味について ―取締役の会社に対する責任を中心に
―
著者
廖 海濤
著者別名
Haitao LIAO
雑誌名
東洋法学
巻
62
号
3
ページ
203-218
発行年
2019-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00010348/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 論 説 》
会社法423条における任務懈怠責任の「任務」の
意味について
――取締役の会社に対する責任を中心に――
廖 海濤
* 目次 1 .はじめに 2 .任務懈怠責任におけるその「任務」の意味 2.1)取締役の善管注意義務違反に基づく任務懈怠責任 2.2)取締役の強行法規上による忠実義務違反 2.3)取締役の特別な法定責任に基づく任務懈怠責任 3 .任務懈怠責任の法的構造 3.1)任務懈怠責任の判断基準 3.2)取締役の「任務懈怠」責任(二元説から一元説へ) 3.3)最高裁の判決における立場(二元説) 4 .まとめに 1 .はじめに 平成17年改正前商法(以下、会社法制定前の商法を「旧商法」という)に は、本稿の検討対象である会社法423条にあたる任務懈怠責任( 1 ) (特に取締役の 会社に対する責任)が、旧商法266条 1 項 5 号における「法令」違反とする責 * 富士大学経済学部経営法学科 准教授 ( 1 ) 会社法423条 1 項には、役員等(=役員(取締役・会計参与・監査役)、執行役・会計監査人)は、 その任務を怠ったときは、会社に対して、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。つま り、任務懈怠責任は、役員等を対象としているが、本稿では、紙幅の関係で、取締役の任務懈怠 責任(会社に対する責任)の問題のみを扱うものとする。任の他、委員会等設置会社(平成27年会社法改正により、指名委員会等設置会 社)における旧商法特例法21条の17第 1 項および同法21条の21による責任、ま た有限会社法30条の 2 による責任として定められていた。会社法改正の際、株 式会社と有限会社等が統合され、その結果、役員等(取締役を含め)の会社に 対する責任は、会社法の体系に沿って、それぞれの規制内容をある程度反映 し、統一化されている( 2 ) 。 いずれにせよ、現行会社法423条 1 項は、「取締役、会計参与、監査役、執行 役又は会計監査人」の役員等が、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、 これによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めている。とりわけ、取締 役における任務懈怠責任は、旧商法266条 1 項 5 号の「法令又ハ定款ニ違反ス ル行為」を責任原因として定め、この場合の法令違反を判例( 3 ) ・通説は、個々 の具体的な法令の規定のほか、善管注意義務および忠実義務を定める一般的規 定も同号にいう「法令」に含まれると解してきた( 4 ) 。 ( 2 ) 取締役の会社に対する責任、平成17年会社法の改正により、取締役の会社に対する責任をめぐっ ては、旧商法266条 1 項 1 号から 4 号の責任を無過失責任とすべきか否かなど解釈論・立法論上、 また監査役設置会社と委員会等設置会社との間に規律不均衡から、会社法423条 1 項では、原則 として過失責任化するとともに、上記の不均衡が図られている(吉原和志「会社法の下での取締 役の対会社責任」江頭憲治郎先生還暦記念『企業法の理論〔上巻〕』(商事法務、2007年)523頁 以下を参照されたい)。 ( 3 ) 従来、具体的な「法令」の範囲をめぐって近年論争があり、最高裁は平成12年 7 月 7 日判決(野 村証券損失補填事件)においては、①すべての法令を含むとの見解(非限定説)に立ち、一方② 商法、証券取引法等の会社関係法規及び公序に関する法令に限られ、それ以外の法令については 当該法令に違反したことが善管注意義務違反といえるかどうかを改めて判断するとの立場(限定 説)が対立していた。判例においても、野村証券損失補填事件控訴審判決(東京高判平成 7 ・ 9 ・ 26金判981号 8 頁)は、この「法令」には「取締役を名あて人」と判示され、限定説を採用した。 これに対して同事件上告審は、商法266条 1 項 5 号の法令には「商法その他の法令中の、会社を 名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれる」(最 判平成12・ 7 ・ 7 民集54巻 6 号1767頁)として控訴審の見解を否定し、非限定説に立つことを明 らかにした。また、最近の判例分析の研究成果として、任務懈怠を巡る「法令・定款違反」に関 して、①具体的法令違反、②善管・忠実義務(ⅰ経営判断型、ⅱ監視義務違反型(監視義務の対 象には、部下の不正行為等の監視義務)、および③内部統制に関するものが挙げられている(山 田剛志「取締役の善管注意義務を巡る 2 つの最高裁基準」金判1389号 2 頁を参照されたい)。
