哲学要領
著者名(日)
井上 円了
雑誌名
井上円了選集
巻
1
ページ
87-215
発行年
1987-10-26
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002870/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja×灘
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b租々ノ定義﹀下タ﹀威︹原因紡果ノ田係チ究▲レン昂ナリト云b 第一段 (巻頭) 4.刊行年月日 前編 初版 明治19年9月 底本:再版 明治20年9月 後編 初版 明治20年4月 底本:再版 明治21年2月 5.句読点 前・後編に句読点なし 1.冊数 2冊(前・後編) 2.サイズ(タテ×ヨコ) 前編 186×127mm f麦編 187×120mm 3.ページ 前編 総数:121 序文: 2 目次: 7 本文:112 後編 総数:123 序文: 2 目次: 8 本文:113 明治+九年七月二日臆膨気許 同 年九月 出 版 明治二十年八月八日綿叛御届・ミ 全 声九月×ξ麺ば減、を ㌧﹀∴盲,渦栢滝、隅㈱
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編︺
序
言
この編は余、講学のいとま、人のもとめに応じて逐次起草するところにかかわる。今これを集めて小冊子とな し、題して﹁哲学要領﹂という。けだし世の哲学を知らんと欲するものの階梯に備うるの微志のみ。さきに井上 哲次郎氏著すところの哲学講義世に行わるるも、その書、ギリシア哲学の歴史を略述するにとどまりて、未だ西 洋近世哲学および東洋哲学に論及せず。故にこれを読むもの哲学の一斑を知るのみにして、全豹をうかがうあた わざるの嘆あるを免れず。この編はしからず。古今東西の哲学を列叙対照し、読者をしてたやすく哲学全系の大 綱要領を知らしむべしと信ず。いささか題して序文に代う。 哲学要領(前編) 明治十九年六月 著 者 識 87第一段緒
論
88第一節 義
解
余、今、哲学の要領を論述せんとするに当たり、まずその義解を下し、範囲を定むるを必要なりとす。それ哲 学は古来の学者おのおのその見るところに従い、種々の定義を下して、あるいは原因結果の関係を究むるの学な りといい、あるいは事物の理性を明らかにするの学なりといい、あるいは諸学を統合するの学なりというも、要 するに思想の法則、事物の原理を究明する学なり。故に思想に及ぶところ、事物の存するところ、↓として哲学 の関せざるはなし。政法の原理を論ずるもの政法哲学あり、社会の原理を論ずるもの社会哲学あり、道徳を論ず るもの倫理哲学あり、美妙の原理を論ずるもの審美哲学あり、宗教の原理を論ずるもの宗教哲学あり、論理の法 則を定むるもの論理哲学あり、心理の法則を定むるもの心理哲学あり、歴史には歴史の哲学あり、文学には文学 の哲学あり、教育学も哲学の理論により、百科の理学も哲学の規則に基づく。これをもって哲学の意義の潤にし て、その関係の大なるゆえんを知るべし。第二節 範
囲
すでに哲学の意義、関係の潤大なるを知らば、その範囲の潤大なるまたたやすく知るべし。広くこれをいえば、哲学要領(前編) 諸学一として哲学ならざるはなし。論理、心理、倫理等はもちろん、政治、法律、理学、工芸に至るまで、いや しくも思想の関するところは哲学の範囲に属してしかるべし。しかれども狭くこれをいえば、哲学には哲学固有 の学科ありて、諸学ことごとく哲学なるにあらず。例えば論理、心理、倫理等は哲学なれども、物理、化学等は 理学にして哲学にあらず。今、理学と哲学との別を挙ぐるに、一は有形質のものを実験する学にして、一は無形 質のものを論究する学なり。一は事実の一部分の学にして、一は全体の学なり。一は物質の学にして、一は思想 の学なり。故に理学はその力、事物の原理原則、宇宙、天神、心霊のいかんに至るまで、ことごとく究明するこ とあたわず。よくこれを究明するは、その学の哲学を待たざるべからざるゆえんにして、すなわち古来の学者、 哲学の義解を下して、あるいは理学の諸規則を統合する学なりといい、あるいは理学の原理原則を論定する学な りというゆえんなり。しかしてまた哲学中にもその原理の原理、その原則の原則を論究する一学科あり、これを 純正哲学と称す。純正哲学は哲学中の本部にして論理、心理等はこれに属するものなり。今もし諸学の関係を政 府の組織に比するに、百科の理学は地方政府のごとく、哲学は中央政府のごとく、論理、心理等の諸科は中央政 府中の諸省のごとく、純正哲学は中央政府中の内閣のごとし。すなわち純正哲学において論定せるものは論理、 心理、その他の諸哲学の原理原則となり、哲学諸科において論定せるものは理学、法律、その他の諸学科の原理 原則となるを見る。しかして通常、人の哲学と単称するときは論理、心理等を総括していうといえども、余がこ こに﹁哲学要領﹂と題せしは、ひとりこの純正哲学を指意するをもって、以下単に哲学と称するときは、純正哲 学のことなりと知るべし。 89
第三節 目
的
諸学すでに一定の範囲ある以上はまたおのおの一定の目的あり、政治法律には政治法律の目的あり、物理化学 には物理化学の目的あり、哲学またしかり。論理には論理の目的あり、心理には心理の目的あり、倫理には倫理 の目的あり。これらの諸学の目的は多少人の知るところなれども、純正哲学の目的に至りてはこれを知るものは なはだ少なし。しかれども、もしその学は原理の原理、原則の原則を論究するの学なるを知れば、その目的また 論理、心理等の原理原則を証明するにあること、問わずして知るべし。他語をもってこれをいえば、真理中の真 理を論究するにあり。第四節 疑
問
今もし真理中の真理を究明せんと欲せば、まず宇宙の有涯無涯と、心霊の生滅と、天神の有無、および時間空 間の存否を論定せざるべからず。しかして宇宙は無数の物質より成るをもって、その有涯無涯を知らんと欲せば、 まず物質のなにものたるを論ずるを要し、天神は人心の想像より起こるをもって、その存否を知らんと欲せば、 まず心性のいかなる作用を有するかを究むるを要す。およそ我人、宇宙間に立ちてその目前に現ずるものこれを 物質と名付け、その脳裏に動くものこれを心性と名付く、あるいは物質を客観といい、心性を主観ということあ り。しかしてまた客観の一境はこれを物界と称し、主観の一境はこれを心界と称するなり。あるいはまた心界は 内にあり、物界は外にあるをもって、内界外界の名称を用うることあり。もし更にその内外両界はいかにして生 90哲学要領(前編) じ、いかにして分かるるかを究むるときは、我人の知るべからざる体ありて存するを想見す。これを天神と称す。 故に哲学上の問題はこれを要するに、物心神各体のなにものなるを究め、その三者の関係いかんを定むるに外な らず。
第五節 学
派
