株式会社監査機能の強化についての提言
著者名(日)
小沼 喜八郎
雑誌名
東洋法学
巻
43
号
2
ページ
31-50
発行年
2000-03-15
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000433/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja株式会社監査機能の強化についての提言
一 二 三 四小 沼
はじめに 現行監査役規定と職務権限行使の限界について 日本の会計制度と会計監査における財務開示の限界について おわりに喜 八 郎
はじめに
東洋法学
粉飾決算等、取締役の不法行為ならびに株式会社の倒産のたびに企業経営と統治のあり方が問われ、取締役制 度とともに監査役制度の機能強化のため商法改正が行なわれ、また、改正のたびに企業経営と監査、監査役の制 度上のあり方が問われてきた。 昭和二五年改正前の商法では、取締役は原則として各自が業務執行と会社代表権限を有しており監査役はそれ ら取締役の職務執行を監査する唯一独立の機関であった。したがって監査役は会計監査︵決算の正否︶と会社の 31株式会社監査機能の強化についての提言 業務全般にわたって︵業務執行の適法か違法かのみならず妥当性の意見︶監査権限が認められていた。しかしな がら実際上の監査役の構成および能力は取締役に比して会社機関として著しく劣り、取締役の下風に立ってその 指揮を受けるか、またはその一味徒党であると常に言われていた。昭和二五年の商法改正において監査役の権限 は会計監査のみを担当する機関に改められた。これにより旧法で認められていた業務監査および臨時株主総会招 集権または会社と取締役との取引承認権などの権限は廃止され、会計事項を監査する監査役として形式上の計算 書類の監査権限のみが付与されることとなった。 昭和四九年の商法改正は、昭和四十年前後の経済不況期に発生した大規模な粉飾決算等による倒産事件の原因 は監査制度の不備欠陥によるところが多く、これらの批判を契機として監査役の権限強化をもり込んで、昭和四 九年制定の商法特例法上の大会社等の会社についても拡大した。取締役の業務監査は従来と同様そのまま認めら れ、かつ、監査役は会計監査以外に取締役の業務執行監査の職務権限を充実した︵商二七四条、二七五条、二七五 条ノニ等、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律。以下商特という。二二条、二五条︶。特に商法特例法 による大会社に対しては、貸借対照表、損益計算書、営業報告書、利益処分または損失の処理に関する議案およ び附属明細書について、監査役のほかに独立性のある会計監査人の監査を受けることが義務付けられた︵商特二 条︶。 昭和五六年の商法改正では、商法特例法上の小会社以外の会社では取締役の法令、定款違反の行為を報告する ための取締役会を招集できるとした︵商二六〇条ノ三第二項、第四項、商特二五条︶。また会社の規模を問わず、監 32
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査役の報酬を取締役の報酬と区別して定めるものと︵商二七九条︶して、かつ、大会社については監査役の複数 制と常勤監査役制度を設置し、会計監査人の監査を受けるべき会社の範囲を拡大するとともに公認会計士または 監査法人の資格のある独立性をもつ専門家を会計監査人として、その選任または解任の権限を取締役会から株主 総会に移転をし︵商特三条一項、六条一項一八条︶、その独立性を確保した。 平成五年の商法改正では、株主の代表訴訟を容易化し︵商二六七条四項、二六八条ノニ第一項︶、帳簿閲覧権を も強化する︵商二九三条ノ六第一項︶とともに、監査役の任期を二年から三年とし︵商二七三条一項︶、その地位 の強化をはかった。また大会社については定数を三人以上とし、かつ社外監査役を強制し、監査役会を法定化し て︵商特一八条一項、一八条の二、一八条の三︶監査役体制の一層の強化をはかった。 このように商法領域では株式会社の健全な経営と発展のためと、株主、会社債権者保護の見地より、監査役制 度と権限につき強化がはかれてきた。しかし、ここ数年、経営業績を繕うために決算を粉飾したあげく、会社を 倒産させる事件が多発し、金融、証券業界にまで深くこの病魔が浸透し日本経済と国家財政、国際的信用問題を も揺るがしている。