小運送二法の制定と鉄道小運送業 - 昭和10年代の九州について -
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(2) 第7巻. 1は. 昭 和12年,小. 第1号. し. が. き. 運 送 業 法 と 日本 通 運 株 式 会 社 法 が 公 布 され る。 いわ ゆ る小 運 送 二 法 が 制 定. され,鉄 道 貨 物 輸 送 と結 合 す る小 運 送 事 業 の 整 備 が はか られ て きた 。 これ に よ り鉄 道 小 運 送 事 業 は主 務 大 臣 の 免 許 制 にな るが,全 国 各 駅 で もこの 事 業 に参 入 しよ う とす る 出願 の 動 きが 出て くる。 制 定 の 目的 は小 運 送 事 業 を 免 許 制 に して,各 駅 を 単 位 とす る小 規 模 事 業 者 を 排 除 して 日本 通 運 に よ る統 合 を はか ろ う と した もの で あ った 。 この 意 図 にか か わ らず 九 州 各 駅 で も事 業 の 免 許 出願 が な され る。 結 果 と して この 出願 は却 下 され るの で あ るが 本 稿 は九 州 各 駅 にお け る 出願 の 事 例 を 紹 介 しな が ら二 法 制 定 の 意 義 を 考 察 しよ う とす る もの で あ る。. 2小. 運送二 法の制定 とその背景. わ が 国 近 代 の鉄 道 発 達 史 に お い て,昭 和12年 は ひ とつ の転 換 を な す 年 次 で あ る とい え る。 この 年 わ が 国 は 日中戦 争 に突 入 し,経 済 政 策 も戦 時 体 制 に即 応 す る性 格 が しだ い に濃 厚 にな る。 交 通 政 策 もそ の 例 外 で な い と考 え られ るが,一 方 にお いて 体 系 の 整 備 が 急 速 化 して ゆ く。 山本 弘 文 氏 らは,19221937(大 と し,1938-1945(昭. 和13-20)年. 正11昭. 和12)年. を 交 通 ・運 輸 体 系 統 合 の 期. を 戦 時 下 の 交 通 運 輸 の 期 と して 区 分 して い るの は,こ. の こ と に基 づ く もの で あ ろ う(1)。 す な わ ち大 正11年 か らの10数 年 間 は,全 国 の鉄 道 網 ・道 路 網 ・港 湾 の 整 備 が 進 め られ,一 方 で は交 通 機 関 の 発 達 に伴 って 交 通 体 系 は変 容 して きた 。 と くに鉄 道 にお け る路 線 の 拡 大 と強 化 が み られ,さ. らに 自動 車 が 全 国 的 に普 及 して きた こ. と に あ らわ れ て い る。 この 期 に続 いて 昭 和13年 か らは,わ が 国 経 済 の 戦 時 政 策 化,統 制 経 済 化 へ 展 開 して ゆ く流 れ の 中で 交 通 ・運 輸 体 系 もか か る政 策 に転 換 して ゆ くと説 いて い る が,こ れ につ いて は一 般 的 に認 め られ る こ とで あ ろ う。 統 制 の あ らわ れ は,当 時 貨 物 輸 送 の 主 流 とな りつ つ あ る鉄 道 貨 物 輸 送 と結 合 す る小 運 送 業 界 の 混 乱 と不 統 一 を 解 決 しよ う とす る法 的 措 置 にみ られ る。 す な わ ち昭 和12年4月. 公布. の 小 運 送 業 法 と 日本 通 運 株 式 会 社 法 の 所 謂 小 運 送 二 法 の 制 定 で あ る。 さて この 二 法 制 定 の 位 置 付 けが 問 題 とな るが,筆 者 の 見 解 は戦 時 統 制 的 意 義 と して 過 大 に評 価 す るの は問 題 が あ るの で はな いか と い う こ とで あ る。 これ は二 法 制 定 前 夜 にお け る業 界 の 複 雑 不 統 一 の 状 (1)山. 本 ・増 田 ・原 田 ・青 木. 〔1986〕pp.115-183. -314(314)一.
(3) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) 態 を み て も明 らか で あ り,こ れ を 解 決 す るた め 強 力 な 交 通 統 制 を 行 った と解 す べ きで な い か と考 え る。 小 運 送 二 法 が制 定 され る に至 る事 情 を概 括 的 に の べ る と以 下 の とお りで あ る(2)。日露 戦 争 お よ びそ の 後 にお け る海 陸 運 送 貨 物 が 激 増 した た め,小 運 送 能 力 が 不 足 を きた し小 運 送 賃 の 暴 騰 とな って あ らわ れ た 。 収 益 が 見 込 まれ る こ とか ら運 送 取 扱 業 者 が 続 出す る こ と に な った 。 しか し,大 正7年 の 第1次 大 戦 後 の 反 動 不 況 にお いて 経 営 破 綻 を きた す もの が 多 くな り運 送 業 務 に信 用 と 円滑 さを 欠 くこ と とな った 。 この た あ 大 正8年. に 「運 送 取 扱 人 公. 認 規 程 」 が 鉄 道 院告 示 と して 出 さ れ た(3)。この規 程 に よれ ば,公 認 運 送 取 扱 人 の 資 格 は, 現 に1年 以 上 運 送 取 扱 業 務 を 営 む 者 の 他,個 人 に あ って は 直 接 国 税200円 以 上 納 入 の者(貨 物 収 入100万 円 以 下 の 駅 所 で 営 業 す る者 は最 低 貸 物 収 入3万. 円以 下30円,同5万. いで 同10万 円毎 に10円 の 国 税 収 入 者)と. 円以 下50. 円,同10万. 円以 下70円,つ. した 。 また 法 人 の 場 合. 資 本 金5万. 円以 上 と した 。 そ して,公 認 運 送 取 扱 人 はそ れ ぞ れ 組 合 に加 入 し,上 部 に は公. 認 運 送 取 扱 人 連 合 会 が 組 織 され た 。 しか しこの 公 認 制 度 に は欠 点 も多 く,公 認 運 送 取 扱 人 中央 会 は大 正13年 に 「公 認 」 の 名 称 を 返 上 し 「帝 国 運 送 協 会 」 を 設 立 す る に至 った 。 しか しこれ に対 抗 す る組 合 も多 く交 互 計 算 方 式 問 題 に端 を 発 して,統 一 派 の 内 国 通 運 会 社 は 中 立 派 の 国 際 通 運 会 社,反 統 一 派 の 明 治 運 送 会 社 の 系 統 と衝 突 を 起 こ し,こ こ に帝 国 運 送 協 会 に分 裂 す る に至 る。 国 際,明 治 系 は 「運 送 取 扱 人 中央 会 」 を 組 織 して 帝 国 運 送 協 会 と対 立 す る よ う にな った 。 大 正15年 に至 り6月 鉄 道 省 は 「運 送 合 同 に関 す る声 明 書 」 を 発 して 混 乱 の 収 拾 に乗 り出 した 。 過 渡 的 便 法 と して3社. は同 年10月 に資 本 的 合 併 を 行 い合 同 運 送. 株 式 会 社 を 組 織 す る に至 った 。 しか し,こ こで も所 謂 「横 の 合 同 論 者 」 と 「資 本 的 縦 横 の 大 合 同 論 者 」 の2派. に分 か れ る対 立 が 生 じた 。 前 者(横 の 合 同 論)は 各 駅 本 位 に資 本 的 合. 同 を はか り,相 互 間 の 連 絡 は組 合 に よ る とす る もの で 中立 業 者 や 大 都 市 の 業 者 が これ に属 し,後 者 は各 駅 の 資 本 的 合 同 の ほか 連 絡 も資 本 的 大 合 同 に よ ろ う とす る もの で3社 系 統 が これ に属 した 。 鉄 道 省 は大 正15年10月 に協 調 案 を 示 して 裁 定 を 行 い,こ れ に よ って 合 同 の 方 針 が 確 立 した 。 昭 和2年11月. に合 同 に関 す る仮 契 約 を 締 結 し,翌3年3月. 内国通運会社. を 根 幹 とす る 「国 際 通 運 会 社 」 が 誕 生 した 。 具 体 的 に は内 国 通 運,国 際 運 送,明 治 運 送 の 3社 が 出資 した 合 同 運 送 株 式 会 社 が 設 立 され た が,こ れ に3社 が 合 併 した もの で,山 本 弘 文 氏 は同 社 を して 中央 にお け る独 占的 運 送 請 負 会 社 と位 置 付 けて い る(4)。 2 3. 日本 陸 運 二 十 年 史. 〔1956〕pp。24・25.. 4. 国有鉄道の小運送問題 山 本. 〔1936〕pp.8-9.. 〔1986〕p.147.. 一315(315)一.
