福島第一事故と原子力(石川) 本日は 、﹁福島第一事故と原子力﹂という演題でお 話をさせていただきたいと思います。 私 、長年原子力安全の講演に招かれて 、これまで に、恐らく一千回以上のお話をしたと思います。けれ ども、このような立派な昼食会で講演をさせていただ くのは初めてでして、何か二回目の結婚式に︵笑︶皆 さんが来て下さったような錯覚に襲われたところでご ざいます。 原子力の三つの特徴 ︵図①︶恐らくほとんどの方々は 、これまで原子力 とは無縁でございましょう。そのため、何の事前準備 も無く ﹁炉心溶融が﹂ 、なんていうことを言っても 、 具体的なイメージがわかない方もいらっしゃると思い ます 。少しだけ原子力の勉強をしていただいたのち 、 福島第一の事故をお話しようと思っております。 ︵図②︶まず﹁原子力﹂ 、私がこう伺いますと、何を
福島第一事故と原子力
石
川
迪
夫
前・一般社団法人 日本原子力技術協会 ︵ 最高顧問 ︶福島第一事故と原子力(石川) お考えになります か 。まずは 、放射 能ですね 。非常に 素直な反応だと思 います。 原子力の特徴は 放射能を出すこと です 。でも 、放射 能とは能力なのか と言うと 、そうで はありません 。言 葉 が 悪 いのです 。 目に見えず、体に当たって害を為す危ないものと思わ れて、忍者か何か、お化けみたいなものを想像される 人もいるのですが 、これは間違いです 。放射能とは 、 放射線を出す能力を持つ物質で、正しくは放射性物質 と言います 。物質ですから 、取りうる態様は ﹁気体﹂ ﹁液体﹂ ﹁固体﹂の三種類です。お化けではありません。 あくまでも物質です。 原子力の特徴 、まず放射能です 。あと二つありま す。二つ目が、反応が早いことです。三つめが、出す エネルギーが大きい。この三つが原子力の大きな特徴 図① 図②
福島第一事故と原子力(石川) です。でも、あとの二つを、多くの人が忘れておられ ます。 第二の特徴 、反応が早いからお話します 。一般に 、 火を燃やすといったような化学反応は、反応時間がミ リセカンド 、一千分の一秒のオーダーです 。ところ が、核分裂反応はマイクロセカンド、百万分の一秒の オーダーです 。原子炉の型によって違いは有ります が、一般的に化学反応より一千倍ほど早い、それぐら い早いと覚えておいてください。 第三の特徴、出てくるエネルギー量。これは化学変 化ですと、反応当たり大体一∼一〇エレクトロンボル トぐらいですが、核分裂では一つの反応当たり二〇〇 メガエレクトロンボルト。エレクトロンボルトとはエ ネルギーの単位です。約一億倍ぐらい大きいと思って ください。メガというのは一〇〇万を示す言葉ですか ら、それの二〇〇倍、二億エレクトロンボルトになり ます 。まあ 、化学反応の一億倍ぐらい大きいエネル ギーを出す、そのくらい大きなものです。 これをおカネで示しますと、具体的な感覚が掴めま す 。日本に 、いま約五十基の原子炉があります 。そ れで総計約四五〇〇万キロワットの電気を起こして います 。これを 、電力料金の単位キロワットアワー に直しますと 、一年は約一万時間ですから 、一年で 四五〇〇億キロワットアワーとなります。 これは大変大きな電力量です。電力料金をキロワッ トアワー当たり一円とすれば四五○○億円、二円で九 ○○○億円、約一兆円です。今回の事故で、東京電力 の賠償金は全体で十兆円とか囁かれておりますが、こ の費用を日本中の原子力発電で分担すれば、十年間二 円を発電単価に乗っければ済むわけです。
福島第一事故と原子力(石川) 原子力発電の単価は、私が知っておりますのは、ア メリカで三円、韓国も三円。日本は高くて五∼六円で したが 、この所何故かは知りませんが八 、 九 円になっ たのだそうです。面倒ですから、仮に九円としておき ましょう 。これに賠償費用の二円を乗っけて 、今は 十一円としておきます。 さて、皆さん方ご期待の自然エネルギーですが、例 えば太陽エネルギーの場合には一キロワットアワー当 たり四十六円二十銭で、政府買い上げが決まっていま す 。皆さん方が電力料金としてお払いになるわけで す 。 ですから 、電力料金は 、太陽エネルギーですと 四十六円二十銭プラスアルファー、原子力発電は二円 乗っけても十一円、四分の一です。いかに大きさが違 うか、これでおわかりでしょう。 原子力の特徴は、 ﹁放射能を出す﹂ ﹁反応時間が早い﹂ ﹁出すエネルギーが大きい﹂の三つと覚えて下さい。 ﹁原子炉﹂
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炉心・制御棒・燃料 ︵図③︶原子炉の話に入ります。 図の左下、 ︵赤い︶所が﹁炉心﹂と言います。原子炉 の中心です 。炉心には 、四万本∼五万本のひょろ長い 燃料棒が 、この会場のようにきちんと並んでいる 。そ 図③福島第一事故と原子力(石川) の周りに水がある。それが原子炉です。簡単でしょう。 後で燃料棒の説明をしますが 、今は電熱器のヒー ターと思ってください。直径が一センチぐらい、小指 ぐらいの太さで、長さが四メートルですからこの天井 ぐらい、そんなひょろ長いヒーターです。周りの水は ヒーターで暖められて上へ登っていき 、沸騰します 。 沸騰した蒸気は、原子炉の上から出て、タービンを回 転させて、発電します。水はポンプで再び炉心に戻り ます。これが原子炉です。 原子炉を止めるときには 、﹁制御棒﹂を炉心に入れ ます。制御棒はウランよりも中性子を食べやすい材料 で出来ています。これが炉心に入ると、大食いですか ら、ウランに十分中性子が廻らず、核分裂ができなく なります。核分裂反応は、何しろ反応時間は短い。で すから、あっと言う間に原子炉は止まってしまいます。 東北地方の太平洋沿岸に十五基の原子炉がありまし た。今度の震災でも、そのうち稼働中であった十基の 原子炉の、総計約一七○○本の制御棒は、大地震にも 拘わらず全て炉心に入りました 。原子炉は確実に止 まったのです 。素晴らしい日本の技術です 。以上が 、 原子炉と炉心の説明です。 次が﹁燃料棒﹂です。ひょろ長い、直径一センチく らいのものだと言いましたが、その中にはウランが缶 詰にされています。正確には、直径、長さ共に約一セ ンチの小さな円筒形の、ペレットと呼ばれる二酸化ウ ランの焼き物です。このペレットが被覆管と言うジル カロイ製の合金の筒に、詰め込まれて缶詰にされてい ます。これが先ほどの電熱器ヒーターの正体です。 原子炉の中に入れた燃料のウランに中性子が入って きて、ウランが核分裂を起こすわけです。核分裂で質 量が二三五ぐらいのウランが二つに割れると 、方や 一〇〇くらいと此方一三〇ぐらいの、二つに分かれま す 。ウランが壊れて出来る新しい元素ですが 、放射 能、放射性物質でもあります。一〇〇ぐらいの質量の 元素で言いますとストロンチウム︱ 90などが有名で す。それから一三〇ぐらいの方では、今売り出し中の セシウム、それからヨウ素、こういった放射性元素が 出来ます。これらは物質ですから、缶詰からは出られ ません 。ですから 、核分裂で出来た放射能はみんな 、 この缶詰の中に入っていると、お考えください。