古来この問題を解釈するに、種々の異説の学者の問に起こるにありて、東洋には東洋の説あり、西洋には西洋 の説あり、シナにはシナの説、インドにはインドの説あり、ギリシアにはギリシアの説、イギリスにはイギリス の説あり、あるいは世界は物質あるのみと唱うる唯物論者あり、あるいは心性の外に世界なしと唱うる唯心論者 あり、あるいは物心二元を立てて、あるいは物心神三元を立てて、あるいは有元を説き、あるいは無元を説き、 あるいは異体あるいは同体を論ずるものあり。今その学派の異同を知らんと欲せば、まず哲学全界の分類をなす を必要なりとす。第六節 分
類
哲学の分類には地位上あるいは歴史上の分類と、性質上すなわち組織上の分類との二種あり。一は外部の分類 にして、一は内部の分類なり。まず外部の分類をなすこと左のごとし。 これ地位および歴史に関しての分類なるをもって、これを地位上または歴史上の分類とするなり。これに対し て諸学派の性質組織を分類して、あるいは実体学派、心理学派、論理学派と次第するものあり、あるいは唯物論、 91唯心論と次第するものあり、あるいは一元論、二元論と分かち、または本然論、経験論と分かち、あるいは帰納 哲学、演繹哲学と分かちて、その法一定せざるも、余は左の分類を設けて各派の関係を明らかにせんと欲するな り。
学
派
有 無
元 限
払 払 fima ti冊 (一 シ虚無論︶=兀論︷蕪
多兀論露竃
︵あるいは物心両立論とも︶ ︵あるいは物心一体論とも︶ この二種の分類中、今この編に論述せんと欲するものは地位上の分類にして、 第に及ぼして古今諸家の異説を述べんとするなり。 まず初めに東洋哲学を論じ、次 92第二段 東洋哲学
哲学要領(前編)第七節 史
払
6冊 余がここに東洋哲学と題せしは、西洋哲学に対してインド、シナ両国の諸学に与うる名称なり。インドには婆 羅の法および釈迦の教あり、シナには孔孟の学および老荘の道あり、みなもって哲学の一部分となすに足る。ひ とり本邦は古来、諸学、諸教、ことごとくシナより伝来せるをもって一国固有の学あるを聞かず。故に東洋哲学 はシナ、インド両国の学を論ずるをもって尽くせりとす。そもそも東洋の学は今日に至りてこれを考うれば、も とより西洋の進歩に比すべきにあらずといえども、古代にありてはその盛んなるギリシアも一歩を譲るの勢いあ り。かつまた時代をもってこれを較するも、東洋の文化、ギシリアにさきだちて開けたるは史に徴して瞭然たり。 けだしギリシアの文学はヤソ紀元前五〇〇年に起こり、シナ、インドの諸学は遠くその以前に始まる。しかして インドの学最も古しとす。なんぞ知らん、ギリシアの文明多くはインドより漸入したるを。シナといえども漢以 後の学は、仏教伝来の影響によるもの少なからず。インド古代の旺盛推して知るべきなり。しかりしこうして、 諸説異論の一時に競起して、哲学の思想大いに発達したるは、東西ほとんどその年代を同じうす。すなわち紀元 前三〇〇∼四〇〇年代はギリシアにありてはソクラテス、プラトン、アリストテレス、諸氏の時に当たり、シナ にありては孔、孟、老、荘、楊、墨、筍、韓の時に当たり、インドにありては馬鳴、竜樹、無著、世親の時に当 93たる。かくして東西一時に文化勃興し、その後ようやく退歩しもって今日に至る。その間一、二の盛衰変革なき にあらずといえども、また古代の隆盛を見ざるなり。ひとり欧州に至りては近古三百年来、哲学の思想、漸々振 起し、遠くギリシアの古学を尋ねてこれを増補進長し、もって近世哲学の組織を構成するに至る。しかるに東洋 のごときは、今日未だ哲学再興の勢いあるを見ず。学者あに慨せざるべけんや。
第八節 種
類
東西両洋の哲学を比考してその種類の相似たるものを挙ぐるに、西洋学者、今日唱うるところの倫理、心理、 論理等の哲学および純正哲学は、みな東洋学者のすでに論ずるところなり。今その一、二を例するに、倫理学お よび政治学には孔孟の説あり、論理学には因明の法あり、純正哲学には老荘の学および仏氏の学あり、倶舎のご とき実体哲学あり、唯識のごとき心理哲学あり、天台のごとき理想哲学あり、その他申韓の法、楊墨の道、みな 西洋諸家の説に符合するものなり。東洋に性善性悪論あれば西洋にもこれあり、西洋に自愛愛他説あれば東洋に もこれあり、婆羅の神造説、仏教の真如説もまたみな西洋学者の論ずるところなり。かくのごとく両学の要点を 比すれば、東西大抵相似たりといえども、その全体を較するに至りては、東洋の諸学は西洋学の詳密にしてかつ 完全なるにしかず。その理、余が左に述ぶるところを見て知るべし。第九節 性
質
東洋哲学中一、二の諸学はその高妙幽微なること、あるいは西洋哲学の右に出つるものありといえども、概す 94哲学要領(前編) るにその学一端に僻するの弊ありて、未だ完全の組織を構成するに至らず。今その固有の性質を述ぶるに、孔孟 学のごときは実際に偏するの弊あり、老荘学のごときは虚妄に流るるの僻あり。しかして仏教のごときは高妙は 至りて高妙なりといえども、今日の哲学上よりこれをみれば、理想の一辺に局して物理の実際に適せざるものあ るがごとし。これを要するに、東洋哲学は理論に偏するものと実際に僻するもののみありて、よくこの二者を結 合調和するものなく、かつ事物の実理をもってその関係を証明するものなし。すなわちその実理とは哲学の論拠 を構成すべき物理実験の諸学をいうなり。故にその実際に僻するものはいたって浅近にして理論に合せず、その 理論に偏するものはいたって高妙にして実用に適せず、論理従って疎にして論礎また輩固ならず、これおそらく は東洋哲学の欠点にして、西洋哲学に数歩を譲るところなり。
第十節事
圭目 かくのごとく哲学の東西互いにその性質を異にするに至りしは、必ずその原因事情の考うべきものあるべし。 およそ学術の盛衰、文化の進退は種々の内因外情の相関するありて、地位、気候、人種、風俗、気質、飲食、居 住、言語、交際、政治、宗教、教育、習慣、遺伝等、みな多少その原因を助くるは疑いをいれず。かつシナとイ ンドとは大いにその風土を異にするをもって、シナにはシナの原因あり、インドにはインドの事情あるもまた明 らかなり。しかして中世以後新説の絶えて起こらざりしは、・王として古代の諸学、一時非常の繁盛を極めたるを もって、その勢いほとんど世間を圧倒するに至り、およそ千百年の久しき、新論卓説のこれに抗して起こること あたわざりしによる。故をもって人知ますます旧習に沈み、思想いよいよ陳腐に属し、もって今日の衰頽をきた 95すに至れり。学者あに思わざるべけんや。 96
第三段 シナ哲学
第十一節 史
昧
