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発展と雇用の一研究

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Academic year: 2021

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(1)Title. 発展と雇用の一研究. Author(s). 大野, 勇一郎. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 4(2): 58-67. Issue Date. 1953-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3530. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . ・学聾 大 学 紀 要 (第一部) 北海 道. 第4繊 第2号. 発. 展. と 大. 用. 雇 野. 研. の. 勇. 一. 昭 和28年12月. 究. 郎. ‐ 北海道学聾大学釧路分校経済学研究室. l t Yu i i O O ; A study o. ・ Economic Deve l .d Emplnyn .e l l ch ro , ppment a 、 N. (1). 【. とと、 富及び所得の窓意にして不公平 な 分 配 と で あ 1 )としながらも、 その不平等の所以を敢えて資本主 る。」. 豊かなる生産とその適正なる分配--所謂 ミ適正なる. 義社会の本質的関係の中から導き出そうとはしない立場. 分配ミ なるもの 内容は吟味せられねばならないも ので くともその経済 的厚 あろうが --とが 人々 の厚生を、 少,. もある。 分配に関しては完全雇用 (労働の) の実現は、 くの人々 に分配請求の積極的な発言権を典えると より多、. る。 生産力の増進が却って人々を困惑せしめ、 或いは仮 令一部分の人々たりと雌も貧窮に追いやるという事態に ◆. う。 周知の如くマルクスの再生産表式では、 労働者の場. 生を増進せしめるものであろうことは吾々の 常 識 で あ. .. ′. いう意味における理解もなし得ようし、 所得分配の如何 が消費性向に影響するという角度からの把握もあるだろ. 逢著したとすれば、 人々はその経済の組織なり機構なり を再検討しなければなるまい。 それは資本蓄積が進むに. 合、 発 -1 とされている然 こねま資本主義社会の現. 理法則に原因するものであり、 それを補整する国家の統 制 によって 匡正し得るものである のか、.それとも社会関. 数果は、 それが果して国民所得を増大せしめ る か 否 か は、 労働者の限界消費性向と資本家の限界支出性向の熟 れが大であるかによって定・ まるものと言わね ば な る ま. つれて顕著になる傾向、 即ち近代経済社会の基本的な心. 係に基く分配の歪曲と過度の資本蓄積に由来 す る も の . で 制度自体を変革する以タ トに解決の方 途を見出し得な 、. いものと鰹す べきもの ・であろうか。 生蓬力の発展は必然 的に失業者の発生を結果せねばならないのだろうか。「人. と物との均衡」 「人間労働の完全雇用」 は途に達し得ぬ 悲願に終るものであろうか。 更には叉、 生蓬力の発展を. 実現するための資本蓄積に あたって、 その合理性を語る 拠る べき規範 めいたものが存在するとすれば、 それは如. 何にして求めらるべきものであろうか。 斯くて人々は究 めねばな らない幾多の問題に衝きあたる。. 新しい問題としての雇用問題は、 只それのみが切り離. された単独の問題ではあり得ない。 新しい問題は正しく は新 しく附け加えられた問題なのである。 経済の本来的 課題が、 島豊富の中の貧困ミ という矛盾の場面に於て、 ミ完全雇用 の実現 という姿で登場 したのである。 それ も ・ は生産の問題であり、 叉、 分配の問題でもあろう。 だが. 社会的生産物の分配様式に係わらしめて斯かる矛盾発生 の主たる原因を探りあてようとするのは、 それは謂わば 一つの見解であり、 「吾々の生活している経済社会の顕 著な欠陥は完全雇用を提供することが出来ないというこ. 実を張弁しようとする合 意があったとしても、 依然とし て一つの仮定に過ぎない。 叉、 .謂う所の所得 の 再 分 配. し、 。. さて、 時代の課題たる完全雇用を論ずる限り、 王座に 据えらるべきものはヶィ ソズの ヰ一般理論も ,であろう。 そして雇用理論としてのケイ ンズ理論の中級をなずも のは、 その新しい均衡概念にあるものと言い得るであろ う。 それは謂う所の古典的均衡が物の完全雇用における 物中心 の贋格的均衡であったのに対 し、 各時点における 経済水準を経済諸量間の均衡として把握 し、 その彼方に. 人間労働の完全雇用を想い画くものである。 それは従前 の徴税的均衡に対しては巨覗的均衡であり、 不均衡と し ての現実動態を把握するものとしての均衡概念に対して は現実一般の在り方としての均衡概念である。 そして慣. 値論的な或いは実物的な均衡に対しては、 貨幣形態に お ける夫れとして理解さ .れるものと言えよう。. 従前の樽統的な均衡概念が完全雇用を前提としたもの. であったことは、 その雇用理論にも貯蓄投資理論にも窺 い知られる。 二つの平行公理を前提として賃銀と雇用量. の決定点を説明する所謂古典理論は非自発的失業の存在 2 」 貯蓄と投資とが利子率 を説き明すことは出来ないし、. 一 58 一.

