1大学美術教育学会「美術教育学研究」第 52 号(2020):177–184
家庭教育支援と幼児の造形行為
―自由学園みらいかん・未就園児クラスことりぐみの実践―
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Home Education Support and Formative Acts of Pre-kindergarten Children
Practice of KOTORIGUMI Jiyu Gakuen MIRAIKAN
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齋藤亜紀
1,2Aki Saito
1,2 [要旨]近年,核家族の問題や,地域社会との関係性の変化によって,家庭環境は閉塞化し,保護者が子育てに確信が持てず に孤立してしまうことが憂慮されている一方で,家庭の教育力の強化が求められている。この要請に対し,美術が果たせる役 割について自由学園みらいかん・未就園児クラス「ことりぐみ」の造形活動の実践をもとに考察した。自由学園は,大正自由 教育の気運の中,設立された学校である。創立者の羽仁もと子とその長女説子は,ジャーナリスト,教育者として,幼児教育, 家庭教育について先駆的な考えを示してきた。幼児が生活の中で自然に育まれる力を尊重し,家庭との協働で学ぶ力を育もう とした。「ことりぐみ」もこの教育理念に立脚している。子どもの材料の見方,考え方から試行する造形行為に大人が寄り添い, 子どもを再発見することで,それぞれの家庭教育に主体性をもたらし,家庭教育支援の方向性を知るうえで貢献する力になる と考える。AAstractt] In recent years, due to problems with nuclear families and changes in the relationship with the local community, the family environment has become closed, and parents are concerned about their confidence in their child-rearing abilities. There is a need to strengthen the educational capabilities of the family, and in response to the demand for strengthening home education we considered the role that art can play, based on the practice of modeling activities by the free school Miraikan and preschooler class “Kotorigumi”. Jiyu Gakuen is a school established in the spirit of Taisho Free Education. The founder Motoko Hani and her eldest daughter Setsuko Hani have established pioneering ideas about early childhood education and family education as journalists and educators. Respecting the ability of young children to grow naturally, they sought to develop children’s ability to learn in collaboration with their family. Kotorigumi is also based on this educational philosophy. Based on this philosophy, we believe that the activity of re-discovering children by adhering to the act of trying out the medium from the viewpoint and rationale of the children will bring independence to each family and contribute to the support of home education.
[キーキー旨 家庭教育支援,未就園児,造形行為,自由学園,羽仁説子
