地 理 誌 叢 第 57 巻 第 2 号 2016 林構成が異なる 2 箇所のドリーネを対象に 岩上 蘚苔類群落の構成種などを比較検討した ϩ 地域概要 秋吉台は 標高約 m のカルスト台地 で 古生代石炭紀前期からペルム紀後期の化石を 多く含む石灰岩が広く分布する 太田 1968

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全文

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Ϩ はじめに

山口県にある秋吉台では,面積約 130 km2の石 灰岩台地が広がり,日本で最も広くまとまった面 積を持つカルスト地域である。 台地上には, ド リーネやウバーレなどの凹地形と,石灰岩の露岩 であるピナクル1)が多数露出し,日本における温 暖湿潤型カルストの模式地となっている。 台地は厚東川をはさんで東の台と西の台に二分 されるが,東の台は昭和 30(1955)年に国定公園 に指定され,特別天然記念物である秋芳洞や地獄 台(カレンフェルト地形)等がある。国定公園内 は草原景観が広がっているが,これは年に一度お こなわれる山焼きにより維持されている。 喜多( 1996 )によれば,江戸時代の宝暦小村絵 図等の資料により,カルスト台地の窪地は百姓の 畑地で,周囲の山野は採草地として利用されてい た。岡本・藤川( 2013a, b )は,台地上が草地と して初めて記録された史料として 1729 年の地下 上申絵図を挙げている。 栗崎ほか( 2006, 2013 ) は,石筍試料を用いて,台地上の北山や帰り水の 横穴では,1700 年頃から草原植生であったことを 示した。 以上の研究から,秋吉台では,少なくとも江戸 時代以降から草原景観が広がり,牧草や堆肥,屋 根材を取るための採草地として,人為的に草原が 維持されてきた地域であると考えられる。 しかし,近年は草の需要低下や,山焼きを実施 する地域住民の高齢化や人手不足により,草地面 積は縮小傾向にある。中安( 1997 )で指摘されて いるように,昭和 30 年代以降の山焼きは,観光 目的のための景観維持の意味合いが大きい。 このように,山焼き範囲の縮小に伴いカルスト 台地では,縁辺部から草原の森林化が進行してい る。すなわち,放置された草原は,現在スギやヒ ノキの植林地から成る人工林や,落葉広葉樹や常 緑樹の混交林から成る二次林へと変化している。 草地面積の縮小に伴う草原の森林化により,カ ルスト台地上のピナクルには蘚苔類(コケ植物) が繁茂し始める。蘚苔類は森林化に伴い石灰岩上 に侵入する初期の生物の一つであり,植物体の構 造上,乾燥に弱く微小な環境や生育基物の影響を 受けやすい。そのため,蘚苔類はその場所の環境 を知る上で重要な手がかりとなる。本研究では森 林構成が異なる 2 つのドリーネを対象にして,ド リーネ内の岩上蘚苔類群落の出現種と分布特性を 明らかにすることを目的とした。 ピナクル表面を覆う蘚苔類群落は草地には成立 せず森林内に分布するため,まず地形図や植生図 を用いて秋吉台国定公園における草地面積の縮小 (森林化)過程を調べた。その上で,植林後約 50 年経過して蘚苔類が繁茂する地域を選び出し,森

秋吉台における草地縮小に伴う

岩上蘚苔類群落の侵入とその構成種

羽田 麻美*,乙幡 康之**

キーワード:カルスト,ドリーネ,石灰岩,蘚苔類,秋吉台  * 日本大学文理学部 ** ひがし大雪自然館

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林構成が異なる 2 箇所のドリーネを対象に,岩上 蘚苔類群落の構成種などを比較検討した。

ϩ 地域概要

秋吉台は,標高約 100 ∼ 400 m のカルスト台地 で,古生代石炭紀前期からペルム紀後期の化石を 多く含む石灰岩が広く分布する(太田, 1968 な ど)。台地上には,年に一度の山焼きにより草原 景観が維持され,ピナクルが多数露出したカレン フェルト地形が広がる(写真 1)。草原を構成する 植生は,塩見・中村( 1981 )の現存植生図による と,ネザサやススキ群落,または牧草地となって いる。この地域の気候は,秋吉台科学博物館前 (北緯 34 °14 ′,東経 131 °18 ′,標高 240 m )のア 写真

