Ⅰ. はじめに グローバル化時代における農業の行方
グローバル化の進む現代において、世界農業、そして日本農業はどのよう な方向に進もうとしているのか。その中で、日本の地域はどのように変容し つつあるのか。片山(2017)はこの問題を、いわゆる「フード・レジーム 論」の観点から考察しようとした。フード・レジームとは、食料生産・消費 の国際関係において、特定の時期に形成される比較的安定的な動態のことで ある。フード・レジーム論の代表的論者であるフリードマンは、資本主義世 界経済においてこれまで形成されてきた明確に型を摘出できるフード・レジ ームとして、1870年から1914年までの「コロニアル=ディアスポリック・フ ード・レジーム」、および1947年から1973年までの「マーカンタイル=イン ダストリアル・フード・レジーム」の2つのフード・レジームを挙げてい る。第1のフード・レジームでは、北米やオーストラリアなどの移民農業が 生産する小麦・食肉などの輸出農産物が、イギリスを中心とするメトロポリ タン国家の賃金関係とそれにともなう食料市場の成長を支えた。第2のフー ド・レジームでは、農業−食料資本による農業部門の超国家的な再構築が、 主に集約的食肉コンプレクスと耐久食料コンプレクスの形成を通じて行日本の農産物輸出と茨城県のグローバル化戦略
目 次片 山 博 文
Ⅰ. はじめに グローバル化時代における農業の行方 Ⅱ. グローバル・バリューチェーンの概念 Ⅲ. 日本の農産物輸出戦略の概要 Ⅳ. 農産物輸出の現状と茨城県のグローバル化戦略 Ⅴ. おわりに グローバル・バリューチェーンにおける地方の重要性われた(片山2017:29)。これらのレジームの類型化は、フード・レジーム 論者の理論形成に大きな影響を与えたレギュラシオン学派のいわゆる外延的 蓄積体制・内包的蓄積体制にそれぞれ対応するものとなっている。レギュラ シオン学派が、内包的蓄積体制の成立を国民経済における自動車という財の 特質に焦点を当てて理論化したのに対して、フード・レジーム論はそれを世 界経済における食肉という財に焦点を当てて理論化した点にそのユニークさ がある。 フード・レジーム論は、20世紀後半までの資本主義世界経済における農 業のあり方について、非常にクリアでリアリティのある理論化を行ってき た。しかし、20世紀末から21世紀初頭の現代に到るグローバル化時代の農業 のあり方についてはどうであろうか。この間、世界経済における農業をめ ぐる新しい動向としては、①GATT・ウルグアイラウンド合意による各国 農業政策の自由主義的変化、②環境・人権を中心とする食料・農業に関する 新たな問題領域の発生、③新興国による食料消費の急増と食料の余剰レジー ムの終焉、④巨大小売業によるフードシステムの支配、⑤農業における金融 化の進行、⑥バイオテクノロジーとIT化によるスマート農業の展開などが 挙げられるが(片山2017:31−33)、こうした多彩な展開を示す現代グロー バル農業について、「第3のフード・レジーム」といい得るような明確なレ ジームの定式化は、いまだなされていないように思われる。それは彼らが依 拠するレギュラシオン学派じしんが、現代経済に関していわゆる新自由主義 の理論やそれに基づく市場主義批判を超える洞察を示し得ていないことの反 映であるかもしれないし、または、現在の世界農業じしんがまだ明確なレジ ームを構成するに至っていない過渡期であることが原因なのかもしれない。 本稿は、以上のような問題意識から、現代におけるフード・レジームのあ り方を明確化するための一作業として、日本の農産物輸出戦略を取り上げ考 察しようとするものである。周知のように、安倍政権は現在「攻めの農業」 を掲げ、農業改革の一環として積極的な農産物の輸出に取り組んでいる。日 本資本主義の成立以来、農産物は日本の中心的な輸出品であり、例えば明治 時代に主要な輸出品目であった生糸や茶は、日本資本主義の確立に大きく寄 与してきた。それが第二次大戦以降、高度成長の過程で農産物輸入が激増 し、食料自給率が4割を切るという現状になっている。それはフード・レジ ーム論の観点からすれば、戦後アメリカが進める上述の第2のフード・レジ ームの世界的展開に、日本が取り込まれていくプロセスであった。またこの
フード・レジームの時期には、日本には全体として農産物を輸出するという 発想自体が希薄であったといえる。ところが、GATT・ウルグアイラウン ド交渉が合意される1990年代頃から、農産物輸出に取り組む機運が再び生ま れてくる。農林水産省は1989年に農林水産物輸出基本戦略検討委員会を立ち 上げ、2004年に輸出促進室を設け、2005年には官民共同による農林水産 物等輸出促進全国協議会が発足した。また2004年には「ニッポン・ブランド の農林水産物・食品の輸出促進」が掲げられ、2006年の「21世紀新農政 の推進について」では5年間で農林水産物輸出額を倍増する方針が打ち出さ れ、同年成立した第一次安倍政権は「攻めの農政」を掲げた。2008年には 「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」において2013年までに輸出 額を1兆円にする目標が立てられた。そして2011年には農水省内に6次産 業化・輸出拡大等による「農業の成長産業化」をめざす食糧産業局が設置さ れている(清水2014:34−35)。以上から明らかなように、現在安倍政権 の下で進められている日本の農産物輸出戦略は、こうした1990年代以降の農 政の変化を踏まえたものなのである。そこで、同戦略を分析・考察するこ とにより、グローバル化時代における「第3のフード・レジーム」の特徴を 多少なりとも明確化することをめざすのが本稿の目的である。 以下本稿では、まず第1節において、この間各国の農産物を含む貿易政策 や輸出戦略に大きな影響を与えてきたと思われる「グローバル・バリューチ ェーン」の概念について述べる。次に第2節では、主として現在の安倍政権 下における日本の農産物輸出戦略を概観する。そして第3節では、農産物輸 出に取り組む地方のケーススタディとして、茨城県のグローバル化戦略を考 察する。
