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日本における心身障害者体育の史的研究(第20報) : 小学校令時代の開放学校及び特別学級における病弱児体育について

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(1)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty 北陸大学  紀要 第/

5

号 (

1991

)   pp

279

303

1

身 障

史 的 研 究

20

一 小 学

校令

時代

開放学

及 び

特別

に お け る

病弱

体育

につ い て

北  野  与

 

AHistorical

 

Study

 of 

Physical

 

Education

 

fQr

 

the

 

Handi

capPed  

in

 

Japan

 

X

 

X

 

On

 

Physica

l

 

Education

 

of

 

the

 

School

 and

 

the

 

Class

 

for

Constitutionally

 

Weak

 

Children

 

from

 

1887

 

tQ

 

1940

Yoichi

 

Kitano

Received  October 30

 1989

は じめに

 

戦 前 (

1945

)におけ る病 弱

虚 弱 教 育 (以 下, 病 弱 教 育 とい う。)は,

暇 集 落, 開 放 学 校 及び

特別

で展

さ れ た。

本稿

で問

開放学校

はジ

集落

設を

半永久的

設 備 と し た もの で

,独

立の学

で あり

簡単

なる

療養的

虚 弱の

層 高児 童収 容 , 数

月を

と し教 育っ っ 療 養 的 養 護 方 法講 ず (中 略 )

謂 療 養 と教

を兼ねた

の学 校

:nt )」 で 。 また

,特

級は

通 教

施 設の

学級

を設 け, 衛 生 的

護の下に身 心の

達,

康の保 全を

待 し

よ うとする 2>

る。

 

いず れ も欧 米に端 を 発 し た施 設であるが, 戦 前の こうし た病 弱 教 育は, 戦 後に つ なげる試 行

してお り

わ が

病弱体育史

の全ぼ うを

ら か に し よ うとすると き

,少

な くとも

戦 前にお ける これ らの施 設で の体 育 的 実 践を検 討 する必 要がある。 ∬

  研 究 目的 ・方 法

 

本稿

,戦前

小学校令時代

に お け る病

対象

開放学校及

特別学級

視点

,ζ

の施 設で行なわ れた体 育 的な諸 活 動の実 態と その特 質の

端 を, 『学 校 衛 生 』, 『日本 学 校 衛 生 』 及 び 「

童の

保健

雑誌報告

関係著書等

報告

心に

検討す

るもの で ある。 *教  養  部

Facul七

y

 of General  

Education

279

(2)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty

2

北  野 与 皿

  結果

考察

1 .

開 放

校及び

学級

史的概

観   (

1

) 開 放 学 校

 

先にも述べ た よ うに

養と教 育を

ね た開 放

学校

明 治

37

1904

)年

ドイッ の シ ャ ロ

にお け る

森林学校

で ある と され, そ の

果の

なる ことから

数年

に して ド イ ツ国 内の主 要 都 市に普 及し

欧 米 諸 国に も迅 速な普 及 を見た と言 わ れて い るa)

 

わ が国では, こ の種の学

開 放 学

だけ でな く

,林間学校,海浜学校 ,戸外学校

野外学

及び

学校等

, さ ま ざ ま な名 称で呼 ば れ た。 常 設の施 設 と しての

初の もの は

,明

42

1909

4

月,

千葉県船形

町に

け られた

東京市養育院安房分院

で あり 4)

ま た

養護

と して の最 初の も の は , 大 正

6

1917

) 年

8

, 社 団 法 人 白十 字 会に よ っ て設 置された神 奈 川 県 茅 ケ崎 林 間 学 校で ある5) 。

京 市 養

育院

で は, 明

治33 (

1900)年

8

月,

童 虚 弱 者 」 を

房州

勝 山

保養所

さ せ

安房分院

落成

し た と きは,

「院

児四

」 を

山保養所

よ り

転せ し めて いる。 また, 茅 ケ崎 林

学 校は, 白 十 字 会 創 立 五 周 年 記

事 業 と し て設 立されたもの で あり

「小

令第

36

1

項但書

り尋 常 小 学

教科

くる ものと して建 設さ れ」た もの である6) 。 以 下, 同 校にお け る

教育

概 要につ いて述べ る と

,次

の とおりで あっ た 「ア

学資格

 

6

以 上の

女に して尋

1

学年

及 至

6

学年

編入

すべ 児   童 イ

入 学

条件

 

腺 病

そ の他 虚 弱

体質

の児 童に して

疾 患

しな い

り,

 

査の 上 入 学 を

許可

する。 ただし,

3

入学

で きない。 ウ

学時期 時期

如 何 を

ず,何時

にて も入

さ せ るこ

と がで き る。 エ

入 学 手 続

 

校 医の診 断を受 けて入

を許 可さ れ た

合に は

在 学 証

に戸 籍 抄 本 と入 学   金

5

円 を 添えて 出 す。 オ

.学費 

1

ケ月

35

円で

,食費

用 品

費,寄宿舎

等,被

 

ことに なっ て い る

事情

に よっ て は

学費

し くは

与 する こともある

  

退学

 健康

が増 進 して

,強 健

な児 童と

しょに

学習

するこ とができるようになれ ば

  退 学さ ぜる。 キ

教 育のね らい

 

恵 ま れた自然 環 境の中で生 活ざ せ, 体 質を

善し健 康を

増進

せ し め, 併

 

せ て

精神

的に優 秀な るものとな らしめ

国 民 教 育 を完 成 する こと。

       )

