不安障害研究鳥瞰
―最近の知見と展望―
貝谷久宣
1, 2土田英人
2巣山晴菜
3兼子 唯
3, 4 1医療法人和楽会 パニック障害研究センター 2京都府立医科大学精神医学教室 3早稲田大学大学院人間科学研究科 4日本学術振興会特別研究員 要約 不安障害全般についての最近の文献を展望した。不安障害はほかの不安障害と併発しやすく,また, 気分障害とも併発しやすいことを疫学研究から述べた。不安障害の成因としては遺伝学的要因より環 境的要因のほうが強いことを示した。脳内機構として扁桃体の過活動と腹内側前頭前皮質の抑制不全 といったアンバランスを示す病態生理について述べた。不安障害の薬物療法と認知行動療法のメタ分 析結果を示した。不安障害の精神薬理学としてドパミン仮説について述べた。これに関連して臨床的 には不安障害に対するセロトニン・ドパミン拮抗薬の使用量が米国では増加傾向にあることを言及し た。不安障害の予後については,慢性に経過し,長期の維持療法が必要であり,うつ病が併発すると 治療抵抗性であることを示した。 キーワード:不安障害,合併症,扁桃体,治療メタ分析,再発と慢性化 【はじめに】 精神医学研究において不安障害を手掛ける研 究者はそれほど多くない。それを示す一例とし て,現在不安障害研究を専門とする精神科教授 は全国に数名にとどまる。このような状況にも かかわらず不安障害の社会的重要性は高い(貝 谷・兼子・正木,2012)。すなわち,①不安障 害は早期発症であり,さらにその後に出現する 併発症の頻度が高い。②不安障害が併発した精 神障害(とりわけうつ病)は重症かつ治療抵抗 性で社会的障害度が高い。③不安障害を既往す る物質使用障害は依存障害への発展が多い。④ 不安障害は一般に衝動性と攻撃性が高く犯罪や 自殺に及ぶケースが時にある。⑤不安障害の社 会的コストはうつ病よりも統計上は低い。しか し,うつ病の約4割に不安障害が先行している という事実から,不安障害は精神障害の社会的 コスト上昇に大きく関与している。⑥不安障害 の社会的認知は低く受療率も低い。これらに対 する処置がとられることが,医療経済的だけで はなく,多くの患者の数値化されない精神的苦 痛を軽減するためにも重要である。 本稿ではこのようなことを踏まえ不安障害全 般についての最近の研究を鳥瞰する。ここでは 関係文献を漏れなく網羅することは避け,ここ 数年間の海外の主要誌上の論文を中心に紹介 し,不安障害の治療的側面を重視した展望を試 みる。 【臨床症状】 筆者らは,不安障害における基底症状は,“こ わがりとこだわり” すなわち,恐怖(phobia) と強迫(obsession)であると考える(貝谷, 2012)。恐怖の対象は遺伝子に刻み込まれた本 能的なものもあるし,後天的に獲得されたもの 〈総 説〉もある。不安障害はこの恐怖心とこだわりを通 常以上に強く持つ人が内的・外的刺激を受けた 時に示す病的反応である。各々の不安障害はこ の恐怖と強迫の強度のバランスを変えて症状を 表出していると,筆者は考えている。それを模 式化するとFigure 1のようになると考えられる。 この症状の出現の仕方にも特異性がある。強迫 性障害(Obsessive Compulsive Disorder; OCD), 全般性不安障害(Generalized Anxiety Disorder; GAD)およびパニック障害(Panic Disorder; PD)は侵入性のことが多く,特定の恐怖症 (Specific Phobia; SP)や社交不安障害(Social
Anxiety Disorder; SAD)はそうではない。こ れらの不安障害は年齢とともに病型を変える場 合もあるし,同時に二つ以上の不安障害(例: PDとOCD)を示すこともあるし,また,病 期中に一つの不安障害から別の不安障害に移行 す る 場 合 も あ る(例:GADか らPDへ)。 Comorbidityという用語はこれらすべてを含ん でいる。 精神障害の診断と統計の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders; DSM)第4版からパニック発作はPDから独立 して記載されるようになった。これにはそれな りの意味がある。パニック発作はPDに特有な 症状ではなく,精神障害全般にわたって広く見 られる症状であると考えられている。パニック 発作の存在はほかの精神障害の発症を増加さ せ,遷延化させ,生活の質を低下させることが 疫学研究で明らかになっている(Batelaan et al., 2012)。 