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日宗哲学序論 利用統計を見る

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全文

(1)

日宗哲学序論

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

6

ページ

329-388

発行年

1990-04-10

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002901/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

纒二de”

(3)

紛 1.冊数

  1冊

2.サイズ(タテ×ヨコ)   182×127㎜ 3.ページ   総数:164

  題言:2

  目次:4

  資料:25〔本宗開教他〕   本文:133 灘日欝ヒ欝F藩宗靖 來レパ萬有一ト ナ,山川毛哲學 亭界.冷⋮︾現象呈 哲學序論

    へ

沸上圓了遠

(巻頭) 4.刊行年月日   底本:初版 明治28年3月12日 5.句読点   なし 6.その他   (1)章のはじめに列記されてい   た節の見出しを,節ごとに配置   するなどの変更を行った。   ② 引用文は「昭和定本日蓮聖人   遺文1と校合して修正した。

(4)

日宗哲学序論 題 言  本書編述の目的は、日蓮宗の教理を哲学上より観察し、その中に潜伏せる真理を世間に開示するにあり。しか るに余、従来日蓮宗学を研修したることなく、ただ客歳旬余の間を得て、豆州伊東村に遊び、日蓮宗祖の遺書を ひもとき、わずかにその一端をうかがいたるまでなれば、考証のその実を得ず、論評のその当を欠けるは、余自 らこれを知る。他日再考の上よろしく訂正を加うべし。それ伊東の地たるや、宗祖三年間請居の地にして、旧跡 今なお存す。余のその地にありて山河を望見するに、その風光おのずから人をして六〇〇年の昔時を回想せし む。余またいささか感ずるところあり。拙劣を顧みず、卒爾筆をとりて本書を編成す。帰京ののち日蓮宗管長小 林僧正を始めとし、妙満寺派、本成寺派等の諸師の高教を仰ぎ、また大いに得るところあり。また日蓮宗祖の真 影は、先年大檀林にて印行せる英文﹃日蓮宗大意﹄に出でたるものなるが、その方の許可を得て、さきに﹃東洋 哲学﹄雑誌に掲げ、今またここに再掲して本書の序文に代う。本書の刻成を聞き、自ら一言を題すること、かく のごとし。   明治二八年二月        著 者 誌 329

(5)

   本宗開教       30

      3  本宗は日蓮大士の開立するところにして、﹃法華経﹄によりて宗義を建設す。故にこれを法華宗と称す。もしこれを天台 法華に区別するときは、日蓮法華宗と名付くべし。今これを略して一般に日蓮宗と称す。これに一致、勝劣の二派あり。 しかるに明治九年二月、一致派をもって単に日蓮宗と改称し、勝劣派を分かちて妙満寺派、興門派、八品派、本成寺派、 本隆寺派と別称し、おのおの独立して宗制を設く。その外に不受不施派あり。これまた一派をなす。左にその各派の本山 および開祖を挙示すべし。        一 日蓮±不 ︵一兀一致派︶  本山は甲斐国巨摩郡身延村にあり。名を身延山久遠寺と称す。文永一一年︵西暦一二七四年︶南部六郎実長、草庵を身 延村の西谷に構え、宗祖をしてこれにおらしめたる旧跡なり。弘安四年始めてこれを久遠寺と称す。宗祖かつてその高弟 日朗に告げて曰く、我死せば必ず屍を身延に送るべしと。よって上人の遺骨をここにうずむ。従来一致派と称せしも、明 治九年改めて日蓮宗と単称す。本派の寺院三六八五力寺あり。        二 妙満寺派  本山は京都市上京榎木町にあり。妙塔山妙満寺と称す。日什その祖なり。天授五年妙満寺を創立す。その宗義は﹃法華 経﹄八巻二十八品のうち、前十四品を 門とし、後十四品を本門とし、本勝 劣従浅至深と唱え、更に本門中に勝劣浅深 を分かち、寿量品を深勝とし、その他を浅劣とし、更にまた勝中の勝を選び、妙法蓮華経の五字をもって甚深微妙成仏下 種の秘密蔵という。故にこれを勝劣派と称す。あるいはその祖名によりて日什門派と称せしが、明治九年妙満寺派と改称 す。その寺院五八九力寺あり。        三 興門派  本山は駿河国富士郡上条村字上野にあり。蓮華山大石寺と称す。宗祖高弟の一人なる日興その派祖なり。故にこれを日 興門徒と称し、あるいは富士派と称す。勝劣派中の一派なり。明治九年興門派と改称す。その寺院二九八力寺あり。        四 八品派

(6)

日宗哲学序論  本山は摂津国河辺郡尼ケ崎寺町本興寺を始めとして、本能寺、妙蓮寺、光長寺、鷲山寺の五力寺、輪番に管長となりて 一派を統轄す。派祖は日隆なり。その宗義は﹃法華経﹄本門のうち八品を所詮として、五時八万の聖教を一句に約す。す なわち妙法蓮華経の五字、これなり。この一句の題目を修行するに、以信代慧と説きて、心に一分の慧解を用いず、ただ 心に信じ口に唱えて仏道を信得するという。これまた勝劣派なりしも、明治九年 派独立して、八品派と公称す。その寺 院三三三力寺あり。        五 本成寺派  本山は越後国南蒲原郡本成寺村にあり。長久山本成寺と称す。派祖は日印なり。永仁五年本成寺を建立して根本道場と なす。そののち本派第三祖日陣、京都に本禅寺を建立す。故にあるいはその派を陣門流と名付く。明治九年、二寺合同し て本成寺派と改称す。その寺院一八〇力寺あり。        六 本隆寺派  本山は京都市紋屋町にありて本隆寺と称し、日真を祖とす。明治九年一派独立す。その寺院一四力寺あり。        七 不受不施派  本山は備後国津高郡金川村にありて妙覚寺と称す。日奥その派祖なり。文禄四年始めてこの主義を唱えて、豊太閤の千 僧供養にあずからず、よって日奥、対馬に流さる。そののち数回これを唱えたるものありしも、元禄以後禁止せられしが、 明治九年、日正の請によりその派を公称す。翌年妙覚寺の号を許され、各教会を総轄す。その他に寺院なくただ教会一四 カ所あるのみ。    本宗祖師  一 本宗高祖日蓮は、姓藤原大織冠鎌足公の末喬にして、父は貫名次郎重忠といい、後堀河天皇貞応元年︵西暦一二二 二年︶二月一六日、安房国長狭郡市河村小湊に生まる。齢一二歳にして、同郡清澄寺に登り法印道善に師事し、一六歳に して薙髪受戒す。そののち諸国を歴遊し、碩学大徳をたたきて出離解脱の要道を求むるも、その意を得ず。よって自ら蔵 31       3 経を閲すること前後すべて五回、ついに釈尊の真意に悟達し、﹃法華経﹄に基づきて 宗を開立す。実に後深草天皇建長五

(7)