会社経営を監視する監査制度は法定されて一〇〇年の歴史をもち、問題が表面化する度に監 査役の任期や権限に関する改正が行なわれてきたが、結果においてその効果に大きく期待することができなかっ た。そこで本稿では監査役の職務権限と特に会計監査における実務と制度における問題点につき考察してみるこ ととした。したがって本論はどちらかというと私論的な論理形式となってしまうが、大会社の計算書類︵商二八 一条︶または上場会社が原則として作成する有価証券報告書︵証取法五条、二四条︶が現行制度の会計基準によっ 33株式会社監査機能の強化についての提言 て作成公示された場合、実際の正しい財務状態を開示できないことを次の機会で証明するための前提として会計 制度の視点から日本の監査制度と会計制度の問題点を考察することとした。 二 現行監査規定と職務権限行使の限界性 監査役は取締役の職務執行を監査する機関︵商二七四条一項︶として、会社の業務全般にわたって監査する職 務権限を有する。すなわち取締役および代表取締役ないし業務執行担当取締役が行なう業務執行︵商二六〇条、 二六一条︶を商法の趣旨にのっとって監査するのが監査役の職務である。ここに職務とは、業務より広く、新株 発行︵商二八O条ノニ以下︶、合併︵商四〇八条以下︶など会社組織に関する事項をも含み、取締役がその地位に 基づく業務として行なう行為のすべてを含むものと解釈される。監査には会社の会計等計算書類に対する会計監 査と取締役の行為一般を監査対象とする業務監査があり、大会社、中会社の監査役は会計監査および業務監査を 行なうが、大会社の会計監査は第一次的には会計監査人によって行なわれ、小会社における監査役の権限は会計 監査のみとなっている︵商特二二条︶。 ところで監査役の業務監査の権限は、取締役の監督権限とその範囲を同じくするのか、また重複して存在する ものか否かとの問題が生ずる。取締役の監督権限は業務執行の違法性のみならず、広く商取引、商慣習の妥当性 全般におよぶものであるが、監査役の業務監査権限の範囲は違法性の監査に限られるのか、妥当性にまで権限が およぶのかについては学説上見解が分かれている。 34
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ω 妥当性におよばないとする説は現行法によれば取締役会は業務執行の意思を決定する機関として代表取締 役の行為の適法性、妥当性の見地から検討し、違法、または妥当でないと認められたときには代表取締役に対し てその行為の中止を命ずることができ、それに従わなければ代表取締役を解任することができる強い権限が与え られている。こうした制度により、会社の維持、発展のためにどのような方策をとることが妥当かは取締役会の 専属に属している。また完全に業務執行の外にある監査役が業務執行の妥当性につき適切な判断をなしうるかど うか疑問であるが、それが行きすぎると取締役会の経営に関する判断の自由を不当に拘束し、取締役会の自発性 を圧迫する恐れがあるとする見解。 ② これに対し、一定の範囲において妥当性の判断を行なうものとして、①経営政策または能率増進を目的と する積極的な妥当性監査は取締役会に一任されているが、一定事項が不当か否かという消極的かつ防止的な妥当 性の監査は監査役の職務に属する説、②取締役の業務執行が著しく不当な場合には妥当性監査も含まれるとする 説、③さらに広く妥当性一般について監査役は判断をなし得るものとして、監査役の職務執行に関する第二七四 条や、また取締役会における意見陳述に関する規定︵商二六〇条ノ三第一項︶の中に、取締役の行為が適法かど うかについて限定がないこと、監査報告書の記載事項に関する規定︵商二八一条ノ三第二項︶にも、同項記載事 項以外の記載を禁ずるものではないことを理由とする説等。前述の如く、監査役の職務権限に関しての本条︵商 二七四条︶の解釈が多様なために、監査役の多くは現実と法制との間に深い溝を感じてい惹。その他監査役の権 限として、意見陳述権︵商二六〇条ノ三︶、報告権限︵商二七五条︶、違法行為差止権︵商二七五条ノニ第一項︶等 35株式会社監査機能の強化についての提言 の規定はあるが、現行では取締役の独断専行や横領、着服から会社を守り、計算書類と株主配当を含む利益処分 案を監査することとなっている。