はじめに
本年5月、JOIは東南アジアに進出している本邦企 業の本社および現地経営幹部の方々より、日系企業 のナショナルスタッフの育成、経営現地化および労 務管理などの課題について現状とその取り組みにつ きヒアリングを行った。本稿は、こうしたヒアリン グ調査結果の一端を今月号と11月号の2回に分けて ご紹介するうちの前編である。今月号でヒアリング 結果を取りまとめた総論を報告し、11月号ではいく つかの企業の取り組み事例をご紹介したい。現地で のヒアリング企業は下記のとおりである。そのほか、 トヨタ自動車、三菱ケミカルホールディングスには 本社でのヒアリングにご協力いただいた。1. 東南アジアの日系企業を取り巻く
環境
新興国、なかでも東南アジアにおいて事業を拡大 する多くのわが国企業にとって、現地に根ざした経 営、ナショナルスタッフの人財育成および経営現地 化がキーワードになっている。成長を続けるアジア 市場の近くで商品の企画・開発・生産を行う「地産 地消」により、市場ニーズに合致した魅力ある商品 をスピーディーに供給し事業運営をしていく必要性 が高まっているためである。また、海外事業の拡大 に伴い、数多くの海外拠点の経営に必要な人財注1 を 確保するべく、国籍にかかわらず幅広い人財の中か らグローバル経営幹部を育成・登用していこうとい う企業が増えている。一方、東南アジア諸国の多く で物価・賃金上昇、Job Hoppingと人財確保難、ス トライキなどの労働争議の多発、といった課題に対 して労務管理の重要性が増している。 図表1は上述のような日系企業を取り巻く諸課題 を整理したものである。 また、図表2が示唆するとおり、多くの日本企業 にとり人財育成と経営現地化はグローバル経営の最 大の課題であり、そのためにグローバルな人事制度 の確立、経営理念の共有や海外現地法人のナショナ ルスタッフ幹部による経営理念の理解を課題にあげ る企業が多い。 注1:人材または人財の双方が使われるが、本報告では原則人財を用 いた。東南アジア進出企業の人財育成、
経営現地化および労務管理(前編)
海外投融資情報財団
調査部
特 集
現地での主たる事業 調味料 調味料 カプロラクタム・ナイロン樹脂等 特殊機能材(脱酸素剤) 衛生陶器 鉄筋棒鋼 建設機械 白物家電 テクノロジーソリューション、電子部品 二輪 二輪用油圧緩衝器 親会社名 味の素 キッコーマン 宇部興産 三菱ガス化学 TOTO 共英製鋼 コマツ 日立製作所・日立アプライアンス 富士通 川崎重工業 KYB 国 名 インドネシア、ベトナム シンガポール タイ タイ ベトナム ベトナム タイ タイ シンガポール、タイ、ベトナム タイ タイ 業 種 食 品 化 学 ガラス・土器 鉄 鋼 機 械 電気機器 輸送機器 ●現地ヒアリング協力企業一覧2. 経営層を現地化する目的と課題
一般的に、ナショナルスタッフの海外現地法人の 経営層への登用の目的・動機は、①「現地に根ざし た経営」、②「優秀なナショナルスタッフの確保」、 ③「合弁パートナーとの関係」の3つに大きく分け られる。 ①の「現地に根ざした経営」については図表1の 課題への対応にあたって現地に根ざした経営が求め られている。特にコネ社会、学閥社会であるといわ れる東南アジアでの企業経営においてはほかの地域 以上にナショナルスタッフの育成・登用が求められ ているという側面もあるかもしれない。 ②の「優秀なナショナルスタッフの確保」に関連 して、図表3のアンケート結果で「外国籍社長を起 用した理由」として「現地従業員のモラールアップ になる」「優秀な現地社員を採用できる」というのは 注目される。ナショナルスタッフの経営幹部への登 用はほかのナショナルスタッフのモチベーション向 上を通して、優秀な人財の確保、人財の定着率向上 (リテンション)に有効で、いわゆる「ガラスの天井 問題注2 」の解決策になり得ると多くの企業が期待し ていると考えられる。 一方で、図表3の「外国籍社長起用に関して難し い点」をみると、「自社の経営理念の共有」「グロー バルな経営戦略を理解してもらいにくい」という課 題をあげる会社も目立つ。 注2:経営幹部ポストは本社派遣社員の定位置となっていてナショナルス タッフは実力があっても一定のポストまでしか昇格できない人事の ことをいう。ナショナルスタッフには幹部登用の機会がないことか らモチベーションがあがらないという弊害がある。3. グローバル人事制度導入の動き
海外事業展開の歴史の長い企業では、長年にわた って経営の現地化を進めるべく、海外現地法人にお けるナショナルスタッフの育成、ナショナルスタッ フの経営幹部への登用、派遣する日本人社員の教育 に取り組んできた。近年はこうした取り組みを加速 し、本社幹部と現地法人ナショナルスタッフ幹部を 同一の評価制度、人事制度の対象とする企業も出て きた。国境を越えた人事異動の活性化による適材適 所の実現とタレントマネジメントを図り、優秀な人 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(前編) 出所:JOI作成 図表1 東南アジアの日系企業を取り巻く環境 現地人社員の育成 グローバルな人事・処遇制度の確立 本社と現法とのコミュニケーション 日本人派遣者の育成 権限委譲による現法の主体的経営 経営理念の共有化 現地人幹部の経営理念の理解 技術、ノウハウの移転 研究開発機能の移転 資本の現地調達化 その他 76% 64 48 39 22 16 16 12 4 2 3 図表2 グローバル経営を進展させるための本社側視点 による主要経営課題 注:有効回答数122社。 出所:一般社団法人 日本在外企業協会「海外現地法人の経営のグロー バル化に関するアンケート調査結果(2012年度)」(以下「在外企 業協会調査」という)財をリテンションし、またグローバルに顧客に提供 する製品やサービスの価値の標準化を図ろうとする 試みだ(図表4)。
4. 人財育成と経営現地化にかかる
今後の展望