Ⅱ. グローバル・バリューチェーンの概念
グローバル・バリューチェーン(global value chains: GVCs)の概念の起 源は、1970年代末のコモディティ・チェーン(commodity chain)の概念に さかのぼることができるが、GVCsの概念が初めて用いられたのは、アパレ ル産業のコモディティ・チェーンを分析対象としたGereffi(1994)の先駆 的な論文においてである。バリューチェーンの概念は、貿易と産業構造を付 加価値の連鎖(value-added chain)として分析したポーター(1985)に由 来する。GVCsの概念は、2000年代に入るとコモディティ・チェーンの概念
に代わって広く用いられるようになった。デューク大学(Duke University) のグローバル・バリューチェーン・イニシアティブ(Global Value Chains Initiative)によれば、GVCsは「ある製品やサービスの考案からそのエンド ユースまで、それらの製品やサービスをもたらすために行われる活動の全範 囲と、それらの活動が地理的空間に国境を超えていかに配置されるかを記述 するもの」として定義される。1 以下、主にOECD(2012)に依拠してGVCsの概念について説明する。通 常、バリューチェーンには製品のデザイン、生産、マーケティング、配送、 最終消費者へのサポートといった活動が含まれるが、これらの活動は、同一 企業によって行われることもあれば、複数の企業によって行われることもあ り得る。GVCsは2000年代初頭に広く用いられるようになったが、その背景 には、近年におけるバリューチェーンのあり方をめぐる世界経済と貿易の以 下のような変化がある(OECD 2012:7) (1)各国にまたがる生産の断片化(fragmentation)の増大。GVCsの概 念は、単一の産業内の地理的に分散した活動と結びついており、貿易と生産 のパターンの推移を理解する助けとなる。政策立案者にとって、GVCsは経 済の相互連結性を理解する上で有益である。とくにGVCsが注目するのは、 輸入の重要性である。GVCsは、輸出の競争力が外国の最終生産者・消費者 へのアクセスとともに、効率的な投入財の輸入にも依存していることを強調 する。2 (2)ある特定の製品よりも、仕事・ビジネス上の機能における各国の特 化。ほとんどの政策がいまだに財・サービスが国内で生産され「外国の」製 品と競争していると想定しているが、現実には、いまやほとんどの財とます ます多くのサービスが「世界製」(made in the world)となっており、各 国はバリューチェーン内部の経済的役割に関して競争しているのである。 GVCsの概念は、このような政策とビジネスの現実の間のギャップを解消す る上で重要である。 (3)ネットワーク、グローバルバイヤー、グローバルサプライヤーの役割 の増大。GVCsの分析は、経済ガバナンス(economic governance)への洞 察をもたらし、生産のネットワークにおいてコントロールと調整活動を行う 企業・アクターを同定するのに役立つ。3 ガバナンス構造を理解すること は、政策立案を行う上で、いかに政策が企業とその活動立地に影響を与えう るかを評価する上で重要である。
このように、GVCsの概念は近年の世界経済と貿易における上述の特徴を 把握するのに成功してきた。現代の世界経済では、ある財やサービスが一ヵ 所の立地で全部製造され最終消費者に輸出されるということがますます稀に なっており、財・サービスの生産は何処であれその活動を行うのに最も効率 的な地域からグローバルに調達された中間財やサポート活動を組み合わせ た、ますます複雑化する行為になってきている。そしてこの生産の国際的断 片化が、今日、効率性と企業の競争力の強力な源泉となっている。世界貿易 と生産は、ますますGVCsを軸に構築されるようになっているのである。そ のため、グローバルな生産ネットワークにおける各経済を、GVCsの概念に 基づいてより適切に特徴づけることが、以下の政策領域にとって必要不可欠 となる(OECD 2012:5−6)。 (1)貿易政策:企業が自らの生産をダイナミックに再組織化し、活動をあ る国から別の国へシフトしていくにつれて、貿易政策は、グローバルな貿易 ランドスケープにおける急速な変化を政策にいかに反映させるかが中心的課 題となる。GVCsにおいて輸出のための輸入の役割が増大することを所与と すると、「国境」のコストはこれ以上なく増大する。輸入関税、原産地規 制、アンチダンピングのような貿易政策の用具は、国内産業の競争力を直接 的に損なうかもしれない。保護主義的政策は「近隣窮乏化」(beggar thy neighbor)政策ではなく、「自己窮乏化」(beggar thyself)政策になる恐 れがある。国々がどこに位置しているのか(GVCsの上流か下流か)につい てのよりよい理解は、保護主義的措置に対する国民経済の感応度を評価し、 個々の貿易政策の実際のコストを決定するのに役立つ。 (2)貿易と雇用:グローバルな生産ネットワークとGVCs内における各国 の特定の位置を理解することは、今日の経済における仕事が国際貿易と多国 籍企業の垂直的特化にどのように関連しているかに注目することにつなが る。輸入が国内雇用を脅かすという懸念がある一方で、輸出産業で生み出さ れる雇用が存在するのは、しばしば外国からの投入財が輸入されているから だというのが現実である。GVCsで特徴づけられる世界では、輸入はたんに 外国との競争を反映するだけではない。GVCsへの参加とGVCs内における 各国の位置をよりよく洞察することは、国民経済における雇用がグローバル 経済にいかに組み込まれているかを明らかにする。 (3)国の競争力と成長:GVCs内部の相互依存の増大のために、各国はも はや財・サービスを生産するために国内資源のみに依存することはできな
