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〈研究ノート〉文法指導における内容語・機能語導入の試み ̶ 発音・意味の観点から*̶

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1. はじめに

 わが国における英語学の歴史は、斎藤秀三郎(cf. 竹下 2011)の時代に遡る。20 世紀初 頭、ヨーロッパでは現代へと繋がる伝統文法の巨匠 Jespersen, Sweet, Onions らが活躍し ていたが、大正時代には斎藤の薫陶を受けた市河三喜(cf. 竹下 2011: 50-51)、戦後一世を 風靡した学習参考書『英文解釈教室』の時代まで長く受験英語を支えた山崎貞(cf. 伊藤 1997)が活躍する。戦後、アメリカ言語学における構造主義言語学、生成文法、認知言語 学などの変遷の影響を受けつつ現代へ至る(cf. 八木 2007, 山梨 2000)。最新の言語理論は 英語教育にも影響を与え、「英語母語話者のイメージ」を重視する参考書(大西・マクベ イ 2009、田中・佐藤・阿部 2006)には意味論的アプローチが見られる(cf. 谷口 2011: 63)。同時に、近年では斎藤秀三郎のイディオモロジー研究の見直し(cf. 八木 2007, 2011, 斎藤 2015)、「山貞本」の復刊(佐山 2008)など、大正時代の先人達による研究が見直さ れつつある。その一方で、学習参考書においては、関(2008, 2012)などに代表される、 学校文法の難点を「わかりやすく」解説するアプローチが人気を誇っている。管見の限 り、英語教育の領域においては、英語教材の「わかりやすさ」に関する研究、教育効果の 検討は十分に行われていないと考えられる。  本稿は、英語教育における英語学の活用を意図するものであるが、両者の間にはある種 の隔たりが存在する点にも注意が必要である。例えば、言語変化のような言語の動的な (dynamic)側面(cf. Mair 2004)を研究するにあたっては、「言語は、こうである」とす る「記述文法(descriptive grammar)」の立場がとられる(cf. 『英語学要語辞典』p. 183)。一方、言語を教育する場(具体的には教育という場面)においては、「言語は、こ う で あ る べ き だ 」 と い う、 い わ ゆ る「 学 校 文 法(school grammar)」「 規 範 文 法 (prescriptive grammar)」の立場がとられる( .)。以上のように、同じ言語を扱うも のであっても、(i)言語分析、(ii)言語教育、という立場の違いにより、言語に対する捉 え方は異なる。言語学と英語教育の関係は「基礎科学の応用科学に対する寄与という形で 表現することができる」(安井 1963: 144)とされるが、果たして現状はどうだろうか1 (i)(ii)の立場は矛盾しているように思われる2。その証拠に、わが国において(i)を生 業とする研究者は(ii)に携っていることが多いが、分析者としては「言語は変化してい

林 智昭

̶ 発音・意味の観点から *̶

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くものである」という性質を受け入れつつ、教育者としてはその前提をひとまず差し置い て「言語はこうあるべきだ」と教授せねばならない。記述文法・規範文法(cf. 鈴木 2013)の間にみられるような、言語研究者が同時に立脚する分析者・教育者としての矛 盾、即ち「英語学と英語教育の乖離」という問題があるのである。  本研究では、冒頭に述べた英語教材・学習参考書などにおける風潮も踏まえた上で、英 語学・英語教育両者の関係性を改善し、互恵的な形をもった教材づくりの方向性を模索し ていきたい。同時に、英文法を「わかりやすく」提示するアプローチとしての妥当性につ いても、英語を苦手とする受講生の立場から評価を行いたい。具体的な手順として、事例 研究として「品詞」の導入を行い、英語の発音上の問題との関係性(i.e.「内容語」vs.「機 能語」)を言語学の枠組みに基づき整理し、教材としての妥当性を検討した。中学英語、 高校英語の検定教科書においては、管見の限り「文法と発音」の関係性に関する説明は十 分に行われていないものと考えられ、両者の関係性について受講生が言語への理解を深め る機会となることが期待される。調査の手順として、まず、(i)英語学研究における分析 において行われた「品詞」の分類に基づき「内容語・機能語」の分類に関わる文法指導の 授業実践を行った後、(ii)その導入内容に関し、受講生への聞き取り調査を行い、その 内容、体系性、複雑性、明瞭性、(従来の指導において提示されたものに対する)新規性、 などに対する評価を実施した。以上を通し、本研究では英語学体系を活用する利点と問題 点を浮き彫りにしたい。そして、英文法体系の概念を英語教育においてどのように扱うべ きか、検討を通して言語学からの応用の可能性を考える。 2. 「品詞」をめぐる問題  本節では、英語学における「品詞」の分類を概観するとともに、英語教育との関係を論 じた葛西(2003)を参照し、その要点と英語教育における問題点をみる。  まず、安藤(2005: 5)の定義をみよう。安藤は、英語には 50 万を超える語が存在する が、それらは形式、文中の働き(機能)より 8 つの「品詞(parts of speech)」にまとめ られると述べる :

