第4章 発効したFTA−経緯とこれまでの成果−
著者
奥田 聡
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
シリーズタイトル
アジ研選書
シリーズ番号
19
雑誌名
韓国のFTA−10年の歩みと第三国への影響−
ページ
77-100
発行年
2010
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00016995
第
章
発効した FTA
―経緯とこれまでの成果―
韓国は 2003/2004 年 FTA ロードマップで同時多発的な FTA 推進を掲 げて以来 FTA 締結を積極的に推進し,チリ,シンガポール,EFTA との 三つの FTA が完全発効し,ASEAN との FTA は商品およびサービスの み部分的に発効した。これらの相手先の地理的分布から想起されるように, ここで取り上げる FTA は「大陸別橋頭堡」戦略に沿った各方面への布石 としての性格を帯びる。特に,チリ,シンガポール,EFTA との FTA は この性格が強い。また,これらの FTA はそのあとに続くアメリカ,EU など本格的な相手との交渉の予行演習としての性格を帯びている。それゆ え,これら四つの既発効 FTA については,これら自体が韓国にもたらす 経済的メリットよりは,自動車など韓国の関心品目の関税減免を勝ち取る ことや韓国の敏感品目であるコメや畜産品などをいかにして FTA から除 外するか,など将来につながる交渉技法の向上などに関心が向けられる傾 向があった。 当初,経済的メリットに大きな関心が払われなかったとはいえ,最近に なってこれら FTA の相手先との貿易量増大などの好影響などもあって, 少しずつ経済的メリットに対しても関心が高まりつつある。2008 年末現 在,これら四つの FTA の締結相手との貿易は往復で 1040 億ドルに上り, 韓国の対世界貿易の 12.1%が FTA によってカバーされるに至った。最も 早く発効した韓チリ FTA は,発効以来 5 年が経過しようとしており,韓
国からの輸出が大きく増えるという良好な成果を収めている。最近では韓 ASEAN FTA が順次発効しているが,相手先の経済規模が次第に大きく なっていることや,韓国の主要投資先であることから,その効果が期待さ れるところである。 この章では,韓国がこれまで推進してきた FTA のうち,発効したもの についてその経緯と,成果を検討できるものについてはそれを概観するこ とにする。成果の検討に当たっては,動態的効果測定に困難があるため, 静態的効果である関税引き下げについて重点を置くことにする(1)。
第 1 節 韓チリ FTA
―批准遅延に課題を残すも,発効後の実績大― 韓国にとって,チリとの FTA は最も古くから着手し,また最初に締結 された FTA でもある。1998 年 11 月 5 日,対外経済調整委員会はチリと の FTA 締結の推進を決定した。チリが当時から積極的に FTA を推進し ていて,同国との FTA が対南米貿易における橋頭堡,およびハブとして の機能が期待できること,そして韓・チリ両国の輸出入商品構成が補完的 であること(韓国は工業製品,チリは天然資源中心)などを勘案しての決 定であった。同月には韓・チリ両国間 FTA 推進について合意がなされた。 2 回の高位級作業会議 を経て 1999 年 9 月に両国間 FTA の正式交渉開始 が合意された。同年 12 月のサンチャゴにおける第 1 次交渉を皮切りに正 式交渉が始められたが,2000 年 12 月の第 4 次交渉(ソウル)の後交渉は 一旦中断された。しかし,2001 年 10 月には韓国通商交渉本部長とチリ外 相との間会談で交渉の再開で合意,第 5 回交渉が 2002 年 8 月にサンチャ ゴでもたれ,両国間の交渉が再開された。同年 10 月のジュネーブでの第 6 次交渉が最後の交渉となり,その席上でついに交渉が妥結,韓国最初の FTA が誕生することとなった。 しかし,韓チリ FTA は発効するまでに一層の紆余曲折を経なければな らなかった。協定は 2003 年 2 月 15 日にソウルで正式署名された。チリ側では同年 8 月に早くも批准同意案が下院を通過,翌 2004 年 1 月 22 日には 上院も通過し,発効に向けての国内的手続きを完了していた。韓国側では 2003 年 7 月 8 日に批准同意案が国会に提出された。しかし,韓チリ FTA の韓国における批准は極めて難航した。開放対象となったブドウなどの生 産者はチリとの FTA 署名後に自分たちが相当な被害を受けうることを知 り,保守色の強い野党ハンナラ党や金大中政権時の与党民主党の農村出身 議員を動かして批准を阻止しようとした。本会議での批准同意案審議に入 る前の 12 月 26 日,国会統一外交通商委員会は全体会議で韓チリ FTA 批 准同意案を採決で可決した。しかし,議事は批准を阻止しようとした議員 らの妨害により混乱を極めた(2) 。その後批准同意案は本会議に上程された が,12 月 29 日の第 1 回採決で否決され,翌 2004 年 1 月 8 日の第 2 回,2 月 9 日の第 3 回採決でも批准同意案は否決された。この間,1 月 4 日に慎 長範(シン・ジャンボム)駐チリ大使が国会議員あてに韓チリ FTA 批准 を要請する公開書簡を送るという異例の行動まで取っている。これはチリ 側の苛立ちを考慮してのことであった。署名後 1 年が経過した 2 月 16 日 の第 4 回採決で,批准同意案は賛成 162 票,反対 71 票でようやく可決さ れた。両国での批准を受け,2004 年 4 月 1 日に韓国初の FTA である韓チ リ FTA は正式に発効した。同 FTA の論議開始以来 5 年 5 カ月が経過し ていた。 韓チリ FTA の批准過程におけるもたつきぶりは,韓国の FTA 推進に おける国内対策の不十分さを改めて示した。これを教訓に国内体制の整備 が進められたことは上述の通りである。韓国の 2005 年外交白書は韓チリ FTA 締結の経験を次のように総括した。 「わが国初の FTA である韓チリ FTA はなによりも貴重な学習の場とな り,この経験が今後推進される同時多発的な FTA 交渉において貴重な資 産として用いられるであろう。」(外交通商部[2005: 147]) 韓チリ FTA の譲許内容をみると,両国の 10 年以内における関税撤廃 は品目数基準でそれぞれ 96%に達する。韓国側は協定発効と同時に 9740 品目(87.2%)の関税を撤廃した。工業製品のほとんどの関税を即時撤廃 する一方で,農産物の即時関税撤廃は 224 品目(農産物品目数の 15.6%)
