ヴァイディヤナーテーシュヴァラ・ジョーティルリ
ンガ縁起譚
著者
宮本 久義
雑誌名
東洋思想文化 = Eastern philosophy and culture
号
1
ページ
114-104
発行年
2014-03
Ⅰ.はじめに
インド亜大陸には数多くのヒンドゥー教の聖地があるが、それらの なかで代表的なものはいくつかまとめられてグループを形成している。 シヴァ神信仰の重要な聖地をまとめたものは、「十二の光り輝けるリン ガ」と呼ばれ、多くの信徒を集めている。2013年 9 月にそのうちの一つ で、インド東部のジャールカンド州デーオガルにあるヴァイディヤナー ト(医師としてのシヴァ神)寺院を訪れた。インドには真のヴァイディ ヤナートであると主張する寺院が複数あるが、ここにある寺院がそのな かでも一番正統性を保持していると考えられている。 この聖地の縁起は、以下に訳出する『シヴァ・プラーナ』第 4 巻「コー ティルドラサンヒター」第28章に説かれるが、叙事詩『ラーマーヤナ』 に登場する悪魔の王で10の頭を持つとされるラーヴァナが、シヴァ神の リンガ(男性器の形をとった宇宙の根源的力の象徴)をこの場所に設立 したというものである。密かに世界征服を意図してシヴァ神の恩恵を受 けるために苦行したラーヴァナは、リンガを自分の領地であるランカー まで運んでいってよいという恩恵を授けられる。しかし、途中で大地に 降ろしたら、そこから動かなくなってしまうという条件が付けられた。 まさにその状況がラーヴァナにあらわれ、たまたまそこにいた牛飼いに 託して、小便をしに行って戻ってくると、牛飼いはすでにリンガの重さ に耐えられず、大地に降ろしてしまっていた。かなりユーモラスなエピ ソードを含むこの縁起譚は、シヴァ神より得た恩恵により世界征服をた くらんだ悪魔ラーヴァナが、シヴァ神自身によっては征伐されることな く、のちに人間の姿の化身となって現れるヴィシュヌ神によって打ち倒ヴァイディヤナーテーシュヴァラ・
ジョーティルリンガ縁起譚
宮 本 久 義
される話が示唆されて終わっている。
現在のヴァイディヤナート寺院は、信徒がカーンワルと呼ばれる、両 端にガンガーの聖水を入れた壺をつるした天秤棒を担いで、遠方から何 日もかけて水壺を大地に付けずに運び、シヴァ・リンガに注ぐことで有 名だが、それもラーヴァナにまつわる縁起譚がそのもとになっている。 テクストには、Pānd4 4eya, Rāmateja㶄āstri (ed.), 㸵 㸼 4 Kā㶄ī:Pand4 4itapustakālaya, 2020 (1968)を用い、適宜、㸵 㸼 4 Delhi:Nag Publishers, 1986を 参 照 し た。 ま た、 㸵 4 Translated and Annotated by a board of scholars, Delhi:Motilal Banarsidass, 1969.の英訳を参考にした。 なお、「十二の光り輝けるリンガ」のうち、マハーラーシュトラ州に あるグシュメーシュヴァラの縁起譚を山口しのぶ氏が訳出している(参 考文献参照)ので、参照されたい。
Ⅱ.