(3) . 発展と雇用 の一研 究 を決定するという理論は、 投資によって生産量の変化し ない場合即ち生産の弾力性の零である完全雇用の場合 に のみ正当性を持 つと言わ ねばならない。 --投資欲求の 限度であった資本主義の発展上昇の経験を土台とする限 りに於ては、 完全雇用水準において資本の需給を均衡せ しめるものは利子率であるとの理論は現実を正しく把握 したものであったろうけれども。 目を蔽う べく余りにも大いなる現実としての巨大なる 失業群の存在は、 先ず消費性向の減退という傾向に高度 資本主義の特色を捉えることによって、 その解明への端 緒を見出し得た。・而かも此処では、 この消費性向の不足 を償うものとしての投資需要は、 その誘因としての資本 の限界数率の低下によって阻まれてし る。 も供給は、 そ れ自らの需要を創造する という Qセィの法則ミ は今や 贋実を語り得ないものとなった。 斯くして資本の限界数. 率と共に投資量決定の他の要因たる貨幣利子率の問題が 登場する。 M=L′ ) に要約される流 動性選好説が有数 r 需要の不足にi 瑞ぐ老熟資本主義の行く手に一つの光明を. 点ずることになる。 此の様な思考過程を経 て、消費性向、. 資本の限界数率、 利子率の三つの独立変数が従属変数と しての雇用量、 生産量を決定するものとして、 凡ゆる経 済水準の現実を均衡という形式で説き明かそうとするの. が、 ヶィ ソズの新しい均衡概念の提案であると言い得る であろう。 吾々は此処で我図経済の現状に係わらしめてヶイ ソズ 理論を更に学び続けるこ とにしよう。 「一般理論」 が凡 ゆる資本主義の段階に於て 「一般理論」 であり得るかと. い5問題、 経済の課題 の全部的硯野において 眺 め た 場 合、 完全雇用 (労働の) 実現の理想が、 唯それのみを切. り離して迫U・求められるべきではないと言う見地、 日本 経済の現状は此れ等の問題に 対して、 吾々を一つの理解 に導くための生きた材料を提供するかに見える。 実物資. 本の不足をかこつ日本経済の現状は、 決してヶィ ソズ的 政策がその儀に適用されるべき地盤を持 つも の で は な い。 労働の完全雇明を短期間に実現しようともがくこと. は、 此処では生活水準の著しい低下を伴わねばならない であろうo 何故ならば、 此処では物的設備、 資源は既に. 完全雇用 に達しているか らである。 完全雇用の実現が経. の 埋解に先立つて ところで 「ヶィ ソズとハイエク」 の理解に先立 って、、 りく 必 高要がある て置 吾々は次の様な予備的知識を身に つけて置く必要がある 次賛本 大主 イギ ス リ 度 リス高度資本主 であろう。 即ち 「ヶィ ソズの理論をイ ギ・ ま よ 低 の 陸 、より低次の大陸 義のものとすれば、 ハイェ ・クの理論は、主 ・力性 義 投は既に馨 資本主義 のものである。 イギリス資本主義は既に弾力性 目= 様によっては 由 資 ては を失った老熟段階にあり、 企業家の自由投資によっ, - この なィ ギリ ス ギリス ‐ ‐………この様なイ 貯蓄は充分消化し切れない。 省 費財 と 生の相 対贋 格. r 資本主義の段階においては資本財と消費財との相対贋格. 充段階 が延 よ つて 蓬 ′生産段階が延 に 不均衡が生じたとしても、 これによって 段階に 分な変 化 長されること}はならない。 俄に 生産段階に充分な変化 て いるか らで ある を来すに足るだけの弾力性が失われているからである。o 衣 という結論も れ同様 ……国家的投資による完全雇用の達成と ・ぅ結論も同様 解 狸 がこ で あ との の事情による」 ものであると言 うこと の理解がこ ,れであ 4 ) る。. 本主義の本質を考 雇 さて、 「一般理論」 の目標は自由資本主義の本質を考 氾 の課題たる完全 究 し、 その欠陥を意識した上で、 世紀の課題たる完全雇 こ あったと云えよう 用実現のための政策を導き出すことにあった と云えよう こ関 しては縫多くの が、 その所謂完全雇用の実現の過程に関しては槍多くの 少状に係わ ら 済の 現 問題を残しているようである。 日本経済の現状に係わら 屋 いて しく考 察を しめながら、 以下に吾々は此の点について少しく考察を. 進めたいと思う。 r 用 立の内容 ま如何 一体、 「一般理論」 に謂う所の完全雇用の内容は如何 に っヶィ ンズの なるものであろうか。 人間 中b的立場に 立つヶィ ンズの り・ 彼 の所謂非目 場合、 それが人間労働の完全雇用であり、、彼の所謂非自 発的失業の存在しない歌態として考えられているもので あることだけは確かである。 完全雇用達成後においては 「有数需要が更に増加 しても、 もはや蓬出高 は 増 加 せ. ず、 ただ有数需要の増加と正比例的に 費用単位の増加を も もたらすに過ぎ」・ず、 ,その所謂 虞正イ ンフ レーショ ンQ 5 ) そこでは既に物的 を惹き起すのみであると説く限り、 完全雇用の歌態にも到達していることが意味されている と云わねばならない。 撫で吾々の問い度いことは、 然ら. ば物的完全雇用点と人的完全雇用点とは同時に到達する ノのか、 それとも前者が後者に先立って到達するものとさ れているのかと云う点である。 「一般理論」 に於ては、 この点は必ずしも明瞭ではないようである。 その所謂雇. 用水準の上昇過程に於ける経済水準の内容の変化につい ては 「一般理論」 は積極的 に説き明かそうとはしない。. 済の現代的課題であると同じく、 否、 むしろ、 より以上 に、 生産力の増大が経済的厚生増進のための本来的な目. 一度、 遊休労働のみを残して物的完全雇用点に 達して以 後は、 投資の増加による雇用水準の上昇は、e 。=0 ,e p=1 への接近を意味するものであり一 実 質賃銀の低下を考慮. の で あ る。. ゲイ ソズ理論の内容についての梢々立ち入った考察と. せぬばならないものと云えよう。 雇用水準の上昇が実質 E ヒ 賃銀の低下によって行われるとするヶイ ソズの思考はI. 共に、此れと対置させて、 青々が次に学ぼうとするのは、 3 ) 実はヶィ・ ソズの論敵ハイェクの見解である。. 投資乗数とを近似値的に等しいものとしたり、 加速度原. 標であることを、 吾々は此の窮迫 した現実に教えられる. の局面を想定してのものと解されよう。 だが雇用乗数と. 一 59 -. .

