生殖補助医療によって妊娠した女性が
出産するまでの感情のプロセス
Emotional processes during pregnancy among women
successfully conceived via assisted reproductive technology
林 はるみ(Harumi HAYASHI)
*1佐 山 光 子(Mitsuko SAYAMA)
*2 抄 録 目 的 本研究は,生殖補助医療で妊娠した女性が,治療の成功から出産に至るまでどのような感情のプロセ スをたどるのかを質的研究によって浮き彫りにすることである。 対象と方法 研究の参加者は,生殖補助医療によって妊娠し,初めて出産した産後1∼6ヶ月の女性で倫理的手続 きを経て研究協力の承諾が得られた8名。半構成的面接を行い,その逐語記録をデータとし,現象学的 アプローチによって質的記述的に分析した。本研究における感情とは,外界の刺激に応じて絶えず変化 する,快・不快,喜び,怒り,悲しみなどの気持ちと定義する。 結 果 妊娠から出産への通時的な流れの中で,主要テーマは,【妊娠したことによる使命感と重圧】,【嫉妬心 を避けるための気遣い】,【不安に立ち向かうための知恵】,【母親の自覚】,【孤独感からの解放】,【自信の 回復】,【不妊や治療経験の肯定的受容】,【成長した自己の確認】,【妊娠の喜びの実感】の9つに集約され た。妊娠が判明すると,妊娠の喜びを感じる一方で,祝福されることによる重圧を感じていた。妊婦と して受診する時は,不妊治療をしている人の嫉妬心を避けるために気遣いをしていた。妊娠早期から胎 児の母親であることを自覚し,妊娠中の不安に立ち向かっていく中で孤独感から解放され,ひとりでは ないという感情をもつようになっていた。妊娠5ヶ月を転換期として自信が回復し,不妊や治療経験の 肯定的受容と成長した自己の確認がみられた。胎児がいつ生まれてもよい状態になると妊娠の喜びを実 感していた。以上のようなダイナミックな感情のプロセスが見出された。 結 論 生殖補助医療によって妊娠した女性の感情のプロセスは,9つの主要テーマに集約された。妊娠4ヶ月 まではARTによって妊娠した女性特有の感情がみられたが,妊娠5ヶ月が転換期となり,通常の妊婦と 大きく変わらない感情をもっていた。 キーワード:生殖補助医療,不妊治療後の妊娠,感情のプロセス日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 23, No. 1, 83-92, 2009
*1新潟大学女性研究者支援室(Support Office for Female Researchers, Niigata University)
*2新潟大学医学部保健学科看護学専攻(Division of Nursing, School of Health Sciences, Faculty of Medicine, Niigata University)
2008年10月8日受付 2009年5月21日採用
資 料
Ⅰ.緒 言
近年,ART(assisted reproductive technology)と呼 ばれる生殖補助医療の急速な発展と普及により,従来 の一般不妊治療では妊娠することが不可能,あるいは 困難な状況であった女性が妊娠・出産できるように なってきた。不妊治療を選択している人々は,不妊を めぐる心理社会的・情緒的な側面に加え,治療から派 生するさまざまな経験をしている。とくに,体外受精 や顕微授精などの生殖補助医療(以下,ART)を受け る人の場合は,治療期間が長いことや経済的負担も大 きく,また治療を繰り返し受けることが多いことから, 一般不妊治療の場合よりもいっそう,多重的で複雑な 経験をすることになる。不妊治療をめぐる国内外の研 究の多くは,こうしたARTを受ける女性や夫婦の心 理状態や葛藤を明らかにしている。 不妊治療に成功し,妊娠した段階に目を向けてみる と,不妊治療は不妊そのものを治すものではないこ とから,妊娠・出産を経てもなお自分は不妊である と感じ,新しいアイデンティティが獲得されにくい (Olshansky, 1987)と言われている。また,不妊治療 によって妊娠した女性は,妊娠後に胎児を喪失するこ との不安,妊娠経過に障害が生じると不妊に関連づけ て不安を抱きやすい傾向,児に対して脆弱なイメージ (森,1996)や知能に対する潜在的な不安をもっている (原口ら,2001;岸本ら,1996)とも言われている。 不妊治療を受けた妊産褥婦の不安と胎児感情に関す る研究(大嶺ら,2000)や不妊治療後に妊娠した妊婦の 不安などを妊娠初期から末期にかけて縦断的に調査し た研究(西脇ら,2001)などでは,不妊治療によって妊 娠した妊婦と自然妊娠した妊婦との間の妊娠期の不安 には大きな違いが見られていない。以上より,不妊治 療を受けて妊娠した女性の妊娠期の「不安」や「胎児感 情との関係」に関する研究はいくつかあるものの,不 妊治療を受けて妊娠した女性の妊娠期の「感情」のゆ れや動きに注目し,どのようなプロセスをたどるか
The purpose of this qualitative study was to clarify key emotional processes experienced by women who achieved pregnancy via assisted reproductive technology.
