∼最高裁判所決定を受けて∼
著者
吉田 秀康
著者別名
YOSHIDA, Hideyasu
雑誌名
白山法学
号
12
ページ
99-167
発行年
2016-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00008050/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja「傍聴人に聞こえない証人尋問」
国家賠償請求事件
―最高裁判所決定を受けて―
吉 田 秀 康
法学セミナー2015年11月号(以下、単に法学セミナー11月号ともいう。) の 9 頁から57頁までにかけて、「『傍聴人に聞こえない証人尋問』国家賠償 請求事件―一橋大学ロースクール人権クリニック」と題する論文を発表す る機会を得た。 一橋大ロースクールの人権クリニックでは、 4 回にわたって「傍聴人に 聞こえない証人尋問」国家賠償請求事件(以下、塚田国賠事件とする)を 題材に取り上げて内容を検討しており、同事件の代理人弁護士の筆者及び 小杉公一弁護士や原告本人の塚田育恵弁護士は第 4 回クリニックに出席した。 法学セミナー11月号の論文は、筆者は第 1 回から第 3 回クリニックには 参加しておらず、その部分については大学院生のメモやレジュメを参考に したものであり、また、内容の一部、特に最高裁判例の検討の部分は、ク リニックでは議論されなかった内容も相当含まれているものであって、必 ずしも人権クリニックの実際の議論を再現したものではなかったが、筆者 としては、できるだけ人権クリニックの雰囲気を壊さないように、同クリ ニックにおける塚田国賠事件の検討状況を再現するよう心掛けたもので あった。 そのため、あまりに人権クリニックでの議論とかけ離れすぎた内容を法 学セミナー11月号の論文で述べることは不適切と思われたことから、最高 裁判所改革や裁判官改革については、十分に筆者の考えを述べることがで きなかった部分があった。 そこで、法学セミナー11月号44頁から55頁の論述に若干の加除訂正を加 えた上、新たに加筆して本稿を述べることとする。今回新たに加筆した箇所は、 5 、 6 、 7 、 9 、10、11、12、13、14、16、17、18、19、22、25、 26、27、28、29、30、31、32、33、37及び38項である。
最高裁判所決定
最高裁裁判所第一小法廷平成26年11月27日決定 第 1 主文 1 本件上告を棄却する。 2 本件を上告審として受理しない。 3 上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。 第 2 理由 1 上告について 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、 民訴法312条 1 項又は 2 項所定の場合に限られるところ、本件上告 理由は、違憲をいうが、その実質は事実誤認若しくは単なる法令違 反を主張するもの又はその前提を欠くものであって、明らかに上記 各項に規定する事由に該当しない。 2 上告受理申立てについて 本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条 1 項により受 理すべきものとは認められない。 1 違憲をいうがその実質は事実誤認若しくは単なる法令違反の主張との 判断について 阪口教授:実は、この事案を人権クリニックで取り上げて検討している 最中に、最高裁から上告棄却の決定が出されました。この決定を受けて、 弁護士の方々は、どのような感想を持ったのですか。 吉田(弁護士):私は、まさか、こんな早く最高裁が判断するとは考え ていませんでした。弁護団の中でも、誰も、このような事態は想定してい ませんでした。驚いたというか、呆れたというか、唖然としたという感じでした。上告趣意書を提出してから 2 ヶ月強、上告審記録受理通知が平成 26年10月10日で、決定が同年11月17日ですから、審理期間は僅か 1 ヶ月と 17日に過ぎません。 小杉(弁護士):憲法違反は、民事事件(民訴法312条 1 項)でも刑事事 件(刑訴法405条 1 号)でも上告理由となっているため、弁護士は、憲法 違反を理由として上告します。ただ、実は本当に憲法違反が問題となって いる事案は少なくて、上告理由を整えるために憲法違反を主張しているの が大半というのが実情でしょう。それが、最高裁の仕事を増やしている元 凶といわれていることも承知しています。ところが、塚田国賠事件は、ス トレートに憲法違反が問題となっており、私自身、長年の弁護士生活の中 で、ここまで憲法違反で直球勝負できる事件は初めてでした。仮に、最高 裁が上告を棄却するとしても、憲法について何らかの判断をするだろうと 考えていました。上告受理申立理由が「法令の解釈に関する重要な事項を 含むものと認められる事件」と定められていることから(民訴法318条 1 項)、裁判長の措置が刑訴法違反であることを主張しましたが、本件が、 刑訴法違反だけに止まる事案ではなく、憲法違反にも該当することは明ら かです。 塚田(原告):私も、最高裁は、何らかの憲法判断をするだろうと期待 していました。こんなに早く上告棄却の決定が出るなんて、一体どうなっ ているの?と思いました。憲法82条 1 項の主張、憲法21条 1 項の主張が、 「違憲といいながら、その実質が事実誤認か単なる法令違反の主張であ る」との結論は、どう考えても理解できません。全く納得できません。 大学院生 A:私達も、この結論には本当に驚きました。本件の主張が違 憲の主張ではないということが、全く理解できませんでした。 吉田(弁護士):阪口先生、渡辺先生、本件の主張が、違憲の主張では なくて、事実誤認の主張や単なる法令違反の主張なのでしょうか? 阪口教授:私にも、この主張が憲法違反の主張以外には理解できません。 渡辺教授:私も同じ考えです。もっとも最高裁も文字通り事実誤認や単
なる法令違反の主張だと考えているわけではなく、上告棄却の決定をする ためにはそう書かざるを得ないということなのでしょう。 2 欠前提というのはどういうことなの? 嘉多山(大学院生・弁護士):本件が、違憲を主張しているが、「その前 提となる事実が認められない」、すなわち欠前提となる可能性はないので しょうか。原告は、証人尋問のほとんどの部分が聞き取れず証言内容が分 からなかったと主張していますが、相当程度の部分が聞き取れていて、証 言内容がかなりの程度理解できたという事実認定になっていないでしょうか。 阪口教授:欠前提の判断とは、どのようなことなのですか。 嘉多山(大学院生・弁護士):「憲法違反の主張は、事実上又は法律上の 前提を置いていることが多い」のですが、「この事実の主張又は証拠を欠 くときは、不適法な上告理由といわねばならない」とされており、「実務 上、このような前提を欠くことを欠前提と呼んでいる」とされています1。 吉田(弁護士):既に述べましたが、国側は、事実関係について具体的 な事実は主張しておらず、単に不知と認否し、立証は一切しませんでし た2。当日の法廷の状況などに関する証拠は、原告が本件当日に作成した 2 通の確定日付付きの報告書、その後に原告が作成した詳細な陳述書、傍聴 席にいた傍聴人 1 人の陳述書だけでした。地裁判決では、原告の主張どお りの事実が認定されています。 塚田(原告):東京地裁は、午前中の尋問について、「法廷内のスピー カーから聞こえてくる証人の証言の音量が小さかったため、原告は、証人 の証言を断片的にしか聞き取ることができなかった。しかし、原告は、証 人の証言のうちの相当部分について、検察官の質問及び証言の復唱などか ら、証人の証言内容を推測することができた」と認定し、原告が昼休みに 書記官室を訪れ、裁判所職員に対し、「証人の証言が傍聴席ではほとんど 聞こえないため、証人の証言が傍聴席においても聞こえるような措置を講 じるよう本件事件の担当書記官に伝えて欲しいと述べた」と認定し、午後