2013年に出版が予定されているDSM第5版 ではOCDと外傷後ストレス障害は不安障害の 下位分類から抜けた。そして,これまで幼児期, 小児期,または青年期に初めて診断される障害 に分類されていた分離不安障害(Separation Anxiety Disorder; SEP)が不安障害の下位分類 に,選択性緘黙がSADの下位分類になる。ま た,DSM第4版では,コード番号のつく障害 と し て,広 場 恐 怖(Agoraphobia; AGO)を 伴 う/伴わないPD,PDの既往歴のないAGOの 3分類があり,AGOにはコード番号がつかな かったが,第5版ではAGOはPDとは独立して コード番号がつく一障害として分類される(貝 谷・兼子・巣山,2012)。また,DSM第5版で は重症度尺度が提案されている。これはどの不 安障害にも適応する縦断的な尺度(Table 1) と各不安障害に特化した横断的尺度がある。 筆者らは,かつて,PDは疲労病であるとし てエビデンスを提出したことがある(Kaiya et al., 2008;貝谷ら,2008)。英国からの報告で も疲労を訴える頻度は,不安障害を併発したう つ病では100%,混合性不安抑うつ障害では 84%,純粋不安障害では67%と高率である (Das-Munshi et al., 2008)。 不安障害を持つ患者が衝動的であることは臨 床場面でしばしば遭遇する。筆者らは,以前,
Fava et al. (1991)の定義によるanger attackの 頻度をPDで調査した(Chen et al., 未発表)。 その結果,PD患者の30.6%にanger attackが 認められ,この群はanger attackのない群と比 べZungのうつ病自己評価尺度の点数が有意に 高 か っ た。最 近,anger attackを 定 義 し た DSM-4の間歇性爆発性障害の罹患率が不安障 害 に お い てNCS-R研 究 で 報 告 さ れ て い る (Figure 2)。こ れ に よ る とPDで の 罹 患 率 は Figure 1 不安障害の症状構成 注:GAD;全 般 性 不 安 障 害,PD;パ ニ ッ ク 障 害, OCD;強迫性障害,SAD;社交不安障害,SP;特定 の恐怖症
21.4%で筆者らの結果と大差はない(Hawkins & Cougle, 2011)。このような衝動的な行動や 怒りの爆発が犯罪に至ることもあるが,筆者自 身の臨床経験の印象では,不安障害患者には軽 犯罪は多いが,凶悪犯は少ない。 【疫学】 最近の米国の疫学調査による不安障害の生涯 有 病 率 はNational Epidemiologic Survey on Alcohol and Relate Conditions (NESARC)で は 16.2%(Conway et al., 2006),National Comorbidity Survey (NCS)では23.2%(Kessler, Nelson, McGonagle, Edlund, et al., 1996),
National Comorbidity Survey Replication
(NCS-R)で は28.8%(Kessler, Berglund et al., 2005)と大きな違いはない。また,欧州にお ける大掛かりな国際疫学調査(European Study of the Epidemiology of Mental Disorders;
ESEMeD)においては何らかの不安障害の生涯 有病率は14.5%でありそのうちの20.6%がヘル ス サ ー ビ ス を 訪 れ た に す ぎ な い(Alonso & Lépine, 2007)。一方,平成18年度に報告され た本邦のこころの健康についての疫学調査によ れば,何らかの不安障害の生涯有病率は9.2%, 12カ月有病率は5.5%と欧米に比べ著しく低 い。これらの何らかの不安障害患者が精神科医 を訪れる頻度は16.2%とさらに低い(川上, 2006)。Figure 3は世界保健機構による先進国7 カ国と発展途上国7カ国からのサンプル総員 21,229名の疫学調査の結果である。SEP,SPお よびOCDの有病率は両者ではほとんど変わら ないがそのほかの不安障害の有病率は先進諸国 では発展途上諸国に比べ2~5倍高い(Figure 3)(Kessler et al., 2011)。 Figure 4はNESARCのデータを基にした研 究論文をまとめたものである。黒地に白文字の 枠には左から各不安障害を平均的な発症年代順 に並べ,各枠にはその生涯有病率を示した。(貝 谷,2010a)。SADを例にとり併発率を下の欄 か ら 見 る と,何 ら か の 不 安 障 害55.0%, SP Table 1 Anxiety Disorder Specific Severity Measure
