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分娩期における熟練助産師の実践知 ―痛みに対して強い不安・恐怖感を表出している産婦へのケア―

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分娩期における熟練助産師の実践知

―痛みに対して強い不安・恐怖感を表出している産婦へのケア―

Practical wisdom of expert midwives' intrapartum care

―Care for women showing a strong fear of pain during delivery―

野 島 奈 明(Natsuki NOJIMA)

* 抄  録 目 的 分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感を表出している産婦へのケアとして,熟練助産師がもつ実践 知を明らかにする。 対象と方法 スノーボールサンプリング法でリクルートした熟練助産師13名へ半構造化インタビューを行い,研 究参加者が語った事例から,研究目的に合致したケアを記述したものを小テーマとした。それを類似性 に沿って統合し,抽象度を高めることを繰り返し,テーマ,大テーマとした。 結 果 研究参加者が語った産婦は,分娩時期に関わらず,叫ぶ,暴れる,体が固くなり間欠期も力を抜けな い,反応がない,攻撃的な口調になる,危険行動をするなど,分娩時の痛みに対してさまざまな自己表 現をしていた。そのような産婦への熟練助産師の実践知として,【受容的に接する】【自分の存在を産婦 に知らせる】【その場の流れに産婦を没頭させない】【産婦の興奮を助長しない】【夫の気持ちを産婦から 遠ざけない】【母娘関係を手がかりに,産婦のニードを推察して応える】という大テーマが抽出された。 また,研究参加者は,分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感を表出している産婦に対し,〔母親にな る過程である分娩中は,子どものように感情を出すものだと捉える〕〔混乱しているようにみえる産婦 も,冷静に聞いていると捉える〕という【実践知に伴う基本的姿勢】を基盤にケアしていることが明ら かとなった。 結 論 熟練助産師は,母児に危険が及ばない限りはいかなる産婦の自己表現も受容するが,決して産婦の興 奮を助長しないようにしていた。また,いつもとは違う妻の姿を見た夫の心情や,産婦と夫との心の距 離にも配慮していた。さらに,強い不安・恐怖感を表出しているからこそ,そこには現れていない産婦 の真意を見極めようとしていた。その際,産婦と実母の母娘関係が対象を理解する手がかりになること があった。また,助産師自らの存在感を消さず,主導的に産婦へ関わることが特徴的であった。 キーワード:熟練助産師,実践知,痛みへの不安・恐怖感,分娩期ケア,質的記述的研究 2019年12月2日受付 2020 年6月10日採用 2020年9月15日早期公開

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Abstract Purpose

The purpose of this study was to explore the practical wisdom of expert midwives caring for women who demonstrated a strong fear of pain during delivery.

Subjects and Methods

Semi-structured interviews were conducted with 13 expert midwives recruited using snowball sampling. Subject matter that met the research criteria were extracted as small themes from the cases narrated by the research partic-ipants. These concerns were then grouped according to their similarities, and were subsequently abstracted for clas-sification into main and large themes.

Results

According to the research participants, regardless of the delivery period, women showed various expressions of pain during delivery, including crying out, violent behavior, rigidity even in intermission, not reacting, speaking in an aggressive manner, otherwise dangerous behavior. In terms of the practical wisdom of the expert midwives attending to such women, the following were extracted as the large themes: receptive attitude; Promote their own presence to women; preventing her from becoming too caught up in the moment; not encouraging her agitation; making her husband's feelings stay close to her; and inferring her needs from mother-daughter relationships and responding to those needs. Additionally, it was apparent that the expert midwives competently cared for women who expressed high levels of fear during delivery on the basis of the following basic attitudes stemming from practical wisdom: under-standing that a woman expresses her feelings like a child in the process of becoming a mother, and that often women who seem to be in a state of panic are actually listening to them calmly.

Conclusion

Expert midwives accept any expression of distress or anger without encouraging agitation as long as they are not jeopardizing the mother or the child. Additionally, they take into account the feelings of the husband seeing his wife acting out of the ordinary, as well as the mental distance between the woman and husband. These midwives are often well-versed in ascertaining what underlies these strong feelings of fear. Mother-daughter relationships sometimes play a significant part in this. Key characteristics of expert midwives are that they do not erase their own presence and take the initiative in interacting with the mother.

Key words: expert midwife, practical wisdom, fear of pain, intrapartum care, qualitative research

Ⅰ.緒   言

女性が妊娠中に抱くあらゆる思いの中で,分娩時の 痛みに対する不安や恐怖感が最も大きいとされる(我 部山,1993;Melender, 2002;佐藤他,2000)。分娩中 に,産婦が過度な不安や恐怖感を持つことは,体が固 くなって余計に痛みを強く感じることにつながったり (Read, 1944),器械分娩や緊急帝王切開といった医療 介入が増加したりすることが明らかとなっている (Elvander, et al., 2013;Fenwick, et al., 2009;Ryding, et al., 2015)。また,分娩時に強い不安や恐怖感を抱い た体験をした女性は,出産体験への自己評価が低い傾 向にあり(常盤,2001),その経験が,産後うつ傾向に なる要因となることも指摘されている(常盤,2003)。 さ ら に, 次 子 妊 娠 へ の 希 望 が 低 く な り(竹 形 他, 2012),産後のトラウマ症状が強化される(竹形他, 2014)ことも報告されている。以上のような分娩経過 への影響,または女性の出産体験や育児期のメンタル ヘルスへの影響を考えると,産婦が過度な不安や恐怖 感を持たないように関わることは女性にとって重要で ある。 助産師は,妊娠期の関わりによって,妊婦がもつ分 娩時の痛みに対する恐怖感が少なくなるように努めて いる(廣野他,2015)。しかし,分娩前にそのような ケアを行っても,産婦が実際に痛みを体感することに よって不安や恐怖感が非常に高まることがあり,実際 に,痛みによってパニックのようになっている産婦に 出会うことがある。助産師は,そのような場面でも, 産婦にとって満足な分娩になるようにケアを行おうと するが,どのような場合にどのようなケアを行えば良 いかが明確ではないため,その場その場で試行錯誤を しながら対応せざるを得ないことが多い。先行研究で は,過度な不安や恐怖からパニック状態に至った要素 ・要因の研究(湊谷他,1996)や,パニックとなった 産 婦 に 対 す る 事 例 研 究(伊 藤 他, 2005; 西 川 他, 2005)は存在するが,分娩時の痛みに対して強い不

