ジェスチャー型マン・マシンインタフェースに向けた確率共鳴現象を
応用したロバスト表面筋電信号検出技術
位田
祐基
†a)白田
健人
†葛西
誠也
†b)Robust Surface Myoelectric Signal Detection Technique Using Stochastic
Resonance Phenomenon for Gesture Man-Machine Interface
Yuki INDEN
†a), Kento SHIRATA
†, and Seiya KASAI
†b)あらまし ジェスチャーによる電子機器の直感的操作を可能にするマン・マシンインタフェースを目指し,雑 音を加えることにより微弱信号応答を最適化する非線形現象である「確率共鳴」を応用した高感度・ロバスト表 面筋電信号技術の開発について述べる.確率共鳴出力応答を向上させるための手法であるシュミットトリガによ る並列加算ネットワークと多重表面電極を組み合わせたシステムを構築し,運動に対してロバストでかつ高感度 に筋電検出できることを実証した.また,本研究系システムを用いて筋肉緊張度検出や運動の識別,ロボット アーム制御への応用を試みた.更に取り付けやすい高感度カーボンナノチューブ複合紙を用いた表面電極材料に ついて言及する. キーワード 筋電位,雑音,非線形素子,確率共鳴,カーボンナノチューブ複合紙
1.
ま え が き
マン・マシンインタフェース(MMI)は電子機器を 特徴づける重要な要素である.筋肉を動かす際に体内 で発生する筋電位は身体の運動情報を直接的に反映し た電気信号であり,筋電信号を応用したMMIはジェ スチャーによる直感的な機器操作を可能にする.カメ ラを用いたモーションキャプチャーなどの他のジェス チャー検出と比べ筋電検出の特徴は高速性であり,素 早い人体の動きに追従する高速制御に適する.また物 理的な身体の動きが無くとも筋肉が緊張すれば信号が 生じるため,筋電義手制御に広く利用されている.解 決すべき技術的課題として,誤検出・誤動作の解消が ある.筋電検出MMIは一部実用化されているが,意 図通り機器をコントロールできないことが多い.その 理由の一つが筋電信号のSN比が低いことである.筋 †北海道大学量子集積エレクトロニクス研究センターおよび大学院情 報科学研究科,札幌市Research Center for Integrated Quantum Electronics and Graduate School of Information Science & Technology, Hokkaido University, N13, W8, Sapporo-shi, 060–8628 Japan a) E-mail: [email protected] b) E-mail: [email protected] 電を検出するには電極が必要であるが,針電極はSN 比が高いものの侵襲的であり一般ユーザが扱うことは 難しい.日常生活での使用やユーザ自身が着脱するこ とを考えると体の表面に取り付ける表面電極が望ま しい.しかし体内で発生した筋電位は身体のインピー ダンスによって体表面で大きく減衰し,容易に雑音に 埋もれる.そこで我々は雑音を加えることにより微弱 信号応答が最適化される非線形現象である確率共鳴 (Stochastic Resonance, SR)[1]∼[3]を利用し,雑音 が重畳した微弱な筋電信号を高感度かつロバストに検 出する独自の手法を開拓した[4], [5].本論文では我々 の確率共鳴筋電検出技術とMMI応用に関する最近の 研究成果について述べる.
2.
筋電信号検出法とシステム
図1に人体の運動制御と筋電位の発生過程を示す. 70 mV程度のパルス状の活動電位である筋電位は5∼ 500 Hzの周波数帯域をもち[6],筋繊維に沿って4∼ 6 m/秒のスピードで伝播する[7].身体表面に取り付け た電極に誘導される筋電位は表面筋電と呼ばれ,身体 のインピーダンスによる減衰により数mV∼数十µV 程度の微弱信号になる[6].図 1 運動制御過程,筋電位と表面筋電 Fig. 1 Motion control process, myoelectric signal and
surface myoelectric signal.
