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足利市立中学校生徒の就労に係る死亡事故に関する調査報告書

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第3部 中学生就労死亡事故及び生徒就労に関する学校及び市教委

の事後対応とその検証

第1章 中学生就労死亡事故及び生徒就労に関する学校及び市教委の事

後対応

第1節 本件事故後のA中学校の事後対応、経過 第 1 部第 2 章で述べたとおり、平成 24(2012)年 8 月 6 日、黒保根中学校体育館 の耐震工事現場において、生徒Aが崩落した壁の下敷きとなり、翌 8 月 7 日午前 9 時 20 分、搬送先の前橋赤十字病院で亡くなった。生徒Aが在籍していたA中学校にお ける事後対応についての概略は、以下のとおりである。 別表 ________________________________ A中学校の事後対応の経過一覧 平成 24(2012)年 8 月 6 日 午後 5 時過ぎ 桐生警察署から学校に連絡が入る。 連絡を受けた学校が両親に連絡したが、既に父親は病院に向かっ ていた。 そのため、校長を含め、教職員 8 人が病院に向かうとともに、職 員室には、他の多くの教職員が待機した。うち 3 人の教職員は、 緊急のことに備えて学校に宿泊した。 8 月 7 日 午後 7 時 生徒Aの死亡を受けて、緊急 PTA 本部役員会を開催し、事故の 概要を説明した。説明をした校長は、生徒Aの就労について、 「保護者の申し出による職場体験」と説明した。 8 月 8 日 午前 8 時 30 分 午後 5 時過ぎ 午後 7 時 緊急全校集会を開催し、黙とうを捧げるとともに、全生徒へ事 故の概要を説明した。命の大切さなどを訓示した。 校長、教職員が生徒Aの自宅を弔問した。 緊急保護者会を開催し、黙とうを捧げるとともに、事故の経過 を説明した。説明を担当した校長は、本件事故について、「生

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徒Aは、保護者の申し出による職場体験学習を、太田市内の会 社で行っていました。」、「生徒Aは、8 月 6 日、桐生市立黒保 根中学校の耐震工事現場で職場体験中、午後 2 時 38 分頃、落下 したコンクリートに挟まれました。……様々な措置がほどこさ れましたが、7 日午前 9 時 22 分、搬送先の病院で死亡しました。」 などと説明した。この他に、学校は、生徒の心のケア支援のた めに、保護者に対してスクールカウンセラーを紹介した。 8 月 9 日 午前 9 時 午後 5 時 16 分 教頭、学年主任、担任が生徒A宅を弔問した。 市教委より、『職場体験』という記載は、文部科学省の進める 『職場体験』と同じ表現になり、適切でないとの指導を受けた。 その後、教務職員を中心に、市教委から調査依頼のあった「保 護者の申し出による就労体験の実施状況」調査について回答を 作成した。 8 月 10 日 市教委に対して「保護者の申し出による就労体験の実施状況」 を回答した。また、平成 15(2003)年度から平成 24(2012)年 度までに就労体験を行ったと思われる 17 人の生徒のリストを提 出した。 8 月 11 日 教職員 2 人が、市教委・県教委合同の聴き取り調査(午前中は、 市教委単独)に応じた。 聴き取り内容は、生徒A、生徒Bの職場体験の経緯、学校対応 など。その後、校長をはじめとする教職員や生徒、保護者が、 生徒Aの通夜に参列した。 8 月 12 日 市教委から、翌朝までに県教委に報告書を提出するため、生徒B と保護者に対して、平成 24(2012)年 5 月 23 日以降の就労につ いて、学校側が直接聴き取りして報告するようにという指示を受 け、生徒Bの聴き取り調査を行った。 生徒BがP社に就労した経緯、生徒BにP社を紹介した卒業生 のこと、就労時期や就労内容、生徒Aが就労に至る経緯などに ついて聴き取りをした。生徒Bは、「普段はペットボトル等の 回収や分別作業が中心で、工事現場に行くのは、同年 8 月 6 日 が初めてだった。」と答えた。 校長をはじめとする教職員や生徒、保護者が生徒Aの告別式に 参列した。 8 月 13 日 市教委教育長宛て「学校事故について(報告)」を提出。平成 24(2012)年 8 月 9 日の市教委による指導や、生徒Aが一日 5,000

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円の賃金を受け取っていたことを受けて、生徒Aの就労につい て、「太田市内の会社で就労の体験を行っていた」と記載した。 また、今後の生徒の心のケアに向けてスクールカウンセラーの増 員などを市教委と相談した。 8 月 14 日 午後 2 時 55 分 市教委から、生徒Aの平成 24(2012)年 7 月 26 日から同年 8 月 5 日までの就労について調べるよう指示を受けた。 学校側が生徒Bに聴き取りをし、夏休み中の生徒Aと生徒Bの就 労について確認し、生徒A、生徒Bともに同年 7 月 27 日から同 年 8 月 6 日まで、一緒に就労していた事実を確認した。 8 月 17 日 午前 11 時 生徒Bの担任と学年主任が生徒Bの家庭訪問を行う。生徒Bの生 活状況を確認するとともに、平成 24(2012)年 6 月の面談の内 容の確認などを行った。 8 月 19 日 市教委の依頼で■■■■■■の聴き取り調査を行った。 聴き取り内容は、■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■など。 市教委の依頼で、学校(校長、教頭、担任)と市教委(教育次長) とで弔問。焼香後に、教育次長が、生徒Aの両親に対して、同年 7 月 26 日の三者面談の内容を確認した。なお、市教委は、A中 学校校長に対し、生徒Aの両親から直接聴き取りをしないように 指導をしたため、A中学校教職員は、遺族からの聴き取りは行わ なかった。 8 月 22 日 教職員 3 人が、市教委の聴き取り調査に応じた。(市教委による 聴き取り調査の概要は、後述) 8 月 23 日 スクールカウンセラーを講師に招き、新学期からの生徒の心のケ アについての研修を行った。 8 月 30 日 学校評議員会を開催した。事件の概要や事後対応、今後の取組等 を説明した。 8 月 31 日 生徒Bが登校した。担任や学年主任が 2 学期に向けての話をし た。 この後、生徒Bに対しては、修学旅行、文化祭、合唱コンクール など各種行事への参加を促しつつ、クラスメイトとの関係づくり に配慮しながら指導を継続した。 また、■■■■■■■■■

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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■担任らが面談するなどして生徒Bの心のケアに努めた。 9 月 2 日 午後 1 時半頃 校長が黒保根中学校に焼香のため訪問した。立ち会った生徒Aの 母親に、「修学旅行に気持ちとして一緒に連れて行きたい。」と 申し出た。 9 月 3 日 全学年に「こころの健康調査」を行い、生徒の状況を把握した。 アンケート結果をもとに 2 人の生徒がカウンセリングを受けた。 保護者宛て「8 月 6 日の事故に係わる対応と労働基準法について」 と題する文書を配布した。 9 月 7 日 生徒Aの担任が、弔問した。以後、担任は、毎月命日に弔問して いる。 9 月 10 日 PTA本部役員会を開催した。事故後の対応等について説明する とともに、今後の対応についての意見を求めた。PTA役員から は、個々の生徒に積極的に声がけをして欲しいとの意見が出され た。 9 月 11 日 市教委による聴き取り調査(教職員 5 人)が実施され、生徒A、 生徒Bの面談時などの事実経過を確認された。 その後、教頭、学年主任、担任、教育次長が、生徒Aの自宅を訪 問した。あらかじめ、遺族に対しては、「平成 24(2012)年 9 月 12 日から実施される修学旅行に持って行くための生徒Aの写 真と名札を預かりたい」と訪問理由を説明していた。しかし、市 教委の教育次長が弔問した目的は、下野新聞の報道内容とA中学 校の報告内容とに齟齬があったため、事実関係を確認するためで あった。なお、事実関係の聴き取りは、A中学校の教職員は行わ ず、教育次長のみが行った。 平成 25(2013)年 3 月 9 日 卒業式で、生徒Aの両親に卒業証書を授与した。 ______________________________________

