CONTENTS SEP. 2008
“専門店”と
ソリューション研究
伊賀健一学長から「ソリューション研究機構長に」と いう話をいただいてから、「ソリューション研究とは何か」 についてずっと考えてきた。というのは、この「ソリュ ーション研究」は統合研究院の重要なコンセプトであり、 これまでの議論の結果として「社会・産業などの将来課 題を大学の知と人材を結集・統合して解決しようとする プロジェクト研究」と定義され、従来の基礎研究、基盤 研究に加え、研究の第三の柱と位置づけられているから である。 大学での研究に携わってきた立場からすると、「ソリュ ーション」という言葉を文字通り「解」と理解するなら ば、ソリューション研究には基礎研究から応用研究まで ほとんど全てが含まれることになり、定義することが無 意味になる。また、現在および将来のニーズを考えない 工学研究は考えられない。 定義がしっくりこないと悩んでいる時、ある会合で経 済学者シュンペーターの「イノベーションとは新結合によ る経済的価値の創出である」という命題を目にし、ようや く腑に落ちた。つまり、「ソリューション研究とは技術の 新結合による社会的・経済的価値の創出を目的とする、 換言すればイノベーションを行う研究である」というこ とだ。視点を大学の外に移して大学の研究を概観すると、 あたかも“専門店の集まり”のようになっており、何らか のコーディネートなしには社会・産業の“一式あるいはシ ステム”的な要望には応えられない。すなわち、定義にあ る「大学の知と人材を結集・統合して課題を解決する」 ことに、ソリューション研究の本質的な意味があるのだ。 技術の新しい結合は、ただ寄せ集めれば済むものでは ない。結合すべき技術の選択、結合方式の評価、結合に より生じる問題を解決する必要があり、新結合から生じ る個々の技術へのフィードバックもある。ソリューショ ン研究を東京工大で発展・定着させられれば、基礎研究、 基盤研究を真に社会・産業に活かし、それらの健全な発 展を促すこともできるのである。 文部科学省科学技術振興調整費による統合研究院のプ ログラムは平成22年3月に終わるが、プログラム終了後も 引き続きソリューション研究が実施できる研究拠点の形 成に努力したいと考えている。 統合研究院ソリューション研究機構長上羽 貞行
巻頭言 巻頭言■“専門店”とソリューション研究―
1 統合研究院ソリューション研究機構長 上羽 貞行 NEWS■キャンパスを次世代エコカーが走る/2課題を新規プロジェクトに…/ 「電子私書箱」への期待が高まる/異分野交流の促進を図る/ 寄稿・チェコ大学訪問記 統合研究院研究員 磯部 高範/特任助教 Jan Wiik―
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2 研究ノート■求められる研究マネジメント機能 統合研究院特任助教 李 京柱―
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4 視点■「根本解決」を先送りするなかれ読売新聞東京本社編集局次長 大橋 善光―
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5 連載インタビュー■人の交流こそ組織活性化の要 日本司法支援センター(法テラス)理事 篠塚 英子―
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6 レビュー■イノベーションと大学の役割 統合研究院特任教授 大熊 和彦―
8 ESSAY■ラボからの風に乗って日本発「世界標準」のインフラを目指して―
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10 統合研究院特任准教授 李 中淳 フロントランナー素描■人工知能を“武器”に社会貢献する―
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11 統合研究院特任准教授 橋本 泰一 掲示板■第2回環境プロジェクト・ワークショップ開催/ 国際エネルギー・ワークショップ開催/ 磁気ハイパーサーミア装置を公開/ Glossary(キーワード解説)―
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キャンパスを次世代エコカーが走る
―産学連携で電気自動車充電システムを開発―
統合研究院は10月から三菱商事と共同で、太陽エネ ルギーや風力など自然エネルギーを使った電気自動車 向け充電システムの実証研究に乗り出す。年内には東 京工業大学のキャンパス内に充電設備や太陽光発電設 備、急速充電設備などを設置し、三菱自動車の電気自 動車を導入する。来年1月から運用試験を開始、1年間 かけて最適システムの開発や運用法について探る。 この研究は、統合研究院が産学連携のソリューショ ン研究として進めているエネルギープロジェクト(リ ーダー・柏木孝夫教授)の一環で、黒川浩助特任教授、 嶋田隆一教授、玉浦裕教授らが参加する。企業側は、 三菱商事のほか、GSユアサ、アイフルホーム(トステ ム住研)が参加し、三菱自動車なども協力する。 計画では、三菱自動車が09年に製品化する予定の電 気自動車「i-MiEV」の試作車を使い、大岡山キャンパ スとすずかけ台キャンパス、田町キャンパスの間で東 工大の業務用に運用し、データを収集する。 今回の研究は、電気自動車の普及に当たって必要な 充電インフラに、CO2排出による環境負荷の小さな自然 エネルギーをどこまで活用できるかなどを実証するのが 主な狙い。このため、キャンパス内に太陽光発電パネ ルやスターリングエンジンを利用した太陽熱発電装置 を設置するとともに、東工大の技術シーズを活用する。2課題を新規プロジェクトに…
― シンクタンク機能化検討部会 ―