(4) . 大. 郎. 野 勇. 理を無税 したりする態度か ら判断すれば、 寧ろ物的完全. 〔謎〕. ヱ) Keyl I Theory,p ・ es: Genera .372 邦 訳 454 頁. 雇用点到達以前の段階を想定していたと解すそことも可. 2) 中山伊知良 ~博士は雇用理論としての古典級理論 1 の第二の仮説に関するケイ ンズの批判は、 ピグ ーに関する限り当っていなv ・ことを指摘されて ‐9頁 い .る。 同博士著 「発展過程の均衡分析」88 及び 「均衡理論と資本理論」217-9頁。 3) 豊崎稔博士は、 その著 「貨幣的景気理論」 の も復刊の言葉 の中で次のように述べ られてい る。 「日本 ,経済の支配者 は、 アメリカに於ける と同じように、 ケイ ンズ的経済政策を実施 しよ. 能なようである。 更に叉、 その景気変動への配慮は、 投 資が資 本設備の増大にも向けられね{ まな らないd 物的完 ′ 全雇用点以後 に主として其の意義を求む べきものとも云 しJ得るのではなかろうか。の Y ・. 以上の考察か ら吾々は眠に物的完全雇用の 状 態 に 達. し、 而かも 「一般理論」 を生んだ地盤とは異なって資本 蓄積度の低い現下の我国経済 が選ぶべき大凡の方向を会. う と意 欲 しつ ふも、 却 っ て ケイ ン ズ と は 相 対立. 得出来 るであろう。 雇用水 準の上昇のための生活水準の. する デフ レ政策を実施する破目に陥った。 その 場合デフ・レ的経済政策の基礎理論になるものは ハイエクの経済学である。」 4 )f i l中恒幸博士 ミ経済学史に於けるケイ ンズの地 l 位も -- 「ケイ ンズ経済学研究」 所牧 -- 5) Keyne 二p id 67頁。 s: ib .303 邦訳3 6) 高橋泰蔵教授 「経済発展と雇用問題」 2 11頁。 7 ) 中山 伊斜娘B博士は、 ピグーの流動均衡方程式を メ 資本蓄積 の影響を考慮に入れて、 少(r ,SJ=f{r ,F(× ,SJ} … ふ … … … … …(i) y=f{r ,F(x,S)} …………………… …(2). 低下の度合と ・苦痛とは、 豊かな園のそれとは比較になら ないものがある。 此の様な状況下では吾々は ハイェク乃 , 7 至はピグー流の貯蓄讃美論者とな らねばなるまい。 ノ 資. 本蓄積による生産力の増大一一一それが資本構成の高度 化、.生産構造の深化による生産力の発展であるうと、 rそ れと区別された意味における単なる資本の増 加であろう とは問うことな, しに一一によって将来の発展を企図せざ る限り、 日本経済は永遠の貧困に; 嘩吟・しなければならな 8 」 い で あ ろ う。. .….… … … ….“… … … …(3) y=0 … … … …. (Kー十 Kりw=g(r)… …,… …”… 山 … … …(4) x+y=n… …”,”川, ,一… … …”, ,“…-… (5). 低度の資本蓄積しか持たず、 それが完全雇用の状態に. あって、 而かも多量の遊休労働を残す日本経済の場合、 労働の完全雇用 のみを当面 の政策目標として経済発展の. ,. と修正さ れ、S が極小別 1ち資本の蓄積が極小で あって、 それか ら生ずる所 「得が貯蓄を許さない よ う な 糠 態 であ る な ら ば、 r 即ち利子率は極大 値をとっても、 なお経済の発展が阻止されるに 至り、 ×+y=れ なる完全雇用は最低の生活水準 によっ て達成されることを教示されている。 同 博士著 「近代経済学の展開」39一40頁。 8) 山田雄三博士は 「資本主義計器 =経済と荊 :会主義 93頁において次の様に云ってお られ 計割り経済」・ る 。 「日本の場合は云 うまでもなく生産力の向 , 上によって物的生活水準を高める事が焦眉の急 である。 それには所謂拡張再生産ない し生産迂 回化が中心問題である。 ………… 失業 では なく依然と して 富やこそ中心の関心事である。」 9 ) 永田満博士 ミ財政と雇用問題や -- 「戦後経済 1) 学の課題 ( ~博士 ミ近代 1 」 所牧--中山 餅知良 雇用理論モ -- 「近代雇用理論とマルクス雇用 理論」 所牧--及び 「近代経済学の展開」93一. 問題を労働の完全 雇用達成後の問題と して延期すると云 う態度は許され得ない。 乏しい物的設備と資源との完全. 雇用点が同時に資本蓄積、 経済発展を主目標とする政策 の新たなる出発点でなければなるまい。 然し吾々は技で 過剰貯蓄に悩み抜いた果てのヶィ ソズ的政策が、 その儀. , ′ ‘. の形で適用されることは肯んじないものではあるが、 最 早や、 それから学び坂る べき何物もないと断ずるもので はない。 貯蓄による資本蓄積に 劉眼を置くにしても、 失. 業問題への顧慮は此処でも決 して閑却を許さない大いな る 社 会 問 題 な の で あ る。 バ ラ ソ シ ソグ ・ フ ァ ク タ ← と し. て機能する政府活動は、 デフ レ・ギャップのみならずイ. ンフレ・ギャップを埋めるためにも期待されねばならな. い。 消費性向増大策としての所得分配の均等化政策の形 式は、 此処では資本蓄積のための貯蓄に際 して国民の負 担の公平を計るために利用されねばな らない。 私的貯蓄. 108頁. にも私的投資にも大いなる期待を繋ぎ得ない限り、 私的. 〔2〕. 投資の刺戟策は此処でも併用されねばならな い だ ろ う. し、 公共的な政府投資による雇用政策は依然として此処. でも其の重要性を失うものではない。 だが、 資本蓄積の. 不足をかこつ現状は公共投資が単なる失業救済策たるに とどまることを許さないと云う一点については、 音々は. 既に此のことを指摘されている優れたる労作を恵まれて. い る。似. 完全雇用の実現を当面 の目標とする 「一般理論」 が経 済発展の問題については直接的な配慮を示してV ・ないこ とは周知の如くである。 そこではヶイ ソズは不充用生菱 手段の存在を前提として生謎量増大への方策を探るので ある。 それは既に潜在する生謎力を顕在化することに直 接の狙いがある。 これに対してハイェクは物的完全雇用. 一 60 -.