雑音に埋もれる筋電信号を取り出すための従来技術 は双極誘導という二つの表面電極で誘導される信号を 差動増幅する手法である.適切な位置に二つの電極を 取り付けると,誘導される環境雑音は同相となるが筋 電位は逆相となり,差動増幅により高SN比で筋電位 を取り出せる.欠点は二つの電極のバランスが崩れる とSN比が大幅に劣化することである.身体を動かす と電極接触のゆらぎは避けられず,日常生活で安定的 に筋電検出するのは難しい.これは機器の誤動作につ ながるため解決しなければならない課題である. 我々の筋電信号検出は,非線形関数と確率共鳴現象 の助けにより,高いSN比で表面筋電を取り出す.系 の構成を図2に示す.確率共鳴とは,雑音によって微 弱信号に対する応答を高める非線形現象で,雑音強度 変化に対し図2 (a)のような特徴的な応答曲線を描く. 生物の感覚器でしばしば観測され,生体がゆらぎと共 存するための機構として知られている[8].基本メカニ ズムはしきい値系や双安定系での雑音支援状態遷移で ある[1], [2].弱信号はしきい値を超えることはできず 出力は得られない.しかし適切な雑音が重畳した信号 は確率的にしきい値をよぎり出力が現れる.このとき 信号と出力には相関が生じる. 図2 (b)のシステムでは,確率共鳴を発現させる非 線形素子として双安定特性を示すシュミットトリガ素 子を用いている.双安定系確率共鳴ではSN比の利得 (雑音指数が0 dB以下になる)があることがわかって いる[9].表面電極に誘導された信号をハイパスフィ 図 2 (a)確率共鳴の応答と原理,(b) 確率共鳴筋電検出 システム
Fig. 2 (a) Typical SR response and basic mechanism, and (b) SR-based myoelectric signal detection system. ルタ(HPF)でオフセット除去してからプリアンプ (AMP)で一端増幅し,帯域除去フィルタ(BEF)で 50 Hzの商用電源雑音を取り除く.その他の高周波側 の雑音成分が残ったままシュミットトリガに入力され る.すなわち本系では外部雑音を加えること無く,意 図せず重畳される雑音を用いて微弱信号を検出する. シュミットトリガのしきい値を調整することで,確率 共鳴のピーク位置に系の応答をあわせることができ る.加えて,確率共鳴の効果を高めるために8系統 並列化し各々のシュミットトリガ出力を加算する構成 としている.この構成は生体の感覚神経系が多数並 列化された構造をもつことに由来している[10].8系 統の入力は並列配置された各々の表面電極に接続され る.更に我々は表面電極としてカーボンナノチューブ (CNT)複合紙を用いる.これはCNTを漉き込んだ 紙で[11],一般的な表面電極であるAg/AgCl電極に 比べるとシート抵抗が高いが,フレキシブルで加工が 容易である[5].Ag/AgCl電極はあらかじめClで表 面処理しイオンに対する安定性を高めているが,CNT 複合紙は化学的に安定な導電材料であるカーボンを利
用しており安定化処理は不要である.なお本実験では ユーザが電極を装着しやすいように,表面電極を取り 付けたサポータを巻き付けるようにした.テープで固 定することなく容易に装着できる.
3.
筋電信号検出特性
3. 1 系出力波形と性能比較 本論文では筋電義手や筋電型マン・マシンインタ フェース応用を念頭に提案手法の有効性を知るため, これらの機器において一般的に採用されている双極誘 導と比較検討した.図3に確率共鳴系で得られた表 面筋電信号を示す.サポータを利用して右前腕部に表 面電極を固定し,手を握ることで発生させた筋電位で ある.身体運動に対する検出の安定性をみるため,身 体を静止させた状態と肩から腕を振るという別の運動 を同時に行った状態の2通りについて実験を行った. 確率共鳴系のシュミットトリガのヒステリシス幅は約 100 mVに調整した.腕を静止させた場合,どちらの 検出方法も明瞭に筋電信号を検出する(図3 (a)).双 極誘導の出力は異なる振幅をもった筋電位パルスが多 数折り重なった様相を呈している.一方確率共鳴系の 出力波形はほぼ均一のパルス振幅に見えるが,パルス 幅は異なっている.腕を振る動きをともなった場合, 双極誘導の出力は,前腕部の筋緊張の有無にかかわら ず雑音が常に見られた(図3 (b)).この雑音は単極誘 導では観測されず,双極誘導であっても表面電極を強 固に固定すると減少する.よって運動時に双極誘導で 見られる雑音は肩関節の屈曲・伸展に関与する筋電位 図 3 従来法(双極誘導)と確率共鳴系により取得された 右前腕部の筋電波形:(a) 静止時,(b) 腕を振る運 動時Fig. 