橡Taro10-ロンドン・パリ旅日記.PDF

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平成12年9月14日∼19日 水 川 智 雄 第一日 4度目のヨーロッパ、今回はヨーロッパの中心地、ロンドンとパリを巡る旅である。全 日空201便は成田を11時20分に飛び立ち、約12時間かかり、午後3時20分(イ ギリスの現地時間とは8時間の時差)ロンドン・ヒースロー空港に着く。 、 、 、 、 霧の都ロンドン 天候に関しては何か 暗い町であるようなイメージがあるが やはり どんよりと曇った空が私たちを出迎えてくれた。 スペイン旅行の時は行きも帰りも中継地としてヒースロー空港を利用した。この時は晴 れていて、たまたま行きも帰りも窓際であったため、空からロンドンをつぶさに見ていた が、街並みがしっかりとした都市計画により形作られていること、一つ一つの家が三角屋 根のとても立派な建物で周囲とも調和がとれており、ロンドンの住生活の豊かさに驚きを 感じた物だった。また、都心部にもゴルフ場があることはイギリスらしさを感じさせられ た。 実際に今度は、空港からホテルまでバスに乗ってから見る風景は、最初に抱いたイメー ジとは異なるが、それでも煉瓦済みの堅牢な家々や、樹木の多さと所々にある広い芝生の ラグビー場等を見ていると、立派な街並みであることを再認識させられる。ガイドの話に よれば、ロンドンではフラットと呼ばれる長屋、風呂・台所共通で8畳一間程度が、1週 間で 17,000 円程度だという。 場所にもよるのだろうが、日 本よりも、少々高く、住宅難 なのかと思う。 これらの長屋街は3∼4階 建て程度で至る所に見受けら れる。屋根にはいくつもの煙 突 (chimny) が 立 っ て い る 。 どの部屋にも暖炉があり、そ の数だけ煙突があるという。 これらの煙突から出る煙で、 冬場はひどいスモッグとなっ たため、現在は使用が禁止さ れているという。暖房は石油ストーブかエアーコンディショナーになったのだろう。 ロンドは北緯51゜で、樺太と同じ経度になる。雪は年3回程度降るだけで積もること は少なく、0℃以下になることもほとんどないという。年平均気温は22℃ということで 。 。 、 気温の面では過ごしやすいようだ 緯度が高くても暖かいのは海流の影響である しかし 写真1.ロンドンの長屋街

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冬は暗い夜が長く続く。 ガイドの話を聞くうちにホテルに午後5時前に到着した。まだ、時間があるのでロンド ンの演劇を見ようと思い、一番親しみの持てそうなロングランの「王様と私」を予約する ことにした。木曜日の公演なので今の時間なら間に合うと思ったが、すでに売り切れだと いう。日本にいるうちに予約しておかなくてはならないとは残念だ。とにかくイギリスは シェークスピア演劇の国。ロンドンには現在、演劇場が50以上在るという。きっとこの 賑わいはイギリス人だけが演劇を見にロンドンに集まっているのではなく、世界各地から 集まってきているのでないか 「キャッツ」や「レミゼラブル」等日本でもお馴染みの出。 し物が他の劇場にあったのだが、言葉に自信が持てないので、今回はあきらめることにし て、夜のロンドンを食事しながら廻ることにした。 いづれにしても、夜の食事は自分たちでとらねばならないので、ロンドンの中心街に出 かけることにした。何を食べるか迷ったが、ロンドンは17世紀にインドを植民地にし、 カレーが伝わったとという、最初に食したのはヴィクトリア女王との言い伝えもある。 本来カレーは家庭の主婦がそれぞれの各種の香辛料を調合して自分流に作る。しかし手 間ひまが大変だということで二人のイギリス人が世界最初のカレー粉製造工場を起こし た。二人の頭文字を取ったC.Bカレーは今も世界で愛用されている。というような話が 航空機の備え付けの雑誌に載っていたこともあって、カレーを食べることにする。 行くことにしたのはベイ・オブ・ベンガル(BAY OF BENGAL)という店。ソーホー (SOHO)の中心地にある落ち着いたムードのインド料理店とガイドブックにある。ロン ドのレストランは予約が必要とガイドブックにあり、予約を取って向かうことにする。電 話で慣れない英語により意志を通じさせようとするため、結構緊張する。向こうから「ノ ー・プロブレム(No problem)」の声が聞こえてきて、ほっとした。 ホテルはキングス・クロス駅の近くにある。まずまずの立地条件だ。地下鉄を利用する King's Cross St-Pancras lecester ことにして、キングクロス駅( )からレスター・スクエア( )の区間を乗車することにした。ロンドンの地下鉄は1863年に開通したというか Sq. ら江戸時代末期と言うことになる。丸い車 体からチューブ(Tube)と呼ばれている。 日本の地下鉄と比べて小型である。都営地 下鉄大江戸線の車体と同じ程度といったと ころか。しかし、路線はきちんと色分けさ れていて、初めての私たちにも、とても分 かりやすい。線路は結構地下深くにあり、 エスカレーターで降りていくと、街頭音楽 士 が ギ タ ー 片 手 に ビ ー ト ル ズ (Beatls) の 歌を歌っている。さすがイギリス人だけあ ってとても上手である 「 ハ ー ド ・ デ イ ズ。 ・ナイト」懐かしい曲だ。お金をチャリンと入れてあげる。地下鉄利用者に日本人はほと んどいない と言うことはロンドンも未だ ビートルズ人気衰えずなのか というより 音、 、 。 「 楽の古典」となっているのかも知れない。 レスター・スクエア(lecester Sq.)で降りて外に出ると、なにやらとても人通りが多く 写真2.ロンドンの地下鉄

