Title
経営者リーダーシップに関する考察 −特に、最高経営者
の機能とあり方を問題として−
Author(s)
小波津, 健
Citation
沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 6(2): 77-92
Issue Date
1966-04-01
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10981
経営者リーダーシップに関する考察
ー 特 に 、 最 高 経 営 者 の 機 能 と あ り 方 を 問 題 と し て │目
次
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序
ニ、従来のリーダーシップ観 三、経蛍学者によるリーダーシヅプ論の相異点 四、経営者による経営の調整活動五、結
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一般に経営指導者は、複雑な経済機構において、重要な生産機能を担うものである。企業をとりまく多くの人々の 七 七七 八 努力にまり、ある一定
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方向主統一を与える責任を有する。更に、経営における重要計画ないし意思決定(含己曲目。ロg
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也を行なう責任を有し、企業における構成員が、心からの協力を得るために、指導、助言しながら経営の計画 及び執行活動という経営管理に従事する。 ここでいう﹁リーダーシップ﹂に関する問題は、経営に対する責任ゃ、インタレスト・グループとの関連活動を強 調するか、或は、執行面における経営者の O あり方。を採りあげ、そこでリーダーシップ論を展開する。さらに、リ ーダーシップ機能として、決定機関を重視し、重.裂な決定をなすことが、リーダーシップの発揮であるとするもの、 企業組識を階層別にみた場合、 トップ・マネジメントにおけるリーダーシップ、 ミドル・マネジメントにおけるリ ー ダl
シップ、ロアl
・マネジメントにおけるリーダーシップなど、その様相は種々様々である。それだけにリーダ ーシップの問題が、いかに重要なものであるか注目される。本小稿においては、リーダーシップに関する異なった見 方、観点での主張を考察し、リーダーシップの問題を正しく理解せんとの意図にある。 しかしながらラ企業の真のリーダーシップは、最高経営管理者であり、それに続く、中級管理者層ゃ、下級管理者 層は、権限と執行の委譲関係において考えられるのである。企業の経営方針、いわゆる﹁社是﹂、今期の利益目標や 売上の程度、従業員に対する賃金、福利厚生面など、全社的な観点から需要、供給、予測、経済動向、景気変動、 市場調査など加味して、当該企業の有している特殊事情など考慮して、長期計営計画の策定が是非とも必要とされ る。これが企業の将来の方向を決め、推進力、原動力の母体となる。最高経営者について、その経営体のリーダーと 非リーダーとの機能関係とそのあるべき姿を研究、考察していくのが、本稿のねらいである。一
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従来のリーダーシップ観
リーダーシップとは何か、この意義が、如何なる意味において理解されているのであろうか。また、経営学者は、 この問題に対し、どのような見解と主張がなきれたのであろうか。 先ず F O M H S 2 笹山喝を語源的に観るならば、指導、統括、統率、指導権、指導的地位、指導者としての能力、指導関 係などと訳されているが、これらの各々の訳語は、原語の内容を必ずじも充分に表現していないきらいがあり、ずリー ダーシップというカタカナで包括的内容を持たせる意味で、使用したい。注ハ1
﹀ 定義なるものとみると、リーダーシップとは﹁集団の成員を、自ら進んで集団活動の目標に参与注せ、各人の能力 を最大限に発揮させながら、レかも成員相互間の協調性をも維持しつつ、集団の目標達成に導いていく能動的役割で ある。:・﹂換言すれば﹁組識内で伯く従業員の勤労意欲(富一母 20) を高めつつ勤労に対する動機づけ(富。z s
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を行ないつつ、しかも、彼等の活動を、最も有効に生かしながら、企業の生産目標に向かって従業員の努力を結集さ せるたゆに採られる管理者パないしは監督者の活動である。﹂とされる。経営のリーダーシヅプについては、組織の 目標達成に対する貢献度という。注(
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-デイヴイスによれば、 ﹁管理活動とは、経営におけるリーダーシップの発揮である。﹂と。彼のこのよう な主張に対し、桜井信行教援は次のように批判される。 発展において、経営者の機能とリーダーとの機能が分離し、企業の経営者が、もはやその企業の従業員のリーダーで なくなった事のうちに求められなければならない。と考えるOR