の尋問については、「証人の声が午前中よりも、やや大きくなったように 感じたものの証人の証言の聞こえ方は午前と変わりなく、また、弁護人の 質問から証言内容を推測することが難しかったので、むしろ午前よりも証 人の証言を理解できない部分が多くなった」と認定しています。高裁は、 事実認定に関して全く判断しておらず、地裁判決の事実認定が前提となっ ています。したがって、証人の声が聞こえていたと事実認定されたため、 欠前提となったということはないと思います。 嘉多山(大学院生・弁護士):ただ、証人の証言が聞こえなくなった原 因に関する事実関係が良く分からない。例えば、証人の声が原告には聞こ えなかったものの、その原因がはっきりとしなかったので、国家賠償法上 の違法か否かが良く分からない、さらに故意なのか過失なのかも分からな いので、違憲を主張する前提を欠くという可能性はあるのでしょうか。 吉田(弁護士):証人の声が原告に聞こえなくなった原因の事実関係が はっきりとしないという点は、そのとおりだと思います。先ほどの渡辺先 生のご指摘のとおりです3。しかし、仮に、それが原因で欠前提となったと すれば、弁護士としては、許し難いことです。そもそも、民訴法は、証拠 の採否について、どのように定めていますか。 3 証拠の採否も事実認定も裁判所が自由裁量で判断できるんだ 大学院生 B:民訴法181条 1 項は、「裁判所は、当事者が申し出た証拠で 必要でないと認めるものは、取り調べることを要しない」と規定し、証拠 の採否は裁判所の取調べの必要性の判断に委ねられている、すなわち、裁 判所の自由裁量に委ねられるとしています。 吉田(弁護士):もちろん、その裁量は、適切に行われなければなりま せん。そして、十分な心証を得ている場合には、その事実に関する他の証 拠方法を取り調べる必要はないとされています。次に、事実認定の規定は どうですか。 大学院生 B:民訴法247条は、「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁
論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実に ついての主張を真実と認めるべきか否かを判断する」と規定し、自由心証 主義を採用しています。自由心証主義とは、裁判所が判決の基礎となる事 実を認定するにあたり、当該審理にあらわれた一切の資料に基づいて、裁 判官が自由な判断により心証形成を行うことができるとする原則です。 吉田(弁護士)心証形成に役立つ証拠の取捨選択も証拠の証明力の評価 も、裁判官が自由に判断できます。もっとも、裁判官の自由裁量に委ねら れているとしても、事実認定は論理則、経験則に従って、客観的かつ合理 的なものでなければならないとされています。ところで、法定証拠主義と いうことを知っていますか。 大学院生 B:法定証拠主義とは、証拠方法と証拠能力や証明力について あらかじめ法定し、裁判官の事実認定における判断を拘束しようとするも のです。歴史的には、法定証拠主義が採用されていたこともあったと聞い ています。 吉田(弁護士):裁判官の資質・能力が不十分または不揃いであるとき には、裁判官の判断が無責任かつ独断的・恣意的なものになるおそれがあ るため、それを抑制するために法定証拠主義が採用されていました。自由 心証主義が採用された背景には、裁判官に対する全面的な信頼があります。 小杉(弁護士):証拠の採否の裁量は適切に行わねばならないとされ、 また、事実認定の裁量も論理則、経験則に従って、客観的かつ合理的なも のでなければならないとされているものの、実際には、いわばブラック ボックスであって、外部からは裁量が適切に行われたか否かを判断するこ とは難しいといわねばなりません。したがって、裁判官が、その信頼を悪 用して自由裁量を濫用しようと思えば、事実認定は、いかようにでもでき ることになります。 吉田(弁護士):東京地裁も東京高裁も、裁判官が自由裁量を濫用した 典型例と思います。そもそも、証人尋問の際に証人の声が聞こえなくなっ た原因は裁判所側の事情であり、傍聴人である原告にはおよそ分からない
ことです。ですから、この法廷を主宰した裁判長を証人として請求したの ですが、東京地裁も東京高裁も不必要として認めませんでした。このよう に、裁判所は、一方で原告の立証の機会を奪ったのです。にもかかわら ず、東京地裁は、先ほど述べたように、他方で、証言が傍聴席においても 証言が聞こえるような措置を講じてもらいたい旨の原告の申入れを、裁判 長がことさら無視し特段の措置を講じなかったと認めるに足りる証拠はな いとして、立証不十分と判断しました。東京高裁も、この東京地裁の事実 認定をそのまま追認しました。最高裁も、違法性や故意過失についての立 証不十分を理由として欠前提と判断しているのかも知れません。 塚田(原告):裁判官に対する信頼を逆手に取って、証拠の採否も事実 認定も裁判官が自由にできることを悪用すれば、裁判官は自分の思いどお りの結論を導くことができます。 吉田(弁護士):仮に、東京地裁も東京高裁も、このような意図で原告 が請求した裁判長の証人請求を却下したのであれば、それは、もはや裁判 の名に値しないものです。暗黒裁判というべきでしょう。裁判官を信頼し て、裁判官に対して証拠の採否や事実認定について自由裁量を認めたこと が間違いということになってしまいます。 4 このような最高裁判決は裁判に理由を付したとはいえないよね 大学院生 C:ところで、上告を棄却する最高裁の決定は、いつも、この ような内容なのでしょうか。この決定では、上告理由に該当しないので上 告を棄却したことは分かるのですが、上告理由に該当しない理由が、何な のかが全く分かりません。上告理由が、事実誤認だからなのか、単なる法 令違反なのか、それとも欠前提なのかが分からないのですが。 吉田(弁護士):良いところに気がついてくれましたね。実は、最高裁 の上告棄却決定は、スタンプで押したように、この表現です。実質的に、 上告が棄却された理由が全く分からない状態なのです。「三行半判決」と いわれている問題です。