年︵西暦一二五三年︶四月二八日なり。建長七年﹃註法華経﹄を著す、正元元年﹃守護国家論﹄を著す。文応元年﹃立正 安国論﹄を著し、これを前執権北条時頼に呈せしが、時頼これをしりぞく。弘長元年豆州伊東に富し、三年これを赦す。 文永五年元使きたる。宗祖、書を裁して各所に寄す。同八年九月一二日宗祖、齢五〇。官議して曰く、日蓮はことを仏法 に託して国家を惑乱す、事大辟に当たると。即日、平頼綱に命じて宗祖を捕えしむ。すでに竜口に至り刑場に上がる。時 宗、故ありてこれを赦す。同一五日佐州に調せらる。請所において﹃開目抄﹄﹃受職法門抄﹄﹃取要抄﹄﹃本門三秘﹄﹃仏法 血脈﹄﹃観心本尊抄﹄﹃顕仏未来記﹄﹃当体義﹄等を著す。文永=年官赦。牒を日朗に授く、よって鎌倉に帰る。ついに甲 斐にのがれて身延山におる。この歳﹃立正観抄﹄を著す。建治元年﹃撰時⑳﹄を著す。二年﹃報恩紗﹄成る。弘安元年﹃本 尊問答紗﹄を著す。四年﹃三大秘法抄﹄﹃本門戒体抄﹄を著す。五年宗祖六一歳秋、たまたま微疾を感ず。門人に告げて曰 く、われ所思あり、武州池上に赴く。九月二五日﹃安国論﹄を講じ諸徒に告げて曰く、三七日︹さんしちにち︺中われまさ に入滅せんとす。日朗を顧みて曰く、われ死せば必ず屍を身延に送るべしと。一〇月八日、上足六人を選び、諸徒に告げ て曰く、汝らこの六子を見ることなおわれを見るがごとくせよと。これを六老僧と称す。すなわち斯門の六哲なり。一〇 月=二日入寂す。時に御宇多天皇弘安五年︵西暦一二八二年︶なり。世寿六一歳、法臓四六歳なり。翌年二月あまねく同 門に告げ遺文を結集す。輯するところ百四十余編あり、これを録内という。のちに至るもの二百五十余編あり、これを録 外という。六老僧は左のごとし。   釈日昭、字は成弁、姓は平氏、北総葛飾郡平賀の人、元亨三年寂す、寿は八八なり。   釈日朗、大国阿閣梨と称す、姓は平氏、北総猿島郡能天の人、正応四年寂す、寿は七八なり。   釈日興、字は白蓮、伯書阿閣梨と称す、姓は橘氏、正慶元年寂す、寿は八八なり。   釈日向、佐渡阿閣梨と称す、姓は藤原氏、南総填生郡茂原に生まる、正和三年寂す、寿は六二なり。   釈日頂、伊予阿閣梨と称す、姓は橘氏、文保元年寂す、寿は六六なり。   釈日持、蓮華阿閣梨と称す、駿河庵原郡松野の人、永仁四年舶に乗り蘇輻に至る、その終を知ることなし。   釈日昭、字成弁、姓平民、北総葛飾郡平賀人、元亨三年寂、寿八十八   釈日朗、称二大国阿闇梨べ姓平民、北総猿島郡能天人、正応四年寂、寿七十八 332

(8)

日宗哲学序論   釈日興、字白蓮、称二伯書阿闇梨バ姓橘氏、正慶元年寂、寿八十八   釈日向、称二佐渡阿閣梨↓姓藤原氏、産二干南総填生郡茂原↓正和三年寂、寿六十二   釈日頂、称二伊予阿闇梨↓姓橘氏、文保元年寂、寿六十六   釈日持、称二蓮華阿閣梨一駿河庵原郡松野人、永仁四年乗レ舶至二蘇輻ハ莫レ知二其終一  二 妙満寺派祖、日什、字玄妙、真間能化と称す。奥州会津人。姓は石塚氏、正和三年に生まる。康暦二年一月宗祖著 述の﹃開目抄﹄﹃如説修行抄﹄の二書を感得し、台家︹天台︺の宗義を捨てて宗祖に帰し、自ら日什と号す。元中二年、本  勝劣を唱えて一致を破し、もって一派を開立す。時に師年七二歳なり。元中六年妙満寺を建立す。明徳三年二月二八日寂、 寿七九、法膿六一。  三 興門派祖、日興は六老僧の一人にして、前に述ぶるがごとし。寛元四年、甲州巨摩郡鰍沢に生まる。文応元年日興 と名付く。宗祖﹃安国論﹄を著すに当たり草案多く師に命ぜらる。文永八年、宗祖佐州に諦せらる、師これに従う。文永 一一年宗祖と共に鎌倉に帰る。房州平群郡保田村に草庵を構う。傍らに大石あり、よって大石寺と名付く。のち北山に遷 居す。時に永仁六年、師春秋五三歳なり。爾来本勝 劣破 顕本を唱道す。これいわゆる富士派の開祖なり。正慶二年二 月七日寂、寿八八。  四 八品派祖、日隆、字深円、精進院と号す。越中の人なり。姓は桃井氏。至徳二年に生まる。一八歳上洛して妙本寺 日審に師事し、法華八品の教旨を実究す。応永二七年本興寺を建立し、永亨元年本能寺を建立す。寛正五年二月二五日寂、 寿八〇歳。  五 本成寺派祖、日印、幼名摩詞麻呂、摩詞一院と号す。姓朝倉氏。文永元年越後国三島郡寺泊に生まる。最初、同郡 天台宗碩学智観の弟子となりしも、永仁二年相州鎌倉に遊び、日朗上人の門弟となり、名を日印と改む。故に本派の伝灯 は、日朗を初祖とし、日印を開祖とす。同五年本国越後に帰り青蓮華寺を建つ、のちに本成寺と改む。嘉暦三年一二月二 〇日寂、寿六五。  六 本隆寺派祖、日真、京都の人。姓は藤原氏。字慧光、幼名真麿。文安元年に生まる。一二歳にして薙髪し、長亨二 33        3 年始めて一派を開立す。亨禄元年三月二九日寂、寿八五。

(9)

 七 不受不施派祖、日奥、安国坊と号す。 閤の千僧供養に出席することをがえんぜず、 れて帰る。寛永七年三月一〇日寂、寿六六。 京都の人なり。永禄八年に生まる。文禄元年妙覚寺の主となり、同四年豊太 ついに妙覚寺を去りて丹州に赴く。慶長五年対州に諦せらる。同一七年赦さ 頚 本宗相承  本宗の相承に二様あり。内相承、外相承これなり。外相承はインド、シナ、日本の三国にわたりて弘伝せる導師をいう。 内相承はただちに本経に依懸し、正しく﹃法華経﹄法師品、神力品により多宝塔中本門内証真実の法脈を相承する導師を いう。左にその導師を表示すべし。  この二種中本宗は内相承をもって正意とす。 本宗教典 本宗所依の教典は左2  妙法蓮華経 八巻  無量義経  一巻  観普賢経  一巻 二経なり。 挑秦鳩摩羅什訳 北斉曇摩伽陀那舎訳 宋曇摩密多訳

(10)

日宗哲学序論  このうち﹃法華経﹄をもって正依の本経とし、他の二経をもって傍依とす。﹃無量義経﹄は法華の開経にて序分なり、﹃観 普賢経﹄は法華の結経にて流通分なり。この二経を法華の開結二経と名付く。しかして﹃法華経﹄の解釈に至りては、天 台の三大部、すなわち玄義、文句、止観を用うるなり。  また釈書に至りては宗祖の録内遺書四〇巻を正依とし、天台、妙楽両大師の﹃法華玄義﹄﹃同文句﹄﹃摩詞止観﹄の三大 部、本末六〇巻をもって傍依とす。また録外は真偽雑入、玉石混交の書なれば、みだりに用いずという。左に﹃法華経﹄ 二十八品の名目を列挙すべし。 序   品

化城喩品

勧 持 品 法師功徳品 観 音 品 方 便 品 五百弟子品

安楽行品

不 軽 品

陀羅尼品

厳神涌人警

王力出記喩

口  口 口 口 口 ロロ ロロ ロロ ロロ ロロ

勧嘱寿法信

発累量師解

口  口  口  口 ロ ロロ ロロ ロロ ロロ ロロ

薬分宝薬

   草

王別塔

   喩

口  口  口 ロ ロロ ロロ ロロ ロロ 授 記 品 提 婆 品 随 喜 品 妙 音 品 また録内遺書の編名を挙示すれば、左のごとし。  立正安国論 開目抄 撰時抄 報恩抄 観心本尊抄 法華取要抄 本尊問答抄 守護国家論 法華題目抄 唱法華題  目抄 顕諸法抄 一代大意 顕立正意抄 妙法比丘尼御消息 佐渡御勘気御文 乙御前御書 三世諸仏総勘文教相廃  立 始聞仏乗義 法蓮抄 兄弟抄 十法界明因果抄 祈薦抄 四条金吾許御文︵号八幡抄︶ 四信五品事︵又号末代  法華行者位並用心事︶ 法華行者値難事 追申︵又号佐渡国人々御中抄︶ 寺泊御書︵又号贈命重宝抄︶ 真言諸宗 違目 日蓮弟子檀那等御中︵又号佐渡御書︶ 転重軽受法門 有智弘正法事 諸経与法華難易事 忘持経事 四条金  吾殿御消息︵怨敵大陣既破等事︶ 主君耳入此法門免与同罪事 為法華経不可惜所領事 所領給由並文永八年九月十  二日御供申事 身延山御書 単衣御書 中興入道消息 月水御書 三三蔵祈雨事 御祈禰抄奥 三沢抄 浄蓮房御返 事 崇峻天皇御書 梵音声御書 日妙御書 千日尼御前御書 又 佐渡阿仏房御書 南条兵衛七郎殿御書 光日房御 書 持法華問答抄 秋元御書 妙一尼御書 初心成仏抄 南条兵衛七郎殿御書 聖人御難事 阿弥堂法印祈雨事 当 35        3 体義抄 慈覚大師事︵又号太田殿御書︶ 如説修行抄 本尊供養御書 種種御振舞御書 災難対治抄 秀句十勝抄

