放火罪における建造物の一体性
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(2) 放火罪における建造物の一体性 秋 目 は. じ. 第1章. に. 第2節. 物理的な観点の重視. 第3節. 機能的な観点の考慮. 第4節. 小括. 一棟の建造物に関する裁判例. 第1節. 延焼の可能性. 第2節. 機能的一体性. 第3節. 有毒ガスの危険. 第4節. 小括. ドイツの議論状況. 第1節. 判例の変遷. 第2節. 学説の展開. 第3節. 小括. 第4章. 祐. 異なった建造物間に関する判例 戦前の判例. 第3章. 洋. 次. 第1節. 第2章. お. め. 元. 建造物の一体性. 第1節. 事案の類型. 第2節. 物理的一体性. 第3節. 機能的一体性. 第4節. 物理的・機能的一体性の関係. 第5節. 小括. わ. に. り. 法と政治. 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 69( 1196 ). 論. 説.
(3) は 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. じ. め. に. 放火罪の客体である「建造物」は,法文として人の住居や現在に使用さ れているか否かの要件があるだけで,構造的な制約を予定していない。本 来は一戸建て住宅を想定した規定である。また,伝統的な集合住宅が対象 になったとしても,その建物は,各室をたんに区分した構造であるにすぎ ず,一戸建ての各部屋を仕切ったものに相当するだけである。 ところが,現実には単純な構造の建物だけでなく,複数の建造物が渡り 廊下で接続したものがある。その事案は,学校の校舎とは別棟の一部に宿 直室を備えた建造物群である。また,近時では最寄り駅に直結した分譲マ ンションのように,本来の用途を超えた利便性から建造物間の接続がみら れるようになった。これらの建造物は,放火された校舎や駅舎が刑法第 109条の非現住建造物であったとしても,現住建造物との一体性が認めら れれば,刑法第108条の現住建造物放火罪で処罰されることになる。 さらにこの問題は,一棟の建造物にも派生する。現代の飛躍的な建築技 術の進歩により,耐火性を義務付けられた大規模な建造物が存在する。こ の火災時に延焼を防ぐ性能により,一個の建造物にもかかわらず,非現住 の独立した区画部分と評価できるのかが問題となる。本事例は逆に,一個 の建造物に内部的な区画を認めるものであり,その意味で制限的解釈に資 することになる。 本稿は,これら放火罪における建造物の一体性の問題について,わが国 の判例を起点とし,ドイツの議論を踏まえたうえで判断要素を検討するも のである。わが国の判例は,両事案に対して物理的・機能的一体性の二要 素で判断するに至った。もっとも,時代の変遷とともに各要素の内容を緩 和し,一体性を肯定的に捉える傾向にある。この点は,現住建造物放火罪 の保護法益との関係で許容されるものであるのかが問題となる。とくに異 70( 1195 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(4) なった建造物間の事案において,本罪の成立を容易に認めうる判断が示さ れており,処罰根拠からの再検討が必要となる。. 論. 当該事案における制限的解釈としては,接続部分の構造に着目すること が考えられる。わが国では,非現住と現住部分を接続する構造物に着眼す る視点は乏しいが,この点に関するドイツの判例は示唆に富む。ドイツの 放火罪は,建造物の区別としてわが国と同様に,現住か否かを要件とする だけで,構造的な観点による客体の分類を予定していない。そのため,わ が国と同一の問題を抱えている状況にあり,以前から一体性の事案が争点 となっていた。近年では異なった建造物間と一棟の建造物との事案で,判 断方法を異にする傾向にあり,とくに建造物内に関する理論的根拠が問わ れている点で参考となる。 そこで,まずはわが国の判例を題材として取り上げ,両事案に用いられ る判断要素の問題点を整理する。ここでは,建造物の射程を明確にするた めに,建造物間と建造物内の事案に分類してみていくことにする。前者で は,主に建造物間を接続する構造物に配慮し,その前提構造の要件に着目 する。それに対して,後者では,難燃性建造物が問題となるから,延焼の 可能性と機能的要素に目を向ける。 そのうえで,ドイツの議論からわが国への視座を模索する。ドイツの判 例は,接続部分の構造及び用途を厳格に認定しており,一体性による厳罰 化を限定する方向に進んでいる。また,学説は,建造物内の事案の根拠と なる現住性の範囲を絞る傾向にある。これらの示唆がわが国にも応用でき るとなると,判断要素とその根拠の明確化に寄与することになる。そこで, 最後にドイツからえられた観点とわが国の現状を突き合わせ,一体性の判 断要素を検討することにしたい。. 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 71( 1194 ). 説.
(5) 第1章 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 異なった建造物間に関する判例. 第1節 戦前の判例 1.現住性の重視 建造物の一体性が問題になり始めた戦前の判例は,非現住と現住建造物 の接続構造に着目することなしに,現住性の評価に重きを置いていた。例 えば,大判大正2年12月24日(刑録19輯1517頁)の事案は,被告人が学 校の校舎の2階を全焼したが,現住部分となる宿直室には火災が及ばなかっ たものである。その宿直室は,全く別個の建造物ではないものの,校舎の 裏手の外壁に取り付けられた庇の部分にあり,校舎とは壁で区分された構 造であった。 本判決は,「現ニ人ノ住居ニ使用スル建造物」の意義について,「現ニ人 ノ起臥寢食ノ場所トシテ日常使用セラルル建造物ヲ謂フモノニシテ晝夜間 斷ナク人ノ現在スルコトヲ必要トセス」と解した。そのうえで,学校の校 舎の一室を宿直室として宿直員に夜間宿泊させる場合,その校舎は,現に 宿直員の起臥寝食の場所として日常的に使用されているものであるから, 本件校舎も現住建造物に当たるとした。 この判例は,非現住の当該校舎について,接続した宿直室の現住性に基 づいて全体を現住建造物としたものである。校舎の外壁で区分された宿直 室と校舎の物理的な構造を問題にせず,「校舎ノ一室ヲ宿直室ニ充テ」と の表現にみられるように,宿直室と校舎は一個の建造物であることを前提 (1). とした判断といえる。この点は,放火箇所の校舎2階から宿直室までの接. (1). その他に同様な論旨を示すものとして,大判昭和3年5月24日 (新聞. 2873号16頁),大判昭和7年12月20日 (新聞3534号12頁) がある。昭和3 年判決は,学校の校舎の事案ではないが,一棟の家屋内がたとえ数戸に区 分されていても,一個の家屋にほかならないとしたものである。 72( 1193 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(6) 続部分の建材や構造について,ほとんど認定されていないことからも窺え る。そのため,建造物の一室に現住性が認められるのかが,建造物全体に. 論. とって重要であると解されていたといえよう。 この一部の現住性を建造物全体に及ぼす観点をさらに押し広げたものが, 大判大正3年6月9日(刑録20輯1147頁)である。本判決の事案は,被 告人が今治区裁判所庁舎に放火したが,媒介物となる石油の量が少なくて 焼燬せず,現住部分となる宿直室に火災が及ばなかったものである。その 宿直室は,弁護人の所論によると,同庁舎と相当な距離を有した別棟にあ り,火災による延焼を配慮して建てられたものであった。 本判決は,宿直員の職務に着目し,職務の内容として非常事態を警戒す べき責任を負い,官庁自体の執務時間後も庁舎内の巡視が通例であるとし た。この職務の性質からすると,宿直室が別個の建造物に存在したとして も,本件庁舎は現住建造物に当たるとした。 この判例は,非現住の当該庁舎を異なった建物内の宿直室によって現住 建造物としたものである。その際に重視されたのは,宿直員の職務として の巡回警備である。本判決は,弁護人が主張した両建造物の距離や延焼の (2). 可能性に触れず,宿直員の職務態様だけで判断した。そのため,建造物間 の判断要素として,物理的な観点よりも,現住者の生活や職務態様を重視 したものといえる。しかも,たとえ現住性が別個の建造物にのみ認められ たとしても,そのことが否定的要素とならないとして,大正2年判決より も現住性が及ぶ範囲を拡大したのである。 (2). ただ,本判決は,被告人の主観面を認定の補強に用いた。被告人の故. 意は,概括的に当該庁舎だけでなく,宿直室を含む付属の建物も焼燬しよ うとするものであるとした。もっとも,重い犯罪に対する主観が備わって いたとしても,それに対応する客観がなければ主観面だけで足りるもので はない。ゆえに,まずは客観面として現住性が庁舎にも及ぶとした判断を 評価の対象としなければならない。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 73( 1192 ). 説.
