C A N C E R 18 (2009), p. 4
9-
53ニホンザリガニの名称および長野県におけるウチダザリガニの現状
川井唯史 ・中田和義
ニホンザリガニCambaroides japonicus
は,北 海道と青森県の広い範囲 そして秋田県と岩手県 の北部の河川や湖沼に限って分布する日本固有の 在来種である . 本種は環境省等に より希少な種と して指定を受けており,保全の必要性が高い そ して保全を実施するためには ,名称等の知見が重 要な基礎となる . また外来種ウチダザリガニも在 来の生物に対して悪影響を与える可能性が指摘さ れており (Nakata&
Goshima, 2003, 2006),その 対策も重要であり,それを検討するための基礎知 見が求められている. 本種の和名に関しては ,一寸木 (2001) が従来 から使われている 仁japonicus
の標準和名である ザリカ、、ニが,アメリカザ リガニと混同しており , 小 学校で、は問題となっている現状を指摘して い る. また,地方名に関しては川井 - 鬼丸 (2006) の報告がある. 本稿では北海道における名称の変 選と現状に関して紹介し,名称に関して総括する ことで保全活動の基礎とする . 外来種ウチダザリガニPacifastacus leniusculus
は,北海道,福島,長野,滋賀県に分布し( 阿部 ら, 2006; 中谷 ・横 山, 2003; Usio ら, 2007), 在来の生態系に大きな悪影響を与えること等が 理由で,環境省が「特定外来生物」に指定してい る 長野県における個体群に 関する情報に ついて は報告例が乏しく, U sio ら (2007) による安曇野 市明科地区の例だけに限られている. 本報告では 文献調査と間取り調査に加え,生息地の観察結果 の概況を報告する.Tadashi KAwAI & Kazuyoshi NAKATA: ]apanese c o m m o n n a m e of the ]apanese freshwater crayfish
Cambaroides japonicus
, and present status of the signal crayfishPac
拘stacus leniusculus
in Nagano Prefecture, ]apan I 北海道におけるニホンザリガニの名称 . 調査方法 北海道内の各地方自治体では,その歴史を市 町 村史 (または市町村誌) として刊行することが多 い. この資料には,当該自治体の管内における自 然環境が示され,出現する動植物の名称が列挙さ れている例が多く見られる . その名称は ,市町村 史が発行された年代に,当該地区で使われていた 標準的な名称と考えて良い. 以上のことから市町 村史におけるニホンザリガニの名称を探して列挙 し,北海道の各地における標準的な名称の変選と 現状を検討するための基礎情報を得る . 附属図書館,北海道立文書館,稚内市図書館で行 い,所蔵資料を調べた. - 名称の変遷 北海道内の市町村史で見られたザリガニ類の名 称を表1 に示した. 今回の調査の範囲では ,ザリ ガニ類の名称が見られた年代は,大正3 年 (1914 年) から平成15年 (2003年) であった . 大正時 代 (1914年と 1916年) の七飯町ではサルカニ,大 野町でサリカニの名称が見られ,昭和8 年 (1933 年) の余市町ではザリカニの名称が使われてい た. 当時の名称は少なくとも サルカニ,サリカ ニ,ザリカニがあり多様であったが, これらはザ リガニとの名称と共通部分が多い. 少なくとも大正時代までは,北海道南部 で, ニホンザリガニが貴重な薬品として使われていた (JII井 ・中田 ,2008). しかし昭和31年 (1956年) の 『名寄町誌J
によると「益虫に属さない」との 記述が見られるので,この時代には薬としての利 用が無かった可能性がある . 昭和12年 (1937年) の仁木町では,ザリガニの 名称が初めて見られる . その年以降は ,ザリガニニホンザリガニの名称および長野県におけるウチダザリガ ニの 現 状
50
市町村史で見られる ニホンザリガニの名称の変遷 表1 引用 -A つ6 9 d A凶 τ F b ι υ巧
/
。
。
