混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度 -エクソン判決(2008年)評釈-
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(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第61巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducadon(HumanitiesandSocialSciences)Vol.61,No.1. 平成22年8月 August,2010. 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度 −エクソン判決(2008年)評釈−. 籾 岡 宏 成. 北海道教育大学旭川枚法律学研究室. DeepeningConfusionoverPunitiveDamagesinAmericanLaw MOMIOKA Hironari. DepartmentofLaw,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 邸の中〆ごば∫つの磨ガゴある。賞感の瘡貞‘っ赤をウノ,そL俄 マーク・トウェイン. Abstract Thispaperdiscussesdeepeningconfusionregardingjurisprudenceonthepunitivedamagessystem inAmericabyanalyzingtheSupremeCourt’sdecisioninExxonShippingCo.Ⅴ.Baker(2008).PartII. presentsabriefoverviewofthreerecentdecisionsdiscussingwhetherpunitivedamageawardsviolate theDueProcessClauseoftheFourteenthAmendment.PartⅢdetailsthefacts,CaSehistoryandthe Court’sholdingtoreduceExxon’spunitiveliabilitybycreatingtheone−tO−Oneratiorule.PartⅣcriticizes. theoutcomeofthecasebyhighlightingtheCourt’sheavyrelianceonempiricalstudiesratherthanon resourcesoflegalauthoritysuchasfederalorstatelegislatures.Finally,Part V attemptstoprovide SOmeforesightonthepunitivedamagesregimeintheU.S.. Ⅰ.はじめに. よっては何千億円という天文学的な数字の賠償額 が裁判所で認定されることは,多く報じられてい. 一般的に損害賠償額が極めて僅少とされるわが. るところである。世界でも類を見ないこのような. 国(とりわけ問題視されているのが慰謝料額であ. 法制度を有するアメリカにおいては,最近20年以. る)と好対照をなすのが,アメリカ合衆国である。. 上にわたり,高額すぎる懲罰賠償額が憲法の条項. 同国には200年以上の歴史を持つ懲罰的損害賠償 (以下,単に「懲罰賠償」という)という固有の 制度が存在し,日本円に換算して何億円,場合に. (とりわけデュー・プロセス条項)に反するか否 かという形で,学説,裁判例において論じられて. きた(金銭の多寡という極めて「世俗的」な問題. 87.
(3) 粗 岡 宏 成. が,「高尚な」人権問題を扱うはずの憲法の観点 から論じられることが奇異に映るかも知れない)。. 本稿は,未曾有の原油流出事故が発生してから 20年近くが経過した2008年に,ようやく合衆国最. Ⅱ.判例法理−デュー・プロセス条項と懲 罰賠償との関連から デュー・. プロセス(法の適正な過程)について. 高裁で懲罰賠償額についての判断が示されたエク. は,アメリカ合衆国憲法第5修正では「何人も,. ソン・シッビング社対ベイカー事件判決(以下,. …デュー・. 単に「エクソン判決」という)1を検討することに. たは財産を奪われることはない」2,第14修正では. より,アメリカにおける懲罰賠償制度の迷走・混. プロセスによらずして,生命,自由ま. 「州は,何人からも,デュー・プロセスによらず. 迷ぶりを分析・考察するものである。最初にⅢ.. して,その生命,自由または財産を奪ってはなら. では,懲罰賠償が過大か否かをデュー・プロセス. ない」3と規定されているが,過大な懲罰賠償がこ. 条項から論じた近年の3つの最高裁判例をごく簡. れらの条項に違反する可能性が最高裁において論. 単に紹介し,Ⅲ.ではエクソン判決における事実. じられるようになったのはごく最近のことであ. の概要,長い時間を費やした訟経経緯,海事事件. る。これらの規定はそれぞれ,連邦政府および州. においては懲罰賠償額が填補賠償額以下となると. 政府に対して,不法行為者に過大な処罰を課すこ. した最高裁の判示内容などを見る。Ⅳ.では安易. とを禁ずるものである。しかしながら,以下で見. にしかも不適切に統計資料に依拠するエクソン判. るように,最高裁の判例はデュー・プロセス条項. 決の問題点を指摘し,Ⅴ.では懲罰賠償について. 違反となる懲罰賠償について論理的に整合性に欠. の今後の展望を論ずることとする。. ける解釈を行ってきているため,この制度の混迷 さに拍車がかかっていると言える。. 1.BMW判決(1996年) 高額の懲罰賠償額がデュー・プロセス違反とな. 1ExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.2605(2008).この判例の評釈としては,吉村顕真「最近の判例」アメT)カ法 [2009−1]210頁がある。また,佐伯仁志『制裁論』247−48頁(有斐閣,2009年)においても紹介されている。エクソン社に よる原油流出事故を環境刑法という観点から触れたものとしては,同「アメリカ合衆国の環境刑法」町野朔編『環境刑法の. 総合的研究』(2003年)がある。また,同判決を扱ったアメT)カの論満としては,(1)WendyRoseParcells,AMbnumenial 几、(イ∫/=J〃/・ノJJ∫/(川どJJJイ/・〃〃ナナJi〃/(J/(、(J/(J∫/川♪/汀.つ_1JJノブ卜♪津川エ/川ん(J/〃汀爪JJ両/鉦(J//=J∫(川(J∫/J/げ汀〃ナナJ/JJきド/tハ/汀〔二∫.. St4>remeCourtDecisionin肋onSh≠抄ingCo.v.Baker,16U.BALT.J.ENVTL.L.1(2008);(2)ChrisBergen,Note:肋on Shi抄ingCo.v.