い。国の競争力は、その国の国内生産活動を特徴づける技術力や相対的要素 賦存だけでなく、その国が中間財を輸入する諸国の技術と要素賦存をも反映 する。国民経済に対するGVCsの効果は、下流の活動に特化している国々 と、上流の活動に特化している国々とでは全く異なる。GVCsにおける各国 の位置は、GVCsで各国が獲得する価値に影響を与えると信じられている。 価値のほとんどは上流の活動(イノベーション、R&D、デザインなど)と 下流の活動(マーケティング、ブランディング、ロジスティクスなど)で作 られ、その一方で純粋な製造・アセンブリ段階で作られる価値は極めて限ら れたものだと想定されている。そうした点を明らかにするためには、貿易統 計をグロスの総額で見るのではなく、付加価値のタームで測ることが重要と なる。各経済がバリューチェーンの各段階で生産に対して何を寄与している かを知る必要があるのである。 (4)グローバルなシステムリスク:2011年に発生した日本の東日本大震災 やタイの洪水災害は、鍵となる上流の重要な投入財生産者が生産を停止した 時に生ずるバリューチェーンの潜在的な攪乱やリスクを浮き彫りにした。 GVCsのマッピングは、経済間の相互連結性を明示し、グローバル・バリュ ーチェーンを通じたマクロ経済的ショックの伝播に光を当てる。グローバル なショックに対する各国の脆弱度は、GVCsにおけるそれらの国の参加と位 置取りによって直接的に決定されるのである。 以上がGVCsの概念の概略である。国際機関の中でGVCsをとりわけ重視 しているのはWTOであり、事務局長のパスカル・ラミー(Pascal Lamy、 任期2005−2013年)は、様々な場でGVCsの重要性、および世界経済の付 加価値計測を開発する必要性を強調してきた。またWTOは近年、貿易を付 加価値で計測・分析するアプローチの発展を目的とする「メイド・イン・ ザ・ワールド・イニシアチブ」(“Made in the World” Initiative)を開始 している。その他、世界銀行やOECDなども、GVCsに関するカンファレン スの開催や幾つかの作業計画を作成・実施している。 では、こうしたGVCsの概念の浸透は、農業政策、とくに農産物の輸出政 策にとってどのような含意を持ち得るであろうか。日本農業の現状を主に念 頭におきつつ考えるならば、さしあたり次の点が指摘できると思われる。第 1に、農業政策・農産物輸出政策における差別化戦略の台頭である。差別化 戦略とは周知のように、マイケル・ポーターが『競争優位の戦略』の中でコ スト・リーダーシップ戦略とともに提示した企業の競争戦略の一類型であ
る。コスト・リーダーシップ戦略が主として規模の経済の拡大によりコスト や価格を引き下げることにより競争優位を実現しようとするのに対して、差 別化戦略は、高品質化や多機能化、ブランド化などの付加価値を強調するこ とにより競争優位性を実現しようとする戦略である。こうした観点から戦後 日本農政を振り返ってみると、そこでは基本的に、零細経営である日本農業 をいかに規模拡大により効率化するかというコスト・リーダーシップ的な考 え方が支配していたということができる。しかし、日本のような人口稠密で 農地面積が限られている国では、北米や豪州などの農産物輸出国と比較すれ ば規模の利益の追求には明らかに限界があり、そのため農産物の輸出戦略じ しんが政策の俎上に上りにくかったというのが現状であった。農産物の価格 やコストではなく付加価値によって競争しようとする差別化戦略は、そうし た規模の利益の呪縛から日本農政を解き放つものであり、貿易理論の観点か らみると、主にコスト面での比較優位を問題にするリカード・モデルや、土 地などの要素賦存を問題にするヘクシャー・オリーン・モデルなどからでは 生まれ得なかった発想であると言えよう。GVCs的な思考は、コスト・リー ダーシップ戦略を取り得ない日本農業において、農産物輸出戦略そのものの 定立を可能にするものであった。 第2に、GVCsは農産物の輸入にも新たな光を当てる。食料・農業・農村 基本法の第2条に「国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食 料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業 生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わ せて行われなければならない」と謳われているように、現在4割を切ってい るわが国の食料自給率の向上は国の農政の基本方針である。それは現在輸入 に頼っている農産物を国産の農作物で置き換えていく、いわば輸入代替的な 道を進むべきことを意味している。そこでは農産物の輸入は、いずれは解消 すべき必要悪としてとらえられているのである。ところが多国間にまたがる バリューチェーンのガバナンスを問題にするGVCsは、輸入を必ずしも否定 的なものとは考えない。むしろ、農産物の輸出を明確な戦略目標に据えるこ とによって、農産物の輸入がグローバル・バリューチェーンの一部として戦 略的に肯定的に位置づけられる可能性が生まれるのである。 このことは、安倍農政のオランダ農業に対する深い関心と結びついてい る。オランダは国土面積が日本の十分の一で人口も1600万人程度であるに もかかわらず、農産物の純輸出額(輸出額と輸入額の差)はアメリカを上回