[Key word旨 Home education support, Pre-Kindergarden, Formative, Jiyu Gakuen, Setsuko Hani [] 旨 1常磐大学(Tokiwa University),2茗渓学園中学校高等学校(Meikei High School) [受理旨 2019 年 12 月 22 日 1 はじめに 1-1]家庭教育支援の[請 近年,核家族の問題や地域社会との関係性の変化によ り家庭環境が閉塞化し,保護者が子育てに確信が持てず, 孤立してしまうなどの問題が家庭教育を困難にしている。 平成 28 年文部科学省によって設置された「家庭教育 支援の推進方策に関する検討委員会」は,「家庭教育は 全ての教育の出発点であり,家庭教育の基盤をしっかり 築くことがあらゆる教育の基盤として重要である。父母 その他の保護者は,子の教育について第一義的責任を有 するものとされている」1との前提を示しつつ,時代と ともに変化する家庭環境に伴い,学校教育の前段階とし て家庭に期待してきた役割を再考していく必要があると の見解を示している。 そこでまず様々な事情で家庭教育を困難にしている状 況を把握し,子育ての環境を各教育機関,自治体などを 中心として開かれたものにし,子どもとその保護者を対 象にした「親の学び」の場と機会を提供する取り組みを 推進している。「広く全ての家庭に」,「個別の事情に寄 り添う支援」,「切れ目のない支援」の要請に対して,支 援員の育成とその確保,支援の具体的な内容,支援の体 制,それに伴う各教育機関の負担の増加などの様々な課 題が示され,どのような対応で臨んでいくのか,検討が 進められている。
1-2]家庭教育の方向性 平成 19 年に学校教育法改正案の中で各機関に幼児期 の子どもの教育支援への要請が明記された。認定こど も園の創設など支援の拠点づくり,「子どもの最善の利 益」2を優先し,親や子の実情に適切な支援を行うため の指針,基盤づくりが進められてきた。平成 29 年 6 月 の教育再生実行会議の第 10 回提言では「学校,家庭, 地域の三者がそれぞれの立場から子どもの教育に責任を 持つとともに,それぞれの教育機能をいかんなく発揮し, 相互に連携・協力しながら子供を支え,育んでいくこと が重要」3との提言がなされた。平成 30 年 6 月に閣議決 定された第 3 期教育振興基本計画においても「多様化す る家庭環境に対し,地域全体で家庭教育を支える。また, 地域社会との様々な関わりを通じて,子供たちが安心し て活動できる居場所づくりを進め,これからの時代に 必要な力や,地域への愛着や誇りを子供たちに育成する。 さらに,家庭や地域と学校との連携・協働を推進する」4 などの目標を示し,家庭教育支援への基盤構築を法令の 整備と共に進めている。 しかし,国家が家庭教育の方向性に主体的に関与する ことは,個々の家庭教育の自由を侵害する恐れがあると の指摘もある。そのためにも家庭教育を一つの規範と捉 えるのではなく,各家庭が主体的にその方向性を定めて いけるように支援していかなければならない。幼稚園 要領で示された「育って欲しい姿」5へのアプローチも, 個々の発達,資質,感性を原動力として到達される。保 護者は,まず子どものありのままの姿を知ることを第一 義とし,支援する側も,既存の発達段階を尺度として当 てはめるのではなく,家庭と支援する側の協働の活動に おいて,子どもの学びと育ちに寄り添うことが重要に なっている。幼児の生活の中で,自然に発見されること, 気づきをもとに子どもの資質,能力を発見することが家 庭教育の方向性に不可欠であると言える。 1-3]家庭教育に働きかける「美術」の役割 幼児と家庭に働きかける家庭教育支援は,情報の発信 の他に各機関で家庭生活,社会生活における習慣やコ ミュニケーションなどの「しつけ」に関わることや子ど もの発達や学びを運動,造形,音楽,自然体験などを協 働の遊びを通して働きかけている。 後の幼稚園,学校教育の準備段階のサポートである一 方で,一人一人の資質,能力に根ざした,思考力,判断 力,表現力の育成が求められている。知識を与えられる のではなく自ら「知る」,「得る」を考える主体的な学習 者の育成が課題である。 表現や試行に関わる,創造的な学習は評価が困難であ ると言われる。授業者が題材のねらいや目的によって学 習の成果に対して基準を設けて判断することは,どの教 科も同じである。しかし,創造的な学習では,思考や試 行のプロセスにおいても表出する成果を評価する。創造 的な学習の評価は,困難であるために否定的に捉えられ ることもあるが,活動の過程,個の取り組みに寄り添え る学習であり,授業者の想定以上の評価,個別の成果も 評価することを可能にする。 美術には,そのような評価に値する思いや過程を外化 する機能がある。幼児の見方,考え方も同様に,試行が 行為として外化される。 幼児の造形行為には,意図的な表現以前の恣意的なも のもあり,実験のようなものでもある。