福島第一事故と原子力(石川) 炉心溶融というのは、この缶詰の缶やペレットが溶 けてどろどろの状態と、お考えください。こうなると 放射能は、燃料棒の外に出てきます。 BWR ︵沸騰水型軽水炉︶と PWR ︵加圧水型軽 水炉︶ ◇︵図④︶日本では B W R と P W R という、二つの型 の原子炉が使われています。 B W R は、先程述べまし た様に、原子炉の中で直接蒸気を作る型で、沸騰水型 軽水炉という原子炉です。蒸気をタービンの羽に当て てやりますと、タービン︵羽根車︶がくるくると回り ます。それに発電機を接続してやれば、発電機が回っ て電気ができるわけです。発電の仕組みは非常に簡単 です。 タービンを回した蒸気は、復水器で海水を使って冷 やして水に戻し、ポンプで再び原子炉へ返します。原 子炉、タービン、復水器、ポンプとぐるぐる循環して いるわけで、蒸気や水はほとんど外部に出ないよう作 られています。 P W R は関西の方で多く使われている原子炉です 。 これは原子炉を流れる水の圧力をうんと高くして、高 図④
福島第一事故と原子力(石川) い温度のお湯を作って、蒸気発生器と言う熱交換器を 介して蒸気を作る型です。これが加圧水型軽水炉とい う原子炉です。 P W R と B W R では仕組みが少し違っていますが 、 同じ軽水炉に属しています。皆さんは、同じと考えら れて良いでしょう。どっちが安全なのだとよく訊かれ ますが、専門的には一長一短、私はどっこいどっこい と思っています。 ﹁放射能﹂と﹁崩壊熱﹂
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核分裂の遺産 さて、次は放射能の仕切り壁、原子炉の安全を担保 する障壁についてお話します。 最初の仕切り壁が燃料棒の被覆管です。放射能を缶 詰にしています。 二つ目の仕切りは一次冷却材バウンダリで、原子炉 をぐるぐる循環する水の通路です。燃料棒の缶詰に傷 が入ったりしますと、放射能が出てくる、これを外部 に出さないように留めるのがこの仕切りです。 三つ目の仕切りが、大きな気密容器として作られた 格納容器です。 この三つで、原子力発電所で出来る放射能が、野放 図に外に出るのを防いでいます 。この格納容器を大 型 P W R で見ますと 、直径約四十三メートル 、高さ 六十五メートルぐらいの 、大きな鋼鉄製の容器です 。 これに対して、炉心は、直径がせいぜい三メートルか ら四メートル、高さが四メートルです。浅草の観音様 は 、一寸五分のご本尊が大きなお堂に入って居られ る 。それに似て原子力発電所は広く大きいのですが 、 本体の炉心は小さな体です。小さい体で大きな電力を 作っているのです 。大きな図体の大部分は安全設備 で、放射能防護のための設備や機器であると、お考え ください。 ﹁止める﹂ 、﹁冷やす﹂ 、﹁閉じ込める﹂ 、この三つが原 子力安全の要諦で有ることは、皆様方もご承知でしょ う 。このうち 、﹁止める﹂と ﹁閉じ込める﹂はお話し ました。 最後が、今回の事故で問題となった﹁冷やす﹂お話 です。冷やすのを説明するのが最も厄介なのです。 何故止まった原子炉を冷やさねばならないのか?福島第一事故と原子力(石川) ここから始めなければなりません。答は燃料中に放射 能があるからなのですが、ピンと来ない方が居るかも 知れません。 放射能とは、先ほど核分裂をして二つに割れた元素 だと言いました。物理学者には、まるで見てきたよう なことを言う人もいます 。丸いものが二つに割れて 、 半月みたいなものが二つできる 。この形状は元素に とって不幸な状態で、元素は元通り丸くなりたい。だ から端っこのとんがった所を 、ポンポンと放り出す 。 これが α線、 β線、 γ線という放射線になると 。こ ういう風に教えてくれた人がいますが、なかなか適切 な比喩だと、私は思っています。 ポンポンと放り出すと言うことは、物が動くのです から、エネルギーを持っています。実は、放射線の正 体は、エネルギーなのです。エネルギーですから熱に 変わります。燃料棒の中に溜められた放射能から、エ ネルギーが出て、熱に変わるのです。これを崩壊熱と 呼びます。 止まったばかりの原子炉では、定格出力の七パーセ ントものエネルギーが出ます。一〇〇万キロワットの 七パーセントは七万キロワットですから、大変な熱で あることがお分かりでしょう。 ただ、放射能の熱ですから、放射能が減衰すれば減 ります。時間経過と共に発熱量がどんどん減り、一時 間ぐらい経ちますと二パーセントに、まる一日経ちま すと一パーセントぐらいに減ります。初めのうちは急 速に減るのですが 、それから後がなかなか減りませ ん。半減期の短い放射能が消滅しても、半減期の長い ものが残留するからです。福島第一では一年半過ぎた 今でも、まだ一基当たり数百キロワットの熱が発生し ています。 問題は 、その熱がどこで 、どんな悪戯をするかで す 。発熱源は 、直径三 、 四メートル 、高さ四メートル くらいの大きさの溶けた炉心です。六畳間ほどの大き さを考えればよいでしょう。この小さな部屋で、数百 キロワットのヒーターが、点けっぱなし状態になって いるのです。間違いなく火事が起こります。安定した とはいえ福島第一の炉心は、まだそんな状態にありま す。周辺部は硬く溶岩状に固まっていますが、中心部 はまだ溶融状態で、放射能のガスを出しています。そ