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太田禅門許御書 教機時国抄 一昨日御書 下山消息 八幡抄 顕仏未来記 後五百歳合文 宝軽法重事 十如是書   妙法曼陀羅供養事 聖人知三世事 四条金吾釈迦仏供養事 同妻女釈迦像供養事 道場神守行者事 治病大小権実 違目 頼基陳状 ○良実状御返事 宿屋入道許御状 立正安国論奥書 強仁状御返事 善無畏抄 太田殿許御書 大 小戒事︵本門戒体抄︶ 十章抄 御書︵問註時可存知事︶ 木絵二像開眼事︵又云法華骨目肝心抄︶ 阿仏房御消息   常忍抄︵又云稟権出界抄︶ 不可親近誘法者事 大学三郎殿御書 時光御返事 妙法尼御前御書 上野殿御返事  又 又 又 南条殿御返事 薬王品得意抄 御書︵清澄寺大衆御中︶ 波木井殿御書 太田殿女房御返事 ○御書 爾前得道有無事 当世念仏者無間地獄事 十法界事 松野後家尼御前御書 王舎城事 法華真言勝劣 真言天台勝劣   一谷入道御書 南条殿御返事 上野殿御返事 又 高橋入道御返事 一念三千事 新池御消息 念仏者追放宣旨状   真言見聞 曾谷殿御返事 真間御仏供養逐状 行敏訴状之会通 立正観抄 同送状 祈鳶経送状︵又号撰法華経送  状︶ 太田殿女房御返事 乗明聖人御書 太田殿女房御返事 爾前二乗菩薩不作仏事 四条金吾女房御返事 戒体即  身成仏義 兵衛志御返事 観心本尊得意抄 四条金吾殿御書 異体同心事 四条金吾殿御書 四恩抄︵又号伊豆御勘  気抄︶ 新池左衛門尉許御返事 聖密房御書 地引御書 また録外遺書の編名は左のごとし。  聖愚問答抄︵上下︶ 必仮心固神守則強御書 四条金吾御返事 蒙古使御書 西山殿御返事 星名五郎太郎殿御返事   弥三郎殿御返事 大井庄司入道御書 日厳尼御前御返事 高橋殿御返事 日住禅門御返事 紺入道御返事 阿仏房  御書 上野殿尼御前御返事 妙一尼御前御消息 窪尼御前御返事 ◎南条七郎五郎殿御書 四条金吾女房御書 椎池  四郎殿御書 四条金吾殿御消息 ○祈祷経言上 ○撰法華経付嘱御書 安国論御勘由来 ○観心本尊得意抄 観心本  尊抄送状 報恩抄送文 当体義抄送状 八大地獄御書 六凡四聖御書 ◎烏龍遺龍御書 ○問答抄 ◎大師講御書  同一鹸味御書 同生同名御書 実相寺御書 光日上人御返事 ○新池御書 刑部左衛門尉女房御返事 治部殿御返事   妙密上人御消息 戒法門御書 阿育王御書 上野殿御返事 ◎種類相待法門 王日殿御書 窪尼御前御返事 又  又 又 ◎持妙尼御前御返事 弁殿御消息 又 弁殿尼御前御書 さしきの女房御返事 鱒鶏御消息 妙字御消息  小蒙古御書 孝子御書 諸人御返事 四条金吾殿御返事 又 春初御消息 十字御消息 上野殿御返事 種種物御消 336

(12)

日宗哲学序論 息 大白牛車御消息 八宗違目抄 小乗大乗分別一 一生成仏抄 真言宗行調伏秘法還著於本人御書 日本真言宗御 書 日朗御譲状 七重勝劣御書 瑞相御書 神国王御書 富木入道殿御返事 大黒送状 大黒灌頂口訣 上野殿御返 事 又 又 又 又 又 又 又 又 上野殿母御前御返事 又 又 又 又 松野殿御消息 又 松野殿御返事 松野殿御消息 又 又 松野殿女房御返事 妙心尼御前御返事 又 又 法華証明抄 本門取要抄 南条殿御返事 又 九郎太郎殿御返事 又 弥源太入道殿御消息 弥源太入道殿御返事 太夫志殿御書 又 兵衛志殿御返事 又 兵衛志殿御書 ◎南部六郎三郎殿御返事 ◎南部六郎殿御返事 内房女房御返事 兵衛志殿女房御書 ◎上野尼御前 御書 六郎次郎殿御返事 子財御書 経王御前御書 念仏無間地獄抄 法華浄土問答抄 諸宗問答抄 土籠御書 ◎ 開眼御書 八日講御書 ○法華和讃 ○万法一如書 ○蓮華房御書 曾谷入道殿御消息 又 又 又 太田入道殿御 返事 太田左衛門尉殿御返事 新尼御前御返事 ◎持妙尼御書 松野殿御消息 最蓮房御返事 両人御中御書 三八 教 ○本寺参詣抄 浄蔵浄眼御書 松野殿女房御返事 ◎西山抄 ◎波木井三郎殿御返事 道妙禅門御書 ◎三身抄  草木成仏口決 劔形抄 船守弥三郎許御書 生死一大事血脈抄 ◎嘉祥寺御書 主師親御書 善無畏三蔵抄 八風 抄 十二因縁御書 色心二法御書 依法華経可延定業抄 桟敷女房御返事 八木御書 上野殿御返事 二病御書 兵 衛志御返事 品品供養抄 寿量品得意抄 ◎南条七郎殿御返事 ○神舐門 垂 法門御書 〇一代五時鶏図 三大秘 法抄 四菩薩造立抄 ○彼岸抄 孟蘭盆御書 ○無作三身口伝抄 ○法華経大意 今此三界合文 阿責誇法滅罪抄 六難九易抄 ○読請法華用心抄 ◎法華経肝心抄 ◎四十九院申状 一期弘法 禅宗天台勝劣抄 法華一経二十重大 事合文 ○臨終一心三観 得受職人功徳法門抄 惣在一念抄 一念三千法門 ◎上行所伝抄 上行菩薩結要付嘱口伝  法華宗内証仏法血脈 授職灌頂口伝抄 妙一女御返事 佐渡御勘気抄 行敏御房御返事 ◎乗明聖人御返事 十八 円満法門抄 十王讃嘆抄 諸願成就抄 妙法尼御前御書 教行証御書 衣座室御書 阿仏房御書 ◎問註御書 ○真 言私見聞 一代五時継図 大黒天神相伝肝文 大黒天神御書 ○法華大綱抄 経王殿御返事 日朗上人土籠御書 土 木殿御返事 富木殿御書 又 四条金吾殿御書 南条平七郎御返事 兵衛志殿女房御返事 法華経二十重勝諸教義 四条金吾殿御返事 弥源太殿御返事 〇三種教相 ○当体蓮華抄 日女御前御返事 最蓮房御返事 ◎四条左衛門殿 37       3 御返事 ◎波木井三郎殿御返事 ◎同地獄御書 出家功徳御書 上野殿御書 富木入道殿御返事 ○成仏法華肝心口

(13)