(1)  名 詞(noun)、 代 名 詞(pronoun)、 形 容 詞(adjective)、 動 詞(verb)、 副 詞 (adverb)、前置詞(preposition)、接続詞(conjunction)、間投詞(interjection)

( .: 5-6)  葛西(2003: 140)では、「a book の book は名詞、beautiful はものの様子を表す形容詞」 というような基準は、以下により決まるとされている。

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(2) a.(文字で表された)形(態)(一義的には「音」) b. 意味(例 : 感情を表す単語、乗り物を表す単語)

c. 機能(文の中で、主語・目的語など、どれになるか) (cf. .: 140-141) 品詞の決定に際しては、上記 3 つのうち、複数の基準が用いられるという。例えば、動詞 は(2b)に加え、(2c)として人称・数・時制・法により go, goes, went と形を変える。 形容詞は、(2b)に加え、(2c)として、比較変化で long, longer と形を変える。つまり、 動詞、形容詞という品詞の決定に際し、ここでは複数の基準が用いられている、というこ とになる3

 また、葛西(2003)は、品詞分類の難しさを示す例として、同一の形式 under the desk に関し、以下を挙げている:

(3) a. I the book under the desk. [副詞] b. under the desk is not mine. [形容詞] c. Under the desk is a nice place for a cat. [名詞] d. The cat came out under the desk. [名詞] ( .: 142; 斜体部分は筆者による) 葛西によれば、下線部 under the desk の品詞は、斜体(イタリック)部分との関係によ り決まる。例えば、(3ab)では斜体部を修飾しており4、(3d)は前置詞 from の目的語で ある。また、(3c)は文の主語であり、文の主語となるのは名詞の働きであることから品 詞が決まる。ここでは、以下により品詞が決まっている :(i)「となりにどんな単語がく るか」、(ii)「どんな脈絡にでてくるか」、(iii)「そのときの働き・機能」( .: 142)。品 詞の決定においては、語の意味よりも、文中における働き・機能が優先される( .: 143)。  では、このような品詞という概念を、英語教育に導入する利点はどこにあるのだろう か。葛西(2003: 139)は、「品詞」は単語につけられた「∼詞」というラベルであり、似 た性質を持つ単語を集めることによって「文法」という「ことばにみられる法則」を探す ための第一歩である、としている。品詞分類そのものに目的があるのではなく、book, boy などと個々の語をあげるよりも「名詞」という言葉を用いる方が、文法の説明がしや すい、と述べる( .)。