(Houck et al., 2002)の項目 1 突然,戦慄,驚愕,もしくは恐怖を感じる ときがあった 2 不安,心配,緊張を感じた 3 悪いことが起こるのではないかと思った 4 動悸,発汗,呼吸困難,気が遠くなる感じ, 震えを感じた 5 筋緊張,過敏もしくは落ち着きがない,ま たリラックスすることや睡眠の困難を感じ た 6 不安の対象となる状況を回避した,もしく は近づかなかった,入らなかった 7 不安のために,早くその状況から遠ざかる もしくは離れた,出口の近くにとどまった, 最小限にしか参加しなかった 8 不安のために,その準備に多くの時間を費 やした,または先延ばしにした 9 不安の対象について考えないようにするた めに,気を紛らわせた 10 不安に対処するために助けが必要だった (例:アルコール,服薬,縁起をかつぐもの, 他者) 注:項 目 内 容 は,DSM第5版Proposed Revisionの 記載内容を筆者らが和訳。この重症度尺度はすべて の不安障害に適用することができる。この尺度を基 本にして各不安障害の恐怖と不安の状況に即した質 問票も用意されているが,ここでは省略する。この 尺度は,1:全くない,2:時々,3:しばしば,4: ほとんどの時間,5:常にの5件法で測定される Figure 2 不安障害の間歇性爆発性障害の罹患率 注:IED;間歇性爆発性障害
36.4%, GAD 21.6%, PD 20.4%,大うつ病33.4%, 何らかの気分障害55.0%と読むことができる。 このFigureから明らかになることはAGOを伴 うPDにおける何らかの不安障害の併発率は 84.5%と不安障害中最も高い。このように,不 安障害はほかの不安障害を高率に併発する。ま た,大うつ病が何らかの不安障害を併発する割 合は41.4%であり,不安障害のなかではSPの 併発率が最も高い(20.4%)。 Figue 5は不安障害と気分障害の各年齢にお ける累積発症率を示す。このFigureから男性 でも女性でも25歳までは気分障害よりも不安 障害のほうが圧倒的に多い。不安障害と大うつ 病性障害の関係を調べた14歳から24歳までの 2,548人を4年間追跡調査したミュンヘンの疫 学研究では,大うつ病性障害の発症のオッズ比 は,一般健常者に比較して何らかの不安障害: 2.2, SP : 1.9, SAD : 2.9, AGO : 3.1, PD : 3.4, GAD : 4.5であった。そしてPD以外はすべて 不安障害が大うつ病性障害に先行していた (Bittner et al., 2004)。 Figure 6は気分障害に不安障害が併発する割 Figure 3 先進国と発展途上国における生涯有病率 注:先進国;ベルギー,フランス,ドイツ,イタリ ア,オランダ,スペイン,アメリカ,発展途上国; ブラジル,コロンピア,インド,レバノン,メキシコ, 中国,ルーマニア。Kessler et al. (2011)を筆者らが 改訂
Figure 4 不安障害の生涯有病率(National Epidemilogic Survey on Alcohol and Related Conditions)(貝谷,
2010a)
注:縦軸の疾患が先行発症。全パニック障害,広場恐怖を伴うパニック障害の発症順序についてはこの限りで はない。各疾患の有病率はConway et al. (2006)より
合を示している。注目すべきは何らかの不安障 害に併発する気分障害では大うつ病性障害より も双極性障害のほうが圧倒的に多いことであ る。筆者は不安障害に併発するうつ病は非定型 の特徴が多く,非定型うつ病は単極性よりも双 極性が多いことを別の機会に述べた(貝谷, 2010b)。 【成因】 不安障害の遺伝は,単一遺伝子によらない複 数の遺伝子が関与する多因子遺伝と考えられて いる。そして,各遺伝子の発症効果はさほど大 きくはなく,環境因子の影響のほうがより大き い(Smoller et al., 2009)。双生児研究で検証さ れたモデルによれば(Figure 7)(Hettema et al., 2005),GAD, PD, AGOには共通した遺伝 子群(A1)が影響しており,SADにも程度は やや小さいながらこの要因が影響している。 