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活気がある。人種も雑多である。また、日本の盛り場というと若い人が多いが、年齢層が 上である。 目的地のレストランに向かって少し歩くと、見慣れた看板がある。パレス(PALACE) と呼ばれる劇場で「レ・ミゼラブ ル」を上演している。何年か前に 「 」 帝劇で日本語版 レ・ミゼラブル を見たことを思い出す。ロンドン 発のミュージカルは世界中で連続 してヒットを飛ばしているのだ。 ちょうどこれから入場という時 間帯なので、人だかりが凄い。ソ ーホー地区は劇場やテレビ・映画 等の関連企業が集中している。ま 、 、 た 近くのコベェント・ガーデン ピカデリー・サーカスといった地 区を含めて「ウェスト・エンド(west end)」と呼ばれており、40近くの劇場があるよ うだ。劇場の建物はなかなか立派である。 さて問題のレストラン、ベイ・オブ・ベンガルは、すぐに見つかった。 確かに落ち着 いたムードであるが、閑散として人がいない。進められるままにディナーコースを取った が、初めに出てきたチキンや牛肉がいただけない。さらに、3種類(野菜、海老、牛)の カレーも又、いただけいない。あえて言えば 海老のカレーだけは何とか食べられた。まず ( ) 。 まずだったのはナン 薄焼きのパン だけだ 当然のことながらライスもインディカ米のた め、パサパサである。 妻はカレーならばと言っていたが、旅の疲 れもあって食が進まない。自分も同じく気が 進まない。異国の地に来て、予備知識なくレ ストランに入るとこんなこともあるのだと観 、 。 念し ビールで胃の中に流し込むことにした 食事の後、ロンドンの中心地ピカデリー・サ ーカスまで歩く。そこからのびるリージェント・ストリートは(Regent St.)きれいに湾 曲していて長屋風の立派なビルが続く。このビルの美しさには感銘を受けた。建物の中に は有名ブランドショップがずらりと並んでいる。しかし8時を過ぎていたため、ほとんど の店は閉まっていた。 ピカデリー・サーカスの街角では大道芸人が両側に火のついた棒を弓取り式のように回 す芸を披露して喝采を浴びていた。 時間も過ぎてきたので、再び地下鉄に乗ってホテルに帰ることにする。エスカレーター で地下のホームに降りていくと、今度はラジカセの伴奏に合わせてテナー・サックスを吹 いている年輩の音楽士がいる。これがまた、すこぶる上手である。日本では一切お目にか 写真3.パレス 写真4.ベイ・オブ・ベンガルのカレー