東京工業大学が統合研究院の成果を継承するために設 置した新統合研究院(仮称)設置準備委員会のシンクタ ンク機能化検討部会(主査・横田眞一精密工学研究所教 授)は、学内の四附置研究所(以下、附置研)等を中心 とした新たなソリューション研究プロジェクト候補を伊 賀健一院長(東工大学長)に推薦した。その結果、2課題 が採択され、ソリューション研究としての企画練り上げ が進められている。 同部会は附置研と像情報工学研究施設(以下、像情報 施設)、統合研究院イノベーションシステム研究センター (以下、イノ研)の教員が委員となり、3月27日の第1回部 会以降これまでに計 6 回開催、大学におけるシンクタンク やソリューション研究のあり方、附置研等を中心とした 新規研究プロジェクトなどについて議論してきた。 ソリューション研究は社会ニーズや技術シーズ、社会 ビジョンなど様々な基点から着想できるが、新規プロジ ェクトについては、まず部会を構成する附置研、像情報 施設等の委員を介して各部局から20件以上の将来ニーズ を含む候補課題を提案してもらう形を採った。この中か らブレインマシンインタフェース、IT、材料、原子力、 社会インフラ関連の7課題に絞り、部会主査及びイノ研の 委員が課題提案者からプレゼンテーションを受けて意見 交換した。その上で社会・産業の課題設定の適切性、課 題実現を図るアプローチの妥当性、附置研を中心とした 研究資源をフルに活用できるかどうかなど、ソリューシ ョン研究としての要件の観点から評価した。 この結果とともに 7 課題を伊賀院長に推薦したところ、 ITおよび原子力関連の 2 課題について、今後さらにソリ ューション研究としての企画内容を深化させることが決 まった。現在、提案者を中心に学内有力教員の参加も得 て、またイノ研の教員も加わって、社会的により意義が あり、東工大の強みが活かせるプロジェクトへと練り上 げる作業が進んでいる。「電子私書箱」への期待が高まる
―第2回個人健康・医療情報懇談会開催―
統合研究院は 7 月16日、東京・霞が関の東海大学校友会 館で第2回個人健康・医療情報懇談会を開いた。ソリュー ション研究の一環として進める医療情報プロジェクト (リーダー・大山永昭教授)について学外関係者と意見交 換し、協力・連携関係を深める狙いだ。同プロジェクト では、今年度中に「電子私書箱」の仕組みを活用した個 人健康情報参照システムの学内実証試験を開始する。 基調講演では、地方自治情報センターの小室裕一理事 長が住民基本台帳カードに関する地方自治体の取り組み について講演、続いて厚生労働省の黒川弘樹室長が社会 保障カード(仮称)に関する政府の検討状況を、また内 閣官房の山内徹参事官が医療・社会保障分野のIT戦略に ついて報告した。これを受けて、東工大の小尾高史准教 授が開発中の電子私書箱基本システムについて機能概要 等を詳細に説明した。 プログラム後半の総合討論では、南町田病院の猪口正 孝理事長、東工大保健管理センターの安宅勝弘講師、東 京医科歯科大学歯学部付属病院の土屋文人薬剤部長らに、 NEWS 東工大を中心とした電気自動車向け充電インフラシステム統合研究院の本間祐次、喜多紘一の両特任教授が加わり、 実証試験へ向けて克服すべき課題を熱心に議論した。 今回の懇談会は実証試験に参加・協力する予定の医療 機関・医学系研究者など関係者との連携強化を図るとと もに、電子私書箱に関する政府等の最新動向について情 報提供することを目的とした。会場には、政府及び地方 自治体関係者、企業関係者、医療関係者など170人以上が 集まり、この問題に対する関心の強さを伺わせた。
異分野交流の促進を図る
―若手研究者による研究発表会開催―
統合研究院は 7 月 9 日、研究プロジェクトの枠を越えた 交流を促すため、若手研究者による研究発表会をすずかけ 台キャンパスのすずかけホール2階集会室で開催した。発 表会には若手研究者(特任准教授、特任講師、特任助教、研 究員)15人全員と各プロジェクトのリーダー、ソリューシ ョン研究機構の上羽貞行機構長や研究参事、イノベーシ ョンシステム研究センターの教員ら約50人が参加した。 冒頭、上羽機構長が「自分の研究しか知らないのでは パーツにしかなれず、社会の将来課題に取り組むソリュ ーション研究はできない。異分野交流を通じて全体をオ ーガナイズできる研究者に なってほしい」と、発表会 の趣旨を交えて挨拶した。 その後、イノベーションシ ステム研究センター、エネ ルギー、医療情報、医療・ バイオ、環境、科学技術リ テラシーの各プロジェクト を担う研究者が15分程度 ずつ研究の現状を報告、他 の参加者も交えて各プロジ ェクトの意義や研究手法、 ソリューション研究として の見通しなどについて意見 交換した。 発表会終了後は3階のラウンジで懇親会を開き、機構長 や研究リーダーの講評を挟んで、参加者間の交流を図っ た。講評や意見交換では、研究者間のコミュニケーショ ンの必要性、ソリューション研究の理念や多様性と各研 究プロジェクトとの整合性などが話題となり、参加した 若手研究者にとっては日ごろの研究活動だけでは得られ ない新しい刺激を得る機会となったようだ。 エネルギー分野でソリューション研究を進める統合研 究院嶋田隆一研究室の磯部高範研究員、Jan Wiik特任助 教ほか 3 名(酒井規行研究参事、博士課程学生 2 名)は、 大学間の研究協力について話し合うため6月末にチェコ共 和国を訪問、パワーエレクトロニクスを中心に意見交換 を行った。日本ではあまり知られていないチェコの大学 の現状について報告してもらった。 ● ● ● 筆者らが訪れたのはチェコ工科大学、ブルノ工科大学、 西ボヘミア大学の、いずれも電気工学の学部である。最 初に学部長または副学部長と面会し、それぞれの大学に おける国際協力の現状などについて話を聞いた。欧州連 合(EU)の一員であるチェコの大学では、国際的な研究 資金は主にEUからの予算が中心であり、EU域内の大学 とはすでに多くの共同研究プロジェクトを立ち上げてい る。しかし、それ以外の国との研究協力は十分ではなく、 日本との協力に非常に強い意欲があるように感じた。 