(5) . 発 展 と雇用 の一 研 究 の状態を出発点と して、 如何にして生産量の増大が可能 l o ) 彼は経済の構造を具体的 内容 であるかを考察する。 、 的に示すものは生産構造であるとし、 生産構造の変化に◆. よって生産量の変動を説明する。 生産量の変動と生産構 造の変化 とを結びつけた彼は● 、 生産量の変化が如何にし. て可能であるかの理論的燦件を明 らかにしようとする訳 であるが、 此処に害々はハイェク理論が経済的発展の理 論として性格づけられるものを見出し得ると云えょう 。. 生産の迂回化即ち生蔑構造の長期化、 具体的には生産段 ,. であろう。 この基準たるべきものは自発的貯蓄による生 産の迂回化の限界を規定するのみでなく、 附加的信用の ど. 造出の場合の生産構造の縮少化の帰着点をも規定するも 1 3 ) のでなく てはならないか らである。 」. 以上の問題に対する吾々の理解の態度は、そして特に、. それが我園経済の現状 に係わらしめて鴬される場合 よ 、 り慎重であることが期されねばな らぬものであろう。 害 , 々は以 下、 諸家の高示に学びながら、 吾々自身の貧 しい 理解に辿り着きたいと思う。. 階の数の増加が合目的に 行われる場合に、 結局において ・ 最終生産物の増加がもた らされる。 この様な生産構造の 長期化は先ず技術の進 歩によって祷 らされることが考え られるのだが、 ハイエクは技術の状態を一定として考慮. 先ず中山伊知邸 博士の用語例に学びながら吾々の拙い 理解の- 一つを表現するとき、 それは次の如きものとなる 1 4 ’ 即ち ミ問題は投資と貯蓄との間にあるの であろう。 、 ではなく、 投資の内容が静態的領域と動態的局面との間 ・. 相対的変化に基いて生壷構造の変化する場合をとりあげ. 次にマルクスの再生産表式から一つの答を聴こう。「仮 に剰余慣値率を一 定とすれば、 資本構成 C:V の比率 を. に入れていない。 彼は生菱財及び消費財に対する需要の る。 そして此れらの需要の相対的変化を生ぜ しめる原因 として、 自発的貯蓄の量の変化する場合● と貨幣数量の変 化する場合即ち信用創造が行われる場合の二つを挙げ、. 自発的貯蓄の増加の場合には生産財に対する需要は消費 財に対する需要に比して相対的に増大し、 生産構造は長. 期化して新たな均衡が成立す, るが、 生産者への信用創造 が行われるならば、 最初の中は生産財に対する需要が相. 対的に増加 して生産過程は長期化するけれ ど も、 嫌 て 叉、 生産過程は短縮化して恐慌が発 坐するとし、 消費者. に如何に配分されねばな らぬかにある。÷ のだと。. 規 定するものは資 本の技術的構成たる C:V 十m であっ て、 此の場合剰余贋値の何パーセントが蓄積せられ資本. 化せられるかは一瞳資本家の意志に基く か の如くである , が、 然しそれが合目的であるためには第一部門● と第二部 門との比率の変化が先ず技術の変化に対して合目的であ ることを必要と し、 蓄積率は此れに適合 することを必要 とするであろうし、 叉、 蓄積資本中の何パー セントが不. への信用創造によって生産構造が短期化する場合も亦 、 ID 恐慌を伴 うと説く。. 変資本に、 何パ」セ ントが可変資本に嶋化せ ら れ る か も、 此れに適合することが必要とせられねばならぬ筈で あって、 結局において、 資本構成における変化は一方に 資本の技術的 構成における変化によって規定せられる’ と. 原因として、 自発的貯蓄と, 信用創造の行 われる場合との. 同時に、 他方、 両部門間の比率に反映せしめられ、 此れ ら両者の間における変 化の関係 の中に均衡関係が成立し. 以上め様に 「、イエクは生産構造の変化の起る貨幣的. 二つの典型的な場合を区別し、 前者の場合には生産構造 の変化は合目的々に行われ後者の場合には迂回的に行わ れて其の縮少過程を伴うと考えるのであるが、 此の二つ の場合の区別は、 結局するところ、 貯蓄と投資とが均等. であるか杏かにあると云い得る。 --この場合、 ハイェ クは貯蓄は直ちに其の総てが投資されるものと云う想定 1 2 ’ に立脚していることを見落してはなるまい。 (大野) . --然し貯蓄と投資との均等そのものは、 何 ら生蓬構造 の変化或いは資本蓄積の合目的々なることを意味するも のではなく、 両者の均等における其の率、 云い換えれば 貯蓄率の合目的な, ることが其処に前提せられなく てはな らないであろう。 ハイェクが自発的貯蓄 による生産構造 の変化の行われる場合に、 それが合目的であ ると考える ことの中には、 その貯蓄率の奥えられた儀件に対して合 . . . 理的に適合せるものであることが予定せられていると云 ′. ・. わなければならないが、 この隠れたろ墓準が如何なるも のであるかは別に理論的に確定せられなくてはな らない. なくては ,ならぬ筈であり、 止との関係を示すものが再生薩 表式であると云い得る。 このことは云い換えれば再生産. 表式は補償現象をその中に含み表現すると云うことであ る。 此のことは拡張再生産表 式におけるが如 き剰余贋値 率一定の前提を取り去って、 此れを変化するものとして 〕 見た場合にも妥当するものと云わねばな らない。 5. 重ねて貧しい理解をいま一つ。 マルクスのミ資本蓄積ミ シュンペーター流に云えば ミ経済の発展 ハイ ェ ク の 所. 謂 ミ生産構造の長期化ミ が騰朕なく行われるための一つ の も一般法則や を、 ヶィ ソズの強調する ミ貯蓄 と投資の 一致濠 に係わらしめて、 再び拡張再生産表式から学びと 6 1 ) る こ と に しよ う。. ハイェクの生産段階の構想を想 い画きながら上図を説. き明せば、 第一部門の生産財生産額 6600. の中、 4800. は、 消費財 3200 の生護に必要な生産財で ある。 即ち第 一部門における C:C十V十M の比は 2:3 , 第二部門に. 一 61 一.

(6) . 大 ,野 勇. 一. 郎. 生 産 財 生産部門. 第一部門. 新投資財 生漆部門. 1 +EO ; ±ニ ニ 繍 Ei. 第二部門 !600C+ 6000. +. 3800. (生産財使用額) (所得) .〔C〕 〔B〕 〔P〕. おけるそれは ヱ:2 であるか ら、 消費財 3200 の生産に. 必要な生蓬財は無限等比級数の総和の公式に あ て は め. 8 0 0 て、 棚 零 』 脇o , 鮎ヒ テ, 即ち、 …婁 ト 4 となる。 生産財生産額の中、 残りの 1800 は第二部門の 生産の拡張ならびに、 そのための第一部門の生涯の拡張. に新たに投ぜられる生漆財であって、 それは最終生産物. と して 600 の新投資財と、 それを生産するための生産財 と しての 1200 とから成ることとなる。 即ち第一部門の .躯 2:3 であるから、i800‐ 雫 を と解さ C;C+V+ハ. れる訳である。 所得 3800‐消費財生産額 3200=600 は貯蓄されて、 生漆財生壷額 6600一生産財使用 額 6000=6CO の新投資 に対隠し、 新投資と貯蓄とは等しいことになる。 尤も、 マルクス自身にあっては貯蓄分と新投資 分の 致と云う 角度から問題を解明するものではない。 彼の場合、 むしろ、 生産財生産と消費財生産との間の 交換関係が注目せられ、 拡張再生漆においては生産財生. は資本所得の単独決定である。 最後に故鬼頭仁三郎教授に学び、 更に日本経済の現状. れ、 これを規定せるものが謂わば消費性向と資本構成の 7 1 ノ 如何にあると教 示されるものの様である。. 各資本構成 2:1 いま仮に消費性向- ,生産部門間の均 ,. 衡成立せる場合の一例を次の様に想定する。. 贋値造出部分〔鳶〕 総生産物〔P〕 慣値移鞄部分〔C〕 . 1 ) 200十100=300 資本財部門 ( ) 消費財部門 (2. 50十 25= 75. 上部において均衡隣件 P 2 は、 ー十S I‐(C ー十物)=S. .. も として充たさ 3m-(皿 伽)=(mx 金 井 塔 x , れ、 投資と貯蓄は均等である。 だが投資と貯蓄の均等が 果して何程のことを語り得るかを、 両部門間の生産が 不 均衡な次の例によって吟味 してみよう。. 