しかし監査役の権限を行使しようとしても、取締役解任権の行使ができる株主 総会に対する召集権があるわけでもなく、またこれに代る取締役会招集権も機能しえていないことから監査役の 職務権限行使に関しての限界がある。 三 日本の会計制度における財務開示の限界性 e 国際化と産業構造の変化対応の限界 日本の会計制度はバブル崩壊後の厳しい経済環境の変化に適応しえないのではないかとの批判を会計専門家の 間では指摘され、事実日本の会計が国際化と産業構造の変化に対応できなくなっている。日本の会計制度は商法、 証券取引法︵以下証取法という︶、法人税法の三つが結びついたトライアングル体制で成り立っている。この体 制は世界に類を見ない日本独特の会計制度を形成し、戦後の日本経済の発展をサポートしてきたが、しかし、こ の三つの法律のもたれあい体制が、国際競争力を必要とする経済環境の中にあって、企業の財務状況の真実の姿 を曖昧にし企業の国際信用を損なわせた可能性が大である。 三つの法律の形成には、歴史的背景があるが主に戦後の経済民主化に期を一にして制度化され、かつ、アメリ カの制度と仕組を導入した証取法と、ドイツ法の影響を継受し明治に制定された商法とは異なる源流をもつ経済 法が並立していることが、日進月歩を続けている経済活動をフォローするための企業会計に対処することができ 36
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なかったものと思われる。それに加え法人税法とその通達行政が私的企業の財務会計に混迷の度合を加速度に加 えたと言われている。 日本は、商法が基本法となっているため、証取法でいう期間損益も、法人税法上の課税所得も商法の規定をべー スとして計算される仕組となっているものと解されている。しかし、これは原則論に過ぎなく、会計の目的は準 拠すべき法律とその利用または利害関係者の立場によって異なるものである。例えば会社経営の受託者たる経営 者取締役の立場に立てば委託されている経営に対しての任務遂行の状況、すなわち受託責任の遂行状況報告の目 的が会計︵財務状況の拡大と健全化等の開示︶であって、将来株主になろうとする潜在的株主と、債権者の立場 からは投資および信用を付与すべきか否かを判断決定づける広い意味での投資意思決定のための情報提供目的と して会計が重要な役割をもってくる。商法が株主と債権者の利害調整を図る仕組を、その法的規定の中に多くもっ ていることもあって、投資意思決定情報を提供する会計目的よりも、むしろ株主と債権者との利害調整保護をそ の目的の主流としていると解される。近い将来、世界で準拠すべき会計基準、すなわち国際会計基準は、その目 的として企業をとりまく多くの利害関係者にとって経済的な意思決定を行なう際に必要な情報の提供を行なうこ とが必要として規定を定めている。その必要な情報とは投資家︵主として株主︶が必要とする企業および会計情 報であると定義づけているが、投資家が一〇〇パーセントの投資リスクを負っているわけであるから、その他の 利害関係者よりも多くの企業情報を必要とすることは必然的なことである。 商法では、株主への利益配当の支払いや役員賞与の支払い等利益剰余金の処分項目は、株主総会の承認事項と 37株式会社監査機能の強化にっいての提言 なっているが︵商二八三条一項︶、貸借対照表、損益計算書等の決算書類は、会計監査人の監査による適法監査証 明を添付することで、株主総会では報告事項にとどまっている︵商特二条、一六条一項︶。極論すれば株主は会社 が事業成果として得た利益を全額、株主配当に当てることも商法の仕組の上からは可能である。これに対し債権 者は株主と異なり、自からの利益を守る立場から会社決算や株主資本の処分に関してブレーキをかけるとか、処 分差止の行動をする権限は付与されていないため、株主と比較してはるかに弱い債権者の立場を保護するため、 さまざまな規定を商法上規定している。利益配当に関する規定はその代表的例である︵商二九〇条、二九一条、 二九三条︶。また債権者を保護する目的から会社に必要な最低限の資本を維持することを義務づけている︵商二〇 二条二項、一七〇条、一七二条、一七七条、二八O条ノ四、二八O条ノ七、二九〇条一項その他︶。