• 検索結果がありません。

東南アジア諸国比較教育行政機構論 [A Comparative Study of Educational Administrative Organizations in Southeast Asian Countries]

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "東南アジア諸国比較教育行政機構論 [A Comparative Study of Educational Administrative Organizations in Southeast Asian Countries]"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

東 南 ア ジ ア 諸 国 比 較 教 育 行 政 機 構 論

相 良 惟

A ComparativeStudyofEducationalAdrrLimistrative OrganizationsirLSoutheastAsiancountries

by ZichiSagara

The purpose of this article isto makeacomparative analysis ofeducational administrativeorganizationsineightSoutheastAsian countries.

Atpresent,thedeveloping countriesinSoutheastAsia aremakingamaximum efforttoestablishanddevelopeducation,andthisfactnaturallyinvitesstrongnati on-alconcernforeducationalaffairs. Each country has already establishedarefined structureofeducationaladministration,planningtoputforward strongprogramsof education. Anunbalanceisobserved,however,betweenthewellorganized adminis -trativestructureanddevelopmentofeducationitself. Theheavilycentralizededuca・ tionaladministration bringastillstrongercentralizingtendency,thusstrengtllening already consolidated structuresofeducationaladministration. Asthe result,these countrieshavecome to have a complete setofcaref1111y organized administrative systemswhichsometimessurpassesthoseofadvancedcountries.

The largestproblems the peoplewho are concerned about education inthese countriesmustfaceistoputthe strongeststresson the developmentofeducation itself,departingfrom mereconcernabouttheestablisllmentOfadministrativesystems・ Itisthe belief ofthe author thatsuchacomparison asthat attempted here willbefruitfulfor the studyofcomparative educationaswellasthe comparative studyofadministration.

1 序 言

こ こに述 べ よ うとす るの は, 東 南 ア ジ ア八 カ国 にお け る 教 育 行政 機 構 の 比 較 検 討 論1) で あ るが , それ は一 方 にお い て は, これ らの 諸 国 にお け る 教 育 事 象 全 般 につ い て の 比 較 研 究 論2)

1) 東南 アジア諸国のみな らず,各国の教育行政機構 について比較検討 した ものはほとんど見 当た らず, わずかに,Th.L.Reller,E.L.Morphet:ComparativeEducationalAdministration.Pre n-tice-Hall,1962.438p.あるのみである。 ただ し, この書 においては東南 アジア諸国中,フ ィリピン

(2)

東 南 ア ジア諸 国比 較教 育行 政 機 構 論 - 比 較教 育学 的諭 義- の一環 をなす もので あ り, それ は また他方 において は, これ らoj諸 国 にお け る一 般 行政 機構 論 3)の一 部 を構 成 す る もの と考 え られ る。 わ が教 育基 本 法 第10条 の規定 にい うよ うに,一 般 に教育 行政 は, 教 育 目的到 達 の た め の手段 的意 義 を有 す る もので あ り(教 子洋子政 の手 段 的特質), 同様 に教 育 行政 機構 ・組 織 もまた,教育 行政 の 円滑な遂 行 のた め の手 段 と して設 け られ て い る もの とい うこ とがで き よ う。 本 来 , 数

行政 機構 ・組 織 ,あ るい は また教 育 行 政 作用 の ご とき教 育 行政 に関す る事項 は,公 教 育 の発tj:., 勃興 に と もな って必然 的 に生 じ来 た った もので あ る。 こ こで い う公 教育 とは,図 ・地方 公 共 団体 の よ うな公 権 力団体 が 関与 し, 自 ら営 む と ころの教 育 をし〕うので あ る。 この よ うな関係 か ら, 教育 行政 お よび それ に関す る機 構 は,公 教 育 自体 ときわ めて密接 な連 関 を有す るので あ り,公教 育 の普 及 発 達 の た め に教 育 行政 ,教 育 行 政 機構 の整備 が前提 要 件 と も考 え られ ,教 育 行政 機構 の 整備 が見 られ て初 めて,そ こに公 教 育 の振興 発 展 の実現 が期 し得 られ る とい って よい ので あ る。 ● ●● ● 以上 の一 般 的原 則 に もか か わ らず ,東 南 ア ジ ア にお いて は,現 在 い さ さか 趣 きを異 にす る現 象 が認 め られ るので あ る。 それ はな にか とい うと, この地域 の若 干 の国 において は,教 育 行政 機構 が相 当整 値 され , 近 代化 され て い るに もか か わ らず ,公 教 育 は もち ろん一般 の教 育 につ い て必 ず しも振 興 発 展の段 階 に達 して い るとはい え な い現情 にあ るこ とで あ る。 これ は, い わ ば 教育 行 政 お よび その機構 と教育 自体 との両 者 の あい だ に一 種 の政 行 的状 態 が存 在 す る とい うこ とで あ ろ う。 今 , この よ うな事 態 の よ って 来 た る所 以 を あげ る と,一 般 に新興 独 立 国家 にお い て は, まず な にを おいて も制 度,機構 の整備 確立 とい うことを先 決 問題 と考 え る傾 きが あ り, ● ● ● 実 質 的 な制 度 の活 用や 充 実 とい うよ うな事 項 は とか く後廻 しに され が ちで あ るとい うこ とが見 られ るので あ る。 いずれ に もせ よ,後 に述 べ るよ うに, 東南 ア ジ ア地域 にお いて は, いずれ の 悶 た る とを問 わず ,強 大 な教 育要 求 ,教 育 に対 す る異 常 な熱 意 が存 す るに もか か わ らず , 教育 振 興 の実 が い まだ それ ほ どあが らず , い たず らに教 育行政 の機構 倒れ の感 な き に Lもあ らずで 2) 教育事象全般についての比較研究諭,すなわち各国教育についての比較教育学的文献は, J.F.Cr a-mer,G.S.Browne:ContemporaryEducation-A ComparativeStudyofNationalSystems. Harcourt,BraceandCompany,1956.637p.がある。 しか し, この書において も,東南アジア諸

国申,イン ドネ シア,フ ィリピン,タイについて触れているのみである。 このほか,A.H.Moeh1 -man:ComparativeEducationalSystems.New York,1963.300p.があるOなおまた,全般的な 教育資料 としては,EducationinAsia.Research Bureau,MinistryofEducation,Japan in c0-Operation withUNESCO 1964.218p.があるが, これ も教育行政機構については触れ ることが 少ない。論文 としてほ,相良惟- 「東南アジアの教育事情」『文部時報』964号,文部省調査局,1957年

pp.28-33.同 「アジア諸国の教育制度」『アジア問題』8巻2号,アジア協会,1958年 pp.10-19.同 「東南アジア諸国の教育行財政」『時事通信内外教育版』1615号,時事通信社 1964pp.2-8.等がある。 3) 一般行政機構論 と しては, 古 くは Goodnow の ComParativeLaw,邦訳浮田和民 『比較行政法』