百冊 東洋哲学中シナに起こるもの総じてシナ哲学と称す。その学、東周以後に始まり、二千数百年相伝えてもって 今日に至る。その間、学者一時に輩出して異論を唱うるあり。春秋戦国以後、秦に至るの際最も著しとす。しか して漢より唐に入りては、学者ただ古代の諸学を継述するに過ぎずして、一種の新説を起こすものを見ず。降り て宋朝に至り哲学再び興り、学者相伝えて明に至る。清以後諸学また衰う。今その盛衰の原因を考うるに、春秋 戦国の際、学者一時に轟気したるは、一は競争力に出でて一は反動力による。およそ天下治平久しきに過ぐれば 国内の人口次第に増殖して、上、禄位もその欲を飽かしむるに足らず、下、衣食もその需に応ずるに足らざるに 至るは自然の勢いなり。これにおいて競争起こる。競争ひとたび起これば、人々の精神大いに興奮す。精神興奮 すれば思想従って発達す。思想発達すれば諸学おのずから振起すべし。これ春秋戦国の事情なり。かつそれ競争 の盛んなるに当たりては、腕力または兵力競争の一方に傾くの弊あり。この際にありてこれに反対する競争起こ らざれば、国家の平均力を保持することあたわず。これにおいてその勢いおのずから文学の復興を促すありて、哲学要領(前編) 道理競争の行わるるに至る。故に春秋戦国に文化の隆盛を極めたるは、腕力競争の反動によるものと知るべし。 しかりしこうして秦以後、諸学一時に衰えたるは、一は秦政の書を焚きたるにより、一は盛衰循環の理による。 すべて有機物はこれを用うること久しきに達すれば、疲労を覚え刺激を与うること度に過ぐれば、興奮性を失す るに至る。今、社会も一活物なるをもって活動一時盛んなれば、また衰うるときある必然の理なり。そののち宋 朝に至りて学者陸続輩出したるは、一は仏教の勢い外より儒学を圧迫せしをもって、儒学大いに抗抵力を起こし これと競争したるにより、一は当時の学者、多少仏学を研究して、その思想を儒学の中に混入調和したるによる。 降りて近世に至り諸学衰頽をきたせしは、その抗敵たる仏教ようやく衰え、人の精神思想従ってその勢力を失す るに至ればなり。
第十二節 比
考
シナ哲学を大別して二種となす。一は老荘の学派にしてこれを道教と名付く、一は孔孟の学派にしてこれを儒 教と称す。その他シナには法家、仙家の二派あり、共に道家より分かるるという。法家はすなわち申韓の学にし てその教全く老子に基づく。仙家は漢以後、世に行わる。宋に至りて性理論起こる。程朱諸氏の唱うるところな り。そののち三教一致論の出つるあり。三教とは儒、仏、道をいう。これよりシナ諸家の説を西洋の学派に比考 するに、まず老荘は西洋のいわゆる任他主義にして、申韓はそのいわゆる干渉主義なり。あるいは老子の学を評 して自晦主義となすものあり。楊子は自利主義にして、ギリシアの哲学エピクロス派の主義に似たる。墨子の兼 愛はベンサム氏等の功利説に近し。孟子の性善論はリード氏等の説に同じ。筍子の性悪を論じて積習注錯をもっ 97て、心性の発達を証明せるがごときは、ロック氏の学派に異ならず。楊雄の善悪混説も、李朝の復性説も、程朱 の性理論も、みなギリシア中にその類を見る。その他、公孫竜、郵析は論理法を講ずるものなり、管、商二氏は 政治学を唱うる者なり。孔子の人倫を本とするはソクラテス氏の主義に似たり、荘子、列子の精神不滅を説くは ピュタゴラス氏等の論に似たり、老子の道の本体を談ずるはスピノザ氏の本質論、シェリング氏の絶対論、スペ ンサー氏の不可知的論に似たり、関サ子の道の幽妙を論ずるはへーゲル氏の理想論に似たり。その他、諸子百家 の説みな西洋にその類を見る。しかれども以上挙ぐるところは、ただその大要について較するのみ。詳細の点に 至りては東西もとより同一なるにあらず。かつシナ諸家の論は憶想仮定に出つるもの多く、論理の貫徹するもの あるを見ず。これその西洋学にしかざるゆえんなり。
第十三節 孔
老
98 シナ諸学その類はなはだ多しといえども、これを帰するに孔老二氏の学に基づくをもって、ここに両学の異同 を論ずるを必要なりとす。この二学はその性質全く相反するところありて、おのおの一僻あるを免れず。今その 点を挙ぐるに、孔子は人道を主とし、老子は天道を本とす。孔子は世情人事を論じ、老子は虚無淡泊を談ず。孔 子は実際に僻し、老子は理想に僻す。孔子は進取の風あり、老子は退守の風あり。孔子は愛他、老子は自愛なり。 孔子は関渉、老子は放任なり。孔子は人為、老子は自然なり。孔子は尭舜以下の道を説き、老子は伏犠以上の道 を説く。孔子は仁義をもって道の本とし、老子は仁義をもって道の末とす。孔子は浅近平易なり、老子は高遠幽 妙なり。以上列するがごとく、孔子と老子はその主義全く反対に出つるといえども、両教中またおのずから合同哲学要領(前編) する点あり。孔子もその目的、世道人心を矯正せんと欲し、老子も濁世の余弊を洗除せんと欲す。孔子も社会の 安寧、人心の快楽を増長せんと欲し、老子もその本志またここにあり。故に両氏の極意に至りては、同一点に帰 するものと知るべし。ただその異同あるは方法のいかんにあるのみ。
第十四節 盛
衰
孔老二氏の学につきてその盛衰を考うるに、古来、孔学ひとり世に行われて老学常に盛んならざるゆえんは、 一は両学の性質により一は当時の事情による。まず両学の性質を論ずれば、老学は深遠高妙にして入り難く解し 難し、孔学は浅近平易にして了解しやすし。かつ老学は目前実際の世情に適せず、孔学はよくこれに適す。この 二者もって儒学の世に盛んにして、道教のようやく衰うる原因となすに足る。つぎに当時の事情によるとは、シ ナは国大に人多く、政治上の変革最もはなはだし。故に政治に関する学は世間に行われて、関せざるものは自然 に衰うべき事情あるをいう。その他孔学の漢以後に盛んなりしは、秦の儒をにくみし反動により、宋以後、更に 興りしは仏教の刺激による等、その時に応じて格別なる事情また多し。かくのごとく孔教のひとり盛大を極めた るは、かえってシナ人の不幸というべし。そもそもシナは孔老の両学並び行われて、始めて学問の平称点を保持 すべきに、その学孔学の一方に傾きたるをもって、人の思想いたって浅近に帰し、議論卑劣に流れ、その結果文 化の衰頽をきたすに至れり。ことに儒学の弊たる古を師とし、述而不作を主義とするをもって学問決して進歩す べき理なし。かつ中世以降、世間これに抗抵すべき学なきをもって儒教次第に悪弊を醸成し、学者ただ虚影を守 り活用を務めざるをもって、ついに国力と共に衰うるに至る。ああ、また慨せざるを得んや。 99第四段 インド哲学
100第十五節 史
昧
百冊 東洋哲学中その最も古くかつ著しきものはインド哲学なり。これをシナ哲学に比すれば一層高尚深遠にして、 ギリシア哲学といえども理想の論究に至りては、けだしその右に出つるあたわず。もし年代をもってこれを較す れば、インドの文明ギリシアにさきだちて開けたるは史上に照して明らかなり。シナと新旧を較するに、インド また先開の国たる、みな人の許すところなり。けだしインド地方の他邦にさきだちて開け、文化の早くさかんな るに至りしは、けだし気候、衣食等の外界の事情によるなるべし。気候は四時温熱にして家屋衣服の設を要せず、 食物は天然の産地に富んで製造耕作の労を要せず、これらはみな人民の繁殖に最も適したる事情なり。かつイン ドの地たる寒暖晴雨の常ならざる、天災地変のしばしば至るがごとき、大いに人をして天象の観察を養成し、哲 学の思想を興起せしむるに至るという。これインドの諸学諸想の他邦にさきだちて開けたる一原因なり。第十六節 比
考
