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表題:保全科学におけるデータギャップの現状と解消に向けた取り組み 8
英語表題:Data gap of biodiversity informatics in Japan for conservation science 9
簡略表題:保全科学におけるデータギャップ 10
簡略表題英語:Data gap in conservation science 11 12 著者:大澤 剛士1,2 13 14 所属:1. 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究 15 センター / 2. GBIF 日本ノード JBIF 16
Affiliations:1. Institute for Agro-Environmental Sciences, NARO / 2. Japan Node of 17
Global Biodiversity Information Facility 18
19
住所:茨城県つくば市観音台 3-1-3 20
Address: 3-1-3, Kannondai, Tsukuba, Ibaraki, Japan 21
Phone: 029-838-8148 / FAX: 029-838-8199 / e-mail: [email protected] 22
要旨 24 原則的に社会的なニーズによって研究目的、対象種や対象地が決まる保全科 25 学においては、利用可能なデータ/データベースの質・量が研究遂行上、あるいは 26 成果の普及において重大な制限要因となる場合が多い。保全科学に関わろうとする 27 研究者や実務家は、しばしばこういったデータギャップに直面する。本稿はまず、 28 保全科学においてしばしば言及されるデータギャップ:空間的、分類群的、時間的 29 に存在するギャップそれぞれについて整理し、日本における現状を概観する。続い 30 て国内における既存データベースに格納されたデータを分析し、データギャップの 31 実際を定量化する。最後に、それらギャップを解消するためのアイディアや具体的 32 な取り組みを紹介し、課題解決に向けた今後の展望について議論する。 33 34 キーワード:GBIF、JBIF、オープンデータ、生物多様性情報学 35 36 37
Abstract 38
A study in conservation science field, data/data base availability is one of the most 39
important factor for conducting any studies and practices. Researcher and practitioner in 40
conservation science should face to such challenges in their studies and works. In this 41
review I overviewed the “data gap” in conservation science including break-down types of 42
data gap these are taxon, spatial and temporal firstly. Then, I analyzed one of the famous 43
biodiversity database “S-Net” to evaluate the current data gap in Japan. Finally I discussed 44
some ideas on how to overcome these challenges. 45
46
Key words: Biodiversity Informatics, GBIF, JBIF, Open Data, 47
48 49
はじめに 50 「保全科学」、すなわち人間活動によって生物多様性の保全や生態系サービ 51 スの持続的な利用を目指すという広い概念を持つ研究分野は、研究対象として自然 52 界と人間社会を総合的に捉えることを一つの原則としている(Doak et al. 2013; 53
Kareiva and Marvier 2012; Mace 2014)。つまり、人間が介在しない自然環境のみ 54
に焦点を当てた研究とは区別するべきと主張されている(Kareiva and Marvier
55
2012)。よって「保全科学」においては、研究目的、注目する研究対象、調査地等 56
の決定も人間社会、社会的なニーズと無関係ではありえない(Kareiva and Marvier
57
2012; Mace 2014)。保全生態学も、「保全科学」の一部であり(Kareiva and Marvier 58 2012)、社会的ニーズは研究テーマの重要なモチベーションとなっている。実際、 59 保全生態学研究誌において、絶滅危惧生物の保全への貢献を目指した研究(例えば 60 吉田ほか 2012)、侵略的外来生物の管理に向けた研究(例えば大澤・赤坂 2007; 61 2009)、地域的な危機要因(例えば西廣 2011)や保全活動の評価(例えば大谷ほか 62 2013)等、社会的ニーズに対応しようとした研究は多数公表されてきた。 63 社会的なニーズは、保全科学における重要なモチベーションであるが、同時 64 にそれは、研究を進める、あるいは成果を普及する上での制限要因になることも多 65 い。保全科学研究の実施や普及における制限要因、理想と現実のギャップは枚挙に 66 暇がないが(天野 未発表; Knight 2009; 大澤・赤坂 2013; 大澤・上野 印刷中; 大 67 澤 未発表)、常につきまとう問題の一つとして、データのギャップが挙げられる 68 (Pennisi 2010; Turner 2014)。すなわち、必要なときに必要なデータが入手、ある 69 いは利用できないという状況である。必要なデータが足りないというのは、保全科 70