があるが,新 しくは小倉庫次著 『各国の地方行政』有斐閣,昭和39年 226p.がある。 この書 も東南 アジア諸国の地方行政およびその機構についてはほとんど触れ るところがない。東南アジアの行政お よび機構について述べているものは,S.S.Hsueh ed.:Public AdministrationinSouth and SoutheastAsia.InternationalInstituteofAdministrativeSciences,Brussels,1962.p.256. がある。

(3)

東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第1号 あ るとい うことは,惜 しみて もあ ま りあ る こと とい わな けれ ばな るまい。

2

各 国の強度 の教 育要 求 各 国 の教育行政 機構 その もの につ いて述 べ る前 に,教育 に関 し,東南 ア ジア各 国 を通 じて見 られ るところの一 般 的,共通 的 な傾 向な り,特 色 な りにつ いて論ず ることはあな が ち無 意 味 な ことで はあ るまい。 東南 アジア八 カ国 は, ただ唯一 の例外 で あ るタ イを除 き, いずれ も第二 次 世 界大戦 以前 において は欧米列 強 の植 民地 た る地位 におかれ て い たので あ るが,現在 新興 の意 気 高 らかな独立 国 と して登場 して い る。 この よ うに発足 日も浅 い国家 の常 と して,社会 ・経 済 の発展等 において は, 相互 間 に若 干 の差異 はあ って も概 して低 開発 国群 に属 し, いずれ もい わ ゆ る developing countriesで あ るとい うことがで きよ う。 この ことは,教 育 の面 において も

同様 で あ り, この地域 内の国 の うち には,教育 的先 進 国 もな けれ ば, また教 育上 きわ めて立 ち ●■ ● お くれ て収 しゆ うがつ かな い状 態 にあ る国 も特 に存在 す るわ けで はない。 す な わ ち,教 育的見 地 に立 ってい うな らば,各 国相互 間 にそれ ほ ど差異 が兄 い だ され るとはいえな いので あ る。 そ れ のみか, か え って東南 アジア諸 国 を通 じ,教育 に関 して見 られ る一 つ の大 きな共通 的現 象 が 存在 す るとい え る. それ は, ほかで もないD いずれ の国 に も見 られ る,異 常 なばか りの教育熱 で あ り,教 育 の振興 発展 につ いて の国 をあげて の努 力で あ る。 こん にち,世 界 をあげて, い わ ゆ る教育 的爆発 の時 代 にはい った とい われ るので あ るか ら, 以上 の現 象 はな に も東南 アジアに 限 って見 られ るもので はない ともいえ よ う。 しか し, この地域 に関 して は,特 に教 育 の振興 普 及 に揮 身 の努 力 を傾 けな けれ ばな らな い特 殊 の事情 が存在 す るので あ る。 以下 ,順 をお って そ れ につ いて説 明 を加 え よ う。 まず第一 に, この地域 の国 々は タ イを除 き,戦 前 ことご と く他 国の植 民 地で あ った関係上 , 従 来 教育 に関す る限 り, ほ とん ど手 を施 す こともな く放 置 され た状 態 にあ ったので あ り, い わ ゆ る教育 的空 自状 態 におかれ て い た とい え る。 それ で ,現在 な にをおいて も, その空 自を埋 め るため に各 段 の努 力 を傾 注 しな けれ ば な らない,止 む に止 まれ ぬ事情 に迫 られ て い る。従 前 , 住民 の ほ とん どす べ て は, 目に一 丁 字 な き文盲で あ った ので あ り, また学校教 育 は宗教 団体 の 手 に よ り細 々と行 な われ て い たの に とどま る。 この よ うな ことは, タ イを も含 め どの国 にあ っ ●● て もほぼ同様 で あ った といえ よ う。 こん にち, いずれ の国 も,独立早 々なす べ き ことがあ ま り に も多 い に もかか わ らず, 強 力 な国家 の教 育 関与 に よ って, 文盲 の根絶 , 義務 教育制 度 の制 定 ,整備 に努 力 を傾 注 して い る最 大 の理 由 は, ひ とえ に こ こにあ るので あ る。 教育振興 に国 を あげて努 力せ ざ るを得 な い第二 の理 由 は,東南 アジア諸 国 の どとき新興 独立 国家 において は国 造 りと教育- 人造 り- との間 に密接 な関連 が兄 い だ され る. 由来,新興 国家 は まず 国民 の 国家 的意識, ナ シ ョナ リズ ム高揚 のた め,教育 の力 をか りるを常 とす る。 わ が明治 中期 に見 ら れ る事 例 な どま さに適 例で あ るが,今 や 国造 りに汲 々た る各 国 は, それ と平 行 して人造 りに最

(4)

東 南 ア ジア諸 国比 較教 育行政 機構 論 大 の力点 を置 き, 国家 の精 神 的基 礎 をつ ちか って いかな けれ ばな らな いので あ る。 これ らの国 には, 政 治 の安定 , 経済 開発 な ど, 緊急 に解 決 を迫 られ て い る問題 が多 々あ るに もかかわ ら ●●● ず ,教育 に力 を入れ ざるを得 ないせ つ ぱっ ま った事情 は以上 で 明 らかで あ ろ う。 教育振興 に国 を あげて努 力 して い る第三 の理 由を述 べ よ う。 それ は人 口問題 と開通 して い る。 い うまで もな く,東南 アジア各 国 はいずれ も人 口激増 とい う深 刻 な問題 をかか えて い る。 イ ン ドネ シアの人 口はす で に一 億 を突破 した し, タイの よ うに従 来比 較 的人 口増 加 が著 し く見 られ なか った国 に あ ってす ら,現 在 出生率 の激増 に よ って年 間百万 人以上 の人 口増加 を見 るにいた って い る。 人 口問題 は即経 済 問題で もあ るが, それ は また教育 問題 に も通ず る。 なぜ な らば これ らの人 口に 教育 を与 えな けれ ばな らな いか らで あ る。蒐 大 な教育 人 口の増 加 は,現 在 いずれ の国 の教育行 政 当局 に と って も最 大 の頭痛 の種 で あ る。 とにか くア ジア地域 の人 口増 加 の勢 い は想像 を こえ た ものが あ り, 国連 の最 近 の統計 に よれ ば. ア ジア全域 は面積 において こそ世 界 の六分 の一 に す ぎな いが, 人 口において は実 に世 界総人 口三十一 倍 の半 数 以上 の十 六倍 が この地域 に住 んで い るとい うので あ る。 それ で ,東南 アジア諸 国 も増 加 の勢 い を増 して ゆ く人 々に教育 の機 会 を 与 えな けれ ばな らな い切実 な問題 に直面 して い るので あ る。 教育振興 が東南 アジア諸 国 に と っ て最 重要 な国策で あ る第 四 の理 由 をつ ぎにあげて み よ う。 それ は,他 の アジア地域 あ るい は ア ●●●● フ リカな どにおいて も若 干事 情 が同 じで あ ろ うが, それ は共産主 義対策 と して教育 によ りた の ● む と ころが きわ めて 多 い とい うことで あ る。 こん にち, いずれ の地域 に もま して共産 主 義勢 力 ●● ●● の影響 を受 け ざ るを得ず,現 にそれ について の脅威 を ひ しひ し感 じて い るcc日は,地 理的 な関係 もあ り, ど こよ りもそれ は東南 アジア地域 で な けれ ばな らな い。 この ことは,対外 的問題 と し て もまた国 内の関係 にあ って もそ うな ので あ る。興 味 あ ることは, ビル マ, イ ン ドネ シア, カ ●● ンボ ジア とい うよ うな,外 交路線 において は, 中立 的, も し くは著 し く中共 よ りと見 られ て い る国で も国 内 において は, いずれ か とい うと共産主 義勢 力 を抑 え よ うとい う傾 向 が見 られ るこ とで あ る。 そ して, 国 内 において共産主 義 と対 決 し, それ を抑圧 しよ うとす るた め に用 い られ る対抗 手段 と して,教 育 と宗教 の両 者 の力 をか りることが一 般 的 に見 られ る. この こ とは,正 に 「思 想 には思想 を も って」 とい うことで あ ろ う。宗教 の問題 につ いて は, つ ぎ に述 べ るが, とにか くこの地域 で は,迫 り くる共産 主 義 の怒涛 に対 して教 育 の普 及振興 とい う防 波堤 に よ っ て対 処 し,教育 を して共産主 義思 想 に対 す る障壁 的役 割 を果 た させ よ うと して い るのは,宗教 の場合 とま った く同様 とい うべ きで あ る。 イ ン ドネ シアにお け る共産党 の勢 力 は