今回の訪問の主な目的である技術交流の一つとして、 東工大とチェコ側の双方が研究内容についてプレゼンテ ーションを行った。チェコの大学からはいずれも電力工 学に関係する学科の教授、准教授、ポスドクら十数人が 参加し、各大学の研究テーマについてそれぞれ 2 ∼ 3 時 間かけて意見交換した。東工大からも主に電力工学に関 係する研究テーマ(電力貯蔵・パワーエレクトロニクス の電力系統応用・産業応用)について約1時間話した。 その後、実験設備の見学もしたが、学生実験のための 設備が充実している点が注目された。ある大学では高電 圧実験設備の中に講義室が併設されており、講義の中で 実際の現象をデモして見せるといったことも可能であっ た。研究のための実験設備も充実していて、大学と連携 する企業も利用できるほか、企業からの委託で開発中の 製品の認証取得のための計測などもしていた。もちろん、 大学の研究者のアイデアに基づく応用技術の研究開発も 盛んで、電気機関車やトラムの実機に適用する電力変換 装置も大学内で開発していた。当然、そのために工場の 試験場のような広いスペースと設備が揃っている。 欧米の大学に共通することかもしれないが、交流を通 じて強い印象を受けたのは、第一に(学生以外の)研究 者の数が多く、組織化されていて研究グループ間の連携 や実験設備の管理などが行き届いていること。第二に、 産業界との強い連携があり、大学が組織として企業と対 等な付き合いをしていることだった。ヨーロッパの大学 の実情に接して、日本の大学として改善可能な点がいく つかあることを感じる一方で、研究者個人の自由な発想 に基づく独創的な研究が大幅に許される日本のやり方に も良い点があることに気づいた。 チェコ大学訪問記組織化された研究と産学連携に強い印象
寄稿 統合研究院エネルギープロジェクト 研 究 員磯部 高範
特任助教Jan Wiik
(共同執筆) プロジェクトでは女性研究者も活躍…知識経済の到来と共に、知識が産業の競争力と経済の 発展のカギと見なされている。知識生産の根幹システム である大学の貢献と役割が日々高まっている。技術革新 が速まり、大学研究の迅速な対応が求められている。大 学には、社会や産業界への直接的貢献が求められ、産学 官の複数の主体が関わる「組織化された研究」の実施が 欠かせない。このように複雑化する環境の中、多様化す る研究活動を俯瞰しながら高度な知的サポートを行う組 織として、大学におけるシンクタンクの必要性が認識さ れ始めている。 本論では、大学におけるシンクタンクの形態を「大学 戦略策定支援型」「政策提言型」「研究マネジメント型」 に分類し、特に日本の大学には高度な研究活動を多面的 に企画・調整・支援する研究マネジメント型の整備が急 がれることを指摘したい。
経験やスキルに乏しい日本
米国の大学では、すでに大学戦略策定支援型が広く定 着しており、大学のビジョン・戦略作りなど的確な経営 判断に必要な情報を体系的に収集・分析して大学のトッ プマネジメントに提供している。卒業生の就職状況や教 育における学生評価と満足度、学内人材のトレンド分析、 教員の業績、テニュア状況など幅広い情報を分析し、大 学の長期戦略に欠かせない情報を提供する 一方、政策提言型は、政府や政策関係主体の政策への 提言・助言と、そのための独自調査・研究を行う研究組 織である。米国では、学内の事務局やトップの支援部門 ではなく独立した研究センターとして組織され、主とし て政府からの受託や民間財団等からの研究資金により運 営される。 これに対し研究マネジメント型は、学際的あるいは社 会問題解決を目指す研究プロジェクトあるいは研究セン ターを企画段階から安定した運営体制が確立されるまで、 そのプロセスを支援しマネジメントする機能を果たす。 日本の大学は、多様な主体が複雑に絡む組織的な研究活 動を効果的に進めることや、このような研究を定着させ て大学の強みの形成につなぐ経験やスキルがまだ乏しい 状況である。マネジメント型シンクタンク組織は、複雑 化かつ高度化する大学の研究を組織的にサポートする。専門的なマネジメント能力
ここで言うマネジメントとは、研究のそのもののマネ ジメント(Management of Research)を意味するので はなく、課題解決型の研究を組織化し支援する「諸基盤 や体制」のマネジメント(Management for Research) を意味する。これには、研究リーダーと共に研究の戦略 的ビジョンを策定したり、研究を企画、調整、支援した りする活動が含まれる。企画機能は、社会的課題の把握 と分析、研究の競争環境の分析、スポンサー情報の収集、 研究プロジェクトの企画とロードマップの作成などであ る。調整機能には、複数の研究リーダーやチーム間の調 整と組織化、研究の組織体制のデザイン、産学官の協力 体制の構築とマネジメントが含まれる。支援機能は、研 究活動における高度の事務サポートが中心になる。研究 体制が成熟し自立できる段階までを主に支援する観点か らすると、研究の「インキュベーション」機能とも言え る。 劇的な環境変化に応じて大学の活動を効果的にマネジ メントするためには、高度な知的サポートが欠かせなく なっている。とりわけ、課題解決型の研究は、社会への 大学の貢献を高めると同時に、研究の多様化や財政基盤 を強化できる。現在の日本の大学はこの新しいタイプの 研究に馴染みがなく、研究者のリーダーシップの欠如な どが課題となっている。研究マネジメント型シンクタン クでは、新しい研究に向けて専門的なマネジメント能力 が必要で、研究者の個人的な取り組みに頼るのではなく 大学が組織的にサポートする体制を整備することが重要 である。求められる研究マネジメント機能
李 京柱