それ以外に利益の 内部留保額を配当の上限としたり、現金配当や役員賞与の社外流出に対して、対外流出額の一〇パーセント以上 を利益準備金として内部留保を義務づけている︵商二八八条︶。しかし、これからの規定は会計学からみると実 質的な裏づけのない形式的な規定のようなものであると批判されている。商法では、資本に関する規定とは別に 資産と負債に関する規定を定めている。その一つの例が、資産に関しては取得原価主義を厳格に採用しており ︵商三一二条、二八五条以下︶、売掛金、受取手形等の債権、棚卸資産、有価証券等は価格が著しく下落した場合 ︵慣習では五〇パーセント︶のみ強制低価法によって時価評価を認めている。これは債権者保護に立った考え方 であると解されており、貸借対照表項目に関する規定を整備した結果である。しかし損益項目に関しては特に規 定がなく、そのために貸借対照表上の資本は資産から負債を差し引いたものの残存価値的なものである。資本が 38
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債務超過といわれるものは資産から負債を引いた結果マイナス資本になっているものである。また配当可能利益 は期末資本から期首資本を差し引いた純増額としておりストック重視の計算体系となっている。一方、証取法は、 投資家保護を重視する意味から、一会計年度の﹁正常な利益﹂の算出に重きを置くフロー重視の計算体系の導入 を行なっているといえる。そのため貸借対照表は、翌期以降の損益に関連するものの一時的な繰延的性格の明細 としての存在にとどまっている。 企業の貸借対照表を分析すると︵次稿で具体的例証をする︶、バブル崩壊後約十年を経ても巨額の不良債権や、 有価証券、ゴルフ会員権等が名目価値︵取得価値︶のまま、資産項目に計上されている。不良債権の償却をシビ アに行なえば最悪の場合赤字︵債務超過︶に転落することになる企業が多く存在し、粉飾決算まがいの将来の複 数年度への分割償却︵利益に見合った補損︶や損失の先送りといった会計処理を行なっているケースが多々あっ たことは事実であろう。これらの事実から日本の会計慣行が不健全であり、かつ後進的な性格の会計制度を官民 一体で擁護してきたと国際的に批判され信用されなくなっているものと思料される。 他方、法人税法が企業会計におよぼす影響はどうであろうか。法人税法上の課税所得の算定には、益金マイナ ス損金との計算方式で処理されているが、損金として取扱われる金額は法人税法上明文の規定がない限り、一般 に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるとしている︵法人税法二二条一項四号︶。しかし、税 法上の課税所得は原則として税法上の益金と損金との差額を意味し︵法人税法二二条以下︶、証取法および企業会 計原則上の会計概念とは大きく異なっている。また、法人税法上の課税所得の具体的な算定方法については、網 39株式会社監査機能の強化についての提言 羅的な規定がないので商法および企業会計原則に基づく企業会計にかなりの部分を依存しているのであるが、法 人税法上で定めている﹁別段の定め﹂︵法人税法二二条一項三号︶が企業会計と税務会計とのギャップを必要以上 に大きくしている。﹁別段の定め﹂には、課税の公平性を保つために必要な事項や、ある特定の産業を国策的に 保護推進育成する目的から、適用範囲や取扱いの限界を時限的に、かつ明確にするための規定もある。しかし会 計処理に関しては、棚卸資産の評価方法、減価償却の方法と耐用年数の画一的な適用、貸倒引当金の厳格な認定 基準︵法人税法二九条、三一条、五二条︶等の規定はその代表的なものである。他方、企業会計とは異なる効果と 国家政策の目的を実現させるための措置もある。具体的には受取配当金の益金不算入、役員賞与︵利益処分項目 を含む︶の取扱い、固定資産売却にともなう売却益の利益繰延的取扱いの圧縮記帳︵法人税法二二条、三四条、四 二条︶等の規定が定められている。法人税法と商法、企業会計原則との差異は、目的が異なっているとの理由か ら調整項目を論理づけることができる。しかし、﹁別段の定め﹂によって規定される項目については税務会計上 処理が認められる条件としては、すなわち益金、損金として処理できる要件が会計帳簿に記録された場合のみと 限定されている。もしも企業が税法上の恩典を得ようと望むならば、会計帳簿に記録することが絶対的な条件と なっていることである。したがって欧米では認められている税務申告書に申告調整項目として記載する方式では、 その権利︵恩典︶を日本の税法上享受できないこととなっている。会計帳簿に記帳し、その帳簿によって作成さ れた決算書が株主総会で承認されたもの、すなわち確定決算報告書でなければ申告書に添付する妥当な決算書と して認めないということで、このことが問題の根を深くしている。 40