,非共

産主 義 国家 にお け る最 大 の もの とい われ るが, それ には文盲 の多 い農民 大衆 の支 持 があず か って力 が あ るといわれ る。東南 ア ジア各 国 は民生 の安定 に努 め るとともに,精神 的 には教育 ,宗教 の力 で共 産主 義 に対 決 して い こ うとい うので あ るO けだ し, どの地域 に もま して教育 に力点 をFl'二か ざ るを得 ない所 以で あ る。 つ ぎに,教育振興 の要 因 と して の宗教 につ いて述 べ よ う。 東南 ア ジ ア各 国 は,- ,二 の例外 を除 き, いずれ も特定 宗教 を国教 と して い る, いわ ゆ る宗教 国家で あ

(5)

東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第1号 る。 宗教 に対 して あ ま り関心 を持 たない わが国 において は,案外 この よ うな ことはそれ ほど注 目され て いない が, この地域 にお け る宗教 の 演 ず る役 割 は 看 過 で きない ほど大 きな ものがあ る。 まず, ビル マ, タ イ, カ ンボ ジア, ラオスはいずれ も仏教 を国教 と して お り, マ レイシ ア, イ ン ドネ シアは回教, フ ィ リピ ンお よびか って の ゴ ・ジ ンジェ ム政権下 の南 ベ トナ ムは カ トリックが大 きな勢 力 を 占めて い た。 これ らの宗教 はいずれ もそれ ぞれ の 国 にお け る 国民 生 宿 ,特 に教育 と密接 な関係 を持 ち,教 育 の普及 に重要 な役割 を演 じて い るとい って よい。 東南 ア ジアにおいて,宗教 が近代化 を促進 す る要 因 と考 え られ るか否 か, あ るい は また それ を阻止 す る役 割 を演 じたか ど うか は,議論 の余 地 が存す るところで あ るが, 少 な くとも教 育 に関す る 限 りは,宗教 団体 の役 割 や功績 を無視 し得 ない ものがあ るとい って よか ろ う。 かつて と同様 , こん にち とい え ども,東 南 ア ジア諸 国 において は, 国民教育 の相 当部分 は, 宗教 団体 の手 によ って依然 と して行 な われ て い るので あ る。 とにか く,各 国 の教 育振 興 や普及 は,宗教 団体 のな み大 低で ない努 力 に よ ることが多 い とい うことがで き るので あ る。 ●● ● 以上 に述 べ た よ うな教 育振 興 の一般 的風潮 は,教育 について の国家 関与 の度合 いを いや が上 に も強化 してや まない。 そ して, 国 はその場合 ,教 育 に関す る制 度特 に教育行政 の制度 ・機 構 の整 備 強化 とい う手 を打 ち, その上 , 学校等教 育機 関 の制度 の充 実確立 に手 を及 ぼ して ゆ くの で あ る。上 に,東南 ア ジア諸 国 の教育行政機構 の整 備 が教 育 自体 の普及振 興 の現状 と不釣 合 い で あ るとい うことを述 べ たので あ るが, この間 の事情 は, 以上 述 べ た ところに よ って一 応 明 ら か に され た ことと思 われ る。

3

各 国別 の教 育 行政 機構4) ここで各 国別 にそれ ぞれ の国 の教 育行政機構 につ いて述 べ,比 較検 討 を加 えて み よ う。 最 初 に, ビル マにつ いて述 べ る。 この国 は現 在 連邦 制 を と ることは, 正 式 の国名 を Union of Burma とい って い ることか ら して も容易 に知 ることがで き る。 国 内 に多 くの少 数民族 をか か えて お り, しか もそれ らに高 度 の 自治 を認 めて い る関係上 , この国 は地方 分権 的統治方 式 を 採 用 して い る。 この ことは, い うまで もな く戦 前 イギ リスが この国 を支 配 して いた ときか らそ うで あ った ので あ り

,

5)現在 の ビル マ 自体 , 英 領 イ ン ドの- 州 にす ぎなか ったので あ る。 地方 分梅 的体 制 は独立後 ひきつず いて 採 用 され , 教育行政 につ いて も同様 で あ った。 しか しな が ら,現 在 はむ しろ中央集権 的や り方 を と って い る。 とい うの は, この国 は内乱 に近 い国 内騒 乱

4)各国別の教育行政機構を紹介 したものとしては,UNESCO:WorldSurveyofEducatio nI,Edu-cationalOrganizationandStatistics.Paris,1955.943p.があるが,あまり up-to-dateとはい えない。 このたび, この小論を執筆するにあたって,1960年にパキスタン,カラチで開催 されたアジ ア地域初等教育会議に際 し用いられた諸資料および, 自分が 1957年, 1960年,1964年 の 3回にわた る東南アジア諸国出張の際,各国政府より入手 した資料等によった。

5) ビルマの地方行政制度については,前掲 『各国の地方行政』において,いわゆるイギ リス ・グループ に入れている (p.13)。

(6)

東 南 ア ジア諸 国比 較教 育行 政 機構 論 にともな い,軍部 の独 裁政 治 が行 な われ るにいた り, なお社会主 義 的政 策 が強 くうち

され, 中央政 府 が強 力 に施 策を遂 行す るL

l

l央集 権 的体制に切 り 換 えたか らで あ るO この よ うな こと は, い うまで もな く,教育 行政 に関 して もその例外 で はなか った。す なわ ち,従 来初 等 教育 は 都市 で は地方 自治体 ,農村 地

で は地 区協 議会が所 管 して いたが, 1950年 に設 置 され た教育政 策 委 員会 は,教育行 政 を地方 分権 か ら中央集 権方 式 に移行す るを可 とす る旨の勧告 を行 ない, 同年制定 され た初等 教 育法 はその趣 旨を法 文 中 にお りこん だので あ る。 な お,文部省 が