考 害 虫 ・益虫のとちらにも属さない ↑ 杓 名称 サリカニ サルカニ ザリカニ ザリガニ ザリガ ニ サリガニ ザリガニ ザリガニ i'!-illrj村 大 野 町 七 飯 町 余市町 仁 木IIrf 迷 将IIJf 今 金 町 札幌 市 j lEj暦 1914 1916 1933 1937 1956 1957 1958 1958 年号 大正 3年 大正5年 H師 11 8年 昭和12年 昭和31年 昭和32年 昭和33年 昭和33年 9 ハv t A ワ u n J A u z p b に U 7 Q U 凸 U A v t A。
,
u q d 4 F U 内 b 勺 t Q u n Y A U -ヮ “ つ i u 4 ' i 1 A 1 A 1 A 1 A 1 A 唱 i 唱 i ' i 1 A Or u n 4 9 -n 4 9 -n L n d n L n 4 9白 内 J q u n t υ ﹃ υ q u カ ニ 類 の サ ワ ガ ニ と 同 じ で あ る が、 北海道にはサワガニが分布しない。 ウチダザリガニの名称も見られた 。 {谷称はサルガニとされている 。 Jll{和12年での名称と呉なる 。 サワガニ ニ ニ ニ ニ ガ ガ ガ ガ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ j ニ j j ニ j ニ ニ ガ ガ ガ ガ ガ カ カ カ カ ガ ガ ガ ガ ガ ガ カ ガ 1 ガ 1 1 ガ ー ガ ガ j j j j j j J I l l -J J I l l -サ j ザ ザ j サ j j 1 1 1 1 1 1 I 、 1 1 1 1 1 1 1 1 1 、 / ] 、 / ン ー 、 J 1 1 ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ サ ザ ザ ザ ザ ザ サ ザ サ ザ ザ オ オ オ オ 一 一 ニ ニ ニ 黒松 内 町 !崎中同村 }![l¥述IIIJ 戸井 町 美l唄市 盆頃町一 美i
栄町 砂 川 市 礼文町 妹 背 牛 町 音更町 滝川市f
占丹町 小柿 市 秩父別町 新 卜i判11町 :て主rlr
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I
Jl1))IJII可 比 布 町 標高ちIIfJ 端a -rllfjili
軽Ilfj 仁 木 Ilfji
甫臼11日 留 孤 市 1960 1963 1967 1969 1970 1971 1971 1971 1972 1979 1980 1981 1985 1986 1988 1991 1993 1994 1995 1997 1998 1998 1998 2000 2000 2003 昭和J35年 日目手113811' 昭和42年 昭和44年 昭和45年 昭和46年 昭和46年 昭和46年 昭和47年 昭和54年 昭和55年 昭和56年 昭和60年 I lil和61年 1 11{和63年 '1' 成3 年 平 成5年 平 成6 年 平 成7年 平 成9年 ヤー成10if 平 成10年 平 成10年 平 成12年 平 成12年 平 成15年 l 大野町役場l I f J 史編纂室,1914 ; 2 .七飯村教育会,1916 ; 3 . 余市町教育会 ,1933; 4 .古 曾音¥1, 1937 ; 5 名寄IIf J 誌編纂委只会, 1956; 6 遠 軽 町 役 場 ,1957 ; 7. 今 金 町 史 編 集 委 員 会,1958 ; 8 札 幌 市 史 編 集 委 員 会 ,1958 ; 9 . 黒松 内 郷 土 誌 編 集 委 員 会 黒松内教育委員会,1960 ; 10.鷹 摘 村 史刊 行委員会,1963 ; 11 風連町史編さん事務局, 1967; 12 野呂 ,1969; 13 美 唄 市 編 さ ん 委 員 会 ,1970; 14. !投頃町史編さん委員会 ,1971 ; 15.美 深 町 史 編 さ ん 事 務 局 ,1971; 16 砂 川 市 史 編 纂 委 員 会 ,1971; 17 礼文町役場企画室,1972 ; 18. 妹 背 牛 町,1979; 19. 背 吏 町 史 編 さ ん 委 員 会,1980; 20 滝 川 市 史 編 さ ん 委 員 会 ,1981 ; 21. 積 丹 町 史 編 さ ん 委 員 会 ,1985 ; 22 高島小 学 校 開校百周年記念協賛会 ,1986 ; 23. 秩 父 別 町 史 編 さ ん 委 員 会 ,1988 ; 24 新 十 津川 町 史編 さ ん 委 只 会, 1991 ; 25. 三笠T{i史編 さん委員会,1993 ; 26. 歌 志 内 市 史 編 さ ん 委 只 会,1994; 27. 門別Jllfj 史編さ ん委員会,1995 ; 28 比 布IIrf史編さん委員会,1997; 29. 