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安・恐怖感を表出している産婦に対し,助産師がどの ようなケアを行っているのかを調査した研究は少な い。 塚本(2008)は,いかなる場面でも,蓄積された知 識と経験とをうまくリンクさせて即興的に対処できる 人こそ専門家であり,より良く為すために,まだない やり方を探索し創造していくことで専門家として熟達 していくと述べている。そのことから,強い不安・恐 怖感を表出しているという心身ともにリスクが高 まっている状態にある産婦へのケアだからこそ,熟練 した助産師ならではの知恵やわざがあると予測され る。しかし,熟練助産師が,個々の状況でどのように 考え,どのようなケアをしているのか,その実践知に ついては明らかとなっていない。「実践知の探究は, 個人を超えて本質にまで到達しようとする試み」(池 川,2005)といわれるように,実践知を探求し記述す ることによって,ある状況に置かれた熟練助産師のあ りように触れ,それが,個々の産婦に応じた分娩期ケ アの深化の一助になると考える。そこで本研究では, 分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感を表出してい る産婦へのケアとして,熟練助産師がもつ実践知を明 らかにすることを目的とした。

Ⅱ.用語の定義

熟練助産師:熟練助産師の定義は,文献によって 「経験年数 5~20 年以上」,「分娩介助件数 100~1000件 以上」と開きが大きく,経験数の他に「助産師として の経験の質」も重要であるとされる(正岡他,2011)。 本研究においては,通常よりリスクの高い状態の産婦 をケアする熟練助産師の実践知を明らかにするため, 分娩業務経験 15 年以上とし,紹介元となる助産師か らみて,産婦の内面に寄り添い,女性の産む力を引き 出す関わりをしていると認められる助産師とした。 実践知:実践知は,個々の状況に応じた実践と省察 を繰り返すことで内在化する。本研究においては,熟 練助産師に内在している実践に関する知恵やわざとし た。

Ⅲ.研 究 方 法

1.研究デザイン 本研究は,質的記述的デザインを用いた質的帰納的 研究である。 2.研究参加者 研究参加者は,研究の主旨に同意した熟練助産師 13名であった。 施設を問わずさまざまな助産師の分娩期ケアをみる ことができる立場にある分娩実習担当教員をゲート キーパーとし,スノーボールサンプリング法によって 熟練助産師の要件に合う臨床助産師をリクルートし た。なお,ゲートキーパーも,分娩期ケアに携わった 経験15年以上(分娩実習担当を含む)の者とした。 3.研究期間 2018年5月~2019年3月 4.データ産出方法 半構造化インタビューを用い,分娩時の痛みに対し て強い不安・恐怖感を表出している産婦へのケア場面 の語りを促した。実践知を抽出するため,具体的な事 例とともに,①ケアを行う場面で何を観察したか,② ケアの際に何を意図して(思って)いたか,③具体的 な援助行為,④そのケアに影響を及ぼしている経験を 中心に,研究参加者の語りのペースに合わせてインタ ビューを進めた。 5.分析方法 インタビューで得たデータについて,研究参加者ご とに逐語録を作成した。次に,逐語録を精読し,分娩 時の痛みに対して強い不安や恐怖感を表出している産 婦へのケアであると捉えられる部分について,観察 点,思考,感情,行為に着目してコードとして抽出 し,研究参加者がその状況において「何をみて,何を 感じ,どう考えて(どう思って),何をしたか」という ケアのプロセスを一つの実践場面として再構築した。 そして,この中にあるケアのプロセスの核となる部分 を,小テーマとして名付けた。次に,研究参加者ごと に抽出した小テーマの内容を類似性に沿って統合し, テーマとした。この際,熟練助産師がもつ分娩期ケア の細やかな知恵やわざを記述できるよう,意味内容が 損なわれないように留意した。同様に,テーマの類似 性に沿って統合し,さらに抽象度を高めたものを大 テーマとした。 分析結果の厳密性を確保するため,ウィメンズヘル ス看護・助産学の教員,質的研究を専門とする研究者 からスーパーバイズを受けた。また,承諾が得られた 研究参加者3名のメンバーチェッキングを行い,分析

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結果は支持された。 6.倫理的配慮 ゲートキーパーには,希望する方法で渡した文書を 用いて研究内容を説明し,研究協力の了承を得た。研 究参加候補者には,文書にて,研究参加は任意である こと,研究参加の有無は紹介者に知らせないことを説 明し,参加が可能な場合は,研究参加候補者の希望す る方法で研究者へ連絡してもらった。その後,研究参 加候補者に,研究目的,方法,倫理的配慮について文 書と口頭で説明し,研究参加同意書に署名を得た。本 研究は,神戸市看護大学倫理委員会の承認を得て実施 した。〔承認番号:2018-2-07〕