福島第一事故と原子力(石川) れを循環水で冷やしている 、現状はそんなところで しょう。 難しい原子炉のお話は以上でおしまいです 。これだ け知っておいていただければ 、 今の世の中 、どこへ行 っ ても原子炉の専門家で通ります 。いや 、よく出てくる 専門家と称する人たちの中には 、この程度の知識もお 持ちでない︵笑︶方もいらっしゃるように思えます。 〝東京〟も 〝原子力発電所〟も ﹁電気﹂がなかっ たら生きられない社会 ︵図⑤︶安全設備の話は 、時間の都合で割愛します が、これらの機械類は多くが電気で動いています。で すから電気が止まれば、安全設備も働かないのは当然 の話です。その停電が、福島第一では、十日間も続き ました。 ちょっと見方を変えます。ガソリンで車が動き、ガ スも使ってはいますが、東京でも、多くの物が電気で 動いております 。仮に十日間電気が来なくなったら 、 東京での生活はどうなるでしょうか。高層マンション の最上階にはお金持ちのお年寄りが住んでいるそうで 図⑤
福島第一事故と原子力(石川) すが、多くの人は階段を歩いて降りることは出来ない でしょう。降りても登れません。災害時に、このよう な人達を救助出来る対策はあるのでしょうか。 私は茨城県の田舎に住んでおり二階屋ですから、夫 婦二人、自力で何とかこの震災を生き延びました。助 けの来ない高層住宅のお年寄りは 、どうされるので しょうね。電気も無ければ水も出ません。冷蔵庫の食 料は腐ります。東京は電気が無ければ、人が生きられ ない社会なのです。同様に、原子炉も電気無くして生 きられない装置なのです。何故なら、多くの安全設備 が電気に頼っているからです。この点を一つ記憶に留 めて欲しいと思います。 福島第一の事故概要 ◇覚えていらっしゃると思いますが、三月十一日の東 日本大震災、まず大きな地震が襲って来ました。福島 第一原子力発電所への外部からの送電線は三系統、七 回線入っているのだそうです。これら全部が無くなり ました。これを外電喪失と言います。発電所に停電が 起きたわけです。 停電が起きると、原子炉は止まります。非常用の電 源が動き出し、冷却ポンプが起動され、自動的に炉心 の冷却を開始します 。これらは予定どおりに実行さ れ、全ての冷却ポンプ等が問題なく動き出しました。 ところが約四十分後、地震による津波が来襲したの です 。津波で 、ほとんどの非常用電源が水没しまし た 。十三台ある非常用電源のうち 、一台だけが生き 残って 、五号炉 、六号炉はその一台をやりくりして 、 両方とも何とか生き延びました。これは褒めてやって いい運転操作だと思います。しかし、一号炉から四号 炉は 、頼るべき全ての駆動用電源が無くなりました 。 何しろ非常用電源も無くなりましたから、あらゆる設 備が動きません。 この福島第一の災害を 〝人災〟と言う人がいます が、科学的にも論理的にも間違っています。事故を考 える場合、先ず何が事故を起こしたかが問題となりま す 。発端は 、誰が見ても明らかで 、地震と津波です 。 この起因事象無くして、事故は起こりません。明確な 事実です。もちろん地震や津波は、人災ではありませ
福島第一事故と原子力(石川) ん 。復旧の過程で 、いろんな失敗はありましたので 、 人災の側面が無いとは言いませんけれども、それはあ くまでも、二次的、三次的な原因です。一次原因、元 凶はあくまでも地震と津波にあります。 停電で安全設備が動かなくなって、炉心が溶融しま した。次いで、炉心の溶融によって水素が発生し、爆 発が起きました。 水素発生の原因は、燃料を入れている缶の化学反応 です。缶の材料はジルカロイという金属で、温度が高 くなると、周辺の水と反応して酸化します。水から酸 素が奪われると、水素が残ります。この化学反応は強 い発熱反応で、ある温度以上になりますと、手の付け られないような早い反応となり 、炉心を溶かすと共 に、大量の水素を発生させます。この水素が爆発を起 こしたのです。 注意して欲しい点は、爆発は原子炉の中ではありま せん。原子炉の外、いや原子炉を囲っている格納容器 の外での爆発です。水素が爆発するには相手方となる 酸素が必要です。原子炉や格納容器には酸素がありま せんから、水素は爆発したくとも出来ません。格納容 器の外に出て、やっと酸素に巡り逢って、爆発したの です。格納容器の上の、運転フロアーと呼ばれる広い 作業場で爆発を起こしています。格納容器内での爆発 ではありません。 爆発後の十二日の夜に、枝野さんが格納容器は爆発 していないと言いましたが、その発言は正しかったと 言っておきましょう。 爆発によっていろいろなものが壊れました 。加えて 炉心の溶融で放射能が出てくる 、近隣住民の避難が問 題となる 。もう 、てんやわんやの 、何が何だかさっぱり 分からない状態に 、日本中が陥りました 。皆さんも非 常に驚かれたと思います。驚愕と動揺の一週間でした。 そうこうしている内に、三月二十二日頃になりまし て仮設電源が出来、工事現場でよく見かける簡易な電 源ですが、動力が蘇ったのです。そこから発電所が安 定をし始めたのです。 電気が無くなって、いろいろな訳のわからない事柄 が起き、電気が戻って、混乱が落ち着いてきた。これ は、電気を失うということが現代にとってどういうこ とか、エネルギーの供給が無いというのはどういう状