50十 25コ 75. が一次的に消費支出となり、 消費財偵格は騰貴し、 同部 門の生産者は、 i05一75=30 の販売利潤 物 を得ること ・なる 取引の過程において個々の生漆者が利潤を獲得 と 。. するに従って、 その 舟 を正常所得と同様 消 費麦出し 一層 て行くとすれば、 消費財部門における全体の利潤は◆ . 増加 し、 それにつれて更に消費支出は増加し、 斯かる過. 程が繰返された結果、 消費財部門における全体の利潤は ・ . 30. ÷下÷ =75 に達し、 その利潤からの消費支出は 75. x 丁6 ・所得は正常所得 ‐=45 となる。 そこで此の部門 の 00 となり、 叉、 消費支出は pEI十 25十販売利潤 75コ1. 5=150 となる。 従って最初の生産 p陽 十恥=90十15十4 ・. 関係、. 〔C〕 〔露〕 〔P〕 ) (1. 300十ー50コ450. (2 ). 50十 25= 75. ,とになる。 は、 事後的に次の如く変化せざるを得ないこ 即ち、 (1). に係わらしめて吾々の拙い理 解を一畦纏めることにした い。 教授は国家資 金計劃の合理性確保の前提として、 国. 民経済の総過程における均衡の基準の何たるかを探求さ. 300十150=450. 2) 消費財部門 (. 消費性向( 舟 )を pとすればp鶏 十pEJ-90十15‐105. 壷の方が大となり、 それだけ生産財の蓄積が行われて行 く ,と説き進めるのである。 そこでは労働所得は殆んど貯・ 蓄への余力は持たないものとされ、 投資量従って貯蓄量. 1 ) 資本財部門 (. 300十150=450. ) Q ( g ≧ ; ≧◎ ={ ≦ 2 { ( ) 助‐ 注意すべきこ ,とは此の場合においても物園変動の媒介 により投資と貯蓄の均等は保たれていると云うことであ. る。 教授は此処で投資と貯蓄の均等は資金計割の合理的 基準たり得ないことを指摘される。. 経済の総過程における均等鱗件は投資と貯蓄の均等に. あると主張される場合、 それは云うまでもなく企業者利 潤の発生を防ごうとする志向に出ずるもの で あ る。 然. し、 企業者利 潤を含む ものであるか否かは投資と貯蓄の 均等それ自体からは判別し難いところである。 若し資金計劃にして合理的であるならば、 物贋変動を. 合理化への要因た らしめることなくして、 生産の均衡を もたらし得るであろう。 資金計割の合理性は如何にして 把握され得るか。 従って叉、 その計劃樹立の基礎たるべ. - 62 -.

(7) . 発 展 と 雇 用 のr一 研 究 き国民経済の総過程における均等の基準は如何にして見 出さるべきであろうか。 先に吾々は均衡の成立せる場合の一例として、. 2) . . (. .. 200十100=300 50← 25= 75. て、 他の問題は自ら解明される筈である。 ×. ,. を持ったが、 此の場合、 配1:E2=100:25=4:1 の比は 如何にして規定されているものであろうか。 いま両生産. 部門において、 その消費性向が共にpである .とすれば、. 均衡の憐件が充たされるためにはEIと E2とが適当な比. 率を保つことが必要であるが、 他方において 場 は叉、 P2 との間の関係によって定められる。 その 割 合 即 ち. -晋 を”とすれば、 賜 鄭 との比はpとq とを媒介と . 1一 因 & ” . 感 m ーー して、PB,十pE2= 』: の 如 く定 め ら ー .ゴ q , Pq , . 6. れる。 p- 爾, q- キ ー 号 一 なる此の例におい. ×. ×. 再びハイェクに立ち返ろう。 以下 利潤・利子及び投 資や 一1939年 に於て彼の説く所を稽々詳しく聴こう。 紘では彼は完全雇用を前提とした前著 ミ債格と生産ミ 35年-と異なって、 一層現実的 に不完全 ー193ー 及び 19 雇用を前提とし貨幣賃 銀及び貨幣利子率を不変として短 期的動態過程の解明を試みている。 彼が比処で短期の変 動過程を説明するに際して、 変動の主たる動因と して指 摘するのは利 潤率である。 即ち好況の後期 において消費 財に対する需要が増加して、 その債絡が騰貴し、 従って. 実質賃銀が低落して消費財壷業における利潤が増加する 時が来ると云う。 此処では彼はその所謂キリカr ‐1効果 を持ち出し消費財産業における資本構成の低度化、 従っ. ては ”曇 一身となる訳である。 . との関係が先ず問い正されねばなら 分, ない。 いま、 現有 , 生壷力の大 いさによって最低生活保障のための消費率 p. ゼ リ に導かれ が具体的に捕捉さ れ ば前述の-霊語-- - -ヒ ) 1 q. 〔C〕 〔途〕 〔P〕. (1). 論究されるに先立って、 単純再生産部分と拡張再生達部. . 此の式の教える所によれば、 生産方法が高度化し、q が小となる程、p が不変である限り 風 に対する・腸 の割. 合は小とならねばならないし、p が大となれば生産方法 が不変なる限り、 珠 は相対的に大となることが必要な. 訳である。 生産方法が不変なる限り各部門の生蓬規模は .らない。 資金計議について云 陳じて決定されねばな p に1 えば、 それに醸じて資金の配分が行われる時、 はじめて 図民経済の均衡が保証されることになるであろう。. 以上の如く学び縫えた吾々は、 資本構成に変化なしと すれば、 二つの生産部門の .大きさの比率を決定するもの. は人々の消費率であることを知り得た。 いま新投資の増 .そこで要請され 大を図らねばな らぬ図があるとすれば、 るものは、 従って、 消費率の減少、 園民貯蓄率の増大で. なければな らない訳である。 だが我国経済の現状に係わ. らしめて問題を考究する場合、 吾々の理解は此の線に留 まることを許されないであろう。 貯蓄率ないし消費率の 合理性は此処では、 より具体的に把握されね ば・な,ら な. い。 両生産部門間の均衡と云うだけでは此 の場合、 具体 的な指標と して未だ充分とは云い得まい。 即ち此処では. 新投資のために要請される貯蓄率の増大と難も、 保障さ るべき園民生活の最低限度を超えて進められてはならぬ と云う一点が特に留意せられねばならぬ程、 その経済は 貧弱な状態に置かれている のである。. て資本財需要の相対的減少を理由づける。 技術的要因に より殆々一定とされる加速度乗数が、 こ では経済的要 因により減少する場 合のあることを指摘する。 害々は此. 処で彼が資本構成をとりあげ、 加速度素数を媒介として 此れと生産構造とを結びつけていることに注意せねばな. るまい。 消費財需要増加は消費財産業における資本財需. 要を減少せしめるが、 そのことは頓て資本財生産部門の 資本財需要にも同様の影響を及ぼすことになる。 更に彼 ・. は景気の上昇過程に於ける原料園格の騰貴が実質賃銀の 低落と同じ方向への影響を及ぼすことをも此処で指摘し 8 1 ) て い る。. 消費財需要増加が資本財需要を相対的に減少せしめる. ことの理由は判明したが、 それでは、 その様な消費財産 業に不利な事態 が好況の後の段階において発生す るのは 何故か。 此のこと については彼は次の様に説明する。. 失業者が増加し、 消費財債格と利潤が著しい低落を示. し実質賃銀の比較的高い不況の状態を出発点とする。 此. の様な場合、 企業家は実質賃銀騰貴から生ずる不利縁を 免れるために労,働節約度の高い機械を用いようとし、 そ の結果、 最初、 資本財の生護が刺戟される。 やがて新投. 資から生ずる所得の増大につれて消費財需要 が 増 加 す る。 従って消費財生達は増加し、 資本財 に対する需要は 更に刺戟される。 資本の深化過 程と拡大過程が同時に始. 輿えられた膝件下における合理的な貯蓄率は、 斯かる 実状把握 の下においてのみ始めて具体的に確定され得る. まる。 斯くして生産構造は高度の資本家的形態をとり続 けるが此の過程は無限には続かない。 何となれば、 純投 資 が増加するにつれて所得は消費財の生産高を超えて増. であろう。 披では資本財、 消費財両生蓬部門間の均衡が. 大し、 消費財債格は騰貴し消費財産業における利潤は楢. - 63 一.