.実際教育

指針 (

)努

めて

個別

取扱

うこと。

で き

り児 童の

精神

疲労

 

を少な くする こと。 (ウ

は肉 体

活 動と常に調 和せ しめ

,肉

精神

と を同

に発

  達

さ せ し むべ

授 業 時 間 及び内 容

 

1

20時

闇を 以っ て限 度と し ,

1 時

限を

40

間と し,

20

間の

  

え る。

科 目

は, 発 熱 また は

熱 ある

別に

を 省 き, 朝の 深 呼 吸

午 後の遊

 

戯, 散 歩を以っ て これに代え る

,普

通の小 学

と同

あ る

 

宿舎

入 舎

 

入 学 を 許 可され た児 童 , 寄 宿 舎に収 容さ れ る。 寮 舎は分 散 式で

7

  

に分か ち

に児

9

名宛

収容

母の保 護の下 に

家族 寮

形成

す る。

寮舎

には

280

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(3)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty 日本にお ける心身 障害者体育の的研究 (第 20報)

3

日光 と空 気と に十 分 親し ま し む るこ と

滋 養に富み

化し易き栄 養 食 物 を 摂 取 せ し む るこ と

)休

息と睡

とを

十分

え ること

とい う

育強

綱領

があっ た。」 D

 

茅ケ 崎 林 間 学

い て

12

1923

) 年, 大 阪 市 御 津 尋 常 小 学

の 浜

寺林

学校 ,同13

1924

)年

に 日

赤千葉支部

富浦海浜学校,同

14

1925

)年

花岡和雄

によ る

東京市板橋

岡 学 園 等が次々 と設 置さ れるS) 。

 

昭和期

に入ると,

昭和

2

1927

)年

宮学園 (

財団法

,千葉県

),同

4

1929

) 年 千 本 松 原 林 間 学 校 (公 立, 静 岡 県 沼 津 市 千 本 松 原 ) 及び六 甲郊 外 学 園 (大

阪市

山椒

ケ 原

),同

6

1931

)年

海外気学校 (

,同

9

1934

)年東京市麹

区臨海

(東 京 市 ) 及び

神戸

度 山林

学校 (

法人)

と設 立が

10

1935

)年

1

校 ,

11

1936

年 と

12

1937

)年各

3

な ど

,同

10

か ら

16

1941

)年

ま で

13

立された9) 。

 

これ らの学 校の うち

「学 籍を もっ た私 立 学 校と して の形 態で運

さ れ た もの は

十字会

林間

学 校 と

宮 学 園の 二施 設で, 他は ほとん ど, 各 学 校に在

のま ま,

定 期 間 (多 く場 合 三 か月

),転

地 してID) 」

護と

教育

を受 けたの であ る。   (

2

) 特 別 学 級

 文

部 省の 「全 国に於け る身 体 虚 弱 児 童 取 扱に関 する調 査 」 (大 正

13

1924

> 年 )に より, 「身

体虚

弱 児

在校

童の五%と云ふことが

出来 (

中略)全

国の

学齢

千 万とすれば

,約

五十 万の身 体 虚 弱 児

を有 する こと11) 」が明らか になっ た が

体 虚 弱 児 童

別 取

を 為せ る学 校 数 」が, 「総 数 千三百 十五校で (中 略 ) 全 国の 小 学 校 約三万に比 較 すれ ば二 十 分の

12) 」と い う

応の

不徹

底さも

らかと な る。 こ う し た

況 も

すよう に, 大 正 末 期 におい て は

当時結核

備軍

と も

え られてい た

身体

弱児対象

集落

放 学

の い そ うの普 及と発 展は言 うまで もな く, 小 学 校における特 別 学 級の設 置 もま た学 校 衛 生上 に おけ る

緊要

題となっ て いた わ け であ り

その

設置

,昭和期

っ て

核予防対 策等

施策

と も相まつて い っ そ う促進 さ れ たの であ る

 

公 立の 小 学 校で早 期に身 体 的虚 弱 児 を 対 象 と した特 別 学 級を設 け た学 校は, 福 岡 男 子 尋 常 高

等小学校 (

8

1919

>年

設)

1s) び大

府 池

師範

尋 常 小 学 校 大 正

11

1922

> 年

設 )14) で ある。 この両 者に は, 健 康 児を中心 と し た画

授 か 虚 弱 児

救済

る た

学級

を設

した こと, 学

教 育を推 進して い くた めに医 学 関 係

力を

た こ と,

の児

大半

めて い たこと,

衛生

栄養

休養

及 び運

関す

指導

させ たζ と

,夏季集落

を毎

度 実 施 した こ と等に共 通 点が見 られ た。 なお

後 者の 児 童は, 第

1

学 年 入 学 時に特 別 学

と して

別に

募集

さ れ た虚

児 童で あ

b

た。

 

次い で大 正

14

1925

年に は, 石 川 県 金 沢 市 新 竪 町 尋

小 学 校 に保 養 学

が設 置 され るth)1鋤 。 同

学級

は, 大

jE14

度 入 学 児 童が大 正

7

1918

) 年

の 大 流

産 児で あ り, 体 格が低 劣で虚 弱 児 童 も

比較 的多

か っ たこ と か ら , そ れ らの 児

済 すること を 目

設置

され たもの である。

同学級

入された児 童は, 「主と し

腺病質

に し て

養不良

血,

巴腺の

脹,

皮膚菲薄脂肪

組織薄弱

粘膜組織薄弱

及 不 具

」であっ た。

方針

は, 「

1

なるべ く学 習 負 担の軽 減を計る こ と。

2

っ と めて 戸 外 教 授を行ふ こ と。

3

な るべ く新 鮮な

空気

を 吸は し め 日

を なさ しむ ること。

4

軽快

なる運

奨励す

ること。

5

っ とめて適

な る休 息を与へ る こと 。」で あ り

特に養 護 上か ら

隔 日毎の弁 当 持 参, 肝 油の服 用, 郊 外 運 動

281

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(4)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty

4

北   野   与

習)

, 日光 浴

身 体

健 康 診 断, ブラッ シ教

潔 検 査

,乾

摩擦等

が実

さ れ

,夏季

休 暇 中に林 間 教 育が計 画された。 ま た,

授業時間

40

と し

,普

通 学 級と異なる 「表

1

」のよ う な

習 時 間 表に よ っ て授 業が進め ら れた 。 曜 日    約 十分間 月 曜日 火 曜日 水 曜 日 木 曜日 金 曜日 土曜日 歯 磨

摩 擦 同

同 同 同 同 自八 時五分 至 八時四五分 唱 歌

体 操 修身

体操 修 身

体 操 唱歌

体 操 修 身

体 操 体操

修身       自rree 四〇分 自○時四五分 至九時四〇分 至

〇時四〇分至

時四〇分 至

二時五分

 

時三〇分   表

1

  学 習 時 間 表 自九    時 自

〇 時    自

一一

時 算  術 算 術 算   術 国 語 算 術 国   語

轄 語 韜 画 轄 工 隣 国 附 図 隣 手

父      

ヌ      

父 同 同 同 備 考   郊外学 習には主 として 自然観察

算術

国語

図画を課す 昼食及 休 憩  自由運動 昼食及休憩  自由運 動 昼食及 休憩  自由運動

 

大 正

15

1926

)年

4

月,東京市牛

込区の

巻尋

常小

に養 護 学 級le) が設 置さ れ る。 時の 同

校校長小菅吉蔵

アメ リカ

教育

視 察 団と して ア メ リカにお ける虚 弱 児

象の特 別 学 級

見 聞 し た

教育者

で あり19) , 大

阪府

池田

師範学校附属小学校

もあっ て 2°)

設 置 に

み 切っ た もの と考え ら れ る。 同 校で は

,第 1

児童

261

か ら

, 凹 胸

等胸部

の発

な る もの

 

腺腫

扁桃腺

肥 大 等 腺

病質

の もの

 

眼 耳 鼻 等の疾 患 著 しき も の

 

遣 伝 的 疾 患   あるもの」

30

名を選ぶ。 これ らの児 童は,

2

年 闇 同 学 級}ご在 籍 し, 第

3

学 年か ら普 通 学 級に編 入 した。 学 級 設 置 早々に, 文 部 省 か ら学

看 護 婦

1

名が派 遣され, 「

生 方

担当

す る」こ ととな る。

養護上

で は

,郊外

学 習

を多 くするこ と, 昼 食に栄

養食

すること,

衛生的

徹底化

, 肝

の服 用,

陽 燈の照

等を行ない , 教 授上 では

,授業時

闇の

短縮

, 先に述べ た

郊外学

間 や

自由

作 業 時 間の設 定, 机 間 体 操の実 施 等の

配慮

ら れ た。

 

昭 和

2

1927

) 年

4

市 麹 町 尋 常 小 学 校}こ

放学級

が 設 置 さ れ2D

5

1930

) 年

9

に は, 東 京 市 本 村 尋 常 小 学 校に戸 外 学 級が設 置される 22) 。 こ の ように, こ の 頃 設 置さ れ た特 別 学 級は

養 護

学級 、

学 級

級,栄

養 学

級,

開 窓 学

様々な

称 が 用い られてい た。 その

は, 昭和

2

1927

18

学 級 数

27

学 級

児 童

986

e3)

9

1934

)年

89

(学 級 数

146

学 級 ・児 童

6

543

),

同10 (

1935

) 年

114

校 (学

209

学 級 ・児 童

8

028

i

こ達する2e 。 その

, 同

15年度

に は,

学級数 1

413学級

, 児 童

数50

255

名に達 し た ので あ る25) o

2 .

開 放 学 校にお ける体

教 育

 

先にも触 れ た が, 開

へ の入 学 児 童 は

般 的は 「腺 病 質

児 童

伝 染

患を有し ない者a6) 」であっ た が

学 園の よ う に

,貧

庭の 児童を も

象 と し た とき, 「発 育 概 評 丙のもの , 就 学 猶 予 中の虚 弱 児 2T) 」を対 象 児に含め た学 校, あるい は共 同 生 活上

先の

対象

児童の

性行

な ら ざ る

判 と

規定

した

学校

も見ら れた。

282

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(5)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  UrLlverslty 日本に お け る心 身 障 害 者 体育の 史 的研究 (第

20

報)

5

 

入 学 学 年は

茅ケ崎 林 間 学 校の よ うに 尋 常 第

1

学 年か ら

6

学年

まで を

対 象

に した学 校 もあっ た が29)

,多

くの 学

寄宿

可能

尋常 第

3

4

以 上の上級

学年

象で あ っ た枷 1) 。 ま た

その

期間

寺林 間

の よ う な

1

とい う短

間 32)か ら

宮学園

よ う

1

か年 とい う長 期 間33) にわたるものまで あっ た が

そ の ほ とんどは

3

4

間躑 )で あっ た。 その 間

,茅

崎林間学校

学 園のよ うに, 学 籍を元 籍 校か ら移 す 学 校 もあっ た が, ほ とんど は学

を 元 籍

に置い て の入 学であっ た。 当 然な が ら,

健康

が増 進し,

健常

児 童 とと も に

学習

が で き るよう になれ ば

退

させ ら れて元 籍

に移っ たの で あ る こうし た事 情を も

ま えて, 開

放学校

にお ける

教育 (

経営)