しかし、従来では取締役の会社に対する責任(現行法では任務懈怠責任)を めぐっては、旧商法266条 1 項 1 号から 4 号の責任を無過失責任とすべきかの 議論( 5 ) があり、また旧商法266条 1 項 5 号の「法令」の範囲(限定説・非限定 説)についての論争( 6 )もある。しかし、会社法423条の条文では、「法令」とい う語句が消えたことにより、任務懈怠の責任をいかに捉えるのか、とくに取締 役が法令・定款に違反する際、任務懈怠と帰責事由との関係はどうなのかが問 題である。 本稿は、従来の民法・商法上の議論を検討しながら、取締役の任務懈怠責任 における( 7 ) その「任務」の意味内容をいかに解釈するかを考察する。 2 .任務懈怠責任における「任務」の意味 取締役は、会社に対し、その「任務」を怠ったこと(任務懈怠)により生じ た損害を賠償する責任を負う(会423条 1 項)。役員(取締役・会計参与・監査 役)及び会計監査人と会社の関係は委任に関する規定に従う(会330条)た め、その役員(会329条)に含まれている取締役等が、会社から法律行為およ び法律行為以外の委任事務処理を受任するものとして、その職務を遂行(職務 執行)するにつき、委任契約による受任者として「善管注意義務」を負う(民 644条)。 ところで、民法644条の定める「善管注意義務」のみでは、会社の利益保護 ( 4 ) 小林秀之『内部統制と取締役の責任』(学陽書房、2007年)27頁を参照されたい。 ( 5 ) 昭和25年改正の旧商法266条 1 項が列挙していた 1 号~ 5 号の取締役の責任は、 1 号のうちの 違法中間配当の責任および 5 号の法令・定款違反行為の責任を除き、無過失責任と解するのが多 数説であった(大隅健一郎=今井広『会社法論(中)』(有斐閣、1991年)254頁~258頁、鈴木竹 雄=竹内昭夫『会社法(第 3 版)』(有斐閣、1994年)296頁~297頁、田中誠『会社法詳論(上)』 (勁草書房、1993年)663頁~666頁等を参照されたい)。 ( 6 ) 酒巻俊雄=龍田節(編)『逐条解説会社法(第 5 巻)』(中央経済社、2011年)352頁~354頁〔青 竹正一〕を参照されたい。 ( 7 ) 会社との関係で、取締役の民事責任が問われる場合では、取締役の会社に対する責任の他、第 三者に対する責任(会429条)もあるが、本稿では、紙幅の関係で、取締役の会社に対する責任 に限定し、その議論との間での関連づけを図ることとする。
のために必ずしも十分ではない場合において、会社法では、取締役が業務執行 する際に、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社(法人)の ため「忠実にその職務を行わなければならない」(会355条)という忠実義務が 定められている。取締役がこの法定の「忠実義務」に違反する場合、会社法 423条の任務懈怠責任を負うものとされている。 とりわけ、旧商法では取締役の会社に対する責任に関する法規定(旧商法 266条 1 項各号)は、現行会社法では任務懈怠責任(会423条)と特別な法定責 任(会120条・462条)に分けて規定されている( 8 ) 。特に、現行法では、法令定 款違反行為の責任から任務懈怠責任と表現を変えた423条 1 項は、その行為が 善管注意義務・忠実義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、会社 に法令違反をさせないように注意して行動すべき取締役の義務違反を捉えてい ることは、民法学者から指摘されている( 9 ) 。 そもそも、取締役の会社に対する責任としての任務懈怠責任には、その「任 務」と帰責事由との関係をどのように捉えるべきか、とりわけ、法令違反行為 や利益相反取引等について、取締役の責任が否定されるべき事由として、どの ような事情が考えられるかは、考察していく。 2.1)取締役の善管注意義務違反に基づく任務懈怠責任 会社法では、会社と取締役等との関係は委任に関する規定(会330条)に従 うとされている。取締役は民法上の委任契約における受任者として「委任の本 旨に従い、善良な管理者」として、委任事務を処理する義務を負う(民644 条)。したがって、取締役が善管注意義務に違反していると認められたとき は、取締役に法的な責任が発生することになる。 一方、取締役が経営判断を下す際に不確実な状況で迅速な決断を迫られる場 合が多く、その判断が経済動向などの複雑な要素を含んだ将来予測に基づくも ( 8 ) 吉原・前掲注( 2 )525頁。 ( 9 ) 潮見佳男「民法からみた取締役の義務と責任」商事1740号(2005年)38⊖40頁を参照されたい。