(4) 第7巻. 第1号. この 時 期 にお け る小 運 送 業 者 の 実 態 を み る と,大 正13年3月 保 有 の 運 搬 用 具 は馬 車1.6台,荷 車5台,自. 動 車0.5台,自 転 車1台 で あ った 。 彼 らは さ らに. 下 請 業 者 に委 託 す るの が 普 通 で,下 請 業 者 は1∼3台 め て 個 別 業 者 の 零 細 性 は集 配 能 力 の 向 上 を 拒 み,コ も不 十 分 で,ひ. 末 の 調 査 で は,1業 者 あた り. の 荷 車 を 保 有 す るだ けで,下 請 を 含 ス トア ップ につ な が り,ま た 弁 償 能 力. いて 荷 主 に損 害 を 与 え る と い う危 険 性 を もって いた(5)。. さて,前 述 の 公 認 制 度 は昭 和2年. に廃 止 され 新 し く指 定 運 送 取 扱 人 制 度 が 設 け られ た 。. 従 来 の 特 別 小 口扱 を 宅 扱 と改 あ,集 配 作 業 の 他 に宅 扱 の 受 託 引 渡 な ど直 営 作 業 の1部 を 行 うな ど責 任 度 を 加 重 した もの で あ る。 これ が 二 法 実 施 の 昭 和12年 まで 継 続 す る(6)。 この よ う に制 度 整 備 の 改 善 を 施 した に もか か わ らず,な お 運 送 店 の 取 締 法 規 の 欠 如 か ら 生 ず る欠 陥,運 送 店 の 統 轄 を 行 う機 関 が 営 利 会 社 で あ る こ と よ り発 す る弊 害,お. よ び交 互. 計 算 会 社 の 分 立 と対 立 抗 争 な ど多 くの 問 題 が 発 生 して いた た め 解 決 の 根 本 方 策 の 樹 立 が 研 究 され こ こ に小 運 送 業 法 お よ び 日本 通 運 株 式 会 社 法 が 制 定 され た 。 す な わ ち昭 和12年2月 鉄 道 省 に お い て成 案 が で き上 り,同 年3月. の 第70帝 国 議 会 に 提 出 さ れ た。 前 者 は法 律45. 号,後 者 は法 律46号 と して,昭 和12年4月5日. 公 布 され た 。 これ に よ って 小 運 送 業 を 営 業. しよ う とす る者 に は免 許 が 必 要 にな った 。 しか し急 激 な 変 革 に は反 発 も予 想 され る こ とか ら,既 存 の業 者 に は全 員 に免 許 を 与 え た た め7,789社 にの ぼ った。 しか し年 間5,000ト ン以 下 の 零 細 業 者 が 全 体 の60%を 年 にか けて1駅1店. 占め た た め 再 編 成 を 必 要 と して いた 。 す な わ ち翌13年 か ら16. の 集 約 運 動 が す す あ られ,16年6月. に は全 国 国 鉄 駅 の90%が1駅1店. 制 と な り,店 舗 数 も5,010店 と減 少 した 。 そ して さ ら に 日通 へ の 統 合 が進 め られ る に 至 っ た(7)。 この 統 合 の 過 程 は 日通 『社 史 』 に よれ ば,3段 階 に分 け られ る。 す な わ ち第1段. 階 は,. 昭 和13年 後 半 か ら16年 前 半 に至 る所 謂 「集 約 合 同 」 期 で あ り,こ こで は業 者 の 任 意 の 合 同 を 促 した もの で あ る。 この 結 果 昭和16年6月1日. 現 在 で 認 証 お よ び免 許 業 者8,111社 が 廃. 止 や 解 散 に よ り508社 に,ま た 譲 渡 や 合 併 に よ り2,593社,合 計3,010社 が集 約 さ れ5,010社 に な った(8)。 国 際 関 係 の 緊 張 が 続 くな か で,日 本 通 運 に よ る合 併 と買 収 に よ る競 合 と,日 通 の 現 業 進 出が は じま った 。 す な わ ち昭 和15年2月15日. に 「陸 運 統 制 令 」 が 公 布 され,さ. らに翌 年7. 月23日 の 「改 正 要 綱 」 に は鉄 道 大 臣 が 必 要 と認 め る時 は陸 上 運 輸 会 社 の 合 併 を 命 ず る こ と (5)山. 本 他. (6)中. 山. 〔1986〕p.103.. (7)山. 本 他. (8)日. 通 社 史. 〔1957〕p.101. 〔1986〕p.173.日. 通 社 史. 〔1962〕pp.335-369.. 〔1962〕p.367.. 一316(316)一.
(5) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) が で き る と して い る。 さ らに命 令 を 受 けた 会 社 は 「合 併 条 件 其 ノ他 二 関 スル 事 項 二 付 協 定 ヲ為 シ鉄 道 大 臣 ノ指 定 スル 期 限 迄 二 之 二 付 認 可 ヲ 申請 スベ キ コ トヲ協 定 成 立 セ ザ ル トキ ハ 鉄 道 大 臣之 ヲ裁 定(9)」す る と い う強 力 な もの で あ っ た。 こ の方 針 は最 初,東 京,名 古 屋, 大 阪 の 大 都 市 にお いて 実 施 され た 。 これ を 第1次 統 合 と よん で い る。 続 いて 地 方 都 市 に も 拡 大 さ れ この方 針 は 終 戦 ま で続 く。 こ れ を 第2次 統 合 と よ ん で い る⑩。 ま た 昭 和16年11月 15日 の 「改 正 陸 運 統 制 令 」 の公 布 に よ り鉄 道 大 臣 の管 理 統 制 権 の地 域 が拡 大 され,18日 実 施 細 則 の 公 布 に続 き,17年1月20日. に. に鉄 道 省 は第2次 統 合 の 方 針 を 発 表 す る。 この 統 合. 方 針 発 表 の 理 由 は 「軍 関 係 輸 送 に就 て 決 戦 目的 達 成 に貢 献 す る」 と い う もの で あ った 。 こ ママ. れ に基 づ いて 門 司 鉄 道 管 理 局 管 内 で は,門 司 一 折 尾 間 各 都 市,若 松,福 岡,佐 世 保,熊 本, 八 代,三 角,鹿 児 島,長 崎,久 留 米,佐 賀 お よ び大 分 の 各 駅 が 指 定 され た 。. 3長. 崎県北 にお ける小運送事業 の出願. 長 崎 県 北 部 の 駅 にお け る 出願 の 事 例 を と りあ げ る理 由 は この 地 域 が 所 謂 「要 塞 地 帯 」 に 指 定 され て お り,す な わ ち明 治 以 来 海 軍 鎮 守 府 が 設 け られ て 軍 事 的 都 市 と して 発 展 した 佐 世 保 を 擁 す る地 域 で あ るた あ で あ る。 戦 時 統 制 と い う側 面 が 強 く働 いた と考 え られ るか ら で あ る。 こ こで は,新 た に開 通 した 国 鉄 伊 佐 線(後. に松 浦 線 と して 全 通,現 在 は松 浦 鉄 道. 線)の 江 迎,潜 竜 駅 にお け る小 運 送 事 業 の 申請 を と りあ げた い。. (背景) 明 治31年8月. 伊 万 里 まで 開 通 して いた 伊 万 里 鉄 道(同 年12月 九 州 鉄 道 が 買 収)が 北 松 浦. 地 方 を 北 上 し昭 和10年8月. に平 戸 口駅 まで 延 伸 した 。 一 方 明 治31年1月. 州 鉄 道 佐 世 保 線 が 開 通 した 。(後 に 国鉄 佐 世 保 線)そ の後 大 正9年. に佐 世 保 駅 まで 九. に柚 木 一 相 浦,昭 和6年. か ら8年 に 臼 ノ 浦 一 佐 々一 世 知 原 間 が 石 炭 輸 送 を 目的 と して 開 通 して い た。 そ して,昭 和14年1月. に平 戸 口駅 よ り南 下 して 伊 万 里 線 は伊 佐 線 と名 称 を 変 え,江 迎 駅,潜 竜 駅 まで. 及 ん だ 。 昭 和14年1月25日. 開 業 の 運 び とな った(ll)。. 江 迎,潜 竜 駅 周 辺 は所 謂 松 浦 炭 田 に属 す る優 良 な 炭 鉱 が 控 え て お り,明 治 期 に開 発 され た 各 炭 鉱 が 大 規 模 化 す る時 期 で あ った 。 潜 竜 に は住 友 経 営 の 潜 竜 炭 鉱 が,江 迎 に は 日窒 に. (9)日 ⑩. 通社史 日通 社 史. (ll)三. 浦. 〔1962〕p.374. 〔1962〕pp.384-385.. 〔1976〕. 三浦. 〔1986〕. 三浦. 〔1987〕 -317(317)一.
(6) 第7巻. S10・8. 第1号. . 窯 ご驚. T14・6. ノS5'3楠. 久 一. 噂 欝 影 一 一 騨肇 鷺 ヒ 誌 業 /!!ノ 佐 世 保. 佐 里S10・3. \. 伊 万 里M31・8. 謡 。8. 剰. 薦1.1㌔/sII 大 塔M30'7 早 岐 M31.1.一. 有田. =川 内. 窒鵡泣 壷L講. 備 考:「 口本 国 有 鉄 道 百 年 史 」 第8巻,第9巻,1972年,三 (『調 査 と研 究 」 第7巻 第1号,長. 至博多. ・ 一 代s>. 》. 日宇. 東 唐 津. 至鳥栖 一M28'5M28・5M28。5 武 雄. 肥 前 山ロ ロ ら ヨ. ■一 」. 至長崎. 浦 忍 「佐 世 保 市 の 都 市 機 能 と歴 史 的 展 開 」. 崎 県 立 国 際 経 済 大 学 国 際 文 化 研 究 所,1976年)よ. り作 成 。. よ る江 迎 鉱 業 所 が そ れ ぞ れ 急 速 に活 況 を 旱 しは じめた 。 潜 竜 炭 鉱 ⑫ は,昭. 和3年. 手 さ れ た 。 昭 和ll年. に 旧 潜 竜 鉱 と 吉 井 鉱 を 買 収 し,昭. か ら 本 格 的 出 炭 が 始 ま り,翌12年. 送 事 業 を 申 請 した13年. に は4倍. の11万7.3千. 14年 に1,246人. に 増 加 して い る 。3年. に は589人,13年. ト ン,駅. ト ン に 増 加 す る。4年. 間 で3.3倍 も の 増 加 で あ っ た 。. に は 一 拠 に13万5.3千. 開 業 の14年 に は10万8.5千. 間 で3.1倍 に 出 炭 量 はL昇. 増 加 す る 。 両 鉱 の 出 炭 量 と 鉱 員 数 を 示 せ ば 表1の. ⑫. 江迎郷土誌. ㈱. 江迎町郷土誌. 運. に は990人,. 和9年12月. に 日本 窒 素 肥 料 株 式 会. に 日窒 鉱 業 開 発 に 譲 渡 した もの で あ る 。 翌10年 開 発 に 着 手 し,11年. 9.1千 トン の 出 炭 を み た 。 翌12年 年 に はll万4.2千. ト ン に,小. 竜 駅 開 業 の14年 に は5.5倍 の15万6.7. か ら,翌12年. 江 迎 炭 坑(13)は,明 治43年 頃 か ら着 目 さ れ て い た が,昭 社 が 買 収 し,後. か ら本 格 的 に 開 発 が 着. に は2.7倍 の7万7.1千. ト ン に,潜. 千 ト ン に 上 昇 して い る 。 鉱 員 も昭 和11年 の383人. 和8年. 〔1968〕pp.447-448. 〔1968〕pp.453-457. 一318(318)一. ト ン,小. に5万. 運 送 事 業 の 申 請 が あ っ た13. トン と 停 滞 す る が,15年. に は18万1.2千. す る 。 鉱 員 数 も11年 の554人 か ら821人 に と お りで あ る 。.