阪口教授:そもそも、どうして、裁判には理由を書かなければならない のかな。 大学院生 F:刑訴法44条 1 項は、裁判に理由を付さなければならないと 規定しています。理由として、第 1 に、裁判という裁判機関の意思表示・ 判断が恣意によるものでなく、合理的・客観的な根拠に基づくものである ことを担保すること、第 2 に、裁判を受ける当事者・訴訟関係者の納得を 得ること、又はその批判を待つことのためにも必要であること、第 3 に、 不服申立があった場合の上訴審における審査の手掛かりを提供し、その審 査を適切・円滑に行わせるために必要であること、そして第 4 に、裁判の 公開性という見地から、具体的な事件において、法の適正・妥当な行使が されていることを一般的に明示する面も有することがあると解される4とさ れています。ただ、刑訴法44条 2 項は、上訴を許さない決定又は命令には、 理由を付することを要しないと規定しており、この場合は、先ほどの第 3 の理由が失われ、さらに、訴訟経済を考慮したためと説明されています。 大学院生 B:民訴法235条は、判決書には、主文や事実の他に理由を記 載しなければならないと規定しています。判決書作成の目的は、既判力、 執行力、形成力の及ぶ範囲を明らかにするとともに、訴訟当事者に対しそ の主張・証拠についての裁判所の判断および判断経過を知らせ、上訴審に 対しては判決の当否の審査を容易にすることにある。また、裁判官にとっ ては自己の判断を客観視させうる点でも意味があり、かつ、一般国民に対 し具体的事件を通じ法の内容を明らかにするとともに、判断内容を示すこ とによって裁判所の公正を保障する機能をも有するものであるとされてい ます5。 小杉(弁護士):このように、民事事件でも刑事事件でも、様々な理由に よって判決に理由を書かなければならないとされています。にもかかわら ず、上告棄却の決定には、上告理由に該当しないと形式的な理由は書いて いるものの、実質的な理由は書いていません。最高裁は上告審であり不服 申立ができないので、その点では理由を書く必要がないかも知れませんが、
先の述べたそれ以外の様々な理由は、最高裁判決でも同様に該当します。 吉田(弁護士):地裁と高裁は、通常、一定の判断過程を判決で示して います。本件でも、地裁も高裁も、極めて不適切な内容でも一応の理由を 書いていました。だからこそ、人権クリニックで、批判的に検討すること ができたのです。その意味では、最高裁が、もっとも法の趣旨に反してい るといえるでしょう。実質的に検討しているのであれば、簡単な理由を書 くぐらいのことはできるはずです。最高裁が過重負担で多忙ということ は、実質的な理由を書かないことを正当化するものではありません。最高 裁は、少なくとも 1 ~ 2 頁の簡単なものでも良いので、実質的な理由を書 くべきです。また、簡単でも上告棄却の理由を明らかにすることは、無駄 な上告の件数を抑えることに繋がるとの意見もあります。 塚田(原告):そもそも、裁判所は三権の一つの公権力であり、判決は 公権力の行使に該当します。国民主権の観点から考えると、公権力は、そ の活動について、国民の批判にさらされる必要があるはずです。そのため には、裁判所は、自らが行った判断内容や判断過程を、国民に明らかにす る必要があるはずです。にもかかわらず、その司法権のトップにある最高 裁が、自ら行っている裁判に実質的な理由すら書いていないということ は、最高裁自身、自らが行っていることが公権力の行使であることの意識 の薄さを如実に現していると思います。 吉田(弁護士):行政情報については、その公開と国民への説明責任 (アカウンタビリティ)の徹底ということがいわれています。国民への説 明責任という点は、行政情報のみに求められるものではなく、公権力の活 動の全てについて、国民への説明責任があるというべきであり、司法も例 外ではないはずです。平成13年 6 月12日に内閣に提出された司法制度改革 審議会意見書にも、「司法がその求められている役割をいかんなく遂行す るためには、国民の広い支持と理解が必要である。政治改革・行政改革を 通じて政治部門の統治能力の質が向上するに伴い、政治部門の国民に対す る説明責任も重くなる。同様に、司法部門も、司法権の独立に意を用いつ
つも、国民に対する説明責任の要請に応え、国民的基盤を確立しなければ ならない。司法は、その行動が、国民にとって、見えやすく、分かりやす く、頼りがいのあるものであって、初めてその役割を十全に果たすことが できるのである」とされています6。最高裁の対応は、司法制度改革審議会 の意見にも反することは明らかです。 渡辺教授:上告棄却の決定に理由を付すべきではないかについては、最 高裁でも問題は意識されているようです。例えば、可部恒雄裁判官は、首 席調査官時代に、調査官に対し、定型文言による上告棄却でもそこに当該 事件の個性を表現する一言を付け加えるべきである、と話していたとのこ とです。また、最高裁裁判官としてもそれを実践していたようです7。その ほうがよいとは最高裁も考えているのですが、負担が重すぎてなかなか実 践できないということなのでしょう。 5 最高裁はどうやって実質的に審理するか否かを決めているの? 大学院生 E:弁護士の先生方に質問なのですが、どうして、本件は、こ んなに早く上告棄却の決定が出たのですか。 吉田(弁護士):結局、最高裁は、本件について、実質的には何らの検 討もしていないのだと思います。 阪口教授:最高裁は、どのような方法で、実質的に内容を検討すること なく簡単に上告棄却の決定を出す事案と、相応の検討をする事案とを分け ているのかな。 嘉多山(大学院生・弁護士):私は、一度、元裁判官で最高裁調査官を した経験のある方のインタビューをしたことがあります。 阪口教授:その内容を話してもらえますか。 嘉多山(大学院生・弁護士):はい。刑事事件についてですが、最高裁 では、調査官が、上告趣意書をバーッと読んで、難易度によって粗選別を するそうです。憲法違反などと主張していても、最高裁では事実誤認は取 り上げないので基本的には事実誤認の主張は×、量刑不当の主張は△、重
要な法律問題を含んでいる事件や判例になりそうな事件、あるいは事実認 定でもかなり微妙と思われる事件には○、超特大の事件や極めて難しい法 律問題を含んだ事件は◎を付けるそうです。×事件と△事件が圧倒的に多 く、 7 、 8 割以上になると思われるそうです8。 吉田(弁護士):調査官の粗選別の段階では、ダブルチェックはないの ですか。 嘉多山(大学院生・弁護士):この段階では、ダブルチェックはありま せん。その後、◎、○、△と×のグループ毎に、各調査官に事件が配点さ れて、調査官が報告書を作成し、報告書が担当裁判官に提出されますが、 その際、裁判官は、粗選別の意見には拘束はされません。調査官の報告書 で、裁判官の審議が必要との意見を書いた場合には、すべて審議になりま すが、問題にならない旨の意見を書いた場合には、大半はそのまま書面決 裁で終わり、たまに引っかかって審議にまわることもあるとされています9。 吉田(弁護士):元最高裁裁判官によれば、「記録は必ず調査官が下読み して、その意見を付して主任裁判官に回付するが、その仕方に民刑とも二 種類ある。一つは、担当調査官が、原判決に問題ありとか、重要な問題点 を含むとか、社会的に著名な重大事件で特に慎重な考慮を必要とするとか 判断した場合に、審議事件の印をつけて回付してくるものである。この場 合、別綴記録は各裁判官毎に配布される。これを主任裁判官が精読した 上、先任裁判官に届け出て審議期日が決まる。他は、調査官が、原判決に 全く問題はなく、上告理由なしとするものであって、持廻り審議事件とし ての印をつけて回付してくる。この場合、別綴記録は一部しかなく、承認 の時はその表紙に押印して次順位の裁判官に回付し、構成裁判官全員が印 を押せば審議終了となって、判決あるいは決定の作成手続に入る」とされ ています10。また、別の元最高裁裁判官によれば、「最高裁判事として在任 した 7 年半の間に、総計 1 万4724件の上告(及び上告受理申立て)事件に 関与した。…そのうち8122件が民事及び行政事件であり、残りが刑事事件 である。そして、その中で、持ち回り審議による決定処理ではなく、 5 人