多くの日本企業は海外事業を成長戦略の重要な柱 に位置づけており、海外現地法人の経営を担う人財 の育成はますます重要になっている。特に海外売上 高比率や海外生産比率が高く、多くの海外現地法人 をもつ企業は、そのマネジメント人財を従来の本社 日本人社員の中から育成するのではなく、国籍を問 わず幅広い人財の中から育成・登用する方向にある。 日本企業による海外企業のM&Aが増加しているな か、M&A後のシナジーの早期の発揮を目指す観点か らも、被買収海外企業の経営層に自社の経営理念・ 企業文化・経営方針を周知・共有することも必要と 思われる。 近年のアジアの新興国で拡大する国内市場をター ゲットとする事業の場合は、東南アジアの低廉な労 働力などを活用して現地生産して製品を輸出すると いった事業と比べて、より現地事情に通じた人財が 求められ、深く現地に根づいた経営を行う必要があ る。こうした企業は、現地経営を担えるナショナル スタッフの育成、登用を加速するとみられる。 グループ企業間の国際異動については、各国市場 での経験を他国にヨコ展開して活用・応用すること を求められるケース、グループ企業全体の業務を理 解して当該国での業務展開をする必要性の高いケー スなどで、今後、いっそうの活性化を図る企業は多 くなると想像される。 東南アジアでの企業の事業展開が点から面に広が り(たとえばメコン地域内での企業グループ内の分 業)、各国に配置されたグループ企業の拠点が、それ ぞれもつ強みを活かして相互に連携してバリューチ ェーンを構築するような事業モデルが増えるだろう。 こうした企業では各国事情に明るく、かつ、地域に 広がったバリューチェーン全体をマネージする能力 にたけた人財が求められ、各国拠点とコミュニケー トし連携することのできる人財を育成する必要があ る。こうした人財を育成するためには、各国拠点間 の人事異動を活性化させて各国の事業を経験させる といった取り組みも必要であろう。 東南アジアで事業展開するほぼすべての日系企業 にとって共通の悩みは「Job Hopping」の問題であ り、特に優秀な人財、会社が必要としている人財ほ ど、キャリアアップのために転職するという現実問 題がある。東南アジア各国の経済が拡大して発展段 階があがるにつれて、さらに将来的にいずれ労働人 口の伸びが鈍化してくれば、よりいっそう深刻な問 題となる可能性がある。ナショナルスタッフの育成 に力を入れ、幹部登用の道をナショナルスタッフに 示すことはモチベーション向上を通してJob Hop-pingを抑え優秀な人財確保にもつながると考えら れる。 本社とのコミュニケーションが難しい 72% 社員の優秀な外国人人材がまだ育成されていない 37 自社の経営理念の共有が難しい 34 本社主導の経営がやりにくい 25 本社からの日本人派遣者との連携が取りにくい 14 グローバルな経営戦略を理解してもらいにくい 7 会社に対する忠誠心が低い 3 日本人のグローバル人材の育成に支障が生じる 2 その他 8 ②外国籍社長の起用に関して難しい点 注:選択肢3つまでの複数回答。有効回答数117社。 本人の能力が優れている 64% 現地社会に深く入り込める 45 パートナー企業の指名 22 現地従業員のモラールアップになる 21 日本人に適当な人がいない 10 優秀な現地社員を採用できる 9 経営に合理的な発想ができる 8 現地社会での企業イメージアップにつながる 4 日本本社の国際化が促進される 3 その他 4 図表3 外国籍社長を起用した理由と課題 ①外国籍社長を起用した理由 注:選択肢3つまでの複数回答。有効回答数92社。 出所:「在外企業協会調査」 出所:国際協力銀行「2012年度海外投資アンケート結果」 社 数 % 導入済み 12 2.2 準備中 25 4.6 検討中 155 28.3 導入の予定なし 356 65.0 図表4 グローバル人事制度導入の動き5. 人財育成に関する提言
海外現地法人における人財育成に関して、各社の 取り組みから学ぶべき最も重要なポイントをあげる とすれば以下の3点だと思われる。(1)経営理念・価値観・行動様式の共有
管理職以上、特に経営幹部層の育成にあたっては その企業の経営理念・価値観・行動様式の共有を重 視する企業が多い。国内の人財育成においても経営 理念、企業の価値観や行動様式などを共有すること は多くの企業で人財開発の基本となっており、歴史 的・文化的・社会的なバックグランドが日本と異な る海外現地法人のナショナルスタッフの育成の場合 は、よりいっそう、自社の経営理念・価値観・行動 様式などのいわば自社のDNAを擦り込むことの重要 性が増す。そのための本社からの関連する情報発信 の継続的な実施、本社経営層がコミットしたグロー バル経営幹部育成のためのプログラム、経営戦略・ 事業方針を海外現地法人と討議・共有する機会をつ くるなどさまざまな手段や機会を使って継続的に浸 透を図る努力が必要だ。(2)本社・グループ会社との
コミュニケーション
ナショナルスタッフの育成にあたっても、本社や ほかのグループ会社との間のコミュニケーションを とれる人財を育成することが重要だ。また、これは ナショナルスタッフの育成の問題と同時に、本社側 のグローバル化の問題でもあろう。この問題につい て言及される方は今回のヒアリングでも多かった。(3)グローバル人事制度
一部の企業で取り組みが進んでいるグローバル人 事制度については、すべての日本企業にそのまま適 用できるものではないが、その企業の事業の特性、 海外事業の規模や拠点の数、国際間人事異動の必要 性などによっては、①グローバルな適材適所の実現 と拠点間異動の活性化、②ナショナルスタッフの経 営幹部としての育成やタレントマネジメント、③優 秀な人財のリテンション、④顧客に提供する価値の 標準化などの目標を達成するツールとして有効と思 われる。 近年、日本企業による海外企業の買収が増えてい るが、買収した企業をグループ経営戦略の中に組み 入れ、買収によるシナジーを早期に獲得するための Post Merger Integrationを推進するうえでもグロ ーバル人事制度は有益と思われる。6. 経営現地化に関する提言
海外現地法人における経営の現地化に関して、各 社の取り組みから学ぶべき最も重要なポイントは以 下の2点であろう。(1)人財現地化とマネジメントスタイルの
現地化は別