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3. 本研究の主眼と研究課題

 本稿では、「品詞」分類に関し、発音との関係性を念頭に置き、いわゆる「内容語 (content words)」「機能語(function words)」の観点から導入を行った授業実践を報告 する。調査内容の報告に先立ち、ここで本研究の問題意識と立場を述べる。本節の構成は 以下の通りである。第一に、先の議論を踏まえた上で、本研究が考える「品詞」分類に関 する問題点を述べる。これは、本授業実践においても十分に盛り込まれている内容であ り、本研究の主眼である。第二に、英語学(または言語学)、英語教育に対する本研究の 立脚点を述べる。その後、具体的な調査内容について、概要と焦点を示す。 3.1 本研究の分類における焦点  葛西(2003)における記述からも、品詞というラベリングは、英文法を理解する上での 手がかりとなる分類であると予想される。確かに、「品詞」は、様々な学習参考書、英語 教材などにおいても扱われているトピックである。しかし、本研究の立場では、敢えて、 以下の点を問題にしたいと考えている。すなわち、品詞という概念に関しては、学習参考 書などにおいて「品詞」は所与のものとして存在している、という点である。「なぜ、品 詞という分類が存在するのか」という、品詞分類の意義に関しての説明が行われている場 面はみられない。さらに、発音との明確な関係性、すなわち、いわゆる「内容語」「機能 語」の区別についても、十分に触れられていない。具体的な調査内容の説明において、再 度言及することとなるが、本研究では、これらの内容を提示しつつ、品詞分類の導入を行 うこととなる。 3.2 本研究の立場  本研究では、冒頭において述べた潮流を鑑み、以下の立場に立脚して調査を行う。 (4) a. 学習英文法との整合性の保持:言語学研究の知見を踏まえつつも、学習英文法、 学校文法における体系性、学習の順序などを視野に入れた記述・説明を目指す。 b. 言語学と英語教育の乖離の解消:英語学研究の知見を踏まえつつも、英語教育の 観点からみて、学習者目線から「できるようになるための、わかるような説明記 述」(松井 2012: 91)を目指す。 以上を念頭に、言語学の知見に基づく意味・発音上の特徴を扱う品詞体系の構築を提案し たい。

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3.3 調査の概要

 本研究では、前節で述べた方向性を踏まえつつ、(1)を参照した、言語分析において行 われた文法化の「脱範疇化の cline(cline of categoriality)」を援用した分類(林 2013) に基づく品詞体系の構築を提案する5。「脱範疇化の cline」とは、あらゆる機能語(代名 詞・前置詞・接続詞・間投詞・冠詞)は、内容語(名詞、動詞)に起源を持つ、という Hopper and Traugott(2003: 107)による言語変化の方向性を示した仮説である。例えば、 冠詞 a は、内容語 one を起源にもつ、といった変化がある(cf. .: 119)。この枠組みが 扱う「文法化」という言語変化においては、内容語から機能語へのカテゴリー(品詞上の) 変化に、音韻縮約と呼ばれる発音における摩耗を伴う(cf. Hopper and Traugott 2003, 林 2013)。従って、「脱範疇化の cline」は、発音上の変化も念頭に置かれた枠組みであると も考えられる。  「脱範疇化の cline」は言語変化の方向性を提示したものだが、これを品詞分類に援用し た研究(林 2013)がある。本稿が報告する授業実践においては、林(2013)を援用し、 内容語・機能語といった概念とも関連づけ、意味・発音上の特徴との関係も視野に入れた 品詞体系の構築を目指した。これらを援用することにより、先に 3.1 節において述べた品 詞分類と発音との明確な関係性を考慮した分類を提示することが可能となる。さらに、導 入に先立ち「なぜ、品詞という分類が存在するのか」という、品詞分類の意義を述べるこ とによって、それらが学校教育においてどのように扱われてきたか、に関する受講生の素 直な体験談も調査することを目指した。そして、上述の品詞分類を導入した授業実践を 行った後、アンケート調査を行い、(4ab)において述べた 2 つの観点から、受講生によ る「学習者の目線による評価」を実施した。以上により、本稿が提示する枠組みに対す る、学習者目線による客観的な評価を試みた。ここでは、学校文法との関わりを調査する ことを意識した。  次節では、本研究が提唱する品詞分類の要点となる、「脱範疇化の cline に基づく品詞 分類」について述べるとともに、授業実践において意識した点について述べる。 3.4 「脱範疇化の cline」に基づく品詞分類(Appendix「品詞の見取り図」)  本研究では、言語変化に見られる、語彙項目(内容語)から文法項目(機能語)への品 詞カテゴリー間の変化(文法化における脱範疇化)を扱う枠組み「脱範疇化の cline」 (Hopper and Traugott 2003: 107)に基づく分類(5)を援用した。