1

 台地上の草原植生でのピナクル (2008 年 3 月 16 日撮影)

国定公園の範囲 <凡例> 1899年の草地 1981年の草地 2010年の草地 調査対象ドリーネ ★A ★A,B ★B 図

1

 秋吉台における草地面積の変化(1899 年∼ 2010 年) 資料:草地の範囲は,1899 年測図の 1:50,000 地形図,塩見・中村 (1981) と太田 (2011) による植生図を基に作成した。

(3)

では,2013 年 7 月2)にこれらスギの大規模伐採が おこなわれた(写真 3)。斜面上部の北向き斜面は スギ林,南向き斜面はスギ林とシラカシを主体と する落葉樹林で構成されている。なお,スギ植林 の伐採跡には, 現在クサギが侵入している。 ド リーネ B は,2015 年 9 月現在も植林されたスギに 覆われた状態のドリーネである。一部ドリーネ底 にはヒノキの植林(写真 4 )や,北向き斜面の上 部には高木層にタブノキも見られる。

Ϫ 調査方法

1

.草地面積の算出 秋吉台国定公園内における草地面積の計算に は,次の 3 種の資料を用いた。ⅰ)陸地測量部に メダス資料( 1981 ∼ 2010 年)によれば,年平均 気温は 13.6 ℃,年平均降水量は 1994.7 mm である。 冬季には降雪がある。 調査対象としたドリーネは計 2 箇所であり,真 名ヶ岳東斜面の標高約 250 m に位置する(図 1 )。 いずれもドリーネ底からドリーネ内壁斜面上部ま での比高は約 10 m,長径 60 m 程度で,ドリーネ の規模に大きな違いはない。この地域は,かつて は山焼きがおこなわれ草原植生下にあったが,現 在は森林化している。森林化に伴ってこのドリー ネは湿潤環境となり,ピナクル表面には蘚苔類が 繁茂している(写真 2 )。調査対象とした 2 箇所の ドリーネ(ドリーネ A・B )ともに,スギの植林 地が広い面積を占める。ドリーネ A の斜面と底部 写真

2

 森林植生下のピナクル (2014 年 3 月 31 日撮影) 写真

3

 ドリーネ A の景観 (2014 年 1 月 7 日撮影) 写真

4

 ドリーネ B 底部と南向き斜面の景観 (2015 年 2 月 21 日撮影)

(4)

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エゾキヌタゴケ・ ギボウシゴケ シナチジレゴケ ᵮᵏ ῍ ᵔ:方形区番号 :乾燥した環境を好む種 :湿潤な環境を好む種 ナガサキホウオウゴケ・ オオクラマゴケモドキ キダチヒダゴケ ツクシナギゴケモドキ・ ヒラヤスデゴケ・ カハルクラマゴケモドキ タニゴケ ドリーネ底からの比高 (m) 20 0 40 60(m)

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ᵮᵎ ῍ ᵔ:方形区番号 :湿潤な環境を好む種 ツクシナゴケモドキ・ ヒラヤスデゴケ オオウロコゴケ キダチヒダゴケ ・ジャゴケ ツクシナギゴケモドキ イボエチャボシノブゴケ ドリーネ上部 ドリーネ中部 ドリーネ下部 ドリーネ上部 ドリーネ中部 ドリーネ下部 図

2

 ドリーネ A における地形断面と蘚苔類の分布 図

3

 ドリーネ B における地形断面と蘚苔類の分布

(5)

月( 2001 )に従って種の同定をおこなった。採集 した蘚苔類標本は全てひがし大雪自然館に収蔵し てある。出現した蘚苔類の生育環境別の区分につ いては,岩月( 2001 ),岩月・水谷( 1972 ), No-guchi(1987,1988,1989,1991,1994),田中(2012) を参考にした。