人財育成・登用において「経営理念・価値観・行 動様式の共有」を重視する企業が多いことからもわ かるとおり、海外現地法人の経営層にナショナルス タッフを登用したとしても、それは人事の現地化で はあるが、マネジメントスタイルの現地化ではない。 もちろん人事の現地化とともにマネジメントスタイ ルの現地化も目指す場合は別であるが、マネジメン トスタイルは変えないで人財の現地化を進める場合 には、それを明確に意識して、ナショナルスタッフ 育成の際に自社のDNAを擦り込むことが大事である と考えられる。(2)現地化はMUSTではない
経営現地化は海外事業を拡大しようとするすべて の企業が一様に取り組むべきなのであろうか? 各 社の経営現地化への取り組み状況をみると文字通り 各社各様であり、各社の事業の特性、市場の特性、 現地法人の歴史などの多様な要素が各社の経営現地 化への取り組みに影響しているようだ。 「海外現地法人の経営現地化をどこまで進めるべき かどうか、どのような現地化を進めるべきか」とい う問いには、「一般解」「共通解」は存在せず、各社 の事業の特性、市場の特性、現地法人の歴史などの 多様な要素に応じた「個別解」「特殊解」であると思 われる。すなわち、経営現地化は海外事業を拡大す るうえで必ずしもMUSTではなく、また、本社が現 地化戦略について方針や目的を明示してイニシアテ ィブをとるべきであると思われる。 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(前編)7. 中間管理者の確保と
ワーカーの労務管理
多くの東南アジア諸国では物価・賃金上昇、Job Hoppingと人財確保難、ストライキなど労働争議の 多発といった課題に対して労務管理の重要性が増し ている。また、東南アジアで特に問題となる賄賂・ 社内不正行為にかかるリスク管理についても労務管 理上の課題である。各社からヒアリングした労務管 理のポイントについて以下に取りまとめ記載する。(1)中間管理職・スタッフ・技能熟練者
などの労務管理
①魅力ある職場づくり 中間管理職、総務、経理、ITなどのスタッフ職種、 ラインの職場長クラスや技術熟練者などは最も人財 獲得競争が激しく、Job Hoppingも多い。これらの 職種につく人財は相対的にキャリア上昇意欲も高く、 処遇水準だけでなく、企業理念や価値観、人財理念 の共有を図り、魅力ある働きやすい企業風土をつく ることが必要だという意見が多かった。そのために、 人事制度の透明性を高め、従業員のキャリアパスの 見える化を図り、各種研修制度も充実させてモチベ ーションを向上することが従業員のリテンションに 効果があると認識する経営者は多い。また、マネー ジャークラスには可能な範囲で会社の経営状況を説 明することで経営への参画意識や組織への帰属意識 を高めるようにしている企業は多い。その際、たと えば会社の財務状況を単純に開示するだけでは財務 諸表の意味や読み方がわからない従業員の理解は得 られないので、損益計算書の意味や読み方から丁寧 に教えるというように、従業員の成熟度合いに応じ たきめ細かな対応、従業員の指導・教育による成熟 度合いを高める努力も必要なようだ。 ②市場水準の処遇確保 以上のように、中間管理職、スタッフ、技能熟練者 の中でも優秀な従業員、特に企業側からみて定着させ たい従業員の場合は意識の高い人財も多いので、処遇 以外の上記のような働きがいがあり魅力ある職場環境 づくりがリテンションに効果があると考えられる。と はいえ、それだけではなく、処遇水準について同じ地 域・同業種の処遇水準並みを確保すべく、処遇のマー ケットレベルの把握に努めることが肝要だ。 ③高い離職率を前提とした体制づくり Job Hoppingが当たり前の東南アジア労働市場に おいて定着率を向上させる決定打はなく、以上のよ うな地道な努力を続けるしかないという状況だ。そ れでも離職率は日本と比べれば相当に高い水準で、 いつ誰が辞めるかわからないというリスクに常に直 面しており、ある程度の離職率を想定した体制づく りが課題であるとする現地法人経営者が多い。(2)単純作業一般ワーカーの労務管理
①処遇水準確保 上記のような処遇面以外の働きがいや従業員の向 上心に訴えかけることで組織への帰属意識が高まる のは人数からすればごく一部で、一般ワーカーにつ いては、わずかな給与水準の差によって転職したり、 同じ給与水準でも他社のほうの仕事が楽であれば簡 単に転職してしまう。こうした従業員については、 他社に負けない処遇水準の確保が重要になってくる。 そのために近隣の工業団地内の日系企業同士で給与 やボーナスの水準について情報交換を行い、人事コ ンサルタント会社からマーケット状況に関するベン チマークデータを購入するなどして、常に自社の給 与水準の妥当性を確認している会社もある。 ②処遇以外の職場環境 また、労務管理のための経営側の交渉の引き出し を多数用意するようにしている会社もある。たとえ ば昇給のタイミングを通常の年1回でなく、年3回 に小刻みに昇給したり、給与水準だけではなく、職 場環境の改善などの施策もなるべく多く用意したり するという。なかでも、工場内のキャンティーン (食堂)における給食の質や量については各社ともに 重要との認識である。少し給食がまずくなっただけ でストライキの原因となりかねないので、周辺の日 系企業同士でお互いのキャンティーンの試食ツアー を行って相互に確認しあったり、キャンティーンで の給食を業務委託している業者の選定を組合に任せ たりするなど、各社ともに給食については気をつか っている。また、工場のラインでの立ち作業で貧血になって倒れる女性従業員もいるなか、工場内に医 務室を設けて看護師を常駐させたところ、定着率が 大幅に改善したといった話もある。タイではいわゆ る3Kの仕事に労働者が集まらなくなりつつあり、こ うした職場では換気扇や扇風機を入れ、照明を明る いLEDランプに取り換えて省エネとあわせて職場環 境を改善するなどの取り組み事例もあった。 ③組合の活用とコミュニケーション 組合の設置が義務ではない国でもあえて会社側か ら組合設置を働きかけ、組合を通した情報収集と従 業員とのコミュニケーションに活用する経営者もい た。