(5) a. 名詞・動詞 [major category / 内容語] b. 形容詞・副詞(現在分詞、過去分詞)

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c. 代名詞・前置詞・接続詞・間投詞・冠詞 [minor category / 機能語] (林 2013: 133) 本研究では、内容語にはアクセントが置かれやすく、機能語にはアクセントが置かれにく い、という音声学上の特徴に着目し、分類を行った6。分類の詳細および授業において提 示されたスライドは、Appendix「品詞の見取り図」を参照されたい7。ただし、この「見 取り図」においては、英文法を「わかりやすく」提示する必要性を考慮し、(5)の分類に 修正を加えている。例えば、間投詞については、(5c)の観点からは機能語であるが、発 音上の特徴を考慮すると、強勢が置かれる(スライド 5)。従って、受講生の混乱を回避 するため「見取り図」から除外している(cf. スライド 1, 7)。  授業実践においては、まず 「品詞の見取り図」を提示した後、(5)の観点(①「意味」) から、(5ab)を内容語(特徴は「屈折変化する」)、(5c)を機能語(特徴は「屈折変化し ない」)として提示した8。その後、音声学的な観点(②「発音」)から、さらなる位置づ けを行った。 3.5 調査方法  調査においては、Appendix の内容に関し、筆者が担当する講義の受講生 25 名(有効 回答数)による学習者の視点に基づく下記の評価(6)を実施した。 (6) a. 調査 1:品詞の分類(スライド 1) b. 調査 2:①発音、②意味の観点による分類(スライド 2-5) 各スライドを用いた解説を行った後、その都度、以下 4 項目に関して、受講生へのアン ケートを実施した :(i)わかりやすさ(または、わかりにくさ)、 (ii)「新たな視点」は提 示されていたか、(iii)これまでに体験してきた英語の授業における内容との相違点、 (iv)その他、感想・疑問点、改善すべき点など。(i)(ii)については、○(わかりやす い)、×(わかりにくい)、△(どちらともいえない)の選択式、(iii)(iv)に関しては自 由記述とした。また、(i)(ii)の各項目に関しても、コメントを自由に記述してよく、気 付き、感想、思ったことなどがあれば、積極的なフィードバックの記入を依頼している。 なお、記入に際しては、講義開始時にレポート用紙を配布し、そこに全てを書き込む、と いう形をとった。

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3.6 授業実践における工夫  筆者の担当する大学 2 年生を対象とした英語のクラス(理系)の受講生 25 名に対し、 本調査は行われた。学期終了時における TOEIC Bridge のクラスにおける平均スコアは 111 である。なお、彼らは英語を非常に苦手としており、授業実践においては、内容の 誤った理解が生じる可能性が高い9。そのため、個々の自由コメントシートへの記述に対 して回答を行うとともに、誤った理解が見られる点に関しては、後日クラス全体へフィー ドバック(「顕在的フィードバック」; 栗田 1997)を実施した10。Appendix においては割 愛したが、実際の講義では、(1)の各品詞についての簡単な説明と補足も行っている11 なお、普段の講義においても、発音・強勢の解説、発音練習を重視している12。さらに、 (6b)調査 2 の「①意味、②発音」の解説においては、「英語も生きている(変化してい く)」という言語の動的側面への意識を喚起させる可能性がある、という報告(林 2016) の知見も参照し、言語変化という観点から黒田(2011)の研究を紹介し、名詞・動詞など の言語変化が激しい品詞、といった特徴も述べている。 4. 結果と考察 4.1 調査結果  ここでは、調査結果について述べる。まず、選択式調査(i)(ii)の結果は、以下(7) の通りである。数値は、各質問への回答数(名)、割合(%)を記載している。 (7) a. 調査 1:「品詞の見取り図」  (i)わかりやすさ:○ 19 名(68%)、△ 3 名(9%)、× 3 名(9%)  (ii)新たな視点の提示:○ 16 名(64%)、△ 5 名(20%)、× 4 名(12%) b. 調査 2:①意味、②発音の観点による分類  (i)わかりやすさ:○ 14 名(56%)、△ 7 名(28%)、× 4 名(16%)  (ii)新たな視点の提示:○ 18 名(72%)、△ 4 名(16%)、× 3 名(9%) 次に、自由記述に基づく調査結果を(8)に示す。 (8) a. 調査 1:「品詞の見取り図」   「見取り図」は「わかりやすい」と好評であった(9 名)。用語については、「屈折」 は 4 名、「内容語・機能語」は 8 名が初めて聞いたと書いていた。「品詞と発音 (アクセント)の繋がりを初めて聞いた」という言及もみられた(9 名)。「屈折」 に関しては用語の難しさを指摘する声(1 名)もあった。