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第2節 本件事故後の市教委の事後対応、経過 1)市教委による事後対応の経過概要 市教委は、平成 24(2012)年 8 月 7 日、市長、副市長、市議会議員、教育委員宛 てに、本件について、教育長名で FAX で事故報告を行った。その報告書では、「事故 の状況」について、生徒Aの死亡事故は、「保護者からの申し出による職場体験中」 と記載し、「今後の対応」については、「臨時校長会議」の開催と当該A中学校に対 する生徒の「心のケア」への指示を行ったと記載していた。なお、臨時校長会議は、 市内児童生徒の指導のための「校長への指導」が目的であった。 同月 9 日には、教育次長が生徒の就労状況などP社社長から聴き取りを行うととも に、各中学校校長宛てに、「保護者の申し出による職場体験の実施状況について」の 調査を依頼した。県教委は、同日に「児童生徒のアルバイト就労について」(学教 628 号)通知し、違法性のある就労と「職場体験」との混同を戒めた。翌 8 月 10 日、 文部科学省も県教委の報告を受けて、本件事故は「職場体験に該当せず」とのコメン トを出した(読売新聞)。同日、東京新聞等が、県外を含む複数の中学校の中学生約 20 人が雇用されていると報道し、翌 8 月 11 日には、市教委、県教委合同の聴き取り 調査が行われた。県教委からは、「(1) 就労がいつ頃、誰が、どのような目的で始め たのか。(2) 学校が斡旋した事実があるのか。(3) どうして就労が続いてきたのか。」 について調査が求められたこともあり、これ以降、生徒就労に関して、市教委として も本格的な調査を行い、これ以降、その調査結果を市議会に対して、下記のとおり 3 回報告した。 同月 14 日には、県教委とともに、文部科学省へこれまでの概要を報告し、各小中 学校校長宛てに、保護者向け文書「労働基準法(第 6 章年尐者)」を送付した。また、 関連して、同月 16 日には、各小中学校校長宛てに、同月 9 日付けの県教委通知「児 童生徒のアルバイト就労について(通知)」及び「保護者向け資料」を配布し、全教 職員と保護者全員に周知した。 なお、文部科学省は、同年 10 月 26 日に、「学齢児童生徒の就労に係る労働基準関 連法令の周知について(依頼)」(24 文科初第 819 号)を通知し、本件事故は、法 令で禁じられた「工業的事業の係る職業に従事していた中学生」の死亡事故であり、 「在籍する中学校において、生徒 2 名に法の規定に反する就労の実態があったにもか かわらず、……『職場体験』と称して認めることができると誤認」したこと、うち 1 名は「修学時間内に就労するという不適切な状態を改善することができなかった」と 断定した。

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<8 月 20 日市議会への第 1 回経過報告> 平成 24(2012)年 8 月 19 日 翌日の市議会への報告のため、教育次長がその内容確認を求め て遺族宅訪問。 8 月 20 日 市議会全員協議会において「市立中学校生徒の夏休み中におけ る事故について」と題する経過を報告。同日、この報告に関す る記者会見を行った。 その後 8 月 22 日から 11 月 22 日まで、市立中学校 4 校の関係者 32 人(就労していた生徒や退職した教員も含む。)の面談・電 話による聴き取り調査を実施。この間、P社社長からも 1 度の 聴き取りを行った。 9 月 4 日 定例校長会議を開催し、『職場体験の趣旨徹底』、『長期欠席 児童生徒調べ』の『出席の督促』の通知、『年尐者労働基準』 等の留意点について指導を行った。 9 月 10 日~12 日 平成 24(2012)年第 4 回市議会定例会 一般質問で答弁 9 月 11 日 下野新聞が両親「職場体験聞いていない」との見出しで、市教 委の認識と遺族の認識との齟齬について報道。調査報告と食い 違う点について「学校に再度調査し、確認したい」という市教 委のコメントが掲載された。同日、学校関係者の弔問にあわせ て、教育次長が遺族宅訪問。 9 月 14 日 定例教頭会議の開催。 <9 月 24 日市議会への第 2 回経過報告と第三者調査委員会の設置に関する決議> 平成 24(2012)年 9 月 24 日 市議会全員協議会に「市立中学校生徒の夏休み中の事故に係るそ の後の調査経過について」を報告。 同日、市議会は、市教委の調査が不十分であるとして、「市長の 附属機関としての第三者調査委員会を設置」し、「客観的かつ徹 底した実態解明」を求めた決議案(9 月 21 日提出)を採択。 <11 月 20 日市議会への第 3 回経過報告> 平成 24(2012)年 11 月 20 日 市議会全員協議会へ本件の調査結果を報告。 「市立中学校生徒の夏休み中の事故に係る調査結果について」 (学校教育課)において、前回報告したアルバイト就労生徒 9 人

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に新たに 6 人を追加(合計 15 人)。記者会見での指摘を受けて、 11 月 21 日、22 日に追加調査。 (11 月 30 日 平成 24(2012)年第 5 回市議会定例会「足利市立中学校生徒の就労に 係る死亡事故に関する第三者調査委員会設置条例案」上程、12 月 19 日市議会定例会、 同条例案を全会一致で議決、12 月 20 日同条例の公布、同日施行) 平成 25(2013)年 2 月 28 日 3 月 11 日 教職員 1 人への確認の再調査。 教職員 1 人への確認の再調査。 2)遺族に対する市教委の事後対応 以下では、市教委の遺族に対する事後対応について、事実経過を明らかにする。 (1) 平成 24(2012)年 8 月 19 日、教育次長は、A中学校の校長、教頭、生徒Aの担 任が弔問するのと合わせて、遺族宅を訪問した。市教委が遺族宅を訪問した理由は、 翌日の市議会へ本件の報告をする前に、遺族の確認を取るためだった。 遺族は、同日について、学校側が弔問に来ると聞いていたところ、直前になって、 学校から市教委も一緒に行くという連絡を受けた。事前に市教委からの訪問依頼は なかった。 市教委は、これまで遺族の気持ちを察してすぐに訪問しなかったが、そろそろ報 告をしなければならないので、確認したいことがあると述べた。教育次長は、口頭 で報告書の内容を説明した。 遺族は、この時、市教委から事実についての確認をされたことはなかったと述べ ている。 (2) 平成 24(2012)年 8 月 20 日、市教委が市議会全員協議会に提出した報告書「市 立中学校生徒の夏休み中における事故について」には、「1. 事故の概要」として、 「生徒Aと生徒Bは、主に空き缶などを分別作業する『職場体験』を太田市内のP 社で行っていました。」との記載があった。 また、同報告書には、「2. 『職場体験』に至る経緯について」の中で同年 7 月 26 日に実施された生徒Aの三者面談(生徒A、生徒Aの母親、担任)の内容の記 載があり、その中には、担任が「働くことはまずい」と指導したという記載があっ た。