(7) このように,この時期の判例は,建造物の一体性の判断要素として現住 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 性の要件が重視されていた。その理由として,当時の建造物は,主たる構 成部分のほとんどが易燃性の建材で構成されており,容易に燃え広がった と推測されるので,その構造を特段に取り上げる必要がなかったことも挙 げられよう。もっとも,大正2年判決では,現住性の及ぶ範囲として物理 的な接続を一応の限界としたといえるが,大正3年判決は,その限界を超 えるものに至ってしまった。 しかしながら,この宿直員の現住性をもって別個の建造物も一体と捉え るような判断は疑問である。大正2年判決が示した現住性の定義からする と,裁判所庁舎は寝起きの場所として日常生活に使用されている建造物と いえない。また,日常生活と異なった職務としての巡回警備だけで現住性 (3). を肯定するのは,その定義の限界を超えるものといえよう。 もっとも,その後の判例は,住宅と近接した建物について,現住性を拡 張して対応するのではなく,被告人の住宅を焼燬する目的といった主観的 要素と,住宅に延焼すべき状況の惹起といった客観的要素によって判断し た。例えば,家屋と約3尺(約0.9 m)を隔てた共同便所に放火した事案 の大判昭和8年7月27日(大刑集12巻1388頁)がある。この判例では, 家屋と便所の一体性を争点としなかったので一概にはいえないが,大正3 年判決の理論からすると,便所が日常生活に使用されるものであるので, 家屋の現住性を便所に及ぼすことも可能であったといえる。それにもかか (3). 中西彦二郎「接續せる二棟の建物と刑108條」法協58巻7号 (1940年). 1079頁も,当該庁舎は「人の看守する」建造物にとどまり,「人が住居に 使用」するものと同義ではないと批判される。この点は,泉二新熊『日本 刑法論下巻 (各論). 訂正44版 』(有斐閣,1939年) 141頁〔注1 ,高橋. 敏雄「放火罪の客体・行為および結果」 総合判例研究叢書刑法 (24)』 (有斐閣,1964年) 14頁,筑間正泰「放火罪」西原春夫ほか編『判例刑法 研究7』(有斐閣,1983年) 228頁も同旨。 74( 1191 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(8) わらず,上記の主観と客観による判断方法を採ったことからすると,別棟 (4). の便所には現住性が及ばないことを念頭に置いたと評価できる。したがっ. 論. て,その後の判例は,現住性を別個の建物に拡大した大正3年判決の理論 がそのまま受け継がれてはおらず,接続のない建造物間では物理的な観点 からの限界を超えるものとの前提判断がなされているといえるだろう。. 2.物理的な接続の重視 当初の判例は,建造物の一体性を現住性の要件で判断していたが,その 後,物理的な接続を重視する見解に移行した。それは大判昭和14年6月 6日(大刑集18巻10号337頁)である。本件の事案は,被告人が私立中学 校の第3校舎に放火したところ,その時にちょうど強風が吹き,順次に第 2校舎と第1校舎等にも燃え広がったものである。その第3校舎は,宿直 教諭等の現在する本館と現住性を有する用務員室に廊下で連接していた。 弁護人は,当該廊下がたんなる雨よけ程度の「バラック式」屋根のみで 構成されていたことを問題視して,建造物の観念からすると,第3校舎は 本館及び用務員室と独立した非現住建造物であると主張した。しかしなが ら,本判決は,同校舎と本館等の連接一体を認めて現住建造物に当たると (5). した。 (4). その他に同様の判断方法を採るものとして,大判昭和14年2月22日. (判決全集6輯7号53頁) がある。本件の事案は,母屋と接着した炊事場 兼風呂場の建物の屋根を一部焼燬したものである。同判決は,両建造物の 一体性を問題にしなかった。この点は,日常生活に不可欠な炊事場兼風呂 場を対象にし,かつ母屋と接着していた事案であるので,容易に一体性を 肯定できたものといえる。それにもかかわらず,母屋に延焼しうるか否か で判断し,現住建造物放火罪の「未遂」とした点が特徴的である。 (5). 本事案では建造物間に距離があったが,建造物の一部を共有する場合. を判断したものとして大判昭和16年2月12日 (新聞4683号8頁) がある。 本件の事案は,木造トタン葺平屋建ての工場に放火し,同工場と接合した 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 75( 1190 ). 説.
(9) この判例は,当該校舎と本館等の接続性を判断要素としたので,物理的 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. な観点から一体性を判断したものである。もっとも,その接続部分は,ど の程度の構造物で構成されている必要があるのかは示されなかった。この 点は簡潔な認定で済まされており,弁護人の所論からしか窺い知れない。 それによると,接続部分の廊下は,雨よけ程度の「バラック式」屋根のみ で構成されていたとされる。そうすると,主にトタンのような屋根がある だけで,屋根を支える細い柱はあったかもしれないが,側壁はなかった簡 素なものと読み取れる。そうであるならば,構造上は別個独立した建造物 であるにもかかわらず,そのような簡素な廊下をもって,全体を一個の建 (6). 造物と評価するのは疑問である。放火箇所の非現住建造物を現住建造物へ の放火に格上げする以上は,接続部分となる構造物自体にも,一定の構成 部分を備えたものといえなければならないであろう。. 木造瓦葺平屋建ての住宅も全焼させたものではある。その住宅は,工場と 別棟であるものの相接合した構造であった。両建造物の接続としては,工 場内の事務室と住宅の壁が同一のものであり,5本の柱も共有しており, 相互に行き来できるドアを備えていた。 本判決は,このような構造を有する工場について,住宅と相接合して一 体をなすものとした。この判例は,両建物の共有した壁等の構造によって 一体性を認めたので,物理的な観点を重視したものである。ただ,一体性 の判断では,両建物が相接合するとだけ述べられており,簡素な認定の嫌 いはあるが,本件の構造からすると問題なく物理的な一体性が認められる といえよう。この物理的な接着によって一体性を認める判断は,戦後の最 判昭和24年2月22日 (刑集3巻2号198頁) や名古屋高金沢支判昭和28年 12月24日 (高等判決特報33号164頁) に受け継がれている。 (6). 中西・前掲注(3)1079頁も同旨。. 76( 1189 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(10) 第2節 物理的な観点の重視 1.厳格な物理的構造. 論. 戦後の下級審裁判例ではあるが,昭和14年判決と異なり,接続部分に 一定の構造を課したといえるものがある。その東京高判昭和28年6月18 日(東高刑時報4巻1号5頁)の事案は,被告人の放火した再繰工場がそ の他の工場,現住の男子寄宿舎とこれに続いて人の現在する事務室に順次 接続していたものである。その接続部分となる廊下は,羽目板及び壁で構 成されており,自由に往来できる構造であった。 本判決は,当該廊下が一建物内を通じるいわゆる中廊下の関係にあるも のと認められるので,各建物は全体として構造上不可分的に一体をなすと して本件再繰工場を現在(現住)建造物とした。この男子寄宿舎等に接続 する廊下以外に,検察官は,現住の女子寄宿舎とも,木造トタン葺廊下で 接続して一体をなすと主張した。しかし,本判決は,その廊下が柱と柱の 間に羽目板等もなく,たんに工場と連接するいわゆる渡り廊下にすぎない ものであるので,工場との一体性を認めることができないとした。 この裁判例は,建造物間を接続する廊下の評価について,一定の構成部 分が必要であることにまで踏み込んだものである。当該工場と男子寄宿舎 等の一体性を認めた廊下は,羽目板と壁で構成されていた。この構造の認 定だけでは,屋根の存在は不明であるが,同廊下の言い換えとして,建物 内の中廊下という表現を用いており,上部が備わっていないとは考えにく い。このように解することができれば,同廊下は,壁と屋根で構成されて おり,空間的な閉鎖性を有する構造物といえる。 それに対して,当該工場と女子寄宿舎の一体性が否定された廊下は,柱 と柱の間に羽目板等がなく,トタン葺の屋根があるだけの構造であった。 すなわち,側壁が存在しないのである。そうすると,一体性の肯否を分け (7). た構造は,空間的な閉鎖性をもたらす側壁の存否である。このように解す 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 77( 1188 ). 説.