福島第一事故と原子力(石川) 態なのかを教えてくれています。ここに大事な教訓が 隠されています。 この中にも何人かは、第二次世界大戦を経験された 方がいらっしゃると思いますが 、大戦でのアッツ島 、 サイパン島、硫黄島の玉砕をご存知と思います。どん なにしっかりした防衛策を講じても、どんなに強い兵 隊さんが頑張っても、補給がなければ最後は玉砕する しかありませんでした。それと同じで、福島第一の一 号炉から四号炉は 、電気という補給が途絶えたので 、 爆発という玉砕をしたと思っています。何も涙ながら に言うわけではありませんが、早く電気の補給をして やれなかったのを悔しいなと思っております。 戦争での大切な教訓、サイパン島やアッツ島の教え を、我々技術者が見落としていた、その思いです。今 後は見落とさないと思いますが、一言付け加えておき たいと思います。 〝盥︵たらい︶から盥へ移るちんぷんかん〟 。小林一 茶の辞世の句だそうです 。初めの 〝盥〟は産湯をつ かった盥で、後の〝盥〟はお葬式での湯灌です。自分 の人生、俳人の一生は、 〝盥から盥へ移る間〟で、 〝ち んぷんかん〟だったと一茶は言っております 。この 〝盥〟を 〝電気〟に置き換えますと 、事故での驚愕状 態をよく言い表しているように思えます。電気がなく なって、訳の分からない状況が起き、電気が戻って元 に返った。その間は〝ちんぷんかん〟だと。ふざけた 言い方とお叱りを受けるかも知れませんが、一茶の辞 世を、思い出した次第です。 六月になりますと 、循環冷却装置が完成しました 。 事故直後の緊急時には海水をぶち込み、十日後ぐらい からは真水を注入して、原子炉を冷やしました。いく ら格納容器が大きくても、これでは持ちません。水が いっぱいになり、溢れ出します。循環冷却装置が完成 してからは、格納容器の水を循環して、放射能を取り 除きながら冷やし、原子炉に冷水を必要量注ぎ込むと いう方式に変えたのです。 方式が変わって、格納容器中での水の沸騰が止まり ました。それと同時に放射能の放出量がぐーんと減り ました。 ◇一番たくさんの放射能が出た三月十五日は、一時間 当たり八〇〇兆ベクレルもありました。すごい数値で
福島第一事故と原子力(石川) すが、大体三百七十億ベクレルが昔の単位の一キュー リーです。キューリーに直して考えると、それほどで もありません。さてそれが現在は、一時間当たり〇・ 一億ベクレルに減っています 。大体一億分の一くら い 、それぐらいまでに放射能の放出は減っているの で す。 原子炉の安全設計に間違いはなかった ︵図⑥︶事故の概要から少し具体的な内容に入ります。 一号炉、二号炉、四号炉が爆発しました。このうち 四号炉は炉内の修理中でして、原子炉に燃料棒は入っ ていませんでした 。ですから爆発する筈はないので す。この爆発は、三号炉で発生した水素が四号炉に廻 り込んで爆発したもので、いわばとばっちりです。 それは兎に角、これらの爆発時間がそれぞれ違って おりますが、それは何を意味するのでしょうか? 図 にあるように、三月十二日に一号炉が爆発して非常に 心配していたら、十四日に三号炉が爆発して、次いで 十五日に四号炉が爆発しました。神に祈られた方も居 たことでしょう。何故、同じ型の原子炉で、同じよう に停電したのに、爆発時間が違うのでしょうか? 図⑥
福島第一事故と原子力(石川) 一号炉は粗悪な爆発しやすい原子炉だったのでしょ うか。爆発は、核分裂反応とは関係のない、化学反応 ですから、そんなことはありません。 先程、電気がないから安全設備は動かないと申し上 げましたが、実は正確ではありません。我々原子力屋 も、それほど馬鹿ではありません。電気が無くても動 く安全設備を作ってあったのです。電気に代わるエネ ルギーとして原子炉の停止直後には七パーセントもあ る崩壊熱でポンプを回して炉心を冷却する。そんな装 置を工夫してありました。それらがよく働いてくれま した。その分、三号炉、二号炉は遅くまで爆発をしな かったのです 。炉心が溶融したのもずいぶん後です 。 でも、これにも限界がありました。最後にはこれらの 装置が止まって、溶融、爆発に至ったのです。一号炉 は炉心の冷却がうまくできずに、早い内に爆発したの です。 安全設備が働いたから、爆発にこれだけの時間の差 があった。これが何よりの証拠でございます。 それでは、その安全設備はどれぐらいの時間もつよ うに造っていたか。設計では八時間です。八時間の停 電には耐えるように、これらの安全設備は造っていま した。これは日本もアメリカも世界もほぼ共通、一緒 です。近頃の停電は一秒以下というのが多く、停電と 気づかないのがほとんどだそうです。停電の統計を見 ましても、高々十分とか二十分くらいです。八時間も あれば、停電は絶対に回復すると言うのが、世界中の 電力事業者の常識であり、意気地でもありました。 この常識を信用したので、日本の安全基準もアメリ カの基準も、いや I A E A の基準ですら、崩壊熱で動 く安全設備は八時間で設計をしていました 。それが 、 二号炉などは三日以上も働いてくれました。三号炉も 二日以上頑張っています 。私は良くやってくれたと 、 思っております。 斑目元原子力安全委員長は、安全指針に間違いがあ る、だから日本は独自のルールに変えるなんて言って いますけど、世間知らずの大間違いです。原子力安全 は世界共通のルールです。ルールを強化するのは結構 ですが、考え方、基本方針を変えたら妙なことになり ます。アメリカもフランスも、どこの国も安全の考え 方を変えるとは言っていません。
福島第一事故と原子力(石川) やるべきことは、お手元の資料にもありますように 防災安全の強化です。従来の原子力安全は、炉心溶融 時の防災に対して十分考慮していませんでした。言い 訳になりますが、軽水炉で炉心溶融が発生したとして も TMI 事故程度で収められると思っていました。と ころが 、アメリカでの九 ・ 一一のテロを受けて 、状況 が変わりました。電源設備を強化せよ等の忠告が、ア メリカから各国政府にありました。台湾では、この忠 告を守って電源を強化したと聞きました。電源設備さ えあれば、今回の事故を回避できた事は既に述べまし た。この忠告を日本政府も受け取りました。でもテロ 対策というので、民間原子力事業者には伝えませんで した。これは大変な失敗です。犯罪行為と言っても良 いでしょう。 私は、防災安全や防災対策の強化は大切ですが、原 子炉の安全設計や安全設備について、強化は必要です けれども、考え方を変える必要は無いと思っておりま す。原子炉の安全設計には間違いは無かったと言うの は恐らく私一人でしょう。斑目さんが﹁変える﹂なん て約束したものですから 、いまどこへ行っても 、〝 原 子炉の安全設備は不十分だ〟とか 、〝変えなくてはい けない〟といったお話ばかりです 。どう変わるのか 、 私は楽しみにしております。野田元首相のように﹁近 い将来﹂が ﹁近いうちに﹂へ変わるくらいでなけれ ば、日本の原子力は世界の孤児になります。 原子力安全の再構築