及戎er:TheSt4)remeCourtTなhiensthePu7TeStringsonCo74)07uiePunitiveAu)ards,22TuL.ENVTL.L.J. 141(2008);(3)BrandonT.Morris,Comment:Oil,腸nり,,andtheEnvironment:PunitiveDam(郡SthlderDueProcess, Pree〝ゆtion,and腸ritimeLau)intheI侮edthe肋onl匂IdezLitigation,33TuL.L.J.165(2008);(4)JeffreyL.Fisher, The肋onl匂IdezCheandRegularizingPunishment,26ALASKAL.REV.1(2009);(5)JessicaVu,RecentDevelopment: ShifiingCou7TeinAdmi7d&:&onShibPipqCo.v.風虎er,128S.Ct.2605(2008),32HARV.J.L.&PuB.PoL,Y799(2009);(6) MeganAnneHealy,RecentDevelopment:&onShiAbingCo.v.励ker:TheSt4)remeCourtblhdecゐionLeavesShit>Ou)n・ e7TLostatSeaastotheAmlicabili&q/析cariousLiabili&jbrPunitiveDam(郡S,83TuL.L.REV.1521(2009);(7)Tanya PauladeSousa,Casenote:Oi10verTroubledI侮ie7T:肋onSh≠抄ingCO.v.BakerandtheS乙ゆremeCourtbDetermina・ tionq/PunitiveDamagesinMdritimeLau),20VILL.ENVTL.L.J.247(2009);(8)AaronT.Duff,Comment:Punitive ♪〝〃J〟gl・∫/JJ.1血バ〟ナナJl・r/げJ∫.・且ⅢナナJ/JJ/JJg∫/∼小/川リJり・∫−♪J川/晶・l・♪〝〃J(ぽ(・上山鋸/J小/JJ〃汀IIIJん√/イ〃汀どェw〃J11J/(Jl・こ♪=、ト. sion,39SETONHALLL.REV.955(2009);(9)CharlesS.Doskow,matDo拘uDou)ithaDrunkenSdilor.フRゆrehensibil・ i&,the肋onl匂Idez,andPunitiveDam(郡S,27QuINNIPIACL.REV.465(2009)等がある。本箱の執筆においては特に,(1) (5)(6)(7)を参考とした。 2 U.S.CONST.amend.V.. 3 U.S.CoNST.amend.XIV,§1.. 88.
(4) 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度. りうるとした最初の最高裁判例が,北米BMW. る行為だけではなく,州が科す制裁の程度も含ま. 対ゴア事件判決(以下,単にBMW判決という). れている」と判示した8。. である4。この事件は,アラバマ州のゴア医師が,. BMW判決の最大の意義は,懲罰賠償額が. 納車前の輸送の際に生じた新車への損傷への対応. デュー・プロセス条項に違反するか否かを判定す. として再塗装が施されていた事実を秘匿していた. るための3つの基準を最高裁が示したことにあ. としてBMW販売会社を州裁判所に碇訴したと. る。すなわち,(1)被告の行為の非難性. いう事案である。同裁判所の陪審は被告に不法行. (reprehensibility)の程度(最高裁はこの要素. 為責任ありとした上で,填補賠償として4,000ド. が最も重要であるとする)9,(2)実損害,つまり原. ル,懲罰賠償として400万ドルの支払いを認める. 告に対する潜在的損害(填補賠償額として算定され. 評決を出したものの5,その後,アラバマ州最高. るもの)と懲罰賠償との間の不均衡(disparity)10,. 裁が後者について200万ドルに減額した6。. (3)同様の事件における懲罰賠償額と刑事上の罰金. 合衆国最高裁は,BMW社側からの裁量上訴. および民事罰(civilpenalty)の額との禿離であ. を認め,アラバマ州最高裁の判決を被棄・差戻し. る11。ただ,BMW判決の時点では,この3基準. た。法廷意見では,自動車購入者に対する200万. が適用される局面は,果たして事実審において陪. ドルの懲罰賠償額が,本件での事実関係に照らし. 審が懲罰賠償額を算定する段階なのか,それとも. て,第14修正のデュー・プロセス条項に違反する. 事実審で決定した懲罰賠償額を上級審が審査する. か否かが論じられた7。事実審理において原告は,. 段階に過ぎないのか(つまり算定基準なのか審査. 983台もの損傷したBMW車が再塗装された上で. 基準なのか)が曖昧であったが,後のフリップモ. 全米に販売されており,しかもその事実について. リス判決の判示内容から,陪審がこれらの3基準. 車購入者に対して何ら告知をしていなかった証拠. を適用するものと解されている12。. を提示している。被告は,上訴理由の中で,そう した損害はアラバマ州の管轄ではなく同州以外の. 顧客の車の損害について罰せられるべきではな. 2.ステイト・ファーム判決(2003年) BMW判決の次に,デュー・プロセス条項から. く,したがってそうした証拠は排除されるべきと. 懲罰賠償額の合憲性に触れた最高裁判例が,ステ. 主張した。合衆国最高裁は被告の主張を認め,「わ. イト・ファーム対キャンベル事件判決(以下,単. れわれの憲法法理に鎮座する公正という概念によ. に「ステイトファーム判決」という)である13。. れば,公正な告知には,処罰を受ける可能性のあ. この事件は,原告のキャンベルらが,自分たちが. 4 BMWofNorthAmericav.Gore,517U.S.559(1996). この判例の評釈としては,木下毅「懲罰的損害賠償の違憲性」『英 末法判例百選』(有斐閣,第3版,1996年)198頁以下,. 藤倉唯一郎「懲罰的損害賠償試論−アメリカ不法行為法の視点か. ら−」同志社法学49巻6号180頁,204頁以下がある。 5 SeeGore,517U.S.at563. 6 5ビゼfd.at582. 7 Jd.at562−63. 8 _〃.at574. 9 Jd.at575. 10 Jd.at580. 11Jd.at583. 12 Seee.g.,ElizabethJ.Cabraser&RobertJ.Nelson,ClassAction TreatmentqfPunitiveDam(郡ShsuesAjierPhil妙 A4b77・iiv.mllktms:I穐CbnGetThere乃′OmB之柁,2CHARLESTONEL.REV.407,407(2008). 13 StateFarmMut.AutomobileIns.Co.Ⅴ.Campbell,538U.S.408(2003).この判例を検討した邦語文献としては,浅香吉 幹「最近の判例」アメリカ法[2004−1]149頁以下,伊藤寿英「懲罰的損害賠償に関する憲法上の制約とその具体的基準」ジュ リ1251号185頁(2003年)がある。. 89.