って世界第1位である。その理由は、価格が安い小麦やトウモロコシは輸入 し、価格の高い畜産物や花卉・野菜・加工食品などを輸出していることにあ る。そのため、オランダの穀物自給率は14%程度と日本の半分以下の水準 で あ る に も 関 わ ら ず 、 農 産 物 輸 出 大 国 の 地 位 を 築 き 上 げ て い る 。 川 島 (2010:201)はこうしたオランダ農業の姿を「オランダが世界で最も強い 農業を有する最大の理由は、食料自給率が低いことにある」と逆説的な表現 で評しているが、これは高付加価値の農産物を輸出することによって、付加 価値の一般に低い穀物輸入が戦略的に正当化されることを意味しているとい えよう。それはまた、政策目標としてカロリー自給率や穀物自給率よりも生 産額自給率を重視する方向へとつながるものである。 第3に、GVCsは農産物における「国産」という概念の再考をせまる。生 産過程が様々な活動や仕事に断片化され、それが国境を超えて配置される GVCsでは、生産が一国の内部で完結していることを前提とする国産の概念 が揺らぐことは自明である。例えば日本農業の現状においても、農業の投入 財である飼料や化石燃料をほぼ外国に依存する農産物・畜産物を「国産」と 呼べるのか、といったことがしばしば指摘されている。それを「メイド・イ ン・ザ・ワールド」という形でグローバル的にかつ肯定的に表現しようとし ているのがすでにみたWTOであるが、4 国家戦略的には、国をまたいで断片 化するGVCsをいかに自国に有利に構築しコーディネートするかという、 「グローバル・バリューチェーン・ガバナンス」(glo ba l va lue cha in governance)が重要となる。ここで言うGVCガバナンスとは、財・サービ スの直接的な生産のほか、イノベーション、R&D、デザイン、マーケティ ング、ブランディング、ロジスティクスといった財・サービスの供給に関す る諸機能を統合する活動のことである。そこでは、投入財まで含めて農産物 の生産がどこで行われているのか、というこれまでの「国産」の概念に代わ って、バリューチェーンにおける中心的な付加価値がどこで発生しているの かが問われることになるであろう。 Ⅲ. 日本の農産物輸出戦略の概要 本節では、GVCsをめぐる前節の理論的検討を踏まえ、2012年12月の第2 次安倍政権成立以降の日本の農産物輸出戦略をみることにする。 第2次安倍政権下における農産物輸出戦略は、いわゆるアベノミクスの成
長戦略を示した2013年6月の「日本再興戦略」において示され、その後表1 にあるように、幾つかの戦略が相次いで打ち出されてきた。そのうち大きな 柱となるのは、「FBI戦略」と「グローバル・フードバリューチェーン戦 略」である。各戦略の内容は以下のようになっている。 表1 安倍政権成立以降の農政の展開 (1)FBI戦略:農林水産省の各種文書によれば、世界の食市場はアジアを 中心に今後10年間で340兆円から680兆円に倍増すると推計されており、と くに中国・インドを含むアジア全体の市場規模は、所得水準の向上による富 裕層の増加や人口増加等に伴い、82兆円から229兆円まで3倍に増加すると 推計されている。日本の農林水産物・食品の輸出を拡大し、日本の農林水産 業を成長産業にするためには、この世界の食市場の成長を取り込むことが不 可欠であるとしている。5 FBI戦略とはそのための中心的な戦略であり、世
界の料理界での日本食材の活用推進(Made FROM Japan)、日本の「食文 化・食産業」の海外展開(Made BY Japan)、日本の農林水産物・食品の 輸出拡大(Made IN Japan)を一体的に推進し、「オールジャパンでの輸 出体制の整備」に取り組むとしている。そして表2に示されているように、 こうした取り組みを通じて、2012年現在4500億円程度の農林水産物・食品 の輸出を2020年までに1兆円に倍増させ、さらに2030年までに5兆円の実現 をめざすという目標が掲げられている。
表2 農林水産物・食品の品目別輸出目標 以上のFBI戦略の諸施策、とくに「Made IN Japan」を具体化するために 2013年8月に作成されたのが「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」 (以下、「国別・品目別輸出戦略」)である。その特徴は、重点国・地域と 重点品目を設定し、ここに支援を集中していく、としたことにある。具体的 には、「日本食」を特徴づけるコンテンツである、①水産物、②加工食品、 ③コメ・コメ加工品、④林産物、⑤花卉、⑥青果物、⑦牛肉、⑧茶の8つを 重点品目とし、それぞれの品目について、食市場の拡大が見込まれる国を重 点国・地域と定め、輸出環境整備や商流の拡大を図っていくとしている。ま た、地域別の輸出先では、現状ではアジアが73%、北米が17%を占め、国別 の順位では後の表4にあるように1位が香港(21.9%)、2位が米国(15.3%)、3 位が台湾(13.6%)となっており、この3ヵ国で50.8%と約半分に達してい る。そこで「国別・品目別輸出戦略」では重点国・地域を新興市場(EU、 ロシア、ベトナム、インドネシア、インド、フィリピン、マレーシア、タ イ、シンガポール、ミャンマー、中東、ブラジル)と安定市場(香港、米 国、台湾、中国、韓国)に分け、前者に新規開拓の重点をおきつつ、各国の 輸出戦略を定めている。 (2)グローバル・フードバリューチェーン戦略:日本の農産物輸出戦略に おいて、FBI戦略を補足するもう1つの重要な柱が「グローバル・フードバ リューチェーン戦略」(以下、GFVC戦略)である。農林水産省によれば、6 注)伸び率は筆者計算 出所)農林水産省資料