遠軽町 ,1998 ; 30.標 茶 町 史 編 さ ん 委 員 会,1998; 31. 新 端 野11汀史編集委員会 ,1998; 32. 仁 木 町教育委員会,2000 ; 33. 浦 臼 町 百 年 史 編 纂 委 員 会,2000; 34. 留 萌 市 ,2003川井唯史- 中田和義 51 の名称が継続して見られる . 例外的 に,昭和 32 年 (1957年) の遠軽町ではサリガニの名称が見ら れ,黒松内 町では 昭和35年 (1960年) にサワガニ の名称が使われていた. 昭和45年 (1970年) の美 唄市では俗称としてサルカニとされている . これ らのことから 北海道では,ザリガニの名称が各地 で使われ,昭和初期から使われているので歴史も 古い そして,昭和30年代までは依然、として多様 な名称が存在したと考えられる. 平成 7 年 (1995年) には門別町で,初めてニホ ンザ リガ ニの名称が出現している . その後,平 成 15年 (2003年 ) にかけて,ザ リガ ニとニホン ザリガニの名称が混在している また,平成10年 (1998年) の標茶町ではニホンザリガニと共にウ チダザリガニの名称も見られている . この理由と して第ーに2000年に環境省が「ニホンザリガニ」 として絶滅危慎種
E
類に指定し,この名称がマス コミ 等で頻繁に取り扱われたことで新しい名前が 市民権を得たことの背景にあると思われる . その 他の理由として ,近年急激に分布域を拡大してい るウチダザリガニと ,名称で 区別化 を図る必要性 が背景 にあ ったのかもしれない. 以上のことからニホンザリガニの名称の変遷を まとめると,大正時代から昭和初期にかけてはサ リカニ,サルカニ,ザリカニ,サリガニとの名称 が見られ,昭和初期以降はザリガニの名称が使わ れ続け,平成時代以降はニホンザリガニとザリガ ニの両方の名称がある . 著者らの見解としては, 和名は安定していることが望ましいと考えてい る. そしてザリガニとの和名は江戸時代以降使わ れ続けている伝統あるものであり,尊重したい. しかし本種の分布の中 心域である北海道では,ニ ホンザリガニの名称が広く使われている現状は認 識する必要性がある .E
長野県におけるウチダザリガニの現状 . 情報収集 長野県にウチダザ リガニ (図1) が分布してい ることは,すでに報告されているが (Ohtakaet
al.
,
2005), Usio ら (2007) は,長野県の生息地 が安曇野市明科地区の1 箇所しか見つからず,こ この生息地の密度は他と比べて低いことを報告し ている. なお長野県水産試験場の熊川真二氏は, 1997年当時に長野県に外来のザリカボニ類が生息し ていることに 気付き,それがウチダザリガニであ ることを初めて確認した 人物である. 熊川 氏によ ると,I
長野県におけるウチダザ リカゃニに関連す る公表記録は,農.林水産局 (1927) 以外に見つか らなか った長野県水産試験場の各種の所蔵情報 も調べたが明科にウチダザリガニを放流した ,移 植 した等に関する情報は見 当たらなか ったJ . な お農林水産局 (1927) では,長野県北安曇郡平村 (現在の 大 町市) の養魚場にウチダザリガニが運 ばれたこ とは記述されているが,放流されたとの 情報は無い. そのため,安曇野市明科におけるウ チダザ リガニの個体群の由来は,行政機関等 によ る正式な移植ではなく,非公式な放流あるいは飼 育個体の逃亡等 により偶発的に生息域を形成した と考えられる . - 間取り調査 2008年 5 月, 安曇野市明科地区に 50年以上住ん でいる数名に対してザ リガニ類に関しての間取り を行 った. 以下の情報は共通して得られた.I
ア メリカザリガニとは明らかに異なるザ リガニ類が 何十年も前から生息していることは知 っている また,特に生息域が拡大することも無か った ザ リガニ類を食べてみることも考えたが,体表に寄 図 1 ウチダザリガ二Pacifastacus leniusculus
52 ニホンザリカ‘ニの名称および長野県におけるウチダザリガニの現状 生虫が多く気味が悪いので止めたJ . そのため, 当地域の方 は,ウチ ダザ リガニの存在に数十年前 から気付いていて ,その他 にも食用 にする ことも 試みたと 思われる. - 生息地の概要 U sio ら (2007) でも報告されている , 長 野 県 安曇野市明科地区の生息地は ,犀)1 1と平行して流 れる流程
2k m