にすぎない。関税が撤廃されることになった農産物の多くは完全撤廃が 5 年から 10 年後という年限付きのものであり,783 品目(54.8%)に達する。 5 年後に関税が完全撤廃された品目はワラビ,バラ,豆腐,ワインなどで あり,10 年後に関税が完全撤廃される品目はトマト,豚肉,キュウリな どである。関税撤廃が約束されない残存品目も多くある。韓国農民の反発 が強かったブドウは韓国の農閑期(11 月から翌年 4 月)のみ関税減免さ れる季節関税の対象となり,一定数量の範囲内で関税を減免する関税割当 の対象となったものには牛肉,鶏肉などがある。また,WTO での合意形 成後に議論することとなったものにニンニク,タマネギ,唐辛子,酪農製 品などがあり,コメ,リンゴ,ナシなどは除外品目となるなど,韓国の敏 感品目についてはその多くがうまく回避されている。農産物の残存品目の 総数は 425 品目(29.6%)に上る。 一方,チリ側の譲許案をみると,工業製品の開放に消極的で農産物の開 放に積極的という,韓国とは正反対の開放パターンを取っている。チリの 即時撤廃品目数は 2450(41.8%)で,そのうち工業製品は 1478 品目(工 業製品の 30.6%)にすぎないが,農産物は 677 品目(92.9%)の関税を即 時撤廃した。工業製品のうち,年限付き関税撤廃品目は 3338 品目(工業 製品の 69.1%)に上り,具体的にはポリエチレン,輸送用車両(以上 5 年), 蓄電池,掃除機(以上 10 年),鉄鋼,繊維 ・ 衣類(以上 5 年据置,8 年撤廃) などが挙げられる。例外品目の例としては洗濯機と冷蔵庫,中古タイヤが ある。 協定発効後の効果をみると,両国間の貿易規模が飛躍的に増大している ことがわかる(表 1)。貿易総額は,FTA 発効前(2003 年)と発効 5 年目 (2008 年)とで比較して 4.55 倍の伸びを記録,この間の対世界貿易額の伸 びの 2 倍近くの速さで両国間の貿易が伸びたことになる。チリ市場での韓 国のシェアは輸出入,貿易総額いずれも 6 位で,チリの輸入に関しては 8 位の日本を上回る。 韓国は対チリ輸出を順調に伸ばし,発効 5 年目(2008 年)の輸出額は 30 億 3200 万 ド ル で,FTA 発 効 前(2003 年 ) に 比 べ 5.86 倍 と な っ た。 FTA 発効当初には関税が即時撤廃された自動車,家電の輸出が好調で,
チリにおける市場占有率の上昇が伝えられた。最近では関税が即時撤廃さ れなかった品目でも時間の経過とともに関税率が下がり,輸出の増加が目 立つ品目も多い。表 2 に示されるように,石油製品,化学製品,鉄鋼製品 など,チリ側が当初即時関税撤廃をしなかった品目の輸出が増えてきてい ることがわかる。特に,石油製品は 2008 年に価格が大きく上昇し,韓国 の対チリ輸出額を大きく押し上げた。テレビや自動車など,FTA 発効当 初に輸出を伸ばした品目も引き続き好調を維持している。 チリが関税譲許を除外した品目の動向をみると,冷蔵庫と洗濯機の輸出 の伸びは 2003 年から 2005 年,2005 年から 2008 年のいずれの期間を取っ てみても対チリ輸出全体の伸びよりも低調で,譲許除外の効果が見て取れ る(表 3)。 一方,韓国の対チリ輸入は FTA 発効 2 年目(2005 年)に 22 億 7900 万 ドル,発効 5 年目に 41 億 2700 万ドルと,これも高い伸びを見せた(表 4)。 発効前(2003 年)と比べ,発効 5 年目には 3.90 倍の伸びである。銅製品 と銅鉱,パルプが輸入の大半を占めるが,銅製品は銅地金の価格上昇によっ て金額が急上昇し,発効後の輸入急増につながっている。このほか,銅製 品に関しては素材関連製品特有の価格弾力性の高さもあって貿易転換効果 (関税率の下がった FTA 締約国からの輸入品が,関税率が据え置かれて いる FTA 非締約国からの製品を代替すること)も加わっているもようで 表 1 対チリ貿易総括 貿易額(100 万ドル) 輸出 輸入 貿易総額 貿易収支 2003 517 1,058 1,575 −541 2005 1,151 2,279 3,430 −1,128 2008 3,032 4,127 7,159 −1,096 伸び(2008/2003,倍) 5.86 3.90 4.55 韓国の対世界貿易の伸び(同,倍) 2.18 2.43 2.30 韓国でのチリのランク(位) 33 24 29 チリでの韓国のランク(位) 6 6 6 (注) FTA 発効は 2004 年 4 月 1 日。 (出所) 韓国貿易協会ウェブサイト(http://stat.kita.net,2009 年 2 月 1 日アクセス),および IMF, Direction of Trade, Various Issues.
表 2 対チリ輸出増加が大きい主要品目(2005∼2008 年) HS4 ケタ 品目名 2005 年 輸出額 (1,000ドル) 2008 年 輸出額 (1,000ドル) 増加額 (1,000ドル) 関税撤廃 年限(年) 合計 1,151,001 3,031,843 1,880,842 2710 石油製品 241,354 1,438,430 1,197,076 5 2807 硫酸 612 36,061 35,449 5 4011 ゴムタイヤ 17,889 33,242 15,353 5-13 7210 鉄鋼細幅フラットロール 製品 11,128 65,946 54,818 5-13 7308 鉄鋼製構築物 438 17,990 17,552 10 8402 蒸気発生ボイラー 19 45,387 45,368 5-10 8408 ディーゼルエンジン 2,861 18,624 15,763 0 8419 加熱等機器 1,021 13,801 12,780 5-13 8421 ろ過・清浄機等 1,207 23,131 21,924 5-13 8429 ブルドーザー 15,926 30,789 14,863 0-5 8517 電話機(含携帯電話)* 1,149 55,735 54,586 0-5 8528 モニタ,テレビ受像機 21,045 51,059 30,014 0 8544 絶縁電線 7,910 19,492 11,582 5-13 8703 乗用自動車 270,810 525,418 254,608 0 8704 貨物自動車 76,144 89,732 13,588 0 8708 自動車部品 26,466 38,835 12,369 0-13 (注) FTA 発効前の税率は 6%。2005 年から 2008 年にかけての輸出増加額が 1000 万ドルを 超える品目を掲載。 * 2007 年 HS コード改正で,HS2002 で 8525(無線通信機器)に分類されていた携帯電 話が 8517 に分類換えになった影響を含む。 (出所) 韓国貿易協会ウェブサイト(http://stat.kita.net,2009 年 2 月 1 日アクセス)。 表 3 チリの除外品目の輸出動向 冷蔵庫(HS8418) 洗濯機(HS8450) 対チリ輸出計 輸出金額 (1,000ドル) 2003 1,167 727 517,187 2005 1,714 1,028 1,151,001 2008 2,058 1,273 3,031,843 倍率(倍) 2005/2003 1.47 1.41 2.23 2008/2005 1.20 1.24 2.63 (出所) 表 2 におなじ。