フードバリューチェーンの構築とは、「農林水産物の生産から製造・加工、 流通、消費に至る各段階の付加価値をつなぐことにより、食を基軸とする付 加価値の連鎖をつくること」すなわち「産地の『こだわり』を消費者につな げていくこと」と定義されている。これにより、「フードバリューチェーン 全体でより大きな付加価値を生み出し、バリューチェーンを構成する生産 者、製造業者、流通業者、消費者により大きな付加価値をもたらす」ことが めざされている。そのために、日本の食産業の「強み」である①ユネスコ無 形文化遺産の日本食を基盤とした産業展開、②高品質コールドチェーン、③ 高度な農業生産・食品製造・流通システム(ICT、省エネ・環境技術、植物 工場等)、④先進性・利便性の高い日本型食品流通システム(POS、コンビ ニ、モール等)を活かし、わが国食産業の海外展開と成長を図っていくとし ている。 また、GFVC戦略のもう一つの大きな特徴は、それが「食のインフラ輸 出」を掲げていることである。7 フードバリューチェーンを構成する食のイ ンフラは、灌漑施設、農業機械、植物工場、食品製造設備、コールドチェー ン、物流センター、小売・外食等の流通販売網、道路、電力など多岐にわた り、これらをつなげてパッケージで海外に展開することができれば大きな経 済効果が期待できる。それはまた、途上国の経済成長の実現にも資するもの である。貧困撲滅から民間セクターの資金や援助をも活用した経済成長へと 途上国の支援ニーズが変化する中で、農林水産分野でも、経済協力による生 産体制の整備に加え、民間投資と経済協力の連携による生産から加工、流 通、販売に至る付加価値の高いフードバリューチェーンの構築への支援が求 められている。したがってGFVC戦略では、アセアン、中国、インド、中 東、中南米、アフリカ、ロシア・中央アジアといった潜在的成長力の高い 国・地域を中心に、地域の課題や実情に応じたフードバリューチェーン構築 のための戦略が立てられている。こうしてフードバリューチェーンの構築 は、FBI戦略の施策、とくに「Made BY Japan」を具体化するもの8 である
と同時に、「Made WITH Japan」と表現される食文化・食産業のグローバ ル展開に向けた「FBI戦略の進化を図る取組」9 としても位置づけられている。
これらの戦略を推進するための中心的な部局として、農林水産省内に 2011年に設置されたのが食料産業局である。同局は「『食』や『食を生み 出す農山漁村の自然や環境』に関連する事業を幅広く所管し、産業としての 育成を図るための組織」として設置されたものである。具体的には、農林水
産物輸出のほか、6次産業化、再生可能エネルギー、バイオマス、知的財 産、異分野連携、観光、物流、医療等といった「既存の枠組みを超えた分野 でのチャレンジの推進」(「食糧産業局の設置に当って」より)が任務とな る。また、国別・品目別輸出戦略を速やかに実行するための「オールジャパ ン」の輸出促進の司令塔として、2014年には関係省庁・事業者団体により 輸出戦略実行委員会が設置されている。 以上が、安倍政権下における農産物輸出戦略の概略である。その内容は、 日本食(和食)のブランド性を初めとする日本の「強み」を活かした差別化 戦略、重点国・品目を特定する集中戦略、バリューチェーンにおいて国家が 果たす多様なガバナンス機能、輸出の総額目標の提示とともに強調される付 加価値の重要性などにみられるように、GVCs戦略としての性格が明確に現 れている。また、フードバリューチェーンの構築において途上国への「食の インフラ輸出」が強調されている点も興味深い。ただその一方で、本戦略で はGVCs一般について強調される生産の断片化・分散化についてはほとんど 言及されていない。また国産品による輸入農作物の代替や、自給率・自給力 の維持向上といった点も、従来通りの目標課題として掲げられている。その 意味では、日本の農産物輸出戦略はオランダほど戦略的に特化したものでは ないとも言える。そこで次節では、現時点における農産物輸出戦略の実施の 現状を、地方に焦点を当ててより具体的に検討する。
Ⅳ. 農産物輸出の現状と茨城県のグローバル化戦略
まず農林水産物輸出について検討する。もともと日本の農産物輸出はみ そ・しょうゆを含む加工食品や小麦加工品の占める割合が7割近くに達して おり、その生産は日本酒・米菓などを除けば輸入原料に依存する食品が多数 を占めている(清水 2014:38−41)。表2の輸出目標をみると、総額では 加工食品の増加額で目標額の過半を達成することになっているが、加工食品 は基本的に食品工業が製造するものであり、付加価値もその多くは食品工業 にもたらされ農業者の所得増にはつながらない。そこで設定された目標額の 伸び率では、コメ・コメ加工品(日本酒・米菓)、青果物、牛肉、茶などの 「国産」品に大きな伸び率が見込まれているのであろう。 そこで2012年以降の農林水産物輸出の推移を表3により確認すると、ご覧 の通り、輸出額は2015年には7451億円と順調に増大しており、これを受けて政府は2016年8月に2020年までの輸出額1兆円という目標を1年前倒しする ことを決定した。重点8品目でみると、青果物、林産物、牛肉、茶の伸び 率が高い。その一方で、コメ・コメ加工品の輸出額の伸びは全体に比べてそ れほど大きくはなく、花卉については絶対額が減少している。輸出が期待さ れるコメは7.3億円(2012)から22.3億円(2015)と3倍以上の伸びを示し ているが、そもそもコメ・コメ加工品の総額に占める割合は1割程度と少額 である。花卉の減少は、主力である植木等(植木類、盆栽類、鉢物類)の輸 出額が2013年をピークに落ち込んでいることによる。 表3 農林水産物輸出の推移(億円) また国別の輸出先の推移を示す表4では、2015年における国別の順位は1 位香港(24.1%)、2位米国(14.4%)、3位台湾(12.8%)と2012年と比較 して変わらず、米国・台湾の比率は若干減少した一方で1位の香港の比率は 逆に上昇している。前節でみたように、FBI戦略は「オールジャパンでの輸 出体制の整備」を掲げているが、その背景には日本の輸出における過当な産 地間競争を改めるという問題意識があった。すなわちこれまでの国の施策は 重点国・重点品目を設定せず、事業者への輸出機会の提供が中心だったた め、産地単位で、輸出しやすく、商流がすでに確立している香港・台湾・シ ンガポールなどの国・地域に輸出が集中し、現地で産地間の過当競争や叩き 売りが発生していた。そこで、各県バラバラではなく、ブロックや地域でま 出所)農林水産省統計