(5) 粗 岡 宏 成. 保険契約者として加入していた保険会社を相手ど. 最高裁が下したフィリップモリス社対ウィリアム. り,不誠実(badfaith),詐欺(fraud)および故. ズ判決(以下,単に「フリップモリス判決」とい. 意による精神的苦痛(intentionalinflictionof. う)である17。被告が製造するタバコを40年以上. emotionaldistress)などを原因として訴訟を提. 吸い続けた結果死亡したことについての約8千万. 起したものである。被告のステイト・ファーム社. ドルの懲罰賠償が問題となったこの判決では,陪. は,100万ドルの填補賠償および1億4千500万ド. 審は原告が被った損害のみを根拠として懲罰賠償. ルの懲罰賠償の支払いを命ずる判決がデュー・プ. 額を算定できるが,第三者が被った損害について. ロセス条項を侵害していると主張して上訴した14。. 被告を処罰する目的で懲罰賠償額を決定してはな. 合衆国最高裁は,本件での懲罰賠償額をBMW. らないと,最高裁は判示している18。ただ,一方. 判決で示された基準で分析したのち,「処罰や抑. において最高裁は,「懲罰賠償を認定するために. 止を達成するために別の制裁を科すことを正当化. 最も重要な要素である被告の行為の非難性の程度. できるほど,被告の行為の非難性が顕著な場合の. を評価するにあたっては,陪審は第三者に対する. み,懲罰賠償が課されるべきである」と判示した15。. 損害を考慮してもよい」19とも述べている。. さらに最高裁は,填補賠償と懲罰賠償との許容さ. フリップモリス判決の判示内容は,懲罰賠償を. れる比率に関する明確な線引きを行うことは不可. 被告に課すか否か,そうだとして賠償額をいくら. 能であるとしながらも,その比率は1桁にとどま. にするかに関する陪審に対しての説示が困難にな. るべき,との原則を明らかにした。つまり,憲法. るという点で,明確性に欠けている。その原因の. 上の具体的な上限は存在しないとしておきなが. 1つは,法廷意見が矛盾を抱えているためである。. ら,「1桁を超える懲罰賠償額が,…デュー・. プ. すなわち,一方において最高裁は,被告による行. ロセス条項を満足することは少ない」と述べるに. 為がいかに非難に催するものであるか(これは. 至ったのである16。この判決によって最高裁が,. BMW判決の第1基準である)を陪審が判断する. 適切な懲罰賠償額はいくらかという問題に答えを. にあたっては,当該行為が原告以外の第三者に与. 出すための具体的な数値を示し始めたとも言え. えた被害に関する情報を考慮に入れてもよいとし. る。しかしながら,一方において,填補賠償の9. ながらも,他方においては,懲罰賠償額の算定の. 倍を超える懲罰賠償で憲法上許容されるのはいか. 段階においては,そうした第三者への損害につい. なる場合かについては全く不明であるし,BMW. ての情報を陪審が一切度外視することが要請され. 判決での基準の適用にあたって逆に混乱を招く内. ると述べているのである。果たして素人集団であ. 容となっている。. る民事陪審が,こうした複雑な手続を十分に理解 して懲罰賠償額を算定できるのかについては,相. 3.フリップモリス判決(2007年) そうした混乱をさらに増幅したのが,2007年に. 当疑わしいと言わざるを得ない。実際に,フリッ. プモリス判決で示された内容の運用に苦慮してい. 14.招.at408. 15 Jd.at409. 16 Jd.at410. 17 PhilipMorrisUSAv.Williams,549U.S.346,127S.Ct.1057(2007).この判例を扱っている論文としては,会沢亘「懲罰 的賠償の終焉!?(1X2X3)」北法59巻1,3,4号522,570,426頁(2008年),木村仁「懲罰的損害賠償と第三者の損害」関 学59巻2号1頁(2008年),溜箭将之「懲罰的賠償とデュー・プロセス」ジュリ1361号169頁(2008年),阿部圭介ほか「合 衆国最高裁判所2006−2007年開廷期重要判例概観」アメリカ法〔2007−2〕227−29頁〔芹澤発言〕,拙稿「最近の判例」アメリ カ法〔2007−2〕311頁などがある。 18 PhilipMorrisUSAv.Williams,127S.Ct.1057,1064(2007) 19 〟.. 90.