Ⅳ.結   果

1.研究参加者の概要 研究参加者13名の概要を表1に示す。助産師経験年 数は 15~35 年(平均 26.2±5.5 年),分娩業務経験年数 は 15~35年(平均24.6±5.3年)であった。また,分娩 介助件数は300~2500件であった。 2.分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感を表出し ている産婦への実践知 インタビューにおいて,研究参加者はそれぞれ複数 の事例を語った。データ分析の結果,26 個の小テー マから14個のテーマにまとまり,そこから,7個の大 テーマが抽出された(表2)。以下に,テーマと代表的 な小テーマ,およびその小テーマが抽出された事例を 用いて 7 個の大テーマを説明する。文中では,大 テーマを【 】,テーマを〈 〉,小テーマを《 》,研 究参加者の語りを斜体で示し,( )は文脈を明らかに するための研究者による補足とした。 1)【受容的に接する】 これは,母児に危険が及ばない限り,痛みへの強い 不安・恐怖感を表出することは決して悪いものではな いという考えから,自分の理想や価値観に産婦を当て はめず,肯定的関心を向けてありのままの産婦を受け とめようとする実践知である。この大テーマは,〈ど のような産婦にも動じず,心情やニードを分かろうと じっとみる〉〈「こうあるべき」と枠を決めず,産婦を 受容する〉〈産婦の痛みの自己表現を邪魔しない〉とい う3テーマから構成された。 (1)〈どのような産婦にも動じず,心情やニードを分 かろうとじっとみる〉 研究参加者は,どのような状態の産婦に対しても心 の揺らぎを表さず,そのままの産婦を受けとめなが ら,産婦の言動の真意を見極めようとしていた。 妊娠期での会話から,厳しい親のもとで自分を抑圧 しながらいい子を演じてきたのではないかと感じてい た産婦が,分娩の際,そこにはいない母親を呼びなが ら号泣して助産師に抱き着き,痛みに叫んでいた。そ のため,M氏は自分のケアが至らなかったからだと否 定的に捉えていた。しかし,分娩後,その産婦から 「泣き叫んでも,それを誰かに受けとめてもらえるこ とが私にとって最高の分娩体験であり,分娩を重ねる たびに自分が自由になる気がする」という言葉をも らったことによって,痛みに泣き叫ぶ産婦の言動の奥 には何らかの心情やニードがあると感じた。さらに, そのような産婦にどう応えたら良いのかを見出すた め,《どのような産婦にも動じず,心情やニードを分 かろうとじっとみる》という実践知を得ていた。 「そのことがあって,どんなお産にも動じなくな り ま し た。 な ん か, 駄 々 を こ ね て る 2 歳 児 を, じーっとみれるようになったみたいな。母親のよう な感じですかねー。(産婦が)言ってる言葉とか,誰 に対して怒ってんのか,悲しいのか,もっと抱きし めて欲しいのか,何を思って泣いてんのかなーと か…思いながらみてます。」 (2)〈「こうあるべき」と枠を決めず,産婦を受容する〉 研究参加者は,目の前の産婦の姿に対して自分の理 想を持たず,今の状態の産婦のままで良いという思い で関わっていた。例えば,M氏は,上述の事例を経験 表1 研究参加者の概要 参加者 経験年数助産師 分娩業務経験年数 分娩介助件数 所属施設 A 20年 20年 非公開 助産所 B 31年 31年 700件 診療所 C 30年 25年 700件 診療所 D 35年 35年 2500件 助産所 E 20年 20年 1000件 診療所 F 30年 23年 300件 助産所 G 26年 26年 350件 助産所 H 15年 15年 350件 診療所 I 30年 25年 1000件 病院 J 24年 24年 900件 診療所 K 32年 32年 950件 病院 L 23年 23年 1000件 助産所 M 24年 21年 550件 助産所