3 Myoelectric signals taken on the forearm us-ing bipolar lead and SR-based system: (a) sta-tionary condition and (b) with upper limb mo-tion. ではなく,電極接触ゆらぎによるものである.確率共 鳴系の出力には腕振りによる変化はほとんどなく,安 定して筋電信号が検出された(図3 (b)). 表1に代表的な筋電検出法と本研究手法における出 力SN比を評価してまとめた.ここでSN比は筋肉非 緊張時の出力信号のRMS値をバックグラウンド雑音 Vnoise,筋肉緊張時の出力信号のRMS値を筋電信号 Vsignalと定義し,これらの比を用いて評価した.単極 誘導は一つの表面電極で信号を誘導し,ローパスフィ ルタ(LPF)により雑音を除去して線形増幅する単純 な検出方法である.双極誘導を用いた市販筋電センサ の性能も併せて示す.確率共鳴系が最も高いSN比を 示した.この系では運動時であってもSN比は20 dB 以上となり,他方法の静止時と同程度かそれ以上の性 能であった.本研究の検出方法は高感度かつロバスト であることがわかる.電極の位置ずれの影響が懸念さ れるが,筋繊維に対して2 cm程度横に電極位置がず れても筋電位検出可能であることを実験的に確認した. 位置依存性は双極誘導と比較し小さい.しかし運動部 位の同定には,隣接する複数の筋肉の空間位置を区別 する必要があり,出力の電極位置依存性が必須である. 具体的な運動部位同定方法として.複数の表面電極を 用い,電極装着時にユーザに1度指定された動作をさ せ,取得された波形のセットから各電極がそれぞれど の筋肉に近いか推定する手法が挙げられる.現在本機 能の実装に向けて準備を進めている. 市販の筋電義手のなかには双極誘導を採用している ものの身体運動下でも安定して筋電検出可能なものが ある.これはダイナミックフィルタを搭載し,逐次パ ラメータを最適化することで安定性を実現している. しかしこの手法ではパラメータ最適化処理や学習時 間,実装コストを必要とする[12].我々の系は特殊な 信号処理なしに安定性を実現し,瞬時応答できる.他 のジェスチャー検出法と比べ高速であるという筋電検 表 1 表面筋電検出法の性能比較
Table 1 Evaluated signal-to-noise ratio (SNR) for various surface myoelectric signal detection techniques.
出の特長を活かすことができる. 3. 2 系の応答と確率共鳴 確率共鳴系筋電位検出と単極誘導や双極誘導との違 いは電極に誘導された電位の雑音除去法にある.単極 誘導は線形フィルタによる周波数領域での帯域制限で ある.双極誘導は二つの電極に誘導される筋電位と雑 音の位相の違いを利用する.一方,本研究の確率共鳴 系は非線形関数による時間領域での振幅制限,及び多 重電極に誘導される筋電位と雑音の電極間相関の違い を利用する[10]ことに特徴がある. 図3の確率共鳴系の出力波形をみると,シュミット トリガの二重しきい値特性によりしきい値以下の範囲 に存在する雑音が除去され,筋肉非緊張時の雑音電力 はほぼ0になる.これが高いSN比が得られる理由 である.筋電信号の周波数帯域は5 Hz∼500 Hzであ り[6],外部雑音もこの周波数帯域に存在する.信号 と雑音の帯域が重なる場合,時間領域の振幅制限の方 が周波数帯域制限よりも効果的に雑音除去できる.加 えて筋力に関する情報が主に筋電位パルス密度で表現 されていることを考慮すると,振幅を制限する方が合 理的である.なお図2 (b)のように系には商用電源周 波数雑音除去のBEFが挿入されている.使用環境に よっては商用電源からの雑音が顕著に重畳するためで ある.しかし筋電信号帯域と重なるためその情報を一 部落としてしまう.実用においては,機器の誤動作が 最小になるようBEFの減衰率を設定する必要がある. 図3 (a)に示した静止時の実験例では多くの筋電パ ルスがしきい値を超える振幅をもっており,確率共鳴 で想定している図2 (a)のような状況とは異なる.シュ ミットトリガを通すことで出力振幅はクリップされる. しかし,詳細に出力波形を見ると,出力は入力に応じ て8値に多値化され,出力パルス幅も変調されている ことがわかる.雑音が出力の多値化をもたらし,系の ダイナミックレンジを拡大させたと理解できる[13]. 雑音が応答に対してポジティブに貢献しており,広義 の確率共鳴が利用できていると捉えている.