『シヴァ・プラーナ』
第 4 巻
「コーティルドラサンヒター」
第28章和訳
スータは語った。 1 .ラークシャサの最上の者であり、尊大で、熱心な信仰を持つラーヴァ ナは、最高の山であるカイラーサにおいて、バクティ(信愛)によって、 ハラ(シヴァ神)を崇拝した。 2 .どんなに長い間崇拝しても、ハラが喜ばなかったので、彼はシヴァ を満足させるために、別の苦行を行った。 3 − 4 .そして、成就をもたらす場所であるヒマヴァット山の南にある 小さな木立において、このプラスティヤの子孫である誉れ高きラーヴァ ナは、大地に深い穴を掘り、その中に火を設置し、その(火の)そばに シヴァ〔の像〕を据えて、彼は献供を行った。再生族の者たちよ。 5 .夏季には五火の中央に留まり、雨季には不毛の大地に横たわり、冬 季には水中に立つという、実に 3 種の苦行を彼は行った。6 .このように、〔ラーヴァナは〕多くの苦行を行ったが、その時でも、 最高のアートマンであり、偉大なる支配者であり、邪な心によってなだ め難い者〔であるシヴァ〕は喜ばなかった。 7 .そこで、ダイティヤ(悪魔)の主であり、偉大な魂を持つラーヴァ ナは、〔10ある〕頭を〔順に〕切り落として、シャンカラ(シヴァ)の 崇拝を始めた。 8 − 9 .シヴァの崇拝において、規則通りに一つずつ頭が切断された。 このように、彼によって、 9 つ〔の頭〕が正しい順に切断され、〔10の 頭のうち〕 1 つが残った時、帰依者を慈しむ者シャンカラは、大変喜び、 満足して、まさにそこに現れた。 10.主(シヴァ)は、なんの痛みもないように〔切断された〕頭を以前 の通りにすげると、彼に望み、すなわち比類なき最高の力を与えた。 11.彼(シヴァ)の恩恵を得て、かのラークシャサ(悪魔)のラーヴァ ナは、肩を傾けて合掌し、シャンブであるシヴァに答えた。 ラーヴァナは語った。 12.お喜び下さい、神々の主よ。私はあなたをランカーにお連れします。 私の願いを実りあるものにして下さい。私はあなたの庇護のもとに参り ます。 スータは語った。 13.この時、実にこのようにかのラーヴァナに言われたかのシャンブ(シ ヴァ神)は、非常に困って〔次のように〕返答した。 シヴァは語った。 14.ラークシャサの最上の者よ。私の言葉を深遠なものとして聞きなさ い。自分の住処に、良き信愛をもって私の最高のリンガを連れて行きな さい。
15.汝がリンガをまさに大地に置く場所に、〔そのリンガは〕そこに留 まるであろう。〔このことは〕疑いない。汝が望むように行動しなさい。 スータが語った。 16.かのシャンブ(シヴァ神)によってこのように言われたラークシャ サの王ラーヴァナは、「そのようにいたします。」と彼に言って、自分の 家に帰った(向かった)。 17.まさに道中に、シヴァ神の幻術によって、プラスティヤの息子であ るラーヴァナ王は、用を足したいという欲望にかられ、それを抑えるこ とができなかった。 18.〔ラーヴァナは〕まさにそこで一人の牛飼いを見て、お願いしてそ のリンガを渡した。ある時間が経過したとき、牛飼いは困ってしまった。 19.その重さにたいへん苦しんだ者は、大地に〔リンガを〕置いてしまっ た。金剛で作られ、また全ての望みを叶え、拝謁することで罪障が滅せ られるリンガはまさにそこに留まった。 20.そのリンガは、聖仙よ、ヴァイディヤナーテーシュヴァラという名 で、人々に満足と解脱を与えるものとして三界において有名になった。 21.このジョーティルリンガは最上であり、拝謁することや礼拝するこ とでも全ての罪障が滅せられる、神聖で、最高の、解脱を増幅するもの である。 22.そのリンガが全世界の恩恵のためにそこに留まったので、偉大なア スラであるラーヴァナは最高の恩恵を得て自分の家に戻り、愛する者 (妻)に喜んで全てを語った。 23.それを聞いて、インドラをはじめとする全ての神々とシヴァに専心 する清浄な聖者たちは、お互いに相談した。
24.聖者よ。その時、ハリ(ヴィシュヌ)とブラフマーなど全ての神々 がそこに集まって来て、特別に敬虔な儀礼をおこなった。 25.かの神々は、その時それ(シヴァ・リンガ)を眼前に見、そして灌 頂し、ヴァイディヤナータと呼んで、敬礼し、称賛して、天界に帰った。 聖仙たちは語った。 26.そのリンガがそこに設置され、またラーヴァナも家に戻った時、敬 愛する者よ、〔ラーヴァナは〕どのような振る舞いをしたのですか、そ れを詳細にお話し下さい。 スータは語った。 27.偉大なアスラであるラーヴァナは、〔シヴァ神から〕最高の恩恵を 得て、家に戻り、愛する者(妻)にすべてを語り、喜んだ。 28.シャクラ(インドラ神)をはじめとする神々とムニ(聖者)たちは その全てを聞いて、聖者たちの主たる者たちよ、不安になって互いに話 し合った。 神々など(神々と聖者たち)は語った。 29.このラーヴァナはまさに悪意をもつ者であり、神々に敵対する悪人 で、悪知恵がある。シヴァから恩恵を得たならば、彼は我々に不幸をも たらすであろう。 30.我々はどうしたらいいのか、どこに行こうか。さらにまた、何が起 こるのだろうか。悪者がダクシャ性(神格)を獲得したならば、何が成 就しないことがあろうか。 31.と、不幸に捉えられたシャクラをはじめとする神々と聖者たちは、 その時不安になって、ナーラダを招請して訊ねた。