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第二日 今日の二日目はロンドン巡り、食事を7時半に取り、9時に出発である。ちょっと時間 、 。 があったので 一見労働者風の人達が利用する近くのカフェでコーヒーを飲むことにした カフェ・オレを頼んだら、立派なコーヒーカップにたっぷりとコーヒーが入っている。値 段は15£。ゆったりとした気分にさせられて、とても良い。 ホ テ ル の 前 を 市 内 バ ス が 通 っ て 行 く 。 例 の 二 階 建 て の バ ス で あ る 。 一 階 の バ ス も あ る よ う だ が 、 ほ と ん ど は 真 っ 赤 か の 二 階 建 て バ ス で あ る 。 二 階 の 先 頭 に 乗 る と 見 晴 ら し が と て も い い と い う 。 本 当 は 乗 っ て み れ ば 良 か っ た の だ が 、 バ ス の 利 用 は 、 地 下 鉄 に 比 べ 、 わ か り に く い と い う こ と で 、 乗 ら な か っ た 。 も っ と も 、 世 界 中 ど こ の 都 市 で も 、 バ ス に 平 気 で 乗 れ る よ う に な れ ば 、 そ の 都 市 を 知 り 尽 く し て い る と 言 う こ と に な る だ ろうが。 、 。 ( ) ホテルの前には タクシーも止まる イギリスのタクシーはブラック・キャブ Black cab と呼ばれ、諸外国に比べ運転手の質も高いとい う。とても特徴があり、面白い。乗ったわけで はないのでよく分からないが、通常は二人がけ で、それ以上の場合は運転手の後ろ側にある椅 子を倒して乗るようだ。 われわれが滞在していたときには、イギリス では燃料税、反対の運動とかでガソリンスタン ドの多くが閉鎖されていて、走っている車の台 数が少ないという。 しかし、所々に渋滞がある。これは空いてい るガソリンスタンドに車が集中する箇所だという、なるほどガソリンスタンドの前に車が ずらりと並んでいる。 観光バスは、まずロンドンの西の郊外、ウィンザー(Windsor)に向かう。ロンドン郊 外に出ると美しい田園が広がる。特にテームズ川のほとりの緑の多い風景は素晴らしい。 ウィンザー城に近づいて、ガイドが「皆さんバスの中から一瞬ですけれどロング・ウォー ク(Long walk)を見れますよ。バスがちょうど横切りますから 」という。王室の人達が。 馬などに乗って散歩する長さ3マイル(約5km)の一直線の道である。外は少々雨が降 っており、バスの窓は曇っている。写真はタイミング良く取れたはずなのに、結果は霞ん 写真5.2階建てバス 写真6.タクシー

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で い る 。 し か し 、 こ の 道 は 素 晴 ら し い 道である。ここでジョギングをしたら、 さぞかし、快適だろう。

バ ス は ウ イ ン ザ ー ・ イ ー ト ン ・ セ ン トラル駅(Windsor & Eton Central St.) の 脇 の 駐 車 場 に 到 着 。 そ こ か ら 、 ウ ィ ンザー城に向かう。 ウ ィ ン ザ ー 城 は 9 0 0 年 も の 間 イ ン グ ラ ン ド の 王 の 城 と し て そ び え 続 け て き た 。 現 在 も 王 室 の 居 城 と し て 使 わ れ ているものの中では世界最大規模だとい う。ウインザー城は当初は要塞として建てられたようで城壁からは鉄砲による攻撃も出来 るようになっている。 城 の 中 心 と な る の は ラ ウ ン ド タ ワ ー で あ る 。 付 近 を 流 れ る テ ー ム ズ 川 の 水 面 か ら の 高 さ は 6 5mだという。 ウ イ ン ザ ー 城 の 中 に 入 る と 、 ま ず は 陶 磁 器 の 館 。 ヨ ー ロ ッ パ 各 地 の 名 窯 に よ る 陶 磁 器 が 飾 ら れ て い る 。 数 も 多 い し 、 一 つ 一 つ に 描 か れ た 絵 も 色 も 素 晴 ら し い 。 こ れ ら は 現 在 で も 王 室 の 主 催 す る 晩 餐 会 に 使 わ れ て い る と い う 。 こ の 美 し い 皿 に は ど ん な 料理が盛られるのだろうかと考え 込んでしまった。 その他、甲冑や武具を飾ってある部屋、王女の謁見の間、ガーター勲章を授与する間な どがある。これらを見ていると、豪華な部屋、豪華な調度品が並び華やかさがあるが、そ の裏に、イギリスの王室の質実剛健さが見て取れるような気がするのはとても不思議であ る。 外に出て、聖ジョージ・チャペルを見て回りバスに再び戻ることにした。 再びロンドン市内に戻り、シャフツベリー・アベニュー(Shaftsbury Ave.)にある中華 街へ。何故か天候には恵まれず、どしゃ降りの雨。ロンドンでは雨は降るが、このような 強い雨は余りないとか。ついていないのかも知れない。 昼食は飲茶。シュウマイ・餃子・春巻き、チャーハン・焼きそば・ラーメン。団体の日 本人観光客が多く利用する中華レストランなのかも知れないが、とても馴染みやすい味で ある。ラーメンというか、汁ある麺が少々いただけなかったが、他はとても美味い。やは 、 。 り香港を統治していた国だけあって 伝統の中華味はロンドンに根付いているのだろうか 写真7.ロング・ウォーク 写真8.ラウンドタワー