(イ・キョンジュ) 統合研究院イノベーションシステム研究センター 特任助教 研究ノート 大学の研究マネジメント ⑥ 大学におけるシンクタンクの類型化今から12年も前、生意気盛りの経済記者だったころ の失敗談だ。 経団連が「創造的な人材の育成に向けて」という提 言を発表した。教育の現状に警鐘を鳴らし、将来を背 負う若者を育てるために思い切った改革が必要だと訴 えるものだ。記者会見を聞いているうちに拍手したく なってきたのは、教育界や行政、家庭に注文をつける だけでなく、経済界自身の責任を認めたうえで、企業 に自己改革を求める内容になっていたからだ。 だが、期待はすぐに疑問に変わった。企業に求めた 七つの「アクション」の第1は、採用時に学校名を聞 かないことであり、第2は、通年採用を実施して(4月 恒例の)入社式をなくすこと、そして第3は、新卒に こだわらず、経験者採用を大幅に増やすことだった。 発表している経団連副会長は、日本を代表する大企 業の経営者である。思わず疑問をぶつけてしまった。 「それで、あなたの会社ではいつから実施するんですか」 答えを聞いて、疑問が失望に変わった。「個別には、 特殊事情もあるし……。1度にやると会社組織全体に 不安感が出る……」 よせば良いのに、たたみかけてしまった。「自分の会 社で出来もしないことを、他の会社に要求するんです か」「提言なんかするよりも、経団連の幹部たちが自分 の会社で率先して実行し、加盟各社に追随を指示した 方が早いんじゃないですか」 会見が終わった後、他社の先輩記者からたしなめら れた。「教育の世界は、本音と建前の差が大きいんだよ。 青臭いことばかり言っていると嫌われるぞ」 日経連と統合した経団連は毎年、「大学・大学院新規 学卒者等の採用選考に関する企業の倫理憲章」を発表 している。「学業に専念する十分な時間を確保するため、 採用選考活動の早期開始は自粛する。まして卒業・修 了学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選 考活動を行うことは厳に慎む」という内容だ。 どうやら、これも「建前」らしい。経団連自身が 2005年度に行った調査によると、回答した加盟企業 の44%が3月下旬までに、つまり大学3年生のうちに 採用活動を始めているのだ。しかも、前年に比べて採 用活動の開始時期が早くなったと答えた企業の方が遅 くなったと答えた企業より多くなっている。 データが2005年度と古いのには訳がある。調査自 体はその後も毎年続けているのだが、採用時期に関す る部分だけ公表するのをやめてしまったのだ。「誤解を 招くといけないから」というのが理由だという。 今度はやんわりと、「誤解を招かないためにも、きち んと発表したらどうですか」「発表するつもりがないの なら、何のために調査しているのですか」と聞いてみ たが、これも無駄な質問だったようだ。 経済界だけではない。採用活動、就職活動を巡って は、大学の中でも本音と建前、総論と各論のギャップ を感じることが多い。 就職部やキャリアセンターでは、「採用時期がどんど ん早まり、3年生の秋から就職活動が始まっている。 まだ専門課程に入ったばかりですよ。学生の本分であ る授業やゼミ活動に支障が出る。実に困ったことだ」 と大きな声で訴える管理職の隣のテーブルで、「授業に 出ている時間があるなら、もっとシューカツに力をい れなさい」と学生にハッパをかける若手職員がいる。 教室では「学生の本分は学習と研究である」と説き ながら、ゼミ室では「ゼミ論の心配なんか、内定をも らってからでいい」と説教している先生がいる。 研究室では「文系だけの現象ではありませんよ。理 系の就職は教授も一緒になって活動しなくてはいけま せん。水面下の動きも活発です」と教えてくれる白衣 の先生がいる。 残念なことに、こうした建前と本音、総論と各論、 理想論と現実のギャップに挟まり、もがき苦しむのは 常に学生である。 そして、皮肉なことに本音と建前をうまく使い分け る教職員ほど、学内外で頼りにされるらしい。「きれい ごとを言うだけでなく、本音で指導してくれる」「学生 や企業の都合にも配慮してくれる」と評価は高まる。 かくして、本音と建前の差は埋まるどころかどんど ん広がり、問題の根本的な解決は先送りにされている。 だれか、この溝を埋める研究をしてくれる先生はいま せんか。 78年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、読売新聞社入社。 主に経済記者として旧大蔵省や旧通産省、日本銀行などを担当。 メディア戦略局開発部長、編集委員、グループ政策部長、経済部 長を経て、08年6月から現職。
大橋 善光
読売新聞東京本社 編集局次長﹁
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視点−− 日本の大学の現状をどう見るか? 篠塚 民間の研究所から大学に移って、当初は教育を中心に 考えていたが、世の中が変化する中で研究の重要性を意識し、 後半は大学院改革にもタッチした。私がいたお茶の水女子大 学は三学部しかなく、それぞれが独自に大学院を持っていた ので、理系、文系、家政系がばらばらだった。それではダメ だと10年前に大学院を一つにしたが、効果は上がらなかった。 −− 日本銀行に移ったのはその直後? 篠塚 はい。日銀には3年いたが、その後、2002年、大学の 法人化でお茶の水女子大の学長補佐になり、別な視点から大 学改革に携わった。私の気持ちの中では最初は教育に、次い で大学院の研究にウエートを置くようになったが、教育だけ でも研究だけでもダメだと思った。法人化で大学が象牙の塔 から社会に出ていろんな接点をつくるという企画を進めた が、そのとき初めて学部と研究科の連帯が強まった。 学部では地域社会の中で社会人向け講座などを開いた。大 学院では異なるディシプリンの研究者を束ねて新しい企画を 立て、外部資金を獲得することが大きなテーマになったが、 理系の方がうまくいかなかった。
難しい理系の異分野融合