しかし,その恣 意的な行為,選択,判断にも,個々のこだわりや嗜好を 見ることができる。 子どもの発達的特性をもとに,子どもの創造的美術教 育を行ったフランツ・チゼックの子ども観を石崎和宏は, 「子どもの自然的本性を尊重する」6。ものであり,また その教育観は「子どもの多くの行動には,大人の価値観 によってだけでは判断できないものがあり,大人が否定 的に見ているものも,実は子ども独自の積極的な意味が あるのではないか,という問題意識から導かれている」7 との見解を述べている。 オーストリアの幼児造形教育を視察調査した若山育代 の報告によると,チゼックらの子供中心主義の造形教育 の実践で育つ力として,子どもの創造力と自己教育力を あげている。造形行為によって,「社会的制約から解放 される時間を持ち,これからの未来を健やかに生きてい くための心を取り戻していた」,「自己規準に基づいて描 く行為に没頭していた」8ことによって,自分を発見し, 自立的な活動を体現していたという。また,協働の活動 から「一つ作品を作るために作品や友達,自分自身を 『見る』ことで現代の情報化社会をたくましく生きてい く力を身につけていた」9との報告が述べられている。 また,子どもの造形行為に意味を生成する〈場〉を連 続的な働きと捉え,事例を報告した三盃美千郎と松本健 義の研究では造形行為は,「行為をすることで共有の世 界,つまりそれはその共有の世界に生き合う人々を包み 込み個々人が生きる行為を生成することを可能にする 〈場〉を創造している」10と述べている。さらにその行為 の過程,発話にもこの「生命的な〈場〉」が生成されう ることを指摘している。造形行為は,子どもの「生きる 力」の生成を目の当たりにする〈場〉でもある。 吉川暢子は「表現遊び」を通して,変化する親子間の
意識や影響について調査している。その対象となる講座 では,保護者は,子どもの造形活動を補助するのではな く,「親も子も一緒に体験する」11ことであり,事例から 「親も子ども一緒に経験をし,子どもと会話や『場』を 共有することによって,親子で学び合うことができた」12 との成果を報告している。「親と子どもと活動を一緒に 行うことによって親は子どもの姿から子どもの内的な変 化を感じ取ることとなる。「表現遊び」での「学び」から 親の苦手意識の克服や固定観念の枠を外すきっかけとな り,親の価値観や関わりを変化させていくことができる であろう」13との展望を述べている。親と子どもの学び合 いの活動が,相互的な理解を生み,親にとっては,意識 改革,学び直しのきっかけともなることを報告している。 2 本稿の目的と方法 子どもの感性を育成する幼児の造形活動は,子どもを 発見する活動でもある。それぞれの家庭の子どもには, それぞれの見方,考え方があり,家庭教育にもそれぞれ の方向性がある。 本稿の目的は,造形行為から子どもを発見する活動を 通して,家庭を主体とした家庭教育にどのような貢献が できるのかを考察することである。 その方法として 2018 年度自由学園みらいかん・未就 園児クラス「ことりぐみ」の指導者と協働で行った造形 活動の実践を報告する。 ことりぐみの母体である自由学園は大正時代から家庭 教育や幼児教育について,先駆的な活動を行ってきた。 学校を一つの社会とみなして,家庭との協働によって, 自律した人間を育てることを教育の目標とした。チゼッ クの教育理念同様に,幼児であっても生活の中で自然に 育まれる力を尊重し,それを親,または保護者に再発見 させる活動を支援している。この理念をもとに「ことり ぐみ」で行った取り組みの成果と課題から考察を行う。 3 自由学園の教育 3-1]家庭教育と幼児教育 自由学園は,羽仁吉一,羽仁もと子夫妻によって,大 正 10 年大正自由教育の気運の中,長女羽仁説子の進学 を機に創立された学校である。創立者の一人である羽仁 もと子は,ジャーナリストとして建学以前から家庭教育 や家庭経営について,先駆的な考えを示してきた。 「子どもを教育するものは,自覚的生活環境ただそれ 自身」14という「生活即教育」の理念のもと,生活の環 境を良いものにしようと努力することが活きた教育にな ると考えた。また,「子どもを育てるにはまず何よりも 子ども自身の生きる力を尊重しなくてはならない」15と し,子どもが主体的に関わる活動と,学ぶ力を引き出す 教育を模索してきた。 さらに昭和 14 年には羽仁説子が中心となって,幼児 と家庭を主体とした子育てを支援する活動として,幼児 生活団が設立された。子どもの健やかな生活と豊かな情 操を育む環境づくりを主眼にし,幼い子どもの自律に働 きかける実験的な試みを構築していった。 羽仁説子も「内なる生命に働きかけてその発展を待 つ」16,「どんな幼いものにたいしても,これを人格とし て扱うこと」17を旨とし,子どもが親の隷属的な存在で はなく,独立した社会存在であることを認め,信頼と励 ましを持って,子どもを導くことを責務と考えた。 