第八節中にすでに論ずるごとく、インド哲学と西洋哲学とは大いにその性質を同じうするところありて、その 用うるところの因明法はアリストテレス氏の演繹法に異なることなく、帰納法の一種もすでにその類を見るという。あるいは感覚思想の二力を分かちて知識の起源を論ずるあり、物理分子の性質を究めて万象の変化を論ずる あり、神体の有無、霊魂の生滅、物心の関係、宇宙の組織等みなインド学者のすでに論明せるところなり。その 他、婆羅教の万物をもって一神体より発生すというは、ピュタゴラス氏の元子論に似たるあり。仏の万法をもっ て真如の一理に帰するがごときは、プラトン氏およびへーゲル氏の理想論に類するありて、いちいち比考するに いとまあらず。 哲学要領(前編)
第十七節 種
類
インド哲学に千差万別の種類ありといえども、要するに信神教と、不信神教と、その中間に位するものの三種 に過ぎず。信神教はインド古代の神典によりて婆羅神の創造を立つるものにして、これにミーマーンサーおよび ヴェーダーンタの両学派あり。つぎに不信神教は信神教に反対して神造を立てざる学派にして釈教これに属する。 つぎに第三種はこの二者を折衷してその中間を取るものにして、これに二種の学派あり。↓をサーンキヤ学派と 称し、一をニヤーヤおよびヴァイシェーシカ学派と称す。あるいはサーンキヤは数論哲学と称し、ニヤーヤは論 理学派、ヴァイシェーシカは物理学派をもって分かつことあり。かくのごとくインドにあまたの学派ありといえ ども、余はここに婆羅教と釈迦教の大意を述べて、信神教と不信神教の性質を略明してとどまんとす。婆羅教と 釈迦教との異なるは、主として神造を立つると立てざるとにあり、婆羅教はいわゆる神造教にして釈迦教は因縁 教なり。婆羅教は創造神の現存を憶定するをもってその論虚想にわたるもの多く、釈迦教は因果の理法を本とす 01 るをもってその説推論に属するもの多し。なおその両教特有の性質は次節に述ぶべし。 1第十八節 婆羅教
102 それ婆羅教はインド創世史に基づきて立つるものにして、諸教中最も古しとす。この創世史については、ある いは極めて妄誕に属するものありといえども、全く哲学上参考すべきものなきにあらず。一説に曰く、太初に神 力のひとり現存するあり、その神、天地万物を造成せんと欲し、初めに水を作りその中に一個の種子を置きたる に、その種子たちまち変じて卵となり、その卵中に神ありて住せり。この神、徒然としてその中に存在すること およそ一万五千五百五十二億万歳なりという。その年月の終わりに至りて、始めて神自らこの卵を両分して婆羅 神となる。これを創造主と称す。その卵、一半は天となり、一半は地となる。婆羅神その中間に空気を作り、八 州を作り、海洋を作る。これを作り終わりて、この神一身を両分して男女両神となり、人類動物を造出せり。お よそ婆羅神の創造に従事すること一千七百六万四千年なりという。また一説に婆羅神はすなわち原始体の義にし て、その体純一無差別の理性なり。これに反対せる差別の諸象は有体と名付く、すなわち物体これなり。その物 体の内部に成立せるものこれを原始の理体とす。その理体中創造力を含有すといえども、最初はこれをその体内 に包蔵して、すこしも外にその力を発示することなし。これを婆羅神眠息の時という。この神体眠息より醒覚す るに当たり、たちまち変じて男性の婆羅神となり、創造の作用を始めしにその神あるいは光明となり、あるいは 知恵となり、あるいは言語ともなれりという。あるいはまた婆羅神の自体より三種の作用起こる。すなわちその 身体より第一に創造の作用を有する神、第二にすでに生じたる形体を保持する作用を有する神、第三にその形体 を破壊して原初の無差別の体に帰する作用を有する神の三体を分出す。かくして森羅の万象、宇内に成立するに哲学要領(前編) 至るという。しかしてまた万物みな婆羅の神体より造成せられたるゆえんを説明して、この神は泥土のごとく千 態万形に変成し、また火気のごとく諸光を放散し、また海水のごとく諸波を現呈すという。あるいはまた万物こ とごとく婆羅の神体より外なきゆえんを論究して、婆羅神は能造者にしてまた所造者なりという。すなわちこの 神万物を造出する体なるときは能造なれども、造出されたる万物すなわち神体とするときは所造なり。この理に よりて迷悟の別を談ず。すなわち婆羅神の外に万物ありと執するは迷とし、万物みな婆羅の神体なりと信ずるを 悟とす。これ婆羅教のいわゆる成仏なり。かく論ずるときは、婆羅教は万有神教の一種とすべし。また一説に、 婆羅神の創造力の自在なるを寓言してその頭は火となり、その目は日月となり、その耳は天弩となり、その呼吸 は風となり、その心は諸活物の生命となり、その足は大地となる等といえり。その他、婆羅教について種々の説 あれども、真偽つまびらかならざるをもっていちいちこれを掲記せず。
第十九節 釈迦教
つぎに釈迦哲学は、西書中これを論ぜざるにあらずといえども、その論ずるところ小乗教または大乗始教に過 ぎざるをもって、今ここに挙ぐるところは本邦伝来の仏籍によるものと知るべし。余おもえらく、仏教は一半は 理学または哲学にして、一半は宗教なり。すなわち小乗倶舎は理学なり、大乗中、唯識、華厳、天台等は哲学な り。また曰く、聖道門は哲学にして、浄土門は宗教なり。まず小乗倶舎についてこれをいえば、三世実有法体恒 有と立てて五藻の法体、実に有りと立つるがごときは、理学または哲学中、実体学の論ずるところに類す。実体 ㎜ 学においては物の実体真に有りと立てて、理学においては万象の変化は分子離合の因縁によりて生ずという。倶舎の極微は化学のいわゆる元素なり。故にその教理、あるいは西洋哲学中の唯物論に類すというも可なり。つぎ に大乗唯識の森羅の諸法、唯識所変と立つるは西洋哲学中の唯心論に似たり。その第八識すなわち阿頼耶識はカ ント氏の自覚心、またはフィヒテ氏の絶対主観に類す。つぎに般若の諸法皆空を談ずるは西洋哲学中、物心二者 を空する虚無学派に似たり。つぎに天台の真如縁起は、西洋哲学中の論理学派すなわち理想学派に似たり。その 宗立つるところの万法是真如、真如是万法というはへーゲル氏の現象是無象、無象是現象と論ずるところに同じ。 起信論の一心より二門の分かるるゆえんは、シェリング氏の絶対より相対の分かるる論に等し。そのいわゆる真 如はスピノザ氏の本質、シェリング氏の絶対、へーゲル氏の理想に類するなり。 104
第五段西洋哲学
第二十節 史