(7) 小 運 送 二 法 の 制 定 と鉄 道 小 運 送 業(三 浦) 表1潜. 年. 次. 出炭量 A. 潜. 竜. 鉱. 員 B. 竜,江 迎 両 鉱 出 炭 量. 炭. 鉱. 能. 率. 日窒江迎鉱業所 指 A. A/B÷12. 人. t. 数. 出炭量 A. t. 鉱. 員 B. 2,440. 4. 36,530. 31.2. 5. 30,377. 25。9. 6. 13,537. 11.6. 指. 率. 数 A. 人. t. 昭 和3年. 能 A/B÷12. t. 2.1. 0. 7 8. 3,950. 80. 3.9. 3。2. 9. 6,950. 111. 5.2. 5.9. 24。4. 0. 10. 112. 11. 28,600. 383. 6.2. 59,118. 554. 12. 77,100. 589. 10.9. 65.8. 135,279. 681. 16.6. 118.4. 13. 117,300. 990. 9.9. 100.0. 114,246. 652. 14.6. 100.0. 14. 156,700. 1,246. 10.5. 133。7. 108,520. 720. 12。6. 15. 177,200. 1,542. 9.6. 151.2. 181,244. 821. 18.4. 158.6. 16. 280,200. 1,671. 14.0. 239.1. 194,081. 997. 16.2. 169.9. 17. 235,500. 1,538. 12.8. 200。9. 164,752. 1,045. 13。1. 144。2. 18. 343,900. 1,630. 14.1. 293.4. 207,092. 1,192. 14.5. 181.3. 19. 249,400. 1,786. 11.6. 212.8. 211,084. 1,444. 12.2. 184.8. 20. 123,100. 1,361. 7.5. 73,738. 1,512. 備 考:『 江 迎 町 郷 土 誌 」448-457頁. 105。0. 8。9. 51。7. 95。0. 4。1. 64。5. よ り作 成. (事業 の 申請) 江迎駅 昭 和13年10月20日,長. 崎 県 北 松 浦 郡 江 迎 村 の 吉 住 勘 平 は⑳ ⑫ 江 迎 運 送 店 と して 小 運 送 業. の 免 許 申請 を 鉄 道 大 臣 中島 知 久 平 に対 して 行 った 。 この 運 送 店 の 営 業 内 容 は伊 佐 線 江 迎 駅 を 拠 点 とす る運 送 取 扱,運 送 代 弁,付 随 運 送 お よ び利 用 運 送 と謳 って い る。 本 店 を 同 村 長 坂 免 にお き,同 郡 鹿 町 村 深 江 免 に江 迎 駅 前 定 扱 荷 扱 所 を,ま た 同 長 坂 免 に海 岸 集 荷 所 を 設 け る こ と と した 。 従 業 員 は事 務 員4名 は荷 牛 馬 車5台,荷. 車4台,自. 自己 所 有 は荷 牛 馬 車1台,荷. と作 業 員13名 の 計17名 を 抱 え る こ と と した 。 運 搬 具. 転 車 用 リヤ カー1台 車2台,自. 転 車 用 リヤ カ ー1台 お よ び艀1艘. 江 迎 運 送 店 の 取 扱 設 備 と して,店 舗3棟171m2,江 364m2を 有 し,電 話2台,権. に艀3艘 を 用 い る こ と と した 。 この 内 で あ った。 ま た,. 迎 駅 附近 に倉 庫298m2,露. 天貨物置場. 衡 台2台 を 備 え,小 運 送 業 の 他 に海 運 業,炭 鉱 用 達,精 米 業,. 米 穀 肥 料,呉 服 雑 貨 お よ び荒 物 な どの 販 売 業 を も兼 営 す る と して い る。 潜竜駅 潜 竜 駅 に は2店 の 申請 が な され た 。1は ⑭ ⑫ 潜 竜 運 送 店 で 江 迎 駅 と同 様 に吉 住 勘 平 の 経 一319(319)一.
(8) 第7巻. 第1号. 営 に よ る もの で あ る。 江 迎 運 送 店 と同 じ昭 和13年10月20日. に免 許 申請 が な され た 。 運 送 取. 扱,運 送 代 弁,附 随 運 送 お よ び利 用 運 送 の 小 運 送4業 を 内 容 とす る もの で あ った 。 本 店 を 北 松 浦 郡 江 迎 村 大 字 猪 調 免 田 ノ元 にお き,事 務 員2名 の と した 。 運 搬 具 は荷 牛 馬 車 が2台(自 た 。 取 扱 設 備 と して,店 舗1棟33m2,潜 話 機1台. と作 業 員5名 の 計7名 を 雇 用 す る も. 己 所 有1台)と. 荷 車2台(自. 竜 駅 附 近 の 倉 庫36m2,露. 己 所 有1台)で. あっ. 天 貨 物 置 場185m2,電. と権 衡 台1台 を あ げて い る。 露 天 貨 物 置 場 と電 話 機 を 除 いて 自己 所 有 と あ り,こ. れ は運 送 店 専 用 で あ り,他 は兼 用 設 備 と思 わ れ る。 2は,上. 記 吉 住 勘 平 の 申請 に続 いて,⑬ ⑦ 山 口時 市 よ り申請 が な され た 。 昭 和13年11月. 26日 で あ る。 山 口 は潜 竜 運 送 店 と 同様 に本 店 を北 松 浦 郡 江 迎 村 大 字 猪 調 田 ノ元 免(潜 竜 と 住 所 表 示 が異 な る。)の 潜 竜 駅 前 に お い た。 事 務 員2名. と作 業 員5名. で 以 って 営 業 す る こ と と した 。 運 搬 用 具 と して 馬 車1台,荷 台 を あ げて い る。 取 扱 設 備 と して 店 舗1棟35m2,倉 1台,権. の 合 計7名. 車2台,自. の従業員. 転 車 用 リヤ カー2. 庫 は店 舗 と 同 じ1棟35m2で,電. 話機. 衡 台1台 を 備 え る と した 。 兼 営 事 業 と して 農 業 と して い るが 「駅 前 二 六 百 坪 ノ土. 地 ヲ所 有 致 居 候 間,御 許 可 後 ハ 其 他 二 然 ル 可 キ 店 舗,倉 庫 建 築 致 心 」 と添 記 され て お り, 別 に 「現 住 所 ハ 駅 長 官 舎 側 二 候 」 と あ る。 な お 吉 住,山 つ いて 掲 げ る と表2の. 口両 名 が 申請 した 運 賃 や 手 数 料 に. とお りで あ る。. (事業 の 申請 者) 申請 者 の 吉 住 勘 平 と 山 口時 市 につ いて 窺 って み よ う。 両 人 共 に当 時 この 地 方 にお いて 産 業 人 と して 活 躍 して お り,そ の リー ダー で あ った と いえ よ う。 吉 住 勘 平 は,明 治26年1月 よ って 家 督 を 相 続 し,2月. 吉 住 勘 平 の 長 男 と して 生 れ,大 正14年1月. 父勘平 の死去 に. に寛 一 か ら勘 平 に改 名 した 。 江 迎 村 長 坂 免 が 本 籍 で 士 族 で あ っ. た 。 父 親 の事 業 を 継 承 し,前 項 の 兼 営 事 業 の箇 所 で もふ れ た よ う に,「 米 穀 肥 料,呉 服, ママ. 雑 貨 荒 物 商 ヲ営 ム ト共 二 精 米 業,炭 鉱 用 達 及 小 発 動 機 船 二 依 ル 海 運 業 ヲ営 ミ居 ル 関 係 上 小 運 送 業 ノ経 営 二 依 リ,之 等 ノ事 業 ノ運 営 ヲ有 利 二 導 カ ン トスル 」 と審 査 概 要 で もの べ られ て い る。 と くに大 正 初 期 よ り父 勘 平 は船 舶 に よ って 江 迎 よ り,平 戸,相 浦,佐 世 保 間 の 海 上 輸 送 経 営 を 開始 したω。 す な わ ち,松 寿 丸 と満 久 丸2隻. を 使 用 した。 松 寿 丸 は午 前6時. に江 迎 を 出航 し,日 の 浦,平 戸,江 迎,歌 が 浦,矢 岳,楠 泊 を 経 て 相 浦 に正 午 着 。 午 後 逆 航 して 江 迎 に午 後7時 帰 帆 した 。 満 久 丸 は相 浦 を 午 前7時. に 出帆 し,楠 泊,矢 岳,歌 が浦,. 江 迎,日 の 浦 に寄 港 し正 午 に平 戸 に着 き,午 後 逆 航 す る と い う コー スで 相 浦 に午 後6時 ω. 江迎郷土誌. 〔1968〕p.690.. 一320(320)一. に.
(9) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) 表2申. 請 ・運 賃 料 金 表(吉 住 ・山 ロ). 発. 送. 集. 賃. 小 口扱1個. 集配料. に付. ト ン扱 ・貸 切 扱. トン扱 ・貸 切 扱. 10. 12. 5. 90. 10. 12. 5. 90. で. 14. 18. 7. 110. 14. 18. 7. 110. 6kmま. で. 19. 24. 10. 130. 19. 24. 10. 130. 6km超. 過. 臨時の約定によ る. 送. まで. 数. 料. 到. ト ン扱 ・貸 切 扱. 以上 30kg毎. 60kg. ま で. 手. に付. 臨時の約定によ る. 1ト ン に付. 1ト ン に付. 180kmま. で. 10. 12. 3. 80. 25. 500kmま. で. 12. 14. 4. 85. 30. 16. 5. 90. 35. 18. 5. 95. 1,000kmま. で. 14. 1,000km超. 過. 16. 貸切扱 積卸料. 1ト ンに付. 30. 取卸料. 1ト ンに付. 25. 水揚 艀積料. 水揚量. 貨物 引換謹料. 発行手数料. 艀積料. 整理手数料. 小 口 扱1個 100kg又 は そ の未 満毎 に 30. トン扱 ・貸 切 扱1ト ンに付. 10. 円 で 50 ま. 円 で 30 ま. 円 で 20 ま. 以上 100円 毎. 20. 30. 45. 80. 60. 20. 30. 45. 80. 60. 100kg又 は その未満毎 宅扱 ・小 口扱1個. 5日 以 内 5日 を 経 過. 1個100kg又 はそ の未 満毎. まで. 10. 12. 数. 料 トン扱 ・貸 切 扱. 以上 30kg毎. 3. 1ト ン に付. 80. 1ト ン に付. 25. 10. 100円 まで. 立替金取立料. 出庫料. 60kg. まで. 手. に付. 50. 取立料 (発に限る) 荷為替取立料. 入庫料. 30kg. 着. トン扱 ・貸 切 扱1ト ンに付. 宅 扱 ・小 口扱 1ト ンに 付. 宅 扱 ・小 口1個. 小 口扱1個. 40. 積込料. 運送保険料. 料. に付. で. 30kg. 保管料. 小 口扱1個. k. 達. 4kmま. 発. 入 出庫料. 着. 配. 2kmま. 小 口扱1個. 手数料. 到 料. に付 6 6 に付. ト ン扱 ・貸 切 扱 1ト ンに 付. 50 50 ト ン扱 ・貸 切 扱. 無料. 1ト. 2. に 付. ン1日. 15 20. 保険会社の所定に依 る. 1 2 00 4 5 βU 7. 運 送 方 法 につ いて,指 定 のな い限 りは,な るべ く顧 客 の 利 益 と な る よ う に取 扱 う。 本 表 以 外,鉄 道,軌 道,自 動 車 運 輸 事 業,そ の他 の 運 送 人,他 の小 運 送 業 者 の 運 賃 料 金 は所 定 額 を 収 受 す る。 包 括 運 賃 で運 送 の 委 託 を 受 け鉄 道,軌 道,自 動 車 運 輸 事 業,又 は 他 の 小 運 送 業 者 を 利 用 して運 送 す る とき の 運 賃 料 金 総 額 は,そ の 所 定 額 と本 表 の 額 との 合 算 を 超 え な い 額 とす る。 荷 造,仕 分,保 険 契 約 の 締 結,そ の 他 の 小 運 送 業 を 通 常 附帯 して す る 業務 の 料 金 は当 地 方 業 が通 常 収 受 す る料 金 とす る。 潤 大 品,嵩 高 品,易 損 品,危 険 品,流 動 物,貴 動 品,そ の 他 特 別 の取 扱 の 要 す る もの は本 表 料 金 に対 して 相 当 の 割 増 を す る。. QO 9. 冬 期 積 雪 の 際 の 集 配,積 卸 作 業,急 送 作 業 等,そ の他 特 別 の作 業 を要 す る と き の料 金 は別 に相 当 の割 増 を行 う。 小 運 送 業 法 第11条 に 依 り,倉 庫 業 者 に 寄 託 す る とき は,そ の倉 庫 所 定 の料 金 と,こ れ に要 す る費 用 を収 受 す る。 扱 積 別1口 の 制 限,数 量 お よ び キ ロ程 の 計 算 は,関 係 鉄 道,軌 道 又 は 自動 車 運 輸 事 業 の 運 送 規 則 に依 る。 本 表 に定 めて いな い作 業 の料 金 は本 表 に掲 げ た額 に準 ず る。 備 考:鉄 道 省 文 書,申 請 資 料 中 の 運 賃 料 金 表 に よ る。 :単 位 ・銭. 一321(321)一.