学に限らず生態学研究全般においてしばしば直面する問題であるが(Pennisi 2010)、 71 社会的ニーズ対応しようとする研究において、その迅速な実施は極めて重要であり 72 (大澤・上野 印刷中; 大澤 未発表)、この問題はより緊急性が高いと言ってよいだ 73 ろう。例えば大規模な開発行為を行おうとする際に絶滅危惧生物が発見され、反対 74 運動が起こるというケースは珍しくない。このケースについて、もし事前に絶滅危 75 惧生物の生息がわかっていれば、開発行為自体を事前段階、例えば環境アセスメン 76 トの配慮書の段階で止めることができたかもしれない(大澤・上野 印刷中)。しかし、 77 現実的には、開発行為を行う段階で初めて発覚するケースや、既知であったとして 78 も、開発者等がアクセスできる情報、例えば絶滅危惧生物の分布データや論文等の 79 公表情報が存在していなかったというケースが少なくない。既に具体的な計画、例 80 えば環境アセスメントの準備書の段階まで進んでいる開発行為に対して、今からデ 81 ータを取得して根拠を示し、計画の再考を促そうとする行為は現実的と言えるだろ 82 うか? この問いに対する明快な回答は存在していない(大澤・上野 印刷中)。 83 本論説は、2016 年 3 月に行われた日本生態学会第 63 回大会シンポジウム「保 84 全科学が挑むデータギャップ」における講演およびそれに伴う議論をもとに、保全 85 科学において必要とされるデータの不足、特に利用可能な公開データベースの現状 86 に焦点を当て、存在している問題の整理と、その解決に向けた活動や研究の紹介を 87 通し、データギャップの解消に向けた将来展望を論じたい。 88 89 1. データギャップの概観 90
保全科学におけるデータギャップに対する認識が広がる一つの契機として、 91 生物多様性の現況を把握したいという社会的ニーズの高まり(Pennisi 2010)、特に 92 2010 年に日本で開催された生物多様性条約第 10 回締約国会議(CBD COP10)なら 93
びに同年に公表された生物多様性概況 3(Global Biodiversity Outlook 3; GBO3)を 94
挙げることができる。CBD COP10 ならびに GBO3 では、2002 年の CBD COP6
95 において採択された2010 年目標(締約国は現在の生物多様性の損失速度を 2010 年 96 までに顕著に減少させるという目標)の評価結果が報告された。この評価結果にお 97 いて、ほぼ全ての個別目標は達成されなかったと結論付けられたのだが 98
(Secretariat of the Convention on Biological Diversity 2010)、その重要な原因の 99
一つに、生物多様性に関するデータ不足が挙げられた(Secretariat of the
100
Convention on Biological Diversity 2010; GBIF Secretariat 2012)。具体例を挙げ 101 ると、2010 年目標の達成評価に向けた研究の中で、熱帯地域は他地域に比べて種 102 リスト、個体数変動データ、絶滅危惧種リスト等、生物多様性に関する各種データ 103 そのものが少なく、評価が困難であること(Collen et al. 2008)、開発された種多様性 104
に関する指標(例えば Red List Index Butchart et al. 2007; Living Planet Index Loh et al. 105
2005)は、利用可能なデータの不足、例えば一時期にしかデータが取得されていな 106
い種や、情報不足の種が含まれることが制限要因になって、正しい評価が実施でき 107
ないケースが多々あること(Collen et al. 2009; Pereira and Cooper 2006)等、データギ 108 ャップそのもの、あるいはそれに起因する様々な課題が顕在化した。2010 年目標 109 の達成という世界的な取り組みにおいて顕在化したことで、データギャップは保全 110 科学における重要な課題として広く認識されるようになったと言ってよいだろう 111 (なお、2014 年に公表された GBO4 では、データ共有や電子化の推進等、データギ 112
ャップを埋めるための取り組みに関する言及がなされた; Secretariat of the 113
Convention on Biological Diversity 2014)。ここで顕在化した様々なデータギャッ 114
プは、しばしば空間的、分類群的、時間的なデータギャップの 3 つにまとめられる
115
(天野 未発表; Butchart et al. 2010; Walpole et al. 2009)。空間的、分類群的、時間 116 的という 3 つの大きなデータギャップは、様々なデータ/データベースに存在する 117 ものである。そこで次項からは、これら3 つのギャップについて、既存のデータ/ 118 データベースを事例に日本の現状を概観してみたい。 119 120 2-1. 空間のギャップ 121 最初に挙げるのは、空間のギャップである。日本有数の生物多様性情報公開 122 システムを保有する環境省生物多様性センターのWeb ページ 123 (http://www.biodic.go.jp/ 2016 年 8 月 9 日確認)からは、日本全国における植生図 124 や、様々な分類群の全国的な分布情報を取得することができる。これを見て、既に 125 生物多様性情報は全国的に利用可能だと考える方は少なくないかもしれない。しか 126 し、実際には保全科学に関わる研究を行う上で、未だ多くのギャップが存在してい 127 る。例えば植生図は、最新である自然環境保全基礎調査の 6-7 回成果(2.5 万分の 1) 128 について、2016 年 8 月時点で全国分が揃っていない。自然環境保全基礎調査の 2-5 129 回成果は 5 万分の 1 の植生図としてまとめられ、全国分が揃っているが、これは調 130 査時期が 1978 年から 1999 年とされており、2016 年の現状を反映しているとは言 131 い難い。様々な生物の分布データを検索、取得できるサービスであるいきものログ 132 (http://ikilog.biodic.go.jp/ 2016 年 8 月 9 日確認)のテーマ別検索について、2016 133