(11) ると,昭和14年判決が簡素な接続部分で一体性を認めたものと異なり, 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 構造物自体の判断要素として一定の明確性をもつと評価できるであろう。. 2.緩和された物理的構造 しかしながら,その前提要素は,瞬く間に否定されることになる。昭和 14年判決と同様に,接続部分の構造を問題にせずとも足りるとまで緩和 されてしまった。その東京高判昭和31年7月31日(東高刑時報7巻8号 338頁)の事案は,被告人が木工場に放火したが,警備員の消火によって 焼燬するに至らなかったものである。その木工場と人の現在する機械仕上 工場の間は,距離的に20 m 以上も離れていたが,渡り廊下で接続した組 立工場等によって順次連絡交通ができるものであった。その組立工場から 機械仕上工場に通じる渡り廊下は,柱がなく,ただ鉄骨の桁を渡してトタ ンの屋根で雨や雪を防ぐだけで,その下をトラックが自由に往来できた。 本判決は,木工場から機械仕上工場に至る建物群が構造上一体をなす一 個の現在建造物であるとした。また,両工場の20 m 以上の距離や,渡り 廊下の簡易な造りをもってしても,主要建物の一体性を妨げる要素とはな らないとして,明確な根拠を示すことなく一蹴した。 この裁判例は,建造物間の接続部分の構造を重視することなく,物理的 な接続を認めうる程度で足りるとしたものである。とくに問題となる組立 工場と機械仕上工場の間の渡り廊下は,トタン屋根で構成されているだけ で柱がなかった。また,その下をトラックが通行できたことからすると,. (7). また,ここでの「いわゆる中廊下の関係にある」との言い回しには,. 人の自由な往来も加味されているので,現在 (現住) 者が当該工場に居合 わせる点も考慮されているといえる。もっとも,一体性が否定された廊下 も,その先につながった建造物が寄宿舎として同じ用途に使用されていた ことからすると,人の利用状況が一体性の肯否を分けた理由とはならない。 78( 1187 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(12) 側壁など存在するはずもない。そうすると,当該廊下の構造は,屋根だけ で空間的な閉鎖性がなく,昭和28年判決の構造物の前提要素が否定され (8). 論. たことになる。しかしながら,ここでもやはり,接続部分の前提構造とし て,簡素なものでもよいと解しうる根拠は見出しがたく,昭和14年判決 に対する疑問を払拭できない。. 説. 第3節 機能的な観点の考慮 その後の裁判例は,後述するような一棟の難燃性建造物において,現住 部分とは区画された非現住部分といえるのかが問題となる事案が目立ち始 めた。それに対して,建造物間に関する事案はみられなかったが,最高裁 は,本事案の一体性の判断要素として初めて物理的な観点だけでなく,機 能的な観点にまで言及した。それは,最決平成元年7月14日(刑集43巻 7号641頁)のいわゆる平安神宮放火事件である。本決定は,これまでの 裁判例をまとめるものとして判例上重要な意義を有するが,平安神宮の一 体性を簡潔に認めただけであるので,第一審段階からの経緯をおさえてい く必要がある。 まず,本件の事案は,被告人が祭具庫西側板壁付近に放火し,同祭具庫 に接続する西翼舎,内拝殿,祝詞殿と東西両本殿等を焼燬したものである。 本件平安神宮は,その他に齋館等の多数の建造物と,神職等の宿直員の現 在する社務所及び守衛詰所が,東西内外廻廊と東西歩廊で方形に結ばれた 構造であった。祭具庫と宿直員が現在する社務所までの距離は,東内外廻 廊,東歩廊沿いに約231 m,直線で約165 m であり,守衛詰所までの距離 は,西内外廻廊,西歩廊経由で約235 m,直線で約144 m であった。 (8). また,この時期の裁判例では機能的な観点を判断要素としていないが,. 人の利用といった視点からすると,トラックの通行時に人の行き来が制限 されることとなり,人の自由な往来が確保されているとはいえない。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 79( 1186 ).
(13) また,その接続部分となる東西内廻廊は,コンクリート製舞台石上に木 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 造平屋連棟からなるものであった。その構造は,連棟の切妻屋根を支える ものとして,廻廊の外側寄りに,上下が木製の白壁で,その中段に木製桟 が縦に入った連子窓で構成された透壁と,内側寄りに,木製丸柱があり, 柱と柱の間には外部とを画する外壁その他の囲いのない様式の単廊であっ た。その他の東西外廻廊と東西歩廊は,内廻廊と同じ構造となっており, (9). ただ長さが異なるだけのものであった。これらの廊下を通じた宿直員の巡 回は,深夜と明け方に東西両本殿や祝詞殿の存在する区域を除く社殿建物 までなされ,放火時には,3名が社務所で1名が守衛詰所でそれぞれ就寝 していた。. 1.第一審判決 第一審の東京地判昭和61年7月4日(刑集43巻7号677頁)は,建物間 の物理的な接続状況が最も問題となる東西歩廊と東西内廻廊の接続部分に ついて,軒先に約20 cm 強の間隔があるが,各歩廊側にその隙間をふさぐ ような状態で雨樋が取り付けられており,各内廻廊側の屋根に固定された しぶき止めが雨樋の中に深く差し込まれていて,容易に取り外すことので きない構造であるので,物理的な接続が認められるとした。そのため,両. (9). 本件廊下は,片側の側壁がない構造であり,一体性の限界を示した昭. 和28年判決の判断に従うと,一体性を肯定したいわゆる中廊下と否定した 渡り廊下の中間といえるものである。もっとも,その後の昭和31年判決で は,たんなる渡り廊下でも一体性を肯定できるとした。したがって,この 裁判例の流れからすると,本件廊下は,接続部分の構造的前提を満たすも のといえるだろう。この評価について,大谷實「複数の建造物の現住建造 物性」 刑法解釈論集Ⅱ』(1990年) 221頁参照 (初出:判評339号 (1987年) 210頁)。なお,本件平安神宮と廊下の構造については,刑集43巻7号749 頁以下の別紙図面参照。 80( 1185 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(14) 廊下の接続部分となる屋根が物理的に途切れていたとしても,雨樋等によっ (10). て構造的な一体性を認めることができるとした。. 論. 次に,延焼の可否が問題となる東西歩廊と東西外廻廊の間には,防火シャッ ターや鉄製扉が設けられていたが,両廊下の接続部分となる屋根が木造で あった。本判決は,その部分を重視し,防火構造として十分に延焼を防ぐ ものではないとした。そのうえで,これらの建物の構造,材質や火災の焼 燬状況等に鑑みれば,「風向,風速,湿度その他の気象条件や火災の発見, 消火状況等のいかんによっては,社務所や守衛詰所への延焼の可能性も否 定し得ない」とした。したがって,焼燬場所と現住部分は一体であり,本 件平安神宮は全体として現住建造物に当たるとした。 この第一審判決は,物理的な接続と延焼の可能性を重要な判断要素とし たものである。それに対して,人の利用といった機能的要素は,事実認定 の段階で宿直員の巡回が触れられているものの,その経路となる各廊下の 利用状況を一体性の判断に取り上げておらず,重要な判断要素とは考えら れていないといえる。 そこで,本件平安神宮の一体性を認めた判断要素をみてみると,物理的 な接続に沿った延焼の可能性には,風向等の気象条件のいかんをも考慮し て判断するとされた。そうすると,平安神宮の周辺で起こりうるすべての 気象条件の中から,最も延焼に適した条件を選んで判断することも可能と なる。すなわち,いかようにも変化する偶然的な気象条件も,一体性を肯 定する方向で考慮することができるとの言い回しである。このように解す (10). この点は,建造物自体と廊下の関係ではなく,あくまで接続部分にす. ぎない相互の廊下の接着性が問題となったものである。本件では,屋根の 付属部分の接合で物理的な接続が認められた。その詳細な接続構造は示さ れていないものの,各部分が雨露をしのぐために相応の接着を必要とする ことから,屋根の役割を補助するために強固な接合がなされていたものと 評価できるだろう。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 81( 1184 ). 説.