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b. 調査 2:①意味、②発音の観点による分類   ②「発音」については概ね「わかりやすい」との傾向であった(8 名)。一方、① 「意味」には「わかりにくい」という指摘(3 名)もあった。1 名から、提示方法の 改善に関する指摘13があった。 4.2 考察  本調査のアンケートを集計した結果、(9)が観察された。 (9) a. 品詞とアクセント(発音)の関係性は、学校文法においては、教授されていない 傾向がみられる。 b. 内容語・機能語の関係など、品詞体系の枠組み(概要)の提示を最初に行うこと の意義、視認性。 c. 文法用語の提示が混乱を招いた可能性があり、検討と改善の余地がある。 d. 調査 2 に関して、「言語変化」という話題が興味を喚起したという点は否めない。 まず(9a)に関して、(ii)および(iii)の自由記述から、概して、品詞とアクセント(発 音)の関係性に関しては、これまでの英語教育(中学、高校)においては教わる機会がな かった、という回答の傾向が観察された。すなわち、学校教育においては文法の教授に主 眼が置かれている、ということである14。ただし、本調査の参加者は限定的であることか ら、本記述に普遍性を見出すことはできないが、少なくとも義務教育においては他の英語 レベルの学生と等しく教育を受けてきたことが予想される。つまり、義務教育に関して は、品詞と発音の関係性は教授されていない可能性がある。  次に(9b)に関して、これは、(7ab)にみられる、「品詞の見取り図」に対する全体的 な評価が示唆するものである。この表の提示を最初に行った点に関しては、全体的に好評 であった。ここでは、「最初に概要(授業内容の大枠)を示す」という発想が受講生の理 解の一助となった可能性がある。「品詞の見取り図」に関しては、今後この図式を出発点 に、さらなる修正を重ね、活用していくことが期待される。  次に、(9c)に関してだが、これは、(8b)に示した回答から推測されるものである。 特に、全体的に多くの文法用語を用いたスライドが、受講生に対して難解な印象を与え、 混乱を生じさせかねないものであったという点に関しては、本研究において再検討・改善 の必要がある点である15  最後に、(9d)に関して、本研究の授業実践においては「内容語は、語彙的に『開かれ た』カテゴリーであり、次々と新たな語が誕生していく。一方、機能語は、比較的『閉じ