とまって輸出に取り組む取組みを支援し、農林水産省とJETROに情報を集 約しつつ(「情報のワン・ストップ化」)、オールジャパンで重点品目を重 点国・地域へ輸出することをめざしたのである。10 国別の輸出先の現状は、 こうした試みがいまだ道半ばであることを示している。 表4 農林水産物・食品の輸出額の国・地域別内訳(億円) 次に、グローバル・フードバリューチェーン構築の現状をみてみよう。 GFVC戦略では基本戦略として「産学官連携による戦略的対応」が掲げられ ており、その下で①生産→製造・加工→流通・消費に至るフードバリューチ ェーンをつなぐ、②地域ごとの諸課題に連携して対応する、③日本の「強 み」を「ジャパンブランド」として構築し売り込む、④日本企業によるコー ルドチェーン、食品加工団地、流通販売網等の食のインフラシステムの輸出 出所)農林水産省資料
を推進し、日本食の輸出環境を整備することがめざされている。11 その枠組 みを構築するための「車の両輪」として位置づけられているのが二国間政策 対話と官民協議会である。すでにこれまでベトナム、ミャンマー、インドネ シア、インド、アフリカ、ブラジルで具体的な取組みが進められているが、 中でも取組みが進んでいるのがベトナムである。日本とベトナムは、2014年 6月にハノイで日越農業協力対話第1回ハイレベル会合を開催し、翌2015 年に「日越農業協力中長期ビジョン」を策定した。これは人口の7割・GDP の2割を占めるベトナム農業の発展が農村地域の生活向上と国土の均衡ある 発展に不可欠であり、生産から加工・流通・消費に至るフードバリューチェ ーンの構築が重要であるという認識の下、ベトナム農業の中長期的な課題解 決を目的に、フードバリューチェーンの各段階の課題に重点的に取り組むモ デル地域を設定し、今後5年間(2015−2019)の行動計画等を策定したもの である。具体的には、①北部のゲアン省をモデル地域とする生産性・付加価 値の向上、②南部のラムドン省の食品加工・商品開発、③ハノイ市・ホーチ ミン市の流通改善・コールドチェーン、および④分野横断的な取組み(気候 変動への配慮・高度人材の育成)という4つの行動計画が定められている。 こうしたビジョンの策定は日本のGFVC戦略の中で初めての試みであり、今 後、他の途上国支援のモデルになることが期待されている。 ベトナムにおけるGFVC構築で興味深い点は、日本側の自治体として茨城 県が構築の取組みに深く関わっている点である。ベトナムと茨城県の交流は 2014年3月のサン国家主席の来県およびベトナム農業農村開発省との農業に おける協力関係強化に関する覚書の交換から本格化し、以後2014年に農業 技術実習生派遣に関する協定の締結、ベトナム投資セミナー・農業投資セミ ナーの開催、茨城県訪問団の訪越、常陽銀行と外国投資庁の経済交流に関す る覚書の交換等が行われ、さらに2015年にはJICAを通じた草の根技術協力 事業が開始されている。12 技術協力の具体的内容は、県庁と県JAが実施主体 となり、ハノイ市およびハノイ近郊のナムディン省に対して農業技術研修や 生産技術移転、技能実習生の受入れなどを行うもので、将来的には同地域に おける高付加価値野菜の栽培と、日系モール・地場高級ショッピングモー ル・宅配によるそれら野菜のハノイでの流通を実現することにより、フード バリューチェーンの構築を行うことをめざしている。上述の「日越農業協力 中長期ビジョン」との関係では、県はこうした取組みを③の流通改善・コー ルドチェーンに関する行動計画に寄与するものと位置づけている。13
茨城県のベトナムとの交流による大きな成果の1つは、農産物の輸出、と くに常陸牛の輸出が実現したことである。そのきっかけは、2014年10月に県 訪問団がベトナムを訪問した際、シェラトン・ハノイ・ホテルでのレセプシ ョンで常陸牛をメインに取り上げたことであり、同ホテルが「常陸牛海外販 売推奨店」の第一号となった。14 それまで常陸牛は海外に輸出されたことが なく、これが最初の輸出となったのである。以後常陸牛の海外販売推奨店 は、2016年1月現在でベトナムに3号店、タイに4号店の合計7号店まで認定 されている。茨城県は今後、こうした取組みを本格的な輸出の動きにつなげ ていくことをめざしている。 県の国際戦略として2016年9月に策定された「いばらきグローバル化戦 略」(以下、「グローバル化戦略」)は、こうした県の新しい海外活動を反 映しており興味深い。これまで県は5次にわたる「茨城県国際化推進計画」 (以下、「国際化戦略」)を策定してきたが、「グローバル化戦略」はそれ らとは概念的に全く異なる戦略として打ち出されたものである。その特徴は 第1に、「国際化戦略」が「『日本』と『日本の外』との交流を…国際交流 として位置付けようとしてきた」のに対して、「グローバル化戦略」はそう した「国家を前提とした」国際交流という立場を乗り越えることをめざして 「グローバル化」を計画の名称に据えたことである。第2に、「国際化戦 略」では国際交流や友好、外国人定住支援などが主な内容であったのに対し て、「グローバル化戦略」では経済が前面に打ち出されていることである。 すなわち本戦略によれば「グローバル化といった場合にまず想起されるの は、経済面での事象」であり、具体的には「県産品が輸出される、県内の中 小企業が海外に製造・販売拠点を構える、訪日外国人観光客が多く訪れる」 などが挙げられ、そうした活動を担う人材を育成することによって、「本県 発の企業や商品、技術などがグローバルに展開する」ことが展望されてい る。そして「グローバル化戦略」では各分野に関する推進計画と2020年度ま での数値目標が示されており、農業分野では、県青果物・水産物の輸出金額 が2014年度の24.9億円から50.5億円へ、常陸牛海外販売推奨点数が2014 年度の2店舗から20店舗へという目標値が掲げられている。 このように茨城県は、GFVC戦略の中でみずからの農産物輸出への取組み を進めているが、そこにはまた幾つかの課題が存在する。ここでは、農産物 のうち県が力を入れておりまた国も輸出戦略の中で高い伸び率を期待してい る和牛(常陸牛)が直面している課題についてみることにする。筆者が県内