4.
強度と動きの識別
4. 1 筋力依存性 筋力の強度やどの筋肉が緊張しているか識別ができ れば,インタフェースは使用者の動きや意図を細かく 捉えることができる.図4に双極誘導と確率共鳴系 を用い前腕筋肉緊張度を変えて得られた筋電波形を示 す.緊張度は握力計を用いて定量的に評価し,緊張度 図 4 双極誘導と確率共鳴系により取得された筋電波形: (a)緊張度 30%,(b) 60%,(c) 90%Fig. 4 Myoelectric signals taken on a forearm using bipolar lead and SR-based system for different muscle tension: (a) 30%, (b) 60%, (c) 90%.
図 5 筋肉緊張度による (a) 双極誘導と (b) 確率共鳴系で
得られた筋電信号電力値依存性
Fig. 5 Forearm tension dependence of myoelectric signals power using (a) bipolar lead and (b) SR-based system. 100%が使用者の最大握力である.双極誘導において は緊張度を高めると筋電信号振幅が増していることが わかる.確率共鳴系の出力は振幅の大きさは緊張度に よらずほぼ一定であるが,パルス密度は緊張度が高ま ると密になっていることが確認できる. 出力の入力依存性を見るため,筋力強度や運動識別 によく用いられる筋電信号電力値を計算し筋肉緊張度 に対してプロットした.結果を図5に示す.緊張度は 10%きざみで各緊張度3回ずつ検出を行いその平均値 で評価した.筋電位は疲労によって変化するため,疲 労の影響が出ないよう実験の間に約1分間の休憩を挟 んだ.電力値は筋電位変化の2乗値に50 msの移動平 均をとったものである.確率共鳴系は緊張直前の出力 値を基準にしたときの変化量を2乗し移動平均をとり 電力値とした.いずれの検出法でも筋肉の緊張度を高 めると電力値は増加しており,電力値から筋肉緊張度 を同定できることがわかる.ただし,従来法では電力 値は緊張度に対して2次の変化であったが,確率共鳴 系緊張度に対して線形であった.注意すべき点は,し
きい値をもつ素子を用いているにもかかわらず緊張度 が小さい領域まで緊張度に比例した出力が得られてい る.ここにおいて確率共鳴の本来の効果が反映されて いると考えられる. 観測された緊張強度依存性の理解はやや複雑であ る.基本的には筋力の大小が活性化する筋繊維の数と 対応し,大きな力を出すと複数の筋繊維から筋電パル スが発せられる.これらの総和が表面筋電である.た だ,表面筋電の振幅が筋繊維と電極の物理的距離の情 報を含むため,線形増幅である双極誘導の出力を積分 しても筋力には比例しない.距離が離れるほど身体 インピーダンスによって筋電振幅が減衰するためであ る.一方,確率共鳴系では,大きな筋電パルスは振幅 が切り落とされ,しきい値以下の小さなパルスは雑音 によって叩き出される.これらより定性的には確率共 鳴系では発生したパルスの数を振幅によらず計数する ことになり,その出力は筋力と比例しうる.実験結果 はこれを支持する.定量的な理解には身体のインピー ダンスを具体的に評価し等価回路解析が必要である. 筋肉の疲労度により筋電波形が変化することが知ら れており[6],留意する必要がある.報告によると筋電 位に疲労の影響が現れるのは緊張開始より1分程度で ある[14].マン・マシンインタフェース応用では機器 制御のためにユーザ自身に重い負荷が長時間かかる状 況(強い筋肉緊張を持続させる状況)は少なく,現実 的には疲労の影響は小さいと考えられる.疲労と確率 共鳴系の出力の詳細な関係については今後に譲りたい. 4. 2 動きの識別 ヒトは様々な関節と筋肉より構成され,その組合せ により複雑な動きをする.解剖学的には一つの要素運 動に関与する筋肉はおよそ一対一対応している[15]. したがって筋電位を発する筋肉の位置を同定すること でユーザがどのような動きを行っているか識別できる. 動き識別の第一歩として,確率共鳴検出によって手首 の背屈(反らせる)と掌屈(内側に曲げる)運動の識 別を試みた.これらは一つの関節を軸にした手首の運 動であるが二つの運動に分解され,図6のようにそれ ぞれ尺骨手根伸筋,尺骨手根屈筋という異なる筋肉が 使われる.そこで右前腕部の各々の筋肉の近傍に電極 1と電極2と記した多重表面電極を貼付し,二つの確 率共鳴検出系によって筋電信号検出を行った.図7に 得られた筋電信号を示す.右手で背屈運動を行うと電 極1のみから筋電電信号が誘導され,掌屈運動を行っ たときは電極2から信号が誘導された.2電極間の電 図 6 筋電信号による動き識別システム
Fig. 6 Setup for motion identification.