目的

や方 針, ある い は そ の実 際を体 育 的 視 点か ら概 観 し

その特 質を検 討 して い くこ と と したい 。

  (

1

) 教

育 (

営)

的と

体育

 

公立の 尋 常

学 校と同じく

開 放 学 校も国 民 教 育を施 す 学 校 組 織の

っ で あ り, 小 学 校 令 第

き教 育 を施 す

る が

児が高 度な虚 弱 児であ るこ と か ら

加え て 体 質の 改 善

康の増 進が強調 さ れ た。 ち な み に

その 経

や実 際が

他校

本と な っ た 茅 ケ崎 林 間 学 校で は, そ の 目 的を次の とおり掲 げて いた。 「勅 語の趣 旨 を 遵 奉 し

小 学 校 令 第

に基づ き教 育 を施 すは

に よ っ て各 自の生 活を意 識且っ 拡 充せ しめ

延い て

日の

会 生 活に於け る

地を得しめ る を 目的 と し, 単に知

の みの 開 発に偏 するこ とな く, 動も す れ ば閑 却せ ら る る身 体

育を 重 ん じ全 人 と して の

を 主 眼 として ゐ る。押

 

虚弱児童

た る

体質

改善

健康

進せ し め

せて

精神的

に優

秀、

な るもの と なら しめるの が, 林 間学 校の 保 持 する使 命で ある。」 3D

 

体 質を改

康を

進せ し め 心 身の調 和 的 発 達 (全 人

冶 )を目指 し た と き

上 記の事

の よ う な 厂身 体 教

」の重 視

っ ま り

養 護 的 体

を重 視 した教 育が

指向

さ れ る。 その 典 型 的な事 例が,

ケ 崎 林 間 学 校における教 育で あ っ た。 な お

体 育 教

を こうし た教 育の中 核に

位置

づ けて

経営

した浜

寺林問

の よ うな

放 学

も見 られ た。

同校

は, 「心 身の

各部分

々 々 の能 力や機 関の 発 達 完 成には

定の

時期

1

と が有る (

な るもの が著しく 知 育 偏 重 的で あっ た事

中 略

吾 人は都 市な るが

にと云はざるを

ない。 都

の体

が 逐

低 下 しっ 丶あ (中 略

以 上っ の立 脚 地よ り (中 略

永 続 的に体 育 中 心

或は体 育 基 本 の

教育

を行 」38) なっ たの で あ る   (

2

) 養 護 方 針と体 育

  「

にな っ て

各地

に設

さ れ た

学校

手本

St)」と な っ た

富浦海浜学校

で は

,次

のよ う な養 護 方 針 を掲 げて い た。 「

, 栄 養を十 分な ら しむる こと。 二

運 動 を適 度に実 施せ しむるこ と

休 養を

分な ら し む ること。 四

自 然に親 ま しむること

283

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(6)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty 6 北   与

正 し き

活を な さ しむ る こと。 六,

生 的

良 習

慣 を馴 致 するこ と。 七

,個

別 強

壮法

指 導を なすこ と。 八 , 疾 疾の治 癒を図る こと。」 4の

 

栄養,

動,休養

3

目を

中核

と した養 護 方 針, つ ま り, 養 護 上の留 意 事 項 とも言え るこ れ らの諸 項 目は, 先に も触れ たよ うに, 茅ケ崎 林 間 学 校でも同 じ く重 視されて いたことで あ り, 休

暇集落

経験

参考

と な り

和期

に入っ て

養護

上の 重

事項

と して

定着

して い っ た の であ る。 な お

これ らの諸 項 目は, それ ぞれが個々 に独 立 して と ら え られて い たわ けで は な く, そ れぞれが相 互に関 連 し合っ て いるもの と して と ら え ら れて いたので あ るQ

に運 動 問 題 は

,休養

や睡 眠 問題, あ るい は

栄養 (

食事

) 問 題と深 く係 わるもの と して と らえ られ, 日課 上 で三者の 「合理化 配 合41) 」が十 分に考 慮された。   (

3

) 体 育 指 導の 実 際

 

授 時

 

開 放 学 校にお ける各 学 年 各 教 科 課 程 は

「小 学 校 令 施 行 規 則

十 七 条 に依 る」 とされ て い た が42)

1

3

4

1

40

に軽

さ れ た

内で授 業を行な うこと

かち

週 教 授 時 数は,

公 立 小 学

比 し

7

8

程度少

な か

え ば

,富浦海

浜 学 校 の教 科 目 及び週 教 授 時 数は 「表

2ca

) ,」 のとおりで あ り

,体操科

の公 立

小学

と同じく設 けら れ

毎 週

2

時 間 実 施さ れ た。     指 導 内 容 ・方 法

富 浦海浜学校

目下

般体

意 酎

を 加へ

実施

尚或期間

験的

夕 自彊 術を課 して居る。 本 校の体 育 問 題 十

口 男

八 女

九 男

八 女

九 女 男 九 八 女 男 九 八

 

2 

目及 び週 教 授 数

蠶∵

ll

       簍

      五  八       学       年       第       四       五 七       学       年       第       五       四 六       学       年