各社ともに労務管理の基本であるところの労使 コミュニケーション向上とそのための組合との良好 な関係構築は重視しており、昇給などの処遇変更事 案に限らず、たとえば給食の委託業者の変更などの 際にも、会社側で方針を一方的に決定して通知する のではなく、慎重に従業員、組合との対話を重ね、 従業員の納得を得てから実施を決定することを心が けている経営者は多い。 ④福利厚生 従業員全員が参加する忘年会や新年会などの懇親 会、従業員とその家族も参加するイベント、職場で のスポーツ大会や社員旅行なども東南アジアでは労 務管理対策として重要だ。これらのイベントで手を 抜くと労働争議になるともいわれる。一方で、経費 節減などのためにこうした福利厚生の内容が削減さ れると一気に従業員の不満が爆発することにもなり、 また、年々従業員の要求もエスカレートするので、 注意が必要である。
8. 賄賂・社内不正行為対策
東南アジアでは賄賂・社内不正行為が発生するリ スクが相対的に高く、労務管理において、こうした リスクの表面化を未然に防止する取り組みが必要だ。 今回、現地ヒアリングした各社で実践している対策 を取りまとめると以下のとおりである。(1)教 育
東南アジアにおいては日本では当たり前の常識や 倫理観がまだ未成熟な人財も一部におり、外国企業 で働いた経験の少ない人財と経験豊富な人財の間の 差が激しい。そのため、企業で働く際の基本的な心 がまえなどから教育が必要だ。社内規則・行動規範 に贈収賄や社内不正行為の禁止を明確に規定したう えで、その説明・周知徹底を行う必要がある。今回 ヒアリングした企業の中には「会社の財産を個人の 利益のために使用しない」などの標語を作成して配 布、掲示し、朝礼などの機会に唱和するといった取 り組みもあった。(2)透明性向上
賄賂・不正行為の温床となり得る環境を変えるこ とは、有効と考えられ、これを実践する企業は多い。 たとえば、従来は物品などの調達は、社内の各部署 で実施していたが、これを1カ所に集約して経営の 監視の目を強めるという企業は多い。物品などの調 達時の価格の妥当性を検証、日々の経費支出状況を 分析して、おかしなところが少しでもあれば、徹底 的に原因究明するなどの取り組みもあった。(3)検 査
工場の出入り口で従業員が出入りする際、警備員 が所持品検査をする光景はどこの工場でもみられる。 なかには、調達資材や製品を掲載したトラックが工 場を出入りするたびに、重量検査を行って、積載品 の確認を行っているところもあった。また、タイで は麻薬が路地で簡単に手に入り、従業員の中にも麻 薬使用者がいるケースがあるので、麻薬使用の抜き 打ち検査を行っているという会社もあった。おわりに
以上、2013年5月に実施したわが国を代表する企 業の東南アジア現地法人へのヒアリングをもとに、 東南アジアにおける現地人財育成、経営現地化と労 務管理の現状と今後についてご報告した。次回本誌 11月号では、ヒアリングした企業の個別事例をいく つかピックアップしてご紹介する。 *本稿は廣田JOI前専務理事の調査に基づくものである。 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(前編)はじめに
本年5月、当財団は東南アジアに進出している本 邦企業より、ナショナルスタッフの育成、経営現地 化および労務管理などの課題について現状と取り組 みにつきヒアリングを行った。以下にヒアリング調 査結果の一端をご紹介したい。なお、これらのヒア リングを踏まえた総論は本誌9月号に掲載しており、 本稿と併せてご覧いただければ幸いである。1. 味の素(コンシューマーフーズ)の
ベトナムおよびインドネシア現地
法人のケース
(1)味の素の海外食品事業
味の素は、1909年に世界で初めて商品化したうま 味調味料「味の素」を起点にした食品事業(調味 料・加工食品、冷凍食品、飲料など)を中心に、バ イオ・ファイン(飼料用アミノ酸など)、医薬・健康 分野の幅広い事業を営む。2013年3月期の海外売上 高比率41%、海外利益比率52%に達し、14年3月期 を最終年度とする現行中期計画では海外利益比率 56%を目標とし、将来的にはグローバル食品メーカ ートップ10を目指している。 現在、味の素グループは100以上の国や地域で「味 の素®」を販売している。「味の素®」は家庭やレスト ラン、加工食品に幅広く使用され、なかでも東南ア ジアの多くの国では、長年かけてきめ細かな販売網 を構築し「AJI-NO-MOTO」ブランドは100%近い 認知度だ。 日本の「ほんだし®」に相当する風味調味料とし て、タイやカンボジアの「Ros Dee®」、インドネシ アの「Masako®」、ブラジルの「Sazón®」など、ア ジア、南米などの成長市場の食文化に合わせた製品 を開発・生産・販売している。また、日本国内同様、 近年アジアでもメニュー用調味料の販売が急速に拡 大しており、唐揚げ粉やローカルメニューについて も、インドネシアの「SAORI®」 、ベトナムの「Aji-Quick®」など各国さまざまな製品がある。 これらに加え、スープ、即席麺、冷凍食品も含め たリテール向け海外食品事業(コンシューマーフー ズ)は主要新興国で着実に成長を続けており、今後 も2桁成長を続ける見込みで同社事業の成長ドライ バーとなっている。(2)味の素グループ人事プラットフォームと
海外グループ会社役員の現地化方針
味の素は「現行の中期経営計画において「成長ド ライバーの育成」と「事業構造強化」を両輪とし、 これを支えるための「基盤構築」の3つを「グロー バルカンパニーへの基盤づくり」の柱としている。 そして「基盤構築」では、グローバル人財育成とグ ローバルガバナンス強化を重要な経営戦略と位置づ けている。 図は味の素のグローバル人財育成の仕組みを表し たものである。味の素は、人財マネジメントの基盤 として「基幹人財の見える化」「基幹ポストの見える 化」「育成計画の体系化」「報酬設計の透明化」を目 的に「味の素グループ人事プラットフォーム」を整 備し、国籍やキャリアを問わない多様な幹部人財を データベース化している。このデータベースを使っ て、世界各国の味の素グループ企業に所属している 多様なリーダー人財を、グループ横断的に育成・登 用し、また、人財の適材適所を実現することを目的 としている。 人財育成については、このデータベースの中から グループ経営の中核を担える人財200∼300人を選抜東南アジア進出企業の人財育成、