のであり、予測できない可能性も十分にある。このような状況の下で、取締役 のした経営判断が結果的に誤っていたとして、事後的・結果論的に評価して注 意義務違反の責任が問われることになれば、取締役の業務執行を萎縮させる恐 れもある。業務遂行上萎縮することのないように、注意義務違反の責任を問う ことには、慎重であるべきだという原則(経営判断原則)が働く。 つまり、取締役が経営判断する際、会社に損害をもたらす結果を生じたとし ても、当該判断がその誠実性・合理性をある程度確保する一定の要件の下に行 われた場合、裁判所は当該判断の当否につき事後的に介入し注意義務違反とし て取締役の責任を直ちに問うべきではないという考え方である。判例上、この 原則は確立されている(10) 。たとえば、最高裁平成22月 7 月15日(アパマン ショップ HD 株主代表訴訟事件上告審)の判決は「本件決定についての取締役 らの判断は、会社の取締役の判断として著しく不合理なものということはでき ないから、取締役らが、会社の取締役としての善管注意義務に違反したという ことはできない」と判示している(11) 。 取締役の会社に対する義務は、手段債務であり、取締役の事務処理には、 「結果債務」(結果実現保証)は含まれない(12) 。会社との委任契約(事務処理契 約)において、取締役は、当該会社の規模・業種・経営状況等の客観的条件に より一般に要求される注意をもって合理的に職務を遂行するということを内容 とする「事務処理義務」を負う。つまり、委任契約において受任者が委任者に 対し負担する義務は、善管注意義務であり、このような事務処理義務(善管注 (10) 日本の裁判法理における経営判断の原則が以下のように示されている。つまり、会社経営にあ たり冒険は不可避であるのに、取締役は株主の利益を最大にする冒険を避ける傾向があるので、 まして取締役の冒険心を萎縮させる事後的評価をなることは、株主の利益にならない。そこで、 当該状況下で事実認識・意思決定過程に不注意がなければ、取締役には広い裁量の幅が認められ ることを判示する裁判例は多い(詳細は、江頭憲治郎『株式会社法(第 7 版)』(有斐閣、2017年) 471頁~473頁を参照されたい)。 (11) 丸山秀平『やさしい会社法(第13版)』(法学書院、2015年)125頁。本判決の詳細は、判時 2091号90頁、判タ1332号50頁、金判1347号12頁等を参照されたい。 (12) 拙稿「会社に対する取締役の責任の性質に関する一考察」高経論集第61巻 1 ・ 2 合併号(2018 年)34頁以下を参照されたい。
意義務)の違反は「本旨債務不履行」を構成し、同時に取締役が「過失をおか した」こととなる(13) 。 したがって、会社の役員(取締役を含む)が、受任者として、委任契約の本 旨に従い合理的な注意を尽くして事務処理を行うべき義務が取締役の任務であ り、この意味での一般的な善管注意義務違反は本旨債務不履行の性質がある以 上、一元的に構成するのが妥当であると考えられる。 2.2)取締役の強行法規上による忠実義務違反 取締役は2.1)で述べたように会社に対して善管注意義務を負うほか、忠実 義務も求められている。忠実義務の内容は、法令及び定款並びに株主総会の決 議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならないことであ る(会355条)。この義務に違反した場合、取締役は会社に対して、同義務違反 によって生じた損害を賠償する責任を負う(会423条 1 項)。 英米法では、会社(本人(principal))が営利目的を達成するために経営陣・ 代理人(agent)を利用するエイジェンシー関係で説明することに対し、日本 法では伝統的に大陸法系の機関概念を用いて説明する(14) 。日本法において、従 来の民法理論には、法人自体が自分で行動するのではなく、代表取締役ないし 業務執行権を有する取締役等が法人に代わって代理人として行為するから、代 理に関わると同様な場面があると考えられる(15) 。すなわち、取締役は代理人と して、自己または第三者の利益と本人(会社)の利益とが相反する立場に身を おいてはならず、本人(会社)の利益を犠牲にして、自己または第三者の利益 を図ってはならないという忠実義務を負う(16) 。 会社法355条は強行法的に会社に対する取締役の忠実義務を定めている(17) 。 したがって、取締役は業務執行する際に、法令、定款、総会決議(18) を遵守しな ければならない。たとえ会社の利益に合致するからといって、法令に違反する (13) 潮見・前掲注( 9 )35頁。 (14) 吉田直『株式会社法』(中央経済社、2016年)16頁。 (15) 内田貴『民法Ⅰ(総則・物権総論)第 4 版』(東京大学出版会、2008年)240頁以下を参照。