程の水路である . この 水路 は最上 流部にワサビ田, 中流部に養魚施設が隣接し てい る. 水系は 2 つに分かれ コンク リートの 3 面護 岸になっている水深5 cm 以下の流れ, それと平 行して流れる水深1 m
程で石垣護岸がある 水路と なっている. これら2
つは途中で合流している . - 現地調査 調査場所は前述の2つの流れが合流する地点か ら上流の地点 とした. 調査日は2
∞
8
年5
月11
日とし た. 12時
40分から2名が30分間に渡り ,流程75m
程を歩き ながら転石等 をめ くって ザリ ヵーニ類を探 し,生息状況に関 して の観察を行 った 同時に生 息環境の測定も 行 い, 水jEi
を測定し,調査場所に おける流程の 中央部で底質 ,i
J
t
E速, 川Ilfiji,水深, 同居生物を記録した . 結果として ,全長10 cm 程のl
個体 の雄が転石 下に隠れていた. 隠れ家のすぐ近くには脱皮殻 があり,脱皮直後の個体と推定された . 水中 で 観察したと ころ体表には大量のヒJレミミズ類が付 着していた . ザ リガニ類で発見された のは,この 1個体 だけであった . 過去の調査報告 (Usioら, 2007) では,当地区の個体数密度は ,他の生息地 と比較して 比較的低か った. 本調査結果は,こ の 傾向 と同様の傾向であった. 当 日の天気は曇りで,水温は14.0t , ウチダザ リガニが見つかった場所周辺の環境として ,川 幅 140 cm,水深20 c m,底質は砂磯上に径20 cm 程 の転石が点 在してお り,流速は13 cm /sであっ た. 同居生物は, 密生する 水生植物類が見られ, 動物としては トピ ケラ ・ヨコエビ ・ヒル類 が 見 られた . なお , 海外も含めた過去の調査による と,ウチダザ リガニが侵入すると ,既 存 の 生 態 系を構成する生物種は大きな影響を受け ,特に移 動性の低い水中植物 や巻貝類等は著しい被害 を受 ける (例 えばGuan & Wiles, 1997; N ystromet
al.
, 1999) . しかし ,本生息地では過去の調査と異な り, ヒjレ類が出現 し,濃密な水生植物類の群落が 見られた. そのため,今回の調査では,ウチダザ リガニによる水草等の在来生態系への明瞭な悪影 響が見られず,その原因は, ウチダザ リガニの密 度が低いためかもしれない. ただし本稿は 一度だ けの調査に基づいたものであり ,今後の連続的な 調査の実施により更なる検討が必要である . - 本生息地の特徴 ウチタザ リガニが放流された後の生息地の経過 としては,これまで次の3
つの様相が確認されて いた 1) 東京では放流が1929年( 昭和4年) に, 福井県では1933年 (昭和8年) に実施されている が 定 着 は 見 ら れ な いCJ
11井ら, 2002). 2 ) 北 海 道,福島県で は, 放流された水系で急激な個体群 密度の増大が見ら れ,その後,分布域が他の水系 に拡散して い く (例えば阿部 ら,2006 ;Ka
waiet
al.
, 2002 ; Ohtakaet
αl.
, 2005). 3 ) 滋賀県では, 放流された水系で高い 個 体群密度が維持し,他 の水系へは拡大が見られない ()11 井ら ,2002). ただし近年, 滋 賀 県 の 生 息地 ではブラックパスM icropterus
sp の影響で,湖内における密度が低 下し ,魚類による捕食圧が比較的低い流入河川で は高い密度が保たれている CU sioら, 2007). こ れらの既存の報告例と 比較して ,長野県の生息地 では放 流定着後に数十年を経過していると考えら れるのに ,爆発的な個体数密度の増大や明らかな 生息域の拡大は認められない. これは国内のウチ ダザ リカニの生息状況としては異例である . こ の ような状況は生じた原因は不明で、あり ,検討中で ある . 謝 辞 貴重な情報を 提供して頂い た長野県水産試験 場の伝田郁夫氏, 同試験場 佐久支場の熊川真二 氏,長野県環境保全研究所の北野 聡氏,国立環 境研究所の西川 潮氏,調査補助 と各種の助言 を 頂いた熊木啓智氏に深謝します.川井口佐史 ・中田和 義
53
文 献
│何者11友 典 ・杉 本 嘉 究 ・栂 井 龍 一 ・中谷 勇, 2006 磐 梯 朝H 国 立 公 園 の 湖 沼 に 生 息 す る ウ チ ダ ザ リ ガ ニ
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