ϫ 台地上の草地面積の変化

1899 年, 1981 年, 2010 年における国定公園内 の草地面積は,1899 年以降,縮小傾向にある(図 1)。1899 年は 29.5 km2 ,1981 年は 13.8 km2,2010 年は 11.5 km2であった(表 1)。この値は,1899 年 の面積を 100 %とすると,1981 年は 46.8 %,2010 年は 39.0 %となり, 明治時代に存在した草地は 半分以下へと激減している。減少率は,1899 年か ら 1981 年 に か け て が 0.19 km2/yr, 1981 年 か ら 2010 年にかけてが 0.08 km2/yr であった。 なお, 1899 ∼ 1981 年の間の時期については, 国定公園内の植生界が記載された地形図が得られ なかった。ただし,昭和 35( 1960 )年発行の 1: 50,000 地形図では,秋吉台北部地域のみ植生界が 描かれており,本調査地域はこの地形図では草地 であることが確認できた。また,国土地理院によ り 1968 年に撮影された空中写真を見ると,調査 地域は森林化していた。 一方, 現地調査によれ ば,ドリーネ A においては,2013 年 7 月に植林さ れたスギの伐採がおこなわれており,伐採された スギの年輪を測ると樹齢は概ね 50 年であった。 これらの結果から,対象地域のドリーネは,1960 ∼ 1968 年の間に森林化した地域だと推測した。 よる明治 32(1899)年測図,同 36(1903)年に発 行された 1:50,000 地形図,ⅱ)塩見・中村(1981) による「秋吉台現存植生図」,ⅲ)太田(2011)に よる「秋吉台地域の相観植生図」である。秋吉台 国定公園の範囲は,山口県自然保護課による資料 を用いた。これらの地図資料に対して, ArcGIS を用いてコントロールポイントを 4 箇所取り,幾 何補正をおこなった。その後,草地と国定公園の 範囲のポリゴンを作成し3 ),各ポリゴンをⅰ)の 地形図上に重ね合わせた。その上で,各ポリゴン が示す草地面積と国定公園面積を算出した。

2

.岩上蘚苔類群落の分布 蘚苔類の生育場であるドリーネ A・B において, ハンドレベルにより南北方向を測線とする地形断 面を計測した(図 2, 3 )。測線上の南向き斜面と 北向き斜面において, ドリーネ底からの比高毎 に,ドリーネ下部・中部・上部と区分した。これ らの区分に基づき,下部・中部・上部において, 測線上に露出する高さ 1 m 以上で最も蘚苔類が繁 茂するピナクルを対象に,蘚苔類の出現種を確認 した。蘚苔類の調査は, 2014 年 1 月 3 ∼ 7 日, 3 月 29 ∼ 31 日,12 月 6 ∼ 8 日,2015 年 2 月 19 ∼ 21 日に実施した。蘚苔類の調査については,対象と したピナクルの北向き面・南向き面において,地 表 面 からの 高 さ 0 ∼ 20 cm, 40 ∼ 60 cm, 80 ∼ 100 cm の場所で 20 × 20 cm の方形区を 2 ヶ所設 け,この方形区内の出現種を調べた。1 地点にお いて調べた方形区数は合計 12 ヶ所である。本方 形区内で確認できた回数を,出現回数としてカウ ントした。出現した蘚苔類はすべて持ち帰り,岩 表

1

 秋吉台国定公園内における草地面積の推移(1899 年∼ 2010 年) 草地面積(km2) 1899年の草地面積を100%とした時の面積割合(%) 国定公園の面積に対する草地面積の割合(%) 1899年 29.5 100 65.8 1981年 13.8 46.8 30.8 2010年 11.5 39.0 25.7 ※ 国定公園の面積:44.8 km2