央 の 教育 行政 機 関で あ ることは,他 の国 の場合 と同 じで あ るが, これ も現在 強大 な権限 を有 して い る。 それ は,大 臣の もとに総務 長官 , さ らにその輩下 に公 教育局長 がお り, 公 教育 局長 は研 究 ,教 育課程,学事 指導 ,義務 教育 に関す る四部 を統 轄 して い る。 な お, 文部省 は一 切の学校 を所管す るが,僧 院 学校 は他省 の管轄下 にあ る。 これ らの学校 は仏教 団体 によ って経 営 され , 相 当多数 を 占め, ビル マの教育 の普 及発 展 に大 きな役 割 を果 た して い る。 文 部省 のほか の教育 行政 機構 と して は, 1960年 に設 置を見 た教育計画 実施委 員会 とい うものが あ る。 この委 員会 は 国全体 の教育 計画 の立案 審議 を行 な うもので あ り,委 員長 は文部大 臣が あた り,別に国家計画 省 大 臣 もこれ に加 わ って い る。 な お,1960年 には,首 都 ラ ングー ンの初等 教育行政 が苗 よ り国 に移管 され ,初等 教育 は完全 に文部省 が掌握す ることにな り, 中央集 権 的教育行政 が確 立す る にい た った。 この よ うな 中央集 権 体制- の移 行 は,過 去 におけ る教 育行政 が極端 に地方 分権化 され て い たため弱 体 かつ非能 率 的で あ った とい うことに も理 由が求 め られ るので あ るが,主 た る理 由 は社会主 義 的政権 の 樹立 とい うことにあ った といわれ る。 しか し,教 育や教育行政 の民 主化 とい う観点 か ら,現 在 の中央集権 的や り方 はあ くまで暫定 的 な措 置 にす ぎず, いずれ情勢 の推 移 に ともない,地方 分権主 義 的方 式 に復帰 す べ きで あ るとい う主 張 が見 られ るので あ る。 す なわ ち,1953年 の民 主的地方 行政 法 に も とづ く地方 自治体 が各地方 において根 をお ろ し, そ の組織権限 の確立 を見 るよ うにな り,他方 において 国 内の治安 が回復すれ ば,再 び教 育行政 の 地方 分権 に復帰 す る ことが予見 され て い るので あ る。 つ ぎ に, マ レイ シア につ いて述 べ る。 この国 も旧 マ ラヤ, シ ンガ ポール,北 ボル ネオのサ ラ ワクな どによ って構成 され て い る連邦で あ り, したが って 当然 地方 分権 国家6)で あ る. その う ち, 旧 マ ラヤ は数 州 に分かれ, 1956年 ,国会 に設 け られ た教育 に関す る委 員会 の勧哲 と, これ に もとづ いて制定 され た1957年 の教育 令 によ って,各 州 にそれ ぞれ 教育行政 を行 な う部局す な わ ち地方 教育 当局 が設 置 され ることにな った。 この地方 教育 当局 は, それ ぞれ の所 管地域 内の 初 等教育 と職 業教育 に関す る 行 政 を行 な うことにな って お り, その長 は 地方 教育主任官 で あ る。 この よ うな地方 教育 当局 の うち,満足 に機能 を果 た して い るもの は, わず か に首都 の クア ラル ンプール の それ のみで あ るとい われ て い た。 それ で ,1960年 に国会 の教育 改革委 員会 は, 6) 前掲 『各国の地方行政』は,マラヤもイギ リス ・グループに属するとしている (p.13)。

(7)

東 南 ア ジ ア 研 究 算 3巻 第1号 各 州 に地方教 育 当局 を設 置す ることは, しば ら く猶 予す べ きで あ るとの勧告7) を行 な ったので あ る。 シ ンガ ポール,北 ボル ネオ地方 にお いて は,従来 か らそれ ぞれ独 自の権 限 を行使 して い る教育行政機 関 が存在 して いたので あ る。 特 に, シ ンガ ポール の それ は, 文 部省 とよばれ , 文部 大 臣が シ ンガ ポール の教育行政 を掌 握 して い た。 シ ンガ ポール はその後 マ レイ シア連 邦 の 一 部 とな ったので,現 在 は文部省 といわず,教育 局 と改称 され たが,教育局長 官 は依然 と して 相 当程度 の 自主 的権 限 を もち, した が って直接 には連邦文 部大 臣の命 令監督下 に立 たない。 こ の ことは,北 ボル ネオ地方 の教 育行政機 関 につ いて もま った く同様 で あ る。 マ レイ シア連 邦 の 中央教 育行政機 関 は文部 省で あ り,大 臣のほか副大 臣を有 す る。 文部省 内の部局 と して大 きな 権 限 を認 め られ て い るの は,視 学局 と教 員養成 局で あ るが,視 学局 の権 限 はあ る程度独 自の も ので あ る。 それ は諸学校 にお け る授業 の水準 の維持 向上 を はか ること,連邦 の教育政策 の適正 な実施 を確保す ることな どを任務 と し, なおす べて の学校 の現状 を 文部大 臣 に 直接報告 す る とと もに,教員 に専 門的助言 を行 な って い るので あ る。 教員 養成 局 は, 若 干 の教 員養成 学 校 (teacherscolleges) を所管 して い る。 なお, この国 において大 学 は 国立 の もの と して は マ ラ ヤ大 学 あ るのみで あ るが, これ は文部省 の所 管下 にはな い。 マ ラヤ大 学 は イギ リス方 式 の管理 機 関 によ って管理 され て い る。 マ レイ シアはマ レー系 , 中国系, イ ン ド(タ ミル)系 の三 民族 よ りな る複合 国家 で あ り, したが って言語 問題 も複雑で あ る。 なお, イス ラム教 が国教 で あ るが, キ リス ト教 の勢 力 もつ よい。 この よ うな言語 ,宗教 の関係 か ら教 育 に関 して も多 くの問題 が存 在 す るが, 教 育制度 は比 較 的整 備 され て お り, この ことは 教 育行政制度 につ いて も 同様で あ る。 これ は, 旧本 国で あ るイギ リスの影響 が い まだ に存在 して い るか らで あ ると考 え られ る。 つ ぎにタイの教 育行政機構8) につ いて述 べ る。 タ イの中央 教育行政 組織9) は, お そ ら く東南 ア ジア諸 国の それ のな かで最 も整備 され た もので あ り, あ る意味 において, わが国 の教 育行政 組織 よ りも,多 くの長所 を有 す るもので あ るとい って よい。 タ イは終始 中央集 権 的体制 を と っ て い る関係上 ,教 育行 政 につ いて もま った く同様 , 相 当強度 の中央集 権 的行政 が見 られ , 国 の 教 育行政機構 は強大 な権 限 を有 す る。文部省 が まず 中央 の行政機構 で あ るが, これ は教育行政 の実施執行 にあた る機 関で あ ることは,他 国 の場合 と異 な らな い。 しか し, タ イで は特 に文部 省 のほか に国家教育会 議 (NationalEducation Council) とい うものが設立 され て い る。 これ は, 内閣 総理 大 臣を議 長 と し,各 階層 の人 々か らな る77人 の委員 で構 成 され て い る。 この会議 は事務 総長以下 の事務 職 員 を擁 し, 教 育政策 の審 議立案 にあた るので あ る。 1958年以 降,大 学 の管理 も文部省 か らこの機 関 に移管 され た。 国家教育会 議 とな らび, 同 じ く総理 大 臣を議 長 と