図 7 二つの確率共鳴系をもちい前腕の尺骨手根伸筋及び
尺骨手根屈筋近傍にて同時取得された筋電波形 (a) 背屈運動時,(b) 掌屈運動時
Fig. 7 Detected myoelectric signals taken around ex-tensor carpi ulnaris muscle and flexor carpi ul-naris muscle using SR systems under (a) dor-sal flexion and (b) palmar flexion.
力差をみると,双極誘導と確率共鳴系検出いずれも背 屈の場合は正の値,掌屈の場合は負の値となった.双 極誘導を用いて同様の実験をおこない,出力SN比を 評価比較した.確率共鳴系では背屈と掌屈どちらの運 動の場合も40 dB前後で,双極誘導では10 dB前後と なった.表1に準じた差である.確率共鳴系は高SN 比を実現しており,双極誘導よりも明瞭な運動識別が 可能であることがわかる.
5.
表面電極材料の検討
表面電極は筋電検出系において大切な要素である. ユーザに物理的に接する部分であり,信号検出性能に 大きな影響を与えるとともに,ユーザの装着感を左右 する.筋電検出性能の観点では導電性の他,化学的安 定性が要求される.化学的不安定であると電極性能の 経時的劣化を招くとともに体表面に存在するイオン と相互作用し雑音源となる.高感度かつ安定な検出には身体形状にフィットすることも必要である.こうし た観点から,我々はCNT複合紙を表面電極として用 いる独自技術を開拓し,電解質ペーストを使用せずと も市販のAg/AgCl電極に匹敵する筋電検出性能を実 証した[5].これはユーザが表面電極を取り付けるこ とを容易にする.金属材料に比べるとシート抵抗が高 いため表面電極としては不向きと捉えられるが,紙独 特のテクスチャや柔軟性により身体との接触抵抗が低 い.表面電極材料のシート抵抗よりも接触抵抗が筋電 誘導部のインピーダンスを支配しているため,CNT 複合紙でも高い検出性能が得られる.一方,日常生活 での使用における課題として,水に対する耐久性が ある.発汗などにより濡れると脆くなる.そこでKJ 特殊紙株式会社の協力のもとCNT含浸PET不織布 図 8 (a) CNT複合紙と CNT-PET 紙の耐久試験の様 子,(b) 熱湯に浸した後に引っ張った状態 Fig. 8 (a) Snapshot of endurance test of CNT
com-posite paper and CNT-PET paper immersed in boiling water, and (b) photograph of wet CNT papers after tensile stress.
図 9 CNT複合紙と CNT-PET 紙での単極誘導筋電波
形の比較,及び CNT-PET 紙と確率共鳴系の組合 せで取得された筋電波形
Fig. 9 Comparison of myoelectric signals taken using CNT-composite paper and CNT-PET paper with unipolar lead. Myoelectric signal taken using CNT-PET paper with SR-based system is also shown. (以下CNT-PET紙)を試作し,性能評価を試みた. CNT-PET紙はプラスチックであるPET繊維をセル ロースの代わりに用いた紙材料である.風合いは普通 の紙と変わらないが,耐久性は極めて高い.図8のよ うに熱湯に3分浸した後に手で引っ張っても全く破け ずCNTが剥げ落ちることもない.耐久性を重視する ためにCNTを強固に固定したためシート抵抗が高く, CNT複合紙が40 Ω/であるのに対して,CNT-PET 紙は260 Ω/であった.図9にCNT複合紙を電極 として用いた単極誘導波形,CNT-PET紙による単 極誘導波形と確率共鳴系システムによる出力波形を示 す.CNT複合紙表面電極をもちいた単極誘導のSN 比は10.4 dBであったが,CNT-PET紙表面電極では 8.5 dBとやや低い結果となった.しかし,確率共鳴系 とCNT-PET紙表面電極を組合せると21.5 dBが得 られ,CNT-PET紙の感度低下を十分補うことがで きる.