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南向き斜面でかつドリーネ底から比高の高い P5 と P6 に分布していた。一方,湿潤環境種は 7 種 (タニゴケ,キダチヒダゴケ,ナガサキホウオウ ゴケ,ツクシナギゴケモドキ,ヒラヤスデゴケ, オオクラマゴケモドキ,カハルクラマゴケモド キ)が出現し,その分布はドリーネ底である P4 から,北向き斜面上部の P1 に至る範囲で分布し ていた。一方,石灰岩性ないし石灰岩地域に多く 出現する種は 5 種(キスジキヌイトゴケ,ヒメタ チヒラゴケ,シナチジレゴケ,ギボウシゴケ,カ ハルクラマゴケモドキ)が確認され,表 3 に示し たそれぞれの特性に応じてドリーネ内に広く分布 した。なお,ヒメタチヒラゴケは「環境省第 4 次 レッドリスト」(環境省,2012)による絶滅危惧Ⅰ 類の指定を受けている(乙幡・羽田,2014)。

2

.ドリーネ

B

の事例 ドリーネ B は,スギの植林を主体とするドリー

Ϭ 

ドリーネ内における蘚苔類群落の分

布特性

1

.ドリーネ

A

の事例 ドリーネ A において出現した蘚苔類は計 20 種 で(表 2 ), 優占種はアツブサゴケモドキであっ た。なお,ドリーネ内での出現回数が最も多い種 を優占種とみなした。現在このドリーネは森林に 覆われていない状態であるが, これらの蘚苔類 は,ドリーネ内の植林化以降に繁茂し始めた群落 であると考えられる。表 2 中に記載された P1 ∼ P6 は,測線上のピナクルを示す番号であり,ピ ナクルの位置は図 2 と対応する。表 2 には,それ ぞれの蘚苔類のうち,湿潤環境種,乾燥環境種, 石灰岩性ないし石灰岩地域でよくみられる種を区 分した。この分類は,先行研究で示された蘚苔類 の環境別特性に基づくものである(表 3)。 乾燥した環境に出現する 3 種(エゾキヌタゴケ, ギボウシゴケ,シナチジレゴケ)は,ドリーネの 表

2

 ドリーネ A における蘚苔類の組成 No. 地 点 P6 P5 P4 P3 P2 P1 出現 回数 ドリーネ底からの比高 (m) 8.0 5.0 0.8 1.6 5.5 8.1 1 Palamocladium leskeoides アツブサゴケモドキ + + 11 2 Rhynchostegium inclinatum カヤゴケ + + + 8 3 Homalothecium laevisetum アツブサゴケ + + + 6 4 Brachythecium rivulare タニゴケ + 6 5 Thamnobryum plicatulum キダチヒダゴケ + 6 6 Anomodon viticulosus キスジキヌイトゴケ* + + 5 7 Brachythecium populeum アオギヌゴケ + + + 5 8 Thuidium kanedae トヤマシノブゴケ + + + 5 9 Homaliadelphus targionianus var. rotundatus ヒメタチヒラゴケ* + 3 10 Taxiphyllum taxirameum キャラハゴケ + 3 11 Fissidens geminiflorus ナガサキホウオウゴケ + 3 12 Brachythecium plumosum ハネヒツジゴケ + 2 13 Homomallium connexum エゾキヌタゴケ + 2 14 Plagiomnium acutum コツボゴケ + 2 15 Ptycomitrium gardneri シナチジレゴケ* + + 2 16 Schistidium apocarpum ギボウシゴケ* + 2 17 Eurhynchium hians ツクシナギゴケモドキ + 1 18 Frullania inflata ヒラヤスデゴケ + 1 19 Porella grandiloba オオクラマゴケモドキ + 1 20 Porella stephaniana カハルクラマゴケモドキ* + 1 出現種数 5 5 7 2 5 7 20 (凡例) :湿潤種  :乾燥種 *:石灰岩性,石灰岩地域に多い種