−− 理系は難しい? 篠塚 途中で女性学長が文系から理系に代わり、新しい視点 で改革を始めた。その段階から、明らかに学長のリーダーシ ップで、理系研究者を中心にしたプロジェクトに研究者を引 っ張ってくる形になり始めた。 大学の役割の根本には教育があるが、現時点では研究に対 する社会の要請が大きく、大学がそれに応えられるよう改革 するプロセスにある。しかし、教員一人ひとりが外から与え られた改革をどれだけ理解しているかは、なかなか難しい。 −− ディシプリン横断的なプロジェクトの成功要因は? 篠塚 基本的には、一人ひとりの研究者がディシプリンを越 えて研究しようという意欲をどれだけ持つかだ。成功例の一 つは、ジェンダーに関する教育と研究プロジェクト。新しい 領域で、文系も理系も、生物学も心理学も全部関わってくる。 参加者の意識にはジェンダーに取り組むことで大学を売り出 していこうという思いもあった。理系の人も積極的に参加し、 最初2年間の副専攻が6年継続した。学生の教育プログラム から、さらに大きな研究プロジェクトにもなり、最終的には COE獲得に至った。 −− ジェンダー問題に対する社会的な要請もあった。 篠塚 このケースは文系が中心になり、理系も取り込んだケ ースだった。理系が中心になってプロジェクトをつくり、文 系も入れてというケースは失敗する例が多かった。理系は専 門がかなり分かれており、文系とはちょっとレベルが違う。 文系は、分かれているといっても、関係領域での協同は可能 だ。理系では、例えば純粋数学と応用物理はなかなか一緒に なれない。そうすると学内の資金配分、外部資金の獲得とい うところでどうしても理系のウエートが下がる。それが理系 の学長になったことで、新たな展開になった。重要なトップのリーダーシップ
−− 学長のリーダーシップ? 篠塚 そう。人材がいないなら海外からもどんどん採用した。 いままでは退職者のポスト補充も教授会の合意を得ながらや ってきたが、大きく変わった。 −− 相当抵抗が? 篠塚 もちろん。しかし着実に、いろんなプロジェクトを立 ち上げ外部資金を獲得した。だから、結果が全てだ。 −− 研究費が潤沢に入ってくるメリットは感じた……。 篠塚 いままで文系が主力だったが、理系も取ってくる。し かも理系の金額は大きい。まさに学長のリッダーシップで回 り出した。 −− 海外から人を採るときに、給与体系など制度上の問題人の交流こそ組織活性化の要
― 篠塚 英子
日本司法支援センター(法テラス)理事
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連載インタビュー
聞き手 高木 靱生 ■統合研究院イノベーションシステム 研究センター 特任教授 知識基盤社会への動きが世界的に急ピッチに進む中で、大学間の競争はますます激しさを増すと予想される。 大学は、こうした“新しい現実”の中で何を期待されているか、そしてどう対応すべきか ――。日本経済研究セ ンター、日本銀行(政策委員会審議委員)などを経て、お茶の水女子大学(1987−98、2002−08)では大学改革 にも携わった、日本司法支援センター理事の篠塚英子氏(お茶の水女子大学名誉教授)に聞いた。がいろいろあったと思うが……。 篠塚 給与については、メリット制にして競争的な体系にし た。基礎的給与は保障し、その上で文部科学省の大きな資金 獲得や社会的な貢献、審議会で委員長をやっているとか、大 きな賞を受賞したなどがあれば、どんどん点数を加算する。 −− 元からいる教員に対しても、同じ評価基準を? 篠塚 そう。あのおとなしい大学がと言われたが、そうしな いと法人化の中で小規模大学はやっていけない。財源が他大 学に比べて少ない。教授、准教授の選考も最終的には学長の 裁量が大で、自分の意見として執行部会議にかける。 −− 大学でもある段階でそうした豪腕が必要だが、制度と して続くと問題も出てくる。 篠塚 確かに、トップが代わった途端にガラリと変わるとい うこともあり得るわけで、大学としては危険もある。外部評 議員による厳しいチェックが重要だ。 −− 法人化を前向きに受け止めたかどうかで、10年後の大 学には相当差が出てくるのではないか。 篠塚 私もそう思う。国立大学法人化の中期計画が一区切りつ いた段階でどうなるかだが、いまの流れからいくと大体決着が ついたかとも思う。「あなたのところはダメだ」と言われた大学 が、どうやって再建案をつくるか。もうその段階に来ている。
実学に立ち返る
−− 知識基盤社会の中での大学の役割、特にイノベーショ ンとの関係をどう考えるか。 篠塚 明治時代にお雇い外国人としてヘンリー・ダイアー (在日本1873−82)という先生を招いた。この人は英国グラ スゴー大学のエンジニアで、研究者ではないが、ほとんど英 語もできない日本人に向かって学問とはどういうものか、ど のようにすべきかを、手取り足取り10年間も教えた。スコッ トランド移民の出身だが、哲学とか宗教といった基本的な学 問よりも社会にとって必要なものをつくり出すエンジニアと してスタートした人で、産業革命の最中に来日した。 明治時代に、とにかく日本をつくり直さなくては、と言っ て雇われたのは実学の人たちだった。その人たちが土台にな って、現在の日本があると考えれば、再び大きな変化の時期 にあるいま、大学は第二の革命を迫られているのだと思う。 実学からのスタートというところに立ち返って、人々が何を 欲しているかを考え直す。統合研究院の試みは非常に面白い。 −− 当時は欧米の圧倒的な技術力を見て、急ごしらえでもい いから文明を自らのものにしなければという焦燥感があった。 現在とは環境が大きく異なるが、いま必要とされるのは何か。 篠塚 ダイアーは、ただ真似するのはやめよと言っている。 大学で4年間基礎を教えた後の2年間、必ず造船所や鉄工所 で実地の経験をさせた。10年後にグラスゴーに戻って書いた 著書『大日本』の中で「小型の英国になってはいけない」と 書いている。 −− 現在も同じことが言 える。 篠塚 グローバル化が進 む中で、ヒト、モノ、カ ネが国境を越えて移動す る時代になった。しかし、 日本の大学は外には出て 行っても、中には入れよ うとしない。どんな組織 も人が中心になって世の 中を変えていく。大学だ けが一方的な人の流れで は生き残れない。ディシプリンの壁もかなりネックになって いる。海外の大学では自分の専門以外も幅広く学んで、ディ ベートできる人間をつくる。日本はそうなっていない。 −− 多様な研究者を集めるプロジェクト研究が、ディシプ リンを越える一つの場にもなる。 篠塚 そのとおりだ。マネジメントの重要性