6.
ロボットアーム制御への応用
確率共鳴を用いた筋電検出技術のMMIとしての有 用性を検証するため,図10に示すロボットアーム制 御システムを構築し,操作性を検証した.このシステ ムは手首の背屈と掌屈運動を識別し,ロボットアーム の手首(図10 (b)の白枠で囲まれた部分)の上下動を 操作する.検証ポイントは,背屈と掌屈以外のアーム 図 10 (a)確率共鳴筋電検出を用いたロボットアーム制御 システム概略図と (b) 実験系写真Fig. 10 (a) Diagram of robot arm control system with SR-based myoelectric signal detectors and (b) photograph of the system.
図 11 腕を左右に振りながら掌屈・背屈によるロボット アーム手首の制御:(a)-(c) 従来技術.掌屈した状 態で腕を振ると誤動作を起こしている.(d)-(i) 本 研究.左右に腕を振ってもロボットアームは応答し ない((d)-(f)).腕を動かしつつ掌屈するとロボッ トアームの手首が正しく動く((g)-(i)) Fig. 11 Robot arm control demonstration: (a)-(b)
conventional technique. Control error oc-curred when the user moved his arm left and right. (d)-(i) SR-based system. System did not respond to the extra arm movement ((d)-(f)), and it only follows wrist movement of the user ((g)-(i)).
制御とは無関係の動作をした際に狙った動作のみを識 別し制御できるか否かである.システムは二つの確率 共鳴筋電検出,筋電信号処理とロボットアームのサー ボ制御を行うマイクロコンピュータで構成されている (図10 (a)).多重表面電極はCNT複合紙を用い,表 面電極を取り付けたサポータを腕に巻き付けることで 装着する. デモンストレーションの様子を図11に示す.ロボッ トアームは実験者が静止している状態では手首の動き に対応して正しく動作した.しかし双極誘導を用いた システムでは,腕を振るという余分な動きがともなう と誤動作を起こし制御不能に陥った(図11 (a)-(c)). 一方,確率共鳴系を用いたシステムでは,腕振ってい る状態ではロボットアームは動かない(図11 (d)-(f)). 腕を振りつつ掌屈と背屈動作を行うと正しくアームを 操作できた(図11 (g)-(i)).以上の結果は,我々の筋 電検出技術が簡単に着脱でき日常生活でも安定して動 作するMMIの実現に有用であることを示している.
7.
む す び
雑音により応答が最適化される確率共鳴現象とカー ボンナノチューブ(CNT)複合紙による多重表面電極 を組合せた高感度・ロバスト筋電信号検出技術,及び そのマン・マシンインタフェース(MMI)応用に関す る我々の最近の研究結果について述べた.我々の検出 技術は,表面電極を強固に固定せずとも,身体運動の もとで狙った箇所の筋電信号を高感度に捉えることが できる.ロボットアーム制御実験を通して,運動識別 能力や安定検出能力を実証した.表面電極としてCNT 複合紙は感度と装着性に優れており,繊維材料等の工 夫により十分な耐久性が確保するに至っている.本研 究で実現された技術は日常生活でも安定して使いやす いMMIの実現に資するものである. 謝辞 本研究を進めるにあたりご議論いただいた STARC萩原洋介氏,帰山隼一氏,中村英之氏に感謝 いたします.またCNT複合紙材料を提供いただい たKJ特殊紙株式会社及び横浜国大大矢剛嗣先生に 深謝いたします.本研究は半導体理工学研究センター (STARC)及び科研費新学術領域「分子アーキテクト ニクス」(#25110001, #25110013)の支援を受けて 行われた. 文 献[1] R. Benzi, G. Parisi, A. Sutera, and A. Vulpiani, “Stochastic resonance in climatic change,” Tellus, vol.34, pp.10–18, 1982.
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