SP(動物と状況恐怖)はこれとは異なる遺伝 子群(A2)の影響を受けている。AGOではほ かの不安障害とは共通しないAGO特異な遺伝 子群(Asp)の影響も有意である。複数の不安 障害に共通した,双子がペアで共有する環境的 因子(C1)の影響はSADを除くといずれの不 安障害でも比較的小さい。それに対して,複数 の不安障害に共通した,双子ペアが共有しない 環境因子(E1)の影響は比較的大きく,特に AGOで大きかった。AGO以外では,各不安障 Figure 5 不安障害と気分障害の累積発症率(Roza et al., 2003) 注:オランダの一般人口のサンプル(1,580名)を4~ 16歳に調査して最長14年後に再調査した結果 Figure 6 不安障害における気分障害の併発率の比較
注:US National Comorbidity Studyのデータを用いたKessler et al. (1996)およびKessler (1999)の結果を基 に作成
害に特異的な環境因子の影響は,複数の不安障 害に共通する環境因子のそれよりも強い。 不安障害の環境要因を調べたニュージーラン ドの研究を紹介する。16歳までに片親を失っ た21~25歳の人971名の調査によれば,精神 障害のうち不安障害のみが片親により養育さ れた人に有意に多かった(15.6% vs. 25.7%, p<0.01)(Fergusson et al., 2007)。また,16~ 27歳の1,413名において何らかの不安障害の12 カ月および生涯有病率が調査された。各有病率 は小児期の虐待の報告のない人ではそれぞれ 15.91%, 21.28%であり,前向性調査で虐待の あった人では35.74%, 43.72%であり,逆行性 調査で虐待のあった人で28.94%, 48.55%で あった(Scott et al., 2012)。この結果は虐待の あった人では約半数に何らかの不安障害が生じ ていることを示している。最近報告された米国 の 研 究 で は,不 安 障 害 や 気 分 障 害 を 含 む internalizing disordersの発症には,男性では 情動的虐待と性的虐待が有意に働き,女性では 身体的虐待,情動的虐待,性的虐待が有意に作 用し,ネグレクトは男女ともに影響しなかった (Keyes et al., 2012)。 【病態生理】 不安の脳内機構は近年明らかになりつつある (Figure 8)。不安・恐怖に関係する脳部位は刺 激の受容部位(辺縁系),認知–検閲部位および 制御部位に区分される(Etkin, 2010)。外部刺 激が辺縁系の主要部位である扁桃体と島(内臓 感覚)に視床経由で入ると感覚的な体験が情動 に関連した文脈情報を生み出す。これら辺縁系 からの情報は背内側前頭皮質と背側前帯状回に 達し,モニタリング・評価がなされる。さらに この情報は腹内側前頭皮質に達し情動調節の意 識的努力が行われる(Etkin, 2010)。 この不安・恐怖症の脳内回路に関する所見が 各不安障害で提出されている。PDでは安静時 (Sakai et al., 2005)の両側の海馬と扁桃体での 糖 代 謝 亢 進 を 筆 者 ら の グ ル ー プ が 示 し た (Figure 9)。また,PDに情動刺激を加えると
(van den Heuvel et al., 2005),右扁桃体と右海 馬の血流増加が認められた。SPやSADでも情 動刺激時には左ではなく,右扁桃体が活性化す る(Fredrikson & Furmark,2003)。計量形態 学 研 究 で はSPで は 島 皮 質 の 体 積 が 増 加 し (Rauch et al., 2004),PD(Hayano et al.,
2009)とSAD(Irle et al., 2010)では扁桃体の 体積は減少していたが,GADでは反対に増加 していた。PDとSADにおける扁桃体の体積の 減少は抑制系である中心核の萎縮が関係してい Figure 7 双生児における多変量構造方程式モデリ ングによる不安障害における遺伝因子と環境因子の 影響(Hettema et al. 2005) 注:A1およびA2;複数の不安障害に共通した遺伝因 子群,C1;複数の不安障害に共通した双生児がペア で共有する環境因子,E1;複数の不安障害に共通し た双生児ペアが共有しない環境因子,Asp;AGOに 特異的な遺伝因子,Esp;各不安障害に特異的な環境 因子
る可能性が強い。一方,扁桃体を抑制する系で の活性低下を示す画像研究もなされている。前 頭前野腹内側部から扁桃体へのconnectivityが
