教授。博士(学術,東京大学,2004 年)。1997年東京大学文学部卒。1999年東京大学人 文社会系研究科基礎文化研究専攻博士前期課程修 了。2002年東京大学大学院総合文化研究科広域科学 専攻。専門は教育心理学,教育工学,実験心理学。 最後にご登壇いただいた渋井先生は,本シンポジウム の登壇者で唯一民間企業外からの話題提供者である。渋 井先生の現所属である大学改革支援・学位授与機構は 「高等教育研究の質を高めるための大学等の活動を支援 するとともに,学位が学習の成果として適切に認識・評 価されるよう」取り組んでおり,また「そのために,学 位授与事業,評価事業,施設費貸付・交付事業,質保証 連携,及びこれらの事業に関連する調査研究」の実施を 目的とする組織である(https://www.niad.ac.jp/about/)。 リバネスの江川先生の話題からも示されるように,客 観的な評価を行う必要のある場面で心理学のニーズは大 きいようだ。そして評価に関しては,他ならぬ大学の中 にも大きな市場が有る。各大学には大学の認証評価や自 己評価を主な業務とする評価・IR (Institutional Research) 室が設置されている(組織の名称は大学によって異なる かもしれない)。ここに心理学者の活躍できる場がある, と渋井先生はいう。 もう少し詳しく大学評価・IR室の仕事をみてみよう。 渋井先生が2007年4月から2009年3月および2012年4月 から2015年9月まで在籍されていた国立大学法人鹿児島 大学を例にとると,業務は以下の9つである(講演資料 より抜粋。下線は筆者による)。 (1) 将来構想に関すること。 (2)  中期目標,中期計画及び年度計画の原案の作成並 びにその評価への対応に関すること。 (3) 認証評価への対応に関すること。 (4) 自己評価に関すること。 (5)  企画・評価に関し,各理事及び各部局等との連 携・調整に関すること。 (6)  大学の運営及び評価に係る情報の収集,調査,分 析及び活用の総括に関すること。 (7) 本学の運営及び評価に係るシステムに関すること。 (8)  本学の運営及び評価に係る指標,分析手法等の開 発に関すること。 (9)  その他企画・評価並びに本学の運営及び評価に係 るIRに関すること。 (1)∼(9)のほとんどの項目に「評価」の文字が入っ ており,これを適切に行える人間として心理学者が重要 な役割を果たせることが想像できる。実際,渋井先生は この評価・IRの仕事に長年従事され,その過程で心理 学の知識を大いに活用されてきた。 講演では,心理学の研究経験,とりわけ統計とアン ケート調査の知識がこれまでの業務で役に立った経験を ふたつ紹介していただいた。ひとつは「鹿児島大学共通 教育における学習実態・学習成果に関する調査」と題す る学生調査で,全学FD委員会が主体となって2010年か ら2012年までの3年間実施されたものである。ここでは 調査の限界を指摘した。例えば質問項目の設定につい て,並列に比較して判断しにくいものがあること,ま た,他大学と比較しなければあまり有意義なデータとは ならないような項目があることにも気づいた。もうひと つの例は授業評価アンケートである。これはどこの大学 でも行われているだろう,学期末に学生が講義内容を評 価するものである。ここでは数量化の問題を指摘してい る。現在,多くの授業評価で「4.強くそう思う」「3. そう思う」「2.あまりそう思わない」「1.そう思わない」 の4件法が採用されているが,これを7件法にすること で授業の評価の順位が入れ替わる可能性がある。これら の例のように,評価の手法を系統的に学び調査の手段と して扱ってきた専門家から見るとすぐに問題があること に気づくようなアンケートは巷に溢れている。アンケー トの質問項目や回答形式の問題点を指摘し,改善案を提 案できる人材として心理学者の需要は大きいのではない だろうか。 最後に研究を行う場としての評価室・IR室の魅力に ついてもお話いただいた。純粋に基礎的なメカニズムの 解明を目的とする心理学的研究を行うことは難しいもの の,評価の検証,支援という観点から新たな研究分野を