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た』カテゴリーであり、新たな語がなかなか生まれにくい(cf. Hopper and Traugott 2003: 107)」という話を行った(スライド 3)。このときに紹介した「ワロス系統図」(黒 田 2011)などに関する言語学的分析の話題が、受講生の興味を喚起したという点は否め なかった16。言語変化の話題は、本調査が対象とした「品詞」に関わるものではないとい う点から、調査 2 からは、本研究が提示した品詞分類の教育的効果が十分に測定可能であ るとは言いがたい。従って、「品詞分類」のみに提示項目を絞った調査が必要であると思 われる。 4.3 教育的示唆  本研究の調査結果を通して示唆される最も重要な点は、学校文法における「発音」と 「文法」の乖離であると考えられる。学校教育においては「文法」は提示され、「発音」と は切り離されたものとして感じられている、という傾向が受講生への聞き取り調査を通し て判明した。実際には、両者の間には繋がりがあるといえる。そもそも、我々日本人の母 語である日本語の学習順序を考えても、文字情報を習得する小学校入学時の年齢において は、母語話者は既に音声情報を習得し、会話が可能である。一方、外国語として初めて両 者に触れる学習者は、どのようにすべきであろうか。このような点に関しては、第二言語 習得などの知見を参照しつつ、今後さらなる検討が必要であろう。  また、両者の関係性は新鮮と感じられた一方で、混乱が生じる原因ともなったようであ る。文法用語の提示が混乱を招いた可能性が高く、各概念・用語の適切な教授、提示方法 を慎重に検討していく必要がある。 5. おわりに  本研究では、授業実践を通し、言語分析に用いられた「脱範疇化の cline」(Hopper and Traugott 2003)に基づく品詞分類による分析を行った林(2013)を援用し、内容 語・機能語の概念とも関連づけ、意味・発音上の特徴を含めた包括的な品詞体系の構築を 目指した。学習者目線から提示された「品詞」体系の構築を目指すことによって、(i)体 系性、正確性、(ii)学習者にとっての「わかりやすさ」(cf. 関 2008, 2012)を両立する説 明、という方向性を提案した。無論、本研究のアプローチには、今後のさらなる改善が望 まれるのは言うまでもない。上記(i)(ii)の両立に関しては、以下に留意する必要があ る: (10) a. 関(2008, 2012)などの「わかりやすい」を目指す学習参考書では、過剰般化とな る恐れがある(cf. 林 2016)。

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b. 学習英文法における「文型」の提示においても、検討の必要がある。 (10a)は、本研究のアプローチも留意すべき点である。例えば、「現在形=過去・現在・ 未来形」(関 2008: 16)といった分類は、現在という発話時以外にも用いられる、という 「現在形」の性質を理解する一助となるかもしれない。しかし、この説明を通して理解す ることにより「現在形」の各用法を使い分けるための言語運用能力の向上が果たされると は考えがたい。(10b)に関しては、葛西(2003: 124)において、

( )という例文が挙げられている。この文は、SV, SVC, SVO, SVOO, SVOC の 5 文 型にあてはめて考えるのが難しい。SVCC などといった分類を導入すると、正確な説明が できるようになると思われる一方で、学習者には混乱が生じかねない。英文法の説明にお いては、規則を簡明に提示する必要性がある一方で、分類を簡明にする作業は説明の正確 性を欠く、という結果を招きかねない。葛西(2003: 117-127)が指摘するように、5 文型 それ自体が多くの矛盾を含むものである。今後、本研究と同様の観点から、最適な導入方 法の検討を行う必要があると思われる。  最後に、課題と展望を述べる。本研究は、言語学の立場からの試みであるが、今後は以 下の観点から検討が必要になると考えられる :(i)英語教育研究(理論的研究、実践研究) の文脈における先行研究との整合性・相違点、本研究の位置づけ;(ii)いわゆる「5 文 型」との関係(品詞と文型の混同という問題。いわゆる V は「動詞」か「述語動詞」か。 両者は相互に関わり合っている ; 五島・織田 1977: 159);(iii)文法と発音の関係(第二言 語習得、臨界期の問題);(iv)文法「概念」を伝える意義。すなわち、導入において「内 容語、機能語」「屈折」などの文法用語を用いる必要性の検討(cf. 林 2016: 122);(v)統 計的検討(受講生の習熟度レベル、アンケートにおける回答状況の分布など)。 * 本稿は、2016 年度 JACET 関西支部春季大会(2016 年 6 月 25 日、於:京都ノートルダ ム女子大学)における口頭発表「文法指導における品詞導入の試み(Introducing Parts of Speech in Grammar Teaching: A Case Study)」を改題し、内容に加筆・修正を施し たものである。発表当日の質疑においてコメント下さった先生方、本稿の投稿に際して 内容・論文題目など細部にわたり貴重な助言を下さった匿名の査読者の皆様に御礼申し 上げる。無論、本稿における誤りは、筆者自身の責任である。本研究は、科研費(特別 研究員奨励費、研究課題番号:15J00373)の助成を受けている。