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したことで,分娩への価値観は人それぞれであるた め,《「こうあるべき」と枠を決めず,どのような産婦 の自己表現でも受けとめる》ようにもなった。 「(時間の)長さとか叫び声とか,全然違うところ に(お産への)思いがあるので,この人いいお産, この人安産とか決めつけずに…(略)…緊張するの が悪いとか叫ぶのが悪いとか,お産にバツはないの で,そのまま産んだらいいよーって感じで。」 (3)〈産婦の痛みの自己表現を邪魔しない〉 研究参加者は,産婦の痛みの自己表現を否定的に捉 えてはおらず,むしろ,自分の言動がそれの邪魔にな らないように留意しながらケアをしていた。 陣痛発作のたびに「痛いー!」と叫び,手足が緊張 で固くなっていた潜伏期にある産婦に対し,B 氏は, そばに付き添って腰をさすりながら,痛いよねーと復 唱するように応えていた。しかし,産婦は痛みを表現 することで発散していると考え,それに一つひとつ応 じることで発散を妨げないように,《痛いと叫ぶ産婦 には,意図的に反応しないこともする》という関わり をしていた。 「(産婦に痛いって言われたら)痛いよねーって感 じですかね。黙ってる時もありますけどね,ついて て。(痛いって)言って発散してる部分もありますも んねー。だから,いちいち返さない。」 2)【自分の存在を産婦に知らせる】 これは,痛みを強く感じて不安や恐怖感に苛まれて いる産婦の状況を理解し,専門家としてそばにいる自 分の存在を強く知らせるために産婦の 5 感に働きか け,産婦を精神的に支えようとする実践知である。こ の大テーマは,〈ちゃんとみていることをアピールす る〉〈分娩第2期は,「一緒に」ということを目でも伝え る〉〈グッと肩を抱いて理解を示す〉という3テーマか 表2 分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感を表出している産婦へのケアの実践知 【大テーマ】 〈テーマ〉 《小テーマ》 受容的に接する どのような産婦にも動じず, 心情やニードを分かろうとじっとみる どのような産婦にも動じず,心情やニードを分かろうとじっとみる 「こうあるべき」と枠を決めず,受容す る 「こうあるべき」と枠を決めず,どのような産婦の自己表現でも受けとめる痛がっても怖がっても何もかもそれで良いことを「大丈夫」という言葉で伝える 産婦の痛みの自己表現を邪魔しない 痛いと叫ぶ産婦には,意図的に反応しないこともする 娩出間近のストレートな表現は産み出すパワーと捉え,危険がない限り邪魔をしない 自分の存在を 産婦に知らせる ちゃんとみていることをアピールする 反応がない産婦にも,しょっちゅうではないが,声をかけてちゃんとみているアピールをする 分娩第2 期は, 「一緒に」ということを目でも伝える 分娩第2 期は,声だけでなく目でも「一緒に」ということを伝える分娩第2 期は,一緒に頑張ろうということを産婦に伝えるために,目を見てもらう グッと肩を抱いて理解を示す 暴れる産婦の肩をグッと抱いて理解を示す その場の流れに 産婦を没頭させない 産婦の意識を外に向け,痛みから気をそらす 産婦が努責をかける時に大きい声でリードし,こちらに集中してもらう産婦の注意を外に向けるように,胎児心拍の音を聞くように話す 分娩の序盤のうちに,痛くない時がある 陣痛のリズムに気付けるようにする 陣痛がおさまっていく時を感じるように,ピークまでの半分だけ頑張ったらいいと話すみんなで発作時は体をさすり間欠時は休止することで,陣痛のリズムに産婦をのせる 産婦が陣痛のリズムに乗るために,最初は声でリードする 力が入っていることに気付けるよう,間欠時こそ体に触れながら声をかける 産婦が力を抜く時が分かるように,間欠時に触る 環境によって場の空気を変える 人や環境が変わることを,産婦がフッと気付くきっかけのひとつとする 景色を見たり違うスタッフを入れたりすることで,その場の空気を変える 産婦の興奮を 助長しない 産婦の目や耳への刺激を最小限にし,興奮を助長しないようにする 部屋の明るさや胎児心拍の音量を抑え,産婦の興奮した気持ちを鎮める叫んでいる産婦に対して,周りは慌ただしくしない 攻撃的な言葉を発する産婦には,言葉での反応をせずに黙って聞く 夫の気持ちを 産婦から遠ざけない 夫が産婦に心理的な距離を置かないよう,産婦のつらさを代弁する夫が,自分にあたる妻に対して心理的な距離を置かないよう,産婦のつらさを夫に代弁する 母娘関係を手がかり に,産婦のニードを 推察して応える 母娘関係を手がかりに, 産婦のニードを推察して応える 実母に自分を出せなかった産婦に,どんな自分も受けとめてもらえるという体験をして亡き実母を呼ぶように痛がる産婦に,“よしよし”というイメージで包み込むように接する もらう 実践知に伴う 基本的姿勢 母親になる過程である分娩中は,子どものように感情を出すものだと捉える 母親になる過程である分娩中は,子どものように感情を出すものだと捉える 混乱しているようにみえる産婦も, 冷静に聞いていると捉える 大声を出して混乱しているようにみえる産婦も,冷静に聞いていると捉える