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3

 ドリーネ A に出現する蘚苔類の生育環境別特性 No. 出現種 文献による生育環境 石灰岩性, 石灰岩地 に多い種 環境 岩月(2001) Noguchi(1987-1994)*蘚類のみ 岩月・水谷(1972) 田中(2012)*蘚類のみ 1 アツブサゴケモドキ 山地の樹上や岩上 樹幹や日陰の岩上 山地の樹上や岩上 2 カヤゴケ 木の根元や岩上 3 アツブサゴケ 湿 っ た 岩 上( 石 灰 岩 を含む) 湿った岩上,時には 石灰岩 湿 っ た 岩 上( 石 灰 岩を含む)など △ 湿潤 4 タニゴケ 樹上や岩上 樹幹や日陰の岩上 樹上や岩上 5 キダチヒダゴケ 山地の湿った岩上 山地の湿った岩上 湿潤 6 キスジキヌイトゴケ 石灰岩上 石灰岩土壌 石灰岩上など 主として石灰岩上,ま れに砂岩やケイ酸質の 岩上 ○ 7 アオギヌゴケ 岩上や樹上 岩上,時折土壌や腐 植,木の根元,南日 本ではしばしば石灰 岩や石灰岩土壌 △ 8 トヤマシノブゴケ 山地の日陰の岩上や 地上 乾 燥 し た 岩, 腐 植 上,木の根元 山地の日陰の岩上 や地上 9 ヒメタチヒラゴケ 日陰の岩上や地上 普通中性の土壌 林下などの日陰の 岩上や地上 10 キャラハゴケ 渓流沿いの水のかか るような岩上 渓流沿いの水のか かるような湿った 岩上 湿潤 11 ナガサキホウオウゴケ 石灰岩上 石灰岩上 石灰岩 ○ 12 ハネヒツジゴケ 地上,岩上,木の根 元など 普通は乾燥した岩石 や湿った岩上,倒木 や木の根元 地上や岩上,木の 根元など 13 エゾキヌタゴケ 低 地 の や や 乾 い た 岩,石垣,灯ろうな どの上,稀に木の根 元 しばしば石灰岩土壌 低地のやや乾いた 岩,石垣,灯ろう などの上,まれに 木の根元 △ 乾燥 14 コツボゴケ 低地から山地の地上 や岩上,庭園 日陰の地面や岩上, しばしば日当たりの よい木の根元 15 シナチジレゴケ 低山∼山地の日当たりのよい石灰岩上, コンクリート壁上 主として石灰岩上まれ に樹幹上 ○ 乾燥 16 ギボウシゴケ 半日陰の石灰岩上 乾いた岩上 ほとんどが石灰岩上, 蛇紋岩からも報告され ている。 ○ 乾燥 17 ツクシナギゴケモドキ 木の根元や岩上など 湿った土壌,岩上, 腐った倒木上 湿 っ た 地 上 や 岩 上,ときに腐木上 湿潤 18 ヒラヤスデゴケ 低地のしばしば水没するような岩上,樹 幹 湿潤 19 オオクラマゴケモドキ ブナ帯以下の樹幹や 湿岩上 高地の湿った石灰 岩上,ときに他の 岩上,樹幹に,ま れに流水中 △ 湿潤 20 カハルクラマゴケモドキ 石灰岩上 山地の湿った石灰 岩上 ○ 湿潤