       箜

       

四 六

  拿

      年 に就い ては

将来

大に研

を重ね S な ら ぬOP

指導状

況 を

報告

して いる。 ま た

寺林

学校

は,

めの

程は彼

諸種

積極 的

運 動の

機会

るべ

く与

し たの で ある が,

等の

っ て身

的 減 退の傾

があっ たので

) 其 れ 以 後は斯か る体 質の 子 供に対 しては寧ろ消 極 的な る保 健と か衛

生的

に最 も主 力を注ぎ た とひ運 動を させ る につ い て もそ は前の如 く体 力を増 進 すると言ふ

味より も 『体 力を減 退し ない

保護

する た めに』 と

わ っ て

た 45)

指導問

題の

変化

につ い て

報 告

して い る。 っ まり

当 初 め 開 放 学 校にお ける体 育 問 題は

正課で あ れ

活 動であ れ ;あ るい は 日

課 (

活)

上の こ とであれ

,指導

上の

内容

方法

試行錯

誤 的 な

実践

いたのである。 こ う した 実 践の過 程で指

容 ・

方 法 が 改 善され, 昭 和 期に入っ て それ らが漸 次 定 着 して い っ た の であ る。

 

導内

 

こ こ で は

正課 及び課

な わ れ た

体育

的運

動 ,保健衛

的活動

及び

行事活動

284

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(7)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokuriku  University 日本にお け る 心 身障 害 者 体 育の史 的 研

20

報 )

7

つ いて

,茅

崎林

学 校46) , 浜

寺林

聞 学 校 47>

浦 海 浜

学校

)4蜘 ) 及び久 留

米養護

園51) の事 例 を中 心に

観す

る。   (ア) 体 育 的 運 動

 

の醐 ・

, ラジオ

体操漉 手体操

及 び

体欝

 

 

遊 戯 運 動 :固

施 設 遊び

鬼 遊び,

戦争

ごっ こ な どの

輪 投 げ,

登 り

石は

じ き

6

 

 

球 技 型の運

:まりっ き

ま り

闘 球

遊 び

球,庭球

.卓

球, バ ス ケゲ

ル , フ ッ トボ

キャ プテ ンボ

等 6

 

 

 

陸 上 競 技 型の

:両 脚 跳 躍

幅 跳び

,高

跳び

駈 く らべ

 

 

格 技 型の運

:す

う等。

 

 

 

その

彊術,

手 入 れ

動物

飼育

等。

 

LL

上の ように, 開 放 学

における体 育 指

の 内

吸 重 視の徒 手

光 浴

浴を兼ね た散 歩, 慰 安や

精神

的安

を ね らっ た戸

での 自 由遊 戯や

動 物に係 わる軽

作業

の重

にも見 ら

る ように

,軽運動

が主 体であっ た

 

(イ) 保 健 衛 生 的

活動

 

健衛

生 的

活動

と して は,

1

衛 生 的 良

習慣

の形 成を ね らっ

た活 動

,栄養

改 善と健 康の

進 を直 接ね らっ た活 動及 び

  

3

 

芽ケ崎林

間 学 校日

精神衛

生上の効 果 をね らっ た

活動

が 主要な

活動

あっ た       入

 

  衛 生 的

の形 成を ね ら

っ た

活動

,手

洗い

か らだの清 潔

浴,

検 温 等。

       

 

 

栄 養の

改善

健康

進を

接ね らっ た

活動

:間

        }

布 (

冷水)摩

午 睡

深 呼 吸

由遊戯

歩, 肝 油 七 散

歩 ,静

黙想等

 

な お

記の太 陽 燈の照

及び肝 油の投 与は , 栄 養の 改 善と健

の増 進 を

直接

ね らっ た新 しい活 動あり ,

目 す べ き活 動 っ た

 (

事 活 動

行事

活 動と し て

,毎年度

夏 季に海 水 浴,

毎月

あるい は

週 遠 足が実

さ れ, 競 技 会 も

催さ れた。 浜 寺 林 間 学

で       八 投 与, 太 陽 燈の照

射等

       貝

 

 

精神衛生

 

果 をね らっ た

活動

で の

       旦

,隔

曜 日に 「体 育 と遊

相半

する」

競技会

「彼 等の

た し

を散 じ快 活の

わん 」と し 6 た とい う・ な

体踏

蒲 黻

診 断 等の

的 行 事 も定

的に

実施

された。

     

     

 

指 導 方 法

指 導 上の

事項

を中心に

  

   呈

開 放 学

に お け る

の鸚 鹹 観 した とき

の よ

事項

導 上 重 視された。

 

      

      旦

 

(ア〉

総合

指導

重視

285

N工 工

Eleotronio  Library  

(8)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokuriku  University

8

北 野 与

表 4  東京府

久留米養護学

園日課

12)

事     項 摘               要 自 四 月  

  日 至 五 月 三 十

日 自 十 二 月

日 至 三 月 三 十

日 起             床

○ ○

Q

検             温 六 二 〇 六

四 〇 健   康   調   査 六 二 〇 六

四 〇 洗             面

二 〇 六

五 〇 作           業                                

草 花

小 鳥 の 世 話

寮 内 外 の 掃 除

    六

三 〇 七

○ ○ 朝             会 挨 拶

遙 拜

御 制

奉 唱 、 国 櫃

 

掲 揚

  ラ ヂ オ 体 操 七

二 〇 七

五 〇 朝             食 学             習 作             業 昼             食 午           睡 手 洗

