緒 言 鼠径部に発生する異所性内膜症は稀であり、そ の中でもNuck管水腫内に生じる子宮内膜症は非 常に稀である。今回我々はNuck管水腫内子宮内 膜症を認め、さらにその内部に10年前に施行され た腹腔鏡下胆嚢摘出術で使用したクリップが迷入 していた極めて珍しい一例を経験したので報告す る。 症 例 症例:43歳。1経妊・1経産。 主訴:右鼠径部腫瘤。 家族歴:特記すべき事項なし。 既往歴:33歳時に胆石に対して腹腔鏡下胆嚢摘出 術。 現病歴:当科初診の二年前から子宮筋腫に対して 経過観察目的に近医通院中であった。半年前から 右の鼠径部に腫瘤を自覚し、月経時に増大して痛 みを伴うようになったため、精査・加療目的に当 科を紹介されて初診となった。
現症:内診にてover fist sizeに腫大した可動性良 好な子宮を触知する。付属器は触知しない。経腟 エコーにて子宮後壁に6cm大の子宮筋腫を認め
2014 March 日産婦内視鏡学会 第29巻第2号
症例報告
Endometriosis in a Canal of Nuck Hydrocele that Contained a
Metallic Clip used in Laparoscopic Cholecystectomy
Yuta Tabuchi1), Masahiro Iwasaki1), Riri Suzuki1), Motoki Matsuura2), Hidehumi Adachi1), Miwa Suzuki1), Mizue Teramoto1), Yushi Akashi1), Ryoiti Tanaka1), Tsuyoshi Saito1)
Department of Obstetrics and Gynecology, Sapporo Medical University1),
Department of Obstetrics and Gynecology, Nikko Memorial Hospital2)
Abstract
A 43 year-old woman, gravida 3, para 3, presented with a right inguinal mass. It was growing slowly and associated with cyclic pain during the menstrual cycle. She had no other symptoms such as dysmenorrhea or pelvic pain. On examination, the right inguinal mass measured 50 mm. It was relatively fixed and nontender. Laboratory values were normal, including CA19-9, CA125, and CEA. She had a history of a laparoscopic cholecystectomy at 33 years of age. Magnetic resonance imaging (MRI) showed a multiple cystic lesion with in inguinal fatty tissue or in the inguinal canal; it measured 52 mm at its larger axis. We diagnosed it as inguinal endometriosis and resected the tumor. A 30 × 50 mm cystic tumor was removed; it contained a metallic clip. The pathological examination was reported as endometriosis in a canal of Nuck hydrocele. The origin of the metallic clip was thought to be an instrument, which was used in laparoscopic cholecystectomy, because she had no history of trauma or surgery in the inguinal area. The metallic clip migrated from the cystic duct or the artery of gallbladder, transited the inguinal canal, then fell into the canal of Nuck hydrocele. This is a very rare case of endometriosis in a canal of Nuck hydrocele, which contained a metallic clip.