・ C-デイヴイスの思考は、企業経営におけるリ l ﹁企業経営におけるリーダーシップの問題は、近代的企業の 七 九i¥
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シップの重要性を強調し、管理機能とリーダーシップ機能との理想的一致を設くのに性急であり、実は、この一 つの機能が現実には矛盾に陥っている点を見落しているように思われる。﹂注 ( 3 ) と さ れ る 。 ひるがえって、リーダーシップという問題は、他の社会制度においても見られるのである。 た と え ば 、 学校、教 会、組合などをみても、その集団が一定の方向に向って統一され、 一定の目標に向かって進む場合には、個々のメン バーの行動、統一が必要であり、そこにおいて、リーダーシップが必要とされる。こういった社会制度におけると同 様に、企業経営においても、指柑侍する者と、指導される者との聞に一つの機能関係ハ匂ロロ巳官旦m o
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仲 間 。 ロ 凹 ) が 生 じ て この機能の担当機関あるいは個人がリーダーであり、この機能の実 リーダーシップの要素をいかなるものであるか。 く る 。 こ の 機 能 が 、 リーダーシップであり、 行 が 、 リーダーシップの発揮であると言えよう。 し か ら ば 、 異なったリーダーシップ論の展闘がなされ ー ダ l シップの要素ハ官2
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吋胡﹀をどのようなものとみるかによって、 る リーダーが、誰であるかということになると、現場の技指指導者を指したり、第一線の監督者や職長をもってリー ダーと呼ぷ場合もあり、能営態の全活動に関係する経営者、つまり、最高経営者をリーダーと呼称することもある。こ の場合、ロアl
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の管理者の行なう決定、統制、調整、指導、命令等を問題 にしないのである。しかし注意すべき点は、経営管理を担当するものは、すべてリーダーであると解釈されうるの ロ アl
の各マネヨメントにおいても、このような、リーダーシツ でありハ注、傍点は筆者記す﹀、トップ、ミドル、 プを問題にすることができるのである。 重要な決定をなすことであるとか、経営社会学(回g z
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上、経営心理学 ハ 関 口 明 日 目- o
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口 問 N丘 町 。 ロ ﹀ 上 等 リーダーシップには、の思考をもってこの、リーダーシップ論を展開する。又、他の観点からすれば、経営者の﹁資性﹂を問題にする。
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バーナードもその一人であるが、経営者の具備すべき素質・能力として、①決断力、②活動力、@設得力、 ④責任感、@知的能力 1 等として一つのリストを作成している。注 ( 4 ) しかし、経営者には、ある素質、能力が要求 されることは勿論であるが、少くとも経営者の資性をとりあげることには、いくつかの困難が伴う。 は、業種別、企業規模別の大小、新設企業と伝統ある企業、部下の知的、技術的能力の態度、官公庁、公企業、・私企 業の区別、事務系統、技術系統、室内作業と屋外作業、高度の機械化企業と、特に、労伯力を重視する企業の種類等 々により、あるいは、職責上の高級監督者と下級監督者等によって、当該企業の内在する諸事情が異なり、いきなり 経営者の資性 結論を出すのは、あまりにも阜計のように思われる。注 ( 5 ) そか故、単一のみのリスト作成は不充分といわねばな る ま い 。 一つのスタンダードとなるべき、いわゆる理想的なリーダーが在在するのであろうか。もし秀れた素質や能 力を完全に備えた者が居るにしても実際には一J
二%程度であろう。いくつかの望ましい素質、能力を具備せる経営 者が、或る経済的・、社会的変化、状況下に成功したとしても、他の経済変動か社会情勢の変転に依り、充分に有して いる自らのリーダーシップを発揮し得ず、失敗することが、往々あるのを見かける。その例が、H
・フォードの如き ま た 、 が 、 そ れ で あ る 。 ただ、そこで言え忍こと段、経営者の資性を問題にし 7 その分析は、経営者や管理者の採用とか配置、あるいは養 成に大いに役立つのであり、資性論として、経営者の地位や機能と結びつけて、その地位を占める人聞の必要とする 資性に触れることは、意義あることだと解される。経営者の地位や機能に結びつけても、それが単なる理組の人間像 、 、 、 、 、 を描4