−− 現実にはプロジェクト研究は難しく、放っておくとディ シプリンの寄せ集めになりかねない。マネジメントが重要だ。 篠塚 国立大学にはマネジメントというか、経営という発想 がそもそもなかった。上から運営費交付金が与えられて、そ の中でやるだけだった。その枠組みが変わった途端にマネジ メントという問題に直面した。米国のように専門家を広く公 募して、マネジメントのプロを置くべきだ。教員が順番にマ ネジメントを何年かやって、また研究に戻るというのはほと んど無理なこと。 もう一つ重要なことは、人的な交流こそ組織活性化の要だ ということだ。同じ人間だけでやっていたら組織はダメにな る。外部の人材を、どんどん入れるべきだ。大学人も2年と か3年、外に出て、また戻るといった交流を持つ。そうする ことで大学は活性化する。 −− 最後に、ジェンダー論に取り組まれていた立場から一言。 篠塚 お茶の水女子大も理系の女性学長になったことで、イメ ージがずいぶん変わった。女性の研究者をどんどん発掘しよう とか、専業主婦になっている理学部卒業生を呼び戻そうと、再 教育講座をつくったりしている。ある時期家庭に入ったとして も、税金を使って教育を身につけた女性たちを、そのままにし ておくのはもったいない。東工大でも卒業後をフォローして女 性のネットワークをつくり、輝いている人たちをロールモデル にしたらどうか。理系を出た女性たちはこんなに活躍してい ると情報発信する。まだまだ女性が活躍する場の少ない中で、 こうした情報発信を大学が行うことは重要だ。(了)イノベーションへの期待が高まる中で、世界的に大学 がどう貢献するかが問い直されている。イノベーション に関する最近の議論と政策動向を、大学の役割、特に東 京工業大学が取り組んでいる「ソリュ−ション研究」の 位置づけを意識しながら俯瞰したい。
イノベーションの捉え方
「イノベーション」は経済学者シュンペーターが初め て用いた概念で、その原義は「経済成長の原動力となる 革新」である。「革新」の概念を、ハードな要因(新製 品、新工程、新原料)ばかりでなくソフトな要因(新市 場、新組織)を含む諸要因の「新結合」という形に拡張 し、経済活動のダイナミズムについて考察を進めた。そ の後、概念はさらに拡張され、社会発展までを包含する 「革新」も意味するようになった。技術革新はイノベー ションの一部である。 最近のイノベーション政策を方向づけた米国競争力評 議会報告書『イノベート・アメリカ(通称パルミサーノ 報告)』(2004年)は、21世紀のイノベーションが単にスピ ードや重要性だけでなく、その型自体が変化しつつある ことを指摘した。生産者と消費者の相互作用が重要にな り、知的財産の保護とオープン化、製造とサービス、従 来の学術と新規融合分野、公共部門と民間部門、中小企 業と大企業、科学情報の公開性と安全保障、ナショナリ ズムとグローバル化の関係が複雑化しているとしている。 公共政策は、全般的にイノベーションが重視され、知 識の創造と活用という性格をより強めている。科学技術 の学術的価値を経済的・社会的価値に転換する「科学技 術イノベーション」を政策的にどう促進するかが問われ ている。 科学技術を基軸とするイノベーションの発生、普及、 進化に対する研究では、多様なパターンの認識と展開モ デルの提唱・発展がみられ、政策やマネジメントに影響 を与えてきた。すでに、イノベーションがどのようにし て起きるのか、その経路や誘因のモデルの提唱、イノベ ーションに関わる多様な主体の役割の解明、アイデアの 源泉の分析、普及パターンの抽出や社会システム、製 品・サービス特性の影響などについての知見が集積して いる。また、非連続的変化と漸進的な変化、プロダクト とプロセス、技術融合に関わるイノベーションの役割な どが論じられてきた。 イノベーションでは、知識・技術・人材・資金などに 関わる制度や社会的能力・風土など、様々な構成要素が 関連し合っている。イノベーションは経済と社会の様々 な要素の多面的かつ継続的な相互関係で成り立つ全体性 を持ったシステムである。背景によって異なった経路依 存性を持つ進化的なシステムであり、制度と技術展開が 相互に影響し合う共進化のプロセスを持つ。各国には歴 史的に形成された「新しい技術を構成する知識や技能の 創造・蓄積・移転に関する相互に結合された組織体から なるシステム」として、ナショナル・イノベーション・ システム(NIS)がある。NISへの関心を引き出したの は一時期の日本の国際競争力であった。構成する主要な プレーヤーである企業、政府および大学による相互作用 の形態や強度の差異によって多様なNISが形成されるこ とが明らかにされている。イノベーション政策の展開
経済成長のみならず社会発展、持続可能社会実現のた めのイノベーションへの期待は大きい。イノベーション 促進の政策は20世紀後半から採られ始めたが、イノベー ションに対する認識の変化や新たな形態への関心ととも に、主題は推移してきた。 米国では、パルミサーノ報告から昨年の競争力法の制 定にいたる経過で、イノベーション政策が再編され確立 した。従来のイノベーション・モデルを前提としていて は、今後安全保障を含む国際競争に対処できないという 危機意識がある。公的研究機関の大幅予算増、基礎・長 期・ハイリスク研究の拡充、イノベーション人材の育成 やインフラ整備など研究開発システムの改革、さらに新 しいイノベーション創出策のあり方やサービス・サイエ ンスへの取り組みなどが提起された。この影響も受けて、 欧州や日本を含むアジア諸国もイノベーションに関する 戦略・政策・計画を相次いで発表した。まさに「知の大 競争時代」の政策間の競争と協調が本格化している。こ の中で、社会ニーズからの政策目標設定、イノベーショ ン政策の総合政策化、研究開発投資の拡充と重点化、民 間活動促進、人的資源の確保、行政組織体制・資金スキイノベーションと大学の役割