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原子力インフラの整備 ◇ ︵図⑦︶ 〝これまでの安全対策は一体何をしていた のか〟というお叱りもあるでしょう 。この事故に出 遭って、私もやっと自分が何をしてきたのか、はっき り分かりました 。二十三のとき原子力研究所に入り 、 七十八の今日まで 、実は五十五 ・ 五年間 、私は原子力 発電と安全だけを一筋にやってまいりました。ですか ら、それ以外のことは知りません。 これまでやってきた安全は原子力発電所そのものの 安全対策でした。交通安全で言えば、クルマの安全に 一生懸命取り組んできたと言うことになります。クル マさえ安全に作っておけば、との思いから世界と一緒 になって夢中でやってまいりました。それで安全な原福島第一事故と原子力(石川) 子炉を作り上げてきたつもりでした。 ところが 、今度の事故は 、発電所を設置した地球 が、想定を超える悪さを起こしたわけです。クルマで 言えば、高速道路が地震と津波によって壊され、道路 とは呼べない状態になったわけです。 いま一つ 。八時間経ったら電気が戻るという常識が 破れたことです 。これもクルマに例えると 、二十キロも 走ればガソリンスタンドがあると言う高速道路の常識 が破れた。行けども行けどもガソリンスタンドがない、 遂にガス欠を起こしたというのが今度の事故でした。 地震と津波によって道路が壊され、スタンドのない 場所に、突如放り込まれたと言う状況です。ですから 今後の安全対策は、インフラの強化にあります。車そ のものの安全対策ではなく、インフラを含めた交通安 全体系全体で考えなくてはなりません。このことが福 島第一の事故を見て、やっとわかりました。 お手元の ﹁安全の再構築﹂ ︵資料︶には 、そのこと を書いてあります。原子力発電所のインフラとなりま すと、地震と津波だけを考えれば良いのではありませ ん。大雪、洪水、竜巻、火山等々、自然現象全般の究 明と対策が必要でしょう。今日までは、それらの影響 を考慮して原子力発電所を造れというのが、世界の安 図⑦
福島第一事故と原子力(石川) 全基準でした。日本もそれに従って、過去のデーター に基づいて 、その五割増しにするとか 、二倍ぐらいに するとか、安全率を掛ければ良い、としてきたのです。 これが甘かったことが、今回はっきりと解りました。 その中で、例外的に頑張った事柄もありました。耐 震設計です。今度の地震でも、原子力発電所の安全上 重要な部分はビクともしていません。これは科学的知 見に基づいて構築した工学上の成果です。耐震設計を しっかりとやって来たのは、日本とアメリカです。地 震がある国です。 耐震設計では、地震を振動問題としてとらえ、地震 波がどのように地中を伝わってくるのか、それで建物 はどのように揺れるか、その建物の中に置かれた機械 はどう応答するか、といったことをきちんと計算で弾 き出して 、それらに耐えるよう施設を作って来まし た。したがって今度の大地震にも、発電所の安全上重 要な建物や設備に被害は一切ありませんでした。 もっとも国会事故調では、地震による影響はあった と書いていますが 、反対派の地震屋さんの頑張りか 、 面子かで、黒川委員長が残されたのでしょう。これは 私の勝手な解釈です。 ですから安全の再構築は、原子力発電所の安全設備 そのものの変更ではなく 、インフラ強化にあります 。 耐震設計のように、問題となる自然現象の性質を科学 的、工学的に見極める。それを I A E A のような国際 機関にも呼びかけて、世界全体で検討し、対策を打ち 出す 。この様な対応が必要なのです 。それによって 、 災害に対して非常に強固な原子力発電所が作られるで しょう。またそれが波及して、産業界全体も強固にな ると思っております。 次に重要なのが、防災対策です。いわば原子炉の J A F です。世界全体として、こういった準備が必要だ ろうと思います。 菅さんはアメリカの援助を断りました。私が指揮官 だったら 、﹁うん﹂と言ったと思います 。電気が無く なったので炉心溶融に至ったのですから、昔ロシアが やったように、原子力潜水艦に来て貰って、その電気 を現場に送って貰ったでしょうね。それぐらいの協力 はお互い様といった国際 J A F を作ることです。 例えば、防災全体として、電源船等の必要性を検討
福島第一事故と原子力(石川) しなければなりません。日本海側と太平洋側に一隻ず つあれば十分でしょう。国際協力すれば良いのです。 余談になりますが 、菅さんや官邸に集まった人達 は、一体何をしていたのでしょう。忙しい現場から情 報を取って命令しただけのようでした。事故対応は現 場に任せて、集中させ、現場が出来ないこと、気付か ないことに、手配り気配りするのが参謀本部である官 邸の努めでしょう。電気がないのなら、電気を引くよ う各電力や自衛隊などにすぐに協力要請を手配するべ きでした。仮設電源を引いて、電気が戻って、事故は 安定状態に入ったことを思い出してください 。〝盥か ら盥へ移る間〟に 、福島第一の現場で 〝ちんぷんか ん〟が起こりましたが 、官邸もまた 〝ちんぷんかん〟 でした。 米ソの首脳は危機時にどう対応したか ︵図⑧︶政府の対応の悪さをあげつらってもラチは 開きません。では原子力事故等の危機時に、米ソの首 脳はどう対応したか、参考までにお話をしたいと思い ます。 最も大事な点は、アメリカのスリーマイル島︵ TM I ︶事故においても、ソ連のチェルノブイリ事故にお いても、両国とも他の原子力発電所を停止しませんで した。ここが日本との大きな違いです。日本は、定期 検査が終わっても、再稼働を許しませんでした。今動 いているのは大飯の三 、 四号炉だけです 。それも野田 首相の決断あってのことです。 TMI 事故が起きたとき、カーター大統領は一体ど う動いたか。実は、カーターさんは潜水艦の乗組員訓 練を一年間ほど受けています。アイダホ州の砂漠の中 に原子炉実験場がありまして、そこに潜水艦と航空母 艦の訓練所があります。 実は、私は三十代のときそこへ一年半留学して、原 子炉を暴走させて壊す実験に参加をさせてもらいまし た。それがきっかけで、原子炉の安全性研究、安全設 計の勉強にのめり込みました。 カーター大統領は 、潜水艦の訓練を受けたプロで す。それでも自分は原子炉が分からないからと謙遜し て、ヘンドリー安全委員長に全権を委ねて事故の指揮