低下していることを示唆する所見が,最近,
SAD(Hahn et al., 2011) と GAD (Tromp et
al., 2012)で示されている。PDでは前頭前野
Figure 8 不安サーキット(Etkin, 2010)
注:amygdala;扁 桃 体,dACC;背 側 帯 状 回 皮 質,dmPFC;背 内 側 前 頭 前 皮 質,hippocampus;海 馬,
brainstem;脳幹,cortex;大脳皮質,insula;島,LPFC;外側前頭前皮質,rACC;吻側帯状回皮質,sensory information;感覚情報,sgACC;漆下帯状回皮質,vmPFC;腹内側前頭前皮質
Figure 9 パニック障害安静時の糖代謝
注:健常者との比較(Sakai et al., 2005)。扁桃体が状況依存性パニック発作と,PAGが自発性パニック発作と 関連があるとするCoplan & Gormanらのモデルと一致する所見
背内側部および腹内側部の体積の減少が示され ている(Asami et al., 2009)。恐怖症の行動療 法的治療で腹内側前頭皮質が決定的な重要性を もつことを示す研究がなされている(Milad et al., 2005)。すなわち,14名の健常被験者が2 日間の恐怖条件づけ実験を受けた。条件刺激は 光で非条件刺激は電気ショックとし,恐怖の程 度は皮膚電気反応でモニターした。MRIで腹 内側前頭皮質の厚さを計測し,消去反応の結果 と比較した。その結果,腹内側前頭皮質の厚い 人ほど消去学習の程度が良いことが明らかにさ れた。 【治療】 薬物療法:近年は選択的セロトニン再吸収阻 害 薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors; SSRI)がどの不安障害に対しても第一選択の 治 療 薬 と な っ て い る。Figure 10にPD, SAD, GADでのSSRIの効果に関するメタ分析の結果 を示した。また,SSRIは治療効果だけでなく, どの不安障害に対しても再発予防効果も示す (Donovan et al., 2010)。多くの不安障害に対す るベンゾジアゼピン(Benzodiazepine; BZD) の有効性は確立されているが,長期使用に対し ては依存の危険性が指摘されている(貝谷・蜂 須,2009)。しかし,米国におけるパニック障 害治療の過去10年前の推移を見るとSSRIが出 現しても決してその使用量は減少していない (Figure 11)。SSRIで治療を受けた患者のほう がBZDを使用した患者より臨床経過が良いと いうこともないし,寛解率が高いという事実 もない(Bruce et al., 2003)。Stahl (2002a)は, 恐怖サーキットの中心となる扁桃体の興奮を抑 えるためにGABA系薬物(BZD)もセロトニ ン系薬物(SSRI)も同時に使用することを躊躇 しないとしている。筆者らは半減期の長いBZD の使用を推奨している(貝谷・蜂須,2009)。 精神療法:認知行動療法(Cognitive Behavior
Figure 10-a Figure 10-b
SAD, PDに対するSSRI効果サイズ GADに対する各薬剤の効果サイズ
Figure 10 不安障害に対する各薬剤の効果サイズ
注:SAD;社 交 不 安 障 害,PD;パ ニ ッ ク 障 害,GAD;全 般 性 不 安 障 害,LSAS;Liebowitz Social Anxiety Scale得点,PA;パニック発作,SSRI;選択的セロトニン再取り込み阻害薬,SNRI;セロトニン・ノルアドレ ナリン再取り込み阻害薬,BZN;ベンゾジアゼピン系薬剤。Figure 10-aは治療群とプラセボ群の治療後の差を 基にした効果サイズ,Figure 10-bは治療後と治療前の差を基にした効果サイズ。Schneier et al. (2011); de Menezes, et al. (2011); Otto et al. (2001); Hidalgo et al. (2007)をもとに筆者らが改訂
Therapy; CBT)のSAD, GAD, PDに 対 す る 効 果はこの順で大きかった。(Figure 12)。PDと
GADにおいては不安症状に比べ,抑うつ症状 への効果は低いが,SADでは同等の効果が示 されている(Hofmann & Smits, 2008)。