(10) 第7巻. 第1号. 帰 帆 した 。 後 に両 船 に対 抗 して,松 島 汽 船 や 橋 本 汽 船 と い った 競 争 相 手 が 出現 し,佐 世 保 まで の 船 賃 を10銭 位 まで ダ ン ピ ングを 行 う と い う よ う に過 当 競 争 にな った が,け. っき ょく. 吉 住 汽 船 が 勝 利 した と いわ れ て い る⑮。 大 正 期 の 江 迎 港 で は1年 間 の 出入 汽 船 数40,帆 は じあ 麦,砂 糖,塩,茶,酒,石. 船364,石. 数 船248に の ぼ り,石 炭 輸 送 を. 油,和 紙,肥 料,呉 服,金 物 な どの 生 活 物 資 の 集 散 地 に. な って い た。 吉 住 勘 平 が 小 運 送 業 を志 向 した の は 自然 の 成 行 きで あ った。 因 み に 父 勘 平 ⑯ は慶 応3年 の 出生 で,少 年 期 か ら博 多 や 伊 万 里 まで 商 売 で 往 復 して 吉 住 汽 船 を 興 隆 に導 い た の で あ る。 明 治30年 頃 村 会 議 員 に当 選 して,さ. らに郡 会 議 員 や 郡 会 議 長 を 務 め,明 治44. 年 か ら県 会 議 員 を 務 め た。 な お吉 住 勘 平 の 昭 和13年 次 の 納 税 額 は直 接 国 税1,734円40銭, 同 県 税676円11銭,同. 村 税1,141円98銭 で あ っ た。. つ ぎ に 山 口時 市 につ いて は以 下 の とお りで あ る。 明 治22年1月10日 て 出生 し,山 ロキ ク と共 に昭 和10年5月. 田 中太 吉 の5男. とし. に江 迎 村 大 字 長 坂 長 坂 免 の 山 口家 へ 入 籍 した もの. で あ る。 申請 書 に は職 業 を 農 業 と記 述 して い るが,西 部 バ ス,西 肥 自動 車,諌 早 自動 車 や 別 府 遊 覧 自動 車 の 重 役 に就 任 して お り,バ ス事 業 に関 心 が 深 か った と思 わ れ る。 地 方 にお け る運 輸 事 業 経 営 を 志 向 して いた と窺 え る。 小 運 送 業 出願 の 契 機 は佐 世 保 合 同 運 送 の 重 役 市 瀬 仁 平 に勧 あ られ た と後 述 の 門 鉄 局 側 資 料 に あ らわ れ て い る。 昭 和13年 次 の 納 税 額 は直 接 国 税300円47銭. 同県 税343円7銭. 同 村 税568円48銭 で あ った。. (事業 申請 の審 査) 吉 住 勘 平 と 山 口時 市 よ り出 され た 申請 は同 時 に審 査 され,翌 昭 和14年1月24日. 付ですべ. て 却 下 と い う結 果 にな った 。 却 下 に至 る意 見 を 中心 にそ の 事 情 を 窺 って み よ う。 先 ず 吉 住 勘 平 に よ る江 迎 運 送 店 と潜 竜 運 送 店 の 申請 につ いて,地 方 駐 在 官 は却 下 意 見 を の べ,そ の 審 査 概 要 と して3点 を あ げて い る。 す な わ ち,第1は が あ る と い う点,第2申. 申請 の 動 機 につ いて 問 題. 請 人 の 社 会 的 信 用 につ いて 問 題 が あ る と い う点,第3に. 将来の経. 営 に危 険 性 を 包 蔵 す る と い う点 で あ った 。 具 体 的 に第1の 点 につ いて,申 請 者 は諸 種 の 事 業 を 営 ん で い るの で,小 運 送 事 業 経 営 は既 存 の 事 業 を 有 利 に導 こ う とす る 目的 を もつ もの で,「 利 己 本 位 ノ経 営 二依 リ故 意 二 自 己経 営 ノ海 運 送 二誘 致 」 す こ と に な り,こ れ は ひ い て 「荷 主 公 衆 二 迷 惑 ヲ及 ボ スモ ノ ト思 料 セ ラル 」 と さえ い って い る。 第2の 点 につ いて, 申請 者 の 納 税 額 は多 額 で あ るが,諸 種 の 事 業 を 経 営 して い るの で,実 際 の 資 力 は猶 不 十 分 ⑮. 江迎郷土誌. 〔1968〕p.510.. ⑯. 江迎郷土誌. 〔1968〕pp.690-691.. 一322(322)一.
(11) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) で あ る と し,さ らに 「信 用 ナ ク協 調 性 乏 シ ク共 同 経 営 ヲナ スガ 如 キ 意 志 ナ シ」 と断 言 して い る。 さ らに第3の 点 につ いて は 申請 人 は常 に旅 行 が ちで 事 務 を 従 業 員 に委 任 す る こ と に な るの で,最. も慎 重 で あ るべ き貨 物 引 換 証 の 取 扱 い に関 して,ま た 事 業 の 米 穀 や 肥 料 の 商. 経 営 につ いて も将 来 あ る程 度 の 危 険 性 を 内 包 す る と い う もの で あ った 。 いず れ も認 可 を 決 定 的 に拒 否 す る と い う内 容 の もの で あ った 。 これ を 受 けて,鉄 道 大 臣 中島 知 久 平 は この 申請 を1月24日. 付 で 却 下 した 。 そ の 理 由 はつ. ぎの とお りで あ る。 「申請 人 ハ 従 来 ヨ リ当 地 二 於 テ米 穀,肥 料,呉 服,雑 貨,荒 物 等 ノ販 ママ. 売 業 ヲ営 ム傍 ラ,精 米 業,炭 坑 用 達 及 小 型 発 動 機 船 ニ ョル 海 運 業 ヲ経 営 セ ル 関 係 上 不 在 勝 ニ シテ,駅. トノ連 絡 二 円滑 ヲ期 シ難 ク,単 独 二 小 運 送 業 ヲ経 営 スル ニ 適 セ ズ,且 本 人 ハ 協. 調 性 乏 シキ タ メ,他 ノ者 ト共 同 事 業 二 当 ラ シ ムル コ トモ 困 難 ト認 メ ラル ル 所,別 途 申請 ヲ 江 迎 運 送 店 山下 謙 二 郎 ハ 最 モ 免 許 二 適 セ ル モ ノ ト認 メ ラル ル ニ 付,本 件 ハ 却 下 ヲ至 当 トシ 伺 案 ノ通 」 と い う もの で,1月17日. 立 案 され,同24日. 決 裁(次 官 の 代 決)さ れ て 翌25日 発. 送 され た 。 こ こで 別 に 申請 され て い る 山下 謙 二 郎 に認 可 す るの が 適 当 で あ る と して い る点 が 注 目 され るが,同 人 に よ る 申請 の 資 料 が な いた め この 事 情 を 知 る こ とが で きな いの が 残 念 で あ る。 しか し却 下 理 由 と して あ げて い る,申 請 者 の 信 用,資 産 お よ び能 力 は,認 可 の 要 因 とな りう る内 容 と もいえ,不 十 分 な もの で あ った 。 つ ぎ に,山 口時 市 に よ る潜 竜 駅 にお け る事 例 を み て み よ う。 こ こで も同 よ う昭 和14年1 月17日 却 下 意 見 が 立 案 され,同24日 の4点. を あ げ て い る。 第1に. と,第3に. 決 裁(次 官 代 決)さ れ た 。 そ の 審 査 意 見 と して,つ. 申請 人 に 信 望 が な い こ と,第2に. 経 験 が な い こ と と吉 住 同 よ うの 欠 格 事 項 を あ げ,第4に. ぎ. 申請 動 機 が薄 弱 で あ る こ 事 業 経 営 を 行 うの が 困. 難 で あ ろ う と して い る。 第1の 信 望 につ いて で あ るが,申 請 者 は西 部 バ ス,西 肥 バ ス,諌 早 自動 車 お よ び別 府 遊 覧 自動 車 各 会 社 の 重 役 と して 諸 事 業 に関 与 して い るの で,所 謂 利 権 屋 と 目 され 地 方 にお いて 信 望 な しと断 言 す る。 第2の 動 機 につ いて,申 請 者 は 自身 で 営 業 に携 る と い う思 考 が な く,た だ 利 権 獲 得 の た め で あ って 申請 の 動 機 に純 粋 さを 欠 くとの べ る。 す な わ ちそ の 動 機 は佐 世 保 合 同(運 送 力)の 重 役 市 瀬 仁 平 よ り将 来 小 運 送 経 営 は有 利 で あ る と聞 き,ま た 申請 を 懲 悪 され た た め で あ る と して い る。 第3の 経 験 に つ い て,「資 力 ハ 相 当 ナ ル モ 小 運 送 業 二 対 スル 経 験 ナ シ」 と決 あ つ け る。 さ らに第4に,申. 請 を した 潜 竜. 1駅 だ けで は予 想 取 扱 量,設 備 労 銀 な どか らみ て 経 営 成 績 を あ げ る こ と は困 難 で あ る との べ るの で あ る。 こ こで も事 由 と結 論 は余 りに短 絡 す ぎて,寧. ろ逆 の 結 論 に導 か れ る こ と も. 可 能 で,吉 住 の 例 と同 よ う,一 定 の 意 図 が 存 す る可 能 性 が 窺 え るの で あ る。 この こ と は小 運 送 業 に対 す る関 心 が 高 ま り,斯 業 に参 入 希 望 の 動 きの あ る こ とを 鉄 道 省 自 らが 認 あ て い 一323(323)一.