(6) 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度. る下級審判決も見られる20。. は,アルコールの影響下にあったとされる21。 船長から指示を受け船橋に残された三等航海士. Ⅱ.エクソン判決(2008年)の概要 1.事実の概要. 1989年3月23日の夜,長さ約300メートルの原. は,能力的な問題があったのか他の理由によるの かは不明であるが,方向転換し同船を大洋航路に 戻すことができなかった。その結果,超大型タン カーは同日深夜過ぎに岩礁に乗り上げ,約4万2. 油輸送タンカーであるエクソン・ヴァルデイーズ. 千立方メートルもの原油がプリンス・ウイリアム. 号が,約12万5千立方メートルの原油を積載し,. 湾に流出することになった22。この事故によって. アラスカ州ヴァルデイーズ港を出発した。同号に. 汚染された海域の広さは1万6千平方キロメート. 乗務していた中で,船長のジョセフ・ヘイゼル. ル(コネチカット州,デラウェア州,ロード・ア. ウッドだけが,プリンス・ウイリアム湾を航行す. イランド州にワシントンD.C.の25倍の土地を加. る超大型タンカーを操縦する資格を有していた。. えた広さ)にも及んだ。風と潮に流された油膜は. 出航直後は,ヴァルデイーズ号は,同湾を安全に. わずか1週間で145キロメートル先まで漂流し,. 航行するために通常使用される大洋航路を進行し. 最終的にはヴァルデイーズ号の座礁地点から970. ていた。しかしながら,ヘイゼルウッド船長は,. キロメートル先まで原油流出の影響が出た。この. 氷山を回避するために同航路を外れ,その海域で. 事故は,プリンス・ウイリアム湾沿岸に生息する. 危険とされるプライ岩礁の方向へ舵をとった。氷. 生態系を被壊しアラスカの人々の生活にも計り知. 山は極めて危険であるため,方向転換するという. れない影響を与えたとされる23。. 船長の判断そのものは誤りではなかったが,超大 型タンカーの航路変更を行う船長の態様に問題が. 2.エクソン社および船長に対する法的措置・ 石油流出事故後にエクソン社は,損害の填補,. あった。すなわち,舵をとった直後に船長は自動. 操縦モードに切り替え,後に元来の航路へ戻すよ. 湾沿岸の清掃作業・原状回復費用,州・連邦への. う三等航海士に指示を与えたまま船橋から立ち. 制裁金の支払いなどで総額34倍ドルを費やした24。. 去ったが,その2分後には同船は大洋航路に戻る. そのうちの20億ドルは,大規模な清掃事業のため. べきであった。同船長が船橋から離れたことは,. の費用として,9千万ドルは,合衆国およびアラ. エクソン社の就業規則に違反するだけでなく,後. スカ州による民事訴訟の結果として環境汚染に対. の事実審理において専門家の証人が発言したよう. する損害賠償として支払われた25。 アラスカ州刑法を根拠に船長のヘイゼルウッド. に,船長としての安全配慮義務に著しく欠ける行 為でもあった。事実審での原告の主張によれば,. は起訴され,一罪名について有罪判決が確定した26。. ヘイゼルウッド船長によるこうした一連の行動. さらに,浄水法(CleanWaterAct)や渡り鳥保. 20 Seee.gl,Greferv.AlphaTechnical,965So.2d511(La.App.4thCir.Aug.8,2007). 21Seelh柁ExxonValdez,270F.3d1215,1222−23(9thCir.2001). 22 5ビゼidat1223.. 23 Pamela A.Miller,Exxon Valdez OilSpill:Ten Years Later,Arctic Connections,Mar.1999,http://arcticcircle.uconn.edu/ SEEJ/Alaska/mi11er2.htm. 24 AnnaS.Persky,AtSeaOverPunitiveDam(郡S:JusticesSdilinto肋r砂I侮te7TOVerDam(郡Sjhm擁mousDisasier, 94A.B.A.J.22,22(Feb.2008). 25 ErwinChemerinsky,mll肋onPunitiveDam(郡SRuling鍵il10verintoDueProcessOuestion,44Sup.CT.REV.62,62 (Jan.2008).. 26 Hazelwoodv.State,962P.2d196(AlaskaCt.App.1998).. 91.
(7) 粗 岡 宏 成. 護法(MigratoryBirdTreatyAct)等の環境関. 罰賠償として50億ドルの支払いをエクソン社に命. 連の連邦法を根拠としてエクソン社は起訴された. ずる評決を出した31(1994年)。この事実審理は,. が,同社が起訴事実を認め,1億ドルの原状回復. 3つの段階に分けられて行われた。第1段階にお. 費用および1億5千万ドル(後に2千5百万ドル. いて地裁の裁判官が陪審に説示したのは,被用者. に減額)の罰金の支払いに同意した27。. がその職権を著しく逸脱した行動をとっていた場. その後,エクソン社に対して,総勢33,000人を. 合には会社は責任を負わないという点であった。. 超える漁師,缶詰工場労働者,土地所有者らが民. この段階において陪審は,エクソン社の行動は無. 事訴訟を提起した28。同社を相手取った環境不法. 思慮であり,この無思慮とヴァルデイーズ号の座. 行為訴訟において原告らは,原油流出を原因とす. 礁との間には法的な因果関係が認められると認定. る漁業関連の経済的損失などの填補的および懲罰. した。第2段階において陪審は,漁師らに対して. 的賠償を請求していた。まず,地裁は填補賠償を. 2億8千700万ドル,先住民族に対して2260万ド. 請求する訴えを,漁師,アラスカ先住民族,土地. ルの填補賠償を算定した。第3段階において陪審. 所有者の3つのクラスに分割し,さらにエクソン. は,懲罰賠償を認定してよいか,そうだとして額. 社側の要請を受け,懲罰賠償を請求する32,000人. はいくらかを算定しなくてはならない(第1段階. のクラスも認めた29。. で被告の無思慮が認定されたため,懲罰賠償を認. 本ノ稿で扱うエクソン事件判決が始まったのは. めることができる)。その過程で裁判官は,会社. 1994年まで遡る。事実審理において原告らが主張. の執行部がそうした違法行為に関与していなかっ. したのは,ヘイゼルウッド船長には強度の飲酒癖. た場合,または当該行為が会社の方針とは大きく. があることをエクソン社が知りながら,12万5千. 異なっていた場合には,陪審の算定による懲罰賠. 立方メートルもの原油を積載した超大型タンカー. 