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我が国の企業の多くは、商法および企業会計原則を公正妥当な会計慣行として認識しているにもかかわらず、一 実際の現金支出をともなう法人税等税金の金額上の重要度から法人税法の取扱いを最優先させている。法人税法 で損金算入が認められないからとの理由で、本来費用や損失として計上すべきもの、例えば貸倒損失や各種の費 用性の引当金等を計上しない場合がある。また不良債権、不良在庫等の処理は、見込損失を発生年度に損失また は引当金として計上すべきところを、税法上認められないとの認識から﹁有税償却﹂との名のもとに決算に際し ては計上しないことが、損失の繰延的弊害を及ぼす原因となっている。また、固定資産の減価償却については、 期間損益を重視する企業会計では継続的に一定のルールに基づいて費用配分処分すべきものと理論づけているが、 法人税法では減価償却は任意となっており、これが非公開企業の粉飾決算等の一つの道具ともなっている。 欧米先進国の財務諸表は、税法上の﹁別段の定め﹂に対しては、申告調整すなわち、会計帳簿に記載しなくて も処理できることで対応しており、かつ企業会計上は、税効果会計、すなわち企業会計と税務会計とのギャップ を調整するための会計技法の導入で、事業年度の期間損益の妥当性を維持し、かつ財務諸表の注記事項の中にそ の旨を明示して投資家の分析データとして貢献している。日本の会計慣行を国際的レベルに引き上げることが望 まれそのためには、商法、商取法および法人税法のトライアングル体制を私的経済の実態に則して整備し、企業 自体で都合の良い会計上の解釈、すなわち会計処理の継続性の安易な採用や、処理基準を拡大解釈すること等を 極力排除し、恣意的選択の余地を少なくすべきであろう。このことによって、企業の財務状況開示をより明朗な ものにすることができ、企業間の比較を公正に行なうことを可能にし企業力や競争力を明確に把握することがで 41株式会社監査機能の強化についての提言 きることとなろう。 口 資産評価方法からの限界 日本的経営システムが日本の経済を第二次大戦後、世界有数の水準に引き上げたものとの評価がなされている が、その主たる要因は、いわゆる三種の神器といわれる終身雇用制、年功序列制、企業内組合制度であろう。し かし日本的経営発展の秘訣は、バブル崩壊後の反省として含み資産依存型経営が大きな要因であったと語られて いる。その結果、三種の神器は日本的経営を代表する特性として位置づけられなくなり、単に高度成長期におけ る一つの現象であって日本経営の本質ではないといわれ始めている。 含み資産または含み益とは、ある資産の時価からその資産の会計帳簿に計上されている価格︵簿価︶を差し引 いたものと定義されている。通常、簿価は現行の企業会計原則が取得原価主義を主たる評価基準としているので、 その資産を取得した歴史時点の価格で記録される。一方、時価は、インフレーションやデフレーションなど、経 済的、政治的要因によって変動し、そのために時価と簿価との間には必然的に乖離が生じることとなる。 我が国の企業会計ではこの乖離がどんなに大きくなろうとも、乖離した金額は基本的に会計帳簿に反映しない ことになっている。もっとも、有価証券や棚卸資産については時価が著しく下落し、回復の見込みがない場合に は評価方法の一つである低価法を適用し、低くなった時価に簿価︵または取得価格︶を修正することとなる︵商 三四条一項一号、二八五条ノニ第一項︶。しかし会計上の資産評価での時価が長期にわたって高騰し続けた場合は 42
