病 院 図 書 室 19(4):181−183,1999
茂幾
周治
BMAlib
ra
ry T
ony M
cS
ean セ
1 。 は じ め に Tony McSean氏 は 、 現 在 英 国 医 師 会(Briti− sh Medical Association)の 図 書 館 の 館 長 と し て 、 活 躍 し て い る 人 で 、2000年7月 2−5日 にLondonで 開 催 さ れ る 、 第8回 国 際 医 学 図 書 館 会 議(8、hInternational Congress on Me− dical Librarianship) の 組 織 委 員 会 に お い て 、 中 心 的 な 役 割 を 果 し て い る 人 で あ る 。 今 回 の セ ミ ナ ー の 開 催 は 、 彼 が 来 日 し た の を 機 会 に 、( 株 )ユ サ コ の お 世 話 に よ り 企 画 さ れ た も の で す 。 日 本 医 学 図 書 館 協 会 ( 以 下 「 協 会 」 と 略 す ) は 、 東 京 地 区 で 6月 22日 に 開 催 す る こ と に な っ た 。 し か し 、 彼 が 翌 日 の23日 も 時 間 が あ い て い る と の こ と で あ っ た の で 、 急 建( 株 ) ユ サ コ の増 田 豊 氏 と 相 談 の 結 果 、 関 西 地 区 で も 開 催 す る こ と に な っ た 。 セ ミ ナ ー は 近 畿 地 区 医 学 図 書 館 協 議 会 、 近 畿 病 院 図 書 室 協 議 会 お よ び( 株 )ユ サ コ の 三 者 共 催 で 大 阪 歯 科 大 学 図 書 館 の お 世 話 で 開 催 す る こ と に な っ た 。 参 加 の 呼 び か け は 、 薬 学 図 書 館 協 議 会 や 西 日 本 の 医 学 図 書 館 関 係 者 に も 行 っ た 。 急 な 話 で あ っ た た め 、 予 算 もな く 通 訳 も 増 田 豊 氏 に お 願 い し 、 大 阪 歯 科 大 学 図 書 館 の 榊 館 長 お よ び 伊 藤 課 長 の ご 好 意 に よ り 何 と か 会 費 は 無 料 で 実 施 す る こ と が で き た 。 そ の 結 果 、 九 州 、 中 国 地 区 か ら も 参 加 し て い た だ き 、44名 の 参 加 者 が あ っ た 。 もぎ し ゅうじ: 大 阪医 科 大学 図書 館 E−mail:mogi@ast.osaka−med.ac.jp − 181 ゛ へナ ーを 開催 して
2。 セ ミ ナーの 内容 につ い て スピ ーチ 1 「BM A にお け る電子 ジ ャー ナ ル につ いて 」 英 国 医師 会( BM A ) の創立 は1830年で あ り、 そ の設 立 の目的 及 び活 動 の概 略 につ いて の話 が あ った。 次 に英 国 にお け る医 療制 度に つ いて の話 が あり 、 その 中で 英国 の 国民 医療 保 険 制 度 は、100%税 金 で ま かな わ れ て おり、 初 期 治療 か ら専門 治 療まで ほと んど 無 料で患 者 に対 し て サ ー ビ スさ れ て い る と の 説明 が あ った。 日 本の 医療 保険 制 度と の違 いを 感 じ させ ら れた。 3つ 目 の話 は、英国 と 米 国の 医 療情 報提 供 シ ステ ムの比 較 につ いて で あ った。 米国 はN L Mを 中心 に全 国 医学 図 書館 ネ ット ワ ー クシ ステ ムが 整備 さ れてお り、 医 師、 患 者、 市民 に対し て、 必 要な 医 療情 報 が的 確に 提 供さ れて い る。 