取締役の行為が許されるものではない(19) 。しかも、行為規範としては、法令を 遵守することは取締役に課された義務でもある。会社の自治規則として、取締 役は法令、定款を遵守すべき義務を負う。 忠実義務違反として、つまり具体的な法令または定款の規定に違反した(現 行法では任務懈怠とされている)取締役は会社に対して、これによって生じた 損害を賠償する責任を負う(会423条 1 項)。つまり業務執行する取締役等がそ の業務を誠実に行わない、あるいは個人の利益のために会社に損害を与えた場 合に忠実義務違反としての任務懈怠責任を負わなければならない。 とりわけ、取締役の忠実義務は、取締役と会社との自己取引および取締役の 報酬の決定について、会社法356条(競業および利益相反取引)および同法361 条(取締役の報酬等)によって具体的に規定が定められているが、これらの規 定だけでは、取締役と会社との利益相反行為のすべてを覆いつくすことができ (16) 代理人・委任契約における受任者・信託の受託者(信託法第 4 条)のように、「他人」から信 認を受けて事務処理を託された者を、「受認者」といい、こうした「受認者」がもっぱらその「他 人」のために行動すべき義務を、一般に忠実義務と呼ぶ。そして、忠実義務には、①本人と利益 相反する地位に身を置いてはならない。②本人の不利益において第三者の利益を図ってはならな い。③事務処理によって自ら利益を受けてはならない、という三原則が含まれる(柳勝司『委任 による代理』(成文堂、2012年)230頁以下を参照)。 (17) なお、忠実義務の意義に関する多数説や判例によれば、本条の存在意義は委任関係に伴う善管 注意義務を取締役につき強行規定とする点にあるにすぎないが、強行規定であっても、義務違反 の対会社責任を総株主の同意で免除することは可能である。とりわけ、完全子会社などの行う行 為については、実際に免除が存在すると解すべき場合が少なくないと考えられる(江頭・前掲注 (10)481頁を参照されたい)。 (18) たしかに総会決議は上位機関としての判断・決定であり、無効な総会決議を取締役は遵守すべ きではないことになろう。たとえ会社が取締役に対し法令違反行為を認めていたような場合では、 会社が法令違反行為を認めていただけでなく、むしろ法令違反行為の実行を委任していたので、 取締役は委任契約上の義務を果たしたとは言えても、委任契約上の善管注意義務違反があるとは いえない、債務不履行責任は生じないともいえる。会社法423条 1 項における「任務懈怠」とは、 委任契約の義務違反に限定されるわけでなく、法令上取締役に求められる義務の違反なども含む ため、会社が取締役に法令違反を認めていたとしても、会社に対し損害賠償責任が生じる。 (19) もっとも、いかなる法令であっても、それに違反する行為はいつでもすべて当然に会社に対す る任務を怠ったことになり、会社への損害賠償責任を根拠付けられるかどうかについては議論が ある(最判平成12・ 7 ・ 7 民集54巻 6 号1767頁を参照されたい)。
ないため、取締役が会社の犠牲において利得することを一切禁止するための一 般的基準として、会社法355条の忠実義務が必要とされる(20) 。忠実義務を定め ている諸規定は、帰責事由との関係が条文上には言及されていない。そうする と、忠実義務違反とする任務懈怠が、一元的に捉えることが妥当である。しか し、具体的法令違反の評価について、最高裁(最判平成12・ 7 ・ 7 民集54巻 6 号1767頁)の判決には、①法令違反事実と②「取締役の故意又は過失」の二要 件の構成を採用している(21) 。つまり、最高裁は取締役が具体的に忠実義務違反 とする場合には、取締役(受任者)が自己又は第三者の利益をはかり、会社 (委任者)が具体的に損害を受ける場合において、取締役の代理権の濫用に基 づき、いわば代理人の代理権濫用の有無とする取締役の忠実義務違反に判断さ れているようである(22) 。 