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食事が終わっても、やはり雨は強く降っている。傘を さしながら中華街をちょっと歩いてみた。横浜ほど活況 を呈していないが、まずまずの賑わいである。神戸の中 華街といい勝負か。 その後、大英博物館(British Museum)へ。入口付近は 現在、工事中である。入場料は無料である。日本語版の 案内書は5£と安いが、内容も良く、しっかりとした装 丁である。 有名な絵画のコレクションとして知られる「ロンドン・ ナショナルギャラリー」も無料とかで、観光客にとても 良心的な街と言えるだろう。 大英博物館は 「大英帝国の略奪たまもの」などと言、 われもするが、世界最大の宝物館、世界で最も権威があ る学術研究機関であることは確かである。 まず、入ってすぐの所に、あのナポレオンがエジ プト遠征時代に発見し、エジプト象形文字の解読の もととなったロゼッタ・ストーン(Rosetta Stone) 。 、 がある 上段にはエジプト象形文字ヒエログリフが 中段には民衆文字デモテックが、そして下段にはギ リシャ文字が刻まれている。発見された1798年 から解読競争が行われ24年後、フランスの学者シ ャンポリオンがついに、解読への道を開く 「この。 枠内に書かれているは、間違いなくファラオの名前 だ!」ヒエログリフがその正体を現した瞬間、シャ ンポリアンは気を失ったという。これによって14 00年以上封印されてきた古代エジプトの歴史に光 が当てられることになる。 この石碑は、メソポタミア文明、最古の法律と呼 ばれる「ハンムラビ法典」を刻んだ石碑と共に世界史上、最も価値ある石碑といえるだろ う。高校時代、世界史を勉強した際に強く印象に残った石碑が目の前にあるのは、本当に 感激だ。 エジプト関係ではさらにラムゼス2世の巨像の頭部が飾られている。穏やかな顔の素晴 らしい彫像だ。ラムゼス2世は古代エジプトのファラオ(王)の中でも傑出しており、多 くの記念建築を造営し 「建築王」と呼ばれている。全身像が飾られた当時の宮殿の荘厳、 さと豪華さが偲ばれる。この像は、なんと7トンもあり、1816年、運搬計画発案から 4ヶ月後、テーベ(現在のルクソール周辺)からナイル河畔まで数百人の人夫により4本 のコロとロープを使って運搬された。英国に運搬されてからもギャラリーに展示するため に、大変な苦労を要したという。大型クレーンのある現在では、それほど苦労するとは思 えないことではあるが。 写真10.ロゼッタ石 写真9.ロンドン中華街

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大英博物館における最も重要な宝物は、やは り、パルテノン神殿の彫刻群だろう。この彫刻 群は夥しい数である。ギリシャがトルコの統治 下にあった19世紀初め、エルギン卿によって 運ばれた。このため、これらの彫像群は「エル ギン・マーブル」と呼ばれるという。マーブル (Marble)は大理石。現在、ギリシャ政府はイギ リスに返還要求を出しているという。パルテノ ン神殿に戻され、ここにある彫刻が破風や外壁 の上端を一周する形を再び復元してこそ、真に 意味あるものに思えてくるのだが。 パルテノン神殿は紀元前5世紀に建立され、 建築はイクティノスとカリクラテスが担当し、 彫刻は高名な彫刻家フェイディアスが指揮を執 ったということが分かっている。彫刻を見てい くと、ギリシャ神話に題材を取った人物像がとて 、 。 。 も力強く 美しい これらの彫刻は一年ないし二年の短期間に一気に彫られたものだとか 当時のギリシャの文化の高さに驚かずにいられない。 神殿の東側の破風を飾る彫刻は「ゼウスの頭から女神アテナが生まれた」との神話に基 づ い て 作 ら れ て い る 。 頭 部 な ど 破 損 し て し ま っ て い る の が 惜 し ま れ る。 ヨ ー ロ ッ パ で は 建 築 物 に 人 物 像 等 が 彫 り 込 ま れ て 装 飾 と な っ て い 。 ることが多い 大 英 博 物 館 の 玄 関 も パ ル テ ノン神殿を模して造られている。このパルテノン神殿がヨーロッパの建築に影響を与えた ものは莫大なものがあったであろう。 もう一つ、初めてお目にかかったが印象に残ったものが「ポートランドの壺」である。 アレクサンドリアのカメオ彫り師による古代ガラス製品の傑作である。見れば見るほど、 その美しさに引き込まれていく。この壺の黒の下地に白い絵が浮き出る手法は現在では再 現できないと言う。しかし、この壺を有名にしているのは、蛮行によって200の破片に 割られてしまったことである。そして見事に修復した。今も大英博物館には保存修復士た 写真11.ラムゼス2世の像 写真12.パルテノン神殿の破風の彫刻