しか し、 英国 で は、 各 医療 情 報提 供 機関 がパ ラパ ラで あり 、 そ れぞ れの 機 関が 独 自の 医療 情報を 提供 して い ると の こ とで あ り、 今 後そ れぞ れ の機 関が 協 力し 合 っ て いか な けれ ばな らな い と強 調し て いた。 4 つ 目 の話 は、 BM A の電 子図 書館 構 想に つい て であ っ た。 英国 の医 療 情報 提供 サ ービ スの 不 満を 解 決す る ため の方 法と して 、 電子 図 書 館構想 が 生ま れ たとい われて い る。 こ の構 想 は、 まだ 緒 につい た段 階 で これ か ら具 体的 な 活動を 展 開す る との こ とだ った。 5つ 目の話 は、 電 子 ジ ャー ナル の選 び方 に・ つ い てで あ った。 もっ と も重要 な 要素 は、 そ の電 子 ジ ャー ナルの 質で あ り、 そ の ジ ャー ナ ル のImpact Factorを 知 る の も重 要で あ る。 ま た、 重要 なこ とと して 、 その ジャ ー ナルが 厳し い レビ ュ ーを 受 け 、質 の 高い論 文 が どれ だけ 掲 載さ れて い るかを みる ことで あ る と力病 院図 書 室 Vol.19 Na4,1999 説 し た 。 い ず れ に し て も 、 電 子 ジ ャ ー ナ ル は で き た ば か り の こ れ か ら の 新 し い メ デ ィ ア で あ り 、 利 用 者 に と っ て も 出 版 社 に と っ て も ま だ ま だ 発 展 途 上 で あ る と の 説 明 で あ っ た 。 ス ピ ー チ 2.「 第8回 国 際 医 学 図 書 館 会 議 の 意 義 に つ い て 」 2000年7月 にLondonで 開 催 さ れ る 第8回 国 際 医 学 図 書 館 会 議 に つ い て の 、 準 備 状 況 や 会 議 内 容 に つ い て ス ラ イ ド で の 案 内 が あ っ た 。 Tony McSean氏 は 、 同 会 議 の 開 催 に つ い て8年 間 携 わ っ て き た 人 で 、 こ の 会 議 で は 国 際 的 に 活 躍 し て い る 人 で 、 今 回 の 会 議 を 主 催 す る 中 心 人 物 で あ る 。 そ の 彼 と 今 回 の セ ミ ナ ーで 知 り 合 っ た こ と は 、 大 変 意 義 深 か っ た の で は な い だ ろ う か 。 な お 、 協 会 と し て 、 こ の 会 議 へ の 参 加 の た め の ツ ア ー を 企 画 し て い る の で 、 た く さ ん の 方 がLondonへ 行 か れ る こ と を 期 待 し ま す 。 3.Journai@Ovidのプ レゼ ン テー ショ ン スピ ー チ 1と スピ ー チ2の 間 の コ ーヒ ーブ レ イ クにKimberley A.Scott女 史 によ るJour− nal@Ovidのプ レ ゼ ンテ ー ショ ンがあ った。 米 国Ovid社 が提 供 す るこ の商 品 は、科 学・ 技術 ・医 学 雑誌 の4o以 上 の 出版社 と同 社 が提 携 し、 400title以 上 のfull textが イ ン タ ーネ ッ ト を 経 由 して利 用で きる もので あ る。 契 約 料 金 が少 し高 い ので はと思 うが 、 日本 にお け るag entは( 株)ユサ コ であ る 。 商品 の 詳 細 につ い て は、 同 社 にお問 い 合わ せ願 いた い。 4 . レ セ プ シ ョ ン に つ い て レ セ プ シ ョ ン は 、Tony McSean氏 が 当 日 折 り 返 し 東 京 に 帰 る 予 定 と 聞 い て い た の で 、 4:00∼6: OOp.in.と 早 い 時 間 に 設 定 し た 。 