薬物療法とCBTの併用に関する研究がPDに おいてなされている。精神療法とBZD療法の 併用と単独治療の比較研究についてのメタ分析 では,BZDと行動療法の併用と行動療法単独 とでは治療中には効果には差がなく,治療終了 後および追跡時には併用療法は行動療法単独に 比し効果が劣るという結果になった(Watanabe et al., 2009)。このことは,Marks (2002)が主 張しているように,BZDが行動療法の効果を 減じている可能性を示唆している。最新の研究 では,150名のPDがCBT, SSRI,両者の併用療 法を受け,9カ月後評価された。その結果,ど の治療法も有効であったが,併用療法はそれぞ れの単独療法に勝っていた。SSRIとCBTとの 間 に は 大 き な 差 は 認 め ら れ な か っ た(van Apeldoorn et al., 2008)。2007年以前のメタ分 析 で は(Furukawa et al., 2007),急 性 期 で は CBTとSSRIの併用療法はそれぞれの単独療法 に勝っていたが,維持療法期では併用療法と CBTには差はなく,両者は薬物療法単独に勝っ ていた。 CBTと薬物療法の併用で近年新しい方法論 が出現した。それは消去学習を促進する薬物を 服用して行動療法を行うことによりその効果を 増幅するという考えである。このような方法に Figure 11 パニック障害患者の治療BZD系とSSRIの10年間の使用率(Koen & Stein, 2011)
Figure 12 不安障害に対する認知行動療法の効果(メタ分析)
注:各不安障害の不安症状とうつ症状に対するプラセボを対象とした認知行動療法(CBT)の治療有効性の推 定平均効果サイズ(Hedge’s g)と95%信頼区間を示している。効果サイズの大きさの目安は,効果サイズ小0.2, 中0.5,大0.8以上。うつ症状の評価はべック抑うつ評価尺度,ハミルトンうつ病評価尺度,モントゴメリー/ アスベルグうつ病評価尺度のいずれかの得点,不安症状の評価は各不安症状評価尺度の得点を基に算出してい る。Hofmann & Smits (2008)を基に筆者らが改訂
用いられる薬物はグルタミン酸系神経伝達に影 響するd-サイクロセリン(本来は抗結核薬) やカテコールアミン系に作用するβ-遮断薬で ある。別稿で前者の薬物の効果増幅機序を示し たので参照されたい(貝谷・蜂須,2010)。 【近未来の治療を示唆する実験的遺伝子治療 (Mitra & Sapolsky, 2010)】
① 恐 怖 条 件 づ け 時 に 活 性 化 す る 扁 挑 体 の
AMPA受容体のsubunit (GluR1)を不活化し た類似した構造のsubunitに遺伝子操作で変え てしまう。 ②ストレス時には扁挑体のニューロンに破壊的 に働く受容体(グルココルチコイド受容体)と 保護的に働く受容体(ミネラルコルチコイド受 容体)があるが,遺伝子操作で後者の受容体を 過剰に発現させ,グルココルチコイド受容体の 作用を相対的に弱め,不安を抑制する。 ③扁挑体の神経保護作用のあるエストロジェン 受容体を遺伝子操作によりグルココルチコイド が結合するようにして(キメラ),多量のグル ココルチコイドが分泌されてもグルココルチコ イドの作用が発揮できないようにする。 ④恐怖条件づけ反応時に働く扁挑体のニュー ロ ン 内 に あ るSK2はCA2+-gated potassium channelであり,これを過剰に発現させると活 動電位の脱分極後期間の延長,スパイク頻度低 下,ニューロンの興奮性低下を起こすことがで きる。このように神経細胞内のイオン活動を変 化させることにより,恐怖条件づけを阻止する 試みもなされている。 ⑤脳由来神経成長因子(BDNF)はニューロン の発育に関係するのでその受容体であるTrkB を遺伝子操作で不活化すると恐怖条件づけを特 異的に低下させる。 ⑥単純ヘルペスウィルスを用いて扁挑体での cAMP反応性配列結合タンパク質(CREB)を 過剰発現させるとlearned helplessnessラット を改善する。これはうつ病モデルであるけれど も不安はうつ病にも併発する。 ⑦オピオイドペプタイドProenkephalinを扁挑 体で過剰発現させるとdiazepamの抗不安作用 を増大させる。 これらの実験的治療は臨床応用には以下の点 でまだ問題点がある。すなわち,脳内の特定部 位に限定して効果を発現させることが必要であ り,恐怖条件づけがなされる前またはその最中 に処置されなければならない。すなわち,恐怖 条件づけがなされてからでも効果を持つ治療法 が必要となる。