(12) 第7巻. 第1号. る もの で あ る。 却 下 理 由 はつ ぎの とお りで あ った 。 「本 申請 人 ハ西 部 バ ス,西 肥 バ ス,諌 早 自動 車,別 府 遊 覧 自動 車 各 株 式 会 社 ノ重 役 二 就 任 シ居 ル 外,地 元 二 於 テ 利 権 二 関 スル 諸 事 業 二 関 与 シ居 リ,所 謂 利 権 屋 ト目サ 居 ル モ ノニ シテ,免 許 後 本 人 自 ラ営 業 二 従 事 スル 意 志 ナ ク,佐 世 保 合 同 ノ市 瀬 仁 平 ヨ リ今 後 小 運 送 業 ハ 相 当 有 利 ナ ル 事 業 ナ リ ト聞 及 ビ,利 権 獲 得 ノ 目的 ヲ以 テ 本 申請 二 及 ビタル モ ノニ シテ 免 許 小 運 送 業 者 トシテ ハ 不 適 当 ナル モ ノ ト被 認 二 付 伺 案 ノ 通 」 と い う もの で あ った 。 さて,こ の よ う に強 力 な 申請 却 下 は当 然 に 日通 に よ る小 運 送 業 の 統 合 を 意 図 した もの と 考 え られ るが,実 際 に は そ れ が 貫 徹 しな か った。 昭 和20年8月. ま で に,全 国 に な お227店 が. 日通 に統 され ず,戦 後 も所 謂 「旧免 許 業 者 」 と して 営 業 す る に至 る。 そ の 中 に は本 稿 が 対 象 と した 旧国 鉄 松 浦 線(時 期 に よ り伊 万 里 線,伊 佐 線)や. これ に結 合 す る筑 肥 線 沿 線 は 日. 通 で な い会 社 に よ って い るの で あ る。 戦 時 段 階 に強 力 な 統 合 が 行 わ れ た が,こ の 段 階 で も 九 州 地 区 を カバ ー す る 旧門 司 鉄 道 管 理 局(旧 門 鉄 局)管 内 で も22社 が 未 統 合 で あ った 。 江 迎,潜 竜 駅 地 区 は北 松 浦 通 運 の 免 許 区域 で あ り,周 辺 は,西 松 浦 通 運(伊 万 里),松. 浦通. 運(唐 津),肥 前 通 運(肥 前 鹿 島)の 各 社 が点 在 した。 す な わ ち佐 世 保 と い う軍 事 的 性 格 の 強 い地 の 周 辺 の 地 域 にお いて,強 力 な 申請 却 下 が 行 わ れ た に もか か わ らず 日通 に よ る統 合 が 行 わ れ な か った こ とを 指 摘 して お きた い。. 4佐. 世保駅 にお ける店舗移転 申請. 佐 世 保 線 佐 世 保 駅 は九 州 鉄 道 佐 世 保 線 開 通 に伴 い明 治31年1月 19年5月. に軍 港 の設 置 が 決 定 し,同22年7月. に開 業 した 。 同 市 は明 治. 海 軍 鎮 守 府 の 開 庁 と と もに急 速 に発 展 して き. た 。 開 業 以 来 旅 客 貨 物 と も取 扱 い は増 加 して き たq8)。昭 和13年 頃 に は小 運 送 業者 と して, ㊥ を は じめ ㊤,⑭,㊥,㊥. と い った 業 者 が 駅 周 辺 に店 舗 を 設 けて 営 業 して いた 。 この よ う. な 状 況 の 中 で駅 か ら若 干 離 れ た場 所 で店 舗 を 設 けて 営 業 して い た川 島商 事 ⑲(仮 称,以 下 同 じ)が 駅 周 辺 に店 舗 移 転 の 申請 を 行 う に至 る。 同 商 事 は海 運 関 係 を 中心 に経 営 を 行 って きた が,陸 上 の 小 運 送 業 に進 出 して 経 営 の 拡 大 を 図 るべ く店 舗 移 転 を 計 画 した もの で あ っ た 。 昭 和13年7月. ⑰. 日通 社 史. (18)三 ⑲. 浦. に移 転 申請 を 行 い,結 果 と して,翌14年5月. に却 下 され る。 この 経 緯 に. 〔1962〕pp.389-390.. 〔1976〕. 現 在 も この 会 社 の 営 業 は 続 いて い るの で 本 稿 で は仮 名 を 用 い る。 -324(324)一.
(13) 小 運 送 二 法 の 制 定 と鉄 道 小 運 送 業(三 浦). つ いて 検 討 を 加 え た い。. (申請) 川 島 商 事 株 式 会 社 は,昭 和13年7月11日. に小 運 送 営 業 の 免 許 を 受 け,佐 世 保 港 周 辺 の 佐. 世 保 市 万 津 町 に店 舗 を 設 けて 営 業 を 行 って いた 非 指 定 の 事 業 者 で あ った 。 指 定 ・非 指 定 の 区 別 は,昭 和2年10月1日. に特 別 小 口扱,集 配 付 小 口扱 指 定 運 送 取 扱 人 制 度 ⑳ が 発 足 した. 際 に,こ の 制 度 で 指 定 取 扱 人 とな った 業 者 を 指 定 業 者 と よ び,そ れ 以 外 の 業 者 を 非 指 定 業 者 と俗 称 され るが,小 運 送 の 免 許 を 得 た 業 者 に は この 区 別 が あ った 。 と こ ろで 同 社 は免 許 が 交 付 され た 同 月29日 に,更 め て 佐 世 保 駅 周 辺 の 同 市 三 浦 町35番 地 に 店 舗 移 転 の 申請 を 行 った。 移 転 先 の店 舗 は1階 部 分 が20,109m2,2階. 部 分 が9,641m2の. 面積 の規模 であ っ. た 。 移 転 の 理 由 は 「駅 トノ間 隔 遠 ク連 絡 並 事 務 不 便 ノ タ メ」 と あ るが,と. にか く佐 世 保 駅. 前 に進 出を 図 ろ う とす る もの で あ った ⑳。. (申請 者) 申請 者 の 川 島 商 事 は長 崎 お よ び佐 世 保 で,海 運 業,回 漕 業 や 倉 庫 業 を 経 営 す る この 地 元 の 有 力 企 業 で あ り,現 在 も継 続 して い る。 この 時 に陸 運 部 門 へ の 拡 大 を 図 った もの と考 え られ る。 移 転 予 定 の 店 舗 は,小 運 送 業 を も経 営 す る佐 世 保 合 同 運 送 株 式 会 社 が 指 定 業 者 の ⑫ や ⑭ に20数 年 来 賃 貸 して きた 店 舗 で あ った 。 この 頃 ⑫ に対 して 突 然 賃 貸 料 の 値 上 げを 通 告 し,さ らに買 収 の 交 渉 も拒 絶 され た た め,止 む な く⑦ は店 舗 移 転 を 余 儀 な くされ た の で あ る。 移 転 の 後 は⑫ と同 額 の 賃 貸 料 で 川 島 商 事 に賃 貸 す る 目的 で 改 築 を 行 った もの で,こ の 間 の 経 緯 か ら同 社 の 駅 前 進 出の 並 々な らぬ 取 組 み を 窺 う こ とが で き る。 しか し⑫ 移 転 の 画 策 行 動 は同 社 に と って は不 利 な 要 因 を か か え る こ と にな る。. (申請 の却 下) 門 司 駐 在 監 理 官 は 申請 を 受 けて,同 昭 和13年10月26日. に監 督 局 長 た る鉄 道 省 へ 調 査 報 告. を な して い る。 この 段 階 で は 「店 舗 移 転 ノ認 可 申請 有 之 候 二付,実 情 詳 細 調 査 致 候 処,一, 同 社 二 於 ケ ル 現 在 ノ店 舗 ハ 所 属 駅 迄 ノ距 離 遠 ク(駅 ヨ リ1粁 半 弱)営 業 者 種 々不 便 アル タ メ,予 テ ヨ リ駅 附 近 二 移 転 スベ ク適 当 ノ店 舗 ヲ物 色 シ居 リシ処,偶 ②①. 日本 国 有 鉄 道 百 年 史 日本 輸 送. ⑳. 〔1972〕 第8巻pp.254-255.松. 好,安. 藤編. 々佐 世 保 合 同 運 送 株 式 〔1971〕pp.362-365.近. 代. 〔1979〕p.62.. 現 店 舗 か ら 佐 世 保 駅 前 迄1.5kmの. 距 離 が あ り,荷. 近 ク ニ 移 転 セ ン ト」 す る も の で あ る と,申. 主 に 対 し て も 「サ ー ビ ス 低 下 ヲ 来 ス タ メ 駅 ノ. 請 の 内 容 と事 由 に記 され て い る。. -325(325)一.
(14) 第7巻. 第1号. 会 社 ノ店 舗 移 転 二 依 リ其 ノ 旧屋 貸 家 トナ リタル ヲ以 テ 之 ヲ借 入 シ同 社 陸 送 部 ヲ移 転 セ ン ト スル モ ノ ナ リ」 と きわ め て 主 観 を 入 れ ず 報 告 して い る。 と こ ろが 最 終 的 に は 「地 方 監 理 官 ノ意 見 」 は却 下 意 見 と して 記 録 され る。 これ に至 る に つ いて 同 社 に と って 不 利 な 材 料 が 存 在 して いた 。 そ れ は7月11日. に小 運 送 営 業 の 認 証 を 受. け る際 に一 札 の 念 書 を 提 出 して いた か らで あ る。. 覚. 書 長崎市南 山手町11番地 川島商事株式会社 取締役社長. 川島誠太郎⑳. 小 運 送 業 法 附 則 ノ定 ムル 所 二 依 リ今 般 当 会 社 二 於 テ 別 紙 ノ通 小 運 送 業 営 業 届 ヲ提 出 致 シ候 ガ 幸 二 申請 ノ通 小 運 送 業 ノー 般 免 許 二 付 御 認 謹 ヲ相 受 ケ 候 節 ハ 業 法 ノ定 ムル 諸 條 項 ヲ遵 守 シ,堅 実 ナ ル 営 業 ヲ致 スパ 勿 論,業 法 制 定 ノ本 旨二 鑑 ミ他 ノ業 者 ト充 分 融 和 協 調 ヲ図 リ萄 モ 業 者 間 二 於 ケ ル 摩 擦 相 剋 ヲ醸 生 シテ 業 界 ノ統 制 ヲ素 シ改 善 ヲ妨 グル ガ 如 キ 行 為 ハ 絶 対 二 相 仕 ラザ ル 存 念 二 有 之,依 而 後 日ノ為 一 札 如 斯 二 御 座 候. 審 査 概 要 は2点 が あ げ られ,第1は. この 念 書 に違 反 す る と い う こ とで あ った 。 第2は 業. 界 に無 用 の 競 争 を 誘 発 し業 者 間 の 協 調 を 乱 す と い う もの で あ った 。 す な わ ち第1は,こ. れ. 迄 回 漕 業 を 主 と して いた 方 針 を 拡 大 して 陸 運 部 門 に傾 注 の 意 図 が 濃 厚 で あ るか らと い う も の で あ る。 これ は 「蒋 来1責極酌 三 小 蓮 送 楽… 三 進 由 ジ,業 者 間 二 於 ケ ル 摩 擦 相 剋 ヲ醸 生 シ, 業 界 ノ統 制 改善 ヲ阻 害 ス ル ガ 如 キ 行 為 ハ 絶 対 二慎 ム可 キ 旨」(傍 点 筆 者)と. い う一 書 に反. す る もの と して い る と こ ろで あ る。 この 際 注 目す べ き は,先 に掲 げた 念 書 に記 載 され て な い文 言(傍 点 部)を 加 え て い る こ とで あ る。 す な わ ち同 社 の 念 書 に は 「将 来 積 極 的 に小 運 送 業 に進 出致 しませ ん 」 と い う文 言 はな いの で あ る。 つ ぎ に第2点. は,移 転 予 定 の 場 所 は. 旧⑦ の 店 舗 が 所 在 した 地 で 佐 世 保 小 運 送 の 中枢 的 位 置 に あ り,移 転 後 は荷 主 関 係 にお いて も混 乱 が 生 じ,延 いて 業 者 間 に無 用 の 競 争 を 誘 発 す る こ と にな り業 者 間 の 協 調 を 損 う と い う もの で あ った 。 これ を 受 けて 却 下 の 決 裁 が な され た 。 す な わ ち翌 昭 和14年4月28日. 立 案 され,翌5月23. 日付 で 却 下 され た 。 そ れ に よ る と,申 請 人 は主 と して 海 運 業,回 漕 業 を 経 営 す る傍 ら小 運 ⑳. 会 社 名,社 長 名 は現 存 す る会 社 で あ るの で 仮 名 で あ る。 -326(326)一.