福島第一事故と原子力(石川) を依頼しました 。ところがヘンドリーさんは学者肌 で、発電所の現場を余り知りません。それで米国規制 委員会 ︵ N RC ︶の局長で 、有名なデントンさんに 、 おまえひとつやってくれと全権の再委譲をしました 。 事故対応の適任者を探したのです。デントンさんが T MI 事故を上手に処理したことは有名で 、お聞きに なった方もいらっしゃると思います。 日本の総理大臣は 、どこまで原子力をご存じだったの か知りませんが、おれがやるんだとばかり張り切って、 現場にまでヘリコプターで飛んでいき 、現場対応を遅 らせる一因を作られました 。武士の情け 、これ以上申 し上げるのは止しましょう。日米、大変な違いです。 今一つ 、アメリカの危機対応で感心するのは 、ス ペースシャトル ・チャレンジャー号の事故のときの レーガン大統領です。七人の宇宙飛行士が亡くなられ た夜、すぐにテレビに出て、全米に訴えられた話の内 容を今も覚えています 。﹁非常に悲しい出来事が起き た。だが彼らは、みな宇宙開発の希望に燃えて旅立っ た 。その志を継ごう﹂ 。これで米国民は元気付けられ ました。宇宙予算を一銭も減額しないで、宇宙開発を 更に推進したのです。この意気がリーダーには必要で 図⑧
福島第一事故と原子力(石川) す。特に、科学技術の開発には必要と思いますが、ど うでしょうか。 ゴルバチョフ大統領。この共産国の大統領はチェル ノブイリ事故の二 、 三日ぐらい後ですが 、直接テレビ に出て 、﹁事故は突如として音もなくやって来た 。原 子炉は破壊された 。化学爆発が生じ 、火災が発生し た﹂と、国民に対して正直に事実を伝えました。短い 話でしたが、すべて正しい情報です。爆発は水素爆発 ︵化学爆発︶です 。原子炉の爆発とは違います 。これ を共産国が、きちんとテレビで伝えている。 日本政府は、二月間も炉心溶融の事実を認めません でした。政府が認めないから、東京電力も言いません でした。大きな違いです。日本は、国民に真実を伝え るより、お上の都合次第で、隠して時間稼ぎです。 チェルノブイリ事故は 、四号炉で発生しましたが 、 お隣の三号炉は運転を続けました。三号炉と四号炉の タービン建屋は長屋構造で、一つの建物です。四号炉 の炉心が爆発で壊れて、タービンの建屋も大きく破壊 しました。三号炉も影響を受けて原子炉の運転、発電 には差し支えない程度でしたが、幾分壊れました。彼 らは四号炉との間に仮設の間仕切りを設けて、放射能 が来ないように目張りをして、三号炉の運転をし続け ました。でなければ、寒いウクライナでは、電力不足 で人が凍死をするからというのが理由です。ウクライ ナの大統領が直接 I A E A で、苦渋に満ちた話をされ たのを覚えています。 これらが、原子炉等の事故に対する世界のリーダー の行動です。 あまり比較したくありませんが、日本はどうだった でしょうか。 TMI 事故の時、昭和五十四年︵一九七九年︶です が、出来たばかりの原子力安全委員会は P W R 型原子 炉、関西電力などが使っている加圧水型軽水炉の全て を 、大飯一 、 二号炉を除いて 、約一カ月間停止させま した。 TMI 事故は炉心溶融を起こした大事故ではあ りますが、アメリカでは一台も止めていないのに、日 本は止めたのです。事故の実体が分からないことに怯 えてのことでした。水鳥の羽音に怯えて逃げた平家の 軍勢と同じです。日本の原子力安全委員会までが怯え たのです。この点が世界と大いに違っています。
福島第一事故と原子力(石川) 原子力船﹁むつ﹂の最後 原子力船﹁むつ﹂を皆さん覚えておられると思いま す。けれども、新聞、テレビが取り上げませんでした から﹁むつ﹂の最後は、あまり知られておりません。 ﹁むつ﹂は放射線漏れ問題の後 、大体十年間ぐらい 流浪の旅を致しました 。母港を持たなかったからで す。その後修理を終えて、約二年間、試験航海を行い ました。太平洋狭しとばかり、四回にわたって試験航 海を続けました。最後の航海では、原子力船の技術屋 がどうしてもやりたいと主張して、台風の中に突っ込 んで試験をしたと言います。そして無事帰ってまいり ました。出船、入り船、こんなに操作の楽な船は無い というのが船長さんの感想だそうです。 その後 、﹁むつ﹂は原子炉が取り除かれ 、船首と船 尾とを活かした観測船﹁むつ﹂となりました。艦名だ けは残って居ますが 、原子力船からは除籍されまし た。炉の部分だけを切り離して、船首と船尾を再利用 する方式は 、昔のアメリカの潜水艦がやっています 。 原子炉を置いてある部分を、マグロの胴体をぶつ切り にするように切り取って、両側に鉄板を溶接して密封 し、それを砂漠へ埋めております。 米国の潜水艦は再利用されますが 、〝 ﹁むつ﹂ 〟は素 晴らしい性能にもかかわらず、原子力船として利用さ れることはなく、廃船になりました。このように、日 本と欧米とでは物の使い方に差があります 。﹁勿体な い﹂は日本の言葉の筈ですが、原子力に関しては﹁勿 体ない﹂とは無縁で、無駄使いばかりです。それは原 子力に対するリーダーの考え方、腹の据わり方が、大 きく違っているからです 。これが良いのか悪いのか は 、もう私のような年寄りが云々することではなく 、 若い皆さん方がご判断なさることです。 ぜひ申し上げたいことは、原子力は日本だけが全世 界と全く正反対の状況にある、と言うことです。日本 の原子力、特に安全規制は、ガラパゴス化していると いうのが、世界中の懸念でした。十年ぐらい前に、原 子力安全保安院という規制組織ができました。その規 制の仕方が、余りにも世界と違って居て、ガラパゴス 化していると言われていました。