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ら構成された。 (1)〈ちゃんとみていることをアピールする〉 分娩中,痛みによって体が固まって,声をかけても ほとんど反応がなかった産婦に対し,I氏は,《反応が ない産婦にも,しょっちゅうではないが,声をかけて ちゃんとみているアピールをする》ことで,自分がそ ばにいることやちゃんとみていることを産婦にしっか り認識されるようにしていた。 「本人がしゃべらへんからこっちも何にも言わへ んじゃなくって,もう常に,どんな風になっても声 かけていくっていうか,それは大事なんかなって思 いますけどね…(略)…1人じゃないよ,ちゃんと みてるよっていうことをアピールできるように。そ りゃ,しょっちゅうはしゃべってませんけど,そう いうね,ちゃんとみてるよっていうことは表してい きますね。」 (2)〈分娩第 2 期は,「一緒に」ということを目でも伝 える〉 研究参加者は,気持ちを伝える上でのアイコンタク トの意義深さを語った。特に,分娩第2期という産婦 の腹圧を要する時期には,言葉だけではなく目でも自 分が共にいることを伝え,産婦を奮い立たせるように 関わっていた。 前回の分娩でパニック状態になった体験をしたとい う産婦が,分娩第2期,努責によって痛みが増強する ことから,部屋の反対側まで飛んでいってしまうほど 体が逃げて努責をかけることができなかった場面で, A氏は,母児の危険を感じた。そこで,まずは産婦に 目を開けてもらうことで自分を認識してもらい,《分 娩第 2 期は,声だけでなく目でも「一緒に」というこ とを伝える》というように,言葉だけではなくアイコ ンタクトというノンバーバル・コミュニケーションも 使って自分の思いを伝えていた。 「もう目と目で会話するしかないんかなって。目 をつぶると恐怖が増すかなとも思ったので,とにか く目開けて…(略)…一緒に私も頑張るから,一緒 にいるから大丈夫っていうのを目で伝えながら。言 葉でもですけど。」 (3)〈グッと肩を抱いて理解を示す〉 分娩第2期に,暴れて分娩台や周りの助産師を叩い たり,点滴を引き抜いて分娩室から出て行こうとした りするといった危険行動の制止が難しい産婦に対し, H氏は,その産婦には,つらさを分かって欲しいとい う気持ちがあると推察した。そこで,《暴れる産婦の 肩をグッと抱いて理解を示す》のように,あえて強い 力で産婦の肩を抱き,強い痛みを感じていることに理 解を示すことで,すがる場所があることを産婦へ伝え ようとしていた。 「産婦さんにとったら,自分だけしかこの痛みの 中に立ってないから,『助けてー』っていう思いや と思うんですよ。『分かってー』っていう感じで。 だから,強い力でこう(肩をつかむように)グッ と…それを受けとめる,みたいな。」 3)【その場の流れに産婦を没頭させない】 これは,分娩が異常経過とならないため,また,分 娩に向かう産婦の気持ちをつなぐため,分娩進行や産 婦の状態をみながら,適時,さまざまな方法で外から 産婦に働きかけて,その場の流れから産婦をハッとさ せる実践知である。この大テーマは,〈産婦の意識を 外に向け,痛みから気をそらす〉〈分娩の序盤のうち に,痛くない時がある陣痛のリズムに気付けるように する〉〈環境によって場の空気を変える〉という3テー マから構成された。 (1)〈産婦の意識を外に向け,痛みから気をそらす〉 研究参加者は,本研究で語られた産婦のことを,痛 いということに過度に意識が集中していることで,児 の存在や,腹圧をかける時期であることなど,自分が 置かれた状況をうまく受け取れなくなってしまってい ると考えた。そのため,何らかの集中できるものを提 供することで産婦の意識を痛みから転換し,痛みばか りに集中させないようにしていた。 前述の実践知の2)-(2)の事例で,A 氏は,この ままでは安全に児を産めないと判断し,《産婦が努責 をかける時に大きい声でリードし,こちらに集中して もらう》こともしていた。 「(産婦に)指示した方がいいんやなっていうのが あったんで,次,陣痛きたら,せーのでいきも う!って言って。…(略)…このパニックの中で, できることを与えてあげた方がいいのかなっていう ことがあるんですけど。いつもは,消え入りそうな 声でそれでいいよーとか言ってるけど,(その時の 声は)かなり大きかったと思います。」 (2)〈分娩の序盤のうちに,痛くない時がある陣痛の リズムに気付けるようにする〉 研究参加者は,痛みがおさまることを産婦に体感し てもらうことで不安や恐怖感を和らげ,産婦が自分で 力を抜けるように働きかけていた。そして,間欠期の 存在を産婦が感じやすいように,間欠期が長い分娩の

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序盤のうちに,そのアプローチをしていた。 分娩の序盤であるにも関わらず非常に強く痛みを訴 え,間欠期にも体に力が入ってリラックスできない産 婦に対し,J氏は,それでも産婦本人は力を抜いてい るつもりでいると考えていた。そこで,《力が入って いることに気付けるよう,間欠時こそ体に触れながら 声をかける》というように,力を抜いて痛みの和らぎ を感じられるように,間欠期を重視して働きかけてい た。 「陣痛がない時の方が色んなとこ触ったりしてる かもしれない。(陣痛の)合間も力が入ってる人は, 触ってもらって力が入ってんのが分かる人も結構い るから。…(略)…痛い時は,声が出ようが別にい いんですよ。おさまった時をどんな感じで過ごせて るか(が大事)なので。」 (3)〈環境によって場の空気を変える〉 研究参加者は,自分自身を含めたその場の空気を敏 感に察知し,ケアをする助産師や産婦の周りの景色な ど産婦の目や耳に入るものを変化させることで,その 場の空気を変えようとしていた。 活動期に入ったことによる陣痛の増強で,「もう嫌 や,おなか切って」と泣いてどのような言葉も届かな い様子の産婦に対し,K氏は,痛みに叫んでいる産婦 とは違って気持ちが後ろ向きになっていると捉えた。 また,自分と産婦が 1対 1で過ごしているその場の空 気がどんよりしているとも感じ,《景色を見たり違う スタッフを入れたりすることで,その場の空気を変え る》のように,意図的にその場の空気を壊し,それを 産婦の気持ちが刷新するきっかけにしていた。 「ちょっと環境を変えてみたりして,空気の流れ を変えることも必要だと思うんですよね。なんかリ セットされません?お産に向く気持ちが。」 4)【産婦の興奮を助長しない】 これは,リラックスとは相反する神経が高ぶった状 態の産婦に対し,その状態を否定せず受けとめながら も,疲労の蓄積や,アドレナリンの分泌によって正常 な分娩進行を妨げてしまうことにつながらないよう, 決してその状態を助長しないように関わる実践知であ り,〈産婦の目や耳への刺激を最小限にし,興奮を助 長しないようにする〉というテーマから構成された。 (1)〈産婦の目や耳への刺激を最小限にし,興奮を助 長しないようにする〉 研究参加者は,器械を準備する時などの大きな物音 や明るい照明,また,時には周りの人の言葉も,より 一層産婦を興奮させてしまう原因になると考えてい た。そのため,産婦の興奮状態をどうにかしようとは しないものの,決して興奮を高めないような環境に整 えていた。 分娩第 1 期活動期に微弱陣痛となり,痛みに叫び, 進行しないことによる苛立ちから助産師の言葉一つひ とつに攻撃的な反応をしていた産婦に対し,K 氏は, 《(攻撃的な言葉を発する産婦には,)言葉での反応を せずに黙って聞く》ことで,産婦の興奮を助長しない ようにしていた。 「私が,もう少し頑張ろうねー,赤ちゃんも頑 張ってるしって言ったら,(産婦は)『もう少しって いつなのよー!』ってなるんですよ。しっかりして はるから,私が言ったこと全てに対して一つずつ揚 げ足をとっていくんです。…(略)…(だから)そ れこそ半狂乱でワーって言ってたら,黙って聞いて ました。」 5)【夫の気持ちを産婦から遠ざけない】 これは,普段の様子とは異なる妻を見た夫の衝撃を 推察し,産婦が夫から心理的な距離を置かれたことに よる孤独を感じることのないように,夫には理解し難 い産婦のつらさを代弁するという実践知である。この 大テーマは,〈夫が産婦に心理的な距離を置かないよ う,産婦のつらさを代弁する〉というテーマから構成 された。 (1)〈夫が産婦に心理的な距離を置かないよう,産婦 のつらさを代弁する〉 その産婦は,そばに付き添う夫へ「あなたのせいで こんなに痛い!」など,夫をなじるような発言をして おり,G氏は,徐々に言葉数が少なくなり,ショック を受けた表情をしている夫の様子を捉えた。そこで, 産婦にとって,自分が頑張っている時に気持ちが引い ている人がそばにいるのは淋しいのではないか,夫の 気持ちが前向きになって妻を受けとめることでプラス の相乗効果が働くのではないかと考え,《夫が,自分 にあたる妻に対して心理的な距離を置かないよう,産 婦のつらさを夫に代弁する》という関わりをしてい た。 「お産でしんどい時やから仕方ないから,何もあ なたのせいじゃないって。だけど,痛くてしんどい 気持ちは分かってあげてくださいねって。声をかけ てさすってあげたりしてもらったら,また元どおり の奥さんが帰ってきますからって言ったら,『分か りました』って言ってましたけど。」