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簿価の修正は認められていないので、この原則が含み益経営のべースとなって経営の健全化を遅らせ、甘えの経 営を許容させた遠因となっている。含み益をもたらす資産は、主に土地と株式であったが、その含み益は実現し た利益ではなく会計上の未実現利益を指している。また日本の土地税制の特徴は﹁財産の保有には軽く、譲渡取 引には重い﹂ということで、法的にも制度的にも企業の含み資産作りのインフラが歴史的に整っていた。そのイ ンフラを最大限に活用して土地︵神話︶を主流とした担保金融と潤沢な設備投資によって高度経済成長を支える こととなった。すなわち、土地の価額が上昇すると企業の担保余力が生み出され、銀行から追加融資︵借入金︶ を受けることによって新規の設備投資︵主に高性能のキャパシティーを持つ設備︶を行なうことができ、設備投 資主導型の大規模生産を可能とした高度経済成長を実現することができたのである。含み資産がもたらした効果 は、第一に資金需要に応じた安定した経営計画をもとに経営意思の決定ができたことである。例えば投資効率が 短期的に悪化しても、長期的な成長予測の視点から設備投資を行なうことができた。第二に含み益が会計上の利 益の調整弁として機能してきたことである。具体的には関係会社間で土地や株式をころがして益出を行ない、景 気変動に伴う業績の下落や短期的業績の悪化に対処してきた。日本独特の損益計算体系で損益計算書の経営利益 の項の下に特別損益の項目があるが、これらの大半は益出し作業の結果を示すものであるとみられている。 国際会計基準では、損益計算書に示される特別損益︵エクストラオーディナリーアイテム︶は、ここでは限定 的な項目に止まっているが、我が国では期間外や異常項目に対して特別な損益を開示することとなっている。特 別利益は過去の業績の蓄積的な成果物の実現利益であることが多いのに対し、特別損失は現在の経営者の経営意 43株式会社監査機能の強化についての提言 思決定の誤りによる巨額の損失を顕在化したケースを示すことが多くなっている。 含み益に基づく経営は、長期的視点に立った戦略的投資のリスクを十分にカバーし、積極的な事業展開ができ た反面、採算性を度外視した、かつ右肩上りの経済成長を前提とした過剰投資を引き起した。バブル崩壊に端を 発した現在の経済不況は、過剰な設備投資による在庫投資の循環的悪化要因によるものであるとの認識であるが、 実情は世界で最も高いといわれているコスト︵人件費も含む︶高が国際競争力を落したことが原因であろう。 しかし、企業会計上から分析した問題はバブル時代の収益源泉が本業以外︵会社の本来の事業目的以外︶の不 健全な取引から不労所得︵有価証券売却益等︶として生じさせていた事実の開示が現行の会計システムからはク ローズアップまたは警鐘の機能を果たせなかったことである。すなわち帳簿外で処理されていた保証債務や偶発 債務、土地の時価情報とその担保価値の時価情報の状況、本業から逸脱した投機性の高い取引の開示等々、バブ ル時においてのブレーキをかけるべき情報開示の機能を十分に果たすことができなかったことである。 44 目 現行会計制度からの限界 最近、政治経済等の関係中にグローバルスタンダードという言葉が良くいわれているが、これは世界中のあら ゆるビジネスマンから理解される経営、すなわち世界標準の経営ということであろう。経営のコンセプトは資本 の論理であり、営利社団法人としての株式会社の使命︵目的︶は営利性にある。株主︵構成頁︶の出資した資本 を経済的事業活動の中で最も効率よく活用し、最大の利益をはかり、その事業によって得た利益を最終的には構
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成員に分配することにある。資本の論理に基づいた株式会社経営では、株主の利益の最大化あるいは株主権利の 尊重︵保護︶が最優先されることを基本原理と考えるべきであろう。しかし株式会社には多くのステイクホルダー すなわち利害関係人が存在しており、そのステイクホルダーの利害を最も良い形で均衡調整させることが求めら れている。その均衡からカウンタビリティー︵説明責任、報告責任、釈明責任︶の強化につながっている。現在 の我が国の株式会社の開示制度は年に一回株主に送付されてくる営業報告書と上場会社の場合の大蔵省に届け出 される有価証券報告書が主たるものとなっている。しかし、これらの情報では時期的にも遅く︵例えば三月決算 の場合は六月︶、かつ企業経営と財産の状況の実態を完全に把握することができない。 