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3

.ドリーネ

A

とドリーネ

B

との比較 ドリーネ A とドリーネ B では,7 種の共通種(ア ツブサゴケモドキ,カヤゴケ,アツブサゴケ,キ ダチヒダゴケ,トヤマシノブゴケ,キャラハゴ ケ,ツクシナギゴケモドキ,ヒラヤスデゴケ)が 確認された。これは,ドリーネ A に出現した全蘚 苔類の 35 %,ドリーネ B に出現した全蘚苔類の 39 %にあたる。両ドリーネにおける共通種の大 半は,秋吉台の石灰岩上で一般的に見られる種で ある。 出現した蘚苔類を生育環境別にみると,湿潤環 境種の割合はドリーネ A が 35 %,ドリーネ B が 33 %と大きな差は見られなかった。一方,乾燥 環境種はドリーネ A が 15 %, ドリーネ B が 0 % と, ドリーネ A のみに出現することが明らかに なった。 ドリーネ B は湿潤環境種であるツクシナギゴケ モドキが優占するのが特徴的であり,ドリーネ A では 1 群落のみが出現した。ドリーネ B では 6 種 の湿潤環境種が確認されたが,そのうちツクシナ ネである。ここでは 18 種の蘚苔類が出現し,優 占種は湿潤環境種であるツクシナギゴケモドキで あった(表 4 )。 表 4 中に記載された P0 ∼P6 は, 測線上のピナクルを示す番号であり,ピナクルの 位置は図 3 と対応する。表 5 は,先行研究で示さ れたドリーネ B でみられる蘚苔類の環境別特性を まとめたものである。表 5 の内容に基づき石灰岩 性ないし石灰岩地域でよくみられる種を確認した ところ,ドリーネ B では 3 種(セイナンヒラゴケ, ナガスジハリゴケ,イボエチャボシノブゴケ)で あった。乾燥環境種はドリーネ B には存在せず, 湿潤環境種は 6 種(ツクシナゴケモドキ,オオウ ロコゴケ,キダチヒダゴケ,ジャゴケ,ヒラヤス デゴケ,イエチャボシノブゴケ)であった。これ らの種のほとんどは,ドリーネ底から北向き斜面 に見られたが,優占種のツクシナギゴケモドキの みドリーネ内壁斜面から底部に至るまで,広く分 布していた。 表

4

 ドリーネ B における蘚苔類の組成 No. 地 点 P6 P5 P4 P3 P2 P1 P0 出現 回数 ドリーネ底からの比高 (m) 7.6 4.5 0.5 0.0 4.3 6.0 11.2 1 Eurhynchium hians ツクシナギゴケモドキ + + + + 12 2 Palamocladium leskeoides アツブサゴケモドキ + + + + 10 3 Homalothecium laevisetum アツブサゴケ + + 9 4 Heteroscyphus coalitus オオウロコゴケ + + 8 5 Hypopterygium japonicum ヒメクジャクゴケ + + + + + 7 6 Ctenidium capillifolium クシノハゴケ + + 6 7 Rhynchostegium inclinatum カヤゴケ + + 6 8 Fissidens dubius トサカホウオウゴケ + + + 4 9 Thuidium kanedae トヤマシノブゴケ + + 4 10 Neckeropsis calcicola セイナンヒラゴケ* + 3 11 ThamNobryum plicatulum キダチヒダゴケ + 3 12 Claopodium prionophyllum ナガスジハリゴケ* + + 2 13 Entodon challengeri ヒロハツヤゴケ + 2 14 Taxiphyllum taxirameum キャラハゴケ + 2 15 Conocephalum conicum ジャゴケ + 1 16 Frullania inflata ヒラヤスデゴケ + 1 17 Thamnobryum subseriatum オオトラノオゴケ + 1 18 Thuidium contortulum イボエチャボシノブゴケ* + 1 出現種数 4 1 6 8 8 7 2 18 (凡例) :湿潤 *:石灰岩性,石灰岩地域に多い種

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森林化が進み,台地上の環境が湿潤化し,ピナク ル表面には蘚苔類が繁茂し始める。 森林化した 2 箇所のドリーネにおいて,蘚苔類 群落の構成種を調べた結果,両ドリーネ合わせて 30 種が確認された。ドリーネ A とドリーネ B で は,蘚苔類の種組成に違いが見られたが, 7 種の 共通種が確認された。そのうち,湿潤環境種はド リーネ底部から北向き斜面に多く,乾燥環境種は 落葉樹林に覆われた南向き斜面に出現することが ギゴケモドキを除く 5 種(オオウロコゴケ,キダ チヒダゴケ,ジャゴケ,ヒラヤスデゴケ,イエ チャボシノブゴケ)は, P1 ∼P3 のドリーネ底か ら北向き斜面にかけて分布していた。