償額が減額される可能性もあることを説示してい. を自然豊かな海洋で航行する任務を同船長に命じ. た。その上で陪審は50億ドルという懲罰賠償額を. たため,同社には法的責任があるという点である。. 評決したが,これは当時の史上最高額であった32。. 原告らは,超大型タンカーへの乗務前に同船長が. 事実審後の手続きにおいて,エクソン社は填補賠. 河岸のバーにおいて大量のアルコールを摂取して. 償についての民事責任については争わなかったもの. いた証拠も碇示した30。. の,地裁で認定された懲罰賠償額が憲法で許容され ている範囲を超えており,しかも,そもそも海事. 3.本件の訴訟経緯. 本件訴訟においては,連邦地裁に訴えが提起さ れてから連邦最高裁における口頭弁論(2008年2 月27日)までに,無数の上訴と差戻しが繰り返さ れた。 まず,アラスカ州にある連邦地裁の陪審は,懲. 事件において懲罰賠償そのものが認められないと 主張した。しかし,地裁は陪審による評決額の減 額を求める同社の申し立てを認めなかった33。. その後エクソン社は,第9巡回区連邦控訴審に 上訴した。同社の控訴理由は,大規模清掃費用に. 加え,数多くの刑事・民事手続きの結果としての. 27 SeeExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.2605,2613(2008). 28 Persky,St4m7nOte24,at22. 29 Seelh柁ExxonValdez,270F.3d1215,1225(9thCir.2001). 30 SeeExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.2605,2612(2008). 311hreExxonValdez,270F.3dat1233. 32 RobertBarnes,肋onOil励illChemの,GetClosure:Almost20Ⅰセa7Tqfierl匂Idez,JusticestoI穐ightlh,WASH.PosT., Feb.24,2008,at Al.. 331hreExxonValdez,236F.Supp.2dlO43,1050(D.Alaska2002).. 92.
(8) 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度. 填補賠償や罰金をすでに支払っており,同社に対. ソン社は三度日の上訴を第9巡回区連邦控訴審に. する処罰・抑止の効果は十分であるため,それら. 行ったが,同控訴審は2006年の判決で別の判断を. 以外に50億ドルという懲罰賠償額を課すことは合. 示した。すなわち,第5修正のデュー・プロセス. 衆国憲法第5修正のデュー・プロセス条項違反と. 条項を根拠として賠償額を25億ドルに減額した. なるというものである。それ以外にもエクソン社. が,それはBMW判決の第1基準(被告による. は,懲罰賠償が海事法において伝統的に認められ. 行為の非難性の高さ)に深く依拠したものであり,. てきたものではないことや,既判力(resjudicata). 訴訟以前におけるエクソン社による流出原油除去. により法律問題として懲罰賠償は禁じられている. 作業などを深く考慮に入れた帰結であった38。 その後,減額にも関わらずエクソン社は,今度. ことなどを主張している。さらに,後者を根拠と して同社は,連邦およびアラスカ州政府が浄水法. は合衆国最高裁への裁量上訴を行い,同裁判所が. に基づき訴訟を提起したときに,すでに本件訴訟. これを認めた39。. の原告の1人ベイカーも代位していたはずであ り,したがって,後発の本件における損害賠償額. 4.合衆国最高裁の判断. は浄水法で認められている額を超えてはならない. このエクソン事件判決においては,5対3で原. とした。第9巡回区連邦控訴審はエクソン社側敗. 審の第9巡回区連邦控訴審による判決は破棄・差. 訴の判決を出したものの,50億ドルの懲罰賠償額. 戻しとなった。スーター裁判官が法廷意見を執筆. はBMW判決の基準に照らすと過大であるとい. し,これにロバーツ首席裁判官,スカーリア裁判. う判断も示した34。結果として,BMW判決に矛. 官,ケネディー裁判官,トーマス裁判官が同調し,. 盾しないよう懲罰賠償額を再考するため,同控訴. ステイーヴンズ裁判官,ギンズバーグ裁判官,お. 審はアラスカ州内の連邦地裁に事件を差戻した。. よびプライア裁判官がそれぞれ一部同意・一部反. これを受け2002年に連邦地裁のホランド裁判官. 対の意見を述べている。アリトウ裁判官は,エク. は,本件における懲罰賠償額を再検討し,40億ド. ソン社の株を保有していたため本件には参加して. ルに減額した35。その後エクソン社は再度,第9. いない。. 巡回区連邦控訴審に上訴したが,その上訴理由は,. (1)法廷意見. 前述のステイト・ファーム判決に深く依拠したも. まず最高裁は,船長による不法行為について船. のであった。前回の判断と同様,同控訴審は,40. 舶所有者はそもそも懲罰賠償責任を負わないとす. 億ドルの懲罰賠償額は第5修正のデュー・プロセ. るエクソン社側の主張を検討している。上告人お. ス違反となるとし,今回はステイト・ファーム判. よび被上告人双方の主張を引用しつつも,最高裁. 決に基づいて賠償額を再考せよという指示のも. はこの論点について多数意見を形成することがで. と,再びこの事件を前回と同じホランド裁判官の. きなかった。したがって,管理的代理人(本件で. 連邦地裁に差戻した36。. は船長)の不法行為について船舶所有者に対して. 2004年に同裁判官は,懲罰賠償額を再検討した 結果,今回は45億ドルに額を引き上げが7。エク. 懲罰賠償を請求できるとする第9巡回区連邦控訴 審の判示内容が本件においてはエクソン社を拘束. 341hreExxonValdez,270F.3dat1246.. 351hreExxonValdez,236F.Supp.2dlO43,1068(D.AlaskaDec.9,2002). 36 SeeExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.2605,2634(2008). 371hreExxonValdez,296F.Supp.2dlO71(D.Alaska2004). 381nreExxonValdez,472F.3d600(9thCir.2006). 39 PetitionforWritofCertiorari,ExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.492(2007)(No.07−219).. 93.