ことに経るのでなく、このような資性を機能論と結びつけて、経営者の養成を問題にしてはじめて、資性論が 八、 、 一 、 . 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 問題として浮かび上がってこ町ょう。ハ注 傍 点 は 筆 者 ﹀ 注 ( 1 ) の い ・ 切 刷 局 ロ
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H V 注 ( 3 ) 古川栄一、高官普編﹁経営理論と方式﹂?? 注 ( 4 ) F E O M M ・ 0 H H 司 ・8
・ 注 ( 5 ) 藻 利 重 降 編 ﹁ 人 間 関 係 論 ﹂ 注 ( 2 ) 高 官 普 編 、 ド ω M E ︽ H ω ω・
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/¥.経営学者によるリーダーシップ論の相違点
リーダーシップ論への相違点の考察として、筆者は、アメリカ経営学者の論点をあげてみる。すなわち、M
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ャーによれば、特に、心理学的側面からみればリーダーの仕事は、部下から助力を得ることである。それは、あくま で﹁人﹂中心であって、決して生産に比重が置かれるべきではない。部下の上役に対する関係の中で、最も重要な問 題の一つは、部下の上役への依容の問題である。上役はこの依存を軽減して、部下が建設的協力をするように積極的 独立ができるようにすることが必要である。依容に不安を抱かせないために、①知識を与えること、③寛容な 雰囲気 、@一貫した規 律 の三つが必 . 要で、積極的 に独立させるためには、付部下の自我的、社会的欲求の充足の成長と拡大を励ますこと、 口 部 下を経営活動の 各 々 適 材適所に参与させること、同部下の経営問題に関して訴える権利を認めること等が必 要であ る。結局、うまく 管 理す るための主な機会の一つは、仕 事 の上で社会的自我的欲求の充足を進める領域にある。注
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﹀、という 見 解 に 対 し 、R
・ A-ゴードンは、組織を能率的に維持するために経営者の報酬を問題にすることによって調盤機能の本質的 部分とするのであるが、注 ( 2 ) このようなR
・ A-ゴードンの主張は、人闘を単なる報酬を待ち受けている定型化 したロボットの如く考えているのであって、M
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の主張するような部下の社会的、自我的欲求の充 足 は、果 しえないものといわなければならない。 社会的、自我的欲求は、仕事それ自体のなかで充足されるのであって、仕事は自分の 一 部であり、自分も仕 事 の 一 部であると感ずるように、またそのように感じきせるように、リー ダ ーは、行動しなければならない。 古川栄一博士は、﹁トップ・マネジメント論﹂の立 場 から、経営者リー ダ ーシップの 発現 は、一般的にいって、﹁経 営管理(凶器官g m
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における計画. 要素(
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経営管理のための諸決定は、提案と承認に分けて考えられており、この両者は、ますます下級管理者に委任され、 ]¥^
四 分散化していく傾向にある。このことは、他方においても、経営者リーダーシップにとって調整機能が、しだいにそ の中核的なものになってきており、この調整機能は、最高経営者の掌中に留保され、リーダーシップの主要内容にな ﹁経営者リーダーシップの問題は、計画と執行の両側面を考慮すべきで つまり、リーダーの所在の追求が問題にされるのであ ってきていると会れる。同博士においては、 ある。﹂注 ( 3 ) ときれるのであり、リーダーが誰であるのか、 る。リーダーシップ機能とは、会社を方向づけるような決定を意味する。すなわち、生産量│販売量!売上価格│売 上高などの諸決定、どのような条件下で新規投資を行なうかl
例えば・設備投資、関係会社等へ投資など、雇用数の決 定等に誰が行なっているのか不明確であるとされる。 R・