Subjects and methods
The participants in this study were eight primiparas who achieved pregnancy via assisted reproductive technol-ogy. One to six months after delivery, data was obtained using semi-structured interviews and, after obtaining par-ticipant consent, was qualitatively analyzed via a phenomenological approach.
Results
Over the course of the pregnancies, the following nine major themes were identified: Feelings of Mission and Pressure by Becoming Pregnant, Attention to the Avoidance of Jealousy, Wisdom in Overcoming Anxiety, Mater-nal Self-consciousness, Release from Feelings of Loneliness, Recovery of Self Confidence, Positive Acceptance of Infertility and the Treatment Experience, Confirming One's Awareness of Growth, and Feeling Authentic Joy from Pregnancy.
Following knowledge of conception, the informants reported feeling pleasure from the experience, accom-panied by thoughts of a sense of mission and of pressure. At the same time, they also experienced feelings of op-pression from the blessing of pregnancy. They paid special attention to avoiding jealousy of others when having pregnancy check-ups, and underwent a stage of maternal self-consciousness from the early stages of the pregnancy that was accompanied by a consciousness of their fetus. They managed their feelings of anxiety by using wisdom to overcome, and through the process, underwent a passage of release from feelings of loneliness. Informants by their fifth month of pregnancy spoke of a recovery of their self confidence, a positive acceptance of their earlier infertility and the treatment experience, as well as a confirmation of own personal growth. They all underwent days of consid-erable joy from the beginning to the conclusion of the pregnancy.
Conclusion
It was concluded that the emotional process among women who achieved pregnancy via assisted reproductive technology could be understood qualitatively along these nine major themes. They experienced peculiar feelings until the fourth month of pregnancy. Their fifth month of pregnancy became a turning point, and their feelings did not differ significantly from those of women during a typical pregnancy.