で実施したヒアリングも踏まえて言えば、とくに重要と思われるのは以下の 諸点である。第1に、和牛のブランド戦略の問題である。この間、日本では 畜産物のブランド化が全国的に進められてきた。牛肉に関しても、いわゆる 銘柄牛の数は増え続けており、現在全国で236の銘柄牛が存在する。15 もと もと海外では神戸牛の知名度が高い上に和牛の産地間競争が激化し、他の日 本産和牛との差別化をしないと販売が難しくなっている。その上、豪州や米 国の「Wagyu」がすでに海外でかなりの浸透を示している。豪州和牛協会 (Australian Wagyu Association)はさらなる販路拡大へ向けて「戦略計画 2016−2020」を策定しており、Wagyuの飼養頭数30万頭(2016)および 輸出量2万トン(2015)を、2020年にはそれぞれ82万頭、7万4000トンにす る目標を立てている。16 日本の2015年の牛肉輸出量は1611トンであり、豪 州のWagyu輸出量の1割にも満たず、もし現在の目標をクリアしたとしても 豪州Wagyuとの差はさらに拡大する。したがって、本来であれば豪州の Wagyuやオージービーフのように、ジャパニーズブランド全体としての取 組みが必要なのであるが、農林水産省は中央畜産会を通じた「和牛」の統一 マーク使用には取組んでいるものの販売にはタッチしないという立場をとっ ているため、販促活動自体は県が中心に行っているのが現状であるという。17 その結果、海外のWagyuとの差別化よりも(あるいはそれと同時に)、国 内の他産地の和牛との差別化に注力せざるを得ない状況になってしまってい るのである。 第2に農業規格の問題である。グローバルな農業貿易の近年の特徴の一つ は、農業規格の重要性が非常に増大してきていることである。検査項目の増 大や厳格化のために輸入国の食品安全性の要求を満たすことがますます難し くなってきており、さらに、グローバルGAP、HACCAP、そしてハラール 認証のように、輸出国・輸入国の国境における検査を通じて行われる生産物 規格(product standards)から、農産物が生育・収穫・加工・輸出される 方法をコントロールするプロセス規格(process standards)へ重心が移っ てきているために、規格遵守の証明自体の難度が上昇している(Humphrey 2006:4)。そのため、認証取得にも多大のコストがかかるようになってい る。とくにアセアンへの輸出拡大にはハラールへの対応が不可欠であるが、 国ごとに規格が異なるなど県レベルでの対応が難しいため、当面は中華系消 費者をターゲットにした方がよいと考えられているようである。 第3に、輸出政策と環境政策の統合という問題である。肉用牛経営をはじ
め畜産の大きな問題の一つが畜産排せつ物の処理の問題であり、その解決策 として排せつ物のたい肥化が進められている。しかし、和牛生産の多くを輸 入飼料に依存している現状では、国内の窒素量がどうしても過剰になってし まうため、たい肥化には限界がある。また、輸入飼料の高騰化により畜産経 営が不安定化している。こうした状況を改善するために、「茨城農業改革大 綱(20111−2015)」では、「耕畜連携」を方針の1つとして掲げてきた。 耕畜連携とは、「米や野菜を生産している耕種農家へ畜産農家からたい肥を 供給したり、逆に水田で飼料用米を生産し畜産農家の家畜の飼料として供給 するなど、資源循環を目指した耕種サイドと畜産サイドの連携」18 のことで ある。稲発酵粗飼料、飼料用米、水田放牧、エコフィード等により地域資源 の活用・循環の取組みを推進し、同時に水田や耕作放棄地の有効活用とたい 肥の有効利用を図ろうというものである。つまり、GVCsの考え方は、資源 循環や持続可能性という観点と相反する側面を有しているのである。また循 環の概念を重視することは、横田(2013)が指摘するように、輸入飼料に依 存した黒毛和種・霜降り肉中心の現在の日本の和牛生産のあり方そのもの の根本的な見直しにつながるであろう。
Ⅴ. おわりに グローバル・バリューチェーンにおける地方の重要性
本稿では、日本における農産物輸出戦略の現状を、グローバル・バリュー チェーンという観点から、茨城県の地方戦略との関連を視野に入れながら考 察した。本論でみたように、茨城県は、国全体の輸出戦略と連携しつつ独自 のグローバル化戦略を追求している。リカードやヘクシャー・オリーンの古 典理論が国際間の特性の相違に焦点を当て、新貿易理論が個々の産業の特性 に焦点を当て、そしていわゆる新々貿易理論が個々の企業の特性に焦点を当 ててきたように、貿易理論は、貿易関係の多様化・複雑化を反映して、貿易 の推進者を様々なレベル(国・産業・企業)に分解することによって発 展してきており、GVCsはそうした貿易理論の進化の上に位置づけられる (Sydor 2100:3−5)。GVCs戦略において地方(ローカル)が独自のグロ ーバル化戦略をもって現れるのは、貿易理論における推進者の個別化・多様 化と並行した現実世界における貿易関係の進化の現れであるとも考えられ る。