(15) ると,現住部分への風向きだけでも延焼の可能性を認めることになりかね 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. ず,その可能性を否定することが極端に難しくなってしまう。この点は, 弁護人も不服としており,放火当時の具体的な気象条件に基づいて判断す べきであると控訴した。. 2.第二審判決 控訴審の東京高判昭和63年4月19日(高裁刑集41巻1号84頁)は,原 審の結論を支持したが,一体性に関する一般的基準を示したうえで,気象 条件の判断方法について述べた。 まず,本判決は,複数の建造物間に関する判断基準について,その構造 上の接着性の程度,各建物間の機能的結合性及び相互の連絡・管理方法等 に加えて,副次的にはその火災が現住部分に延焼する蓋然性や,有毒ガス が同部分に及ぶ蓋然性等も一つの要素として考慮し,これらの諸事情を総 合的に考察して決すべきものであると解した。そのうえで,延焼の蓋然性 は,放火当時の気象,建造物自体の消火設備やその地域の消防署での消火 態勢といった個別具体的な状況を捨象し,一般的・定型的に判断すべきで あるとした。 また,その判断における延焼の蓋然性の程度は,現住建造物放火罪が抽 象的危険犯であることを考慮すると,「延焼等の可能性が否定しえないと いう程度,いいかえると一般人において延焼の危惧感を禁じえない程度の もの」で十分であるとした。そうすると,建造物間の構造上の接着性と機 能的結合性が強い場合は,一般的にそれだけで一体性を認めることができ るとした。ただ例外的に,延焼や有毒ガスが現住部分に及ぶことが絶対に ないか,あるいはほとんど稀有である場合にのみ一体性が否定されるにす ぎないとした。 この控訴審判決は,一体性の一般的基準として,後述する仙台地判昭和 82( 1183 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(16) 58年3月28日(刑月15巻3号279頁)と同様な内容を示した。また,有毒 ガスの影響を考慮することも,後述の東京高判昭和58年6月20日(東高. 論. 刑時報34巻4=6号299頁)にみられた。それゆえ,本判決の基準は,こ れまでの裁判例を踏まえた総合的な判断によるものであるといえるが,各 要件の検討は各々の裁判例で行うことにする。ただ,本判決で注視すべき は,その内実の延焼の蓋然性が極端に緩和されてしまったことである。 そこで,延焼の蓋然性についてみてみると,放火当時の具体的な気象条 件や消火態勢を考慮するのではなく,一般的・定型的な判断に基づくとさ れた。この判断は,物体として存在する建造物の性質を確定する一体性の 問題領域からすると,その周辺に位置する様々な要因を具体的に取り込む ことの限界を示したものと評価できる。その限界としては,ここで用いら れた表現からすると,平安神宮の通常時の気象条件をもとに判断すること までは許されるだろう。それよりも延焼の決め手となるものは,建造物間 を接続する物理的な構造や建材にある。 しかしながら,その物理的な接続を前提にしたとしても,延焼の蓋然性 の程度は,一般人が延焼の危惧感をもつ程度で足りるとし,一体性の否定 される余地を例外的な範囲に縮小してしまった。本件のように放火場所と 現住部分の距離が,およそ200 m 以上も離れているものでも延焼の可能性 が肯定されたことからすると,本判決にいう例外的な場合は,易燃性建造 物において存在しなくなると思われる。とりわけ,本件の各廊下は,片面 に側壁がなく,床がコンクリート製の舞台石といった構造であり,空間的 に区画された廊下に比べて,屋根と片方の側壁との二面しか延焼の可能性 が生じない。それにもかかわらず,その可能性を肯定したことからすると, 限りなく低い程度で足りることになってしまいかねない。また,そもそも 各廊下自体の構造は,片面の側壁がないものであり,構造物の前提要素と しての限界が問題となるところである。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 83( 1182 ). 説.
(17) 3.最高裁決定 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 控訴審判決は,延焼の可能性が否定される余地を極端に狭めたが,別の 観点から一体性を肯定したのが上告審の平成元年決定である。本決定は, 簡潔な職権による判断をしただけで原審を正当としたが,新たに人の利用 といった機能的要素を用いた。 まず,本決定の重要な事実認定として,平安神宮の各建物は,すべて木 造で構成されており,また各廊下によって一周しうる構造であるので,放 火場所の祭具庫から人の現在する社務所と守衛詰所に延焼する可能性を否 定できないものとした。また,放火時の夜間における利用状況は,宿直員 が社殿を巡回するとした。そのうえで,これらの事情からすると,本件平 安神宮は,「その一部に放火されることにより全体に危険が及ぶと考えら れる一体の構造であり,また,全体が一体として日夜人の起居に利用され ていたものと認められる。そうすると,右社殿は,物理的に見ても,機能 的に見ても,その全体が一個の現住建造物であつたと認めるのが相当であ る」とした。 この判例は,物理的な構造と機能的な役割から一体性を判断したもので ある。本決定の事実認定によると,その構造は,延焼の可能性を判断する 前提要素とされたと評価できる。もっとも,結論においては,「全体に危 険が及ぶ」と表現されており,延焼だけでなく,有毒ガスによる危険も考 慮しうるとの含みのあるものである。それゆえ,最高裁は,物理的な観点 として,原審が示した一般的基準の有毒ガスも考慮できるような幅をもた せる表現にとどめたといえるであろう。 それに対して,機能的な観点における本決定の結論は,人の起居による 利用を挙げた。この視点は,現住性の要件を拡大するものであり,原審ま でにみられないものである。この点の認定からすると,放火場所と現住部 分の間を結び付ける機能的要素は,職務としてなされる巡回警備だけで認 84( 1181 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(18) められることになる。すなわち,建造物全体に現住性を認めるうえで,寝 起きや食事といった日常生活の行動ではなく,巡回といった職務上の行動. 論. で足りることになってしまうのである。 しかし,それならば,建造物全体を管理する職務上の観点から,火災の 際に当該場所に駆け付けて危険にさらされる可能性を根拠として,「現在 性」の要件で判断した方が,人に対する危険の点でより説得的なものにな ると思われる。もっとも,このように解することができたとしても,現在 性に基づく機能的要素として,どこまで規範的な解釈が許されるのかは問 題となるところである。 また,そもそもこの機能的要件は,物理的要件との関係において,一体 性を認めるうえで両要件を必要とするものか,または一方の要件で足りる のかが問題となる。この点に関する本決定では,並列的に両要件が認定さ れただけであり,両者の関係についてまで言及しなかった点で問題が残る。. 4.近時の裁判例 近時の下級審裁判例では,難燃性建造物間の一体性が問題になったもの ではあるが,平成元年決定で挙げられた物理的・機能的一体性の関係に配 慮して,これまでの裁判例が示してきた一般的基準に修正を加えたものが ある。また,その物理的な接続に沿って拡大する延焼の可能性の程度につ いて,耐火性を加味して慎重な認定がなされた。 その福岡地判平成14年1月17日(判タ1097号305頁)の事案は,被告人 がホテルの鉄筋コンクリート造り平屋建て研修棟内の研修室に放火し,同 室及び廊下を焼損したものである。その研修棟は,鉄筋8階建ての現在性 を有する宿泊棟と2本の長さ約7.5 m の渡り廊下で接続していた。その北 西側の渡り廊下は,コンクリートの床面にタイルカーペットを張ったもの であった。また,側壁がほぼ全面にわたってガラス窓となっており,天井 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 85( 1180 ). 説.