福島第一事故と原子力(石川) 私は三十年余り、安全規制のお手伝いをしておりま した。民間に移りましたのは定年退職後、この十年ほ どです 。それまでは官のサポートで 、忙しい日々を 送っていました。例えば I A E A のワークショップな どには何度も出席していました。それが、近頃は日本 が呼ばれません。ワークショップは、原子力に何か問 題が起きたとき、早急に相談したい場合に集められる 会議です。呼ばれない理由を聞くと、日本は規制のや り方が違うから参考にならないと言うのです。今では 日本の代わりに、韓国や中国にお呼びが掛かっている ようです。 呼んでくれないと、新しい情報が全然入ってきませ ん。従って世界の流れに遅れる。これがガラパゴスで す。そういう規制が今回の事故を招いたとは申しませ んが、安全より品質保証に力点を置く偏向した規制を していたのは事実です。発電所員は品証に時間を取ら れて、現場を点検したり、安全を勉強したりすること に時間が割けなかった 。これは申し上げて差し支えない 事実です 。こういう偏向した規制の風潮が 、事故を災 害に発展させた背景にあったと、私は思っております。 世界の原子力情勢 ︵図⑨︶さて 、話題を変えます 。世界の原子力情勢 です 。すべて皆様が新聞でご存知のことばかりです が、まとめて見てみましょう。 先ず米英仏、原子力先進国は日本が原子力を止めて は困ると、政府の脱原子力を心配しています。原子爆 弾を持とうとしない日本が、唯一、発電も再処理もき ちんとやっている 。その日本があるから 、原子力ル ネッサンスを安心して遂行できる。事故が起きたから と、途中で放り投げるのは無責任ではないか。何とか きちんと続けてくれ。この間も、日本政府が原子力を やめるという発表をしたときに、アメリカやフランス 等の各方面から ﹁そんなことしていいの 、出来るの﹂ という揶揄が入りました。これが米英仏の本音です。 逆を考えている国もあります。ロシア、中国、韓国 などですが、しめた、日本がやめてくれたらおれの所 へ注文が来るというのです。 日本の原子力発電所は非常に良い技術で作られてい
福島第一事故と原子力(石川) ますが、難点は高価なことです。けれども安全を考え れば、やはり日本製品が欲しい。この傾向は、今回の 事故によって益々高まるでしょう。インドは昔からそ う言ってくれています。だがインドは NPT に違背し て原爆を作ったというので、日本政府はインドと原子 力協定を結んでおりません。したがって、インド人は 日本の原子力発電所を見学することさえできません 。 何とかしてくれと、私、幾度陳情を受けたかもしれま せん。インドはロシアの原子力発電所を購入していま す。本当は日本から買いたいけれど、日本政府が認め てくれないと、憤懣やるかたない状態です。 その日本では原子力発電所の運転をせず、その代わ り石油の輸入代金が年間三兆円です。私、経済はよく 知りませんが 、﹁それくらいのお金は目じゃない 、 原 子力発電所は嫌だ 。﹂が日本世論の主流のようです 。 日本は金持ちだからでしょうね。それなら消費税を上 げなければいいと思うのですが。今度の選挙で、その 答えがでると思います。 次に、一時喧伝された原子力ルネッサンスは、事故 で多少陰りが出ているとの話を聴いております。けれ ども面白いことに、産油国の U A E とかサウジアラビ アには陰りが見えません。引き続き原子力発電所建設 図⑨
福島第一事故と原子力(石川) に意欲的です。 U A E が韓国に原子力発電所を発注し たのはご存じだと思います 。韓国の大統領が先頭に 立って頑張ったと言われています。 サウジアラビアは、私のおりました北海道大学と原 子力についての協定を結んで、サウジアラビアの学生 が北大に留学しています。乾燥した砂漠での遊牧生活 は非常に大変だそうです。大地に埋まっている石油が いずれ無くなるのは目に見えている 。石油のある間 に 、そのお金でエネルギーインフラを子孫に残した い。それを原子力で造る。砂漠は、水と電気さえ豊富 にあれば、太陽が一杯の住み良いところになる。原子 力はその両方を満たすと。それがサウジアラビアの原 子力ルネッサンスです。 次に発展途上国の情勢ですが、中国、インド、ベト ナム、インドネシア、タイ。これらアジア諸国は、人 口が多く経済発展が不可欠ですが、それには安いエネ ルギーが要ります。中国、インドが原子力発電に向け て進んでいるのはご存じの通りです。ベトナムも原子 力指向で、日本との商談が進んでいるようです。イン ドネシア、タイは、まだ迷っています。 最後に東欧諸国ですが、これらの国々は比較的文化 の高い国々です。フィンランドはフランスに原子力発 電所を発注し、今建設の最中です。リトアニアが日立 と商談を進めているのはご存知でしょう。いざ購入と なるとカネ勘定になりますが、元々は日本から原子力 発電所を買いたがっているといった話を良く聴きま す。これら両国の狙いは、ロシアのエネルギー支配か らの脱出です。ドイツなどもガスはロシアから購入し ているようですが、私の友人の話では、いつ何時、ロ シアの都合で供給停止されるか分からないと話してい ました。エネルギーでの脱ロシアが、原子力発電所の 新増設に繋がっています。 私が知っている世界の原子力情勢は、大体そんなと ころです。日本に住んでいますと、脱原子力、卒原子 力の話ばかりですが、世界の趨勢は原子力ルネッサン スで、現実的です。ひょっとすると、この世界の潮流 から離れようとしているのが、日本の原子力かも知れ ません。 私自身は五十数年間、原子力安全という非常に面白 い分野で一生を過ごし、精一杯やってきました。原子
福島第一事故と原子力(石川) 力は最も安全な、理想的なエネルギー源だと思ってい ます。将来の日本の国に原子力があって欲しいとは思 いますが、国民の総意が嫌だとするならば、これは致 し方ないと思っています。 若い皆さんに考えて欲しいことは、冒頭にお話いた しましたように、自然エネルギー、とりわけ太陽エネ ルギーの電力価格は四十六 ・ 二 円 、原子力発電は事故 の賠償を自弁で行う費用を含めても十一円ぐらいで す。その様な格差のある電力を使って、今後の日本経 済が成り立つのか、世界と競争できるのかということ です 。日本の経済 、いや日本自体が 、 それでもつの か、原子力を失えば日本が衰えていくことだけは必至 でしょう。それは残念なことだと思っております。 福島第一、チェルノブイリ、 TMI 事故の総括 ︵図⑩︶再び福島第一の事故に話を戻します 。最後 の図をご覧になっていただきたいと思います。 世界で起きた三つの大きな原子力事故 、 TMI 、 チェルノブイリ、福島第一の比較です。 