の裁判官の合議に掛かったいわゆる『審議事件』は、ほぼ 5 ないし 6 パー セントを占める」とされており11、「『持ち回り審議事件』と評議室での審議 の対象となる事件との振い分けは、まず担当調査官が行う12」、「持ち回り審 議については、専ら各裁判官がそれぞれの裁判官室で記録の検討・押印決 済を行う13」、「主任裁判官がまず目を通して、これは改めて合議をするまで も無く上告棄却(あるいは上告不受理)の決定で済む、と判断したなら ば、一件書類中の押印欄に自分の印鑑をついて、次の裁判官に回し、以下 各裁判官が同様の処理をして行く、という形の『持ち回り審議』で一件落 着となる14」とされています。「調査官の報告書というのは、その事件につ いての担当調査官が、一審以来の全記録に目を通した上で(裁判官自身 は、通常のケースでは、一審・二審の口頭弁論調書だとか証拠類といった 原資料に目を通すことは無い。そんな時間はとても無いからである)、そ の事件の事実関係、当事者の主張、一審や二審の判断の内容、等を要領良 く紹介し、最高裁で判断するに当たっての問題点、先例の有無及びあると したらその内容、問題となる論点についての学説・判例、等々について整 理・紹介をした上で、調査官自身は、この事件について、どのような判断 をしたら良いと思うかを、述べたものである15」ので、「私の場合にも、 個々の事案の具体的な検討に当たっては、まず調査官報告書を読むことか ら始め、それを通じて、事件全体の概要を頭に入れてから、一審判決、原 審判決等を読む、という手順で作業を行った16」とされています。 大学院生 E:いずれも、ほぼ同じ内容ですね。そうすると、大半の事案 は、最高裁では実質的に内容が検討されないのですね。 吉田(弁護士):平成23年 7 月 8 日に公表された第 4 回目の「裁判の迅 速化に係る検証結果の報告書」の「Ⅴ 最高裁判所における訴訟事件の概 況」によれば、平成22年は、民事事件では、総数のうち98.7%が上告棄却 決定か却下決定で終局しており、そのうち78.1%が審理期間が 3 ヶ月以内 に終局しています17。平成25年 7 月12日に公表された第 5 回目の検証結果の 報告書によれば、平成24年は、民事事件では、総数のうち98.2%が上告棄
却決定や却下決定で終局し、そのうち53.1%が審理期間が 3 ヶ月以内に終 局しており18、平成27年 7 月10日に公表された第 6 回目の検証結果の報告書 によれば、平成26年は、民事事件では、総数のうち98.8%が上告棄却決定 や却下決定で終局し、そのうち51.7%が審理期間が 3 ヶ月以内に終局して います19。したがって、審理期間が 3 ヶ月以内で終局している事件は、持ち 回り審議の書面決済だけで終わっていると考えられます。 6 最高裁が実質的に審理するか否かを調査官が実質的に決めるのは適切 なの? 大学院生 A:そうなんですか。最高裁の裁判官ではなくて、調査官が実 質的に選別作業を行っているのですね。調査官は裁判官なのですか。 小杉(弁護士):そうです。首席調査官や上席調査官は別として、調査 官は、キャリア・システムとして裁判官に任官して、15年程度の経歴の人 とされています。 吉田(弁護士):最高裁には極めて多数の事件が上告されるため、裁判 官自身が、全ての事件の記録を読んで審理することは不可能な状況です。 そこで、訴訟法に定められた上告の要件を満たさない事案をスクリーニン グし、裁判官は、残った最高裁で審理する必要性が高い事案に労力を傾注 するようにしているとされています。 大学院生 F:最高裁として判断すべきか否かという判断は、裁判官では なく調査官が中心となって判断しているのですね。そんな重要な役割を調 査官が行っていることを、私は、今日初めて知りました。一般の国民の方 は、最高裁が、そのようなシステムで事件を選別していることを知ってい るのでしょうか。 小杉(弁護士):弁護士以外の一般の方は、ほとんど知らないでしょうね。 大学院生 F:最高裁が判断を示すか否かを決めることは、最高裁におい て、どのような判断をするのかということと同じくらい重要なことだと思 います。そのような判断に最高裁裁判官の関与が少ないということは、最
高裁が本来要請されている責務を果たすという点で適切なのでしょうか。 なんだか疑問を感じます。 小杉(弁護士):「調査官判決」といわれている問題です。主任裁判官 は、調査官が作成した報告書を読むだけで、上告理由書や上告受理申立理 由書を読むことなく、持ち回り審議事件とするか否かを判断しているので はないのか。また、実質的に調査官と主任裁判官の一存で、事実上処理が 決まっているのではないかという問題です。 吉田(弁護士):確かに、現在の15名の最高裁裁判官の人数では、裁判 官において、最高裁が判断するか否かを決めることが不可能なのであれ ば、そもそも、その人数が適切かどうかという議論をすべきです。また、 調査官にも一定の役割を与えるとしても、調査官に与えられる権限の範囲 は、どの程度であるべきなのかについても検討すべきかも知れませんね。 小杉(弁護士):なお、先程の統計の審理期間とは、上告審記録受理か ら上告審終局までの期間とされており、本件では、上告審に記録が到着し た通知が平成26年10月10日で、上告棄却の決定は同年11月27日となってい ますから、審理期間は、わずか 1 ヶ月と17日間に過ぎません。あまりにも 短い期間といえます。本件は、調査官の粗選別の段階で、上告理由には該 当せず上告棄却すべきとの意見が付いて×がついたと思われます。さら に、主任裁判官において、まともに上告理由書を読んで検討したのかにつ いても多大な疑問を感じます。 塚田(原告):いずれにせよ、本件は、真正面から憲法問題を取り上げ ているにもかかわらず、最高裁としては、憲法違反に名を借りて上告して いるに過ぎず審議するにも値しない、すなわち、検討する価値もないと判 断したのであって、どう考えても納得できませんし、そのような最高裁の 考えが正当とは到底考えられません。 7 調査官の実際の職務の内容は法律で定められているの? 大学院生 D:最高裁として判断すべきか否かという判断を、最高裁の裁
判官ではなく調査官が行うという仕組は、法律で定められているのですか。 吉田(弁護士):いいえ。そのようなことを規定している法律はありま せん。裁判所法57条 1 項は、「最高裁判所、各高等裁判所及び各地方裁判 所に裁判所調査官を置く」と規定し、同条 2 項は、「裁判所調査官は、裁 判官の命を受けて、事件(地方裁判所においては、知的財産又は租税に関 する事件に限る。)の審理及び裁判に関して必要な調査その他他の法律に おいて定める事務をつかさどる」と規定されていますが、最高裁の調査官 の具体的な仕事の内容を定めている法律はないと思います。 大学院生 D:民事訴訟法や刑事訴訟法で訴訟手続が詳細に定められてお り、私達はそれを勉強しているところですが、上訴の部分までは、なかな か手が回らない状態です(笑)。ただ、上告審の審理方法や、実際の事件 処理の方法が法律で定められていないのは適切なのでしょうか。上告理由 は訴訟法に規定されていますが、最高裁が、どのような手続によって審理 を行っているのか、手続としてどのような方法で上告理由の有無を判断し ているのかについても、法律で定めて広く国民に周知する必要があるので はないでしょうか。 吉田(弁護士):訴訟に関する手続なのですから、最高裁が規則制定権 に基づいて規則を制定することができます。しかし、このような調査官の 活動については、明確に規則で規定されているわけでもないようです。私 が調べた限りでは分かりませんでした。 大学院生 D:法律でも規則でも定められていないのですか。 吉田(弁護士):最終審である最高裁における活動が、法律や規則にも 定められていない形で行われていることは、司法権の活動を、国民が チェックするという観点から考えると、やはり問題があると思います。そ もそも、司法権を掌る裁判所は、公権力を行使する機関なのですから、そ の活動は、国民主権の観点から考えると国民によりチェックを受ける立場 にあるはずです。しかし、裁判官は、自らがこのような立場にあることの 認識が極めて薄いのではないでしょうか。だからこそ、最高裁が規則制定