默 想

食 事

休 息

含 嗽 散 歩

昆 虫 植 物 の 採 集 、 自 由 運 動

雨 天 の 時 は 昆 内 遊 戯 レ コ ー ド 演 奏 又 は ラ ヂ オ 聴 取 日 光 浴       八

OO

自     八

五 〇 至  

四 五     = 700 自    

OO

至   二

○ ○    

三 〇 自     九

二 〇 至   二

三 〇    

○ ○ 自    

○ ○ 至     二

○ ○ 検             温 二

○ ○ 二

○ ○ 学             習 運             動 身 体 検 査

雨 天 は 太 陽 燈 照 射 自     二

二 〇 至     三

○ ○ 自

  二

二 〇 至     二

五 〇 間             食 作 業

  自 由 学 習 花 壇 手 入

校 舎 内 外 掃 除

書 貸 出       三

〇 自     三 二 〇 至     四

○ ○       三

一、

○ 自     三 二 〇 至     四

○ ○ 入             浴 自   由

  時   間 国   旗   降   納       三

三 〇 自     四

〇 至     六

五 〇       四

○ ○       三

三 〇

°

自     四 二 〇 至

五 〇       四

○ ○ 夕             食 レ コ ー ド 演 奏

又 は ラ ヂ オ 聴 取 五

三 〇 五

三 〇 自 由 学 習

夕 の 集 り 通 信

田 記 七

○ ○ 七

○ ○

検             温 就             床 七

五 〇 八

○ ○ 七

五 〇

○ ○

 

総 合 的 指 導とは

くは, 教 育

訓 練の 三

指 導意 で あ , 狭 くは, 先に述 べ

養護

上の

々の

事項

が 「

3

5v 」 及び 「

4

で も

し た よ う な 日課の

に取 り入 れら れ

そ れ ぞ れ を関 連あ る活 動と して

ら えて

指導

する

で あ る。 この

導は

,指

導 上の

え方で ある と も言え るが,

々 の指 導が相 乗 的 成 果を生む もの と して総 合 的に 指

する とこ ろに

徴がある。

 

「規 則 正 し き生 活, 充

な る睡目

動,

然に親 しむ事 等は児 童の食 欲 を 振 起し

の吸

良好

な ら し め る

剛 (

富浦海浜学校)

と い う と ら え

な ど は

こ の

指導

した

事例

え る

ろ う。

 

(イ)

別 指 導の徹 底

 

体 育 運 動を

め たすべ て の身 体

活動

個々

の その 日 その

健康状態

に即 して

,軽減

や免 除などの弾 力 的な指 導が な さ

た。 例えば, 茅ケ崎 林 間 学 校で は, 「発 熱 また は微 熱 あ 惹

体操科

,朝

吸,午後

遊戯 ,散歩

を以て これ に

5S)

あるい は 「

健 康の程 度 」に よ る 「

ABC

の三組に区 別して」の

指導 (

A

健康

児に近い

徒 (

B

なお注 意

要 する生

体操

如 き も手 加 減 を 加 え (中

C

は最

病 児に近い

弱 児で に微 熱のある こどもな どです。 こ の組の生 徒は体 操 も散

程 度 しか させ ませ ん。」 SS) )

286

N工 工

Eleotronio  Library  

(9)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty 日本に お け る 心身 障害者体育の 史的 硯 究

20

報 )

9

な ど

個 別

指導

ら れ た。   (ウ) 自発 性

主性や興 味を尊 重し た指 導

 

病弱教育

で はJ 虚

弱性

病弱性

克服

健康

増進

る た め に,

が そ れ ぞれ

自発

的 ・ 自主 的に生 活 活 動をよ り充 実 し たもの に して行 くことが基 本と な る。 開 放 学 校で は, 「児 童の

動を重ん じ」た指

, こうし た指

連 して , 児 童の 「

興味

」 を 大 切に した指 導が

さ れ たの で あ る5脚 ) 。

3

  特 別 学 級におけ る体 育 教 育

 

大 正 末 期 頃には, 就 学 率 も高ま り, 小 学 校で は身 体 的 虚 弱 児が顕 在 化 する。 他 方, こ うした 児 童を

対象

と し た

集落

の成

評価

さ れ るよう に な り

その発 展と並

して虚

児の た め の

学級

設 置の気 運が

まる。

 

先に述べ た

13

1924

) 年に おける文 部 省調査ng) っ いて 若 干 付記 して 当初の実 態を知 るこ とにする。 同

年,

虚 弱 児に対 して 特 別な取 り扱い を して い る学

は, 全 国

30

000

校 中

1

315

であ り

「大

都市

を含む

東京 ・大

・兵庫 ・神奈

・愛知

等が最も

 (

略)夏

体育、

実施

況と, 非

によ く似て」おり,

い を

くして い な い

県は 「

富山

長野

, 滋 賀の 三県の み 」で あ っ た。 ま た

虚 弱 児の年 齢は

小 学 校 児 童が主であっ た。 その 「身 体の 異 常は

学 校に依 り多 少の相 違は あるが (中 略 )