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6)【母娘関係を手がかりに,産婦のニードを推察し て応える】 これは,痛みに対して強い不安・恐怖感を表出して いるという産婦の状態には,実母の存在が何らかの影 響を及ぼしていると考え,その産婦と実母との関係性 から,産婦がどのように接して欲しいのかを推察して 応えるという実践知であり,同名のテーマから構成さ れた。 (1)〈母娘関係を手がかりに,産婦のニードを推察し て応える〉 研究参加者は,痛みに対して強い不安・恐怖感を表 出している産婦の様子から,満たされない実母とのつ ながりを求めていると捉えた。そして,母子のつなが りを強く意識する分娩期だからこそ,そのニードを満 たそうとしていた。 亡き母親の写真を持ちながら,痛がって叫んだり, 背中をつけて這いずり回るように動いたりして間欠期 も全くリラックスができなかった産婦をみて,F 氏 は,母親にすがるように泣いていると感じ,《亡き実 母を呼ぶように痛がる産婦に,“よしよし”というイ メージで包み込むように接する》のように,包容力の ある関わりをしていた。 「そういう時ってね,よしよしって感じ。お母さ んのことを想って『お母さーん』っていう感じも あったから,…(略)…もうほんとにキュッて抱き しめてあげるとか,それでもいいかなとは思うの で。…(略)…お母さんは,不安がってる子ども に,大丈夫大丈夫,よしよしってするから,その役 割かなって思うんです。」 また,D氏は,活動期の途中に,人が変わったよう に叫びながら暴れるようになった産婦を,抱きしめて なだめたという経験から得た《実母に自分を出せな かった産婦に,どんな自分も受けとめてもらえるとい う体験をしてもらう》という実践知を,産婦と実母と の関係性を振り返って以下のように語った。 「今まで抑えてた感情が一気に爆発したんかなっ て思うぐらい豹変したんですよ。あれは単にお産の 恐怖だけではない…その人,母子関係がすごく悪 くってね,本当の自分を知ってるのは唯一ご主人だ けなんですよ。それがああいう形でお産に出る?と か思って。でも,お産をみる時ってその人を 20 年 前からみなさいって言うよね。すごい頑張り屋さん の人(というイメージ)できてたけど,今まで弱い ところは出せへんかったんかなぁと思って。そやか ら,そういう人こそ,全部出したらいいねんけど ね。」 7)【実践知に伴う基本的姿勢】 これは,今まで記述してきた実践知の基盤にある基 本的姿勢であり,〈母親になる過程である分娩中は, 子どものように感情を出すものだと捉える〉〈混乱し ているようにみえる産婦も,冷静に聞いていると捉え る〉という,分娩時の痛みに対して強い不安・恐怖感 を表出している産婦の捉え方に関する2テーマから構 成された。 (1)〈母親になる過程である分娩中は,子どものよう に感情を出すものだと捉える〉 F氏は,分娩は,女性が母親になる過程の一つであ るが,強い痛みの最中にいるという心身ともに危機的 な状況が理性を取り払い,産婦は子どもの頃のように 感情をありのまま表出するようになるものだと捉えて ケアをしていた。 「お産の時って,お母さんになるんだけど,もう 子どものようにワガママを言って,赤ちゃんを産む ものなんちゃうかなって思っててね。…(略)…生 理的なものでしょ,痛さっていうのは。でも,(痛 い時に)なんかこう優しくしてもらったのはやっぱ りお母さんだと思うから,だからやっぱりお産の時 にはどんな人でも子どもに戻るのかなーって。」 (2)〈混乱しているようにみえる産婦も,冷静に聞い ていると捉える〉 J氏は,一般的にいうパニック状態や平静さを失っ たりする状況とは異なり,産婦は,その場面や周りの 人の言動などを鮮明に記憶していると捉えていた。そ のため,どんなに混乱状態にみえる産婦であっても, 思いのほか,その内側では冷静に聞いて覚えているも のだという姿勢でケアしていた。 「ワーって言ってる人でも,結構冷静に聞いてるの で,覚えてるよねー色んなこと。結局そこかなー。」