年8 月時点で例として挙げられている「里山のいきもの」のうち最も数が多い「ツ 134 バメの仲間」が 410 件、「分布が拡大している外来種」のうち最も件数が多い「オ 135 オキンケイギク」で674 件と、その分布域から考えると決して多いとは言えず、デ 136 ータの採取場所についても全国を網羅しているとは言い難い(図 1:なお、この 2 137 種はほぼ全国に分布していると言われている)。 138 空間のギャップは面的な網羅性の問題のみではなく、解像度の問題も含んで 139 いる。国土スケールの政策等を見据えた研究においては、解像度が粗くても全国を 140
網羅していることが重要になるが(例えば Amano et al. 2011; Osawa et al. 2013; 141 Yoshioka et al. 2014 では 10km メッシュ単位で全国を対象とした研究を実施して 142 いる)、地域的な課題に対応しようとする場合、対象地域における詳細な情報が必 143 要となる。例えば神奈川県では、県内における植物の分布を1km メッシュ単位で 144 網羅的に調査し、成果を公表している(神奈川県植物誌調査会 1988; 2001)。この調 145 査は現在も継続されており(http://flora-kanagawa2.sakura.ne.jp/ 2016 年 8 月 9 日 146 確認)、データを使った全県レベルの研究も実施されている(田中 2005; Osawa et 147 al. 2016)。しかし、同等の調査ならびにデータは他地域ではほとんど存在していな 148 い。さらに詳細、例えば市町村以下を対象とした研究を行おうとする場合には、よ 149 り高い解像度の分布データが必要となる場合が多いだろう(例えば Uematsu et al. 150 2009)。 151 空間のギャップには、データの密度に極端な偏りが生じているという問題も 152 ある。「生物多様性の保全活動を行う場所」と聞いて、最初に思い浮かべるのはど 153 んな場所だろうか?保全科学になじみのない一般の方々にこの問いを投げかけた 154
場合、おそらく多くの方は自然公園や世界自然遺産を思い浮かべるのではないだろ 155 うか。そういった場所では開発行為や生物の採集が制限されると同時に、様々な調 156 査が実施され、種の目録や分布記録が残されている場合が少なくない(例えば神奈 157 川県丹沢大山国定公園 http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f48/p4977.html 2016 年 158 8 月 9 日確認)。対して比較的身近に存在する都市公園や空き地、雑木林はどうだろ 159 うか?日本全国の中山間地に存在する、特に何の保護区指定も受けていない、いわ 160 ゆる”里地里山”と呼ばれる農村地域はどうだろうか?こういった名もない地域で 161 は、生物調査はほとんど実施されていない。地域の愛好家らによって調査が実施さ 162 れている場合もあるが、そのデータにアクセス可能なケースはほとんど存在してい 163 ない。知名度や注目度に加え、ハビタットタイプにも偏りが存在している。外来維 164 管束植物を対象に2000 年から 2012 年までの間に国内で実施された研究論文の対 165 象ハビタットを調査した研究によると、河畔、森林については積極的に研究が行わ 166 れているのに対し、劣化が著しいと言われている陸水、海岸を対象にした研究は極 167 めて少ないことが示されている(赤坂ほか 2014)。 168 保全科学において、国土スケールの政策等を見据えた研究や自然公園等の重 169 要地域に関わる研究も重要なトピックではあるが、地域スケールの実践的な保全活 170 動に役立つ情報を提供するための研究も同様に重要である。しかし、いずれのデー 171 タも十分に揃っているとは言いがたい。 172 173 2-2. 分類群のギャップ 174
次に挙げるのは、分類群のギャップである。単純な話として、専門家や愛好 175 家が多い分類群の情報は比較的集まりやすく、そうでない分類群の情報は集まりに 176 くいという現実がある(Pennisi 2010)。種を単位としたデータを整備するためには、 177 標準となる種名リストが必要となるため、それら基盤情報の有無、利用可能性も重 178 要な要因である。分類自体があまり進んでいない種については、タクソン・コンセ 179 プト(どのまとまりを属や種などとみなすか)が固まっていない場合も多く、種を単 180 位としたデータの整備自体が困難である。国内における標準種名リストの整備は、 181 学会等によって作成されている一部分類群(例えば植物: Green list 182 http://www.rdplants.org/gl/ 2016 年 8 月 9 日確認; 蛾: List-MJ 日本産蛾類総目録 183 http://listmj.mothprog.com/std/ 2016 年 8 月 9 日確認; 鳥: 日本鳥学会 2012)を除 184 いて遅れているのが現状である。実務では、これら標準リストを集約し、調査に向 185 けた包括的なリストが作成される場合が多いのだが(例えば国土交通省 河川水辺 186 の国勢調査のための生物リスト 187 http://mizukoku.nilim.go.jp/ksnkankyo/mizukokuweb/system/seibutsuList.htm 188 2016 年 8 月 9 日確認)、標準リストが存在しない場合、あるいはその存在が知られ 189 ていない等、利用しにくい状態にある場合は、個別に作成された様々な種名リスト 190 を寄せ集めて作成することになる。標準化されていない個別リストにおける種名は、 191 見解の違い等が混在している場合が多いため、標準化されていないリストを寄せ集 192 めた結果、調査ごとで同種異名のデータが存在するようになることがある。例えば 193 北海道のレッドデータブックでは、オコジョは和名オコジョ、学名はMustela 194 erminea となっているが 195 (http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/yasei/tokutei/rdb/redlist/list.htm 2016 年 196
8 月 9 日確認)、青森県のレッドデータブックでは和名がホンドオコジョ、学名が 197