統合研究院イノベーションシステム 研究センター 特任教授大熊 和彦
レビューームの再編、産学・地域連携の促進、規制や調達との連 動策、政策分析・評価の改善と測定データや政策ツール のデータベース化などが進んできた。 イノベーション政策は、背景にあるイノベーション・ モデルにより、シーズ主導型とニーズ主導型に大別でき る。シーズ型では、まず第一世代が研究開発政策として 展開され、イノベーションの源泉としての研究振興を図 ろうとした。第二世代は他の研究開発要素(人材等)に も配慮した政策を追加した。さらに第三世代では、“死 の谷”“ダーウィンの海”といった研究成果の社会化 (社会への実装)の難しさが認識され、要素間の全面的 連携(特に水平連携)を強化する政策や市場形成政策等 が総合政策として展開されるようになった。 一方、イノベーションがニーズ主導型となる中で、近 年、ニーズ型のイノベーション政策が比重を高めている。 ここでは、課題の設定や成果の社会化を的確に行うため に、課題との結合を図る連携システムの整備が工夫され る。collaboration、coordination、partnership、network-ingなどをキー概念とした政策手段が模索されている。 シーズ型の政策を転用したのでは無理があり、先進国で は新たな研究プログラムの概念やプロジェクト形成・評 価法が開発されている。東京工業大学が進めるソリュ− ション研究はその典型プログラムである。わが国も、イ ノベーション25戦略会議などで、不十分ながら将来ビジ ョンやニーズから必要な技術開発や制度改革を行う政策 レベルのアプローチが始まった。 イノベーション政策では基盤環境の整備も重要になっ ている。知財・技術移転制度の整備などもこの範疇だが、 関連主体によるクラスター形成など開放的な基盤の構築 が課題である。グローバル化、知識経済化、オープン化 の中で、企業、業種、技術分野、地域・国境、企業規模 といった枠を越えた大胆な知識の新結合が重要になった ことを反映している。
大学の役割
日本とは対照的に、先進諸国は大学・大学院の役割を 重視し、厳しい財政下で予算を拡充している。ナショナ ル・イノベーション・システムのパフォーマンス向上の 鍵が大学にあるという認識があるからである。 大学に期待される役割の第一は、イノベーションの源 泉として基礎研究の多様性と継続性の確保、イノベーシ ョンを支える知的ストックの形成と供用である。企業の 基礎研究投資意欲が減退傾向にあることも背景にある。 一方で、財政的な制約から研究投資に占める基礎研究の 割合やイノベーションを支えるパフォーマンスが問わ れ、資金提供プログラムと評価のあり方が見直されてい る。知のダイナミズムに則った新たな開かれた大学研究 像や各大学の研究ポートフォリオ戦略が必要である。 これまで大学の研究活動による貢献は、成果を広く社 会に公開し利用してもらうという枠組みで進められてき た。産業界の問題解決支援に踏み込み、大学発ベンチャ ーを介した社会化も試みられてきた。しかし現在は、さ らに一歩踏み込んだイノベーションへの実効的な貢献が 求められている。ソリューション研究は、大学自体が全 体的先見的な視点から意味ある確かな課題を設定して、 成果の社会化まで実現しようとするものである。そのた めには課題主導型で知の統合的な創造と活用パターンを 創り出すことが必要であり、新たな学術領域の創成につ ながる期待もある。 第二は、イノベーションに適合する社会システムを駆 動することである。社会に開かれた「場」や「ネットワ ーク」を形成する役割である。既存の産学や技術分野の 関係を越えて産産・学学、異業種・技術融合、地域の連 携の舞台を提供することであり、大学自体が創造的空間 として活性化する契機ともなる。イノベーション政策で も大学を核とする産業・地域クラスターの整備が国際的 に共通の課題になっている。研究大学を中心にした米国 大学協会は、今回の大統領選の過程でも分散的に形成さ れるイノベーション基盤としての大学の役割を提起し た。大学のソリューション研究は、課題に関連する多様 な関係主体のネットワークを大学を舞台に形成すること を伴うものであり、オープンな創造の場を提供する役割 を発揮する。 第三の役割はイノベーション人材の供給である。近年 の各国のイノベーション政策は人材育成・確保を軸にし ている。我が国の大学にはイノベーションを支える人材 育成を目指す教育改革の牽引役になることも期待されて いるが、大学院、とりわけ理工系の大学院教育には様々 な課題が指摘されているのが現状である。高度産業技術 人材育成に対する期待と充足度のギャップが報告され、 学際領域の研究教育や課題解決能力育成への取り組みの 遅れが指摘されている。重要化したノンアカデミック・ キャリアパス人材の育成などへの大学院教育の対応は遅 れたままである。 科学技術動向に対応する人材や様々な分野で活躍する 専門的職業人とともに、イノベーションの態様の変化に 対応して、プロデューサー、コーディネーター、プロジ ェクトリーダー、起業人材などの育成が必要とされてい る。イノベーション人材の育成には産学連携など実践的 な研究開発プロジェクトを活用することが有効であり、 海外には先進プログラムも多い。東工大が取り組むソリ ュ−ション研究の効果は大きい。大学側も、適切なテー マとリーダー、コースワークの提供や育成効果の高い交 流拠点の整備など教育効果に配慮することが必要である。ESSAY 1984年韓国・延世大学物理学科卒業、1986年延世大学大学院 物理学科修士課程修了後、韓国(株)LG Electronics入社。東京事 務所に出向中に東京工業大学博士課程修了。日立コンピュータ機器、 (株)INFINITT、NTTコミュニケーションズ、NTT PCコミュニケ ーションズを経て、2008年5月より現職。 工学博士。