(8) . 大. 郎. 野 勇. 大 し、 資本家的投資の有利性は失われて行くか らである. て、 より多く の労働を雇用 し或いは磨滅した古い機械を 用いる。 旧設備の置換えの場合には、 その新機械は、 よ り労働節約度の少い耐久性 の少い型のものとなるであろ. の資本家的投資の進行を可能な らしめるための簾件とし. て、 投資に基く所得の増加によって生ずる消費財需要が. う し、 斯くて資 本財需要 は相対的に減 少するであろう。 此 処ではイ ンフレによる 張制貯蓄は、 実物資本の蓄積増. 事である。 新たなる消 費財需要の増加が消費財供給の増加よりも. れるものではないけれ ども。. と。 薮でハイェクは発展の問題を考究するにあたって吾 1 9 々の銘 記せねばな らない一点を指摘する 。 J 即ち、 高度 ,. 消費財供給の増加を超えないことを必要とすると云う一. 小である限り、 より高度の資本家的方法への推移が続け られるであろうが、 一度、 前者が後者よりも大となるや. 否や、 より低度の資本家的方法への轄換が始まる のであ る。. 不況からの恢復過程に於ては先ず資本財生歪が刺戟さ. れる。 それ故に資本財生産において雇用量が増加し、 所 得従って消費財に対する需要がそれだけ増加する。 この 需 要増加に畦ずるために消費財産業においても雇用量、 従って所得が増大し、 此の所得が叉消費財需要となって 表われる。 これらの所得増加の合計が消費財生産高の増. 加に大きな貢献 を期待し得るものではない。 勿論このよ うな現象は ミリカー ド数果 のみによって説明 し憲くさ 自発的貯蓄によって投資が行われる場合にも、 消費財. 生産高の贋値が現存設備の運轄費用即ち要素費用を超え て増加しなければな らないことは 信用創造に暴く場合と 異な らない さもなければ、 資本財生蔑部門の新雇用者 を養うべき消費財が不足 して消費財債格は騰貴し、 生壷 構造は再び短縮化しなければな らないだろうから。. 然し、 自発的貯蓄が行われる限り消費財需要増加は比. 較的僅少であり、 且つ亦、 生産された投資財の或るも の は消費財生謎高 の増加に役 立ち始めるであろうから、 新 雇用者の新たなる消費財需要は次第に充たされて行くこ. 加分より小であり得るだろうか。 ハイエクは遊休設備及. とになるであろう。. であると云う。 何となれば此の場合、 企業家は運轄費用 即ちヶィ ソズの所謂要素費用を支出するだけで消費財生 産高を増加させることが出来るからで ある。 従って所得. ならしめる限界点は、 ハイエクによれば、 消費財需要と その供給能力との関係に依存するのであって、 完全雇用. び資源を用いて消費財が生議される場合は此の事が可能. 斯く して消費財債格の騰貴、 消費財産業の利 潤率の騰, 貴をもたらさないで、 高度の資本家的投資の進行を可能. の増加分は此の運轄費用即ち要素費用に等 しく、 而かも. が達成せられたか否かに依存するものではないと云うこ. り小であるから、 消費財産業における所得 の 増 加 分 も 亦、 消費財の新生産高よりも小である。 その結果、 たと. 吾々は弦で再び中山博士 に学ぼう。 発展の過程にある 現実の経済を静態と動態との相交渉する場面として把握. ・ 「償格と生産」 における如く完全雇用前提の場合に る。 は、 生産者への信用創造による資本財産業の拡張は直ち. 需要を生蔑費所得よりも小な らしめる要因の作用が他方 において之を大ならしめる要因の作用と相殺する場合こ. 要素費用は使用者費用に相当する額だけ生葦物の償値よ. 2 0 ) と に な る。. される博士は、 動態的局面が自らの作用 を営みっ 而か 立的な立場をとる場合が原理的 剰 存 織 消費財の余 が 在 と しても え直接支出された 、 、 ,も静態的領域に対して中 には不可能ではないとされ、 静態的領域に於ける生離均 し、 資本財産業か らの新たなる消費財需要を充た し得る -方において - 衡の膝件を次の様に規定される。 即ち、 「 ことになる。 然 し此れは不完全雇用下におけることであ. い消費財産業において作出された新所得の全額が消費財. に消費財偶格を騰貴せ しめると云う説明 になる。 物的完. 全雇用紙態 にある日本経 済の現状に対して此のハイェク の解明は吾たに教える所が少くないと云わなければなら ないであろう。 今、 我園の戦後経済におけるイ ンフ レ過程について、 例えば、 その所謂 ミリカ← ド数果Q を援用 しながら一つ の理解を持とうとするな らば、 大凡次のように云えるの ではなかろぅか。. その消費財贋格の騰貴、 実質賃銀の低下、 消費財産業. に於ける利潤率の騰貴、 と云う状況下においては もリカ ÷・ ド教果ミ の教える如く、 機械の使用は相対 的 に 減 少 し、 労働の使用は相対的に増加する。 現存の機械を用い. そ、 静態的領域 の生薩が動態的局面から来るところの凡 ゆる変動傾向にもか わらず、 筒これに動かされること. な しに均衡の歌態を保ち得る場合である。」 . と。 そして 「この状態が自然利子論の謂わゆる貯蓄と投資の相一致 する状態に隙ずる。」 ものであることを高示され、 自然 利子論における貯蓄と投資の一致は同時にその儀、 ヶィ ンズの 「貨幣論」 (1930年) の基本方程式、 即ち、 s ’一s にも通ずるのであるこ P --冬 + 著 における . 1 2 ) とを教示されている。 〔註〕. i i lo) Pr t on (ー931 及 び 1935年) に sand Produc ce l l r t e ー e 於 て は 完 全 雇 用 を 前 提 と す る が Pro s s ,ェnt. 一 64 -.