経営現地化および労務管理(後編)
海外投融資情報財団
調査部
特 集
し、社長を委員長としたグループ人財委員会により 育成していく。具体的な育成プログラムとしては、 本社部門次長、海外現地法人役員にあたるジョブグ レードを対象とした経営幹部の育成および人財アセ スメントを目的とした「Ajinomoto Group Global Leadership Seminar(GGLS)」と、部課長クラス の職務グレードを対象としてグローバルリーダー候 補者の早期選抜育成を目的とした「A j i n o m o t o Group Future Leader Seminar(AFGLS)」など がある。たとえばGGLSの場合は、味の素の理念や価 値観(味の素ウェイ)を教育したり、ワークショッ プスタイルで味の素グループのグローバル課題を検 討させ、人財委員会委員長、つまり社長に対してプ レゼンテーションするなどという内容だ。 このデータベースはまた、海外主要法人の経営層 と人事責任者に公開し、個別のキャリア開発への活 用、国際間異動にも活用する。主要ポストについて はその職務要件を明文化しており、それぞれのポス トに求められる語学レベルや望ましい経験などがわ かるようになっている。たとえば医薬用のアミノ酸 事業は欧米顧客が多いために求められるTOEICスコ アは高く、欧米人と対等にコミュニケーションでき る人財が求められるが、インドネシアではインドネ シア語をマスターする必要があることからTOEICス コアは必ずしも必要ないというように、各国の事業 の特性に応じてケースバイケースで活用していると いう。 味の素はこうしたグローバル人財プ ラットフォームを活用しながら、国や 人種を問わず、多様な人財を採用、育 成、登用する方針で、現在、新卒採用 の10%を多国籍にするとともに、海外 グループ会社役員の現地化比率を現在 の40%から将来的には50%にまで高め ていく方針だ。
(3)ジョブグレード統一
味の素は本社の日本人と海外現地法 人のナショナルスタッフの双方の幹部 職員を対象に、同じ尺度で評価するた めの統一したジョブグレードを2010年 に導入した。 職務グレードは以下の4つに分かれる。 JG3:本社スタッフの上位層、国内外関係会社の課長ク ラス JG2:本社の課長、国内外関係会社の部長クラス JG1:本社の事業部門次長、国内外関係会社の役員・事 業部長 GEM:本社の事業部門長、人事・財務部長、国内外関 係者トップクラス これはタレントマネジメントのためのデータを整 備する狙いのほかに、ナショナルスタッフの優秀な 人財を確保するためにグループで統一した目線が必 要だとの考え方が背景にある。「それまでは各国の法 人単位でしか人財を評価していなかったためにある 程度までいくとジョブホッピングする人財が少なく なく、そこで味の素グループにはもっとほかにも活 躍できる場があることを示すことで、優秀な人財の リテンションを図ろうとした」(西井孝明味の素執行 役員人事部長(肩書は当時)の講演録より)注1 とのこ とだ。 ちなみに、処遇については同一ジョブグレード同 一賃金ではなく、本人のホームカントリーを定めて、 ホームカントリーにおける市場の賃金水準を参考に 賃金水準を決定し、ホームカントリー以外の国に赴 任する場合には、その地での生活や教育に必要なア ローアンス水準を別途考慮している。 注1:国際ビジネスコミュニケーション協会主催グローバル人財育成フォ ーラム(2012年2月23日開催)記録 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(後編) 出所:2011–2013中期経営計画説明資料 図 味の素のグローバル人財育成の仕組み(4)インドネシア・ベトナムの現地法人の
事業概要
味の素のアジア新興国でのコンシューマーフーズ 事業の特徴は、①各国の食文化・消費者の嗜好を研 究した製品開発、②強力な自社物流・販売網を構築 して新興国の伝統的な小規模食品小売店に対しては 現金直販体制をとっていること、③市場浸透のため の小分け販売、の3つがあげられる。 「各国の食文化・嗜好を徹底的に研究した製品開 発」については、たとえばうま味調味料「味の素®」 でさえ、その国の好みに合わせて粒のサイズを変え ている。メニュー調味料などの開発にあたっては、 人々の家庭に上がり込むなどして食文化や嗜好を綿 密に調査・モニタリングしたうえで、各国のラボで 製品開発が進められている。 独自の物流・販売網については、たとえばベトナ ムの場合、自社の直販チーム300チームをもつ。トラ ディショナルセールスチームが、全国の小規模小売 店(市場で乾物などを売る商店など)やローカル問 屋に現金直販する。このほか、レストランを担当す るレストランチーム、食品会社を担当する食品産業 サービスチーム、スーパー・コンビニなどを担当す るモダンセールス部門などが全国をカバーしている。 小分け販売というのは、日銭で生活する人々もま だ多いアジア新興国では庶民の購買力に応じて1日 に使用する数グラムの製品を小袋に包装してバラ売 りするというもの。味の素はこの方式で多くのアジ ア新興国で市場浸透の効果をあげている。たとえば インドネシアでは地方の小さな島々に行くと個々の 取引ロットが小さくなるため、競合先となる大手食 品会社は手を出さず、味の素製品の独壇場となる地 域も多いという。ちなみに、ベトナム人は経済観念 が発達していて、1kgや400gの大袋に入ったお徳 用製品もよく売れるといい、お国柄の違いもあるよ うだ。 