7) ReportofikeEducationalRevieu)Committee,1960による0

8) タイの教育行政組織については, タイ文部省発行の RePortonEducationalDeveZoPmentsに詳 しい。

(8)

東南 ア ジア諸国比較教 育行政 機構論

す る国家 研 究 会 議 (NationalResearch Council) とい う機 関 が あ るが, これ は 学術 行 政 を所

す る。 以上 の二 つ の会議 は と もに常設 の機 関で あ り, わ が 国 の国家 公 安委 員 会 , 教 育 委員 会 の ご とき行政 委 員 会 で あ る。 この よ うな機 関 が 中央 の教 育行 政機 関 と して設 置 され て い る こ と は,教 育行 政 の中立性 を保 持 す るた め, きわ めて適 切 な措 置で あ る。 わ が国 にお いて た びた び 論 議 され て いて もい まだ この よ うな措 置 は実 現 を見 て いな い ので あ るが,す で に タ イにお いて 見 られ る ことは興 味深 い。 な お また, 国家 教 育会議 と文 部 省 とい う二 本建 の構 成 が見 られ る こ と も, policy making の機 関 と execution の機 関 との分離 とい うこ とで あ り, 一 応 適 切 な措 置 と考 え られ よ う。 な お また , 大 学 はわ が 国 その他 多 くの国 にお い て見 られ る よ うに文 部省 が 所 管 せ ず , 国家 教 育 会 議 の ご とき行 政 委 員 会 を して そ の外 部 管理 にあた らせ て い る こと も併 せ 考 え る とき, これ また妥 当 なや り方 で あ る とい うべ きで あ ろ う。 こ こで , 文 部 省 の機構 につ い て 述 べ る と,初 等 ・成 人 教育 局 以下 八 局で 構 成 され て い る。 その うち, 宗務 局 は他 国 にあ ま り 類 例 を見 な い ほ ど整 備 され た この国 の宗 教行 政 事務 , 宗 教教 育 に関す る事務 を行 な う部 局で あ る。 仏 教 を国 教 とす る この 国 にお いて は,仏 教 の勢 力 が強 大 で あ る ことはい うまで もな い。 バ ンコ クには仏 教 団体 の設 置す る仏 教 大 学 が二 つ あ り, また公 立 学 校 にお いて仏 教 に よ る宗 教 教 育 が正科 とな って い るが,私 立 学 校 にお いて さえ,宗 教 教 育 を行 な うことが 義務 とされ て い る。 上 記 の宗 教局 には, 宗 教 教 育 課 が設 け られ , こ こで は学校 にお け る宗 教 教育 の教 育 課 程 の作 成 ,実 施 に関す る事 務 を所 管 す る。 な お, この局 には chaplain 課 が あ り, これ は学 校 や軍 隊 付 きの僧 侶で あ るchaplainに関す る事 務 を行 な うので あ る。 な お,現 在 タ イに は20万 と称 し, あ るい は また30万 と もい う山地 系住 民 (HillTribalPeople) が お り, これ らの タ イ化 とい う ことが大 きな問題 にな って い る。 そ して タ イ化 促進 の一 方 策 と して , これ ら少 数 民 族 の子 弟 の 教 育 問題 に留 意 して い る ことは,他 の ア ジ ア諸 国 を通 じて見 られ る共 通現 象 で あ る。 LLt地 系住 民 に関す る行政 は現 在一 応 内務 省 が所 管 して い るた め, これ らの住 民 の教育 につ いて も, 内務 省 が所管 して い るが, これ は本 来文 部 省 の手 に移す べ き問 題 で あ るとの論 が最 近 しき りにな さ れ て い る。現 在 ,文 部 省 には直接 これ につ いて の部 局 は存在 しな い が,いず れ は文 部省 内 に こ れ に関す る事 務 を専 門す る部 局 が設 け られ る こ とが予 想 され て い る。 大 学 行政 につ いて は,す で に述 べ た よ うに,文 部 省 で はな く国家 教 育 会議 とい う合 議 体 の機 関 に よ って行 な われ るので あ るが,形 式 的 に は, 国立 大 学 はす べて 内閣 総理 大 臣 に直属 し, 国家 教 育 会 議 は政 府 と各 大 学 相互 間 との連 絡 調 整 に任 ず る こと にな って い るので あ る。 こ こで , タ イの

方 教 育 行政 につ い て述 べ よ う。 タ イは,全 国 を71の州,489の県 ,4,866の郡 ,41,378の村 に分 けて い るが, これ らは一 般 行政 上 の 区画 で あ り,教 育 行 政 に関す る限 り,全 国 を12の教育 管 区 に分 け, 数 州 を も って- 教 育 管 区 と して い る. この教 育 管 区 に はお のお の胃 区長 官 が 置かれ , それ は文 部大 臣が 任命 す る。 管 区長 官 は管 区 内の教 育 につ いて勧告 あ るい は指 導 を行 な う。 各州 の首 長 は知 事 で あ るが, これ も官 選で あ る。 知 事 は州 内 の公 立学 校 の人事 行 政 を行 な うので あ る。 な お,各 州

(9)