(9) . 発 展 と 雇 用 の一 研究 tmen and lnv← t(1939年) に 於 て は 不 完 全 雇 用 8. を前提とする。 然 し完全雇用を前提とすること が論理的 に正当 .な手続であるとする見解は此の 、 場合と難も捨′ t て・はいない。 - -一 針oa s , ,pp. 5」. 1 )flayek: Pr i i cesand Pr oduc on t .47‐62 ・ , .桃). 12) 小泉明教授 もケイ ンズ 「一般理論- 4頁 ミ5 「ハイェクを始めとする中立貨幣論の思想は貨 幣を中立的に維持する限り経済発展の過程は均 衡的に推移すると云うのであるが、 信用造出の ない時には自発的貯蓄は利子率を媒介として、 .等 しい投資を必然的に生むと考える点で それと は古典源理論と共通である。 」 13) 高橋奉戴教授 「貨幣的経済理論の新展開」 128 ‐ 9頁 6一 14) 中山俄知良 ~博士 「発展過程の均衡分析」 25 ー 275頁. 5) 高橋泰戯教授 「マルク スの資本蓄積と失業の理 1 論」 --近代雇用理論とマルクス雇用理論 -- 所 「牧、164頁 ÷』頁 同教授 「新しい経済の構図」167 0頁 i6) 高橋奉戴教授 「経済発展の理論」i08 1 同教授 「国民所得の基本問題」9ー-2頁 山田雄三博士 「国民所得の計画理論」251-2頁 i7 ) 鬼頭仁三郎教授 「物価の理論」140一155頁 18) Hayek: Prdar s . 29一31 ,pp 8 3 19) Haye l bi d, 一42 【:i p . p ,. 20) 千種義人教授は 「現代景気理論」302頁以下に、 ハイェク 「利潤・利子及び投資」 についての詳 し い 吟 味 を さ れ て い る。. 21) 中山餅知郎博士 「発展過程の均衡分析」 270一 1頁. 々の生活を、 少くともそ の経済生活を好ましからざる状 態に追いやると云うことは選かに吾々の常識を納得せ し め得ることではない。 以下、 マルクスの語るところを聴. きながら若干の考察を試みよう。 マルクスの再生陸表式は二つの生産部門間 の構成比率 と資本構成比率とが適合している限り資本蓄積の継続が 可能であることを示 しているが、 それは資本制蓄積の一. 般法則を導き出すこ. と即ち資本蓄積の進行に伴う資本構 成の変化と、 従って相対的過剰人口の生産を導き出すこ と 、 利潤率逓減の法則を基礎ずけようとするところに 其の意味があったのである。 マルクスは資本蓄積を資本 構成の不変なる場合と高度化する場合とに分けているが この場合、 一般法則と して彼の考えているのは産業予備. 軍を増加せしめる後者の場合である。 キ ー 伽 蜘m と云う仮定の下におい せま、 譜. i- -嬰(. . の高度伽ま℃ 爾v. も) から利潤率の低下を導き出すことが. 2 2 J 然るに表式自体においては資本構成の変化は 出来る。 示されていない。 而かも資本構成の高度化を反映すべき. 筈の第二部門の相対的減少 が表現されていることは問題 を残す点であろラ。 表式 について問題になる 点 と 云 え ば、 拡張再生蓬表式が固定資本 の存在を無税していると 2 3 ’ 云う点もある。. 再生産表式の意味が再生産の実現における憐件を示す. ものであり、 拡張再生産表式の意味が資本蓄積の可能な る憐件を明らかにするものであることは云うまでもない. 高度資本主義社会に於ける完全雇用達成への方途をヶ. が、 資本主義的社会関係を表現しようとしているもので あることも亦、 まぎれもない事実である。 例えば、.労働 賃銀については、 孝一=1 として貯蓄の余裕な き低額所. ィ ソズに、 生産力増大への歩み方をハイエクに学んだ吾. 得であることを表現しようとする。 純国民所得を ▽十M. 〔3〕. 々は、 次 にその双方についてマルクスに一隙尋 ねなけれ ばならない。 もちろん矛盾と欠陥を指摘して資本主義の. 把握するヶィ ソズとは異な った態度が判然と窺い知られ. 崩壊を運命づけようとするマルクス理論から、 問題解決 の賢策を直接学び坂ることを期待するものではないけれ. 分たれるのに対して、 労働者の所得 V は消費需要をの. ども。 経済的厚生増進のための基本的なものが生 産 力 の 増 大、 経済の発展にあることは確かである。 然るに吾々の 直面 している現実は、 資本の蓄積と生産力の発展が却っ て経済的厚生の増大を阻んでいると云う矛盾である。 然 らば資本の蓄積は宿命的に失業をもたらさなければなら. ないものか否か。 経済的厚生を増大せしむべき経済の発 展は、 それを減殺する失業を必然的に随伴せねばならな. いものであろうか。 此の一事こそ先ず問われねばならな い問題であり、 資本主義の運命を左右する鍵であるとも. 云えょう。 社会に於ける生産物 の種類と量の増大が、 人. と して表現することの中 に、 同 じくそれを F十P と して. . 2 4 )F十P が総額として消費と貯蓄に る も の と 云 え よ う。. み構成して余すところが ,ないのである0 それが資本主義 社会 に於ける階級への分配の歪曲を強弁 しようとする意 図に基くものであるとしても、 現実を正 しく樽えるもの であるとは解し難いと云わねを な.るまい。 現実的でない. と云えば、 第二部門の資本家の投資及び消費が第一部門 に対して調和的であるように構成されていることも、 非 資本家的であると云う意味で資本主義社会を語るものと. しては現実的ではない。 尤も比の点については夫れが現 実的でないと云うこ とこそ、 マルクスの語りたい所なの では あるが。 L ,R, クライ ンは有数需要と、 従って、 雇 用水準の決定 に関する要因について、 マルクス体系を再. 一 65 一.