ある(関税庁[2006])。貿易転換効果が発生しているその他の品目として はワインがある。2008 年の輸入額は 2971 万ドル(2005 年対比 2.50 倍)で, 韓国でのチリ産ワインのシェアは,イタリア,アメリカ産を抑え,フラン スに次いで第 2 位に浮上した。店頭においても価格の割に品質がよいと好 評のようである。 韓国内で憂慮されていた農産物輸入については,ブドウを除くと大幅な 伸びを示す品目は特にない。チリからの農産物輸入の多くを占めていた豚 肉は最近になって伸びが鈍り,2008 年の輸入額は 8807 万ドル,2005 年対 比 1.11 倍の伸びにとどまった。キウイは FTA 発効当初に輸入の急増が見 表 4 チリからの主要輸入品目 HS コード 品目名 輸入額(1,000ドル) 倍率 (2008/ 2005年) 代表的な品目 の税率(%) 同関税 撤廃年限 (年) 2005年 2008年 基準税率 (FTA前 の税率) FTA 税率 (2009年) 合計 2,279,172 4,127,351 1.81 0203 豚肉 79,155 88,068 1.11 25 11 10 0303 冷凍魚類(主として鮭) 20,154 39,852 1.98 10 0 5 0806 ブドウ 19,158 64,217 3.35 45 20* 10 0810 その他果実(主としてキ ウィ) 7,996 3,964 0.50 45 20 10 2204 ワイン 11,884 29,713 2.50 30 0 5 2301 肉・魚粉(主として魚粉) 24,310 28,634 1.18 5 2 即時 26 鉱石・精鉱(主として銅鉱) 925,198 1,626,455 1.76 0 0 即時 2827 塩化物・ヨウ化物(主と してヨウ化物) 2,363 15,194 6.43 5 0 即時 2836 炭酸塩(炭酸リチウム) 5,572 30,671 5.50 5 0 即時 2905 非環式アルコール(主と してメチルアルコール) 137,583 64,023 0.47 2 0 即時 4407 木材 13,638 32,886 2.41 5 0 5 4703 化学木材パルプ 108,244 266,370 2.46 0 0 即時 7202 フェロアロイ(主としてフェロモリブデン) 1,030 57,840 56.16 3 0 即時 74 銅製品(主として陰極・陰極型材) 870,832 1,712,701 1.97 3 1 7 (注) * 11 月から 4 月のみ適用される季節関税。 (出所) 表 2 におなじ。
られたが,2008 年の輸入額は 396 万ドルで,2005 年に比べて半減した。 ブドウについては,協定批准当初の混乱の原因となった品目だけに,発効 後の国内市場混乱が心配されたが,今のところ大きな混乱は見られていな い。チリ産ブドウの関税は 11∼4 月に限って引下げが行われるが,当初 45%であった関税率は 10 年にわたって段階的に引き下げられ,2009 年に は 20%にまで下げられた。2008 年の輸入額は 6422 万ドル,2005 年対比 3.35 倍の伸びをみせた。だが,チリ産ブドウの輸入急増にもかかわらず国内価 格は堅調を維持している。2008 年の国内のブドウの消費者価格は,FTA 発効前の 2003 年に比べて 23%上昇している。冬から秋にかけて果物のバ リエーションが少なくなる季節に入ってくるチリ産ブドウへの需要が高 く,消費者の間にもその購入が定着してきたことが背景にあるとみられ る。
第 2 節 韓シンガポール FTA
韓シンガポール FTA は,韓国としてはチリに次ぐ 2 番目の FTA である。 この FTA は,アジアの近隣主要国家との本格的 FTA であり,アジアに おける橋頭堡作りの意味合い,特に後に締結される韓 ASEAN FTA の先 鞭をつけるものとしての意味合いを持つ。シンガポールは韓国にとって 7 番目に大きい貿易相手であり,周辺諸国のサービス ・ 金融・物流など産業 全般にわたるハブとして機能している重要な相手国である。このため,韓 国が目指す包括的 FTA がその真価をよりよく発揮できる相手ともいえる。 また,現在韓国が掲げる「同時多発的 FTA」政策の下で交渉が行われ, 結実した初めての FTA でもある。 韓シンガポール FTA は 1999 年 9 月の APEC 首脳会談で当時のゴーチュ クトン・シンガポール首相が両国間 FTA の締結を提案したことがそのは じめである。韓国がチリとの FTA 交渉を事実上終えた 2002 年 11 月,シ ドニーで韓・シンガポール通商会談が持たれ,その席で 両国間 FTA 締 結のための「産官学共同研究会」発足が合意された。その後,発効に至るまでに要した時間が比較的短かったのが韓シンガポール FTA の一つの特 色といえる。産官学研究会は 3 回の共同研究会合を経て,両国間 FTA 推 進を薦めた最終報告書を 2003 年 10 月に発表した。これを受けて同月の 韓・ シンガポール首脳会談で両国間 FTA の政府間交渉開始が宣言された。 2004 年 1 月の第 1 次交渉開催を皮切りに数回の実務協議を交えた 5 回の 本交渉の末,2004 年 11 月 のラオスでの ASEAN + 3 首脳会談の際,韓・ シンガポール首脳会談で FTA 交渉の実質的妥結が宣言された。対チリ交 渉のときと違って,交渉が一旦開始された後には目立った中断期間がなく, 交渉開始後約 1 年で妥結にこぎつけた。2005 年 8 月 4 日に韓シンガポー ル FTA は協定文への正式署名がなされ,同年 12 月 1 日には批准同意案 が早くも国会を通過し,2006 年 3 月 2 日に発効した。 この FTA の締結過程が迅速に進行したのは,両国にとってさしたる障 害がなかったことが主な要因といえる。シンガポールは自由貿易港であり, FTA 発効前においても対韓輸入品には焼酎やビールなど酒類 6 品目へ除 いて関税賦課が行われていなかった。また,農産物など韓国にとっての敏 感品目での輸入圧力はそれほど強くなく,交渉過程においても韓国側の敏 感品目についてシンガポールが理解を示していた。こうした構図は比較的 短期間で交渉がまとまった日シンガポール EPA と類似している。 協定内容をみると,概して韓国側の譲許の少なさが目立つ。商品貿易で は,シンガポールは全商品について即時関税撤廃したのに対して,韓国が 関税を即時撤廃するのは 6724 品目(59.7%)に留まった。5 年撤廃がアス ファルト,電気アイロン,コーヒー,チョコレート,塩蔵魚,魚類缶詰を 含む 2009 品目(17.8%),10 年撤廃が塩安,電動機,イチゴ,ジャガイモ, 山芋,高麗ニンジン,酒類,冷凍タラ・サバ,製材など 1582 品目(14.1%) である。除外品目は 946 品目(8.4%)に上る。除外品目の例としては, 揮発油,ボールベアリング,テレビなどの工業製品のほか,コメ,リンゴ, ナシ,タマネギ,ニンニク,牛肉などの農産品,養殖用活魚,熱帯魚など の水産品,合板,繊維板などの林産品がある。 サービス・投資譲許においても韓国側の譲歩はシンガポール側にやや見 劣りする。サービス・投資の開放を行わない「留保」案件総数が韓国 81