(19) も金属類で構成されていた。そのため,易燃性の建材は,窓ガラスと鉄筋 (11). 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. コンクリート壁の間に設けられた木製の幅約10 cm の額縁だけであった。 さらに,研修棟との接続部分がステンレス製の枠にガラスをはめ込んだ扉 となっており,宿泊棟側には煙感知器による自動降下システムの付いた防 火シャッターが設置されていた。それに対して,南東側の渡り廊下は,防 火扉の種類に差異があるものの,ほぼ北西側の渡り廊下と同様な構造であっ た。 まず,本判決は,複数の建造物間に関する一般的基準として,「各建物 が渡り廊下などの構造物によって相互に連結されていることを前提に」, その構造上の接着性の程度,建物相互間の機能的連結性及び相互の連絡・ 管理方法等に加えて,その火災が現在部分に延焼する蓋然性も考慮すべき 要素であるとした。そして,これらの諸事情を総合考慮して,一個の現在 建造物と評価することが社会通念上も相当とみられることが必要であると 解した。また,その延焼の蓋然性は,延焼の可能性を否定できない程度が 必要であるとした。 この基準に依拠した本件の認定では,両棟の機能的一体性について,同 一の会社が管理運営し,研修棟で行われる結婚式のために宿泊棟の一部を 着付室等として利用されているとした。また,放火時の夜間には,宿泊棟 で当直勤務に就く従業員により,研修棟への巡回も行われているとした。 (12). それゆえ,両棟の間は,相当に強い機能的連結性が認められるとした。 (11). なお,当該タイルカーペットは,可燃性の証明がなされておらず,延. 焼を判断する対象物とされていないようである。 (12). この認定では,「現在性」が及ぶと明示されていないが,全体の判断. からすると現住性ではなく,現在性に基づく機能的要素が重視されている。 そうすると,本件の当直勤務がこれまでの判例にみられた宿直室での管理 業務と同様な態様であれば,住居としての判断よりも人の現在を重視した ものといえる。もっとも,本件の宿泊棟は,ホテル営業に用いられていた 86( 1179 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(20) それに対して,両棟の物理的一体性について,両方の渡り廊下には,可 燃物として木製の額縁があるだけで,他に可燃性の建材がないとした。ま. 論. た,北西側の渡り廊下に設置された防火シャッターが,火災の際に正常に 降下しており,延焼を防止する装置としての有効性を否定することはでき ないとした。したがって,各廊下を経由した延焼の蓋然性を認めるには合 理的な疑いが残り,それ以外の経路も認められないので,本件研修棟は宿 泊棟と独立した非現住・非現在建造物に当たるとした。 この裁判例は,一体性の一般的基準として,平安神宮放火事件の控訴審 が採った総合基準とほぼ同様の内容を示したものである。もっとも,延焼 の蓋然性や機能的一体性の前提として,物理的な接続が第一に要求されて いる点が異なる。この基準からすると,物理的な接続が必要条件となるの で,単独で機能的要素が肯定されても,一体性としては足りないことにな る。現に本判決では,機能的一体性だけでよしとしていない。 また,有毒ガスの及ぶ蓋然性が取り込まれていない点でも異なる。この 点は,易燃性建材で構成された平安神宮と異なり,本件研修棟が難燃性建 材で構成されていたことからすると,当該建造物に特有な有毒ガスの影響 を考慮することにより,一体性を肯定する結論にもっていきやすいもので はある。しかし,本判決は,認定を含めて延焼の他に有毒ガスを考慮して いない。 次に,本判決の認定で注目すべきは,延焼の可能性の判断である。その 可能性の程度は,たんに物理的な接続を前提とするだけでなく,両棟を接 続する渡り廊下の具体的な構造を踏まえて判断された。とりわけ,検察官 が問題視した防火シャッターの降下に要するタイムラグや機能不全の可能 性を排斥し,実際に降下した状況をもとに判断しており,事実の抽象化が ことからすると,宿泊客の対応といった夜勤業務として現在するものと解 されただけなのかもしれない。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 87( 1178 ). 説.
(21) 拒否されたのである。その具体的な事実に基づいて判断するとの姿勢によ 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. り,廊下の構造を詳細に認定し,可燃性の建材がごくわずかだったことか ら,延焼の可能性が否定されたと評価できる。本判決は,その可能性を否 定できない程度で足りるとしたが,廊下の可燃物として木製の額縁(とタ イルカーペット)ではその程度を満たさないとした。この判断からすると, 接続部分の主要部分が難燃性建材で構成されていれば,そうとはいえない 些細な部分が可燃性であったとしても,延焼を肯定できないということが 理由として挙げられるであろう。. 第4節 小括 戦前の判例は,異なった建造物間の一体性について,物理的な接続を判 断要素として重視していた。もっとも,その接続部分となる渡り廊下の構 造は,昭和14年判決によってたんなる「バラック式」屋根で足りるとさ れた。また,近時の平成元年決定によっても片面の側壁と屋根で構成され たものでよいとされる。しかしながら,構造上は一個の非現住建造物であ るにもかかわらず,物理的な接続によって現住建造物に格上げする以上は, 接続部分の構造物自体にも一定の構成要素を要求すべきである。この点は, その後の裁判例で否定されたものの,昭和28年判決によって示された一 定の限界が参考になる。すなわち,空間的な閉鎖性をもたらす構造である。 このように解すれば,明確な判断要素となるが,それを要求する実質的な 根拠がなければならない。 この物理的な接続の要件の他に,昭和63年判決は,様々な要素による 総合判断を一般的基準とした。この諸要素の中で同判決は,延焼の可能性 の程度をとくに問題としたが,物理的な接続が認められる限り,原則とし て一体性を肯定でき,ただ例外的に延焼することが絶対にないような場合 にのみ否定されるとするものであった。 88( 1177 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(22) もっとも,この緩やかな程度の基準は,平成14年判決に受け継がれて いるものの,同判決は,接続部分となる渡り廊下の主要な構成部分が難燃. 論. 性建材であったことから一体性を否定した。同判決は,物理的な接続を前 提要件としたうえで,その構造の詳細な認定に基づく耐火性を通じて延焼 の可否が判断されたといえる。すなわち,延焼の可能性をかなり低い程度 で足りるとしつつも,渡り廊下の耐火性の認定に絡めて実質的に判断した と評価できるのである。そうすると,たとえ延焼の可能性を極端に低い程 度で足りるとしたとしても,接続部分の構造や耐火性の認定で結論の合理 性を保つことはできるであろう。 これらの物理的な要件に対して,平成元年決定は,人の利用に関わる機 能的要素を加えた。同決定は,日常的な生活で使用される部分に該当する かどうかを基本的な判断基準とするものの,職務上の巡回警備でも含まれ るとして現住性の内容を拡張した。もっとも,宿直員の巡回は,寝起きや 食事といった生活行動ではなく,その場に居合わせる現在性の要件に親近 性がある。現に平成14判決では,現在性に配慮した表現が用いられた。 この点は,宿直員が建造物全体を管理する職務上の観点から,火災の際に 当該場所に駆け付けて危険にさらされる可能性を根拠にすることができよ う。もっとも,人に対する危険の観点として,どこまで規範的な解釈が許 されるのかは問題となるところである。 これまで建造物間の一体性が問題になった事案を通じて,検討すべき点 を整理してきた。ここで主に挙げた延焼の可能性と機能的一体性は,一棟 の建造物の事案に共通するものである。そこで,これらの要件に対する理 解を深めるために,時代を遡るが,建造物の区画が争点となった裁判例を 追うこととしたい。. 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 89( 1176 ). 説.