C-ディヴィスによれば、リーダーは既定の事実であるとして展開する。すなわち﹁経営管理活動は、最高経 営者の責任あるリーダーシップの機能である。﹂として、リーダーシップ機能と管理とが、同じものであって、リー ダーシップ機能の中に①計画設定、@組織設定、及び③総括、を包含せしめている。注 ( 4 ) 山城章教援は、リーダーが誰であるかを問題にするなら、﹁最高経営管理者こそ、管理執行活動の中核をなすもの であり、真に個有の意味で、リーダーと呼ぴうるのは、最尚管理者、すなわち、最高管理執行者であろう。現下の企 業で云うなら、外部に対して責任を負い、内に経営活動の中心かつ主体となる社長のリーダーシップのごときがそれ である。﹂注 ( 5 ﹀とされ、教授は、リーダーシップ機能を執行的なものとして、把握され、それをあり方として問題 にされる。すなわち、﹁経営体の真のリーダーシップは、指揮でも支配でもなく、指導的なものでなければならな い。﹂とされる。(註、傍点は、筆者記す。﹀ リーダーシップ機能として会社を方向づけるような﹁決定﹂を掲げ、この決定がしだいに、下部階層へと分散化し つつ、最高経営者の調整機能が、しだいに中枢的なものになりつつあることが指摘され、又、個有のリーダーシップ機能は、最高管理機能たる指令(巴
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活動的なものであるが、その執行関係の中核根源たるものは、指令であるからである。﹂注 ( 6 ) このようなことから、古川栄一教授においては、リーダーが、誰であるのか、つまり、リーダーの所在の追求を問 題にされたのに対し、山城章教授においては、リー ダ ーは、すでに脊在するものとして、リーダーと部下の関係、そ にあると解したい。 すなわち、 リ ー ダ ー シ ッ プ 機 能 は 、 本 来 、執行 の﹁あり方﹂として、問題を展開8
れている点に、相違がみられる。 従って、古川博士の到着目標とするところは、山城教授においては、出発点となっているのであって、そもそも、 両者のリーダーシップ論は、互いに研究角度を異にしているといわなければならないだろう。このことは、まさに古 川博士においては、リーダーシップの本質を決定活動であるとされ、山城教授やR
・
C-ディヴィスにおいては、リ ーダーシップを執行面で問題にされ、ディヴィスは、リーダーシップ職能を、管理職能そのものであるとし、山城教 授においては、指令としているからに外ならない。 企業は、ある共通の目標を達成するための人間の 集 団である。人間 集団 としての企業は執行活動的なものである。 しかし、このような執行活動的な企業にとって、決定職能がきわめて 重 要視されつつあるという事実、苔むしろ、軍 視せざるを得ないといい点に決定機能を有する意義があるものと解される。 注 ( l ) 沼周回g
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五 頁 注 ︹ 6 ) 山城章箸ニ
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六 頁四
経営者による経営の調整活動
大会社の経営組織的意思形成の分散に伴い、最高経営担当者は、なかんづく、経営活動の調整者とならねばならな い。職長とか、工場長とか、あるいは販売責任者も、彼らの管轄内の企業の、一殊部門に関する調整機能を担当す る。これも一種のリーダーシップであることに変りはない。R
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A-ゴードンのいう調整とは、全体としての企業にあてはまる最終的調整である。この職能は、企業が、ピラ ミッド型の組織形態をとる場合、その頂点において行なわれる。 目的を設定し、その目的に照らして部下の諸決定を解釈し、内部の札離を調惇し、一般に組織が、円滑に動くよう に維持する最終責任を負う。そこに単独の権限者同必ずしも個人たることを要しない)が害することになる。 ﹁この職能は、経営管理に関する教科書では、取締役会によって果されていると述べられているにもかかわらず、現 実には最高経営担当者によって果される場合がはるかに多いのである。﹂注ハ1
﹀ 大会社の組織が、ピラミッド型をしている場合、最高経営担当者と頂点に、権限と責任とが、多数の異なる人々の 聞に分散しているのである。したがって、最高経営担当者よりよ位では、もはや調整は不必要なことである。R
・ A-ゴードンは、ビジネス・リーダーシ ッ プの職能を三つの構成 要 素に分けている。すなわち、第一に、 決 定 の発案、第二に、決定の採訳、第三に調整である。これら三要素の う ち、第一と第二、次 第 に下層へ委任され、下部 階層へ移識できない調整機能が、いわゆる最 高 経 営 担当者の手に留保される最終的機能であり、最終的調 整 活動であ る。彼は、最高経営担当者の行なう調整活動の具体的内容として、次の諸項目を掲げる。 注 ( 2 ) ①最高人 事 及び取締役の選任 @内部組織の維持及ぴ改善 ⑥採訳機能の使用による広範な目的の維持並びに解釈 ①人格的リーダーシップの遂行 @企業全般にわたる組織および方針上の欠陥の発見ならびに矯正 彼によると、最高経営担当者 層 における人事の選任は、 殆んど 常 に 最 ' 両 経営担当者の職能であるとし、 発 策 、 採 ー 摂いずれも、最高経営担当者が、これを行なうとする。このことは、まさに取締役会が、 単 なる報告機関、または、 法的機関としての役割しか果していないことを意味するのであり。取締役会の職務としての、意思決定( F