Key words: endometriosis, canal of Nuck, metallic clip
腹腔鏡下胆嚢摘出術で使用した金属クリップが迷入した
Nuck管水腫内異所性子宮内膜症の一例
札幌医科大学産婦人科学講座1)、日鋼記念病院産婦人科2)
田渕雄大
1)、岩崎雅宏
1)、鈴木利理
1)、松浦基樹
2)、足立英文
1)、鈴木美和
1)、
た。付属器の腫大や腹水の貯留は認めなかった。 右鼠径部に5cm大の腫瘤を認め、腫瘤は柔ら かく、可動性不良。圧痛や発赤は認めない。体位 や腹圧による大きさの変動はなく、還納不可能で あった。 臨床検査所見:CRP<0.3 CEA 1.3ng/ml CA19-9 23.1ng/ml CA125 16.7U/ml その他異常所見な し。 画像検査所見:右鼠径部に33×23×52mm大のT1 強調画像で低信号、T2強調画像で高信号、脂肪 抑制で抑制されない二房性囊胞性腫瘤を認めた。 腫瘤は皮下脂肪織内または鼠径管内に存在してい ると思われた(Fig1(a)-1(d))。また、子宮後壁 には6cm大の筋層内筋腫を認めた(Fig2)。 月経周期に伴う腫脹や疼痛を繰り返す腫瘤であ ったことから、右鼠径部異所性内膜症を疑い、摘 出術を施行する方針となった。なお、子宮筋腫に 対しては、過多月経や月経困難等の症状がなかっ たため、患者の希望もあり今回の治療対象からは 除外した。 手術所見:腫瘤の直上で5cmの皮膚切開を加え、 外腹斜筋腱膜を切開すると暗赤色の腫瘤に到達し た(Fig3)。周囲組織との癒着を剥離しながら腫 瘤に連続していた円靭帯を可及的高位で結紮・切 離して腫瘤を摘出した(Fig4)。鼠径管後壁の補 強は鼠径ヘルニア手術に準じてMarcy法を用い た。最後に皮下連続埋没縫合を施して手術を終了 した。 摘出標本所見:3×5cm大の二房性囊胞性腫瘤 であり(Fig5)、内容液は淡血性・漿液性であった。 Fig1(a) T2W1 Fig1(b) T2W1 Fig1(c) T1W1 Fig1(d) T1FS 骨盤MRI T1強調画像で低信号、T2強調画像で高信号、脂肪 抑制で抑制されない二房性囊胞性腫瘤。
内腔には内膜症様の2mm大の点状出血斑を複数 認めた。また、腫瘤内部には10mm大の金属製ク リップを認めた(Fig6)。 病理組織所見:腫瘤は1層の中皮細胞によって裏 打ちされた囊胞性腫瘤であり、Nuck管水腫と診 断された。また、間質には好中球の浸潤やヘモジ デリン沈着を認め(Fig7)、一部に子宮内膜間質 様の部位も認められた。内膜由来か或いは中皮由 来かの鑑別目的に施行された免疫染色の結果はエ ストロゲンレセプター陽性、プロゲステロンレセ プター陽性であった。なお、CD10(±)であった。 これらの所見は異所性内膜症として矛盾のないも のであった。以上より、Nuck管水腫内子宮内膜 Fig2 骨盤MRI 子宮後壁に6cm大の筋層内筋腫を認める。 Fig3 手術所見 外腹斜筋腱膜を切開すると、暗赤色の腫瘤に到達した。 Fig4 手術所見 周囲組織との癒着を剥離していくと、腫瘤と連続して いた円靭帯が同定され、これを結紮・切離して腫瘤を 摘出した。 Fig5 摘出標本 3×5cm大の囊胞性腫瘤であり、内容液は淡血性・漿 液性であった。 Fig6 摘出物内の迷入クリップ 内腔には内膜症様の2mm大の点状出血斑を複数認め た。また、腫瘤内部には10mm大の金属製クリップを 認めた。
症と診断された。 術後経過:経過は良好であり、術後5日目に退院 となった。以降、外来経過観察しているが、現時 点で再発を疑う徴候は認めていない。 考 察 子宮内膜症のうち、鼠径部に発生するものは全 体の0.4-0.8%とされている1,2)。本邦における鼠径 部内膜症160例を集計して検討した清水ら3)の報 告によると、Nuck管内に発生した異所性内膜症 は160例中10例であり、6.3%であったと述べてい る。また、海外からの報告では、Gaeta Mら4)は 372例の子宮内膜症症例のうち、2%に相当する 8症例にNuck管内の内膜症を認めたと報告して いる。これらのことからもNuck管水腫内子宮内 膜症が極めて稀である事がわかる。 Nuck管とは、胎生期に鼠径管の内部を子宮円 靭帯と共に通る腹膜鞘状突起が、出生後も閉鎖せ ずに囊胞を形成する事により生じ、男児における 陰囊水腫に相当するものであるが、成人でNuck 管水腫を発症する事は非常に珍しいとされてい る。