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また、同「2. 『職場体験』に至る経緯について」の中で、同月 5 日、生徒Bに ついては、「教頭が教育委員会に、保護者からの申し出に基づき校長も承認し、P 社で『職場体験』をしていることを報告した」と記載されていた。他方、生徒Aに ついては、上記のとおり、「教頭が、教育委員会に概要を報告した」との記述のみ であり、「保護者からの申し出」、「職場体験」との記載はされていなかった。 (3) 遺族は、平成 24(2012)年 8 月 20 日の市議会全員協議会における報告が行われ た後になって、新聞記者から、「市立中学校生徒の夏休み中における事故につい て」とほぼ同内容の記者会見資料を渡された。 同資料には、担任が「働くことはまずい。」と言ったという記載や、生徒Aと生 徒Bが「職場体験」を行っていたという記載があったため、遺族は市教委の報告に 疑念を抱いた。 同月 24 日、遺族は、遺族代理人(■■■■■■■■■)との面談の際に、上記 の点について、問題であると指摘していた。 ただし、当時は、それ以上にP社への不信感が強く、市教委に対して申入れを することはなかった。 (4) 平成 24(2012)年 9 月 11 日、下野新聞に「職場体験聞いていない」との見出し で本件に関する記事が掲載された。 同新聞記事には、遺族が、担任から「働くことはまずい」との指導を受けていな いと述べていること、「職場体験という言葉を聞いていない。」と述べていること、 「生徒Aの職場体験を学校に申し出ていない。」と述べていること等が記載されて いた。 (5) 平成 24(2012)年 9 月 11 日、教育次長は、下野新聞の記事の内容を確認するた めに、弔問に訪れるA中学校校長、教頭、学年主任に同行し、遺族宅を訪問した。 遺族は、修学旅行に持って行く生徒Aの写真や名札を渡す約束でA中学校の教員 の訪問を受けることは了承していたが、教育次長が訪問することについては、直前 に学校から、市教委も連れて行く旨の連絡を受けて知った。市教委から、直接の訪 問依頼はなかった。 遺族は、教育次長が訪問した理由を理解しないまま教育次長の問いかけに対応し ていた。遺族によれば、このとき、教育次長に対して、「働くのはまずい」という 指導を受けた覚えがないことや、遺族から「職場体験の申入れをしたことはない」 ことを述べた。 一方で、市教委は、生徒Aが働きに行っていたということは、生徒Aの両親が就 労を黙認していたということだと判断した。そして、黙認していたのであれば、親

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が希望しているということであり、「保護者の申し出」があったと理解できると捉 えた。 (6) 遺族は、市教委が突然自宅を訪れたこと、遺族が話をした直後に、遺族の認識と 異なる話が市教委の報告として発表されたこと等から、市教委との接触に対して不 安感を抱いた。そのため、遺族は、遺族代理人に対して市教委との関係を相談した。 (7) 平成 24(2012)年 9 月 18 日、遺族代理人は、市教委が突然遺族宅を訪問するこ とを回避させることを目的として、足利市役所(経営管理課を通して市教委)に対 して、「市教委が遺族を訪問する際には、必ず遺族代理人を通してほしい。」との 要望を電話(口頭)で伝えた。 (8) 足利市役所の職員から遺族代理人の要望を聞いた市教委は、「遺族に会えなくな ってしまった」と認識した。 (9) 平成 24(2012)年 9 月 24 日、市長(当時)が事前に遺族の了承を取ることなく、 突然、「どうしてもお線香を上げたくて。」ということで、遺族宅を訪問した。遺 族は、当初、市長が個人的な気持ちで訪問したものと受け取った。しかし、市長は、 遺族に対して第三者調査委員会の設置を決めたことを話し、「どう思われますか。」 と聞いたため、遺族は違和感を持った。このことも、市教委への不信感と重なり、 足利市への不信感を強める結果となった。 (10) 教育長によれば、就任直後の平成 24(2012)年 10 月、教育長は遺族宅への弔 問を希望し、市役所職員を通して遺族代理人に申入れをしたが、遺族代理人から拒 絶されたという。 なお、遺族代理人は、教育長の同月の申入れについては記憶していない。 遺族代理人の保存記録によれば、教育長が遺族宅への弔問を希望したのは、平成 25(2013)年 2 月 7 日である。教育長は、学校を通して、遺族宅訪問を要請した。 学校の職員から連絡を受けた遺族は、一度は教育長の訪問を了承したが、その後、 市教委に対する不安感が拭えなかった遺族は、遺族代理人に対応を相談した。遺族 代理人は、遺族が市教委に対する不安感を払拭できていないこと、遺族代理人に申 入れをしてほしいという要請を無視されていることなどから、弔問を受け入れるこ とになれば再び事前の告知なく聴き取りを実施されるおそれがあると考え、教育長 の弔問を受けないことを進言した。そこで、遺族は、学校へ断りの連絡をした。 市教委が、遺族代理人を通さなかったのは、儀礼的な弔問まで代理人を通す必要 はないとの判断に基づくものだった。

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(11) 平成 25(2013)年 7 月 22 日、市教委は、本件事故について「保護者からの申 し出による職場体験中」の事故であると記載した最終報告書を公表した。 市教委は、遺族には最終報告書を交付せず、遺族は、最終報告書の内容を遺族代 理人から知らされた。 (12) 平成 25(2013)年 8 月 7 日、生徒Aの一周忌に、市長、本調査委員会委員長・ 副委員長、教育長が遺族宅を弔問することになった。しかし、教育長の弔問は拒否 され、市長、本調査委員会委員長、副委員長のみでの弔問となった。 なお、本調査委員会委員長が、同日遺族に最終報告書を手渡そうと市教委にあら かじめ打診したところ、「市教委としては、公式に遺族に渡していないため、委員 長からは『概要版』を渡してほしい。」との要請があり、当日は、概要版を手渡し た。 (13) 教育長によれば、平成 25(2013)年 8 月 27 日、本件事故について訴訟に入っ たことから、教育長は、訴訟に関する情報提供を求め、遺族代理人に面談を申し入 れ、遺族代理人の事務所において、訴訟に関することや遺族と市教委とのこれまで の関係について話し合った。 一方、遺族代理人によれば、教育長の訪問の目的は、市教委が遺族と面会できな い理由を尋ねるものだったと述べている。 第3節 生徒就労、「職場体験」に関する市教委の調査の経過 本節では、生徒就労、「職場体験」に関する市教委の調査の経過について述べる。 1)各中学校校長宛て「保護者の申し出による職場体験の実施状況について」調査 平成 24(2012)年 8 月 9 日、市教委学校教育課長から各中学校校長宛てに、「保 護者の申し出による職場体験の実施状況について」の調査を依頼し、5 つの中学校か ら 28 人の生徒について報告された(ただし、就労のみではなく、第 2 部第 2 章で述 べた「職場体験的活動」についての報告を含む。)。 また、翌 8 月 10 日に新聞で過去 7、8 年前から、P社で 4 つの中学校、約 20 人の 生徒の雇用があったと報道された。 同月 20 日、市教委は、市議会全員協議会における経過報告で、報告のあった 28 人 の生徒に対する該当中学校への聴き取り調査、新聞報道のもとになったP社への聴き 取りなどから、足利市内 17 人(A中学校■人、B中学校■人、C中学校■人、D中 学校■人)、市外 3 人を特定し報告した。この 17 人については、内部資料として、