≡△ 日冊 余さきに地位上哲学を大別して東洋哲学、西洋哲学の二種となす。しかるに東洋哲学はすでに弁じ終わるをも って、これより西洋哲学を論ずるを要す。今、総じてその哲学に関する事情を述べんとするに、まず歴史の大略 を説かざるべからず。そもそも西洋哲学のギリシアに始めて起こりしは、今を去ることおよそ二千五百年前にあ るや、史に徴して明らかなり。ただしそのいずれの年に始まるや、つまびらかならず。しかれども史家の説、大哲学要領(前編) 抵みなタレス氏をもって初祖となす。タレス氏は紀元前六四〇年に生まるという。そののち、諸学者ついで起こ り、諸学派従って分かる。紀元前三百年代すなわちソクラテス氏の前後、ギリシアの文化最も盛んなり。アリス トテレス氏以後、諸学ようやく衰えローマに至りて大いに微なり。哲学ついに宗教と混同して浅近考うるに足ら ざるに至る。別してローマの季世、天下暗世に属し古代の文学全く地に堕ち、また昔日の開明を見ざるに至る。 そののち文化ようやく起こらんとするの徴候ありといえども、中世封建制度の人知を圧束し、ヤソ教の人心を固 結するのはなはだしき、これをして久しく長育せざらしむ、あに慨せざるを得んや。史を読みてここに至るもの 未だかつて唱然として嘆せざるはなし。しかるに幸いなるかな、近世の初期に至り、封建の組織全く隈頽し人民 の頑眠ようやく醒覚し、ヤソ教また大いにその勢力を減じ、古学一時に復興せんとするの勢いあり。しかして当 時、外には航海通商の道開け、内には印刷翻訳の術進み、大いに人知思想の発育を助くるに至る。けだし近世の 諸学はみなこれより起こる。哲学またこのときに始まる。これを近世哲学と称す。これに対してギリシア哲学を 古代哲学と名付く。しかして近世哲学はその実ギリシア哲学の再興にかかる。その学源を尋ねて今日の学派を開 くもの、フランスにデカルト氏あり、イギリスにベーコン氏あり、これを近世哲学の始祖となす。共に西暦第十 七世紀の人なり。この二氏おのおのその研究方法を異にし、一は演繹法を本とし、一は帰納法を本とするをもっ て、近世哲学このときすでに両派に分かる。デカルト氏の学ドイツに入り、ベーコン氏の学イギリスに伝わる。 イギリス哲学とドイツ哲学とその性質を異にするは、けだしこれに基づく。そののち哲学者ついで起こり、諸学 並び進む。デカルト氏始めて哲学を唱えてより、もって今日に至るまで僅々二百余年に過ぎずといえども、その 05 1 進歩の著しき実に驚くに堪えざるものあり。けだし思想のかく一時に進達せしは、中古千百年の久しき、ヤソ教
の人知を圧抑して発育せざらしめたる反動に外ならず。これを要するに、西洋哲学は紀元前五〇〇年に始まり、 06 相伝えてもって第十九世紀の末年の今日に至る。その間およそ二千三、四百年を経過すといえども、中古暗世に 1 際し、千余年の久しき古代の諸学全く地を払うに至りしをもって、哲学の世に存する前後合わせて七百年に過ぎ ず。しかして今日の隆盛を見るに至りしは、決して偶然にあらざるなり。これを東洋の文化数千年に伝えてます ます退歩するに比すれば、その懸隔いくばくそや。余深くここに感ずるところあるをもって、今その原因を究索 せんとす。
第二十一節 分
類
ギリシア哲学の初祖タレス氏のときより第十九世紀の今日に至るまで、その間欧州に伝わるところの哲学を西 洋哲学全系とし、これを古代と近世とに分かつ。古代はすなわちギリシア哲学なり。ローマに至りては全く一、 二の哲学なきにあらずといえどもギリシアの余波に過ぎず、故に別に論ずるを要せず。つぎに近世哲学を大別し て大陸哲学とイギリス哲学とに分かつ。しかして大陸哲学はドイツ哲学とフランス哲学の二種に分かつも、フラ ンス哲学はドイツに入りて始めて完全したるをもって、これを総じてドイツ哲学と称するも不可なることなし。 以上は多く年代または地位に関したる分類にして、性質組織上の分類にあらず。性質上これをみれば、また種々 の学派に分類すべし。あるいは帰納、演繹の二法に分かち、あるいは経験、本然の二種に分かち、あるいは一元、 二元の両論に分かち、あるいは実体、心理の二派に分かつ。その一元論にも唯物、唯心の別あり。これを要する に、西洋哲学はその性質いたって煩雑にして、その分類いたって多様なり。東洋哲学の簡単なるともとより同日の比にあらず。故に東洋に起こりし諸説は西洋にその類を見ざるものなしといえども、西洋に起こりし諸説は東 洋にその類なきもの多し。すなわち東洋哲学は単純なり、西洋哲学は複雑なり。これ東西両洋哲学のその性質を 異にする一点なり。 哲学要領(前編)
第二十二節性
質
前節に論ずるごとく、西洋哲学と東洋哲学との間に、性質の単雑と種類の多寡との異同あるは他なし。けだし 東洋は一国の思想ことごとく一主義に雷同するの傾向あり。西洋はこれに反し一思想起これば必ず他の思想の起 こるあり。一主義行わるれば必ず他の主義の行わるるありて、一学派の決して独立独行することなく、一主義の 決して諸想を圧伏することなく、諸学諸説互いにその真偽を争い、その優劣を競うの勢いあり。これ西洋学の進 化するゆえん、東洋学の退歩せるゆえんなり。つぎに東西両学の異同は、事物の観察考証そのよろしきを得ると 得ざるとにあり。西洋人は事物について経験するところこれを理論に考え、理想について論究するところこれを 事物にただす。故をもって西洋には理論と実際と常に相隔離せざるの風あり。しかるに東洋にありては孔孟哲学 のごとき実際に僻するものあり、インド哲学のごとき理想に偏するもののみありて、よくこの二者を調和するも のなし。その実際を本とする孔孟哲学にして、しかも事物の考証を欠きて空想に出つるもの多し。かく両学の異 同あるは、もとよりその原因なかるべからず。地理も気候も、住居も飲食も、政治も教育も、風俗も人種も、み な東西これを異にするをもって、多少その原因となりしは疑いをいれずといえども、かくのごときはここにいち 07 1 いち論究する容易ならざるをもって、余はただ東西両洋の学者の主義および気風上、大いに異なるところあるを述明せんとす。東洋の学者は社会人知の溶化すなわち退歩を主義とし、西洋の学者は進化を主義とす。東洋の学 者は述而不作を本意とし、西洋の学者は作而不述を本意とす。この異同を知らんと欲せば、よろしく東西両洋の 史について見るべし。東洋中その例の最もはなはだしきものはシナ学者なり。孔子初めに述而不作を唱えたるを もって、それ以後の学者みなこれを主義とす。西洋はしからず、ギリシアの古代にありても、学者おのおの別に 一主義を唱えて更に他説に雷同せず。師弟の間といえどもあえて一徹を守ることなし。近世に至り別してその著 しきを見る。これ↓は西洋学者の社会、漸々発達して高等に進化するを信ずればなり。顧みて東洋の学者を見る に、みな社会の溶化を唱えて人知の退歩を信じ、その目的を将来に定めずして、かえってこれを太古に期し、今 日の文明をして上世野蛮の風に復せんとす。これをもって東洋の学者はみな述而不作、信而好古を主義とするに 至る。人みなかくのごとき主義を立つるをもって、東洋には多様の思想の起こるなく、数種の学派の分かるるな し。数種の思想学派なきをもって、またますます社会の退歩を信じ、一主義に雷同し、因果相合して共に諸学の 衰微をきたすに至れり。西洋は全くこれに反し、社会の進化を目的とするをもって、学者互いに相競争し、互い に相競争するをもって諸説諸学並び起こり、諸説諸学並び起こるをもって、人知いよいよ発達し、人知いよいよ 発達するをもって社会ますます進化す、社会進化するをもって、またますますこれを目的として高等の地位に進 向せんとす。これ西洋諸学の進達せるゆえんにして、東洋学者の注目せざるを得ざる要点なり。 108
第六段 ギリシア哲学第一
総論
哲学要領(前編)第二十三節起
源