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1. この安井(1963)の引用に関しては、林(2016)において言及と検討が行われている が、言語理論の導入にはメリットがある一方で、リスクもあり慎重になされるべきで あると結論づけられている。 2. 両者の違いに関しては、高木(2009)においても指摘がなされている。林(2016)に おいては、高木(2009)をはじめ、言語学研究を英語教育に援用しようとする様々な 試みを引用しつつ、その利点と問題点の検討が行われている。 3. 以上は、葛西(2003: 140-141)の議論をまとめたものである。

4. 前者は、動詞 put を修飾するため副詞であり、後者は、名詞句 the book を修飾する ため形容詞である(葛西 2003: 142)。修飾を受ける語の品詞により、これらは決定さ れる。 5. 林(2013)では、日野(2003)に倣い「範疇性の漸次変容」という語が用いられてい る。この訳語は検討の余地があるため、本稿では一貫して「脱範疇化の cline」とい う語を用いる。 6. ただし、間投詞にはアクセントが置かれるため、注意が必要である。詳細は後述す る。 7. 受講生には、スライド(うち一部は Appendix に収録)を印刷したものを講義開始時 に配布している。 8. 本分類に関し、匿名の査読者より「内容語(特徴は「屈折変化する」)」、「機能語(特 徴は「屈折変化しない」)」という一般化には少々無理があるように思われる、との指 摘を受けた(例えば、文法の助動詞のみならず多くの助動詞には過去形があり、人称 代名詞は語形変化をする)。また、本研究の口頭発表後に行われた質疑においても、 「機能語は文脈、対比、イントネーションなどによりアクセントが変わるため、機能 語をアクセントの観点から分類すると多くの例外が出てくる」とコメント頂いた。こ れらの指摘を踏まえると、屈折・アクセントを厳密に考えると、本研究が行った分類 は正確性を欠き、再考を要する。なお、一般化に際しては、説明の正確性と「わかり やすさ」のバランスをどのように取るべきか、という問題もある(詳細は、本稿 5 節 の議論に加え、林(2016: 122)も参照)。今後の課題としたい。 9. 講義の主眼としては、英語を苦手とする受講生に対し、英文法項目を「わかりやす く」提示する関(2008)などの立場に基づくアプローチをとっている(これは筆者以 外の担当教員による授業シラバスの「参考文献」としても挙げられている、という点 を付記しておく)。

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10. この準備に調査実施後の 1 週間を費やしたため、教員側の負担は大きい。毎週実施す る場合には、TA による補助など、フィードバック体制の確立が必須であると筆者は 考えている。

11. 助動詞 be, do, have は屈折するなど、例外に関しても述べた。これらの助動詞に関し ては質問があり、上述のフィードバックにおいて、後日、再度説明を行った。 12. 品詞体系を通して、英文法と発音の間に関係性があることを伝えるという目標もあ る。 13. 具体的には、「まず、内容語の特徴を①②の観点から概説し、次に機能語について① ②の解説をした方がよい」というものである。提示の順序に関しても、再検討の必要 がある。 14. ここでの「学校文法」とは、本調査の回答を行った大学生 25 名の経験談に基づいて おり、基本的には中学、高等学校において受けてきた英語の授業における彼らの体験 を反映しているものに限定される。つまり、広義の「学校文法」全体に通用する記述 ではない。回答者は英語を著しく苦手としている点に注意されたい。従って、本記述 に一般性、普遍性はなく、「英語に苦手意識を感じ、特に英語と苦手とする大学生」 による極めて限定的なものといえる。 15. 文法用語を提示する意義に関しては、林(2016: 122)においても議論が行われてい るが、英語教育において難解な文法用語の提示を行うのに関しては慎重にすべきとす る立場が存在する。特に、「フォーカス・オン・フォーム」の理念からすると、学習 者の意識を向かわせることを重視する上では、文法用語や日本語による導入は避ける べきとされるようである(cf. 松井 2012)。しかし、日本語による導入や、文法用語 による説明が必要となる場面は不可避であるとする松井(2012)のような立場もあ る。また、當山(2016: 453)は、日本国内の地域において消滅しつつある言語を記 述し、次世代へと言語継承をするための教材を作成した取り組みであるが、そこでの 言語教材作成においても「命令文」「勧誘文」といった言語学の用語を用いた説明の 有用性を指摘している。ただし、當山(2016)における取り組みは、実際に国内にお いて話されている、日本語に近い言語的性質を持った「第二言語」と呼ぶべき言語の 記述を行っている事例であり、英語のような外国語の教育に関しても同様に当てはま るかどうかについては検討を要する。いずれにせよ、文法用語を提示するのであれ ば、適切な場面において、適切な用語を提示する必要があるのは言うまでもない。こ の点に関しては、今後の課題としたい。 16. 自由記述の結果を集計した結果、このようなコメントが観察された(4 名)。ここで 述べた観点に関しては、林(2016)、Hopper and Traugott(2003), Leech (2009)