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自制﹀等の機能を果していないことを意味する。 し た が っ て 、 如 何 に す れ ば 、 取締役会と機能化させ う る か 、 また、そのためには、いかなる手を打つべきかが、十分研究される必 要 がある、特に、我 国 の如きは、社内 重 役が多 すぎることに原因があり企業のもつ、社会的責任は、たまたま公共性を充分に発揮させるためにも、取締役会が、社 外重役のみでは、不十分な構成といわなければならない。 i¥ 七i¥ i¥ 更に、人事一般の問題に関しても、特に最高経営担当者の任免の件についても、やはり社内重役の構腐のみでは、企 業の弾力的すアイタリティに営む発展がみられないであろう。それには、社外重役の役割として、新鮮な経営問題意 識の角度と会社経営への豊富な経験で参加した、巾広い経済社会の観点からとらえて魚種々の要因を含む経営事情に おいて、意思決定を下すときの重要なキィ・ポイントの一つがあげられる。﹁経営担当者人事に関する責任の中に は-、通常、経営担当者に対する報酬の決定も含まれる。十分なインセテイヴを設けることによ勺て、組織を能率的に 維持する必.裂が、一経営者報酬の問題をして、調整機能の報酬のみを問題にするのであるが、更に、非物質的な要 因、例えば、社会的威信、個人的勢力、支配的地位の機会をも与えることによって、組織への協力を引き出すことも 考 え な け れ ば な ら な い 。
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-バーナードは、物質的誘因には、少なくとも限界があるとして、殆んど、その後には 9 説得。に依荏しな ければならないとして、インセンティヴをニ側面に分ける。すなわち、客観的誘因の提供のプロセスを、 付誘因の方法(叶同H
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と呼ぶ。注 ( 4 ) 付誘因の方法を特殊な誘因と一般的誘因とに分け、特殊な誘因として、たとえば、刷物質的誘因、ω
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交際の魅力、制慣行的方法や態度への 諸 一 条 件 の 適 用 、ω
一層広く、参加しうるという機会、聞知的交流の状態などを挙げている。同設得の方法として、 制強制的状態の創出、刷機会の合理性。ω
動 機 の 教 導 を 掲 げ て い る 、 注 -ハ6
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最高経営担当者は、委任が行なわれる機構の一般的ラインを設定することによって、委任から生ずる諸々の困難を 相殺せねばならない。﹁一般的採択職能を行使することは、調整を効果あらしめる最も重要な手段の一つである。部下の諸決定は、特に相衝突する場合がある。かかる場合、最高経営 者によ る 採 択 職 能 は 、 調整 機能となる。同 様に 、 最高経営担当者は、会祉の一般的方策、並に目的の解釈にあたって﹁ 最高 裁判所﹂の如 く行動 しなければなら な い 。 かかる理由から、﹁一般政策﹂ の 諸事項に関する決定は、通常、最 高経営 担当者の承認を必要とする。注 ( 7 ) 最高経営担当者が、調整活動を行なうにあたって、 最 高裁判所的役割を果すというのは、正レいだろうか。正 悪 を決 定するような調整では、果してリーダーシップの発揮であるといえるだろうか。摩擦処理者として、最高裁判所的役 割を果す検察官的な態度で、最高経営担当者が、調整機能を果すとするならば、組織の構成員を組織目的に協力させ ること、集団の共通の目的を達成するような協力関係を確保することは、出来ないものと、一五わなければならない。 山城章教授によると、リーダーシップは、﹁主体的自主責任の人間関係であり、同質的な構成員相互のリー ダ ー シ ッ プである。それは、スポーツのティ
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ムにおけるキヤプティンとプレイヤーとの相互関係にもみられる﹂とされる。R
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A-ゴードンの最高裁判所的、検察官的な態度と山城章教授の ス ポ ーツティ
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ムのキヤプテイン、監 督者 的な 態度とは、金く異なったものであり、リーダーシ ッ プ を後者的所産で論じたものが圧倒的に多く、この点に 真 のリ I ダl