3-2]自由学園みらいかん・ことりぐみ 「みらいかん」18は,2017 年「子どもたちが自然に良 い時間を過ごせる空間」,「こども・かぞく・みんなが育 つこれからのコミュニティ」として設立された。アフター スクール(学童保育),未就園児クラス「ことりぐみ」の 活動を中心に活用されている。 「ことりぐみ」は,対象年齢 2 歳から 3 歳までの未就園 児の子どもと保護者を対象に,週 1 回 1 年間(8 月は休 み)幼児の生活に継続性のある働きかけを行っている。 火曜日クラス,水曜日クラス,金曜日クラス,土曜日 クラスの 4 クラスがあり,活動は,9 時 45 分から,12 時までとし,そのうちの 1 時間弱を音楽,体操,美術の 他,食,住に関する活動を行っている。 4 ことりぐみの造形活動「美術」の実践 4-1]活動のねらい ことりぐみの活動は,「体感・体験,そして発見」で 図 1:「みらいかん」外観
あると,みらいかん藤野和子館長は語っている19。 それを踏まえ,ことりぐみの「美術」では意図的な表 現活動の前段階としての造形行為に着目し,子どもたち 自らが実験,試行する取り組みを行った。 指導者が求める結果に終着するのではなく,各回,様々 に用意する材料,道具を子どもたちが興味の赴くままに 吟味し,その過程で見られる現象,ものの構造,特性が 子ども自身に発見されることをねらいとした。 4-2]活動の概[ 本稿の考察では 2018 年 4 月 11 日∼ 2019 年 3 月 23 日 に行った 2018 年度の活動を中心に報告する。以下はテー マ及び内容の概要である。 4 つのクラスには最大で 15 名の未就園児が集まる。 ことりぐみの指導者,館長を含め活動には指導者 2 ∼ 3 人と筆者,クラスによっては,館長を含め指導者が 2 ∼ 4 人で行った。造形活動の年間計画は筆者と館長及び, 主任指導者が考えを出し合い設定した。活動のねらい, 導入の方法については筆者の考えをもとに行い,筆者が 参加しない活動は指導者が当日の子どもの様子,クラス の反応によってフレキシブルに行った。 造形活動の流れとして,身体と頭をほぐすための準備 体操を行うことを定番とした。導入では各回のテーマに 応じ用意された材料について紹介し,道具の扱いについ ての注意を行った。展開では,用意された材料を子ども たち自身の感覚で吟味し,どんなことができるのか,子 どもたちそれぞれの興味から試行することを促した。指 導者と保護者は試行が自然に遊びに変化していく様子を 観察しつつ,活動を支援した。また保護者に,子どもの 造形行為から外在化される子どもの姿,試みをありのま まに見,唯一の資質,感性を客体する機会になることを 目指した。活動後,子どもがその日の活動を振り返るこ とができるように材料は持ち帰ることにした。 4-3]活動の内容と様子 実践の内容と活動における子どもと保護者の様子につ いて,ことりぐみの指導者 3 人にインタビューを行い20, 活動を振り返った(以下,指導者 A,B,C と表記する)。 本稿では,次の項で実践を省察する 4 月「色と形」, 11 月「布とひも」を中心に振り返る。 4 月「色と形」は,様々な色と形の色紙を見つけ選び, 集めた後,用意した台紙に貼る活動だった。これは自由 学園生活団幼稚園で行われている21システムを援用し た。この活動をことりぐみでは,目的のあるものづくり として行うのではなく,「選ぶ」を目的とした。指導者 たちにとっては,造形活動を通して,子どもたちのこだ わりや性質,気質が見える活動である。 活動を行うにあたって,子どもは初めての場所で,戸 惑い,警戒することもある。そういった不安を安心に変 えるために,子どもの試みを尊重し自由に活動できる場 であることを感じてもらうことが大事であると考えた。 「色と形」の活動準備として無作為に切った様々な形 の色紙を色相別にお盆に並べ,子どもが自ら手にとれる ように低い机の上に置いた。導入では,それぞれが一つ 色紙をとり,壁に貼った全紙の模造紙に順番で貼る「色 将棋」22を行った。貼った色紙の色,形,貼った場所など, それぞれの試みを見合った。この後,各自がお盆の中か ら自由に色紙を選んで集めた。集めた紙は台紙(色々な 色紙を正方形パターンと円パターンに切って予め用意し た)を選んでステック糊を使い貼っていった。 