ギリシア哲学はタレス氏をもって始祖とすといえども、その以前すでに諸学の思想を胚胎するあり。これをギ リシア哲学未発のときと称す。その未だ発せざるに当たりては、第一に神学ひとり世に行わる。これを神学の世 と称し、第二に道徳学ついで起こる。これを道徳学の世と称す。この諸学はみな東洋諸邦よりギリシアに入るも のにして、その思想論説に至りては極めて妄誕不経にわたり、論理のもって考うべきなく、事実のもって証すべ きなく、未だ哲学の思想と称すべきものを見ず。しかれどもこのときすでにその思想胚胎するなくば、タレス氏 以後、哲学の一時に発達すべき理なし。ただしここに論究すべきは、その元素本来、ギリシア人の思想中より発 生せしや、また東洋より漸入したるやの一点にあり。旧史について案ずるに、その元素、多少他邦より入りきた りしや疑いなし。けだしオルフェース氏はスレースよりきたり、フェロニュース氏はエジプトよりきたり、カド モス氏はフェニキアよりきたり、始めてギリシア文明の基を開くという。タレス氏以前、神学、道徳学のギリシ アに行われたるは、この諸氏の東洋の文明を将来せしによる。当時エジプト、フェニキア等は文化さきに開け、 航海通商の術すでに行わる。なかんずくフェニキア人は、このときすでにインドとギリシアとの間に来往通商せ 珊 しという。かく四隣みなギリシアにさきだちて開けたるをもって、ギリシア文明の起源となりしのみならず、また大いにその発育を助けしや明らかなり。その他ギリシア人のペルシア等と数回戦端を開きたるも、また多少そ 10 の人知を開発せしや疑いをいれず。故にギリシア文明の本源は、エジプトおよびアジア諸邦に起こるというも可 1 なり。しかれどもその原因ことごとくこれを隣邦に帰すべからず。その国内の地勢民情の大いに人知を振起し、 新説異想の発達を助けしやまた疑いなし。すなわちギリシアの地は海中に突出し、外には海水の湾入するあり、 内には山岳の横断するありて、その邦天然に数州に分かれ、各州独立の勢いをなし、全国を統一する政府なし。 故をもって一国内の州郡互いに相敵視するの風あり。その間しばしば兵争いを起こし内乱のやまざるは、けだし これに基づく。その影響、人の気風思想の上に及ぼし、大いに学者の精神を興し、諸学したがってさかんなるに 至る。これを要するにギリシア哲学の本源、一半は他邦より入り、一半は内国より起こる。その外より入るは、 当時他邦の文化ギリシアにさきだちて開け、内外の通商、交戦、転住のこれが媒介をなせしにより、その内より 起こるは地勢、政治、兵乱、競争の人の精神思想を振起せしによる。
第二十四節発
達
タレス氏以後哲学ようやく発達し、ソクラテス氏およびアリストテレス氏の世最も隆盛を極む。アリストテレ ス氏以後その学次第に衰え、ギリシア学の終期に及び懐疑学の起こるありて、実論を捨てていたずらに空理を争 うに至る。しかしてローマに入りてはわずかに哲学の余響を伝うるのみ、また論ずるに足らず。今その盛衰の原 因を尋ぬるに、タレス氏以後哲学の漸々発達せしは、↓は内乱外冠の間接にその勢いを養うにより、一は通商遊 学の直接にこれを助くるによる。タレス氏は、エジプトおよびフェニキア諸邦を経歴して、その地の学術風俗を観察し帰りて一派の哲学を起こし、ピュタゴラス氏はエジプトおよびバビロンに遊び、また遠くインドに至りそ の文化を実視して帰りて、また一派の哲学を開くという。そののち学者、陸続輩出し互いに相競うて真理を討究 し、哲学大いに興起するに至れり。史についてこれを考うるに、アリストテレス氏の世はアレキサンダー世界を 一統せし世にして、文武共にその極点に達したるときなり。これよりのち、国勢にわかに衰え、哲学また大いに その勢力を失う。ついでローマの盛んなるに当たりては、ギリシアもその版図に属しまた昔日の文化を見ず。降 りてローマの末世に移り、ヤソ教ヨーロッパ全州に流布するにあたり、ギリシアもまたその教の圧するところと なり、哲学の思想全く地を払う。ついで蛮民の躁躍するところとなり、文教ほとんどその痕跡をとどめざるに至 る。ああ、文化の隆替は国家の盛衰に関す。学者あにこれを思わざるべけんや。 哲学要領(前編)
第二十五節学
派
ギリシア哲学の全系すなわち紀元前六〇〇年代タレス氏のときより、紀元後二〇〇年代セクストス・ホ・エン ペイリコス氏のときに至るまで、およそ七百年間を大に分かちて二世期とす。すなわち前世期、後世期これなり。 前世期はタレス氏よりソクラテス氏に至り、後世期はソクラテス氏よリセクストス・ホ・エンペイリコス氏に至 る。ソクラテス氏は紀元前四〇〇年の人なり。しかしてまた第一世期を三時期に分かつ。第一時期にはイオニア とイタリアの二学派あり、第二時期には二種のエレア学派あり、第三時期には誰弁学派あり。イオニア学派はタ レス氏を始祖としアナクシマンドロス氏、アナクシメネス氏、およびアナクサゴラス氏等ありてその学を伝う。 m つぎにイタリア学派はピュタゴラス氏を初祖とす。エレア学派は、そのうち第一種は形而上学派にして、その派の冠たるものはクセノバネス氏、パルメニデス氏、およびゼノン氏なり。第二種は物理学派にして、その派の首 たるものレウキッボス氏およびデモクリトス氏なり。第三時期の誰弁学派中、その名の今日に伝わるものゴルギ アス氏、プロタゴラス氏、プロディコス氏等なり。つぎに後世期を分かちてアリストテレス氏以前と以後との二 時期とす。第一時期内その首たるものソクラテス氏の学、プラトン氏の学、およびアリストテレス氏の学なり。 第二時期中その首たるものストア学派、エピクロス学派、懐疑学派なり。ストア学派中その名あるものはゼノン 氏、クレアンテス氏、クリュシッボス氏等なり。エピクロス学派はエピクロス氏を開祖とするをもってその称あ り。第三懐疑学派はこれに新旧の両派ありて、旧派はピュロン氏を首唱とす。その門弟にティモンというものあ り。新派中そのさきがけたるものセクストス・ホ・エンペイリコス氏なり。以上各派の組織性質に至りては後段 において論ずべし。 112
第七段 ギリシア哲学第二 組織
第二十六節 イオニア学派
前節においてギリシア哲学の学派を論じたれども、未だその学派の組織性質を弁ぜざるをもって、ここにその 大要を略明せんとす。まず第一にイオニア学派の主義を考うるに、その学祖タレス氏は本来二種の原理ありて存哲学要領(前編) すという。一は有形の物質にして一は無形の精神なり。我人今日にありては千状万態の現象を宇宙間に見るとい えども、その元初にさかのぼりて考うれば、万物の元質となるべき一種の物体あるのみ。その体もとより方円曲 直の定形を有するにあらず。けだし物に方円曲直の定形あるは原質の変化して結成せるによる。故にタレス氏は 水をもって万物の原種とす。これ物質の本体なり。しかしてまた考うるに、無形無質にしてよく霊妙奇変の作用 を呈するものあり。すなわち動力、生力、知力のごときこれなり。これを精神と名付く。この物心二種の原理、 本来存するありて、内外両界の万象を顕現するに至るという。故に氏をもって二元論者となす。しかして氏は精 神の本源を論ずるに当たり、ついにその本体すなわち神体なりと想定するに至る。これ氏の論理の欠点といわざ るべからず。