神々は語った。 32.至上の聖仙よ、汝は全ての仕事をなすことができる。神仙よ、神々 の不幸を消滅させる方法を講じて下さい。 33.この大悪漢たるラーヴァナが何をしないであろうか。また、ここで 悪漢によって苦しめられている我々は、どこへ行ったらいいのでしょう か。 ナーラダは語った。 34.おお、神々よ。不幸をお捨て下さい。私は方策を立てて、〔ラーヴァ ナのところへ〕行きましょう。まさにシャンカラのおかげで、神々の仕 事を遂行しましょう。 スータは語った。 35.そう言って、かの神仙はラーヴァナの領地に行った。親切なもてな しを受け、また、喜んでその全てを語りました。 ナーラダは語った。 36.ラークシャサの最高の者よ、汝は神々に祝福された者であり、シヴァ 神に選ばれた者であり、苦行心を持っている。汝に会って私の心は今、 歓喜に満ちている、ラーヴァナよ。 37.シヴァ神への崇拝が生まれた自身の経緯を残らずお話し下さい。こ のように彼によって問われたラーヴァナは、その時〔次のような〕話を 語った。 ラーヴァナは語った。 38.偉大なムニ(聖者)よ。苦行のためにカイラーサ山に行き、まさに そこで、長い間、実に苛酷な苦行が私によってなされた。 39.シャンカラ(シヴァ神)が満足しなかったので、そこから引き返し て来て、まさに森の中で、再び私によって苦行がなされた。ムニよ。
40.夏季には五火の中央に〔留まり〕、雨季には不毛の大地に横たわり、 冬季には水中に立つという、実に 3 種の苦行がなされた。 41.このように、私によってそこで非常に激しい苦行がなされた。ムニ の主よ。それにもかかわらず、シャンカラは私に少しも好意を抱かなかっ た。 42−43.そこで、怒った私は大地に穴を掘り、そしてそこに火を設置し パールティヴァ祭火を準備して、薫香と白檀と様々な芳香と、さらに食 物の献供をともなう献火の儀礼によってシャンブを礼拝した。 44.私による敬虔で神聖な称賛と、口と手指で捧げられた歌と踊りと奏 楽によってシャンカラは満足されられた。 45.そしてこのような多種多様な異なる方法と、教典に説かれる規定に よって、ムニよ、尊師ハラ(シヴァ神)は崇拝された。 46.それでも尊師ハラが満足した顔にならなかったので、私は苦行が実 りある結果をもたらさなかったので苦しんだ。 47.「ああ、私の身体よ、力よ、ああ、苦行よ。」と言って、私によって そこで多くの供物が祭火の中に捧げられた。 48.そして、もう一度と考えて、自身の身体を火の中に投じた。まさに、 切断された頭を、燃え上がる神聖な火の中に。 49.一つ一つ切断され、完全に清められて、私によってまさに 9 つの数 のもの(頭)が、シャンカラに捧げられた。 50.最高の聖仙よ。10番目〔の頭〕が斬られようとしたとき、そこに光 り輝く姿のハラが自ら顕現した。
51.帰依者を慈しむ者は、満足して、愛情によって急いで「やめなさい。 望みのものを言いなさい、心の願いを叶えてやろう。」と言った。 52.そのように、彼によって言われた時、私はマヘーシュヴァラ( 偉 大な主 、シヴァ神)を見、信愛から両手を合わせて心から称賛した。 53.「私によって選ばれた、比類なき力を私に下さい。もし〔私の苦行に〕 満足したなら、神々の王よ、私に得がたきものはあるでしょうか。」 54.完全に満足した慈悲深いシヴァによって、心で願ったことが全て、「そ のようになれ。」という声によって、私に与えられた。 55.医師のように正確な視線で、私の〔本来〕結合している頭を繋げよ うと、パラマートマン( 最高の魂 、シヴァ神)は視線を注いだ。 56.そのようになされた時、私の身体はそこで元通りになった。そして 彼の恩恵から生じた全ての果報が私によって獲得された。 57.そして、私の懇願によって留まったかの雄牛の旗標を掲げる者は、 三界において「ヴァイディヤナーテーシュヴァラ(医師の主)」という 名前で知られることになった。 58.〔人々が〕拝謁し、礼拝することで、光輝くリンガの姿をしたマヘー シュヴァラは、世界の全ての人に利益をもたらす者であり、満足と解脱 を与える。 59.私はまさにその光り輝くリンガを特別に礼拝し、跪拝して、そして 三界を征服するために、ここに戻ってきた。 スータは語った。 60.神仙ナーラダは、彼(ラーヴァナ)のその言葉を聞いて動揺したが、 心の中では微笑みながら、ラーヴァナに言った。