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開拓できる可能性がある,と渋井先生はいう。実例とし て,渋井先生は「多次元データ・指標を直感的に表現す る顔グラフ表示法の開発と大学評価支援への活用」「指 標・エビデンスの可視化による教育評価支援システム」 といったテーマで科研費を取得し,評価の検証,支援に 心理学の研究手法を実践的に応用する道を開拓してい る。 大学評価室・IR室は毎年コンスタントに公募を行っ ている。例えば 2018 年 10 月現在「評価室」「IR 室」を キーワードにJREC-INを検索すると,1件の該当公募情 報が得られる。また,講演内でご紹介いただいた2011 年度∼2016年度の公募情報をまとめた資料によると, 2014年に募集数が増加している。職位と待遇は准教授・ 講師相当が多く,任期のない常勤公募も少ないながら存 在する(全 116件中8件)。評価とIRの仕事に必要とさ れるスキルとして,①統計・アンケート調査などに関す る知識,②データベースなどの知識,③コミュニケー ション能力(相手の事情,立場を考慮できる能力),④ 政策に対する興味,⑤英語力,そして⑥誠実さが挙げら れた。このうち①の統計・アンケート調査についての知 識はまさに心理学専門性が活きるところだろうし,⑤の 英語力も論文を読んだり書いたりする能力は基礎心理学 で博士号をとった人なら一定水準以上はあるのではない だろうか。質問紙を用いた評価や統計に関する専門知識 を活かした仕事をしたいと考えているなら,大学評価 室・IR室は有力な進路候補のひとつだろう。 6. まとめと展望 5名の登壇者の話題提供を経て,キャリアパス委員会 の綾部先生による指定討論となった。その中で,30年 前,ユニリーバ(オランダとイギリスに本拠を置く世界 有数の消費財メーカー)で研究プレゼンを行った際に, 会議に出席していた同社の社員は心理学の博士学位取得 者が半数を占めていたという実例を紹介された。翻って 日本ではなぜ博士学位取得者の民間就職が進まないのだ ろうか。その理由のひとつとして,心理学が商品開発や サービスの向上のために,どのように役に立つのかが, 学界の外側にはわかり難いということが考えられる。し かし今回登壇いただいた方々の話でも繰り返し示された 通り,潜在的には商品開発や評価における心理学の専門 知識についての需要は少なくないはずだ。 我々は「役に立つ」知識と技術を備えている,という ことをもっとアピールする必要があるのかもしれない。 例えば最近,アパレルショッピングサイトを運営する大 手企業が,研究者を募集していることが話題となった。 JREC-INにもこの公募情報は掲載されており,募集要項 には,服装の美しさやその着用による満足度の定量化を 目指す部門の求人であることを示唆する記述があった。 そうであれば,それはまさに人間の主観を定量化する心 理学の実験・調査ノウハウが役立てられる業務であると 思われる。しかしここでもう一度募集要項を見ると,要 求されるスキルとして挙げられているものは数学,統計 学,物理学,化学,生物学,情報科学,工学等の分野に おける知識と経験であり,心理学の知識はこの業務に役 立つスキルとして想定されていないことがわかる。我々 から見るとまさに心理学が長年蓄積してきた知識と技術 を活かせると確信するポジションの募集要項に心理学の 文字がないことの原因は,やはり大学で教育・研究され ている心理学について,その真価がまだまだ知られてお らず,心理学が何の役に立つのかについて学界外の人々 は思いつかないということが原因ではないだろうか。 この「心理学が企業に貢献できること(現在実際に 様々な現場で役立てられていること)」と「大学で心理 学を専攻する人間が学んでいる,と一般的に考えられて いること」の間にギャップが生じるのは,書店で「心理 学の本」として売られているものや TVなどのマスメ ディアで紹介される「心理学」の中に,大学で教え学ば れている実際の心理学とかけ離れているものが少なくな いためではないか,という指摘がフロアからあり,それ に同意する参加者も多いようであった。ギャップの生起 因はさておき,ギャップが存在するとしたらそれを解消 していくというのが,現状を改善するために進むべき方 向として正しそうである。この問題解決に向けて日本基 礎心理学会はすでに動き始めており,本シンポジウムに 先立って2017年10月に実施された一般公開のシンポジ ウムでも,心理学の学科・大学院を卒業し,その知識を 活かして民間企業等で活躍する5名の方々を招いた講演 会を行った(2017年度 日本基礎心理学会公開シンポジ ウ ム「心 理 学 の 学 び を 活 か す」http://psychonomic.jp/ sympo/2017.html)。またキャリアパス委員会の企画で, 「基礎心理学者のキャリアパス」と題し,心理学で博士 号を取得し,民間企業で働く方々のインタビューのリ レー連載も 2017年度より始まっている(本誌では114 ページに掲載)。さらに,こうした情報を学界外の人々 に届かせるため,情報発信の方法や宣伝の工夫について も検討中である。 また,少しずつではあるが,大学院修了者の一般企業 への就職状況も変わりつつあるようである。博士号取得 後に企業で活躍する例は,筆者が大学院に進学した 20