ϭ まとめ

秋吉台国定公園では,1899 年以降,山焼き範囲 の縮小に伴い,草地面積が縮小している。山焼き がおこなわれなくなった草地では台地縁辺部から 表

5

 ドリーネ B に出現する蘚苔類の生育環境別特性 No. 出現種 文献による生育環境 石灰岩性, 石灰岩地に 多い種 環境 岩月(2001) Noguchi(1987-1994) *蘚類のみ 岩月・水谷(1972) 田中(2012) *蘚類のみ 1 ツクシナギゴケモドキ 木の根元や岩上など 湿った土壌,岩上,腐った倒木上 湿った地上や岩上,ときに腐木上 湿潤 2 アツブサゴケモドキ 山地の樹上や岩上 樹幹や日陰の岩上 山地の樹上や岩上 3 アツブサゴケ 樹上や岩上 樹幹や日陰の岩上 樹上や岩上 4 オオウロコゴケ 低地の水辺の岩上や 土上,ときに水中 低山地の朽木上,湿岩 上,土上など 湿潤 5 ヒメクジャクゴケ 岩上,ときに朽木上 腐植土,朽木や石灰 岩上 岩上,ときに朽木上 6 クシノハゴケ 山地の岩上,木の根 元 腐植土,岩上,朽 木,木の根もと 山地の岩上,木の根 元,朽木など 7 カヤゴケ 木の根元や岩上 8 トサカホウオウゴケ 山地の岩上や地上, しばしば樹上 山地の岩上や地上,と きに樹上 9 トヤマシノブゴケ 山地の日陰の岩上や地上 乾燥した岩,腐植上,木の根元 山地の日陰の岩上や地 10 セイナンヒラゴケ (特に石灰岩)や樹上やや高い山地の岩上 石灰岩上 石灰岩上,まれに樹上 主に石灰岩上,まれに樹幹上 ○ 11 キダチヒダゴケ 山地の湿った岩上 山地の湿った岩上 湿潤 12 ナガスジハリゴケ 石灰岩上 日本では石灰岩上 日本では石灰岩上 石灰岩 ○ 13 ヒロハツヤゴケ 岩上,木の根元 木の根もと,時には 石垣 各地の岩上や木の根も と 14 キャラハゴケ 日陰の岩上や地上 普通中性の土壌 林下などの日陰の岩上 や地上 15 ジャゴケ 都市の路地∼亜高山帯の湿岩上や崖,地 面 湿った地上や岩上など 湿潤 16 ヒラヤスデゴケ 低地のしばしば水没するような岩上,樹 幹 湿潤 17 オオトラノオゴケ 山地の岩上に群生 山地の岩上 18 イボエチャボシノブゴケ 石灰岩地の土上 石灰岩地域の湿った環境,石灰岩の風化 土壌 ○ 湿潤