(10) . 大. 郎. 野 勇. 構成するにあたって、 両生産部門ともに労働者の消費性 向は1 ではないものとして、. 展が失業の発生ないし増大を必然的に昆清浄せねばならな. れたものと異なって両 生蓮部門とも同一なものとみて、. を蕎らし得るからである。 更に薮に謂う相対的過剰人口 は正 しくは労働力の量の相対的過剰であり- それが其の. 従って総消費函数を、. 億、 労働人口の過剰を意味するものではあるまい。 資本. いことを結論づけるものであるか否かは疑問である。 資. ▲本構成の高度化は可変資本部分を相対的に減少せしめる としても、 資本蓄積の増大は可変資本部分の絶対的増大 また、 資本家の消費性向につい,ても再生産表式に表わさ . . Oくαー<1. R2ごα。十αI S. R =(αG十α“ +αーS十αヌ▽. と し、. の技術的構成の変化が「定量の生産機関の要求する労働. ” : ;< 鮪. 不変資本への需要についても、 両部門の資本家ともに同 Sと じように行動するものと仮定 し直 して、 C=“ - -十β -. 量の変化を技術的に規定することは確かであろうけれど. 再生産表式は資本主義経済の再生産過程の表現である. ろう。 だが、 技術の進歩と生離力の発展が物的再生産に於け. 5 2 ) して い る。. 意味において資本主義経済を語ろうとするものであると 同時に、 吾々は叉其処に資本蓄積の一般法則を学 びとる ・だが表式自体の表現するところ其の鰹に ことが出来る。. 資本蓄積の進行、 即ち資本構成の高度化、 相対的過剰人. 口の発生の必然性と云う運びから、 経済の発展が必然 的 に失業を伴わねばな らないと云う結論をたやすく導き出 すことは早計であろう。 何故ならば労働量の減少は必ず しもその傷、 労働者の減少を意味するものではなく、 雇. 用係件の改善と云うことも考え得るからである。 更に、 表式が示しているのは物的再生漆過程のみであ. も、 労働量の減少が労働人口の過剰として表われるのは 労働時間を短縮しないと云5前提の下に於けるものであ. る労働力の量の相対的減少を伴うことは否定し得ぬ一般. 的傾向であろう。 然し此のことは人々の経済的厚生を増 進せしめるためには憂うべき事態ではあるまい。 より少 ない労働量を以て、 より多くの生産物を恵まれ得る事態 への発展は望ましい推移だからである。 物的再生産過程. に参加せざる労働力は用役勤労の作出にょつて人々の生. 活を、 より豊かならしめ係るであろうし、 失業労働人口 は此の領域におい て雇用せられることになるであろ、 う。 C 此の点 については書々は , クラークに聴かねばなるま. すものではないと云うことの認識も此の間題に対する解. 得の い。 もっとも、 物的再生産に参加せる人々が其の所, 中か ら用役勤労の消費のために十分な支出をなし得るた. 明への新たなる覗角を提供するものと云えよう。 いずれ にしても吾々は経済発展のためには二つの生産部門 に於. 7 2 ) う。. って用役勤労の給付と消費とを含めた経済の総過程を示. めには豊かな分配を受けていることを必要とするであろ. ける均衡が必要であることを再生産表式の中から学びと ることが出来るの であるが、 それは経済組織を超えた発.. 〔註 〕 ‐. の底に予想されていたと考えられる両生謎部門間の均衡. 23) 都留軍人教授 「園民所得と再生産」219頁 ミ再生産表式では固定資本は 全く存在 しないこ と…………等が前提されている。 高橋泰蔵教授 「経済発展の理論」87頁 ミ再生産表式における不謎資本は本来固定資本 の価値移軸部分と流動資本中の原料部分とを含 むものであって、 従って第一部門は補填財の生. 22 3 ・ ) 中山 伊知郎博士 「資本の理論」19 -4頁 .. P・ハ . ー i [ ih t Veezy : 1he theory of ca も s j ー .s~ 6 de▽e l 8 〕 opn ent 〕 ,I.. 展の一般法則を示すものであろう。 ヶィ ソズに於ては其. は、 マルクスの拡張再生蓬表式に於ては、 既に触れた如 6 2 ノ く、 次の様に把 握 し得る。. 生産財生産額 消費財生産額. 6000=4000C 十iooOV十100OM 3900=1500C 十 75ov- ← 750 1 3500 5500. (生漆財使用額). (所得). 産 をも 含 む も の と 解せ ら れ る も の で あ る が、 そ. の拡張再生産の表式に於ては資本部分は、 その 価値の凡てが次年度の生産物に移聴するものと して坂扱われており、 この表式の構成 上疑問が. 即ち消費財生産額が所得よりも少ない部分の500は貯 蓄されて生産 財生産額と生産財使用額との差500 の新投 資と対臆し、 貯蓄と新投資とが相等しいと云う関係にな る訳である。. 資本蓄積による拡張再生産は、 それが資本構成の変化. を伴わぬ限り、 生産の拡張は却って労働力の需要を増 大 するのであるが、 資本構成の高度化する場合は相対的過. 剰人口が増大し、 所謂、 資本制蓄積の一般法則が現実に 作用することになる。 然し此のことが直ちに生涯力の発. 残 さ れ る。も. 24) 越村信三- 準教授 「ケイ ンズ再生産論批判」 -- ケイ ンズ経済学研究--所敗、279頁 25) 中山”峡=郎博士、 前掲書、192一9頁 杉本栄一教授 「近代経済学の基本的性格」 断収 ス経済学. 第Z論叉 ミケイ ン ズ経済学とマルク・ 小泉明教授 「ケインズ一般理論」 等。 251頁 26) 山田雄三博士 「図民所得の計画理論」‐. 一 66 一.

(11) . 発 展 と雇 用 の一 研 究 27)C . クラーク 「経済的進歩の話係件」(金融経済 研究会訳) 〔あ と が き〕・. 御繁用の中にも拘わりませず小橋の御閲読を賜わ. り、 加えて御懇切なる御教示、 御批判を添う しまし た一橋大学々長、 中山 伊知 郡先生に ,衷心より厚く御 札 を 申 し上 げ ま す。. - 67 -.

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