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「保護者の申し出による職場体験の実施状況について」として一覧表を作成した。そ のうち生徒A、生徒Bを含めてA中学校の 4 人を「確実な生徒」とし、残りの 13 人 は「事実がはっきり確認できない生徒」とした。なお、調査結果としては、「職場体 験」の実施状況について「情報に憶測の域を越えないものが多々見受けられることか ら、断定するまでに至らなかった」と報告していた。 同年 9 月 24 日には、市教委は、市議会全員協議会において「市立中学校生徒の夏 休み中の事故に係るその後の調査経過について」を報告した。そこでは、市教委の聴 き取りなどにより、先の 17 人の一覧表のうち 9 人(A中学校■人、B中学校■人、 C中学校■人)について「就労の事実が把握できた。」とした。 その後も聴き取り調査が継続されて、同年 11 月 20 日には、市教委は、市議会全員 協議会において「市立中学校生徒の夏休み中の事故に係る調査結果について」を報告 した。そこでは、前回報告したアルバイト就労生徒 9 人に生徒への聴き取りから新た に 6 人の該当者が加わり、「合計 15 人の生徒の就労事実を確認できた。」とした。 この生徒就労状況の調査結果は、平成 25(2013)年 7 月の市教委の最終報告書に 再録された。 2)聴き取り調査 以上の生徒就労、「職場体験」に関する実施状況の具体的な把握のために、市教委 は、平成 24(2012)年 8 月 9 日以降、同年 11 月 22 日まで 3 回にわたる聴き取り調 査を行った。この点について、市教委の最終報告書では、「今回の報告に当たりまし ては、教育委員会内に検討組織を設置し、これまでの 3 回にわたる調査結果をもとに 内容を整理しました。」と記載されている。 市教委の最終報告書の端書に記載された「3 回にわたる調査」とは何を指すのか。 平成 24(2012)年度、平成 25(2013)年度とも調査委員会メンバーであった教育次 長(当時)の聴き取りから、市議会全員協議会への経過報告を出す時期を節目として、 以下の 3 期の調査を指すことが確認できた。 平成 24(2012)年 (1) 第 1 期調査 事故後(実質的には、8 月 9 日の聴き取りから)8 月 20 日まで (2) 第 2 期調査 8 月 21 日から 9 月 24 日まで (3) 第 3 期調査 9 月 25 日から 11 月 22 日まで(平成 25(2013)年 2 月 28 日、3 月 11 日=再確認としての「調査」) 以下、その調査活動を中心にして、当時の状況を時系列で別表に記した。

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別表 ______________________________________ <第 1 期> 平成 24(2012)年 8 月 6 日 午後 2 時 38 分頃 黒保根中学校体育館耐震工事現場で事故発生。 8 月 7 日 市教委、市議会議員宛てに、「保護者からの申し出による職場 体験中の死亡事故」として報告。 8 月 9 日 市教委、生徒の就労状況などP社社長から聴き取り。 市教委、各中学校校長宛てに「保護者の申し出による職場体験 の実施状況について」の調査を依頼。 8 月 10 日 東京新聞、「社長、「中学生 20 人雇う」」と報道。 読売新聞、「職場体験に該当せず」「文部科学省 中学側の説 明認めず」と報道。 8 月 11 日 県教委合同:聴き取り調査(教職員 2 人) (生徒A、生徒Bが「職場体験」をするに至った経緯、学校対 応など) 8 月 12 日 A中学校が聴き取り調査(生徒B) 8 月 14 日 A中学校が聴き取り調査(生徒B) 8 月 19 日 ■■■■■■への聴き取り調査を実施。その後の学校関係者の 弔問に合わせて市教委も遺族宅訪問し、翌日の市議会への報告 内容について口頭で確認(教育次長)。 8 月 20 日 市教委、市議会全員協議会に対し報告書「市立中学校生徒の夏 休み中における事故について」を提出。以下のような内容の記 載あり。 ●生徒A、生徒Bの「職場体験」の経緯、生徒Bの聴き取り結果 ●「平成 14(2002)年度以降において、市教委に「職場体験」 の事例の連絡があったのは今年度が初めてである」(5 ページ) ●アルバイト報道(東京新聞等)20 人の内訳 A中学校■人、B中学校■人、C中学校■人、D中学校■人 計 17 人 (太田市、桐生市 2、3 人―東京新聞) ●「保護者の申し出による職場体験の実施状況」の調査結果 中学校 11 校へ調査依頼。上記 4 校と足利市立■■■■■(E 中学校)から情報を得るが、「(情報に)憶測の域を越えな い…断定するまでに至らなかった。」(6 ページ)

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______________________________________ <第 2 期> 平成 24(2012)年 8 月 22 日 市教委、聴き取り調査(教職員 3 人) 8 月 23 日 市教委、聴き取り調査(教職員 4 人) 8 月 25 日 市教委、聴き取り調査(教職員 9 人) 8 月 27 日 市教委、聴き取り調査(教職員 2 人) 市教委、電話聴き取り(教職員 3 人) 8 月 28 日 市教委、聴き取り調査(教職員 3 人) 市教委、聴き取り調査(企業 1 人) 9 月 11 日 下野新聞、(両親は)「職場体験聞いていない」と報道。市教 委の認識と遺族の認識に齟齬がある部分について「学校に再度 調査し、確認したい。」と市教委がコメント。 市教委、聴き取り調査(教職員 5 人) 下野新聞記事に関する確認のため、学校関係の遺族弔問に合わ せて遺族訪問(学校側は、教頭、学年主任、担任。市教委側は、 教育次長)。 9 月 19 日 市教委、聴き取り調査(教職員 2 人) 9 月 24 日 市議会、市教委の「任意調査の限界」を指摘し、「市長の附属 機関としての第三者調査委員会の設置」を提案し、「客観的か つ徹底した実態解明」を図るよう決議文を提出し、採択された。 市教委、市議会全員協議会において、その後の報告「市立中学 校生徒の夏休み中の事故に係るその後の調査経過について」を 行った。 ______________________________________ <第 3 期> 平成 24(2012)年 10 月 22 日 市総務部、市議会全員協議会において、第三者調査委員会概要 の報告を行った。 10 月 27 日 市教委、聴き取り調査(元生徒 1 人) 10 月 30 日 市教委、聴き取り調査(元生徒 2 人) 11 月 20 日 市教委、市議会全員協議会において、「市立中学校生徒の夏休み 中の事故に係る調査結果について」の報告を行った。

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平成 24(2012)年 11 月 21 日 市教委、電話聴き取り(教職員 1 人) 11 月 22 日 市教委、電話聴き取り(教職員 1 人) 12 月 19 日 市議会定例会 同条例案を全会一致で議決 平成 25(2013)年 2 月 28 日 市教委、聴き取り調査(実質事実確認)(教職員 1 人) 3 月 11 日 市教委、聴き取り調査(実質事実確認)(教職員 1 人) ______________________________________ 3)調査・検討組織 市教委における本件事故の検討組織に関しては、市教委の最終報告書の巻末に「市 立中学校生徒の夏休み中の事故に係る調査委員会」と記され、構成メンバーは、以下 の 8 人とされている。 平成 25(2013)年度 ①教育次長(平成 24(2012)年度学校教育課長)、②教育総務課長、③文化課 長、④教育総務課総括主幹、⑤学校教育課管理主事A、⑥学校教育課指導主事、 ⑦教育研究所次長、⑧学校教育課管理主事B この 8 人は、平成 25(2013)年度の構成メンバーであり、事故後の直接的な調 査に当たったメンバーとは相当異なっている。直接調査に当たった平成 24(2012) 年度の「調査委員会」(委員会とは公式には表現していないが事実上の委員会)の メンバーは、以下のとおりである。 平成 24(2012)年度 ①教育次長(当時)、②学校教育課長(平成 25(2013)年度教育次長)、③教育 総務課長、④学校教育課管理主事C、⑤学校教育課管理主事A、⑥教育研究所 次長 この中で平成 25(2013)年度も継続したメンバーは、平成 24(2012)年度②学 校教育課長(→平成 25(2013)年度教育次長)③教育総務課長④学校教育課管理 主事A及び⑥教育研究所次長の 4 人のみである。