ナーラダは語った。 61.聞きなさい、ラークシャサの最上の者よ。私は汝にとってためにな ることを語ろう。汝は〔私によって〕言われたことのみをなすべきであ り、決してその他のことをしてはいけない。 62.汝は今、シヴァ神によって自分にためになることが与えられたのだ と言ったが、汝はその全てを真実であると考えてはならぬ。 63.この者(シヴァ神)はまさに〔心が〕ねじけているので、一体、何 (悪い事柄)を言わないことがあろうか。〔彼の言うことは〕決して実現 しないであろう。そんなことがどうしてわかるだろうか。汝は私の愛し き者である。 64.〔それゆえ、〕再び〔カイラーサ山に〕行って、汝はまさに〔自分の〕 不利益になるような仕事をなせ。そして、汝によって再びカイラーサ〔山〕 を持ち上げる努力がなされるべきである。 65.そして、もしまさにこのカイラーサ〔山〕が持ち上げられたならば、 その時こそ、全てが実りあるものとなるだろう。〔このことは〕疑いない。 66.汝は元通りにカイラーサ山を置いて、安心して戻ってきなさい。よ く決意をしてから、〔汝が〕望むようにしなさい。 スータは語った。 67.このように言われ、〔自分の〕利益を考え、迷妄にかられたかのラー ヴァナは、聖仙の言葉を真実と考えて、カイラーサ〔山〕へ行った。 68.そこに行き、彼はその山を持ち上げた。そこで、まさにそこにある 全てがお互いにひっくり返された。 69.その時、かのギリーシャ( 山の主 、シヴァ神)も、〔それを〕見て、「何 が起こったのだ?」と言った。ギリジャー( 山から生まれた者 、シヴァ
の配偶神)も、かのシャンブに微笑んで答えた。 ギリジャーは語った。 70.弟子に果報が生じましたが、それが完全に弟子から生じましたね。(訳 註:あなたはラーヴァナという弟子に恩恵を与えたが、その報いがその まま戻ってきた、という意味。) 平静な心を持つ偉大な勇者に比類のない力が与えられましたね。 スータは語った。 71.ギリジャーの意図的な言葉を聞いて、マヘーシュヴァラは、ラーヴァ ナを力に驕る、忘恩の輩と考えて、呪いを与えた。 マハーデーヴァは語った。 72.おお、ラーヴァナよ。不信心の者よ、不心得の者よ、高慢になるな。 すぐに汝の手の傲慢さを打ち砕く者がここに現れよう。 スータは語った。 73.そしてそのようにそこで起きたことを、その時ナーラダは聞いた。 ラーヴァナもまた喜びの心を持って、もと来た道を自分の住処に帰って 行った。 74.最高の決意をして、力に惑わされ、他者の高慢を打ち砕く強力なラー ヴァナは、世界を支配下に置いた。 75.そして、シヴァの命によって得た神聖な武器と偉大な威力により、 ラーヴァナに対峙できる戦士は一人もいなくなった。 76.そして、このヴァイディヤナーテーシュヴァラについて語られたマー ハートミヤを聞く人々の罪障は灰のようになる。 以上、『シヴァ・プラーナ』第 4 巻コーティルドラサンヒターの、ヴァ イディヤナーテーシュヴァラ・ジョーティルリンガ・マーハートミヤの
話という名の第28章〔終了〕。
《参考文献》
Hazra, R.C. 4
Delhi-Patna-Varanasi:Motilal Banarsidass, 2nd ed., 1975. Rocher, Ludo, 4 Wiesbaben:Otto Harrassowitz, 1986.
菅沼晃編『インド神話伝説辞典』東京堂出版、1985. 宮本久義『ヒンドゥー聖地 思索の旅』山川出版社、2003. 山口しのぶ「「グシュメーシュヴァラ・ジョティルリンガ」の縁起譚─『シヴァ・ プラーナ』第 4 巻「コーティ・ルドラ・サンヒター」第32章和訳─」『東洋 大学文学部紀要』第66集、2013. 本テクストは、2013年度の大学院の授業で使用したものである。受講生は、 藤山覚一郎、澤田容子、三澤祐嗣、堤博枝、尾上海、グスティ・アユ、今村 文美、伊藤頼人、田口なみ、および澤田彰宏の皆さんで、翻訳にあたっては 彼らの解釈も随所に反映されている。この場を借りて謝意を表したい。また、 今回は紙幅の関係で原文と訳註を省いたが、第27、36詩節の ati の使用法など 疑問の残るところもあったことを付け加えておく。 《キーワード》 シヴァ・プラーナ、ヴァイディヤナータ、マーハートミヤ、ヒンドゥー教、 聖地信仰