なお、Nuck管水腫に関する報告は消化器外 科領域からのものも多く、「Nuck管水腫」「成人」 をキーワードにした検索を基にした伊藤ら5)の報 告によると、本邦での成人Nuck管水腫に関する 報告は9例あり、このうち2例でNuck管水腫内子 宮内膜症を合併していたと述べている。 ここで金属クリップの由来であるが、鼠径部の 手術歴や外傷歴がない事から、腹腔鏡下胆嚢摘出 術の際に胆嚢管や胆嚢動脈の処理に使用した金属 クリップが滑脱して腫瘤内に迷入したものと考え られた。また、金属クリップが存在していた場所 は、解剖学的に腹腔内と連続性のある場所であり、 病理学的には中皮で裏打ちされている場所である 事、術前・術中所見としてヘルニアは認めなかっ た事などから、Nuck管水腫内にクリップが迷入 したものと診断した。 異所性子宮内膜症の病理学的発生機序6)として は、大きく3つに分類する事ができる。すなわち 経卵管移植説・機械的移植説・リンパ管や血管を 介した移植説などの①子宮内膜移植説、月経血に よって腹膜中皮の化生が誘導される②体腔上皮化 生説、胎生組織の遺残細胞に由来するとされる③ 胎生組織遺残説、これらが3つの組織発生学説で ある。本症例においては、クリップの存在により 腹腔内と腫瘤との直接的な連続性が証明されてい ることから、3つの組織発生学説のうち、子宮内 膜細胞の経卵管移植説と月経血による体腔上皮化 生説を示唆するものと思われる。 最後に鼠径部腫瘤や鼠径部内膜症の治療に関し て、当科では、外科的切除が第一選択であると考 えている。実際にNuck管水腫から発生した類内 膜腺癌の報告4)や、鼠径部内膜症を発生母地とし た明細胞腺癌の報告7)もあり、正確な病理組織学 的診断が重要であると考えているからである。ま た、そのような悪性疾患ではなく鼠径部子宮内膜 症であったとしても、その病理学的性格からも病 変の取り残しは再発の原因となる可能性があるた め、手術に際しては経皮的な病巣の完全切除が必 要である。切除断端陽性の場合や骨盤内症状が残 存するような場合には二期的に腹腔鏡下での円靭 帯切除が望ましいとする報告8)もあり、当科でも 腫瘤に連続する円靭帯をなるべく高位で結紮・切 断するように心がけている。 Fig7 病理組織・HE染色 腫瘤は1層の中皮細胞によって裏打ちされた囊胞性腫瘤であり、間質には好中球の浸潤やヘモジデリンの沈着を認めた。
結 語 稀とされている成人発生のNuck管水腫内に異 所性子宮内膜症を合併し、さらに金属クリップが 迷入していた極めて珍しい一例を経験したため、 若干の文献的考察を加えながら報告した。 本論文の要旨は第25回日本内視鏡外科学会学術 講演会で発表した。 文 献 1) 足立善彦:発生部位と症候. 臨床婦人科産科. 1992 ; 46 : 20-27
2) Jimenez M, Miles RM : Inguinal endometriosis. Ann Surg 1960 ; 151 : 903-911
3) 清水智治、龍田健、村田聡 他:外鼠径ヘルニア囊 内に発生した外性子宮内膜症の1例. 日消外会誌 2010 ; 43(4) : 466-471
4) Gaeta M, et al. : Nuck canal endometriosis : MR imaging finding and clinical features. Abdom Imaging. 2010 ; Dec 35(6) : 737-741
5) 伊藤元博、土屋十次、立花進 他:Nuck管水腫内に 発生した類内膜腺癌の1例. 日臨外会誌2010 ; 71 : 2145-2149
6) Schenken RS : Pathogenesis. Endometriosis : Contemporary Concepts in Clinical Management. Schenken RS, ed, Lippincott, Philadelphia, 1989 : 1-48,
7) Ahn GH, Scully RE : Clear cell carcinoma of the inguinal region arising from endometriosis. Cancer 1991 ; 67 : 116-120
8) 大澤稔、田口千香、鈴木大輔 他:鼠径部子宮内膜 症 産科と婦人科 2010 ; 12 : 1403-1408