故にその門弟にアナクシマンドロスと称する者ありて天神の仮想を廃し、始めて物理の説明を与え、 かつ物質の本源水体にあらざるゆえんを証して、無涯の虚空のごとき無形無質の体をもって万物の原理と定む。 しかれどもその理、絶対無質に偏するの弊あるをもって、第三祖アナクシメネス氏は有象の物理上原質の本体を 定めんと欲して、万物の本体すなわち空気なりというに至る。これけだしタレス氏の水体は有形に過ぎ、アナク シマンドロス氏の虚空は無形に過ぎたるをもって、アナクシメネス氏二者の中間をとるによる。しかれども空気 のごとき同一質のもの、いかにして万態の異象を形成せしやの一点に至りては、氏の論未だ明瞭ならざるなり。 故に最後にアナクサゴラス氏という者ありて、その欠点を補わんと欲し、ついに初祖タレス氏の物心二元論に帰 し、あわせてまた神力の現存を考定して、万象の変化するゆえんを明示するに至る。故に氏の論その実タレス氏 に異なることなしといえども、これを前者に比すれば一層詳密を加え、かつその神力の作用を論ぜしがごときは、 13 神学の基礎を開きたりというも不可なることなし。その他、氏の卓見と称すべきは、異象の諸物もと同質の元素 1
より成るの理を想定するにあり。以上イオニア学派諸氏の論これを帰するに、心理によるにあらずして物理に基 づくものというべし。しかして論理上これをみればその論、帰納の一種なりと知るべし。 114
第二十七節 イタリア学派
イオニア学派に反対してそののち一派の哲学起こるあり。これをイタリア学派と称す。ピュタゴラス氏その初 祖たり。氏の哲学は記号を用いて表示せるもの多きをもって、学者大いにその意を解するに苦しむ。今その学派 と前学派との異同を挙ぐれば、万物の原理を論ずるに両派全くその方向を異にし、一は形而下より形而上に論及 し、一は形而上より形而下に論究す。論法またしかり、一は帰納を用い一は演繹を用う。今ピュタゴラス氏の説 を尋ぬるに、万物の原種は絶対唯一の理体にして、そのうちに万物を含蔵すという。その原体を名付けて元子と 称す。けだし物心二体その初め元子中に有るにあたりては、共に和合して存し未だ差別の諸境を示さず。その無 差別の純理開発して、万差の諸象となるべし。万差はすなわち宇宙間の森羅の現象なり。その現象中に縛せらる もの我人の精神なり。我人の精神はこの纒縛あるをもって畢寛常住なるあたわず。その纒縛を脱して常住を全う せんと欲せば、我人本来固有の知力によらざるべからず。知力ひとりよく万差の迷境を破りて、唯一の真理を開 くことを得べし。およそ人のこの世にありて学を修め道を求むるもの、その目的ただこの知力を養成して纒縛を 脱離するにあるのみ。しかしてまた人の意思も、願欲の情あるをもって迷境中に縛せらる、迷境中に縛せらるる をもって自由を得るあたわず。故に我人の務むるところ、またこの欲情を脱去して意思を自由の境に遊ばしむる にあり、これを要するに知力の目的は差別の迷見を破するにあり、意思の目的は虚妄の欲念を断ずるにあり。そ哲学要領(前編) の他ピュタゴラス氏は輪廻転生の説を唱え、人もし善学を磨き善道を修むるときは、世々次第に上等に転生して、 ついに自由常住の境に達することを得べし。もしまたこれに反し悪法を取り悪念を養うときは、世々次第に下等 に転生して、心身ともに沈論すという。これピュタゴラス氏の哲学の大旨なり。そのインド哲学に類似するとこ ろあるは、別に証するを要せず。氏のインドに遊学せしの説、ここに至りていよいよ信ずるに足る。
第二十八節 エレア学派
前節論ずるがごとくイオニア学派は物理を本とし、イタリア学派は純理を本とし、二者全くその主義を異にす るをもって、その両学につぎて起こるところの第三学派、すなわちエレア学派また両派を分かつに至る。一を形 而上学派といい、一を形而下の学派という。今、形而上学派についてその要旨を考うるに、その初祖クセノバネ ス氏はピュタゴラス氏の哲学を研究して、唯↓の理体より万差の諸物を発生するの理を疑い、無一物より万物を 化生すべからざるゆえんを知り、ついに万差の諸象は唯一の理体より化生するにあらずして、その諸象すなわち 不生不滅、常住不変の理体なることを論決するに至る。しかれども、氏なお生滅の諸象は唯一の理体の変形外表 なることを許す。ついで第二祖パルメニデス氏の起こるありて、ついにその諸象の実相を有せざるを論究し、諸 物ただ一体の原理の外なきことを証明す。しかして氏はその理を心理学に考え、感覚よりきたるところの諸想は、 真理の基祉となすべからざるゆえんを証して、形而上の純理にあらざれば真を表するに足らざる理を明かす。か くして第三祖ゼノン氏に至りては、物界の実験よりきたるところの諸則を排棄して、心内より生ずるところの理 田 想の性法を考定し、初めて論理学の基礎を構成するに至る。つぎに第二種の学派すなわち形而下学派はレウキッボス氏等の主唱するところにして、第一種学派の形而上の↓局に偏し、物界の諸象を滅無するの僻あるを見、こ 16 の弊を矯めんと欲して別に一派を開くものなり。故にその主とするところ感覚実験によりて帰納の一法を用う。 1 さきにイオニア学派ありてすでに帰納法を用いたりといえども、その論ずるところ人知以内より人知以外に及ぼ すの風あり。しかるに今この学派にありては全く感覚の範囲内に真理を考索し、その論を人知以外に及ぼすこと なし。その学派の説くところによるに、物界の諸象はすべて物質の変化より生ずという。その変化の原理を究明 するものこれを哲学とす。従来この原理を定むるに二種の憶説あり。第一は本来絶対唯]の理体に具するところ の内力のあるありて万象の変化を現呈すといい、第二は物質を構造する諸種の元素の集散するありて変化を営む という。今エレア形而下学派にありては、その第二説をとりて第一説を排す。すなわち第一説のいわゆる内力は 本来形象を有せざるをもって、そのうちより形象を有する物質を発生すべき理なしと信ず。もしあるいはその理 体一定の形象を有するものと許すも、その形象、他の一定の形象を有する物質に変化すべき理なきをもって、レ ウキッボス氏およびその門弟デモクリトス氏は内力論を排して元素論をとる。これより分子成物の説、起こる。 分子はその数無量にして変化また無量なり。しかしてその体に集散離合の作用あるは、自質固有の動力あるによ る。この理に基づきて宇宙万物の構造を論ず。けだし分子論はレウキッボス氏に起こるというといえども、その 理デモクリトス氏に至りてようやく明らかに、第九学派エピクロス氏に至りていよいよつまびらかなり。しかし てデモクリトス氏はこの理を応用して心理、倫理等の諸学を論じ、感覚上の快楽をもってその基祉と定むるに至 る。エピクロスの快楽主義けだしこれに基づく。以上、論ずるところこれを要するに形而上、形而下の二種のエ レア学派はおのおの一局に偏するの弊を免れず。故にその二者の中正の論を得るは後の哲学を待たざるべからず。
哲学要領(前編) しかれども両派の説ギリシア後世期の諸学の元素となりしは疑いをいれざるなり。
第二十九節 誰弁学派