(9) 粗 岡 宏 成. することになった40。. 次に最高裁が論点としたのは,海事不法行為法. による賠償額の上限規制,填補賠償に対する懲罰 賠償額の比率の上限規制など)を検討した43。そ. においては連邦法である浄水法が懲罰賠償の利用. うした州による賠償額規制の動きが見られるにも. 可能性について専占する(preempt)というエク. 関わらず,非海事の不法行為事件を対象とした芙. ソン社の主張の可否である。まず,確かに浄水法. 証的研究によれば,懲罰賠償額があまりにも予想. は,関連する他の民事訴訟において懲罰賠償が許. できないことが多く,最高裁はこの予想不能性を. 容されるか否かについて明確にしていないもの. 問題視した44。アラバマ州における類似した2つ. の,填補賠償についても何も述べていないのであ. の事件の比較(一方は400万ドルの懲罰賠償が課. り,したがって,州のコモン・ロー上のありとあ. され,他方は課されなかった)に基づく逸話的な. らゆる利用可能な救済に対して竜争水法が専占する. 証拠に依拠しつつ,事実関係が類似した2つの事. という立法者意思が見られるという結論を導くこ. 件においてかくも大きく異なる結果が生じうるこ. とはできないとした。また最高裁は,経済的損失. とから,懲罰賠償制度には重大な欠陥があると批. に対する填補賠償の支払いにエクソン社が同意し. 判した45。同様の事案であっても賠償額が極端に. たことにより,経済的損失に対する懲罰賠償につ. 異なるという弊害を改善すべく,デュー・プロセ. いてのみ浄水法が専占し,填補賠償については専. スに基づく審査を適用して過大な賠償額を抑制す. 占していないという主張も成立するとしながら. る取り組みに最高裁が以前から携わってきたこと. も,浄水法の文言は填補賠償と懲罰賠償について. が述べられた46。しかしながら,本件において最. の扱いをかように明確に区別しているわけではな. 高裁は,本件が連邦海事法の領域の問題であるか. いと結論づけた。その上で最高裁は,環境汚染対. ら,従来検討を重ねてきた事件とは区別されると. 策に関連する法においては,コモン・ロー上の救. し,デュー・プロセス審査を本件に適用すること. 済が与えられる余地を連邦議会は残しており,経. を拒否した47。. 済的損失に対してコモン・ロー上の懲罰賠償を認. そして最高裁は,懲罰賠償額の予測可能性を高. めたとしても浄水法の立法目的を没却することに. めるためのアプローチを検討する。第1には,陪. はならず,結論として,浄水法の懲罰賠償への専. 審に対する説示の場面において,将来における被. 占を否定した41。. 告の行為の抑止,行為の悪質性,被告の支払い能. 最後に最高裁が論じたのは,原審で認定された. 力といった観点から陪審に賠償額を算定させるこ. 25億ドルという懲罰賠償額が海事法上,過大か否. とによって,懲罰賠償額を抑制しようとする州の. かという点である42。まず最高裁は,コモン・ロー. 取り組みに着日した48。しかしながら,こうした. 全般における懲罰賠償の歴史を概観し,現在各州. 言語によるアプローチによっては過大な懲罰賠償額. において見られる賠償額抑制の様々な取り組み. という問題は解消しないと最高裁は結論づける49。. (上級審による賠償額の審査権限の強化,制定法. 40 hon,128S.Ct.at2615−16. 41Jd.at2616−19. 42 Jd.at2619. 43 Jd.at2620−23. 44 Jd.at2625−26. 45 Jd.at2626.. 46 Jd. 47 Jd. 48 Jd.at2627−28. 49 〟.at2628.. 94. 次に最高裁が注目したのが,制裁の程度に数量化.
(10) 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度. された上限を設定している刑事法における,懲役. いる。懲罰賠償を制限するための「実証的検討を. の刑期や罰金額であるが,懲罰賠償と刑罰には類. 要する判断」を行う機関として望ましいのは議会. 似性があるため,こうした数字によるアプローチ. であって裁判所ではなく,明確な連邦法に欠ける. の方がよりよく機能するという結論に至った50。. 場合には「司法抑制主義」に立脚すべきである,. 第2に,最高裁は,あらゆる不法行為の事案が. というのがステイーヴンズ裁判官の議論である。. 同一というわけではないため,懲罰賠償額に上限. 彼の見解によれば,法廷意見は立法部への礼譲を. を設定するやり方は排除されるとした51。その上. 拒んだことについての合理的な説明ができていな. で,最善のアプローチは,填補賠償額に対する懲. いし,非海事法における懲罰賠償額の上限設定が. 罰賠償額の比率に上限を設定することであると最. 無分別なものに見えるような海事法固有の性質に. 高裁は結論づける52。適切な比率を割り出すにあ. ついて適切に考慮してもいない,ということにな. たり,最高裁は,裁判官または陪審が算定した懲. る56。. 罰と填補の比の中央値が1:1よりも小さな値をと. るとする統計的研究に依拠した53。それを踏まえ, 「本件のような海事事件においては,中央値より. ギンズバーグ裁判官も一部反対意見を書いてお り,懲罰賠償額を減額した法廷意見を批判してい る。彼女は,この問題に関してより望ましい判断. も高い1:1という倍が適正な上限である」と判示. を行うのは議会であるというステイーヴンズ裁判. した54。. 官の立場に与し,陪審が算定した賠償額を審査す. (2)同意意見・反対意見. る「コモン・ローの伝統」から懲罰賠償額の強制. スカーリア裁判官が簡潔な同意意見を述べ,. 的な上限設定へのシフトは,実在しない問題に対. トーマス裁判官がこれに同調している。スカーリ. する誤った対応であると主張する。仮にその問題. ア裁判官は,懲罰賠償額に憲法上の制限があると. が実在のものだとしても,そうした新しいやり方. したステイト・ファーム判決とBMW判決に法. は根本的な解決にはならないとした。さらには,. 廷意見が依拠していることには同意しつつも,こ. 法廷意見の判示内容では,海事法以外の分野にお. れらの判決に対して彼自身が距離をとっている。. ける1:1のルールの適用範囲が明確ではないこと. 法廷意見の理由づけや判断について全体としては. も指摘している57。. 異論はないが,依然として,ステイト・ファーム. 最後に,プライア裁判官が一部反対意見を執筆. 判決およびBMW判決におけるデュー・プロセ. し,懲罰賠償額に関する第9巡回区連邦控訴審の. スに関する判示内容に誤りがあるものと捉えてい. 判断を維持するのが望ましかったと主張する。懲. る55。. 罰賠償に関する統一した基準を提供するという法. ステイーヴンズ裁判官が一部反対意見を述べ,. 廷意見の目的は,比率を固定する以外の手段に. 最高裁は第9巡回区連邦控訴審による懲罰賠償に. よって達成することができるとした。いずれにし. 関する判示内容を維持すべきであったと主張して. ても,本件のエクソン社のような非道な行為に対. 50 Jd.at2628−29. 51Jd.at2629.. 52 Jd. 53 Jd.at2632−33. 54 Jd.at2633. 55 Jd.at2634. 56 〟.at2634−36. 57 〟.at2639.. 95.