権を有しているにもかかわらず、最高裁における実務的な作業について、 国民が、それを分かるような形で定めることもしていないのではないで しょうか。 大学院生 D:そのような規定は、規則制定権により最高裁が定めるべき なのかな。 吉田(弁護士):最高裁に規則制定権が認められた趣旨は、裁判所の独 立性を確保するという点と、訴訟手続等の技術的なことは国会ではなく裁 判所が定めた方が実際的という点からとされています。司法権による公権 力行使を国民がチェックするという国民主権の観点からすると、国会によ り法律で定めるべきではないでしょうか。 8 調書判決とはどのようなものなの 嘉多山(大学院生・弁護士):ところで、本件では、調書判決という形 で上告が棄却されているのですが、調書判決となった理由は、何なので しょうか。 吉田(弁護士):この点については全く分かりません。また、最高裁 は、どの位の割合で、調書判決で上告棄却の決定をしているのかも分かり ません。 大学院生 E:調書判決というのは、何なのですか。 吉田(弁護士):私も、今回の上告棄却決定が調書判決だったことか ら、少し調べました。調書判決について、平成 8 年より前には、民訴法や 民訴規則には規定がありませんでした。刑訴規則219条には、「地方裁判所 又は簡易裁判所においては、上訴の申立てがない場合には、裁判所書記官 に判決主文並びに罪となるべき事実の要旨及び適用した罰条を判決の宣告 をした公判期日の調書の末尾に記載させ、これをもって判決書に代えるこ とができる」と規定され、調書判決が認められていました。判決書を簡素 化する趣旨から認められたものであり、実際に自白事件の有罪判決につい て用いられているとされています20。したがって、問題点がなく、争いのな
い事件では、調書判決が採用されていると思われます。平成 8 年の民訴法 改正の際に、民訴法254条において、被告が口頭弁論において原告の主張 した事実を争わず、その他何らの防御の方法をも提出しないなどの場合に おいて、原告の請求を認容するときは、判決書原本に基づかずに判決の言 い渡しができるとして調書判決の制度が導入されました21。さらに、平成16 年の民訴規則の改正により、民訴規則50条の 2 で「最高裁判所が決定をす る場合において、相当と認めるときは、決定書の作成に代えて、決定の内 容を調書に記載させることができる」と規定され、最高裁にも調書決定の 制度が採用されました。「調書決定の制度の採用は、最高裁判所の事務の 円滑な遂行およびその機能の一層の充実を図る趣旨で採用されたものであ り、対象事件に限定はなく、最高裁判所の決定手続により終局する事件は 全て含まれる。具体的な事件において調書決定の方式を採用するか、決定 書を作成するかは、その事件を担当する裁判体の判断にゆだねられている が、調書決定は、基本的に決定の理由が定型的・類型的な場合に適合する 方式である」とされています22。判決書の作成の省力化のための制度であ り、基本的には、問題点がなく、争いのない事件について、調書判決が行 われていると考えられます。 大学院生 D:そうすると、最高裁は、本件は、およそ問題点がなく、争 いのない事件と判断したということなのでしょうか。 吉田(弁護士):多分、そうなのでしょう。しかし、本件が憲法上の問 題点がない事案と判断すること自体、最高裁の憲法や人権にする意識の低 さを如実に現しています。 9 国家賠償法上の損害は権利を侵害された場合に限られるわけではない んだ 吉田(弁護士):これまでは、塚田国賠事件の憲法上の問題点について 議論してきたのですが、国家賠償法上の問題点について触れたいと思いま す。実は、地裁判決も高裁判決も、本来判断すべき国家賠償法上の問題点
について、何らの判断もしないまま過ごしてしまったということがありま した。 大学院生 D:どういうことですか。 吉田(弁護士):一つ質問です。民法上の不法行為と国家賠償請求と は、どこが異なっているのでしょうか。 大学院生 D:不法行為を行ったのが一般の私人の場合は、民法上の不法 行為に基づく損害賠償請求となりますが、不法行為を行ったのが国や地方 公共団体の場合は、国家賠償請求となります。 吉田(弁護士):それでは、例えば、無料券をもらって映画館で映画を 見ていたところ、「あなたの母親が危篤に陥ったので、病院に行きなさ い」と嘘をつかれて、映画を見るのを中断した場合に、法的な請求が可能 でしょうか。 大学院生 D:その相手に対して、民法上の不法行為に基づき損害賠償請 求ができると思います。もっとも、金額がどの程度になるのかは分かりま せんが。 吉田(弁護士):このとき、憲法上の映画を見る権利を侵害されたと主 張しますか。 大学院生 D:そこまでは主張しないと思います。 吉田(弁護人):それでは、映画を見ていたのではなく、先ほどの事案 のように、裁判を傍聴していたところ、「あなたの母親が危篤に陥ったの で、病院に行きなさい」と嘘をつかれて、傍聴を中断した場合は、どうで しょうか。 大学院生 D:その場合も、やはり民法上の不法行為に基づき損害賠償請 求ができると思います。 吉田(弁護士):それでは、裁判を傍聴していたところ、公権力によっ て、傍聴を妨害された場合には、どうなりますか。 大学院生 D:そうか。国家賠償が認められることになると思います。 吉田(弁護士):そもそも、国家賠償法上の損害は、法的権利が侵害さ
れた場合にしか認められないのでしたか。 大学院生 D:法的権利が侵害された場合に限らず、法律上保護される利 益が侵害された場合であっても認められると解されています。民法の不法 行為の場合と同様です。 塚田(原告):国家賠償訴訟を提起すると、国は、しばしば、原告には保 護されるべき権利がないなどと主張します。しかし、原告に権利が認めら れないとしても、法律上保護される利益があり、それが侵害されれば、国 家賠償責任は認められるはずです。そして、傍聴の自由というかどうかは 別にして、公開裁判の原則によって認められた傍聴人として裁判を傍聴す ることが、まさか、法的に保護される利益ではないとはいえないでしょう。 吉田(弁護士):このように、仮に、裁判の公開が制度的保障に過ぎな いとしても、傍聴人が裁判を傍聴できることは法律上保護される利益に該 当することは明らかだと考えます。そして、裁判を傍聴するという法律上 保護される利益が、裁判所という公権力によって妨害されたのであれば、 当然、国家賠償責任は認められるはずです。 大学院生 A:レペタ事件では、どうなっていたのですか。 小杉(弁護士):レペタ事件の判例解説によれば、「傍聴人がメモを取る ことを妨害されたことにより侵害され得る私法上の利益について明示して ないが、…(中略)…これを被侵害利益として損害賠償の対象になるとい うものであろう」としています。メモを取る行為が損害賠償の対象になる のであれば、その前提である見聞行為である「傍聴の自由」が侵害された 場合にも損害賠償の対象になるはずです23。弁護団としては、レペタ判決を 前提とすれば、少なくとも、原告には、法律上保護される利益があると考 えていました。 吉田(弁護士):にもかかわらず、塚田国賠事件では、地裁判決でも高 裁判決でも、原告には、裁判を傍聴する権利はないと述べただけで、原告 に法律上保護される利益があるか否かについて、何も判断を示さないま ま、原告の請求を棄却してしまいました。