Mustela erminea Nippon Cabrera となっている 198 (http://www.pref.aomori.lg.jp/nature/nature/reddatabook.html 2016 年 8 月 9 日 199 確認)。これら同種異名が含まれたデータを機械的にマージすると、別種として扱 200 われてしまう可能性がある。 201 生物多様性情報データベースのうち、世界最大規模の一つである地球規模生 202
物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility: GBIF)のデータベー 203 スからは 2016 年 8 月現在で 6 億 5 千万を超えるデータが公開されているが、この 204 うち半数近くは動物の観察情報で、大多数が鳥であると報告されている(GBIF 205 2014; 図 2)。鳥については、市民参加により世界規模で鳥類の分布データを収集す 206 るeBird(http://ebird.org/content/ebird/ 2016 年 8 月 9 日確認) の貢献が大きいが 207 (Amano et al. 2016)、日本においてもアマチュアの鳥の愛好家は非常に多く、公益 208 財団法人である日本野鳥の会は、40,000 人を超える会員を持つ巨大組織として様 209 々な調査等を行っており、出版物等、利用可能なデータも多い 210 (http://www.wbsj.org/about-us/summary/about/ 2016 年 8 月 9 日確認)。 211 分類群というよりも注目度や調査優先度の問題かもしれないが、広域に分布 212 し、どこでも見られると言われている種、いわゆる普通種の情報も限られている場 213 合が多い。現在日本では、環境省が作成している国のレッドリストに加え、全 47 214 都道府県において絶滅危惧種をリストしたレッドリスト/レッドデータブックが 215 作成されており、その生態や分布等、どんな生き物が絶滅の危機に瀕しているかを 216 把握する基礎資料がある程度揃っている。これは様々な保全活動や開発の制限を行 217
う上で重要な根拠になるわけだが、逆にこういったリストに掲載されない種は蔑ろ 218 にされがちで、むしろ絶滅危惧種の方が利用可能なデータが多いという逆転現象が 219 しばしば発生している。例えば先の環境省生物多様性センターのWeb ページには、 220 ”レッドデータブック・レッドリスト”というコンテンツが用意されており 221 (http://ikilog.biodic.go.jp/Rdb/ 2016 年 8 月 9 日確認)、植物については全種ではな 222 いものの、平成12 年、19 年時点における全国的な分布情報を csv (comma 223 separated values)形式で入手することができる 224 (http://ikilog.biodic.go.jp/Rdb/booklist 2016 年 8 月 9 日確認)。それ以外の種の分 225 布情報も自然環境保全基礎調査の報告書から一部入手できるが 226 (http://www.biodic.go.jp/kiso/fnd_list_h.html 2016 年 8 月 9 日確認)、絶滅危惧種 227 のように一定の網羅性があるとは言い難い。具体例を挙げると、身近なトンボであ 228 るシオカラトンボの分布情報は、第 4 回自然環境保全基礎調査結果においては情報 229 不足となっている(環境庁自然保護局 1993 230 http://www.biodic.go.jp/reports/4-09/index.html 2016 年 8 月 9 日確認)。近年、ア 231 キアカネをはじめとする赤とんぼの激減が話題になったのは記憶に新しいが(上田 232 2012)、普通種の情報が少ないことは、それらの激減が見過ごされる、その把握が 233 遅れるという事態にも繋がりうる。 234 235 2-3. 時間のギャップ 236 当然ながら、今から過去のデータを新たに取得することはできない。このた 237 め、過去に取得された限られたデータを収集する以外に過去データを入手する方法 238
は存在しないのだが、その資源は限られている。それら限られた資源を有効に活用 239 できる体制が必要だが、過去に収集された生物データの多く、例えば論文として公 240 表されなかった調査データやアマチュアによる生物標本等の多くは人知れず眠っ 241 ていると指摘されている(GBIF Secretariat 2012; 大澤ほか 2014)。過去の情報が 242 不足することにより、例えば自然再生事業を行おうとする場合、目指す環境や生物 243 相を客観的に科学的根拠に基づいて設定しにくいという課題に直面する。このため、 244 現実的な解として、関係者らによる合意形成によって目指す方針を決めるという考 245 え方が主流となっている(日本生態学会 2010)。 246 時間のギャップは、過去のデータに関する問題だけではない。現在のデータ 247 は未来には”過去データ”になるので、現在から継続的に実施するデータ収集は時間 248 のギャップを埋めるために極めて重要なことである。しかし、継続的なデータ収集 249 という行為そのものが困難になりつつあるという現実がある。日本における自然環 250 境の現況を把握し、自然環境保全法の推進のための基礎資料とすることを狙いとし 251 て昭和48 年度(1973)より実施されている自然環境保全基礎調査は、既に 40 年間、 252 7 回にわたり実施されてきた重要な調査であるが、予算減少の問題に直面している 253 (環境省自然環境局 生物多様性センター 2013)。実際、全国 268 の湖における水生 254 植物の調査記録を論文、報告書等から網羅的に収集したNishihiro et al. (2014)に 255 よると、自然環境保全基礎調査が実施されなくなったことにより、調査された湖自 256 体が 1990 年後半から極端に減少していることが示されている。2003 年に始まった 257 環境省によるモニタリング1000 等、継続的なモニタリングプログラムも始まって 258 いるが(http://www.biodic.go.jp/moni1000/index.html 2016 年 8 月 9 日確認)、過去 259