エレア学派と誰弁学派との間に一種の学派あり。その主唱をヘラクレイトスと称す。これに続くものをエンペ ドクレスと名付く。その論ずるところの大要はエレア学派と同一にしてまた少異あり。今その異なる諸点を挙ぐ れば、第一にこの学派にありては火をもって万物の原質とす、第二にその原質の変じて万象を現ずるは二種の原 則に基づくという。その原則とは和と不和との二作用なり。人にありては愛と憎との二情なり。これを物理学上 に考うるに引力と拒力との二力なり。その物理を説くがごときは、イオニア学派およびエレア形而下学派に合同 すといえども、物質の外に精神界を立つるに至りては両学派に同じからず。しかしてまたエレア形而上学派に異 なるところあり。故にこれを中間の学派と称す。その第一祖ヘラクレイトス氏は普通の道理を本とし、世間一般 に信ずるところこれ真理なりと許し、]人一己の説は真とするに足らずと信ず。故に真理は一般の道理に在りて、 虚偽は各自の私見に生ずという。これけだし氏は前学派の諸氏おのおの一己の独見を固持し、物心両端の一辺に 偏筒して中正を失するの弊あるを知ればなり。第二祖エンペドクレス氏の説またこの意に外ならず。しかるにこ の両氏は前学派の僻見を正して一派の新説を起こさんと欲したるも、その結局ついに懐疑学の一端を開き、誰弁 学派の基を起こすに至る。故に余はここにその両氏の学派を掲げて誰弁学派の前に付すという。 誰弁学派中二種の性質あり。第一種は言語詞章の学を研究し、第二種は論説敏弁の法を研究す。しかして哲学 17 1 上論ずべきものはその第二種なり、その第二種の主唱ゴルギアスおよびプロタゴラス氏はエレアの形而上学派に基づき、プロタゴラス氏はその形而下学派に基づく。しかれども両氏の論共に懐疑に陥り、いたずらに空見を争 うて実理を失するに至る。およそ哲学上定むるところの論理に二種の別あり。ひとり物界の実験に基づくものこ れを客観的の推理といい、全く心界の念想に基づくものこれを主観的の推理という。古来、哲学思想の進歩はつ ねにこの主客両観の間に真理の向背を定むるにあるを見る。今ギリシア哲学はすべて客観的の考証に乏しといえ ども、誰弁学派はその最もはなはだしきものなり。主観的の推理はいたずらに空想の一端に走り、実際に適合せ ざるの弊あるをもって、誰弁学の盛んなるその勢い哲学の衰頽をきたさざるをえず。しかるにソクラテス氏の哲 学ついで起こるありて、この弊を矯正して衰勢を挽回するに至りしは実に幸いというべし。 118
第三十節 ソクラテス学派
ソクラテス氏は誰弁学派の実際に適せざるの弊あるを察して、一人の私見を去り、衆人の思想すなわち客観的 の考証を取りて真理を定めんと欲し、一派の哲学を開く。これをソクラテス学派と称し、ギリシア前世期の哲学 ここに至りてやや完全を得たり。前世期の学派は大抵みな宇宙造化の現象を考定するのみにて、未だ世情人事の いかに論及せしものを見ず。しかるにソクラテス氏は、主として人の知識思想を論究して始めて倫理学の基を開 く。故にその学、道徳をもって諸善行の基本とし、その純徳の完体これを神と名付く。すなわち諸善諸行の主宰 なり。その徳の我人の身体にあるものこれを心霊とす。故にその神の本体は終始生滅することなしという。しか して氏の道徳を定むるに三種の要義あり。曰く知識、曰く正義、曰く敬信なり。知識もって我人の自身に対する の本分とし、正義もって他人に対するの本分とし、敬信もって天神に対するの本分とす。およそ氏の哲学はもっ哲学要領(前編) ばら人心の性質を審定し、人をして本来有するところの知徳の本体を開発せしむるにあり。故に氏は知徳一体を 論じて人の徳は知識なりという。また人の務むるところ知識を発育するあるゆえんを論じて、人の幸福は知識に 外ならずという。ソクラテス氏死後その学数派に分かる。その冠たるものプラトン氏の学、アリストテレス氏の 学、エピクロス氏の学およびストア学派なり。これを四大学派と称し、その第一学派すなわちプラトン学派の前 に一、二の小学派あり、これを二種に分かつ。その第一種はもっぱらソクラテス氏の説を伝承し、第二はソクラ テス氏以前の学を雑説す。しかして第一種にまたキニク及びキュレネの両派あり。第一キニクすなわち犬儒学派 にはアンティステネスおよびディオゲネスの二氏ありて、その説ソクラテス氏の知徳論の一辺に偏し、更に世情 人事のいかんを問わざるに至る。この弊を除きてその説を伝うるものすなわちプラトン氏の学なり。第ニキュレ ネ学派にはアリスティッボスおよびテオドロスの諸氏ありて、ソクラテス氏の幸福論一辺をとり、ついに快楽主 義を唱うるに至る。その後この説を伝うるものエピクロス学派これなり。つぎに第二種に属するものまた二あり。 一をピュロン氏の学派と称す。その論、ソクラテス氏の説と誰弁学派の説をまじゆるものなり。二をエウクレイ デス︹ユークリッド︺氏の学すなわちメガラの学派と称す。その論、エレア形而上学派の説とソクラテス氏の説 を取捨するもののごとし。以上の小学派はプラトン氏以下の四大学派の起源となりしをもって、ここにその大略 を付記するなり。
第三十一節 プラトン学派
四大学派の第一をプラトン氏とす。氏はソクラテス氏の知徳の本源と定むる心界の理想に基づきて、一種の説 119を起こすものなり。今その大要を論ずるに、プラトン氏は人知の本源を感覚、総念、理想の三種に分かち、感覚 は外物の実験よりきたり、総念は感覚より生ず。しかしてひとり理想の本体に至りては、本来不生不滅にして感 覚経験より来生するものにあらず。感覚は人々多少の差異あれども、理想は一理平等にして人々有するところ同 一なり。かつ感覚より生ずるところの諸念は心内より除去すべしといえども、本来有するどころの理想は滅無す ることあたわず。その体いわゆる常住不変なり。故に理想は諸学諸想の基礎にして、感覚はその表象の一部分に 過ぎずという。これを要するに、プラトン氏は人知の本源全く理想に在りとす。その理想の本体これを神と名付 く。この理によりて論理、物理、倫理の三学を説く。論理学は理想の本質を論じ、物理学はその万物の上に及ぼ すところの作用を論じ、倫理学はその人心の上に及ぼすところの関係を論ず。まず氏の物理を説くや、宇宙は能 作用の神力と所作用の物質より成る。しかして神は常住不変の理体、物は不定変化の現象にして、その性質全く 相反するをもって、神直ちに物の上にその力を及ぼすあたわず。その間にありて二者の作用を伝うるものあり、 これを宇宙の精気という。つぎに氏の倫理を説くや、人の目的は理想の本体に帰向するにありと定め、その方向 に進むものこれを善とし、これに反するものこれを悪とす。故に人その目的を全うせんと欲せば、感覚よりきた るところの諸欲諸情を脱離して、理想の真境に帰向せざるべからずという。氏の政治学を論ずるまたこの理によ る。これを総ぶるにプラトン氏の学、ソクラテス氏に基づき、傍らエレアの学をさぐり、一家の新見を添えて一 種の学派を組成す。故にこれを前世期の諸学に比すれば、一層の完備を加えたりというべし。しかれども公平に これをみればその学、理想の一辺に局し客観の考証を欠くもの多し。この欠点のごときは、その学のアリストテ レス氏の学に一歩を譲るところなり。 120