件に対して,シンガポールは 64 件であった。 その他の特徴としては,両国の域外加工品の原産地認定がなされたこと が挙げられる。韓国はシンガポールの域外加工品の一部をシンガポール産 認定(HS10 ケタ基準で 134 品目)し,シンガポールは韓国側の関心の高かっ た開城工業団地など北朝鮮の工業団地製品の韓国産認定(HS6 ケタ基準で 4625 品目)を行うこととなった。 韓シンガポール FTA 発効後の両国間貿易の状況をみると,予想に反し て韓国側の出超となっている。(表 5)。FTA 発効前からシンガポールの 関税がほぼゼロであるのに対して,韓国は工業製品(非農産物)において も平均 6.6%(2007 年)の関税を維持している。韓シンガポール FTA に おける韓国の関税譲許が比較的少ないとはいえ,韓国のシンガポールに対 する障壁が段階的に解消されることによって韓国の対シンガポール輸入が 増加することが予想されていた。 表 5 対シンガポール貿易総括 貿易額(100 万ドル) 輸出 輸入 貿易総額 貿易収支 2005 年 7,407 5,318 12,724 2,089 2008 年 16,293 8,362 24,655 7,931 伸び(2008/2005 年,倍) 2.20 1.57 1.94 貿易黒字 第 5 位 韓国の対世界貿易の伸び(同,倍) 1.48 1.67 1.57 韓国でのシンガポールのランク(位) 5 13 7 シンガポールでの韓国のランク(位) 7 10 8 (注) FTA 発効は 2006 年 3 月 2 日。 (出所) 表 1 におなじ。 韓シンガポール FTA 発効前からシンガポールはほぼ関税がゼロであっ たため,韓国からシンガポールへの輸出が FTA の影響を受けるとは考え にくい。発効前の 2005 年と発効後の 2008 年を比較してみると,韓国の輸 出増加約 89 億ドルのうち,約 8 割は石油製品と造船の輸出増で説明できる。 一方,韓国ではこの FTA の発効に伴って関税が引き下げられているので, その影響があるかを確かめるべく,表 6 を作成してみた。ガラスやプリン
ターなどでは韓国での税率の下げと輸入の増加が連動しているようにみえ るが,輸入の増加幅が大きい集積回路や石油製品は FTA の前後で税率に 大きな変動がなく,FTA の影響は輸入においても鮮明には出ていない感 がある。 表 6 シンガポールからの主要輸入品目 HS4 ケタ 品目名 輸入額(1,000ドル) 最恵国 実行関税 (単純平均,%) 韓シンガポール FTA 税率 (単純平均,%) 2005 年 2008 年 増加額 2710 石油製品 127,154 539,370 412,216 4.8 3.1 2910 三員環エポキシド等 55,025 121,141 66,116 5.0 1.6 3818 電子工業用ウェハー 4,355 77,955 73,600 0.0 0.0 7006 ガラス 84,514 84,514 4.8 0.0 8443 プリンター等 31,079 96,152 65,073 4.2 0.8 8486 半導体製造用機械* 44,572 44,572 3.5 1.0 8517 電話機 14,220 233,202 218,982 0.6 0.2 8523 光学ディスク等メディア 80,239 264,879 184,640 2.8 0.8 8542 集積回路 2,940,087 5,052,779 2,112,692 0.0 0.0 9032 自動制御用機器 37,842 80,139 42,297 6.5 1.7 (注) * HS2007 にて新設。 (出所) 表 1 におなじ。 この FTA の効果が今ひとつ見えにくい理由としては,2007 年以降順次 発効している韓 ASEAN FTA の存在が挙げられる。シンガポールは韓 ASEAN FTA にも署名しており,2007 年 6 月から発効している。韓国お よ び シ ン ガ ポ ー ル の 輸 出 者 は 韓 シ ン ガ ポ ー ル FTA ま た は 韓 ASEAN FTA のどちらか有利な方を使ってよい。だが,関税譲許に関しては,韓 ASEAN FTA のほうが除外品目は少なく,税率も平均的に見て約半分で ある。また,韓 ASEAN FTA では,韓シンガポール FTA にはない原産 地判定に関する累積規定(第 4 節で解説)がある。これにより,韓国から ASEAN に持ち込まれた製品は ASEAN・韓国の域内にとどまっている限 りは個別国での付加価値額は累積されてゆき,域内産認定を受けられる可 能性が高まる。これに伴い,関税減免の恩恵を受けられる可能性も高まる。 最近の韓国・シンガポール間の貿易にこの二つの FTA が影響を与えてい
ることは確かであろうが,その影響は複合的なものであり,どちらか一方 の影響だけを分離することは難しそうである。
第 3 節 韓 EFTA FTA
2006 年 9 月に発効した韓 EFTA FTA は,韓国にとって 3 番目の FTA であり,南米,アジアに次ぐヨーロッパ市場への橋頭堡の意味合いを持ち, 特に韓 EU FTA の先鞭をつけるものとして位置付けられる。また,複数 国を同時に相手にする交渉であり,その後の ASEAN や EU との交渉に対 する予行演習的な役割も果たした。EFTA は EU に加盟しないヨーロッ パ諸国をほぼ網羅していて,そのメンバーはスイス,ノルウェー,アイス ランド,リヒテンシュタインの 4 カ国である。EFTA の 1 人当たり所得は 6 万 6811 ドル(2007 年,GDP 基準)と非常に高く,経済規模は世界 10 位圏に属する。韓 EFTA FTA は,韓国にとって初の先進国との FTA で ある。2008 年における相互間の貿易規模は 66 億 5000 万ドルで,EFTA は韓国にとっては 30 位内外の貿易相手であり,EFTA にとって韓国は 22 位の貿易相手(2007 年)である。
韓 EFTA FTA は 2000 年 7 月に EFTA 側がその推進意思を表明したこ とに始まる。この後 EFTA 側は韓国との FTA 推進に積極的な態度を示 し 続 け た。2004 年 5 月 14 日 の OECD 閣 僚 会 議 の 際 に 開 催 さ れ た 韓 EFTA 通商長官会談で両者間 FTA に関する産官学共同研究の開始に合 意し,韓 EFTA FTA は妥当性検討段階に入った。同年 10 月 13∼15 日 の共同研究第 2 回会議で 2005 年初からの FTA 交渉開始と 1 年以内の妥 結を勧告する共同研究報告が確定した。これを受けて,2004 年 11 月 12 日に公聴会が開催され,同年 12 月 9 日には対外経済長官会議が韓 EFTA FTA の推進を決定した。同年 12 月 16 日,両者はジュネーブでの通商長 官会議の際に 2005 年 1 月からの FTA 交渉開始を宣言した。本交渉は 6 カ月の間に 4 回行われ,同年 7 月 12 日に中国大連で行われた両者の通商 長官会議の際に交渉妥結が宣言された。韓 EFTA FTA の交渉ではそれま