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第2章 学校・教育委員会の事後対応の検証と問題点

第1節 学校の事後対応について 既に第 1 章第 1 節で詳述したとおり、A中学校においては、平成 24(2012)年 8 月 6 日、本件事故発生後、生徒A関係の対応、保護者や一般生徒のケア、市教委など 対外的な報告、マスコミ対応、更に、弔問など遺族への対応を含めて、真摯に、誠意 を持って取り組んだと言える。ただし、夏休み中の事故であり、かつ、社会的にも注 目された重大な事故事件でもあったため、学校側の事後対応についても、次のような 検討課題が残されたと思われる。 1)保護者に対する対応について 第一には、保護者に対する対応である。A中学校は、平成 24(2012)年 8 月 8 日 に緊急保護者会を開催して事故の経過説明をしたが、口頭の説明であった。事故直後 の情報で、口頭での説明であったため、情報が錯そうし、やや憶測めいた情報がイン ターネットで流されるなど、遺族にも二次被害が及んだ側面があったと思われる。書 面で正確な説明を行えば、このような事態は回避できたと考えられる。 また、その後、学校が市教委の求めで行った「保護者の申し出による職場体験の実 施状況について」の調査結果により明らかになったA中学校の生徒の就労状況等につ いては、保護者には伝えられていない。本件の背景にある生徒就労の問題は、家庭に も深く関わる問題であるから、保護者の役割の大きさを考えたときには、保護者に対 して生徒の就労等についての情報を提供する必要があったと思われる。 2)生徒に対する対応について 第二には、生徒に対する対応である。平成 24(2012)年 8 月 8 日に緊急全校集会 が開催され、全生徒への事故経過の説明がなされたが、その後の生徒に対する対応と しては、専ら生徒の心のケアに重点が置かれた。生徒の就労問題については、直後の 同月 10 日、新聞報道で約 20 人の雇用があったとされた。そこでは、生徒Aの事件に 関する個別対応だけでなく、生徒全体の「就労問題」に焦点を当てた対策が必要であ ったと思われる。例えば、就労に関する生徒アンケートなどを実施し、そのアンケー ト結果をもとに、生徒が就労について学ぶ機会を作るべきであった。

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3)事故報告について 第三には、A中学校が、事故直後から、本件事故について、「保護者の申し出によ る職場体験」中の死亡事故として報告をした点である。 この報告の問題点は、一つは、「保護者の申し出による」とした点である。すなわ ち、実際には、第 1 部第 1 章第 2 節で述べたように、「生徒Aの両親が職場体験を申 し出た」という事実はなかった。三者面談においても、担任から見れば、生徒Aの就 労について、保護者は仕方なく行かせているという感じであった。 それにもかかわらず、A中学校が「保護者の申し出」によるという報告を行ったの は、当該中学校の教頭の次のような理解によるものであった。 教頭は、生徒Aが就労に行っており、生徒Aの両親がそれを知っているという事実 から、保護者が「行かせている」ということであり、保護者が「了解している」のだ ろうと考えた。更に、保護者が「了解している」ということは、「保護者からの申し 出」があったということだと理解した。 しかし、「保護者からの申し出」という言葉は、保護者から学校に、生徒Aを働か せたいと積極的に「申し出」たことを意味するのであるから、こうした教頭の理解に は、大きな論理の飛躍がある。こうした理解に基づいて、学校として、「保護者から の申し出」による「職場体験中の死亡事故」として発表したことは、軽率であったと 言わざるを得ない。 また、上記報告のもう一つの問題は、「職場体験中の死亡事故」と報告をした点で ある。すなわち、A中学校は、確かに、生徒Bの就労については、保護者の希望を聞 いた上で、「職場体験」として容認していた。しかし、生徒Aについては、平成 24 (2012)年 7 月 26 日の三者面談で就労をしていることが発覚したのみの段階であっ た。すなわち、学校としては、その後に、両親の意向を聞いて、両親も希望している のなら、生徒Bと同じように挨拶に行くという話をしていた段階だったというのであ る。こうした事実からすれば、生徒Aについては、学校が「職場体験」として認めて いたということはできないはずである。 それにもかかわらず、A中学校が、生徒Aの就労について、「職場体験中の死亡事 故」と発表したことも、正確な事実とは異なり、問題であったと言える。 第2節 市教委の事後対応について 市教委の事後対応について、問題となる点は、①市教委の「保護者の申し出」があ ったという認識と、「申し出」をしていないという遺族の認識との間に齟齬があり、 その齟齬が表面化した後も、市教委はその齟齬を是正しないままに、平成 25(2013) 年 7 月の最終報告書の公表に至ったこと、②生徒Aの就労について、当初は生徒Bと

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同様の「職場体験」と捉えて報告していたこと、③市教委の遺族に対する対応に不適 切な部分があったため、市教委と遺族との間に不正常な関係が生じたこと、である。 本節では、主にその要因について、分析を行う。 1)市教委の「保護者からの申し出による」という認識と遺族の認識との齟齬について (1) 市教委の認識 既に記したとおり、市教委は、平成 24(2012)年 8 月 6 日の事故後、市議会や 教育委員に対して提出した「報告」に、生徒Aの死亡事故が、「保護者の申し出に よる職場体験中の事故」であると記載した。すなわち、市教委は、本件事故直後、 生徒Aの就労は、「保護者の申し出による」「職場体験」であると認識していた。 市教委は、最終報告書においても、「生徒A及び生徒Bともに、本人と保護者か らの申し出があり」と記載した。 (2) 保護者からの申し出という事実はなかったこと しかし、本調査委員会の調査の結果によれば、生徒Aの両親が、生徒Aの「職場 体験」を申し出たという事実はなかった。 すなわち、第 1 部第 1 章第 2 節に詳細に記載されているとおり、生徒Aの就労に ついては、生徒Aの両親は、今やるべきことは中学校に通うことだと考え、反対し ていた。特に、生徒Aの父親は強く反対したため、生徒Aは、強く反発していた。 生徒Aの母親としては、P社での就労をやめさせたいが、強く言うことでかえって 反発し、取り返しのつかないことになるのではないかと懸念し、まずは、生徒Aと しっかりコミュニケーションを取ることを優先し、様子を見ていた。また、生徒A の母親は、学校に話せば、大きな問題になったり、友達との間で問題が生じたりし て、生徒Aが両親から離れていってしまい、本当のことを話さなくなってしまうの ではないかと懸念していた。そのため、学校に対して、働いていることを話そうと は考えていなかった。しかし、平成 24(2012)年 7 月 26 日の三者面談の際に、担 任から教頭の目撃談が話されたため、生徒Aの母親は、やむを得ずP社での就労を 認めた。 こうした経緯から理解できるように、もともと生徒Aの両親からは、話す予定で はなかったが、担任に促されてやむを得ず報告した、という状況であった。 また、第 1 部第 1 章第 2 節で述べたように、平成 24(2012)年 7 月 26 日の三者 面談においては、生徒Aの母親は、学校に対して、生徒Aの両親が働くことを希望 していると受け取られるような表現はしていないと述べている。また、担任も、生 徒Aの母親の話については、仕方なく行かせているという感じだったと述べている。

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以上のように、本調査委員会の調査からは、保護者が「職場体験」を申し出たと いう事実はなかったことが明らかになった。すなわち、市教委の「保護者の申し出 による」「職場体験」との認識は、誤認であった。 (3) 市教委が誤認した経緯 担任は、同三者面談後、生徒Aが働いていることを教頭に報告し、教頭も校長に 伝えた。 教頭は、生徒Bの就労については、生徒Bの就労が発覚し、その両親との協議が 行われてから約 1 か月後に、市教委に対し、「生徒Bが 1 か月の職場体験をする。 保護者からの申し出があり、校長も承認している。水曜日から土曜日まで、P社で 行う。」等と報告した。市教委は、最終報告書に、A中学校からの報告の概要とし て、「生徒Bが 1 カ月の職場体験をする。保護者からの申し出があり、校長も承認 している。水曜日から土曜日まで、P社で行う。」と記載している。 他方、教頭は、生徒Aについては、三者面談で働いていたことが分かった当日に、 生徒AがP社に行っていること、平成 24(2012)年 5 月下旪から土曜日に行って いること、時間が午前 7 時半から午後 5 時までであること、賃金を 1 日 5,000 円も らっていること等を報告した。市教委は、最終報告書に、学校からの報告の概要と して、「生徒Aが、本日の三者相談の中で、5 月下旪から土曜日だけ生徒Bととも にP社で働いている。1 日 5,000 円貰っている。」と記載している。すなわち、市 教委は、生徒Aについては、生徒Bと異なり、学校から「職場体験をする」、「保 護者からの申し出がある」との報告を受けていなかった。 しかし、市教委は、生徒Bの前例を受けて、生徒Aが同じP社で働いているとい う報告であったことから、生徒Bと同じように考え、「保護者からの申し出」によ る「職場体験」と誤認したと考えられる。 (4) 誤認を是正できなかった理由 市教委は、こうした誤認を、最終報告書に至るまで、是正することができなかっ た。その理由としては、次のようなことが考えられる。 ア 市教委の遺族訪問についての問題点 市教委が遺族を訪問したのは、2 回のみである。一つは、平成 24(2012)年 8 月 19 日の教育次長の遺族訪問時であり、二つには、同年 9 月 11 日の教育次長の 遺族訪問時である。こうした訪問の際に、市教委が、事前に遺族に対して聴き取 りの目的を明示した上で、訪問の際に一つ一つ事実を確認するという丁寧な聴き 取り調査を行っていれば、是正されたはずである。