シップ論として指摘できるであろう。 調整という機能活動は、指導(という性格をもっていなければならない。指導というものは、共感と意欲を呼ぴ起す こと吾目的としている。したがってゴードンの調整に指導機能をもたせ、単なる調整機能ではなく、むしろ調整指導 機能と改めるのが、妥当ではないかと考える。 最高経営担当者の調整活動は、決して最高裁判所的な役割や摩擦処理 者 的 な 態 度 ゃ 、 ふ るまいであってはならない のであって、それは、指揮でも支配でもなければならないのである。すなわち、部下を動機づけ、モラールや マ ネ ジ メントするようなものぞなければならないということである。 j¥ 九九
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A-ゴードンは、提案事項・や諸決定の承認が下級管理者にまで分散されてきていることを指摘する。このこ とは、まさに、リーダーシップが発揮されつつあることを示すものであって、 一職工でさえ、リーダーシップを発揮 することがあり、発揮する可能性があるものと解される。いかなる経営者といえども、スーパーマンではありえない のであって、新製品に対する研究開発、技術は非常に専門化され、広告宣伝、販売技術その他数多くのものをあげる ことができるが、これらは、非常に専同化され、最高経営担当者は、専門家の提案をそのまま承認されなければなら ない状態になってきていることを、知らなければならない。 提案や承認が下級管理者、技術専門家、 一職工にまで委任され、分散されていくことは、当然であって、このこと は、まさに全員リーダーシップ論を意味するものであり、 9 あり方。いかんにあるものと解される。 ゴードン理論の問題にされるべき点は調整活動と、 そ の 更 に 、 R・
A-ゴ ー ド ン は 、 調 整 活 動 ゃ 、 決定活動を行なうにあたって﹁委員会制度﹂の利用を提唱するのであ るが、諸論者も指摘されているように弊害のあることも、知らなければならない。委員会制度を利用するとき、それ を決定参加の方法とみるとき、その効果は、勿論、認められるのであるが、委員会制度の限界については、古川栄一 教授によれば、﹁この委員会制度は、その運営を誤ると、かえって全体の秩序を破壊し、相互に反目し合うという欠 点が伴い易いのである。また、少数派の支配するところとなって、経営全体の調整がなされないことになる。さら に、この委員会制度では、会議のため長時間を要し、しかも、何の結論も得られないので、時間を空費するという欠 点がある。﹂注 ( 9 ﹀注 ( 1 ) 同 ・ ﹀ ・ の
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注 ( 9 ) 中央経済社版﹁精説経営学問詳解﹂ 同 州 ・H O
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以上、考察してきたことから、R
・ A-ゴードンは﹃ビジネス・リーダーシップという職能は、会社の経 営 担 当 者 ﹁リーダーシップの発現は、 が﹁経営管理﹂と呼んでいる職能と切り離すことができない﹄とし、古川栄一博士は、 計画的要素とその有効な実現に関して考えられている。﹂とされリー ダ ーシップの本質機能として、経 営 活動の方向 に影響を及ぼすような諸決定が、問題にされている。また、R
・ C-デ イ ヴ イスは、﹁ 管 理 活 動とは、経 営 に お ける リーダーシップの発揮である。﹂とし、山誠掌教授は、リーダーシップを執行的側面で把 握 さ れ て い る 。 このようにリーダーシップを考察してみるに、リーダーシップ職能の本質をいかなるものとみるか、リーダーシツ 九九 プの要素をいかなるものに限定するかによって、異なった理論が展開されよう。 経営におけるリーダーシップが決定機能を重視するか、執行面におけるリーダーの諸決定へのあり方を問題にする のか、あるいはまた、企業組織の階層別にリーダーシップを論じ、その特質を如何に把握するかである。 リーダーシップ機能として、決定機能を重視しても、決定のための提案と承認が、しだいに下部階層へと委譲さ れ、特に、大規模企業においては、決定機能の担当者は誰であるのか不明確である。したがって、そこでは、経営活 動に従事する各部署における全従業員が、リーダーであるという見解!少くともモラールにおいてーが展開される。 そこに経営者リーダーシップにとって、調整指導機能がその中核となり、このことが、最高経営者の掌中に充分に把 握され、経営者リーダーシップのキィ・ポイントをなしている。 最高経営者の調整活動は、指導的、建設的要素が、充分に折り込まれていなければならない。又、この調整機能が 報酬の多寡の決定をもって、その本質としてはならないのは言をまたない。この点は、報酬以外の非物質的要因│た とえば社会的威信、個人的な手腕、技能、能力、職寅上の地位などの機会を与えることにより、更に、説得の方法も 利用することにより、経営活動における組織への協同に努めなければならない。