生殖補助医療によって妊娠した女性が出産するまでの感情のプロセス については明らかにされていない。著者は,臨床現場 の経験として,ARTによる妊娠・出産の満足度や受容 度が高い女性にも出会ってきた。ARTによって妊娠し た女性が妊娠期にどのような感情のプロセスをたどる のかその軌跡を浮き彫りにすることは,ARTによって 妊娠した女性の立場にたった支援を提供する上で多く の示唆を与えると考えられる。そこで,本研究では, ARTを受けて妊娠した女性本人の語りを通して,妊娠 期における感情のプロセスを浮き彫りにすることを目 的とした。
Ⅱ.研究方法
1.研究参加者 ARTによって妊娠し,初めて出産した産後1ヶ月以 降∼6ヶ月の女性で,本研究の趣旨を説明し同意を得 た女性8名。 2.研究参加者の募集方法と倫理的配慮 ARTと分娩を取り扱う病院2施設の協力を得て,研 究参加者を募集した。募集は,産科に入院中の褥婦に 対して,研究者の呼びかけまたは病院長の協力により 次の方法で行った。研究者は,産褥2∼5日目の女性 全員に,研究参加の依頼文書及び封筒を渡し,退院後 1ヶ月頃に研究参加意思を確認する旨を伝え,文書に 連絡方法を自己記入してもらい,封筒を指定の箱に投 入するよう説明した。研究者が産後1ヶ月頃に参加希 望者に連絡し,参加の承諾が得られた女性を研究参加 者とした。他方,病院長が研究の趣旨説明を行い,研 究協力を内諾した女性に対し,研究者が口頭で研究 の趣旨を説明した。その際,研究への参加は自由意思 であり,いつでも研究参加を中断できることを伝えた。 また,研究参加拒否の意思表示により,紹介者である 医師やその他の医療者との関係における不利益は一切 生じないことを伝え,承諾の得られた女性を研究参加 者(以下,参加者)とした。面接の日時・場所等は参 加者の希望に応じて設定し,面接当日には書面による 説明を行ったうえで同意書への署名と面接内容の録音 について承諾を得た。また,研究結果を発表する際の 匿名性の保持,研究参加の中断による不利益は生じな いこと,データは本研究以外に使用せず,録音テープ は研究終了時点で消去することを保証した。面接時間 は,育児への影響と参加者の疲労を考慮し1時間前後 とした。本研究は新潟大学大学院保健学研究科倫理審 査委員会において承認されている。 3.データ収集方法 半構成的面接を実施した。面接では,「妊娠がわかっ て出産するまで感じたこと,経験したことなど何でも お話してください」と開始し,その後は参加者の自由 な語りの流れに沿うようにした。その際,研究者は言 語的・非言語的な促しにより,参加者の感情にかかわ る経験の語りを引き出すようにつとめた。面接の録音 内容を逐語記録にしてデータとした。面接時間は一人 あたり,46分∼87分(平均64.5分)となった。 4.データ収集期間 平成17年7月∼9月 5.データの分析方法 本研究は,参加者の主観的経験の記述から,妊娠期 における感情のプロセスを明らかにすることを目的と しているため,現象学的研究方法(Colaizzi, 1978)に 準じて分析した。その具体的方法は以下の手続きによ る。参加者の逐語記録をデータとし,熟読して,それ ぞれの全体の意味をとらえる。その後,各参加者の妊 娠期における感情にかかわる内容に注目し,語られて いる意味内容を損なわないように最小の文脈単位に区 切り,文脈番号をつけた。それぞれの文脈が何を意味 し,また何を表しているのか考え,それらを表現する コード名をつけた。次に各コードを精読し,現象の同 質性,異質性を判断し,類似性のあるコードを集めて カテゴリー化し,そのテーマ(以下,小テーマ)を示 す名前をつけた。さらに小テーマの意味内容の同質性, 異質性を判断し,類似性のある小テーマを集めてカテ ゴリー化し,そのテーマを示す名前をつけた。これら の過程では常にデータに戻り,コード名や小テーマ名, テーマ名は適切であるか検討を繰り返した。次に,各 参加者のテーマを経時的に記述し,参加者それぞれの 全体のテーマを概観した。そして,テーマ群間がどの ように関連づけられているか明らかにし,現象の構造 を見出した。データの意味解釈と統合にあたり妥当性 を期すため,共同研究者および不妊領域の質的研究を 専門とする研究者間で意見交換を行い,分析データと 結果が現象をそのまま反映するよう努めた。