大学院生 E :えっ。そうなんですか。どうして、そのようなことが起 こったのでしょうか。 吉田(弁護士):この点の原因は、良く分かりません。ただ、一般論で すが、法律実務家は、我々弁護士もそうですが、裁判官も、実は、民事事 件や刑事事件と比較すると、行政事件については、さほど詳しくないとい うことがいえるのではないでしょうか。東京地裁のような大規模な裁判所 には行政部があり、行政事件は行政部が対応しているのですが、国家賠償 請求は、行政訴訟には分類されておらず一般の民事事件として取り扱われ ており、通常部に配点されています。これが原因の一つかも知れません。 10 国家賠償法上の違法とはどういう場合なのかな 阪口教授:国家賠償請求の話になったので、国家賠償請求に関して質問 です。レペタ事件判決では、一般的にメモを採取する行為を禁止した措置 は、合理的根拠を欠いた法廷警察権の行使として「情報を摂取する自由」 を侵害したとしながらも、国家賠償法上違法ではないとしました。この点 について、弁護団では、どのように考えていたのですか。 塚田(原告):裁判官の裁判が国家賠償法上違法とされるのは、「当該裁 判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与さ れた権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特 別の事情があることを必要とする24」とされています。いわゆる、違法限定 説を採用したとされています。ただ、レペタ事件判決では、この昭和57年 の最高裁判決は引用していません。それは、レペタ事件が、裁判官の裁判 に対するものではないからと考えられます。 吉田(弁護士):レペタ事件判決は、裁判長による法廷警察権の行使に ついて、「裁判長の措置は、それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱 し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り、国 家賠償法 1 条 1 項の規定にいう違法な公権力の行使ということはできない ものと解するのが相当である」と判示しました。この判断も、違法限定説
に立っていると理解されています。 小杉(弁護士):裁判官の行為が違法であるとして、国家賠償が認めら れる場合は、極めて限定されており、弁護団としても、この点についての 判断は、どうなるか分からないという意見が多かったのは事実です。 吉田(弁護士):しかし、憲法82条 1 項の裁判公開の原則を知らない裁 判官はいません。本件では、裁判長が、刑訴法が定める遮へいの措置とビ デオリンク方式を併用して証人尋問を行い、傍聴人が証人の姿を見えない ようにした上、証人の声をほとんど聞こえない状態にしてしまったのです から、このような裁判長の措置は、憲法82条 1 項による傍聴の自由を侵害 し、また、憲法21条 1 項による情報を摂取する自由を侵害した違憲なもの です。さらに、刑訴法の規定は遮へい措置やビデオリンク方式を採用して も、視覚制限と同時に聴覚制限を行うことは認めていないと考えられるこ とから、刑訴法に反する違法な措置でもあるということになります。裁判 長が訴訟指揮権や法廷警察権を有しているとしても、裁判長が裁量によっ て、違憲な措置や違法な措置を講じることを許容しているとは考えられま せん。 塚田(原告):そもそも、裁判長に裁判を非公開にする裁量権があるわ けはありません。 吉田(弁護士):本件は、裁判長が付与された権限の趣旨に明らかに背い て、訴訟指揮権や法廷警察権を行使したというべきものです。したがって、 「裁判長が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと 認めうるような特別の事情」が認められる場合であって、裁判長の措置 は、国家賠償法上も違法であると考えます。ただ、本件では、既に述べた ように25、裁判長は、法廷に在廷する各傍聴人に対して証人の音声を聞こえ る状態にすべき作為義務は負わないとか、裁判長は、原告主張の責務は負 わないと判断し、およそ、本件裁判長の行為は違法でないと判断したこと から、このような特別の事情の有無の議論に入ることもありませんでした。
11 本件で国家賠償法上の故意過失は認められるの 吉田(弁護士):なお、国家賠償が認められるためには、故意過失が求 められています。先程お話ししたように26、遮へい措置やビデオリンク方式 によって証人尋問をする際に、傍聴席の最後列でも、証人の証言する音声 が聞き取れるように準備するようマニュアルに定められているのですか ら、裁判長が、傍聴人が証人が証言する声をほとんど聞き取れない法廷を 主宰したことは、少なくとも書記官が十分な準備をせず、裁判長において それを見逃したのですから、裁判長には過失が認められるはずです。 小杉(弁護士):さらに、塚田先生は、昼休みに書記官室を訪ねて、事 務官に対して、傍聴席では午前中の証人尋問は証人の声がほとんど聞こえ ないので、午後は聞こえるようにしてもらいたいと要望を伝えています。 事務官は、書記官に伝えますと答えました。したがって、この要望は、事 務官から担当書記官に伝えられ、当然、その法廷を主宰する裁判長に伝え られているはずです。にもかかわらず、午後の証人尋問の際も、証人の声 がほとんど聞こえないという状態に変化はなかったのですから、どう考え ても、午後の法廷の証人尋問については、裁判長の過失が認められます。 塚田(原告):わざわざ、午前中の状況を伝えに書記官室に行き、その 改善を求めたのに、それを無視するなんてあんまりです。 12 国家賠償請訴訟における裁判所の立場はどういうものなのかな 吉田(弁護士):ところで、私は、行政法については不勉強なのです が、塚田国賠事件を通じて、国家賠償訴訟についての立証責任などについ て、色々と考えました。私法においては、私的自治が原則により規律され ていますし、一般の民事事件では、裁判所は私的自治の枠内における私人 間の紛争を解決するのですから、裁判所は、中立で公正公平な立場に立っ て、その紛争について判断することが求められていると考えられます。し かし、行政訴訟や国家賠償訴訟については、裁判所が求められていること は異なっているのではないでしょうか。