とくに農業部門では、その製品の付加価値とアイデンティティが原産地 で設定される側面があるため、産地たるローカルが農業を基盤としてグローバル化戦略を構築することが、一つの有力な方針たり得ることとなる。 日本の農産物輸出戦略は、そうしたローカル独自のグローバル化戦略を内 包しつつ、政府が全体のGVCsをコーディネートする形で進められている。 ローカルが担うことの難しいジャパンブランドの発展による差別化戦略の推 進や国別・品目別輸出戦略という集中戦略を通じた産地間競争の緩和、さら に認証制度への対応などがその主な役割である。その意味では、国家が GVCsのガバナンスの役割を中心的に担っているわけであるが、本稿でみて きたように、現在までの所、それが十分には機能しているとは言い難い。お そらくその要因の1つは、日本がオランダのような徹底した生産額自給率重 視の戦略をとっていない点にあると思われる。いずれにせよ、農業のGVCs にとって、ローカルのもつ意味は今後ますます増大するであろう。その詳細 な分析とフード・レジーム論の新たな構築は今後の課題である。 謝辞:本稿の執筆に当たり、茨城県知事直轄国際課、県農業政策課、茨城県 畜産協会、パルシステム茨城、ジェトロ茨城、県JAにヒアリングに御協力 頂き、有益な情報や示唆を得た。記して感謝致します。 以上の定義は、デューク大学GVCs initiativeのウェブサイトを参照。GVCsの 文献は多岐にわたるが、Gereffi et al.(2005)はGVCs分析のフレームワークと GVCsガバナンスの諸類型を提示している。 例えば、Fung(2013:xix)は、2000年以降アジアの輸出の50%以上、輸入の 60%以上が中間投入財から成っていると述べている。またSydor(2011:1)は 世界GDPに対する貿易の比率は1996年の16%から2008年には27%に上昇した が、グローバルな生産の断片化による貿易における中間投入財の増大が、その 成長のかなりの部分を説明すると論じている。 その際に重要になるのが多国籍企業の役割である。多国籍企業は、どこから調 達するか、どのサプライヤーを用いるか、どこで生産するかという意思決定を 通じて、GVCsの発展に重要な役割を果たしている。しかし現代では、多国籍 企業だけではなく、中小企業を含むあらゆる規模の企業がサプライヤーや顧客 としてGVCsとつながっており、中小企業が自身のGVCsを主導しているケース (注) 1 2 3
も多数存在する(Sydor 2011:1−2)。
フード・レジーム論やアグロエコロジーなど、農業の新自由主義的組織化に批 判的な論者は、超国家的な巨大農業食料資本によるフードシステムのコントロ ールの強化を、しばしば「Food from SomewhereからFood from Nowhere へ」という言葉で表現している(片山 2017:35)。GVCs論者のMade in the Worldという言葉は、このFood from Nowhereという言葉を肯定的に述べた ものとみなすことができる。
農林水産省「農林水産物・食品輸出環境課題レポート(2014/2015)」(平成 27年4月24日)p.1。
以下の記述は、グローバル・フードバリューチェーン戦略検討会「グローバ ル・フードバリューチェーン戦略∼産学官連携による”Made WITH Japan” の推進∼」(平成26年6月6日)のほか、農林水産省大臣官房国際部の資料「グ ローバル・フードバリューチェーン戦略について」(平成27年5月)による。 インフラシステムの輸出は安倍政権の重要な施策の一つであるが、政府の「イ ンフラシステム輸出戦略」においても、「農業・食品分野」は、医療・宇宙・ 上下水道などとならぶ「新たなフロンティアとなるインフラ分野」として位置 づけられている。 農林水産省・地域の活力創造本部(2014)『農林水産業・地域の活力創造プラ ン』(平成25年12月10日決定・平成26年6月24日改訂)p.18。 「グローバル・フードバリューチェーン戦略」p.6。 農林水産省の資料「農林水産物・食品の輸出促進について」(平成26年3月14 日)による。 「グローバル・フードバリューチェーン戦略」p.3。 ベトナムと茨城県の交流が盛んになったきっかけは、JETRO茨城貿易情報セ ンター所長の西川壮太郎氏の前任地がベトナムであり、現地のビジネス環境を 熟知していたこと、ベトナム駐日大使が交流相手として茨城県をプッシュした ことなど、多分に人的な要素が大きかったとのことである(県内でのヒアリン グによる)。 以上の記述は、茨城県国際課の清瀬一浩課長による資料「ベトナムにおける FVC構築 茨城県の貢献可能性」(平成26年11月27日、GFVC推進官民協議会 第2回アセアン部会)「茨城県とベトナムの関係強化の取組」(2016年2月3 日)による。 渡邊賢一「広がる常陸牛(Hitachiwagyu Beef)の輸出」(『農業いばらき』 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
2015.12、pp.46−47)p.46を参照。
公益社団法人日本食肉消費総合センターのウェブサイト「銘柄牛肉検索システ ム」による(2017年1月閲覧)。
Australian Wagyu Association LTDの27th Annual Report 2016による。 例えば、常陸牛は海外では「Wagyu」ではなく「Hitachiwagyu」として販売 しているが、これも県の補助金を使用している関係から、単なる「Wagyu」 では販売できないという事情がある。 「茨城農業改革大綱(2011−2015)」p.11。 15 16 17 18 参考文献
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