2.3)取締役の特別な法定責任に基づく任務懈怠責任 株主権の行使に関する利益供与に関する責任(会120条 4 項)および違法な 剰余金の配当等に関する責任(会462条 1 項・ 2 項)など、会社法は個別に特 別な法定責任の要件を定めている。すなわち、株主の権利の行使に関して、会 社・子会社の計算において財産上の利益を供与することに関与した取締役は、 職務を行うについて、注意を怠らなかったことを証明した場合を除き、供与し た利益の価額に相当する額を会社に対し支払う義務を負う(会120条 4 項)。ま た、剰余金の配当等に関し分配可能額の超過・欠損が生じた場合につき、それ が効力を生ずる日における分配可能額を超える金銭等の交付がなされた場合に は、当該行為に関する職務を行った業務執行取締役等の業務執行者、および当 (20) たとえば、会社法356条は、会社が事業を行う際に必要とする取引の機会を取締役が利用する ことを一般的に禁止するものではなく、また、「競業」の要件に当たらなくても、取締役が営業 秘密を利用して私利を図る等、同条が守ろうとしている法益を害する形で会社に現実に損害を生 じさせた場合には、取締役の忠実義務違反の責任が生ずることがあり得る(大阪地判平成14・ 1 ・ 31金判1161号37頁)。江頭・前掲注(10)438頁を参照されたい。 (21) 得津晶「取締役法令遵守義務違反責任の帰責構造」北法第61巻第 6 号(2011年)66頁。 (22) 代理権の濫用による取締役の義務違反については、拙稿・前掲注(12)45頁以下を参照されたい。
該行為が株主総会または取締役会の決議に基づき行われた場合においてはその 議案を提案した取締役は、会社に対し、賠償責任を負う(会462条 2 項)。 とりわけ、会社法では、取締役の責任に関する規定が「その任務を怠ったと き」(会423条 1 項)とされている。これは旧商法特例法21条の17第 1 項の文言 にならったものであり、任務懈怠と過失の関係について、過失責任化のことを 立案担当者が説明している(23) 。つまり、近代私法における責任のあり方は過失 責任が原則であり、無過失責任は厳格に過ぎるという批判から、取締役等の利 益相反取引の責任については、任務懈怠の責任の一つとすることで過失責任化 を図り、423条 3 項で任務懈怠を推定する定めを置いている。ただし、自己の ために直接取引をした取締役等の責任は、「責めに帰することができない事 由」によるものであることをもって免れることができないものとしている(会 428条 1 項)。同規定は任務懈怠と帰責事由とを分けて定めているが、取締役が 直接取引において認めた規定である。したがって、分配可能額を超えて剰余金 を配当した場合、および剰余金の配当を計算書類の承認を受けた時に欠損が生 じた場合の配当に関する職務を行った業務執行取締役等の責任は過失責任とし ている(会462条 2 項、465条 1 項)。他方、株主権の行使に関し利益供与に関 与した取締役等の責任は過失責任とし、利益供与に関与した者のうち、利益供 与をした取締役等の責任は無過失責任としている(会120条 4 項)。これは、過 失責任の例外として認められているに過ぎない、責任構造としては帰責事由の 例外として認められているので、一元的に考えるのが妥当である。 3 .任務懈怠責任の法的構造 平成17年に改正された会社法は、「会社法制の現代化」にふさわしい合理性 を踏まえて、その全体的な整合性を図り、現代社会により一層適合したものと 評価できる(24) が、法規制の体系と文言が変わることにより、新たな論点を浮上 (23) 相澤哲(編)「立案担当者による新・会社法の解説」別冊商事法務 No.295号(平成18年)117 頁を参照されたい。 (24) 相澤哲『一問一答 新・会社法』(商事法務、2005年) 3 頁を参照されたい。
させている。すなわち、旧商法の「法令・定款違反」(平成17年前商法266条 1 項 5 号)による取締役の民事責任を、現行会社法上「任務懈怠責任」(会423条 1 項)に換えたことが、取締役の会社に対する責任に関する従来の議論にどの ような影響を及ぼすかを考えねばならない。 いずれにせよ、旧商法上、株式会社の取締役の責任について、委員会等設置 会社(平成27年会社法改正には、指名委員会等設置会社)では過失責任が原則 とされているのに対して、それ以外の会社の取締役の責任は無過失責任とされ るものであったため、この取締役の無過失責任の規定に対し、経済界等から厳 しい批判が寄せられている。これを受けて、改正会社法においては、委員会等 設置会社以外の会社の取締役の責任についても、委員会等設置会社の取締役と 同様に過失責任を原則としている(25) 。 