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ちが専門的な訓練を受け、今後何百年も良好な状態で所蔵品が残されるよう最善の努力を しているのだ 「この壺は価格にすれ。 ば 1 5 億 円 で す 」 ガ イ ド の 話 が 空 虚 に聞こえてきた。 大 英 博 物 館 で 忘 れ ら れ な い も の に ミ イ ラ の 陳 列 の が あ る 。 2 階 「 古 代 エジプト展示室 にはミイラや棺」 、「死 者 の 書 」 な ど が 集 め ら れ て お り 、 そ の 数 の 多 さ に 圧 倒 さ せ ら れ る 。 こ れ は 1 8 世 紀 、 ヴ ィ ク ト リ ア 女 王 時 代 を 中 心 に 大 英 帝 国 の 国 家 の 威 信 に か け て 古 代 エ ジ プ ト の 遺 産 の 発 掘 を 行 ったことによるものである。 それにしても、ここに展示されている極彩色の棺や死者の書は紀元前1500年∼75 0年前のものである。ということは、3000年も前のものである。美しい棺は生前から 作らせたものだと言うが、豪華な装飾は、その時代の豊かさを象徴しているし、美しい顔 は日々の楽しい生活を良く表現しているよ うに思える。 また、描かれた絵はエジプトの神話に基 づいて書かれているし、ヒエログリフで書 かれた文字も解読できるものだという。古 代文明の高さに、驚かざるを得ない。 顔料は赤、黄、緑、青、白などは鉱物か ら、黒は炭で作られてたため退色しないの だという。時間や空間を越えてわれわれに 訴えてくる迫力には感動せざるを得ない。 古代エジプトの棺や死者の書などに書か れている絵画を見ていて、一種独特の様式 がある。それが何なのか最初は分からなか った。実は、人物や動物が顔と下半身が横 向きにかかれていて、上半身は前を向いて いること。これは人物や動物の特徴を良く 表すとして用いられた手法ということであ る。 中でも有名な「デニトエアメンの内棺」 は、眼を惹きつけるものだった。神々と呪 文に送られ、来世に旅立った死者の棺。当時の人々の祈りが通じて、今、われわれの前に 「永遠の生命」が訴えかけて来ているような気がしてならなかった。 大英博物館を見て回った時間は1時間半程度と、わずかな時間に過ぎなかったが、感動 が大きく、ずいぶんと多くの時間を過ごしたように思えた。 写真13.ポートランドの壺 写真14.デニトエアメンの内棺

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大英博物館の出口から、外に出ると雨が上がっていて、ぱっと明るい日の光が差してき た 。 ロ ン ド ン も 晴 れ れ ば 、 明 る い 街 な の で あ る 。 と て も 、 す が す が し い 気 分 に な っ て き た 。 と こ ろ で 、 出 口 に あ る ラ イ オ ン 像 は 三 越 デ パ ー ト の ライオンのモデルになったとか。 次 に 向 か っ た の は 、 ロ ン ド ン 塔 、 ロ ン ド ン 観 光 の ハ イ ラ イ ト と い う 話 も あ る が 、 今 回 の ツ ァ ー は 中 に 入 ら な い の で 、 何 と も 言 え な い 。 外 か ら 見 て 、 1 1 世 紀 に イ ン グ ラ ン ド を 征 服 し た ウ ィ リ ア ム 王 が 建 て た の が 最 初で、その後歴代の王によって増改築 が繰り返されてきたという話を聞くだけで終わってしまった。空模様もまた悪くなり、雨 がぽつぽつと降り出してくる。 ロンドン塔はテームズ川のすぐそばにあり、そこからは、上流にロンドン橋があり、下 流にはタワーブリッジがある。