設立:1969年 従業員数:約3100人(インドネシア味の素グループ 3 社 計) 本社 約200人、営業 約1800人、生産 約1200人 売上高: 3 兆6731億ルピア(約 3 億6700万ドル) 市場:インドネシアを中心に中東・北アフリカのイスラム 圏を市場と位置づけ、バングラデシュ、パキスタンなど にも輸出 生産拠点:東ジャワ州モジョケルト(1970年操業開始) および西ジャワ州ブカシ県カラワン工業団地(2012年 操業開始) 物流センター:ブカシの西部物流センター(2009年設立) とモジョケルトの東部物流センター(2010年)の 2 カ所 販売拠点:ジャカルタ、メダン、スラバヤの 3 支店、デポ 17カ所、メス163カ所(住居兼製品倉庫となっている もの)の約180の拠点を保有。また34社のディストリ ビュータと契約 主要販売品目: うま味調味料「AJI-NO-MOTO®」 風味調味料「Masako® 」 メニュー用調味料「Sajiku® 」、「Saori® 」 液体調味料「Mayumi® 」 ●PT AJINOMOTO INDONESIA(以下「インドネシ ア味の素」という)の概要 設立:1991年 従業員数:約2150人(うち日本人出向者14人) 本社 約200人、営業 約800人、生産 約800人 売上高: 5 兆6061億1000万ドン(約 2 億6700万ドル) 市場:すべてベトナム国内 生産拠点:ドンナイ省ビエンホアⅠ工業団地(1992年操 業開始)およびロンタン工業団地(2008年操業開始) 物流センター:全国 5 カ所の自社物流拠点 販売拠点:北部・中部・南部の 3 支店、 8 営業所、64営 業デポ 主要販売品目: うま味調味料「AJI-NO-MOTO® 」 風味調味料「Aji-ngon® 」 メニュー用調味料「Aji-Quick® 」 マヨネーズ「Aji-mayo®」 缶コーヒー「BIRDY® 」●AJINOMOTO VIETNAM CO., LTD.(以下「ベトナ ム味の素」という)の概要
(5)ナショナルスタッフの育成・登用
現在、インドネシア味の素、ベトナム味の素とも に社長は日本人であり、インドネシア味の素グルー プ3社の従業員数約3100人中、日本人は22人、ベト ナム味の素の従業員数約2150人中、日本人14人とな っている。いずれの拠点においても、総務・人事、 財務など関係拠点、特に日本との複雑な調整の多い 部署・業務(たとえば移転価格税制関連など)には 日本人を配している。また、新たな市場戦略を立ち 上げるなど、革新的なことに取り組む際には、ほか の国の事例なども理解した広い視野をもって、「現状 はベストではない」との仮説のもとにイノベーショ ンを起こす必要があり、そうした人財を探すと日本 人に行きつくとのお話もあった(ベトナム味の素)。 また、ナショナルスタッフを管理者に登用する際 の一般的な留意点として、以下のようなご意見をい ただいた。 ①日本人の見えないところで昇格させたナショナル スタッフが権力を握り、トップの意図しない判断 がされないよう注意が必要。 ②現状維持、現状肯定的な思考停止が発生し、改革 が進まない状態にならないよう注意が必要。 ③上司・部下の 藤回避をするなれ合いムードが醸 成され組織が弱体化しないよう注意が必要。 ④日本人に報告があがらず風通しが悪くならないよ うな環境を整える必要がある。 ⑤後進の育成を怠り、自身が長く君臨しようとする ナショナルスタッフもなかにはいるので注意が必要。(6)人財確保・定着・育成のための
重要ファクター
人財確保・定着率向上・育成のための重要ファク ターに関し、以下のご意見をいただいた。 ①企業理念や価値観、人財理念の共有を図り、働き やすい職場、魅力ある企業風土をつくって、味の 素グループで働くことへの誇りを実感してもらう (インドネシア味の素では、競合先の欧米系企業か ら、味の素の3倍もの処遇をもって引き抜きのオ ファーを受けたナショナルスタッフのプロダクト マネージャーがいたが、味の素の企業風土が好き で残ってくれたという)。 ②職員のキャリアパス、自分の将来像が見通せるよ うな環境をつくる。ナショナルスタッフのマネー ジャーには経営状況を開示してマネジメントの自 覚をもたせ中期的視点をもった人財を育成する。 理解ができるようにたとえば財務諸表の読み方か ら教えるなどの指導も行う。 ③会社の見える化を進め、風通しのよい組織、悪い 情報がすぐに上にあがる組織とする。5S、問題 解決のためのCritical Thinking研修、STPDマネ ジメントサイクルなどのマネジメントツールを活 用する。 ④一般的に給与・賞与は重要。専門性の高い一部の 人財には、賃金水準より、キャリア開発や海外研 修などの能力開発も重視する人もいるが、そうし た人財の母集団は小さい。 ⑤給食の質や社内行事の有無などは、不満解消に最 も効果的な施策ではあるが、内容が削減・節約さ れると一転して不満増大の要因になりかねず、要 求が年々エスカレートすることもあり、注意が必要。2. 日立アプライアンス(白物家電事業)の
タイ現地法人のケース
(1)日立アプライアンスの
白物家電事業の概要
日立グループで家電事業を担う日立アプライアン ス(日立製作所100%出資子会社)は、①冷蔵庫・洗 濯機・掃除機などの白物家電事業、②家庭用と業務 用の空調製品事業(産業用・地域冷暖房用の大型冷 凍機を含む)、そして③LED照明・住宅用太陽光発 電・オール電化(エコキュート、IHクッキングヒー ター等)などの環境新分野事業、の3つを事業領域 とする。 当社の成長戦略の基本方針は、「地産地消」(消費 者のニーズにタイムリーに的確に応えられるよう、 市場の近くで製品を開発・生産)と「プレミアム戦 略」(顧客が実感できる付加価値をより高める製品づ くり)だ。この基本方針に基づき、日本国内でのコ ア技術力、コア商品の開発力を基盤に、成長する新 興国でのグローバル事業の拡大を進めている。 日立アプライアンスは、海外では中国9社、台湾 1社、タイ3社、フィリピン2社、マレーシア1社、 インド1社、ブラジル1社、欧州2社の現地法人を 有している。今回はタイにおける白物家電事業の取 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(後編)り組みを紹介する。
(2)Hitachi Consumer Products(Thailand)
, Ltd.