での交渉において蓄積された交渉ノウハウが生かされて,対シンガポール 交渉よりも迅速な交渉経過をたどった。正式署名は 2005 年 12 月 15 日に 香港で行われ,2006 年 6 月 30 日には批准同意案が国会を通過,同年 9 月 1 日に発効した。 商品関税の譲許においては,農産物は加工農産物と基本農産物(加工し ていない農産物)に区分され,加工農産物に関する譲許は本協定に含まれ, 基本農産物については韓国と EFTA 加盟国との間での個別協定となって いる(3)。本協定の譲許内容をみると,EFTA 側は基本農産物を除く全品目 で即時関税撤廃する。EFTA 側の主要な高関税品目としては衣類 ・ 織物, 貴金属製品,各種調製食品などであるが,これら品目も全面的に関税が撤 廃され,韓国側の輸出増大が期待される。ただし基本農産物では適用除外 が目立ち,スイス 49%,ノルウェー 39%,アイスランドでも 33%(それ ぞれ品目ベース)が除外された。韓国側の発効 10 年以内における関税撤 廃率は品目ベースで 96.6%であり,韓チリ FTA とほぼ同水準である。関 税が即時撤廃されるのは 8726 品目(86.3%)で,工業製品については 8568 品目(91.1%)が該当する。一方,水産物,加工農産物の即時撤廃品 目は少なく,それぞれ 110 品目(27.1%),48 品目(15.8%)に留まって いる。 発効後 10 年以内の関税撤廃が約束されていない「残存品目」は,工業 製品では原油・石油製品の 29 品目(0.3%,3 年後再検討),水産物 78 品 目(19.7%,うち除外は海苔・ワカメなど 47 品目。その他はサケ・マス 活魚 24 品目をはじめほとんどが今後再検討)となっており,加工農産物 においては大半の 235 品目(77.3%)が残存品目となっている。加工農産 物では関税引き下げ(10∼50%)対象が 187 品目と残存品目の多くを占め るが,除外品目も高麗人参製品を含む 48 品目に上っている。基本農産物 では 1451 品目中スイス 66%,ノルウェー 54%,アイスランドに対しても 42%を除外した。主要な除外品目はコメ,肉類,酪農製品,調味料類など であるが,チーズ,ワイン,羊肉などは一定の譲歩を行っている。 このほか,韓 EFTA FTA で特筆されるのは開城工業団地産品に対する 韓国産認定であり,HS6 ケタ基準 267 品目に対して認められた。
表 7 対 EFTA 貿易総括 貿易額(100 万ドル) 輸出 輸入 貿易総額 貿易収支 2005 年 1,090 1,818 2,908 −728 2008 年 2,520 4,138 6,658 −1,618 伸び(2008/2005 年,倍) 2.32 2.28 2.29 韓国の対世界貿易の伸び(同,倍) 1.48 1.67 1.57 韓国での EFTA のランク(位) 35 23 30 EFTA での韓国のランク(位) 21 22 22 (注) FTA 発効は 2006 年 9 月 1 日。 (出所) 表 1 におなじ。 表 8 EFTA への主要輸出品目 HS4 ケタ 品目名 輸出額(1,000ドル) 2005 年 2008 年 増分 8517 電話機* 2,403 67,511 65,108 8525 無線通信機器* 109,922 1,497 −108,425 8703 乗用自動車 359,046 158,814 −200,232 8901 船舶 280,082 863,683 583,601 8905 特殊船舶 975,919 975,919 (注) 2007 年の HS コード改正により,携帯電話が 8525 から 8517 へ移動している。 (出所) 表 2 におなじ。 FTA 締結後の貿易動向をみると,EFTA との貿易総額の伸びは韓国の 全世界向け貿易の伸びを上回っている(表 7)。貿易収支は FTA 発効前か ら赤字基調で,FTA 発効後は韓国の赤字が増える状況にある。表 8 を見 て分かるとおり,韓国からの輸出の品目構成は比較的単純で,携帯電話, 自動車,船舶など韓国の得意商品が上位に並んでいる。協定発効をはさん だ時期の輸出の伸びは船舶輸出の増加に主導されており,別の主力品目で ある携帯電話と自動車の輸出はやや不振であった。EFTA 諸国の最恵国 税率(MFN 税率,通常第三国に対して適用される)は元来低く,FTA 発効前においてもほぼ自由貿易が達成された状態であった(工業製品の 2006 年における貿易シェア加重平均税率はスイス 1.2%,ノルウェー 0.4%, アイスランド 1.9%)。また,EFTA 諸国では有税品目の多くに従量税を
採用しているため FTA 発効前後の韓国からの輸出の伸びを検証するのが 容易でない。一方,輸入は先進国からの輸入だけに多種多様であるが,概 して機械・電機が多い。EFTA 諸国の特色が出ていると思われる点とし ては,金(きん),プラチナなどの貴金属,医薬品,携帯用時計(腕時計 や懐中時計)などが主要品目に並ぶことである。韓シンガポール FTA に 比べて,韓国の工業製品での関税即時撤廃が多い関係から FTA 税率が大 幅に低下しており,域外国に適用される最恵国実行関税と比べた関税引き 下げ幅が大きい。表 9 に掲げた主要輸入品目においても 4∼8%であった 関税がほぼゼロになっている。 表 9 EFTA からの主要輸入品目 HS4 ケタ 品目名 輸入額(1,000ドル) 最恵国実行 関税 (単純平均,%) 韓 EFTA FTA 税率 (単純平均,%) 2005 年 2008 年 増分 2710 石油製品 24,777 188,554 163,777 4.8 0.3 3004 医薬品 91,881 187,029 95,148 8.0 0.5 7108 金(きん) 23,511 179,165 155,654 2.7 0.0 7110 プラチナ 1,869 89,553 87,684 3.0 0.0 7326 鉄鋼製のその他製品 13,935 131,424 117,489 8.0 0.0 8413 液体ポンプ 91,255 240,917 149,662 8.0 0.4 8414 気体ポンプ 64,394 125,346 60,952 7.8 0.5 8419 加熱等器具 15,535 81,482 65,947 7.3 0.3 8479 その他機械類 106,831 418,178 311,347 7.4 0.4 8481 コック・弁 32,362 91,675 59,313 8.0 0.2 8486 半導体製造装置 55,994 55,994 3.5 0.3 8537 電 気 制 御 用ボード・ パネル 21,251 182,409 161,158 8.0 0.0 9032 自動制御用機器 51,601 116,682 65,081 6.5 0.2 9102 携帯用時計 31,113 84,520 53,407 8.0 0.7 (出所) 表 2 におなじ。
第 4 節 韓 ASEAN FTA