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年前よりも増えつつあるように感じており,シンポジウ ム最後の討議の際,数多くの大学院生を受け持ってきた ベテランの教員からも同様の実感を持っているという意 見が聞かれた。実際,2018年10月現在,マツダやデン ソーなど大手企業が博士号取得者・ポスドク研究員を対 象とし,心理学を募集要項に入れた求人を出している。 博士号取得後に学振PD研究員や大型プロジェクトで任 期付き研究員のポストに就き,そこで数年働きながら公 募に出し続け,どこかの大学で常勤職を得る,というの がこれまで大学院修了者の描く一般的なキャリアパスで あったと思うが,それ以外の進路の選択肢も今後増えて いくのかもしれない。 大学院を修了した時点で民間への就職のハードルが著 しく上がるのは心理学に限った話ではない。とりわけ文 系の大学院修了者の民間就職が難しい理由のひとつは日 本特有の新卒一括採用システムにあるだろう。しかしこ の点についても状況は変わりつつある。経団連の定める 「就活ルール」は2021年卒者から廃止されることが決定 しており,このため新卒一括採用を見直す動きが広がる 可能性があるという(日本経済新聞,2018)。また,す でに大手企業の一部では時期を問わずに学生を採用する 通年採用を導入しており,この傾向は今後拡大すると予 想されている。こうした動きを不安視する声も大きいよ うであるが,ゲームのルールが変わるということは,業 務に即応用可能な知識と技術を身に着けていながら, 「学部新卒ではない」というだけで現行のルール下で不 利を強いられている立場からは好機となる可能性も高い と思われる。そうであればなおさら心理学の潜在的な需 要が理解されていないという現状を改善することは急務 であり,心理学的な知識・技術がもつ民間企業の業務に おける有用性の高さ,射程の広さについては,今後も継 続的かつ精力的に学会企画等で周知していく必要がある と考える。 引用文献

Greenwald, A. G., & Banaji, M. R. (1995). Implicit social cog-nition: Attitudes, self-esteem, and stereotypes. Psychological

Review, 102, 4–27.

Kawahara, J. (2010). Measuring the spatial distribution of the metaattentional spotlight. Consciousness & Cognition, 19, 107–124.

日本経済新聞 (2018).新卒一括採用転機に,経団連, ルール廃止発表,日本型雇用見直し迫る 2018年10 月10日 朝刊

Rensink, R. A., O’Regan, J. K., & Clark, J. J. (1997). To see or not to see: The need for attention to perceive changes in scenes. Psychological Science, 8, 368–373.

SAE International (2016). J3016-Taxonomy and definitions for terms related to on-road motor vehicle automated driving systems. Surface Vehicle Recommended Practice. Retrived from https://saemobilus.sae.org/content/J3016_201609 (September 1, 2018).

Saegusa, C., Intoy, J., & Shimojo, S. (2015). Visual attractive-ness is leaky: The asymmetrical relationship between face and hair. Frontiers in Psychology, 6, 377.

Saegusa, C., Monchi, R., Nishino, M., Oshida, A., Saga, K., Honda, N., , Yakura, M. (2016) Influence of background color on the experience of product search. The 31st

Interna-tional Congress of Psychology (ICP2016),7.24–29,

Yokoha-ma, Japan.

三枝千尋・渡邊克巳 (2014).髪色と顔の「似合い」と 魅力度――自己評価と他者評価―― 日本感性工学会 論文誌,13, 253–258.

参照

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