(15) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) 送 業 を 営 ん で お り 「将 来 積 極 的 二 小 運 送 業 二 進 出 シ,業 者 間 ノ摩 擦 相 剋 ヲ醸 生 シ業 界 ノ統 制 改 善 ヲ阻 害 スル ガ 如 キ 行 為 ハ 絶 対 二 慎 ム可 キ 」 と い う覚 書 を 提 出 して 昭 和13年7月11日 小 運 送 業 の 認 証 を 得 た の で あ るが,そ の 直 後 の7月29日. に店 舗 の 移 転 申請 を 行 った もの で. あ る。 これ は先 に提 出 した 覚 書 に反 し,十 分 な 資 力 を もつ 申請 人 は移 転 先 店 舗 の 地 理 的 優 位 性 か ら,市 内16の 小 運 送 業 者 を 刺 激 し,無 用 の 競 争 を 誘 発 して 「業 者 間 ノ協 調 ヲ破 壊 ス ル モ ノ ト被 認 二 付 伺 案 ノ通 」 と して 却 下 に至 った もの で あ る。 この 店 舗 移 転 申請 の 事 例 は,い わ ば法 制 度 的 支 柱 を 与 え られ た 新 産 業 と もい うべ き小 運 送 業 界 に新 規 参 入 を 図 ろ う とす る業 者 と,こ れ を 拒 もう とす る側 との 攻 防 の 様 子 を 窺 う こ とが で き る。 な お,こ の 後 佐 世 保 駅 に は 昭 和16年9月1日 た 。 ま た 同17年3月11日. に 日通 佐 世 保 支 店 が 開 設 され. 佐 世 保 合 同 運 送 株 式 会 社,東 亜 通 運 株 式 会 社 ら28業 者 を 統 合 し. て,日 通 佐 世 保 支 店 の 取 扱 い とな る㈱。. 5門. 3,4項. 鉄局管 内の諸事例. で は 軍 事 的 性 格 の影 響 の 大 き い佐 世 保 お よ び そ の周 辺 部 の 事 例 を考 察 した 。 す. な わ ち戦 時 統 制 が 強 く作 用 す る と思 わ れ る側 面 を み て きた 。 この 地 は所 謂 「要 塞 地 帯 」 と 指 定 され て お り,大 村 線 南 風 崎 駅 以 北 の 広 範 囲 に及 ん だ 。 九 州 で は他 に下 関 要 塞 と して 北 九 州,筑 豊 地 区 の 広 範 囲 が,長 崎 要 塞 と して 長 崎 駅 中心 とす る(長 崎 線 の 長 崎 港 ・長 崎 ∼ 喜 々津 駅 間)地 区 が 指 定 され て いた 。 また 海 上 お よ び沿 岸 部 を 主 とす る豊 予 要 塞 も 日豊 線 大 分 ∼ 上 臼 杵 間 が 指 定 され て いた 。 本 項 で はそ れ 以 外 の 各 駅 にお け る事 業 申請 の 事 例 を 考 察 して み る。 この 中 に は要 塞 に隣 近 接 す る駅 や 軍 事 施 設 を 抱 え る駅 の 場 合 もあ る。. 5-1甘. 木線太刀洗駅. 昭 和14年4月29日. に国 鉄 甘 木 線 の 基 山 ・甘 木 間 の 開 通 に伴 い,同 時 に太 刀 洗 駅 が 開 業 し. た 。 同 線 お よ び同 駅 の 開 業 は太 刀 洗 飛 行 場 との 関 係 が 大 き い。 太 刀 洗 飛 行 場 は北 部 九 州 に 軍 事 政 策 の 一 環 と して の 飛 行 場 建 設 の 候 補 地 とな り,大 正5年(1916)に 年(1919)に. 完 成 した 。 翌9年. 着 工 され,同8. に は飛 行 第4航 空 隊 が 赴 任 した 。 そ の 後 昭 和3年 か ら 日本. 軍 の 中国 戦 略 と共 に活 動 は本 格 化 した 。 昭 和15年(1940)に. は飛 行 学 校 が 開 港 し,20年2. 月 迄 続 いた 。 また 昭 和13年 に航 空 工 廠 が 設 置 され,航 空 機 製 作 所 へ と発 展 す る。 同 駅 は こ ㈱. 日通 社 史. 〔1962〕p.876.. 一327(327)一.
(16) 第7巻. 第1号. の よ う に太 刀 洗 飛 行 場,航 空 隊 に不 可 欠 の 駅 と して 発 展 す るが,構 内 に は多 数 の 側 線 や 地 下 通 路 が 存 在 した 。 甘 木 線 が 開 通 す る迄 は 中央 軌 道 に よ る軌 道 線 が 大 正10年(1921)に. 飛 行 場 迄 の レー ル が. 完 成 した⑳。 そ の後 甘 木 か ら飛 行 場 ∼ 上 田代 を結 ぶ路 線 と して 活 躍 した が,経 営 不 振 に陥 り,朝 倉 軌 道 が こ れ に代 り運 行 した。 朝 倉 軌 道 は 貨 物 自動 車 や 乗 合 自動 車 部 門 に も進 出 し,前 者 は朝 倉 倉 庫 や 共 同 運 送 と三 社 の 競 争 が 起 り後 に 朝 倉 合 同 運 送 と して 昭 和6年 (1931)に 合 併 す る。 後 に 日通 に よ って戦 時統 合 さ れ る。 太 刀 洗 駅 の 小 運 送 事 業 の 申請 は朝 倉 郡 三 輪 村(太 刀 洗 駅 の 位 置 は三 井 郡 太 刀 洗 町 で な く 朝 倉 郡 三 輪 村 で あ る)の 農 業 川 上 茂 二 郎 が 経 営 す る太 刀 洗 運 送 店 に よ って な され た 。 彼 は 駅 開 業 に先 立 つ 昭 和13年1月 が な され,同27日. に認 可 申請 を 行 った 。 これ に対 し翌14年4月22日. に決 裁 され た 。 理 由 につ いて,彼. 却下の立案. は資 力 や 信 用 は あ るが,先 ず 経 験 が な. い こ と。 また 内 容 につ いて の 研 究 もな く,事 業 の 計 画 性 も有 しな い と いつ もの で あ った 。 ま た こ の 申請 資 料 に よ れ ば,「 朝 倉 合 同 ノ取 扱 駅 追 加 ト同様 処 分 」 と の文 言 が あ り,前 述 朝 倉 軌 道 傘 下 の 朝 倉 合 同 運 送 も太 刀 洗 駅 にお け る小 運 送 事 業 の 申請 を 行 って いた こ とが 分 か る。 同 社 の 出現 も却 下 され る。. 5-2甘. 木 線 筑 後 松 崎駅. 筑 後 松 崎 駅 は前 出 の太 刀 洗 駅 と同 よ うに 昭 和14年4月28日. 甘 木 線 の 開 通 に よ り開 業 し. た 。 同 地 に は,前 項 で 述 べ た 中央 軌 道 線 の 新 町(依 井)一 松 崎 間 が 大 正10年 に開 通 して お り,太 刀 洗 飛 行 場 が この 中間 に設 け られ て いた 。 上 田代 迄 延 長 され た が,昭 和3年 朝 倉 軌 道 の傘 下 に入 り,甘 木 線 の 開 通 に よ り平 行 路 線 と して 営 業 して い た が 昭 和15年 に廃 止 と な った 。 太 刀 洗 駅 と同 よ う飛 行 場 の 存 在 が 大 きか った と いえ よ う。 この 筑 後 松 崎 駅 にお いて 小 運 送 事 業 の 申請 が な され た の は,甘 木 線 開 通 の1年 半 前 の 昭 和12年11月27日 で あ った 。 同 所 で 農 業 や 自転 車 販 売 業 を 営 む 重 松 利 平 か らで あ った 。 彼 は 駅 前 に適 当 地 を 有 して お り,資 力 信 用 は普 通 で あ るが,当 駅 の予 想 取 扱 量 は約4,500ト ン程 度 で あ るの で 「収 支 相 償 ハ ザ ル モ ノ ト被 認 」 る もの と して 却 下 とな った 。 昭 和14年4月22 日立 案 され,甘 木 線 開 業 の 前 日4月27日 決 裁 され た 。. 5-3久. 大線筑後吉井駅. 筑 後 吉 井 駅 は昭 和3年12月24日, ⑳. 甘木市史下巻. 久 留 米 一 筑 後 吉 井 間 に国 鉄 久 大 線 の 開 通 に伴 い開 業 し. 〔1981〕pp.202-210.. 一328(328)一.