(11) 粗 岡 宏 成. しては,法廷意見が示した1:1のルールの例外が 正当化されると,プライア裁判官は論じている58。. だが,最高裁によるこうした一見すると高度な 演算処理による数値の碇示は明らかに誤ってい る。なぜならば,中央値というのはあくまでも(確 かに,算術平均とは異なり,極端に高いまたは低. Ⅳ.問題点の検討 エクソン判決での論点には,海事の不法行為に. い備には影響されないという利点はあるが),そ. れを境界として半分がそれよりも高い値をとり残. 関する連邦法の専占の問題なども含まれている. りの半分が低い値をとるということを意味するに. が,本判決の最大の意義は,(海事法に限定され. 過ぎず,懲罰賠償の上限設定のための合理的な説. るものの)懲罰賠償額は填補賠償額を超えてはな. 明にはなり得ないからである。つまり,実際の裁. らないと最高裁が明確に判示したことにある。こ. 判例での中央値を検討したところで,被告の行為. こでは,適切であるとした懲罰賠償額に関する最. の処罰・抑止のための適切な懲罰賠償額はいくら. 高裁の判断に焦点を当てて議論を展開したい。. かについての指針が得られる見込みは薄いという. 海事事件において裁判所が連邦法に判断根拠を. ことになる。また,最高裁が依拠した実証的研究. 求めても一定の方向性が見えない場合,実体法の. の眼目は,暴走していると批判されることの多い. 根拠を州法に求めるのが通例である59。したがっ. 陪審による懲罰賠償額の算定が実は裁判官による. て,本件のように,連邦法上に明確な根拠がない. ものよりも低く,むしろ数値も控え目であるとい. 場合には,州法を検討する必要がある。しかしな. う知見にあり,論者の意図とは正反対の方向の議. がら,エクソン判決において最高裁は,州法にで. 論にデータが最高裁に都合のいいように利用され. はなく,裁判例を調査した実証的研究から得られ. たことになる。しかも,依拠した研究のデータは. た懲罰賠償と填補賠償との比率の中央値に関する. 全て非海事の不法行為事件であり,本件のような. 知見に強く依拠した判断を行っている60。しかも,. 海事事件にそのまま適用することは到底できない. その研究は,州の間で一定のコンセンサスを得て. と言える。こうしたことから,最高裁による理由. いるような法原理を明らかにしたという類のもの. づけは,著しく妥当性に欠けるという印象を受け. ではない。統計的手法を用いたその実証的研究の. る。. 調査対象は,アメリカ合衆国の中でも人口の比較. さらには,仮にエクソン判決の法廷意見が州の. 的多い75のカウンティーから無作為抽出した46の. 立法に日を向けたものであったとしても,いかな. カウンティーの判決であり,陪審による算定では. る比率が適切かということについての州の間のコ. 懲罰賠償と填補賠償の比率は0.62:1,職業裁判官. ンセンサスに全く欠けているのも大きな問題であ. による算定では0.66:1という結果が得られていた. る。すなわち,多くの州が行っている懲罰賠償に. 61。これらの2つの値を踏まえ,最高裁は全体の. 関する立法上の規制を見ると63,比率は1:1から5:. 中央値は0.65:1であるとした62。. 1の値をとっているにも関わらず(最頻値は3:1),. 58 Jd.at2640.. 59 SeeD’oench,Duhme&Co.vFDIC,315U.S.447,473−74(1942).(連邦の制定法が存在しない場合には,連邦裁判所は州 法を適用すべきと,ジャクソン裁判官が同意意見の中で述べている。). 60 ExxonShippingCo.Ⅴ.Baker,128S.Ct.2605,2633n.26(2008).ここで最高裁が依拠している論稿は,TheodoreEisen− bergetal.,Juries,′uddes,andPunitiveDamages:EmPiricalAna抄dedtたingtheCivilJusticeSurveyq/StaieCouris 1992,1996and2001Daia,3J.EMPIRICALLEGALSTUD.263(2006)である。 61〟.at2625nn.14&16. 62〟.at2633.. 63 各州の懲罰賠償に関する規制については,吉村顕真「20世紀アメリカ合衆国における懲罰的損害賠償の改革過程一現代. 損害賠償法における「懲罰的」要素の意義と課題−」龍法42巻2号56,139−48頁(2009年)が参考になる。拙満「アメリ. 96.