―商品・サービスは発効,投資は発効待ち― 韓 ASEAN FTA は 2007 年 4 月 2 日に基本協定,紛争解決協定および 商品貿易協定が国会で批准され,同年 6 月 1 日に発効した。同日以降順次 締約国が履行を開始した。2008 年 11 月 1 日にはカンボジアが履行を開始 し,タイを除く商品貿易協定への署名国すべてが同協定を履行している(表 10)。サービス協定については 2009 年 5 月 1 日に発効した。投資について は同年 6 月 2 日に署名され,交渉は事実上終了した。 表 10 韓 ASEAN FTA 商品協定の発効状況 国名 発効日 韓国 2007/6/1 インドネシア 2007/6/1 マレーシア 2007/6/1 シンガポール 2007/6/1 ベトナム 2007/6/1 ミャンマー* 2008/6/1 フィリピン 2008/1/1 ブルネイ 2008/7/1 ラオス 2008/10/1 カンボジア 2008/11/1 タイ 未発効(2008/12/18 妥結) (注) * ミャンマーでは国内手続きが遅延し,発効日以後の取引については 後で協定税率を超える関税を還付の方針。 (出所) 韓国関税庁報道資料(http://fta.customs.go.kr/,2009 年 1 月 31 日ア クセス)。 ASEAN は 5 億人の人口を擁し,中国,GCC(湾岸協力会議),EU に 次ぐ韓国第 4 の貿易相手である。1990 年代半ば以降,韓国と ASEAN の 間の貿易額は 300 億ドル台で推移していたが,同地域における所得の伸び や韓国の企業進出増加などを背景に,最近になって貿易額は急速な勢いで 伸び,2008 年の往復貿易規額は 902 億ドルに達した。このほか特筆され るのは急増する韓国側の貿易黒字で,中国や先進国との貿易が苦戦する中, 貴重な黒字獲得源となっている。いまや巨大経済圏に成長した ASEANとの FTA の韓国にとっての意義はますます大きくなっている。
日本は ASEAN との FTA に先駆けて主要加盟国との二国間 FTA 締結を 先行させているが,韓国の場合は ASEAN 会員国との二国間 FTA は韓シ ンガポール FTA のみである。こうした交渉方式は ASEAN との FTA を推 進し,ASEAN 加盟国との間の二国間 FTA を持たない中国の方式に近い。 ASEAN 側は 1997 年以来ずっと韓国との FTA 締結の希望を持ってき たという(4) 。具体的な動きは 2003 年以降現れてきた。同年 8 月に対外経 済長官会議が韓・ASEAN 間の FTA に関する共同研究提案を決定し, 2004 年 3∼8 月の専門家グループ会議で FTA 推進が建議された。同年 11 月 30 日の韓 ASEAN 会議の場において 2 年以内の妥結を目標とした交渉 開始が宣言され,翌 2005 年 2 月には第 1 回交渉が開始された。8 回の交 渉の末同年 12 月には商品自由化に関するモダリティ(方式)についての 合意を見,包括的経済協力に関する基本協定(Framework Agreement) に関係国が正式署名した。2006 年 4 月 28 日に終わった第 11 回交渉にお いて商品貿易交渉が妥結,8 月 24 日にタイを除く 9 カ国が商品協定に正 式署名した(5)。サービス協定は 2007 年 11 月 21 日の ASEAN 首脳会議の 際に署名された。また,その間タイは国内政治情勢が混乱していることや 韓国がコメ市場開放を拒否していることを理由に商品協定の署名を見送っ てきたが,2007 年 12 月に「実務妥結」し,ほかの締結国がそれと関連し た国内手続きに入った(外交通商部 2008 年 1 月 11 日報道資料)。直近の 交渉は 2009 年 4 月 8 日に持たれた第 25 回交渉で,これが実質的に最後の 交渉となるとみられる。 韓 ASEAN FTA では,商品,サービス,投資の 3 部分の合意が別々の 時期になされ,発効時期もそれぞれ異なり,また,同じ商品関税の部分で も各国の履行日がまちまちである。合意しやすい分野から実行に移し,徐々 に対象分野を広げていくやり方であるが,これは発展段階に大きな開きが ある ASEAN 各国の合意を得るためにはその履行にあたって個々の締約 国の事情に最大限配慮する柔軟性が必要であったことによる。こうした方 式の FTA は,韓国の FTA のなかでもユニークである(6)。 商品分野においては,ASEAN10 カ国と韓国の計 11 カ国を三つのグルー
プに分け,関税譲許類型も三つに分けた。締約国は①先行 7 カ国=韓国と ASEAN6 カ国:シンガポール・マレーシア・タイ・フィリピン・インド ネシア・ブルネイ,②ベトナム,③後発 3 カ国=カンボジア・ラオス・ミャ ンマーに分けられて自由化年限に差をつけた。譲許類型はノーマルトラッ ク品目と敏感品目に分かれ,敏感品目の中にはさらに超敏感品目を置いた。 関税の早期撤廃(2010 年まで)を目指すノーマルトラック品目は品目数・ 金額ともに 90%以上が含まれ,先行 7 カ国は 2010 年までに関税を撤廃す る(7)。ここで注意が必要なのは,必ずしも即時撤廃ではないという点であ り,この点も他の FTA と異なる。ベトナムと後発 3 カ国についてはノー マルトラック品目の関税減免について先行 7 カ国に比べてそれぞれ 6 年, 8 年の猶予が認められる。敏感品目は品目ベースで 7%以下(8)であり,先 行 7 カ国は 2012 年初までに関税率を 20%以下に引き下げ,2016 年までに は関税率を 5%以下に減免する。ベトナムと後発 3 カ国についてはそれぞれ 5 年,8 年の猶予が認められる。超敏感品目は品目数ベースで 3%以下(も しくは 200 品目以下)(9) であり,保護の形態はグループ A から E までの 5 種類に分かれる。グループ A,B,C は関税引き下げのみの約束で,それぞ れ最高税率 50%,税率 20%カット,税率 50%カットを内容とする。履行年 限は先行 7 カ国が 2016 年で,ベトナム,後発 3 カ国にはそれぞれ 5 年,8 年の猶予が認められる。超敏感品目中,関税引き下げ幅が小さいグループ B が最も数が多い。グループ D は関税割当であり,グループ E は除外品目 (HS6 桁基準 40 品目まで)である。韓 ASEAN FTA の関税譲許においては, 基本的に猶予・除外品目を輸入国がその国内事情に応じて選択できる。 第 2 節(10)
(韓シンガポール FTA)でも述べたが,韓 ASEAN FTA のひ とつの特色は,原産地規定に累積規定が設けられていることである。累積 規定とは,FTA の締結国(韓 ASEAN FTA の場合は 11 カ国)で生産さ れた原材料はすべて自国産とみなされ,原産地規定判定の際に付加価値基 準が適用される場合には域内での付加価値すべてが累積されて自国産原材 料コンテンツとしてカウントされる,という規定である。韓 ASEAN FTA に即していうならば,例えば,韓国企業が ASEAN 加盟国所在の中 間工程を担当する企業に韓国産原材料を供給して,そこで加工度を上げた