(HCPT)の概要
(3)個々の市場ニーズを反映した
高付加価値・プレミアム戦略
Hitachi Consumer Products(Thailand), Ltd. (以下「タイHCPT社」という)の基本戦略は、「日 本発の技術による高付加価値化の推進、独自機能搭 載商品によるプレミアム戦略」だ。白物家電事業の 競合先はサムソン、LGなどであるが、新興国市場で はボリュームゾーンにおける低価格競争ではなく、 高付加価値の高級品市場で勝負してきた。白物家電 は各国の消費者の嗜好、社会・文化・生活スタイル の相違によってニーズが国ごとに異なるため、業界 各社はいかにして成長する新興国市場のニーズにあ った製品を開発するかにしのぎを削っている。言葉 を変えるとパソコンや薄型TVのようなグローバルな コモディティ化が進まず、各国市場に入り込んだ製 品開発の現地化が求められており、また、日本の得 意な擦り合わせ技術を活かした商品開発、差別化が 可能な分野であるといえよう。 たとえば、日本の洗濯機は通常は浴室脱衣場など に設置されてふたは上部についているが、世界市場 の半分は台所のシンク台の下に設置する前開き扉の ドラム式だという。洗濯機の容量は日本では8kgま でが一般的であるが、中東では容量16kgの大型のも のが売れる。洗濯槽(ドラム)を大型にすると振 動・騒音も大きくなるので、大口径ドラムの低騒音 化・低振動化に日立の技術力が活きている。 冷蔵庫の場合、日本では冷凍室と冷蔵室が上下に 分かれたスリムなものが主力だが、海外ではサイド バイサイドという冷蔵室と冷凍室が左右に分かれた 幅広のものが高級冷蔵庫として一般的だという。中 東ではフレンチオープンという両開きの扉で、中は 横幅いっぱいに使えて大きな食材や皿が入る大容量 のもので外装デザインも豪華なものが好まれる。一 方では台所に設置される鍵付きの超大型(700L)の ものもよく売れているとのことだ。こうした現地嗜 好に合わせたデザインと、大型かつ省エネ性能の高 いインバータ技術を活かした高付加価値冷蔵庫の中 東向け販売が大きく伸びている。ベジタリアンが多 いインド市場向けには、大きな独立野菜室が中段の 使いやすい位置にあるものが開発・生産されている。 日本では考えられないタイならではの市場ニーズ を拾った製品の例として、シャワーヒーターや家庭 用ポンプがあげられる。タイの田舎に行くと、給湯 機のない家も多く、小型の瞬間湯沸かし器のような シャワーヒーターが売れている。また、タイでは水 道の水圧が低い場所も多いことから、水道圧を上げ るためのポンプのニーズがあり、そうした製品も販 売している。
(4)各国拠点が連携してタイで製品開発
このような現地市場固有のニーズに対応した製品 設立:1970年 1971年より扇風機、72年よりTV、80年より冷蔵庫、 82年より家庭用ポンプ、84年より電気炊飯器、88年 より洗濯機、99年よりシャワーヒーター、2001年よ り掃除機を生産 工場立地:プラチンブリ県、カビンブリ工業団地内 従業員数:5113人(うち日本人31人) 生産品目・能力(2013年 3 月): 冷蔵庫 120万台/年 洗濯機 60万台/年 掃除機 100万台/年 ポンプ 25万台/年 炊飯器 40万台/年 売上高および構成:193億バーツ(約660億円)(2012年) 冷蔵庫 61% 洗濯機 20% 掃除機 9% その他 10% 市場:タイ国内20%、日本20%、中東アフリカ35%、 その他アジア25% 輸出先国は2000年の26カ国から2012年には58カ国 に拡大 左:野菜室が中段にあるインド市場向け冷蔵庫 右:タイ市場向けシャワーヒーター開発を迅速・効果的に実施するために日立アプライ アンスではタイHCPT社に開発拠点を置き、日本人 技術者数人を中核に大半はローカルの技術者によっ て製品の企画・開発を行っている。タイにおいて4 ∼5カ月に1回開催している開発会議を当社では 「海外商品開発会議(Global Solution Project:GS プロ)」と呼んでいる。GSプロには日本からタイ HCPT社の関係者のほか、本社の事業部長、設計・ デザイン・技術研究所などの担当者、アジアや中東 各国の販売会社の責任者などがタイに集まって、商 品企画、開発を議論している。2005年以来開催して いるこのような枠組みを通して現地市場のニーズを スピーディーに吸い上げて、日本で研究・開発され る最先端のコア技術を活用するという、日立アプラ イアンスのグローバルなリソースを組み合わせによ って、各国市場ニーズに合った高付加価値製品が生 み出されている。成長する新興市場に対して「地産 地消」を軸としながらも、日立アプライアンスの世 界中の拠点が連携してグローバルにバリューチェー ンを運営することで対応しているといえるのではな かろうか。
(5)現地人財の育成・登用
以上のような現地市場ニーズの把握、製品企画開 発から生産、販売までの現地一貫体制を支えている のが、現地人財の育成・登用であろう。タイHCPT 社の常勤取締役は日本人3人(社長、設計、品質管 理)、タイ人2人(生産、人事)という構成で、その 他、部長クラスの約4分の1、副部長の6割強、課 長クラスの9割がタイ人だ。タイに進出して40年が 経過していてタイ人の取締役も2人いるということ で、いわゆる「ガラスの天井」問題注2 がないため、 ナショナルスタッフのモチベーションの維持向上に も役立っており、育成もやりやすいという。 日立アプライアンス本社人事のお話では、過去に おいては日本人駐在員のポジションの後任は日本の 中から探していたが、現在では日本人にかかわらず ナショナルスタッフも含めて適材がいないか探すよ うになったという。成長する新興国市場で事業拡大 していくにあたって、国籍にかかわらず適材適所の 人財配置を行う方針だ。 ナショナルスタッフの登用を進めるとはいえ、マ ネジメントスタイルを現地のやり方に合わせるので はなく、日立の歴史、日立創業の精神、事業概要、 共通の価値観や企業理念、マネジメント基礎スキル など日立のやり方をナショナルスタッフに理解して もらって登用する。すなわち、日立ウェイを共有で きる人財であれば国籍にかかわらず登用するという 人財の現地化方針だ。日立グループとして2005年度 より海外で初級管理職を対象に、「グローバル・ファ ンダメンタル・コース」をスタートさせ、マネジメ ントスキルに加えて、日立精神の根幹をなす「和」 「誠」「開拓者精神」、企業理念、行動指針などの理 解・浸透を図っている。 ちなみに、タイHCPT社は既述のとおり、タイ国 内市場のみならず周辺アジア・中東など新興国向け 製品の企画・開発を担う機能をもつため、同社の設 計部長はタイ国内の事業運営のみならず、日本本社 の最新の技術、アジア・中東諸国におけるグループ 会社の事業などを幅広く理解していなければ務まら ないポストで、単に技術的な設計開発ができればこ なせるポストではないことから、現地化は難しいポ ストのひとつであるという。 注2:経営幹部ポストは本社派遣社員の定位置となっていてナショナルス タッフは実力があっても一定のポストまでしか昇格できない人事の ことをいう。ナショナルスタッフは幹部登用の機会がないことから モチベーションがあがらないという弊害がある。(6)日立製作所の