実施 テーマ 材料・道具 4 月 【色と形】色紙を様々な形に切ったものを選んで台紙に貼る 様々な形,大きさに切った色紙,台紙(円,四角),糊 5 月 【紙】様々な紙を用意し,丸めたりや ぶったり加工してそれぞれの特徴を見 つけて遊ぶ 新聞紙,薄葉紙,ラシャ,マー メイド紙,光沢紙など 6 月 【染め】繊維に沿って染料が滲んだり,色が重なったりする様子を観察する さらし布,メラニンスポンジ染料(赤・黄・青) 7 月 【可塑性】手の力で形が変化する様子を利用し遊ぶ 石粉粘土,装飾材料・チェーン,蓋,フォーク,小枝,木の実等 9 月 【みがく】前回成形した粘土を磨いて触感の変化を観察する 前回で造形した粘土,スポンジヤスリ,スプーン 10 月 【カンナくず】カンナくずの香りや感触を楽しむ カンナくず 11 月 【布とひも】布を丸めたり,畳んだり,ひもを巻きつけたりして遊ぶ 大きな布,ハンカチ大の色と質感の異なる布,毛糸 12 月 【針金】針金を色々な道具に巻きつけ たり,折り曲げたりして見立て遊びを する アルミワイヤー,カラー針金, 巻きつけるもの・牛乳瓶,綿棒, 空缶など 1 月 【波ダンボール】波ダンボールの特徴を観察して彩色する 波ダンボール,クレパス,水彩 絵の具,刷毛,ローラー,タン ポなど 2 月 【絵の具】絵の具の表面張力を観察し, サランラップをのせ自由に絵の具を動 かす 水彩絵の具,画用紙,スプーン, サランラップ 3 月 【ねんど】硬くなった水粘土を粉々に して水を加えて変化を観察しながら, ねんどを再生する 水ねんど,水,木っ端,トレイ 図 2:色と形
子どもの行動として観察されたことは,子どもの足で 5 歩程度離れたところに用意された色紙を母親の手を引 いて取りに行く子ども,自分の作業の場から近いお盆か らだけ取って行く子ども,積極的に取りに行き取りに行 くこと自体を楽しんでいる子どもの様子が見られた。 保護者との関わり方として観察されたこととして,保 護者の中に,子どもの試みや発見を見守ることが前提で あると理解しながらも,活動に消極的な子どもに口頭で 指示を与える,代わりにやってしまうなどの様子が見ら れた。 特に,子どもが選んでくる色に対して,保護者が指示 を与えたり誘導したりする姿が見られた。「同じ色味ば かりを選んでくる」,「赤いものばかりを取ってきてしま う」,「黒を好んで選ぶ」ことをネガティブに捉え心配す る声が聞かれた。活動における指導者からの感想は以下 のようなことが挙げられた。 指導者 A「活発に活動する子どももいれば,慎重に活 動する子どももいる。その日によっては,まったく活 動しない場合もある。それもその子どもを発見する手 がかりになる。保護者の中には,やらせたがる保護者 もいる。出来るだけ自分でできるように,子どもの自 然な気分によってできるように,さりげなく伝えるこ とが重要だと思いました。」 指導者 B「おうちだとあまりそういう活動をしないの か,うちの子こういう色を取ってくるんだ,という驚 きみたいなことがありました。例えば赤ばっかりとっ てくるというのも,おうちでどれくらいまで気づかれ たかどうかわかりませんが,保護者の方自身も子ども のことを発見する場であったかなと思いました。」 指導者 A「子どもは色紙を持ってくるのは好きだけれ ども,集めたものを台紙に貼るといことになって,保 護者の方が自分で貼ってしまっていました。持ってく る,選ぶ,ということに集中していました。2 歳児に とって貼るっていう作業は結構難しいです。」 指導者 B「どこに貼る?って,聞いて子どもが指した ところに貼ったりしていました。でも,貼る角度とか 子どもが貼ったら違っていたとは思います。」 指導者 C「まだこの段階だと生まれてからの,長さが 全然違うわけで,出来る人と出来ない人の差が大きい わけです。それを一緒にしているから色々な状態にな るのだけれど,それは面白いことだと思います。それ ぞれが成長段階でそこまでできるようになったんだ という成長を見られることはおもしろいことだと思 います。」 2 歳児クラスは,月齢で発達に違いが出る。行動や活 動にも差異が生じる。保護者の中には全体と見比べ活動 を評価してしまうことがある。そういった場合に大人が 思う基準,または意図で子どもの活動に制約を与えてし まうことがある。本活動でも保護者が活動の意図を課題 と捉え,子どもの試行を待たずに代わりにやってしまう といった行動が見られた。 一方で協同での作業では,それぞれの子どもの試みを 見合うことで,互いの試みを肯定する様子が見られた。 保護者は自身の主観だけではなく,他者の評価によって 子どもの試みの成果を知る機会になった。 指導者 C「導入の色将棋の時に,貼った紙が画面から はみ出ていても面白いってことになった。親子だけ だったら,この中(画面の内側)に貼りなさいってい うそういうイメージだと思う。はみ出してもいいとい う感覚が,子どもだけでなく保護者に伝わるのが面白 いなと思いました」 指導者 B「一般の方が手を取り易いものは,これはこ こに貼ります,というように,決まったところに貼る, 最終的に決まったものになる,というのが多かったと 思います。自由学園の幼児教育の良さは,子どもが自 由な発想でやれるということだと思います。それを最 初に感じていただけたと思います。自由に発想を試し ていいんだというのは,保護者の方も目からウロコ だったかもしれません」 11 月「布とひも」では,10 月の自由時間に導入とし て大きな布を使った遊びを行った(2019 年度では,同 日に行った)。普段,洋服や寝具などで布を全身で感じ ている。それを素材として再認識する活動がねらいであ る。手や身体全体で包まれている感じ,触れる感じを遊 びを通して体験した。 11 月の導入では,まず布の構造について知るために, 布から糸を引き出し仕組みを観察した。布の種類によっ て,糸の太さが違ったり,引き出しにくかったりする のもあるのを子どもが自分の手で確認した。展開では 図 4:色紙を貼る 図 3:色紙を選ぶ