大学院生 A:それはどういうことでしょうか。 吉田(弁護士):憲法は、権力分立制度を採用しており、公権力を立 法、行政、司法の三権に分離し、さらに、これらの公権力同士が相互に抑 制均衡し、公権力が暴走して国民の人権を侵害しないようにするという統 治のシステムを採用しています。そうだとすると、司法権である裁判所 は、立法府が行った立法や立法を行わなかったという立法不作為につい て、また、行政府が行った各種の処分や規制権限を行使しなかったことに ついて、それが違憲か否かや違法か否かをチェックする役割が憲法上与え られているのであって、一般の民事訴訟の場合と同様に、中立で公正公平 な立場に立って、判断をすれば良いという立場には立っていないのではな いでしょうか。 大学院生 A :裁判所は、中立で公正公平な立場で判断すれば良いので はないのですか。 吉田(弁護士):裁判所はアプリオリに中立で公正公平な機関であると 考えられていると思いますが、本当にそうなのでしょうか。裁判所は、公 権力を行使する機関として、憲法上、他の公権力を抑制する役割を与えら れているのですから、一般の民事事件とは異なり、対立法府、対行政に対 しては、超然として中立で公正公平な立場に立って判断するだけでは不十 分だと考えるべきです。平成11年以降の司法制度改革において、「司法の 行政に対するチェック機能の強化」ということが検討されましたが、例え ば「司法の私的自治の領域に対するチェック機能の強化」ということは検 討されていません。行政と私的自治の領域とでは、憲法上、司法に対して 与えられている役割が異なっており、対行政、対立法に対しては、裁判所 は、それらの公権力の活動をチェックすることが求められているのですか ら、国家賠償請求という形で訴訟になった場合には、少なくとも、一部分 の法律要件の証明責任は、チェックを受ける立場にある行政側や立法側に あるとすべきではないでしょうか。
13 国家賠償請訴訟における証明責任はどのように考えるべきなのかな 阪口教授:証明責任とは、どのようなものなのかな。 大学院生 B:証明責任とは、ある事実について、ノンリケット、すなわ ち真偽不明の状態となった場合には、その事実を要件とする自己に有利な 法律効果の発生が認められないことになる当事者の一方が負担する危険や 不利益とされています。 吉田(弁護士):国家賠償請求訴訟の立証責任の転換については、司法 制度改革においても、「司法の行政に対するチェック機能の強化」として 検討の俎上に乗りました。しかし、その後の平成16年に行政事件訴訟法が 一部改正されましたが、国家賠償法については、特に改正はされませんで した。国家賠償法は、公務員の不法行為等による被害者の救済の観点から 民法の不法行為制度の特別法として立法されたものだから、証明責任の分 配は、民事訴訟の場合と同様に考えれば良いとされたものと思われます。 小杉(弁護士):しかし、国家賠償法は、被害者の救済という機能だけ ではなく、過去の非違行為に対する制裁的な機能や将来における公務執行 の適法性を担保する機能(適法性統制機能)も持っているとされていま す。また、我が国の行政事件訴訟は損害を償うものではないことから、国 家賠償訴訟は行政訴訟制度を補完するものといえます。さらに、行政訴 訟、とりわけ取消訴訟の要件は極めて厳格に判断されており、必ずしも被 害者救済のための有効な手段となっていなかったことから、最後の権利救 済の手段として国家賠償訴訟が利用され、多くの事件が国家賠償訴訟とい う形で訴えられている状況にあるといわれています。したがって、国家賠 償法が民法の不法行為制度の特別法だからという理由で、証明責任の分配 を民法と同様に考えなければならないとするのは、必ずしも妥当ではない と考えます。さらに、国民と行政庁との間には証拠の偏在の問題もあると されています。 吉田(弁護士):証明責任の分配については、通説判例は、法律要件分 類説を採用しています。法律要件分類説は、自己に有利な法律効果の発生
を主張する側が、その事実について証明責任を負うとされています。国家 賠償請求では、国家賠償が認められる要件については原告に証明責任があ るので、ある事実が真偽不明な場合には、原告に不利益な判断がなされる ことになります。逆に言えば、公権力にとって有利な判断がなされること になります。これでは、訴訟法の立証上の技術的な理由を根拠として、公 権力に有利に解決をすることになってしまい、憲法が要請する抑制均衡の システムによって、裁判所による国会や内閣の活動のチェックを十分に果 たすことができていないと思います。少なくとも、原告においては、加害 行為が存在することを立証すれば足り、違法であることまで立証する必要 はなく、その行為の適法性は被告である国が証明責任を負っていると考え るべきでしょう。 小杉(弁護士):民事訴訟の不法行為に基づく損害賠償請求事件でも、 経験則を用いて、ある前提事実から故意過失や因果関係の存在を認定する 手法が用いられて、当事者間の実質的公平を図ることが、現在においても 実務上行われているため、証明責任の転換を図る必要はないという考えも ありますね。 吉田(弁護士):しかし、そのような考えは妥当ではないと考えます。 そもそも、司法改革で「司法の行政に対するチェック機能の強化」が検討 されたのは、行政庁に対する信頼などによって、訴訟の一方当事者として 国民と対等・平等であるべきはずの行政庁に色々な点で優越的地位を認め ており、しかも、裁判所による運用により事態を改善することは期待し難 いことなどの状況があったからでした。現在においても、専門家である行 政庁が間違ったことはしないだろうという行政に対する信頼感、国家賠償 訴訟の原告は国の行為に対していちゃもんを付けているだけで本件も濫訴 ではないかという先入観や、被告の行政庁の担当者も同じ国家公務員であ るという親近感などが理由と思われますが、被告に対してシンパシーを 持って被告に肩入れしている裁判官が多いなどとされています。先ほどお 話しした東京高裁の裁判長の態度も27、まさに、それに該当するものでしょ
う。そのような状況の下で、裁判官の自由心証の下における事実認定の手 法で、原告と行政庁との間で実質的公平が図られるとは考え難いと思いま す。明確に証明責任の転換を図ることが必要不可欠だと思います。 塚田(原告):そのように考えれば、本件でも、証人尋問の際の証人の 声がほとんど聞こえなかったということを原告において立証できれば、国 において、それが適法であることを立証しなければならないことになると 思います。そうすると、違法や過失の立証が不十分で事実関係が良く分か らないということを理由として、最高裁が欠前提と判断することはできな くなると思います。 吉田(弁護士):当事者の公平、証拠との距離、立証の難易等の観点か ら考えても、国家賠償法の証明責任について、原告は加害行為が存在する ことを立証すれば足り、被告において、その行為の適法性や故意過失がな いことを立証すべきと考えても何ら不合理ではないと思われます。本件を みれば分かるように、その行為が適法か違法かに関する証拠は、専ら被告 側が持っており、また、被告側において、それらの証拠を使えば立証活動 も容易に行えることが分かります。 14 法律実務家は憲法事件・行政事件はあまり詳しくない? 吉田(弁護士):なお、最高裁裁判官は、民事刑事の実務には精通して いるが、憲法事件には必ずしも通じていないとの指摘があります28。確か に、そのような面があるのではないでしょうか。それは、最高裁裁判官の みならず、下級審裁判官も同様でしょうし、弁護士についても同じことが いえると思います。さらに言えば、行政事件についても、同様のことがい えるのではないでしょうか。 大学院生 B:それは、どういうことなのですか。 吉田(弁護士):法律実務家にとっては、民事事件や刑事事件は、日常 茶飯事で取り扱う内容であって慣れ親しんだものであるし、それぞれの分 野で勉強もしているところです。これは裁判官も同様だと思います。それ