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しかし、いずれの訪問時も、市教委側が、遺族に対して事前に聴き取りの要請 をせず、学校側の弔問に便乗して、直前に学校から遺族に連絡をして訪問する形 を採っていた。 また、訪問の際にも、市教委は、事実について一つ一つ質問をして確認をする という丁寧な事実確認を行わなかった。 遺族の側も、突然直前に市教委が来るという連絡を受けたため、心の準備がで きておらず、動揺しており、何を聴かれたかほとんど記憶していないような状況 であった。 こうした訪問の際に、市教委が、事前に遺族に連絡をし、聴き取りの目的を明 示した上で、事実の経過について一つ一つ丁寧に質問をしていれば、「保護者か らの申し出」はなかったことが確認できた可能性がある。 イ 市教委の認識と遺族の認識との齟齬についての問題意識 また、市教委の認識と遺族の認識との齟齬については、平成 24(2012)年 9 月 11 日に、下野新聞の報道及び市教委自身の調査によって、明らかになった。 それにもかかわらず、市教委は、この齟齬について、問題意識を持っていなかっ たと思われる。 すなわち、同新聞は、生徒Aの両親に対する取材の結果として、生徒Aの両親 が生徒Aの就労に反対していたと報道した。他方で、同新聞は、市教委が、同年 8 月 20 日の調査報告に関する記者会見の際に、「『校長が職場体験として認め たのは、本人と保護者の強い申し出があったため』などとし、両親も働くことを 望んでいたかのような説明をしていた」と報道した。 また、市教委の認識と遺族の認識との齟齬については、同年 9 月 11 日に市教 委が行った、校長、教頭、学年主任、担任らからの聴き取り調査においても明ら かになっていた。 すなわち、同聴き取り調査の中で、担任は、担任が「働くことはまずい。」と 言ったのに対し、生徒Aの母親は、「そうですよね。」のような感じであったと 述べた。また、担任は、生徒Aの母親は本当は行かせたくなかったが、生徒Aが 行ってしまった旨を述べた。こうした担任の話を聞いて、同席していた教頭は、 「実際に行かせているので、母親も希望しているものと思った。」と述べた。す なわち、教頭は、本件事故当時は生徒Aの母親も就労を希望していると考えてい たが、この聴き取り調査において、実際にはそうでなかったと理解した旨を述べ ていた。 こうしたことから、市教委は、生徒Aの母親が、実際には生徒Aの就労を希望 していなかったこと、すなわち「保護者の申し出」がなかった可能性があること

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に気付き、この点に問題意識を持って、遺族からの聴き取り調査を行うべきであ った。 しかし、市教委は、同日の遺族の訪問の際にも、「保護者の申し出」があった か否かという部分については、遺族に確認をしなかった。これは、市教委が、「保 護者の申し出」があったか否かについての遺族との認識の齟齬について、十分に 問題意識を持っていなかったためと思われる。 この訪問の際に、市教委が、事前に遺族に連絡をし、聴き取りの目的を明示し た上で、生徒Aの就労についての遺族の対応について、丁寧に一つ一つ事実確認 のための質問をしていたら、「保護者からの申し出」はなかったことが確認でき たと考えられる。 ウ その後の聴き取り調査がなされなかったこと 更に、市教委は、平成 24(2012)年 9 月 11 日を最後に、最終報告書の公表に 至るまで、遺族と公式な接触をせず、聴き取り調査も行わなかった。仮に、市教 委が遺族に対し、更なる聴き取り調査を行い、丁寧な事実確認を行っていれば、 「保護者からの申し出」はなかったことが確認できたと考えられる。 このように、市教委が遺族と公式な接触をしなかったのは、次のような事情に よるものであった。 きっかけは、同月 18 日に、遺族代理人が、市教委に対して、遺族との面談に 際して必ず遺族代理人を通すよう、足利市に申入れをしたことである。 遺族は、学校側を仲介しての市教委の突然の訪問や、聴き取り趣旨の説明のな いままの質問、その後の市教委の報告やマスコミの報道等について、強い不安を 感じており、遺族代理人に相談した。そのため、遺族代理人は、市教委が遺族に 接する場合は、遺族代理人を通してもらうことにより、その目的や中身について 事前に確認してから、遺族の意向を踏まえて接触できるように、環境を整備しよ うとしたに過ぎなかった。 しかし、この遺族代理人の申出の後、市教委の本件の調査担当者は、「遺族に 会えなくなってしまった。」と捉えていた。事実、市教委の調査担当者は、遺族 と接触していない。 このような誤解が生じた要因の一つは、遺族代理人の申入れが口頭であったこ とである。もう一つは、市教委への直接の申入れでなく、日頃、業務で関係のあ る部局の職員に電話し、市教委に伝達してもらう方法を採ったことである。その ため、遺族代理人の申入れは、市教委に、正確に伝わらなかった可能性がある。 そこで、上記の遺族代理人の申入れについては、市教委に正確に理解してもら えるよう、遺族訪問に際しての適正な手続を記した文書での申入れを行うことが 適切であったと思われる。

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なお、こうした申入れがなされたにもかかわらず、同月 24 日には、事前了解 なく、市長(当時)が突然訪問し、本調査委員会の設置決議の報告を兼ねて弔問 した。また、平成 25(2013)年 2 月 7 日には、教育長の弔問を指示された市教 委担当課は、遺族代理人を通さず、学校を仲介し遺族に連絡した。遺族の不安と 遺族代理人を通すという申入れが無視されたことから、弔問は、拒否された。 (5) まとめ このように、市教委と遺族との認識の齟齬の是正がなされなかった大きな要因は、 遺族に対して市教委が採った手続上の不備にあったと言える。訪問に当たっては、 直接的な事前の連絡、訪問の目的・理由を明示するほか、調査結果の扱いなどにつ いての説明が必要になるが、そうした適正な手続面での配慮がほとんどなされてい なかった。 もっとも、市教委からすれば、本来想定されていない重大な事故事件が発生した 場合の対処について、こうした不備が生じることはやむを得ない面もある。 したがって、今回のような重大な事故事件が発生した後の事後対応のシステム、 特に遺族との対応の在り方、第三者的な立場の公平な調査システムなどについて、 その在り方について検討していく必要がある。(第 4 部参照) 2)「職場体験」と報告したことについて 上記のように、市教委が平成 24(2012)年 8 月 6 日の本件事故後、市議会や教育 委員に対して提出した「報告」では、本件事故につき、「職場体験中の事故」と記載 されていた。すなわち、市教委は、本件事故直後、生徒Aの就労について、「職場体 験」として報告していた。 その後、同月 9 日には、市教委は、県教委から、「職場体験」という記載は、文部 科学省の進める職場体験と同じ表現になり、適切でないとの指導を受けた。 そこで、市教委は、同月 16 日及び同年 9 月 26 日に、県教委に対して、「就労の体 験中」の死亡事故として報告した。(なお、同年 11 月 21 日の県教委に対する報告で は、「就労の体験中」との記載は削除された。) しかし、実際には、上記のように、A中学校は、生徒Aの就労について、「職場体 験」として容認するという段階には至っていなかった。そして、市教委も、同年 7 月 26 日に学校から生徒Aについて報告を受けた際には、生徒Aの就労の事実について 報告を受けたのみであり、「職場体験」をするという報告は受けていなかった。 したがって、市教委が、生徒Aの就労について、「職場体験」と捉えて報告したの は、問題であった。