20 ㎝角大の様々な布を用意し,それぞれ好きなものを 選んで,折り畳んだり,丸めたりした。さらに別に用意 した毛糸などの糸を巻きつけたりした。 柔らかい布に糸を巻きつけるのは幼児にはとても難し い作業である。子供達が糸を巻きつけたり,結んだりす ることは日常で見て知っているが,実際にはやってみる と難しいことがわかる。 指導者 A「布に巻くのは,難しくて手に巻いてしまう 子がいました。それでも巻ける,っていうことが分 かったというのがいいと思うんです」 この活動でも,子どもが「できない」ことで,保護者 が代わりにやってあげるケースが各クラスでみられた。 指導者 B「布は形が崩れてしまうので,それを持ちな がら,巻くというのはとても難しいことだと思います。 ことりぐみでの活動の前に,うちの子にもやらせてみ たら,イライラしたり,できない,できないって言っ てみたりしました。でも,ちょっと手伝ってできるよ うになると,また,やってみたいと言ってひとりで やってみていました。難しかったけれど,経験したこ とは子どもの中に残るんだなと自分の子どもにもやっ てみて思いました」 指導者 A「先生(筆者)がこの活動は作品を作ること ではないと言ってくださるんですが,お母様はどうし てもそこから抜けきれないんです。それが私にもあり ます」 指導者 A「これは,ちょっと難しいことなんですよ, というヒントを示すことができれば,これでいいんだ, 今できなくてもいいんだということを理解したうえ で,お母様やおうちの方が,活動を楽しめた場合は, 次に広がっていくと思うんです。子どもだけでは十分 に楽しめない活動もあります。どこが成功ということ ではないから,お母様と一緒に遊べたことが私は良 かったと思います」 一年間の活動を振り返ると,保護者も指導する側も, 自身の経験から想定される材料の特質を子どもの発見を 待たずに誘導してしまうことがある。幼児の自発的な活 動を尊重するには,それぞれの発達や資質に寄り添う必 要がある。特に 2 歳児の活動においては,子どものそれ ぞれの試み,関心に目線を合わせることが重要であり, 保護者との目的の共有と理解による連携が欠かせない。 4-4]実践の省察 家庭教育に期待されるのは,子どもそれぞれが,いず れ社会において自律した生活を送ることができるように 「生きる力」が育まれるのを見守ることにある。 造形活動や美術の学習は,子どもの情操を育成する中 で,それぞれの資質や能力を顕在化させる機能で貢献す ることができると考える。 子どもの自然な見方考え方で,出会ったものごとを試 行し起きる現象を目の当たりにする経験が,子どもの成 長と美的感受性に働きかける。このような活動の場で発 見された子ども資質や可能性は,そのそれぞれの発達に 応じた育成のアプローチを模索する上で大きな手がかり を与える。 ことりぐみでの造形活動では,材料や道具そのものか ら子どもの興味関心を促した。その顕し方から,行動的 な特性や感性を見出すことができた。月齢によってもめ ざましく進化する 2 歳児の反応は多様であったが,資質 や能力,個々の成長を見守り支援するための方向性を見 出すことできると感じた。 しかし,保護者の中には,造形活動を果たさなければ ならない「課題」と捉え,保護者自身が培ってきた価値 観,学習の経験から子どもの活動を不完全と判断し,子 どもの試行を妨げてしまうことがあった。 4 月「色と形」の活動では,「同じ色味ばかりを選ん でくる」,「赤いものばかりを取ってきてしまう」,「黒を 好んで選ぶ」といったことが保護者の心配事として相談 を受けることがあった。 赤は攻撃性や興奮,黒は絶望や孤独の深層を表すと いった心理的にネガティブなイメージも強い。しかし, 図 5:大きな布遊び 図 6:丸めた布 図 7:布に毛糸を巻きつけて