研究参加者の年齢は28∼42歳,治療期間は1∼7年 であった。研究参加者の概要は表1に示す。 妊娠から出産までの経時的な流れは9つの主要テー マで構成され,各テーマに帰属するテーマ群が見いだ された(表2)。各主要テーマについて説明する。太文 字は主要テーマ,【 】はテーマ,参加者の語りは「 」, 補足説明は( ),語りの末尾に参加者と文脈番号を 示す。 1.妊娠したことによる使命感と重圧 妊娠を喜ぶ一方で,胎児喪失や妊娠経過の異常に対 する不安があり,周囲の人からの祝福に喜びを感じる が,祝福が重圧にもなっていた。 【妊娠の喜び】 妊娠が判明すると喜びを感じていた。妊娠までの辛 さや苦労を知る病院の医師やスタッフからの祝福の言 葉に喜びを感じていた。 「うれしさ…やっぱり信じられないのが先ですね。 えっ,ほんと?うそっていうしかない。今まで感じた ことがない感情ですから」C18 「妊娠できなくて,流産して,またできないという経 過を(医師やスタッフは)知ってるから,そういうの を乗り越えて良かったねって聞こえる」G13 るのではないかという気持ちが強かった。 「5ヶ月まではいつ流れるかわからない,流れたらど うしようってありましたね」A86 「流産になるんじゃないかって,安定期まで心配でし た」G7 【妊娠や胎児の異常の不安】 妊娠に至るまで順調に経過しなかった経験から,妊 娠後も順調にいかないのではないかという気持ちを もっていた。 「赤ちゃんがちゃんと育つかどうか,未熟児じゃなく て育つかどうか心配していた」C72 「(妊娠して)障害児のこととか気になるようになった。 考えなくてもいいことを考えてしまう」A58 「ここまで長かったから…だから暗い方,悪いことを 考えてしまう。もし…って」A61 【情報過多による不安】 雑誌やインターネットには妊娠中の異常について多 く書かれており,情報を得ることでより不安な気持ち になっていた。 「(妊娠中の異常)いっぱい出ているので,逆にそれを 見ると怖くなるのであまり買わなかった」C36 「順調にきて10ヶ月で生まれる寸前で亡くなったん だって,という話を聞いて…」G4 表1 研究参加者の概要 年齢 (歳) 職業 単胎・双胎 不妊期間(年) 治療期間(年) 妊娠までの治療 妊娠中の経過 過去の流産他 A 28 無 単胎 3 3 タイミング法体外受精1回 異常なし 無 B 30 有 単胎 3 3以上 タイミング法人工授精 体外受精2回 双胎判明後すぐ1児死亡 切迫流産で2回入院 無 C 42 無 単胎 6以上 4 顕微授精5回以上 異常なし 無 D 31 有 双胎 5.5 3.5 タイミング法人工授精7回 体外受精2回 切迫早産で入院 無 E 31 無 双胎 3 3 タイミング法人工授精 体外受精1回 異常なし 流産1回 子宮外妊娠2回 F 37 無 単胎 10 7 タイミング法人工授精 体外受精1回 異常なし 無 G 40 無 単胎 4 3 タイミング法 異常なし 流産1回 H 34 有 単胎 1.5 1 凍結胚移植1回体外受精1回 異常なし 流産2回
生殖補助医療によって妊娠した女性が出産するまでの感情のプロセス 【祝福の重圧】 祝福を喜ぶ一方で,胎児喪失や妊娠経過の異常に対 する不安があり,祝福を重圧にも感じていた。 「でも,(おめでとうと)言われれば言われるほど,じゃ 流れたらどうなるんだろうというのがある」A14 「素直にありがとうって言えない?喜べない?ますま す不安っていうのがある」E62 【仕事との両立の負担】 仕事をしたいが流産の不安もあり,精神的な負担感 をもっていた。 「休んでいいよと職場の人が言って下さって,それで なんとか仕事を辞めることなく。安定期に入るまで辛 い面が多かったですね」B9 2.嫉妬心を避けるための気遣い 不妊患者ではなく妊婦になって受診するとき,不妊 だった時に妊婦が羨ましかった気持ちを思い出し,治 療中の人を気遣っていた。 【治療中の人を気遣う】 不妊治療のため通院していた時,妊婦に抱いた気持 ちを思い出し,治療中の人が自分と同じ思いをしない ように気を遣っていた。 「妊娠してしばらくこの感情は不思議なんですけど, 自分は悪いことしていないのに周りにも不妊治療の方 がいると思うと,エコーの写真をバックに入れて持っ てきたんです。