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は乾燥を好む種が多く存在し,この結果からも落 葉時には樹林下の蘚苔類に日射が当たりやすく乾 燥化することが考えられる。すなわち,ドリーネ を覆う樹種によって凹地内部の温湿度環境が異な り, 蘚苔類の構成種にも差異が生まれると考え た。 今後の課題としては,ドリーネ内の微気候観測 をおこない,蘚苔類の生育環境の差異を実測する ことが挙げられる。また,森林化した年代が異な るドリーネを対象に,蘚苔類の侵入年代別の群落 構成の差を明らかにしていきたい。 謝辞 本研究は,平成 25 年度東京地学協会研究・調査助 成金と平成 26 年度国土地理協会学術研究助成により 実施した。GIS を用いた分析については,日本大学文 理学部地理学科の関根智子教授にご教示頂いた。ここ に記して,深く御礼を申し上げます。 (2015 年 12 月 12 日受付) (2016 年 1 月 23 日受理) わかった。ドリーネ A の乾燥環境種は南向き斜面 である P5 ∼P6 に分布することから,ドリーネ A の南向き斜面は比較的乾燥しやすい環境であると 考えられる。また,これらの地点を覆う高木層は 落葉樹が主体であるため,斜面方位と共に,蘚苔 類を覆う上部の植生の影響も大きいと考えられ る。また,ドリーネ B では南向き斜面に乾燥環境 種が見られないことから,ドリーネ B はドリーネ A よりも植生や地形条件によって暗く陰湿な環境 になりやすい場所だと考えられる。 ドリーネ A とドリーネ B は,地形図や空中写真 判読から森林化した時期に大きな差はないと考え られ, ドリーネの規模はほぼ同じである。 した がって,蘚苔類の種組成の違いは両ドリーネを覆 う高木層の樹種の差異が大きく起因していると考 えた。ドリーネ A は一部落葉樹林を含むスギ林で 覆われ,ドリーネ B はスギ林が生体で落葉樹林が ほとんど見られない。ドリーネ A の落葉樹林は南 向き斜面に多いが,南向き斜面上部(P5, P6)に 文  献 注 岩月善之助編(2001)『日本の野生植物 コケ』平凡 社. 岩月善之助・水谷正美(1972)『原色日本蘚苔類図鑑』 保育社. 太田正道(1968)地向斜型生物礁複合体としての秋吉 石灰岩層郡.秋吉台科学博物館報告,5 号,1-44. 太田陽子(2011)秋吉台地域の相観植生図.秋吉台科 学博物館報告,46 号,37-44. 岡本 透・藤川将之(2013a)江戸時代の史料からみ た 秋 吉 台 の 土 地 利 用 と 植 生. 洞 窟 学 雑 誌,37 1) 石灰岩が塔状に露出した岩塊。表面にはカレンと 呼ばれる溶食地形が形成される。これらピナクル が多数露出した地形をカレンフェルトと呼ぶ。 号,1-20. 岡本 透・藤川将之(2013b)山口県秋吉台の植生と 土地利用の歴史.月刊地球,409 号,577-584. 乙幡康之・羽田麻美(2014)山口県秋吉台のヒメタチ ヒラゴケ.蘚苔類研究,11(2),40-41. 環境省(2012)環境省第 4 次レッドリストの公表につ いて http://www.env.go.jp/press/press.php?serial= 15619,2015 年 12 月 7 日閲覧. 喜多朝子(1996)秋吉台の土地利用.漆原和子編『カ 2) 現地での聞き取り調査による。 3) 1899 年の草地の範囲は,地形図上に示された植 生界をトレースして示した。

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ルスト』大明堂,45-56. 栗崎弘介・中村 久・川村秀久・畑江久美・吉村和久 (2006)鍾乳石に記録された山口県秋吉台カルス ト地域の植生変遷.地球化学,40 号,245-251. 栗崎弘介・中尾武史・富田麻井・藤川将之・岡本  透・能登征美・吉村和久(2013)石筍が語る山口 県秋吉台の土地利用と植生の変遷.月刊地球, 409 号,585-593. 塩見隆行・中村 久(1981)秋吉台の現存植生図.秋 吉台科学博物館報告,16 号,71-93. 中安直子(1997)秋吉台の「山焼き」をめぐる住民意 識―伝統的慣行の維持構造―.新地理,45(1), 1-10. 田中敦司(2012)日本の石灰岩性蘚類.Naturalistae, 16 号,47-82.

Noguchi, A. (1987) Illustrated Moss Flora of Japan Part 1. The Hattori Botanical Laboratory.

Noguchi, A. (1988) Illustrated Moss Flora of Japan Part 2. The Hattori Botanical Laboratory.

Noguchi, A. (1989) Illustrated Moss Flora of Japan Part 3. The Hattori Botanical Laboratory.

Noguchi, A. (1991) Illustrated Moss Flora of Japan Part 4. The Hattori Botanical Laboratory.

Noguchi, A. (1994) Illustrated Moss Flora of Japan Part 5. The Hattori Botanical Laboratory.

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Species Composition of Bryophytes on Limestone Pinnacles Associated with

Decrease of Grassland in Akiyoshi-dai

Asami HADA* and Yasuyuki OPPATA**

Key words:karst, doline, limestone, bryophytes, Akiyoshi-dai

*Department of Geography, College of Humanities and Sciences, Nihon University **Higashitaisetsu Nature Center

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