発達段階にある幼児の身体的な感知能力や感受性を踏ま えるとそういった心象的な判断が適切とは言い難い。 色彩による性格検査は個々の感情や心象を評価するた めに有効な手段として知られているが,幼児の描画にお ける色彩的発達段階を研究した野村正則の 2 歳児の身体 的な観察によると「幼児はその発達段階に応じて色彩の 価値に相違が生じてくる」23との見解を示し,「幼児の発 達に応じた色彩の意味を把握しておかないと,誤解を生 じる恐れがある」と述べている。 発達段階の色彩上の特徴としても,1–2 歳児の描画に おける色彩調査結果24において,赤,黒の出現する頻度 が極めて高いことを報告している。 また,本活動で「赤いものばかりを取ってきてしまう」 子どもの活動をよく観察してみると,赤の様々な色味, 質感の違う紙を選んで集めていることがわかった。好み の色としてのこだわりが多くの異なる紙の選択肢によっ て,同一の色調,質感の違いとして広がったことが観察 できた。 「黒を好んで選ぶ」子どもの活動も追って観察してみ ると,黒の台紙に彩度や明度の異なる鮮やかな色を配置 し,黒との対比を楽しんでいることがわかった。 子どもの活動は,大人の美術的な常識,視覚的な認識 に寄らず,遊びという経験の中で,比べることや,自身 の感覚,嗅覚,触覚,聴覚などの様々な器官を駆使して, 複合的に知覚し活動していた。子どもの活動は,大人か ら見ると,こだわりの強さや恣意的な様子がネガティブ なこととして捉えられてしまうこともあるが,子どもは その選択や判断の繰り返しの中で,経験的な成長を積み 重ねている。 11 月「布とひも」の活動の中では,一人の子どもが 自分の体に毛糸のひもを結ぼうとしたことがあった。毛 糸のひもを胴に回して巻きつけたが結ぶことができな かった。 この子どもは,結んでもらった経験はあったが,自分 で結んだことがなかった。方法を知らないために胴に毛 糸の糸を巻きつけ,体の正面で交差したものの結ぶまで に至らなかった。その様子を見て父親は「がっかり」だ と呟いた。 その子どもは,結ぶ方法を知らないにも関わらず,結 ぶこと,結ばれた状態を見た,またはやってもらった経 験から自分で考えて行おうとしていた。その試行錯誤こ そが発達に関わる評価に値するのではないだろうか。 「できない」は,子どもの「やってみたい」ことでも あり,自発的な活動の動機でもある。幼児の発達はそう いった積み重ねによって成り立っており,一つの行為自 体を評価する前に,その前後に繋がる一連の過程でとし ての判断,想像力を持つ必要がある。 父親にそのように話し,この活動での経験を種として, 子どもの試行を高める活動なのだということを伝えた。 5 おわりに 幼児の造形活動で家庭教育支援に貢献する働きは,子 どもの興味関心を促す活動で,それぞれの子どもが見せ るありのままの姿を保護者たちに了解してもらうことで ある。 ことりぐみの造形活動「美術」では,試行,実験がね らいであり,子どもの発見が,保護者にとっては,子ど もを再発見する機会になることを目指した。 自由学園の教育は,子ども生きる力を尊重し,その発 展を待つことにある。家庭教育の主体である保護者も, 子どもの活動を通して顕れる現在を個々の発展の第一段 階として了解することで,それぞれの家庭教育の方向性 を見出すことができると考える。 それには,個々の成長に関わる多様性を了解した上で, 正しい幼児の発達段階の知識と情報を保護者と共有し, 伝えていくことが責務であると感じた。 自由学園創設の翌年,社会教育を所管する第四課の初 代課長乗杉嘉寿が欧米での留学経験を経て次のように述 べている。「社会改良と国家の発展の基礎として『家庭』 を重視し,そこで行われる家庭教育が教育の中で最も重 要であること,欧米では家庭教育役割を担う女性が高い 教育を受けているため日本の女性も修養が必要であるこ とを主張していく」。25 当時の日本で十分な教育を受けられなかった貧困層, または子守に子育ての多くを委ねた裕福層の双方の母親 が,子どもに対して感情的,体質的なしつけを行った。 この家庭環境が,子どもに元来備わっている生きる力を 軽視し阻害してきた。 こういった時代にジャーナリズムの世界と教育の現場 図 8:材料の観察・波ダンボキル
で,羽仁もと子と羽仁説子は家庭教育,家庭環境,健康 など,子育てにまつわる先進的な考えを示してきた。 現在,当時とは家庭の状況とは異なるが,反対に過多 になった情報や知識が,保護者の不安を煽っている。そ れらの情報を有効に活用するためにも,保護者が子ども の姿をありのままに捉え判断する経験が欠かせない。 「人間的なものの育つ時期」26に子どもの生活と環境を 重んじる自由学園の教育理念は,子どもの成長を見守る 距離感を示している。学校教育同様に,家庭教育支援も 他動的なものではなく,子どもの個別の意思を形成する ものでなくてはならない。幼児の造形行為は,子どもの 資質,能力に寄り添った育成で,それぞれの家庭に家庭教 育の方向性を示す有用な活動として貢献できると考える。 本実践において,子どもの驚きや発見に合わせ,改め て材料に触れてみると,素材の可能性について新たに発 見することがあった。