グローバル人財マネジメント戦略
日立製作所は2013年5月に発表された2015中期経 営計画では2012年度の海外売上高比率41%(うち新 興国25%)から2015年度には海外売上高比率50%超 (うち新興国32%)という目標を掲げ、グローバル人 財活用施策の推進として「グローバルグレーディン グ」「国内外ローテーションによる最適配置」「世界 中のリーダーが経営に参画」の3つをあげている。 グローバル人財活用について日立製作所は、人財 育成、登用、処遇のグループ・グローバル共通基盤 として、2011年に「グローバル人財マネジメント戦 略」注3 を策定した。同年新設した「グローバル人財本 部」が中心となって、海外の直接員を除く国内外の 日立グループ全社員を対象とする「グローバル人財 【特集】東南アジア進出企業の人財育成、経営現地化および労務管理(後編)データベース」と、国内外の課長相当職以上を対象 とする「グローバルグレーディング(職務評価尺度 統一)制度」の構築に着手した。グローバルグレー ディング制度は、全世界のグループ会社の課長相当 職以上を対象に、各職務の価値をグローバル統一基 準で評価してグレード付けし、グループ内の人事異 動のさらなる活性化、幹部人財育成や地域・役職・ 職種などに応じた適切な処遇決定につなげ、グロー バル化に対応するのが狙いだ。すでに本年3月まで に課長相当職以上のグレード付けは完了した。グレ ードと処遇をどのように連動させるのかは現在検討 している。 注3:本項目は本社へのヒアリングに加え、2011年6月のグローバル人 財マネジメント戦略にかかるプレスリリース、同戦略にかかる当社 ホームページ、2013年5月発表の中期経営計画に基づく。
3. コマツ(建設機械事業)の
タイ現地法人のケース
(1)コマツの海外生産体制
コマツの建設機械・鉱山機械等の生産工場は、商 品開発機能を有するマザー工場を日本・米国・欧州 に9カ所、本体工場を日本、米国、欧州、アジア、 ブラジルに23カ所、コンポーネント・部品・素材工 場を日本、米国、欧州、アジア、ブラジルに20カ所 有する(複数の機能を有する拠点はそれぞれ機能ご とに1拠点とカウント)。日本を除くアジアにおいて は、本体工場がタイ(中型油圧ショベル)、インドネ シア(中・大型油圧ショベル、中・小型ブルドーザ ー、ダンプトラック、油圧機器)、中国(中・小型油 圧ショベル、中型ホイルローダー、ダンプトラック)、 インド(中・小型油圧ショベル、ダンプトラック) にある。2012年度のコマツの建設機械・車両の地域 別売上構成比は83%が日本国外となっている注4 。 注4:当社ホームページより。(2)Bankok Komatsu Co.,Ltd.の概要
Bankok Komatsu Co.,Ltd.(以下「バンコクコマ ツ」という)は中型油圧ショベルを生産して、製品の 9割を東南アジア、豪州、ニュージーランド、北米、 南米、欧州、南アフリカなど26カ国に輸出している。 このようにコマツの生産拠点は全世界に広がるが、日 本のマザー工場をグローバルな生産活動の中核に位置 付け、エンジンなどのキーコンポーネンツは基本的に 本社で内製して、世界各地の本体工場に供給してい る。2007年の第2工場稼働開始とともに、協力会社 組織「コマツみどりの会」の参加企業にもタイ進出を 要請して約8社が周辺に進出している。
(3)ナショナルスタッフの登用
コマツは海外現地法人のトップは極力ナショナル スタッフを登用する方針で、現在、主要な海外現地 法人社長52人のうち約半数が現地人となっており、 ナショナルスタッフが社長となっている現地法人で は日本人駐在員がナンバー2のポストで社長をサポ ートしている。バンコクコマツは2013年4月に日本 人社長からタイ人社長に交代になったばかりである。 現在、日本人が社長を務めるほかの海外現地法人に ついても、ナショナルスタッフを育成して、順次バ トンタッチする方針だ。 海外現地法人のマネジメントには日本の制度をその まま当てはめるのではなく、その国のやり方を尊重 し、現地のマネジメントは現地出身者に任せるという 考え方だ。また、現地採用職員でもトップへの抜擢チ ャンスがあって将来のキャリアパスが見えることによ り、よりよい人財も確保できると考えている。(4)コマツウェイを理解したナショナル
スタッフの育成
ただし、他社からの横滑りではなくコマツ生え抜 きのナショナルスタッフを育成・登用するのが原則 である。これはコマツの経営理念、コマツの強みや 価値観、すなわち「コマツウェイ」を理解・共有し た人財を登用するという考え方だ。そして、そのよ 沿革:1995年バンコクモータワークスとの合弁により設立 2007年 第 2 工場生産開始 工場立地:チョンブリ県アマタナコン工業団地 従業員数:594人(2013年 3 月現在)うなナショナルスタッフを育成することが、本社か ら派遣される日本人社員の重要な使命である。コマ ツウェイをどのようにナショナルスタッフに理解さ せるかという具体的な方法は各現地法人に任されて いる。各国の言葉、文化、歴史、ビジネス慣習に合 わせて、コマツの経営理念、自社の強みをナショナ ルスタッフが理解できる表現で説明し、伝承するこ とが日本人派遣社員に期待されている。 バンコクコマツの場合、コマツウェイをタイ語に 翻訳して配布したが、それだけでは十分には理解で きないので、週1回、マネージャー以上を集めてバ ンコクコマツの社長(当時は日本人)自らがレクチ ャーする勉強会を実施した。バンコクコマツ独自の 冊子を作ったほか、顧客重視、ビジネスパートナー との関係、方針展開などのテーマごとに考え方や経 験をグループ討議して発表会を行うなどさまざまな 方策で浸透を図っている。