一方、会社と取締役との間の利益相反取引についての責任(自己のための直 接取引を行った取締役の責任(会428条)、株主に対する利益供与に関する責任 (利益の供与をした者は無過失責任(会120条 4 項))の性質をどのように考え るのか、特に取締役の任務懈怠責任に関する会社法の規定の構造は、債務不履 行に関する民法の規制・理論と整合的か、取締役の競業避止義務・利益相反と 取締役の任務懈怠責任の関係を如何に捉えるかとの問題があることは既述した が、上記の諸問題について、会社法立案担当者は解説し、公表することで、一 定の解釈の方向性が示しているが、その意味合いが必ずしも明確でない場合も あり、また解説の内容に疑問があるとの指摘がある(26) 。 (25) 相澤・前掲注(23)16頁。会社法制定前は、資本充実のための引受・払込担保責任及び財産不 足額補填責任、資本維持のための違法配当等に対する責任ならびに利益相反取引等に関する責任 等、取締役が会社に対し無過失責任を負う場合が少なくなかった。しかし、取締役の任務懈怠責 任の抑止につながらない無過失責任を課すことに対する批判が強まり、現在の指名委員会等設置 会社の取締役については平成14年改正時、他の会社については会社法制定時に、無過失責任は大 幅に削減された。現存する無過失責任は、募集設立の際の財産不足額補填責任(会103条 1 項)、 自己のためにした利益相反取引に関する責任(会428条 1 項)および株主に対する利益供与をし た取締役の責任(会120条 4 項)のみである(江頭・前掲注(10)468⊖469頁を参照されたい)。 (26) 北村雅史「競業取引・利益相反取引と取締役の任務懈怠責任」森本滋先生還暦記念『企業法の 課題と展望』(商事法務、2009年 4 月)195⊖196頁を参照されたい。
3.1)任務懈怠責任の判断基準 会社法423条について、従来旧商法266条 1 項 5 号に関る「法令」等に違反す る責任原因が、条文上の規定から削除され、「その任務を怠ったとき」との一 般的な規定に改められたため、民法学者からは、取締役の責任の性質は民法上 の債務不履行責任と同じ責任の性質であると指摘されていた(27) 。つまり、取締 役等の民事責任の構造を理解する上で避けて通れない問題として、債務不履行 責任との関係で、取締役の任務懈怠責任をいかに構造理解すべきかが問題であ る(28) 。 ところで、債務不履行の理解について、従来の 3 分説(債務遅滞・債務不 能・不完全履行)に基づいて故意・過失の有無を認定し、それに基づいて責任 の有無を判断し、損害賠償義務を負わせる伝統的な立場から、最近、本旨債務 不履行があったか否かを判断する立場が有力(29) になりつつある。つまり、本旨 債務不履行については主観的に捉えるのではなく、不法行為責任と同様に、行 為義務違反として客観的に捉えようとする。従来から「なす債務(行為債務)」 については、帰責事由判断と不履行判断の区別が困難であるとの指摘が、たと えば、医療過誤事例について債務不履行(不完全履行)責任により構成された 際に明らかにされた。上記の指摘に加えて、取締役の行為については、帰責事 由としての過失が債務者の責任を基礎づける唯一の原理ではなく、委任契約の 拘束力より生ずる行為義務違反がある場合に損害賠償義務を負うと指摘されて いる(30) 。 (27) 潮見・前掲注( 9 )32頁以下を参照されたい。 (28) 「取締役の民事責任」の構造を理解する上で避けて通れない問題として、債務不履行責任の構 造をどのように把握しておくべきかということがある。その際、商法と民法の交錯問題を扱うこ とである(潮見・前掲注( 9 )34頁以下を参照されたい)。 (29) 潮見・前掲注( 9 )35頁以下、得津・前掲注(21)61頁以下を参照されたい。 (30) 長坂純『契約責任の構造と射程』(勁草書房、2010年)144頁、306頁、450頁以下を参照されたい。
3.2)取締役の「任務懈怠」責任(二元説から一元説へ) 会社法が、取締役の「法令違反行為」による責任を任務懈怠責任と換えたこ とで、いわゆる一元説と二元説という考え方を再考することになった。この再 考を、最初に行ったのは潮見佳男教授である。すなわち、従来の二元説には、 取締役の会社に対する任務懈怠責任が認められる場合、その損害賠償責任の性 質は、従来民法理論においては、不完全履行を理由とする損害賠償責任に位置 付けられている(31) 。すなわち、不完全履行を理由として債務者(取締役を想 定)に対して損害賠償請求をする債権者(会社)側が請求原因として、職務の 内容とともに不完全履行の事実につき主張・証明責任を負う。