  伝身造 阿仏房御前御返事 左衛門殿御返事 ○釈迦一代五時継図 波木井三郎殿御返事 ○上野五郎左衛門尉殿御   書 義浄房御書 御輿振御書 大白牛車御書 右衛門大夫殿御書 ◎竜樹天親抄 妙一尼御前御返事 富木殿女房尼 蹴   御前御書 女人成仏御書 ◎阿羅尼品御書 善神擁護抄 成仏用心抄 ◎干飯御書 蓮盛抄 秋元殿御返事 十字御   書 大豆御書 華菓成就御書 上野殿御返事 波木井殿御書 回向功徳抄 月満御前御書 西山御書 諸法実相抄   寂日坊御書 四条殿御書 此経難持十三箇秘訣 法会御書 富殿尼御前御書 富木殿御返事 又 又 又 三種教相    単衣抄 四条金吾殿御返事 早勝問答 御義口伝 註法華経  以上、録内四〇巻、録外二五巻、合六五巻、外に録外中に増加せる分ありて、およそ四〇〇編あり︵近刊の高祖遺書目 次による︶。    本宗統計 寺院 五〇六六力寺︵明治二四年調査︶   仏教各宗寺院総計七一八五九力寺に比すれば、本宗はその一〇〇分の七に当たる。 住職 三六三五人︵同右︶   仏教各宗住職五二五=人に比すれば、本宗はその一〇〇分の六・九に当たる。 管長 六管長 教師 五一八六人  各府県本宗寺院一覧表、左のごとし。

山石愛栃東

形川知木京

九三二八

六一九三

秋富三群神

    奈

田山重馬川

二六四  二〇  二七  五五  三五

岩新岐長埼

手潟阜野玉

七〇 三九 四四 一六七

 九

青福滋山千

森島賀梨葉

九七五 四五九  三七  三二  三〇

京宮福静茨

都城井岡城

 三〇 四一五 一四九  二五 三四〇

(14)

日宗哲学序論

北福香広大

道岡川島阪

二五三八九

九一二五一

総熊愛山奈

計本媛口良

  二二   二四   三〇   五九 五〇六六

大高島和

   歌

分知根山

二二七三

八二〇三

宮長鳥兵

崎崎取庫

一二三五

一六二四

鹿佐徳岡

島賀島山

 六一八

一六七九

339

(15)

第一段 緒論

       第一節 開 端  哲眼をもって宇宙を照見しきたれば、万有一として哲学ならざるはなし。日月も哲学なり、山川も哲学なり、 草木も禽獣も人類も、すべてこれ哲学界中の現象にあらざるはなし。人みないう、仏教は宗教なりと。余曰く、 仏教は哲学なりと。人またいう、日蓮宗は法華宗なりと。余曰く、哲学宗なりと。これ余が世人とその見を異に するところなり。さきに真宗哲学を講じ、つぎに禅宗哲学を著ししが、当時世間より我田へ水を引くの評を招き しといえども、自らその哲学たるを知る以上は、あにこれを哲学にあらずというを得んや。故に今また日蓮宗哲 学を述べんとす。ここにこれを略して日宗哲学という。それ仏教は法門多端にして、宗派また数岐に分かる。現 今わが国に伝わるもの十二宗、三十余派あり。そのうち天台、真言、法相、華厳の諸宗はみなシナより入りきた り。禅、浄土といえどもその源をシナに発せり。ひとり真宗、日蓮宗に至りては日本開立の新宗なり。その宗な お三国の相承伝灯を説くといえども、これをわが国に適用するに至りては、哲学上千歳未発の真理を開顕し、実 際上日本特有の宗教を組織せり。これにおいてシナ特色の厭世的仏教は一変して、世間的もしくは国家的宗教と なれり。なかんずく日蓮宗は西洋のいわゆる楽天教なり。故に真宗および日蓮宗はこれを天台、真言の旧宗に比 すれば、仏教中の﹁プロテスタント﹂もしくは改革宗というべし。現今この二宗のよく多数の信徒を結合し、強 大の勢力を占有するは、そのよく国風民情に適合するところあるによるは明らかなり。しかるにその宗多くは下 340

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日宗哲学序論 等愚民の間に行わるるをもって、世人ややもすればこれを目して、浅近講ずるに足らざるものとなす。これ余が 大いに真宗および日蓮宗のために遺憾とするところなり。あにその哲理の一端を開きて、これを世人に示さざる を得んや。しかしてさきにすでに真宗哲学の著あれば、ここに日宗哲学に及ばんとす。けだし日蓮宗の哲理は実 に高うしてかつ深く、仏教中の玄のまた玄、妙のまた妙なるものなり。故にこれを呼びて妙宗となす。しかして よくその妙理を転用して、一般の愚俗をして解しやすく信じやすからしめたるは、これまた妙外の妙というべ し。        第二節 本宗の哲理  それ本宗すなわち日蓮宗は、天台宗と哲理のよりて起こる根源を同じうするも、その方向および応用を異にし、 表裏全く相反する勢いをなせり。哲学上よりこれをみれば、両宗共に一元論なり理想論なりといえども、天台宗 は主観上よりこれを論じ、本宗は客観上よりこれを論ずるの別あり。また天台宗はその理を世間に応合するを得 ず、本宗はよくこれを社会に適用するの別あり。故に余は天台宗をもって主観的、理論的、厭世的宗教となし、 本宗をもって客観的、実際的、世間的宗教となす。これわが国新旧両教のおのずからその性質を異にするゆえん なり。また真宗と本宗とは共にわが国の新教にして、客観的、実際的、世間的宗教たるに至りては同一なりとい えども、真宗は客観的差別論にして本宗は客観的平等論なり、真宗は実際的他力教にして本宗は実際的自力教な り、真宗は世間的二元論にして本宗は世間的一元論なるに至りては、また氷炭の相違あり。その理由はのちに論 ずるところによりて知るべし。けだしかくのごとく、一大仏教の前後相分かれて、表裏その方向を異にするに至 れるは、伝来の際、社会の形勢の古今同じからざるによる。そのいわゆる新教の競起したるは、わが歴史上源平 341

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の乱後にして、実に天下の形勢一変したる時なり。これ政治上一大革命の時代にして、また宗教上一大改新の時       42 代なり。政治と宗教との関係の密接なることかくのごとし。これによりてこれをみるに、今後の宗教も社会の形 3 勢を熟察して、その方針を定めざるべからず。これを活眼卓見という。本宗高祖のごときは、実に宗教界希有の 大活眼家というべし。今後またかくのごとき活眼家の出つるにあらずんば、いずくんそよく仏教を百世に伝えん や。これ我人の刮目して待つところなり。        第三節 本宗の理論門  本宗はその教理を分析するに、理論的と応用的との二門に大別せざるべからず。理論的にありて、その論ずる ところはまさしく法華天台の理想論にして、一種の純正哲学なり。応用的にありて、その説くところは個人の上 においてすると、社会の上においてするとの二段に分かる。しかして個人的応用にありてはその論、宗教および 道徳に関し、社会的応用にありては政治に関するなり。故に余は日宗哲学を分類して、左のごとく表示せんと す。

∴踊纏彗道徳︶

 またその理論的部門は継述的と創設的との二段に分かたざるを得ず。継述的とは、天台宗の原理をそのまま相 承してこれを説き、別に新見を立てざるをいう。すなわち天台の五時八教のごとき、これなり。もし本宗にして その理論、天台とすこしも異なるところなきにおいては、あに別に一宗を開立するを得んや。故に天台を継述す