Ⅴ.考   察

1.“待ち”の姿勢で受け入れながら,産婦の心情や ニードを綿密に探る 日本では,分娩時に大声を出すことは恥ずかしく, 黙って我慢することや,「『痛い』『助けて』など,弱音 を吐かない」(常盤他,2000)ことが美徳とされてき た。しかし,本研究で語られた産婦は,大きな声で叫 んだり,全身を固くしたり,反応がなかったり,攻撃

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的な口調になったり,さまざまなかたちで痛みに対す る自己表現をしていた。それに対し研究参加者は,そ の自己表現を決して否定せず,母児に危険がない限り 受容していた。これは,〈母親になる過程である分娩 中は,子どものように感情を出すものだと捉える〉よ うに,研究参加者には,産婦が感情をそのまま表出す ることは当然だという基本的姿勢があるからではない かと考える。仮に,助産師が,叫んだり体が逃げたり する産婦を制止しようとしたり,黙って我慢すること が良いという価値観を持って関わるとすると,非常に 感受性の高い分娩期にある産婦へ,ミラーのようにそ れが伝わり,産婦が自分自身を否定してしまうことに つながる。しかし,助産師が,どのような産婦に対し ても問題視せず,受容的な姿勢で接することで,産婦 がそのままの自分を受けとめてもらえたと感じること ができるのではないかと考える。伊藤他(2005)によ れば,パニック状態となった産婦に対して,いかなる 訴えも表出して良いという保証を言葉や態度で示すこ とが大切であるという。また,片岡(2000)は,パ ニック状態にある産婦を問題視せずに見守り,受けと めることで産婦が安心して落ち着き,分娩が良い方向 へと向かう可能性を述べている。さらに,西川他 (2005)は,産婦が感じている身体感覚を否定せずに 受け入れながら声をかけることで産婦が落ち着き,ケ ア提供者の言葉が届くようになったという事例を報告 している。このように,パニック状態となった産婦へ のケアに関する先行研究では,そのままの産婦を受け とめるという受容的姿勢で接することは共通して述べ られている。 同時に,本研究では,〈どのような産婦にも動じず, 心情やニードを分かろうとじっとみる〉というよう に,産婦が何を感じ,何を求めているかを積極的に推 察するという実践知が抽出された。厳しい親のもとで 自分を抑圧して生活してきたという背景をもつ産婦の 事例を経験した研究参加者は,受容的な姿勢で関わる だけでなく,産婦が放つ言葉や感情の原因,隠れた ニードを推察し,産婦を深く捉えることの大切さを 語っている。同様に,実母を亡くした産婦の事例の 「お母さんのことを想って『お母さーん』っていう感 じもあったから」という語りのように,研究参加者 は,痛みによって叫び暴れる産婦に,母親にすがりた いというニードがあると捉え,母親が子どもに“よし よし”するように関わった。このように研究参加者は, 産婦の過去の体験と目の前の姿とを結びつけて捉え, その体験が産婦に及ぼしている影響を加味してニード を ア セ ス メ ン ト し て い る。 そ の 意 味 で, Swanson (1991/1995)が述べた「知ることは,他者の人生の中 である出来事が意味を持つことを理解しようと努力を することである」というケアリング理論の内容に合致 した実践知であるといえる。個々の産婦に応じたケア をするためには,産婦を充分に理解することが必要と なる。産婦を充分に理解することは,ストレートに自 己表現をしている時だからこそ,目の前の産婦が表出 したものだけを捉えるのではなく,その産婦がもつ体 験を手がかりに,表出されていないところまで深く 探っていくことによって達成できるのではないかと考 える。また,それを綿密に探るためには,分娩期に入 る前に,その産婦がもつ過去の体験を意図的に聞く必 要があることが示唆された。 2.助産師自らの存在感を出して産婦に関わる 熟練助産師のケアを明らかにした先行研究でも述べ られているように,通常,助産師は,産婦のペースや 気持ちに沿うように産婦主体でケアを行い(正岡他, 2011),産婦の集中が逸れないよう黒子に徹して気配 を消すように関わる(岩田,2017;渡邊他,2010)。 しかし,研究参加者たちは,産婦に対し,指示をした り,集中が逸れるような関わりをしたり,主導的にケ アを行っていた。これは,〈混乱しているようにみえ る産婦も,冷静に聞いていると捉える〉という基本的 姿勢を基に,産婦を先導するようにふるまうことで分 娩の先行きの道しるべとなり,自分がどうなってしま うか分からないという不安や恐怖感を和らげるように ケアしているのだと考える。パニック状態に陥った産 婦への助産ケアをフィンクの危機理論を用いて説明し た先行研究では,心理的ショックを受けた衝撃の段階 にある産婦には,まずは安全ニードが充足される方向 にケアし,適応の段階まで進んだ時に自己実現の ニードが充足されるようにケアをする必要があると述 べられている(山田他,2006)。本研究で語られた事 例は,陣痛が始まって間もない時期や急激に強い痛み を感じた場面であったことから衝撃の段階にある産婦 だと考えられるため,先導するようにふるまうことで 安全ニードを充足しようとしていることは先行研究と 同様である。一方で,パニック状態の産婦を落ち着か せようと援助者がリードし,コントロールしようとす ることはパニックを助長することがあるとされる(片 岡,2000;西川他,2005)。しかし,研究参加者は,