同じような人がいることがわかってい るので,自分と同じ思いをして欲しくなかった」C89 表2 テーマとローデータの一覧 主要テーマ テーマ ローデータ(表出者) 妊娠したこと による使命感 と重圧 妊娠の喜び ・ほんとうにうれしかった(A, B, C) ・信じられない妊娠(B, C, F) ・おめでとうはうれしい(A, C, D) ・双子が欲しかった(B, D, E) 胎児喪失の不安 ・流産するんじゃないか(A, B, C, E, F, G, H) 妊娠や胎児の異常の不安 ・障害児が気になる(A, C, E, F)・赤ちゃんがちゃんと育つかどうか(A, B, C, D, F) 情報過多による不安 ・雑誌を見ると怖くなる(C, G) 祝福の重圧 ・言われれば言われるほど,流産したらどうなるんだろうって(A, E, F, H) 仕事との両立の負担 ・体を動かす仕事なので精神的に辛かった(B) 嫉妬心を避け るための気遣 い 治療中の人を気遣う ・自分と同じ思いをして欲しくなかった(B, C, E) 妊婦が羨ましかった気持ちを思い出す ・羨ましかったからそう見られているのかなって(B, C, E) 不安に立ち向 かうための知 恵 知識を得る ・本,インターネットでの検索をした(B, C, D, F, H) 気持ちをコントロールする ・自分がしっかりしないと子どもも不安になる(A, C, D) 妊娠継続の目途をもつ ・とにかく5ヶ月。昨日と今日では全然違う(A, B, D, E, G, H) 慎重に行動する ・5ヶ月までは誰にも言わない(A, B, C, D, E, F, G, H)・もしもの時に残るから育児用品は買わない(A, B, C, D, E, F, G, H) 安心感を得る ・妊婦健診で安心する(A, B, C, D, E, F, G, H) 母親の自覚 胎動自覚で母親を実感する ・自分だけの体ではない。守るという感情が芽生えた(A, B, C, E, F, G, H) 妊娠継続を願う ・とにかく流れないで(A, B, F, G, H) 孤独感からの 解放 周囲の人の支えに気づく ・忙しいのに時間をかけて説明してくれる(A, D, E, F, G, H) ひとりではない感覚をもつ ・家族だけじゃなく親戚,友人とみんないる。ひとりじゃないんだ(A, B, C, E) 自信の回復 自分の身体に自信をもつ ・妊娠して普通に思える 。堂々といられる(A, D)・体力も自分の気持ちも大丈夫と切りかわった(H) ・赤ちゃんができましたよって知らせたい(A, C, D, E, H) 不妊や治療経 験の肯定的受 容 治療経験を受容する ・何年もかかったけど頑張ってほしい(C, D) 治療後妊娠を意識する ・かわいさや不安が違う(A, B, E, G) 成長した自己 の確認 自己の変化を確認する社会性の回復 ・人との関わりを避けていた(C, E, F, H)・いろいろな人と話せるようになった(A, B, H) 妊娠の喜びの 実感 胎児が母体外で育つまで成長した安堵感 ・生まれる前までが楽しかった(D, F, H)出産・育児用品の準備を楽しむ ・早く買いたいな(D, E, F, H)
かったという気持ちを思い出していた。 「(妊婦が)エコーの写真を持って出てきたのが羨まし かったから,そう見られているかなと思っちゃって, 隠してバックの中に入れて出てきた」A91 「お腹の大きい人の幸せな顔っていうのがすごいプ レッシャー,素直に笑って見れない自分がいた」E53 3.不安に立ち向かうための知恵 妊娠に関する不安に対処するために知識を得たり, 自分の気持ちをコントロールしたり,万が一のことを 考え慎重に行動するなど,安心感が得られるように工 夫していた。 【知識を得る】 納得するまで医師やスタッフに質問し,妊娠に関す る不安を軽減していた。 「病院の看護師さんにいろいろ聞いたりとか……聞き すぎるくらい聞いたそうです」C75 【気持ちをコントロールする】 胎児の母親であることを意識し,不妊治療中に身に つけたネガティブな気持ちのコントロール方法を思い 出し,不安な気持ちをコントロールしていた。 「自分がしっかりしないと子どもも不安になる」A25 「(不安なことを)治療中に考えてはいけないと思うこ とが考えていることだから,考えてやめればいいん だって先生に言われたことを思い出した」 A66 【妊娠継続の目処をもつ】 妊娠5ヶ月に入ることを妊娠継続の目処としており, 妊娠5ヶ月に1日でも入ることを目標にしていた。 「まず,4ヶ月はクリアしなくちゃダメ」G7 「やっぱり安定期。今日と昨日じゃ全然違う。私は5ヶ 月って」H38 【慎重に行動する】 5ヶ月に入るまで家族以外には妊娠を知らせず,妊 娠の喜びや妊娠継続に対する期待感をセーブしていた。 また,万が一のことを考えて出産や育児用品の購入は 出産直前まで控えていた。 「不安だったので5ヶ月までは誰にも言わないでおこ うって思った」A4 「抜き足差し足,トンってやったらトンと出そうなイ メージ。大切にしてましたね」H5 「買ってもしものことがあった時に残るわけじゃない ですか。