さらにまた,ベクターの病原性 や中毒性といったことも克服する必要がある。 さらにまた,扁桃体への介入が「恐怖」以外の 扁桃体機能にも影響を及ぼす可能性も考慮する 必要があろう。 【精神薬理学 ―不安障害のドパミン仮説を中心に】 GABA神経系とセロトニン神経系は扁桃体 の発信する不安や恐怖の出力を直接抑制すると ともに,間接的には内側前頭前野皮質に作用し て扁桃体の興奮を抑制することで抗不安作用を 具現していると考えられる(Stahl, 2002b)。そ れ ゆ え,臨 床 的 に はGABAエ ン ハ ン サ ー の BZDとセロトニン・エンハンサーのSSRIが使 用されている。筆者らはこれら二者の系統以外 にもドパミン系とグルタミン酸系も不安障害に 大きな意義をもつものと考える。現在の診療状 況ではグルタミン酸系の薬物よりドパミン系の 薬物のほうが利用しやすいので不安障害におけ るドパミンの意義について述べる。恐怖条件づ け実験においては,ドパミン作動薬の全身前投 与は恐怖条件づけを促進し,条件づけされた個 体では恐怖の表出を強くし,消去を遅延させ る。反対に,ドパミン遮断薬の全身投与は恐怖 条件づけを阻害し,恐怖の表出を弱めるが (Pezze & Feldon, 2004),それだけではなく消 去学習を促進する(Ponnusamy et al., 2005)。 中脳被蓋野からのドパミンは内側前頭前野にお ける扁桃体基底核からの入力を調整している (Morrow et al., 1999)。内側前頭前野のドパミ
ンニューロン終末を破壊すると恐怖条件づけは 可能であるが消去を遅延させる(Floresco & Tse, 2007)。それゆえ,内側前頭前皮質のドパ ミンは行動療法の作用機序に大きく関係してい る。以上のことから扁桃体を含む辺縁系のドパ ミン機能を低下させ,前頭前野のドパミン機能 を亢進させることが不安・恐怖症の治療に重要 であることがわかる。 そこで,各不安障害でのドパミン系の病態の 存在を調べるとPDではドパミン代謝回転の低 下 が(Wingerson et al., 1996),SADで は 線 条 体におけるドパミン・トランスポーターの減少 (Tiihonen et al., 1997)や受容体の減少(Schneier
et al., 2000)が示されている。GADでのドパ ミン系の異常は検索した限りでは認めることは できなかった。これらの所見はその後追試が少 なく,十分に確立されていない。それゆえ,不 安障害におけるドパミンの意義は,病因に深く 関与しているというよりはあくまでも治療的介 入においての重要性が指摘される。米国におけ る不安障害の私的保険診療では,第二世代の 抗精神病薬の使用率は年々増加傾向にある ことがこのことをよく物語っている(Comer, Mojtabai et al., 2011)(Figure 13)。
不安・恐怖症の精神薬理学をまとめると,扁 桃体の興奮に抑制的な薬物と扁桃体を抑制する 内側前頭前野を賦活する薬物の組み合わせが最 も効果を発揮するものと考えられる(Figure 14)。 【予後と生活の質】 Figure 15は,NESARCのサンプル43,000人 の個別面接によってSF-12V2(SF健康調査票) により過去1年間の生活の質を調査した結果で ある(Comer, Blanco et al., 2011)。何らかの不 安障害の1年有病率は9.8%であった。精神的 側面はGADで有意に低く,SPで有意に高かっ た。身体的側面では有意差はなかった。社会機 能,役割機能および心の健康はともにGADが 最も悪くPDがそれに次いで悪かった。SADと SPは有意ではなかった(Figure 16)。 NESARC データにおいて慢性うつ病が検討 された。非慢性に比べ慢性うつ病では気分変調 性障害,GAD,回避性および依存性人格障害 の併発が多かった(Rubio et al., 2011)。不安 障害は非慢性に比べ慢性うつ病での併発が多 く,そ の オ ッ ズ 比 はPD: 1.37, SAD: 1.57, SP: 1.15, GAD: 2.09であった。141名のGAD, SAD, PDの患者を併発障害なし群,ほかの不安障害 併発群,うつ病併発群に分けて1年後の転帰を 見てみると,うつ病併発群では寛解率が悪く, ほかの2群では変わりなかった(van Balkom et al., 2008)。ハーバード・ブラウン不安研究 プロジェクトにおいて(Keller, 2006),初診10 Figure 13 不安障害における抗精神病薬の使用頻度