から継続されてきた調査を以後も継続していき、過去との比較を実現可能なデータ 260 を整備することは、保全科学において極めて重要である。 261 262 2. 国内における利用可能なデータベースのギャップ分析 263 これまで保全科学におけるデータギャップの日本における現状について論 264 じてきたが、ほとんど一般論にすぎず、定量的な根拠に欠けている面があることは 265 否めない。今後データギャップをどのように埋めていくかを議論し、実践に移すた 266 めにも、現状の利用可能なデータベースについて現状分析を行うことは重要である 267
(Meyer et al. 2015; Troia and McManamay 2016)。そこで、既存の大規模データ 268
ベースに格納されたデータについて簡単な統計を行い、先に挙げたデータギャップ 269
の日本における実際を定量的に概観することを試みた。 270
GBIF の日本活動の拠点である GBIF 日本ノード JBIF(Japan Node of Global 271
Biodiversity Information Facility)活動の一部として国立科学博物館に運営されている 272 サイエンスミュージアムネット(以下 S-Net)は、ネットワークに参加している博物 273 館の収蔵標本情報を日本語で検索、取得できるサービスを提供している 274 (http://science-net.kahaku.go.jp/ 2016 年 8 月 9 日確認)。S-Net において公開され 275 たデータはGBIF にも提供され、GBIF ネットワーク上からも取得できる仕組みに 276 なっている。S-Net は 2016 年 3 月時点で約 400 万件のデータが公開されている日 277 本最大規模の生物多様性データベースの一つである。そこで本稿では、S-Net の運 278 営を主に担っている国立科学博物館の協力を得て、S-Net のデータについて統計を 279
行うことで、日本における生物データのギャップについて定量的に把握することを 280 試みた。 281 282 3-1. 方法 283
2016 年 2 月 9 日に、国立科学博物館(GBIF 日本ノード JBIF)から S-Net に 284 公開しているデータの貸与を受けた。S-Net のデータは、全国の自然史系博物館か 285 ら生物の標本情報を集めたもので、各館が収蔵する標本について種名、採集日時、 286 採集場所といったラベルの基本的な情報が記述されているものである。データは各 287 館によって作成されたものであり、標本自体の権利は館に帰属している。全てのデ 288 ータはS-Net からダウンロードできるが、2016 年時点でサーバへの負荷の問題か 289 ら1 回にダウンロードできる件数に制限がかかっていることから、データベースマ 290 スタから直接取得した。なお、Web ページ上で閲覧できるデータは図 3 のように 291 なる。データには項目の抜けや誤字等のエラーも含まれていたが、特に修正等の処 292 理は行わず、全て有効なデータとして扱った。これらについて、空間のギャップと 293 して Geo reference(緯度経度等、位置情報の付与)数、標本採集地点の空間配置、 294 分類群のギャップとして界ごとの件数、ユニークな種名数(理論的な種数)、時間の 295 ギャップとして採集年代の推移を集計した。全ての統計には統計パッケージR3.1.2 296
(R development core team 2014) を利用した。 297 298 3-2. 結果 299 3-2-1. データ概要 300
貸与を受けたデータは合計4,025,855 件であった。GBIF から毎年発行され 301 る国別報告書(Country report)によると、2015 年 12 月時点で日本からは 3,816,223 302 件のデータが公開されていることになっており 303 (http://www.gbif.org/country/JP/summary 2016 年 8 月 9 日確認)、今回統計を行 304 った数と 200,000 件ほどの差異が確認されたが、これは本部での集計後に新たに公 305 開されたデータがあること、分散型ネットワークを利用しているGBIF システム上 306 の問題と考えられた。具体的には、日本からデータを公開した後に本部のシステム 307 に反映されるまで、少々のタイムラグが発生することが既に知られており、今回も 308 同様の状況であると考えられた。 309 310 3-2-2. 空間のギャップ 311 全レコードのうち、緯度経度の値が入っているものは1,505,824 レコードで、 312 全体の約 37%となった。同時にメッシュコード(1 次~3 次メッシュ)が入っている 313 レコードは702,189 レコードで全体の約 17%であった。なお、メッシュコードを 314 持つレコードの多くは緯度経度の値も持っていた。これら位置情報を持つレコード 315 を地図に投影したものを図4 に示す。これによると、レコードを持たない都道府県 316 は存在しない一方、岩手県を中心とした東北、関東圏、大阪府、兵庫県、高知県は 317 圧倒的なデータ密度であるのに対し、その他の都道府県は相対的にまばらである傾 318 向が見てとれた(図 4)。 319 320 3-2-3. 分類群のギャップ 321