(23) 第2章 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 一棟の建造物に関する裁判例. 第1節 延焼の可能性 戦前の判例においても,非現住と現住部分の複合する建造物を放火する 事案がみられたが,多くは易燃性建材が使用されていたこともあり,一体 性の問題は重視されていなかった。ところが,建築技術の進歩に合わせて 防火構造が義務付けられ,難燃性建材が使用され出したことに伴い,一棟 の建造物でも区画された独立部分との一般的な評価がなされるようになっ た。それにより,易燃性建造物では明示的に取り上げられなかった新たな 判断要素として,現住部分への延焼の可能性が重視されるようになった。. 1.厳格な可能性の要求 その発端となる仙台地判昭和58年3月28日(刑月15巻3号279頁)の事 案は,被告人が鉄筋コンクリート10階建てマンションの1階部分に位置 する外科医院に放火し,同医院の受付室等を焼燬したものである。そのマ ンションの2階以上には70世帯の住居があった。 まず,本判決は,複合用途建造物における業務目的の非現住部分と現住 部分の一体性に関する一般的基準について,「たんに物理的な観点のみな らず,その効用上の関連性,接着の程度,連絡・管理の方法,火災が発生 した場合の居住部分への延焼の蓋然性など各種の観点を総合して判断すべ き」であると解した。 この基準に依拠した本件の認定では,構造上他の区画と接着しているが, 鉄筋コンクリートの壁や天井等で画されて独立性が強く,他の居住部分と 一体の建造物とみることは困難であるとした。また,当該医院との効用上 の関連性は,居住者の共用部分ではないとした。さらに,延焼の蓋然性は, 本件マンションが床,壁と天井部分を鉄筋コンクリートで構成されており, 90( 1175 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(24) (13). 各区相互間に開口部が全くないことから考えられないとした。 そして,これらの事情を踏まえた延焼の可能性は,発生した火災の勢い. 論. が強くなり,窓ガラスを溶かして建物の外部に吹き出し,風等の状況によっ て炎が上階または隣の区画の窓に直接当たり,さらにその窓ガラスが熱で 溶けるような悪条件の重なった極めて例外的な場合に限られるとした。し かしながら,本件マンションの2階のバルコニーは,仙台市の基準で必要 とされる庇の倍以上が確保されており,同医院から他の区画への延焼の可 能性はさらに少ないとした。したがって,これらを総合的に判断した結果, 同医院がすぐれた防火構造を備えた延焼しにくいものであり,構造及び効 用上の独立性が強い非現住建造物に当たるとした。 この裁判例は,一体性の基準として,物理的な構造上の観点だけでなく, 効用上の関連性や延焼の可能性を考慮する総合判断を示したものである。 これまでの判例の事案に対して,難燃性建材の使用された大規模な建造物 では,物理的な接続だけで一体性を判断しきれないので,本判決は,延焼 の可能性を明確に一要素としたものといえる。その可能性は,実際に現住 部分に延焼するような厳格な程度が要求された。この点は,延焼の可能性 ではなく,「延焼の蓋然性」との表現を用いて高度な可能性が要求された ことからも窺える。. (13). また,消防法上の観点からも判断された。本件マンションのような共. 同住宅には,原則として自動火災報知設備や屋内消火栓設備等の設置が義 務付けられていた。例外的に防火構造を備えていれば,その義務が免除さ れる消防庁の特例があった。この特例よりも厳しい仙台市の条例では,開 放型廊下に面した出入り口が自動閉鎖式の防火戸であること,各住戸が開 口部のない耐火性構造の床及び壁で区画されていること,外壁の開口部が 直上階の開口部と同一垂直線上にある場合は不燃材料の庇等で遮られてい ること等が課されていた。この条例を本件マンションは満たしていたので, さらに延焼しにくい構造であるとの判断が示された。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 91( 1174 ). 説.
(25) まず,本判決の射程は,放火場所として業務に用いられる部分に限定し, 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 住居使用を予定する空室にまで及ぶものではない。非現住の営業部分と現 住部分の関係が前提である。もっとも,本件の認定では,当該医院をすぐ れた耐火構造の備わったマンション全体の一室と捉えているので,他の一 室である住居部分と構造的に違いがあるわけではない。すなわち,業務目 的の使用に連動した特別な配慮をしていないのである。この点は,仮に火 器を取り扱う特殊な業務部分であって特別な防火構造を備えていたとして も,別個に当該構造を評価する必要はなく,通常の空室とは延焼の可能性 の程度問題として処理すれば足りよう。したがって,本判決で示された判 (14). 断基準は,放火場所が空室であっても適用することができるであろう。 次に,判断基準の各要素を本件の認定と合わせてみてみると,物理的な 観点として,同医院はコンクリートで覆われていたことから,独立した区 画部分と認められた。すなわち,通路や上階との区画として建材の種類が 重視されたのである。もっとも,この点は,難燃性建材を使用すれば,区 画部分の独立性が強くなるわけではない。木造であっても,人の利用が制 限されることにかわりない。そうすると,本判決が建材の種類によって独 立性を認めたのは,炎の行き来,つまりは延焼の可能性を見据えていたか らといえる。すなわち,建造物の材質を詳細に認定することは,延焼の可 能性を問う前提としても重要となるのである。 そこで,延焼の可能性についてみてみると,本件マンション自体の床, 壁と天井が鉄筋コンクリートで構成されていたことだけでなく,各区画の 開口部の存否が重視された。本判決は,コンクリートが火災の高温化によっ. (14). この基準は,前述したとおり,複数の建造物間における一体性が問題. になった平安神宮放火事件の東京高判昭和63年4月19日 (高裁刑集41巻1 号84頁) に受け継がれている。それゆえ,裁判例では,建造物の差異にこ だわらず,統一的な判断がなされているといえる。 92( 1173 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(26) (15). ても燃焼作用を生じないので,火災の生じた区画から炎が放出される箇所, つまりは換気口のような外部に開放された部分を重要な判断対象としたと. 論. いえよう。この点に関する認定では,各区画に開口部が全くなかったので, 火災で割れることによって開放される窓が重視された。その窓からの炎の 吹き出しも,2つの条件が認められて初めて延焼に至るとの極めて厳格な 判断である。すなわち,①火災の発生した一室の窓ガラスが溶けて外部に 炎を吹き出し,②風等の気象条件によって他の区画に炎が及ぶことである。 この偶然の重なりともいえる状況は,極めて例外的な場合に限られるので, 延焼の可能性を肯定するに足りないと判断された。そうすると,本判決の 帰結として,各区画の開口部が重要な判断要素と解されたものと評価でき るであろう。 その他の要素としての効用上の関連性は,同医院における居住者の使用 状況が重視された。この点は,同医院が居住者の共用部分といえないと表 現されたことからすると,同階の共用部分である玄関ホールや通路等も問 題となる。本件では,それら共用部分との関係については触れられていな いが,仮に延焼の可能性が認められれば,効用上の関連性が問題になりえ たといえるだろう。. 2.緩やかな可能性での充足 昭和58年仙台地判は,延焼の可能性を判断する際に,建造物の構造を 詳細に認定したうえで,たとえ例外的にその可能性が認められたとしても, 一体性を肯定するには十分でないとした。しかしながら,この厳格な判断 方法は,即座に否定されることになる。その例外的な状況でも,延焼の可 能性として足りると緩和されたのである。 (15). 齊藤庄二『コンクリート材料データブック』(丸善,2000年) 164頁以. 下。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 93( 1172 ). 説.