そして、債務者 (取締役等)は、これに対する抗弁として、違法阻却事由や帰責事由不存在 (=無過失)につき主張・証明責任を負うものとされている。 しかし、潮見教授は、上記の伝統的な理解に対して、以下の指摘を行った。 つまり、民法415条の債務不履行の帰責事由が、契約によって定められた行為 義務違反と認定されれば、債務不履行責任が発生し、帰責事由の判断は行為義 務違反の判断に含まれるという見解である(一元説)。さらに、取締役が負う 善管注意義務は手段債務に該当するとする。この手段債務における債務不履行 責任の発生要件は、債務不履行の事実(ないし違法性の要件)と主観的帰責事 由(故意・過失)とが必要とする従来の伝統的な理解に対し、債務不履行を一 元的に捉え、本旨債務不履行と考える(32) 。言い換えれば、取締役が負う善管注 意義務を「法令を遵守して行動すべき義務」ではなく、「会社が法令を遵守し ないで行動することをさせないようにする取締役の義務」であるとのことで あって、「善管注意義務(法令)に違反する行為」がただちに「任務懈怠責 任」と解すべきではなく、取締役の違反行為をあくまでも「取締役の注意義 務」の一内容として捉える立場であるとの考え方である。 すなわち、一元説では、「善管注意義務違反=任務懈怠責任=過失」とな (31) 潮見・前掲( 9 )34頁。 (32) 得津・前掲(21)75頁。
り、二元説では、①「具体的な法令違反=任務懈怠責任≠過失」(33) 、及び② 「それ以外の善管注意義務違反=過失」となるのである。 3.3)最高裁の判決の立場(二元説) 近年の最高裁判決により、取締役の法令違反の場面における民事責任につい て、旧商法266条 1 項 5 号の責任には、法令違反行為のほか、「違反行為につき 取締役の故意又は過失を必要」とされ、また、横河電機製作所事件(最判昭和 51・ 3 ・23金判503号14頁)および野村証券損失補填事件(最判平成12・ 7 ・ 7 民集54巻 6 号1767頁)の判決には、取締役に故意・過失なしとして責任を否 定している。このように、最高裁は、具体的な法令違反の事実と取締役の故 意・過失という二要件説(二元説)による判断構造と採用していると思われ る(34) 。これは、取締役の対会社責任の要件および帰責事由(35) は、旧商法266条 1 項 5 号の規定した取締役の「法令違反」責任とされていたのである。 (33) つまり、具体的な法令に対する違反の場合には、会社の活動にとっての違法性の確保と会社経 営の効率性の確保とが異質であり、かつ、適法性の確保は法令遵守という高度の要請に基づくも のであることを認めることを基礎として、責任構成要件面で、「具体的法令違反」をもってただ ちに、任務懈怠とする。その結果、「任務懈怠要件」と「過失」要件とが分離される(潮見・前 掲( 9 )38⊖39頁を参照されたい)。 (34) 潮見・前掲注( 9 )33頁以下。得津・前掲注(21)63頁以下を参照されたい。 (35) 野村証券損失補填事件において、最高裁は、第 1 審(東京地裁平成 5 ・ 9 ・16金判928号16頁) および第 2 審(東京高裁平成 7 ・ 9 ・26金判981号 8 頁)と同様に本件損失補填が、証券取引法 の違反ではなく、独禁法19条に該当する違法行為と判定しながらも、被告らの取締役の民事責任 を否定している。しかし、民事責任を否定した根拠は、各審級の裁判所で異なっている。第 1 審 では、本件損失補填によりその後得られた利益を考慮すれば損害があるとはいえないとしたのに 対し、第 2 審では、独禁法19条が競争者の利益を保護することを意図した規定であることを理由 に、同条違反は旧商法266条 1 項 5 号にいう法令違反には含まれない(法令の限定説)とした。 しかし、最高裁の本判決では、旧商法266条 1 項 5 号の法令には「商法その他の法令中の、会社 を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定」が含まれる(法令の 非限定説)と判示した上で、「違反行為につき取締役に故意又は過失」が必要とし、本件の被告 らの取締役は、損失補填の決定・実施時において、独禁法違反の認識がないことについてやむを 得ない事情があり、認識を欠いたことに過失があったともいえないと判断し、取締役の責任を否 定した(当該裁判例の詳細な分析は、得津・前掲注(21)67⊖69頁を参照されたい)。