S-NET から公開されているデータを界ごとに再集計した結果を表 1 に示す。 322 最も多いのは動物界、続いて植物界であったが、その数は拮抗しており、GBIF 全 323 体の標本情報とほぼ同じ傾向であった(表 1, 図 2)。その他をまとめたもの(菌界、 324 クロミスタ界、原生生物界、真正細菌界)が動物界、植物界に比べて極めて少ない 325 という傾向も GBIF 全体と一致した(表 1, 図 2)。 326 動物界、植物界それぞれのユニークな和名数は分類学会連合による日本産種 327 数調査(http://www.ujssb.org/biospnum/search.php 2016 年 8 月 9 日確認)より多く 328 なっていたが(表 1)、これは地域名をはじめとする同種異名が混在していることに 329 よると考えられた。学名については日本産種数調査を大きく超える数が確認された 330 が、これは外国産の種の標本が多数含まれている影響および、同種異名や命名法の 331 混在により、本来認識されている種数より過大評価されているためと考えられた。 332 このことは、生物多様性情報の利用性を高めるためには、国内に生息する種につい 333 て、和名、学名を整理した標準種名リストの整備ならびに種異名等を整理するため 334 の辞書整備等、分類学的な基盤情報が必要であることを示している。 335 336 3-2-4. 時間のギャップ 337 全レコードのうち、採集年代のフィールドが空欄であった441,984 レコード 338 あり、入力内容が漢数字になっている、入力ミスと考えられる値が入っている等の 339 エラーが含まれていた 3,098 レコード確認された。これら約 11%のエラーレコード 340 を除いた全件について作成した採集年のヒストグラムを図 5 に示す。標本の採集年 341 代は 2000 年前後をピークに一山型に近い形を示していた。採集時期 1980 年から 342
2000 年にかけての時期がピークとなり、1980 年以前、2000 年以降はレコード数 343 が少ないことが見て取れる。Butchart et al. 2010 は、1980 年以前、2005 年以降 344 の生物多様性データが限られていると指摘しているが、S-Net データも同じ傾向を 345 示した。このことから、過去に遡れば遡るほど生物データは限られていくこと、少 346 なくとも標本について、継続的なデータ収集がなされていない可能性が示唆された。 347 ただし、これは標本データを提供している博物館における電子化の優先度によるバ 348 イアスも含まれているため、今後電子化されたデータが拡充するにつれて解消され 349 ていく可能性もある。とはいえ、多くの博物館は標本整理や電子化に係る人手や資 350 金の減少に苦労しており(渡辺 2016)、データギャップ解消のためにはその拡充は 351 必須であろう。 352 標本レコード数の減少は2000 年以降に顕著となったが、この時期はデジタ 353 ルカメラによる写真等、電子媒体による観察情報の取得が広がった時期、国内にお 354 ける生物多様性に関する観察情報の一大拠点である環境省生物多様性センターが 355 開設された時期(1998 年)とも重なり、生物データに関する電子情報が急増した時期 356 である。このため、今回得られた結果は必ずしも生物データ自体の減少を意味して 357 いるとは限らない。ただし、写真のみや写真を持たない観察情報には少なからず誤 358 同定が含まれる可能性があり、データの質は一段劣ると言わざるを得ない。標本を 359 伴うデータは詳細な再検討が可能という点において、生物の情報として最も価値が 360 高いものであり(渡辺 2016)、その減少は生物データの質の低下と直結しているこ 361 とは認識しなければならない。 362 363
3. データギャップの解消に向けた具体的な取り組み方法 364 簡単な統計ではあるが、S- Net(GBIF 日本ノード)のデータベースの分析に 365 よって、日本においても典型的なデータギャップが実際に存在していることが示さ 366 れた。データギャップを埋める方法は、原則としてコツコツとデータを蓄積させて 367 いくしかないが、少しでも効率的に、効果的に進めていかなければ、社会的なニー 368 ズに応えることができないことも事実である。そこでここからは、これらデータギ 369 ャップを埋めるために実施されている取り組みや、研究者が今後取り組むべきと考 370 えられるアイディアについて論じたい。 371 372 4-1. 既存データベースの拡充 373 当たり前のことだが、データギャップを埋めるためには、利用可能なデータ 374 を増やしていくことが最も重要である。ただし、データは利用者が発見し、自由に 375 利用できる状態でなければ存在しないと同然である(GBIF Secretariat 2012)。デー 376 タ自体を公開すること自体はインターネットを利用すれば比較的容易に行えるが、 377 発見しやすさ、利用しやすさを担保するためには、標準化されたデータフォーマッ 378 ト、検索システム等が必要となり(大澤ほか 2012; 大澤・神保 2013)、これらを勘 379 案した公開は簡単な作業ではなくなる(大澤ほか 2014)。2016 年現在、国内外にお 380 いて生物多様性情報のデータベース化が積極的に行われるようになっている。これ 381 らの中にはオープン化、すなわち再利用、再配布可能な形で自由な利用を保証して 382 いるものも少なくない(大澤ほか 2014; 大澤・岩崎 2016)。データの公開に際し、 383 新規でデータベースシステムを立ち上げるよりは、これら既存で自由に利用可能な 384
データベースを通じた公開を行い、既存データベースを拡充していくことが最も効 385 率的で効果的なデータ公開方法であろう。そこで、観察情報、標本情報それぞれに 386 ついて、利用性という観点の利用性から筆者が推薦するデータベースを紹介したい。 387 標本を持たない観察情報については、先述の環境省生物多様性センターが公 388 開しているいきものログが規模、利用性ともに現状の日本で最も優れたシステムの 389 一つである。いきものログには、ユーザによってデータを登録、公開する仕組みが 390 搭載されており(http://ikilog.biodic.go.jp/ 2016 年 8 月 9 日確認)、既に多くの団体 391 や個人が本システムを通して様々な観察情報を公開している。標本を伴う情報につ 392
いては、先述のS-Net が規模、利用性ともに優れている。GBIF 日本ノード JBIF