李
リ中淳
ジュンスン日本発「世界標準」のインフラを
目指して
統合研究院が目指すソリューション 研究は、その社会的波及効果として産 業界との協力関係が密になり、ベンチ ャー企業の創出が期待できると言われ る。長年企業に勤め、韓国では数年間 ベンチャー企業の経営にも携わった私 にとって、大変興味深い。 ◆◆◆◆◆ いま私が医療情報プロジェクトで取 り組んでいるのは、個人が自分の健康 情報を自ら管理し利活用できる仕組み の構築だが、その観点で見ると新しい 健康情報管理サービスを営むベンチャ ーの誕生を育む研究テーマではないか と思う。その社会的ニーズは日本だけ でなく他の国においても共通の課題で あり、今後国際的な展開が期待できる。 最近、米国では消費者中心の革新的 な変化がヘルスケア分野に広まってお り、その要因の一つが「消費者主導型 ヘルスプラン」という新しい医療保険 制度の導入と言われる。今まで医療管 理体制で制約されていた消費者の選択 権がより多く保障される反面、医療資 源を使用することでは消費者の責任も 強調されることになる。 このような世の中の流れに乗って、 ネット世界の巨人グーグルが、いよい よ個人の健康情報管理サービスを始め た。グーグルは「最も重要な検索とは 何か」と自らに問いかけ、「答えは健 康である」と宣言、この分野への参入 を理由づけた。これから消費者と医療 サービス専門家が参加する健康情報ビ ジネスモデルの構築を着実に実行して いくようだ。もう一人の巨人マイクロ ソフトも、既に先行したサービスでこ の分野でのプラットフォームの掌握を 狙っている。 個人健康情報は消費者の健康に関す る意思決定において最も重要な要素で あり、人類が使う全ての情報を集め整 理するという壮大な夢を持つグーグル がそれを手放す訳はない。米国ではこ のようなオンライン健康情報ビジネス はITブームの時期から数多く試されて きたが、当時はビジネスモデルが実際 の収益と繋がらず、たいてい失敗に終 わった。最近、消費者が健康情報を積 極的に活用するなかで、この分野が再 び脚光を浴びている。現在は用途が制 限されているものの、200以上のサ ービスが存在すると言われる。 ◆◆◆◆◆ 医療は法制度の制約を受けているた め、ある国で勝ち抜いたサービスをそ のまま日本で通用させるわけにはいか ない。その逆も同様だ。ネットサービス を見ても、グーグルは日本での覇権を 握っているとは言えないし、まして他の アジア地域、IT先進国と言われている 韓国や世界最大市場である中国におい てはかなり苦戦しているようだ。検索に おける言葉の理解や運営方式に対する ユーザー満足度が、地場の検索エンジ ンに劣ることがその理由とされている。 医療という制度的な面での制限やき め細かなサービスを要する分野であれ ば、なおさら難しい。当分、欧米の健 康情報管理サービスが日本に入ってく ることはないだろう。むしろ日本で検 証した信頼できるサービスモデルが世 界に展開できることを期待したい。 我々のチームが考えている仕組み は、他のものに比べてプライバシーや 個人情報保護対策の面で優れている。 健康情報管理サービスを提供するには 営利企業にも公の観点に立った社会的 責任が求められるとの意見があり、グ ーグルのサービスなどには早くも個人 情報保護に対する懸念の声が上がって いる。 ◆◆◆◆◆ 新しい仕組みの普及に当っては「標 準」を巡る争いが必至だ。グーグルや マイクロソフトなどの巨人には、正面 からぶつかるより、互いに連携または 協業する方策を考えるのが賢明であろ う。世界のインフラになるシステムを 築いていくには、まずアジアを絡める ことから始めるべきであり、隣の韓国 や中国との協調が必要だ。 個人健康情報管理の基盤は健康情報 だけではではなく、個人の生涯にわた るイベントを記録管理する発展型も考 えられる。これもまた企業として大き なビジネスチャンスが期待でき、将来 斬新なベンチャー誕生のきっかけにな ると思う。 統合研究院ソリューション研究機構 特任准教授大学の研究領域の強みとは何か。将来の社会の課題を 先取りし解決するために、東工大にはどんな貢献ができ るか ――。分かっていそうだが、実は茫漠としてつかみ にくい研究領域の実態を明らかにするため、統合研究院 は論文や特許などを基に膨大な研究者データベース作り に挑戦している。他大学でも余り見かけない、こんなユ ニークなプロジェクトの若手リーダーである。 ■ ■ ■ ■ ■ 九州は福岡県京都(みやこ)郡みやこ町の出身。 「なーんもない所ですよ」。出身地についてこんな風 に謙遜しているが、「そういえば女子バトミントンで注 目された“オグシオ”の一人、潮田玲子選手が隣町の出 身です」と思い出してくれた。 小学生時代はファミコンの全盛期だった。5年生の時 に発売された、あの名作「ドラゴンクエスト」にはまっ てしまったというテレビゲーム世代の申し子だ。 伝説の勇者ロトの血を引く“勇者”として、ゲームの 遊び手は、竜王にさらわれ監禁中のローラ姫を救い出し、 最後に竜王を倒す。仮想の世界の勧善懲悪物語の主人公 になりきってしまう恍惚感を体験した。 「こんなにわくわくするようなゲーム・ソフトを自分 の手で作りたい」と、東工大工学部情報工学科に入った。 だがブームも1990年代後半には下火になった。指導教官 の田中穂積教授(前・統合研究院先進研究機構長)から、 仮想のゲームの面白さより言語コミュニケーションの奥 深さを教えられ東工大大学院へ進学。「自然言語解析」 で工学博士号を取った。 世が世なら、今頃はゲーム作家として六本木ヒルズに 住むような億万長者になっていたかもしれないのに。 ■ ■ ■ ■ ■ けっして数式や大型コンピューターの操作にどっぷり 浸かるタイプではない。社会性の強い分野への応用に大 きな関心を持っている。 その一つが数年前からはじめた「考古学のデータベー ス化」だ。助手時代に隣の亀井宏行研究室の学生だった 阿児雄之(あこ・たかゆき)さん(東工大百年記念館・