TMI 事故で は、炉心は溶けましたが放射能の放出はありませんで した。この地図は、放射能汚染の状況を、チェルノブ イリと福島第一の現状とを、地図の上に色分けして比 較をしたものです。チェルノブイリの放射能が非常に 広範囲に広がっています。実はもっと広く汚染してい るのですが、画面が足りません。 チェルノブイリに較べると、福島第一の汚染範囲は それほど大きくはありません。緑色の所は、比較的軽 微な汚染ですが 、事故当時の風向きで広がった所で す。汚染範囲がずいぶん小さいことがおわかりと思い ますが、この理由は、格納容器の存在と、炉心火災の 有無によります。この説明は省きます。 図の左上の表は、三つの事故での被曝線量と強制避 難人数の比較表です。 チェルノブイリでは 、強制避難をした人数が約 十三万人でした。 TMI の避難は、発電所から八キロメートル以内の 妊婦と学齢前の乳幼児への避難勧告であり、発電所近 傍の一千人ぐらいでした。ただ、ペンシルバニア州知 事が、自主的な避難に対しては、休暇扱いとせず有給
福島第一事故と原子力(石川) 休暇にするという 、粋な州令を出したものですから 、 十五 、 六万人の人が遠くの親戚の家へ出かけた 、とあ ります 。実際の避難者は 、おそらく十五 、 六万人とい われています。 福島第一の場合ですが 、正確な数は分かりません 。 十数万人が強制避難させられたと言われております が、資料によって十万人とあったり、十六万人と書か れたりで、よくわからないのです。 避難者の被ばく線量は、 TMI の場合には、最大で 一ミリシーベルト 、平均で〇 ・ 〇一ミリシーベルトで すから、これは被曝線量ゼロと言ってよいでしょう。 チェルノブイリの場合には、一三万人の避難者の平 均で一〇〇ミリシーベルト。 TMI に較べて一万倍ほ ど多く被ばくしています 。五〇〇〇ミリシーベルト は 、事故直後消火に駆けつけた消防士の浴びた線量 で、三十一名の人が亡くなっています。 福島第一の場合は、公式な平均値がまだ出ていませ ん 。避難者の被曝線量は約〇 ・ 二∼二ミリシーベルト の間です。チェルノブイリから比べるとぐーんと低い 線量です。 図⑩
福島第一事故と原子力(石川) 三大事故についての総括をいたします 。 TMI と チェルノブイリ事故は、今から三十年も昔、原子力発 電が始まったばかりの一九七四年と一九八六年に発生 しました。まだ人が原子炉に馴染んでいなかった時代 でした。そのため、人のミス、不慣れで事故が起きま した。明らかに人災です。福島第一は、それとは違っ て、地震と津波が引き金です。人為ミスが起因ではあ りません。 ただ残念に思いますのは、 TMI 、チェルノブイリ と、折角事故の良い教訓がありながら、私たちが教え 育てた若い原子力関係者が、この事故を余り勉強して いなかったことです 。どうして炉心の溶融が起きた か、水素爆発に至ったか、そういうことを知らないの です。答えられないのです。この点にはがっかりして います。 それは 、電力の技術者に聞いても同じです 。コン ピューターによる計算結果だけで、実際的な勉強がた りません。それでいて天狗になっていた。日本の原子 力発電所はトラブルが少ない。スクラムが少ない。そ の実績に胡座をかいていた。第一世代と異なり、第二 世代、第三世代の人達は、原子力発電は危険なものと 頭では承知しながら、実際の事故事例を勉強し、対策 や準備を怠っていた。我々は大丈夫と、発電所の安全 機能に安住していた。これを世間の人は安全神話とい うのでしょう。 私たちが教育し損なったと、今、反省をいたしてお ります。 以上で私のお話を終わらせていただきたいと思いま す。どうもご清聴、ありがとうございました。 ︵拍手︶ 鳥 居 理 事 長 ︵開会挨拶︶きょうの午餐会は一 般社団法人日本原子力技術協会の 最高顧問でいらっしゃいました石川迪夫先生をお招き しております。 原子力の問題というのは社会的には反対、賛成、大 変な議論を呼んでおります。それも結局は原子力のこ とが素人には何にもわからないからだと私は思いま す 。私も福島の三 ・ 一一以来福島でいろんなことをし てきましたが、やっぱり原子力のことはさっぱりわか らない。そんなことできょうは石川先生をお招きして
福島第一事故と原子力(石川) 原子力についてお話を伺うことができます。大変あり がたいことでございます。多分またいつものように補 助椅子が出るのではないかと思っております。 お食事のあとで先生の詳しいご紹介を常務がいたし ますので、よろしくお願いいたします。ありがとうご ざいます。 ︵謝 辞︶石川先生 、ありがとうございました 。お陰 さまで私たちは大変勉強させていただくことができま した。福島についていろいろなことが言われておりま すが、その中で信じていいことと信じてはならないこ とと両方が行ったり来たりしているのが現状でござい ます。その上更に日本にとって不幸なことに、あの三 月十一日が起きて以後、そう言っては失礼ですが、政 権がこういう政権でありましたので、十九兆円もの復 旧資金が出たはずなのに実は放射能関係にはほとんど 使われていなかったり、使い方が間違っていたりして いると私は思っています。そういう意味で、きょう先 生からお話を聴かせていただいて、頭の中がすっきり しました。これからまた福島の仕事の中で是非、皆さ んに語りかけていくべきことは語りかけていきたいと 考えております。きょうは大変いい勉強をさせていた だきました。ありがとうございました。先生の益々の ご活躍をお祈り申し上げます。 ︵拍手︶ ︿講演者の紹介﹀ 石川 迪夫 ︵いしかわ みちお︶ 前・一般社団法人 日本原子力技術協会 最高顧問 東京大学工学部機械工学科卒業後、昭和三十二年日 本原子力研究所入所。同所安全性研究センター長、北 海道大学工学部教授等を経て平成十七年日本原子力技 術協会理事長 、平成二十年同協会最高顧問 。本年九 月退任。内閣府原子力安全委員会原子力安全総合専門 部会委員、国際原子力機関︵ I A E A ︶原子力の安全 に関する各種委員会委員等を歴任。著書﹃原子力への 目﹄ ︵日本電気協会新聞部︶他多数。 なお 、本稿は平成二十四年十二月十四日 ︵金︶開催の当 社常例午餐会における講演要旨である。