し か し 、 彼 は そ の 日 は 大 阪 に 泊 ま り 、 翌 日 関 西 空 港 か らLondonへ 帰 国 す る と い う よ う に ス ケ ジ ュ ー ル を 変 更 し て い た 。 レ セプ シ ョ ン は 、 附 属 病 院 の プ ラ ザ14(14F)で 開 催 さ れ た 。 進 行 は 、 和 歌 山 医 科 大 学 図 書 館 事 務 長 西 村 信 和 氏 に お 願 い し 、 近 畿 病 院 図 書 室 協 議 会 事 務 局 長 の 小 田 中 徹 也 氏 ( 国 立 京 都 病 院 図 書 室 )、 大 阪 歯 科 大 学 図 書 館 館 長 榊 徹 也 氏 の 挨 拶 の 後 、 九 州 よ り わ ざ わ ざ 参 加 い て い た だ い た 、 九 州 大 学 医 学 部 分 館 専 門 員 園 田 國 昭 氏 の 乾 杯 で 楽 し く 始 め ら れ た 。 会 場 か ら は 大 阪 城 が 一 望 で き 、 MacSean氏 やScott女 史 に も満 足 し て い た だ い た よ う で あ る 。 懇 親会 にて Scott女 子 とMcSean氏 −182−
5。 二 次 会 に つ い て Scott女 史 は 途 中 で 東 京 へ 帰 ら れ た が 、 Mac Sean氏 は 、 先 に ホ テ ル ま で お 送 り し て 二 次 会 へ 招 待 し ま し た 。 当 日 は 雨 が パ ラ つ い て い た の で 、 梅 田 の 地 下 街 を 歩 い て 会 場 の 梅 田 北 の ミ ュ ー ヘ ンヘ 案 内 し た 。 途 中 こ の よ う な 大 き なsubstreetはLondonに は な い と 言 っ て い た。 さ て 、 二 次 会 で は 、 榊 館 長 の 前 席 に MacSean 氏 に 坐 っ て い た だ い た 。 女 性 も含 め て10数 名 で 、 ワ イ ワ イ ガ ヤ ガ ヤ と 楽 し い 飲 み 会 が 始 ま っ た。 彼 は 、 我 々関 西 人 は 、 大 変friendly で あ る と 感 激 し て い た 。 ま た 、 大 阪 の 料 理 は 東 京 に 比 べ て 大 変 お い し い と も言 っ て い た 。 彼 の お 世 辞 か も し れ な い が 、 二 次 会 で の 印 象 は良 か っ た よ う で あ り 、 そ の 後 7月 の 再 会 を 約 し て お 別 れ を し た 。 − 183 病 院図書室 Vol.19Na4,1999 6。 三次 会 につ い て 帰り に、 榊館 長 の行 き 付け の梅 田新地 の上 品 な ス ナ ッ クに 元 気 な 者 が 出 か け ご 厄 介 に な った。 久 しぶ り の新 地 の雰囲 気 に酔 い、 私 かJR山 崎駅 に辿 り 着い た のは、 もう日 付が変 わって いた。 まさ に午 前 様のお 帰り であ る。 了。 お わ り に 二 次 会 、 三 次 会 の 支 払 い は す べ て 榊 館 長 に お 世 話 に な っ た 。 会 場 の 準 備 か ら す べ て に つ い て 、 大 阪 歯 科 大 学 の 榊 館 長 、 伊 藤 課 長 お よ び 館 員 の 方 々 に し て い た だ い た 。 こ こ で 、 改 め て 厚 く 御 礼 申 し 上 げ ま す 。 ま た 、 増 田 氏 始 め( 株 )ユ サ コ の 関 係 者 の 方 々 に は 今 回 の 関 西 地 区 開 催 に あ た り 、 何 か と ご 尽 力 い た だ き 誠 に あ り が と う ご ざ い ま し た 。 2000年7月 に は 、 時 間 と 金 が あ れ ばLondonへ 行 き た い な あ と 思 っ て お り ま す 。