我が国の企業が海外から資金調達を行なう場合には日本の株主に開示している営業報告書や有価証券報告書で は企業情報の開示が不足していると指摘されており、別途に年次報告書の形式でより詳細な財務内容の開示が要 求される場合が多い。年次報告書に含まれる決算書の内容を見ると、基本的財務諸表︵貸借対照表と損益計算書︶ にキャッシュフロi計算書が追加され、かつ個別財務諸表よりはグループ経営を表示する連結財務諸表が主流と なっている。また、基本財務諸表の後に詳細な注記事項が添付され多くの説明が付されている。これらのことは 取得原価主義に基づいた会計基準で作成された財務諸表では、企業の財務的実態を正しく表示することができな くなった結果であり、その説明および補足のために多くの注記が必要になったことを示している。 国際会計基準は、国際的企業が財務諸表を作成して開示する場合に遵守しなければならないグローバルスタン ダードに近づきつつあるといわれている。企業活動と資本の流動が国際化するにつれて、企業の財務諸表も国境 45株式会社監査機能の強化についての提言 を越えて利用される機会が飛躍的に増加の一歩をたどっている。日本企業の国外での資金調達、外国企業との買 収、合併、外資系企業へのポートフォリオ投資または貸付、外国企業との合弁、技術提携、その他の重要な国際 取引を開示する場合には、当事者たる企業の財務諸表が相手方に提示され、その意思決定の重要な要素としての 情報提供として利用され、ここに企業財務の真実の姿の開示が要求される。世界各国の会計基準はまだ統一化さ れていないのが現状であるが、会計基準の不一致は資本の自由な国際的流動化の障害となり企業や国家に重大な 不利益をもたらすことにもなる。国際会計基準はこのような障害を除去し、世界中何処の国にも通用する会計基 準のグローバルスタンダード機能を荷負おうとしていることは確かである。バブル崩壊後の不況の長期化、巨額 の不良債権を抱えた金融機関の破綻、ゼネコン各社による巨額の簿外債務等の顕在化による実質の債務超過状態、 企業と政治家、官僚との癒着関係と後始末のための巨額な国家財政での救済等々によって国際的信用が大きく失 堕している中にあって、日本の会計慣行も同様の姿をさらしているといわれている。 会計の役割は一般に①経済活動の合理的手段としての役割、②受託責任の解明手段としての役割、③経済の分 配手段としての役割をもち、企業会計の領域では財務会計と管理会計であって、会計監査はこれらの企業会計か ら作り出される会計情報についてその信頼性を確保するために行なわれるものである。したがってここでの会計 の目的を極言すれば、企業の営業上の財産および損益の状況を明らかにし、また配当可能利益や課税所得を計算 することである。また証取法上の有価証券報告書︵証取法二五条二項︶の開示目的は、ステイクホルダーに経済 的意思判断︵すなわち取引するか、投資をするか否か等々︶を行なう有用な情報提供をする効用にある。国際会 46
東洋法学
計基準も同様の目的をもっている。意思決定に結びつくような情報とは、企業のキャッシュフローの発生原因と なる確実性についての情報を正しく把握することである。すなわち、時価評価基準による恣意的判断を排除した 財務諸表を重視した会計である。 今後日本経済が再生され再び繁栄を得るためには、グローバルな開放経済体制のフェアな競争のもとでの真の 実力養成と含み資産依存型経営を支えていたメインバンタ制度や株式の相互持合︵グループ意識︶の解消をした 中での経済合理性に基づいた経営が求められることになるであろうと予見される。そのために、公正かつ自由な 競争を正しく評価する道具として企業財務の真実の姿を開示する会計制度の構築が必要となり、我が国の会計制 度においても国際会計基準の採用が強く望まれると考える。過去の反省のもとに会計基準に求められるものは恣 意性を排除し、判断基準を統一し、企業実態を最も正確に開示することである。すなわち連結決算制度、時価会 計、税効果会計、キャッシュフロー計算書等々の導入であり、かつ選択適用範囲の少ない︵例えば損失の繰延を 認めるような処理基準の排除︶会計基準の制度化である。企業の維持は商法を貫く基本理念の一つであるが、企 業の健全な活動と発展のためには、公平でフェアでかつ正しく真実に基づいた会計処理による真実性のある企業 内容の開示制度が不可欠かつ重要である。四 おわりに