(17) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) た もの で あ る。 久 大 線 はそ の 後 延 伸 を 続 け,日 豊 本 線 大 分 か らの 線 路 と結 合 し昭 和12年6 月27日 久 大 本 線 と して 全 通 す る㈱。 国鉄 以 前 の 状 況 は,明 治36年(1903)に. 筑後 馬車軌道. と して 吉 井 町 一 田主 丸 間 の 輸 送 が 始 ま って 以 来 同 社 は明 治40年 筑 後 軌 道 と改 称 した 。 大 正 5年 に は久 留 米 一 日田間 が 開 通 して いた 。 国 鉄 久 大 線 の 開 業 に伴 い,昭 和4年 とな った 。 昭 和2年. に は久 留 米. 動 車 と連 絡 自動 車(バ. に全 面 廃 止. 日田間 の バ ス運 行 を 開 始 した り,廃 止 後 は西 久 大 貨 物 自. ス)を 経 営 す る に至 った 。. 同 駅 の 小 運 送 事 業 の 出願 は,昭 和12年11月2日. に松 永 種 次 郎 経 営 の 吉 井 運 送 店 よ りな さ. れ た 。 同 駅 に は前 述 の 筑 後 軌 道 の 後 身 と思 わ れ る筑 軌 運 輸 株 式 会 社 が 隣 接 の 田主 丸,千 足 両 駅 で 指 定 店 と して 営 業 を 行 って いた 。 却 下 意 見 は,松 永 は これ まで 肥 料 店 を 営 業 して き た が,資 金 の 融 通 の た め 引 換 証 付 荷 物 の 仮 渡 を 受 け る と い う条 件 で,筑 後 吉 井,田 主 丸, 筑 後 千 足 駅 で 運 送 店 を 順 次 利 用 して きた が,常. に資 金 が 窮 乏 して いた 。 小 運 送 業 法 実 施 後. は仮 渡 に応 じる業 者 はな く,資 金 は益 々欠 乏 し肥 料 商 を 経 営 す る こ と さえ 困 難 にな って き た の で,小 運 送 業 を 自営 して 資 金 の 欠 乏 を 補 填 す る 目的 で この 申請 を 行 って い る と した 。 そ して 「資 力 信 用 不 充 分 ナ ル ノ ミナ ラ ズ,折 角 一 駅 一 店 に統 制 セ ラ レタル 地 方 運 送 業 界 ヲ 乱 スモ ノ」 との 状 況 説 明 が な され て い る。 そ して 1資. 力信用普通. 欠格条項ナ シ. 2当. 駅 年 間 取 扱 実 績35,000ト ン余 ニ シテ,免 許 小 運 送 店 ノ1店 ア リ,小 運 送 作 業 ニ ハ. 充 分 ト被 認 3小. 運 送 業 ト肥 料 商 トヲ兼 テ 総 括 的 ニ ハ 収 支 相 償 フモ ノ ト被 認 モ,小 運 送 業 ノ健 全 ナ. ル 発 達 二 支 障 アル と して 却 下 とな った の で あ る。 こ こで は既 に地 元 運 送 会 社 に よ る1駅1店 こ とが 明 確 に あ らわ れ て い る。 しか もそ の1店. の原則で行 う. は国 鉄 開 業 に よ る既 存 業 者 へ の 補 償 と い う. 形 で な され て い る と い う点 で,そ れ は妥 協 的 産 物 と い う意 味 を もつ にせ よ,鉄 道 省 の 本 策 実 行 の 性 格 を あ らわ す もの と考 え られ るの で あ る。. 5-4鹿. 児 島本 線 球 磨 川 駅. 鹿 児 島 本 線 球 磨 川 駅 は,熊 本 県 八 代 郡 太 田 郷 村 松 江 に位 置 し,本 線 八 代 駅 か ら1.3kmの 距 離 を もつ 貨 物 駅 で あ る。 明 治29年11月21日. ㈱. 国 有 鉄 道 百 年 史 第9巻. ②③. 石川編. 〔1972〕pp.126,129.久. に九 州 鉄 道 の 八 代 駅 と して 開 業 ⑳ し,同40年. 〔1973〕p.77. -329(329)一. 留 米 市 史 第3巻. 〔1985〕pp.821-822..
(18) 第7巻 7月1日. 第1号. に国 有 化 に よ り国 鉄 八 代 駅 とな った が,翌41年6月1日. に人 吉 迄 延 伸 され るの に. 伴 い分 岐 の 地 点 の 関 係 か ら八 代 駅 を 移 転 す る。 この 後 旧八 代 駅 を 球 磨 川 駅 と して 貨 物 専 用 と した もの で あ る。 こ こで の 申請 は合 資 会 社 曙 組 代 表 川 崎 平 次 郎 に よ って 昭 和13年9月22日 は昭 和 酒 造 八 代 工 場 へ 人 夫 の 供 給 と船 積 荷 揚 を 行 って いた が,2ト 馬 車20台 を 用 い,従 業 員28名(事. 務 員3名,作. 業 員25名)を. 行われた。同社. ン積 自動 車1台,荷. 牛. 雇 用 す る と い う規 模 の 大 き い. もの で あ った 。 本 申請 に対 して 翌14年 却 下 され た 。 却 下 の 理 由 は以 下 の とお りで あ る。 まず 小 運 送 につ いて は曙 組 の 人 夫 を 供 給 して 行 うの で 免 許 は却 って 当 地 の 同 業 者 や 所 謂 利 権 屋 を 刺 激 す る こ と にな り妥 当 で な い。 却 下 して も 申請 人 の 営 業 は従 来 どお り存 続 で き る。 また 当 該 小 運 送 業 者 は⑭ ㊧ の ほか 酒 造 会 社 ・無 水 アル コー ル 輸 送 会 社 の3社 が 行 って お り,各 社 余 力 を 保 有 して お り従 来 の 作 業 能 力,信 用 お よ び資 力 で 十 分 で あ る と して い る。 また 同 社 は小 運 送 業 に対 す る経 験 が な く,政 党 関 係 者 だ けが 集 ま る合 資 会 社 な の で 小 運 送 業 の 健 全 な 発 達 を 期 待 しが た い との べ,利 権 屋 を 刺 激 し,類 似 の 免 許 出願 が 続 出す る こ と にな り,小 運 送 業 法 制 定 の 主 旨 に反 す る と正 面 か ら 否 定 して い るの で あ る。 政 党 関 係 云 々の 謂 は,本 会 社 は八 代 町 会 議 員6名 た もの で,出 資 金 は1名2,000円,合. に よ り設 立 され. 計12,000円 で あ る。 内訳 は政 友 会 よ り3名,国. 民同盟. よ り3名 で,各 派 よ り1名 の 無 限 責 任 社 員 で 構 成 され て いた 。 そ して 当 地 は政 争 が 激 しい 地 で あ るが,最 近 両 派 共 融 和 し提 携 して 経 済 界 に進 出 しよ う と企 図 して い る所 で あ る。 本 会 社 設 立 はそ の 具 体 策 の 第1歩 で あ る と認 め て は い る。 しか し逆 に 「工 場 誘 致 二 対 シ利 権 獲 得 シ,八 代 町 二 於 ケ ル 政 党 的 軋 礫 緩 和 ヲ 目的 トスル モ ノニ 有 之,其. ノ動 機 極 メテ 不 純 ナ. ル 上,出 資 者 ハ 小 運 送 業 二 経 験 ヲ有 セ ザ ル 政 党 関 係 者 ノ ミニ シテ 小 運 送 業 ノ改 善 二 支 障 ヲ 招 来 スル 虞 アル 」 との べ て い るの で あ る。 か くて 昭 和14年5月2日. 立 案 され 翌6月2日. に. 決 裁 され 通 告 され た 。 な お 備 考 と して,却 下 して も曙 組 は 「従 来 ノ通 海 運 関 係,荷 持 及 下 請 ノ形 成 二 依 ル 作 業 及 両 無 限 責 任 社 員 ガ 各 別 二 関 係 セ ル 砂 利 会 社 ヲ合 資 会 社 トニ 合 併 ス レバ 会 社 成 立 ノ 目的 ハ 達 セ ラル ル モ ノ ナ リ」 との べ て い るが,こ. こで は政 治 的 色 彩 を 帯 び る事 業 の 出願 が 行 わ れ. て い る こ とを 指 摘 して お きた い。. 5-5日. 豊 本 線 鶴 崎駅. 鶴 崎 駅 は 大 正3年(1914)4月1日 分 迄 開 通(当. 時 大 分 線)し. に 開 業 した 。 す な わ ち 明 治44年(1911)11月1日. て い た 日豊 線 が 大 正3年4月1日 一330(330)一. 大. に 佐 伯 線 と して 幸 崎 迄 延 伸 さ.
(19) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) れ た の に伴 い開 業 した もの で あ る⑳。 鶴 崎 駅 に お け る小 運 送 事 業 の 出 願 は 昭和12年12月5日. 上 組 合 資 会 社 に よ って 申請 され. た 。 そ れ は 日本 染 料 鶴 崎 工 場 が 建 設 され るの に合 わ せ て 行 わ れ た もの で あ る。2ト 台,荷 牛 馬 車5台,荷. ン車2. 車5台 を 用 い,従 業 員28名 を 雇 用 す る と い う もの で あ った 。 上 組 合. 資 会 社 は明 治39年 に設 立 され,本 社 を神 戸 市 に お き 当時 資 本 金1,338,600円 の 運 輸 の 大 手 企 業 で あ る。 申請 は却 下 とな るが,こ 場 しな い。 工 場 完 成 は7,8月. こで は,信 用,資 力 や 経 験 と い った 文 言 は さす が に登. 頃 で あ るが,専 用 線 の 完 成 が 不 明 で あ る こ と,現 在 当 地 の. 小 運 送 業 者 を 圧 迫 す る こ と に はな らな いが 「本 件 類 似 ノ事 情 二 基 ヅ ク免 許 申請 続 出 スル モ ノ ト予 想 」 され て 「制 度 ノ趣 旨二 反 スル 」 もの と い う漠 然 と した 理 由 にな って い る。 昭 和 14年7月10日. 5-6志. に立 案 され 同8月10日. に決 裁 され 通 告 され た もの で あ る。. 布志線油津駅. 志 布 志 線 油 津 駅 は,昭 和12年4月19日. 大 堂 津 一 油 津 間 の 志 布 志 線 開 通 に よ り開 業 した 駅. で あ る。 油 津 地 区 に は この 志 布 志 線 と は別 に宮 崎 県 営 鉄 道 の 軽 便 線 が 大 正2年(1913)8 月18日 飲 肥 一 油 津 間6.4kmの. 開 通 に よ り油 津 駅 と して 開 業 して い た㈱。 これ が 初 代 の 油. 津 駅 で あ る。 この 線 が 昭 和10年7月1日 年4月5日. 買 収 国 有 化 され て 油 津 線 と称 した 。 そ して 昭 和12. に油 津 か ら元 油 津 に駅 名 を 改 称 した 。 前 者 志 布 志 線 の 開 通 に よ り開 業 した 駅 は. 2代 の油 津 駅 で あ る。 油 津. 元 油 津 間1.Okmは. 貨 物 支 線 と して 昭 和16年10月28日. に延伸. した 。 申請 は昭 和12年12月1日. にe油 津 運 送 株 式 会 社 よ りな さ れ た。 同会 社 は 資 本 金12,000円. で 代 表 取 締 役 に代 議 士 渡 辺 与 七 が 就 任 して いた 。 しか し渡 辺 に対 して 資 力 薄 弱,と か くの 噂 有 りと評 して い る。 同 社 が 出願 に至 った の は油 津 線 元 油 津 駅 に は既 に⑭ 油 津 合 同 運 送 株 式 会 社 が 認 可 を 得 て お り,志 布 志 線 油 津 駅 にお いて 営 業 しよ う と した もの と考 え られ る。 油 津 にお け る取 扱 量 は魚 獲 物 が 中心 とな り,開 業 以 来 発 送 貨 物474ト ン,到 着 貨 物175ト ン, 他 に宮 崎方 面 へ 年 間1,000ト ンが 自動 車 に よ って 輸 送 さ れ る と い う状 況 も考 え られ るの で あ る。 これ に 対 し鉄 道 省 は1駅1店. の 原 則 を あ くまで 主 張 して,既. に認 可 の油 津 合 同運 送 に. 絞 った 。 この 間 の 事 情 につ いて,油 津 合 同 運 送 設 立 の 経 緯 は,昭 和12年3月8日 業 組 合 を 糾 合 して 出来 た もの で,同 年4月19日 ⑳. 国 有 鉄 道 百 年 史 第9巻. ㈱. 日 本 国 有 鉄 道 百 年 史 第9巻. 油 津 駅 開 業 と共 に開 店 した もの で あ る。 そ. 〔1972〕p.125. 〔1972〕pp.666-667.宮 -331(331)一. に油 津 漁. 崎県史. 〔2000〕pp.76-77..