393 では、標本や観察情報をS-Net (GBIF ネットワーク)上に公開する支援を行ってお 394 り(http://www.gbif.jp/v2/ 2016 年 8 月 9 日確認)、公開にむけたサポート体制も確 395 立されている。これらのシステムは、共にデータ記述フォーマットについて国際的 396 な生物データ標準形式の一つであるDarwin Core(三橋 2010; 大澤ほか 2011)を 397 採用しており、他データとの組み合わせが用意である等、高い利用性が保証されて 398 いる。なお、いきものログによって公開されたデータは、将来的に GBIF ネットワ 399 ークからも公開されるようになる見込みであり、これらシステムから日本語で公開 400 されたデータ類は、国際化(英語化)された上で一元化されると言ってもよい。 401 402 4-2. データ公開に際したインセンティブの有効利用 403 いきものログやS-Net 等、データを公開できる媒体があったとしても、それ 404 自体に何かしらのインセンティブが発生しないとデータ公開は進まない。この状況 405
に対して始まった仕組みの一つが、データそのものを査読付き論文として公表する 406
形式であるデータペーパーである(Chavan and Penev 2011; 大澤・岩崎 2016)。 407 しかし、新しい制度であるデータペーパーは評価が定まらず、必ずしも研究者にと 408 って魅力的なインセンティブになりきっていないのが現状である(大澤ほか 2016)。 409 一つの根拠として、Ecological Research に掲載されたデータペーパーは 2013 年か 410 ら2015 年までの間、毎年 2 編のみと(http://www.esj.ne.jp/er/datapaper.html 2016 411 年8 月 9 日確認)、その出版数は多くない(ただし 2016 年は 8 月現在で 4 編が掲載 412 されており、徐々に興味を持つ研究者は増えてきていると思われる)。この仕組み 413 を有効に活用するアイディアとして、原著論文とデータペーパーを同時に出版する 414 ことを薦めたい。近年、論文に利用したデータを一緒に公開することを求める雑誌 415 は増えてきているが(例えば PLOS 416 http://journals.plos.org/plosone/s/data-availability 2016 年 8 月 9 日確認)、原著論 417 文を公表する際に取得した全てのデータを使うことは多くないだろう。そこで、原 418 著論文で利用しなかったデータを含めたデータセットをデータペーパーとして公 419 表するのである。実際、筆者は原著論文と、そこで利用したデータを含めたデータ 420 セットについてのデータペーパーを個別に公表した事例を既に 3 件実施している 421
(大澤・猪原 2008 と Osawa 2013; Osawa et al. 2013 と Osawa et al. 2015; Osawa 422 2015 と大澤・和田 2016 それぞれ前者が原著論文、後者がデータペーパー)。この 423 うち生物データに関わるものについてはGBIF ネットワーク上での公開も実施し 424 た(http://www.gbif.org/dataset/9dbb55ce-0b38-4468-9172-40c8481edd2a 2016 年 425 8 月 9 日確認)。これにより、原著論文のみであったら 3 本の論文を公表するに留 426 まっていたであろう研究テーマが、さらに 3 本のデータペーパーと国際データベー 427
スへの貢献という成果を挙げることができ、一石二鳥、いや、一石三鳥となった。 428
なお、GBIF ネットワークではデータセット自体に Digital Object Identifier (DOI) 429 が付与され、利用の際にはその明記が求められるため、データセットがデータペー 430 パーとして公表されていなくても、引用の追跡や引用数のカウントが可能になって 431 いる。同様の仕組みは研究データや図表を公開する仕組みである 432 figshare(https://figshare.com/ 2016 年 8 月 9 日確認)等でも実装されており、デー 433 タ公開に対する新しいインセンティブに発展していく可能性がある。 434 435 4-3. Sleeping data の発掘利用と再公開 436 生物データの素材となりうる媒体、例えば古い標本や観察記録の多くは、そ 437 の存在すら知られずにしまいこまれている(GBIF Secretariat 2012)。さらに加える 438 なら、終了したプロジェクトによる論文化されていない調査データ、過去の卒論や 439 修論のデータ等も多くも非公開のまましまいこまれている(大澤ほか 2014; 大澤 440 ・岩崎 2016)。当然、これらの大部分は保全科学で利用可能な状態にない。これら 441 Sleeping data を発掘し、利用可能な形にすることは分類群、空間、時間全てのギ 442 ャップ全てを埋める上で重要である(GBIF Secretariat 2012)。特に今から取得でき 443 ない過去のデータを入手するためには、これらを利用するしかない。 444 公開データベースから取得したものや生物目録等、既存データを再利用した 445 研究自体は珍しいものではなくなってきたが(例えば Katayama et al. 2014; 446
Osawa et al. 2011; Osawa et al. 2013; Yoshioka et al. 2014)、これらの多くは研 447
究利用しやすいように既に整備されたものを活用しており、自身でデータを再整備 448
している例は多くない。しかし、面倒がらずに Sleeping data の再整備を実施する 449 ことで、過去のデータ等、貴重なデータが利用可能になる。これは研究の独自性に 450 も繋がるだろう。例えば筆者らは、公表されたオサムシ科昆虫の標本目録(吉武ほ 451 か 2011)に記載されたラベル情報から採集年代、採集位置の情報を読み取って過去 452 の分布データを作成し、自身らで収集した現在の分布データと重ね合わせることで、 453 限られた生物データから安定的なハビタットが存在する条件を検討するという研 454
