• 検索結果がありません。

風景彫刻に関する資料

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "風景彫刻に関する資料"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに

彫刻絵画は,古代より長い間,権威のために必 要とされ,あるいは,建築の一部としての付属品 の扱いを受け,作り出されてきた.しかし時代が 流れ,彫刻は,オーギュスト・ロダン(仏.1840 年∼ 1917 年)によって,権力の象徴や建築物か ら独立を果たした.がまだ,彫刻は,台座の上に 作品をのせての,サロン的鑑賞という形が主であ った.やがて彼の弟子によって抽象彫刻が生まれ, 彫刻に関する考えが大きく変わり,人体の解剖学 的表現ではなく,単純化,彫刻の要素,オブジェ, 心象表現など表現は多様化した.そんな,多様化 を求める空気の中で,具象,非具象を問わず,い かにイメージを豊かに膨らませ,広がりを持つか ということが造形上の重要なポイントとなり,芸 術としての質と関わる必須条件にもなった.ここ では,感覚と思考,想像力と夢想などによって練 り上げられたイメージの世界や空間,作り手の構 想により,自由にイメージを広げることができる 主観的性格(個性)の産物としての風景彫刻を取 り上げたい.

風景彫刻の歴史的な流れ

絵画的(一次元的)な世界において,古代エジ プトやメソポタミアの遺跡に,風景の一部を現し ているものが見られ,現代まで,伝統として息づ いている.中でも画期的な表現は,15 世紀初頭 のイタリア,フィレンツェの作家ベルニーニ・ギ ベルティ(1378 年∼ 1455 年)が,レリーフとし て表現したもので「天使の門」という作品である. それまで長い間,キリスト教神中心の世界に囲ま れ,美術の世界は「暗黒の歴史」であった.しか しその中で,閉塞感や物足りなさを感じていたフ ィレンツェ市民に受け入れられた人文主義,自然 主義が湧き上がり,町の中でいろいろな創作の試 みがなされるようになった.当時,彼のライバル であったフィリッポ・ブルネルスキによって発見 された,透視図法(遠近法)は,絵画の画法であ ったが,ギベルティはこの図法を応用して,その 洗礼堂のレリーフを完成させた.それは,広大な 風景の中に樹木や岩石などの点景の小物を配置し, 遠くへ行けば行くほど薄肉に,また,より手前に あるものほど厚肉に彫刻を施し最前列の人物は, 細部まで丸彫りにするという手法が用いられてい る. 1900 年のジクムト・フロイトの精神分析学が 無意識,夢,こころの構造などについての学説を 説き,それが美術評論家アンドレ・ブルドンに影 響を与えた流れを受けて,マルセル・ジュシャン が世に現れる.そして,ここに多様化への第一歩 が始まるのである.作家としては,戦前から日本

風景彫刻に関する資料

鈴木 武右衛門

Materials of Scenery Sculptures

Buemon SUZUKI

──────────────────────

(2)

庭園を意識した風景彫刻を数多く発表していた日 系アメリカ人,イサム・ノグチ(1904 年∼ 1988 年)が挙げられる.アメリカでは他に,クレス・ オルデンバーグ,ジョージ・シーガルら.フラン スではマリソール・エスコバール,ニキ・ド・サ ンファールらで,多様化の担い手となった作家と 言えるだろう. 東洋においての歴史的な流れとして,日本に多 くの影響を与えた中国には,長い歴史の中で様々 な側面を見出すことができる.素材では,陶,木, 石,竹と多彩である.ただ,中国の作品の多くは, 工芸品としてのおもむきが強く,心象や純粋芸術 (Fine Art)とは誤差を感じる部分が大きい. 一方日本では,埴輪に始まり,中国の影響を色 濃く受けた仏像時代,やがて明治から大正,昭和 と,彫刻の歴史に大きな流れはあった.しかし風 景彫刻に限定すれば,戦後,イタリアに渡った山 本正道(1941 年∼)がローマの風景を彫刻にし た作品に触れるべきであろう.それは,当時の彫 刻界に新風を吹き込み,美術の教科書にも取り上 げられた.このとき,風景彫刻のジャンルが確立 したのである.確かに,戦前からイサム・ノグチ が風景彫刻を創作していたが,他の作品の評価が 高く,かえりみられなかった.また,東洋的空間 概念を意識し,特に,枯葉山水の形式美の内容を 持つノグチが,東洋に目を向けていたのに対し, 山本のそれは西洋,特にイタリアに向けられてい る.山本の風景彫刻の原点はローマにあり,どこ か遠くの夢のような郷愁を漂わせ,牧歌的な光景 の造形化を感じる.

