eラーニングを活用した英語科目における効果的授
業実践の試み
著者
井上 加寿子
雑誌名
教育総合研究叢書 = Studies on education
号
7
ページ
65-73
発行年
2014-03-31
URL
http://id.nii.ac.jp/1084/00000412/
e ラーニングを活用した英語科目における効果的授業実践の試み
Effective English Education Through E-Learning
井上 加寿子* Kazuko INOUE 抄 録 本稿では,高等教育機関においてICT 環境の導入・整備が進んできている昨今の 教育環境の変化を背景に,英語科目における e ラーニングを活用した英語科目 における効果的授業実践の試みについて報告する。e ラーニング活用の様々な教 育方策によって,従来型の教育では実現の難しかった効果の高い授業実践が可 能となる一方で,教員のICT 活用力が問われるなど,実践を通していくつかの 課題があることが明らかとなった。それらの課題をふまえ,e ラーニングを活用 した授業実践の現状と課題はどのようなものであるのか,そして,e ラーニング を活用した効果的な英語教育へ向けた今後の展望は何であるのかの2 点につい て考察する。 1. はじめに
情報通信技術が急速に発展し,ICT(Information and Communication Technology)革命とも称 される昨今,大学を含む高等教育機関においても高度情報化社会への対応が緊急の課題となってい る。大学においては,1960 年代のカセットテープやビデオなどの視聴覚教材を利用した LL (Language Laboratory)教室,1990 年代以降の CALL(Computer-Assisted Language Learning) の普及など経て,近年では,MoodleやWebClassといった商用やオープンソースのLMS(Language Management System,学習管理システム)の研究・開発が進み,ICT を活用した e ラーニングが 主流となりつつある。本稿では,こうした教育環境をめぐる変化を背景に,関西国際大学における 共通教育科目の英語科目をとりあげ,e ラーニングを活用した授業実践の現状と課題について報告 する。そして,e ラーニングを活用した効果的な英語教育へ向けた今後の展望は何であるのかにつ いて考察を行う。 * 関西国際大学共通教育機構 教育総合研究所学内研究員
2. 学生の視点から見た現状と課題 2.1 学生の利点 関西国際大学では,2007 年度より全学で商用 LMS の WebClass が導入され,2012 年度より学 内外で開講される全科目で利用が推奨されている。WebClass を基盤とした e ラーニングの実践に 伴い,2012 年度には人間科学部および保健医療学部において,2013 年度には教育学部において, ICT 環境が整備・実用化された。こうした環境の整備により,学生の取り組む課題の可視化や,授 業内外でインターネットの活用やオンライン辞書等を用いた学習や調査を行うことが可能となった。 また,LMS の e ラーニングコンテンツが学内外問わずどこからでもオンラインでアクセス可(ス マートフォン,タブレットも一部可)であることで,ペーパーベースの従来型の授業実践と比較し, 学生は授業の教材,課題,連絡事項等へアクセスしやすくなった(井上他2013)。 こうしたアクセシビリティの高さは,学生間の議論や交流などの促進にもつながる。図1 に示す のは,グループワークでのプレゼンテーション資料作成に関するLMS 上での学生間の議論の様子, 図2 に示すのは,学生のプレゼンテーションの学生による評価とコメントである。アクセスログか らも明らかなように,授業時間内にとどまらず,授業時間外においても学生同士の活発な意見交換 の場,およびグループワークの場となっていることがうかがえる。 また,学生は,レポートやプレゼン資料,テスト結果等のアウトカムを授業に関する活動のエビ デンスとしてオンライン上にデータとして残すことができ,それを随時ふりかえることができる。 さらに,小テストや自習課題などの自動採点機能により,即座に結果や正答を知ることができ,学 生の英語学習に対する動機付けにもつながる。このように,アクセシビリティの高さは,時間や場 所に縛られない柔軟な学習を可能にし,学生の能動的な学習と,それに伴う学習時間の増加と確保 を可能にするといえる。以上の学生視点から見た利点は次のようにまとめられる。 ・ インターネットを用いた学習(e ラーニング,辞書等) ・ オンライン上での議論,学生間の交流,相互補助等の能動的活動 ・ 時間や場所に縛られない柔軟な学習,アクセシビリティの高さ ・ 授業時間外の学習時間の増加
図 1. LMS を活用したディスカッション(掲示板)
2.2 学生の課題