(12) 混迷を深めるアメリカの懲罰的損害賠償制度. エクソン判決での最高裁の判断はそうした州によ. ソン判決においては海事事件での懲罰賠償額は填. る規制の趨勢を全く無視した形となっており,説. 補賠償額を下回らなければならないとした(2008. 得力に欠ける。また,先例との関連で言えば,. 年)。これらの判例群は,いずれも懲罰賠償額を. BMW判決やステイト・ファーム判決などの. 何とかして抑制しようとする最高裁の姿勢・態度. デュー・. プロセス条項との関係を論じた最近の判. 例は,過大な懲罰賠償額か否かを裁然と定義する. 「単純な数式」の適用を明確に否定しており64,. を示しているが,法理の展開という面から言えば,. 一貫性にも欠けており説得力は少ないように見え る。とりわけ,本稿で検討したエクソン判決にお. エクソン判決はそうした判示内容と矛盾している. いては,適正な懲罰賠償額に関する議論(1:1の. ことは明らかであろう。. 原則)の根拠が極めて薄弱であることは,前節で. 最後に,本件で最終的に適正とされた賠償額に 触れておきたい。エクソン判決の最高裁の判断に. 指摘した通りである。 なぜかくにも奇想天外な法理をエクソン判決に. より,当初50億ドルであった懲罰賠償額が約5億. おいて最高裁が「創出」したのかについては,い. ドルへと減額されることが確実である。しかしな. くつかの説明が可能である。最も妥当な説明は,. がら,世界でも最大規模の石油会社であり,2007. 最高裁が外的な政治的圧力に耐え切れなくなりそ. 年度において406億ドルの純利益を得ているエク. れに屈したというものであろう。すなわち,懲罰. ソン社にとって,この懲罰賠償額は5日分の純利. 賠償額の高額化を非難する議論がアメリカ社会の. 益に満たないとされる65。こうした事実を踏まえ. 中で高まることにより,懲罰賠償額を算定する陪. ると,額そのものは莫大に見えても,この懲罰賠. 審を制御する必要性を最高裁が痛感するように. 償額によって将来における同様の行為が本当に抑. なったことは想像に難くない。実際に,懲罰賠償. 止されるのかは疑問の残るところであるし,原告. が問題となる事件において最高裁へ提出される. らの救済としてこの額が十分かどうかも疑わしい と言わざるを得ない。. 「裁判所の友」による書面には,手に負えない陪 審による評決額がアメリカのビジネスを危機に晒 しているといった趣旨の記述が見られることが多. Ⅴ.今後の展望(同判決の影響) ここまで見てきたように,高騰する懲罰賠償と. い66。それを踏まえると,賠償額に関する明確な 指標が示されているような連邦法上の規制を切に 求める声に対して最高裁が辛うじて応じたのが,. いう問題に対して,BMW判決においては過大. エクソン判決であったと言えるのかも知れない。. な懲罰賠償額はデュー・プロセス条項違反となる. さらには,海事法という特殊な法分野における懲. とし(1996年),ステイト・ファーム判決におい. 罰賠償額の事件であったからこそ,最高裁はこう. て懲罰賠償額は填補賠償額の10倍未満でなければ. した貴重な機会を活用して,デュー・プロセス条. ならないとし(2003年),フリップモリス判決で. 項といった「言語」によるアプローチではなく,. は懲罰賠償額の算定において陪審は第三者の損害. 明確な「数倍」による理論を提示できたのだとい. を考慮に入れてはならないとし(2007年),エク. う捉え方もできるだろう。. カ合衆国の州レベルにおける懲罰的損害賠償をめぐる近年の改革」北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)60巻1号 29頁も参照。. 64 Siaiehrm,538U.S.at424;Gore,517U.S.at582. 65 SeeSousa,St4)7unOtel,at248−49. 66 SeeMichaelRustad&ThomasKoenig,TheS乙ゆremeCourtandJunkSocialScience:SelectiveDistortioninAmicus Br擁,72N.C.L.REV.91,120(1993).. 97.
(13) 粗 岡 宏 成. 問題は,エクソン判決の射程である。果たして,. 本判決で示された1:1のルールが通常の(非海事 の)不法行為事件にも適用されるのかが注目され る。これについては,海事事件である本件と今ま. で最高裁で議論されてきた事件とは区別され, デュー・. プロセス条項の問題とはならないと法廷. 意見が述べていることから67,少なくとも額面通 りにこのルールがあらゆる不法行為事件に適用さ. れ懲罰賠償額が填補賠償額よりも少なくなるとい うことにはならないと考える。しかしながら,下. 級審の裁判官の判断や訴訟当事者の行動パターン に大きな影響を与えることの多い最高裁判例の立 場に鑑みると,本稿で見たようにその理由づけは 論理的に被粧しているにもかかわらず,本判決の 影響力が予想外に強力なものとなる可能性も否定 できない。とりわけ,本件においては,最終的に. 地元のアラスカ州民の原告1人あたりの懲罰賠償 額が約15,000ドルという額で決着した一方で,原. 油流出事故から20年近くの歳月を経たのち,被告 のエクソン社は最高裁から減額のお墨付きをもら. うことによって,その立場を法的にも財政的にも 有利にしている。そうした,いわば「粘り勝ち」 の事例は,莫大な懲罰賠償額に脅える巨大企業に とっては希望の持てる内容であろうし,他方にお いて,被害規模の大きな不法行為事件の原告に とっては不安材料となるであろう。こうしたこと から,アメリカにおける懲罰賠償制度の迷走は今 後も続くものと思われる。. (旭川校准教授). 67 且郡聞,128S.Ct.2626.. 98.
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