(20) 第7巻. 第1号. して 元 油 津 駅 に指 定 店 を 設 け る際 に は㊥,0の. 他 二,三 の 請 願 が あ った が1駅1店. の原則. に従 って 之 らを 合 同 して 油 津 合 同 運 送 が 成 立 した もの で あ る。 この 時e関 係 者 だ けが 参 加 しな か った と い う事 情 が あ った 。 ○ 油 津 合 同 運 送 の 出願 は翌 昭 和13年4月6日. に却 下 され. た。. 5-7鹿. 児 島本 線 久 留 米 駅. 久 留 米 駅 は明 治23年(1890)3月1日. 九 州 鉄 道 の 延 伸 に よ り開 業 し,同40年7月1日. 道 国 有 化 に よ って 国 鉄 と駅 とな った もの で あ る。 昭 和3年(1928)に. 鉄. は久 大 線 が 筑 後 吉 井. 迄 開 通 して 分 岐 駅 とな った 。 久 留 米 市 内 に は これ と は別 に大 正13年(1924)4月12日. に私. 鉄 九 州 ⑳ 鉄 道 の 電 車 線 が あ り,福 岡 一 二 日市 一 久 留 米 を 急 行 電 車 が55分 で 運 転 して いた 。 この 他 に久 留 米 市 に は い くつ か の 私 鉄 路 線 が 敷 設 され 筑 後 地 方 の 中心 商 工 都 市 と して 軍 都 と して も発 展 して いた 。 久 留 米 駅 にお け る1駅1店. の 集 約 化 は早 くか ら行 わ れ,大 正15年(1926)か. ら進 め られ. た 。 八 坂 ・千 歳 ・九 州 運 輸 ・山三 運 輸 ・九 州 商 船 ・今 山運 輸 ・牛 島 運 送 ・鳥 取 運 輸 の8運 送 店 が 合 同 して12月 に資 本 金30万 円で 久 留 米 合 同 運 送 が 設 立 した 。 翌 昭 和2年(1927)1 月1日 か ら営 業 が 開 始 した 。4月5日 て1駅1店. に は内 国 運 輸 久 留 米 支 店 と筑 軌 運 輸 の2社. も合 同 し. が 実 現 した の で あ るG① 。. 6あ. と. が. き. 小 運 送 二 法 制 定 後 の 九 州 地 区 の 動 向 を み て きた が,二 法 制 定 は地 方 にお いて 鉄 道 小 運 送 事 業 と い う新 分 野 へ の 参 入 機 会 の 出現 を 契 機 に各 駅 で 認 可 申請 や 事 業 設 立 の 動 きが 多 様 な 形 態 で 展 開 した こ とが 分 か る⑳。 これ に対 して監 督 官庁 の 鉄 道 省 は1駅1店. の実 現 と 日本. 通 運 に よ る一 元 化 の 方 針 を 勧 め るた め 悉 くこれ らの 出願 を 斥 けて ゆ く。 そ れ はわ が 国 が や が て 辿 る戦 時 統 制 や 戦 争 目的 の 政 策 実 現 の 意 図 と は独 立 して 行 わ れ るの で あ る。 す な わ ち 従 来 複 雑 不 統 一 か つ 不 安 定 な 小 運 送 事 業 に対 し整 理 ・再 編 成 ・統 合 を 図 る こ とが 二 法 制 定 の 最 大 の 意 義 で あ った か らと考 え られ る。 つ ま り二 法 制 定 に よ って 交 通 統 制 を 実 現 す る事 が 最 大 の 目的 で あ った と い って よか ろ う。. ㈲. 久 留 米 市 史 第3巻. 〔1985〕pp。818-820。. e①. 久 留 米 市 史 第3巻. 〔1985〕p.826.. el)三. 浦. 〔1996〕p.iii. 一332(332)一.
(21) 小運送二法の制定 と鉄道小運送業(三 浦) この 点 につ いて,廣 岡 治 哉 氏 が 説 くよ う に,昭 和12年 の 小 運 送 業 法 と 日本 通 運 株 式 会 社 法 と い う二 法 制 定 に よ る通 運 体 制 は 「直 接 的 に戦 争 目的 に よ る もの で はな か った 。 む しろ 小 運 送 業 界 の 整 理 と半 官 半 民 の 特 殊 会 社 日本 通 運 の 掌 握 に よ る,鉄 道 省 の 通 運 事 業 に対 す る支 配 を 確 立 す る こ と に主 眼 が あ った 軌 」 と理 解 す る方 が妥 当 で あ ろ う。. 餐 準 9% ( 担 偲 電鴎一ロ㎝一針 ①屡 恕 ) ﹃齪 - 螂 岳 辿 圃 馴 ﹂ 卸 掴 麟 "鞭 選. 勧. 廣岡編. 〔1987〕p.238.. 一333(333)一.
(22) 第7巻 昭 和10年 か ら15年 に か け て,国. 第1号. 鉄 貨 物 輸 送 量 は94.1%も. 増 加 す る が,こ. の内小運送事業. に よ る宅 扱 は61.1%に 増 加 した の で あ って,貨 物 輸 送 量 の増 加 と制 度 的確 立 が 相 互 に促 進 さ れ た と 考 え られ る の で あ る 。. 附. 記. 本 稿 で 使 用 した 資 史 料 は 国 立 公 文 書 架 蔵 の 鉄 道 省 文 書,運 輸 省 文 書 で あ る。 自 由な 使 用 を 許 され た 同 館 に御 礼 申 し上 げ ます 。. 引 用. 文. 献. 〔1〕 中 山隆 吉 『近 代 小 運 送 史 』 陸 運 社1957年 〔2〕 松 好 貞 夫,安 藤 良 雄 編 『日本 輸 送 史 』 日本 評 論 社1971年 〔3〕 山本 弘 文,増 田廣 實,原 田勝 正,青 木 栄 一 『交 通 ・運 輸 の 発 達 と技 術 革 新 一 歴 史 的 考 察 一 』 東 京 大 学 出版 会1986年 〔4〕 日本 国 有 鉄 道 編 発 行 『日本 陸 運 二 十 年 史 』 第 一 巻1956年 〔5〕 鉄 道 省 運 輸 局 編 『国 有 鉄 道 の 小 運 送 問 題 』 運 送 計 算 所1936年 〔6〕 野 田正 穂,原 田勝 正,青 木 栄 一,老 川 慶 喜 編 『日本 の 鉄 道 一 鉄 立 と展 開 一 』 日本 経 済 評 論 社1986年 〔7〕 『長 崎 県統 計 書 』 昭和13年 版 第 一 編1936年 〔8〕 『江 迎 町郷 土 誌 』 江 迎 町役 場1968年 〔9〕 近 代 輸 送 史 研 究 会 編 「近 代 日本 輸 送 史 一 論 考 ・年 表 ・統 計 一 』運 輸 経 済 研 究 セ ン ター1979年 日本 通 運 株 式 会 社 『社 史 』1962年 〔10〕 『 陸 と海 と空 と 日本 通 運 創 業115年 ・創 立50年 の 歩 み 』 日本 通 運 株 式 会 社1987年 〔11〕 『 日本 国有 鉄 道 百 年 史 』 第8巻1972年 〔12〕 『 日本 国有 鉄 道 百 年 史 』 第9巻1972年 〔13〕 〔14〕 〔15〕 〔16〕. 廣 岡 治 哉 編 『近 代 日本 交 通 史 』 法 政 大 学 出版 会1987年 日本 国 有 鉄 道 編 『停 車 場 一 覧 』 日本 交 通 公 社 出版 事 業 部1985年 三 浦 忍 「佐 世 保 市 の 都 市 機 能 と歴 史 的展 開」 『調 査 と研 究 』 第7巻1号. 長 崎県立. 国 際 経 済 大 学 国 際 文 化 研 究 所1976年 「大 正 期 ・佐 世 保 電 気 軌 道 の 敷 設 計 画 につ いて 」 『長 崎県 立 国 際経 済 大 学 論 集 』. 〔17〕. 第19巻4号1986年 「大 正 期 地 方 都 市 電 気 軌 道 計 画 の失 敗 に つ い て 」 「鉄 道 史 学 』 第5号. 〔18〕. 日本 経. 済 評 論 社1987年 「近 代 地 方 交 通 の発 達 と市 場 一 九 州 地 方 の卸 売 市 場 ・鉄 道 ・海 運 一 』 日本 経 済. 〔19〕. 評 論 社1996年 東 洋 経 済 新 報 社 編 『昭 和 産 業 史 』 第 三 巻1950年 久 留 米 市 史 』 第3巻1985年 〔21〕 『 『 甘 木 市 史 』 下 巻1972年 〔22〕 『 宮 崎県 史 』 通 史 編 近 現 代22000年 〔23〕 〔20〕. 〔24〕 〔25〕. 石 川 愛 郷 編 『八 代 郡 誌 』1927年,1973年 復刻版 鉄 道 省 『鉄 道 停 車 場 一 覧 』 昭 和9年12月15日 現 在1934年. 一334(334)一.
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二月八日に運営委員会と人権小委員会の会合にかけられたが︑両者の間に基本的な見解の対立がある