一方で,e ラーニングを活用することで伴う問題点もある。授業内外での授業コンテンツへの高 いアクセシビリティや,学習時間の増加・確保など,多くの利点をもつICT 環境における授業実践 であるが,これらのことは,学生の一定以上のコンピュータ活用能力を前提としたものである (Inoue, et al., forthcoming)。実際には,コンピュータ活用に関し大学入学以前にどこまで習得し たかについては個々人の差が大きく,そのため特に大学入学直後の初年次生では,まだ未習得であ るコンピュータ活用スキルによって生じる問題もある。具体的には,Web コンテンツのダウンロー ド方法がわからない,コンピュータを用いたWord や Excel,PowerPoint などの課題作成やオンラ インでの課題提出,資料添付等の方法がわかならないといったケースである。 また,e ラーニングの自動採点機能により,小テストや課題の結果を即座に知ることができると いう利点があるが,その反面,機械が自動的に正答・誤答を判断してしまうため,学生が自ら間違 いを見つける能力を養えないという新たな問題も生じる。これと関連して,知識の誤りが原因では なく,コンピュータでのタイピングに不慣れなことによるスペルミスやタイプミスにより,テスト や課題に誤解答してしまうケースもある。さらに,授業外での学習を期待するLMS をベースとし たe ラーニングの授業実践では,学生自身の学習に対する高い動機付けが必要不可欠である。その ため,オンライン上で教員によって課される課題やテストなどに対して,自ら学習計画を立てて能 動的に臨むという自律した学習姿勢が要求される。これらのことは,大学入学以前のコンピュータ 活用能力の個々の習熟度や,英語学習に対する意欲やバックグラウンドなど,学生個人によるとこ ろが大きく,多人数でのe ラーニングを活用した授業実践においては障害となる場合もあるだろう。 以上の学生視点から見た課題は次のようにまとめられる。 ・ コンピュータ活用能力のばらつき ・ 高い動機付けの必要性 ・ 自律した学習と学習計画 ・ 間違いを見つける能力を養えない 3. 教員の視点から見た現状と課題 3.1 教員の利点 ICT 環境の整備により,教室内でのリスニングのモデル音声や学生の発表動画などの活用が容易 となるだけでなく,LMS を活用することで,従来のペーパーベースの授業実践では不可能であっ た,教員の提示する教材の可視化や,デジタル化された教材や課題,音楽・音声・動画などのコン テンツ配信が可能となる。英語科目は,その科目としての特徴から,リスニングおよびスピーキン グ活動を多く含むため,学生の能動的な活動が必要不可欠となる。語学教材に学習者向けの自習用 CD が同梱されていたり,教科書の出版社が学習者向けにダウンロード用の音声が mp3等のファ
イル形式で提供していたりすることは近年では珍しくないが,こういった学習用音源を図3 に示す ように LMS にアップロードして各回の課題を課すことで,学生が学内外問わず PC やスマートフ ォン,タブレットから利用でき,より高い学習効果を期待できるという利点がある。同様に,図4 に示すように学生の発表動画をLMS にアップロードすることで,学生の課題への取り組みのエビ デンスとすることが可能となるだけでなく,それらを学生間で共有することで学習の動機付けの維 持にもつなげることができる。 また,LMS を活用することで,教員は学生が Web コンテンツにいつアクセスし,何分間取り組 んだかなどの学習履歴を随時確認できるため,学生の学習パターンや頻度,授業時間外に学習にか けた時間や学生の関心などを知ることができ,授業へと反映させることが可能となる。その他,オ ンラインでのテスト実施や自動採点,課題提出が可能となるため,教員は即時に結果の確認と学生 へのフィードバックを行うこと,オンライン上で随時学生から教員への質問を受け付けることが可 能となるなど,LMS を中心とした e ラーニングは,学生間の議論や交流を促進するだけでなく, 教員がオンライン上で定められた授業時間にとらわれず学習者の支援を行うことも同時に可能にす る。このように,e ラーニングを活用した授業実践は,教員の工夫次第で学生の効果的な学習を促 すとともに,進度や難易度の調整に大いに役立つといえる。以上の教員視点から見た利点は次のよ うにまとめられる。 ・ 教材・課題の可視化 ・ デジタル化された教材や課題,音楽・音声・動画などの配信 ・ オンラインでの学習者支援によるリテンション率,満足度・学習意欲の向上 ・ 学生への即時のフィードバック ・ 課題や小テスト等の自動採点 (PC 版) (スマートフォン版) 図 3. リスニング音声添付の自習用課題
図 4. グループ発表動画 3.2 教員の課題 2.2 ですでに述べたように,ICT 環境における e ラーニングを活用した授業は学生の一定以上の コンピュータ能力を必要とする。そのため,コンピュータの扱いに不慣れな学生がいる場合,教員 が各授業内において随時対処・指導する必要性が生じてくる。こういったことは,授業内容の教授 以前の問題であるが,e ラーニングを活用した授業実践においては,必要最低限のコンピュータ活 用能力が要求されることは避けては通れないため,各教員が解決しなければならない問題として依 然残る。 また,知識の誤りからではなく,学生がコンピュータでのタイピングに不慣れなことによる誤答 入力などケースも少なからずある。LMS の活用により,オンラインでのテスト実施や自動採点が 可能となり,教員の負担は軽くなるが,実践の中で明らかとなった問題点をふまえた上で,出題方 法を工夫するが必要性が出てくるだろう。例えば,図5 に示すように,誤答を誘発しないよう解答 方法を自由記述でなく選択肢にする,記述の場合でも一部記述に限定するなどである。しかしなが ら,この場合,学生の解答を正答に導くことにつながる場合もあり,問題を限定することによる英 語能力測定に与える影響も教員は考慮しなければならない。このように,教員のICT 活用力も問題 となってくるであろう。以上の教員視点から見た課題は次のようにまとめられる。 ・ 学生のコンピュータ活用能力の必要性 ・ 出題方法・問題の種類の工夫 ・ 問題を限定することによる英語能力測定に与える影響 ・ 教員のICT 活用力