私の場合

ただ気ままに自由に作った小品をまとめて見る と,心象風景彫刻のようなものが見えてくる.彫 刻をどの視点から見るか.モデリングかカービン グか.キャスティングかアッサンブラージュか. 量感,構成,動勢,地肌,塊,面,線などの要素 からか.屋外か屋内か.動くか動かないか.意識 的か無意識か.色々な領域が混在する中で,しら ずしらず心象風景を作っていたのに気づきました. 今回の資料は大きく 2 つに分類した.西洋,イ タリアをイメージした作品群と,日本の形を意識 した作品群である.また,最近のテーマは生死観 で,5 点ほど掲載した.単一素材の作品は,19 点 中 5 点で,その他は複数の素材の組み合わせで創 造している.例えば,①の作品は,最上部を,ろ う型ブロンズで軽く飛んでいる鳥を表し,その下 部を石で作って硬直感を出して,石の廃舟の崩れ 消えていく様と鳥の自由に飛び立つ様の 2 つを対 比した.①から⑨までは,ローマの風景のイメー ジ,心象というものである.⑤と⑥は遠近法を意 識して作った.⑦と⑧は,伊達冠石という,表面 が泥をかぶったような玉石で,丸みを見せる方法 で制作した.①②⑩⑪⑫⑭⑮⑰⑱は,動物を配置 した作品で,擬人化したものや,恐れの対象を表 現した.⑭⑮は音を視覚で捉えた作品である.⑯ ⑰は,日本の泥や漆喰を用いて,古い民家のイメ ージを造形化した.⑲の朝雲塔は,模型の段階で は,雨が大地を浸食して地底に染み込む様を表現 した.しかし,この作品を見た宗徳寺住職が,磨 いていない部分を,朝の空にたなびく雲に見立て た.この出来事は,同じ作品から違う解釈が生ま れることと,作品への新たな魅力の発見で,改め て作品鑑賞の素晴らしさを感じ,愉快な気分を味 わうことができた,印象的な作品である. 単なる現実の表現だけでなく,イメージを造形 化することによって,また,多くの違った視野を 持つことによって,作品の可能性は広がっていく. それは制作にとどまらず,鑑賞においても言える ことではないだろうか.そう気付くと,同じもの の中に,違う景色を見ることができる. 『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

(3)

風景彫刻に関する資料

(4)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

(5)

風景彫刻に関する資料

③ アッピア街道 2008 年 13 × 57 × 20 テラコッタ 原石

(6)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

⑤ 大道芸人 1993 年 29 × 44 × 39 黒御影石 大理石 F.R.P

(7)

風景彫刻に関する資料

⑦ 湖畔の少女 2000 年 25 × 20 × 25 伊達冠石 ギャラリー KENZO 蔵

(8)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

⑨ il castello(城) 2002 年 35 × 60 × 10 黒御影石 白御影石 木 ブロンズ 金箔画 個人蔵

(9)

風景彫刻に関する資料

(10)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

⑫ 生死観 ―海市に鯨を見る― 2007 年 7 × 45 × 30 黒御影石

(11)

風景彫刻に関する資料

⑭ 竹林に風を聞く 2005 年 18 × 30 × 30 白御影石 テラコッタ

(12)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

⑯ み仏 1999 年 60 × 60(レリーフ) 漆喰・石 室生寺蔵(八王子)

(13)

風景彫刻に関する資料

(14)

『教育学部紀要』文教大学教育学部 第 42 集 2008 年 鈴木武右衛門

参照

関連したドキュメント

昨年度2科目で始まった自然科学研究科博士前期課程のMOT

を世に間うて一世を風塵した︒梅屋が﹁明詩一たび関って宋詩鳴る﹂

 □ 同意する       □ 同意しない (該当箇所に☑ をしてください).  □ 同意する       □ 同意しない

収益認識会計基準等を適用したため、前連結会計年度の連結貸借対照表において、「流動資産」に表示してい

   がんを体験した人が、京都で共に息し、意 気を持ち、粋(庶民の生活から生まれた美

2001 年(平成 13 年)9月に発生したアメリカ 同時多発テロや、同年 12

いてもらう権利﹂に関するものである︒また︑多数意見は本件の争点を歪曲した︒というのは︑第一に︑多数意見は

1989 年に市民社会組織の設立が開始、2017 年は 54,000 の組織が教会を背景としたいくつ かの強力な組織が活動している。資金構成:公共