つまり、最高裁の判決(最判平成12・ 7 ・ 7 民集54巻 6 号1767頁)は、取締 役の具体的な法令違反(善管注意義務以外の法令に違反する場合)に基づく責 任について、具体的な法令違反があれば、即取締役の行為義務違反があると判 断し、前記に示されている一般的な注意義務違反の場合と判断構造が異なると する考え方、二元説である。すなわち、取締役の任務懈怠責任の判断構造は、 具体的な法令違反行為とそれ以外の善管注意義務違反との間で、両者を分けず にとらえる考え方が一元説であり、分けてとらえる考え方が二元説であるとの 指摘がある(36) 。 ところで、会社法では、「法令違反」(旧商法266条 1 項 5 号)との明文要件 である「法令」が消えることで、「任務懈怠」要件(会社法423条)に一本化さ れたことから、具体的な法令違反があっても「任務懈怠」要件を充足したと評 価されるという一元説に整合されている(37) 。つまり、会社法では「任務懈怠」 の要件が、外形上の一元化によって、取締役の法令遵守への注意義務違反とい う判断構造に変更されたと解し得るとの指摘がある(38) 。 4 .まとめに 以上、会社法423条 1 項における取締役を中心に、会社に対する取締役の任 務懈怠責任について、その「任務」の意味について考察してきた。同条の適用 においては、取締役・執行役だけではなく、会計参与、監査役又は会計監査人 は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、生じる損害を賠償する責任を 負う。 取締役の会社に対する責任は、従来の最高裁判例では、取締役の免責事由を 「違反行為への取締役の故意又は過失を必要とする」と判示していた(最判昭 51・ 3 ・23金判503号14頁)。つまり、裁判所が具体的法令違反の事案におい て、行為自体の認識ではなく、法律違反の評価も含むものであり、平成17年会 (36) 潮見・前掲注( 9 )38⊖39頁。 (37) 得津・前掲注(21)75頁。潮見・前掲注( 9 )40頁。 (38) 潮見・前掲注( 9 )40頁を参照されたい。
社法改正の経緯からみると、旧商法266条 1 項 5 号における法令違反の責任 が、会社法423条 1 項における任務懈怠責任による文言の変更は責任の内容、 法令の範囲の解釈に変更を生じさせるものではない。 そもそも、会社法423条の条文は、任務懈怠と帰責事由を別個の要件として 区別して定めていない。通説・判例によれば、任務懈怠責任(会423条)は役 員等(取締役を含む)が一般的な善管注意義務違反に基づく責任に関するかぎ り、過失責任であるとされる(前掲・最判昭和51・ 3 ・23判決)。しかし任務 懈怠規定に変更された現在、なお過失責任を維持するのかは定かではない。 つまり役員等の任務(会社に対して負っている債務)は、いわば手段債務で ある。本稿の第 2 章で述べたその「任務」は、善管注意義務、忠実義務、特別 な法定責任に基づく任務の 3 種類に分けられ、それを怠った場合、任務懈怠に 当たる。したがって、役員等の責任を追及する側は、問題とされている取締役 の行為(作為または不作為)が会社に対する関係で役員等の受任者としての任 務懈怠があることを主張・立証しなければならない。そして、債務者である役 員等は任務を怠っていないことを立証しない限り、責任を免れることができな い。いいかえれば帰責事由がないことを証明しても免責されないということで ある。 取締役の任務懈怠責任の性質を一元的に考えるのが妥当か、二元的に考える のが妥当かを判断する場合、本稿での第 2 章以下で考察した内容から到達した 結論を前提とすると、第 1 の善管注意義務違反の場面では、事務処理義務違反 を侵した場合、本旨債務不履行に当たるのであるから、一元的に考えられる場 面であるということができる。第 2 の忠実義務違反の場面では、特に法令違反 の場合、「任務を怠ったものと推定する」(会423条 3 項)との文言からは、な んら帰責事由に触れていないところから、一元説に立つと考えられる。第 3 の 特別の法定責任に基づく任務懈怠の場面では、任務懈怠と帰責事由と使い分け て規定している(会428条 1 項)ところから、二元説を採用していると推測で (39) 山中真仁「利益相反取引における取締役の責任」九州国際大学法政論集第11巻(2009年)288頁。
きる(39) 。しかし、同規定は、帰責事由のないことをもって免責されないという 注意書きとして、規定したのであり、同規定はあくまで帰責事由による免責を 認めない絶対的な責任を取締役に負わせることを明示したのであり、他の規定 を含めてなお帰責事由の存在することを前提として規定しているものでないと 考えられる。 以上のところから、取締役の任務懈怠責任の法的性質は、一元説に立つと考 えるのが妥当であると考えられる。 ―Haitao LIAO・富士大学経済学部経営法学科准教授―