究を行った(Osawa et al. 2014)。Sleeping data の再整備は非常に時間も手間もか 455 かる作業であるが、研究データの取得が目的であることを考えると、フィールド調 456 査と同等に重要な作業であり、実施する価値は十分にあると筆者は確信している。 457 なお、この研究で整備したデータも既に一部はGBIF 上で公開されており 458 (http://www.gbif.org/dataset/cfbe2e7b-6e3f-4b40-96f9-07bc23a3f822 2016 年 8 月 459 9 日確認)、残りもデータペーパー化を進めているところである。 460 職業的な研究者ではないアマチュアによって収集された標本や観察データ 461 も、貴重で有力なデータリソースである。これらを研究等で利用可能な形に再整備 462 し、公開していくことは、自然史研究の推進はもちろん、データギャップを埋めて 463 いく上でも極めて重要な取り組みと言える。自然史博物館では、アマチュアらによ 464 って寄贈された標本コレクションの整理は重要な業務となっている(渡辺 2016)。 465 筆者が勤務する農研機構・農業環境変動研究センター・昆虫標本館においても、毎 466 年多数の標本寄贈を受け、その整理を行っている。ただし、これも継続するための 467 予算が十分とは言えないという問題がある(渡辺 2016)。 468
最近では、Web や SNS 等を活用し、アマチュアらの手によって生物の分布 469 データ等を収集する手法も珍しくなくなってきた(宮崎 2016)。こういった、いわ 470 ゆる市民参加型の調査は、普通種のデータ収集に向いている可能性が指摘されてお 471 り(大澤ほか 2013; 大澤・和田 2016)、得られたデータを先述の公開データベース 472 等を通じて公開していくことで、データギャップの解決に大きく貢献する可能性を 473 持っている。ただし、標本、観察情報のいずれについても、論文等になることやデ 474 ータベースへの貢献等、研究者にとってのインセンティブは、必ずしも収集したア 475 マチュアの方々にとってのインセンティブになるとは限らない点に注意する必要 476 がある。現実問題として、データギャップの解消に向けた取り組みという目的自体 477 は、アマチュアにとってのインセンティブにはなりにくいだろう。データの入手に 478 固執し、アマチュアからのデータ搾取とも取られかねないような体制は避けなけれ 479 ばならない(宮崎 2016)。 480 481 4. おわりに 482 保全科学におけるデータギャップについて日本の現状についての概観およ 483 び対応の現状を述べてきたが、既に多くの問題や解決案については既知となってい 484 ると言ってもよい状態である(大澤ほか 2016)。時間はかかるかもしれないが、保 485 全科学に興味を持つ研究者、実務者ひとりひとりが少しずつデータの共有化に向け 486 た取り組みを実践することで、データギャップは徐々に埋まっていくと期待できる。 487 残された課題は、それら取り組みを保全科学に興味がある研究者、実務者ほか様々 488 な立場の人間が実践するような「文化」を形成していくことである(GBIF 489
Secretariat 2012; 大澤ほか 2016; Secretariat of the Convention on Biological 490 Diversity 2014)。武田(2011)は、日本では個人、研究室、団体、プロジェクト単位 491 での収集といったデータの規模に関わらず、原則として研究データは非公開という 492 「文化」が存在すると指摘している。実際、日本の生態学者の多くは、自身がフィ 493 ールドで集めたデータを公開することにも、他人が集めたデータを利用することに 494 も、まだまだ抵抗感を持っていると指摘されている(大澤ほか 2014)。とはいえ、 495 オープンデータに関する注目(大澤ほか 2014; 大澤・岩崎 2016)や Ecological 496 Research に掲載されたデータペーパーの増加等、状況は徐々に変わりつつある(大 497 澤ほか 2016)。データギャップを埋めるための近道は存在しないため、保全科学に 498 興味を持つ研究者、実務家、市民科学者が全員で少しずつ貢献すること、それを実 499 現できるような「文化」を構築していくことが、課題の解決に向けてもっとも重要 500 なことである。今後もこの実現に向けた取り組み、議論は継続していきたい。 501 502 503 謝辞 504 本稿をまとめるにあたり、多くの方の協力を得た。特に、シンポジウムの共 505 同企画者である天野 達也氏、赤坂 宗光氏、シンポジウムの演者である石濱 史子 506 氏、大澤 隆文氏、高川 晋一氏らとの議論は極めて有意義なものであった。S-NET 507 のデータ集計には、国立科学博物館、GBIF 日本ノード JBIF ノードマネージャ 508 ーの細矢 剛氏および JBIF メンバーの協力を得た。国立科学博物館の中江 雅典氏、 509 神保 宇嗣氏には草稿をご覧いただき、有益なコメントをいただいた。ここに記し 510
て謝意を表する。なお、本稿の内容はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表 511 示 - 継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)によってオープンデータとしてライセンスし、 512 ライセンスに従う限り自由な利用を保証することを宣言する。 513 514 515 引用文献 516
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図の説明 673 674 図1. いきものログのテーマ別検索結果の例 675 676 図2. GBIF による全データの主要な分類群、データタイプの内訳 677 678 図3. サイエンス・ミュージアム・ネットで閲覧できるレコードの例。(a)は種名で 679 検索した結果で、ここからデータのダウンロードや地図表示ができる。 680 (b)は個別レコードを表示した画面。 681 682 図4. サイエンス・ミュージアム・ネットにおいて位置情報を持つレコードについ 683 て地図表示したもの。灰色は 3 次メッシュ、黒点は緯度経度情報を意味する。 684 両方の値が入っていたレコードについては、メッシュ、点の両方を表示している。 685 686 図5. サイエンス・ミュージアム・ネットにおいて採集年代が入っていたレコード 687 を5 年おきのヒストグラムで表示したもの。 688
動物界 2041158 155796 66079 60197
植物界 1864133 73667 16958 9323