それが嫌で一つも買わなかった」E32 の妊婦の様子を見て今後の自分をイメージしたり,順 調な経過ではなかった自然妊娠の妊婦の情報と比較し, 自分の順調な経過を再確認するなどして安心感を得て いた。 「先生から元気だよ,順調だよって言われるのが一番 でした。先生が言ってくれれば大丈夫って」E16 「まわりの妊婦さんを見て,こんななんだ,私もこん なふうになるんだなって」A35 「妊娠して流れる人もいるじゃないですか,それがな くて良かった。そういう人たちに比べるとホントよ かった」A92 4.母親の自覚 妊娠初期から胎児を意識したり,母親であることを 意識していた。胎動自覚によって一層胎児への意識が 高まり,胎児を守るという感情をもっていた。 【妊娠継続を願う】 妊娠初期から頻回に胎児に話しかけたり,流産の原 因になりそうなことを避けていた。一方で,妊娠の喜 びをセーブしていることに対して,胎児に申し訳ない という気持ちをもっていた。 「授かったんだから,ちゃんと生まれなさいよって毎 回お腹に言っていた」G23 「冷やしたらいけない,ストレスはいけない,何々い けないとすごくて」H11 「私が殺したらいけない,私が殺したらいけないって いうのがあった」H50 「赤ちゃんができたって素直に喜んでない。おめでと うって言われてるのに,待ってと言ってる。この子を 否定してるみたいな感じで,だめ(流産)になること を前提にしてる。あーなんか赤ちゃんに申し訳ないな。 こんな気持ちのお腹(自分のお腹)にいたら嫌だろう な」E70 【胎動自覚による母親の実感】 胎動により胎児への意識がより高まり,胎児を守り たい気持ちをもっていた。 「動くようになってから,ああ(お腹に)いるんだなと いうのを実感して,自分だけの体じゃないんだなって, 守るという感情が芽生えたかな」B31 5.孤独感からの解放 妊娠に伴う不安に対処していく過程で,周囲の人に
生殖補助医療によって妊娠した女性が出産するまでの感情のプロセス 支えられていることに気づき,ひとりではないという 感情をもつようになっていた。 【周囲の人の支えに気づく】 妊娠に関連した不安に対しては医師やスタッフ,身 近な相談者としては夫や家族,友人は一生懸命自分の ことを考えてくれる存在だと感じていた。 「友達に話したのは大きかった。一生懸命考えてくれ た」A69 「ずーっと夫と二人三脚できた。ありがたい」H89 「(医師やスタッフにとって)私たち(不妊治療後の妊 婦)が普通で特別変わったことじゃない,普通に接し てもらってる…気持的に楽だった」E75 【ひとりではない感覚をもつ】 治療中は夫や家族以外の他者との関わりを避けがち だったが,妊娠後は医師やスタッフ,友人などに気に かけてもらっていることに気づき,ひとりではないと いう感覚をもっていた。 「主人と家族だけじゃないんだ…なんかパワーが出ま す。…ひとりじゃないっていう感情はありますね」 C82 6.自信の回復 妊娠5ヶ月に入るまで妊娠が継続したことで,不妊 によって自信がもてなくなっていた身体に自信がもて るようになり,自分をひとりの女性として感じられる ようになった。また,胎児の生命力にも自信がもてる ようになっていた。 「妊娠したことでふつうの人(自然妊娠できる女性)と 同じかなって思いますね」A95 「おっかなびっくりだったのにどんどん自信がでて。 体力も自分の気持ちも絶対大丈夫って切りかわって いった」H28 「この子の生命力をやっと信じられるようになった」 H49 7.不妊や治療経験の肯定的受容 妊娠5ヶ月に入るまではARTによる妊娠であること を意識していたが,治療中のネガティブな気持ちがポ ジティブな気持ちへと変化していた。 【治療経験の受容】 治療の辛さや苦労は記憶に残っているが,自分の経 験を活かして治療中の人を励ましたい気持ち,ARTに よる妊娠だったことで受精卵が胎児に成長していく過 程を知るなどポジティブな気持ちに変化していた。 「私も長く治療して何回もお休みして何年もかかった けど,それでも(妊娠)できたから頑張って!という感 じ」D17 「受精卵のビデオを見た,ビデオを通してですけど。(自 然妊娠では)見えてませんから……。それをずっと知っ ているから,(胎児になること)すごい,やっぱりすご いです。細胞がこうなっていくのかって」C87 【治療後妊娠を意識する】 妊娠5ヶ月に入るまで,長い不妊治療を経て妊娠し たことを意識していた。治療していたことを知らない 人から祝福された時,辛い思いをして妊娠できた気持 ちは理解されていないと感じていた。 「周りの人でも3ヶ月ですぐ言える人って羨ましかっ た。すぐ言えるってことは(妊娠するまでに)苦しん でいないんだろうな。