はじめに述べた如く、監査役制度と機能の強化の問題は経済の大不況に伴う企業倒産の続発と取締役の不法行 47株式会社監査機能の強化についての提言 為、粉飾決算等々のたびに間われ続けている問題である。そして職務権限の強化もはかられてきたが、バブル崩 壊後現出しているさまざまな不詳事件においても十分機能しなかった。学説は﹁監査役は取締役の職務執行を監 督する﹂︵商二七四条一項︶の規定においてその解釈が多種多様である。したがって、監査役は業務監査権限があ るとはいえ、実務上は法律と実務とのはざまの中で権限を最大限に行使することが難しいものと推察される。会 社の健全な経営と維持発展のためには業務監査の範囲を適法性監査と取締役の業務執行が著しく不当な場合には 妥当性監査をなしうるものと解するべきであろう。監査役および会計監査人の会計監査︵商二七四条二項、商特 二条︶と小会社における監査役の会計監査︵商特二三条︶に関しては、第三章で日本の会計制度と財務諸表開示 の限界で述べたように、企業会計の本来の目的は企業の財産状態と経営成績すなわち損益の状態を企業の実態通 りに正しく真実を把握して開示することにある。しかし現行の企業会計基準では監査役、会計監査人が行なう一 般に公正妥当な監査基準に則して監査しても会計制度の不備からその目的を十分に果たすことができない現状に ある。国際的経済社会の流れの中で、企業の会計基準をグローバルスタンダードである国際会計基準に改めるこ とが急務であると考える。また監査報告書は、会計監査人と監査役会からのものとの二種類︵商特一三条、一四 条︶が作成されることとなり、監査責任の曖昧さ︵特に監査役会の会計監査に対するもの︶を示している結果と なり、しかも決算は会計監査人の適法監査証明があれば取締役会が承認する︵商特一六条︶こととなるので、監 査役会が実質上取締役会の下位機関となっているように見える。株主総会が形骸化しかつ権限の縮少と取締役の 権限が強大化している現行法のもとで、粉飾決算、その他さまざまな取締役の不法行為を防止するためには、監 48
査役の権限が法規定の主旨のもとに正常に機能できるようにすることが重要である。そのためには監査役に実際 には膨大な会計取引の監査が可能かどうかは問われるが、現行法規の権限の上に権限を拡大して、決算書の承認 権と過去の商法が認めていた株主総会の招集権を認め監査役の地位の強化をはかることが重要であると考える。 なお本論は青山監査法人、元代表社員、公認会計上、和食克雄氏の所見を参考にさせていただいた。 [参考・引用文献] なお引用文献については引用文章中に各々指摘しなかったことをお許し願いたい。
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1312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 ) ) V ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) 上柳克郎他編、新版注釈会社法㈲︵竹内︶有斐閣 龍田 節、新版監査役ハンドバック、商事法務研究会 大山俊彦、現代商法H会社法、三省堂 矢沢 惇、監査役ハンドバック、商事法務研究会 山村忠平、監査制度の生成と発展、国際書院 居林次雄、改正商法改正、税務研究会出版局 大住達雄、新しい監査制度の解説商事法務研究会 田中誠二、﹁再び監査役の監査権限の範囲について﹂商事法務七〇入号 鈴木竹雄、新版会社法、弘文堂 竹内昭夫、会社法の理論11、有斐閣 北沢正啓、会社法︵第四版︶、青林書院 西山忠範、﹁監査役の業務監査は取締役の妥当性に及ぶか﹂法学教室第二期七号 水田耕一、﹁監査役の業務監査権限の範囲﹂、商事法務六六入号 49株式会社監査機能の強化についての提言 191817 16 15 14 酒巻俊雄、﹁監査役と取締役会﹂、産業経理三四巻九号 田中誠二、山村忠平、五全訂コンメンタール会社法、勤草書房 新井清光、新版財務会計論、中央経済社 白鳥栄一、国際会計基準、日系BP社 青山監査法人、プライスウォーターハウス、国際会計基準ハンドバック、 中央監査法人、モントゴメリー監査論、中央経済社 東洋経済新報社 50