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比嘉政夫先生を送る

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Academic year: 2021

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比嘉政夫先生を送る

朝岡康二

 民俗研究部教授・比嘉政夫先生が,昨年3月に定年により退職されて沖縄に戻られた。  先生は1936年,那覇にお生まれになり,戦火を潜り抜けて成長されて,1959年に旧琉球 政府立琉球大学文理学部を卒業された。その後,東京大学文学部言語学科研修生として上京, 方言研究に従事されたのちに東京都立大学大学院修士課程に進学されて社会人類学を修めら れた。  以後,沖縄に戻られてからは精力的に沖縄の社会人類学的研究に取り組まれてきたが,そ の後はさらに東アジア・東南アジアにフィールドを広げて,数多くの優れた業績をあげられ て社会人類学・民俗学の研究に多いに寄与された。  1973年から琉球大学講師,助教授・教授を歴任され,1994年からは国立歴史民俗博物館 民俗研究部長・教授として再びヤマトの地を踏まれた。以後,定年に至るまで歴博の諸事業 に取り組まれるとともに,若い研究者を指導して歴博の民俗研究部を牽引されてきた。  歴博における比嘉先生の業績のひとつに,国際シンポジウム「東アジアにおける文化交 流一儒教思想と民間説話一」をあげることができる。  先生は沖縄の社会組織「門中」の組織原理と祭祀上の女性優位を深く探求されて『女性優 位と男系原理』を上梓されたが,その男系原理に反映する儒教的な側面にかねてより注目さ れており,沖縄・韓国・中国に残る「家譜」「族譜」を積極的に収集するとともに比較研究 をおこなわれて,東アジア各地における儒教受容の相違を分析して地域的な特色を抽出され た。このような比較研究への関心をもとに上記の国際シンポジウムを開催されたのであるが, 内外の多数の研究者の参加をえて多大な成果をあげることができた。  ともすると研究対象が日本列島内の歴史・文化事象に小さく収まりかねない歴博にとって, 先生の比較研究の姿勢と,そこから生まれる時々の発言はまことに有意義であった。国際シ ンポジウム「東アジアにおける文化交流  儒教思想と民間説話一」の成果はそのことを よく示しているものと思われる。  また,比嘉先生は,東アジアにおける親族組織の比較ばかりではなく,人類学的手法によ る「知識」研究に関心を寄せられ,中国大陸とその周辺という広大なスケールのなかでの漢 字受容の研究に取り組まれて,そのためにベトナムの調査にも従事されてきた。  「生まれシマ」である沖縄本島南部に腰を据えて研究を出発されて,ついで本島内の地域 的差異を緻密に観察され,さらに宮古・八重山・奄美を取り込み,その上で沖縄とヤマトを 47

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国立歴史民俗博物館研究報告 第100集2003年3月 考察し,さらには中国・韓国・東南アジアを研究対象に組み入れられてきた比嘉先生は,精 緻な現地調査とスケールの大きな座標の設定によって豊かな研究成果を生み出された。  このような比嘉先生から学ぶべき点はまだ多々残されており,だれかれと分け隔てのない やさしいお人柄と合わせて,歴博を去られることはまことに残念である。  しかし,先に那覇で催された退職記念のパーティーでは,中松弥秀先生,湧上元雄先生な ど多数の方々が,「比嘉さん,長いあいだヤマトでご苦労さん」とねぎらっておられた。長 年の単身生活に終止符をうたれて那覇に戻られ,新たな環境の中で研究を継続されることを 考えるならば,ともに喜ぶべきことかもしれない。  今後のさらなる比嘉先生のご活躍をお祈りして送別の辞とする。        (国立歴史民俗博物館民俗研究部) 48

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