東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第1号 には州教 育官 ,各県 に県教 育官 が い るが, これ らの教 育官 は行政官 とい うよ りはむ しろ,各 段 階 の学校 の指導 視察 を行 な うところの視学 官 の ご とき性格 を有 す る。小 学校 の管理 は,州 ,県 等 の地方公 共 団体 の機 関で あ る参事 会 が行 な うので あ るが,中学校 ,職 業学 校,教員 養成 学枚等 は文 部省 が直轄 す る。 以上 が この国 の地方教 育行政組 織 で あ るが,総括 的 に見 ると,現 在 の と ころは,強度 の中央集権 的行 政 が行 な われ て い るが,徐 々に地方分権 的要 素 を加味 して ゆ くこ とが現在検討 され て お り,教 育財 政 の面 な どにつ いて は,一 部分すで に実施 に移 され て い る. 南 ベ トナ ム, カ ンボ ジア, ラオ スの旧仏 領 イ ン ドシナの三 国 につ いて述 べ る。 この三 国 は行 政 に関す る限 り, 旧宗主 国で あ るフラ ンスのパ ター ンを今 なお忠 実 に踏 襲 し,徹底 的 な 中央 集 権 的体 制10)が見 られ る。 この ことは,教 育行政 につ いて も同様 で あ る。南 ベ トナムは現 在 アメ リカの強 い影響下 にあ り, その反面 フラ ンスの影響 力 は今 や影 うす くな った とはいえ,教 育や 教 育行政 に関 して は, まだ まだ フラ ンス的色彩 が相 当残存 して い るとい って よい。 ラオ スにつ いて も同 じことがいえ よ う。 しか し, この国 は内乱 あいつ ぎ, ビエ ンチ ャ ンにあ る中央政府 の 威 令 の及 ぶ範 囲 は きわめて限 られ て い るので あ るが, その地域 におけ るフラ ンスの影響 は依然 と して強大 で あ る。 カ ンボ ジアは数年 前 アメ リカ と関係 を断 ち,外 交 路線 は著 し く左 よ りにな ったが, その反面 フラ ンス とは きわめて友好 的 な関係 を保持 し, 自由主 義諸 国家 中, 文化協定 を結 んで い るの は フラ ンスのみで あ り, 多数 の フラ ンス人 の派遣教 師 をか かえ,教 育,文化 の 面 に関 して は, さなが らフラ ンス一 辺倒 の有 様 で あ る。 この よ うに,三 国 を通 じ, フラ ンス統 治時 代 の影響 が今 なお強 く見 られ るとい うことは, その原 因や理 由は さて お き, ま ことに興 味 深 く思 われ るので あ る。 フラ ンスの教 育行政 組織 はナ ポ レオ ン一 世 時代 以来 , すで に150年 の 歴 史 を有 す るが,世 界で最 も整 備 され た中央集 権 的体 制 を保持 して い る。 これ が その まま旧植 民 地で あ った この三 つ の国 に移 し植 え られ,今 な お存続 して い るので あ る。文部大 臣を頂点 と す るピラ ミッ ド型 の教 育行政機構 ,文 部省 を国民教 育省(Minist主redel′Educationnationale)

と呼 ぶ こと, 国 ・公 立 学校教職員 はす べ て 国家公務 員 で あ る こと,視 学制度 が発 達 して い る こ と,教 育課程 な どの教 育 内容 はす べて 中央 にお いて決定 され ること,大 学 にい た るまで ,す べ て の学校 の所 管 は中央 において行 なわれ ること, 中央 に多 くの審議 会,諮 問機 関 があ り, そ こ で 中央集権 の行過 ぎや弊 害 を矯正 して い る ことな ど, どれ一 つ と して, フラ ンスのや り方 にな らった もので な い もの はな いので あ る。 この よ うに, これ らの三 国が フラ ンス型 の集 権 的教 育 行政 を固持 して い る理 由 は,想像す るに, この よ うなや り方 自体 に多 くの長所 が あ ることの ほ か に, これ らの国 の現状 にきわ めて適応 して い るとい う こともあげ うるので はな か ろ うか。 各 国別 につ いて述 べ ると,南 ベ トナムの国民教育省 は普 通教 育局 と技 術教 育局 とに分 かれ, 前者 は国 ・公立 学校 にお け る初 等 ・中等教 育 を所 管 し,私学教 育 ,農工 業教 育 は後者 の所 管 に 10) 前掲 『各国の地方行政』では,旧仏印三カ国をフランス ・グループに入れていないが, これは当然フ ランス ・グループに属するというべきであろう。

(10)

東南 ア ジア諸国比較教育行政機構論 属 す る。 地方 の各 州 には教 育 局 が あ るが, 初 等 教 育 に関す るきわ めて軽 微 な事項 を処理 す るの み で あ る。北 ベ トナ ム につ いて は,資 料入 手 難 の ため述 べ な い。 カ ンボ ジ アの 中央教 育行 政 機 関11)は国民 教 育 ・美術 省 で あ るが, これ には フ ラ ンスの国民 教 育 省 と同様 , 多 くの委 員 会 , 審議 会 が付 置 され,行 政 の民 主 化 が はか られて い る。 な お, 大 臣 の も とに行 政 官 で あ る総務 長 官 を 置 くこと, 多 くの大 臣直 属 の視 学官 を配 す る ことな ど, いず れ も フ ラ ンス のや り方 を その ま ま模 倣 して い る。 1962年 10月, この国 は国家 教 育 計 画 庁 とい う もの を設 け,教 育 の長 期 的 総合 計 画 の立 案 にあ た らせ る こ とにな った。 地方 教 育行 政 機 構 につ いて述 べ ると, この国 は17の州 ,五 つ の市 に分 け られ , それぞ れ に初 等教 育 視 学 と州 (市) 基 礎教 育 官 とい うもの が 置 かれ て い る。 これ らの者 は それぞ れ一 名 な い し数 名 の補佐 官 を も って い るが. 前 者 は初 等 教 育 に関す る行 政 , 後者 は学校 外 の教育 た とえ ば文盲 絶 滅 の よ うな基 礎教 育 (FundamentalEducation) に関す る行 政 を行 な って い るので あ る。 これ らの職 員 はす べ て

中央 によ って 任命 され る国 家公 務 員 で あ り, 中央 の命 令 を受 け, かつ 中央 の教 育行 政 当局 の 出 先 き機 関 と して業 務 を行 な うに とど ま るので あ るO した が って ,独 自の権 限 を行使 す るとはい ● ● い が た く, この国 の地方 教 育行政 は地 方 分権 的色 彩 を有 す る こと とはほ ど遠 い存 在 で あ るとい わ な けれ ば な らな い。 ラオ スの教 育 行 政機 構 につ いて述 べ る。 中央教 育行 政 機 関 はや は り国民 教 育省 で あ るが正 確 にい え ば, 国民教 育 ・美術 ・青 年 ス ポー ツ省 で あ り, 国民 教 育 , 美術 , 青 年 スポー ツの三 総 局 に よ って構 成 されて い る。 教 育 総 局 は さ らに初 等 ・成 人教 育 , 咋】等教 育 , 職 業技 術 教 育 ,高 等 教 育 ,教 員 養成 の五 部 に分 かれて い る。 もち ろん, この国 の教 育行 政 も著 し く中央 集 権 的で あ り,初 等教 育 を除 き, す べ て 中央 にお いて 直轄 され る。 初 等 教 育 は各 州 に置 かれて い る州 初 等 教 育担 当官 が所 管 し, これ を補 佐 す る視 学 が比 較 的大 きな州 に限 り,一 名 な い し数 名 置か れて い る。 仏 教寺 院 に設 け られ て い る学 校 は, 宗教 行 政 を行 な う と ころの宗務 省 の所 管 に属 す る。 人 口,雨 読 の上 で 東南 ア ジア最 大 の 国で あ るイ ン ドネ シアの 教 育行 政 機 構 につ いて 述 べ よ う。軍 部 と共 産党 , それ に回教勢 力 とい う三 頭 の馬 を御す るとい われ るス カル ノ大 統 領 の独 裁 政 治 が行 な わ れて い る この国 は, す べ て の行 政 は強 度 の 中央集 権 的 色 彩12)を有 し, 教 育行 政 に つ いて も例外 で はな い。他 国 に例 を見 な い一 つ の こ とは,百 人 に近 い大 臣 が い る ことで あ り, 各 省 大 臣 の ほ か, 数 省 の所 管事務 の調 整 連絡 に任 ず る調 整 大 臣 (MinisterCoordinator) とい う制 度 が存 在 す る こ とで あ る。教 育行 政 を所 管す る省 と して は, かつ て は文 部 省 のみで あ った が,現 在 は基 礎教 育 省 ,高 等教 育省 ,健 康 ス ポー ツ体 育 省 , 国家 研究 省 が あ り, それぞ れ大 臣 が い るほか,別 に一 人 の調整 大 臣が 置 かれ て い る. な お,教 員給 与 ,学 校建 築 , 施 設 等 の教 育 財 政 関係 の事務 は 内務 省 が所 管 して い る。 別 に,学 校 を所 管す る省 と して は, 中等 程 度 の農 業

ll) これについては,カンボジア国民教育省発行の LeMouvementdducatif に詳 しい.