中間財を引き取り,韓国でさらに最終加工した上で ASEAN 加盟国に販 売するという取引を考えてみよう。加工段階が上がるごとに付いていく域 内での付加価値をすべて自国で付加されたものとみなして累積計算してい くので,加工段階が上がるに従って自国産認定の確率も高くなる。従って, 最終製品販売時にかかる関税率は FTA に基づく特恵税率が適用される可 能 性 が 高 く な る。 こ の 累 積 規 定 は, 韓 シ ン ガ ポ ー ル FTA, 韓 EFTA FTA,韓米 FTA にもあるが,締約国の数が多く,締約国域内における生 産工程分化が進んでいる ASEAN においてもっともその活用が期待され るところである(11)。 このほか,開城工業団地製品については,同工団で生産が予定される 232 品目のうち,各国が選ぶ 100 品目が韓国産として原産地認定されるこ とになった。 譲許内容を概観すると,自動車,鉄鋼などの韓国の主力商品でありかつ 関心品目の ASEAN における関税が撤廃されることになっていて,韓国 から ASEAN への輸出増加が期待された。また,電子製品,化学製品,半 導体,通信機器製品などにおいても輸出増加が期待されていた。一方,韓 国の譲許内容をみると,早期に関税を撤廃するノーマルトラックに 4742 品目(品目数基準 90.8%,輸入額基準で 91.5%)が置かれた。工業製品で はノーマルトラック品目が 96.6%を占めたが,農産物,水産物,林産物で は品目数基準でノーマルトラック品目の割合が 60%内外にとどまった。 そのうち,水産物と林産物では輸入額で見たノーマルトラック品目の比率 が 38%,25%にとどまった。200 に限定された超敏感品目は農産物,水産 物, 林 産 物 に 割 り 当 て ら れ, そ れ ぞ れ 輸 入 額 基 準 で 32.8 %,56.7 %, 32.6%をカバーした。こうして,韓国が開放を嫌う敏感品目の多くは保護 された。除外品目は 40 品目で,具体的にはコメ,豚肉,鶏肉,ニンニク, タマネギ,唐辛子と大部分の果実類,主要な活魚 ・ 冷凍魚類が除外対象と なった(12)。 韓 ASEAN FTA は発効後 1 年余りを経過したが,この間の貿易量の伸 びは目覚しいものがある(表 11)。 特に,韓国の対 ASEN 輸出の伸びは著しく,貿易収支の改善も著しい。
表 12 ASEAN への主要輸出品目 輸出額(1,000ドル) HS4 ケタ 品目名 2006 年 2008 年 増分 2710 石油製品 3,727,012 9,977,604 6,250,592 3902 ポリプロピレン等 217,425 443,285 225,860 4002 合成ゴム 156,566 409,133 252,567 6006 その他メリヤス編み物 446,479 735,550 289,071 7208 鉄鋼広幅熱間フラットロール製品 230,473 861,198 630,725 7209 鉄鋼広幅冷間フラットロール製品 239,348 584,168 344,820 7210 鉄鋼細幅フラットロール製品 533,703 820,374 286,671 8419 加熱等器具 97,851 330,032 232,181 8471 コンピューター 495,558 261,590 −233,968 8473 コンピューター等部分品 986,729 545,353 −441,376 8517 電話機 61,186 1,366,595 1,305,409 8525 無線通信機器 1,438,495 20,999 −1,417,496 8528 テレビ 69,771 306,116 236,345 8542 電子集積回路 6,062,944 5,757,595 −305,349 8708 自動車部品 221,585 510,728 289,143 8901 船舶 1,277,021 4,284,957 3,007,936 8905 特殊船舶 34,715 547,815 513,100 9013 液晶デバイス 331,924 866,230 534,306 (注) 携帯電話は 2006 年には無線通信機器(8525)に分類されていたが,2007 年以降は電話 機(8517)に分類。 (出所) 表 2 におなじ。 表 11 対 ASEAN 貿易総括 貿易額(100 万ドル) 輸出 輸入 貿易総額 貿易収支 2006 年 32,066 29,743 61,809 2,323 2008 年 49,283 40,917 90,200 8,365 伸び(2008/2006 年,倍) 1.80 1.57 1.46 貿易黒字 第 4 位 韓国の対世界貿易の伸び(同,倍) 1.48 1.67 1.35 韓国での ASEAN のランク(位) 3 4 4 ASEAN での韓国のランク(位) 5 6 6 (注) 商品協定は 2007 年 6 月 1 日以降,各締約国が順次履行を開始。 (出所) 表 1 におなじ。
表 12 は韓 ASEAN FTA 発効前後における韓国の対 ASEAN 輸出を主要 品目についてまとめたものである。これによると,コンピューター関連の 品目や半導体(電子集積回路)などの実績は不振であり,電話機(8517) の実績も良好であるように示されているが,これは 2007 年の HS 品目分 類変更に伴うもので,無線通信機器(8525)の減少とほぼ相殺される。そ れでも,第 2 節で見たようなシンガポール向けを中心とする船舶輸出の好 調が目を引く他,FTA 発効前に輸出増加を期待されていた品目の多くが 輸出を伸ばしていることが同表からわかる。ポリプロピレンなど化学製品 の一部や,鉄鋼製品,およびテレビ,液晶デバイスなどの電子製品での増 加がみられている。 輸入をみると,この地域の特性を反映して,エネルギー,原材料品目が 主要なものとして並んでいる(表 13)。2008 年にはこれら品目の世界的な 価格高騰のため,輸入額が急増している。同表の中のイモ類輸入に対する 表 13 ASEAN からの主要輸入品目 輸入額(1,000ドル) HS4 ケタ 品目名 2006 年 2008 年 増分 最恵国 実行関税 (単純平均,%) 韓 ASEAN FTA 税率 (単純平均,%) 0714 イモ類 * 31,339 200,617 169,278 437.2 296.5 2701 石炭 974,070 2,246,670 1,272,600 0.3 0.0 2709 原油 3,572,609 4,633,598 1,060,989 1.2 0.0 2710 石油製品 841,066 1,905,481 1,064,415 4.8 1.0 2711 天然ガス 5,262,232 6,822,433 1,560,201 3.2 0.0 4001 天然ゴム 728,713 996,032 267,319 0.4 0.0 7403 銅,銅合金 221,165 677,067 455,902 4.8 0.0 7501 ニッケル 280,217 280,217 0.8 0.0 8001 錫 147,851 312,855 165,004 3.0 0.0 8443 プリンター 22,807 223,908 201,101 4.2 0.0 8517 電話機 338,462 836,064 497,602 0.6 0.0 8542 電子集積回路 5,571,994 7,783,196 2,211,202 0.0 0.0 (注) * 数量のほとんどは飼料用などのキャッサバ。表所掲の高率の関税は,割り当て外数量 に対するもの。2008 年のキャッサバの関税割り当て数量は計 110 万トンで,原材料価 格高騰に対処するための緊急関税割り当て措置により,同年の割り当て内数量に対す る税率はゼロ。 (出所) 表 2 におなじ。