(Comer, Mojtabai et al., 2011) Figure 14 扁桃体へ入力する神経伝達物質と扁桃体 を抑制する治療薬
年後の寛解率が一番良いのはAGOを伴わない PD 82%。それに引き続きGAD 50%, AGOを 伴うPD 42%,最も悪かったのはSAD35%で あった(Figure 16)。再発率の一番低かったの はSAD 34%,それに次ぎGAD 38%, PDは最 も高く55%であった(Figure 17)。この結果は, PDは寛解と再発を繰り返し,SADは寛解しに くいがひとたび寛解すると再発しにくいことが わかる。 以上述べてきたように,不安障害は頑固な慢 性病であり,寛解後の長期の維持療法が患者の 幸福に結びつくものと考えられる。
Figure 15 不安障害のQOL(Comer et al., 2011)
Figure 16 ハーバード/ブラウン不安研究プロジェ
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Recent Advances in the Studies of Anxiety Disorders
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An Overview
Hisanobu Kaiya
1, 2Hideto Tsuchida
2Haruna Suyama
3Yui Kaneko
3, 4 1Panic Disorder Research Centre, Warakukai Medical Corporation
2
Kyoto Prefectural University of Medicine
3Graduate School of Human Sciences, Waseda University
4Research Fellow of the Japan Society for the Promotion of Science
Abstract
An overview of anxiety disorders in the recent literature was conducted. Anxiety disorders tend to be comorbid with other anxiety disorders and also with mood disorders. Environmental factors have more effect than genetic ones do, regarding the pathogenesis of anxiety disorders. It is argued that the hyperactivity of the amygdala and hypofrontality, especially in the ventromedial prefrontal cortex, were important mechanism in the occurrence of anxiety disorders. Meta-analyses of the effects of pharmacotherapy and cognitive behavior therapy were shown. Regarding psychopharmacology for anxiety disorders, neurotransmitter inputs and outputs of the amygdala were sketched. A dopamine hypothesis for anxiety disorder was proposed. In connection with the hypothesis, the merits of using serotonin/dopamine antagonists for anxiety disorders were emphasized. A lot of the literature showed that anxiety disorders have a chronic and recurrent nature, and comorbidity with depression makes them intractable.
Key Words: anxiety disorders, comorbidity, amygdala, treatment meta-analyses, chronic recurrent na-ture