また保護者との協働で子どもの試 行に寄り添うことから,その発達過程に多くの気づきを 得た。 2 歳児の造形活動に顕れる色彩の研究は描画をもとに したものが多く,描画が意図を持った作画に移行する以 前の形や色に対する個々の認識,感性の評価には,まだ 多く研究の余地を残している。幼児期の造形活動には, 未知の部分があり,その発達を評価するために常に目の 前で起きている出来事に目を凝らす必要があると強く感 じた。 謝辞旨 本稿をまとめるにあたり,自由学園,みらいかん,ことりぐみ,資料室 の皆様にご協力を賜りました。また多くの着意を得ましたことをここに, 深く感謝申し上げます。 註旨 1 家庭教育支援の推進方策に関する検討委員会,2017 年,「家庭教育 支援の意義について」,『家庭教育支援の具体的な推進の方策につい て』,p. 2 2 外務省,「児童の権利条約(児童の権利に関する条約)」第 1 部第 3 条 1 項,(1989 年国連総会にて採択 1990 年発効後,1994 年日本で 批准された・外務省ホームページ 3 教育再生実行会議,2017 年 6 月 1 日,「学校,家庭,地域の役割分担」, 『自己肯定感を高め,自らの手で未来を切り拓く子供を育む教育の 実現に向けた,学校,家庭,地域の教育力の向上(第十次提言),p. 3 4 文部科学省 閣議決定,2018 年 6 月 15 日,「夢と志を持ち,可能性 に挑戦するために必要となる力を育成する〈生涯の各段階〉,『教育 振興基本計画』,p. 60 5 文部科学省,2019 年,「幼稚園教育において育みたい資質・能力及 び『幼児期の終わりまでに育って欲しい姿』,『幼稚園教育要領』, 第 1 章第 2 項,pp. 3–5 6 石崎和宏,1992,「独自の活動法則」,『フランツ・チゼックの美術 教育論とその方法に関する研究』,建帛社,p. 124 7 同上,p. 124 8 若山育代,2008,「オーストリアの幼児教育から学ぶこと―三つの キンダーガルデンの視察調査から―」,『BERD』,No. 13,ベネッセ, p. 40 9 同上,p. 40 10 三盃美千郞,松本健義,2016,「造形行為の根拠としての生命的な〈場〉 の成り立ち―子どもの感じ方,考え方,表し方の生起と生成とのか かわりにおいて―」,『美術教育学研究』,第 48 号,p. 215 11 吉川暢子,2016,「親子での表現遊びに関する意識を影響―事前事 後のアンケート調査から―」,『美術教育研究』,第 48 号,p. 422 12 同上,p. 422 13 同上,p. 424 14 羽仁もと子,1997,「生活即教育」,『羽仁もと子選集生活即教育』, 婦人之友社,p. 86(初出 1924 年,『家庭教育篇下巻』,婦人之友社) 15 羽仁もと子,1965,「おさなごを発見せよ」,『羽仁もと子選集おさ なごを発見せよ』,婦人之友社,p. 11(1938 年初出) 16 羽仁説子,1938,「幼児生活展覧会の計画」,『婦人之友』,4 月号, pp. 277–278 17 羽仁説子,1973 年「一人の人間として」,『幼児教育の発見』,大月 書店,p. 25 18 自由学園「みらいかん」,2017 年 12 月に完成。生徒学生が,植林 した木を使って建てられている。2018 年のグッドデザイン賞を受 賞。子どもの生活により良い空間,自然な活動を支援するために建 てられた。 自由学園みらいかん,https://www.jiyu.ac.jp/related/miraikan.php 19 2019 年 5 月 7 日みらいかんに於いて,みらいかん館長とことりぐ みの指導者 2 名にインタビューを行った。 20 同上 21 自由学園幼児生活団(未認可の時代)で,色厚紙に子どもが色紙を 貼つけたものを列に並ぶ,集団で移動する際の目印にした。指導者 が先頭に掲げ,旗のような役割をした。 22 色将棋 筆者が特別支援学校で自閉症児と会話(互いを知覚)する ために,作曲家野村誠の「しょうぎ作曲」を援用し色遊びを考案し た。「自分の発した音を受け取り,新たな音を重ねることで応答し ようとする他者の存在」,島田佳恵,2005,「野村誠「しょうぎ作曲」 がひらく〈表現〉地平―「コミュニケーション不全」という存在状 況からの出発 III」,『美術教育学』,26 巻,pp. 209–223 のねらいに 基づく。 23 野村正則,1982,「幼児画における色彩的発達段階」,『別府大学短 期大学部紀要』,1 巻,p. 85 24 同上,pp. 82–84 25 伊藤めぐみ,2002,「文部(文部科学)省による家庭教育「奨励」 施策の歴史的変遷と問題点―婦人教育との関連を中心に―」,『家政 学原論研究』,36 巻,p. 52 26 羽仁説子,1973,「子どもの自然な成長と教育」,『幼児教育の発見』, 大月書店,p. 48 図 9:材料の観察・波ダンボキル(2019 年度)