私はとても言えないと思った」 A85 「近所の人は何も知らないから,(妊娠)できてよかっ たねって簡単に言う。それが簡単じゃないのよ、大 変!って」G15 8.成長した自己の確認 不妊であることによって夫や家族以外の人との関わ りを避けていたこと,今まで相手を思いやっていたか 等振り返り,妊娠によって他者との関係性が変化して 自分が成長したと感じていた。 【自己の変化の確認】 不妊を意識する前の自分,不妊だった自分と妊婦に なった自分を振り返り,気持ちが変化したと感じてい た。 「(妊娠)前はね,なんでそういうことを言うの!って 言う感情の方が大きかった。振り返ってみて,赤ちゃ ん授かって落ち着いてみると,あの時こうだったみ たいなのはないです。ようやく大人になったみたい」 C57 「子どもが嫌いで,やっとまた今,子どもが好きになっ てきて,あーそれが変わったんだなぁーって」D47 【社会性の回復】 不妊を意識して周囲の人との関わりを避けていた頃 を振り返り,妊婦になったことで本来の自分を取り戻 していった。 「本当は社交的な性格なんだけど,わざと閉ざして話 しかけないでって言う感じで……。話をするように なったら,いろいろな人としゃべれるようになって楽 しくなった」H26
安堵して妊娠の喜びを実感していた。 【胎児が母体外で育つまで成長した安堵感】 胎児がいつ生まれてもよい状態まで成長すると, やっと安堵した気持ちになっていた。 「何かすごく楽しかったし,よかった,全てがまるくお さまって……」D42 「最後の方が一番楽しかったかもしれないです。生ま れる前までが」F38 【出産・育児用品の準備を楽しむ】 胎児がいつ生まれてもよい状態まで成長したことが 確認できると,現実的に出産や育児を意識し,万が一 のことを考えて購入を控えていた出産・育児用品の購 入を楽しんでいた。 「出しても(生まれても)大丈夫の大きさになったねっ て言われて,早く買いたいなっていう,気持ちのうえ でもやっぱり産むんだなって思い始めて」E35 「買った肌着とか1回洗濯して…人生で初めて肌着を 洗ってベランダに干した時にね,うちで赤ちゃんがで きましたよって旗を立てているような,見て見てって, すごい誇らしくてね」H77
Ⅳ.考 察
ARTによって妊娠した女性が出産するまでの感情の プロセスは,妊娠を成し遂げなければならない使命感 と重圧を感じながらも妊娠期の不安に立ち向かい,妊 娠5ヶ月に入ったことを転換期に自信が回復し,不妊 であったことで経験したネガティブな感情がポジティ ブに変化していくダイナミックな流れとして浮き彫り となった。ARTによって妊娠した女性の妊娠期におけ る感情には,以下のように特徴的なプロセスが見出 された。妊娠が判明すると妊娠の喜びの一方で,流産 の不安から妊娠の喜びをセーブしていた。これは森 ら(2007)の指摘と一致している。妊娠の祝福は,行 田ら(2001)の指摘とは異なり,重圧にも感じていた。 この重圧は,流産に対する不安や妊娠に至るまでの多 重的で複雑な経験,妊娠の使命感によるものと推察さ れ,自然妊娠の女性にはみられない感情と考えられた。 受診時に不妊治療中の人を気遣うという現象は,治療 中の辛さに対する共感とともに,妊婦に対して感じて いた嫉妬心を想起させ,治療中の人の感情を回避する ための反応と解釈された。これは鈴木(1999)の報告 らない使命感は重圧になる一方で,妊娠期の不安に立 ち向かうための原動力にもなり,主体的にさまざまな 心理情緒的あるいはまた,社会的な対処行動がみられ ている。妊娠経過に関しては,西脇ら(2001)の報告 のように医師やスタッフから知識や安心感を得ていた。 流産に関連したネガティブな感情に対しては,治療中 に身につけた感情のコントロール方法を生かし,妊娠 継続の目処を立てて自分の気持ちをコントロールして いた。特に,注目すべきは,妊娠継続の目処として 「安定期の5ヶ月」に特別な意味づけがあり,不安定な 4ヶ月までを乗り越えることに日々専心していた。こ の現象はGarner(1985)の指摘とも一致している。また, 参加者全員が,妊娠5ヶ月に入るまで夫や家族以外に 妊娠を知らせなかったことも流産の不安に対する対処 として,不妊経験のない自然妊娠の女性にはみられな い慎重な行動と考えられた。 妊娠継続の目処を立てて妊娠に伴う不安に立ち向か う中で,周囲の人との関わりが増え,周囲の支えに気 づき,不妊であることで感じていた孤独感から解放さ れていた。これはまた不安に立ち向かう気持ちを高め ることにつながり,よい循環を生み出していた。母親 は,流産の不安から妊娠の喜びをセーブしていること を自覚しており,母親として胎児を否定しているので はないかという罪悪感をもっていた。