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日宗哲学序論 る外に、更に創設するところあり。しかしてその要は﹃法華経﹄のいわゆる本 二門を解説するに、表裏その見 を異にすること、これなり。また本宗中の諸派その流義を異にするも、またこの点に外ならず。まず五時とは釈 尊一代五〇年間の説法を五大期に分かちたるものにして、第一時華厳、第二時阿含、第三時方等、第四時般若、 第五時法華および浬薬、これなり。しかして本宗所依の﹃法華経﹄をもって、諸経中最上に位する真実円満の経 なりとなす。つぎに八教とは化儀の四教と化法の四教とをあわせ称し、化儀の四教とは頓教、漸教、秘密教、不 定教の四種をいい、化法の四教とは蔵教、通教、別教、円教の四種をいう。その意﹃法華経﹄の説をもって最上 第一の教と判定するにあり。ただ五時の判教は説法の時期に基づき、八教の分類は教義の性質に基づくの異同あ るのみ。しかしてその説明のごときは、全く仏教内部の研究に属し、今これを哲学として評論するに必要なけれ ば、ここにこれを略す。けだし仏教は従来各宗各派の間に真偽を争い、異教異端に対して正邪を論ずることすく なかりしをもって、各宗の今日まで大いに心思を労したる点は、全く仏教内部の考証いかんにあり。余はこれを 対内策と名付く。故に五時八教の判釈のごときは、すこしも異教他学に対して、法華日蓮の教理の最勝あるゆえ んを証するに足らず。たとえばヤソ教家に対して﹃法華経﹄は五時の説法の最後に属すというも、だれかこれに よりてその法を信ずるものあらんや。理学者、哲学者に対して天台、日蓮の教理は蔵通別円の最上に位すと説く も、だれかこれによりてその法の高妙を許すものあらんや。もし異教他学の人に対して、その真理を証明せんと 欲せば、必ず哲学の法廷に向かいて裁断を仰がざるべからず。今日まさしく哲学上是非の裁断を、仏教の上に下 さざるを得ざる時運に会せり。仏教各宗の講究も、これよりその方針を一変して、仏教外に対する策をとらざる 43       3 べからず。これをたとうるに、あたかもわが国今後の形勢はまた内註に備うるを要せずして、ひとり外冠に備う

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るを要するがごとし。換言すれば、宗教上のいわゆる対内策を講ぜずして対外策を講ずるを要す。これ余がここ に日宗哲学を述ぶるゆえんなり。また本宗一家の創設的理論において、よくその理を﹃法華経﹄八巻の上に考証 し、あるいは本 一致なりと論定し、あるいは本勝 劣なりと審判するも、門外のものに対してはほとんど無用 の言なり。故にその証明のごときも、今後哲学的講究を要するを知るべし。わが国維新以来、国家の形勢すでに 一変せり、今また更に一変して政治、宗教両界の面目おのずから一新せんとす。故に今より一大活眼を開きて、 仏教研究の方法を改変せざるべからず。果たしてしからば、余が日宗哲学の著あるも、また偶然ならざるを知る べし。        第四節本宗の応用門  つぎに応用的部門にありては、本宗一家の卓見の存するところにして、実に先人未発の新機軸を出したるもの というべし。しかして個人的にありては唱題成仏の易行を説き、もってよく愚俗凡庸のものをしてたやすく成仏 得道せしむるの捷径を開きたるは、感嘆おくあたわずといえども、もしこれを仏教外より傍観すれば、不道理的 妄説たるの評を免れず。もしこれをして道理的真説たるを知らしめんと欲せば、必ず哲学上の証明を待たざるべ からず。それ哲学は、一教に偏せず一学に局せず、万学の上に立ちて万教の外に住し、しかも諸論の流出する源 泉にして諸説の会帰する大海なり。これを道理の学と名付くるも可なり、これを思想の学と称するもまた可なり。 これを要するに、哲学は真理の学なり。果たしてしからば、なにをもって仏教を哲学に属するや。仏教もし釈尊 所説の法を、更に宇宙万有の規則に照らして証明することなく、単に天啓信仰のみによるときは、これ宗教なる のみ。しかるにその説を種々の道理に考えて講究するにおいては、これいわゆる仏教中の哲学なり。本宗といえ 344

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日宗哲学序論 ども、道理上の講究はもとよりこれを哲学の一種に属せざるべからず。しかれども仏教の経論中の字々句々を解 釈しおよびこれに考証して、仏語に一言の虚妄なしと断定するがごときは、決して哲学にあらざるなり。余は今 その中よりもっぱら哲学に関する部分を選んでこれを究明せんとす。しかるに仏教は古代の哲学にして、今日の 哲学にあらず。故に古代は哲学思想に基づきてその道理を証明したるも、伝来の際、自然に考証一方の教説とな り今日に至るも、いまだ広く諸学諸論に考えてその理を証示することなし。しかるに余はこれを今日の学理に照 らして論明せんとす。ここに日宗哲学を講ずるも、また全くこの意なり。故にその要、本宗一家の教説の胎内に 包有せる真理の光を外面に発揚するに外ならず。まずここにその序論を述べんとす。その順次左のごとし。   純正哲学門第一   同右   第二   応用哲学門第一   同右   第二   同右   第三   結  論  そのうち純正哲学門第一においては仏教全体の哲理を論じ、第二においては本宗一家の哲理を論じ、応用哲学 門第一においては一個人に関する本宗所立の宗教の原理を論じ、第二は宗教の実際を論じ、第三は社会国家に関 する応用を論ぜんとす。 345

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第二段 純正哲学門第一

       第五節 三大界の存立  宇宙間の万象を分類概括すれば、物心二大元ありて存するをみるべし。有形の諸象に日月山川等の別あるも、 みなこれを物界中に包括するを得べく、無形の諸想に情意、覚智の別あるも、みなこれを心界中に摂尽するを得 べし。これを仏教にて色心二法という。色法はすなわち物界なり、物界はわが心によりて覚知せらるる所観の境 にして、心界はこれを覚知する能観の体なり。故にこれを客観、主観と名付くるも可なり。すでに物心両界は能 観所観の関係ある以上は、我人の心界あるを知るは物質あるにより、物界あるを知るは心性あるによる。物なく んば心その作用を現ずるあたわず、心なくんば物その成立を示すあたわず、二者相対して始めて物あり心あり。 故にこれを相対性と名付く。また物は心を制限して二者の並存するをみる。故にこれを有限性となす。けだし物 は一般に延長を有す、仏教これを質磯︹ぜつげ︺を性とすという。心は延長を有せず、いわゆる無質擬なり。質磯 性の物質には千種万類あり、無質磯性の心性にもまた千差万別あり。故に物心両界はこれを差別界となす。その 差別の現象は我人の感覚し知了し得るものなれば、これを現象界とも可知的界ともいうべし。しかしてその界内 の万象は無涯の空間に横たわり、無限の時間に連なり、変々化々してやむことなし。故にこれを変遷生滅の世界 となす。すなわち仏教のいわゆる有為法、これなり。有為とは転変を義とす。この有為界に対して無為界あるを 証し、差別界に対して平等界あるを論じ、現象界に対して無象界あるを説き、可知的界に対して不可知的界ある

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日宗哲学序論 を唱え、有限界に対して無限界あるを定め、相対界に対して絶対界あるを示したるは、実に仏教哲学の神髄にし て、また純正哲学の骨目なり。もし物心両界を究めてその相離るべからざるゆえんを知らば、二者その体の一な ることを知るべし。かつ物心各体のよって分かれよってきたる根源を尋ぬるも、またその体のよって立ちよって 存する基礎を考うるも、共に平等無差別の本体あるを知るべし。また変化の中に不変化の性あり、生滅の間に不 生滅の理あるを知らば、常住恒存の世界あるを知るべし。古来この問題を説明するに、唯物、唯心の両論あるも、 唯心論は心そのものを究明することあたわず、唯物論は物その体を解説することあたわず。これにおいて物心両 論を総合して非物非心論を唱うるに至る。その論なお二様に分かる。甲は実体一元論、乙は理想一元論なり。二 者共に一元論なるも、万有実在の点より進みて非物非心を論ずるもの、これを実体一元論といい、精神思想の上 より推して非物非心を論ずるもの、これを理想一元論という。しかして中正完全の一元論は、更にこの二論を統 合したるものならざるべからず。しかれども物本末あり、事終始あり、我人の思想動かずんばすなわちやまん。 いやしくも動かば必ず表裏左右の差別、本末終始の次第ありて起こり、物心の本体を論定するに実在性、理想性 の二者中その一をとらざるを得ざるに至る。もしこれを避けんと欲せば、その理たるや言亡慮絶にして黙してや むより外なし。これにおいて不可知的論、不可思議論もしくは秘密論起こる。今、仏教は本来不可思議論なり。 もしこれを思議すれば理想一元論なり。しかしてその理想は実体論より進みてこれに達したるものなり。すなわ ち仏教中の初門なる小乗は実体論、権大乗は唯心論にして、最後の実大乗は理想論なるをみて知るべし。これを 要するに、宇宙に物心両界あり、これ共に有限相対の世界なり、これに無限絶対の世界を加うれば三大界となる。        脚 すなわち仏教の有為の色心二法と無為法との三界なり。左にこれを表示すべし。