(27) その東京高判昭和58年6月20日(東高刑時報34巻4=6号299頁)の事 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 案は,被告人が鉄骨コンクリート造り3階建てのマンションの空室に放火 して未遂にとどまったものである。そのマンションの各室は,南側に幅約 0.9 m のベランダが設けられ,隣室との境として,ついたて様に金属板で 簡易な仕切りがなされていた。また,北側に幅約1.3 m の外廊下があり, それに面して風呂釜の換気口が突出していた。 本判決は,本件マンションについて,いったん内部火災が発生すれば火 炎はともかく,いわゆる新建材等の燃焼による有毒ガスが,たちまち上階 あるいは左右の部屋に侵入し,人体に危害を及ぼすおそれがないとはいえ ないとした。また,延焼の可能性も,「耐火構造といつても,各室間の延 焼が容易ではないというだけで,状況によつては,火勢が他の部屋へ及ぶ (16). おそれが絶対にないとはいえない」とした。したがって,各室とこれに接 続する外廊下や外階段等の共用部分も含め,全体として一個の現住建造物 とみるのが相当であるとした。 この裁判例は,一体性の一般的基準を示していないが,延焼の可能性に ついて,限りなく低い程度でも足りるとしたものである。また,その判断 の際に,有毒ガスの発生も考慮した。 本判決は簡単な構造の認定がなされているだけではあるが,当該空室に 風呂釜の換気口があったので,炎の吹き出す開口部が設けられていたこと になる。そうすると,昭和58年仙台地判と異なり,延焼の可能性を肯定 的に捉えうる構造であったといえる。それにもかかわらず,各室を区分す る構造の認定から一体性の要件を認めようとするのではなく,延焼の可能 性を極端に低い程度に設定し,同判決が否定した例外的状況でも足りると する選択肢を取ったのである。この点は,現住部分までの延焼経路を具体 (16). その他に,この程度の延焼の可能性で足りるとしたものとして,東京. 地判昭和59年6月22日 (刑月16巻5=6号467頁) がある。 94( 1171 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(28) (17). 的に認定していないことからも垣間見える。また,この一体性を容易に肯 定する方向性は,媒介となる構造物がなくても拡散する有毒ガスも取り込. 論. むことによって加速してしまいかねないおそれがある。. 第2節 機能的一体性. 説. 昭和58年仙台地判は,人の利用に関わる効用上の関連性について,非 現住と現住部分の直接的な関係を問題にした。同判決では,廊下といった 両部分を接続する共用部分をどのように解するのかが示されていなかった。 この部分の評価が問題になった事案は,札幌高判昭和63年9月8日(高 (18). 刑速(昭63)214頁)である。本判決は,仙台地判で示された効用上の関 連性にかえて,機能的な利用との表現を用いた。このような表現の差異は あるが,居住者の利用状況を問う点で共通しており,同様の内容を意味す るものといえる。 そこで,本判決の事案からみてみると,被告人が鉄骨・鉄筋コンクリー ト造りの12階建てマンションに設置されたエレベーター内に放火したも のである。そのエレベーターは,鋼板製のかご側壁に準不燃材の化粧シー トが貼り付けられており,その化粧鋼板の表面が約0.3 m2 焼燬した。 本判決は,当該エレベーターについて,マンションの居住者が各階間の 昇降に常時利用する共用部分であり,マンションの構造とその利用形態に 照らし合わせると,各居住空間と一体的に住宅として機能しているとした。 (17). また,ここで示された「状況によつては」との表現が,風等の気象条. 件を意味するのであれば,平安神宮放火事件の第一審に対する批判が同様 にあてはまる。もっとも,同事件の控訴審は,この点を修正したので,本 判決がその後の裁判例に与えた影響は乏しいと思われる。 (18). なお,本件の上告審である最決平成元年7月7日 (裁判集刑252号203. 頁) が掲載された判タ710号 (1989年) 127頁以下に,本判決の詳細が記載 されている。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 95( 1170 ).
(29) この観点も踏まれると,エレベーターは,本件マンションの一部として現 (19). 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 住建造物を構成しているとした。 まず,この裁判例は,弁護人が当該エレベーターのかごについて毀損し ないで取り外すことができるので,本件マンションの一部ではないと主張 したことから,建造物の範囲が主たる争点となったものである。これまで の裁判例は,非現住と現住部分の間の物理的な構造を一体性の判断で取り 上げてきた。それに対して,本判決では,エレベーターの建造物性を認め ただけで,現住部分に至る接続部分の構造が認定されていない。すなわち, エレベーターから住居までの共用部分となる通路の認定を欠いているので ある。そうすると,本判決は,これまでの裁判例と判断方法が異なるので, 物理的な観点からの一体性を問題にしていないといえる。 もっとも,本件は,一棟の建造物を対象にしたものであり,廊下等を通 じた現住部分への物理的な接続が容易に認められたとはいえよう。また, エレベーターと廊下ひいては住居までの接続も,これまでの判例が簡素な 構造物で足りると判断してきた観点からすると,エレベーターの取り外し に毀損と同程度の作業を要すると認定されたので,物理的な接続は肯定し てもよいと思われる。そうすると,本件では,物理的な構造上の一体性を 優に認めることができたものといえる。 しかしながら,その接続性を前提にしたとしても,現住部分への延焼の 可能性は判断要素として省略できるものではない。なぜなら,本件では, (19). なお,上告審は,現住建造物放火罪の成立を認めた原審の判断を正当. と判示しただけである。そのため,一棟の建造物における一体性の判断は, 最高裁の立場として明示されなかった。その他に,本判決と同様の判断を 示したものとして神戸地判平成19年4月19日 (LEX / DB 28135303) がある。 また,本判決以前のものとして東京地判昭和56年6月18日 (判例集未登載・ 原田明夫「放火罪の目的物としての大規模な耐火性建築物の単一性とその 一部分の独立性」研修425号 (1983年) 36頁以下) がある。 96( 1169 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(30) エレベーターの側壁が鋼板で構成されており,廊下を含めたマンションが 鉄骨・鉄筋コンクリート造りであったので,この2段階の難燃性建材を延. 論. 焼の際に経由しなければならないからである。また,火災時に防火扉が正 常に閉じるかどうかのように,エレベーターの開閉も考慮せざるをえない。 それにもかかわらず,本判決は,延焼の可能性を全く判断していないので, 説 (20). 一体性を正面から問題にしたものと捉えるべきではない。 もっとも,エレベーターが住居の共用部分として一体的に機能している とした点は一考を要する。仮にこの観点から居住空間の一部といえるなら ば,エレベーター自体を現住部分と捉えることができ,別個に延焼の可能 性を問題にする必要がなくなるからである。そこで,本判決の認定をみて みると,居住者による常時利用が重視された。すなわち,高層マンション では,各階の居住者がマンションから出入りするうえで,共用の廊下,階 段やエレベーターを利用しなければならないので,いわばエレベーターが (21). 各居室の玄関の延長に当たると評価されたのである。 ただし,この評価をもってしても,エレベーター単体に現住性を付与す るまでには至らない。現住部分は,居住者が寝起きや食事といった日常生 活を営むための空間である。それに対して,共用部分は,その目的のため の手段でしかない。両部分は,玄関扉や壁で隔てられて人の利用態様によっ て役割分担がなされているので,現住性が共用部分にまで及ぶものではな い。また,住居の現住性が共用部分に及ぶと解すると弊害が生じる点も見 (20). 丸山雅夫「難燃性集合住宅の一部に火を放つ行為と現住建造物放火罪. の成否」商討41巻2号 (1990年) 158頁以下参照。 同旨のものとして,判タコメント・前掲注(18)126頁,部道彦「高 層マンションのエレベーターのかごの側壁を焼失させる行為と現住建造物. (21). 等放火罪の成否」研修503号 (1990年) 73頁,曽根威彦「エレベーターの 一部燃焼と現住建造物放火罪の成否」法セ426号 (1990年) 131頁,星周一 郎『放火罪の理論』(東京大学出版会,2004年) 307頁。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 97( 1168 ).