(11)

東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第1号 学校 は農業省で あ り,工業学校 は工 業省,回教 の学校 お よび回教 学校 の教 員養成施設 は宗務省 と, ま ことに繁 雑 をきわめ る。 なお また,地方 の公立小 学校 の所管省 は基 礎教育省で あ るが, 教員 の給与 その他 財政面 にわ た る問題 は内務省 によ って所管 され るが, この点 は戦前 のわが国 の場合 と類似 して い る。地方 の教育行政組織 につ いて述 べ ると,全 国 を22の州 に分 け,各 州 に 教育局 がそれぞれ置かれて い る。 これ は,基礎教育省, 内務両省 の出先機 関の性格 を もつ。教 育局 は局長 が統轄す るが,局長 は同時 に学校視 学官 とい う資格 を もち, それ はまた直接, 中央 の指示監督 を受 け る。 中等教育 に関す る限 り,教育局長 は内務大 臣の命 令下 にはな く,基 礎教 育大 臣の指揮 を受 け る。州 は さ らに地 区 に分 け られ,現在全 国 に222の地 区が存在す る. 地 区 は小 学校 の建 築,備 品等 の施設 に関す る事務 を所管す るに とどま る。以上 に見 られ るよ うに, イ ン ドネ シアの教育行政機構 は著 しく中央集権 的な ことのほか, きわめて複雑で あ り,命 令系 統 が多岐 にわた ってい る。本来前 に述 べ た調整大 臣 とい う制度 は, 関係各省 の連絡調整 を行 な うものなので あ るが, この よ うな機 関 は実際所期 の効果 を発揮 して いない ど ころか, かえ って ●● 制度 をい っそ う複雑化 し,本来 の機能 をまひさせ るおそれ もあ り,非能率 的な結果 を生 じさせ ●● が ちで あ るとの批判 がつ よい。特 に,現在 の教育行政 関係 の調整大 臣は前文部大 臣で あ り,各 省 大 臣を しの ぐ勢 力 を もつ ため, いたず らに機構 の複雑化,命 令系統 の二 元化 とい う現象 のみ 著 し く表面 に表 われて い る。 なお また,国全体 にまたが る総合 的教育計画 は, 中央 に設 け られ てい る国家計画会議 が所 管す るので あ るが, これが また教 育行政 をい っそ う複雑 に して い ると 見 られて い る。 最後 に, フ ィ リピ ンの教育行政機構13)につ いて述 べ る。 この国 は,人 も知 るよ うに古 くはス ペ イ ンの,最 近 まで はアメ リカ合 衆国の植民地で あ った。 それで,独立 当初 は,主 と して アメ リカ方 式 の教 育行政組織 を採 用 して いた。 しか し, 旧本 国 た るアメ リカ とは, あ ま りに種 々の 事情 が異 な りす ぎてお り, アメ リカ的地方 分権主 義 は この国 に育つ見込 みが 当分 ない ことが明 らか にな ったので, アメ リカ方 式 をや め, この国独特 のや り方 に踏 み き った といわれ る。新 た に採 用 され た方式 は,地方分権 とは正反対 の中央集権 的方式で あ り, その点 において, む しろ 最初 の この国 の支 配者で あ ったスペ イ ンの それ に似 て い るともいわれ る。 この国の行政 の特色 は, 中央諸機 関の権限 が強大で あ ること, 中央地方 を問 わず,主要 なポス トにあ るものは,公 選 によ る職員で あ ることな どで あ るが,最後 の点 はアメ リカ方 式 を採 用 した もので あ ろ う。 中 央教 育行政組織 は,大統領府 の もとにあ る一 つ の省 とも見 られ る教育部 が中央 の教育行政 の執 行 にあた って い る。教 育部 には教 育長官 が 置かれ, これ は内閣 の一員で あ り,大統領 が人事委 員会 の承認 を得て任命 す るもので あ る。教育長官 の もとに各 局 の局長,副局長 がい るが, これ は教 育長官 の推薦 にもとづ き,大統領 が任命 す る。 その場合,人事 委員会 の同意 が必要 とされ

(12)

東 南 ア ジア諸 Eg比 較教 育行 政 機構 論

る。 教 育長官 は公 立諸学 校 の管理 監督 にあ た るほか,全 私立 学 校, カ レ ッジ,大学 にお け る教 育能 率 の一 般 的水 準 を保持 す る権 限 を付与 されて い るので あ る。 な お,1954年 には,法律 を も って 国家教 育委 員 会 (Board ofNationalEducation) とい う機 関 が設 置 され たO これ は, 国 全 体 の教 育計画 ・教 育政策 を審議 す る大統 領 直属 の機 関で あ って, ここで策定 され た重要政 策 を教 育部 が実施 す るとい う ことにな る。 この委員会 の構 成 は,委員15名 よ りな り,委 員長 は教 育長 官 が職務上 当然 その地位 につ き, 6名 は特 定 の地位 にあ る者 で , その地位 に も とづ いて就 任 し,8名 は各 界 の代表者 と して大統領 が任命 す る。 なお また,別 に国会 によ って教科 書 委員 会 とい うものが設 け られて い るが, これ は公立学 校で用 い られ る教 科 書 の選定 ,承 認 を行 な っ て い る。 この委員 会 は,教 育 長 官 に勧告 を行 な うので あ るが,一応 教 育部 とは別 個 の機 関 とさ れ,教育長官 の一 般 的 監督 を受 け る。教 育 部 自体 は,公 教 育局,私立 学 校 局 ,公 共 図書 館局 , フ ィ リピ ン史委員 会, 国語 研究 所 , 国立博 物 館 の部局 が あ る。大学 につ いて述 べ れ ば国立大学 は フ ィ リピ ン大学 あ るのみで あ るが,別 に多 くの私立大学 , カ レ ッジが あ る。 フ ィ リピ ン大学 は ま った くアメ リカ方 式 の大学 理 事会 を設 け,大学 管理 を行 な って い る。大学 理 事会 の議長 は 教 育 長官で あ り,公教 育局長 ,上 院 の文教 委員 会委員長 ,大学 総長 は職務上 当然理 事 とな り, 他 の理 事 中少 な くとも4名 は大学 卒業生 の うちか ら大 臣が任命 す るので あ る。人 事 その他大学 の運 営全般 にわ た る事項 はすべ て この大学理 事会 が行 な うこと,予 算請 求 は大学理 事会 よ り直 接 国会 に対 して な され る ことな ど, こ とご と くアメ リカの大学 管理方 式 にな らって い る。 以上 に見 られ るよ うに, 中央 の教 育行 政機構 お よび大学 の それ は,一応 整 備 されて お り, た とえ ば わが国で も一 部 か ら しき りに要 望 され た ことのあ る教科 書 の検定,採 択 な どを行 な う教 科書 委 員会 な るものが, 当局 か らあ る程度独 立 して存在 す ることな ど注 目に価 しよ う。 地方 の教 育行政 機構 につ いて述 べ れば,今世 紀 の初頭 にい た るまで, 州 お よび特別