税率が非常な高率であるが,これは割り当て数量を超過した分に対するも のである。2008 年の酒精用・飼料用などのキャッサバの関税割り当て数 量は計 110 万トンで,原材料価格高騰に対処するための緊急関税割り当て 措置により,同年の割り当て内数量に対する税率はゼロであった。韓 ASEAN FTA における関税譲許が全体としては必ずしも高い水準とはい えない中,韓国が必要とするこれら主要品目については同 FTA に伴う特 恵税率がほとんどの場合ゼロにまで下がっているのは注目される。一方, 韓国と ASEAN のあいだの活発な分業関係を反映して,半導体(電子集 積回路),電話機,プリンターなどの品目もみえる。これら品目の詳細を 調べてみると金額の多いのは部分品であることが多い。いずれも中間財と して韓国に輸入され,韓国での最終製品組立に用いられる場合が多いもの と推測される。
おわりに
本章では既に発効している韓国の FTA について見てみた。これまでに 発効した諸 FTA はその後の本格的交渉に備える予行演習的な位置付けが されることが多く,交渉技法の習得や締結先の地理的分布の広がりなど, 経済外的な側面に注目される場合が多かった。 しかし,FTA 締結後の貿易動向をみると,ほとんどの場合高いペース で貿易が増加していることが分かり,次第にこれら FTA の経済的メリッ トにも注目が集まるようになっている。ただ,すべてのケースで韓国側の 収支改善が見られたわけではないし,関税減免の状況から予想されるのと は別の方向での貿易量の変化が見られた韓シンガポール FTA のような ケースもあり,一般論としての効果を論じるには時期尚早といえる。 韓チリ FTA は韓国最初の FTA であるが,批准過程でのもたつきぶり から FTA 交渉過程における国内調整の不足が露呈された。この FTA の後, FTA 締結に伴う国内交渉の重要性が認識されるに至り,その意味では韓 国が学ぶものが多かった FTA とはいえる。経済的には,発効から 5 年を経て自動車輸出が大幅に伸びるなど予想外の成果を収めている。心配され た農産物輸入増加による国内市場かく乱も特段なく,手堅い成功を収めた ケースといえよう。 シンガポールおよび ASEAN との間では FTA 締結後に韓国の黒字が急 増しているが,これが FTA によるのかはまだ判断できない。2007∼2008 年にかけて急増した船舶需要がこれらの動きの背後の要因として作用して いる可能性はある。それでも,FTA 締結後の貿易増大は事実であり,韓 国としてはひとまず FTA と関連付けて歓迎している。 EFTA との間では韓国側の赤字が増えている。FTA の効果については 今後の検証が待たれる。 〔注〕 ⑴ 本章以後における各 FTA の評価に当たっては,原則として輸出や貿易黒字の増加 など,FTA の静態的かつ短期的な効果(例えば関税引き下げの効果)の発現をもっ て成果があったものとみなした。韓国における FTA の評価に関する論調もこれと同 様である。FTA の成果とは本来多様なものであり,とりわけ長期に現れる動態的効 果(資本蓄積促進効果や市場拡大,競争促進,技術拡散や制度革新による生産性効 果など)は重要である。しかし,第 1 章でも述べたとおり,動態的効果は事後にお いても測定が難しく,FTA の評価というときには静態的効果に注目せざるを得ない 事情があることに留意する必要がある。 ⑵ 国会統一外交通商委員会における 12 月 26 日の韓チリ FTA 批准同意案採決では, 起立採決で可決が宣布された。賛否の数が一部では「賛成 11 人,反対 7 人」,また 一方では「賛成 12 人,反対 8 人」などと分かれており,国会統外通委関係者らは「正 確な賛否数は不明」とするなど,議事進行手続きが混乱した。 ⑶ 韓 EFTA FTA にはリヒテンシュタインとの個別の農産物関税に関する協定は含 まれていないが,「スイスとリヒテンシュタイン共和国間の 1923 年 3 月 29 日関税同 盟条約」によってスイスと韓国との間の協定が自動的に適用される。 ⑷ 韓国外交通商部自由貿易協定ホームページ。(http://www.fta.go.kr,2009 年 2 月 12 日アクセス) ⑸ ASEAN にとっての FTA は投資誘致のためのものであり,貿易と投資が優先順位 付けにおいて対立した場合には投資を優先させるものと思われる。三つの交渉のう ち最も後まで交渉が続けられたのは投資協定であった。高安[2004]を参照。 ⑹ 一括合意の方式によらず,分野別に漸進的な合意形成を行うことや,締結国の事情
によって履行時期をまちまちにするなどの韓 ASEAN FTA の特徴は,ASEAN が拘 束的あるいは強制的な取り決めを避ける傾向が強いことと密接な関係がある。 ⑺ 韓国は発効後ノーマルトラック品目の 70%以上を即時関税撤廃,ASEAN6 は 50%
ASEAN6 は 2009 年初までに 90%以上の品目について関税を撤廃する。ASEAN6 に ついては 2010 年時点で 5%の未撤廃品目が認められるが,2012 年初までに関税撤廃 する。 ⑻ さらに韓国の場合は金額で 10%以下,ASEAN6 の場合は金額で 25%以下との制限 が付される。 ⑼ 韓国と ASEAN6 についてはさらに金額ベース 3%以下との制限が付される。 ⑽ 韓シンガポール FTA との競合について,韓 ASEAN FTA の第 18 条は,「この協
定に基づいて取られたいかなる措置も既存の協定上の当事国の権利・義務に影響を 与えない」,としており,韓 ASEAN FTA の存在によって韓シンガポール FTA の 効力が無効になることはないことが明示されている。 ⑾ 韓国関税庁は FTA ポータルサイト(http://fta.customs.go.kr/)において,FTA の積極的な活用を提案する「FTA ビジネスモデル」という広報ページを掲載し, FTA 関税特恵活用モデル,原産地決定活用モデル(累積規定など),品目分類活用 モデルなど,多様な活用方法を紹介している。本文中の累積規定に関する説明はこ こでの説明によるところが大きい。 ⑿ 韓 ASEAN FTA の商品協定は韓国外交通商部ホームページで 2006 年 10 月 20 日 以降公開されている。各国の譲許内容の詳細は協定を参照されたい。(http://www. fta.go.kr/user/fta_korea/kor_asean_1.asp?country_idx=14,2009 年 2 月 10 日アクセ ス) 〔参考文献〕 〈日本語文献〉 高安健一[2004]「外交政策と自由貿易協定(FTA)」,『アジア・マンスリー』1 月号, 日本総合研究所。 〈韓国語文献〉 関税庁[2006]「輸入統計で見る FTA 発効効果」(11 月 17 日報道資料)。 外交通商部[2005]『2005 年外交白書』。