図 5. Quiz 出題例 4. 効果的な授業実践へ向けて e ラーニングのアクセシビリティの高さは,時間や場所に縛られない柔軟な学習を可能にし,学 生の能動的な学習と,それに伴う学習時間の増加と確保を可能にすることをすでに述べた。このこ とは,2012 年の中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯 学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ~」で指摘されていることと関連が深い。これによ ると,学習時間の増加・確保という点に焦点が当てられており,将来の予測が困難な時代に必要と される主体的に考える力を持った人材を育成するためには,旧来型の受動的な教育から,学生の能 動的な学習(アクティブ・ラーニング)へと転換していかなければならないことが述べられている。 しかしながら,大学設置基準では,1 単位の授業科目を 45 時間の学習を必要とする内容で構成する ことを標準とすると定めているが,一週間あたりの学習時間が5 時間にも満たない学生が全体で 6 割以上も占めているのが現状である(中央教育審議会2012)。e ラーニングの有効活用は,このよ うに大学設置基準で定められた要件と大学という教育現場における現状のギャップを埋め,実質化 していくことに向けた大きな一助となるだろう。 e ラーニングを活用した効果的な授業実践に向けて教員に必要とされることは,実践を通して課 題明らかにするだけでなく,それらの課題を想定した上で,ICT を活用した英語教育に頼りすぎる ことなく,e ラーニングを中心としたオンライン型の授業と従来のオフライン型の授業をうまく併 用していくことであろう。教員は,既存システムとの有機的な組み合わせによるICT のより効果的 な利用方法を検討していく必要がある。そのためには,学生の誤答例やe ラーニング活用上の問題 点などの個別事例を収集・蓄積し,さらには教員間で共有していくことで,各授業の実践へと役立 てていくことが必要不可欠である。
5. おわりに 本稿では,教育環境をめぐる変化を背景に,関西国際大学の共通教育科目の英語科目をとりあげ, e ラーニングを活用した英語科目における効果的授業実践の試みについて報告した。まず一点目に, 学生視点・教員視点それぞれから見た実践報告を中心に述べ,e ラーニング活用の様々な教育方策 によって,従来型の教育では実現の難しかった効果の高い授業実践が可能となる一方で,教員のICT 活用力が問われるなど,いくつかの課題があることを指摘した。二点目に,e ラーニングを活用し た効果的な英語教育へ向けた今後の展望について,個別事例の蓄積および教員間での共有による効 果的な利用方法の検討の必要性を指摘した。 以上から,e ラーニングは有用なツールの一つであるが,学生や教員といったそれを利用する側 の能力も教育効果に大きく影響することが明らかとなった。今後は,大学が提供する設備やシステ ムの利用について利用者へ周知することをはじめとして,授業設計や授業実践の様々な情報につい て教員間で共有できるような機会や仕組みづくりを長期的視野で見据え,より一層充実させていく 必要があるだろう。 参考文献
Inoue, Kazuko, Minako Fukuchi and Ayumi Oka, “Current State and Advanced Issues on E-Learning,” Research Institute for Communication, Kansai University of International Studies, forthcoming.
井上加寿子,伊藤創,依田悠介「ICT 環境を活用した外国語教育の現状と課題:英語科目と日本語 科目における実践報告を中心に」『教育総合研究叢書』第6 号, 21-34 頁, 2013
中央教育審議会『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて:生涯学び続け,主体的に 考える力を育成する大学へ(答申)資料編』
Abstract
The rapid growth and improvement in Information and Communication Technology or ICT has led to the diffusion of technology and ICT has widely been applied to language education as an efficient learning or teaching tool in recent years. The purpose of this paper is to examine effective English education through e-learning. This paper reviews practical use of e-learning in English classes at Kansai University of International Studies and reports the current state and advanced issues on class management through e-learning.