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世界籠詩霞鷲ぽ一

 この無為の世界は畢寛するに真如世界なり。よろしくこれを理界と名付くべし。これに対して有為の世界は万 法の世界にして、これを事界と名付く。これによりてこれをみるに、物心理三大界の存することは、西洋哲学す でにこれを唱え、仏教またこれを説き、東西互いにそのみるところを同じうすというべし。        第六節 三大界の中心  すでに三大界あり。必ずその各界の中心点なかるべからず。またその各界の連接点なかるべからず。もし普通 の見解によれば、絶対界の中心はこれを神とし、心界の中心はこれを良心とすべし。しかして物界の中心は、余 なにをもってこれに充つべきを知らずといえども、わが太陽系内にありてはよろしく太陽をもってこれに充つべ し。それ我人のよく万有万象を目撃し、山川の勝、草木の美を現見するは、全く太陽の光線あるによる。あたか もわが心内を照らして是非善悪を知るものは、良心の光によるに異ならず。太陽の光なくんば物界は暗黒なり、 良心の光なくんば心界また暗黒なり。これと同時に、神体の光なくんば絶対界も相対界もことごとく暗黒世界と なるべし。これにおいて物界の美は太陽の光によりて現れ、心界の善は良心の光によりて発し、絶対界の真は神 体の光によりて生ずるを知るべし。故に余はこの三者を宇宙の三大光と名付く。もしまたその各界の連接点を考 うるに、物心両界を連接するものは人間にして、なかんずく我人の身体なり。この身体の外部には物質を構え、 内部には心界を開き、我人の一言一行、一挙一動みな物心二者の結合作用にあらざるはなし。しかしてまた我人 348

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日宗哲学序論 の良心は絶対界と相通じ、その心面に神体の光を啓発し、もってよく無限を直覚し、不可知を感知するを得るな り。果たしてしからば、絶対界と相対界とを連接するものは我人の心界にして、神界と物界とを結合するものも また我人の心界なるを知るべし。故に左の甲図一変して乙図となるをみるなり。 甲

   界

絶一神体︰    対

物一太陽界

    界 乙 絶一神体︰     対  界    界 一良心﹂ 一太陽﹂       物  これによりてこれをみるに、心界と絶対界との関係は直接にして、絶対界と物界との関係は間接なるの別あり。 しかりしこうして物質に純なるものと不純なるものあり、精神に良なるものと不良なるものあり。もしその純か つ良なるものよりこれをみれば、物界も心界も共に直接に絶対界に関係し、もしその不純かつ不良なるものより これをみれば、物界も心界も共に間接に絶対界に関係するなり。今、土石のごときは物質中の極めて不純なるも のなれども、光力、熱力、電力のごときに至りては、そのやや純なるものなり。もしその最も純なるものに至り ては、ほとんど心界と相分かつべからず。けだし二者その本源に至りては一なるべし。古来これを世界的精霊と       49 名付く。その精霊は心界の上に発して精神の善となり、物界の上に発して万象の美となる。この善この美、共に 3

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神界の真際より開顕したるものなり。これをもって物界の純なるものは、直接に神界に関係するを知るべし。こ       50 れを要するに、宇宙に三界、三霊、三光、三性あり。これを表示すること左のごとし。      3   三界ー物界⋮⋮心界⋮⋮絶対界︵理界︶   三霊−太陽⋮⋮良心⋮⋮神体   三光ー日光⋮⋮心光⋮⋮神光   三性ー美 ⋮⋮善 ⋮⋮真  もしその真善美三性を完備兼有するものを妙と名付く。仏教はその妙を開示したるものにして、﹃法華経﹄のい わゆる妙法、これなり。        第七節 仏教の三大界  物心理三界の存立することは東西哲学の共に許すところなりと断言して可なるも、もしその相関を論ずるにお いては大いに異説あり。まず前節のいわゆる三霊、三光なるものを仏教中に尋ぬるに、太陽をもって物界の霊長 となすの説あるをみずといえども、物質に純、不純の二種あることは経論中に散見するところなり。今その一例 を挙ぐれば、欲界、色界、無色界の解釈に、色界は形質清浄、身相殊勝なりといい、あるいは浄妙の色を有すと いい、無色界は﹁形色あることなく、ただ心あるのみ。﹂︵無レ有二形色↓唯有レ心︶といいて、物質に粗雑なるものと 精純なるものとの別あるを示し、もしその純中の純、精中の精なるものに至りては精神となるゆえんを示せり。 これによりてこれをみれば、物質と精神とは本来その別あるにあらずして、ただ純、不純の度を異にするのみ。 また心界に至りては一心中に有漏性、無漏性を分かち、あるいは染汚、不染汚を分かつことあり。染汚および有

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日宗哲学序論 漏は煩悩の異名にして識心の不良なる部分をいい、無漏、不染汚は精神の純良なる本性をいう。この不良を払い 去りて純良を開きあらわすは、実に仏仏の目的とするところなり。これを法相宗にては転識得智という。転識得 智とは有漏不純の識を去りて無漏純良の智を得るなり。あるいは天台にては転情成智と説くも、その義一なり。 仏教の目的は転迷開悟にありというも、その意またこの外に出でず。つぎに絶対界のいわゆる神体は、仏教のい わゆる真如なり法性なり。﹃唯識論﹄にては無為に六種を分かつも、その体、真如に外ならず。故に絶対界の神光 はすなわち真如の光なり。その理を指して浬築といい、その智を呼びて菩提という。この浬薬、菩提の一部分は 我人の心中に融通して存するなり。これをもって﹃浬磐経﹄にはコ切の衆生はことごとく仏性あり。﹂二切衆生 悉有二仏性一︶と説き、﹃金牌論﹄にはコ切の衆生はみな果人性あり。﹂二切衆生皆有二果人性一︶と説けり。すなわ ちそのいわゆる仏性は真如とその体を同じうして、我人の良心なり。換言すればわが精神の最も純良なるものな り。これによりてこれをみるに、物界と心界とは本来その別あるにあらずして、ただ純雑その度を異にするゆえ んを知るべし。しかりしこうして仏教はこれを帰するに主観論なり唯心論なり。故に心界は真如界とその体を同 じうし、物界は心界の現象なりとせざるべからず。その理は唯心論を一言するにあらざれば知るべからず。今ま ずここに純、不純、開発の次第を表示すべし。  この順序によれば、そのいわゆる純は普通の見解によるに、我人の精神に限りてこれを有すべきも、深くこれ を考うるに、ひとり心界中に存するのみならず、物界の内部にも存するなり。これにおいて甲図一変して乙図と なる。故にこれをさきのいわゆる世界的精霊となすも不可なることなし。これをもって、仏教にては三切の衆        皿 生はことごとく仏性あり。﹂二切衆生悉有二仏性一︶と説くのみならず、﹃四念処﹄にはコ色一香、中道にあらざる

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理界

物界

’し・ 界 乙

理界

物界

’し・ 界 352 丙

丁真不③

界 如 はなし。﹂二色一香無非中道︶と説き、﹃止観﹄にもコ色一香、みなこれ中道なり。﹂二色一香皆是中道︶と説き、 ﹃金牌論﹄には三草一木一礫一塵、おのおの一仏性なり、云々。﹂二草一木一礫一塵各一仏性云々︶の語あり。ま た﹃円覚経﹄には﹁衆生国土、同一法性なり。﹂︵衆生国土同一法性︶とありて、物界も心界も、一としてその体、 真如ならざるはなし。ただただ物界はこれを包蔵して内に含み、心界はこれを発顕して外に示すの別あるのみ。 あるいは禽獣はその少量を発顕し、人類はその多量を発顕するの別あるのみ。果たしてしからば宇宙を分かちて