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このように、市教委が生徒Aの就労について「職場体験」と捉えて報告をしたのは、 生徒Bについて「職場体験」をしていると聞いており、生徒Aも同じP社で働いてい るということであったことから、生徒Bと同様に「職場体験」であると誤解してしま ったためと考えられる。また、第 1 節で述べたように、学校自体が、生徒Aの就労に ついて「職場体験」として報告をしていたことからすれば、事故後、A中学校から市 教委に対して、事実上、生徒Aについても「職場体験」をしていたと伝えてしまって いた可能性もある。 3)市教委と遺族との間に不正常な関係が生じたこと 市教委と遺族との間には、平成 24(2012)年 9 月 11 日の教育次長の遺族宅訪問以 来、1 年半余り、ほとんど接触がない。市教委は、平成 25(2013)年 2 月 7 日の卒業 式を前にして、また、同年 8 月 7 日の生徒Aの一周忌に市長・本調査委員会委員長・ 副委員長が弔問した際に、教育長の「弔問」を打診したが拒否されたという(ただし、 卒業式で遺族に挨拶している。)。他方、市教委側は、遺族に対して本件に関する情 報提供を一切していないし、同年 7 月の最終報告書も遺族に渡していない。このよう な両者の不正常とも言える関係が生じてしまったことは、双方にとって大変不幸なこ とであった。 では、なぜそういう事態に至ったのか。 既に、本節で明らかにしたとおり、このような不幸な関係が生じてしまったことに は、以下のような原因が考えられる。 第一に、決定的に重要な問題点は、本件及び生徒就労実態に関する調査において、 市教委は、終始一貫して遺族を聴き取り調査の対象としなかったことである。生徒A が就労に至った動機、経過、保護者の対応など、本件事故の基本的な部分について、 全て間接情報に頼っており、自らの手で聴き取り調査を行っていない。本件事故につ いての調査対象は、専ら関係教職員及び生徒Bに限られ、かつ、生徒Bについても学 校側の調査報告を受けての間接情報に頼ってきた。そこでは尐なくとも、間接的に得 た情報を被害者・遺族に確認する必要があったが、平成 24(2012)年 8 月 19 日、9 月 11 日に学校側の弔問に便乗しての口頭確認を除いて、そのような対応をしてこな かった。 第二に、遺族が聴き取り調査の対象でなかったことも関係してか、遺族への訪問(事 後報告の確認中心)の際は、適切な手続を経ていなかったことである。市教委が訪問 する目的・趣旨、事前の訪問日程、訪問の中身などについて、ほとんど遺族に伝えら れないままに、学校側の弔問に合わせて唐突に訪問するという状態であった。このこ とが、遺族に不信感を与えてしまったことは十分に理解できる。

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第 1 節で述べた生徒Aの「職場体験中の事故」を「保護者の申し出」と公表したこ との誤認に関して、これを市教委の最終報告書の公表まで、結局、修正できなかった ことも、以上のような双方のコミュニケーションの不全関係が一つの原因であったと いってよい。 第3節 市教委による生徒の就労・「職場体験」に関する調査の問題点 市教委は、事故発生後の平成 24(2012)年 8 月 9 日には、各中学校校長宛て「保 護者の申し出による職業体験の実施状況について」の調査依頼を行い、また、生徒就 労に関連して、4 つの中学校及び事業者から聴き取り調査を行い、学校関係者では、 29 人の教職員及び 3 人の生徒(元生徒を含む。)を対象に行った。 ただし、この調査に関しては、いくつか問題点を指摘することができる。 1)調査の目的・趣旨について 第一には、市教委としての調査の趣旨・目的が、外部からの指摘や要請に振り回さ れて、終始不明であったことである。 市教委は、平成 24(2012)年 8 月 9 日から同年 11 月 22 日まで 3 期にわたる調査 に関して、その目的、趣旨を明確にしていない。 市教委は、当初、生徒A、生徒Bの就労状況を調査していたが、新聞報道(P社社 長への取材から判明したもの)を受けて、4 つの中学校に対して生徒就労の状況の調 査を開始した。 そして、その後、県教委から、①過去において就労した生徒の特定、その動機、就 労の時期など、②学校斡旋事実の有無、③就労が継続した理由など、調査事項 3 点を 挙げて回答を求められたことで、上記①から③までの調査項目が実質的な市教委の調 査活動に反映されることになった。 しかし、本件は、足利市における将来の義務教育の運営に関わる重大な問題を内包 する事件であったから、市教委が、そのことを自覚して上記①から③までの調査項目 のみに焦点を絞らず、その総合的な調査、検証がなされてよかった。 例えば、市内全中学校、又は当該校における生徒向け、保護者向けの「生徒就労ア ンケート」などについて市教委が率先して実施することが考慮されてもよかったと思 われる。

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2)調査の対象について 第二には、調査対象が偏っていた点が指摘できる。約 10 年前から生徒の就労が続 いている実態を踏まえれば、市教委は、当該生徒からの聴き取りだけでなく、生徒一 般からのアンケートなどによる全面的な実態調査を行う必要があったと思われる。し かし、市教委は、生徒一般からのアンケートなどは実施せず、結局は、該当生徒 3 人 からの聴き取りをするにとどまった。 また、本件に深く関わる生徒Bに関しては、A中学校が聴き取りを行っているが、 市教委は、直接聴き取りを行っていない。生徒Aに関しては、教職員からの聴き取り と学校による生徒Bからの一部の聴き取りを行っただけであり、他の生徒から生徒A について聴き取りをすることはなかった。 生徒Aの就労の経緯や動機、就労内容について、生徒Bの他には遺族が詳しい情報 を持っていることが想定されるが、遺族に対しては、市議会へ出す報告書及び新聞記 事の確認を目的とした「面会」をするにとどまっており、明確に聴き取りの対象とし て事実関係を調査することはしなかった。更に、市教委は、A中学校に対しても、遺 族からの直接の聴き取りをしないように申入れしていたため、A中学校も遺族から本 件に関する事実関係について聴き取りを行うことができなかった。本調査委員会が平 成 25(2013)年 7 月に遺族を訪ねた際、遺族から、「事故後、初めて率直に話がで きたことがとてもうれしい」という感想を漏らしていたことは印象深い。 本件の重大性に鑑み、再発防止を考えれば、教職員だけではなく、遺族、生徒、保 護者からのより積極的な聴き取りが行われてもよかったのではないかと思料される。 尐なくとも、遺族からの聴き取りは、懇切丁寧に行われるべきであったと指摘できる。 3)調査の方法について 市教委の聴き取り調査は、通常は、教育次長以下 5 人の調査委員が聴き手になって、 質問と応答を約 30 分程度行うというものだった。記録は、録音記録の手法が採られ ておらず、簡単なメモが残されているにすぎなかった。遺族との面談時のやり取りに ついては、市教委が聴き取りであるとの認識を持っていないことから、教育次長の手 控えのメモしかなく、記録として保管されている情報がない状態である。 また、聴き取る側の姿勢としても、聴き手 5 人制の調査は、相手を委縮させる可能 性があるから人数を絞ることを検討すべきであったと思われる。 4)調査結果の反映について 市教委は、上記のとおり、調査目的が曖昧であったり調査対象が偏ったりはしてい るものの、第 1 章第 3 節に記載のとおり、一定程度の調査を行っていた。しかし、調