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の議論を参照した。 参考文献 安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』開拓社 伊藤和夫(1997)『予備校の英語』研究社 大西泰斗・ポール・マクベイ(2009)『イメージ英文法』DHC 葛西清蔵(2003)『英語学演義』現代工学社 栗田昌裕(1997)『共鳴力の研究』PHP 研究所 黒田一平(2011)「インターネットスラングの認知言語学的考察」京都大学 卒業論文 五島忠久・織田稔(1977)『英語科教育 基礎と臨床』研究社 佐山栄太郎(改訂)山崎貞(著)(2008)『新々英文解釈研究(復刻版)』開拓社 鈴木雅光(2013)「規範文法はなぜ滅びないのか」『東洋大学大学院紀要』49, 405-421. 関正生(2008)『世界一わかりやすい英文法の授業』中経出版 関正生(2012)『世界一わかりやすい中学英語の授業』中経出版 高木勇(2009)「英語教育の現場と言語学界の乖離:『教育的健全さ』と『言語学的健全 さ』」『言語科学論集』15, 119-164. 竹下和男(2011)『英語天才 斎藤秀三郎―英語教育再生のために、今あらためて業績を 辿る』日外アソシエーツ 竹林滋・清水あつ子・斎藤弘子(2013)『改訂新版 初級英語音声学』大修館書店 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンク の活用法』大修館書店 谷口一美(2011)「応用認知言語学と語彙学習―文法理論を英語教育に活用する(2)―」 『大阪教育大学紀要第Ⅰ部門』59(2), 63-74. 寺澤芳雄(編)(2002)『英語学要語辞典』研究社 當山奈那(2016)「ウクムニー習得のための音声教材試作版の作成」大西正幸・宮城邦昌 (編) 『シークヮーサーの知恵―奥・やんば るの「コトバ ・暮らし・生きもの環」』京都 大学学術出版会, 437-464. 中村捷(訳述)斎藤秀三郎(著)(2015)『実用英文典』開拓社 林智昭(2013)「excluding の用法の歴史的変化―文法化の観点から―」『言語科学論集』 19, 127-150. 林智昭(2016)「文法指導への意味論的アプローチ:言語変化の『文法化』を例に」

(14)

『JACET 関西紀要』18, 106-125. 松井孝志(2012)「新しい学習英文法の検討から見えてくる学習英文法の条件」大津由紀 雄(編)『学習英文法を見直したい』研究社, 87-103. 八木克正(2007)『世界に通用しない英語 あなたの教室英語、大丈夫?』開拓社 八木克正(2011)『英語の疑問 新解決法―伝統文法と言語理論を統合して』三省堂 安井稔(1963)『構造言語学の輪郭』大修館書店 山梨正明(2000)『認知言語学原理』くろしお出版

Hopper, P. J. and E. C. Traugott(1993) ( ). Cambridge: Cambridge University Press.(日野資成(訳)(2003)『文法化』九州大学出版会) Hopper, P. J. and E. C. Traugott(2003) ( ). Cambridge:

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参照

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