般 的に は

体 虚 弱児 童 と して は,

1

貧血

2

3

栄 養 不 良,

4

肺 心 臓の軽 度の疾 患,

5

神 経 質,

6

其 他 特 殊の原 因な く して筋 骨 薄 弱 者

」で あっ た 。

教授

意さ れた

事項

は, 「

宿

題を

免 除

するこ と N ,

学科

に対 する 自

習復習

を,

ひざるこ との二 つ 」で あり

,養

護 上で ぽ

,体操

軽減

ま た は

免 除,

足等

事 活 動の軽 減ま た は免 除

休 憩

の運

動統

浴, 温 泉 浴 等の奨 励

にっ いて の学 習 指 導で あ

5

た。 こ の調査 報 告は, 最 後に そ の教 育 的 効 果にっ い て , 「何 れ も多 少の効

は認めてゐ る」が

して云へ

れの

学校

も,

充分

効果

げて

な い」と

評価

し て お り, 十 分な

む た めには

,常設林間学校

集落

と並んで

特別学級

必要

であ り

その 「

教育方

法 」にっ いて は 「野 外 教 育の理

を応 用 」 する こと を提 唱して い た。

 

こ の

部 省の 調 査 時に は 既に虚

対象

と し た

学級

を設 置してい た

校も見ら れ た。 先に述べ た福 岡 男 子 尋

常高

等 小

学校

6D) 及び大 阪

府池

田 師

学 校

属 尋

常小学校

61) にお ける

別 学

級ぶ

そ れであ る。 両 者の

教育

体育的

視点

か ら

め た と き

,先

に述べ

Vc

共 通

それぞれ 特 徴が見 られた。 すな わ ち, 前 者は

六 回

分宛

毎日課スル

分割方式

採用

体操

二 重 き

き之二 遊

ズ加 さ 」 た

体育

重 視の積 極 的 養 護 を 強 調 し, ま た, 後

は, 蛔

卵の駆 除,

弁 当

飲料水

につ いて の配

慮 ,疾

病の

や予

へ の 配 慮

衛 生 重 視(

ρ

消 極 的 養 護 を強 調た のである。

 

こう した

前史

的 動 き が あっ て , 昭 和

年にかけて

弱 児

対象

の特 別 学 級 が

本格

的に設 置され てい っ たの で あ る

 

(1 )

大 正

末年

か ら

昭和初

学級

 

こ の

時期

にお け る

虚弱

象の

別 学

編成状

況にっ い て は

3

1928)

の 文 部

に よる調 査 報 告で概 略 明ら かに さ れて いる。 その 調 査

報告

にょれ ば

5

  ee) 」に も示 し た よ う に, 特 別 学 級の設 置 県は

3

8

県であ り, 学

校数

18

, 学 級

27

学 級, 児

童数

986

1

年 及び

2

年 児 童

対象

学級

く, その

称 も

々 で あつ た。

入 児 童の種 別は,学

によっ

287

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(10)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokurlku  Unlverslty

10

北   野   与 て

多少

相 違が見ら れ た が, 「

般 的に は腺 病 質,

                             表 5

良,

貧血

,胸郭

異 常 其の 他 特 殊の原 因な くして筋 骨の 薄 弱な るもの等63) 」であっ た

  各学級

にお ける

般 的

,次

の よ うであ っ た。 教 授 上で は, 「宿 題 の軽 減 又は免 除 及び家 庭に於 け る復 習 を 強 ひざるこ と,

毎時

限に

ける

間は普 通 学 級の如 く

定せず, 学 科の 種

, 季 節, 身心の状 況 等を考 慮 して適 宜 短 縮せ るこ と,

新鮮

な る空

供給

的 を以て 屋

外教授

en)」 な うこと が主 要な配 慮で あっ た。 養 護 上で は, 新

な空

や 日

に浴さ せ な が ら 「身 体を練 り」 「直 観 教 授 」 を 行なうこと

別 的に

体操

指導

するこ と

」,

牛乳或

は栄 養 食を供す る」

食 事や清 潔 等の衛 生 的 習 慣 形 成の ための指 導

疾 病の予 防 と治 療 等 が

家 庭の協 力の も と で

指導

さ れ たes) 。

 

こ の調 査 以 降特 別 学 級で も

) 上 記の諸 事 項が重 要な 指 導上の配 慮 すべ

事項

として

り扱われた6S) 。 こう し

た事 情を踏ま え な が ら

以 下 体 育 的 諸 活 動 等につ い て 討 を 加えて い きたい。       学 級の教 育 方 針

 

特 別 学 級の

で あっ て も そ の 目的は 普 通 学 級の 目的と変 わり はな い。 しか し, 対 象の児 童が虚 弱 児 と い 開 放

学級数,

該 級

入児 童

及び学 級 名 称 A 福 高 岡 石 福 滋 奈 兵 大 京 東 口 計 岡 知 山 川 井 賀 良 庫 阪 都 京 八 ニ

ー一 一一

二 ニ

四 七 三

亠一 一一

四 二 五 五 府 県 学 校 数   学 級 数 四 〇 八

三 三

七 五

1

六 男 九 二 五 八二 四 四 六 七 〇  

一.