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日宗哲学序論 理、物、心の三界となすより、むしろ真如界、純界、不純界となすを適当なりとす。これ乙図を変じて丙図とな すゆえんなり。しかりしこうして物心両界は真如を離れて別に存するものにあらざれば、丙図更に一変して丁図 とならざるべからず。これを要するに仏教にて物心理三界の関係を論ずるは、一体の真如開発して物心両界を分 化するがごとく解するものと、物心の体そのまま真如なるがごとくみるものと二様あり。この理を明らかにする には、まず唯心論および理想論を述べざるべからず。        第八節 仏教の唯心論  仏教は唯心論なり。その非物非心を論ずるがごときも唯心的理想論なり。これを証明する法は仏教中おのずか ら先天的、後天的の二様に分かる。まず後天的証明法によるに、外界万有の現象は我人の感覚思想の程度状態に 従って異同あり。これを人類の上に考うるに、甲の見て感ずるところと、乙の見て感ずるところと、決して同一 なるあたわず、いわんや人類と全くその種を異にする禽獣においてをや。獣類の感覚上に見るところの世界と、 鳥類の感覚上に見るところの世界とは、必ず大いに異ならざるべからず。また魚類の見て外界と認むるものと、 虫類の見て外界と認むるものと、その間またおのずから大差あるべし。これをもって、甲には甲の世界あり、乙 には乙の世界あり。かくして外界は色、声、香、味、触の五種よりなるも、その五種みなわが主観の状態により て変化する以上は、外界は心界の写影に外ならざるを知るべし。これをもって法相宗にては﹁森羅万象はただ識 の変ずるところなり。﹂︵森羅万象唯識所変︶となす。また外界の状態は我人の境遇によりて異なるものなり。たと えば順境にありてこれをみれば楽界となりて現じ、逆境にありてこれをみれば苦界となりて現ず。迷者の見て苦       53       3 界と認むるもの、識者はこれを見て楽界と認むべし。これをもって﹃法華経﹄にては凡夫の所見に対して、﹁三界

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は安きことなし、なお火宅のごとし。﹂︵三界無レ安猶如二火宅一︶と説き、仏の所見に対して﹁寂然たる閑居、安処た る林野﹂︵寂然閑居安処林野︶と説けり。この理を推して、仏教中に三界は仏国なり、娑婆は寂光土なりと唱うるゆ えんを了解すべし。これ我人の経験上考定し得る事実なれば、余はこれを後天的証明法という。これに対して先 天的証明法は、因果の理法によりて万有の起滅するゆえんを説明するものなり。まず物界の諸象の変々化々する ゆえんを考え、その変化の不断相続するゆえんを究むるときは、因果の作用の前後相続してやまざるを知るべし。 この理に基づきて仏教は識心の相続するゆえんを示す。すなわち﹃成唯識論﹄に﹁もろもろの有情の心、心所法 は、因縁力の故に、相続して断ずることなし。﹂︵諸有情心心所法、因縁力故、相続無レ断︶とあり、﹃原人論﹄に﹁形 体の色、思慮の心は、無始よりこのかた因縁力なるが故に、念念に生滅して、相続は無窮なり。﹂︵形体之色、思慮 之心、従二無始莱、因縁力故、念念生滅、相続無窮︶とあり。しかるに唯物論者のいわゆる因果は物質的因果にして、 物質そのものに固有せる規則なり。かくのごとき規則は物質ありてのち始めて生ずるものにして、物質の前にも 物質の外にもひとり存するあたわず。しかるに仏教の因果は物質以上の因果にして、物質そのものも因果の作用 によりてその形象を現じ、またその変化を呈するなり。そもそも物質は有形なり因果は無形なり、物質は所動な り因果は能動なり、物質は形体なり因果は作用なり、物質は結果なり因果は原因なり、物質は死物なり因果は活 物なりとするは、実に仏教の定見にして、これを西洋の哲学に考うるも、またあえて道理なきにあらず、ただそ の一致し難きは唯物論者の因果とその見を異にするにあり。しかれども、物質そのものの始めて動き、始めて現 ずる原因を窮むるに至りては、因果作用の最初より存することを仮定せざるべからず。けだし物質あれば必ず勢 力あり、勢力あれば必ず物質あるは、唯物論、唯心論を問わず一般に許すところなり。しかるに唯物論者は勢力 354

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日宗哲学序論 をもって物質に付属せるものとし、物質ありてのち勢力あるもののごとく考うるなり。しかるに物質そのものは 勢力によりてその形を現ずるのみならず、物質を分解してその極に達すれば、勢力そのものの物質にさきだちて 存することを想定せざるを得ざるに至る。かくのごとく考定しきたらば、物質は勢力の付属物たるを知るべし。 今、因果の作用はこの勢力の活動に外ならずして、因果の理法はまたこの勢力の規則に外ならず。すでに因果と 勢力との同一の関係を有するゆえんを知れば、物質的因果もたちまち活物的となり、物心両界に貫通して存する ことを知るに至るべし。故にその因果は畢寛するに真如の規則にして、真如動かずんばすなわちやまん。いやし くも動かば必ず因果の理法を生ずるをみる。換言すれば因果は真如の活動作用に与えたる名称にして、世界の開 合も万有の生滅も、みなこの規則に基づかざるはなきを知るべし。かくしてすでに因果は非物質性なることを知 り、真如活動の規則なることを知れば、その体と精神と同一なるゆえんも、あるいはその体と世界的精霊と同一 なるゆえんも、またおのずから了すべし。これ仏教にて唯心的因果を唱うるゆえんにして、外界の万有万化を考 えて因果の理に帰し、更にこれを究めて真如もしくは精神に属し、ついに唯心論を結成するに至る。これをもっ て﹃倶舎﹄の頒には﹁世の別は業によりて生ず。思および思の所作なり。﹂︵世別由レ業生、思及思所作︶と説きて、 外界差別の諸象は精神的因果によりて起こるものとす。小乗の客観論すらなおかくのごとき主観的説明をなす、 いわんや大乗をや。﹃成唯識論﹄には﹁実に外境なく、ただ内識のみありて、外境に似て生ぜり。﹂︵実無二外境一唯 有二内識似二外境一生︶といい、あるいは﹁実に外色なく、ただ内識のみありて、変じて色と似て生ぜり。﹂︵実無二外 色べ唯有二内識一変似レ色生︶という。また﹃起信論﹄には﹁一切の諸法はただ妄念によりてのみ差別あるも、もし心       識 念を離るればすなわち一切の境界の相なし。﹂二切諸法、唯依二妄念一而有二差型若離二心念一則無一二切境界之相しと

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あり、かくのごとき類いちいち枚挙にいとまあらず。しかれどもこれ感覚以上に関する道理なれば、余はこれを 先天的証明法という。以上述ぶるところこれを要するに、仏教の唯心論を証明する法に先天的、後天的の二様あ りて、先天的は因果論により、後天的は感覚論によるというにあり。        第九節 仏教の理想論  すでに唯心論を論述したるをもって、これより仏教の理想論を説明すべし。そもそも仏教はその論理、客観論 よりようやく進みて主観論に入り、主観論より更に進みて理想論に入る。換言すれば実体論より唯心論に進み、 唯心論より真如論に達し、真如そのものをもって一教全論の神髄となすものなり。しかして真如の存在を証明す るに、またおのずから消極的、積極的の二様あり。まず消極的証明法を述ぶるに、これにまた形式的と事実的と の二法あり。形式的とは論理の形式上演繹的に論定するものにして、一方に万物実有論あれば、他方に皆空論あ り、これを有空二門とす。この二者共に偏するところあり。もしその間に中道の真理を立てんとすれば、論理の 勢い必ず非有非空の体を説かざるべからず。けだしこれへーゲルのいわゆる三断論法の方式にして、実有論は正 断なり、皆空論は反断なり、これに対して非有非空の合断あり。仏教にては三断論法の方式なきも、四句百非の 論式ありて、その意、三断論法に異ならず。すなわち四句とは有と空と亦有亦空と非有非空との四断にして、す でに実有の論あり。また皆空の論あれば、これに対して亦有亦空論、非有非空論あり。しかるに三断論法にては 亦有亦空、非有非空の二句を合して一句となすの相違ありといえども、その実一なり。今この論式によるに、有 空の中を得たる非有非空の体あるべし。その体を名付けて真如となす。しかれどもこれ形式上の証明のみ。これ に反して事実上の証明あり。その証明とは実体論を一変して唯心論となすときは、外界万有は虚無に帰せざるべ 356