London bridge's falling down,falling ロンドン橋の方は昔 「ロンドン橋落ちる、落ちる(、 」とか言う歌をよく歌ったような気がする。ロンドン橋は何度も掛け替えられてい down) ると言うことだが、ロンドン市内のテームズ川に最初に架けられた場所である しかし、土木関係の仕事に携わるものとしては、やはりタワーブリッジに興味を引かれ る。この橋はイギリスで最も有名な橋といっても過言ではないだろう。橋の全長は260 m、2基のゴシック様式の塔が建っている。完成は1894年である。 塔から橋台まではケーブルが 渡されている。また、塔と塔の 間は跳ね橋になっている。南側 の塔には模型や構造図が飾って あるという 私の持っている 世。 「 界の橋写真集」には、この橋の いろいろな部分の詳細な彫刻や 紋様などが詳しく載っていて、 本当に素晴らしい橋だと思って いた。しかし、今回のツァーで は近くに行くことが、出来ない のがちょっと残念だ。なるべく 近くまで行って写真に納めるこ とにする。 その後、バッキンガム宮殿の前を通り、ウェストミンスター寺院と国会議事堂を見に行 く。ロンドンの観光というとバッキンガム宮殿の前の広場で行われる衛兵交代式を見るの が観光の目玉だが、今回のツァーには入っていない。隔日に行われ、11時30分から1 写真15.大英博物館の出口 写真16.タワーブリッジ

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時間程度行われる。雨の場合は中止。仮に今日見る予定となっていても、昼はかなり強い 雨が降っていたので間違いなく中止になったであろう。 バスはウェストミンスター寺院の前に止まり、そこから歩き出す。どうやらこの付近は 駐車場がないらしい。 、 。 、 ウェストミンスター寺院は イギリスで最も高いゴシック様式の大聖堂である 北と南 両翼廊を飾るステンドグラスのバラ窓が大変美しいと言うことであるが、残念ながら中に 入らないのでその様子は分からない。11世紀に建てられ、13世紀にヘンリー4世が莫 大な資金を使って改築したものという。歴史の重みがひしひしと感じられる。 そこから、歩いて国会議事堂、あの 大 き な 時 計 台 の ビ ッ ク ベ ン を 見 に 行 く。雨のため、あたりは薄暗くなって きていて、確かにビックベンというこ とは分かるのだが、感動が沸いてこな い。しかも、見慣れている写真とは異 、 、 なるアングルから見るため これまた 。 、 今ひとつといった感じである やはり 良い写真は晴れた日にテームズ川の対 岸から撮るのがいいのだろう。 そうこうしているうちに、今日の行 程は終わりとなる。 そこからは、夕食を取るパブに向かう。今日はローストビーフの食事だという。ロンド ンでは特別なハブではないのだろうけれども、何とかく雰囲気がある。特に一階はダーツ (dart)があったりしてロンドンっ子が、パブでの楽しいひとときを過ごしている。日本 にはない独特の雰囲気である。二階はというと、こちらは日本人団体旅行客向けにセット されたような感じで、これといった特色はない。イギリス料理に関しては、ロンドンのヒ ースロー空港を経由した際に食べた時、 値段が高い、上手くないといったことか 、 。 ら始まり その後も良いイメージはない 美味しい料理もあるのだろうが、それが どういうものかは良く知らない。私の感 覚ではローストビーフくらいなのかなと いうのが現在の感覚だ。そのうち間違い だったと気付くことがあるかも知れない が・・・・。 食事が並んで、さあ食べようと思った ら、突然、大きな音。一瞬何事が起こっ たのかと思ったら、雷の音である。ヨー ロッパにも雷があるのかと一瞬、馬鹿な 。 、 。 ことを考えてしまった ロートスビーフの方はビールを飲みながら 美味しく食べられた とはいっても、日本で食べ慣れている料理である。 写真17.ビッグベン 写真18.ロンドンのパブ

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食事後の自由時間に観覧車「ロンドン・アイ」に乗ろうと思って、添乗員さんに調べて もらったら、夏の時間は10時までやっているのだけれど9月11日からは6時に終わっ てしまうということである。時計をみるともう間に合わない。ロンドン・アイはテームズ 川沿いにあり最近出来たばかりの巨大な観覧車で、ロンドンの新しい名所になっていると 聞いていたので残念である。それならばと今晩は疲れを癒すため、ゆっくりとホテルで休 むことした。 写真19.ロンドン・アイ

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