このネガティブ な感情は一般の妊婦とは異なると考えられた。しかし, 母親の自覚は,一方で不安に立ち向かう気持ちを高め ることにもなっていた。 本研究において,妊婦の感情のプロセスは妊娠継続 の目処である5ヶ月に入るという時点に強調点があり, 昨日と今日では違うほど特別に意味づけられていたこ とが特徴的である。5ヶ月に入ったことが転換点とな り,ひとりの女性としての自尊感情や胎児の生命力に 対する自信の回復がみられていた。この自信の回復に よって,不妊だったことで経験したネガティブな感情 がポジティブに変化していき,不妊を意識する前の自 分を取り戻すことにつながっていた。この感情の変化 は,不妊を意識してから周囲の人との関わりを避けが ちだった自分に気づき,本来の社会性を取り戻すこと にもなっていた。 こうした変化は自己の成長と感じており,玉上ら (2000)の結果を裏付けるものだった。このポジティ ブな感情への変化と自信の回復は相互に作用し合って生殖補助医療によって妊娠した女性が出産するまでの感情のプロセス 不妊や治療経験の肯定的受容につながっていた。 胎外生活が可能な状態まで胎児が成長すると,胎児 喪失の不安から解放され安堵した気持ちをもっていた。 この時期を待ち望み,出産や育児用品の準備をして妊 婦を楽しんだことはRubin(1984/1997)の報告とも一 致し,妊娠中に母親像についての空想や想像を繰り 返し,母親役割取得過程の準備期の課題(新道&和田, 1999)に取り組むことができていたと考えられた。 以上から,妊娠4ヶ月まではARTによって妊娠した 女性に特有な感情が見出されたが,妊娠5ヶ月の転換 期を境とした自信の回復によって,通常の妊婦と大き く変わらない妊娠期の感情をもっていたことが明らか になった。これは,著者が臨床で経験したARTによっ て妊娠した女性のイメージと一致するものだった。図 1にテーマの構造とストーリーラインを示す。
Ⅴ.結 論
ARTによって妊娠した女性が出産するまでの感情の プロセスは,1. 妊娠したことによる使命感と重圧,2. 嫉妬心を避けるための気遣い,3. 不安に立ち向かうた めの知恵,4. 母親の自覚,5. 孤独感からの解放,6. 自 信の回復,7. 成長した自己の 確認,8.不妊や治療経験 の肯定的受容,9. 妊娠の喜びの実感の9つの主要テー マに集約された。そのプロセスは,妊娠を成し遂げな ければならない使命感と重圧を感じながらも妊娠期の 不安に立ち向かい,妊娠5ヶ月に入ったことを転換期 として自信が回復し,不妊であったことで経験したネ ガティブな感情がポジティブに変化していくダイナ ミックな流れであった。妊娠4ヶ月まではARTによっ て妊娠した女性特有の感情があったが,妊娠5ヶ月の 転換期を境に,通常の妊婦と大きく変わらない感情を もっていた。Ⅵ.本研究の限界と課題
本研究は,現象学的研究方法に準じた研究法による ため,参加者人数が少なく,研究から導かれた結果は かなり限定されたものである。参加者は,全員が治療 した施設で妊婦健診を受け1人を除き出産もしている ことや,医療者や家族,友人など周囲の人とも良好な 関係だったことから,妊娠期の感情面ではポジティブ な側面が表れやすいと推察される。また,出産後半年 以内の女性のため,生児を得たことによって不妊治療 に対する感情はポジティブな局面が現れやすいともい える。そのため,本研究の所見には限界があり一般化 は困難である。今後の課題は,対象の多様性を考慮に 入れ,不妊治療によって妊娠した女性が周囲との関係 性の違いによって,どのような感情のプロセスを辿る のか明らかにすることである。 謝 辞 本研究にご協力頂きました施設のスタッフの皆様, 育児で多忙な中,貴重な経験をお話くださった参加者 の皆様に心より感謝いたします。なお本研究の要旨は, 第21回日本助産学会学術集会において発表した。 文 献Colaizzi, P.F. (1978). Psychological research as the phenom-enologist views it. In R. Valle & M. King (Eds.).
Existen-妊娠したことによる使命感と重圧 妊娠の喜びの 実感 不安に立ち向かう ための知恵 母親の自覚 孤独感からの 解放 成長した自己の 確認 嫉妬心を避ける ための気遣い 自信の回復 不妊・治療経験 の肯定的受容 妊娠5ヶ月に入る 妊娠の判明 出 産 図1 生殖補助医療によって妊娠した女性が出産するまで の感情のプロセス
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