に比べて、憲法事件は、私の経験でも殆どありませんでしたし、総数も少 ないことは明らかだと思います。最近になって、判例時報で「法曹実務に とっての近代立憲主義」という特集が組まれました29。実は、法曹実務家に とって、憲法という法律はさほど得意ではなく、まだまだ不勉強というこ とを現しているように思います。そして、行政事件についても、憲法事件 よりは件数は多いと考えられますが、民事事件や刑事事件と比較すると、 憲法事件と同じような傾向があると思われます。 阪口教授:実際の事件の件数はどうなっているのですか。 吉田(弁護士):行政事件の新受件数は、平成22年は上告事件は471件、 上告受理事件は503件、平成24年は上告事件399件、上告受理事件は471 件、平成26年は上告事件は470件、上告受理事件は528件となっています。 ちなみに、民事事件の新受件数は、平成22年は上告事件は2036件、上告受 理事件は2485件、平成24年は上告事件は2256件、上告受理事件は2843件、 平成26年は、上告事件は1957件、上告受理事件は2527件となっています。 なお、刑事事件の新受件数は、平成22年は2192件、平成24年は2189件、平 成26年は1906件となっています30。もっとも、国家賠償事件は、民事事件の 中に含まれていますが。 小杉(弁護士)確かに、法律実務家は、憲法や行政法については、民事 事件、刑事事件と比べると、勉強不足の感があるように思います。 吉田(弁護士):大規模裁判所には行政部がありますし、最高裁には上 席調査官として民事・刑事と並んで行政もありますから、裁判所において は、相応に行政事件にも対応していると思われます。それでも、民事事件 や刑事事件と比較すると、層の薄さは否めないのではないでしょうか。実 際に、塚田国賠事件の地裁判決と高裁判決は、到底行政事件に詳しい裁判 官が判断したとは思われません。最高裁には、現在、15名の裁判官がいま すが、出身別に分けられていて、学者枠として 1 名の枠があるとされてい ます。学者の最高裁裁判官は、実務家の層が薄い公法系の分野の研究者が 適任ではないでしょうか。これまでも、比較的、公法系の研究者が学者枠
として最高裁裁判官に就任していましたが、この点については適切な対応 だったと思います。そして、個人的には、常に、一人の公法系の研究者が 最高裁裁判官となっていた方が良いように思いますが、いかがでしょう か。そのためには、学者枠を増やす必要があるのかも知れませんね。 15 最高裁判所の現状はどうなっているのかな? 吉田(弁護士):話をもとに戻したいと思います。最高裁は、本件のよ うに、本来取り上げるべき憲法問題が含まれる事案を取り上げなかったと いうこと、また、最高裁だけが、実質的に何らの理由を述べることなく三 行半判決を出し続けていることなどの状況をみると、そもそも、最高裁は 適切に機能しているのかという疑問が生じます。 大学院生 A :でも、最高裁の裁判官は15名しかいないですよね。この ような少人数では、行えることが限られてしまうのではないですか。 大学院生 E:最高裁の裁判官の人数が15名なのは、いつからなのかなあ。 弁護士 A:日本国憲法が制定された時から変わっていません。 大学院生 B:最高裁はとても忙しいといわれていますが、どうして、そ のような状況になったのですか。 吉田(弁護士):日本国憲法が制定された際、それまでの大審院と比較 して、多様な機能を負うことになったからとされています。日本国憲法に よって、最高裁は違憲審査機能を持つことになり、また、重要な法解釈の 統一という法律審としての機能を大審院から引き継ぎました。さらに、そ れまでは行政府内で行われていた行政事件も担当することになり、加え て、裁量によってですが、一部の刑事事件については事実審としての機能 も持っている状態です。 大学院生 E:飛躍的に最高裁の機能が増えたんだ。 吉田(弁護士):ところで、大審院には何人の裁判官がいたのか知って いますか。 大学院生 C:え~。全く分かりません。最高裁になって大審院より仕事
が増えて、裁判官が15名となったのだから、15人よりは少なくて10人くら いなのかしら。 吉田(弁護士):私も、塚田国賠事件で上告棄却となった後、最高裁に ついて調べたときに分かったのですが、実は大審院の裁判官は50名くらい いたそうです。 大学院生 ABC:えっ!? そんなに多かったのですか。 吉田(弁護士):私も、それを知った時には驚きました。大審院時代は約 50名の裁判官によって、当時の大審院が担っていた法律審の機能を果たし ていたのです。そうすると、現在の最高裁が多様な機能を担っていること から考えると、最高裁の裁判官数が少な過ぎることは明らかだと思います。 大学院生 C:それはそうですね。 16 戦後直後には最高裁判所の機構改革の議論があった 大学院生 D:これまで、最高裁の裁判官の数を増やそうとか、最高裁の 機能を再検討したことはなかったのですか。 吉田(弁護士):昭和27年には、最高裁の 1 年間の新受件数が 1 万件を 超え、未済件数が7700件に達したことから、その後数年間にわたり、本格 的に最高裁の機構改革について議論がされたようです。 大学院生 D:その結果、どうなったのですか。 吉田(弁護士):日弁連の意見書が発表され、それが議論の切っ掛けに なり、国会に法案まで提出されたのですが、最高裁、法務省、日弁連の意 見が対立し、最終的に廃案となりました。また、数年後には最高裁の未済 件数が大幅に減少したことから、その後、最高裁の機構改革の議論は下火 になったといわれています。 大学院生 D:その際の議論はどのようなものだったのですか。 吉田(弁護士):様々な意見があったようですが、いずれも違憲審査に 関与する裁判官の数を減らして10名以下とし、民事・刑事・行政事件の上 告審の裁判官を大幅に増員して、例えば30名以上にするという内容だった
ようです31。 17 上告理由の制限をして最高裁の過重負担を軽減しようとしたことが あった…でもダメだった 大学院生 E:その後は、最高裁の機構改革の議論はされなかったのですか。 吉田(弁護士):その後も、最高裁が機能していないのではないか、特 に、最高裁に求められている違憲審査機能が適切に行使されていない、司 法消極主義に過ぎるという議論は常にありました。このような状況に陥っ た原因は様々なものがあるとされていますが、憲法違反を主張しながら も、実質的には法令違反を主張しているに過ぎない事件、すなわち、上告 審、法律審としての判断を求める事案が多すぎ、最高裁はその事件処理に 忙殺され、違憲審査機能を果たせていないといわれていました。 小杉(弁護士):そこで、平成 8 年に民訴法の改正が行われました。平 成 8 年より前の民訴法は、「憲法違反のほか、広く原判決に影響を及ぼす ことが明らかな法令違反が上告理由として規定されて」いましたが、「最 高裁判所が、憲法問題や重要な意義を有する法令解釈の問題について速や かな判断を示し、その本来の職責を十分に果たすことができるようにする ため」に、「上告理由を憲法違反と法令違反のうち重大な手続法違反」に 制限しました32。平成 8 年の民訴法改正より前の最高裁の状況については、 「裁判官の処理能力を遥かに超えており、すでに危機的な状況にある33」と 表現されていました。 大学院生 E:その結果、上告される事件数は減ったのですか。 吉田(弁護士):いいえ。それどころか、現在では、平成 8 年当時より 増えている状況です。最高裁自身、平成23年の時点で、「上告受理申立事 件の件数のみをみても、平成22年においては、現行民事訴訟法(筆者注: 平成 8 年改正民訴法)施行前の上告事件の件数を超えている上、これに加 えて、現行民事訴訟法施行後の上告事件の件数も、施行直後の平成10年及 び平成11年は減少傾向にあったものの、平成12年には増加に転じ、平成22