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前述のような受容的姿勢で関わっているため,強い不 安・恐怖感を表出している産婦の状態を変えようと必 死になってはいない。むしろ,産婦の状態に合わせ て,静観したり,指示的な言葉がけや環境調整をした りなどして,柔軟に自分自身の関わり方を変えてい る。そのため,パニック状態の要因とされる「産婦・ 援助者間のズレ」(湊谷他,1996)が起こりにくく,一 時的に主導的にケアをしていても,産婦のパニックを 助長せずに関わることができるのではないかと考え る。 また,「痛みは強い孤独の体験」(和田,1990,p.42) とされるように,陣痛という強い痛みの最中にいる産 婦は孤独を感じやすい。そのため,助産師は産婦のそ ばにいて(戸澤他,2008),触れたり,手を握ったり, 腰をさすることで,産婦に1人だと感じさせないよう にケアしている(濱地,2004;小田他,2017)。それ に加え,研究参加者たちは,産婦の5感に働きかけて 自分の存在を強く知らせていた。本研究で語られたよ うな痛みを強く感じて危機的状況にあるという意味合 いの強い産婦に対し,積極的に自分の存在を知らせる ように関わることも,安全ニードを充足させるケアの 一つであると考える。 3.実母との母娘関係を含めて産婦をみる 複数の研究参加者は,実母を亡くした産婦や,実母 との関係性から本来の自分を出せなかったのではない かと感じた産婦の事例を語った。Bowlby(1973/1977) によると,最も信頼のおける人物にいつでも容易に近 づくことができ,その人物が応答してくれるという確 信をもっている人は,確信をもたない人に比べ,強い 恐怖や慢性的な恐怖に陥る傾向は少ないという。ま た,Bowlby は,乳児期・児童期・青年期にそのよう な確信が形成されるとも述べている。したがって,そ の時期における重要他者である母親の影響の大きさを 考慮しても,強い不安・恐怖感を表出している産婦の 中には,実母との関係性が希薄だという背景をもつ者 がいる可能性を否定できない。 また,野末(2008)は,家族の発達という視点から, 他者と親密な関係を築くために,私は私であり自分自 身の人生に責任をもつという姿勢をもち,自分らしく いられることが重要であると述べている。研究参加者 は,「そういう人こそ,(自分を)全部出したらいい」と 語るように,産婦と実母との母娘関係から,産婦がそ のままの自分自身を表現してこなかったことを推察 し,今後,産婦が夫や子どもと親密な関係を築き,一 つの家族として発達していくために,本来の自分を出 す経験ができることを歓迎していたと考える。 以上のことから,〈母娘関係を手がかりに,産婦の ニードを推察して応える〉いう実践知が抽出されたよ うに,実母を,児を養育していく上でのサポート役と してだけではなく,分娩期にある産婦の心理面へ大き な影響を及ぼす存在として捉え,実母の付き添いの有 無に関わらず,実母との母娘関係を含めて産婦をみて いくことの必要性が示唆された。 4.今後の研究展望 本研究では,研究参加者に,事例を想起しながら 語ってもらうことでデータ産出を行った。そのため, 言語化はされていないが,実際には産婦に行われてい たケアが存在した可能性がある。今後,データ収集方 法に参与観察法を取り入れた研究がなされることに よって,熟練助産師がもっているより多くの実践知が 明らかになる可能性がある。

Ⅵ.結   論

分娩時の痛みに対する不安・恐怖感を強く表出して いる産婦へのケアとして,【受容的に接する】【自分の 存在を産婦に知らせる】【その場の流れに産婦を没頭 させない】【産婦の興奮を助長しない】【夫の気持ちを 産婦から遠ざけない】【母娘関係を手がかりに,産婦 のニードを推察して応える】という熟練助産師の実践 知が抽出された。また,分娩時の痛みに対して強い不 安・恐怖感を表出している産婦を,〔母親になる過程 である分娩中は,子どものように感情を出すものだと 捉える〕〔混乱しているようにみえる産婦も,冷静に 聞いていると捉える〕ことが,【実践知に伴う基本的姿 勢】であった。 本研究の熟練助産師は,母児に危険が及ばない限り いかなる産婦の自己表現も受容するが,決して産婦の 興奮を助長しないようにしていた。また,産婦が強い 不安・恐怖感を表出しているからこそ,表に現れてい ない心情やニードを綿密に探り,その際,実母との母 娘関係を含めてみることで,産婦の真意を見極めよう としていた。さらに,ストレートに自己表現をする妻 の姿を見た夫の心情を慮り,産婦と夫との間に心理的 な距離ができてしまわないように対応していた。痛み への不安・恐怖感を強く表出していない産婦に関わる

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場合とは違い,助産師自らが存在感を出して主導的に 産婦に関わることが特徴的であった。 謝 辞 研究参加者の皆様,研究参加者を紹介してくだ さった教員の方々に心よりお礼申し上げます。また, 研究の過程においてご指導をいただきました神戸市看 護大学髙田昌代教授および嶋澤恭子准教授をはじめ, ご意見をいただきました同大学の諸先生方に深謝いた します。なお,本研究は,神戸市看護大学大学院に提 出した修士論文の一部を加筆修正したものである。 利益相反 本研究において,開示すべき利益相反はない。 文 献 Bowlby, J.(1973/1977).黒田実朗,岡田洋子,吉田恒子 (訳).母子関係の理論II分離不安.岩崎学術出版社. Elvander, C., Cnattingius, S., & Kjerulff, K. H. (2013). Birth

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