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日宗哲学序論 からず。しかるときは我人の目前に万象の森然として現立するゆえんを説明することあたわず。もし唯心界中に 万象の現立するゆえんを示さんと欲すれば、唯心の上に物心の本体あることを説かざるべからず。これをもって 法相にては有空中三時教の説あり、天台にては空仮中三諦の論あり。これみな物心の上に非物非心の体を立てて、 万象の虚無ならざることを示すものなり。しかれどもこの形式上の証明も事実上の証明も、物心以上に真如なか るべからずというにとどまり、いまだ正面よりその実在を論定するにあらず。故に余はこれを名付けて消極的証 明法となせり。しかるにまた仏教中に直接に真如の実在を論定する法あり。これ他なし、物心万有は変化してと どまらざるものなり、故に仏教にては色心二法をもって有為法に属せり。しかして有為変遷の諸象中に不変不化、 不生不滅のものありて存するをみる。これをもって外界は、あるいは進化し、あるいは退化し、あるいは成住し、 あるいは壊滅するも、いまだかつて真に生じ真に滅したることなく、物心諸象は変化しながら常住恒存して、無 始の始めより無終の終わりまで不断永続せんとす。これ畢寛物心の本体の常住恒存せるによること明らかなり。 これをもって小乗においては法体恒有説を唱え、大乗においては心体不滅論を唱えり。この恒有不滅の体を名付 けて、真如あるいは法性となす。これこれを前二種の証明法に比するに、積極的というべし。これを要するに、 仏教は種々の証明法によりて真如の実在を論定せり。        第一〇節 真如と物心との関係  以上、すでに仏教の唯心論および真如論の証明法を示したれば、ここに真如と物心との関係を述べざるべから ず。そもそも真如は物心の実体にしてまたその本源なり、物心の原因にしてまたその基礎なり。故にこれを天神 と名付くるも可なり、太極と称するも可なり。およそ天神と物心との関係を論ずるに二様あり。その一は天神の 357

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命令もしくは意力によりて、世界なき所に世界を造出する説、これを創造論という。その二は天神の自体開発し       58 て世界を現出する説、これを開発論という。しかして仏教は真如開発論なり、これを縁起論と名付く。もし開発 3 の前後にその別を立てず、真如界中に本来万象を具有して、真如と万象と不一不二なる理を唱うるもの、これを 本具説と名付く。けだし仏教の開発論は縁起、本具の二様の見を有するなり。しかして縁起論は差別の見を脱せ ず、本具論は平等の理に偏する嫌いなきにあらずといえども、真如そのものの開発を論ずるには、差別の辺より 見るか、平等の辺より見るか、二者中その一を取らざるべからず。しかるに仏教はこの二者を統合して、その間 に中道を立てんと欲し、真如と物心との関係のごときは、あるいは不離不即といい、あるいは不一不異といい、 あるいは真如即万法、万法即真如といい、あるいは色即是空、空即是色といえり。世の有神論者は物心の外に神 あることを説き、汎神論者は万物即神なることを説くも、これみな一辺に偏したる論といわざるべからず。もし 仏教よりこれをみれば、差別上にありては世界の外に神あり、物心の外に真如あり、我人の外に仏ありというを 得べく、平等上にありては真如も世界と同体不二といわざるべからず。その一は表面の見にして、その二は裏面 の見なり。これを要するに仏教の物心と真如との関係、すなわち有為と無為との関係は、不一不二の一句をもっ て言い尽くすことを得るなり。これを推して物界と心界との関係も、不一不二をもって説明することを得べ し。        第一一節 真如と我人との関係  かくして、余はすでに仏教の三大界の関係を論定し得たれば、これよりさきの三霊三光の関係を仏教の上に参 説せざるべからず。表面においては真如と物心とはその別あるも、裏面においては同体平等なるをもって、真如

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日宗哲学序論 そのものはひとり我人のみならず、一切万有に普遍して存せざるべからず。これをもってさきにすでに述べしが ごとく、真如の本性の我人の心内に潜在するもの、これを仏性といい、万有の内部に包含するもの、これを法性 という。換言すれば有情にあるものを仏性と名付け、無情にあるものを法性と名付く。もし外界にその気を発す れば万象の美となり、内界にその光を放てば良心の善となる。しかしてこの真如の光を各自の心頭に開きたるも のを、仏すなわち仏陀とす。我人一般に本来仏性を有するも、不純不良の迷心に掩覆せられ、その光を放つこと あたわず。その迷心はすなわち煩悩にして、その中に存する仏性はこれを在纏の真如という。この真如は相対界 中にあるも絶対界の真如と同一にして、ひとたびその光を心門の中に開ききたらば、甲の見るところの真如と乙 の見るところの真如と、もとより同一ならざるべからず。あたかも暗雲を払い去らば、甲も乙も同一の月を見る がごとし。故にこれをヤソ教の三位説に比考するに、真如は神父にして、我人と仏とは神の子なり。しかして仏 性はすなわち神霊にして、これを開顕したるものを仏とし、開顕せざるものを凡夫とするなり。        第一二節 真如開発の説明  本宗は天台と同じく、理想一元論に基づき絶対平等論を唱うるものなれば、まず真如平等の理を述べざるべか らず。さきにすでに論じたるがごとく、この世界は千差万別の諸象を見るも、その実、一大元ありて存するのみ。 仏教にてこれを証明するに、分析論および総合論の二様あり。換言すれば客観論と主観論との二様あり。客観論 にては分析的に物心を考察して、諸元の集散分合によりて万有を構成するゆえんを知り、ついに単純の原理を論 定するに至る。これを仏教にては析空論という。主観論にては総合的に万有を論究し、識心を離れて諸象の存せ ざるゆえんを知り、もって一元の道理に体達するに至る。これを仏教にて体空論という。しかしてその結果、唯 359

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心一元論を結ぶに至る。しかるにさきに第九節に述べたる論理によりて、ついに非物非心の真如一元論を唱うる に至る。これ実に天台の平等論にして、これを西洋哲学に考うるに、へーゲルの理想論に最も相近し。およそい ずれの哲学にても、宇宙万有を論究してその羅奥を究むれば、たやすく一元の理に体達し得べしといえども、そ の一元の上に千万差別の諸象の現立するゆえんを示すに至りては、大いに苦しむところなり。今、仏教において も二、三の見解を異にするものありて、一言にて断定し難しといえども、要するに﹃起信論﹄のごとき開発的に 論明するものと、天台のごとき本具的に証明するものとの二様あり。開発的にこれを論ずれば、物心、純雑、真 偽、善悪、苦楽等の差別は本来存することなきも、その開発縁起するに当たりて忽然として現出せりとなす。し かして更に開発してその目的を達するに至らば、また本来の空理に帰すべしという。これあたかも本来枝葉の差 別を有せざる種子より枝葉を生じ、他日更に種子を結ぶに至らば、最初の無差別の状態に帰するがごとし。しか るにこれを本具論よりみるときは、千万差別の諸象は無差別の真如海中に本来具存せりとなす。あたかも枝葉の 差別を有せざる種子中に、本来枝葉を生ずる理を具するがごとし。これをもって、真如即万法というと同時に、 万法即真如といい、事造即理具というと同時に、理具即事造という。その説明は余、別に﹃仏教活論﹄中に論述 せるをもって、ここにこれを略す。しかりしこうして天台の一元論は畢寛するに空仮中の三諦の原理を立てて、 森然たる万法の仮立を許すも、その実、平等無差別をもって真理とするものなり。しかして我人の差別をみるが ごときは、東西無差別の宇宙間に南北の差別をみるがごとし。今それ宇宙もその実、真如平等の世界なれば、あ に物心の別、彼我の異あらんや。しかれども、もし我人その一部分に固着して全体を達観する眼なきときは、そ の間に彼我自他の差別をみるべし。あたかも地球の一隅に局在して考うるときに、東西の差別をみるがごとし。 360

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