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査で得られた情報を元にした市教委の事実認定と分析が不十分であったため、最終報 告書等には調査の結果が十分に反映されていない。 本来、本件のような事故事件の解明を行うためには、調査をするだけではなく、調 査の結果を踏まえて事実を認定し、認定した事実を分析して結論を導きだすというプ ロセスが必要になる。 しかし、市教委は、調査によって明らかになった事実を認定しておらず、また、調 査結果に基づいた本件事故の発生の原因の分析も、十分に行わなかった。そのため、 再発防止策についても、表面的なものにとどまっている。 もっとも、これらの事故事件の解明プロセス、特に事実認定や分析に関しては専門 的知見が要求されるところである。 したがって、教育分野を専門とし、必ずしも事実認定や分析に関しての専門的知見 を有するわけではない市教委が調査を行って事故事件の解明を行うことには、おのず から限界があるといわなければならない。そのような点からも、本件のような事故事 件が発生した場合には、速やかに第三者委員会を発足できる仕組み作りが必要になる と言える。詳細は、第 4 部第 3 章第 2 節において詳述する。 5)調査委員会の運営等について 市教委の調査委員会において、調査活動を支える運営体制や方針について曖昧な点 が多かったことも、問題点の一つである。 本件事故以降の平成 24(2012)年度の調査委員会は、「委員会」や「委員長」と いった運営体制が曖昧であり、実質的に教育次長と学校教育課長の主導で進められて いた。 平成 25(2013)年度は、市教委の最終報告書で、「座長」=教育次長、「副座長」 =教育総務課長が明記され、メンバー8 人中 4 人が平成 24(2012)年度から交代され てしまったことは第 1 章第 3 節で述べたとおりである。調査活動が継続されていたこ とを考えると、年度が替わったとは言え、調査メンバーは交代せずに調査を継続でき るように配慮されてもよかった。 また、当初は、第 3 期の調査で終了するはずであった市教委の調査が、市議会報告 を経た後の記者会見で「調査の不備」が指摘されたことにより、教育長の判断で継続 となっている。このように、教育長の独断で、調査委員会が最終報告と考えた報告が 容易に覆ってしまう体制にも問題がある。 更に、市教委は、調査委員会の判断によって調査を継続したにもかかわらず、調査 らしい調査をせずに最終報告書を提出している。この点は、既に述べたように、調査 目的が不明確であるため、その場凌し のぎの対応にならざるを得なかったのであろうこと が指摘できる。

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第4節 市教委の再発防止策の限界と課題 第 1 節から第 3 節までで検討してきた市教委としての事後対応、調査活動について の問題点を把握した上で、市教委の最終報告書に示された再発防止策が果たして有効 であり、かつ、満足のいくものとなり得たのか、以下検討しておきたい。 1)これまでの対応 市教委の最終報告書では、「再発防止に向けたこれまでの対応」として、①職場体 験の趣旨の徹底、②就学義務の遵守、③労働基準法の周知、④学校支援非常勤講師の 配置、⑤生徒・教職員支援(スクールカウンセラー派遣など)、⑥研修会等(労働基 準法)などが挙げられている。特に、本来、守られることが当たり前であるはずの労 働基準法や学校教育法(昭和 22(1947)年法律第 26 号)がなぜ守られなかったのか について、しっかりした掘り下げもなく、労働基準法や学校教育法の周知、遵守がう たわれている。特に、今回再発防止として最大の課題である生徒の就労問題全体につ いて、解決への道筋が見えない。 (1) 職場体験の趣旨徹底 市教委に対する聴き取り調査でも、「職場体験」の趣旨徹底に関しては、文部科 学省が推進する「職場体験」に限られており、足利市では、“マイ・チャレンジ” という名称で数日間指定された職場への体験を 2 学年の生徒一斉に行う行事の趣 旨徹底に限定される。 しかし、本来は、職場体験的な学びは、就業・社会人への自立と意欲の促進につ ながること、生きる力を育み、自立した社会の形成者を育むことにつながることな どの教育的な役割が大きく、マイ・チャレンジだけでは充足できないことが自覚さ れる必要がある。市教委による「保護者の申し出による職場体験の実施状況につい て」の調査でも、マイ・チャレンジ以外に、就職のための「職場体験的活動」事例 が多く報告された。足利市内の中学校では、毎年、中学校卒業後に就職する生徒が いる現実がある。本件との関連でいえば、「非行」傾向の不登校の生徒の「職場体 験」問題や、労働体験を通しての自立など、生徒の社会的自立、職業観の確立など、 これをきっかけとして改めて思春期の教育の在り方を問い直す、といった発想や姿 勢が欲しかった。 (2) 就学義務の履行 就学義務の履行に関しては、平成 24(2012)年 9 月 4 日、小中学校校長宛てに、 市教委・教育長から「『長期欠席児童生徒調べ』の報告について」が通知されてい

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る。それ以前は、学校教育法が遵守されておらず、学校教育法施行令(昭和 28(1953) 年政令第 340 号)上、義務付けられていた「引き続き 7 日間以上の欠席」の届出が 皆無であった。 本件の場合に、中学生の違法就労を長期欠席の「正当な理由」と判断したこと(市 教委の最終報告書)など、学校が長期欠席児童について市教委に報告するか否かの 判断基準が問われてきたことについて、真摯な向き合い方がなされているようには 思えない。 なお、上記の市教委の通知以降には、各学校から 176 件の長期欠席報告があり、 うち 3 件は就学督促を通知したという。 しかし、長期欠席報告のあった不登校の二十数人の生徒について市教委としての 対応が十分見えない。また、就学督促の際には、保護者が受けるプレッシャーへの 配慮が必要であるが、上記 3 件の督促の際に、そうした配慮がなされたかも不明で ある。 2)「今後の対応」について 今後の対応について、市教委は、①生徒就労把握時のマニュアル(市教委の最終報 告書 46 ページ「児童生徒の就労を把握した場合の対応」をいう。以下同じ。)、② 中学校生徒指導連絡会議の充実、③教育委員会、学校、保護者、地域の連携、④国、 県との連携、などを挙げている。 生徒就労把握時のマニュアルについては、生徒就労に対する学校現場の対応が、生 徒が就労し始めて相当期間経過してから気付くという状態であったことへの反省に 立つべきである。したがって、「生徒就労把握後」のマニュアルのみでは、効果的と は言えない。どうしたら「生徒就労」を早期に把握できるか、という視点に立ってこ そ、初めて再発防止と言えるのではないか。尐なくとも、就労事実の発見の努力につ いての言及や、「うわさ」レベルの段階での調査方法などの検討があってよかった。 「中学校生徒指導連絡会議の充実」についても、市教委への聴き取りにおいても具 体策が不明確であった。とりわけ、中学校生徒指導連絡会議から上がってくる様々な 課題を市教委の施策や方針に反映していくためには、中学校生徒指導連絡会議と市教 委との「情報共有」が不可欠であるが、十分な情報共有がなされていない。中学校生 徒指導連絡会議の記録は全く残っておらず、議事録もない。資料保存もされておらず、 中学校生徒指導連絡会議の設置要項もない。こうした状況について、具体的な改善策 が提言されるべきであった。 また、本件と関連して、生徒Bの「職場体験」報告は、市教委としては初めてのケ ースとしているが、中学校生徒指導連絡会議では、過去において、「非行」・不登校 対策としての「職場体験」扱いの事例が紹介されており、それが、生徒就労を広げて

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