(Char -tered Cities) に 置かれて いた 学 校 区 は, さなが ら アメ リカ合 衆 国 に 見 られ る 地方 教 育 区 (LocalSchoolDistrict) の ご とき存在 で あ った。 現在 ,州 は全 部で 54置かれて い るが, そ こ にはそれぞ れ地 区教 育長 が い る。 これ は中央 の教育長 官 の勧告 によ って任命 され, あたか も教 育長 官 の地方 にお け る代理 者 とい うよ うな立場 にあ る。 地 区教 育長 は州 内のすべ て の学 校 の人 事権 ,学 校 の設 置廃止 の権限 を有 す る。地 区教 育長 は さ らに州 をい くつ か の学 校 区 に分 けて い るが, これ は原 則 と して一 つ ない し数 個 の町村- 学 校 区 にま とめ られて い る。学 校 区内の学 校 は第一 次 的 には学 校 区視学 の監督 を受 け,第二 次監督 は地 区教育 長 の部下 で あ る地 区視学 に よ って行 なわれ る。特別市 は現 在七 つ あ り, ここにもそれぞ れ教 育長 が 置 かれて い る。 これ は,地 区教 育長 よ りも多 くの権限 が与 え られて い る。 マニ ラ市 , ケ ソ ン市 の両 特別

の教育長 は国家公務 員で あ り,大統 領 が人事委員 会 の同意 を得 て任命 す る。 以上 に見 られ るよ うに, 独 立 以前 は ともか く,現 在 において は, この国 の地方 教 育行政 組織 はむ しろ地方 分権 的色彩 が希 薄 で あ り,教 育行政 組織全 体 につ いて いえば,前述 の よ うに中央 集権 的方 式 を採 用 して い るこ

(13)

東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第1号 とが著 し く見 られ るので あ る。 しか しなが ら, この国 において も,現在 の中央 集権 的方 式 を修 正 し, 徐 々に地方 分 権 的や り方 に移行 し, た とえば州や特別市 の教 育行政権 の強 化 を はか ろ う とす る動 きが存在 す ることを ここで 指 摘 して お こう。14)なお一 言 す るが, フ ィ リピ ンの教 育行 政機構 はかな り整備 されて い ることは事実 で あ るが,一 つ の欠点 は, 中央 の教 育行政 諸機 関 の 相互 間 の連絡 調 整 が必 ず しも円滑 にい って お らず , その ため地方 に対 す る連絡 指示等 もバ ラバ ラに行 なわれ る ことが少 な くな い といわれて い ることで あ る。特 に, この よ うな ことは教 育財 政 の面 にお いて著 しい。 この点 と,現在 の 中央集権 に偏 したや り方 につ いて の再検 討 は現在 重 要 な問題 で あ る と考 え られて い る。

4

結 語 以上 で ,東南 ア ジア八 カ国 それぞ れ の中央 地方 の教 育行 政機構 の素 描 を試 み, またそれぞ れ の特 徴 や 問題点 につ いて も一 応 述 べ終 わ った. 総括 的 にい うな らば, あ る国 た とえば タ イや フ ィ リピ ンの教 育行政機 構 は 部分 的 にはわが国 の それ に 比 して, ま さ るとも劣 らな いほ ど整 備 され た ものが見 られ る。 しか し, これ らの国 の 置かれて い る教 育 の現状 と対 比 して見 るな ら ば, ひ と り行政機構 のみが整 備 され,教 育行 政 の実 際 や なお また教 育 自体 につ いて は, まだ ま だ後進 的現 象 が多 く,教 育行政機 構 と教 育 の進 展情 況 との間 に大 きな政 行 的状 態 が存在 す るこ とは,前 に くりかえ し述 べ た ところで あ る。 そ して また,教 育行政機構 の整 備 が 相 当程度見 ら れ る理 由 は,教 育 に対 す る一 般 的熱 意 が高 い ことにも とづ くが,特 に国家 の教 育 関与 の度合 い の強大 な ことに起 因 す ることも前 に述 べ た と ころで あ る。機構 の整 備必 ず しも不 可 で はないの で あ るが, これ のみ に とどま るべ きで はな く, さ らに教 育 制度 その ものの整備 ・充 実 , そ して 終 局 的 には教 育 その もの 振興 普 及 に大 い に 力 をい たす 必要 がつ よ く 存 在 す る とい うべ きで あ る。各 国別 の教 育行政 機構 につ いて述 べ た さい,著 しい共 通 的現 象 と見 られ るもの は,強度 の 中央集 権 主 義的体制 で あ った。 これ も,教 育 につ いて の国家 関与 の皮合 いの強 い こと,新興 国 ●● 家 にお いて一 般 的 に見 られが ちの現 象 で あ るといえ るが,教 育民 主化 とい う建 前 か らいえば, 順 次地方 分権主 義体制 - の移行 とい う ことも考 え られ るで あ ろ う。 つ ぎに,現 在 東南 ア ジア諸 国 の教 育行 政機 構 は, いず れ も学 校行政 に傾斜 が か か りす ぎ,社会教 育行政 に関 して, それ ほ ど考 慮 が払 われて い ない よ うに見受 け られ る.学 校教 育 に多 くの重点 を 置 くことは,一 般 に新 興 国家 の常 で あ り, また公教 育 自体 , 学 校教 育 が そのほ とん どすべてで あ ると考 え られ るの で , その こと 自体 無理 か らぬ こ と と思 われ るが,今 後 は成 人教 育 の ど とき社 会教 育 にい っそ う の配 意 を加 え るこ とが必要 とされ るで あ ろ う。 また その ため の行政機構 の整 備 が 当然考 慮 され るので あ る。

参照

関連したドキュメント

 しかしながら,地に落ちたとはいえ,東アジアの「奇跡」的成長は,発展 途上国のなかでは突出しており,そこでの国家

節の構造を取ると主張している。 ( 14b )は T-ing 構文、 ( 14e )は TP 構文である が、 T-en 構文の例はあがっていない。 ( 14a

本章では,現在の中国における障害のある人び

いない」と述べている。(『韓国文学の比較文学的研究』、

2000:Productivewelfarecapitalism:social policyinEastAsia,PoZiricaZStzJcJ“48,

結果は表 2

層の積年の思いがここに表出しているようにも思われる︒日本の東アジア大国コンサート構想は︑

析の視角について付言しておくことが必要であろう︒各国の状況に対する比較法的視点からの分析は︑直ちに国際法