E ’

           二 七 三

三 二 ニ

ー 一

七 二 四 六 女 七 六 三 八 五

九 九五 三 〇 八 九

       

   ニ

ヒ 五三 四 三 五 七 四 二 計 六 八 八 六 七 五 三 五 二 三 〇 九 養 護 学 級

開 放 学 級

養 護 学 級 桜   組 保 護 学 級 養 護 学 級

薄 弱 児 学 級 研 究 学 級 身 体 薄 弱 児 学 級 児 童 数 学 級 名 称 うこ と か ら

,特別学級独 自

された

的 が

存在

し た。

えば!

t東京市鶴

小学校

護学級

では

,体質

改善

し,

健康

にすることを

学級教育

目的

掲 げ

67) ce) , ま た, 同

市麹

町 尋

小 学 校の

室で は

「健 康ノ増 進ヲ図ル ト共二

衛 生二 関ス ル思 想 ト習 慣ノ啓 培 トニ 努メ ,

相当学年

教育

ヲ ナス 69)こ とが

,学級

教育方針

であっ た

 

昭 和

6

1931

) 年 開 催の第

1

回 虚 弱 児 童 養 護 施 設

習 会で演 者 らが

「正 規の教 育 を 施 しな が ら

身体

増進

る7°) 」 こ とを

主唱

し,

以後

, こ の

教育

施 す

こと

と 「

身体

健康増

進 を

ること

の 二

要素

的 と して定 着 する。 なお, こ の 二要 素 は, 教 育 と

護に係わ るこ と か ら 虚 弱 児 教

に 「

教養

71) 」と も呼

し た。

 

  日

体育

的 活 動

 

先にも述べ た が

,福

岡 男 子 尋

常高

小学校

特別学級

で は

桜 井

士の 指 導の もとで

週 三

間ア ル 体 操 時 間ヲ六回に

ケテ三

十分宛

毎日課ス ル 72)

分割方式

用 してい た。 そ の理 由は

薄弱

児 童ニ

ケ テ

体操

ヲ サ セ ル時ハ 運 動ガ過 度二 亘 リ テ疲 労 惹 起 ル カ ラ デア ル シ テ体 操ハ

出来

ル モ ノデアル カラT3)」 で あっ たQ

具体

的に は 「修 身 ト

歌 トニ

操ヲ加ヘ テ修 体 唱 体トシ テ毎日課シ 7 円 たの で あ る。 こ の福 岡 男 子 尋 常 小

校で実

さ れ た毎 日

しずつ 課 す

短縮

型の

分散方式

げた 「

表 6

び 「表

7

,e) , ある い は先に掲げた 「表

1

」も示 すよ うに, 昭 和

年の

学級教育

り入 れ られてい っ たの である

288

N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(11)

Hokuriku University

NII-Electronic Library Service Hokuriku  Univelsity 日本に お け る 心身 障 害 者 体 育の史 的 研 究 (第

20

報 )

11

曜 月 火 水 本 金 土 表

6

 

eg

− ’

時 修 身

体操 唱歌

体操 修 身

体操 修身

体操 修 身 ・体 操 唱歌

体操

東京

市 鶴 巻 尋 常 小 学 校 養 護 学 級 時 間 割 (昭 和

2

年 度 ) 第二

時 読 算 読 算 読 図 方 術 方 術 方 画 第 三 時 算 読 手 読 算 読 術 方 工 方 術 方 第四時 郊 外 学 習   同   同   同   同 自由作業 表

7  東

麹町 尋

小 学

開放 教 室

間 割 第五時 自 由作業 綴     方 書    方 自由 作業 書   方 自由作業

6

年度)

第  

  時 第  二  時 第  三 時 第   四   時 第  五  時 第   六   時 第  七  時 時

 

  曜 自八 時 至 八時 四十五分 自九 時 至九時四十分 自十時 至 十 時 四 十 分 自十塒 至十

時三十五分 自

ト 時三十五分 至○ 時 三十 分 自○時三+分 至二時二十分 自二時三十分 至三時 十   分 月 検温

検脈

便 通 検査

修 清潔検 査 默 想

    算 体      読操

深 呼吸 書 洗 手

ロ腔 清 掃 昼食

整頓

含 嗽

肝 油服 用

自由遊 戯 ・

洗手、 含嗽、 間 食

口腔 清 掃

退 散 火 〃 〃      算 默 想 〃      読 呼 吸

  〃 太 陽 燈 照 射 午 睡 自習 遊 戯 〃 水 〃

      読 〃 〃      算 体  操       算

深呼吸

書 〃 公 園 散 策

午睡

自習

自 由遊 戯 等 〃 木 〃

      清 潔 検査 体 深 呼吸

  読 唱

図 午睡 自習 遊 戯 等 〃 金

      算 默 想 默 想

    読 體 操      読

深 呼 吸

書 〃         午 睡 太 陽 燈   自習 照  射  遊 戯         等 〃 土

      〃 手 〃         読 〃 所 持 品 其 他 日光 消毒 〃    退 散

 

なお

7

」 も示 すよ

うに

,体

操 (

操吻

,軽体操

7a)

だ け

な く

,黙

想や

深呼吸等

も加えて実

し疲 労 め除 去や気 分 転 換に努め た。 さ らに午 後には, 小 遠 足 や 自然 観 察を兼ね た 戸 外 学 習, ある いは散 歩

遊 戯 が 実 施 され た。 こ の ように , 特 別

級にお ける

育 的

活動

は, 正 課と して, あ るい は

他教科学

習とも

ん で意

的に

実施

さ れ たの であ る。

 

 

指導内容

 

.体

 

大 正

15

1926

) 年

5

月, 改 正 学 校 体 操 教

要 目が公 布される。 小 学 校

の 指 導 内

体操,教練 ,

」か ら 「

体操,

練 ,

戯 ・競技

」へ

さ れ る 。 この

遊戯

競技

は, 競

争遊

歌遊戯

, 行

進遊戯

技 ・

跳 技 及び

投技

, 球 技に分 類 さ れて い た。

正 後

これ ら の指 導 内 容が, 「生 徒 児 童の

身の発 達 」や 厂運 動の

性質

」 を考 慮 し, 「循 環

進の方

」に

沿

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N工 工

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参照

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