(31) 逃せない。すなわち,共用部分は,住居の延長であると同時に空室の延長 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. でもある。住居の現住性が共用部分にも及ぶとなると,その反射効として, 共用部分の現住性は空室にも及ぶと解しうることになる。しかしながら, これまでの裁判例では,そのような理論構成を採ったものはない。そのた め,共用部分の評価は,住居の現住性そのものではなく,それを拡張した 内容で機能的な観点としては足りると判断されたといえよう。 ただ,本判決の機能的要素からすると,居住者が日常的に利用しないよ うな非常階段は,火災の際に避難経路として使用されるものであるにもか (22). かわらず,機能的一体性が認められないことになる。それでは,現住者の 生命・身体に対する危険を加味する現住建造物放火罪の保護法益に合致し ない。そうすると,居住者の日常的な利用を判断要素とすることは,人に 対する危険の実質的な観点から再考を要するものである。. 第3節 有毒ガスの危険 これまでの裁判例では,延焼の他に有毒ガスも含めたものがみられたが, その可能性の程度や判断の仕方について述べられていなかった。この点を 明らかにしたのが,近時の東京地判平成16年4月20日(判時1877号154頁) である。 本件の事案は,被告人が鉄筋コンクリート造りルーフィング葺4階建て の会社寮の空室に放火し,同空室内の床や鴨居等を焼損させたものである。 その会社寮は,各階とも中央の階段及び通路をはさんで2室の居室が設け られており,両居室はベランダがつながっており,その間を厚さ約 1 cm の簡易板によって仕切られていた。同空室には,台所からベランダに通じ (22). この問題提起について,判タコメント・前掲注(18)127頁参照。同頁. では,個人の専用部分や機能的一体性を認め難い共用部分が本決定の射程 外になると指摘される。 98( 1167 ). 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月).
(32) る排気口が設置されており,ベランダに面する窓ガラスが被告人によって 割られた状態であった。本件の放火時には,同空室の真上の居室に人が現. 論. 在し,同階の居室にも現住性が認められた。 まず,本判決は事実認定として,当該空室の割れた窓ガラスから火炎の 吹き出す状況が認められるとした。また,有毒ガスが窓ガラスからベラン ダに流出する可能性があるとした。そして,その有毒ガスは,火災の高熱 によって発生する上昇気流に乗り,同ベランダの天井に当たって渦を巻く ように充満し,その後に壁を伝って上部階のベランダ内に充満する危険が あるとした。そうすると,上階の居室の窓ガラスが開かれていたような場 合,有毒ガスが同居室内に流入する危険があるとした。 この認定に基づいた判断として,たしかに,本件会社寮は耐火建造物で あり,他の居室に容易には延焼し難い構造になっている。しかしながら, 本件の火災による延焼の可能性自体は,やはり否定し難いというべきであ るとした。また,有毒ガスが他の居室に入り込んで,そこにいる人に危険 を及ぼす可能性も否定できないとした。その他にも,各居室は,出入口, 階段及び通路を共用し,各室に自由に行き来することができるとした。し たがって,これらを総合すれば,本件会社寮は,物理的にも機能的にも全 体として一個の現住(現在)建造物に当たるとした。 この裁判例は,一般的基準を明示しなかったが,結論にみられるように, 物理的・機能的一体性の観点から判断したものである。物理的な接続を踏 まえた延焼の可能性として,当該空室のベランダに面した窓から火炎の吹 き出した事実が認められたことからすると,ベランダでつながった同階の 居室や上階の居室への延焼の可能性を肯定できよう。また,機能的一体性 は,同空室と両居室の間に共用の階段や通路があり,それらの共用部分を もって認めることができる。それゆえ,本判決は,これまでの裁判例と軌 を一にしたものといえる。 法と政治 62 巻 2 号. ( 2011 年 7 月). 99( 1166 ). 説.
(33) しかしながら,本件の認定からすると疑問が生じる点がある。まず,延 放 火 罪 に お け る 建 造 物 の 一 体 性. 焼の可能性は,ベランダ側の窓からだけである。すわなち,同空室のベラ ンダからの延焼である。それに対して,機能的一体性を認めた共用の階段 や通路には,ベランダが含まれていない。もちろんながら,本件では,同 階の各室のベランダがつながった構造や,同空室のベランダの天井と上階 の床は共通の構造と考えられることから,ベランダにも共用部分としての 性質を認めることができる。しかし,本判決の認定だけからすると,延焼 の可能性と機能的一体性が認められる部分は,必ずしも同一の構造物であ る必要はないことになる。そうすると,両要素は,相互に関係なく別個独 立して認められれば足りるものとなりかねないのである。 次に,有毒ガスの認定では,火災の上昇気流に乗ったり,壁を伝わった りとして,構造物に沿った拡大といえるように配慮がなされた。これは, 火であっても上昇気流によって火の粉が舞い上がるので,延焼の経路と重 なるものである。そうすると,気体状の有毒ガスであっても,空気中に拡 散する現象を捉えて広く現住部分に及ぶ可能性を認めるのではなく,物理 的な構造物をはうような拡大,つまりは延焼を判断する経路に合わせたも のといえる。それゆえ,有毒ガスを判断する経路は,延焼と同様なものに 制限されたと評価できる。もっとも,その経路の外壁が延焼しないような 材質であっても,有毒ガスの進行を阻止するものではないので,延焼より も容易に一体性を認めうる点にかわりはないだろう。 また,本件の認定は,そもそも有毒ガスの発生する可能性があったとし て,実際に有毒ガスが発生したのかは明らかでなく,あくまで仮定的な判 断をした。この点は,有毒ガスが火炎と異なり,はっきりと目に見えるも のではないので,現実に行われた放火の行為態様と現場の状況を踏まえた 科学的な観点から推測せざるをえない。本判決も,有毒ガスの拡大状況に ついて,科学捜査官(警視庁刑事部管理官)の証言をもとに判断しており, 100( 1165 ). 法と政治 62 巻 2 号 ( 2011 年 7 月).
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